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2025年12月31日 (水)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その15 叡山電車の車両 part3 700系 デオ720形 デオ730形

デオ720形はデオ200形の台車、主電動機、駆動装置、集電装置を流用し、721,722が1987年10月(203),11月(204)に、723,724が1988年6月(202), 7月(201)に登場しました。

700720-721-240903 700720-721-240903-22024/9/3 修学院 デオ721
721は724と共に2025年9月19日、開業100周年記念事業の一環として、2両固定編成に改造し、形式名を100系に改めた上で観光列車「舞」(まい)にリニューアルされました。

700720-722-240903-32024/9/3 修学院 デオ722
722は2019年からのリニューアルで車体外観を「沿線の神社仏閣をイメージした朱色」となりました。

700720-723-2409032024/9/3 一条寺∼修学院
723も2020年10月のリニューアルで車体外観を「水が豊かで山紫水明の地である洛北の自然を表現した青色」としました。

登場時、デオ720形の台車は近畿車輛製K63,主電動機は三菱電機製MB115AF主電動機(出力75 kW)、駆動方式は吊り掛け式駆動装置(歯車比3.41)でした。1991年から1992年にかけ、デオ720形の軸受けをローラーベアリングに、車輪を一体圧延車輪に交換し、歯車比を2.85とする工事が施工されました。さらに2002年から2005年にかけ、京阪1900形から流用したTDK-809-A形主電動機(出力90 kW)と、汽車会社製KS-70台車に交換する工事が施工され、駆動方式は中空軸平行カルダン駆動となりました。このとき、歯車比は6.0となりました。2005年から2011年にかけての塗装変更ではクリーム色になり、721は山をイメージした緑帯、722はもみじをイメージした赤色帯、723は新緑をイメージした黄緑色帯、724は川をイメージした青色帯となりました。

700720723-240903デオ723の車内
2016年の定期検査で723の内装は乗務員室との仕切りが茶系の木目調、床がこげ茶の木目調、座席が黄緑色になったようですが2019年のリニューアルで着座位置の明確化のためのセミバケットシート化、座席色の青色への変更、優先座席の色変更が行われたようです。

デオ730形はデオ300形301,302の改造名義で731,732が製造されましたが昨日の記事にあるようにWN駆動の高性能車だったデオ300形ですが日立製KH-23空気バネ台車は軸距が長いためデオ730形がこの台車を履くことができないため台車は京阪1800系(2代)から流用した住友金属製FS-310を履き、主電動機も京阪1800系発生品の三菱電機MB-3005-Dを装備することとし、駆動方式もWN駆動となりました。

2024年9月の京都旅行ではデオ730形を撮影することはできませんでしたが、近いうちに再度挑戦したく思います。

今年、1年お付き合いいただきありがとうございました。皆様、2026年が良い年になりますように。

年明けは1月5日から再開したく思います。


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2025年12月30日 (火)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その14 叡山電車の車両 part2 700系 デオ710形

1978年9月、京都市電が全廃されたことで叡山線は出町柳における連絡が経たれ、さらに沿線各地と市内中心部を結ぶバス路線の充実で乗客数は減少の一途を辿っていました。1982年、当時叡山線の経営を預かっていた京福電鉄の経営再建策が検討され、叡山線については京福電鉄から切り離し、困りの効く経営体制とし、人件費を含む経費の削減、設備の近代化を図ることが決定しました。1985年7月に京福が100%出資する叡山電鉄株式会社が設立され、1986年4月、叡山本線と鞍馬線の経営が叡山電鉄に移管されました。
 車両面では導入から50年以上が経過していた在来車輛をワンマン運転に対応した車両に置き換えて合理化を図るとともにATSを導入、冷房サービスの提供による近代化を行うこととしました。このような経緯から導入されたのが700系で1987年から1988年にかけて8両が武庫川車両工業で製造されました。

700系は機器流用元の車両により、3形式に分かれます。

デオ710形はデナ21形(23,24)の台車、主電動機、駆動装置、集電装置を流用し、711が1987年7月(23)、712が8月(24)、釣りかけ駆動方式で登場しました。

700710-712-2409032024/9/3 修学院車庫で休む デオ712

登場時、台車は日本車輛製D-15、主電動機は東洋電機製TDK557(出力60kW)でした。1992年、阪神電鉄から購入したTDK-818-A形主電動機(出力60 kW)と新製したFS-551台車に交換しました。これにより、駆動方式も中空軸平行カルダン駆動となりました。塗装もアイボリーを主体に側面窓周りと雨樋、車体下端、正面窓下をマルーンとする塗り分けから2005年にクリーム色となり、711は山を意味する緑、712はもみじを意味する赤の帯が窓下にひかれました。

2017年10月には主電動機の予備品確保の関係で京阪5000系廃車発生品のTDK-8120-A1 (130kW)に交換されました。2016年から2019年にかけては712が消防車と救急車をイメージしたラッピングに、さらに2019年から2020年9月末までは三陸鉄道36-700形気動車のラッピングになりました。

2019年からのリニューアル工事で八瀬寄りドア脇への車椅子、ベビーカースペース設置などのバリアフリー対応、着座位置の明確化のためのセミバケットシート化、優先座席の色変更、スタンションポールの設置などの内装の更新、多言語対応、安全性向上のための車体前面強化、前面下部覆い設置などの改造が阪神車両メンテナンスで施工されました。デオ710形では2022年12月に712が上の写真のような人と森が調和する沿線の風景を表現した緑色となって登場、2023年11月には711が比叡山の神秘的な森を表現した深みのある緑色になって登場しました。

2024年9月3日の訪問時は生憎、デオ710形は712の車庫の中に見つけることが出来ましたが、711に関しては見つけられませんでした。次回の訪問時に撮影できればと思っています。

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2025年12月29日 (月)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その13 叡山電車の車両 part1 過去の形式 デナ21形 他

京都電燈が1925年、叡山電気鉄道平坦線(出町柳∼八瀬間)を開業した際に日本車両に発注して導入したのが12.3m車体、片開き2ドアの木造車デナ1形電車でした。デは電動車、ナは中型を意味しています。車体が短いのに台車は大型であったため床下の偽装が難しく抵抗器を屋根上に配置したのが特徴でした。1~6の6両が導入されました。導入時は連結器は無く、集電装置はダブルポール、塗装は緑一色でしたが、1929年に自動連結器が取り付けられ、1930年にはシングルポールとなり、戦後の1954年からは順次2両固定編成化されました。1964年、デナ500形の導入で全車廃車となりました。

 1926年には輸送力増強用として日本車輛で11~14の4両が製造され、全長は13.5m、片開き3ドアの木造車となり、形式はデナ11形となりました。1944年に福井支社・越前、鉄道部に移管され、電装品は取り外されホクハ31形31~34となり、台車も狭軌用に改造されました。1949年に再電装化されホデハ241形241~244となり、1957年には車体を更新して鋼体化されました。鋼体化後は車体長15.7m、両運転台片開き2ドア、片側が貫通、反対側が非貫通のスタイルで241,242が日本車輌性、243,244がナニワ工機製の車体でした。1989年から1991年に廃車となりました。

 1929年には京都電燈が全長15m弱、両運転台、非貫通形3枚窓、片開き3ドアのデナ21形を4両(21~24)、さらに傍系の鞍馬電気鉄道が山端(現、宝ヶ池)~市原開業時の1928年に121~124、1929年の鞍馬延長時に125・126を日本車輛に発注しました。121~126は勾配線の鞍馬線用に発電ブレーキが装備されていましたが,21~24は省略されました(1965年に発電ブレーキが装備されました)。集電装置は登場時はダブルポールでしたが、1930年にシングルポール化され、1978年にはパンタグラフ化されました。

1981年11月、私は大学院博士課程2年でしたが、金沢での学会の後、京都で国際シンポジウムが開かれるのに参加するため京都国際会館(宝ヶ池)に行きました。その際に昼休み、近くに鞍馬方面に向かう鉄道が走っていることが気になり、

21-23-811130 21-23-811130-21981/11/30 デナ21形 23+? 恐らく八幡前駅

彷徨いあるいて見つけた線路際から撮ったのがこれらの写真でした。

21-240903-22024/9/3 鞍馬 デナ21形21のカットモデル

121,123の2両は1964年1月5日、鞍馬寺の初寅大祭による上り臨時列車(デナ21形1両)と下り列車(デナ21形2両編成)が鞍馬線二ノ瀬~貴船口の単線区間で正面衝突し、架線を切断、短絡による火災で上り電車と下り電車の先頭車が焼失、69名が負傷する事故で廃車となりました。

1986年の叡山電鉄発足時にも主力として位置づけられ、1987年には23,24が車体を載せ替えデオ710形711,712へ改造されました。1993年、1994年には800系デオ810形の増備で122-126,125-124が廃車に、1995年には21-22が廃車となり、形式消滅となりました。

福井支部に転出したデナ11形4両の補充目的で1951年に近畿車輛で製造されたのがデオ201~204でした。全長15.9m、片開き3ドア、前面非貫通、両運転台車でした。1987年に203・204がデオ720形721・722へ、1988年に201・202がデオ723・724へ主要機器を供出し、廃車、廃形式となりました。

叡山線初のカルダン駆動車輛として1959年に日立製作所で製造されたのがデオ301・302でした。ころ軸受を使用した空気ばね台車や応荷重装置付きの多段式電動カム軸式制御装置、AMA電空併用ブレーキなど当時の最新技術を取り入れ、75 kW×4のモーターは当時の大手私鉄の電車に匹敵する出力で、設計上の最高速度は100 km/hでした。叡山電鉄では京阪線乗り入れを想定してとのことですが、大型化、新性能化が仇となり、扱いにくい車両としてデオ730形代替時に廃車され、主要機器も再利用はされませんでした。

1928年に10両が田中車輛で製造、1929年にも10両が川崎車輌で製造され、阪神831形として活躍してきましたが大型化で廃車となり、デナ1形淘汰を控えた叡山線に譲受されたのがデナ500形で10両が導入されました。収容能力の小ささ、運用制限(二軒茶屋より先はブレーキの関係で入線できず)で1979年から1980年にかけ、8両がデオ600形に改造となりました。

デオ500形を改造し、発電制動などを装備したデオ600形でしたが、冷房装置の搭載の問題で900系が新製されることとなりましたが900系も新製は2編成のみとなり、最後は603+604が非ワンマン化の貸し切り列車用として残り、2008年11月1日にラストランで引退となりました。

ということで現在は700系(デオ710形、デオ720形、デオ730形)、800系(デオ800形、デオ810形)、900系、そして2025年に9月登場の100系、事業用の電動貨車デト1000形が在籍しています。2024年9月の旅では生憎、730形を撮影することはできませんでしたが、これから系列別に紹介してゆこうと思います。また新系列100系やデオ730形に関しては次回、叡山鉄道を訪問したときに撮影できればと思っています。

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2025年12月26日 (金)

ANAの国際線仕様 B747-481 機内にバーカウンターを設置し、シカゴスタイルとして登場した JA405A

cn30322/ln1250として製造、2000年6月19日に初飛行、6月28日にANAに引き渡されたのがJA405Aでした。
3機目の「シカゴスタイル」の-481、ANAにとっては最後に納入された-481でした。

Ja405a-boeing-747481-30322-1250-020721-n2002/7/21 NRT

下の子ほど、親に早く死に別れると言いますが、ANAでの活躍期間は7年4か月と短く、2007年3月にはB777-381ER追加発注による機材更新、B747-400の退役で2007年10月31日付で抹消となりました。同日付でB-LFDのレジでOasis Hong Kong Airlinesのフリートに2008年4月9日、同社が運航停止すると2010年5月28日からはAtlas AirのフリートとしてN322Gのレジで活躍するようになりました。途中、2020年1月から8月までは保管期間でしたが現在もSonairからのリースという形で活躍中です。

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2025年12月25日 (木)

八高線 高崎~高麗川間にHB-E220系 12/21時点で6編成が投入される

JR東日本は1993年3月にキハ110系気動車を八高線に投入、1996年3月にはキハ111・112形200番台を投入し、同線非電化区間の全列車をキハ110系で統一し、以来30年弱使用してきましたが、車両の老朽化が進み、環境負荷の低減、メンテナンス性の向上を目指し、ディーゼル発電機と蓄電池の組み合わせによるディーゼルハイブリッドシステムを搭載した新形式HB-E220形式を2025年12月1日から投入、従来のキハ110系を置き換えることにしました。同形式は高崎エリアに2両編成(HB-E221+HB-E222)8本、釜石線・東北本線用(花巻~釜石、花巻~盛岡)として盛岡エリアに2両編成6本、1両編成(HB-E220)4本の計32両が投入されるとのアナウンスされていました(情報)。

八高線(高崎~高麗川)間の列車運用はこちらのサイトにあるように運用201から207まであり、原則的に編成は201の翌日は202といった具合に回されているようです。運用207以外は日中、一旦入庫する機会があり、そこで編成が差し替えられることもあるようです。

202512-vs
目撃情報による運用サイトの情報を12月1日から23日まで各運用に照合させた結果
鉄道ニュースサイトの情報によればHB-E220-7編成は12月1日から、-8編成は12月11日から、-9編成は12月12日から、-10編成は12月15日から、-11編成は12月16日から、-12編成は12月21日から営業運転に投入されています。
私も12月23日に高麗川駅まで行き、9時20分発の233D(運用206)が-8編成であること、9時34分着の226D、折り返し10時35分発の2263D(運用202)が-12編成であることを確認しました。

Hbe2218-251223Hbe2228-251223-4 2025/12/23 高麗川 HB-E221-8+HB-E222-8 233D
高崎側がE221、高麗川側がE222 車体の形態は新潟・秋田地区に投入されたGV-E400系と酷似しています。同じ川崎車両が製造している西武鉄道の40000系とも似た雰囲気を感じます。

Hbe22212-2512232025/12/23 高麗川 HB-E222+221-12 226D
233Dはゆっくり撮影する時間もなく出発してゆきましたが、その14分後には226Dが到着したのでこちらで各部をじっくり観察することが出来ました。

主要諸元

最高運転速度 100 km/h
車両定員 103名(HB-E220形)117名(HB-E221形)126名(HB-E222形)
自重 42.2 t(HB-E220形)39.5 t(HB-E221形高崎車)39.6 t(HB-E221形盛岡車)
38.9 t(HB-E222形高崎車)39.1 t(HB-E222形盛岡車)
全長 20,600 mm
車体長 20,100 mm
車体幅 2,800 mm
車体高 3,640 mm
床面高さ 14,400 mm
車体 ステンレス
台車 軸梁式ボルスタレス台車 DT300(動力)/ TR275(付随)
機関 直噴式直列6気筒ディーゼルエンジン DMF15HZD-G形
機関出力 331 kW (450 PS)
発電機 かご形三相誘導発電機 DM115B形
主電動機 かご形三相誘導電動機 MT85形
制御方式 VVVFインバータ制御
制御装置 主変換装置 CI31形
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ(直通予備・抑速・耐雪ブレーキ付き)
保安装置 ATS-P / ATS-Ps(統合型車上装置)
防護無線・EB装置・TE装置



Hbe22212-251223_20251224084001特徴的な側面
窓が少なく、何かGV-E197系を彷彿させる側面のスタイル キハ110系と大きく異なる点は側扉が3か所となり、扉の幅も拡大したことです。

Hbe22112-251223パンタが無い屋根上はスッキリしています。空調装置は空気清浄機能付きの集中式(AU744形)で、車内外の温度や乗車率などにより最適化された制御が可能です。

Hbe22212-251223_20251224084401HB-E222形の床下には主変換装置と表示された箱が連なっています。蓄電池も内蔵されています。このために空気タンクやトイレのタンクが床上配置となり窓が少なくなりました。

Hbe22112-251223_20251224084601台車は動力台車DT300形、付随台車TR275形で軸梁式ボルスタレス方式で車輪などを分解せず軸受とグリースの交換ができる構造となっているのが特徴です。

今のペースで行くと年内に8編成すべてが営業運転を始めるかもしれません。盛岡地区での運行開始は2026年1月19日から予定されています。

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2025年12月24日 (水)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その12 叡山電車を撮影するために出町柳駅へ

出町柳から八瀬までの叡山電気鉄道平坦線は京都電燈が1925年に営業を開始した路線であり、宝ヶ池(当時は山端)∼鞍馬間は1927年、京都電燈と京阪電気鉄道の合弁会社として設立した鞍馬電気鉄道が1929年12月20日に全通させた路線です。1942年、電力事業の戦時統制で京都電燈は発送電事業を日本発送電へ、配電事業を関西配電に譲渡し、解散し、鉄軌道部門は京福電気鉄道を設立、同年8月鞍馬電気鉄道は京福電気鉄道と合併し、宝ヶ池∼鞍馬間は京福電気鉄道鞍馬線となりました。
 1978年9月、京都市電が全廃され他の鉄道路線との連絡が経たれたことで沿線乗客は京都市内と直結する路線バスに流れ、叡山本線、鞍馬線の乗客は激減、赤字額も膨らみ京福を配下に持つ京阪グループの経営も圧迫することになりました。1989年10月5日に京阪鴨東線が開業し、出町柳で京阪線と叡山本線が連絡することで旅客数は増えたものの19億4千万円に達していた累積損失の解消の目途は立たなかったので京福から叡山電鉄は分社化され、1991年11月に京阪電気鉄道が筆頭株主となり、2002年3月から同社の完全子会社となりました。

240903-edit_202512231404012024/9/3  出町柳駅周辺地図 出町柳は今出川通が鴨川を渡る賀茂大橋の東詰めの1ブロック北にあり、北西から下ってくる賀茂川と北東から下ってくる高野川の合流点のすぐ下流に賀茂大橋がかけられています。
現地の地図は北が下向きで表示されているのでわざと引っくり返しました。

240903_202512231408011989年10月に開業した京阪鴨東線の地下駅での出入口

240903-2_20251223142901
240903_20251223142901叡山電車 出町柳駅

240903_20251223150601駅名標

240903-edit_20251223143301叡山電車路線図
叡山本線 出町柳∼八瀬比叡山口 5.6kmは比叡山の森をイメージした緑のラインカラー
鞍馬線 宝ヶ池∼鞍馬 8.8kmは貴船・鞍馬の紅葉から赤のラインカラーとなっています。
八瀬比叡山口からは比叡山ケーブルカー、ロープウエイ(京福が経営)で比叡山の山頂まで、鞍馬寺には鞍馬寺が運営するケーブルカーがあります。

240903_20251223143701駅構内案内図

240903_20251223145901列車案内表示

ホームは1~3番線まであり、さらに1・2番線降車ホーム、3番線降車ホームがあります。1番線は1両用、2・3番線は2両用で1番線は1両で運転される八瀬比叡山口行用、2・3番線が鞍馬行用となっています。線路が分岐するのは宝ヶ池ですが編成長の関係から出町柳で既に分けられています。

240903_20251223150301 240903-2_20251223150401 240903-3鉄道関連グッズの販売にも力を入れていました。

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2025年12月23日 (火)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その11 朝ラッシュ時の運行を終え車庫に戻った車両を西院車庫にて撮影

平日朝のラッシュ時間が終わると嵐電の併結編成は連結を解き、多くの車両が西院車庫に戻ります。今回の旅でも西院車庫に立ち寄り、車庫で休息する編成や入れ換え風景を観察しました。

240903-edit2024/9/3 駅名標と案内

まず面白いのが駅名です。この地には地下に阪急京都線の西院駅と地上には嵐電の西院駅がありますが、前者は普通に「さいいん」と読むのに対して嵐電の方はローマ字表記にもありますが「さい」であることです。元来は「さいいん」であったものが、平安時代から鎌倉時代にかけ「さいゐん」となり、1287年の文書で「さゐ」の呼称が出現、それがなまって「さい」と呼ぶようになったのではと考えられています。江戸時代、この一帯は西院村(さいむら)と呼ばれていたそうです。

625-240903_20251222083401嵐山方面のモボ625

104-240903入れ換え中のモボ104+α

612-240903庫内で休むモボ612、奥にはモボ301の姿も見えます。

501-240903庫内で休むモボ501

2001-240903_20251222084601出区するモボ2001

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2025年12月22日 (月)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その10 山ノ内駅~ 三条西大路駅間、路面軌道区間で撮影

帷子ノ辻駅から再び、嵐山本線に乗車し、下車したのは山ノ内駅でした。この駅というか停留所は三条通りの中央部を走る路面区間に設けられており、安全地帯の幅は約60cm、「日本一狭いホーム」で有名な駅です。ホームでの電車待ちは大変危険で、電車は路側帯で待ち、電車が入線する際は車道側の信号が赤、横断歩道の信号が青になることで電車に乗降車できる仕組みとなっています。60cmの安全地帯は電車に乗り降りするためのステップと考えられています。

240903_20251221080001 240903-2_202512210800012024/9/3 山ノ内電停
軌間1435mmの線路に較べ安全地帯の幅が如何に狭いかがわかると思います。

240903_20251221080201道路脇の停留所(電車待ち場所)、安全地帯ではなくこの場所で電車の到着を待つ旨のアナウンスが掲示されていますが、この日は前日、9月2日に北野線で起こった脱線事故の復旧の「おしらせ」が上に貼られていました。

102-240903-2

山ノ内駅に到着したモボ102

240903_20251221082401山ノ内駅から三条通を東方向へ
この交差点は三条西小路、平安時代からの条坊制の京都の交差点の命名規則では南北の通り名が先に来ることが多いですが、この場合は東西の三条通の方が太く、主要道路となっているので三条西小路となっています。

106-240903-2_20251221083001三条通のS字カーブを過ぎたモボ106

625-240903_20251221083201同地点を四条大宮に向かうモボ625

622-240903622-240903-3専用軌道区間から路面軌道区間に入るモボ622
西大路三条駅の嵐山方面ホームは専用軌道区間に、四条大宮方面ホームは路面軌道区間にあり、後者は道路幅が十分に広いため安全地帯も電車待ちができる程の幅があります。

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2025年12月19日 (金)

ANAの国際線仕様 B747-481 機内にバーカウンターを設置し、シカゴスタイルとして登場した JA404A

cn29263/ln1204として製造、1999年3月4日に初飛行、3月30日にANAに引き渡されたのがJA404Aでした。
JA403Aと同様に「シカゴスタイル」として機内にバーカウンター、ビジネスコーナーを設置してデビュー、FCクラスにはオンデマンド対応のエンターテインメントシステムが提供され、エコノミークラスにはシートテレビが装備されました。後にこれらの装備は「スーパースタイル」と呼ばれました。
 ANAは2007年3月にB777-381ERを追加発注し、従来のB747-481の退役計画を発表し、これには就航して8年程度のJA404Aも含まれており、2007年5月2日からはB-LFCのレジでOasis Hong Kong Airlinesのフリートメンバーとなりますが、2008年4月9日に運航停止となり、2010年1月からはN263SGのレジとなり、2010年4月1日からはAtlas AirにSonairからリースされる形で運航されることになりました。この機体、2025年MLBドジャーズのシーズン開幕戦が東京で開催された際に大谷翔平選手らの搭乗機として羽田に到着し、脚光を浴びました。

Img_0126Img_01332002/5/19 NRT

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2025年12月18日 (木)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その9 帷子ノ辻駅~北野白梅町駅 北野線往復

北野線は嵐山本線に較べると全線が専用軌道となっており、複線区間も鳴滝~常盤間と短く嵐山本線が都会の路面電車といったイメージを与えるのに対して、住宅地や古刹の脇を走り抜ける小鉄道といったイメージがあります。

240903240903 常盤駅手前
帷子ノ辻を出発して2駅目の常盤駅手前 これより先、鳴滝駅までは北野線唯一の複線区間となります。

616-240903-2鳴滝駅

複線区間が間もなく終わる鳴滝駅で発車待ちをしていると帷子ノ辻に向かうモボ616がやってきました。
モボ611形は1932年に登場したモボ111形(7両、111~117)の機器を流用して1992年から1993年に製造されました。

240903-2龍安寺駅手前

Dsc00108龍安寺駅にて2度目の列車交換

モボ632号は井筒八ッ橋本舗のラッピング広告「夕子号」で一世風靡、Nゲージ製品化もされた車両ですが、その後は京漬物「もり」のラッピングが施されています。

240903-2_20251217082901帷子の辻を出発して11分で北野白梅町終点に到着です。

621-240903_20251217083201北野白梅町で折り返しの準備をするモボ621

嵐電の北野白梅町駅と叡山電鉄の出町柳駅は今出川通にあるので両駅間をLRTで結び嵐電と叡山電鉄を直通させる「京都市LRT構想」があり、2007年にはバスを使用しての専用軌道乗り入れ実験も行われたようですが、事業費が当時の推定で326億円と見込まれたこと、市が財政難を抱えていること、沿線住民の多くが反対を表明していること、首長も乗り気でないことなどから計画は頓挫しているようです。ただ近年のインバウンドの増加によるバスの混雑、遅延などが社会問題化しており、今後どうなるかがまだわかりません。

240903_20251217090501宇多野駅
この駅は行き違い設備はありませんが、ホームは上下方向に別々に設置されています。これはドアを操作する上で、常に運賃箱のある左側ドアを開けて乗降できるようにするためです。妙心寺駅、撮影所前駅も同様です。

240903_20251217091101宇多野~鳴滝間 桜の季節には桜のトンネルで有名な区間です。

621-240903-212024/9/3 帷子ノ辻 

帷子ノ辻に戻った後は再び嵐山本線で四条大宮方面に向かい、次は路面軌道区間での撮影をしました。

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2025年12月17日 (水)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その8 帷子ノ辻駅で嵐山本線・北野線の車両を撮影 part2

帷子ノ辻駅は嵐山本線下り方面1番線(単式ホーム)と同線上り方面2番線、北野線3,4番線(島式ホーム)からなる地上駅で、3番線は2番線の東方に切り欠き式で乗り入れています。かつては地下に改札口と駅務室がありましたが、2011年にバリアフリー化で停留所南側地上に移設されました。この際に1番ホームと2~4番ホームを結ぶ構内踏切が設置されました。構内踏切が廃止され、橋上駅化、地下駅化されるケースはままありますが、その逆のケースは極めて珍しいと思います。
 これらのホームと線路を覆うようにスーパーなどの小売店が入った京福電鉄のビル「ランデンプラザ帷子」が載っています。

Dsc001332024/9/3 駅名標
621-240903-22024/9/3 4番ホームで出発を待つ北野白梅町行、モボ621

633-240903-22024/9/3 切欠き式の3番ホームに到着したモボ633
右にカーブして行く線路は嵐山本線、四条大宮方面、そこから左に分岐している線路はモボ26が停車している留置線

624-2409032024/9/3 四条大宮に向かうモボ624 併結相手はモボ623

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2025年12月16日 (火)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その7 帷子ノ辻駅で嵐山本線・北野線の車両を撮影 part1

嵐電、正式には京福電気鉄道の軌道事業には嵐山本線と帷子ノ辻(かたびらのつじ)で分岐している北野線があります。路線記号は嵐山本線がAなのに対してこちらはBとなっています。路線距離(営業キロ)は3.8kmで駅数は起終点駅を含めて10です。

621-2409032024/9/3 モボ621の車内、乗降扉上に掲示されている路線図

(北野-)白梅町-等持院・立命館大学衣笠キャンパス前-龍安寺-妙心寺-御室仁和寺-宇多野-鳴滝-常盤-撮影所前

1925年11月3日に京都電燈が北野~高雄口(現、宇多野)間を開業、1926年3月10日には高雄口~帷子ノ辻間が開業し、嵐山本線と接続しました。1930年頃、鳴滝~常盤間が複線化され、全線の複線化を目指していましたが、計画は頓挫してしまったようです。1942年3月2日、京福電気鉄道に譲渡されました。1958年7月、今出川通の拡幅工事で北野~白梅町間が休止となり、同年9月16日同区間が廃止され、白梅町が起点駅となり、駅名も北野白梅町と改称されました。

26-240903-32024/9/3 帷子ノ辻 留置線で休むモボ21形26号

モボ21形は1994年、平安京遷都1200周年の協賛事業の一環で登場したモボ621形をベースにしたレトロ調車両でモボ621形625号の続番として26,27の2両が製造されました。主電動機はモボ121形126・121からSE1298(44.8kW)を2基流用しています。制御装置は電動カム軸式抵抗制御方式、駆動装置は釣りかけ駆動方式です。

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2025年12月15日 (月)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その6 有栖川にて朝ラッシュ時の嵐電を撮影 part4

毎年大相撲九州場所の後、九州各県から中国・四国地方にかけ行われる大相撲冬巡業、特に熊本県を中心とした巡業を観戦するため、2023年12月から夫婦で熊本旅行を行っており、2023年は八代場所と菊陽場所、昨年は西原場所、今年も菊陽場所、福岡県の久留米場所、南阿蘇場所に行ってきました。それに合わせて熊本市内では熊本城見学、市電の撮影、熊本電鉄乗車などもしてきましたが、今回は久留米アリーナで開催された久留米場所の際に初めて九州新幹線に乗車し、さらに私だけ足を延ばし、西鉄甘木線、甘木鉄道乗車も経験しました。また南阿蘇場所の際には久しぶりに南阿蘇鉄道にも乗車する機会がありました。これらについても後日、レポートしたく思います。

さて今回は2週間ぶりですが、2024年9月の嵐電撮影の続きです。今回はモボ631とモボ614の併結編成です。これらの写真は行き先表示や線路のカーブの仕方を見てわかるようにこれまでとは違い四条大宮方面行きのホームから撮影しています。

631-240903-3
631-240903-8 614-2409032024/9/3 有栖川

モボ631形は1950年に汽車会社で製造されたク201形(201-203)の置き換え用として1992,1993年に登場したモボ611形(6両、611-616)、1990年から1996年に登場したモボ621形(5両、621‐625)と同様にモボ121形(121‐124)の主要機器を転用し、台車のみ新製の住友FS93を使用して製造されました。モボ121形は制御車ク201形を牽引する関係で主電動機4個搭載していましたが、モボ621形は2個搭載となったため、余った6個を3両のモボ631形に再利用する形となりました。
モボ631号は江ノ島電鉄との姉妹提携(2009年10月から)を記念し、江ノ電カラーで運行されています。パンタグラフは2015年春ごろ、シングルアームタイプに換装されました。

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2025年12月 5日 (金)

ANAの国際線仕様 B747-481 機内にバーカウンターを設置し、シカゴスタイルとして登場した JA403A

 cn29262/ln1199として製造、1999年2月7日に初飛行、2月25日にANAに引き渡されたのがJA403Aでした。
導入後はファルカンリーシング他5社に売却され、ANAがリースする形で運航していました。
1999年、ANAは1997年、ユナイテッド航空、ルフトハンザドイツ航空、エア・カナダ、スカンジナビア航空、タイ航空の5社によって設立された世界初の航空連合、スターアライアンスに加盟しました。この機体はシカゴ線開設に備え導入されたもので機内にバーカウンター、ビジネスコーナーが設けられ、「シカゴスタイル」としてデビューしました。その後、「ANAスーパースタイル」の愛称でニューヨーク線、ロサンゼルス線にも就航しました。

Ja403a-ana-b747481-cn29262-ln1199991121-1999/11/21 NRT

ANAは2006年から2009年度の中期経営戦略の柱として747‐400の退役を加速させ、経済性の高い777-300ERを導入することとし(当時の情報)、JA403Aは導入から8年弱でOasis Hongkong Airlinesに2008年3月1日売却されました。レジはB-LFEとなりましたが、同年6月24日には運航停止となり、同機はN262SGのレジで保管状態となり、2012年2月16日から2020年6月まではAir Atlanta IcelandicのフリートとしてTF-AACのレジで活躍しましたが、2020年3月にふたたび保管状態となり、2021年11月、解体されました。

来週は九州に旅行のためBlogのupdateはお休みに致します。

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2025年12月 4日 (木)

E233系0番台 T40編成 T12編成のG車ユニットと組んで青梅・中央快速線運用に

E233系0番台T11編成が長野総合車両センターでの制御機器更新を終え、同編成のG車ユニット(サロE233/E232-36)は入場期間中連結されていたT40編成からT11編成に戻され出場しました(11月11日)。

E2330-t11-12r-251201-22025/12/1 東小金井
長野での制御機器更新を終え、運用に復帰したT11編成、側面にはAGEKKE(人材総合プロデュース企業)の広告が貼られています。

代わって長野に入場したのがT12編成で同編成に連結されていたG車ユニット(サロE233/E232-8)はT40編成に組み込まれました。

E2330-t40-12r-251201-3 2025/12/1 国分寺 T40編成 25T運用中央特快東京行

E2330-t40-12r-251201-3_202512030715012025/12/1 東小金井 T40編成

E2330-t40-12r-251201-4T12編成が長野から出場するまでの間、G車ユニット(サロE233/E232-8)はT40編成に

さらにG車連結されなかったT71編成(2020年6月11日、J-TRECにて竣工)は2025年10月2日に東京総合車両センターに入場、同所において房総地区転用改造を受け、C1編成となっているのが目撃されています(情報)。さらに6+4分割のH49編成も2025年11月12日に東京総合車両センターに入場しました。同編成も房総地区転用かと思われます。

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2025年12月 3日 (水)

西武鉄道 9000系 9108Fもワンマン運転対応強化改造を済ませ運用に復帰

西武多摩湖線で活躍中の9000系4連、今年3月から9104F、9105Fと側面ビデオカメラ装着、運転室内ディスプレイ設置などの改造が順繰りに施されていますが、9月16日に武蔵丘検修場に入場した9108F(初代Lトレイン塗装)も11月19日に出場し、試運転を終え、配置基地の玉川上水所領基地に戻り、11月21日には運用復帰が目撃されています(情報)。

9000-4-9108-2511242025/11/24 萩山

9000-4-9108-2512022025/12/2 一橋学園~青梅街道

9000系4連は小田急や東急からサステナ車両が導入される中、こうして改造が進んでいるので当分は使用されるのでしょう。

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2025年12月 2日 (火)

西武鉄道 2000N系 8連 2085F 横瀬基地に廃車回送

池袋線や新宿線系統で長らく活躍してきた2000N系8連,2085Fが11月27日、横瀬基地に廃車回送となったそうです(記事)。

2085Fは2000系10次車として2073Fから2085Fまで8連7本が製造されました。2073Fと2075Fの2本が西武所沢車輛工場製、他の5本は東急車輛製造製です。1991年11月8日に竣工しています。2004年3月22日に減パン工事が施工されました。2015年7月に更新修繕を受けています。

2000n-8-2085-150607 2000n-8-2086-150607-32015/6/7 武蔵丘車両検修場 同所公開イベントの際、入場して更新改造を受けていたのが2085Fでした。

2000n-8-2086-160624-212016/6/24 東長崎

2000n-8-2086-1610092016/10/9 練馬

2000n-8-2086-1803102018/3/10 秋津

2000n-8-2085-2110192021/10/19 石神井公園

2000n-8-2086-240806-212024/8/6 中井

2000n-8-2086-130-250329-edit2025/3/29 西武柳沢 川越鉄道130周年HM(東村山市)

2000N系8連のこれまでの廃車(6連化による部分廃車も含む)。

2057F 2023/1
2059F 2022/5
2061F 2023/2
2063F 2021/11
2065F   2025/10
2067F   2024/3
2077F 2023/8 (2277・2278の廃車)
2081F 2023/12 (2281・2282の廃車)
2083F 2025/2
2085F 2025/11
2091F 2024/7 (2291・2292の廃車)
2095F 2025/1
2097F 2016/9

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2025年12月 1日 (月)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その5 有栖川にて朝ラッシュ時の嵐電を撮影 part3

嵐電、平日朝のラッシュ時間の併結運転を撮影、今回はモボ2002+2001のモボ2000形同志です。

2002-240903 2002-240903-4 2001-2409032024/9/3 有栖川

モボ2001形は2000年、嵐山本線開業90周年の年にモボ501形置き換え用として登場した車両で正面1枚窓分割、角形車体の「新嵐電スタイル」となりました。嵐電初のカルダン駆動方式で武庫川車両工業にて2001,2002の2両が製造されました。VVVF制御方式(東洋電機製造製、型式:RG671-A-M)で2レベルIGBT素子を使用していますが、登場当初は回生ブレーキは未装備でした。駆動装置はWNドライブ、台車は住友金属製FS94です。2023年春、嵐電に回生電力貯蔵装置が導入されたことで2両とも回生ブレーキが装備されました。
主要機器類の違いから併結運用はこの2両のみのペアとなり、他の形式とは併結できません。

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