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2022年1月13日 (木)

国鉄近郊型スタイルの祖となった401,403,421,423,415系 その7 415系100番台の登場

1977年115系1000番台で導入されたシートピッチ拡大は好評を持って受け入れられ、401系や421系量産先行車の取り替え時期も迫ってきていたことから、1978年10月のダイヤ改正では415系にもシートピッチを急行電車と同じ1490mmに拡大する設計変更が行われました。さらにこれまでは奇数・偶数向きクハにトイレが設置されていましたが、0’番台からクハの向きが固定されたのに合わせて、奇数向きをクハ411-100番台、偶数向きをクハ411-200番台とし、MG,CPそしてトイレは偶数向きクハに装備としました。トイレはFRPユニット式になり、窓も113系同様の横長タイプとなりました。

415100_20220112081001

415系100番台の製造予算と車体番号

シートピッチ拡大版の100番台車は1978年9月から1980年9月までの間に日立製作所、東急車両で26編成、計104両が落成しました。勝田電車区には101,102、113~116、121までの編成が配置され、九州では今回初めて大分電車区にも配置されました(103、117~120)。尚、121編成は1979年3月の常磐線事故で廃車となった403系の補充用です。

415-k513-030308 2003/3/8 滑川 K513編成 411-113+MM'-113+411-213

415-k514-050503 2005/5/3 荒川沖 K514編成 411-114+MM'-114+411-214

約4年のブランクを置いて、1983年、昭和58年度本予算により、モハ2ユニット(127・128)、サハ411が4両発注されました。この頃はすでに明日以降の記事で登場する500番台車の製造に移行していましたが、この8両は常磐線中電15両化に向けたセミクロスシート車で、500番台同様の設計変更がなされ、室内かクリーム色、腰掛モケットはロームブラウン基調、屋根は塗屋根、通風機はFRP製となりました。サハは将来15両化時に7両編成への組み込みを前提に製造され、MG/CP装備でしたが、製造時点(1984/3)では4両ユニットからなる8両に組み込まれ、MGが過剰となるので411-1と3の奇数番号車は取り付け準備工事車として落成しました。

415-t4111-050903-2 2005/9/3 いわき サハ411-1
ベンチレーターの形態が403系最終編成~415系0・0’番台と維持されてきた形態から変化しています。

編成記号の推移と廃車

1979年 K1 101 K2 102 4連 それまで量産先行2編成が付けていた編成番号
     K56~K59 113~116 4連
1986年 7連グループ
   K801   401-69+MM'-128+T-4+MM'403-10+401-70
        K804   401-73+MM'-127+T-2+MM'403-15+401-74
        K805   401-81+MM'-717+T-1+MM'403-16+401-82
        K812   411-307+MM'-719+T-3+MM'-4+411-308
        K819  411-101+MM'-703+T-703+MM'-101+411-201
        K820   411-102+MM'-704+T-704+MM'-102+411-202
        K823   411-115+MM'-714+T-714+MM'-115+411-215
        K824   411-116+MM'-715+T-715+MM'-116+411-216
        K821   411-113+MM'-113+411-213+MM'-720+401-58
        K822   411-114+MM'-114+411-214+MM'-722+401-76
        K825   411-121+MM'-121+411-221+MM'-721+401-66

1993年 7連グループ 
        K816 411-521+MM'-128+T-4+MM'-521+411-621
        K817  411-522+MM'-127+T-2+MM'-522+411-622
        K818  411-523+MM'-717+T-1+MM'-523+411-623
        K819  411-524+MM'-719+T-3+MM'-524+411-624
        K919  411-303+MM'-2+T-704+MM'-102+411-304
        4連グループ 
        K511 101 K513 113 K514 114 K515 115 K516 116 K517 121

1997,2002,2004 変化なし   

2005年   -101 2005/8/25 廃車
2006年 -102  2006/6/23 廃車

2007年 K816  7連 411-521+MM'-128+T-4+MM'-113+411-621
            K817 7連  411-522+MM'-127+T-2+MM'-522+411-622
            K818 7連   411-523+MM'403-16+T-1+MM'-523+411-623
            K819 7連  411-524+MM'-719+T-3+MM'-524+411-624
           4連グループ K514 114 K515 115 K516 116 K517 121
           
           -127、T-2  2007/12/17 廃車
           -114,-121  2007/12/24 廃車
2008    -113, -128  T-4 2008/1/7 廃車
     T-3 2008/2/4 廃車   
          -116、T-1  2008/3/10 廃車
          -115  2008/4/28 廃車

E531系の導入・置き換えの時期に勝田の100番台車は廃車されました。

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コメント

B767−281様 今晩は。411系のサハの登場には正直とても驚いたことを思い出しました。高直流近郊型は常に4両ユニットで編成もわかりやすい、そんな固定観念に囚われていました。このご登場した100番台や700番台など一挙に複雑化して行った感じです。それにしたも後期に登場した普通鋼製のグループ、いや1500番台も含めて引退がとても早かったのは残念です。ごく一部が九州に渡ったのはよかったですが。

細井忠邦さま、おはようございます。

わたくしも大学院修了後、東京からつくばに移り住み、まさにこの415系の変化を間近で見てきましたが、初期の4連時代から7連になる時点で一気に編成の関係が複雑化し、かつ様々な番台がとうじょうしたので訳が分からなくなったのを憶えております。
今回、福原氏の教科書やその他の情報、編成表と照らし合わせながらそこらへんがようやく見えてきた感じです。これまで415系鋼製車にあえて触れなかったのはそのためでした。

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