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2022年9月21日 (水)

2022年夏 名古屋遠征 特急「しらさぎ」 その誕生から485/9系使用終焉まで

1964年10月1日、東海道新幹線の開業に合わせ、名古屋~富山間を米原経由で結ぶ特急として運行開始が計画されたのが特急「しらさぎ」でした。しかし、交直両用特急車両としての481系の落成が遅れ、運転開始は同年12月25日となりました。編成は向日町運転所の481系11両編成で

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登場時は食堂車を挟んで1号車寄りが1,2等指定席車4両(5号車は1等車の自由席車)、11号車寄り5両が2等自由席車といった構成でした。新幹線官業に合わせたダイヤといえども1964年10月開業時の新幹線ダイヤでは東京発1番の「ひかり1号」6:00発1Aが名古屋に到着するのは8:29、名古屋で「こだま207号」に乗り換えて米原が9:29ですから、首都圏からの接続は考えておらず、米原最終の上り「こだま124号」が19:28で上りしらさぎに関しても首都圏との接続は考慮されていませんでした。ちなみに1964年10月時点での新幹線旅行にかかる経費は
東京~名古屋 超特急1等 2200円 特急1等 1760円 超特急2等 1000円 特急1等 800円
運賃は 東京~名古屋 1等 1690円 2等 920円 でした。 

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1968年10月1日のダイヤ改正で「しらさぎ」は2往復になります。そして1971年4月26日のダイヤ改正では3往復になりました。ちなみに金津(かなづ)駅1972年3月15日のダイヤ改正の際に芦原温泉駅と改称されました。当時の時刻表では動橋(いぶりばし)駅に停車となっていますが、この時代、動橋駅と大聖寺駅の間で片山津温泉、山代温泉、山中温泉の各地元を巻き込んだ特急停車駅争奪戦が起こり、これを鎮静化するため、作見信号所だった場所に1970年10月1日加賀温泉駅が開業、特急停車駅として集約化されたそうです。


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1975/1/2 名古屋 北陸特急「しらさぎ」 1975年3月改正を前にモハ481・480電動車ユニットが向日町配置以来の活躍をしていました。1975年3月の新幹線博多開業のダイヤ改正で彼女らは鹿カコに転属となり、本州に戻ることはありませんでした。
581-7501-10edit 1972年3月15日、新幹線岡山開業に伴うダイヤ改正では名古屋~福岡間の寝台電車特急「金星」の間合い運用として南福岡電車区配置の581/3系1往復が「しらさぎ」に投入され、4往復体制となりました。

485-481300-7603001976/3 米原 東海道~北陸 スイッチバッツののため5分停車するクハ481-300番台を先頭にした特急「しらさぎ」 同タイプは1974年以降に登場

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1976年8月の時刻表データから 上が金サワ485系編成、下が大ムコ581/3系編成

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1976/8 交通公社の時刻表から 

1975年3月10日、新幹線博多開業に伴うダイヤ改正では「しらさき」は6往復に増発されるとともに、車両は金沢運転所の485/9系、および向日町運転所の581/3系となりました。前年7月20日には湖西線山科~近江塩津間74.1kmが開業し、この改正から「白鳥」「雷鳥」は湖西線経由となったため、米原での新幹線接続を考慮して、米原~金沢・富山間に特急「加越」6往復が誕生しました。

485-481300-811100-21981/11 金沢 485系7連で登場した「加越」

581/3系による運転は1978年10月2日のダイヤ改正にて終了となりました。同改正からHMはイラスト入りとなりました。

 

485-481300-811125 1981/11/25 富山

1984年12月12日には「しらさぎ」の食堂車営業が中止となり、1985年3月14日のダイヤ改正で食堂車の連結が無くなりました。

489-4891-860216 1986/2/16 名古屋 クハ489-1を先頭にした「しらさぎ」

碓氷峠協調運転用に開発された489系1972年3月15日のダイヤ改正から本格的に運用が開始され、当初は向日町に配置されていましたが、1973年3月1日に金沢運転所に転属したのを皮切りに金沢への新製配置もあり、集結しました。「しらさぎ」への投入は1975年3月10日のダイヤ改正からで当初は12連、1985年3月14日の改正から9連、1986年11月1日の改正から一部7連、1989年3月11日の改正から7連、1991年3月16日の改正からラウンジ/コンビニ連結で9連と7連、1991年9月1日から7連で2003年まで使用されました(情報はこちら)。最晩年には「スーパー雷鳥」仕様車を再改造・編成組換えした専用カラー車も登場しましたが、残念ながら記録し損ねました。

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