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2025年9月11日 (木)

2024年夏の新潟旅行 その7 東三条駅 弥彦線の歴史

長岡からは12:40発の445Mで新潟を目指しました。13:06に東三条に到着、この駅からは弥彦線が分岐しています。

130808-edit2013/8/8 東三条駅 駅名標

弥彦線は私鉄の越後鉄道株式会社により建設された路線で、越後一の宮である弥彦神社の参詣鉄道として1916年、弥彦駅~西吉田駅(現在の吉田駅)間が開業、1922年から1925年にかけ、越後線(これも当時は越後鉄道)と信越本線を連絡する目的で西吉田駅~一ノ木戸駅(現在の東三条駅)間が延伸、さらに1927年には越後長沢駅までが開業しました。いずれは福島県の只見町まで延伸する計画の下、建設が進められましたが、1927年秋に国有化され計画は消滅しました。

通称「弥彦東線(やひことうせん)」と呼ばれていた東三条駅 - 越後長沢駅間は、沿線の人口密度が低かった上、終点の越後長沢駅も当時の長沢村の中心地から若干離れていたこともあり、太平洋戦争以前の段階から利用者数は低迷。長沢以東の区間は越後鉄道が森町村大字八木前まで免許を取得していたが、国有化された1927年に失効し、また太平洋戦争中の1944年10月には不要不急線として営業休止に追い込まれ、金属類回収令により軌道は撤去の上で供出されました。東三条駅 - 越後長沢駅間は戦後に営業を再開したが通学客以外は乗客も少なく、不採算が慢性化していました。1968年にはいわゆる赤字83線に指定され、弥彦~東三条間は1984年春に電化されましたが、東三条~越後長沢間は1985年に廃止となりました。

開通時はキハ41000系、キハ41600形といった気動車が投入され、1962年からはキハ35系が運用されました。1984年の電化時には115系が投入され、E127系も後に加わりました。現在はE129系が最大6連で運用されています。

115-y3-130808
115-y3130808-22013/8/8 東三条 1984年の電化時から活躍していた115系2連Y編成(Y3) 弥彦線ホームは0番線

E129100-b14-2408182024/8/18 東三条 E129系 B14編成

240818-edit_202509100902012024/8/18 車両送り込みの関係から、一日一本、信越線下り、待避線ホームから発車する列車があります。

2006年から2012年にかけてJR貨物が旅客駅の東側にオフレールステーション(ORS)を設置し、コンテナの集配を行い、新潟タとの間で6便が設定されていました。

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