2024年夏の新潟旅行 その4 越後湯沢駅と北越急行ほくほく線
越後中里を出発した列車は7分程で越後湯沢駅に到着します。
2024/8/18 越後湯沢駅 駅名標
水上から乗車してきたE129系A25編成の1721M
当駅で15分の長時間停車となります。
上越新幹線はこの駅からガーラ湯沢駅への支線が分岐しています。元々は保線基地への引き込み線でしたが、JR東日本は保線基地の裏山をスキー場として開業、1990年12月20日にガーラ湯沢駅を開業し、営業列車を運行することにしました。冬季のスキーシーズンのみの臨時駅ですが、東京から75分で行けるスキー場を売りにしています。一方、在来線の駅には六日町で分岐する北越急行ほくほく線が乗り入れています。
2024/8/18 越後湯沢 HK100形 H-102編成
北越急行ほくほく線の開業に至るまで、ルートの選定では頚城鉄道(当時、新黒井~浦川原間が開業)を延伸され、六日町とを結ぶ「北越北線」案と浦川原から越後湯沢を結ぶ「北越南線」案が提出され、さらに戦時中は軍都であった高田を起点とする案も出されていました。戦争の終結で高田案は消え、1962年には南線の通過予定地で地滑り災害が発生したことから北越北線が国鉄予定線となりました。新線の事業計画は1964年に発足した日本鉄道建設公団に引き継がれ、北陸本線との接続も直江津駅ではなく黒井駅の犀潟駅寄りに新設予定だった新たな操車場を支障しないということから犀潟~六日町を結び、飯山線との接続は当初の直交案からクランク状になりました。
1968年に着工されたもののトンネル工事の難航などで工事は遅れ、やがて国鉄の経営悪化で1980年には日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(国鉄再建法)で鉄道新線の工事はすべて凍結されることになりました。この時点で用地取得は73%、路盤工事は58%まで進捗していました。工事費はこの時点での総額見込み794億円に対して415億円が投じられていましたが、1982年3月に完成済み施設に対する保安工事が完了すると、建設工事は全面ストップとなりました。国鉄再建法では建設が中断された地方鉄道新線について地元が第三セクター会社を設立して引き受けることが可能であると定められており、田中角栄と十日町市長の政治力で1984年8月30日に北越急行株式会社が設立され、1985年2月1日に鉄道事業の免許を取得、3月16日に工事が再開されました。
工事再開後、最大の難工事は鍋立山トンネル工事で工事再開時点で中央部645mが未掘削でしたが、29もの工法を適用することで1995年3月7日に掘削完了、11月7日竣工に漕ぎつけました。一方、北陸新幹線はほくほく線とある意味重複する高速鉄道計画でしたが、整備新幹線問題などで計画凍結は解除されたものの着工には至っていませんでした。運輸省は北越北線を高速化、スーパー特急を走らせる案を打ち出し、これに伴い六日町駅、十日町(飯山線との接続)、犀潟駅の配線などに変更が加えられました。
2005/3/23 越後湯沢 681系「はくたか」
それまでの485/489系から681系に置き換えることでほくほく線内160km/h運転が可能になりました。
2011/5/28 高岡 北越急行681系2000番台 「はくたか」
160km/h運転を行うために長期間の試験が必要となり、JR西日本の681系を長期に渡って借用することも無理があったので北越急行としてJR西日本の681系と同一形式の車両を製造しました。
2010/7/17 直江津 北越急行683系8000番台「はくたか」
2008/9/5 金沢 北越急行683系8000番台「はくたか」
この683系はJR西日本が485系を681系に置き換えたため、485系を使用するのはJR東日本のみとなり、485系が残っていると全体の運用効率が下がり、サービス格差も目立つため、北越急行が683系を新造し、JR東日本の485系を置き換えたものでした。これらの車両は「はくたか」廃止後はJR西日本に譲渡され、「しらさぎ」「能登かがり火」「ダイナスター」用として使用され塗装も2015年6月初めまでに「しらさぎ」用デザインに変更されました。
1997年3月22日に、ほくほく線は開業、上越新幹線と越後湯沢駅で接続して首都圏と北陸地方を結ぶ特急「はくたか」が、ほくほく線経由で運転を開始し、当初は140km/hでしたが、段階的に速度を上げ、2002年3月23日からは160km/h運転となりました。
一方、北陸新幹線も1997年10月1日に高崎~長野間が開業、さらに金沢延伸に向けて1998年3月12日に長野 - 上越(仮称)間、2001年4月25日に上越(仮称) - 富山間、2005年4月27日に富山 - 金沢 - 白山総合車両基地(仮称)間の工事計画がフル規格で認可され、建設が進められて行きました。ほくほく線の経営は初年度を除いて毎年数億円の黒字となり、2001年度の営業係数は73.0パーセントと、第三セクター鉄道の中では経営状態は良好であったが、全体の9割が特急による収益で、普通列車の収益は全体の1割にも満たないものでした。2015年3月14日の北陸新幹線長野 - 金沢間開業で特急「はくたか」は廃止となることから、営業利益は北陸新幹線開業に備えて、利益を赤字補填用に蓄えることとし、最終的には2013年3月31日時点で約92億円の剰余金を持った状態で2015年3月14日の北陸新幹線長野 - 金沢間開業を迎えることとなりました。
北陸新幹線金沢開業以降、ほくほく線は地域輸送を主とする路線として再出発を切ることになり、同日より国土交通省運輸局への申請最高運転速度を130 km/hに引き下げ、設備についても順次スリム化・使用停止・撤去を行うことになりました。2012年時点で「はくたか」の利用者の22%から25%が直江津駅で乗降していることや十日町を中心に東京や金沢からのビジネス需要が見込まれることから、事業の継続は可能と判断し、2015年3月14日からは超快速列車「スノーラピッド」を運行、さらに路線と並行する国道253号が冬季、積雪で劣悪になることを考慮し、宅配貨物を列車で運ぶ貨客混載を佐川急便と連携して開始しました。2023年9月29日には新潟市 - 上越地域間の鉄道高速化に向けて、新潟県が信越本線・えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン長岡駅 - 上越妙高駅間の改良2案に加えて、新たに信越本線・えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン長岡駅 - 糸魚川駅間をミニ新幹線化する案、ほくほく線をミニ新幹線化する案の2案を示し、時間短縮効果など比較検討することとしました。
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