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2022年1月12日 (水)

国鉄近郊型スタイルの祖となった401,403,421,423,415系 その6 415系の登場

403系のときもそうでしたが、415系は常磐線の401・403系や九州に導入された421・423系にとってやむに已まれぬ必要性からの導入ではなく、1968年当時、それまで周波数別に対応していた主変圧器が50Hz/60Hz共用となり、まず特急電車において485系、583系が登場、1969年には急行用457系が登場、近郊形もこの流れで行こうというものでした。1971年4月の常磐線綾瀬~我孫子間複々線化によるダイヤ改正で常磐線中電が増発されることになり、415系はこのタイミングで登場しました。

4150
表 415系0番台の製造予算と車体番号

主変圧器は50Hz/60Hz共用のTM14となりましたが、主回路システムはCS12・MT54の主制御器・主電動機が踏襲され、定格速度・最高速度などの性能は同じでした。クハは411形となり、300番台が与えられました。これはクハ401-1~90、クハ421-1~106をそれぞれ将来、クハ411-0番台(411-1~90)、クハ411-100番台(411-101-206)に改番するつもりだったとのことです。しかし、現実にはこの改番は実行されず、後年登場する増備車に使用されることになりました。

415-401301-850418-2

415-850418-2
1985/4/18 上野 K809編成 411-301+MM'-713+T-713+MM'-1+411-302 トップナンバーを含む編成 
415系0、0'番台が7連に組み込まれていた時代 すでに冷房改造はされていますが、まだ前照灯はデカ目でした。 

415系0番台は表のように6次に分かれて製造されていますが、1次~3次が常磐線の増発用(上記の1971年4月の常磐線綾瀬~我孫子間複々線化によるダイヤ改正と1975年3月のダイヤ改正に向けた増発用)、4次~6次が九州地区の輸送力増強用で、前者は勝田電車区、後者は南福岡電車区に新製配置されました。1次車は403系最終増備編成同様に白熱灯(デカ目)、非冷房、押し込み式通風機でしたが、3年ぶりに増備された2次車は冷房装置付き、側窓のユニット窓化、防火対策済み(1972年11月の北陸トンネルの事故の教訓から)、運転室のスペース拡大・仕切り窓の小型化、前照灯のシールドビーム化、MGはM車からT'c車に移動し、20kVAから160kVAに、当時カネミ油症事件でPCBが社会問題化しており、PCBを使用した主変圧器TM14に代わりPCBを使用しないTM20としました。数多くの設計変更があったため、モハユニット-4以降、クハ-307以降の編成を0’番台とする文献もあります。わたしもこの点はこれに倣いたく思います。

415-801115 1980/11/15 鶯谷 ローズピンク時代の415系0'番台

 さらに1974年5月4日15次23分頃、鹿児島本線古賀~筑前新宮(現、福工大前)間の無番額踏切で発生した踏切事故:大型トラックがエンストによる立ち往生したところに南福岡発門司港行き特別快速電車が衝突、先頭車が脱線大破、したためクハ421-43同年6月8日付で廃車となり、その代替としてクハ411-335が製造されました。-43が組み込まれていたA22編成は当時、非冷房編成であったため、-335も0’番台では唯一、冷房工事準備車として落成し、A22編成に組み込まれました。

1975年3月新幹線博多開業のダイヤ改正では常磐線中電増発用と異常時特発用という名目で415系0'番台が増備されていますが、異常時特発用とは1973年3月13日朝のラッシュ時間帯に発生した「上尾事件」の教訓から列車遅延時に特発用可能な編成を確保したもので、尾久に1編成が留置されるようになりました。

非冷房で落成した415系0番台3編成の冷房改造は1977年3月から8月にかけ郡山工場で施工されました。また九州のクハ411-335に関しては1983年3月、他のA22編成メンバーとともに小倉工場で施工されました。

415-k919-020427-2 2002/4/27 北小金 919編成 411-304+M'M-102+T-704+M'M-2+411-303

415-k505-030308 2003/3/8 日立 K505編成 411-309+MM'-5+411-310

415系0番台、0’番台の編成番号の推移をみると
1979年 K46~K55 10編成とも4連グループ
1986年 K809~K818 10編成とも700番台 サハ411との7連グループ
1993年 MM'-2のみ K919 100番台 サハ704 との7連、他はK501、K503~K510 4連グループ

415-k510-020429 2002/4/29 土浦 常磐線電化40周年記念で旧塗色になったK510編成 411-320+M'M-10+411-319

この後、2005年から廃車が始まり、
-2 2005/7/11 
-3 2005/10/15 
-10 2006/7/20 
-7 2007/2/3 
-5 2007/10/15 と403系の一部より先に廃車され

2007年 K918 Tc-309+MM'-723+T-1701+MM'-5+T'c-310
            K910 Tc-313+MM'-7+T'c-314+MM'-510+T'c-610
            K601(Tc-301+MM'-1+T'c-320の4連) K504, K506, K508, K509 4連グループ
           (2007年の編成表データには一部重複があります)

-4 2007/10/15
-8 2007/11/26
-1 2008/3/17
-9 2008/2/18
-6 2008/4/28  と残った編成も廃車となりました。

この時点では403系由来の編成も大多数廃車されましたが、なんと1979年3月の事故で相棒を失い、自身方向転換されたクハ401-51はまだ生き残っており、同車が廃車になったのは2008年7月14日のことでした。

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