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2025年8月25日 (月)

地下鉄日比谷線 営団地下鉄~東京メトロの車両たち その1 03系

2025年8月は1945年から80年目、1985年から40年目にあたり、広島・長崎原爆投下、日航ジャンボ機墜落事故、太平洋戦争終結関連のニュース、ドキュメンタリーなどが例年に比べて多かった夏のように感じます。そんな8月も残すところあと1週間強、9月になっても猛暑の日々は続くと予報では言っていますがなんとか乗り切りたいと感じています。
先週は東急大井町線で活躍していた9000系の2編成,9011Fと9003Fが4連化され、西武小手指車両基地に運ばれたというニュースがありました。また中央快速線では先に入場していたE233系T8編成に代わり、T9編成が長野総合車両所に入場、その際にT40編成がT8編成入場中に組み込んでいたG車ユニットを外し、長野に向かい、長野でT9編成のG車ユニットを組み込んで再び12連化されたというニュースもありました。このことからE233系一般車とG車の関係、T40編成の役割がはっきり見えてきたように感じます。これらの内容は写真を撮ってから記事にしようと思います。

さて東急シリーズの続きとして中目黒から北千住までの日比谷線、さらには東武伊勢崎線(スカイツリーライン緩行線)で活躍する東京メトロ、東武鉄道の車両に今週は触れてみたく思います。

日比谷線は足立区の北千住駅と目黒区の中目黒駅間20.3km(営業キロ)、起終点駅を含む駅数22の路線で古くは1925年3月30日の「東京都市計画高速度交通機関路線」の改訂(内務省)で目黒駅~南千住駅間の都市計画第2号線として告示された路線でした。同年5月6日に東京市が路線免許申請を行い5月16日に取得していました。この免許は1941年9月1日設立された帝都高速度交通営団に譲渡され、1946年12月7日の改定(戦災復興院)で祐天寺駅 - 北千住駅間・浅草橋駅 - 錦糸町駅間の路線として告示されました。
1957年5月18日、営団地下鉄が都市計画第2号線(日比谷線)の建設計画を決定、6月17日、都市交通審議会答申第1号に基づいた告示により、都市計画第2号線は経由地を現在の日比谷線北千住 - 中目黒のルートに改訂し、分岐線は廃止となりました。1958年には路線免許が取得され、用地交渉も開始、1959年5月1日、建設工事に着手しました。1960年4月にはオリンピックの開催が1964年に東京で開催されることが決まり、オリンピック開催までに全線開業が決まりました。

1961年3月28日 南千住~仲御徒町間3.7km
1962年5月31日 北千住~南千住間2.1km、仲御徒町~人形町間2.5km、東武伊勢崎線北越谷まで相互直通運転
1963年2月28日 人形町~東銀座間3.0km
1964年3月25日 霞が関~恵比寿間6.0km
   7月22日 恵比寿~中目黒間1.0km
   8月29日 東銀座~霞が関間1.9km  全線開業、東急東横線日吉まで相互直通運転
当初計画では北千住側から順次開業してゆく予定でしたが、銀座付近に東京都が計画した三原橋 - 祝田橋間(日比谷線東銀座 - 霞ケ関間と重なる)に地下自動車道の建設構想があり、営団地下鉄との間で調整が難航したため、オリンピックに間に合わせるため、中目黒側からの工事を先に進めました。

路線はそのほとんどが既存の道路の下に開削工法で建設されており、交差点付近の平面線形は半径200m以下で90度曲がるカーブが連続しています。最小曲線は日比谷→霞ケ関間・A線(内側)で126.896m、茅場町→人形町・東銀座→築地・六本木→神谷町間のB線(内側)も127.44m、これらのカーブの外側線も131mとなっています。軟弱地盤の日比谷地区、河川下横断部は予め用意したケーソンを沈める潜函工法(ニューマチック・ケーソン工法)が採用されました。

南千住~仲御徒町間が開業した際に投入されたのが3000系2両編成でした。営団地下鉄、東武鉄道、東京急行電鉄の3事業者による「2号線車両規格」に基づき、丸ノ内線300形を発展させた車両で2両を1単位とするユニット構成としました。3000系に関しては2020年1月7日の記事で触れているので、今回はその後継として1988年度から製造、投入された03系について触れようと思います。

主要諸元

最高運転速度 80 km/h(日比谷線内)100 km/h(東武伊勢崎線内)110 km/h(東急東横線)
設計最高速度 110 km/h
起動加速度 3.3 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
減速度(非常) 5.0 km/h/s
自重 21.9 - 32.7 t(高周波分巻チョッパ車)21.3 - 31.0 t(VVVFインバータ車)
全長 18,100 mm(先頭車)18,000 mm(中間車)
全幅 2,780 mm
全高 3,990 mm(第01 - 25編成)3,973 mm(第26 - 42編成)3,995 mm(パンタグラフ付き車両全車)
車体 アルミニウム合金
主電動機 直流分巻電動機 160kW
かご形三相誘導電動機 185kW,190kW
駆動方式 WN平行カルダン
歯車比 分巻チョッパ車 86:15 (5.73)
VVVFインバータ車 109:14 (7.79)
制御方式 高周波分巻チョッパ制御 IGBT素子VVVFインバータ制御
制動装置 ATC連動電気指令式空気ブレーキ(回生ブレーキ併用)
保安装置 新CS-ATC・ATC-P 東武型ATS・東急型ATS

03
03系 編成表
黄色は中目黒事故、代替新製車
紺色は1995年3月20日の地下鉄サリン事件当該編成

1988年度の1次車から1994年度の7次車まで製造され、1992年度5次車の第25編成までが高周波分巻チョッパ制御、第26編成以降、最終の42編成までがIGBT素子VVVVFインバータ制御方式となりました。またラッシュ時の乗降時間短縮のため第09編成で編成の両端2両を5扉車とする試作車が製造され、第28編成までの20本が5扉車となりました。2012年より制御装置の更新工事(B修工事)が開始され、2015年3月末時点で01~08編成のVVVFインバータ制御化が終了しました。

3000系では東武ATS,東急ATSと乗り入れ先のATS搭載は編成毎に異なり、乗り入れができない編成があり、運用が限定されていましたが、03系では全編成に東武、東急ATSが搭載されており、乗り入れが可能でした。

03-101-150429-52015/4/29 小菅 01編成

03-109-170217-3_202508241430012017/2/17 西新井 09編成 5扉車試作編成

03-110-1111042011/11/4 東武動物公園 10編成

03-126-1611182016/11/18 小菅 26編成 この編成以降は新製時からVVVF制御方式 正面ガラス中央のVマークはVVVF制御方式を示しています。

03-29-1301192013/1/19 多摩川 29編成 この編成から再び3扉編成に

03-842-1612232016/12/23 北千住 42編成 最終編成

2000年3月8日には中目黒駅手前でボルスタレス台車の輪軸不均衡から競り上がり脱線が起き、死者5名、負傷者63名を出す大事故が起きました。この事故で03-802が大破し、同年9月に同番号で代替新造が行われました。この事故の後、東京メトロは新規設計の車両ではボルスタレス台車を採用をしていません。

後継車として20m7連の13000系の導入が2017年3月25日から開始されると、それに先立ち2月1日には第14編成が運用離脱、2020年2月28日の第36編成を最後に日比谷線での運用は終了となりました。
18m級ストレート3扉車体ということで、熊本電気鉄道、長野電鉄、北陸鉄道、上毛電気鉄道に譲渡されています。

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