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2025年12月29日 (月)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その13 叡山電車の車両 part1 過去の形式 デナ21形 他

京都電燈が1925年、叡山電気鉄道平坦線(出町柳∼八瀬間)を開業した際に日本車両に発注して導入したのが12.3m車体、片開き2ドアの木造車デナ1形電車でした。デは電動車、ナは中型を意味しています。車体が短いのに台車は大型であったため床下の偽装が難しく抵抗器を屋根上に配置したのが特徴でした。1~6の6両が導入されました。導入時は連結器は無く、集電装置はダブルポール、塗装は緑一色でしたが、1929年に自動連結器が取り付けられ、1930年にはシングルポールとなり、戦後の1954年からは順次2両固定編成化されました。1964年、デナ500形の導入で全車廃車となりました。

 1926年には輸送力増強用として日本車輛で11~14の4両が製造され、全長は13.5m、片開き3ドアの木造車となり、形式はデナ11形となりました。1944年に福井支社・越前、鉄道部に移管され、電装品は取り外されホクハ31形31~34となり、台車も狭軌用に改造されました。1949年に再電装化されホデハ241形241~244となり、1957年には車体を更新して鋼体化されました。鋼体化後は車体長15.7m、両運転台片開き2ドア、片側が貫通、反対側が非貫通のスタイルで241,242が日本車輌性、243,244がナニワ工機製の車体でした。1989年から1991年に廃車となりました。

 1929年には京都電燈が全長15m弱、両運転台、非貫通形3枚窓、片開き3ドアのデナ21形を4両(21~24)、さらに傍系の鞍馬電気鉄道が山端(現、宝ヶ池)~市原開業時の1928年に121~124、1929年の鞍馬延長時に125・126を日本車輛に発注しました。121~126は勾配線の鞍馬線用に発電ブレーキが装備されていましたが,21~24は省略されました(1965年に発電ブレーキが装備されました)。集電装置は登場時はダブルポールでしたが、1930年にシングルポール化され、1978年にはパンタグラフ化されました。

1981年11月、私は大学院博士課程2年でしたが、金沢での学会の後、京都で国際シンポジウムが開かれるのに参加するため京都国際会館(宝ヶ池)に行きました。その際に昼休み、近くに鞍馬方面に向かう鉄道が走っていることが気になり、

21-23-811130 21-23-811130-21981/11/30 デナ21形 23+? 恐らく八幡前駅

彷徨いあるいて見つけた線路際から撮ったのがこれらの写真でした。

21-240903-22024/9/3 鞍馬 デナ21形21のカットモデル

121,123の2両は1964年1月5日、鞍馬寺の初寅大祭による上り臨時列車(デナ21形1両)と下り列車(デナ21形2両編成)が鞍馬線二ノ瀬~貴船口の単線区間で正面衝突し、架線を切断、短絡による火災で上り電車と下り電車の先頭車が焼失、69名が負傷する事故で廃車となりました。

1986年の叡山電鉄発足時にも主力として位置づけられ、1987年には23,24が車体を載せ替えデオ710形711,712へ改造されました。1993年、1994年には800系デオ810形の増備で122-126,125-124が廃車に、1995年には21-22が廃車となり、形式消滅となりました。

福井支部に転出したデナ11形4両の補充目的で1951年に近畿車輛で製造されたのがデオ201~204でした。全長15.9m、片開き3ドア、前面非貫通、両運転台車でした。1987年に203・204がデオ720形721・722へ、1988年に201・202がデオ723・724へ主要機器を供出し、廃車、廃形式となりました。

叡山線初のカルダン駆動車輛として1959年に日立製作所で製造されたのがデオ301・302でした。ころ軸受を使用した空気ばね台車や応荷重装置付きの多段式電動カム軸式制御装置、AMA電空併用ブレーキなど当時の最新技術を取り入れ、75 kW×4のモーターは当時の大手私鉄の電車に匹敵する出力で、設計上の最高速度は100 km/hでした。叡山電鉄では京阪線乗り入れを想定してとのことですが、大型化、新性能化が仇となり、扱いにくい車両としてデオ730形代替時に廃車され、主要機器も再利用はされませんでした。

1928年に10両が田中車輛で製造、1929年にも10両が川崎車輌で製造され、阪神831形として活躍してきましたが大型化で廃車となり、デナ1形淘汰を控えた叡山線に譲受されたのがデナ500形で10両が導入されました。収容能力の小ささ、運用制限(二軒茶屋より先はブレーキの関係で入線できず)で1979年から1980年にかけ、8両がデオ600形に改造となりました。

デオ500形を改造し、発電制動などを装備したデオ600形でしたが、冷房装置の搭載の問題で900系が新製されることとなりましたが900系も新製は2編成のみとなり、最後は603+604が非ワンマン化の貸し切り列車用として残り、2008年11月1日にラストランで引退となりました。

ということで現在は700系(デオ710形、デオ720形、デオ730形)、800系(デオ800形、デオ810形)、900系、そして2025年に9月登場の100系、事業用の電動貨車デト1000形が在籍しています。2024年9月の旅では生憎、730形を撮影することはできませんでしたが、これから系列別に紹介してゆこうと思います。また新系列100系やデオ730形に関しては次回、叡山鉄道を訪問したときに撮影できればと思っています。

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