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2024年11月29日 (金)

世界で一番多い保有数を誇ったJALのBoeing747 その94 34機目の-446 最後の747となったJA8922

cn27646/ln1280として製造、2001年7月20日N747BJのテストレジで初飛行、7月31日にJALに引き渡されたのがJALにとっては最後の-446となったJA8922でした。

Ja8922-boeing-747446-27646-1280-020414-n 2002/4/14 NRT

Ja8922-boeing-747446-27646-1280-020519-n 2002/5/19 NRT

Ja8922-boeing-747446-27646-1280-050530-n 2005/5/30 NRT

デリバリー後の8月8日には北京線に就航、MAGIC-I装備の3クラス機としてロンドン、シカゴ、サンフランシスコ線などに就航しました。JALの-446としては唯一、21世紀になって就航した機体でしたが、退役は2010年6月と9年にも満たない短期間で籍を離れることになりました。

退役後はN922UNとリレジされ、2012年5月12日からはEI-XLJのレジでTransearo Airlinesのフリートに加わりましたが、2015年10月26日、同社の運航停止で2016年6月3日からRossiyaに、2022年3月15日からはRA-73290のレジに変更、2022年12月には保管状態となりました。

今回にて94回に渡って続けてきたJALのB747シリーズは最終回です。次回からはANAのB747シリーズをやってゆこうと思います。

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2024年11月28日 (木)

青梅線開通130周年、青梅駅駅舎築100年

今週は西武秩父線、秩父鉄道、E233系P編成と3日連続で埼玉・東京西部の話題になりましたが、4日目の今日の記事も東京西部の話題でゆきます。

241113

2024/11/13 青梅駅

今年は青梅線(立川~青梅間)開通から130周年、青梅駅二代目駅舎落成から100年で青梅線沿線の各自治体では関連イベントが多く快哉れています。私も11月13日の午後、青梅市郷土博物館の特別展に行ってきました。

241113-2 青梅市郷土博物館は青梅駅の南の多摩川が大きく蛇行する川沿いの釜ヶ淵公園にあります。

青梅線の立川~御嶽間は青梅鉄道が軽便鉄道の規格で開業した路線で1894年11月19日に立川~青梅間が開業、軌間は762mmで拝島、福生、羽村、小作、青梅駅が開業しました。青梅線開業の本来の目的は日向和田の石灰石採掘とその輸送のためで1895年12月28日には日向和田まで延伸、日向和田は貨物駅として開業しました。1898年3月10日には青梅~日向和田間の旅客営業も開始されました。762mmの軽便鉄道規格では輸送量も限られ、甲武鐡道との接続駅、立川での積み替えも必要となるため、1908年2月18日に全線の軌間を762mmから1067mmに改軌、このときにドイツ・クラウス社製の蒸気機関車4両(二代目1~4号機関車)が導入されました。1920年1月1日には二俣尾まで延伸、1923年4月25日には立川~二俣尾間が直流1200Vで電化されました(その後、1930年に1500Vに昇圧されました)。電化当初には1921年に梅鉢鉄工所で製造された木造客車を改造したデハ1形電車が投入されました。1929年9月1日には御嶽まで延伸しました。開業以来の兼業であった石灰石採掘事業は1920年に浅野セメントに採掘権が譲渡され、採掘量の増加で青梅鉄道にも莫大な運賃収入をもたらしましたが、その後のセメント不況では経営不振に陥り、その打開策として沿線観光開発や旅客誘致に力が注がれることになりました。
 大正期には日帰り行楽旅行ブームが起こり、1921年には西多摩地区唯一の遊園地「楽々園」を現・石神駅前に開設、1925年には奥多摩川の風景を積極的に売り込み、1927年の「日本新八景」選定投票で「奥多摩渓谷」を「日本百景」に当選させました。

241113_202411270951012024/11/13 青梅駅舎 建造されてから100年経過しているとは思えません。

 青梅駅初代駅舎は木造平屋建て、建坪45坪で、駅構内には機関庫、客車庫、工場が併設されていました。1924年11月30日、青梅鉄道開業30周年記念で建て替えられたのが現在の二代目駅舎で地上3階、地下1階で、鉄道省出身の建築家久野節の設計によるものです。

1929年5月3日には社名を青梅電気鉄道に変更、自動車部を設置し、1930年には奥多摩自動車を買収し、乗合自動車偉業を始めました。1934年には団体貸切自動車事業も開始しました。この頃は青梅自動車を買収した武蔵野鉄道(現・西武鉄道)との間で東京~青梅間、青梅市域において激しい競争が展開されました。

青梅鉄道、青梅電気鉄道時代に開業した駅は、創立時の5駅の他
1895年12月28日 日向和田駅(貨物)1898年3月10日 旅客化
1908年5月16日 中神駅
1914年4月1日 宮ノ平駅(貨物)1923年4月1日 旅客化
1920年9月23日 上古新田駅(貨物)1935年6月14日 立川~上古新田間廃止
1927年2月20日 河辺駅
1928年10月13日 楽々園駅 → 石神前駅
1929年9月1日 軍畑停留場、沢井駅、御嶽駅
1930年11月15日 西立川停留場 → 1931年11月15日 西立川貨物駅 → 1935年6月1日 停留場と貨物駅を統合
1932年10月1日 東青梅停留場
1938年1月25日 昭和前仮停留場(現・昭島駅)
1942年7月1日 東中神停留場
1943年3月1日 牛浜仮停留場 が開業しました。

1944年、御嶽駅で接続する氷川に向けた奥多摩電気鉄道の開業に向けた工事も進む中、政策的な要請により鉄道の国有化が進められ、青梅電気・南武・奥多摩電気鉄道は「関東鉄道」として自主的に合併する方針も空しく、国有化されることとなり、4月1日には立川~御嶽間、7月1日には御嶽~氷川間が国鉄に編入となり、青梅線となりました。一方、自動車事業の方は1945年に関連事業を含めた一切を奥多摩振興(現・西東京バス)に譲渡しました。青梅電気鉄道は国有化後、解散を決議したものの、買収路線復帰運動の際に受け皿会社として活動を再開、清算会社として存続した後、1995年に解散しました。奥多摩電気鉄道は奥多摩工業と社名を変更、石灰石の採掘・運送会社として現存しています。南武鉄道も太平洋不動産として現存しています。

40-edit 昭和50年代の青梅駅で休むクモハ40

青梅線には今では想像もできない旧型国電が走っていました。

241113_20241127095701 241113_20241127095801 博物館の特別展で撮影が可能だった展示物から

Photo_20241127095901

展示物に関する説明が纏められた冊子 ¥100で入手可能でした。

E2330-t40-10r-241112-2 2024/11/12 東小金井

E2330-t40-10r-130hm-241107-2 2024/11/7 三鷹

E233系T40編成にも青梅線開業130周年記念のHMが掲げられています。

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2024年11月27日 (水)

中央快速線を走るE233系0番台 ワンマン対応改造 P編成 

青梅・五日市線用に2007年11月5日から営業運転に投入されたE233系0番台6連「青600」、4連「青400」番台編成のうち、青461、青463、青465、青466、青467の4連5本が2022年5月からワンマン化対応改造を受け、それぞれP518,P521,P523,P524,P525と新しい編成区分となりました。これらの編成は青梅線の青梅駅~奥多摩駅間に投入されています。2023年3月18日のダイヤ改正から、同区間の全列車のワンマン運転が開始され、それまで青梅駅を跨いで直通運転されていた定期列車は廃止となりました。

本来、青梅線青梅以西を専らの活躍の場とするP編成が青600番台の編成と10連を組み、中央快速線運用に入ればニュースとなり、2023年5月12日にはP525編成が青665編成と10連を組み17H運用に入り、話題となりました。さらに同年10月5日にP518編成と青661編成の10連が45Tに入ったときも話題となりました。

E233p
表 11月12日以降、中央快速線運用に入ったP+青600番台編成

ところが、この2週間に至ってはTやH編成の不足の為なのか、P4連が青6連と組んで快速線運用に入るケースが今のところ平日のみですが多々見られるようになりました。

E2330-p523662-12r-241119 E2330-p523662-12r-241119-3 2024/11/19 東小金井 33T運用で中央特別快速として同駅を通過するP523+青662編成

来年3月の改正までこういった状態が続くのか、あるいは一時的な編成不足による代走なのかわかりませんが、来年3月以降は恐らく見られない風景となると思われるので記録しておく価値はありそうです。

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2024年11月26日 (火)

秩父鉄道の電車・貨物列車を久しぶりに撮影

西武秩父駅に到着後、早めの昼食を摂り、そういえば平日の昼間、秩父鉄道の石灰石輸送貨物列車が走っているのではないかと思い出し、ネットで時刻を調べてみると、

影森発11:38 7304レ
影森着11:53 7403レ    


が通過することがわかり、以前にも撮影したことのある西武秩父線と秩父鉄道の連絡線と交差する踏切に向うことにしました。

7700-7704-241119


7500-7504-241119


2024/11/19 影森~お花畑間 7500系 7504編成

最初に通過したのは熊谷方面に向かう7500系7504Fでした。

4000-4003-241119 4000-4004-241119 2024/11/19 西武秩父~横瀬間 4000系 4003F

続いては飯能に向かう西武4000系が通過、西武線はここから大きく左へ進路をとり、南東方向に向かいます。

506-7304-7241119
506-7304-241119-2
506-7304-241119-3 2024/11/19 影森~お花畑間 デキ506牽引 7304レ

古典的スタイルのデキ506が石灰石を満載したヲキ100を従え、最後尾にヲキフ100を連結し、三日尻方面に下ってゆきます。

001-b-241119
001-b-241119-5 2024/11/19 横瀬~西武秩父間 001系 B編成

踏切の反対側で狙っていると西武線の方から西武秩父駅に到着する001系特急「ラビューちちぶ」が

301-7403-241119-4 301-7403-241119-9 301-7403-241119-10 2024/11/19 お花畑~影森間 デキ301牽引 7403レ

最後は空のヲキフ、ヲキを連ねた7403レがデキ301牽引で影森に向かってゆきました。
僅か30分の間に多種多様な列車を撮影することが出来ました。

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2024年11月25日 (月)

西武4000系 4017F 西武秩父線開業55周年記念ラッピングを撮影

1969年10月14日、約2年の工事期間を経て、吾野~西武秩父間の西武秩父線が開業し、今年で55年となりました。開業と同時に旅客輸送では池袋~西武秩父間に5000系特急「レッドアロー」が、そして一般車両として25‰の連続勾配走破のために大出力モーター、発電・抑速ブレーキを装備した101系が投入されました。同線は元来、秩父への観光輸送の他に武甲山から産出される石灰石を原料にしたセメント輸送・砂利輸送、東横瀬駅構内の三菱鉱業セメント工場への重油輸送の目的を有しており、そのために国鉄EF60形電機に匹敵する性能を有したE851電機が投入されました。

E851-800524-edit 1980/5/24 所沢 現役時代のE851 現在、この場所は所沢エミテラスになっています。

4000-4018-e85-241119-edit 4000-4017-e85-241119-4edit 2024/11/19 飯能 5021レとして発車を待つ4017F 

4017Fは11月8日に武蔵丘車両検修場を出場しましたが、出場直後の試運転では赤一色の姿でした(情報はこちら)。色彩的にはE851を彷彿させますが、サイドビューの第一印象は営団地下鉄丸ノ内線の300~500形の再来かとも感じました。

飯能から同編成に乗車し、久しぶりに西武秩父に向かうこととしました。

55-241119 2024/11/19 吾野

吾野駅は西武池袋線と西武秩父線の接続駅ですが、駅横に開通55周年の看板が設置されています。

4000-4018-e85-241119-edit_20241124112301 同駅では後続の特急の通過待ちのため数分間停車します。

4000-4021-241119 2024/11/19 吾野 4021編成

さらに上り、飯能行きとの交換もあり、標準色の4021Fとの対比も楽しめました。

001-a-241119 2024/11/19 西吾野 001系A編成

西吾野では吾野で交換した各停を追ってくる特急とも交換、なぜか「右側通行方式」のすれ違いとなっています。

4000-4017-e85-241119-2 2024/11/19 西武秩父 飯能出発から58分で西武秩父に到着

4000-4018-e85-241119-2
同編成は6分のインターバルの後、5032レとして飯能に向けて出発、飯能到着後は武蔵丘に回送される運用でした。

55th-anniversary-241119
55th-anniversary-241119-2 西武秩父駅構内も55周年で様々な飾りつけがなされていました。

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2024年11月22日 (金)

世界で一番多い保有数を誇ったJALのBoeing747 その93 33機目の-446 JA8921

cn27645/ln1262として製造、2000年12月11日N747BAのテストレジにて初飛行、12月19日、JALに引き渡されたのがJA8921でした。
導入後、アディラン・エアクラフト・マネジメントに売却、日本航空がリースする形で運航されました。JA8920同様、MAGIC-I装備ですが、コンフィグは2クラスでミラノ、ローマ、モスクワ経由ミラノ、ラスベガス、ホノルルとビジネス路線ではない、長距離国際線仕様機として活躍しました。
この機体には航空路の大気を採取する自動大気サンプリング装置(Automatic Air Sampling Equipment)と大気に含まれる二酸化炭素の濃度を連続的に計測する装置 Continuous CO2 Measuring Equipment が前方貨物室後方の4つの水タンクの脇に設置されました。最初はJA8917に搭載されましたが、2機目としてJA8921にも搭載され、採取した大気サンプルはつくばの国立環境研究所に送られ、分析されました(元情報)。同様の装置はBoeing777のJA705J、JA703J、JA707J、さらにJAXAのビーチクラフト65型JA5111 にも搭載されました。

Ja8921-jal-b747446-cn27645-ln1262-nrt 撮影年月日不詳 NRT

Ja8921-jal-b747446-cn27645-ln1262-010429 2001/4/29 NRT

Ja8921-boeing-747446-27645-1262-030607-n 2003/6/7 NRT

2011年1月、JAL機としては退役、就航から10年1か月の短い在籍期間でした。N921MMにリレジされ、Aersaleの管理下となり、同年8月2日からEI-XLFのレジでTransaero Airlinesにフリートに、しかし2015年10月26日の運航停止で、2016年6月8日からRossiyaのフリートに2022年3月15日からはRA-73286にリレジされますが、2023年9月から保管状態になっています。

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2024年11月21日 (木)

2023年晩夏の関西旅行 南海電鉄編 50000系 ラピート(rapi:t)

この2023年の関西旅行シリーズの最後で触れる長浜城~彦根城~そして岸和田城の城巡りのために、彦根から新快速に乗車、大阪まで行き、大阪から環状線で新今宮、そこから、岸和田へは南海電鉄を利用しました。

南海電車に乗車するのは2018年3月和歌山方面に足を延ばして以来となりますが、路線や車両に新規のものはありません。今後の変化として2025年4月1日より、泉北高速鉄道を譲受し、南海泉北線(中百舌鳥~和泉中央14.3km)として営業することが決まっていること、新今宮から大阪駅地下ホームまでなにわ筋線の開業に向けて工事が進められていることが挙げられます。

2023年8月31日の南海本線乗車の際に撮影した車両、トップバッターは1994年9月4日の関西国際空港開港とともにデビューした50000系特急車両、ラピート(rapi:t)です。

50000-rapiet-230831-2 50000-rapiet-230831 50000-rapiet-230831-3 2023/8/31 新今宮駅に進入、停車、難波駅に向かう50000系 特急ラピートβ 54号

前頭部のデザインはスピード感と力強さを表現し、構想初期にはもっと鋭角なデザイン案が提示されていましたが、運転関係からは先方が見えないとの問題提起があり、車両限界なども勘案し、このスタイルに落ち着きました。一見すると「鉄人28号」にそっくりではありますが。

早いもので登場して30年の年月が過ぎましたが、ノンストップタイプのラピートα、中心のダイヤでデビューしたものの、その後の乗客数の低迷から、同じ南海本線を走る和歌山方面特急サザンと同タイプの停車駅パターンとしたラピートβがメインのダイヤとなりましたが、フラッグシップトレインの座は譲っていません。6両編成、6本の36両体制で活躍を続けています。

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2024年11月20日 (水)

2023年晩夏の関西旅行 近江鉄道 100形 がん検診啓発「しがのハグ&クミ」ラッピング編成 104F

昨日に続き、近江鉄道の話題ですが、がん検診の受診を呼びかける目的で協会けんぽ滋賀支部、滋賀県、滋賀県内11市町の協賛で100形104編成に施されたのが、以下の写真のラッピングです。

このタイプのラッピングは104編成で3代目で、最初は800形801編成に2012年11月に施され(写真はこちらに)、2015年10月から810編成にも施されました。801編成が2017年3月31日に廃車となり、3代目として104編成に白羽の矢があたり、2023年5月から「しがのハグ&クミ」ラッピング編成となりました。2023年10月には810編成は水色一色の通常塗装となったようです。

1104-230831 2023/8/31 彦根駅 104F がん検診啓発「しがのハグ&クミ」ラッピング編成

なお、810編成のがん検診啓発「しがのハグ&クミ」ラッピング時代の姿はこちらの記事に載っています。

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2024年11月19日 (火)

2023年晩夏の関西旅行 近江鉄道彦根駅の風景

BS-FUJIで放映されている鉄道伝説、2013年1月12日の第1回放送以来、13シーズン目に入り、11月17日には第151回、近江鉄道~上下分離方式で再生を目指せ~が放映されました。

最近では西武鉄道から2000N系2連,2451F,2453Fが譲渡され、番組内でも紹介されていました。番組のメインテーマは累積赤字に苦しみ、廃線か存続かの危機的状況にあった同社が2024年4月から上下分離方式、鉄道運行に関しては近江鉄道が担当、施設の維持・管理は沿線10市町で構成される一般社団法人近江鉄道線管理機構が担う方式に移行するまでの取り組みの紹介でした。

 鉄道事業者は社会的インフラを担う存在としていくら経営状態が悪くても一存で路線の廃止を決定することは出来ません。近江鉄道の場合も鉄道事業に関して1994年度以来営業赤字が続き、2016年度には過去30年で最大の約3憶円の営業赤字を計上するに至りました。2017年12月、鉄道事業を維持するのが困難になるとして、沿線自治体に協議を求めていることが明らかとなり、2019年2月4日には、鉄道の存廃を巡って滋賀県、及び沿線5市5町による会合が持たれ、地域公共交通活性化再生法に基づく法定協議会を同年10月に設置する方針となり、自治体の支援により存続した場合の維持費等と鉄道を廃止し、バス転換した場合の新たな設備費用を検討した結果、2020年3月に全線(本線と2つの支線)を存続する方針となりました。鉄道施設の維持・管理に関しては沿線10市町で構成される一般社団法人近江鉄道線管理機構がになうことになりましたが、運行に関しては果たしてどの鉄道会社に任せるのかという問題になりました。
 果たして近江鉄道が引き続き鉄道運行を担っていけるのか、あるいは別の会社が担うことになるのか、3年間かけて「試される」ことになりました。近江鉄道としてはこれまで駅の無人化などで地域との連帯感が薄くなってきている状況を考慮し、さまざまな施策を展開しました。ひとつはタイムリーな「お得な切符」の発売、イベントの開催、シニア層に対してのパスの発売などでした。それらが功を奏する形で近江鉄度が第二種鉄道事業者として運行を担当することが決定しました。ちなみに日本の私鉄において創立以来社名を一度も変更せずに存続しているのは近江鉄道と東武鉄道、島原鉄道のみだそうです。

230831-3 西武3000系由来の300形(手前)と101N系由来の100形(奥)

230831

230831-2

西武401系由来の800系 3枚とも2023年8月31日 JR彦根駅ホームから

今後、新たに加わった2000N系2連の活躍も楽しみであります。

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2024年11月18日 (月)

中央快速線E233系にG車連結開始 1か月で13編成に

青梅・中央快速線のE233系基本番台のG車組込編成に関するレポートです。

11月4日記事11月2日、日曜日の時点では9編成でしたが、11月17日の時点ではT32,H51,T36,T22が営業運用に就き13編成となっています。


E2330-t32-12r-241113-5


E2330-t32-12r-241113-6


2024/11/13 西立川 立川から青梅短絡線を経て西立川駅に進入するT32編成


E233-t22-241108


2024/11/8 横浜~新川崎間 乗車中の横須賀線の車内から国府津に回送されるT22編成を偶然に撮影


E2330-h51-10r-241030-2


2024/10/30 国分寺 Chuo・Ome Lineのオレンジステッカーの付いていた頃のH51編成

E2330-h51-12r-241112 2024/11/12 東小金井 12連化されたH51編成


E2330-t36-10r-241030-2


2024/10/30 国分寺 10CARSステッカー付時代のT36編成


E2330-t36-12r-241112


2024/11/12 東小金井 12連化されたT36編成


 T32とT22はそれぞれ10月30日11月8日に国府津車両センターに回送され、同センター内に疎開していた-41と-42ユニットを組み込み豊田車両センターに回送後、T32は11月8日、T22は11月16日から営業運転に就いたのが目撃されています。一方、H51は11月1日に幕張車両センターに回送、同センターに疎開中の-48ユニットを組み込み豊田に回送後、11月12日から営業運転に復帰しました。T36は11月1日に豊田で-9の組込が完了したことが目撃され、11月10日から営業運転に復帰しました。この原稿を執筆時点では運用に就いていませんがH43も11月12日に幕張に回送されるのが目撃されており、同センターに疎開中のG車ユニットを組み込んで豊田に返却後、営業運転に復帰するものと思われます。 


E2330-h43-10r-9590m-241112


2024/11/12 国立 9590Mで幕張に回送されるH43編成


11月12日未明にはE233系G車ユニット-57がJ-TREC横浜で竣工後、出場し、豊田まで甲種回送されました。2022年7月12日に最初の-1、10月25日に-2、2023年9月27日に-3、-4、そして2023年10月31日-5~-8と以降、ほぼ一か月に4ユニットのペースで-56まで出場してきましたが、-57は1ユニットのみの出場となったことから、これが最後の新製であろうとおもわれます。一方、組み込まれる側の10両貫通編成はT1~T42, T71の43編成、6+4両の分割編成はH43~H59と17編成(計60編成)あり、現時点でT71とH49がG車対応改造工事未了であることを考えると、もしかすると改造工事用に209系1000番台の転用以外に新製されたT71編成(2020年6月11日新製)は京浜東北線用E233系1000番台のウラ177編成(2009年10月15日新製、2014年2月23日川崎事故2016年12月4日にクハE233-1077+サハE233-1277、2018年4月7日に残り8両が廃車)の代替として転出するのかも知れません。あとH49以外のもう1編成がトイレ付ではあるものの予備編成扱いでG車の組み込まれない編成として豊田に存置か、南武線等に転用されるのかもしれません。


E233-h49-230527


2023/5/27 立川 この時点ではT23と同様にTASC'(Train Automatic Stopping Controller)定位置停止装置対応工事が行われておらず思わず写真撮影したT49編成 それ以来未遭遇


E2330-t71-10r-241113


2024/11/13 立川 今後の去就が注目されるT71編成

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2024年11月15日 (金)

世界で一番多い保有数を誇ったJALのBoeing747 その92 32機目の-446 JA8920

cn27648/ln1253として製造、2000年8月5日に初飛行、8月17日にJALに引き渡されたのがJA8920でした。導入後、アディラン・エアクラフト・マネジメントに売却され、JALがリースするという形で運航されました。MAGIC-I装備の2クラス機というコンフィグでミラノ、ローマ、モスクワ経由ミラノ線、ラスベガス線、ホノルル線を中心に長距離ではあるものの、ニューヨーク、ロンドン線のようなビジネス客中心ではない路線に投入されました。

Ja8920-jal-b747446-cn27648-ln1253-nrt

撮影年月日不詳 NRT

Ja8920-boeing-747446-27648-1253-060528-n 2006/5/28 NRT

2011年8月、JAL機としては退役となり、N920UNとリレジされ、12月19日からはEI-XLIのレジでTransaero Airlinesのフリートメンバーとなりますが、2015年10月26日、同社の運航停止で2016年7月9日にはRossiyaのフリートに、Petropavlovsk-kamchatsky と命名されました。その後、2022年3月5日からはRA-73289のレジになりますが2023年9月からストア状態となっています。

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2024年11月14日 (木)

2023年晩夏の関西旅行 JR貨物編 その3 彦根駅を通過する東海道線貨物列車

東海道・山陽本線、東は新鶴見信号場、あるいは東京貨物ターミナルから、西は幡生操車場、あるいは下関貨物駅までの1100kmを越える長距離を現在は新鶴見機関区、吹田機関区、岡山機関区のEF210形が最大1300トンのコンテナ貨物を牽引して、日夜運用に就いています。
そんな日常において今年7月24日12時32分頃、山陽本線新山口駅構内において福岡ターミナルから東京ターミナルに向かう2054レの牽引機、EF210-341号機が同駅で停車し、発車した直後、脱線する事故が起きました。同機は23両のコンテナ貨車を牽引していましたが、脱線したのは機関車の車輪のみでした。
 事故について調べると大阪寄りの第一動輪車軸が折損していることが判明しました。341号機は2022年製造のグループでJR貨物では最新鋭のタイプです。脱線した車軸と同時期に組み立てられた輪軸を装備するEF210形式や他形式の機関車の車軸の点検、コンテナ貨車の車軸の点検が急遽、実施されました。その結果、9月頃には日本中の鉄道会社において輪軸の圧入過程において圧入力値が高いにもかかわらず、あたかも正常値で圧入したように記録簿が改ざんされていたことが発覚し、社会問題となりました。
 確かに圧入値を偽って記録していたことは問題ですが、そもそもEF210-341号機はなぜ脱線したのか、規定値よりも高い圧力で圧入された輪軸の破損が脱線の原因なのかは現時点ではまだ不明なようです。8月13日に新山口から9874レとしてEF210-122号機に牽引され、広島貨物ターミナルに到着、広島車両所に入場、現在も臨時検査入場中のようです。

Ef210341-4095-231005-2 2023/10/5 4095レを牽引して西国分寺を通過する新鶴見機関区配置時代のEF210-341号機
同機は落成後、新鶴見機関区配置となりましたが、2024年3月のダイヤ改正を前に吹田機関区に転属していました。

本題に戻りますが、東海道・山陽線系の貨物列車の撮影しやすさ、昼間の時間帯の本数などを考えた場合、首都圏よりは、名古屋周辺、あるいは関西圏の方がはるかに魅力的と私は感じています。そこで今回は彦根駅で撮影した貨物列車を紹介したく思います。

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5060-230831

2023/8/31 吹田機関区EF210-146号機牽引 5060レ 東福山4:14発、東京タ20:19着で西濃運輸カンガルーライナーTF60 1200トン貨物です。途中、姫路貨物でのみ着発線荷役作業があり、6:37着8:49発となります、他は運転停車です。日・月曜日運休です。

Ef210334-1073-230831 Ef210334-1073-230831-2 2023/8/31 吹田機関区EF210-354号機牽引 59レ 盛岡タ19:52発、安治川口15:21着 こちらも福山レールエクスプレス ブロックトレインです。仙台タ、郡山タでコンテナ荷扱いがあります。土。日曜運休です。

Ef210334-1054-230831 1062-230831 2023/8/31 吹田機関区EF210-334号機牽引 1062レ 本来、岡山区のA5運用ですが、吹田区が代走しています。鹿児島タ16:14発、名古屋タ15:30着

Ef210348-2059-230831 2059-230831-2 2023/8/31 新鶴見機関区EF210-348号機牽引 2059レ 陸前山王(仙台港)23:12発、吹田タ15:14着 西濃運輸カンガルーライナーSS60 仙台タ、郡山タでコンテナ荷扱いがあります。日曜日運休です。

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1054-230831

2023/8/31 吹田機関区EF210-108号機牽引 1054レ 鍋島21:27発、東京タ21:04着 休日運休
EF210-108号機は2024年3月改正を前に新鶴見機関区に転属しています。

最初の5060レが通過したのが11:57、その後、彦根城を見学、約50分して駅に戻り、最後の1054レが13:53と実質1時間の間に5本の列車を撮影することが出来、しかも中線があり、直線区間が長いため、編成全体を写し込める点が魅力的でした。

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2024年11月13日 (水)

2023年晩夏の関西旅行 JR貨物編 その2 おおさか東線の貨物列車

10月17日記事で旅客化されたおおさか東線に関して触れましたが、同路線は元々、吹田貨物ターミナルと百済貨物ターミナル、さらには竜華操車場を結ぶ城東貨物線として開通した路線でした。竜華操車場1938年10月1日に開業し、1939年10月10日には片町線の貨物支線として城東貨物線(放出~八尾間)が開業、さらに機関区も併設され、湊町にあった機関区の機能が移転しました。
1937年、20万平方メートルの敷地の買収から始められ、1938年に操業開始、1941年には1日1200車の処理能力を持つ平面操車場となり、能力はその後、1日1600車まで拡大しました。しかし、国鉄末期の1984年2月1日、ヤード経由式の輸送方式が廃止され、操車場としての機能は停止となり、1986年11月1日、竜華信号場となり、操車場は廃止されました。さらに1997年7月28日には信号場も廃止され、鉄道関係から竜華の名称は無くなりましたが、再開発にあたり、八尾市は跡地の地名に龍華町という地名を残しました。
 一方、百済駅は1940年に大阪南部の貨物取扱能力の救済のため計画され、1942年に承認されましたが、用地の取得の難航と戦争で工事は進まず、1960年に天王寺駅の客貨分離案から漸く着工となり、1963年10月1日に年間40万トンの処理能力で暫定開業しました。1964年11月25日には駅の北側に大阪市中央卸売市場東部市場が開場し、同市場と連絡する貨物線(2.1km)も開業しました。1965年10月にはコンテナ取扱設備も完成、1966年10月には車運車による自動車輸送も開始されました。1968年10月にはそれまで王寺、天王寺、湊町で行っていた鉄道小荷物(チッキ)扱いも同駅に集約されました。梅田貨物駅と吹田貨物ターミナル駅の機能移転先として2006年度から2012年度にかけ駅整備の改修事業が行われ、2013年3月16日のダイヤ改正で従来の百済駅から百済貨物ターミナル駅になりました。

230830_20241112132101 正覚寺信号場方面230830_20241112132102 2023/8/30 平野駅の旅客線北側に敷設された正覚寺信号場と百済貨物ターミナルを結ぶ貨物専用線

百済貨物ターミナル駅は再開発事業で駅面積は13.6haから15.1haに拡大し、従来、18両編成900トン対応であった構内が26両編成1300トン対応となりましたが、平野駅~当駅間には貨物列車用の専用線が無く、到着列車は関西本線上り線を逆走していましたが、2010年10月末に貨物専用線が増設されました。さらに構内も電化されDLによる入換は廃止され、2011年3月12日のダイヤ改正からは当駅~正覚寺信号所間も電化され電気機関車の乗り入れが可能となりました。 

202403
 
2024年3月改正ダイヤにおける百済貨物ターミナル発着列車

Ef510502-4071-230830  Ef510502-4071-230830-2
4071-230830

2023/8/30 衣摺加美北駅を通過するEF510-502 牽引 4071レ

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2024年11月12日 (火)

2023年晩夏の関西旅行 JR貨物編 その1 安治川口駅

大阪市此花区島屋六丁目にある安治川口駅はJR西日本とJR貨物の駅です。

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2023/8/30 駅名標

1898年4月5日西成鉄道が大阪~安治川口間を開業した際に終着駅として開業しました。現在は大阪環状線の支線となっていますが、大阪から安治川に至る路線は当時の大阪港であった安治川河口付近の築港工事のための資材運搬、臨港鉄道としての需要から開業が急がれたようです。1905年4月1日には天保山(廃止後、桜島駅に)まで開業し、1906年12月1日には国有化され、西成線となりました。
1940年1月29日には鉄道車両としてガソリン動車の危険性を認識させた西成線列車脱線火災事故:(3両編成のガソリン動車キハ42000形が駅員の分岐器切換えミスにより、3両目が2対の線路にまたがって走行する事態となり、駅構内の島屋町踏切の構造物に衝突、脱線転覆し、燃料のガソリンに引火、車両火災が発生し、死者189名、重軽傷者69名を出す大惨事となりました。)が起きています。
1987年4月1日の国鉄分割民営化ではJR西日本とJR貨物の駅となりましたが、民営化後しばらくはJR貨物の職員が駅の改札業務を行っていたこともあるそうです。
2004年3月13日、当駅と東京貨物ターミナルを結ぶM250系貨物電車によるコンテナ列車「Super Rail Cargo」の営業運転が始まりました。早いものでもう20年ですか、登場したときは増発や他の電化線区への進出もあるかと思いましたが・・・

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2023/8/30 着発線で入換作業中のHD300-19号機

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2023/8/30 機街線で休むEF210-335号機

Ef21017-2308302023/8/30 着発線で休む EF210-17号機

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2024年11月11日 (月)

2023年晩夏の関西旅行 JR西日本編 その26 大阪環状線の323系

先日の関西の201系シリーズでも触れましたが、大阪環状線は新性能化以降、それまで101系103系201系といった国鉄4扉通勤車が投入されていましたが、阪和線、関西本線からの221系223系225系も流入するため、ホームドアや整列乗車の関係から、201系の後継車は3扉通期車ということで2016年に導入が決まり、同年12月24日から営業運転が開始されたのが323系でした。

323

8両編成、22本が近畿車輛と川崎重工業車両カンパニーで製造されました。0.5Mの全電動車方式でパンタグラフとCPを搭載した車両が323、そうでない車両が322となっています。

323-ls02-230830

2023/8/30 安治川口 LS02編成 画質が悪いのはISO設定を高い状態のままで撮影したためです。

323-ls04-230830-2

2023/8/30 安治川口 LS04編成

323-ls07-230831 2023/8/30 野田 LS07編成

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2024年11月 8日 (金)

世界で一番多い保有数を誇ったJALのBoeing747 その91 31機目の-446 JA8919

cn27100/ln1236として製造、1999年12月7日に初飛行、12月16日にJALに引き渡されたのがJA8919でした。導入後、ツイン・クレイン・リーシングに売却、JALがリースする形で運航され、MAGIC-I装備の3クラス機、ファーストクラスはソロ仕様となっていました。

Ja8919-jal-b747446-cn27100-ln1236-nrt

撮影年月日不詳 NRT

Ja8919-jal-b747446-cn27100-ln1236-010429 2001/4/29 NRT

Ja8919-boeing-747446-27100-1236-050530-n 2005/5/30 NRT

他の長距離用-446と同様にロンドン、パリ、シカゴ、サンフランシスコ線などに投入され、2010年8月に退役、僅か11年弱の在籍期間で、EI-XLCにリレジされ、2010年9月29日Transaero Airlinesのフリートに、2015年1月には保管状態に、2017年1月20日からはRossiyaのフリートとなり、”Krasnoyarsk”と命名、2022年3月15日からはRA-73283とリレジされますが、同月には保管状態に、解体はされていません。

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2024年11月 7日 (木)

2023年晩夏の関西旅行 JR西日本編 その25 関西本線(大和路線)の201系 part3 網干からの221系の転属で終焉に

1983年2月21日、京阪神緩行線においてスカイブルー7両編成の201系の営業運転が開始されて41年、京阪神地区に投入された32編成は8両編成16本が森ノ宮区に、6両編成16本が奈良区に流れ、

201-070310-4

2007/3/10 新今宮 関西本線での201系の運転開始は2006年12月20日からでした。開始当初は前面に車号の表示がなく、編成番号がわかりませんでした。

後年、6本が6連化され奈良区に流れ、2020年度からは網干総合車両所に225系が144両投入されることにより、同所の221系が奈良支所に転属、2024年度中に201系の運用終了が決定しました。それに先立ち、奈良支所配置の201系が受け持っていたおおさか東線、和歌山線、桜井線での定期運用も2022年3月12日のダイヤ改正で終了となりました。

201系自身の廃車も進み、
ND603編成 2020年5月29日付
ND618編成 2021年9月30日付
ND619編成 2021年10月20日付
ND620編成 2021年11月5日付
ND608編成 2021年12月9日付
ND617編成 2022年1月14日付
ND610編成 2022年4月28日付
ND621編成 2022年6月24日付
ND609編成 2022年7月7日付
ND622編成 2022年12月13日付
ND611編成 2023年1月12日付
ND613編成 2023年5月10日付
ND616編成 2024年1月19日付
ND601編成 2024年2月9日付
ND612編成 2024年4月17日付
ND614編成 2024年6月1日付 が廃車されました。

201-nd601-230830-2 2023/8/30 平野 ND601編成 廃車

201-nd604-1012062010/12/6 新今宮 ND604編成 未だ現役

201-nd605-181201 2018/12/1 柏原 ND605編成 未だ現役

201-nd606-1609032016/9/3 新今宮 ND606編成 未だ現役

201-nd607-230830-2 2023/8/30 平野 ND607編成 未だ現役

201-nd609-160903 2016/9/3 新今宮 ND609編成 廃車

201-nd612181006

2018/10/6 王寺 ND612編成 廃車

201-nd614-181201

2018/12/1 柏原 ND614編成 廃車

201-nd615-181201

2018/12/1 柏原 ND615編成 2024/10/21に吹田に回送

201-nd616-101206-2 2010/12/6 新今宮 ND616編成 廃車

現時点ではND602編成が森ノ宮支所に疎開、ND615は10月21日に吹田に回送、ND604、ND605、ND606、ND607の4編成が大和路線運用に就いているという状態のようです。

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2024年11月 6日 (水)

2023年晩夏の関西旅行 JR西日本編 その24 関西本線(大和路線)の201系 part2 大阪環状線から関西本線へ

201系にとって関西本線に配置された際のウグイス色(黄緑6号)は初めての塗色でした。先輩の103系同様、前面には白色の警戒帯が配されました。関西本線の103系はJR難波寄りが偶数向き先頭車でしたが、201系は奇数向き先頭車がJR難波寄りと逆向きになりました。201系全16編成が奈良区に転属した際には103系3編成が残存していました。

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2017年4月1日 時点で奈良区に残存し、201系6連と共に活躍していた103系6連

103-262-160902
2016/9/2 天王寺 クハ130-262を最後尾にした奈良区6連の103系 尤もこのクハ103-262も新製配置は森ノ宮区で201系の転入で奈良区に転入してきた車両

2013年度に「大阪環状線改造プロジェクト」が開始され、大阪環状線の主力車両は3扉車の323系となり、2016年度から投入が開始されると2017年度に3編成、2018年度に3編成が付随車を抜かれ、6連化され奈良支所に転出となり、

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2017年度 LB07→ND617、LB08→ND618、LB10→ND619 転属 LB05は廃車
2018年度 LB11→ND620、LB12→ND621、LB13→ND622 転属 LB01, LB02、LB04、LB16は廃車

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2006/6/20 寺田町 LB05編成 

201-92-101206
2010/2/6 大正 LB07編成

201-93-160903-2
2016/9/3 野田 LB08編成201120-160903 2016/9/3 野田 LB10編成
201-121-180325-2 2018/3/25 野田 LB11編成

201-123-160903 2016/9/3 新今宮 LB12編成

201-124-160903 2016/9/3 野田 LB13編成

2019年度には大阪環状線に残った201系は全編成廃車となり、サハ201形も形式消滅となり、201系の最後の活躍の場は関西本線となりました。

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2024年11月 5日 (火)

2023年晩夏の関西旅行 JR西日本編 その23 関西本線(大和路線)の201系 part1 関西における201系の活躍の歴史

1979年に試作車が登場、1981年から量産が開始された電機子チョッパ制御式通勤電車201系(製造両数1018両)は1987年の国鉄分割民営化でJR東日本に794両、JR西日本に224両が継承されました。

関西で最初に201系が投入されたのは東海道・山陽本線緩行線(京都~西明石間)で、1983年2月21日からの営業運転開始に向け、昭和56年度第3次債務で7両編成8本、昭和57年度本予算で7両編成2本の70両が高槻電車区に、昭和57年度第4次債務で7両編成6本、昭和57年度第4次債務で7両編成6本、昭和58年度本予算で7両編成1本の91両が明石電車区に、昭和58年度第2次債務で7両編成9本が明石電車区に配置され、全て7両編成32本の陣容となりました。
1986年3月14日のダイヤ改正で高槻電車区配置の編成はすべて明石電車区に転属しました。1995年1月の阪神淡路大震災時にはラッシュ時の1列車当たりの輸送力を増やす目的でサハを抜いた6連4本とサハを組み込んだ8連4本に組替え、6連を併結して12両編成として輸送力の増強が図られました。

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2004年 明石区の201系編成表

C24編成以降はコストダウンを図った軽装車で側窓は上段も上昇式に、側面の表示灯は窓と競合しない位置に、車号は切り抜き文字から転写文字に、通風機はFRPから鋼板に

201-20061-c01-060618 2006/6/18 岸辺 C-01編成 クハ200-61他7連

201-200125-c23-060624 2006/6/24 岸辺 C-23編成 クハ200-125他7連

2005年12月1日から2006年12月にかけ、321系7両編成39編成が投入され、201系は2007年3月18日のダイヤ改正を以って運用を離脱、大阪環状線、関西本線に転用されました。

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2011年 森ノ宮区の201系編成表

201-61-180325 2018/3/25 野田 クハ201-61他8連

201-20162-060620

2006/6/20 寺田町 クハ201-62他8連 転属して間もないころ

201-140-180325-6 2018/3/25 桜ノ宮 クハ200-140他8連

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2011年 奈良区の201系編成表

201系7連32本は大阪環状線の103系8連を置き換える目的でサハを2両とした8連16本が投入され、関西本線には103系6連を置き換えるためサハを抜かれた16本が投入されました。

201-081212-2

2008/12/12 高井田中央 クハ200-122他6連 今では見られなくなったおおさか東線での活躍

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2024年11月 4日 (月)

中央快速線E233系にG車連結開始 半月で9編成に

中央快速、青梅線のG車組込、10月13日H57, T24, T3の3編成でスタートしたと思ったら、3週間で9編成に増加しました(下の表)。

202410131102
2024/10/13のG車組込営業運転開始から3週間のG車組込編成の運用
中央快速線、青梅線用E233系0番台の運用は10両貫通編成T編成用の01T~85Tと4+6分割編成H編成用の01~25H、いずれも下り奇数、上り偶数があります。かといって厳密にT編成はT運用、H編成はH運用限定ではないようです。G車組込で12連化された編成の10連時代の運用はイタリックで表示しました。TやHの後ろに1,2が付いているのは運用途中に武蔵小金井、豊田などに入区し休息をとる運用です。ダイヤの乱れなどで一日に何回も運用番号が変化するケースが頻繁にあることもわかりました。オレンジで塗りつぶされたセルは写真撮影の記録です。

サロE233/232-1、2両は2022年7月12日にJ-TREC横浜で落成し、豊田車両センターに甲種回送され、2022年7月27日に豊田でH57編成(2020年11月2日にG車連結対応工事完了)に組み込まれました。その後、H57編成は最初は8連、8月29日からは12連で試運転が行われました。以後、H53,H56編成(6R)に2組のG車4両を組み込み、東海道貨物線を国府津まで運転するのがルーティン化しました。10両貫通編成への組み込みは2022年10月13日にG車組込対応改造を済ませ、大宮総合車両センターから出場したT24編成10月25日に落成、甲種回送されたサロE233/2-2を組み込み、11月11日から同編成12両を使用しての試運転が始まりました。9月27日にはサロE233/2-3,4が落成、以降、ほぼ1か月おきのペースで4ユニットずつサロE233/2が落成、2024年10月15日にはサロE233/2-53~56までが落成し、甲種回送されました。

増加し続けるG車ユニットの留置場所の問題から、2024年3月末に落成した-25,26ユニットは国府津車両センターに、-27,28ユニットは幕張車両センターに疎開することとなり、H53編成もしくはH56編成6連にG車2ユニットを組み込み、国府津、幕張への疎開のための回送がはじまりました。その結果、-25,-26,-29,-30,-33,-34,-37,-38,-41,-42,-45,-46,-49,-50は国府津に、-27,-28,-31,-32,-35,-36,-39,-40,-43,-44,-47,-48は幕張に留置されることとなりました。
一方、G車組み込まれる10連側もG連結のための改造工事が東京総合車両センター、大宮総合車両伊センター、長野総合車両センターで施工され、2024年にはH51(2月、長野)T40(8月、東京)が完了し、未施工はT71,H49の2編成となっています。

私はこの夏、猛暑のためか中央線には殆ど乗車していなかったせいか、7月26日から10両貫通編成には10CARS(数種類あり)のステッカーが、8月13日から4+6分割編成にはChuo Ome Lineのステッカーが前面に掲示されていることに気がつかなかったのですが、10月13日、いよいよG車連結編成が走り出し、12連は何もステッカーが無いこと、10連にはステッカーが貼ってあることに気づきました。営業開始とともにT3編成にも-7が連結され、まずは3編成が営業運転を始めました。実は10月11日にはT33編成が国府津に回送され、同所に留置されていた-45を連結し、10月22日から営業運転に入っているのが目撃されています。同様にT34編成10月22日に国府津に回送され、-46を組み込み、10月30日から営業運転に入っているのが目撃されています。幕張には10月24日H59編成11月1日H51編成が回送され、同所でG車の組込が行われたことが目撃されています。H59編成は11月1日に営業運転に入っています。その他、豊田にて10月16日T12編成-810月25日T26-511月1日T28-6が組み込まれ、それぞれ10月19日10月25日11月1日に営業運転に入ったことが確認されています。編成番号と組み込むG車の番号の関係はどうなっているんだという疑問はありますが、これから豊田、幕張、国府津でG車を組み込んだ編成がどんどん増えて行くのでしょうね。

E2330-t33-12r-241030-2 2024/10/30 国分寺 T33編成 10/11、国府津にてサロ233/2-45を組込

E2330-t12-12r-241022 2024/10/22 飯田橋 T12編成 豊田でサロ233/2-8を組込

E2330-t26-10r-241015 2024/10/15 西国分寺 10CARS時代のT26編成

E2330-t26-12r-241030-5 2024/10/30 国分寺 T26編成 10/25にサロ233/2-5が組込

E2330-t34-12r-241101-3 2024/11/1 東小金井 T34編成 10/22に国府津にてサロ233/2-46を組込

E2330-h59-10r-241015 2024/10/15 西国分寺 Chuo Ome Line時代のH59編成

E2330-h59-12r-241101-3 2024/11/1 東小金井 H59編成 10月24日に幕張にてサロ233/2-47組込

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2024年11月 1日 (金)

世界で一番多い保有数を誇ったJALのBoeing747 その90 30機目の-446 JA8918

cn27650/ln1234として製造、1999年10月28日に初飛行、11月21日にJALに引き渡されたのがJA8918です。
導入後、ツイン・クレイン・リーシングに売却、JALにリースされる形で運航されました。

2000年12月には東京読売巨人軍優勝旅行チャーター機として機種にジャビットのステッカーを貼り、成田~ホノルル間を往復しました。

 アメリカではMLBのLA・ドジャーズとNY・ヤンキースのワールドシリーズ、日本では横浜DeNA・ベイスターズと福岡ソフトバンク・ホークスの日本選手権シリーズが行われております。2000年のワールドシリーズはアメリカンリーグはNY・ヤンキース(監督ジョー・トーリー)、ナショナルリーグはNY・メッツ(監督ボビー・バレンタイン)のどちらもニューヨーク市を本拠地とするチームの対戦(サブウェイ・シリーズ)となり、両軍の対戦は初でしたが、ヤンキースが4勝1敗で勝ち、3年連続、26回目のワールドチャンピオンとなりました。ちなみにヤンキースはこのシリーズの第2戦まで14戦連続の勝利を挙げており、第3戦でメッツに敗れ、連勝が止まりました。日本シリーズのソフトバンクも2017年の広島との第3戦から、今年のDeNAとの第2戦まで14戦連続勝利していましたが、第3戦で敗れ連勝が止まりました。2000年の日本シリーズは巨人対ダイエーの対戦となり、監督が長嶋茂雄と王貞治だったこと(ON対決)でも話題となり、巨人が2連敗から4連勝で勝利し、19回目の日本一となり、MVPは松井秀喜でした。松井秀喜は2009年、ヤンキースがフィリーズを下して27回目のワールドチャンピオンになったときにMVPに輝いています。
 ワールドシリーズ2024はLAドジャーズがNYヤンキースに4勝1敗で勝利し、大谷翔平はエンジェルスから移籍後、初めてのポストシーズンで、今年からMLBに移籍した山本由伸は初めてのシーズンで松阪大輔以来の日本人選手WS勝ち投手にもなり、ワールドチャンピオンになりました。

Ja8918-jal-b747446-cn27650-ln1234-000812 2000/8/12 NRT

Ja8918-jal-b747446-cn27650-ln1234-010429 2001/4/29 NRT

Ja8918-boeing-747446-27650-1234-020519-n 2002/5/19 NRT

Ja8918-boeing-747446-27650-1234-040414-n 2004/4/14 NRT

JA8918はMAGIC-I装備の3クラス機として、ロンドン、シカゴ、サンフランシスコ線などで活躍しました。2011年6月、時代の流れから12年弱という短い在籍期間で退役し、N918UNにリレジされ、11月6日からはTransaero AirlinesのフリートにEI-XLHのレジで加わりました。2015年10月26日には運航停止となり、同じレジのまま、2016年10月13日からRossiyaのフリートに、Vtbリーシングからリースという形でKazanと命名され、2022年3月15日からはRA-73288にリレジされました。しかし、同月ストア状態となりました。解体はされていないようです。

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