旧谷汲駅には2001年の谷汲線廃線や2005年の岐阜600V線区全廃まで活躍した2両の車両が静態保存されています。
一両は名古屋鉄道の前身事業者である旧・名古屋鉄道が1928年に導入したデセホ750形755号(名鉄モ755)、もう一両は同日朝、岐阜駅ペデストリアンデッキ下で見学したモ513の同僚だった元美濃電気軌道が1926年に新製したセミボ510形514号(名鉄モ514)です。
旧・名古屋鉄道は輸送力増強を目的とし、名古屋電気鉄道時代に導入していた1500形(名古屋電車製作所製)に代わる新型車両の導入を計画しました。1926年度製造された20両の新型車両のうち15両は1500形と同様の木造車デボ650形でしたが、残る5両は同社初の半鋼製車体のデセホ700形(701-705)として日本車輛製造本店で落成しました。以降、名岐鉄道の保有車両の新製は日本車輛製造が担当することになりました。デセホ700形の増備は続き、1927年11月にはデセホ706-710が誕生しました。1928年11月にはデセホ700形の設計を一部変更した改良型のデセホ750形751-758が登場、1929年2月にはその増備車デセホ759,760が誕生し、両形式で合計20両が揃いました。
主要諸元
軌間 1,067 mm
電気方式 直流600 V(架空電車線方式)
設計最高速度 88.5 km/h
車両定員 100人(座席44人)
自重 25.41 t
全長 15,024 mm
全幅 2,438 mm
全高 4,172 mm
車体 半鋼製
台車 日車ボールドウィン
主電動機 直流直巻電動機 TDK-516-A(イングリッシュ・エレクトリック (EE) 社の東洋電機製造によるライセンス生産)
主電動機出力 52.2 kW (端子電圧500 V時一時間定格)
搭載数 4基 / 両
駆動方式 吊り掛け駆動
歯車比 2.65 (61:23)
制御方式 電動カム軸式間接自動加速制御
制御装置 ES-155 (ディック・カー・アンド・カンパニーの開発した制御器の東洋電機製造によるライセンス生産)
制動装置 SME非常直通ブレーキ
2024/3/17 旧谷汲駅 モ755号
両運転台仕様で貫通扉は持たず非貫通構造の丸妻形状で妻面には3枚の前面窓を配置、前照灯は当初、白熱灯を中央窓下腰板部に設置していました。

側面は3か所の客用扉を914mm幅の片開構造の引扉とし、戸袋窓も他の側窓と同一構造とし、丸窓にはしませんでした。客用扉下部にはステップが設置され、その分裾下がり構造となっていますが、デセホ700形に較べ、デセホ750形の裾下がりは小さいのが両車の形態的違いでした。客用扉は開閉ラッチ付き手動開閉扉を標準仕様としましたが、デセホ759・760からはドアエンジン付き自動扉となりました。妻面、側面の開閉可能窓は一段下降式、車内座席はロングシート仕様でした。
集電装置はトロリーポールを前後各1基、菱形パンタを中央部に1基併設し、押切町~柳橋間の名古屋市電との併用区間走行時はトロリーポールを使用しました。
鉄道省高山線の下呂延伸の際には1932年10月より、デセホ755・756を高山線直通運転専用車に選定、畳敷御座敷列車として柳橋~新鵜沼~下呂間の直通運転に投入され、後年のキハ8000系による直通急行列車「たかやま」(後の特急「北アルプス」)の礎となりました。
1930年に旧・名古屋鉄道は名岐鉄道に、1935年に愛知電気鉄道と対等合併で現・名古屋鉄道となり、1941年の形式称号改定でモ700形、モ750形にそれぞれ変更されました。1948年に西部線の架線電圧が600Vから1500Vに昇圧され、金山橋での運行系統分離が解消されましたが、モ700形、モ750形は昇圧対象から外れ、600V支線区に転属となり、モ700形は各務ヶ原線系統、モ750形は小牧線、広見線に転属しました。1965年、広見線の昇圧工事完成後は瀬戸線に転属、1965年10月から1966年3月にかけ瀬戸線にモ900形が投入されると一部が揖斐線に転属となり、1973年に3700系が転属するとモ755も揖斐線系統に転属となりました。1973年、揖斐線系統にモ700形702 - 704の3両、およびモ750形751・752・754・755・758・759の6両、計9両が集約され、1978年にかけ扉の自動扉化、前照灯の定電圧装置付きシールドビーム化、前面ワイパーの自動化が施工、1979年までに塗装もスカーレット一色となりました。1980年代以降はワンマン運転対応工事も施工、列車無線の搭載・車外バックミラーの新設・車内料金箱および整理券発行機の新設が行われました。窓枠のアルミサッシ化もモ750形を対象に施工され、木製だった客用扉の鋼製扉への交換も進められました。1997年から1998年にかけ、モ780形が導入され、モ700形は形式消滅となり、モ750形751・754・755の3両が最後まで残り、揖斐線黒野 - 本揖斐間および谷汲線用車両としてその後も継続運用されました。揖斐線や谷汲線の末端区間では電圧降下が顕著で特に谷汲線谷汲付近の連続上り勾配区間は力行時に架線電圧が定格の半減以下に降下する場合があることなどから、2001年10月1日付で揖斐線黒野 - 本揖斐間および谷汲線全線が廃止となり、用途を失ったモ750形751・754・755は同年12月11日付で全車除籍され、モ750形も形式消滅となりました。現役引退後の2002年7月にモ755号は旧谷汲駅に搬入され、NPO法人箱庭鉄道により、保存活動が行われています。
台車はアメリカ・ボールドウィン・ロコモティブ・ワークス (BLW) 社が設計・製造したボールドウィンA形台車を原設計とする形鋼組立形の釣り合い梁式台車 で住友製鋼所ST-56を履いています。
1928年に製造され名鉄各線を渡り歩き、ある時は下呂まで足を延ばし、晩年は谷汲線で活躍、73年の長きにわたる現役生活ののち、今日も静態保存とはいえ、毎年秋の「赤い電車まつり」では車両移動機によって牽引され構内を走行するという長寿な車両です。あと数年で誕生100年になりますがこれからも大切に保存されてほしいものです。

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