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2022年1月11日 (火)

国鉄近郊型スタイルの祖となった401,403,421,423,415系 その5 403系を含む編成の組み換えと冷房化

常磐線における401系、403系の増備の過程をみていると401系が1960年8月から1966年2月までに落成、403系は1966年7月から1968年12月までに落成していますが、1987年3月末の国鉄民営化という大きな区切りで見た場合、前者は最後の2ユニット残して(MM'-26/7も含め)、冷房改造されることなく廃車されたのに対し、後者は国鉄時代から冷房改造が開始され、国鉄時代にTc85/86+MM'18のK43編成から始まり、電動車ユニット11組、クハ31両が冷房改造されています。

電動車ユニットを個別にみると
-1は前述のように1979年3月の事故でモハ402が廃車、モハ403-1は1980年4月26日付でモハ401-26に改造、改番され、モハ400-7とユニットを組みました。
-2は1990年8月24日に、-3は1991年7月8日に、-4は1992年2月1日、-5は1991年2月25日に、-6は1992年4月2日に、-8は1992年5月1日、-13は1990年10月1日、-14は1992年7月1日にそれぞれ廃車となっており、これらは冷房改造されることなく廃車になりました。これらは1986年11月の時点で4連を組んでいたグループでこれらの中から-7だけが残されました。

415-860816-2 1986/8/16 荒川沖 ベンチレーターの形態から7連に組み込まれた403系編成で、上野より先頭車運転席後部窓は機器の設置で塞がれています。また先頭の大型箱型通風機はグローブタイプに変更されています。

415-870331-2 1987/3/31 荒川沖 国鉄最後の日の写真ですが、上野よりクハが非冷房でペアとなるクハが抜かれた3連が別の4連と併結された7連は当時、K808, K821, K822, K825 編成の4本でした。

国鉄時代の冷房改造工事は非冷房で落成した415系0番台から開始され、屋根上にAU75系列集中式冷房装置が取り付けられ、冷房電源と制御・補助電源兼用の160kVAMGと付属装置が偶数向きTc車に取り付けられ、M車の20kVAMGを廃止し、補助変圧器が新設されました。冷房電源用三相引き通し線が追設され、Tc車は片ワタリとなり、偶数向きTc車運転士席後部の客室に冷房配電盤などの機器箱が張り出して設置されました。運転室後部側窓も埋め込まれました。
この工事と並行して急行用電車と振替工事が行われていた主整流器がRS22Aにも振り返られました。
冷房の容量は42000kcal/h1台で扇風機の設置はありませんでした。

415-40154-050903 2005/9/3 いわき K518編成 クハ401-54 国鉄時代はK808編成で非冷房のクハでしたが、JR東日本により冷房化されました。箱型押し込み通風機は残されています。

415-40176-k521-030308-2 2003/3/8 滑川 K521編成 クハ401-76でJR東日本により冷房化されました。

民営化後、JR東日本は1987年度サハ103で試行したAU712分散式冷房装置による冷房化を1988年下期からの改造に適用しました。冷房電源は従来通り偶数向きTc車に160kVAMGが搭載されました。AU712で冷房改造されたクハは51, 53, 54, 55, 57, 58, 66, 67, 68, 76, 77でした。51は方向転換もされています。

415-k562-0302112003/2/11 荒川沖 K562編成 クハ401-67+モハ403-9ともにAU712の編成 モハ403-9は唯一、AU712により冷房化されたモハ403形となりました。

これらによって1992年夏期には常磐線中電の冷房化率100%が達成されました。

403系を含む編成の変遷を見ると1979年の編成表ではK26からK45まで403系として落成した通り、4連でした。1979年3月の事故で-1ユニットが壊れ、1986年11月の編成表では-10,-12, -15,-16, -17, -18が7連の偶数よりに、-11,-19が7連の奇数よりに組み込まれました。7連の両端クハは403ユニットを含む編成はすべてクハ401でした。残りは4連でした。ただ、クハとモハの番号の組み合わせは製造当時の関係とは大きく崩れていました。1993年の編成表では冒頭で既述したようにすでにいくつかのユニットが廃車され-12ユニットのみがK903の7連に残り、あとは4連になっています。このときの4連におけるクハとモハの番号関係は製造時の関係に戻っていました。
常磐線15連化にむけて7連に組み替えた際にクハが1両不足するため、クハ115-612(旧サハ115-2)を交直両用化改造しクハ401形に編入しました。1986年に大宮工場で改造、当初は401-901でしたが、1987年1月-101に改番されました。常磐線ではTc401-47MM'-24の上野方に連結されK568編成となっていました。冷房改造されることなく1991年に廃車となりました。

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コメント

B767−218様 こんにちは。クハ401の冷房改造車の中には、記憶は定かではありませんが、最初はMGだけ積んで(電源確保のため)のちにAU712を乗せて冷房車となった車がいたように思います。51番などがそうだったような。もう30年も経つと記憶が薄れてくるもので情けないです。飛びますが、私も安倍、高市グループには要注意だと思います。今年を改憲の年にしないことが重要だと思います。公明までが敵基地攻撃能力について議論する必要があるなどと言い出していますので。

細井忠邦さま、こんばんは。
そうですね、1986年11月の国鉄最後のダイヤ改正時点での編成表でいうと
K802のクハ401-72は自身も冷房化されていますが、偶数向きクハ1両だけ、非冷房のK808の-54、K821の-58、K822の-76、K825の-66がそれに当たりますね。
-51はこの編成表当時、すでに方向転換されていましたが、K566という非冷房4連グループ(401-75+MM'-13)の一員でした。

岸田に安倍を逮捕する勇気があればと思いますね。

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