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2022年3月31日 (木)

桜巡り その1 小平の桜の名所 小平中央公園の桜

Wether mapの情報に依れば、今シーズンの冬は12月前半までは暖かく、それ以降は寒くなったため、桜の開花にとって重要な休眠打破は北部ではやや鈍め、南部では平年並みとなり、春先の気温は2月までは低めであったものの、3月にに入り暖かくなったため、開花は例年より少し早めとなったそうです。東京の標本木(靖国神社境内)によると開花日は3月20日、満開日は3月27日でした。ちなみに昨年の開花日は3月14日、満開日は3月22日で、平年の開花日は3月24日、満開日は3月31日ですから、2年続けて、早めの開花、満開となりました。

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最初は家から歩いて2.5kmほどのところにある小平中央公園の桜です。西武国分寺線鷹の台駅の東側にある公園でサッカーグラウンドを取り巻くように桜が植わっており、3月27日、日曜日には写真のように満開となりました。私もほぼ毎日、玉川上水沿いの道を通り、この公園を一周して帰る散歩をしています。

Dsc08407 2019/1/20 冬枯れの風景

060505 2006/5/5 新緑の風景

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2021/9/15 曼殊沙華の咲くころ

玉川上水沿いの道、季節によってその様態が変化するのを見るのも楽しみの一つです。

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2022年3月30日 (水)

通勤電車シリーズ 205系 43 東北本線・日光線用 600番台の登場 part5 埼京線からの205系撤退とY11,Y12編成用改造

2013年になると埼京線の205系の置き換え用として川越車両センターにE233系7000番台の配置が開始されました。E233系の枝番としては京葉・外房・内房線用が5000番台でしたから、埼京線用は6000番台かと思われましたが、6000番台は2014年に予定された横浜線用となりました。

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表 埼京線からの205系編成の撤退

埼京線の205系10両編成は6扉サハ204を2両組み込んだハエ1~25・31の26本とサハ205を組み込んだ26~30・32の6本の32本体制でしたが、2013年7月から置き換えが開始され、まずサハ204-902を含むハエ8編成が廃車となりましたが、編成中のサハ204-11は残し、同じく試作車サハ204-901が運用離脱した際にサハ204-48も残し、ハエ18編成のサハ抜き車両とハエ27編成のサハ205-172,173でハエ18N編成としました。2013年9月からはインドネシアへの譲渡も始まり、ハエ18N編成も最終的にサハ204-11,48を組み込んだ形で譲渡となりました。インドネシアにはハエ1, 4, 7, 11, 12, 13, 14, 15 , 18(組換え), 20, 22, 23, 24, 25, 26, 30, 31, 32の18本が譲渡されました。
 ハエ17編成のクハ205/204-125、モハ205/204-341の4両はY11編成、ハエ16編成のクハ205/204-124、モハ205/204-338の4両はY12編成に改造されました。またハエ28編成のクハ205/204-107、モハ205/204-287は富士急行に譲渡されました。富士急への譲渡に関しては後日、触れます。

205600-y11y12-220109-3 2022/1/9 宇都宮 黒磯に向かうY11と黒磯から到着したY12が顔を揃えました。
205系600番台の中ではこの2本は埼京線由来のオリジナル顔の編成です。

205600-y11-220109-4 2022/1/9 宇都宮 Y11編成

205600-y11-220109-25 2022/1/9 宇都宮 Y11編成

205600-y12-220109 2022/1/9 宇都宮 Y12編成

205600-y12-220109-23 2022/1/9 宇都宮電留線 Y12編成

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2022年3月29日 (火)

通勤電車シリーズ 205系 42 東北本線・日光線用 600番台の登場 part4 日光色と観光列車「いろは」

東北本線小金井~黒磯間と日光線用に京葉車両センターの205系編成を改造した600番台のうち、Y2, Y3, Y6, Y10の4編成は107系0番台N編成の塗色を受け継ぎ、クリーム、ゴールド、ルビーブラウンの帯入りとなりました。

205600-y2-220105-2 2022/1/5 宇都宮 Y2編成

205600-y6-170724-2 2017/7/24 今市 Y6編成

205600-y10-130727 2013/7/27 今市~日光間 Y10編成

これらのうちの1編成Y3編成は2018年4月1日から6月30日までの「本物の出会い 栃木」デスティネーションキャンペーンに合わせ、観光列車「いろは」に再改造されました。「いろは」とは「いろは坂」と「物事のいろは」を掛け合わせており、日光への旅の始まりである日光線の車内で、日光の様々な魅力を感じてもらいたいという思いで命名されました。

205600-y3-220105-2 2022/1/5 日光 Y3編成「いろは」 HMのデザインは「いろは坂」

205600-y3-220105-4 側扉は2枚が埋め込まれ、2扉に

205600-y3-220105-2_20220328134401 座席は4人掛けボックスシートと1人掛けのシートと一部ロングシートの構成

205600-y3-220105-21 2022/1/5 宇都宮

Photo_20220328141101 側扉の戸袋部分には日光をイメージした「鳴き龍」「華厳の滝」「キスゲ」「鳳凰」「男体山と中禅寺湖」「唐獅子」のイラストが描かれています。
2018年4月1日からまずは臨時快速「誕生いろは日光号」として運行され、定期列車として朝に宇都宮 - 鹿沼間で2往復、日中時間帯に宇都宮 - 日光間で3往復、夕方以降に宇都宮 - 鹿沼間で2往復という形で運行され、最盛期には日中、5往復運行されたこともありました。しかし、2022年3月12日のダイヤ改正で205系600番台はすべてE131系600番台に置き換えられることとなり、「いろは」の運行も終焉を迎えました。

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2022年3月28日 (月)

通勤電車シリーズ 205系 41 東北本線・日光線用 600番台の登場 part3 107系の塗色を継承した600番台

日光線は当初、日光鉄道会社により計画され、その計画を引き継ぐ形で日本鉄道1890年6月1日に宇都宮駅~今市駅間を開業、このときに砥上駅・鹿沼駅・文挟駅・今市駅が開業し、同年8月1日に日光駅までが延伸開業しました。1906年11月1日、国有化され、官有鉄道となりました。1909年10月12日、線路名称規定により、日光線と命名、全線電化は1959年9月22日でした。

電化前はキハ45000形(後のキハ10系)快速が上野~日光間に投入され、エンジン2台搭載のキハ44800形(後のキハ55系)準急が同区間に投入され、所要時間は大幅に短縮されました。電化後はローカル運用で31系、40系、70系、80系、115系、上野からの直通準急「日光」には157系が投入されました。さらに伊東~東京~日光間に「湘南日光」、新宿~日光間に「中禅寺」、黒磯~日光間の快速にも157系は充当されました。この頃は東武鉄道との間で日光戦争が行われていましたが、全線単線であり、宇都宮でスイッチバックする線形の不利さから、軍配は東武鉄道に上がり、157系は撤退、165系が置き換えで登場、急行「日光」として使用されました。
107系がローカル運用に登場したのは1988年のことでした。ただ、小山車両センターの107系0番台は予備車が不足気味だったので、新前橋(高崎車両センター)の100番台や115系が運用に入ることがありました。また、烏山線用のキハ40形1000番台も運用間合いで鹿沼~宇都宮間を走行していました。107系の運行は2013年3月16日のダイヤ改正で205系600番台に置き換えられ、同年6月には0番台N1~N8編成全車が廃車となりました。

107-n1-111103-3 2011/11/3 日光 N1編成

107-n5-111103 2011/11/3 今市 N5編成

107-n4-130525-4 2013/5/25 大宮公開 N4編成

107-n8-060409 2006/4/9 自治医大~石橋 N8編成

107系0番台の塗装は登場当初はこのような日光線のNに「神橋」をイメージした赤1号のラインが入ったものでしたが、

107-n2-081228 2008/12/28 小金井~自治医大 N2編成

2008年3月から車体に日光線のステッカーが貼られ、2010年1月17日以降は全編成、上の写真のようなアイボリー・クラシックルビーブラウン、境界を金色帯とする塗装になりました。

205600-y2-140321-2 2014/3/21 宇都宮 Y2編成

205系600番台のうち、Y2,Y3,Y6,Y10編成の4本は107系の塗装を継承し、このようなスタイルでデビューしました。さらにY3編成はデビュー後、2018年に観光車両「いろは」に再改造されました。いろはについては別記事で触れる予定です。

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2022年3月25日 (金)

西武 2000N系 4連 2521F 横瀬基地へ廃車回送

旧ソ連の構成国を独立国とはみなさないロシア大統領ウラジーミール・プーチンが隣国であり、本来、同朋であるはずのウクライナに軍事侵攻して、3月24日で一か月が経過しました。23日夕刻にはウクライナのゼレンスキー大統領が我が国の国会でオンライン演説を行い、さらなるロシア制裁の強化とウクライナ支援を訴えました。

数日で首都キエフを陥落させ、ウクライナ側を降伏させ、傀儡政権を樹立するというプーチンの野望はウクライナ側の頑強な抵抗により、失敗しました。ロシア軍は既に全兵力の1割を失い、20名中5名の将官が戦死、兵站は滞り、兵士の士気も低下しているようです。一方、ウクライナ全土からの避難民は1000万人を超えました。

西側諸国による経済制裁がロシア経済を混乱に陥れ、ロシア国民の反政権感情が高まり、プーチンが失脚しない限り、ウクライナに侵攻したロシア軍は引き下がらないのかと思いますが、果たしてそれがいつになるのか、こうしている間もロシア軍による戦争犯罪的な攻撃により、ウクライナの人々が無駄に命を落とし、負傷し、財産を奪われていく事態が進行しています。さらに、アメリカが警告しているように、ロシアは生物化学兵器などの大量破壊兵器を使用する可能性もあります。

2016年に放映されたNHK-BS1のBS世界のドキュメンタリー「プーチンの道〜その権力の秘密に迫る〜」の再放送を先日、観ましたが、東ベルリンに派遣されたKGBの一職員が1989年11月9日のベルリンの壁崩壊後、ソ連に戻り、サンクトペテルブルクの副市長の職に就き、食料供給の過程で公金をくすね、モスクワの中央政界に転じ、モスクワなどの大都市で起こったアパート爆破事件をチェチェン紛争の反政府主義者のせいにして、KGB後継組織のFSB長官にのし上がり、やがてエリツィンの後継者として抜擢され、大統領職に就き、政敵を排除しつつ、独裁的な権力を手にするまでが描かれていました。本来、プーチンが犯した犯罪行為に対して司直の手が入り、裁かれるべきところを当時の汚職大国ロシアはそれを許し、さらにエリツィンは自らの身の保全のため、プーチンに後を託したとのこと。西側の指導者の中にもプーチンの不正に目をつぶったのが、ドイツのシュレーダー元首相、イギリスのブレア首相でした。

ドキュメンタリーでは触れられていませんが、安倍晋三もプーチンと27回会談したことをアピールし、歯の浮くような言葉でプーチンをほめたたえ、自らのレガシーのため、平和条約締結を優先し、4島返還を2島返還に後退させたことは記憶に新しいです。果たして、プーチン失脚後、ロシアとの外交交渉において、領土問題の話し合いはどういったポイントから再開できるのかが大きな問題となっています。

東京新聞24日の朝刊に作家の保坂正康氏のロシアのウクライナ侵攻に関するインタビュー記事が掲載されていましたが、最後の部分に「こういう機会に乗じて改憲や核の共有について言い出す政治家は考え違いをしている」との意見がありますが、まさに同感です。

さて、時代の流れなのか最近、続々と西武の黄色の電車の廃車が続いています。ネットの情報に依れば、3月22日、西武新宿線で長らく活躍した2000N系4連、2521Fが南入曽基地から横瀬基地に廃車回送されたそうです。

2521Fは1988年10月20日,2523Fとともに東急車輛で竣工しました。1992年12月17日に減パン工事、2003年10月10日にMGとCPの換装を行っていますが、更新修繕は受けていません。

2000n-4-2521-190512-2 2019/5/12 玉川上水

2000n-4-2521f-160606 2016/6/6 井荻

2000n-25212519-190210 2019/2/10 萩山~小平

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2022年3月24日 (木)

通勤電車シリーズ 205系 40 東北本線・日光線用 600番台の登場 part2 メルヒェン顔に湘南帯

2013年中にデビューした元ケヨ1~10編成由来の205系600番台はメルヒェン顔に湘南帯という新しいスタイルになりました。昨日のリストにあるようにY1,Y4,Y5,Y7,Y8,Y9の6編成がこのスタイルとなりました。

205600-y1-846m-130727-1 2013/7/27 鹿沼~文挟 Y1編成 湘南色の編成が日光線に入ることもありました。

205600-y4-170303 2017/3/3 宇都宮 中央がY4編成

205600-y7-140405 2014/4/5 西那須野 Y7編成

205600-y8-171216 2017/12/16 黒磯 Y8編成

205600-y9-171216 2017/12/16 野崎付近 Y9編成

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2022年3月23日 (水)

通勤電車シリーズ 205系 39 東北本線・日光線用 600番台の登場 part1 東北本線 小金井~宇都宮~黒磯間

昨日の記事にあるように首都圏の205系の中で大転配の後、最も早く205系の置き換えが始まったのは京葉車両センターの京葉・外房・内房線用編成でした。

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ケヨ1~10編成とハエ編成2本からの205系600番台への改造

メルヒェン顔と言われた新製配置編成12本のうち、まずケヨ11、ケヨ12編成が全車両廃車となった後、おそらくケヨ1~10編成から、東北・日光線向け600番台改造案が出たのかと思います。当初は4両編成、10本改造(東北線6本、日光線4本)の計画が途中から12本に変更されたのではと思います。そのため、10本分の転属が終了した後、少し時間をおいて追加分の2本の改造が行われ、それらの原資は埼京線の編成となり、顔もメルヒェンではなく原形顔となりました。

東北本線の黒磯開業は1886年12月1日、私鉄の日本鉄道によるもので当時は奥州線と言われていました。1959年5月22日に黒磯まで直流電化されました。同年7月1日には黒磯から先、白河まで交流電化され、黒磯駅は交直流地上切り替え駅となりました。黒磯までが直流電化されたのは那須御用邸まで直通列車を運転する必要からだったと言われています。電化開業以来、小金井から黒磯までの運転は宇都宮運転所、小山電車区、新前橋電車区の80系、115系、107系、211系が担当し、115系引退後はE231系、E233系も担当して来ましたが、2013年8月24日から205系600番台が投入され、211系の運用がなくなりました。

115300-y377-030517-2 2003/5/17 矢板~野崎間 115系300番台 Y377編成

107-n1-030419-2 2003/4/9 黒磯 107系0番台 N1編成 


107-r1-060312 2006/3/12 黒磯 107系 100番台 R1編成

211-a01-060805 2006/8/5 黒磯 211系3000番台 A01編成

205600-y1-170303 2017/3/3 宇都宮 駅横の電留線で休む205系600番台 カラーは東北線用の湘南色と日光線用のクリーム・ゴールド・ルビーブラウンの2種類が用意されました。

205系600番台改造に当たっては
・パンタグラフのシングルアーム化
・帯色の変更
・車椅子対応のトイレ設置
・車椅子スペースの設置
・運行番号表示器のLED化
・側扉の半自動化対応ボタンの設置
・ドアチャイムの追加  
運転関係では
・抑速ブレーキと耐雪ブレーキの追加
・増粘着材噴射装置(セラジェット)の設置
・霜取り用パンタグラフの設置
・ヒーターの増強 が行われました。

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2022年3月22日 (火)

通勤電車シリーズ 205系 38 京葉線205系置き換え

所謂、「大転配」の後、2008年10月1日時点での205系
仙台車両センター宮城野派出所 仙石線用 M1~M18 
京葉車両センター京葉・外房・内房線用  ケヨ1~12 22、24~27 ケヨ21編成からMM'-277を除いた編成は入場中、サハ205-29,30
武蔵野線用 M62~M66、M1~M35
川越車両センター ハエ1~32 81~85
国府津車両センター R1~R13
鎌倉車両センター H1~H27
中原電車区 ワ1,2,4 T11~T19 ナハ2~16、34~44、46~51

といった配置でした。

2006年12月にはやがて京葉線や埼京線、南武線、横浜線の205系を置き換えることになるE233系0番台が中央快速線で営業運転を開始していました。2007年12月には京浜東北線にE233系1000番台が投入され、209系0番台の置き換えが開始され、その後、2000番台203系置き換えのため、常磐緩行線に2009年9月から投入され、東海道線にもE233系3000番台が投入されました。

2009年には南武線のナハ48編成がMM'-21をナハ4編成のMM'-236の替りに残し、仙石線にM-19編成として転属ました(記事)。さらに京葉車両センターのケヨ21編成、ケヨ23編成もそれぞれM36編成、M66を経て、鎌倉車両センターのH28編成となりました(記事)。

2010年7月になると京葉・外房・内房線用にE233系5000番台が投入され、同線用205系に廃車の動きが出てきます。

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京葉車両センター 京葉・外房・内房線用205系の置き換えの動き

7月にケヨ11、ケヨ12編成が廃車となり、9月にはケヨ1、ケヨ5編成のMM'TMM'Tの各6両、10月にはケヨ6、ケヨ7編成の同じ6両、11月にはケヨ2編成の同じく6両、12月ににはケヨ3編成、2011年1月にはケヨ8の同じく6両、ケヨ22編成のTcMM'TMM'Tの7両、3月にはケヨ4編成の6両、ケヨ25編成のTcMM'TMM'Tの7両、9月には量産先行編成ヤテ1編成だったケヨ24編成が全車廃車となりました。2012年1月にケヨ26編成の7両、2月にケヨ27編成の7両が廃車されています。10両から6両が廃車された残りの4両は後日触れる、東北本線、日光線の4連に、7両が廃車された残りの3両はこちらも後日触れる予定のMに運転台取り付け改造され富士急行に譲渡されました。

205-11-901101 1990/11/1 舞浜 1990年1月にデビューしたケヨ11編成
あとから思えばケヨ11編成とケヨ12編成を全車廃車にせずに4両残しておけば、東北本線・日光線用の転属者は全編成京葉車両センターの車両で対応できたのかもしれません。

205-24-090215-4

2009/2/15 蘇我 4編成の量産先行編成の中で唯一、富士急行に譲渡されなかったケヨ24編成 
同編成のうちクハ205-1・モハ204-1・モハ205-1の3両は廃車後、2012年10月に開設された大宮総合車両センター内の検修社員用の施設「大宮グローアップスクエア」で検修技能訓練所の訓練用車両として使用されているそうです。

E2335000-501-151107-3 2015/11/7 新木場 E233系5000番台 10両固定 ケヨ501編成

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E2335000-f51-120211

2012/2/11 蘇我 E233系5000番台 6+4分割 ケヨ551+F51編成

E233系5000番台、当初の計画では10両固定編成21本、6+4分割編成4本が導入される予定でしたが、実際には10両固定編成20本、6+4分割編成4本が導入されました。

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2022年3月21日 (月)

西武拝島線 6両運転復活

3月19日土曜日の午後、萩山駅で西武新宿方面に向かおうと列車を待っていると、なんと13時27分の小平行は6両編成とのこと。

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2022/3/19 萩山 3番線の列車案内表示

昼間の時間帯に拝島や玉川上水と小平を走る拝島線の列車は8連が常かと思っていましたが、6連があるのかと驚き、足元の表示をみるとこんな表示がいつのまにかあるではないですか。

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果たして入線してきたのは2053Fの2000N系6連でした。

Dsc08083

2022/3/19 萩山 2053F

西武鉄道アプリの画面も保存しました。

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ネットで調べてみると、西武新宿線系統での6連の運行は朝のラッシュ時は2012年6月30日改正、昼間時間帯は2016年3月26日改正で消滅とのことで、車両的には6連の編成は2000系、2000N系の2027F, 2031F, 2033F, 2051F, 2053F, 2045F, 2047F, 2049Fと所要本数に対し在籍本数的には余裕がある状態(情報はこちら)とのことなので、8連から6連に今回のダイヤ改正で変化があったのかと思います。

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2022年3月18日 (金)

通勤電車シリーズ 205系 37 短期間、武蔵野線で活躍したM66編成

2007年3月、武蔵野線の増発対応として京葉線のケヨ23編成(元ヤテ15編成-サハ204)からサハ205-29、-30、2両を除いた、6M2Tの8連がM66編成として武蔵野線の編成に加わりました。この編成はVVVF化改造を受けず、M65に続く、M66という編成番号が付与されました。M61~M65は所謂、メルヒェン顔の武蔵野線新製配置編成で、205系オリジナル顔の編成としては初の60番台編成となりましたが、2008年12月にはケヨ21編成から1モハユニットを埼京線に渡し、残りのモハユニットをVVVF化改造したM36編成(記事)が武蔵野線編成に加わったため、M66編成は2009年1月29日には、運用を離脱、2009年3月2日、大宮総合車両センターに入場、サハ205,2両を復帰させ、2009年3月のダイヤ改正で増発された横浜線にH28編成として転属しました。このときにモハ205/204-44ユニットは余剰となり、廃車されました。H28編成の営業運転開始は2009年5月2日でした。


横浜線205系編成の中では、唯一、サハ204の連結されない編成になりました。

M66

ケヨ23編成からM66編成、さらにH28編成

205-23-051105_20220317134601 2005/11/5 舞浜 ケヨ23編成

205-m66-090127 2009/1/27 東川口 M66編成 運用離脱2日前の姿

205-h28-120817-2


2012/8/17 東神奈川 H28編成 H27編成までは2両目に6扉車が連結されていますが、この編成はありません。

余剰車となったモハ205/204-44は2009年6月3日に長野総合車両センターに配給回送されました。

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2022年3月17日 (木)

通勤電車シリーズ 205系 36 南武線 ナハ4編成のモハユニット交換

東日本大震災による仙石線車両の被災以外で、205系の事故廃車として知られるのは3月9日の記事で触れた川越線の踏切事故によるモハ2両の件と、既に何回か拙Blogでも触れている中原区ナハ4編成の入庫中の作業における事故があります。

205-4-070811 2007/8/11 府中本町 事故を起こす前のナハ4編成 すべて側扉窓が大窓

これは2008年10月26日、中原電車区構内でナハ4編成の交番検査としてMGの故障調査が行われていた際に、工具による電気回路の短絡が発生、低圧系の機器類が破損、作業員が重傷を負う事故となりました。低圧回路に1500Vの電圧がかかってしまい、ナハ4編成は自力走行不能となり、モハ205/204-236を編成から抜き、2009年4月にブレーキ受量器の修理を行い、モハ205/204-235、クハ205/204-88の4両が大宮車両センターに入場しました。

2054-090621205-4-20588-0906212009/6/21 大宮 偶然、大宮駅で撮影していた入場中の クハ205-88-モハ205/204-235-クハ204-88 の4連
写真を撮影している時点ではなぜこの編成が大宮に入場しているのかは全く不明でした。

4

同時期に仙石線に転出することになったナハ48編成の4連化で抜かれるモハ205/204-21ユニットを組み込み、新ナハ4編成として2009年8月18日に大宮を出場しました。短絡事故を起こしたモハ204/204-236は2010年6月15日に長野総合車両センターへ廃車配給されました。

205-4-100911-2_20220316125201 2010/9/11 尻手 営業運転に復帰したナハ4編成 残念ながら小窓のモハユニット-21の判別はできません。

この事故の影響でJRの全車両の高圧機器には啓発シールが貼られるようになりました。

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2022年3月16日 (水)

通勤電車シリーズ 205系 35 武蔵野線205系 M15編成

武蔵野線の205系編成の中でM14編成が改造出場したのが、2004年8月4日、その後はM16編成が9月9日に出場、そのままM15という編成番号を欠番にしたまま、M27編成が2005年3月18日に出場、M29、M30 が3月26日、M28が6月10日に出場し、その後にM15が6月28日に出場となりました。なぜこのようにM15の出場が遅れたのか、それは武蔵野線への転属計画が策定された当初は武蔵野線にもサハから改造のクハ(1200番台)が配置される予定だったからだそうです。しかし、サハから改造のクハは南武支線に配置されたクモハ同様にワンハンドル方式となっており、武蔵野線へは1編成のみワンハンドル車を導入するよりは、できる限り、運転方式は線区別に統一しておいたほうが安全面からの良いということで、南武線に配置されていたクハ205/204先頭のナハ45編成2005年3月17日に運用離脱させ、京葉車両センターへ転属、埼京線からのサハ205-208,-153を挿入し、8連化し、秋田総合車両センターでモハユニットをVVVF化改造し、M15編成に仕立てたため、このような時期の登場となりました。


Photo_20220315131301

南武線 原形スタイルクハの転入編成

M15
M15 編成

205-m15-070812 2007/8/12 府中本町 M15編成

205-m15-151206 2015/12/6 新松戸

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2022年3月15日 (火)

通勤電車シリーズ 205系 34 武蔵野線205系編成の組換え part2

昨日の2005年の3編成間でのモハユニットに組換えに続き、2006年にもモハユニットの組換えが行われました。

M21m34s
武蔵野線用205系 M21~M35編成の組成

昨日の続きで、M21編成からM35編成までの組成です。M21,M22,M24,M27,M28,M30,M31,M33編成までは山手線編成からサハ204と1モハユニットを抜いた「居抜き」編成でした。M35編成は武蔵野線新製配置のM61編成のVVVF化でM35となったものでした。
これら以外は寄せ集め編成で特に検査周期の点で揃えるべき必要があったのはM23とM26編成でした。

M23m26


M23編成とM26編成間でのモハユニット組換え

205-m23-200327-2_20220314141101 2020/3/27 西国分寺 M23編成

205-m26-110703-2 2011/7/3 北浦和~与野 M26編成

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2022年3月14日 (月)

通勤電車シリーズ 205系 33 武蔵野線205系編成の組換え part1

武蔵野線へ転属した205系、最初の2編成は中央・総武緩行線で活躍していた編成からモハユニットを1組除いた編成が転属し、主電動機は120kWのMT74、VVVFインバーターはSC71が採用され、MG非搭載の車両にはSIVが搭載されました。

山手線205系、52編成のうち、2005年度までに両端のクハ205/204は32編成分の64両が武蔵野線に転属しました。32編成のうち、サハ204とモハユニット1組を除いた8両からモハユニットをVVVF化した編成(言うなれば「居抜き」編成)が20本、モハユニット、サハを除かれ残ったクハと他編成のモハユニットをかき集めて作製された編成が12本となりました。VVVF化されたモハユニットは編成順に付番され、最終的に5072まで行きました。
 居抜き編成に関しては武蔵野線で運用するにあたり、検査周期等の問題はありませんが、かき集め編成は、後々、重要部検査や全般検査の周期がそれぞれのオリジナル編成の周期が離れていた場合に、不揃いの問題が出てきます。そこで、VVVFモハユニットの番号順は崩れますが、編成ごとの検査周期を揃えるため、モハユニットの組換えが2005年3月2006年5月に行われました。

今回は2005年3月の組換えについて触れます。

M1m20s

武蔵野線用205系 M1~M20編成の組成

M20編成までの20編成で検査周期を揃える必要があったのはM5,M17,M20の3編成でした。

M5m17m20

 

 

 

 

 



M5, M17, M20 編成間でのモハユニットの組換え


205-m5-180421 205-m5-m5040-180421 2018/4/21 府中本町 M5編成

205-m17-190323 2019/3/23 新木場 M17編成

205-m20-130518_20220313102101 2013/5/18 南流山 M20編成

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2022年3月11日 (金)

2022年3月12日、ダイヤ改正 相模線、八王子乗り入れ廃止

今回のダイヤ改正で1936年1月15日に開始され、太平洋戦争で中断、1991年3月16日の相模線電化後、再び行われてきた相模線の橋本~八王子間の横浜線乗り入れ運転が終了します。

改正前のダイヤでは
平日  八王子着 7:18 7:48 8:19 18:11 18:39 19:12 発 7:24 7:55 8:25 18:20 18:47 19:18
土休日 八王子着 7:20 7:39 8:20 18:55 19:15 19:36 発 7:32 7:48 8:45 19:00 19:21 19:43 

の朝、夕 3往復ずつの乗り入れ運転がなくなります。

乗り入れ廃止の理由は横浜線の利用者が年々増加しており、相模線乗り入れ運転のため、横浜線の列車間隔が開いてしまうこと、橋本駅での相模線転線のためのダイヤの制約が問題なようです。

205500-r1-111112-2 2011/11/12 八王子 R1編成

205500-r3-210821_20220309200201 2021/8/21 八王子 R3編成

205500-r9-210816 2021/8/16 八王子 R9編成

205500-r11-210817-3
2021/8/17 片倉 R11編成

205系500番台の時代は1991年3月から2021年11月まで続きましたが、昨年11月18日からE131系500番台が導入され、僅か4か月弱で、同系列が定期の営業運転で同区間を走る姿は見納めとなります。

Dsc07751

2022/1/31 片倉 G-04編成

Dsc07959 2022/3/4 八王子みなみ野 G-01編成

Dsc08034 2022/3/5 八王子みなみ野 G-10編成 ワンマン化も行われるため、車掌の姿も見納め

Dsc08020 2022/3/5 片倉 休日ダイヤでは片倉ですれ違いも撮れたようでした。

Dsc07759 2022/1/31 橋本 相模線線路に入るため、横浜線線路を横断するE131系500番台 G-04編成

Dsc07767 2022/1/31 八王子駅 ホームの案内表示

Dsc07756 2022/1/31 片倉駅 足元乗車位置表示

Dsc08006 E131系 ドア上の表示

Dsc08007 E131系 車体側面表示

など、車両のみならずいろいろな表示類の変更があるようです。

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2022年3月10日 (木)

西武101N系 1259F 横瀬へ廃車回送

ネットのニュースで知った情報ですが、多摩湖線で活躍し、多摩湖線運用終了後は小手指基地に配置されていた101N系ワンマン対応4連の1259F(赤電塗装)3月6日、深夜、横瀬基地に回送されたそうです。

1980年9月3日 西武所沢車輛工場にて竣工、1981年には701系冷房改造車グループと連結可能なように抑速ブレーキの無効化、戸閉め装置その他の電気回路の一部を変更などの改造が施工されて新宿線系統に転属となりました。1999年8月26日、ワンマン運転対応改造、2006年3月24日、更新修繕に際にパンタグラフのシングルアーム化、CPの換装、補助電源のSIV化がなされました。

1257F:2020年2月29日、1261F:2020年11月9日、1259Fと多摩湖線に固定されていた編成が続々と廃車になってゆきます。1259Fは厳密にいうと、2010年10月から2011年11月にかけて多摩川線で運用されたことがあったようですが、昨年2月の多摩湖線ラストランまでの数年間は多摩湖線固定運用でした。

101n-259f-150607-5 2015/6/7 萩山

101n-259f-180128-22018/1/28 一橋学園~青梅街道間

登場時のレモンイエローから白色の塗装になったのは2011年11月から

101n-259f-151107-14 2015/11/7 国分寺~一橋学園

101n-259f-151107-29
小平市がブルーベリー栽培発祥の地であることを記念し、2015年11月には1259Fに「ぶるベー号ラッピング」が施されました。

101n-259f-181012-21 2018/10/12 萩山

101n-259f-181014-3 2018/10/14 青梅街道~一橋学園

2018年10月、白色塗装から、101N系は纏ったことのない赤電塗装に変わりました。

101n-1260-190502 2019/5/2 西武園 

101n-1259-190512-2_202203091445012019/5/2 東大和市
この頃は玉川上水基地から、小川、東村山経由で西武園線運用に入ることもありました。

101n-4-1260-190609 2019/6/9 小平
日曜日には玉川上水~小平~上石神井~小平~南入曽といったコースで回送されることもしばしばありました。

101n-4-1259-210219-2
101n-4-1259-210219

101n-4-1260-210219-22021/2/19 西武遊園地 

国分寺駅ホームドア設置のため、101N系の多摩湖線撤退後、ラストラン運転を担当したのが1259Fでした。多摩湖線から101N系が撤退、3月のダイヤ改正では西武遊園地の駅名も昔の多摩湖に戻されました。

101n-4-1260-210713 2021/7/13 西所沢
多摩湖線撤退後は小手指基地に転属、狭山線などで活躍していました。

 

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2022年3月 9日 (水)

通勤電車シリーズ 205系 32 ハエ24編成の踏切事故、モハユニット差し替え

2007年1月21日、川越線内で埼京線205系10連ハエ24編成が踏切事故に遭遇しました。幸い犠牲者は出ませんでしたがモハ205-386の外板が大きく損傷、乗用車の炎上でモハ204-388の外板も大きく損傷しました。


2121_20220308090201


そのため、モハ205-386とモハ204-388は修復不能車となり、それぞれのモハユニットの相手方、モハ205-388とモハ204-386とで新ユニットを組み、京葉車両センターのケヨ21編成からモハ205/204-277ユニットを抜き、新ハエ24編成を組成することにしました。ケヨ21は元ミツ21で、さらに元を辿るとTcMM'----MM'T'cはナハ7、---TMM'T---はウラ5の205系初のハイブリッド編成でした(記事)。


T3074_20220308090401  

ケヨ21編成の抜けた分の補填として豊田電車区から201系T30編成を京葉車両センターに転属させ、ケヨ74編成としました。T30編成は2007年2月21日に東京総合車両センターに入場し、3月21日に出場しています。


201-t30-061217 2006/12/17 国分寺 T30編成

201-74-070329 2007/3/29 舞浜 ケヨ74編成

205系ケヨ21編成は2007年3月28日に川越車両センターに転属、3月29日にはモハユニット-277を抜かれた8連で東大宮に疎開となりました。なんと1年半の期間、保留車として留置されたのち、2008年9月18日、京葉車両センターに戻り、9月22日、長野総合車両センターに入場しました。ここで残る2組のモハユニットはVVVF化改造を受け、MM'-276 が-5071、MM'-368が-5072と改番され、武蔵野線用M36編成として2008年12月27日、出場しました。

205-21-050528 2005/5/28 舞浜 ケヨ21編成 生まれついた運命なのか、ナハ+ウラからミツ、ケヨさらにハエとMと流転の人生を送った編成に


205-24-111001 2011/10/1 与野本町 ハエ24編成


205-m36-130608-1 2013/6/8 越谷レイクタウン M36編成

新たに組成されたハエ24編成は2007年5月30日に運用復帰し、復帰困難車のモハ205-386・モハ204-388は昨日の記事で触れた余剰車、サハ205-107・108・220・221と共に2008年6月18日に郡山総合車両センターへ配給回送となりました。この6両が205系としては初の廃車となりました。

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2022年3月 8日 (火)

通勤電車シリーズ 205系 31 川越電車区・車両センターからのサハ205の転出

2003年度~2005年度にかけて行われた205系の大転配は山手電車区(東京総合車両センター)からの205系の転出だけではなく、川越電車区(川越車両センター)の埼京線編成にサハ204、6扉車を組み込むため、それまで組み込まれていたサハ205の捻出、転出がありました。今回はその動きを見てゆきます。
この関係で最初に動いたのはサハ204-902でした。同車は1996年度、第42編成が埼京線に転出した際に同編成に組み込まれていたサハ204-42が編成から抜かれ、第49編成に組み込まれ、同編成に組み込まれていたサハ204-902が保留車となりました。そのサハ204-902が2001年6月30日付で川越電車区に転出、ハエ8編成に組み込まれました。帯色がウグイス色(黄緑6号)から、緑15号に変更され、客室側扉上部にあったモニター画面が埋め込まれ、サハ204試作車だけの側扉締切り表示灯も埋め込まれ、2001年8月6日から営業運転に就きました。

このときにハエ8編成から抜かれたのがサハ205-161でこの車両を種車に鶴見線用クハ205-1101への先行改造が鎌倉総合車両所で施工され、2002年3月29日に竣工しました(2022年2月15日記事)。これ以降、山手電車区から転出する11両編成のうち、サハ204は川越電車区に転入(ヤテ30編成以外)という流れが確立し、クハ205-1101で確立したステンレス製中間車両への運転台取り付け工事も、南武支線用、クモハ205/204-1000番台、仙石線用クハ205/204-3100番台、南武線用クハ205/204-1200番台、鶴見線用クモハ204-1100番台と発展し、大井、大宮、郡山、土崎工場で分担して先頭車改造が行われて行くことになりました。

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川越電車区からのサハ204組込に連動したサハ205の転出

サハ204の組み込みはハエ8編成から始まり、ヤテ2編成ごとに、番号順に進みました。ハエ31編成は元々、ヤテ17編成であり、同編成に組み込まれていたサハ205-33,34は川越区に配置されることなく、土崎工場に送られ、改造工事に回ったものと思われます。埼京線用の205系編成は元々、川越区に新製配置された編成、東中野事故の関係で一旦、三鷹区に配置され、転入した編成(ハエ7、ハエ9)と山手電車区から転属のハエ31編成の26編成にサハ204が組み込まれ、残りのハエ26、27、28(いずれも浦和電車区からの転入)、ハエ29,30,32(山手電車区、東京総合車両センターからの転入)編成にはサハ204の組み込みはなされませんでした。
そして、編成表のデータによれば昨日の記事にある、トウ1~4編成のサハ204-1~4に関しては車両自身の川越車両センター配置は2005年度中で帯色変更も2005年8月1日、17日にそれぞれ施工されていましたが、ハエ1,2編成への組み込みは2007年11月3日、2008年2月9日になってのことでした。これはハエ1、ハエ2編成に組み込まれていたサハ205-146~149の処遇が決まらなかったためのようで、同車はハエ32編成のサハ205-107,108、ハエ26編成のサハ205-220,221が2008年6月19日付で廃車されるのと入れ替わりにハエ32、ハエ26編成に組み込まれ、それによる空きでハエ1,2編成にサハ204が組み込まれました。

205-32-120921-3 2012/9/21 浮間舟渡 ハエ32編成 2008年にハエ1編成のサハ205を組み込んだ編成 他の車両は元トウ54編成

205-26-130224 2013/2/24 原宿 ハエ26編成 ハエ32編成同様、元々のサハを廃車にしてハエ2編成のサハ205を組み込んだ編成

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2022年3月 7日 (月)

通勤電車シリーズ 205系 30 量産先行編成トウ1~4の転出

東京総合車両センターへのE231系500番台の新製配置に伴う205系の運用離脱と転出、最後は量産先行編成4編成となりました。量産編成の最後、第56編成が運用を終了したのが2005年2月7日で、それに続いて3月10日、第1編成、3月20日には第2編成が運用を終えました。第2編成は運用終了後の3月26日品川線(山手線)開業120周年記念イベント電車として内回り線を1周し、東京総合車両センターでE531系500番台、103系3500番台と共に展示されました。開けて2005年度、4月4日には第3編成が運用離脱、E231系500番台の第51,52編成が運用に就き、E231系500番台化が完了、最後まで残ったのは第4編成で4月1日から17日までの間、「さよならHM」が両先頭車に掲示され、17日の11運用を以って営業運用を終えました。ちなみに第4編成は1985年3月25日に営業運用のトップを飾った編成でした。

1234
トウ1,2,3,4編成の転出

量産先行4編成はサハ204に関しては川越車両センターに転属、埼京線に組み込まれることになりましたが、組み込む編成がなかなか決まらず一旦はハエ32、ハエ26編成に組み込まれ、最終的にハエ1、ハエ2編成に組み込まれました。ハエ1、ハエ2編成から捻出されたサハ205に関してはハエ32,、ハエ26編成に組み込まれ、これらから捻出されたサハ205は2008年6月に廃車になっています。サハ204,52両の組み込みについては別記事で纏めます。残り10両に関しては京葉車両センターに転属し、ケヨ24~ケヨ27編成となりました。改造はATC関連機器を取り外し、ATS-P,ATS-Snを搭載、運転台右側に停車駅通過防止装置が設置されました。最高速度に関しては生え抜き車とは異なり110km/h対応とはなっていないため、内房線・外房線直通運用には充当されないこととなりました。

205-03-020427-2_20220306084501 2002/4/27 恵比寿 トウ3編成

205-24-090215-2_20220306084501 2009/2/15 蘇我 ケヨ24編成

205-25-070329 2007/3/29 舞浜 ケヨ25編成

205-27091025-3 2009/10/25 蘇我 ケヨ27編成

山手線用における205系の活躍は1985年3月から2005年4月までの20年間、国鉄時代に34編成、民営化されから20編成が投入され、第41編成が1990年5月、第42編成が1996年2月に川越区に転属、その後、サハ204を組み込み、11連化され、2002年4月からE231系500番台の投入による置き換え開始で「大転配」が始まり、11両編成52本+サハ204-902 1両の大移動が始まりました。

205_20220306092901Photo_20220306094501

その結果、573両のうち、2両(サハ205-45,60)が引き取り手がなく廃車となった以外は先頭車化改造などもあり、他線区での第二”車”生を歩み始めました。サハ204に関してはー30が横浜線に転属した以外はすべて埼京線へ、編成ほぼ丸ごと転属が京葉線へ6本、埼京線へ2本、横浜線へ1本、前半の転出編成は南武線と仙石線へ、後半の編成は武蔵野線に転出となりました。埼京線、京葉線以外は10両未満の編成のため、余ったモハユニットが同じ線区の他の編成、もしくは鶴見線などに回りました。

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2022年3月 4日 (金)

通勤電車シリーズ 205系 29 2004年度の205系の動き part5 トウ52,53,16,55,56編成の転出

E231系500番台の東京総合車両センター新製配置による205系の運用離脱、転出の動き、今回はトウ52,53,16,55,56編成の転出です。

52-53-16-55-56

トウ52,53,16,55,56編成の転出

5編成のうち、トウ16以外は、これまでのトウ44,46、48、50、43、57、59、60、33、34と同様にサハ204は川越車両センターの埼京線用編成に組み込み、最も偶数よりのモハユニット以外の8両はサハ205をセンターにしたTcMM'TTMM'T'Cの8両編成となりました。改造担当所と竣工日は以下のようになっています。

モハ205/204-5051 東京 2005/2/22
       -5055,-5056 東京 2005/6/10
                -5059,-5060 大宮 2005/3/26
                -5063 大宮 2005/8/30
                -5061,-5062 大宮 2005/7/4
                -5067 東京 2005/9/7
                -5065,-5066 東京 2005/7/22
                -5068 東京 2005/9/5  

205-53-020427 2002/4/27 五反田 トウ53編成 

205-56-020427 2002/4/27 五反田 トウ56編成     

205-m28-081230 2008/12/30 南船橋 M28編成

205-m30-060422 2006/4/22 新座 M30編成

205-m31-110608 2011/6/8 大宮 M31編成

205-m33-151219-2 2015/12/19 新松戸 M33編成

トウ16編成に関しては細切れに裁断され、両端クハはM34編成、サハ204はハエ6編成、MM'-46は南武線ナハ51編成、MM'-47は鶴見線T19編成(MM'c)、TT-31,32は武蔵野線オリジナルM61編成のVVVF化でモハユニットに置き換えられたサハ(M35編成:2022/2/7の記事)に、そしてMM'-48 はVVVF化改造され-5058と改番されてM29編成に組み込まれました。

クモハ204-1109 秋田 2005/3/31
モハ205/204-5058 東京 2005/3/26

205-16-020427-edit2002/4/27 田町 トウ16編成

2051100-t19-071214 2007/12/14 八丁畷 なぜか南武支線を走る鶴見線T19編成

205-m34-090607 2009/6/7 越谷レイクタウン M34編成

これらの編成の転出で東京総合車両センターに残された205系編成は量産先行編成4本となりました。

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2022年3月 3日 (木)

通勤電車シリーズ 205系 28 2004年度の205系の動き part4 トウ33,34,14,51編成の転出

E231系500番台の東京総合車両センター新製配置による205系の運用離脱、転出の動き、今回はトウ33,34,14,51編成の転出です。

33-34-14-51_20220306073201

トウ33,34,14,51編成の転出

トウ33、34編成はこれまでのトウ44,46、48、50、43、57、59、60などにみられたのと同じ、サハ204と最も偶数よりのモハユニット以外の8両が武蔵野線の4M4TVVVF化改造編成となったパターンでした。

モハ205/204-5045 大宮 2005/1/13
       -5047,5048 郡山 2005/3/10
       -5049,5050 大宮 2005/2/18
       -5052 東京 2005/2/22

205-m23-070908 2007/9/8 北朝霞 M23編成

205-m24-110717 2011/7/17 北浦和~与野間 M24編成

205-m25-200306-2
2020/3/6 東川口 M25編成

トウ14編成はサハ204-14はハエ4編成に、モハ205/204-40とサハ205-27,28は南武線ナハ51編成に改造され、もう一組のモハユニットはトウ16編成のMM'-46が組み込まれました。さらに中間のMM'-41ユニットは鶴見線用MM'c(T17編成)となり、残りのMM'-42ユニットはVVVF化改造され-5057に、両端クハはM32編成に組み込まれました。なんでナハ51編成が同じトウ14編成からでなく、違う編成の組み合わせとなったのかはわかりません。

クハ205/204-1206 秋田 2005/3/18
クモハ204-1107 秋田 2005/4/20
モハ205/204-5057 東京 2005/3/28

2051200-51-070811 2007/8/11 府中本町 ナハ51編成

トウ51編成は真ん中のMM'-152ユニットを鶴見線のT18編成用MM'cとし、サハ204-51をハエ5編成に組み込み、残り8両は武蔵野線M27編成になりました。

モハ205/204-5053、-5054 東京 2005/3/192051100-t18-181224

2018/12/24 浅野 T18編成

205-m27-091031 2009/10/31 東所沢 M27編成

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2022年3月 2日 (水)

通勤電車シリーズ 205系 27 2004年度の205系の動き part3 トウ59,60,13,32編成の転出

2004年度の205系編成の東京総合車両センターからの転出、続いてはトウ59,60,13,32編成です。

58-60-1332

トウ59,60,13,32編成の転出

トウ59編成、サハ204-47はハエ24編成に組み込まれ、残りの10両は武蔵野線用に。モハ205/204-175、-178ユニットは、それぞれVVVF化改造され-5027、-5028となり、クハ、サハ共々M19編成に、モハ205/204-177ユニットは-5033となり、M17編成に組み入れられました。
モハ205/204-5027、-5028 東京 2004/8/5
モハ205/204-5033 東京 2004/10/19

205-m19-180430
2018/4/30 新座 M19編成

205-m17-110608
2011/6/8 大宮 M17編成

トウ60編成も同様なパターンで、サハ204-49はハエ25編成に組み込まれ、残り10両は武蔵野線用に。モハユニット-178、-179は-5041、-5042となり、クハ、サハとともにM21編成に、モハユニット-180は-5040となり、M20編成に組み込まれました。
モハ205/204-5040 大宮 2004/10/26
モハ205/204-5041,-5042 大宮 2004/12/1

205-m21-060422
2006/4/22 東浦和 M21編成

205-m20-200404
2020/4/4 西国分寺 M20編成

トウ13編成はサハ204-13はハエ25編成に組み込まれ、MM'-37,TT-25,26は八高・川越線用3000番台に改造、ハエ85編成になりました。MM'-38は鶴見線用T15編成のMM'cに改造、MM'-39はVVVF化されて-5046となり、M26編成に、両端クハはM29編成となりました。

クハ・モハ205/204-3005 秋田 2005/1/29
クモハ204-1105 秋田 2005/2/8
モハ205/204-5046 大宮 2005/1/13 

2053000-85-170304
2017/3/4 拝島 ハエ85編成

2051100-t15-181224 2018/12/24 浅野 T15編成 クハ205-1105は元ハエ21のサハ205-222からの改造のため側扉の窓が大きい

205-m26-090207 2009/2/7 南越谷 M26編成

トウ32編成はサハ204-32はハエ3編成に組み込まれ、モハユニット-95は鶴見線用T16編成用MM'cに改造、残り8両はモハユニットをVVVF化改造してM22編成となりました。

クモハ204-1106 郡山 2005/1/26
モハ205/204-5043,-5044 東京 2005/1/7

205-m22-130518 2013/5/18 南流山 M22編成

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2022年3月 1日 (火)

通勤電車シリーズ 205系 26 2004年度の205系の動き part2 トウ54,57,12,58編成の転出

2004年度の転出、続いてはトウ54,57,12,58編成の転出についてです。これまでは山手電車区ですので、ヤテと表記してきましたが、2004年6月1日付で東京総合車両センターとなり、表記もトウに改められましたので、トウにしました。

54571258_20220228145001
 トウ54,57,12,58の転出

トウ54編成は全車、川越電車区改め川越車両センターへ転出しました。但し、サハ204-37はハエ22編成に組み込まれ、残りの10両はハエ32編成となりました。これは2004年10月16日のダイヤ改正で増発するための編成増強でした。埼京線の205系編成のうち、生え抜きで配置された編成と一旦、中央・総武緩行線で活躍した本来、埼京線向けに製造された編成の26本(1~26)編成にはサハ204が2両ずつ組み込まれましたが、それ以外の浦和電車区からの転属、山手電車区(東京総合車両センター)からの転属編成(27~32)にはサハ204は両数の関係もあり、組み込まれませんでした。

205-54-020427 2002/4/27 恵比寿 トウ54編成

205-32-120930-2 2012/9/30 新大久保 ハエ32編成 

トウ57編成はサハ204-40をハエ23に組み込み、残りの10両は京葉車両センターへ、武蔵野線用の転属しました。MM'-171 ユニットはVVVF化改造を受け、-5034に改番、M20編成に、他の8両はモハユニットをVVVF化改造し、それぞれ-5031,-5032に改番したうえでM16編成になりました。

モハ205/204-5031,-5032 大宮 2004/9/10
       -5034           東京 2004/10/19

205-m20-130518
2013/5/18 吉川美南 M20編成

トウ12編成はサハ204-12をハエ23編成に組み込み、MM'-34ユニットは八高・川越線用-3004ユニットに、サハ205-23,24は先頭車化改造を受け、クハ205/204-1205に,MM'-35は鶴見線用T13編成のMM'cにそしてMM'-36ユニットはVVVF化改造を受け、武蔵野線用-5039に改番、M17編成の一部に、両端先頭車はM26編成にと6編成に分割されました。

モハ205/204-3004 郡山 2004/10/29
クハ205/204-1205 鎌倉 2004/11/16
クモハ204-1103 秋田 2004/10/26
モハ205/204-5039 大宮 2004/10/26

2053000-84-101231_20220228150201

2010/1/23 川越 ハエ84編成

トウ58編成はサハ204-41がハエ24編成に組み込まれ、MM'-173ユニットは鶴見線用T14編成のMM'cに残りの8両は武蔵野線M18編成となりました。
クモハ204-1104 郡山 2004/12/3

205-58-0208172002/8/17 新大久保 トウ58編成

205-m18-101128 2010/11/28 北朝霞 M18編成

モハ205/204-5035、-5036 東京 2004/10/8

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