« 2025年4月 | トップページ | 2025年6月 »

2025年5月30日 (金)

国際線拡充用に導入されたANAのB747-200B  JA8192

ANAが国際線用に入手した最後のB747ClassicがJA8192でした。

この機体はこれまで5機の-281Bとは異なり、cn22579/ln514として製造、1981年3月9日初飛行、3月26日Royal Jordanian Airlines (カスタマーコードはD3)に引き渡され、JY-AFSのレジで登録、1987年7月2日には同一レジでGarudaのフリートに、1987年9月10日からはロンドン・ガトヴィック空港を拠点としたBritish Caledonian Airwaysに売却、レジはG-CITBになりました。同社は成田空港にも乗り入れており、G-CITBは成田にも飛来していました。1980年代石油価格が下落し、ヒューストン、ダラス、ラゴス、トリポリなど産油地帯を結ぶ路線で収益を得ていた同社は赤字に転落、1987年12月British Airwaysに吸収合併されることとなりました。1988年4月14日から同一レジでBAのフリートメンバーになりますが、時代はすでに-400の時代となり、国際路線の拡充でB747-200Bの中古機を探していたANAが同機を購入することになり、1990年11月15日、JA8192としてANAのフリートメンバーになりました。

Ja8192-ana-b7472d3b-cn22579-ln514-960519 1996/5/19 NRT
Ja8192-ana-b7472d3b-cn22579-ln514-960429 1996/4/29 NRT

これまでANAのB747はSR,LRともに2階席のあるアッパーデッキへの階段は直線タイプでしたが、JA8192は唯一螺旋階段タイプでした。

旅客型としての活躍は6年8か月程度の短さで終了し、JA8192は貨物型にコンバートされ-2D3BFとなり、NCAに転籍となりました。2007年3月までNCAで活躍、2007年4月1日からはシンガポールのJett8 Airlines Cargoに売却され、9V-JEAのレジに2011年8月に保管状態となり、レジはN279SGに、2015年5月に解体されました。

Ja8192-nca-b7472d3bf-cn22579-ln514-97112 1997/11/24 NRT

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月29日 (木)

2024年春の名古屋周辺旅行 明知鉄道の旅 その3 明知鉄道の車両 part2 アケチ10形

1980年代中期、国鉄の分割民営化に先立ち、特定地方交通線が第三セクター鉄道に転換されましたが、1990年代中期、転換時に導入された車両が代替時期を迎えるに先立ち、置き換え用車両の導入費用などの削減を目的に第三セクター鉄道等協議会は約2年の歳月を費やして、設計、製造、及び車両認可にかかる諸手続きの費用期間短縮を狙った標準仕様を制定しました。その採用第1号となったのがアケチ10形です。樽見鉄道のハイモ295、長良川鉄道のナガラ3形などは車長16m版ですが、同様に標準仕様に準拠した車両です。

主要諸元

車両定員 94名 (座席42名)
自重 26.0 t
全長 15,500 mm
車体長 15,000 mm
全幅 3,090 mm
車体幅 2,700 mm
全高 3,912 mm
車体高 3,690 mm
床面高さ 1,240 mm
車体 普通鋼
台車 枕ばね:上枕空気ばね 軸箱支持:軸ばね式 FU34KD/T
車輪径 762 mm
固定軸距 1,800 mm
台車中心間距離 10,000 mm
機関 日産ディーゼル製PE6HT03ディーゼルエンジン
機関出力 217 kW (295 PS) / 1,900 rpm
変速機 液体式(DB115)
歯車比 3.22
制動装置 SME、ハイドロ・ダイナミック・リターダ
保安装置 ATS-ST

富士重工が製造を担当し、アケチ10~14の5両が1998年1月,1998年10月、1999年10月の3回に分けて製造され、10と14がロングシート、他3両がセミクロスシートとなりました。暖房装置はエンジン排熱を利用した温風式、冷房はバス用のものを流用した能力27.9 kW(24,000 kcal/h)のものが設置されました。11と13は2017年6月2012年3月にロングシート改造されました。アケチ11のロングシートはアケチ6の引退時に同車のシートを転用したものです。アケチ12は2018年3月に廃車となりました。

1010-240318-2 2024/3/18 岩村 アケチ10
岩村駅は線内唯一の列車交換可能駅です。

1010-240318-3 2024/3/18 山岡 アケチ10

240318-1010 アケチ10 車内

2020年1月からのNHK大河ドラマ「麒麟がくる」が放映されるのに先立ち2019年3月30日からアケチ10に写真のようなラッピングを施し、車内にも明智光秀関連の飾り付けが見られます。

1012-2403183 2024/3/18 明智 アケチ12の廃車体
アケチ12は2018年3月に廃車となりましたが、その廃車体はアケチ6の廃車体と並んで明智駅構内の側線に留置されています。

1013-240318-6 1013-240318-8 2024/3/18 恵那 アケチ13

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム


最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月28日 (水)

2024年春の名古屋周辺旅行 明知鉄道の旅 その2 明知鉄道の車両 part1 アケチ1形、6形

昨日の記事にあるように国鉄明知線が明知鉄道明知線に転換された1985年にその開業時に準備されたのがアケチ1形気動車5両(アケチ1~5)でした。

富士重工製のLE-Car、レールバス型気動車で樽見鉄道のハイモ230-300形と同様にそれまでのレールバスタイプに較べ車体長は15.5m、幅は2.98mに拡大され、台車もボギー台車となったタイプでした。甘木鉄道のAR-100形、長良川鉄道のナガラ1形、天竜浜名湖鉄道のTH1形など同時期に製造された同タイプのLE-Carはバス用の冷房装置を搭載していましたが、アケチ1形は恵那駅から岩村駅までの急勾配区間対応のためか軽量化を優先して冷房装置の搭載は省略となりました。

主要諸元

車両定員 110名(座席46名)
自重 23.5 t
全長 15,500 mm
車体長 15,000 mm
全幅 2,980 mm
車体幅 2,700 mm
全高 3,515 mm
車体 普通鋼
台車 枕ばね:上枕空気ばね 軸箱支持:軸ばね式 FU34D/T
車輪径 762 mm
固定軸距 1,800 mm
台車中心間距離 10,000 mm
機関 日産ディーゼル製PE6HT03ディーゼルエンジン
機関出力 169 kW (230 PS) / 1,900 rpm
変速機 新潟コンバーター製液体式(DB115)
歯車比 3.22
制動装置 SME、ハイドロ・ダイナミック・リターダ

大型バス・トラックなどの補助ブレーキシステムとして使われているリターダをエンジンの排気と組み合わせて鉄道車両で実用化したのは本形式が初めてとのことです。

アケチ1-5はセミクロスシート仕様で導入され、車内中央部に片側2組、左右計4組の4人掛けボックスシートが設けられたほかはロングシートといった構成でした。

11-240318 2024/3/18 山岡駅横 
アケチ1は廃車後、山岡駅に留置されていましたが、現在は塗装を塗りなおし写真のように「森の列車カフェ」として車内に立ち入ることができる状態となっています。訪れた日は営業していませんでした。

これに対し、1990年4月、お座敷列車としての使用を考慮し、オールロングシート、冷房付きで導入されたのがアケチ6形-6でした。エンジンもこれに合わせ、定格出力184 kW(250 PS) / 1,900 rpmにパワーアップされました。1992年8月にはアケチ1形-5がロングシートに改造されました。

1997年、第三セクター鉄道の標準仕様車アケチ10形が登場すると1999年までにアケチ1形は全車置き換えられ、アケチ1は山岡駅、アケチ2は阿木駅に保存されました。

2004年4月に全線が集中連動信号に変更され、自動列車停止装置(ATS)を装備しないアケチ6は編成の中間車としてしか運用できなくなりましたが、2009年1月にATSが搭載されたことで編成の先頭に立つことができるようになりました。ただ、列車ダイヤ自体が出力の大きいアケチ10形にあわせたものになったため単行運転は行われず、2017年3月アケチ100形の導入を待たず廃車となりました。

66-240318 2024/3/18 アケチ6
アケチ6の車体は廃車後、このように明智駅構内の側線に留置されていました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月27日 (火)

2024年春の名古屋周辺旅行 明知鉄道の旅 その1 明知鉄道の歴史

明治政府は1892年6月21日に国(北海道以外)が建設すべき鉄道路線を定めた鉄道敷設法(明治25年法律第4号)を公布、さらに大正時代には同法に代わる新法として改正鉄道敷設法(大正11年法律第37号)を1922年4月11日に公布しました。北海道の鉄道に関しては1896年5月14日に公布された北海道鉄道施設法(明治29年法律第93号)にて規定されました。

240318 2024/3/18 恵那駅駅名標 

中央本線(西線)の恵那駅は1902年12月21日に官設鉄道が多治見~中津川間を開業した際に大井駅として開業しました。1906年12月5日には駅前に岩村電気軌道が乗り入れました。1928年12月3日、大井ダムの建設資材を運搬するため大同電力が敷設した専用鉄道、北恵那鉄道大井線、新大井~大井ダム間が開業、恵那峡の観光客、大井ダムの従業員、木曽川対岸の住民の輸送を行いましたが、1934年9月15日で廃止、線路は大同電力に移管され1940年まで専用鉄道として運行されました。

240318_20250526093701 240318_20250526093801 240318_20250526093901

明知鉄道恵那駅とその案内

現在、第三セクター明知鉄道が運営している明知線は改正鉄道敷設法別表63号において「静岡県掛川ヨリ二俣、愛知県大野、静岡県浦川、愛知県武節ヲ経テ岐阜県大井ニ至ル鉄道」として規定された予定線(遠美線)の北側の終端部でした(大井駅は1963年11月1日に恵那駅に改称されました)。

240318_20250526094001

240318_20250526093902 明知鉄道路線図と同鉄道の駅名標

岐阜県選出の衆議院議員の活動などで建設が開始され、1933年5月24日には大井~阿木間10.0kmが開業、1934年1月26日には阿木~岩村間5.0kmが延伸、同年6月24日には岩村~明知間10.2kmも開業しました。

岩村~大井間には岐阜県最初の私鉄として1906年岩村電気軌道が開業し、路面電車の運行および同地域一帯への電力の供給を行っていましたが、明知線の開通で輸送量が激減し、1935年に廃止に追い込まれました。電力事業の方は継続され、1942年に中部電力に統合されました。岩村電気軌道のルートは阿木村を経由せずに岩村と大井を結んでいたのに対し、明知線のルートは阿木村を経由したため、急カーブ、急勾配、トンネルが多いルートになりました。

240318_20250526094101 左側が中央本線塩尻方面、右側が明知鉄道明智方面

1981年2月1日には貨物営業が廃止となり、同年9月18日には第1次廃止対象特定地方交通線として廃止が承認されました。1985年11月16日、国鉄明知線は廃止となり、同年5月21日に設立された第三セクター鉄道明知鉄道株式会社に路線(25.1km)が転換されました。明知鉄道は開業に当たり、アケチ1形5両を導入しました。終点駅の明知駅も地元の町名に合わせ、明智駅となりました。

240318_20250526094201

明智駅 駅名標 ナンバリングは明智駅側から振られています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月26日 (月)

2024年春の名古屋周辺旅行 すっかりJR東海の顔となった315系

1989年7月9日のダイヤ改正で金山総合駅が開業、東海道線の新快速・快速が増発された際に登場した311系がこの6月末で営業運転を終了、7月12日には最後まで残った編成の廃車回送を兼ねた臨時団体列車が運行され完全退役となるそうですが、36年間のご活躍お疲れさまでした。

311系、そして211系、213系を置き換えるように2020年1月に導入が発表され、2022年3月5日から中央本線名古屋~中津川間にて8両編成、2023年6月1日からは関西本線名古屋~亀山間にて4両編成、2024年3月15日からは武豊線、6月1日からは静岡地区、さらに2025年3月15日からは東海道本線大垣~米原地区でも運転が開始されたのが315系です。

3153000-c104-240317-2

2024/3/17 名古屋 武豊線区間快速の運用に就き、名古屋駅で出発を待つ315系3000番台 C104編成

Dsc00705_20250525111601 2024/9/5 熱海 U2編成 静岡地区でも活躍を開始した315系

315-c22-240318 2024/3/18 多治見 C22編成 中央線の315系は8連 

2024年3月の名古屋周辺の旅、最終日は名古屋から中央本線で恵那へ、恵那から明知鉄道の旅を楽しみました。その様子は明日以降の記事にて。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月23日 (金)

国際線進出、ヨーロッパ路線用に導入されたANAのB747-281B 5 JA8190

cn24399/ln750として製造、1989年7月26日に初飛行、8月10日ANAに引き渡されたのがJA8190でした。ANAが国際線用に発注した5機目のLR機でした。

ANAの国際線定期便は1986年3月3日L10-11トライスターによりの成田~グアム便で開始され、6月にB747-200Bを受領すると、7月16日に成田~ロサンゼルス便、26日にワシントンDC線の運航が開始されました。1987年4月16日にはL10-11トライスターにより、成田~北京、成田~大連~北京線が開始され、7月25日には香港線も開始されました。10月26日、B747-200Bにより、成田~シドニー線が開始されました。それから3年後の1989年7月22日、B747-200Bにより、成田~ロンドン(LGW)、成田~モスクワ~ロンドン(LGW)線の運航が始まりました。この新路線開設にために新規に導入されたのがJA8190でした。

一方、-200Bに代わる新たな長距離国際線専用機としてB747-400の導入は1988年10月5日に決定され、12日にはエンジンがSR、LRと同様のGE製CF6-80C2に決まりました。1990年8月にその1番機を受領しています。JA8190はそういった時期に製造されているため、JAAが導入したJA8189などと同様に主翼付け根のフィレットの構造が-400タイプとなっているのが形態的特徴です。

Ja8190-ana-b747281b-cn24399-ln750-980926 1998/9/26 NRT

Ja8190-ana-b747281b-cn24399-ln750-981113 1998/11/13 NRT

13年弱のANAでの活躍の後、JA8190は貨物機(-281BF)としてNCAのフリートに加わります。2008年3月に保管状態となり、レジはN281RFに変更、2011年5月1日からはEK74799のレジでアルメニアのVeteran Aviaに、同年7月1日から2014年8月までは同じレジでSaudi Arabian Airlines にリース、2015年5月1日からはEW-445TQのレジでベラルーシのTransaviaexport Cargo Airline に、2016年8月30日からはAir Georgia に売却され、4L-GNKレジに、12月には保管状態となりましたが、カザフスタンのAzee Airへの転籍予定があるようです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月22日 (木)

2024年春の名古屋周辺旅行 大垣~関ヶ原間の東海道本線に関して 垂井線と新垂井線

ここ数年の名古屋周辺旅行で大垣駅を中心に、養老鉄道、樽見鉄道などの路線を訪問しましたが、大垣駅からは西へ伸びるJR東海道本線には関ケ原までの20-25‰の急勾配を緩和するため、1944年10月11日に開業した新垂井線(南荒尾信号場~関ヶ原間13.6km、勾配10‰の下り専用線)があり、新垂井駅も設けられました。戦時中の軌条の逼迫では25‰の本来の本線下り線(垂井線、同10.7km)は廃止されました。しかし沿線の人々にとってみれば垂井駅と新垂井駅は3km程離れいており、上下線で駅が別々であることはあまりに不便極まりないとのことから1946年11月1日に下り本線は復活しました。新垂井線は特急「こだま」、急行貨物「たから」、フレートライナーなどが通過する線路として使用され、普通列車も垂井線経由と新垂井経由が存在しました。一方で国鉄側としてみれば下り普通列車を敢えて2系統に分けて運転することは得策ではないとのことで、1986年11月1日に新垂井駅は廃止となり、普通列車は垂井線経由に一本化されました。

198504
新垂井駅廃止直前の1985年4月の時刻表における大垣~関ヶ原間の旅客、急行荷物列車

特急、急行などの全優等列車は新垂井経由、急行荷物列車、貨物列車も新垂井経由で、普通列車で新垂井経由は1日、5本の設定でした。

Eh10_3_751009 1975/10 真鶴~湯河原間 EH103 の牽引する貨物列車

東海道本線の米原電化完成が1955年で当時の直流貨物用電機の主流はEF15でした。EF15の出力ではこの区間(関ケ原越え)は1100tが限界で、戦後の復興が軌道に乗ったこの時期、1200tの貨物をけん引し、EF15の75km/hから85km/hにスピードアップするために開発されたのがEH10でした。1954年7月から9月にかけ、試作機4両は川崎、日立、東芝、三菱で完成、試験が繰り返されたのち、1955年から量産に入り、1957年までに64両が製造されました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月21日 (水)

2024年春の名古屋周辺旅行 樽見鉄道の旅と旧谷汲駅の見学 その14 名鉄旧谷汲駅に保存されているモ514

旧名鉄谷汲駅に保存されているもう一両は1926年、美濃電気軌道が新製したセミボ510形514号です。

昨日のモ755と同様に1923年製の木造車BD505形(後にモ520形)を基に美濃電軌初の半鋼製車体を採用した形式で、日本車輛製造がセミボ511-515の5両の製造を担当しました。岐阜駅北口ペデストリアンデッキ下のモ513号と同様に登場時は笠松線(現名鉄名古屋本線名鉄岐阜~笠松間)で運行されました。1930年、美濃電軌が旧・名古屋鉄道と合併し、名岐鉄道になると笠松線も名岐線となり、大型の高床車が走るようになり、モ510形5両は専用軌道区間を持つ美濃町線に転属し、1967年まで緑と白の軌道線車両標準塗装で活躍しました。 

1967年、揖斐線・岐阜市内線直通運行が始まるとモ510形、モ520形はこの運転の専用車両となり、赤と白の急行塗装、転換クロスシートの設置、併結運転対応工事、集電装置のポールからパンタへの交換が行われました。その後、放送設備の新設、ドアエンジンの設置、ワイパーの自動化、前照灯のシールドビーム化などの近代化工事が施工され、塗装もスカーレット一色になりました。1987年には61年の長きに渡る活躍で鉄道友の会より「エバーグリーン賞」が授与され、この際に塗装は再び赤白の急行色となりました。

1987年から1988年には新製車モ770形が揖斐線・岐阜市内線に投入され、モ511.515が廃車となり、1998年のモ780形の投入で残る3両も定期運用は退きましたが、予備車、貸切列車、臨時列車用として残されました。昨日も記述しましたが谷汲線の電圧降下で新造の交流モーター車の運行ができない事態の中直流モーターのモ510形は毎月18日の華厳寺月命日の増発や、年始の初詣需要に伴う臨時運行など、同線区の専用車であるモ750形だけでは賄えない輸送量を捌くために運用されました。2000年にモ512が廃車となり、2001年10月には谷汲線も廃線となりましたが、2005年の岐阜地区600V線全廃までモ513.514は活躍を続けました。

514-240317-2
514-240317-11 514-240317-7 514-240317-8

514-240317

2024/3/17 旧谷汲駅

1926年のモ510形5両のうち、512は旧・美濃駅、513は岐阜駅、514は旧・谷汲駅に保存されています。ほぼ100年前に製造された3両が今日も往時の急行塗装で美しい状態で残されているのは現役時代から沿線に親しまれていたことと、その優雅なスタイルによるものだと思います。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月20日 (火)

2024年春の名古屋周辺旅行 樽見鉄道の旅と旧谷汲駅の見学 その13 名鉄旧谷汲駅に保存されているモ755

旧谷汲駅には2001年の谷汲線廃線や2005年の岐阜600V線区全廃まで活躍した2両の車両が静態保存されています。

一両は名古屋鉄道の前身事業者である旧・名古屋鉄道1928年に導入したデセホ750形755号(名鉄モ755)、もう一両は同日朝、岐阜駅ペデストリアンデッキ下で見学したモ513の同僚だった元美濃電気軌道1926年に新製したセミボ510形514号(名鉄モ514)です。

旧・名古屋鉄道は輸送力増強を目的とし、名古屋電気鉄道時代に導入していた1500形(名古屋電車製作所製)に代わる新型車両の導入を計画しました。1926年度製造された20両の新型車両のうち15両は1500形と同様の木造車デボ650形でしたが、残る5両は同社初の半鋼製車体のデセホ700形(701-705)として日本車輛製造本店で落成しました。以降、名岐鉄道の保有車両の新製は日本車輛製造が担当することになりました。デセホ700形の増備は続き、1927年11月にはデセホ706-710が誕生しました。1928年11月にはデセホ700形の設計を一部変更した改良型のデセホ750形751-758が登場、1929年2月にはその増備車デセホ759,760が誕生し、両形式で合計20両が揃いました。

主要諸元

軌間 1,067 mm
電気方式 直流600 V(架空電車線方式)
設計最高速度 88.5 km/h
車両定員 100人(座席44人)
自重 25.41 t
全長 15,024 mm
全幅 2,438 mm
全高 4,172 mm
車体 半鋼製
台車 日車ボールドウィン
主電動機 直流直巻電動機 TDK-516-A(イングリッシュ・エレクトリック (EE) 社の東洋電機製造によるライセンス生産)
主電動機出力 52.2 kW (端子電圧500 V時一時間定格)
搭載数 4基 / 両
駆動方式 吊り掛け駆動
歯車比 2.65 (61:23)
制御方式 電動カム軸式間接自動加速制御
制御装置 ES-155 (ディック・カー・アンド・カンパニーの開発した制御器の東洋電機製造によるライセンス生産)
制動装置 SME非常直通ブレーキ

755-240317-7
2024/3/17 旧谷汲駅 モ755号

両運転台仕様で貫通扉は持たず非貫通構造の丸妻形状で妻面には3枚の前面窓を配置、前照灯は当初、白熱灯を中央窓下腰板部に設置していました。

755-240317-edit

側面は3か所の客用扉を914mm幅の片開構造の引扉とし、戸袋窓も他の側窓と同一構造とし、丸窓にはしませんでした。客用扉下部にはステップが設置され、その分裾下がり構造となっていますが、デセホ700形に較べ、デセホ750形の裾下がりは小さいのが両車の形態的違いでした。客用扉は開閉ラッチ付き手動開閉扉を標準仕様としましたが、デセホ759・760からはドアエンジン付き自動扉となりました。妻面、側面の開閉可能窓は一段下降式、車内座席はロングシート仕様でした。
集電装置はトロリーポールを前後各1基、菱形パンタを中央部に1基併設し、押切町~柳橋間の名古屋市電との併用区間走行時はトロリーポールを使用しました。

鉄道省高山線の下呂延伸の際には1932年10月より、デセホ755・756を高山線直通運転専用車に選定、畳敷御座敷列車として柳橋~新鵜沼~下呂間の直通運転に投入され、後年のキハ8000系による直通急行列車「たかやま」(後の特急「北アルプス」)の礎となりました。

1930年に旧・名古屋鉄道は名岐鉄道に、1935年愛知電気鉄道と対等合併で現・名古屋鉄道となり、1941年の形式称号改定でモ700形、モ750形にそれぞれ変更されました。1948年に西部線の架線電圧が600Vから1500Vに昇圧され、金山橋での運行系統分離が解消されましたが、モ700形、モ750形は昇圧対象から外れ、600V支線区に転属となり、モ700形は各務ヶ原線系統、モ750形は小牧線、広見線に転属しました。1965年、広見線の昇圧工事完成後は瀬戸線に転属、1965年10月から1966年3月にかけ瀬戸線にモ900形が投入されると一部が揖斐線に転属となり、1973年3700系が転属するとモ755も揖斐線系統に転属となりました。1973年、揖斐線系統にモ700形702 - 704の3両、およびモ750形751・752・754・755・758・759の6両、計9両が集約され、1978年にかけ扉の自動扉化、前照灯の定電圧装置付きシールドビーム化、前面ワイパーの自動化が施工、1979年までに塗装もスカーレット一色となりました。1980年代以降はワンマン運転対応工事も施工、列車無線の搭載・車外バックミラーの新設・車内料金箱および整理券発行機の新設が行われました。窓枠のアルミサッシ化もモ750形を対象に施工され、木製だった客用扉の鋼製扉への交換も進められました。1997年から1998年にかけ、モ780形が導入され、モ700形は形式消滅となり、モ750形751・754・755の3両が最後まで残り、揖斐線黒野 - 本揖斐間および谷汲線用車両としてその後も継続運用されました。揖斐線や谷汲線の末端区間では電圧降下が顕著で特に谷汲線谷汲付近の連続上り勾配区間は力行時に架線電圧が定格の半減以下に降下する場合があることなどから、2001年10月1日付で揖斐線黒野 - 本揖斐間および谷汲線全線が廃止となり、用途を失ったモ750形751・754・755は同年12月11日付で全車除籍され、モ750形も形式消滅となりました。現役引退後の2002年7月にモ755号は旧谷汲駅に搬入され、NPO法人箱庭鉄道により、保存活動が行われています。

755-240317-2 755-240317-13 台車はアメリカ・ボールドウィン・ロコモティブ・ワークス (BLW) 社が設計・製造したボールドウィンA形台車を原設計とする形鋼組立形の釣り合い梁式台車 で住友製鋼所ST-56を履いています。

755-240317
755-240317_20250519105501
1928年に製造され名鉄各線を渡り歩き、ある時は下呂まで足を延ばし、晩年は谷汲線で活躍、73年の長きにわたる現役生活ののち、今日も静態保存とはいえ、毎年秋の「赤い電車まつり」では車両移動機によって牽引され構内を走行するという長寿な車両です。あと数年で誕生100年になりますがこれからも大切に保存されてほしいものです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月19日 (月)

2024年春の名古屋周辺旅行 樽見鉄道の旅と旧谷汲駅の見学 その12 谷汲口から名鉄旧谷汲駅へ

今回からは2024年3月の旅の目的のひとつであった、名鉄旧谷組駅跡訪問について記します。

240317-edit_202505181102012024/3/17 昆虫館に掲示されていた谷汲観光案内図

名鉄谷汲駅が改築された1996年10月26日、同駅舎に併設する形で谷汲昆虫館が開館し、2005年1月31日に揖斐川町、谷汲村、春日村、久瀬村、藤橋村、坂内村が合併し揖斐川町になった際には揖斐川町の施設、揖斐川谷汲昆虫館となりました。

240317_20250518133201樽見鉄道の谷汲口駅には列車に接続する形で谷汲山華厳寺行きのバスが発着しています(情報はこちら)。旧谷汲駅(停留所名は昆虫館前)は華厳寺の一つ手前で、終点の華厳寺とも近い位置にあります。谷汲口駅から決して歩けない距離(徒歩約60分)ではありませんが、バスは列車に接続して運行されているので利用することにしました。

240317_20250518095501
2024/3/17 谷汲山華厳寺 山門

谷汲口駅から乗車したマイクロバス、昆虫館前には停車せずいきなり華厳寺の終点まで行ってしましたので。参詣はしませんでしたが門前で写真を一枚、撮影しました。

Dsc03326_20250518095901

240317_202505181051012024/3/17 昆虫館 右側の道路は県道40号、奥が谷汲口駅方面 右手の赤い鳥居のような構造物が旧谷汲駅の入口

240317_20250518110701 2024/3/17 駅名表示看板

240317-edit_20250518111301 揖斐・谷汲線路線図とその歴史

岐北軽便鉄道1914年3月29日に忠節 - 北方町間を開業、ただ路線が短く貨物営業での収益も望み薄だったため、1921年11月10日美濃電気軌道と合併しました。このころには谷汲村まで線路を伸ばす機運が盛り上がり、1926年4月6日に谷汲駅が開業となりました。正確には黒野までが美濃電気鉄道、黒野から谷汲までは谷汲鉄道の路線でしたが、1944年名古屋鉄道に吸収されました。村には西国三十三所の第33番札所である谷汲山華厳寺があり 、寺で祭礼が執り行われる際には参詣客や見物客で駅は大きな賑わいを見せており、1968年から1984年までは岐阜市内までの直通急行が運転されていました。開業70年の1996年には駅舎の改築に合わせ、冒頭に記したように昆虫館も併設されました。しかし、それから僅か5年後の2001年、谷汲線は全線廃止となり、当駅も廃駅となってしまいました。

240317_20250518132401 出札口240317_20250518132601 駅舎内のスペースはミュージアムに

240317_20250518132801 谷汲駅、長瀬駅、赤石駅の駅名標も保存展示されています。

240317_20250518133301 保存車両に関しては明日以降の記事で報告しますが、旧駅構内には線路も一部、保存されています。手前が谷汲駅。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月16日 (金)

国際線進出、アメリカ・メインランド路線用に導入されたANAのB747-281B 4 JA8182

cn23813/ln683として製造、1987年6月30日N60659のテストレジにて初飛行、7月13日にANAに引き渡されたのがJA8182でした。

4機目の-281BとしてLAX、IAD線に就航、AコンパートメントとBコンパートメント前方はファーストクラス/28席, Bコンパートメント後方とアッパーデッキがCクラス/80席, 座席配置は他社の2-4-2に対して2-2-2としてゆったり感を持たせました。エコノミークラスも326席としてシートピッチを広げました。

Ja8182-ana-b747281b-cn23813-ln683-951123

1995/11/23 NRT

Ja8182-ana-b747281b-cn23813-ln683-960814 1996/8/14 NRT

Ja8182-ana-b747281b-cn23813-ln683-980622 1998/6/22 NRT

JA8181と同様に-400が活躍し始めると長距離路線から東南アジア等の短距離路線に回り、2001年2月23日にNCAに転籍、2008年3月に保管状態となるまで活躍、N283RFにレジが変更され、2010年9月11日からはEK74723のレジでVeteran Avia(アルメニア)のフリートに、2013年5月23日からはAP-BKSのレジでRayyan Air(パキスタン)に、2016年8月8日からは4L-RMSのレジでThe Cargo Airlines(ジョージア)に、2017年7月1日からはER-BATのレジでFly Pro(モルドバ)のフリートに、2025年1月からは駐機状態となっていますが、まだ現役のようです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月15日 (木)

E233系0番台 青660編成 五日市線開業100周年 (パーシャル)ラッピングを撮影

セメントなどで有名な浅野財閥が立川町と大久野村(現在の日の出町)及び五日市町を結び、石灰石輸送のために開業したのが五日市鉄道1925年4月21日に拝島仮停車場~五日市駅間10.62kmが開業、同年5月15日には拝島仮停車場~拝島駅間0.48kmが延伸開業し、青梅電気鉄道の拝島駅に乗り入れました。同年9月20日には武蔵五日市駅~武蔵岩井駅間も開業しました。

当時、既に青梅電気鉄道は拝島~立川間を開業していましたが、五日市鉄道はこの線とは別に1930年7月13日、南側を遠回りする拝島~立川間の路線8.1kmを開業、このとき、武蔵上ノ原駅・郷地駅・武蔵福島停留場・南中神駅・宮沢停留場・大神停留場・武蔵田中停留場・南拝島駅が開業しました。1931年12月8日には多摩川の砂利採掘、輸送のために武蔵田中~拝島田中間1.6kmの貨物支線も開業しました。1940年10月3日、立川駅で接続していた南武鉄道と合併、南武鉄道五日市線となり、1943年10月、南武鉄道、青梅電気鉄道、奥多摩電気鉄道が合併、さらに1944年4月1日は戦時買収で、国有化され鉄道省五日市線となりました。このとき、青梅線と並行して遠回りだった拝島~立川間は不要不急路線として休止、ただし立川~武蔵上ノ原~西立川間の線路は青梅短絡線として残されました。

戦前は蒸気機関車、ガソリンカーが走っていましたが、1957年5月19日、気動車が導入され、1961年4月17日、全線DC1500Vで電化されました。1971年2月1日、武蔵岩井~大久野間0.6kmが廃止、全線がCTC化され、中央本線の列車が乗り入れるようになりました。

101_20250514084901 撮影年月日不詳 拝島 出発を待つ101系3連

101-830219_20250514085101 1983/2/19 拝島 青梅線の101系と五日市線103系

201-61-061217 2006/12/17 拝島 201系6連

1978年3月29日、旧型国電が引退、101系化されました。1982年11月15日、貨物支線武蔵五日市~大久野間2.1kmが廃止、立川~武蔵五日市間の貨物営業が廃止されました。2007年、中央線直通列車が201系からE233系に置き換えられました。

E2330-660-6r-100-250507 E2330-660-6r-100-250507-3 2025/5/7 秋川
今年は五日市鉄道が開業して100周年の年であることから4月21日より、来年3月頃までの予定でE233系0番台青660編成に写真のようなパーシャルラッピングが施されました。

E2330-660-6r-100-250507_20250514085401 E2330-660-6r-100-250507-5 2025/5/7 中神
この日、青660編成は49運用に入っており、10時前は立川~武蔵五日市間の往復でした。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月14日 (水)

2024年春の名古屋周辺旅行 樽見鉄道の旅と旧谷汲駅の見学 その11 樽見鉄道の現役車両たち part4 ハイモ330-700形(701、702,703)

1987年から1992年にかけて導入されたハイモ230-310形の置き換え用として新造されたのがハイモ330-700形でした。

このタイプは新潟トランシス2001年に経営破綻した新潟鐵工所の新交通システム・鉄道車両・除雪機械・産業用車両部門の事業を引き継ぎ、富士重工業の鉄道車両部門をあわせて譲受しました)の前進である新潟鐵工所が製造したローカル線向け軽快気動車シリーズNDCの1タイプに分類されます。

主要諸元

設計最高速度 95 km/h
車両定員 119名 (座席50名)
自重 31.2 t
全長 18,500mm
車体長 18,000mm
全幅 3,093mm
車体幅 2,800mm
全高 3,946.6mm
車体高 3,660mm
床面高さ 1,150 mm
車体 普通鋼
台車 ボルスタレス空気ばね式 NF01LD/NF01KT
車輪径 860 mm
固定軸距 2,100 mm
台車中心間距離 13,000 mm
機関 新潟原動機製DMF13HZディーゼルエンジン
機関出力 243 kW (330 PS) / 2,000 rpm
変速機 液体式(日立ニコトランスミッション製TACN-33-1607)
変速段 変速1段、直結3段
制動装置 電気指令式
保安装置 ATS-ST

車体長は18.5mで両運転台方式で乗務員室は左側、乗務員室扉が設置され、客用扉は幅1mの引き戸、ステップが設置され、車椅子用の着脱式スロープも搭載されています。側窓6枚は幅1.2mで固定窓となっています。全席ロングシートで運転席右側に車椅子スペースがあります。

エンジンは電子制御の新潟原動機製DMF13HZディーゼルエンジン(243 kW / 2,000 rpm)を1基搭載、動力は日立ニコトランスミッション製TACN-33-1607液体変速機(変速1速、直結3速)を介して2軸駆動の台車に伝達されます。燃費の向上のため、変速機の速度段が変更され、自動変速が採用されています。台車はボルスタレス空気ばね式NF01LD/Tが採用されました。ブレーキは応答性の良い全電気指令式空気ブレーキとなっているため従来車との併結運転は通常時は不可能となっています。TICS(列車情報制御装置)を採用し、各種機器取り扱いが運転席のタッチパネルで行えるようになりました。

暖房はエンジン排熱を利用した温風式、冷房は機関直結式の能力18.0 kW(15,500 kcal/h)のものが2基設置されました。

-701が2010年12月、-702が2015年12月、-703が2018年12月に導入されました。

330701-240317-4 2024/3/17 大垣 ハイモ330-701

330701-240317-2 2024/3/17 東大垣 ハイモ330-301

330701-240317-2_20250513091101 2024/3/17 谷汲口 ハイモ330-701

-701は登場時から2014年7月までは標準色、2014年8月から糸貫柿振興会と、本巣地域園芸特産振興会いちご部糸貫支部の全面広告車となり、昨年3月時点では標準色に戻りましたが、白いラインはシルバーとなり、観光列車「ねおがわ」用車両となっています。

330702-240317 2024/3/17 本巣機関区 ハイモ330-702

-702は登場時から一般公募のデザインによるモレラ岐阜の全面広告車となっています。

330703-240317-3 2024/3/17 本巣 ハイモ330-703

-703は標準色です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月13日 (火)

2024年春の名古屋周辺旅行 樽見鉄道の旅と旧谷汲駅の見学 その10 樽見鉄道の現役車両たち part3 ハイモ295-610形(617)

樽見鉄道の現役車両たち、今回はハイモ295-610形617です。

この車両は2008年に廃止された三木鉄道1985年4月1日の三セク転換時から使用いていたレールバス・ミキ180形-101、-102を置き換えるために1998年から2002年にかけ導入した富士重工業製LE-DC仕様の気動車ミキ300-100形3両(ミキ300-103、-104、-105)のうちの-105です。

三木鉄道三木線は1916年11月22日播州鉄道として開業、加古川線の厄神駅から金物の町三木の三木駅までの6.6km、9駅の路線で美濃川の舟運を代替する物流のための路線でした。1923年12月21日には播但鉄道に譲渡され、播但鉄道は三木駅から明石市大明石町までの免許を取得、路線の延伸を計画していましたが、1937年には免許が失効、1943年6月1日、国有化され三木線となりました。開設時から人の流れと逆らった方向への路線であったため乗客数は伸びず、1981年9月18日、特定地方交通線第一次廃止対象として廃止が承認、1984年2月23日、第三セクター鉄道への転換が決定、1985年4月1日三木鉄道となりました。

転換後、JR加古川線への直通列車もなくなり2002年芝山鉄道が開業するまで日本最短の三セク鉄道であったこともあり、営業成績は悪く、経営改善のためJR北海道が当時開発中だったDMV(デュアル・モード・ビークル )の導入で三木駅と約800m離れている神戸電鉄三木駅の直通も検討されましたが、2006年三木市の財政再建のため「三木鉄道の廃止」を公約に掲げた候補が市長選で当選したことで2007年3月1日の市議会で廃止が決定、2008年4月1日をもって路線廃止、会社も消滅となりました。

主要諸元

最高速度 95 km/h
車両定員 116名(座席57名)
自重 29.7 t
全長 18,500 mm
全幅 3,090 mm
全高 4,000 mm
車体 普通鋼製
台車 FU50D(動力台車)FU50T(付随台車)
動力伝達方式 液体式
機関 PF6HT03 × 1基
機関出力 295 PS/2100rpm
変速機 シンコウSCR0.91B-4D
変速段 変速2段自動切替・直結1段
制動装置 SME3管式非常弁付き直通空気ブレーキ

ミキ300-105は樽見鉄道に譲渡され、2009年3月1日に営業運転を開始、2014年9月までは三木鉄道時代の塗色のままで活躍しました。

295617-240317 295617-330702-240317 2024/3/17 本巣機関区 ハイモ295-617 2014年10月からケーブルテレビCCNetのラッピングとなっています。この日は運用休みなのか、入庫していました。

ミキ300-104は北条鉄道に譲渡され、フラワ2000-3として、2012年2月まで三木鉄道時代の塗色で活躍しました。

Dsc03098_20200712112901
2019/8/5 粟生 北条鉄道 フラワ2000-3

ミキ300-103は保存を前提に旧三木駅構内の車庫で保管されていましたが2009年6月ひたちなか海浜鉄道に譲渡され、同年8月から、そのままの形式名・車番・塗色・内装で運用入りしましたが、2019年、ROCK IN JAPAN FESTIVAL20周年及びひたちなか市市制施行25周年記念事業の一環として「ROCK IN JAPAN FESTIVAL2019」のラッピング車となり、ラッピング車としての運用終了後は三木鉄道時代の塗装に戻りました。JR東日本からのキハ100形キハ100-39の譲渡で置き換えられる予定です。

Img_7112

2016/3/5 那珂湊 ミキ300-103

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月12日 (月)

2024年春の名古屋周辺旅行 樽見鉄道の旅と旧谷汲駅の見学 その9 樽見鉄道の現役車両たち part2 ハイモ295-510形(516)

ハイモ295-315登場から6年後の2005年、老朽化したハイモ180-202の置き換え用として新潟トランシスで新製されたのがハイモ295-510形(516)です。車体長が18.5mにサイズアップされたので500番台を名乗りました。エンジンはハイモ295-310形と同じ電子制御のPF6HT03ディーゼルエンジンが採用され、従来車との総括制御も可能となっています。車番はハイモ295-315の通し番号で末尾2桁を16とし、-516となりました。

主要諸元

最高運転速度 80km/h
車両定員 119名 (座席45名)
自重 29.0 t
全長 18,500 ㎜
車体長 18,000 ㎜
全幅 3,200 ㎜
車体幅 2,700 ㎜
全高 4,035 ㎜
車体高 3,690 ㎜
床面高さ 1,240 ㎜
車体 普通鋼
台車 ボルスタレス空気ばね式 FU56D/FU56T
車輪径 810 ㎜
固定軸距 2,000 ㎜
台車中心間距離 13,000 ㎜
機関 日産ディーゼル製PF6HT03ディーゼルエンジン
機関出力 217 kW (295 PS) / 2,100 rpm
変速機 液体式(SCAR0.91B-4D1)
変速段 変速2段、直結1段
制動装置 SME
保安装置 ATS-ST

車体は全面貫通式、乗務員室は左側に設置され、乗務員室扉が設けられました。客扉は幅900㎜の引き戸で片側2か所、両車端に設けられました。ホーム高さに合わせてステップを設置、車椅子での乗降に合わせ、着脱式のスロープも搭載されました。

295516-240317-4 2024/3/17 東大垣

295516-240317 295516-240317-2 2024/3/17 本巣
ハイモ295-516は登場以来、標準色でしたが、2024年に本巣市市制20周年を記念し、写真のようなラッピングになり、モトスミライ号という愛称が与えられました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月 9日 (金)

国際線進出、アメリカ・メインランド路線用に導入されたANAのB747-281B 3 JA8181

cn23968/ln667 として製造、N6055Cのテストレジにて1986年12月13日に初飛行、12月22日ANAに引き渡された3機目の-281BがJA8181でした。

Ja8181-ana-b747281b-cn23968-ln667-941119

1994/11/19 NRT

JA8174, JA8175と同様にワシントンDC線、ロサンゼルス線に早速投入されました。しかしB747-400が長距離国際線の主力になる1990年秋以降は東南アジア路線などに回り、1999年5月26日、ANAからNCAに転籍となり、貨物機に改修され、-281BFとなりました。

Ja8181-nca-b747281bf-cn23968-ln667-99112

1999/11/21 NRT

2008年3月に保管状態となり、レジはN288RFに変更となりました。

2010年11月13日からアルメニアのVeteran Aviaのフリートメンバーになり、レジもEK74798となりますが、2013年12月4日21:19分頃Saudi Arabian Airlinesにリース中だった同機はSV6814便としてJeddah-Prince Abdullah Air Base (JED/OEJN)からAbuja-Nnamdi Azikiwe International Airport (ABV/DNAA)に着陸する際にオーバーラン事故を起こし、大破しました。この事故はAbuja空港の滑走路が当日、工事中で着陸滑走距離が1100mに短縮されていたにもかかわらず(NOTAMで公示はされていましたが)、出発空港でデスパッチャーがその件を搭乗員に伝えなかったため、さらにATISでも情報は流していなかったため、着陸後気づき、A3出口から滑走を離れようと右旋回を試みるも間に合わず、滑走路脇に駐機していた建設機械に衝突した事故でした。
事故機のトータルの飛行回数は15255回、飛行時間は94330時間でした。乗員6名は前輪後方の主電子機器整備用ドアからアビオニクス室に避難し、無傷でした。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月 8日 (木)

2024年春の名古屋周辺旅行 樽見鉄道の旅と旧谷汲駅の見学 その8 樽見鉄道の現役車両たち part1 ハイモ295-310形(315)

樽見鉄道には旅客用車両として気動車2形式、ハイモ295形ハイモ330形が在籍し、それぞれ3両の計6両が本巣機関区に配置されています。今回からその6両について触れてゆこうと思います。

最初はハイモ295-310形315です。この車両は3セク転換時から活躍していたハイモ180-200形置き換え用として1999年に富士重工業で新製された車両でLE-DCシリーズの車両で明知鉄道のアケチ10形、長良川鉄道のナガラ300形などと同系の車両で、第三セクター鉄道向け標準仕様準拠した車両です。

主要諸元
最高運転速度 65km/h
車両定員 105名 (座席47名)
自重 26.8 t
全長 16,500 mm
車体長 16,000 mm
全幅 3,000 mm
車体幅 2,700 mm
全高 4,015 mm
車体高 3,690 mm
床面高さ 1,240 mm
車体 普通鋼
台車 枕ばね:上枕空気ばね
軸箱支持:軸ばね式 FU34KD/T
車輪径 762 mm
固定軸距 1,800 mm
台車中心間距離 11,000 mm
機関 日産ディーゼル製PF6HT03ディーゼルエンジン
機関出力 217 kW (295 PS) / 2,100 rpm
変速機 液体式(SCAR0.91B-4D1)
変速段 変速2段、直結1段
制動装置 SME
保安装置 ATS-ST

エンジンは電子制御の燃料噴射方式で従来形式との総括制御も可能です。
車体は正面貫通式、両運転台、トイレなし、ロングシートで、登場当初は池田満寿夫デザインの外部塗装が施されていましたが、2020年3月末からタカラトミー社のプラレール・ラッピングとなり、2023年7月末からは首都圏色(タラコ色)となりました。

090322-2

295315315-090323_20250511072901 2009/3/22 大垣 池田満寿夫デザイン時代のハイモ295-315

295315-240317-4 2024/3/17 本巣

295315-240317-2 2024/3/17 樽見

295315-240317_20250507073001 2024/3/17 本巣 車体側面の社章 

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月 7日 (水)

2024年春の名古屋周辺旅行 樽見鉄道の旅と旧谷汲駅の見学 その7 根尾川の流れに沿って樽見へ

樽見鉄道の旅、本来の時系列では谷汲口駅からバスで旧谷組駅に向かったのですが、記事では谷汲口駅から樽見駅までを先にします。

240317_20250506094101

谷汲口駅から南方向を見ると標高398.1mの滝谷山を主峰とした小連峰が見え、これを避けるように本巣への線路が敷かれています。

295315-240317-6
2024/3/17 谷汲口
11:28発の17レ ハイモ295-315で樽見へ向かいます。

240317_20250506095801 240317-3先日の記事でも触れましたが、谷汲口以北は根尾川に沿って山の中に分け入ってゆく感じで線路が敷設されており、車窓になんどもこういった風景が展開されます。

谷汲口の次の駅が神海で国鉄時代は美濃神海でここが終点でした。第三セクターかされてから延伸され、高科、鍋原、日当、高尾、水鳥と新たな駅が設けられ樽見まで延伸しました。

240317_20250506100601
樽見駅の開業は1989年3月25日、国鉄樽見線の開業から33年余りでの開業でした。ここは旧根尾村の中心集落です。

240317_20250506102201 240317-2_20250506102201
2007年4月28日、深夜0時15分頃、不審火で駅舎が全焼、翌2008年4月11日に駅舎は再建されました。線路も開業以来、客車列車の機関車の付け替え、中部電力上大須ダムへの建設資材輸送などのための側線がありましたが、利用者の減少などもあり、2024年秋から単線化(棒線化)されました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月 6日 (火)

2024年春の名古屋周辺旅行 樽見鉄道の旅と旧谷汲駅の見学 その6 谷汲口駅に保存されている旧型客車 オハフ502

昨日の記事で触れましたが、樽見鉄道谷汲口駅にはオハフ500形客車(オハフ502)が保存されています。

50233-1527-240317 2024/3/17 オハフ502の案内

50233-1527-240317-2 50233-1527-240317-6 50233-1527-240317-5 50233-1527-240317-4
この車両は1984年10月の第三セクター転換時にラッシュ時の輸送力確保用に国鉄からオハフ33形客車2両を譲受したのが始まりで、1989年3月には2両が追加で導入されました。

オハフ501: オハフ33 354  1947年12月製新潟鐵工所 折妻、車端部絞りなし、鋼製屋根
オハフ502: オハフ33 1527 1947年3月製日立製作所 オハ35 1042を緩急車に改造 車端部絞りあり、キャンバス張り屋根
オハフ503: オハフ33 110 1939年10月製川崎車輌(スハフ34829)丸みを帯びた妻面、丸屋根、キャンバス張り屋根、リベット構造の車体
オハフ504: オハフ33 112 1939年10月製川崎車輌(スハフ34831)丸みを帯びた妻面、丸屋根、キャンバス張り屋根、リベット構造の車体

車体構造は出入台が車体両端にあり、内開き式の開き戸が設置されており、片側の出入台の直近に便所、洗面所、反対側の出入台の直近に車掌室があります。扉間に1000㎜幅の1枚上昇式窓10組があり、車掌室部分には700㎜幅の窓があります。客室内はシートピッチ1465㎜の4人掛けボックスシート10組が設置されていました。樽見鉄道譲渡の際には牽引するDE10形にSGが設置されていなかったので2か所の客席を撤去し、石油ストーブが設置されていました。オハ35の緩急車改造では車掌室の窓が原形の1000㎜のままのものとオハフ33形と同様に700㎜になったものがありましたが、オハフ502は700㎜幅となっています。
1984年入線のオハフ501、502はレールバスと同様にブルーをベースにTの文字を赤と白のストライプで描いた塗装としましたが、1988年に茶色の車体に赤帯に変更となりました。

50233-1527-240317-3
台車はTR34形(戦後製)、TR23形(戦前製)でTR34台車は軸受がころ軸受に変更されました。制動装置はA動作弁を車体側に備えたAVブレーキ装置です。

オハフ501,502導入時はラッシュ時の旅客列車1往復に投入され、1989年3月の神海~樽見延伸時に樽見駅近隣の淡墨桜見物客輸送に国鉄からトキ25000形貨車2両を譲受し、うすずみ1形に改造、これと組むためにオハフ33形を2両増備(国鉄清算事業団から)し、オハフ503,504としました。1990年、JR四国からオハフ50形を1両、JR東海から12系客車4両を購入オハフ500形(502以外の)3両が廃車となり、1992年JR東海からスハフ12形1両を追加で購入したことでオハフ502も廃車となり形式消滅しました。オハフ504は廃車後、本巣駅付近で保存されていましたが解体されました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月 5日 (月)

2024年春の名古屋周辺旅行 樽見鉄道の旅と旧谷汲駅の見学 その5 国鉄樽見線開業時の終点 谷汲口駅

2024年3月17日、樽見鉄道の旅、本巣駅で駅周辺、及び機関区周辺を見て回った後、9:38発の13レに乗車すること10分で谷汲口駅に到着しました。

240317_20250504064801
2024/3/17  谷汲口駅 駅名標

この駅は1956年3月20日、国鉄樽見線として大垣駅から当駅までの21.7kmが開業した際の終着駅でした。国鉄樽見線は元々、揖斐川水系の根尾川に沿って敷設された路線でしたが、東大垣駅のすぐ先に揖斐川橋梁がありましたが、谷汲口までは根尾川の東側をかなり離れて走っていますが、谷汲口から北は根尾川に寄り添うように北上してゆきます。谷汲口駅が終着駅となったのは1200年の歴史を持つ美濃の名刹、西国三十三番満願霊場として知られる谷汲山華厳時の最寄り駅であることからだと思います。

240317-2_20250504065201駅舎

240317-2_20250504065401列車の到着、発車に合わせて谷汲口駅と華厳時を結ぶバスが運行されています。

このバスに乗車し、華厳時の少し手前にある名鉄旧谷汲口駅に向かいました。また当駅にはかつて樽見鉄道で活躍していたオハフ500形502(旧国鉄オハフ33 1527)も保存されています。これらについては以降の記事で触れます。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月 2日 (金)

国際線進出、アメリカ・メインランド路線用に導入されたANAのB747-281B 2 JA8175

cn23502/ln649として製造、1986年6月23日N60659のテストレジにて初飛行、7月2日にANAに引き渡されたのがJA8175でした。

MSN numberの連続性からも分かるように前回のJA8174とともに2機纏めて発注され、製造ラインも隣同志、竣功、初飛行、引き渡しは1週間遅れだったようです。
ANAのフリートとしてLAX, IAD(ワシントンDCダレス国際空港)線に就航しました。オリックスエアクラフトに売却、ANAがリースする形で運航が継続されました。

Ja8175-ana-b747281b-cn23502-ln649-980516

1998/5/16 NRT
確かこの写真を写したときだったと思いますが、ロンドンLHR行きの便に投入されての成田離陸のシーンですが、滑走を開始してまもなく操縦席から離陸キャンセル(Abort a Take-off)のコールがあり、機体は4000m滑走路の中程過ぎた辺りで緊急停止しました。航空無線をモニターしながら撮影しており、成田TWRとの交信にその音声が飛び込んできました。

Ja8175-ana-b747281b-cn23502-ln649-981025 1998/10/25 NRT

2006年1月退役となり、JA8174と同様にAir Universalに売却、5B-AIDのレジに変更、さらに2007年6月27日からはHellenic Imperial AirwaysのフリートとしてSX-TIDのレジで活躍しました。2025年1月に解体されたようです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年5月 1日 (木)

2024年春の名古屋周辺旅行 樽見鉄道の旅と旧谷汲駅の見学 その4 樽見鉄道の拠点駅 本巣駅 

本巣駅は1956年3月20日に国鉄樽見線が大垣駅~谷汲口駅間が開業した際に「美濃本巣」駅として開業しました。駅近くには住友セメント岐阜工場があり、当駅北方から工場に接続する専用線を使って2006年3月28日まではセメント輸送が行われていました。そのため1985年当時、住友セメント所有のタキ1900形126両、タキ7300形13両、タキ11500形3両が当駅構内に常備貨車として配置されていました。

240317-edit 2024/3/17 本巣駅 駅名標

国鉄時代の1971年3月31日、貨物取扱が当駅発着の車扱貨物のみとなった時点で旅客扱いに関しては無人駅となりましたが、1984年10月6日の三セク転換時に駅名が現在の本巣駅となるのと同時に有人駅になりました。樽見鉄道の途中駅では唯一の有人駅となっています。

240317_20250430085701 駅舎

240317-2_20250430085801 出札口 無人駅時代は自動券売機が設置されていたそうですが、現在は撤去され切符の購入は出札口で購入することになったようです。

240317_20250430090101 駅舎の横には本社があります。

240317_20250430090301
車両基地も併設されており、本巣機関区という表札が下がっています。

240317_20250430090601 広大な構内には蒸気機関車時代のなごりなのか給水塔もあります。また横にいる車両は2006年12月1日に廃止された神岡鉄道から無償貸出されたDB1形除雪モーターカー2007年に正式に購入しました。冬場の除雪以外に、レール、枕木の交換工事の際に運搬車の牽引に活躍しています。

240317-2_20250430091701 大垣方面 大垣駅から当駅まではATS-STによる自動閉塞式ですが、

240317_20250430092001 樽見方面   当駅から樽見方面は棒線で交換設備はなく1閉塞区間で1列車しか入線できません。スタフ閉塞方式となっています。
2本の長大な側線は貨物輸送時代の名残でかつてはこの線路に多くのタキが停車していたものと思われます。

1日の列車ダイヤ(2022年10月1日改正)を見ても、下りの場合、
大垣~樽見間を走る列車は 5レ、13レ、17レ、19レ、21レ、23レ、25レ、27レ、29レ、35レ
   但し、21レ、23レは当駅で乗り換えが必要
大垣~神海間     3レ、31レ、39レ
大垣~本巣間     7レ、9レ、11レ、15レ、1001レ(土曜・休日運転)、33レ、37レ、41レ
本巣~樽見間     1レ

といった運転形態となっています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

« 2025年4月 | トップページ | 2025年6月 »

カテゴリー

2026年1月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村