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2025年11月19日 (水)

2024年夏の新潟旅行 その33 磐越西線の旅 part2 咲花から喜多方まで

磐越西線の旅、咲花から先は阿賀野川が造り出した渓谷伝いに線路が敷かれており、ある時は右にそして橋梁を渡ると左に阿賀野川を観ながら列車は進みます。

Dsc09473阿賀野川がせき止められダム湖のようになっている場所もあります。

Dsc09479_20251118075601新津駅を出発して約1時間で津川駅に到着します。

津川は会津藩領の時代、会津盆地から新潟方面に輸送される荷物を陸送から船に積み替える河港として栄えた町で、船着き場付近には会津藩の米倉、塩倉が建ち並び、明治維新の後も東蒲原郡の郡役所が置かれ、地域の行政、経済の中心地でした。
また岩越線として最後に開業した津川∼野沢間、特に鹿瀬~津川間の赤崎山と阿賀野川に挟まれた区間は地盤が軟弱で地面が川に向かって移動してゆくような場所で線路の敷設工事は難航したそうです。いまでも常時速度制限が450mにわたりかけられています。

Dsc09480日出谷はもともと人里離れた寒村でしたが、会津若松と新津の中間地点でこのあたりでは唯一、若干の平地があったことから鉄道の拠点となり、機関車の駐泊所、転車台、給水施設、乗務員宿泊所などが設置され、新潟県内で折り返す列車の折り返し駅となり、鉄道の町として発展しました。
鉄道開通以前は津川まで3里、買い出しに行くにも一日がかりでしたが、鉄道開通で半日で買い出しを済ませられるようになりました。村の特産の木炭の出荷で賑わいました。

Dsc09488野沢駅、かつては毎年6月に行われる大山祇神社例大祭の団体輸送(大山臨、野沢臨)の受け入れで活況を呈しましたが、磐越自動車道が開通し、観光バスの利用が急増したため臨時列車の設定はほとんどなくなりました。

Dsc09497山都駅を出発すると阿賀野川に北側から合流する一ノ戸橋梁を渡ります。この橋梁は1908年に架橋された16支間445m、高さ24mの鉄橋で中間の1支間が上路式ボルチモアトラス橋、他の15支間がプレートがーター橋となっており、磐越西線の撮影地として有名です。

Dsc09503新津を出発して2時間13分で喜多方に到着します。
列車は当駅で18分間停車しました。

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