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2022年11月30日 (水)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 13 犬山橋を渡る車両たち

前述の通り各務原鉄道1927年9月20日、その路線を東鵜沼駅(現在の新鵜沼駅)まで延伸されましたが、それ以前の1926年10月1日(旧)名古屋鉄道により新鵜沼駅が開業しました。両線の開業後、新鵜沼駅は統合されましたが、犬山線が1500Vなのに対し、各務原線は600Vのため、両線は分断されていました。1964年、各務原線の昇圧に合わせ、ホームの改築が行われ、両線は一体化しました。


Dsc00717 2022/8/3 駅名標


Dsc00724
犬山には1970年代に家族旅行で下呂温泉に行った帰りに高山本線の鵜沼駅で下車し、明治村を訪れており、その後も高山本線、美濃太田、大多線、多治見、中央西線と回る小旅行で訪れいていますが、犬山線の犬山橋を渡るのは今回が初めてでした。


犬山橋の架橋建設は1925年11月1926年10月1日から鉄道の運行が始まりました。橋を架ける際、「道路と鉄道との共用」「愛知県・岐阜県・名古屋鉄道の三者により架設」「この三者が費用を分担すること」が合意され、鉄道・道路併用橋となりましたが、道路の交通量の増加、渋滞、電車との接触事故などの発生もあり、2000年3月28日、並行して架けられた橋が自動車、歩行者用となり、現在は電車線用となりました。



Dsc00718 2200系 新鵜沼と豊橋、中部国際空港を快速特急、特急として結んでいます。前の2両は特別車両で2000系ミュースカイと同様の室内となています。

Dsc00720 5000系 5007F パノラマスーパーの愛称で親しまれた1000系の機器・台車を流用、ステンレス車体の3扉ロングシート車

Dsc00781 犬山城天守閣から見た犬山橋を渡る名鉄電車

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2022年11月29日 (火)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 12 三柿野~犬山遊園

名鉄各務原線、三柿野駅は昨日の各務原線の歴史にも登場しましたが、1926年1月21日、同線が開業した際は終端駅で駅名も補給部でした。当時の駅は現在の場所より400mほど岐阜寄りにあったそうです。同年7月7日には各務野駅と改称され、従来の各務野駅は新那加駅となりました。1931年6月27日には各務補給部前駅と改称、このときに現在地に移転しました。1935年8月1日には航空廠前駅に、1938年12月1日、軍関係の要駅であることを伏せるため、三柿野駅となりました。

Dsc00700

2022/8/3 駅名標 両隣の駅名から「十三軒」としたら面白かったななどと冗談はさておき

現在、当駅は各務原線内途中駅で唯一折り返しが可能な構造となっており、昨日の記事にあるように三柿野止まりの普通が設定されています。かつては陸軍各務原飛行場への専用線が当駅から分岐しており、高山本線那加駅と各務原線新那加駅との間の連絡線を経由して貨物、旅客輸送も行われていました。戦後、アメリカ軍の占領時代はDED8500形(名鉄の形式名で、アメリカ陸軍が持ち込んだ電気式DL、一部は国鉄に貸し出されDD12形に)が貨車や客車を牽引していました。

Dsc00709 駅構造は1面1線の単式ホームと1面2線の島式ホームとなっており、単式ホーム(北側)から1,2,3番線となっています。名鉄岐阜から到着し、折り返す6500系4連6513F

Dsc00711
駅横には川崎重工業航空宇宙システムカンパニー、航空自衛隊岐阜基地などがあり、航空祭などが行われるときには大勢のファンが訪れるため通常は新鵜沼で折り返す快速特急・特急・ミュースカイ・急行が当駅まで延長運転されます。

Dsc00705 このクルマは軌陸車ではなく、軌道線専用のようです。

Dsc00712_20221128084101 三柿野からは10:18発、犬山行に乗車しました。

Dsc00715 犬山橋、かつては多摩川を渡る東急田園都市線の二子橋、長野電鉄の村山橋など鉄道道路併用橋がありましたが、交通渋滞の解消、安全性の問題などから次々に分離され、現在は江ノ電の神戸橋のみになりました。

鵜沼宿を過ぎ、新鵜沼の手前で併走するJR高山本線とは別れ、木曽川の鉄橋、犬山橋を渡り、再び、愛知県に。橋の先に見える、犬山遊園で下車し、犬山橋をバックに撮影をすることにしました。

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2022年11月28日 (月)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 11 名鉄岐阜 ~三柿野

名鉄全線ほぼ乗りつくしの旅、1日目は名鉄名古屋駅から名古屋本線で須ヶ口、津島線、尾西線で弥富へ、尾西線で名鉄一宮、玉ノ井、折り返し、再び名古屋本線で笠松へ、竹鼻線、羽島線で新羽島、笠松まで戻り、再び名古屋本線で名鉄岐阜までたどり着きました。

現在の名鉄岐阜駅は南東に向かう名古屋本線と東に向かう各務原線が約45度に交わる地点に設置されています。名古屋本線が築堤上にあるのに対し、各務原線は地平にあり、両線の間に連絡線はありません。1914年12月26日美濃電気軌道が新岐阜~笠松間を笠松線として開業したのが始まりで、その時点には既に岐阜市内線の岐阜駅前停留所があり、その連絡を兼ねてすぐ横に新岐阜駅(初代)が造られました。1922年1月には美濃電気軌道は名古屋鉄道傘下になり、1930年8月20日、美濃電気軌道と名古屋鉄道は合併、社名を名岐鉄道としました。

一方、各務原線の方は1924年4月13日、岐阜・鵜沼と軍都各務原を結ぶ鉄道として各務原鉄道が設立され、1926年1月21日、安良田(現在の名鉄岐阜駅 - 田神駅間にあり、後に廃止)~補給部駅前(のちの各務野駅で、現在の三柿野駅)間が開業、同年8月1日には各務野駅 - 二聯隊前駅(現在の名電各務原駅)間、1927年9月20日には二聯隊前駅 - 東鵜沼駅(現在の新鵜沼駅)間が開業、1928年12月28日には長住町駅(後の新岐阜駅で、現在の名鉄岐阜駅) - 安良田駅間が開業し全通しました。各務原鉄道は1935年3月28日、名岐鉄道と合併し、同線は各務原線となりました。

1948年、名岐線と改称されていた現在の名古屋本線の新岐阜駅は長住町駅付近に移転し、2代目新岐阜駅が誕生しました。1970年6月25日、田神線が開業したことで各務原線に美濃町線直通列車が設定され、7番線が直通線用ホームとなりました。2005年4月1日、田神線、美濃町線の廃止で7番線は電留線となりました。この時に駅名が名鉄岐阜駅に改称されました。

220803_20221127085401 2022/8/3 名古屋本線から各務原線へ、改札内の連絡通路

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各務原線の列車案内

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ここからは各務原線で犬山に向かいますが、まず乗車したのは各停三柿野行でした。車両は「金魚鉢」の一代前の顔「鉄仮面」の6500系4連,6513Fでした。各務原線に乗車するのは初めてですが、以前、岐阜から高山本線に乗った際に感じたのは両線は細畑手前までは名鉄線が北側、以降はJR側が北側を走り、鵜沼で分かれるまではほぼ並走することです。

Dsc00695 前面展望 田神 6500系初期編成

Dsc00696 前面展望 高田橋付近  3500系 3506F 金魚鉢スタイル

Dsc00698 名鉄岐阜を出発し、22分、11駅目の三柿野がこの電車の終点です。

各務原線の現行ダイヤ、平日の日中は約15分おきの運行で2本は犬山行、2本は三柿野止まりとなっています。名鉄の線路配線図を見て感じるのは三河線や蒲郡線以外はどの路線も相対式ホームの駅が大多数を占めることで、各務原線も名鉄岐阜、新那加、三柿野、鵜沼宿、犬山だけが島式ホーム式となっています。

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2022年11月25日 (金)

FIFA ワールドカップ カタール大会 グループリーグ E組 日本代表初戦をテレビ観戦して

4年に一度のサッカーの祭典、ワールドカップ、カタール大会が開幕し、日本代表チーム(森安ジャパン)(FIFAランキング24位)は23日(現地時間午後4時、日本時間午後10時キックオフ、ハリファ・インターナショナル・スタジアム)、これまで優勝4回を誇るドイツ代表チーム(FIFAランキング11位)とE組グループリーグの初戦で対戦しました。

前半の33分、キーパー権田がペナルティエリアでラウムにファウルを犯したことでPKを献上、ギュンドアンのPKが決まりドイツが1点先制、ボール支配率でもドイツ7:日本3でかなり押し負けている展開でした。後半開始前のハーフタイムに久保を下げ、富安を投入、その後も攻撃的選手を続々と投入し、75分にゴール前の競り合いから堂安のゴールで同点に追いつくと、83分にはフリーキックで前線に出されたボールを浅野が絶妙なトラップからゴール前に持ち込みドイツの世界的キーパー、ノイアーのセーブをかわし、勝ち越しのゴール。7分の長いアディショナルタイムにおけるドイツの怒涛の攻めに耐えて試合終了、歴史的な勝ち点3をゲットしました。

試合終了の時点で歴史的勝利ではあるものの、この試合結果は決して予測できないものではありませんでした。その理由は、11月20日日曜日、NHKスペシャルでドイツ戦にどう対処するか、森安ジャパンのビルドアップハイプレス戦法、ドイツ代表チームのボールを5秒以内で奪い返すゲーゲンプレスに如何に対処するか、最近の両チームの有力相手との試合におけるパスの通り方などをイギリスの分析会社が解析した結果などが紹介されていました。また今の日本代表メンバーの多くが海外の有力クラブで主力として活躍していることも、1998年に日本が初めてアジア予選を勝ち上がり、ワールドカップ・フランス大会に出場した頃に較べると大きな進歩であると感じました。あの番組を見て、決して今のドイツチームは手ごわい相手ではないというイメージを持って試合をテレビ観戦していたからでした。過去の1998年以来のワールドカップ、日本がグループリーグ初戦で勝ち点を挙げたケースはいずれもグループリーグを勝ち抜け、決勝トーナメントに進んでいます。しかしこれまでベスト8には進出できていません。今回はそのベスト8進出が悲願だそうですが、ぜひさらにその上を目指してほしいものです。

E組のもうひと試合、スペイン対コスタリカはスペインが7得点、コスタリカに対してはシュートすら打たせない、一方的結果で終わったそうですが、次の相手はそのコスタリカ、決して油断することなくいい試合をして欲しいものです。

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2022年11月24日 (木)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 10 新羽島~名鉄岐阜

東海道新幹線岐阜羽島駅、1964年10月1日改正のダイヤでは下り「こだま」が朝8:02から毎時1本ずつ02分に、14:02を除いて、15:02は15:00、22:02まで、上り「こだま」は7:54から、毎時54分に11:54と20:54を除き、22:54まで停車するダイヤでした。1980年10月1日改正のダイヤで朝夕、名古屋以西で運行される「ひかり」が停車するようになりました。1996年3月16日改正のダイヤからは東京発着の名古屋以西各駅に停車する「ひかり」が終日、1時間ごとに設定されました。現行のダイヤではほぼ全時間帯、「ひかり」「こだま」が毎時1本ずつ停車するダイヤとなっています。

近鉄と名鉄の間では大垣、岐阜、羽島辺りで長年バトルが展開されており、1961年に近鉄が養老線の岐阜への延伸計画とともに大垣と岐阜羽島を結ぶ新線計画を発表すると、名鉄は岐阜市内から羽島、大垣、養老を結ぶモノレール構想を打ち出しました。その時に同時に普通鉄道で江吉良~岐阜羽島を結ぶルートが羽島新線として計画され、1963年5月に免許取得となりました。近鉄の計画はこの免許取得で申請見送りとなり、岐阜羽島~岐阜市内を結ぶ路線は羽島新線に一本化されました。

当初はこの計画に従い、新幹線開業に合わせて羽島新線は建設されるはずでしたが、用地買収の遅れ、自治体の開発との競合などで交渉が難航し、名鉄自身、豊田新線、知多新線、瀬戸線栄乗り入れなどのプロジェクトを抱えており、免許取得から12年後の着工、工事期間7年を要し、1982年12月11日の開業となりました。

9500-9612-220803

2022/8/3 新羽島 9500系 9612 名鉄の通勤車両の中では最も新しい車両が投入されていました。

3300-3307-220803
羽島市役所前での列車交換

6800-220803
西笠松での列車交換

羽島線、竹鼻線は笠松~新羽島間を15分間隔で運行しており、交換駅では必ず対抗列車と交換するようになっています。また朝の列車は名鉄岐阜まで直通し、名古屋本線内は急行(笠松~名鉄岐阜間はノンストップ)となる列車が大半となっています。

9500-9603-220803
9500系 9603

笠松からは普通岐阜行に乗車しました。

220803-2
名鉄岐阜に到着する直前ですが、東海道本線を潜る際に名鉄本線の線路が単線になる場所があります。名古屋本線の4大ボトルネック区間と言われています。他の3つは豊橋~平井信号所までのJR東海飯田線との線路共用区間、名鉄名古屋駅、枇杷島分岐点の平面交差です。

3150-3158-220803
3150系 3158F2連が停車しているホームに入線です。

220803
駅名標

名古屋本線の名鉄岐阜駅は櫛型ホーム2面4線(1~4番線)で築堤上にあります。いずれのホームも8両編成に対応しています。

9500-9612-220803_20221123103801
笠松~新羽島~笠松と営業運転し、笠松から名鉄岐阜まで一足先に回送されていた9512Fはここから須ヶ口までの普通運用に入るようです。

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2022年11月23日 (水)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 9 笠松 ~新羽島(岐阜羽島)

笠松からは竹鼻鉄道が建設した竹鼻線、そして東海道新幹線岐阜羽島駅アクセス線として名鉄が建設した羽島線に乗車し、新羽島に向かいました。

Dsc00639 2022/8/3 笠松駅 列車案内

Dsc00640 竹鼻線は笠松駅から南方向に分岐して行きます。

Dsc00641

Dsc00636

編成は9500系4連 9512Fでした。

羽島線も含め、駅数(両端駅も含め)10、路線延長は笠松~江吉良10.3km、江吉良~岐阜羽島1.3kmです。運行上は笠松~岐阜羽島間通しで運行されており、西笠松、南宿、羽島市役所前で交換が可能です。

Dsc00646 西笠松駅での交換 3300系 3307F

前述の通り、美濃電気軌道1914年6月2日、笠松口~広江間の笠松線を開業し、同年12月26日には新岐阜まで延伸した際に竹鼻町とその近隣の住民からは笠松線を竹鼻町へ延伸するよう要望が出されましたが、美濃電はその要望を聞き入れませんでした。そこで竹鼻町の小宮山儀太郎他の有志が1919年11月14日に竹鼻鉄道を設立、1921年6月25日、新笠松~竹鼻間を軽便鉄道規格でしたが開業しました。1929年4月1日には大須まで延伸しました。1943年3月1日、名古屋鉄道が竹鼻鉄道を吸収合併し、笠松~大須間は竹鼻線となりました。

Dsc00652_20221122143201 羽島市役所前での交換
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8:53、笠松から22分で新羽島に到着

1964年10月1日、東海道新幹線が開業した際、岐阜県下の駅として岐阜羽島駅が開業しましたが、停車するのは「こだま」のみ、岐阜からのアクセスも路線バスのみでした。岐阜羽島駅は竹鼻線江吉良駅から約1.4kmの距離にあり、新幹線駅に接続する新線の建設が計画され、1982年12月11日1944年から休止中だった江吉良駅を復活させ、江吉良~新羽島を結ぶ新線が開業しました。せっかく、新線は開業したものの多くの利用客は沿線各駅から名鉄名古屋駅に向かい、全列車が停車する名古屋駅から東海道新幹線を利用するため、羽島線の利用客はあまり芳しくないようです。2001年10月1日、江吉良~大須間6.7kmは廃止となりました。

Dsc00661 Dsc00664 東海道新幹線 岐阜羽島駅

この駅は新幹線のルートを選定する際、名古屋と京都を直線的に結ぶのであれば鈴鹿山脈を越えるルートになるところを、東京オリンピックまでに開業するという時間的制約から関ヶ原越えルートとなり、岐阜市を通ると遠回りになるため、ここに駅を造ることにしたそうです。後は関ケ原の降雪時に除雪車を待機させる基地を作る必要性から駅用地が広く確保できる場所としてこの地が選ばれたそうです。

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2022年11月22日 (火)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 8 名鉄一宮 ~笠松

名鉄一宮に戻った後は8:18発名古屋本線の準急 岐阜行で笠松を目指しました。

Dsc00625 2022/8/3 名鉄一宮 列車案内

Dsc00629 前面展望 名鉄一宮を出発後、高架線区間が間もなく終わります。すれ違うのは9500系他

Dsc00630 前面展望 今伊勢手前ですれ違うのは6800系後期タイプ 本線を2連が走っているのも首都圏ではあまり見ない光景です。

Dsc00634 名古屋本線は木曽川堤を過ぎると木曽川鉄橋を渡ります。

明治時代、大河に鉄橋を架橋することはどの鉄道会社にとっても大変なことで鉄道の開業の歴史を見てみると大河の両端まで鉄道が開業し、そこで会社が買収されたり、合併をすることで資金調達先を確保し、架橋建設が進んだ例をよく目にします。

まさにこの木曽川を越える問題で尾西鉄道は鉄道部門を売却し、美濃電気軌道と名古屋鉄道が合併し、名岐鉄道となることで木曽川橋梁建設が可能になりました。当時、建設費を抑えるために、東海道本線の木曽川橋梁に較べ、川幅が狭い場所に架かっており、そのため名古屋本線は前後で大きくカーブしています。木曽川を越えると岐阜県に入ります。

Dsc00672 駅名標

Dsc00635 笠松に到着した準急 岐阜行 3150系 3155F

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笠松町はかつては尾張の国でしたが、木曽川の氾濫で流れが変わることで美濃の国に移り、尾張国葉栗郡から美濃国羽栗郡となりました。木曽川に面した港町であり、岐阜街道が通っていることもあり江戸時代には幕府直轄地として笠松陣屋が置かれ、江戸時代末期には笠松県庁、明治時代初期には岐阜県庁が置かれていました。

笠松町が市ではなく町なのは、茨城県の美浦村同様に町の財政を支える大きな収入源があるからでしょう。これまでにも岐阜市、羽島市、笠松町、岐南町、柳津町、北方町が参加した50万都市を目指す合併協議会での議論があったようですが、岐阜市の産業廃棄物不法投棄問題などもあり、笠松町での住民投票で協議会からの脱退が決議されました。

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2022年11月21日 (月)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 7 名鉄一宮 ~玉ノ井

尾西鉄道は津島~新一宮間の全通後、新一宮から岐阜を目指し、路線を伸ばしたのが今の玉ノ井方面で記述の通り1914年8月4日、木曽川橋まで開業しました。一方、木曽川の西側では美濃電気軌道が笠松線として広江(名古屋本線の駅でしたが1968年1月7日に廃止)~笠松口間を1914年6月2日に開業、同年12月26日には新岐阜まで延伸しました。名古屋を目指した美濃電気軌道は笠松口と木曽川橋を結ぶバス路線を開業し、尾西鉄道が1924年2月15日に開業していた新一宮~国府宮間と合わせ、岐阜~名古屋連絡の足掛かりを掴みました。尾西鉄度は経営悪化で1925年には名古屋鉄道に鉄道部門を譲渡、一方、美濃電気軌道は1930年9月5日に名古屋鉄道と合併し、社名を名岐鉄道とし、木曽川の架橋が推進され、1935年4月29日に名岐線新一宮~新笠松間が開業しました。
 これによって目標を失ったのが尾西鉄道が開業した新一宮~木曽川橋間です。太平洋戦争の激化で1944年3月21日には奥町~木曽川橋~木曽川港は不要不急路線と認定され休止となり、1951年12月28日、奥町~玉ノ井間の営業が再開されますが、1959年11月25日は玉ノ井~木曽川港間は廃止されました。

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2022/8/3 名鉄一宮駅 1番線列車案内

Dsc00604 この日、名鉄一宮~玉ノ井間に投入されていたのは3500系4連 3510Fでした。前面のECBマークは電気指令式ブレーキ搭載車です。

津島方面から7:34に到着後、7:55発の玉ノ井行に乗車しました。名鉄一宮~玉ノ井間は両端駅を含め5駅、交換設備のない単線で、1編成がピストン運行しています。

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名鉄一宮を出発後、8分で終点玉ノ井に到着です。

Dsc00616 駅名標

東武スカイツリーライン(私は伊勢崎線と言った方がしっくりしていますが)の東向島駅が昔、1987年までは玉ノ井駅でした。尤もこちらは1902年の開業時は白髭駅、1905年に営業休止となり、1908年に廃止、1924年に営業再開した際に玉ノ井駅になったそうです。両、玉ノ井駅とも営業停止の歴史を持っています。ここから先、線路が続いていたとは思えない変貌ぶりです。

Dsc00617

Dsc00618折り返しの関係で駅周辺は見てませんが、駅から300mほど歩けば木曽川の堤防のようです。

Dsc00623
8:07発の電車で折り返し、名鉄一宮に戻りました。

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2022年11月18日 (金)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 6 名鉄一宮 駅

JR東海の尾張一宮駅と名鉄一宮駅を合わせて今では「一宮総合駅」と呼ぶこともあるそうですが、歴史的にみると尾西鉄道が1900年1月24日に弥富からの同社の路線を萩原~一ノ宮間延伸させた際に開業したのが始まりでした。同年度中に駅名は新一宮となりました。1914年8月4日には新一宮~木曽川橋間が開業、さらに1918年5月1日、貨物線として木曽川橋~木曽川港間が延伸し、尾西線は全通しました。一方、名古屋方面と新一宮ガ名岐線で繋がったのは1928年2月3日のこと、笠松を経て、岐阜までつながったのは1935年のことでした。後で触れますが、この名古屋~岐阜間の開通には実に多くの鉄道会社が関与しています。

Dsc00586 2022/8/3 駅名標

Dsc00588快速特急 中部国際空港行 3100系 3117F

Dsc00592 特急 豊橋行 2200系 2232F

Dsc00599
Dsc00601 パノラマsuperの愛称で活躍する1000/1200系

さすがに名鉄名古屋本線の主要駅であり、豊橋~名古屋~岐阜間を結ぶ特急や中部国際空港との間を結ぶ快速特急などの花形車両が発着する様子が見られます。

Dsc00590

JR尾張一宮駅に到着する313系

1995年7月以前は地上駅で、国鉄・JR東海との共同使用駅でした。岐阜方には貨物の中継のための連絡線があり、1966年に貨物営業が廃止される以前、しかも名鉄が600Vの時代は電圧の違いを越えての接続のため蒸気機関車による貨車入換作業が行われていました。

高架化後は両駅は分離され、名鉄一宮駅は尾西線が1番線、2~4番線 が名古屋本線となりました。運行的には1番線の北側を玉ノ井方面、南側を津島方面と分けて使用しており、現時点の西武新宿線の東村山駅と似ています。ただ、ここの場合、両線は繋がっており、西武国分寺線や西武園線のような車止めはありません。

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2022年11月17日 (木)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 5 津島 ~名鉄一宮

津島からは尾西線で名鉄一宮に向かいます。

かつて尾西鉄道が弥富から一ノ宮(後に新一宮、そして現在の名鉄一宮)、さらに1914年8月4日には木曽川橋まで、1918年5月1日には木曽川港まで開業し、全通した尾西鉄道線ですが、1925年8月1日には鉄道事業を名鉄に譲渡、1944年3月21日には奥町~木曽川港館が戦争による不要不急路線に指定され休止、1951年には奥町~玉ノ井間が営業再開し、現在の形になりましたが、運行形態は弥富から玉ノ井まで直通する列車はなく、弥富~津島、津島~名鉄一宮、名鉄一宮~玉ノ井と3分割された運行形態が定着しています。

Dsc00558 2022/8/3 津島
乗車したのは7:00発の名鉄一宮行で6800系2連ワンマン車6838Fでした。津島駅には待避線が無いため、編成は一宮方面から到着後、一旦、日比野駅まで引き上げ、そこから折り返して津島駅に進入する方式を採っているようです。

Dsc00561 前面展望 一宮方面は左手、須ヶ口方面は右手になります。分岐後一旦、単線になりますが、

Dsc00562 直ぐに複線となるため、この単線区間がボトルネックとなっています。

Dsc00564_20221116155001 すれ違う列車は平日朝に設定されている、名鉄一宮発、津島経由、須ヶ口方面、豊明行です。

津島~一宮間、営業キロは17.1キロで、駅数は両端駅を含めて14、森上駅までは複線、以降は単線となります。

Dsc00566_20221116155301森上駅での列車交換。これより先は単線になります。

Dsc00570

Dsc00568単線区間では萩原、苅安賀(かりやすか)の2駅で交換が可能です。6838の運転台、停車中の駅名などの情報が表示されています。

Dsc00577乗車した列車は7:34に名鉄一宮に到着しますが、平日のこの時間帯の列車は朝のラッシュで超満員になっての到着でした。右手に名鉄名古屋本線、さらにその先にJR東海道本線が見えます。
次回は名鉄一宮駅の様子と玉ノ井までの様子です。

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2022年11月16日 (水)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 4 弥富~津島

JRと名鉄の弥冨駅は共同使用駅で構内は共用となっており、南に約100m離れて近鉄の弥冨駅があります。

Dsc00546

2022/8/3 弥富駅2/3番線 名古屋方面 1,2番線の間には貨物列車の退避用線路があります。

Dsc00547

四日市方面 勾配を登ると木曽川の鉄橋です。

この辺りは木曽川、長良川、揖斐川の河口に近く、海抜0メートル地帯となり、昔、小学校で習った「輪中」と言われる防水集落も近くにあります。駅もかつては「日本一低いところにある地上駅(海抜マイナス0.93m)をアピールする看板が設置されていたようですが、実は東京の東武亀戸線亀戸水神駅は海抜マイナス2.3mだったと言うことで看板は塗りつぶされているようです。

Dsc00538_20221115081301 2022/8/3 名鉄版 駅名標
Dsc00537 JR東海版 駅名標

駅の開業は1895年5月24日、関西鉄道が名古屋~当駅間を開業した際でその当時の駅名は前ヶ須(まえがす)でした。同年11月7日には木曽川・長良川・揖斐川の架橋工事が完工し、草津~名古屋間が全通、駅名も弥富に改称されました。1898年4月3日、尾西鉄道が弥富~津島間を開業し、乗り入れました。1925年8月1日、尾西鉄道は名古屋鉄道に買収され、名鉄尾西線となりました。

Dsc00541 弥富からは須ヶ口から到着した3171F+3511Fの6連(6:46発)で折り返しました。

弥富駅に夜間滞留する名鉄車両はなく、5:40に須ヶ口を出発し、6:07に弥富に到着する編成が弥富発の初電となります。6:46発の国府行電車は本日弥富発2本目となります。この電車、須ヶ口までは各駅に停車、名古屋本線内は準急となり、国府には8:44に到着します。

Dsc00542 弥富駅から西方に離れて行く名鉄尾西線

Dsc00548 尾西線前面展望 2006年12月16日を以って廃止となった弥富口駅

弥富を出発した津島方面行きの車両、直角カーブを曲がり、北西に向かって走りますが、東名阪自動車道路を潜るあたりに廃駅跡があります。1933年8月1日に開業、1983年に高架化された弥富口駅です。名鉄は1960年代から1970年代にかけ、広見線、小牧線、三河線、尾西線などの支線の部分複線化を手掛けており、弥富~佐用間もその工事痕が見られます。弥富口駅はかつて日本毛織弥冨工場の工員が利用することで賑い、1983年には高架ホームも複線対応で建設されましたが、 繊維業界の衰退で工場の規模が縮小され、2006年暮を以って廃止されました。2005年・2006年に各線で廃止された7駅中、ホームが当時のまま残されているのはこの駅だけだそうです。

Dsc00551 昨日の記事にも登場しましたが、佐屋駅から先は複線区間になります。

Dsc00552 日比野~津島間 最後の抵抗制御車として活躍する最古参の6000系

Dsc00553 6:57、弥富から約11分で津島駅に到着です。

Dsc00557 駅名標

Dsc00554 ここで尾西線名鉄一宮方面に乗り換えです。

尾西線一宮方面はちょうど津島線方面の編成が通過している辺りに左に分岐するポイントがあります。

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2022年11月15日 (火)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 3 須ヶ口~津島~弥富

名鉄線、ほぼ乗りつくしの旅、須ヶ口からは津島線・尾西線方面、6:08発の普通電車で弥富に向かいました。

Dsc005202022/8/3 須ヶ口 車両は3150系2連3171Fと3500系4連3511Fの併結による6連でした。

津島線は須ヶ口から津島まで11.8km、駅数8駅(起終点駅を含め)の路線で全線複線です。1914年1月23日名古屋電気鉄道により開業しました。当初は一ノ宮~弥富間を開業していた尾西鉄道の津島駅とは別に新津島駅までの開業でした。尾西鉄道は1898年4月3日に弥富~津島間を開業し、その後、津島~森上~萩原と延伸し、1900年1月24日には一ノ宮まで開業しましたが、1925年8月1日、尾西鉄道の鉄道部門は名古屋鉄道に譲渡され、津島駅が津島線の終点となり、新津島駅は津島駅に統合されました。尾西鉄道が鉄道部門を手放さなければならなくなったのは名古屋電気鉄道により津島線が開業し、弥富から関西鉄道経由や一ノ宮から東海道経由で津島と名古屋を結んでいた尾西鉄道の路線が著しく不利になったからとされています。

Dsc00529 津島線内 前面展望 青塚~勝幡間 3300系

Dsc00530 6:24 津島線終点 津島駅到着 同列車は引き続き弥富まで運転

津島は関東の人間にはあまりなじみのない土地ですが、鎌倉時代、木曽三川を渡り、尾張と伊勢を結ぶ要衝「津島湊」として発展した土地です。戦国時代には織田信定がこの地を抑え、信長までの織田氏三代の経済的基盤はこの地で築かれました。湊は1785年の治水工事で埋め立てられ、明治期は繊維産業が発展し、東洋紡績の津島工場などがありました。

津島~弥富間は名鉄一宮方面と弥富を結ぶ尾西線になります。同区間は8.2km、駅数5駅です。名鉄としては最古の路線で開業は上記の通り1894年4月3日で、尾西鉄道により開業しました。当初はアメリカのブルックス社から購入した蒸気機関車による運転でした。

Dsc00531 日比野駅付近 6500系

Dsc00532 尾西線内 前面展望 佐屋付近 6500系後期タイプ

Dsc00533 複線は佐屋駅まで。佐屋駅を出発すると単線になりますが、その際のポイントはスプリングポイントになっています。

Dsc00535 6:35、須ヶ口駅から11駅、27分で弥富駅に到着。

津島~弥富間の列車はすべて津島線に直通運転しており、佐屋~津島間には特急、急行、準急が運行されており、西尾線吉良吉田まで直通しています。
ホームは2面、3線の構造で2番線の反対側の3番線に名鉄が乗り入れる共同使用駅となっています。

弥富駅の詳細については明日以降の記事で。

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2022年11月14日 (月)

だいぶ時間が経ってしまいましたが、西武鉄道2000系6連 2027Fが廃車されました。

1979年5月18日に西武所沢車輛工場にて2000系2次車6連8編成の一員として落成、同グループでは1988年3月の田無追突事故で2017F と2023Fの一部が廃車となり,2023Fが新たに組成されましたが、新宿線系統で43年間活躍してきた2027Fが、10月16日に長年住み慣れた玉川上水車両基地から小手指基地に回送、10月18日には横瀬車両基地に回送されました。今月に入って、1日から7日にかけ、分離された編成が横瀬基地から続々と陸送されたそうです(情報はこちら)。

2000-6-2027f-160604 2016/6/4 東村山

1次車2001F~2013Fまでとの違いは冷房機脇の歩み板がFRP製になったことだけで、製造後、約24年経過した2003年7月25日には更新修繕を受け、前面・側面の種別表示器がLEDタイプになり、パンタはシングルアームのPT7116B1に換装、CPもHS-20Kに換装されました。

2000-6-2028-160528 2016/5/28 井荻

2000-6-2028-200510 2020/5/10 東村山~小川間

2000-6-2027-160604-2 2016/6/4 東村山

2000-6-2027-190429-4 2019/4/29 国分寺

ある時は新宿線で4連と併結し、急行運用に、またある時は国分寺線の運用にの日々でした。2000系6連で残るは2031Fのみとなりました。

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2022年11月11日 (金)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 2 名鉄名古屋~ 須ヶ口

名鉄名古屋駅の岐阜方面、初発電車は名古屋本線にある鳴海駅を5:24に出発する普通:岐阜行で名鉄名古屋は5:44発となります。

Dsc00508

2022/8/3 須ヶ口

編成は3100系、2連,3118Fでした。このシリーズ、車両に関しては系列ごとに別記事で纏めて触れるつもりです。

Dsc00890 2022/8/3 駅名標

名鉄名古屋駅を出発すると程なくして地下線から地上に出て栄生に停車。栄生駅は1面2線の駅で開業は1941年8月12日2005年1月29日のダイヤ改正から一部の快速急行に停車しない列車がありますが、急行以下はすべて停車するようになりました。

Dsc008832022/8/3 栄生 電留線に停車する2000系 中部国際空港アクセス専用特急”ミュースカイ”

栄生駅の岐阜方には中部国際空港方面特急車両(ミュースカイ)などの折り返しのための電留線(栄生電留線)があり、名鉄名古屋駅の機能を補完しています。かつてはこの電留線内に車庫があり、栄生検車区として検車も行われていたそうです。1956年に岐南駅と茶所駅の間に茶所検車区が開設されたため廃止されました。この電留線は岐阜方にも本線に転線する渡り線があるので、過去には犬山方面と津島線方面を直通する列車が枇杷島分岐点のデルタ線を使わず、この電留線に入線し、スイッチバックしていたこともあったそうです。デルタ線(貨物側線)を使うと編成の向きが逆になるのを避けたためだそうです。

東枇杷島を過ぎると枇杷島分岐点で岐阜方面と犬山方面に分岐し、西枇杷島へ。西枇杷島駅の先では犬山線下砂杁(しもすいり)信号場で分岐した貨物側線が合流します。かつて枇杷島分岐点には枇杷島橋という駅がありましたが、1949年7月31日に廃止されました。このポイントは現在も名古屋本線~犬山線間を跨いで乗車する場合の運賃計算上のポイントとして利用されています(デルタ線の航空写真)。デルタ線、特に名古屋本線と犬山線の合流は平面交差となっており、名古屋本線に存在するボトルネック区間のひとつとして有名です。

Dsc00515 駅名標

名鉄名古屋を出発した普通電車は11分で須ヶ口駅に到着します。この駅から津島線が分岐していますが、1914年1月23日の枇杷島橋~須ヶ口~新津島現在の津島)間開通時に名古屋電気鉄道津島線の駅として開業しました。同年9月22日に清洲線が当駅と清洲駅(後に国鉄清洲駅の開業で清洲町駅に改称、1948年8月3日、清洲線廃止で廃駅)間に開通し、分岐駅となりました。 なお、名古屋本線の中でも最も早く開通したのが枇杷島橋駅 - 須ヶ口駅間でした。

Dsc00509 須ヶ口駅からの左、津島線、右、名古屋本線 津島線の方が先に開通しているため直線、後から開通、編入された名古屋本線は右へカーブしています。かつては津島線、清洲線、後に名岐線、津島線、路線別のホーム構成でしたが、津島方面と名古屋方面の直通を考慮して、線路構成が方向別に改められたため、両線が平面交差する線形となりました。西武新宿線小平駅の久米川、萩山方と似た景色となっています。

Dsc00518
名古屋方には犬山検査場新川検車支区があります。現存する名鉄の検車支区としては最古、敷地面積22,831㎡、最大78両の留置が可能です。名鉄名古屋駅に最も近い検車支区なので事故などで運行ダイヤが乱れた場合、列車の運行整理拠点として重要な役割を果たしています(新川検車支区 配線略図 )。

Dsc00512 2連の3100系を見送って、須ヶ口からは津島線で弥富方面に向かいました。

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2022年11月10日 (木)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 1 名鉄名古屋駅

2022年夏の名古屋遠征、JR東海、JR貨物、近畿日本鉄道と現在、過去の車両を中心に観てきましたが、いよいよ今回のメインテーマである名古屋鉄道(ほぼ)全線乗りつくしの旅に行きたいと思います。

概要編で触れたように1日目(8月3日)は名鉄名古屋駅から西・北側の各線、2日目(8月4日)は同駅から南・東側の各線と他の線と連絡がない瀬戸線に乗車することにしました。尚、名古屋本線は過去に何度か全線乗車しているため、今回は各線連絡のため部分乗車とし、豊川線も2017年8月に乗車しているので今回は乗車しませんでした。切符は2日間有効の2DAYフリーきっぷ(¥4000)を利用しました。

Dsc00494 2022/8/3 駅名標

Dsc00503 岐阜方面の1番線(乗車用)と2番線(降車専用)ホーム 有効長189m(1番線)、194m(2番線) ホームはS字を描いてカーブしています。

名鉄名古屋駅は近鉄、東武について我が国、第3位の総営業距離(444.2km)を誇る名古屋鉄道の最重要駅であり、一日に800本以上の列車が発着し、名鉄275駅のなかで最大の乗降客数となっていますが、3面2線のシンプルな構造となっています。

昨日の記事で触れたように関急名古屋駅(現在の近鉄名古屋駅)の開業(1938年6月26日)から遅れること3年、1941年8月12日名岐鉄道路線(現在の名古屋本線岐阜方面、西部線)のターミナルとして2面3線で開業しました。開業当時の駅名は新名古屋駅でした。名岐線のそれまでのターミナルは押切町(現、押切一丁目8番)で、名古屋市内線の北端、一宮線との接続駅でした。同駅は新名古屋駅の開業で廃止されました。
一方、神宮前から東、南部の路線(東部線)は愛知電気鉄道によって敷設され、1935年8月名岐鉄道と 合併し、消滅しましたが、1944年9月1日、神宮前~新名古屋間が開業し、東西幹線が一体化されました。1948年5月16日、西部線の1500V昇圧工事が完成し、東西直通運転が開始され、線名も名古屋本線と改称されました。1950年4月1日、新駅舎が完成、1952年12月20日、近鉄との連絡線が廃止となりました。1954年11月25日、駅舎が改築され、構内の配線を変更、中線を廃止し、現在の形になりました。2005年1月29日、中部国際空港の開港を前に名鉄の名古屋駅であることを明白にするため現在の名鉄名古屋駅に改称されました。

Dsc00495 1番線:岐阜方面ホームから上下線間にある降車ホームを

上部には各方面別発車標が設置されており、次に入線する列車の行き先、種別、乗車位置がわかるようになっています。

青色:一宮・岐阜方面 快速特急・特急・急行・準急
黄色:須ヶ口・国府宮 普通
緑色:犬山・可児 快速特急・特急・急行・準急
水色:西春・岩倉 普通
紫色:津島・弥冨 特急・急行・準急・普通

Dsc00501 名古屋本線、岐阜方面行き列車の編成長と乗車位置の案内

名鉄名古屋駅には西部側からは名古屋本線のみならず、弥富など津島線発着、名鉄一宮から尾西線・津島線経由、新鵜沼、新可児などの犬山線発着、東部側からは豊橋方面のみならず、西尾線吉良吉田発着、豊川線豊川稲荷発着、中部国際空港発着、河和線、知多新線発着の列車があり、これら多様な行き先の列車群を的確に乗客誘導するためにこの駅独特の手法が採られています。名古屋の人々が名鉄名古屋駅のことを名駅というようですが、一方でこの発着の複雑さ故、”迷駅”とも言われています。人々から”迷駅”と言われないよう、工夫を凝らした結果が、ああいった乗車位置、列車種別、行き先表示となったのだと思います。

Dsc00496 また、列車の停車駅名も表示されています。

Dsc00497 こういったタイプの列車案内は関東でもよく見かけますが、大手私鉄で本線を2両編成が走るというのも珍しく感じます。

Dsc00498_20221109100401 近鉄名古屋駅への連絡口

Dsc00499 連絡口には近鉄全線各駅までの切符が購入できる自販機が設置されています。

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2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 1 名鉄名古屋駅

2022年夏の名古屋遠征、JR東海、JR貨物、近畿日本鉄道と現在、過去の車両を中心に観てきましたが、いよいよ今回のメインテーマである名古屋鉄道(ほぼ)全線乗りつくしの旅に行きたいと思います。

以前、概要編で触れたように1日目(8月3日)は名鉄名古屋駅から西・北側の各線、2日目(8月4日)は同駅から南・東側の各線と他の線と連絡がない瀬戸線に乗車することにしました。尚、名古屋本線は過去に何度か全線乗車しているため、今回は各線連絡のため部分乗車とし、豊川線も2017年8月に乗車しているので今回は乗車しませんでした。切符は2日間有効の2DAYフリーきっぷ(¥4000)を利用しました。

Dsc00494 2022/8/3 駅名標

Dsc00503 岐阜方面の1番線(乗車用)と2番線(降車専用)ホーム 有効長189m(1番線)、194m(2番線) ホームはS字を描いてカーブしています。

名鉄名古屋駅は近鉄、東武について我が国、第3位の総営業距離(444.2km)を誇る名鉄最大のターミナルであり、名鉄275駅のなかで最大の乗降客数の駅で一日に800本以上の列車が発着していますが、3面2線の通過型ターミナル駅です。

昨日の記事で触れたように関急名古屋駅(現在の近鉄名古屋駅)の開業(1938年6月26日)から遅れること3年、1941年8月12日名岐鉄道路線(現在の名古屋本線岐阜方面、西部線)のターミナルとして2面3線で開業しました。開業当時の駅名は新名古屋駅でした。名岐線のそれまでのターミナルは押切町(現、押切一丁目8番)で、名古屋市内線の北端、一宮線との接続駅でした。同駅は新名古屋駅の開業で廃止されました。
一方、神宮前から東、南部の路線(東部線)は愛知電気鉄道によって敷設され、1935年8月名岐鉄道と 合併し、消滅しましたが、1944年9月1日、神宮前~新名古屋間が開業し、東西幹線が一体化されました。1948年5月16日、西部線の1500V昇圧工事が完成し、東西直通運転が開始され、線名も名古屋本線と改称されました。1950年4月1日、新駅舎が完成、1952年12月20日、近鉄との連絡線が廃止となりました。1954年11月25日、駅舎が改築され、構内の配線を変更、中線を廃止し、現在の形になりました。2005年1月29日、中部国際空港の開港を前に名鉄の名古屋駅であることを明白にするため現在の名鉄名古屋駅に改称されました。

Dsc00495 1番線:岐阜方面ホームから上下線間にある降車ホームを

上部には各方面別発車標が設置されており、次に入線する列車の行き先、種別、乗車位置がわかるようになっています。

青色:一宮・岐阜方面 快速特急・特急・急行・準急
黄色:須ヶ口・国府宮 普通
緑色:犬山・可児 快速特急・特急・急行・準急
水色:西春・岩倉 普通
紫色:津島・弥冨 特急・急行・準急・普通

Dsc00501 名古屋本線、岐阜方面行き列車の編成長と乗車位置の案内

名鉄名古屋駅には西部側からは名古屋本線のみならず、弥富など津島線から、名鉄一宮から尾西線・津島線経由、新鵜沼、新可児などの犬山線から、もしくはそれら方面行きの列車、東部側からは豊橋方面のみならず、西尾線吉良吉田方面から、豊川線豊川稲荷方面から、もしくはそれら方面、中部国際空港発着、河和線、知多新線発着の列車があり、これら多様な行き先の列車群を的確に発着、乗客誘導するためにこの駅独特の手法が採られています。名古屋の人々が名鉄名古屋駅のことを名駅というようですが、一方でこの発着の複雑さ故、”迷駅”とも言うようです。

Dsc00496 また、列車の停車駅名も表示されています。

Dsc00497 こういったタイプの列車案内は関東でもよく見かけますが、大手私鉄で本線を2両編成が走るというのも珍しく感じます。

Dsc00498_20221109100401 近鉄名古屋駅への連絡口

Dsc00499 連絡口には近鉄全線各駅までの切符が購入できる自販機が設置されています。

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2022年11月 9日 (水)

2022年夏 名古屋遠征 再び、近鉄名古屋駅に戻って撮影

米野駅から再び、近鉄名古屋駅に戻り、駅構内を散策しました。

Dsc00448_20221108092601 2022/8/2 駅名標

この駅の開業は1938年6月26日、米野駅同様、桑名から関西急行電鉄線が延伸した際のターミナル駅(関急名古屋駅)としての開業でした。開業当時から地下駅で、本来は名古屋鉄道の新名古屋駅と同時に開業予定のはずでしたが、名鉄側の工事の遅れから、地下出入口は仮設の状態での開業となりました。当初は予算の関係から1面1線の計画でしたが、将来の発展を考慮し、3面3線での開業となりました。戦後の輸送量増加に対処するため1967年には4面5線への拡幅改良工事が行われ、同年12月1日に完成しました。

Dsc00446
4面5線のホームのうち、1,2,3番線は普通、準急、急行が発着し、編成両数も各々、4,5,6両となっています。4,5番線は特急発着用で最長8両となっています。

Dsc00437

Dsc00439 4番線で出発を待つ、30000系VistaEX編成
列車の発着はパターン化されており、名古屋発の特急時刻表(例えばこちら)によれば、
、「ひのとり」は朝7時から夜9時まで毎時00分発、毎時10分発に鳥羽、賢島方面、毎時30分に難波行乙特急、毎時50分に宇治山田、鳥羽方面といった傾向

Dsc00447 1248F 1233系
急行は毎時01,21,41に松坂、五十鈴川、伊勢中川
準急は毎時06、26に四日市
Dsc00451_202211080947012800系 2802F 3連
普通は毎時11,31、51に富吉、津新町、伊勢中川 といった傾向

この駅を最初に訪れたのは1975年1月2日、大学1年の冬休み、大垣行きに乗り、名古屋撮影旅行を敢行した時で、その時の様子は拙blog2012年11月2日の記事にありますが、車両は代われど駅の構造は同じですね。

Dsc00450 近鉄名古屋駅と名鉄名古屋駅を結ぶ連絡改札口

これまでJR在来線、新幹線との連絡通路は何度か使ったことがありましたが、頭端式ホームの右手にこんな通路があったことは今回初めて知りました。連絡改札を抜ければ、目と先に名鉄電車が見える名鉄ホームに直接行けるとは全く知りませんでした。

歴史を遡ると近鉄名古屋線改軌前は名鉄とも線路が接続されており、団体専用列車などの相互直通運転も行われていました。

というわけで近鉄関係はこれで終わり、次回からは名鉄の旅となります。

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2022年11月 8日 (火)

2022年夏 名古屋遠征 近鉄一般車も米野駅にて撮影

近鉄名古屋線の一般車と言えば、
1810系 1967年 抵抗制御
2800系 1972年登場 冷房搭載、ロングシート車、2610系 1972年登場 元クロスシート車
1000系 1972年登場 冷房搭載で登場の1200系も統合
2000系 1978年登場 ビスタカーII世の機器を流用した抵抗制御・冷房車
1010系 1987年登場 奈良線・京都線の920系を転用
1400系 1981年登場 界磁チョッパ制御、1201系 1982年登場 1400系の2連版 1200系 1201系の4連
9000系 1983年登場 8810系の2連版 界磁チョッパ制御
1422系 1984年登場 三菱製VVVF車、1230系 1989年登場 日立製VVVFの1220系をベースに標準軌線共通化
5200系 1988年登場 転換クロスシート車
などが走っていますが、とにかく形式名が複雑なのが特徴です。

Dsc004802801FDsc004562815F

1960年代、大阪・名古屋線の急行用車両として当時の国鉄近郊型に準じた車両として2600系が試作されました。車体は片側4扉でトイレが装備され、全席クロスシートとなりました。1971年、2600系の冷房化車輌として2680系3連2本が試作されました。1972年11月から1976年10月にかけ、2600系、2680系の量産版として2610系4連17本が製造され、大阪線、名古屋線に投入されました。1996年から1997年にかけて2621F,2626F,2627Fの3本が車体更新時にL/Cカーに改造されました。2800系は2610系のロングシート仕様として1972年7月から1979年11月にかけ、2連2本、3連4本、4連11本が製造されました。2811F,2813F,2817Fも1997年の車体更新時にL/Cカーに改造されました。

Dsc00454_20221107095601 1247F 1233系

Dsc00470 1260F 1253系

日立製VVVFを搭載した系列のうち2連は1220系、4連もしくは6連は1020系を名乗り、1230系は機器配置の標準化車(1231F,1232F)、1233系は全線共通車体採用標準仕様車(1242F,1243F,1247F,1248F)、奈良線用にSIV化したのが1249F、さらにボルスタレス台車化したのが1252系、1252系を大阪・名古屋線向けにしたのが1253系となっています。1253系には1253F,1255F,1257F,1260F,1261Fが含まれます。

Dsc004835209F 5209系

5200系
はそれまで名古屋線・大阪線で運用されていた2600系、2680系、2610系などの対面固定式クロスシートを転換式クロスシートとした車両で4連13本が製造されました。1991年登場の5209F,5210Fは補助電源装置がSIVになり、5209系に、1993年登場の5211F~5213Fは台車がボルスタレス台車となり、5211系に。

近鉄は2022年5月22日2000年にデビューしたシリーズ21の9820系9830F以来となる新車を2024年秋に投入とのニュースを発表しました。24年ぶりの新車となりますが果たしてどんな車両となるか楽しみでもあります(情報はこちら)。

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2022年11月 7日 (月)

2022年夏 名古屋遠征 近鉄特急を米野駅にて撮影

先日の80000系「ひのとり」に続いて、米野駅で撮影した近鉄特急の写真を何枚か紹介します。滞在時間が短かったので2列車しか写していませんが、最初は30000系+22000系です。

Dsc00485 2022/8/2 米野
1978年12月30日、3代目ビスタカー(ビスタカーIII世)として登場、後述のアーバンライナー21000系登場までは名阪特急の主役でした。1996年から2000年にかけ、リゾート特急として復活させるための大幅なリニューアルが行われ、「ビスタEX」となりました。さらに2010年から2012年にかけ2度目のリニューアル(B更新)が行われました。さらに2016年6月から2018年までに全15編成の塗装変更が行われました。

Dsc00486 2022/8/2 米野
Advanced Comforatable・Common Easy-operation・Express (ACE)として1992年、当時老朽化が進んでいた既存の汎用特急車両を置き換えるべく登場したのが22000系で近鉄特急として初めてVVVFインバータ制御方式が採用されました。2連と4連が製造されどちらも全電動車方式となりました。2015年から2020年にかけ2連13編成、4連15編成のリニューアル行われ、塗装変更も行われました。

Dsc00481 2022/8/2 米野

こちらは21000系「アーバンライナーplus」で1988年3月18日、名阪ノンストップ特急専用車としてデビューしました。運転開始当初は6往復体制でしたが、増備車が出揃った時点の1990年からはノンストップ特急全列車が21000系となりました。登場から17年になる2005年にはリニューアルが開始され、リニューアルで入場する編成を補うために21020系アーバンライナーnext」が増備され、21000系はバリアフリー化、座席の改良などの改造が施され「アーバンライナーplus」となりました。

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2022年11月 4日 (金)

2022年夏 名古屋遠征 近鉄80000系特急「ひのとり」を米野駅にて撮影

近鉄名古屋駅は4面5線の頭端式ホームの地下駅で特急列車の発着は4,5番線に、特に名阪甲特急、毎時00分発の「ひのとり」は5番線と決まっています。写真の構図的にも制限されるため、近鉄名古屋駅での「ひのとり」撮影は諦め、地下線が地上に出るところにある米野駅に向かうことにしました。同駅には特急列車折り返し整備に専ら使用される富吉検車区米野車庫が隣接し、さらにJR東海の名古屋車両区も隣接しています。

Dsc00487 2022/8/2 米野駅 駅舎

Dsc00465 駅名標

同駅は1938年6月26日の関西急行電鉄の桑名~関急名古屋、延伸開通時に開業しました。その後、参宮急行電鉄、関西急行鉄道、近畿日本鉄道と会社の合併による歴史を刻み、1959年11月27日、伊勢湾台風後の改軌工事の開通式は同駅で実施され、そのときの記念碑が構内に設置されています。

Dsc00460_20221103084401

Dsc00461

Dsc00463駅到着後 程なくすると、「ひのとり16号」で到着した800000系HV12編成が地下線から出てきました。上り本線を渡り、同駅3番線に入線します。同3番線は定期旅客列車には使用されず、もっぱらこうした入出庫のために使用されています。

Dsc00473
Dsc00478  暫くして、編成は入庫して行きました。

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2022年11月 3日 (木)

2022年夏 名古屋遠征 近鉄80000系特急「ひのとり」を近鉄名古屋駅にて撮影

近畿日本鉄道では登場から30年以上が経過した21000系特急「アーバンライナー」(2003年からのリニューアル後は「アーバンライナーplus」)や20年が経過する21020系特急「アーバンライナーnext」の後継として2019年から2021年にかけ、80000系特急車両「ひのとり」6両編成、8本、8両編成、3本を製造、名阪甲特急として2020年3月14日から運転を開始しました。

2012年に登場した50000系しまかぜ」が好評を持って迎えられたように、名阪特急をビジネス客のみならず観光客に対してもさらに海外からのインバウンド需要に対しても、リラックスしてくつろげる客室空間、ゆったりとした座り心地のよいシートを提供し、プライベート感の向上、プレミアム感の演出することで、活性化することを目標に開発されたのが80000系特急「ひのとり」でした。

主要諸元

最高運転速度 130km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
減速度 4.0 km/h/s
編成長 6両:126m 8両:168m
長さ 先頭車:21.6m 中間車:20.5m
車体長 先頭車:21.35m 中間車:20.0m
全幅 2,800mm
車体幅 2,790mm
車体高 4,140mm
床面高さ 1,140mm(高床部1,860mm)
台車 KD323A(制御・付随車) KD323(電動車)
主電動機 三菱電機製 MB-5183-A 日立製作所製 HS34531-13RB
主電動機出力 240 kW (MB-5183-A) 230 kW (HS34531-13RB)
駆動方式 WN駆動方式
歯車比 84:17=4.94
制御方式 電圧形PWM2レベルVVVFインバータ制御(ハイブリッドSiC)
制御装置 三菱電機製 MAP-234-15VD327 日立製作所製(型式不明)
制動装置 KEBS-21
保安装置 近鉄型ATS


80000
80000系の編成構成 三菱電機製造の車両は末尾01-、51-の編成、日立製作所製造の編成は末尾11-
編成定員は6連、239名、8連、327名

車体は普通鋼製で先頭車はハイデッカー(プレミアム車両)、中間車は平床構造(レギュラー車両)となっており、先頭部にクラッシャブルゾーンが設置されています。外装はメタリックレッドの3層塗装にクリア塗装を重ねた5層塗りとなっています。
制御系は近鉄初の低損失ハイブリッドSiC適用素子使用の電圧形PWM2レベルVVVFインバータ制御、1C2M2群一体箱構成となっています。主電動機は全閉自冷式かご形三相誘導電動機を各電動車当たり4台搭載しています。

Dsc00445 Dsc00443
Dsc00441
Dsc00440

ひのとりのエンブレム、ちなみに80000系の電算機号はHinotoriとVista CarからHVとなりました。

2022/8/2 近鉄名古屋 編成は80212F

名古屋駅での撮影は条件があまりよくないので、各停を一駅乗車し、地上に出る米野駅で下車、米野車庫に入庫する編成を撮影することにしました。その様子は明日の記事で。

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2022年11月 2日 (水)

2022年夏 名古屋遠征 JR貨物 なぜか愛知機関区に集中配置されているDD200

愛知機関区のDD51形DF200形200番台によって置き換えられましたが、DD51と同じDML61系エンジンを1基搭載した支線用、入換用ディーゼル機関車であるDE10形,DE11形はそれぞれ1966年、1968年から708両、116両製造され、老朽化がかなり進んでいます。

これらの置き換えを目的に2017年からDF200形とEF210形の技術を応用し、搭載資材を共通化し、開発。量産されているのがDD200形です。DE10形同様にセミセンターキャブ方式の車体となていますが、同軸は4軸でDE10形で問題があったA-A-A3軸台車はやめ、2軸台車のB-B配置とし、保守面を配慮しました。軸重は14.7tでDE10の13t、DE11の14tとほぼ同じとなっています。最高速度は110km/hです。
駆動系はDF200と同様のディーゼル・エレクトリック方式で発電用にV型12気筒30.48l、コマツ製SAA12V140E-3型エンジン(EDML30Z)を搭載し、FDM303型出力1112kVA主発電機と直結しています。1エンド側にエンジン、主発電機、主電動機送風機、冷却水熱交換器を搭載、2エンド側に補助電源装置、主変換装置(インバータはハイブリッドSiC素子)を搭載しています。
運転台はDE10形やHD300形同様、横向き対面式のレイアウトが採用されています。入換作業時の誘導に当たる操車担当者の作業性を向上させるため、車端部のステップの大型化や手すりの塗り分けなどが行われています。

Dd200901-171112 2017/11/12 新川崎 甲種回送後、新鶴見機関区内で休む901号機

2017年6月29日試作機901号機が川崎重工兵庫から新鶴見機関区に甲種回送されました。同年8月21日に東京貨物ターミナル~西湘貨物駅間で公式試運転を実施、さらに10月から11月にかけ電機とコキを使用した性能試験が行われ、東北本線、石巻線、仙石線でも性能試験が実施されました。

2019年8月27日に量産1号機が稲沢駅に甲種回送され、DE10形を置き換える形で運用に就き、2022年4月1日の時点で23号機まで製造されています。書類上の配置は全機、愛知機関区ですが

301-304 東北本線・石巻線・仙石線:仙台貨物ターミナル - 小牛田 - 石巻 - 石巻港
311-313 信越本線:焼島 - 新潟貨物ターミナル
横田基地線:拝島 - 横田基地
321 新湊線・氷見線・あいの風とやま鉄道線:高岡貨物 - 高岡 - 富山貨物
321 高山本線:速星 - 富山
331,332 鹿児島本線:北九州貨物ターミナル - 西小倉
341 関西本線 四日市入換
351 東海道貨物支線 浜川崎、安善入換
361 岡山タ-東水島    と北海道と四国を除く各地に常駐し、仕業に就いています。

Dd20022-220802 Dd20022-220802-2 2022/8/2 清洲 DD200-22号機 

JR貨物以外にもJR九州が熊本車両センターの入換用に、京葉臨海鉄道、水島臨海鉄道などが導入しています。

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2022年11月 1日 (火)

2022年夏 名古屋遠征 JR貨物 関西本線で長らく活躍したDD51 part6

国産の本線用ディーゼル機関車としてわが国で最初に開発されたのがDD50形でした。1952年に開発が開始され、電気式が選ばれ、エンジンに関しては国内メーカーでも難しかったため、スイスのSulzer社との技術提携で三菱重工業が製作した8LDA25形(直列8シリンダー、4サイクル、単動・加給式、連続定格出力900PS/800rpm、重量8.6t)の中速エンジンが1台搭載され、片運転台方式の車両を2両背中合わせに重連とする方式となりました。エンジンで580kW/800rpmの主発電機を回し、各軸に1台鵜ずつ取り付けた主電動機を駆動、連続定格出力130kW/730rpmとなり、DD50形2両でD52形,もしくはC62形、1両に匹敵、D51形に対しては1.3両に相当しました。1953年4月に1~3号機が落成、敦賀機関区に配置され、敦賀~今庄間の急勾配区間でも好成績を残しました。1955年には4~6号機も落成、前面窓回りがより洗練されたスタイルとなりました。使用成績は芳しかったのですが、重連使用のため、単位馬力当たりの新製費が高いこと、軸重か15tを超え、丙線に入線できないこと、列車暖房装置を搭載していないことなどから新製は6両に留まりました。

DD50形の問題点を解決する形で次に開発されたのがDF50形でした。
1)軸重を14t以下に抑えるため、B-B-Bの軸配置とする。
2)Sulzer社のエンジンの過給機圧を向上させ、定格出力を1060PSとし、1両で旅客列車牽引を可能とするほか、重連運転にも対処可能なように総括制御装置を搭載する。
3)列車暖房用にSG-3形を搭載する。
4)旅客の他、貨物列車にも適用するため連続定格速度を低くし、引張力を大きくする。 といった改良が加えられ、試作1号機が1957年3月に新三菱重工業で落成、土讃線に投入されました。ドイツのMAN社のエンジンに関しても川崎重工業や日立製作所が技術提携を進めており、DF40形DF90形といった試作機も国鉄借入試用しており、MAN社のエンジンを搭載したDF50形も計画され、1958年4月に日立笠戸、川崎車輌で落成、エンジンはV6V22/30形機関、連続定格1200PS/900rpm、1時間定格1400PS/1000rpmとSulzer製エンジンより、20%強力となりました。こちらは500番台と附番されました。DF50は北海道を除いてほぼ全国的に投入されました。1963年、より高性能で廉価、保守が容易な液体式ディーゼル機関車への関心が高まり、Sulzer製エンジンの0番台、64両、MAN製エンジンの500番台、73両の計137両で製造は打ち切られました。

DD51形が登場する前に明治以来、初期の輸入蒸気機関車が入換用機関車として働いていたのを一掃する目的で開発されたのがDD13形入換用ディーゼル機関車でした。DD13形に搭載されたDMF31S(B)形ディーゼルエンジンは1937年キハ43000系に搭載されたエンジンが原形となっており、当時一般的だった気動車用のDMH17系エンジンの130mmボアx160mmストロークを180mmx200mmに拡大し、定格出力370PS/1300rpmとしたもので、国鉄と新潟鐵工所、振興造機、ダイハツ工業の4者共同設計による機関車用立形6シリンダーエンジンでした。

DD13用エンジンを6シリンダーから12シリンダーにし、排気ガスによる過給機付きとしたのがDD51形に搭載されたDML61S形エンジンで、連続出力1000PS/1500rpmとなりました。一方、機関車用の大型トルクコンバーターは西ドイツが技術を独占している状態で2つの方式、充排油式(Voith)と爪クラッチによる歯車変換方式のMekydro式がありました。DD54形では後者が使用されましたが、DD51形では機械的摩耗が少なく取り扱い・保守が容易な前者が選ばれ、国鉄と日立、川重の共同開発でDML61系1000PS級のエンジンに合ったDW2形液体変速機が開発されました。

DD51形は1962年に試作1号機が誕生し、1963年に第2次車の4号機まで、1965年0番台53号機で終了、1966年第7次車からは500番台に、1968年にはSG未搭載の800番台と606~618号機、1972年には799号機の次は1000番台、1977年、1186~1193号機で1000番台が製造終了、1978年800番台の897~899に続き、1801~1805号機が製造され649両の製造が終了しました。
1~53
501~799
801~899
1001~1193
1801~1805   計649両

最後の897号機から1805号機までの8両は成田空港ジェット燃料輸送用として製造され、パイプライン完成後は他線区に転用され旅客運用に就くことも想定されたため、SG準備工事済みでの落成となりました。

Dd51-1802-090323

2009/3/23 四日市 DD51 1802号機

Dd51-1803-050705

2005/7/5 枇杷島 DD51 1803号機

Dd51-1803ef65-1073-090213 2009/2/13 西浦和 DD51 1802号機 EF65 1073号機とともに大宮検査入場

Dd51-1803-120913-3 2012/9/13 枇杷島 DD51 1802号機

Dd51-1804-050705 2005/7/5 清洲 DD51 1804号機

今回、愛知機関区時代のDD51の写真を載せるにあたり、いろいろと勉強することがありましたが、DD51、全649両の製造に関してはこちらのサイトのデータが大変参考になりました。近い将来、DD51に関して個々の車歴等をまとめた書籍が出版されることを期待します。

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