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2025年3月28日 (金)

国内線の航空需要を満たすため導入されたANAのB747SR-81 13 JA8156

cn22709/ln541として製造、1981年9月21日N5573Bのテストレジにて初飛行、1981年12月17日にANAに引き渡されたのがJA8156でした。

同機は14機目のSR-81でした。就航当初は国内線専用機としてCF6-45A2エンジンにて飛んでいましたが、1991年頃から、国際線に就航可能なようにエンジンをCF6-50E2に換装、まずはJA8157の補佐役としてシドニー線スタンバイ機となり、1995年からは関西空港発着の香港線用機材、1996年からは名古屋空港発着のホノルル線専用機材としての活躍の場が与えられました。

1985年5月28日午前11時14分頃、乗客204名、乗員18名で東京羽田国際空港からのNH81便として那覇空港のRWY18にGCA方式で着陸しようとしたところ、主脚が接地し、リバース操作が行われた直後に左前方の誘導路から滑走路に進入直前の自衛隊機QM-22(航空自衛隊所属三菱式MU-2A型73-3222)を視認、直ちに右方向に回避操作を行い、同機は左側でQM-22と交差、その際に衝撃、あるいは衝撃音が無く、回避できたものと判断、客室乗務員からも客室内で異常がないことを確認、グランドコントロール(GND)と無線交信し、ターミナルビルに向かって地上滑走を続けました。
自衛隊機QM-22は救難訓練のため、機長、副操縦士、機上無線員、救難員の4名が乗り組み、11時08分06秒、那覇GNDの許可を得て駐機場から地上滑走を開始、気象情報によると視程が3kmで計器気象状態であったため、GNDに対し、特別有視界飛行方式での飛行許可を要求、このリクエストに対してGNDは誘導路E-2の停止線手前で停止の指示を出し、那覇タワー(TWR)へのコンタクトを指示しました。離陸準備の完了をTWRに告げ、特別有視界飛行方式での飛行許可を求めました。11時11分、管制の指示通り、E-2の停止線前で停止。TWRは沖縄アプローチ(APP)から特別有視界飛行方式の飛行の許可を受理、同許可を伝達するためQM-22を呼んだところ、応答はなく、24秒後に再度、呼びかけ、許可を発出。トランスポンダーコード番号の聞き取り等の不具合の確認等の後、離陸前点検が機長、副操縦士間で行われ、滑走路に向かって地上滑走が開始されました(停止が解除されていない、離陸許可だ出ていないにもかかわらず)
QM-22の副操縦士によれば、滑走路の中心線に向かって地上滑走中、突然、右主翼端から押されるような衝撃を受け、機体が左右に揺れ、同時に頭上を航空機が前方に通過していったとのこと。接触は11時14分頃のことでその旨をTWRに連絡しました。

機体の損傷
JA8156は小破、No1エンジンカウリングの下面損傷、ドレーンマストの一部欠損
MU-22は中破、右主翼端燃料タンク中央上部の破損、及び擦過傷痕、右主翼上部蓋板の破損

この事故の報告書はこちらから入手可能です(報告書(PDF)公表)

正にこの事故、2024年1月2日の羽田空港での海保機とJAL機の衝突事故とよく似た事故だったことがわかります。NH81便が自衛隊機を視認し、回避できたことで衝突による被害を小さくできたことがわかります。

1985年10月25日に公表された航空事故調査委員会(2008年10月からJTSB運輸安全委員会)の報告書では自衛隊機の機長、副操縦士が離陸許可を得たものと相互に錯誤し、滑走路に進入させたのが原因としています。

Ja8156-ana-b747sr81-cn22709-ln541 撮影時期不詳 HND

Ja8156-ana-b747sr81-cn22709-ln541-980102 1998/1/2 HND

Ja8156-ana-b747sr81-cn22709-ln5_20250327101701 1998/1/2 HND

2004年8月、ANAを退役後、N233BAにリレジされ、Boeing Aircraft Holding Companyが管理しますが、2005年2月には解体されています。

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コメント

B767-281様 こんにちは。そのような事故があったのですね。読ませていただくとそれがその後に生かされていないように感じます。123便事故についてのいろいろな本やサイトを見てみますと、前兆はいくつもあったようです。

細井忠邦 さま、おはようございます。

私もたまたまJA8156の過去の記録を調べてこの事故の存在を知ったのですが、後から昨年1月の事故の直後の記事を見返して、事故直後に1985年の那覇空港での事故との相似性に触れている記事があることに驚いた次第です。アメリカでも今年1月から航空事故が頻発していますが、シカゴ・ミッドウェイ空港で着陸寸前のサウスウエスト航空機の直前をプライベートジェット機が横断し、慌ててゴーアラウンドしたというインシデントもありました。この手の事故は人間のちょっとした不注意から起こる可能性が高く、それを防ぐためのシステムの整備が必要と感じます。

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