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2022年4月29日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part1 勝鬨橋

拙blogでは以前、「日本橋川に沿って歩く」や「小名木川に沿って歩く」といった記事がありましたが、その一環として今回は隅田川河口付近の大川端、佃島付近散策の模様を記事にしようと思います。

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2021/11/17 隅田川上流から見た勝鬨橋

最初は晴海通り(東京都道304号日比谷豊洲埠頭東雲町線)が隅田川を超える際に架かっている勝鬨橋です。

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1905年1月18日、日露戦争旅順陥落祝勝記念として築地と月島を結ぶ交通手段として「勝鬨の渡し」が設置され、月島の埋め立て完了とともに石川島造船所などが完成し、交通量が増えました。

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1923年9月1日の関東大震災後の東京港修築計画(1929年)で架橋が実現、当時の隅田川には大型船舶が多く通航しており、3000トン級の船舶の通航を妨げないように、また高架橋にするには建設費が掛かりすぎるため、跳開橋として設計されました。1933年6月に着工、1940年6月14日に完成、同年は「皇紀2600年」であり、月島地区で日本万国博覧会の開催が予定され、日本の技術力を世界に誇示する機会として、イギリスやドイツの技術者を導入せずにすべて日本人の手で設計施工がなされました。しかし、日中戦争の激化で、万国博覧会は中止となりましたが、勝鬨橋は無事完成、「東洋一の可動橋」と呼ばれるような評判になりました。可動部は51.6m、固定部は86.0mで固定部は 鋼ソリッドリブタイドアーチ橋となっています。開く開度は70度で約70秒で全開になるそうです。

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この橋が可動橋であることを知らない世代が圧倒的多数になったときに、このレリーフは「かつてこの橋が開くことがあったのだ」とメッセージを出しているように見えました。

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歩道上部に4つの小屋があり、運転室、見張り室、宿直室となっており、運転室で開閉に関する操作が行われ、橋が開く際は警報サイレンが吹鳴し、灯火信号機が赤となりました。

可動橋としてはシカゴに同様の橋が存在し、シカゴ型跳開橋と呼ばれたそうです。架橋当初は日に5回、20分間開橋していたそうですが、その後は9時、12時、午後3時に3回に、そのうちに月20回程度になり、1967年に通航のための最後の跳開が行われ、その後は試験的な跳開が行われ、1970年11月29日を最後に開閉は停止され、1980年に電力供給もストップとなりました。

Dsc07042 橋の中央部 電動式ロックピン機構により、車両が通過しても振動によるズレは生じないようになっています。ただ、強度的には特殊車両の通行は40tまでに限定されています。

当時は隅田川の最下流部架けられた橋で川幅は上流の千住大橋の二倍を超す246mあり、東京都電も通る予定でレールも敷かれていましたが戦争の激化で運転開始は見送られ、1947年12月24日に漸く開通しました。11番、新宿~月島系統が走り、1967年12月10日からは渋谷駅~築地~月島~新佃島の9系統も加わりましたが、11系統は1968年2月25日、9系統は1968年9月29日に廃止となりました。

Dsc07046 かちどき橋資料館

1998年からは夜間ライトアップが行われており、東京の夜景を彩っています。橋のたもとの築地側にはかつての変電所(橋の開閉には当時の大電力清流方式から3300Vの交流で直流発電機を回転させ、任意の電圧の直流に変換するワード・レオナード方式(電車のMGの方式)が採用されていました)を改装した「かちどき橋資料館」が2005年4月に開館し、勝鬨橋に関する展示が行われています(火曜日・木曜日・金曜日が開館日で私が訪れた日は閉まっていました)。

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2006年4月24日、東京都の依託で調査を行っていた土木学会の調査小委員会が勝鬨橋の開閉に技術的問題点はないとの報告を出しました。ただ、いざ跳開させようとした場合、機械部品の復旧には約10億円の費用が見込まれ、現在の晴海通りの交通量などを勘案しても跳開は現実的ではないと考えられています。

Dsc07050 現在、隅田川の最下流部に架かるのは築地大橋で2018年11月4日に開通しました。勝鬨橋と築地大橋の間には都営大江戸線が隅田川の下を渡っています。

2007年6月18日、都道府県の道路橋としては初めて清洲橋、永代橋と共に国の重要文化遺産に指定されました。さらに跳開部の機械設備は、2017年度、日本機械学会から機械遺産に認定されました。

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2022年4月28日 (木)

205系600番台に替わって、東北本線・日光線に登場したE131系600番台・680番台

2022年3月12日のダイヤ改正より、205系600番台が活躍していた東北本線(宇都宮線・小山駅 - 黒磯駅間)と日光線(宇都宮駅 - 日光駅間)の運用が小山車両センターに新製配置されたE131系600番台に置き換えられました。E131系としては房総地区、鹿島地区向けに幕張車両センターに投入された0番台(一部80番台)2両編成、相模線に205系500番台に替わって国府津車両センターに投入された500番台(一部580番台)に次いで3番目の投入になり、番台は600・680番台、編成は3両編成(TN1~15)15編成が投入されることになりました。中間のモハE131形はクハE130形よりの台車のみが駆動台車の0.5M方式となっています。TN14,TN15編成の各先頭車に線路設備モニタリング装置が搭載され、車体番号が各々-681,-682となりました。
     <=黒磯                  日光・小山=>

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E131系600番台 編成表

ダイヤ改正後はまだ宇都宮方面に出かけていませんが、今年1月以降に宇都宮駅等で姿は見かけました。

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2022/1/5 宇都宮 E131系600番台 TN5編成

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2022/1/9 宇都宮 TN9編成

デザインは宇都宮市で復元された火炎太鼓の山車をイメージした黄色と茶色のツートンカラーとし、世界文化遺産に登録されている日光の社寺に施されている文様をイメージさせるものとなっています。座席はオールロングシート仕様で、T'c車の車端部に車いす対応大型トイレが設置されています。寒冷地対応の装備として先頭車に雪かきと霜取りパンタ(Mc車に)、全車の乗降口に凍結防止のためのドアレールヒータが搭載され、勾配対応のためセラミック噴射装置が中間車の小山・日光より台車に搭載され、ブレーキチョッパ装置、ブレーキ抵抗器も搭載されています。

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2022年4月27日 (水)

E531系 クハE531-17の廃車

鉄路を走行する鉄道車両、例えどんなに新しくても自然災害に巻き込まれたり、踏切事故等で大きく損傷したりして、廃車になることはしばしばあります。常磐線、水戸線、東北本線、上野東京ラインを活躍の場とするE531系においても2005年の登場以来、何度か踏切事故等による被災を経験してきました。

2021年3月26日,午前0時8分頃、パトカーの追跡を受け、逃走中だった自動車が道路脇の塀に衝突後、勢い余って線路際のフェンスを突き破り、常磐線土浦~神立間の下り線路に侵入、線路内で立ち往生したところに品川発勝田行最終1269M、E531系(K417編成)10両編成が衝突、先頭車両が脱線、自動車の燃料に引火したためか自動車と先頭車両が炎上する大事故となりました。

電車の乗務員と乗客にケガはありませんでしたが、事故により電車は立ち往生、乗客は徒歩での移動を強いられ、その時間帯、付近を走行中の旅客車両は上下線ともバスでの代行輸送となり、夜明け以降も半日ほど土浦~羽鳥間で運転が見合わせられました。

衝突事故直前に運転者が車を乗り捨てて逃走していること、自動車のナンバープレートは当該車の登録ではなかったこと、さらに前年6月で車検切れだったことも判明し、茨城県警は道路交通法違反、道路運送車両法違反で運転していたベトナム国籍の26歳工員を逮捕、さらに電汽車往来危険転覆などの疑いで再逮捕しました。

現場の自動車は現地解体、E531系編成は自走回送され、26日、午後5:50頃、常磐線は全線で運転を再開する事態となりました。まさにJR東日本としてみれば、たまたま線路付近で行われた大捕り物の末、線路内に侵入した自動車に運悪く通過しようとした最終電車が衝突するというとんでもないもらい事故となりました(以上、情報はこちらから)。

E531-k417-131223-2 2013/12/23 友部 K417編成 手前がクハE531-17

E531-k417-171016 2017/10/16 藤代 事故の現場写真ではちょうどこの客用扉前の部分が大きく焼損しています。

この事故でK417編成の下り方先頭車クハE531-17は運転室から第一乗客用扉までの前頭部が大きく焼けました(現場の写真はこちらに)。

K417編成は2006年8月17日、新津車両製作所で1,2,3,7,8,10号車に相当する6両クハE530+モハE530/531x2+クハE531が竣工、10連化までは営業運転に入らず、2007年1月29日に4,5車にグリーン車サロE530/531、6,9号車にサハE530-2015,サハE531-2006を組み込み、10連化されました。

事故後、K417編成は2021年4月8日から、K409編成のクハE531-9を下り方(仙台方先頭車)として組み込み、K409編成は同年8月5日まで9連で営業運転離脱状態となっていましたが、K461編成のクハE531-1011を連結して、10連となり営業運転に復帰しました。しかし、2022年3月30日にクハE531-1011は編成から外され、9連状態に戻され、営業運転から離脱しました(情報はこちらから)。

事故で被災したクハE531-17は2022年2月9日付で除籍となり、2月中旬には解体となったそうです。E531系に関しては最近も新造されていますのでかつてE233系0番台青661編成の3両が踏切事故で廃車され、同番号の車両が製造されたように数年後にクハE531-17の2代目が製造されるかもしれません。E233系1000番台177編成のように先頭2両の損傷で1編成10両が実働4年で廃車となったケースもありますが、交直両用車両であるE531系の場合は製造コスト等も考慮すれば、営業運転から離脱している9両のことも考慮すれば代替新造があるようにも思えます。

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2022年4月26日 (火)

通勤電車シリーズ 205系 54 武蔵野線205系編成の撤退 part3 2019年度、2020年度に運用離脱した編成

武蔵野線からの205系編成の撤退、2019年度は月に2編成程度のペースで運用離脱が起こり、5月にM35編成、7月から9月にかけM60番台の新製配置編成が続々と運用離脱してゆきました。

2019
2019年度に運用離脱した編成

2020年3月末の時点で残すところは8編成となり、

2020

2020年度に運用離脱した編成

2020年10月19日、最後まで残っていたM20編成が運用離脱し、1991年9月から約30年に渡る205系の活躍に終止符が打たれました。最後に残ったM20編成はクハ205/204-5を先頭とする編成でいみじくも205系量産車のトップナンバーでした。

205-m20-200404_20220425145001 2020/4/4 西国分寺 M20編成

武蔵野線から撤退した205系42編成は2018年前半2018年10月下旬、そして2020年11月下旬までに全車両がジャカルタに譲渡され、ジャカルタ・コタからボゴール方面を結ぶ中央線や、タナアバン、パサールスネン方面の環状線に8両編成で投入されましたが、その後は12両編成に組み換えて運用される車両も出てきているそうです。ジャカルタへの譲渡車両総数は812両とのことで205系の全製造車両数1461両の半分以上がインドネシアで活躍していることになります。メンテナンスや修理部品の補充等はJR東日本が協力しているとのことです。

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2022年4月25日 (月)

西武2000系 最後の8連 2007F 池袋~芦ヶ久保~拝島 親子連れツアー運転

2022年4月24日、ロシアのウクライナ侵攻から2か月が経過し、前日の23日土曜日には知床沖でウトロから知床半島先端部往復の遊覧船(KAZU 1)が浸水し救助を求め消息を絶つという不穏なニュースが流れ、一夜が明け、4名が救助されるもいずれも意識不明というニュースが流れる中でしたが、西武2000系8連の2007Fが引退前に池袋線を走るとのことで、石神井公園、西所沢で同編成を撮影しました。

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8時少し前、所沢にて2007Fの所在を西武鉄道アプリで調べると回9960レとして東長崎で退避している模様。ツアー列車は985レで池袋出発は8:30の予定なので準急で石神井公園に向かうことに。ひばりが丘で急行に乗り換え、石神井公園へ。

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Dsc08748 練馬からの複々線区間は急行線を走ってきたようですが、石神井公園では列車の退避の関係で2番線へ

Dsc08749 Dsc08751 石神井公園の列車案内は「臨時」、妻面・側面の表示は「団体専用」

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メトロ17000系の8連は初めて眼にしましたが、この各停でひばりが丘、さらに急行で西所沢へ

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Dsc08772 2022/4/22 西所沢
かくして、2007Fにとってはおそらく最初の池袋線運用を記録することができました。

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その後、アプリで列車位置を確認すると、芦ヶ久保到着後は横瀬にいったん引き上げ、11:40頃、芦ヶ久保駅を出発、飯能、所沢でスイッチバックし、小平まで(986レ)、小平で引き上げ線に入り、折り返し、987レとして拝島に向かいました。

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2022年4月22日 (金)

通勤電車シリーズ 205系 53 武蔵野線205系編成の撤退 part2 2017年度、2018年度に運用離脱した編成

武蔵野線で活躍した京葉車両センターの205系編成2017年度末に近い2018年2月にM24,M15の2編成の運用離脱から始まりました。3月にはM3編成も離脱し、2017年度の離脱のこれら3編成だけでした。


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205-m24-130518 2013/5/18 南流山 武蔵野線205系の中では最初に運用離脱した編成

2018年度になると6月にM29,8月にM36、9月にM13、10月にM7,M26とスローペースで進み、11月にはM9,M12、しばらく空いて2019年3月にM10, M16, M32と運用離脱しました。

2018
2017年度、2018年度に離脱した編成はすべて5000番台VVVFモハの4M4T編成で、原形顔の編成ばかりでした。


武蔵野線の205系編成すべてがインドネシアのジャカルタに譲渡されましたが、当初は埼京線、横浜線、南武線同様に京葉車両センターから総合車両製作所新津事業所までEF81,EF641000等に牽引され配給回送されましたが、2019年12月以降は京葉車両センターから蘇我駅・京葉臨海鉄道千葉貨物駅経由での輸送に変更されました。

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2022年4月21日 (木)

通勤電車シリーズ 205系 52 武蔵野線205系編成の撤退 part1 編成ごとの装備、内装の違い

1991年9月から27年の長きに渡り、武蔵野線で活躍してきた205系も2017年11月1日から後継のE231系が運用開始するにあたり、2018年初頭から運用離脱が始まり、およそ2年間の月日をかけて全編成が撤退、インドネシア首都圏鉄道会社に譲渡されて行きました。今回の記事を含め、これから数回にわたり、編成順に撤退の様子を見て行きます。

まずは、撤退が始まる前の編成ごとの装備などの違いについて見て行こうと思います。

武蔵野線で活躍した編成は撤退開始時点で、大きく6M2T編成と4M4T編成の2つのグループに分けられました。前者は新製配置されたステンレス・メルヒェン顔のM62~M65編成と2015年3月のダイヤ改正に向けて南武線から転入したM51,M52編成でした。新製配置編成にはM61編成も含まれていましたが、山手線205系大転配の際の電動車ユニット数の関係からM61編成は解体、モハユニットはVVVF化され、M32編成とM35編成のそれぞれ一部となりました。

M62~M65編成は最後までVVVF化されることなく武蔵野線で活躍した編成ですが、外扇型(轟音タイプ)と内扇型(静粛タイプ)の電動車のモーターMT61の切り替わりの時期に製造されたこともあり、モハの車番ごとにモーターのファンの取り付け方式が違っており、騒音が違うのも特徴でした。下の表で赤字で表示したモハには内扇型が搭載されていました。
M51,M52編成は南武線時代にシングルアームタイプのPS33形パンタグラフに換装された状態で転入したため、PS21タイプの武蔵野線205系にあって、異彩を放っていました。

4M4T編成は5000番台に改番されたVVVF制御方式の編成ですが、M1~M36編成までの36編成のうち、M1,M2, M15, M35, M36以外は8両編成の大半が山手線からの転属車で構成されています(一部サハは埼京線からも)。山手線205系、11両編成には3組のモハユニットが含まれていましたが、MGは2号車と8号車のモハ204にDM106(190kVA)が搭載されていましたが、5号車には搭載されていませんでした。武蔵野線8両編成では3号車と7号車のモハ204に補助電源装置を搭載する関係から、元ヤテ(トウ)5号車が武蔵野線編成に組み込まれる場合は7号車に組み込まれるようにして、組み込まれた元5号車には新たにSIV:SC66B(210kVA)を搭載するようにしました。こうして3号車がMG,7号車がSIVとなっている編成が青字で示された編成となっています。

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元ヤテ(トウ)編成由来の若番クハ205/204の運転席側の乗務員扉と客用扉の間には屋根に上る際の足掛けが設置されていました。これは写真をチェックしてみると、量産先行車、量産車のクハ205/204-48まで設置されており、-49以降はありませんでした。

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2007/9/8 西浦和 M8編成(クハ204-6)足掛けあり

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2006/2/11 府中本町 M11編成(クハ204-7)足掛けあり

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2009/2/15 府中本町 M7編成(クハ205-48)足掛けあり

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2007/9/8 北朝霞 M9編成(クハ205-49)足掛けなし
205-m10-0612172006/12/17 府中本町 M10編成(クハ205-50) 足掛けなし

一方、新製配置されたクハを先頭とするM35(同-145)、M62~M65(同-146~-149)では乗務員室ドア下部の取っ手がありません。

205-m62-110703 2011/7/3 北浦和~与野 M62編成 乗務員室ドア下部の取っ手がありません。

武蔵野線には西国分寺~新小平、新小平~新秋津間に長大トンネルがあり、車内には非常灯が設置されていましたが、新製配置された編成では非常灯が妻面に埋め込み式でしたが、転属車では後付けのため飛び出していました。また非常用ドアコックも新製配置車ではドアのすぐ上に設置されていました。

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2022年4月20日 (水)

通勤電車シリーズ 205系 51 富士急行への譲渡 part4 6702編成 

富士山麓電気鉄道、6000系(6700系)の6702Fは元ハエ81編成のクハ205-3001を除く3両です。昨日の6701F同様、モハ205-3001のクハ205連結側の妻面をカットし、クハ205-3001の運転台部分を接合し、3連化しています。


現在はNARUTO×BORUTO 富士 木ノ葉隠れの里号となっており、赤、青、茶、ピンクの派手なラッピングとなっています。



Dsc08651 2022/4/16 三つ峠での交換

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2022/4/16 大月に到着する6702F

Dsc08718 大月到着後

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2022年4月19日 (火)

通勤電車シリーズ 205系 50 富士急行への譲渡 part3 6701編成 

八高線・川越線用に使用されていた205系3000番台のうち、ハエ85編成とハエ81編成が3連化され、2019年に富士急行(現、富士山麓電気鉄道)に譲渡され、6000系6700番台(6700系)になりました。


6700

今回は2019年6月22日に営業運転を開始した元ハエ85編成の一部である、6701Fについて触れます。

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Dsc08667 2022/4/16 大月 6701F 富士山側からクモハ6701+モハ6801+クハ6751です。


Dsc08645 運転台は205系中間車に運転台取り付け改造をしたときのスタイルが維持されており、これまでの同社の6000系、6500系とは異なり、ワンハンドル・マスコン・ブレーキシステムとなっています。

Dsc08673 3連化に際して、モハ205-3005のクハ205-3005との連結妻面をカットし、クハ205-3005の運転台部分を接合したはずですが、車体を眺めてもそのような工事痕は見つけられません。唯一それらしき跡が見えるのは屋根の樋から出て、側面上に入っているケーブルくらいでしょうか。
富士急行株式会社の鉄道部門がこの4月から富士山麓電気鉄道株式会社として分社化されたのをアナウンスするHMが両先頭車に掲示されており、デザインも異なっています。そしてこの編成は「富士急行線開業90周年記念車両」とされており、車内では

Dsc08646 昔懐かしい写真が展示され、

Dsc08655 「思い出ギャラリートレイン」となっています。

Dsc08643 最近、新幹線などで殺傷事件が発生していることなどからSOSボタンの設置を知らせるステッカーはよく眼にしますが、抗ウイルスコーティング施工済みのステッカーは初めて眼にしました。

Dsc08677 富士山麓電気鉄道には205系の量産先行車、量産車、そして運転台改造車が揃っているのですから、もしもまだ205系を導入する余地があるのでしたら、京葉線~東北・日光線と活躍したメルヒェン顔の先頭車も揃えたら宜しいのではと思いますが。

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2022年4月18日 (月)

通勤電車シリーズ 205系 49 富士急行への譲渡 part2 6502編成 トーマスランド20周年記念号

205系の富士急行(言、富士山麓電気鉄道)への譲渡に関し、4月16日土曜日に久しぶりに現地を訪れ、活躍中の編成を見てきました。富士急行線訪問は2016年11月以来となります。

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2022/4/16 富士山 211系3000番台 N304編成、富士山駅でスイッチバックし、河口湖方面に向かいます。

新小平発6:48、西国分寺乗り換えで高尾まで行くと高尾発7:24の1455Mに2分の接続で乗車出来ます。211系の3連+3連の運行で後ろ3両は大月止まり、前の3両が河口湖まで行きます。富士山には9:07に到着しました。

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富士山駅では河口湖方面から大月に向かう6500系6502編成と交換になりました。
この編成は4月14日の記事で紹介した元ハエ28の一部で、2018年3月21日から運行開始し、トーマスランド20周年記念のラッピングを纏っています。

Dsc08601 10:45 大月からの河口湖行きで富士山駅に到着する6502F

Dsc08604 折しも、河口湖駅で長めの休憩を取った211系N304編成 高尾行きとの交換になりました。

VVVF制御方式の時代に1980年代、民営化される前の国鉄技術陣が開発した界磁添加励磁制御方式を採用した系列同士がこうやって交換する風景があと何年見ることができるのかとも感じました。

Dsc08684 大月駅に到着する6502F

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Dsc08705 大月駅を出発

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2022年4月15日 (金)

通勤電車シリーズ 205系 48 川越・八高線からの撤退

八高線八王子~高麗川間、川越線高麗川~川越間は1996年3月16日に電化開業し、103系3000番台、3500番台、201系、209系3000番台が投入されました。

1033000-03500_20220419141001

1033500-56-020102

1033500-56-020102-2

2002/1/2 拝島 103系3500番台 ハエ56編成

103系3000番台は何度も登場していますが、72系のアコモデーション改造車、3500番台は編成不足を補うために103系0番台からの改造車でした。3000番台の側扉は半自動の場合、手動開閉式だったのに対し、3500番台では押し釦開閉式でした。

2093000

2093000-61-101231 2010/12/31 高麗川 209系3000番台 ハエ61編成

209系3000番台は八高・川越線向け単線仕様車となっており、列車交換時の長時間停車を考慮し、客用扉が通年で半自動扱い可能とされ、ドアスイッチが装備されました。

205系の改造車、3000番台は2003年より投入されました。

当初はTcMM'T'c4両編成7本が投入される予定でしたが2004年10月16日のダイヤ改正で埼京線の東京臨海高速鉄道りんかい線相互直通運転用に車両が急遽必要となった関係で改造は5編成となりました。2本分は東京臨海高速鉄道70-000形全車10両編成化に伴う編成組み替えの際に余剰となった70-000形の先頭車4両と中間車2両の計6両をJR東日本が購入し、2005年3月、中間車2両を新規に製造し、4両編成2本を組成、209系3100番台(ハエ71,72)編成としました。これら7編成の投入により、103系3000、3500番台は廃車となりました。

2053000

それから13年、山手線にE235系が投入され、E231系500番台が中央総武緩行線に転属、E231系0番台が八高・川越線に改造の上、転属することとなり、2018年7月に205系3000番台が運用離脱・廃車、一部は富士急行に譲渡されました。また209系3000番台4本も2019年2月で運用を終えました。
さらに2022年3月のダイヤ改正ではワンマン運転が開始され、それに先立って209系3100番台も2012年12月25日に運用離脱、2022年1月9日の特別運行を以って運行を終了しました。

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2022年4月14日 (木)

通勤電車シリーズ 205系 47 富士急行への譲渡 part1 2017年度までに譲渡された編成

JR東日本で使用されていた通勤型車両が地方私鉄に譲渡されるのは民営化初期に101系が秩父鉄道に1000系として売却されて以来、2例目とのことです。富士急行(2022年4月からは富士山麓電気鉄道)には2011年度中に2編成、2012年度に2編成、2017年度に1編成、2019年度に2編成の計7編成(いずれもMcM'Tcの3両編成)が譲渡されました。系列名は5000系に次ぐ6000系とされ(205系は登場した昭和60年にちなんだという説もあります)、205系0番台、量産先行車由来の編成を6000系、量産車由来の編成を6500系、そして川越・八高線で活躍していた3000番台由来の編成を6700系としました。part1では2017年度までに譲渡された5編成について触れます。

2017_20220413141401

2017年度までに富士急行(当時)に譲渡された205系編成

なおクモハ化における運転台取り付け改造は余剰となったクハからの移植とし、パンタグラフはシングルアーム式FPS33E形に換装、2基としました。富士急行線の勾配対策としてCPは2基搭載し、冗長性を確保し、さらに気象条件を考量してスノウプラウと耐雪ブレーキを新設、床下機器の耐寒耐雪装備を追設しました。

6000-6001f-161112-7

2016/11/12 富士山車両基地 6001F ダブルパンタのため、前パンスタイルに

6000-6002f-161112-2 2016/11/12 下吉田 6002F

6000-6003f-161112 2016/11/12 富士山 6003F

6000-6103-201228-3 2020/12/28 大月 6003F リサとガスパールトレイン

6000-6501f-130518 2013/5/18 大月 6003F 側窓が田の字ではない6500系

6000-36601-201228-21 2020/12/28 大月 6501F 3代目マッターホルントレイン

 

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2022年4月13日 (水)

通勤電車シリーズ 205系 46 南武線からの撤退とE233系8000番台への置き換え、209系2200番台も運用終了

2015年3月のダイヤ改正で昨日の記事のように南武線の205系編成の一部が武蔵野線に転属となりましたが、2014年秋からE233系8000番台への置き換えが開始され、205系編成の運用離脱が始まりました。

さらに置き換えが進行中の2015年5月には置き換え間近のナハ2編成のMM'-232ユニットに重大な故障が発生し、既に運用離脱し、川越車両センターに疎開させていたナハ50編成を中原区に呼び戻し、ナハ2編成の替りに運用に就き、その後、MM'MM'の4両を交換する組み換えが行われました。中間モハユニット2組を入れ替えた新ナハ2編成(といっても番号的には-13,-15とかなり古い車両ですが)は6月1日まで運用に入り、運用離脱したそうです(情報はこちら)。

Photo_20220412151201

2014年秋から始まった205系編成の南武線からの撤退

南武線で活躍した205系編成のうち、20編成がインドネシアに譲渡されました。

E2338000-n1-200404

2020/4/4 府中本町 E233系8000番台 N1編成

2092200-52-100613 2010/6/13 鹿島田 209系2200番台 52編成

2092200-53-100919 2010/9/19 尻手 209系2200番台 53編成

2092200-54-100725 2010/7/25 矢向 209系2200番台 54編成

南武線には205系編成と同じ時期に209系0番台編成としてナハ1編成(1次車:空気式ドアエンジン車)、ナハ32編成(8次車:電気式ドアエンジン車)が配置されていましたが、異なる方式のドアエンジン車が混在することはメンテナンス上、都合が悪いとのことで2009年6月12日より、元ウラ22、ウラ24、ウラ26編成(いずれも電気式ドアエンジン車)から改造のナハ52、ナハ53、ナハ54編成が配置され、営業運転に就いていました。ナハ52編成は2009年9月に廃車となるナハ1編成の代替、ナハ53編成は仙石線に転出したナハ48編成の代替、ナハ54編成は武蔵小杉駅開業に伴う列車増発用という名目での導入でした。これらの編成は209系2200番台と改番され活躍しましたが、205系同様、E233系8000番台の新製配置により、ナハ52編成(2015/3/3)、ナハ54編成(2015/2/3)が営業運転を終了、青梅・五日市線からE233系0番台(トタ青670編成)を転属させ、8500番台として運用開始することでナハ53編成も2017年2月に運用を終えました。ちなみに0番台のナハ32編成は2015年3月3日に廃車回送されています。

E233-670-120901 2012/9/1 拝島 E233系0番台 青670編成

E2338500-n36-170610

E2338500-n36-170610-212017/6/10 府中本町 E233系8500番台 ナハN36編成

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2022年4月12日 (火)

通勤電車シリーズ 205系 45 南武線の3編成から武蔵野線の2編成へ

2015年3月26日のダイヤ改正で、朝のラッシュ時間帯の増発のため、2編成の所要増が生じ、南武線から205系のコンバートがありました。それがM51,M52編成です。南武線は2014年10月からE233系8000番台が投入されており、205系の移動も可能でした。

3m51m52_20220320092201

ナハ5,6,9編成からモハユニット3組とクハ2組を再構成して、M51,M52編成が組成され、クハ205/204-100は余剰車となり、2015年2月13日付で廃車となりました。モハユニットに関してはもはやユニット数の不足の問題はないため、VVVF化改造は見送られました。パンタグラフは南武線時代にシングルアームかされており、そのままシングルアームで活躍しました。

205-5-100725 2010/7/25 尻手 ナハ5編成

205-6-100919 2010/9/19 尻手 ナハ6編成

205-9-110508 2011/5/8 矢向 ナハ9編成

205-m51151219 2015/12/19 新松戸 M51編成

205m51-160527 2016/5/27 府中本町 M51編成

205-m52-151206
2015/12/6 新松戸 M52編成

205-m52-151206-8 2015/12/6 新松戸 M52編成

今回の編成転属、再構成で余剰廃車となったクハ205/204-100はハエ29編成に組み込まれていたサハ205-82と3両で2015年2月12日に長野総合車両センターに配給回送されました。ハエ29編成の他の9両は2014年1月16日に長野総合車両センターに配給回送されていました。ハエ29編成が9両と1両に分割されて回送されたのは、長野総合車両センターの線路有効長の関係とのことです。

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2022年4月11日 (月)

通勤電車シリーズ 205系 44 横浜線からの撤退とH26編成の6両が南武線への転属

少し間が空きましたが、再び205系の話題に戻ります。

1988年9月から蒲田電車区に新製配置が始まり、保安装置は根岸線用にATC6形、横浜線用にATS-Bを搭載、1993年にはヤテ2編成が編成を短縮し、一時的に貸し出され、1994年には26編成体制となり、サハ204-100番台の連結、大転配では2003年にH27編成が加わり、同時期デジタル無線・D-ATC導入がなされ、最後は8両全てが4扉のH28編成が2009年に加わるという歴史を刻んできた横浜線の205系も埼京線に続き、2014年2月16日からはE233系6000番台による置き換えが開始されました。

205-h26-120512

2012/5/12 八王子みなみ野 在りし日のH26編成

置き換えが行われる中、2014年3月15日のダイヤ改正に向け、余剰となったH26編成がサハ205-232、サハ204-126を抜き取られ、6連として2月25日、中原電車区に転属、新たにナハ17編成となりました。尚、このナハ17編成の存在は私も205系のヒストリーを調べるまでは気づかず、撮り逃がしていました。編成から抜かれた2両は2月5日付で廃車となりました。横浜線における205系の活躍は2014年8月23日をもって終了、

205_20220410103901

H1,H2,H4,H6,H7,H8,H9,H11,H12,H13,H14,H15,H17,H18,H19,H21,H22,H23,H24,H25,H27,H28の22編成は廃車後インドネシアへ譲渡されました。また鉄道総研に譲渡されたサハ204-105はその後、国立の鉄道総研から搬出され、広島県三原市の三菱重工総合交通システム検証施設「MIHARA試験センター」に移され、試験に供されました(情報はこちら)。

E2336000-h001-170911 2017/9/11 長津田 E233系6000番台 H001編成

2014年1月から8月にかけ、E233系6000番台28編成(8両編成)が新製配置され今日に至るまで活躍を続けています。

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2022年4月 8日 (金)

西武2000系8連 最後の1編成 2007Fが「ありがとう2007F」HMを掲示して運行

さくらの記事などで遅れましたが、今月いっぱいで引退が決まっている2000系8連最後の1編成,2007Fが3月29日から「ありがとう2007F」のHM(シール)を掲示して新宿線を走っています。

Dsc08289 20022/4/2 側面にも掲示されているLast Runのシール

2000系の1次車として2001Fから2013Fまでの7本が6両固定(4M2T)で西武所沢車輛工場で竣工したのは1977年2月から1978年3月にかけてでした。後に新宿線の各停8連化で3次車として1979年9月、10月に竣工した2031F、2033Fの中間電動車が2両ずつ、2001Fから2007Fに組み込まれ8連化されました。このとき、組み込まれたM車ユニットは2300番台となり、M3車は減パン改造でパンタグラフ1基に、M4車は補助電源装置、CPが撤去されました。8連化は1983年10月から12月にかけて施工されました。

そんな2000系8連4本も2017年1月に2005F、2021年4月に2003F2021年10月に2001Fが廃車となり、最後に残った2007Fも今月限りで引退とのことです。尚、同編成の引退を記念して

■2022年4月24日(日)「ありがとう2007F 乗車ツアー!池袋から芦ヶ久保・そして拝島行!?親子で一日満喫旅」
■2022年4月26日(火)「さようなら2007F!ラストラン乗車ツアーto横瀬車両基地」   といったツアーも企画されています。

Dsc08274

Dsc08275 2022/3/31 小平 8連単独運用

Dsc08288 2022/4/2 萩山
Dsc08312 2022/4/2 武蔵関 2413Fとペアで10連 急行運用

2007Fは2019年10月から南入曽車両基地、開設50周年HMを掲示したことや、2017年3月から2019年4月まで「西武鉄道×台湾鉄路管理局 協定締結記念電車」としてLAIMOラッピングで走行した編成でもありました。

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2022年4月 7日 (木)

桜巡り その5 西武新宿線 武蔵関~東伏見間

首都圏の桜も先週をピークに終わろうとしていますが、桜巡りシリーズ最後は西武新宿線の武蔵関駅から東伏見の方に線路沿いに咲く桜です。私も1970年代から80年代にかけて練馬区南大泉町に住んでいたことがあり、当時は武蔵関・東伏見・保谷の3駅からほぼ等距離の場所だったので武蔵関の桜は毎年よく観ていました。

351

1977年頃 武蔵関~東伏見間 まだ新宿線本線にクモハ351形4連が活躍していた頃の写真ですが、当時は駅の西側の踏切(武蔵関1号踏切)から線路横を流れる石神井川に沿って長者橋を越え、武蔵関公園までの間、桜並木がありました。その後、桜の木が虫にやられ、一旦切られましたが、2017年の春に訪れた時は

Dsc01106
2017/4/8 武蔵関~東伏見間

このように再び、満開の桜を観ることができました。

Dsc08218
2022/3/31 2027F+2535Fによる10連急行

しかし、ここの桜はなぜか病害虫に弱いのか、2021年暮れに武蔵関1号踏切から長者橋までの間に6本の木がありましたが、中の4本が伐採されました。既に若い木が植樹されていますが、以前のような満開の桜を観ることができるまでにはしばらく時間が必要なようです。

Dsc08239
長者橋以西の桜は満開の花を付けていました。

長者橋の通りの踏切から

Dsc08222
2022/3/31 6101F

Dsc08225
2022/3/31 40104F

Dsc08226
2022/3/31 20156F

Dsc08231 2022/3/31 30106F

そして武蔵関駅の上りホームから

Dsc08249
Dsc08260 2022/3/31 105レ 小江戸5号 編成番号不詳

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2022年4月 6日 (水)

ウクライナからの避難された方々、20名がポーランドから帰国した政府専用機で入国

昨年の名古屋入管におけるスリランカ人ウイシュマさんの死亡事件のように日本の入国管理政策は海外からの難民等の受け入れに対して極めて冷淡な態度をとって来ており、2020年のデータでは約4000人の入国申請に対して難民と認定した数は47人、人道的配慮を理由に在留を認めた外国人を合わせても91人と少なく、13万人を認定した英国などと比べて極めて少ない数でした。

ロシアのウクライナ侵攻で国連難民高等弁務官事務所(UNHCR:Office of the United Nations High Commissioner for Refugees)の集計ではウクライナから隣国に逃れた難民の数は3月29日の時点で約400万人となっています。

日本政府はウクライナ避難民の受け入れにはこれまでにない積極的な姿勢を示しており、林芳正外相、中谷元・首相補佐官らを岸田総理大臣の特使として1日夜からポーランドに政府専用機で派遣し、現地で避難民の受け入れ状況を視察、帰国便に20名(6歳から66歳の男女)が搭乗、4月5日昼に羽田空港に到着しました。

私も未撮影だったBoeing777の政府専用機を撮影しに羽田空港に行ってきました。今回のフライトはヨーロッパからの帰国便ではありますが、シベリア上空通過ではなく南回りのコースを採るとのことでRWY34Lへの着陸とみて、国際線ターミナル(ターミナル3)の展望デッキで撮影することにしました。

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Img_5524

2022/4/5 羽田空港国際線ターミナル展望デッキから RWY34Lに着陸した 政府専用機 シリアル 80-1112

11:40頃にRWL34Rに80-1111(林外相搭乗の主務機)が着陸、続いてRWL34Lにウクライナ避難民を乗せた予備機(80-1112)が着陸しました。

Dsc08327
VN,VSスポットに駐機する政府専用機2機

今回の20名の中には日本に全く身寄りの無い方が4名含まれているとのこと、さぞ心細いことかと思いますが何とか異郷の地での生活になれ、再び故郷の地を踏めることを願ってやみません。

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2022年4月 5日 (火)

桜巡り その4 目黒川 池尻大橋から中目黒へ

3月30日水曜日、千鳥ヶ淵を後にして、九段下駅から東京メトロ半蔵門線に乗車、向かったのは池尻大橋駅でした。この駅を利用するのは数年ぶりですが、玉電が走っていた頃は大橋の電停をよく利用していたものでした。高校時代は入学後、しばらくは渋谷から目黒区下馬まで東急バスで通学しており、三宿までは国道246号線を走るため、この辺りをよく通過していました。

Dsc08174 2022/3/30 目黒川の水に関する案内板

Dsc08173 大橋から下流方向

三宿の東仲橋付近で北沢川と烏山川が合流し、目黒川となり、天王洲アイル付近で東京湾に注ぎますが、合流地点から国道246号が架かる大橋付近までは暗渠となっています。玉電が走っていたころはまさに生活排水が流れており、大雨が降ると濁流となり、今にも氾濫しそうなときもありました。現在は1995年から始まった清流復活事業により、大方の水が新宿区の落合水再生センターで処理された水が流されています。

Dsc08176
左手の構造物は首都高速道路3号渋谷線と中央環状線を結ぶ大橋ジャンクションですが、1969年までは玉電の大橋車庫、その後は東急バス大橋営業所でした。

Dsc08177
Dsc08179 説明板にあるようにこの辺り、かつては多くの水路に沿って水車屋が存在したそうです。こういったミニチュアの水車屋もあります。

Dsc081843月30日の時点で桜の花の離層形成はだいぶ進んでおり、花吹雪状態でした。

Dsc08186

Dsc08191満開の桜を見て感じるのは異なる樹木(個体)間でこれだけ見事にタイミングを合わせるように開花する生物時計の同期性のすばらしさですね。
山手通りを超えるところがちょっと厄介ですが、

Dsc_0102 左手の赤い橋は歩行者専用の中の橋

Dsc08205 花見客用にこんな案内も用意されています。

Dsc08214

Dsc08215 東横線・メトロ日比谷線のガードを超えて下流方向にも桜並木は続いています。

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2022年4月 4日 (月)

桜巡り その3 千鳥ヶ淵

東京の桜名所といえば何といっても千鳥ヶ淵の桜ではないかと思います。

Dsc_0041 千鳥ヶ淵、北の丸公園一帯の案内図

徳川家康が入府した頃の江戸は入江に面した低湿地で井戸水は塩分を含むため飲料水としては適さなかったため、飲料水の確保が急務でした。そのため江戸城の周りの小河川をせき止め、飲料水確保のために造られたのが千鳥ヶ淵でした。局沢川を半蔵門と田安門の土橋でせき止めた内堀で元々は半蔵濠と繋がっていましたが、1900年の代官町通りの建設で埋め立てられ別々の堀となりました。

名前の由来はV字形の堀の形がチドリが羽を広げた形に似ているとか、冬に都鳥など多くの鳥が集まるからだとか諸説あるようです。

千鳥ヶ淵を取り囲んでソメイヨシノ、オオシマザクラなど約260本が植樹されており、1881年に英国大使館前に植樹された記録が残り、現存する最古木は1930年に植樹されたもの、多くは戦後の昭和30年代に復興で植樹されたものとなっています。

Dsc08086
2022/3/30 スタートは千鳥ヶ淵戦没者墓苑から

Dsc08088 千鳥ヶ淵さんぽみち といった名前が付けられています。

Dsc08094 江戸城のお堀の中では唯一ボートに乗ることができるのが千鳥ヶ淵です。

Dsc08095
Dsc08100

Dsc08106ボート乗り場あたりから

Dsc08136

Dsc08139靖国通りに出て、北の丸公園、田安門へ

Dsc08146 田安門の高麗門

Dsc08147 田安門の櫓門 一ノ門(高麗門)を通った後、枡形で番所の監視を受け、二ノ門(渡櫓門)を通り、場内に入る枡形門

Dsc08152

ボート乗り場の対岸付近から

Dsc08158 北の丸公園内部

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2022年4月 1日 (金)

桜巡り その2 小平の桜の名所 喜平橋から警察学校、小平学校・小平駐屯地

地元の桜、第二弾は五日市街道とアカシア通りの交差点の喜平橋周辺と、警察学校の北側、そして陸上自衛隊小平駐屯地の桜です。

喜平橋は石積み一連のアーチ橋で小平新田開発の一つ堀野中新田の組頭、喜兵衛氏家の横にあったので長らく喜兵衛橋 と呼ばれており、現在は喜平橋に改められたそうで、現在の橋は1971年10月に架けられ、1991年度の喜平橋修景整備 で橋上の両側に歩道と4車線が設けられ、東側の歩道部分には玉川上水とこの周辺地域の案内や石のベンチを配したポケットパークが設置されました。五日市街道はここで玉川上水の左岸から右岸側に移行し、小平駅前から国分寺・府中方面に至るアカシア通りと交わり,さらに喜平町桜通も交わるため交通の難所となっています。

1941年、喜平橋北側一帯の山家集落が強制買収され、陸軍経理学校が開設されました。戦後の1948年には陸軍経理学校 の跡地に 関東管区警察学校が建設され、さらに1965年には小平団地の入居が始まり、この周辺は激変したそうです。

Dsc_0018 2022/3/28 五日市街道 喜平橋交差点西側

Dsc_0020 2022/3/28 喜平橋交差点から北西方向に伸びる桜通り

Dsc_0026 2022/3/28 警察学校北側の桜並木 道の先は一橋学園駅南口前の踏切へ

Dsc_0032 東方向

Dsc_0034 Dsc_0038 陸上自衛隊小平学校・小平駐屯地の桜

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