国鉄近郊型スタイルの祖となった401,403,421,423,415系 その3 サヤ420について
昨日の記事の冒頭で今回は九州の421系・423系については触れないとしましたが、一点だけ、サヤ420について触れておこうと思います。
1964年10月1日、東京オリンピックの開催を前に東海道新幹線が開業、1962年末頃から東海道本線等で活躍する特急「こだま」形151系の転用が問題となりました。京阪神と博多を結ぶ特急列車として当初は交直両用化改造が検討されましたが、改造工事に半年以上かかることから断念し、本格的な交直両用特急車両481系登場までのつなぎとして機関車+電源車+151系といった形態で下関~博多間を運転することに決定しました。151系は山陽本線に転用予定の10編成から6編成を改造し、電源車は481系登場時にモハ420に転用するということでサヤ420形式職用交直流付随車が1964年7月に登場しました。151系の改造は松任工場が担当し、改造を終えた編成はステンレス製のナンバープレートを赤く塗って区別しました。
モハ420からの変更点は
1) 保安上乗務員が添乗するための操作室のために仕切りと開戸を追設、前位寄り側引き戸に手動用取っ手を追設
2) 台車はDT21Bから付随用輪軸に変更したDT21Zに、パンタグラフは下関駅停車時の集電容量を考慮し、スリ板3枚のPS16Fに変更
3) 台枠機器配置では主平滑リアクトル、MGを撤去し、CPを取り付け、補助電源用MGと関係機器を客室内に設置、MG用平滑リアクトル冷却風取り入れのため、後位よりに整風版、後位貫通扉に排風口を設け、機関車・151系との連結に自動連結器を取り付け
特急「つばめ」「はと」の2往復の博多乗り入れとなり、当時の時刻では
1M つばめ 新大阪1220~下関2006/2011~門司2019/2024~博多2130
3M はと 新大阪1330~下関2121/2126~門司2134/2139~博多2245
2M はと 博多710~門司817/822~下関831/836~新大阪1630
4M つばめ 博多845~門司952/957~下関1005/1010~新大阪1812 でした。
サヤ420は予備車も含め3両が川崎重工で新製されました。下関ではEF30+サヤ420の連結・開放、門司ではEF30からED73への機関車交換が行われました。1965年10月、熊本電化で481系が登場、山陽・九州特急に投入され、151系は181系に改造、山陽特急となり、電源車サヤ420は1年間の使命を終えました。
1) 客室の操作室の撤去・連結器の密着連結器化
2) 主電動機・主平滑リアクトル・MGの取り付け、補機MG、CPの撤去といった改造がなされ、モハ420-21~23となり、昭和40年度民有予算で製造された、日立製作所製のモハ421-21~23とユニットを組み営業運転に就きました。
1975/3/5 下関 大分電車区 F33編成 1979年の編成表データでは大分のF14~F20、F31~F33が421系ユニットを電動車とする編成で写真のF33編成はMM'-23を電動車とする編成と思われます。
F31~F33編成のクハは61~66で、昭和40年度民有で製造された車両で、既にクハ421-41から423系が電動車となっていましたが、サヤ420のモハ420化改造のため、この6両はモハ421/420ユニットが電動車として組み込まれました。
最後まで読んで戴きありがとうございます。
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B 767-281様お早うございます。昨日は久しぶりの大雪でしたね。今朝は路面凍結で少し危険です。さて、サヤ420,牽引していた151系に主電動機をもらい本来の姿になったのは有名なお話です。MT46は出力は小さかったですが高速特性や電気ブレーキの立ち上がりが良かったと言われています。昔に武蔵小金井電車区の方に聞いた話ではMT46とDT21の組み合わせはバランスがとても良好い、と言われていました。現場の方らしい言い方だなあと思いました。
投稿: 細井忠邦 | 2022年1月 7日 (金) 07時06分
細井忠邦さま、おはようございます。
わたしもサヤ420の存在は文献的には知っていましたが、10年以上経って、下関駅でかつてサヤ420だった車両を含む編成を撮っていたとは知りませんでした。
401・403・421・423・415系の場合、きちんとした歴史的教科書がなかなか出版されませんでしたが、2015年になって福原俊一氏の「415系物語」が出版され、早速購入、じっくり読んでようやく全体像を理解した次第です。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2022年1月10日 (月) 05時15分