世界で一番多い保有数を誇ったJALのBoeing747 その18 -100Bをベースに新たなSRとして登場した JA8142
Boeing社は747-200Bを登場させた後、それほど長い航続距離を必要としないエアライン向けに燃料の搭載量の増加はせず、機体構造や降着装置の構造強化を図り、最大離陸重量だけを少々引き上げたタイプを提案しました。これが-100B型です。1978年にイラン航空から発注を受け、さらにサうアジアラビア航空にも納入されましたが、世界の多くのエアラインは-200Bを選んだため、製造機数はわずか9機(JAL分を合わせても14機)に留まりました。
-100Bとして製造されたBoeing747
国内線の旺盛な旅客需要に対応するため、1979年、JALが従来の-SR46型に代わって選択したのがこの-100Bをベースにした新たな近距離タイプでエンジンは従来の-SR46同様、P&W JT9D-7Aを選択しました。とりあえず3機(JA8142,JA8143, JA8164)は2階部分の短い仕様としましたが、1986年に納入された2機は当時製造されていた-300型同様の2階部分を延長したタイプ(SUD:Streched Upper Deck)となりました。外見からはその後に納入された-346SR型と同様ですが、エンジンがJT9D-7Aなので-146B/SUD型となりました。
1988/10/4 HND 西ドイツ留学直前に福岡に出張した際の羽田からの搭乗機がJA8142でした。羽田の旧国内線ターミナル
JA8142と登録されたcn22066/ln426の機体は1980年2月1日、納入されました。この機体から二階部分への階段は直線化され、アッパーデッキの定員が増えたため、ポートサイド側、コックピットのすぐ後ろ側にも非常口が設けられました。就航時の座席数は550席となり、当時、世界最大でした。アッパーデッキの座席はメインデッキのそれと較べ幅広でシートピッチが大きかったため、後にアッパーデッキの座席はスーパーシートとして使用されるようになりました。
ネットでJA8142に関して調べると1992年1月8日、羽田空港において、71番スポットに駐機中のB767型機(出発機)から搭乗客の男性がL2ドアを開け、機外に飛び降り、約200m疾走後、JL514便として着陸、18番スポットに向かって時速4㎞程度でタキシング中だったJA8142機のエンジンの下を潜り抜け、同機の左主脚車輪の前に倒れこみ轢かれて死亡するという事故がありました。
1994/12/24 HND JA8142とJA8170の2機が”Dream Express”としてデビューしました。
SR-46タイプが退役した後は大阪~グアム線にも就航し、1994年には当時、JALとしては初めての本格的スペシャルマーキングである「ドリームエクスプレス」塗装になりました。
1998/2/11 NRT 最晩年には成田発の近距離国際線でも使用されました。
1998年4月2日、ジャンボジェット社に売却されN552SWにリレジされました。既に解体済みです。
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