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2023年9月29日 (金)

世界で一番多い保有数を誇ったJALのBoeing747 その33 最後の国内線用短コブ747となった JA8164

cn23150/ln601 として製造され、1984年10月25日に初飛行した B747-146Bは、JA8142, JA8143に次ぐ3機目の-100Bベースの短距離用747、そうSR-46に代わる国内線用747 JA8164として1984年12月4日に登録、JALに納入されました。

国際線用には既に3機(N212L, N213JL, JA8163)の747が-346として納入されているにもかかわらず、なぜJA8164は短コブタイプになったのか、これは私の個人的推測ですが、JALの747の導入の歴史を振り返ると、

B747-146A: JA8101、JA8102、JA8103            cn 19725,19726,19727
B747-246B: JA8104、JA8105、JA8106            cn 19823,19824,19825
B747SR-46: JA8117、JA8118、JA8119、JA8120  cn 20781,20782,20783,20784
B747-146B: JA8142, JA8143, JA8164                cn 22066, 22067, 23150

と新しい型式(747の違うファミリー)を導入するときは最低3機を導入するという方針だったのではと思います。そのため、旅客型のスタンダードはJA8164として登録される機体の契約時は既にSUDタイプがデフォルトとなっていたにもかかわらず、敢えてJA8142,JA8143に加えてもう1機短コブタイプを導入したのではないかと思います。

これはEXECUTIVE EXPRESSとして導入された-246BのJT9D-7R4G2エンジン搭載のスペシャルバージョンがJA8161, JA8162(1983年6月納入)に留まらず、3年後の1986年3月JA8169として3号機目が導入されている点にも言えるのではないかと思います。

Ja8164-jal-b747146b-cn23150-ln-601-96092 1996/9/24 HND

Ja8164-jal-b747146b-cn23150-ln-601-98010 1998/1/2 HND

Ja8164-jal-b747146b-cn23150-ln-601-98050 1998/5/2 HND 1998 FIFA WC フランス大会応援のJFLヤタガラスのワッペン付き

2005年9月に保管状態になるまで活躍、12月1日Logistic Airに売却、レジは5U-ACFとなりました。現在は既に解体済みのようです。

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2023年9月28日 (木)

2023年 北九州旅行 その52  下関駅にみられる TWILIGHT EXPRESS 瑞風 を迎えるサイン

 「トワイライトエクスプレス」と言えば、1989年7月21日に運行開始され、大阪~札幌間を約22~23時間で結ぶ臨時寝台特急でしたが、車両の老朽化などにより、2015年3月12日に約26年間におよぶ歴史を閉じました。

Ef81-44-tle-101208

2010/12/8 第一淀川橋梁を渡るEF81 44号機牽引 上り トワイライトエクスプレス

Dd51-1102-twilight-express-080322 2008/3/22 上野幌 DD51 1102他重連に牽引され札幌に向かう下り トワイライトエクスプレス

その流れを受け継いで2017年6月17日から営業運転を開始した京阪神地区から山陰・山陽エリアの立ち寄り観光を実施するクルーズトレインが「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」です。

車両は網干総合車両所宮原支所に配置される87系気動車
1・10号車: 展望車 キイテ87-1/2
2・3・8・9号車: 「ロイヤルツイン」 キサイネ86-1/101/201/301
4号車:「ロイヤルシングル」 キサイネ83-401
7号車:「ザ・スィート」 キサイネ86-501
6号車:ダイニングカー「ダイナープレヤデス」 キシ86-1
5号車:ラウンジカー「サロン・ドゥ・ルゥエスト」 キラ86-1     の10両編成から構成されています。

10両編成ですが1・5・6.10号車を動力車とし、ディーゼル発電機で発電した電力と蓄電池の電力を組み合わせ、三相誘導電動機をVVVFインバータ制御方式で駆動するシリース式ハイブリッドシステムを採用しています。

運行コース
山陽コース
(下り) 1日目 京都・大阪→倉敷→(五日市車中泊)2日目→岩国→下関
(上り) 1日目 下関→宮島口→(車中泊)2日目→(三原→広→三原)→尾道→大阪・京都
山陰コース
(下り) 1日目 大阪・京都→城崎温泉→(車中泊)2日目→東萩・萩→下関
(上り) 1日目 下関→出雲市→(車中泊)2日目→(伯耆大山→岸本→伯耆大山)→鳥取→京都・大阪
山陽・山陰(周遊)
1日目 京都・大阪→岡山→下関車中泊
2日目 車中泊→宍道・松江→車中泊
3日目 車中泊→(伯耆大山→岸本→伯耆大山)→東浜→京都・大阪 
を基本に運行されています(大雨等により不通区間が生じた場合は変更されました)。

まだ実車にお目にかかったことはありませんが、山陽・山陰各コースの西のターミナル駅である下関駅の地下通路には

Twilite-express-230603-edit
2023/6/2 TWILIGHT EXPRESS 瑞風の歓迎を示すポスターが掲示され、

230602_20230927083401 2023/6/2
かつては東京や関西からの寝台特急・急行が到着し、乗客が機関車の付け替えを見学し、駅弁などが売られていたものの、今は降車専用となり、上って行こうとすると駅員に声掛けされる3・4番線の門司より先端部付近には

Twilight-express-mizukaze-230602 2023/6/2 下関

列車から降りてくる客向けのサイン? (写真の上方向が線路側)

Twilight-express-mizukaze-230602-3
7号車 停車位置目標

などがホーム足元に掲示されています。

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2023年9月27日 (水)

2023年 北九州旅行 その51  山陰線で活躍するキハ40系 その3 キハ47形( 観光列車)

山陰線新下関~仙崎間を走る観光列車としてキハ47-46(1979.2.9 富士重工)とキハ47-1107(1981.7.17 新潟鐵工所)を種車に改造し、2007年7月1日から運行されたのが「みすゞ潮彩」で、童謡詩人・金子みすゞの時代にちなんだアール・デコ調の装飾が施されました。車番は2005年10月1日から呉線で運行された「瀬戸内マリンビュー」の続番のキハ47-7003・7004となりました。

47-081209 2008/12/9 広島 呉線の観光列車「瀬戸内マリンビュー」キハ47-2011・3002を改造し、キハ47-7001・7002に
その後、2020年10月3日より運行開始されたetSETOraに向け、再改造され、全車グリーン車指定席になった関係で車番もキロ47-7001・7002になりました。

47-7003-100807 2010/8/7 下関 キハ47-7003

47-7004-071217 2007/12/17 下関 キハ47-7004

2017年1月29日に「みすゞ潮彩」の運行が終了し、新たに「幕末維新やまぐちデスティネーションキャンペーン」の一環として新下関~東萩間を運行する観光列車としてキハ47-7003・7004が再改造されたのが「〇〇のはなし」でした。

2017年8月5日から運行開始され、列車名は”ぎ、がとし、ものせきには日本と西洋を引き合わせた志士達の歴史や文化、海の幸や地酒など、見て、聞いて、感じてみたい様々な「はなし」が息づいている”ということに由来するそうです。

47-7004-e230603 2023/6/3 幡生 キハ47-7004 〇〇のはなし

列車の存在も運行日時も時刻も知らず、いきなりやってきたもんですから、後追いで辛うじて記録できた写真になってしまいました。

なお、同編成は新山口支所(中クチ)ではなく、下関総合車両所本所運用検修センター(中セキ)に配置されています。

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2023年9月26日 (火)

2023年 北九州旅行 その50  山陰線で活躍するキハ40系 その2 キハ47形( 一般車)

山陰線、山口線、岩徳線、芸備線などで活躍するキハ47形、下関総合車両所新山口支所(中クチ)には0番台29両、1000番台18両、1500番台1両、2000番台7両、2500番台3両、3000番台8両、3500番台2両の計68両が配置されています。

キハ47形の2000番台、3000番台は、それぞれ0番台、1000番台のロングシート化改造車、2500番台、3500番台は同様に500番台、1500番台のロングシート化改造車となっています。2000番台が23両、2500番台が3両、3000番台が20両、3500番台が2両、1990年代に改造されています。
現時点の配置車両データです。

キハ47形0番台
 9 11 16 22 24 38 39 40 63 81
93  94  95  96  100 101 102 103 109 110
148 149 150 151 152 153 169 179 190

47-95-230603 2023/6/3 幡生 キハ47-95 1980.1.16 新潟鐵工所 2022年度 ワンマン改造施工


47-190-230603 2023/6/3 幡生 キハ47-190 1982.5.7 富士重工

キハ47形1000番台
1007 1008 1014 1035 1040 1059 1060 1061 1062 1065
1066 1070 1071 1100 1101 1102 1103 1131

47-1035-230603 2023/6/3 幡生 キハ47-1035 1979.3.12 富士重工

47-1061-230603 2023/6/3 幡生 キハ47-1061 1980.1.16 新潟鐵工所

キハ47形1500番台
1507

47-1507-071217-5 2007/12/17 下関 キハ47-1507 1979.6.1 新潟鐵工所
今回の旅行の写真ではありませんが、同車は現在、タラコ色になっています。

キハ47形2000番台
2012 2013 2014 2016 2021 2022 2023

47-2013-230603-22 2023/6/3 幡生 キハ47-2013 キハ47-26 (1978.6.1 富士重工)のロングシート化改造 鷹取工場(1994.9.10)

キハ47形2500番台
2501 2502 2503

47-2501-071216 2007/12/16 下関 キハ47-2501 キハ47-508(1979.5.18 新潟鐵工所)のロングシート化改造 鷹取工場(1994.11.15)
2021年度ワンマン改造施工 -1507同様、今回の旅行の写真ではありませんが、同車は現在、タラコ色になっています。

キハ47形3000番台
3004 3005 3006 3007 3008 3009 3019 3020

47-3008-230603  22023/6/3 幡生 キハ47-3008 キハ47-1096(1980.12.19 富士重工)のロングシート化改造 鷹取工場(1994.11.30)

キハ47 3500番台
3501 3502

47-3502-230603 2023/6/3 幡生 キハ47-3502 キハ47-1506(1979.6.1 新潟鐵工所)のロングシート化改造 幡生車両所(1997.3.27)
2022年度 ワンマン改造施工

製造、改造に関するデータはこちらのサイトのデータを参考にしました。

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2023年9月25日 (月)

2023年 北九州旅行 その49  山陰線で活躍するキハ40系 その1 キハ40形

国鉄が分割民営化された際に

キハ40形 63両(すべて2000番台)
キハ47形 189両 (0番台108両、500番台3両、1000番台75両、1500番台3両)
キハ48形  5両 (0番台3両、1000番台2両)の計 257両が

 キハ40形 2000番台は暖地向け仕様
 キハ47形 0,1000番台は暖地向け仕様、1000番台は便所なし、500、1500番台は新潟地区向け寒地仕様、1500番台は便所なし
 キハ48形 0,1000番台は準寒地向け仕様、金属ばね台車、1000番台は便所なし

JR西日本に承継されました。

これらのうち、新山口支所(中クチ)にキハ40形32両、キハ47形70両、広島支所(中ヒロ)にキロ47形2両(etSETOra)、下関運用検修センター(中セキ)にキハ47形2両(○○のはなし)が配置されています。観光列車以外の一般車両に関してはすべて朱色5号(通称:首都圏色、俗にタラコ色)に塗られています。この塗色は1975年、大宮工場で相模線のキハ10系の塗装工程の簡略化を狙って、試験的に採用され、首都圏を中心に拡大、1978年の塗装規程の変更で事実上、一般気動車の標準色となりました。分割民営化を前にした1985年頃から、ローカル線のイメージアップのため一般型気動車に線区ごと・地域ごとのカラーリングが採用され、使用例が減少しました。本色を標準色として採用し続けたのはJR西日本の米子支社だけでしたが、2009年12月からの経費節減の一環としてJR西日本では朱色5号による単色化が進められた結果、米子支社以外の気動車も朱色5号に塗られることとなり、中クチ所属の気動車はすべて朱色5号となりました。。

JR西日本では1989年度から1995年度にかけ日本電装製のサブエンジン式冷房装置AU34を搭載した冷房改造を全車に対して実施しました。具体的には床下の暖房用熱交換器を1基撤去し、AU34を搭載、車内荷棚部に室内熱交換器を設置しました。1994年度から2000年度にかけては、機関、および液体変速機の換装を実施、機関はコマツ製SA6D125H-1AもしくはSA6D125HE-1となりました、液体変速機はコマツ製KTF3335A-1A(変速2段・直結3段、自動式)または新潟コンバータ製TACN-22系(変速1段・直結2段、自動式)となりました。軸重に較べ出力が強すぎるため空転が起こりやすいので、出力を本来の355 PSから330 PSに落しています。

キハ40形の体質改善工事は1999年度から2007年度にかけて、103系や113系の国鉄型電車と同様の延命40N工事が後藤総合車両所、網干総合車両所(2000年までは鷹取工場)、下関総合車両所、金沢総合車両所の4所で行われ、車体外板腐食部張替え、通風器撤去、側窓を下段固定、上段下降式への交換、化粧板張替え、ドアの半自動装置の電気指令式への変更などが施工されました。同時もしくはほぼ同時期に冷房装置の機関直結式のWAU201への交換も行われ、床下のAU34が撤去され、屋根上へWAU201の熱交換器が搭載されました。

朝のラッシュ時の乗降のスムーズ化、定員の増加を図るため車内の座席をロングシートに交換する改造も一部の車両に対して行われ、キハ40形2000番台は3000番台に改番されました。

今回の九州北部旅行では山陰線の気動車を撮影したのは土曜日だったため、増結用のキハ40に遭遇出来ませんでした。そこで、これまでに新山口や下関で撮影したキハ40の写真を載せます。

40-2027-121222
2012/12/22 新山口 タラコ色なる前の下関付近の標準色、キハ40+キハ47✕4

40-2045-100807-2 2010/8/7 下関 キハ40 2045

40-2091-150802-4 2015/8/2 新山口 キハ40 2091

中クチ所属ではありませんが、ロングシート化改造車キハ40 3000番台の写真です。

40-3001-190804 2019/8/4 岡山 キハ40 3001 

キハ40 3000番台は1992年から1993年にかけ、後藤総合車両で5両改造され、いずれも現在、岡山気動車支所(中オカ)に配置されています。
番号    種車  竣工
3001 ← 2009 1992.3
3002 ← 2010 1993.1
3003 ← 2028 1993.2
3004 ← 2116 1993.2
3005 ← 2117 1993.3

中クチにはキハ40形が32両配置されており、山陰本線、山口線、岩徳線、芸備線などで使用されています。

配置車両
2001 2002 2003 2004 2005 2033 2034 2035 2042 2044 
2045 2047 2070 2071 2072 2073 2074 2075 2076 2077
2079 2080 2081 2091 2096 2114 2119 2120 2121 2122 
2123 2132

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2023年9月22日 (金)

世界で一番多い保有数を誇ったJALのBoeing747 その32 JAナンバー-346 初号機となったJA8163

Boeing747のproduction listによるとN212JLとN213JLがcn23067、23068と連続で契約され、ln588、589と製造された後、cn23149から23151まで3機連続で契約されているのが、JA8163、JA8164、JA8166となります。

JA8163として初のJAナンバーのB747-300型となったのが、cn23149/ln599として製造され、1984年11月7日に初飛行し、1984年12月6日に登録された機体です。1985年と言えばJALにとっては御巣鷹の尾根にJA8119が墜落する事故のあった年ですが、同時にそれまでのアンカレジ経由からモスクワ上空通過でヨーロッパノンストップフライトが可能になった年でもありました。N211JLとN212JLの2機は米国籍機のため、専ら太平洋線に投入されており、-346の航続距離の長さを生かし、ヨーロッパ線に投入可能となった機体はJA8163がフロンティアでした。1986年4月2日に開設された成田~ロンドン線に投入されたのもJA8163以降の日本国籍の-346からでした。

-446の登場後はその地位を譲り、東南アジア線などを飛ぶこともありましたが、2008年5月に保管状態になるまで活躍し、2008年5月26日Orient Thai Airwaysに売却、HS-UTNとなり、2012年10月まで活躍し、2014年3月、解体されました。

Ja8163-jal-b747346-cn23149-ln599-960814- 1996/8/14 NRT

Ja8163-jal-b747346-cn23149-ln599-981119- 1998/11/19 NRT

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2023年9月21日 (木)

広島~下関間の山陽本線直流区間で活躍した近郊形電車 その3 117系の時代

山陽本線の西の端、下関駅に顔を見せた直流近郊形電車シリーズ、最後は117系です。

117系が下関に顔を出したのは2005年3月のダイヤ改正からでした。同改正で415系の下関以東への乗り入れが中止となり、不足する車両の補充のため宮原総合運転所の117系が岡山に転属、岡山から下関に117系が貸し出されました。2007年11月に正式に下関所属となりました。

117-c101-071217 2007/12/17 下関 
C101編成 クハ117-101+モハ117-101+モハ116-101+クハ116-101
117系登場時のカラーで活躍を始め、2014年9月12日、濃黄色になりました。2015年8月12日に岡山電車区に転出しました。

生憎、C101~C105までの5編成中、C102編成は撮影できませんでしたが、C102編成は2015年8月30日に岡山電車区に転出するまで117系登場時のカラーだったようです。

117-c103-121222 2012/12/22 宇部 
C103編成 クハ117-103+モハ117-105+モハ116-105+クハ116-105
この編成も濃黄色になることなく2015年10月2日に岡山電車区に転出しました。

117-c104-150802 2015/8/2 新山口 
C104編成 300番台 クハ117-302+モハ117-311+モハ116-311+クハ117-302
この編成は転入時から福知山色で活躍し、濃黄色になることなく2015年11月27日に吹田総合車両所日根野支所新在家派出所へ転出しました。

117-c105-081207 2008/12/7 幡生

117-c105-100805-4 2010/8/5 下関
C305編成 クハ117-303+モハ117-312+モハ116-312+クハ116-303
転入時は福知山色、2010年7月20日に濃黄色になりました。2016年1月25日、吹田総合車両所日根野支所新在家派出所に転出しました。

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2023年9月20日 (水)

広島~下関間の山陽本線直流区間で活躍した近郊形電車 その2 115系の時代

山陽本線全線電化の1964年に岡山・広島に首都圏や関西圏で活躍し、113系などへの置き換えで流れてきた80系が配置され、1972年には下関にも配置されました。しかし、1976年には岡山電車区に北関東地区から115系0番台44両が転入、同年、広島地区へも首都圏から115系が転入し、山陽本線西部で活躍する80系の置き換えが進んで行きました。岡山・広島・下関の80系の運用は1978年に終了となりました。全線電化開業から14年で80系は引退し、115系の時代となりました。

 1978年には旧形車置き換え名目で115系2000番台が投入されましたが、これは1977年に登場した1000番台の耐寒・耐雪装備を温暖な広島地区向けに簡略化し、シートピッチの拡大をメインにした番台でした。そして1982年11月のダイヤ改正で広島都市圏(広島~岩国間)のフリークエントサービス化、短編成化をモットーに115系3000番台が投入されました。

同番台は1982年11月ダイヤ改正用に4両編成6本の24両と編成短縮で捻出された111系MM'ユニットの4連化用にクハ115形15組30両が製造され、1983年6月には111系MM'ユニットの差し替え用に6ユニットが製造されました。
 モハ115-3001 - 3012
 モハ114-3001 - 3012
 クハ115-3001 - 3021・3101 - 3121

これら66両はJR西日本に承継され、モハユニットの不足分は117系の4連化で捻出されたMM'ユニットを-3500番台として組み込みました。117系由来のMM'ユニットは7編成分で、クハ115-3013,3113、3015,3115は中間にMM'115-2002、-2020を挟んだ4連(O01,O02編成)で活躍していましたが、2015年4月、5月に廃車となりました。

下関ではこれまでに115系3000番台のようなサラブレット編成以外に、種々様々な編成を見て来ました。

115-h01-071217-3 2007/12/17 下関 H-01編成

クハ111-811+モハ115-123+モハ114-109+クハ111-812

115-t01-071217 2007/12/17 下関 T-01編成

115-t02-071216-2 2007/12/16 下関 T-02編成 

MM'ユニットを先頭車化した2連で115系550番台 T-01:551 T-02:552 4編成ありました。この頃の先頭車化はオリジナル先頭車のスタイルに

115-c21-100805 2010/8/5 下関 広島更新色のC21編成
クハ115-2114+モハ115-2021+モハ114-2021+クハ115-192

115-c41-040905 2004/9/5 天神川 広島快速色のC-41編成
クハ115-3113+モハ115-307+モハ114-307+クハ115-3013  後のO-01編成

115-c41-081207 2008/12/7 下関 瀬戸内色のC-41編成
クハ115-165+モハ115-1044+モハ114-1105+クハ115-152

115-t11-121222

2012/12/22 新山口 
広島更新色になったT11編成

115-t13-100807 2010/8/7 下関 T13編成
福知山から転属後、塗装はそのままのT13編成

115-t14-121222 2012/12/22 新山口
濃黄色になったT14編成 ちなみに同編成が濃黄色に変更され出場したのは2012年10月1日でした。

9月7日11日12日の記事で紹介したように、現時点で下関総合車両所には115系3000番台(一部、3500番台を含む)4連N編成が18編成、2連T編成が4本配置されており、以前活躍していた4連L編成(2000番台、1000番台からなる編成)、O編成(O-01,O-02はクハは3000番台、モハは2000番台、O-03・O-04は2000番台と1000番台)、R編成、C編成は全車廃車となっています。

2015年3月のダイヤ改正から山陽本線徳山以東、呉線、可部線用に227系が下関総合車両所広島支所(中ヒロ)に配置され、2022年3月改正ではその運用範囲が新山口以東までとなりました。

115系2000番台と3000番台の製造時期の違いを考慮しても、下関に残された115系3000番台が終焉を迎えるのはあと1,2年ではないかと思われます。

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2023年9月19日 (火)

広島~下関間の山陽本線直流区間で活躍した近郊形電車 その1 80系の時代

山陽本線は1964年7月25日に横川駅~小郡駅間が電化され、全線電化が完成しました。

それ以前の1960年6月1日に西宇部(1964年10月1日に宇部駅に改称)駅 - 厚狭駅間、1961年6月1日に小郡駅 - 西宇部間、厚狭駅 - 幡生駅間の電化が開業しており、1942年7月1日の関門トンネル開業時の幡生駅~門司駅間の電化と合わせて、小郡駅~幡生駅間と同じ日に電化開業した門司港駅~久留米駅間の交流電化開業で、小郡駅~久留米駅間には山陽本線広島駅~下関駅間よりも早く421系交直流電車が投入されました。

1964年の山陽本線全線電化開業で岡山運転区、広島運転所に80系電車が配置され、1972年には下関運転所にも80系が配置されました。

80
1975年3月31日時点での80系電車配置データ 岡山運転区、広島運転所、下関運転所

モハ80001~032は1950年1~3月製造の1次車でクハ86001~020、サロ85001~005、サハ87001~016がが同じ時期に製造されました。1950年度増備車(I)はモハ80033~036、クハ86021.022、サロ85006、サハ87017~019が製造され、クハ86は1次車と同様の半流線形状であり、かつ正面2枚窓のスタイルになりました。
1950年度増備車(II)はモハ80037~086、クハ86023~056、サロ85007~014、サハ87020~040が該当し、クハ86は前面中央部に60mmの角を付けたスタイルとなりました。
1951年度増備車はモハ80087~090、クハ86057~060、サロ85015~027、サハ87041~043
1952年度増備車はモハ80091~098、クハ86061~066、サロ85028・029、サハ87044~047
1954年度増備車はモハ800~101、クハ86067・068
1955年度増備車はモハ80102~117、クハ86069~080・082・084

1956年11月19日の東海道線全線電化完成、高崎線、上越線の客車列車の電車化用にシートピッチ拡大、側窓枠の軽合金化で新番台となり、モハ80は200番台、クハ86・サハ87は100番台となり、
1956年度 モハ80200~244、クハ86100~134(偶数)、101~131(奇数)、サロ85030~033、サハ87100~114
1957年度増備車 モハ80245~256、クハ86133~141(奇数)、136~142(偶数)、サロ85034・035、サハ87115~119

72系920番台の全金属不燃構造を80系にも適用し製造されたのが300番台で
1957年度 モハ80300~317、クハ86300~315、サハ87300~306
1957年度第2次増備車 モハ80318~393、409~425、クハ86316~351・353・364~373・375、サハ87307~327
1958年度債務車 モハ80394~408、クハ86352・354~359・361・363 サハ87328~331

80系の地方転出の際にサロ85の2等車へ格下げ改造が行われ、
サロ85001~005・007~010・013・014・021・025~029・031~033が1965年9月から1968年10月に改造されました。
さらに編成の短編成化で不足する先頭車をサハ85、サロ85を種車に改造し、1967年度から1970年度
クハ85005・007~009・013・015~019・022・023・028・032~035が誕生しました。
1968年7~9月にはサロ85300・302・308・310・311、サハ85301・303~307・309を改造してクハ85300~311が誕生しました。
1973年5~6月にはサハ87100・101・103・107を改造し、クハ85100~103、1973年7月1975年1~12月にはサハ87303・323・304・302・316・317・306・307を改造して、クハ85104~111が誕生しました。

80-86000-750305 1975/3/5 下関に到着するクハ86 1次車を先頭にした80系 

80-86300-750305-2 1975/3/5 クハ86 300番台先頭の80系


80-85-750305-2 1975/3/5 下関 クハ85  側窓の数からサロ85由来のクハ85

80-85300-750305-2 1975/3/5 下関 421系と並んだクハ85 先頭の80系

クハ86001とモハ80001は1977年11月、1985年9月にそれぞれ下関を最後廃車となった後、可能な限り、登場時の姿に復元され交通科学館に保存され、京都鉄道博物館開設に伴い同館に移動、保存されました。

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2023年9月18日 (月)

下関の123系 青白塗装の頃

先日の記事で地域色の濃黄色一色となって活躍する123系(クモハ123-2~6)の一部を紹介しましたが、彼女らは以前はクリームと濃紺の2色塗装でした。2004年、2007年、2010年の下関訪問時と2012年12月に宇部・小野田線を訪問した際に同塗装で活躍する123系の写真を撮っていますので今回はそれらを紹介しようと思います。

123-1232-041017
2004/10/17 幡生 9:56 105系と併結の3連で下関に向かうクモハ123-2

123-1232-041017_20230916164301
2004/10/17 下関 17:10 夕刻、同じ編成が回送で宇部新川に向かいます。105系も当時はこのような塗装でした。

123-1233-121222
2012/12/22 宇部 クモハ123-3と濃黄色化された105系

123-1234-121222-3
2012/12/22 雀田におけるクモハ123-4との交換 当時はこの車両のみが濃黄色化されていました。

123-1235-121222-19
2012/12/22 雀田 クモハ123-5

123-12356-121222
2012/12/22 新山口 クモハ123-5+クモハ123-6の併結運用

123-1236-121222 2012/12/22 宇部 クモハ123-6

最近、115系にもレトロカラーとかでかつての塗色が復活したというニュースを見た覚えがありますが、そもそも地域色とかで従来の塗色を廃して濃黄色一色化したことが施策としては失敗だったのではないかと感じます。

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2023年9月15日 (金)

世界で一番多い保有数を誇ったJALのBoeing747 その31 N212JLに次いで米国籍で導入された-346の2号機 N213JL

cn23068/ln589と両番号ともN212JL(→JA812J)の続き番号となったB747-346は1983年10月26日に初飛行し、1983年12月8日N213JLとして、アメリカ国籍で納入されました。

アメリカ国籍機としてフライト可能な国際線の路線も制限があったと思いますが、N212JLとのペアで25年間活躍し、1998年6月11日JA813Jとして登録されました。晩年は最後のB747クラッシック機としての務めを果たし、2009年7月にストア状態に、2010年1月18日Southern Airに売却され、N818SAと登録されました。2011年2月にはストア状態となり、既に解体済みとのことです。

N213jl-jal-b747346-cn23068-ln589-951123- 1995/11/23 NRT

Ja813j-jal-b747346-cn23068-ln589-991030- 1999/10/30 NRT

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2023年9月14日 (木)

2023年 北九州旅行 その48  下関にも顔を見せる123系

これまで見てきたようにJR西日本の山陽本線岩国~下関間、さらには宇部線、小野田線には115系の最終バージョン、改造2連、そして105系といった1980年代国鉄末期に登場した車両が活躍しています。そしてもう一つ、忘れてはいけないのが1986年から1988年にかけ、クモニ143形、クモユニ147形、クモヤ145形から改造された123系電車です。

1986年11月1日の国鉄最後のダイヤ改正で鉄道小荷物・郵便輸送が廃止され、それまで活躍していた荷物電車が廃止され、利用者が少ない電化ローカル線向けに、余剰となった荷物電車、郵便荷物合造車、牽引車を改造し、誕生したのが123系電車でした。改造種車により、0番台、40番台、600番台が存在しました。

0番台は中央本線辰野~塩尻間の輸送力適正化を目的としてクモニ143-1から改造されたクモハ123-1(JR東日本が承継、2013年3月16日のダイヤ改正で運用離脱、同年4月15日、廃車)、可部線向けにクモニ143-2・3・6から改造されたクモハ123-2~4(JR西日本に承継の後、1991年から下関運転所に転属、宇部線・小野田線で現在も活躍中、1987年に阪和線羽衣支線向けにクモニ143-7・8が改造され、クモハ123-5・6となり、1995年には岡山電車区に転属、宇野線で活躍後、2002年に宇部線、小野田線用として下関地域鉄道部に転属、現在も活躍中です。

40番台は1987年1月に身延線富士~西富士宮間、鰍沢口~甲府間の区間輸送用にクモユニ147形からクモハ123-41~45が改造され、1989年に冷房化で5041~5045に、1990年、5045はワンマン化改造で5145になりました。

600番台は民営化後の1988年3月、JR東海によりクモヤ145-601・602が改造され、クモハ123-601・602となりました。JR東海の7両は静岡車両区に在籍していましたが、2006年9月に5041、2007年1月に5044,5145が廃車となり、3月のダイヤ改正で全車運用離脱し、同年5月に601・5043、6月に602・5042が廃車され廃形式となりました。

こういった123系の歴史の中で今日に至るまで活躍を続けているのがJR西日本のクモハ123-2~6で2010年から2015年にかけて濃黄色一色化への塗装変更、2013年から2014年にかけてはキハ120形気動車と同一構造のトイレの設置が行われ、運賃表の液晶画面化なども行われました。

123系は宇部線、小野田線に届まらず、山陽本線を走行して下関に顔を出す運用となっており、混雑時には昨日の105系編成の増結車として下関に顔を出す運用もあります。

[811]宇部新川6:22-1423M-6:33宇部6:44-1828M-7:25宇部岬7:34-1829M-7:58宇部-回送-下関→(下関総合車両所運用検修センター)
[812]下関-回送-宇部新川17:57-1237M-18:26小野田18:33-1238M-19:02宇部新川19:27-1239M-19:57小野田20:04-1242M-20:32宇部新川     (2023/3/18改正、データはこちらのサイトから)

123-230603 123-230603-2 2023/6/3 幡生 9:10頃 [811]仕業で宇部新川から下関総合車両所運用検修センターに向かう123系(番号不明)

1233-230602 2023/6/2 下関 15:33頃 [812]仕業で下関総合車両所運用検修センターから宇部新川に向かうクモハ123-6

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2023年9月13日 (水)

2023年 北九州旅行 その47  宇部線、小野田線、山陽本線で活躍する105系

地方ローカル線に残存してい吊り掛け駆動方式の旧型国電は淘汰すべく1981年から1900年にかけ、新造車60両、改造車66両からなる105系が投入され、民営化に際してはJR東日本に4両(仙石線)配置されましたが、東日本の105系は1998年に浦和電車区から転属した103系に置き換えられ運用離脱、廃車されました。その後、乗務員訓練用機械として残されていましたが、2008年には209系改造の訓練車に置き換えられ、解体されました。

JR西日本には121両が承継され、1989年11月の桜井線の踏切事故でクハ105-7が側面の損傷で廃車されたものの、代替車としてモハ102-385が電装解除、クハ105-7の運転台を分離・接合しクハ104-551として誕生、2005年10月までは121両全てが在籍していましたが、その後、奈良・若山地区の227系投入などで近畿地区の運用は消滅し、現在は岡山電車支所(中オカ)のF編成14両、下関総合車両所(中セキ)のU,K編成19両の合わせて33両を残すのみとなりました。

105-u06-230603

105-u06-230603-2 2023/6/3 幡生 8:09に幡生に到着する下関行2451Mは宇部新川からの直通列車で105系で運転されていました。

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2023年9月12日 (火)

2023年 北九州旅行 その46 下関地区で活躍するJR西日本の115系 その3 前後非対称の2連 T編成

山陽本線、岩国~下関間には115系3000番台4連の他にクモハ115+クモハ114による2連、T編成T11~T14が活躍しています。

これらは1999年10月の舞鶴線電化開業の際にモハ114形のクモハ114形化・ワンマン運転対応で福知山運転所(当時)にR1~R5編成として転入した編成(クモハ115-6500番台)でクモハ114の運転台側は工事期間の短縮と簡素化の観点から既存の先頭車と同一の形状とすることを止め、窓や灯具の配置を踏襲しつつ種車の構体を活用した切妻形状とされ、クモヤ145などに近い外観となりました。廃車発生品を流用することで工事費の低減も図られました。尤も、クモハ115も国鉄時代の1986年頃、モハ115に運転台を取付ける改造がなされており、こちらは115系のオリジナル顔となっています。

2008年8月のダイヤ改正で223系が転入し、R2~R5編成が下関に転属となり、転属の際に高速化改造は解除され、番号が1500番台となりました。全車、N編成と同様に40N体質改善工事、都市型ワンマン対応工事は施工済みとなっています。T-11編成のみクモハ114に2個のパンタグラフが搭載されています。

115-t11-230603
115-t11-230603-2 2023/6/3 下関 T-11編成 岩国方の顔はオリジナル、下関方の顔はクモヤ145スタイル どちらも中間電動車からの改造ですが、改造時期の違いで別のスタイルに

115-t11-230603_20230911041401 2023/6/3 幡生
下関の写真では分かりにくいですが、T-11編成のクモハ114-1106のみ、パンタが2基装備されています。

115-t13-230603
115-t13-230603-2 2023/6/3 幡生 T-13編成 クモハ115-1538+クモハ114-1625 こちらはパンタは1基

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2023年9月11日 (月)

2023年 北九州旅行 その45 下関地区で活躍するJR西日本の115系 その2 117系由来のモハ115/114-3500番台組込編成

山陽本線の西の端、岩国~下関間で活躍する115系編成の話題、N-12、N-14~N-21の4両編成は両端クハ、115-30**と115-31**(**は編成番号と同じ数字)に117系の6連の4連化で捻出され、モハ115/114-3500番台に改造された中間電動車を組み込んだ編成となっており、番号は
N-14:3514、N-16:3512、N-16:3513、N-17:3513、N-18:3502、N-19:3503、N-20:3508、N-21:3509となっています。
117系原番号等の対応は
モハ117/116-17, 21, 23, 25, 27, 29, 31, 33, 35, 37, 39, 303, 315, 316→モハ115/114-3501 - 3514 でした。

ちなみに300番台はJR宝塚線に投入された際に通勤需要の増大に伴う遅延防止策として、ブレーキに応荷重装置を追加、元空気ダメ圧力を変更、 乗降扉に近い転換クロスシート3列を撤去してロングシートを設置などの改造を行った番台で元番号に300がプラスされたものです。

1153000-n18-230602

1153000-n18-230602-3
1153000-n18-230602-2 2023/6/2 下関 N-18編成

1153000-n21-230602 1153000-n21-230602-3 1153000-n21-230602-2 2023/6/2 下関 N-21編成

両編成ともに両端クハと中間電動車の側面のカーブに違いが良く分かり、側窓の角の形やパンタグラフの位置など、115系3000台で構成される編成との違いが良く分かります。

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2023年9月 8日 (金)

世界で一番多い保有数を誇ったJALのBoeing747 その30 N211JL同様に米国籍で導入された-346の初号機 N212JL

747のアッパーデッキを後方に延長し、旅客増に対処するため客席を増やしたタイプが-300型1980年6月KLMオランダ航空がキックオフカスタマーとしてローンチされました。初号機は1982年10月5日に初飛行、1983年3月7日に型式証明を取得、同月28日から就航しました。

アッパーデッキの座席はエコノミー配置で69席となり、YS-11一機分とよく言われました。緊急時の脱出に関するFAAの要求を満たすため、緊急脱出扉は大型化され、階段は螺旋式からストレート方式に変更となりました。最大離陸重量は当時製造中だった-200B型と同様の83万3千ポンド(37万7850kg)で、上部デッキの延長で自重が9310ポンド(4220kg)増加し、本来なら飛行性能が低下すべきところですが空気抵抗の減少で長距離巡航速度はマッハ0.84から0.85に向上しました。さらにPW:JT9D-7R4G2,GE:CF6-50E2,RR:RB211-524D4といった-300用の新エンジンの燃費率改善効果で所要燃料は1%減少しました。座席数が増えて、航続距離も若干増えたのが-300型の特徴でしたが、-400型の発注開始で1990年5月には新規発注を停止したため、-300M:21機、-300SR:4機を含め、シリーズ全体で81機に留まりましたが、-400型への発展の礎となったタイプでした。またBoeing社は-200Bで納入した機体のアッパーデッキを-300タイプにする改造を受け付け、1983年秋にKLMの10機、1984年12月にUTAの2機が改造300型(200B/SUD)となりました。

JALの-346初号機はN211JLと同様にアメリカ国籍で導入されたN212JL(cn23067/ln588)でした。1983年10月10日、初飛行、同年11月29日納入、25年後の1998年6月18日、リース期間終了でJA812Jと登録、2009年10月17日Orient Thai Airlinesに売却となり、HS-UTWとなりました。

N212jl-b747346-cn23067-ln588-971228-nrt 1997/12/28 NRT

N212jl-b747346-cn23067-ln588-980211-nrt 1998/2/11 NRT
ドーハの悲劇から4年、ジョホールバルの歓喜で1998年 FIFA WCフランス大会に日本が初めて参加することになり、JAL機にも応援メッセージが

Ja812j-b747346-cn23067-ln588-980826-nrt

1998/8/26 NRT

FIFA WC フランス大会、日本はGroupHで6/14 アルゼンチン戦(トゥールーズ)、6/20 クロアチア戦(ナント)、 6/26 ジャマイカ戦(リヨン)と戦い、アルゼンチン戦はバティストゥータ、クロアチア戦はシュケルのゴールでいずれも0-1、ジャマイカ戦では中山が日本のワールドカップ初ゴールを記録しつつも、ウィットモアに2ゴール決められ、いずれも1点差で3連敗でした。

この大会以降、7大会連続で出場権を獲得、決勝トーナメントでベスト8入りという課題は依然クリアできていませんが、カタール大会では予選リーグでドイツ、スペインを撃破するなど98年から見れば大黄な成長の跡が見られます。

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2023年9月 7日 (木)

2023年 北九州旅行 その44 下関地区で活躍するJR西日本の115系 その1 オリジナル3000番台で構成される編成

1963年1月から1983年6月までに1921両が製造され、民営化の際しては事故廃車の2両(モハ115-34・クハ115-113)、老朽化廃車の45両、401系への改造車1両を除いた1875両がJR東日本、JR東海、JR西日本に承継された115系も、老朽化や後継形式への置き換えにより廃車が進み、2023年1月時点では275両を残すのみとなりました。

そんな中、下関総合車両所運用検修センターには1982年11月のダイヤ改正で「ひろしまシティ電車」として登場した115系3000番台の4連と1991年関西地区の117系の運用が221系の増備で縮小され、6連が4連化され、岡山地区の快速「サンライナー」、福知山線・奈良線に転用された際に余剰となった中間電動車ユニットを、山陽地区に残存した非冷房車置き換え名義で115系の中間電動車として組み込んだ(モハ115/114-3500番台)編成のN01 - 05・07-11・14・16 - 21編成の17本とクモハ115・114形の2連T編成4本の計76両が在籍し、岩国~下関間で活躍しています。

N-01~N12がオリジナル3000番台組込編成でしたが、N-12は2022年8月22日付で廃車に、N-06は2023年3月14日に幡生に回送となっています。塗装は全編成中国地域色の黄土色、30N体質改善工事施行済み、都市型ワンマン対応工事施行済みです。

115-n01-230603 115-n01-230603-3 2023/6/3 幡生 N-01編成

1153000-n10-230602 1153000-n10-230602-2 2023/6/2 下関 N-10編成 
かつては東京、関西からの下り寝台特急、夜行急行が到着し、機関車交換が行われ、駅弁などが売られたこのホームも今は到着専用ホームとなり、ここから広島方面に向かって出発する定期列車はありません。その旨、階段に表示されており、写真を撮るために階段を上ろうとすると駅員さんに声をかけられます。

1153000-n11-230602-2 1153000-n11-230602-3 2023/6/2 下関 N-11編成 オリジナルの115系3000番台中間電動車ユニットのため、パンタグラフはモハ114に装備され、モハ115側の1基が使用されています。車体の裾のカーブもクハのカーブと揃っています。

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2023年9月 6日 (水)

2023年 北九州旅行 その43 JR九州内で活躍するキハ40形、キハ47形の改造車たち

キハ40系気動車(2代目)1977年から1982年にかけ国鉄が製造した気動車で、国鉄車両称号規程にに則った制式の系列呼称ではありませんが、同一の設計思想により製造された気動車の形式を便宜的に総称したものです。具体的にはキハ40形(2代目)、キハ47形、キハ48形の3形式とこれらの改造により発生した派生形式が含まれます。総数888両が製造され、日本全国の非電化路線に投入され、電車に近い車体構造を持ち、客室設備の改善や走行機器の刷新が図られました。車体の大型化はしたもののエンジン出力は従来の気動車に較べ僅かな増加であったため、動力性能が向上しなかった点が問題点でした。

JR九州は民営化の際に国鉄からキハ40形36両(2000番台)、キハ47形106両(0番台61両、500番台2両、1000番台41両、1500番台2両)の計142両を承継しました。さらに2012年、JR四国で廃車となったキハ47形2両(0番台、1500番台、各1両)を譲受しました。

JR九州では篠栗線などのスピードアップのため機関をDMF15HSA形(連続定格出力220 PS/1,600 rpm、連続定格出力時燃料消費率185 g/PS/h、最大出力250 PS/2000 rpm)から新潟鐵工所製のDMF13HZA、もしくは神鋼造機製のDMF14HZ、あるいはコマツ製のSA6D125-HD1(いずれも360 PS / 2,000 rpm)に換装、変速機も変速・直結各1段のDW10から新潟コンバータ製DW14系(新潟・コマツ製機関搭載車)、もしくはSCR1.0-4(神鋼製機関搭載車)に換装し、出力増強を図りました。改造は1990年から1993年にかけて行われ、

キハ40形:2039 - 2041・2061・2062・2067・2125・2127 → キハ140(同番)
キハ47形:49・50・53・54・58・59・61・90・91・104 - 107・182 - 185・1030・1032・1033・1043 - 1045・1055・1057・1058・1068・1069・1081・1125 → キハ147(同番)

と型式名が+100となりました。なお、神鋼造機製の機関を搭載した車両は、のちにコマツ製機関および新潟製変速機に再換装されました。

140-2067-230602-2 2023/6/2 小倉 キハ140 2067

147-49-230601 2023/6/1 西小倉 キハ147 49

147-185-230602-2 2023/6/2 小倉 キハ147 185

147-1043-230603 2023/6/3 小倉 キハ147 1043

147-1057-230602-2 2023/6/2 小倉 キハ147 1057

147-1081-230601 2023/6/1 西小倉 キハ147 1081

一方、形式名は変化なく、原番号に6000や8000を加えた機関換装改造車もいます。1999年から機関をコマツ製SA6D125H-1Aに、2004年以降は排気ガス対策を強化したSA6D125HE-1(出力はいずれも300 PS / 2,000 rpmに調整)に換装したもので、変速機は新潟コンバータ製TACN22-1612A(変速1段・直結2段)としました。キハ40 8103・8126の2両のようにコマツ製KTF3335A(変速2段・直結3段 自動式)を搭載した車両もあります。2006年4月時点では、キハ40形10両とキハ47形0番台14両、500番台1両、1000番台10両、1500番台1両の計36両が改造されました。番号はキハ40形に6000を、キハ47形に8000を原番に加えたものに変更されています。2005年に寒地向けキハ47形500番台、1500番台を改造した8500番台・9500番台は、同年度中に全車が3500番台・4500番台に再改造されました。 

40-8063-230602-2 2023/6/1 小倉 キハ40 8063

これらの列車は城野から日豊本線経由で小倉まで運転されている日田彦山線の列車に使用されています。同線は2017年7月の九州北部豪雨で添田~日田間が代行バス輸送となっていましたが、2023年8月28日、代行バス輸送区間はBRT「ひこぼしライン」として開業しました。

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2023年9月 5日 (火)

2023年 北九州旅行 その42 真っ赤なボディのキハ185系

キハ185系といえば民営化を目前に控えた国鉄が1986年、四国地区向けに開発、日本車輛製造、新潟鐵工所、富士重工業が製造を担当し、民営化後はJR四国が引き続き製造、全部で52両画製造されました。民営化後のJR四国の経営基盤安定のため、老朽化したキハ58系、キハ65形の代替車との位置づけで製造された車両でもありました。
 それまでの特急型気動車は専ら長大編成を組み、発電用ディーゼルエンジンは特定の車両の床下に搭載されていたため、電源確保のために編成の組み方が拘束されており、四国のような輸送単位が小さく、かつ輸送量の変動が大きく、急勾配の多い地域での輸送に対しては柔軟性に著しく欠けていました。
 キハ185系では一般形気動車と近い機器構成とし、キハ185形では走行用エンジンにより、キロハ186形では専用小型エンジンで、コンプレッサーを直接駆動することで冷暖房の1両単位の完結が可能となり、最短2両での編成組成が可能となり、自由度が大幅に向上しました。

形式は
製造時
キハ185形0番台(Mc) 運転台・トイレ付普通車 1~26 定員60名 19~26はJR四国が製造
キハ185形1000番台(M'c) 運転台・トイレ無し 1001~1018 定員64名 1013~1018はJR四国が製造
キロハ186形(Mhc) グリーン車・普通車の合造車 1~8 定員グリーン席24名、普通席32名

1990年代、四国島内では高速道路の整備が急速に進み、その対抗策として高速運転が可能な振り子式気動車の2000系の開発、増備が行われ、性能面で見劣りがするキハ185系が余剰気味となっていました。一方、JR九州は急行「由布」・「火の山」の車両置き換えを検討しており、両者の思惑が一致し、1992年、20両の売却が決まりました。
キハ185-1 - 8・10・15・16・1001・1004・1008・1011・1012
キロハ186-3・5 - 7(譲受後全車キハ186形に改造:豊肥本線や久大本線の勾配対策でエンジンを1基追加して2基搭載とし、グリーン席を廃止)

2004年、「あそ」の廃止と「九州横断特急」・「くまがわ」の運転開始により、ワンマン運転対応工事が施工され、客室内装は木材を多用した明るい雰囲気へと再リニューアルされました。フォグランプ設置、外板塗装の変更といった改装もなされました。
2008年、エンジンが低公害のDMF11HZ系エンジン(コマツ製SA6D125HE-1)に換装され、液体変速機も高出力・高トルク対応の新型変速機(日立ニコトランスミッション社製TACN-22-1612C,変速1段・直結2段)のものに換装されました。エンジンの最高出力は355psですが、車体強度やブレーキ性能の関係上、更新前機関と同じ250psにデチューンした上での運用となっています。ATS改造工事を受けて、ATS-S形からATS-SK形に更新。その後、ATS-DK形への更新を受けています。2018年からは、「九州横断特急」の塗装をベースにした「AROUND THE KYUSHU」仕様の車両が登場。「ゆふ」・「九州横断特急」にそれぞれ投入されました。

185-2-230601 2023/6/1 博多 本来は「ゆふいんの森3号」ですが、「ゆふ73号」としてキハ185系で運転

185-3-230601-2 2023/6/1 博多 「ゆふ2号」大分から久大本線、鹿児島本線経由で到着

185-73-230601-2 2023/6/1 博多 前面窓ガラスや車体側面に入れられたAROUND THE KYUSYUマーク

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2023年9月 4日 (月)

2023年 北九州旅行 その41 2018年に登場した821系電車

JR九州では老朽化した415系鋼製車の置き換えとして日立製作所が製造を担当した821系2018年から導入しました。当初は2025年まで導入が続けられる予定でしたが整備予算が140.4奥円から54億円に減額されたため、2022年3月で導入は完了となり、3両編成10本の導入となりました。

主回路システムに811系1500番台で採用されたフルSiC-MOSFETを使用することで消費電力量を415系と比較して70%減とし、主変換装置やSIVの冗長性を高めることで安全、安定輸送を確保しました。

車体は817系同様の大型アルミ中空トラス形材を利用した ダブルスキン構造で外装はアルミヘアライン仕上げとし、塗装工程の省略のためガラスコーティングとしました。前面構体は 鋼製で前部標識、後部標識にLEDライトを採用し、前面の縁取り部分にもLEDライトが搭載されています。

主要諸元
最高運転速度 120 km/h
設計最高速度 120 km/h
起動加速度 2.0 km/h/s
減速度(常用) 4.2 km/h/s
減速度(非常) 4.2 km/h/s
編成定員 407人
車両定員 132人(Mc)
148人(T)
127人(Tc)
自重 36.5 t(Mc)
25.9 t(T)
31.2 t(Tc)
編成重量 93.6 t
全長 20,000 mm
全幅 3,024 mm
全高 4,087 mm
(パンタ折り畳み高さ 4,300 mm)
床面高さ 1,125 mm
車体 アルミニウム合金(A-train)
台車 軸はり式台車
DT410K・TR410K
主電動機 かご形三相誘導電動機(全閉式)
MT406K形
主電動機出力 150 kW
駆動方式 WN駆動方式
歯車比 14:91=1:6:5
編成出力 150 kW × 4= 600 kW
制御方式 交流回生付きPWMコンバーター+フルSiC素子VVVFインバータ制御
制動装置 回生・発電併用電気指令式空気ブレーキ
直通予備ブレーキ
応荷重付き
保安装置 ATS-DK、EB、乗務員無線、防護無線

821
821系 編成表
系列の記号はUが与えられ、新製当初は南福岡に配置されましたが、2022年9月に全10編成、熊本に転属となりました。

821-u003-230531

821-u003-230531-2

2023/5/31 小倉 U003編成

821-u005-230531 2023/5/31 門司 U005編成

821-u010-230531 2023/5/31 小倉 U010編成

前面の縁取りのLEDライトのために「イカ釣り船」というあだ名も付いているとか。
個人的には前面、オールブラックのスタイルは少々やり過ぎではないかとも感じます。

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2023年9月 1日 (金)

速報版 関西の旅 3日目 早朝の阪急西宮北口駅、続々と神戸線、各支線向け編成の出庫風景、8200Fに乗車、そして長浜城、彦根城、岸和田城

一昨日の十三駅での神戸線通勤特急の観察では8200Fは運用に入っていませんでした。再度、チャレンジと言うことで南方駅から京都線、十三駅乗り換えで5:04発の神戸線初電新開地行で西宮北口駅に5:18に到着。
阪急の場合、夜間の各駅の滞泊はあまり無いようで見ていると、新開地方面、今津線宝塚方面、今津方面、甲陽線、伊丹線向けの編成が次から次へと出庫して行きます。
10連の出庫に関しても、6:29に7110+6016が回送で神戸三宮に向かい、6:44には7107+8031が同じく神戸三宮に向かいました。それぞれ神戸三宮6:52, 7:07発の通勤特急(10連)となるものと思われます。そして6:48、西宮北口6:52発の通勤特急となる10連:7109+8200が4号線に入線しました。この編成が上り大阪梅田方面1番手の10連となり、7:07に大阪梅田到着、折り返し7:13発の神戸三宮行通勤特急となります。幸いにして8200Fも無事撮影出来ましたので、この通勤特急で大阪梅田に向かいました。

Dsc06605 Dsc06606_20230831212601 2023/8/31 西宮北口 10連の出庫(7110+6016)回送で神戸三宮方面へ

Dsc06622 Dsc06623 2023/8/31 西宮北口 10連の出庫 2本目(7107+8031)

Dsc06626 Dsc06627 2023/8/31 西宮北口 10連の出庫 3本目(7109+8200)

8200系問題が意外と早くクリア出来たため、新大阪を7:34に出発する287系くろしお1号(パンダくろしお、ことHC605編成が投入される運用)を撮影出来ることが分かりました。直ぐに思い浮かんだのは大阪環状線の野田駅での桜島貨物線からの列車の合流シーンでした。

Dsc06664 2023/8/31 野田 桜島貨物線から大阪環状線内回り線に転線中のパンダくろしおHC605編成

Dsc06841_20230831213601 2023/8/31 新大阪 2番線ホームで発車を待つパンダくろしお

ちなみにこの編成夕刻の和歌山行くろしお25号に投入されることもWEBサイトで告知されており、こちらは新大阪駅で撮影しました。

以前、鉄道撮影旅行と言えば公園等に保存されている蒸気機関車を巡る旅を合わせてしていましたが、最近は全国の城廻りもするようになり、今回は長浜城、彦根城、岸和田城を巡ることにしました。

野田にて287系パンダくろしおを撮影し、大阪駅に戻るとちょうど入線中だった野洲行の新快速がJR西日本が導入した新快速の有料指定席車両A-seat連結の編成でした。時間帯のせいなのか、関西人の気質のせいなのか、1両連結された青帯の車両(9号車)に乗っている人は殆ど無く、前後の車両はかなり混んでいました。車両はクハ222-1007でした。他にクハ222-1008、クモハ224-702等がAシート車に改造されているようです。JR東日本は2階建てグリーン車を新造して挿入する方式を採っているのに対してJR西日本は既存の車両を改造して対応と会社それぞれの方式のようです。

Dsc06669 Dsc06673 2023/8/31 野洲 Aseat車両 クハ222-1007

Dsc06834_20230831214301 Dsc06837

2023/8/31 新大阪 225系のAseat車 (クモハ224-702)

大阪から新快速で1時間40分(途中、野洲で乗り換え10分)で琵琶湖東岸の長浜に到着しました。長浜城は羽柴秀吉が初めて一国一城の主となり、築城した城で長浜の地名もかつては今浜でしたが、信長の長から長浜としたようで秀吉と縁の深い土地です。

長浜城を見学した後は米原、彦根と戻り、彦根城を訪れました。ここは徳川家と繋がる井伊家の城で山の上に築城され、かつ外敵の侵入に対して鉄壁の守りの城のため、天守閣の下に辿り着くのも、さらに天守閣の最上階に上るのも大変な城でした。

そして岸和田城はだんじり祭で有名な岸和田市にあり、城域に入ったときには4時半を過ぎており、タイムオーバーでしたが、天守閣の前にある八陣の庭を観ることはできました。

JR阪和線の東岸和田駅は城から離れているのでアクセスには新今宮から南海本線を使い、久しぶりに南海の車両を記録することが出来ました。

明日は新大阪発初電で出発し、東海道を上り、10時間程かけて東京に辿り着く予定です。

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