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2022年11月22日 (火)

2022年夏 名古屋遠征 名鉄ほぼ全線乗りつくしの旅 8 名鉄一宮 ~笠松

名鉄一宮に戻った後は8:18発名古屋本線の準急 岐阜行で笠松を目指しました。

Dsc00625 2022/8/3 名鉄一宮 列車案内

Dsc00629 前面展望 名鉄一宮を出発後、高架線区間が間もなく終わります。すれ違うのは9500系他

Dsc00630 前面展望 今伊勢手前ですれ違うのは6800系後期タイプ 本線を2連が走っているのも首都圏ではあまり見ない光景です。

Dsc00634 名古屋本線は木曽川堤を過ぎると木曽川鉄橋を渡ります。

明治時代、大河に鉄橋を架橋することはどの鉄道会社にとっても大変なことで鉄道の開業の歴史を見てみると大河の両端まで鉄道が開業し、そこで会社が買収されたり、合併をすることで資金調達先を確保し、架橋建設が進んだ例をよく目にします。

まさにこの木曽川を越える問題で尾西鉄道は鉄道部門を売却し、美濃電気軌道と名古屋鉄道が合併し、名岐鉄道となることで木曽川橋梁建設が可能になりました。当時、建設費を抑えるために、東海道本線の木曽川橋梁に較べ、川幅が狭い場所に架かっており、そのため名古屋本線は前後で大きくカーブしています。木曽川を越えると岐阜県に入ります。

Dsc00672 駅名標

Dsc00635 笠松に到着した準急 岐阜行 3150系 3155F

Dsc00642

Dsc00671

笠松町はかつては尾張の国でしたが、木曽川の氾濫で流れが変わることで美濃の国に移り、尾張国葉栗郡から美濃国羽栗郡となりました。木曽川に面した港町であり、岐阜街道が通っていることもあり江戸時代には幕府直轄地として笠松陣屋が置かれ、江戸時代末期には笠松県庁、明治時代初期には岐阜県庁が置かれていました。

笠松町が市ではなく町なのは、茨城県の美浦村同様に町の財政を支える大きな収入源があるからでしょう。これまでにも岐阜市、羽島市、笠松町、岐南町、柳津町、北方町が参加した50万都市を目指す合併協議会での議論があったようですが、岐阜市の産業廃棄物不法投棄問題などもあり、笠松町での住民投票で協議会からの脱退が決議されました。

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コメント

B767−281様 今晩は。名鉄といえばパノラマカー。20年ぐらい前に岐阜で研究会があった時に乗車しました。空いていたので真ん前の席に鎮座しました。座席は硬いクロスシートですがやはり鉄道ファンには最高な座席でした。最近名鉄も一般車はロングシートが基本になっているそうでちょっと残念です。赤い塗装といいなんとなく東京急と被る感じがします。笠松といえば私にとってはオグリキャップですね。(笑い)さて大臣のドミノ倒し、まだまだ行きそうで岸田政権そのものがもうもたないのではと思います。早く対局を作らないといけませんね。

細井忠邦さま、おはようございます。

そうですね、わたしもパノラマカーの思い出があります。その伝統をいつまでも残してほしいですね。
それにしても岸田政権、7月の参議院選挙のあと、国政選挙が当分ない黄金の3年間かと思いきや、もはやボロボロですね。
政権交代のチャンスですが、リベラル側が如何に支持を得られるかが問題ですね。

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