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2026年1月30日 (金)

JALが最後に導入した747-400F 2機 JA401J、JA402J

先週のNCAの-400Fの記事を書いているときに偶然見つけたのが今回紹介するJALが最後に導入した-400Fタイプの貨物機、JA401JとJA402Jでした。私は全くの不勉強にもJALの747シリーズは登録レジではJA8922、Boeing社のMsn(cn)では29899のJA8917が最終機かとつい最近まで思っていましたが、2004年10月に
cn 33748/ln1351 cn33749/ln1352の2機を導入していたのですね。前者は747-446Fとして2004年9月17日にN50222Eのテストレジで初飛行、2004年10月12日にJALに引き渡されており、レジはJA401JとJALの747では最初の新タイプのレジとなりました。

後者は2004年10月8日に初飛行、10月26日にJALに引き渡され、JA402Jとして登録されました。タイプはサイドカーゴドア付きのため747-446FSCDとなりました。

私は見たことも、写真を撮ったこともありませんが、両機ともJA8180のようなポリッシュドスキンスタイルで尾翼は太陽のアークが描かれていたようですね。

JA401Jは2010年12月17日にAsiana Airlinesのフリートメンバーとなり、レジはHL7616となりました。その後、同じレジで2025年8月1日からはAir Zetaに移籍しております。

JA402Jは2010年12月28日からAir Bridge Cargo(VQ-BJB)、2015年11月3日からはCargologicair (イギリス、2020年2月27日に運航停止)(G-CLAA)、2022年10月6日からはNational Airlines(N537CA)のフリートメンバーとなっています。

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2026年1月29日 (木)

E233系0番台 T40編成 T14編成のG車ユニットと組んで青梅・中央快速線運用に

 昨年11月にT12編制の長野総合車両センター入場に伴い、同編成に連結されていたグリーン車ユニット(-8)を連結し、青梅・中央快速線の運用に就いていたT40編成、T12編成の制御装置の更新が終了し、1月14日に長野総合車両センターと出場し、豊田センターに回送となるため、1月5日に長野に回送されました。
 続いて長野に入場となったのはT14編成で、長野にて同編成に連結されていたグリーン車ユニット(-21)はT40編成に連結され、1月22日に、長野から豊田へ返却回送されました。その結果、今回T40編成は1月5日から1月22日までの18日間、豊田を離れていました。
 運用復帰はいつになるのか運用情報をチェックしていると、1月26日、月曜日、35T運用に入ったことが分かりました。同運用は5:25に豊田を出発、東京~高尾を1往復後、東京発8:55の武蔵小金井行きで武蔵小金井に入区、16:32に武蔵小金井を出発し、東京~青梅、東京~高尾を往復、最後は0:20高尾着で運用を終えるというパターンでした。

いつものように東小金井駅でT40編成を撮影することにしました。この時間帯、中央線快速下り電車は5分程度の遅延が出ており、
 
E2330-12r-t12-260126 E2330-12r-t12-260126-22026/1/26 東小金井 E233系0番台 T12編成
T40編成の一本前の875Tは先日まで長野に入場していたT12編成でした。

E2330-12r-t40-260126-3 E2330-12r-t40-260126-4 E2330-12r-t40tds21-260126 E2330-12r-t40-260126-5T40編成の835T 武蔵小金井行モ所定より、5分遅れで到着

E2330-12r-t40-260126-2次の下り大月行で武蔵小金井に到着するとまだ3番線に停車しており、発車、武蔵小金井区に入区してゆきました。

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2026年1月28日 (水)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その24 琵琶湖疎水と水路閣

南禅寺境内の東方にある琵琶湖疎水の高架水路が水路閣です。第一疎水を北に分岐させた疎水分線の一部で南禅寺の境内を通ることから景観に配慮してレンガ、花崗岩造りのアーチ型橋脚として建設されました。全長93.2m、高さ約9mの風格ある構造物となっています。

240903_202601270739012024/9/3 南禅寺境内の風景に溶け込んでいる水路閣

240903-2_20260127074001映画やテレビドラマのロケでもよく使われる風景です。

240903-4苔むしたレンガが何とも言えない風情を醸し出しています。

240903_20260127074401説明板

Img_2305 Img_23022009/3/8 フランス・モンペリエのサン・クレマン水道橋
モンペリエの旧市街にあり、ペイルー広場まで水を引くために設計された約800mに及ぶ大水道橋です。建造は18世紀でした。水路閣の設計もこうした建造物のスタイルを参考にしたのではと思われます。

琵琶湖疎水は明治2年の東京遷都で人口が3分の1に減少、産業が衰退するなか、1000年の都、京都の復興策として琵琶湖の水を京都に引き、水力発電、路面電車の開業、舟運、防火、庭園への活用などから経済、産業、文化の発展に繋がる一大プロジェクトでした。工事は工部大学校(現、東京大学工学部)を卒業して間もない田邉朔郎(当時21歳)が設計・デザインを行い、欧米の先進測量術で実績を積んだ島田道生(当時36歳)が測量主任を務め、1885年に着工、延べ400万人の作業員が動員され、約5年に及ぶ難工事の末、1890年に第一疎水が完成しました。田邉はアメリカに視察旅行に出かけ、水力発電の有効性を認識し、1889年には蹴上に発電所が建設され、1891年に送電が開始されました。発電能力の増強のため1908年には第二疎水の建設が始まり、1912年に完成しました。同時期、蹴上浄水場も建設され、現在も上水道の水源として利用されています。

240903_20260127075801 240903-2_20260127075801水路閣の上を流れる疎水 上:琵琶湖側 下:岡崎側
立ち入り禁止のために設置された柵の先が水路閣になっています。

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2026年1月27日 (火)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その23 蹴上から南禅寺境内へ

地下鉄東西線蹴上駅から南禅寺に抜ける近道でインクラインの下を潜るトンネルが「ねじりまんぽ」です。

Dsc003452024/9/3 蹴上インクライン、ねじりまんぽ、南禅寺の方向を示す案内標識

1888年(明治21年)6月に完成したレンガ造りのトンネルで高さ約3m、幅約2.6m、長さ18mです。舟を載せた台車が行きかうインクラインの重さに耐えられるように内壁のレンガは斜めに巻かれ、トンネル自体もインクラインと直角ではなく斜めに掘られています。「まんぽ」はトンネルを意味する古い言葉で明治時代の土木技術を物語る貴重な遺産となっています。

Dsc00343南禅寺側から見たねじりまんぽ

Dsc00325 説明板

ねじりまんぽを抜け、北へ進むと金地院の前を通ります。

240903-edit_20260126070501金地院の説明板

金地院は江戸幕府の幕政に関与し「黒衣の宰相」と呼ばれた以心崇伝が室町幕府第4代将軍足利義時が洛北・鷹ヶ峯に創建した寺をこの地に移し、自ら住坊として再興した南禅寺の塔頭で、五山十刹以下全ての住職の任命権を持つ事実上の最高機関として10万石の格式を有し、寺大名と言われました。家康の遺言による3つの東照宮のひとつがあり、家康の遺髪、念持仏が祀られ、江戸幕府により増改築が度々行われ、京都三名席の茶室「八窓席」(他の二つは大徳寺孤篷庵、曼殊院の茶室)や特別名勝に指定されている小堀遠州作の枯山水の庭園「鶴亀の庭」も有名です。
240903_20260126072501 南禅寺 中門
中門と勅使門が並んでおり、勅使門は1641年明正天皇より、御所にあった「日の御門」を拝領したもので、天皇や勅使の来山の際に開かれました。中門は1601年松井康之より、伏見城松井邸の門を勅使門として寄進を受けたものでした。日の御門の拝領で現地に移建されました。

240903-2edit伽藍配置 禅宗七堂伽藍(山門、仏殿、法堂、僧堂、庫裏、東司、浴室)

中門を通って境内を進むと京都三大門のひとつ三門が見えてきます。

240903_20260126080701
240903-2_20260126074001南禅寺三門

生い茂る植物のため写真ではその威容が分かりにくいですが、仏道修行で悟りに至るために透過せねばならない3つの関門、空、無相、無作の三解脱門を略して三門というそうです。寺院を代表する正門で天下竜門とも呼ばれています。開創当時は1295年西園寺実兼の寄進で創立、応安年間(1368~1375)に新三門に改築、1447年に火災で焼失、1628年、藤堂高虎により、大坂夏の陣で倒れた家来の菩提を弔うため再建されました。歌舞伎「楼門五三桐」の石川五右衛門の「絶景かな、絶景かな・・・」の台詞でも有名です。

240903_20260126075601法堂

創建当時の法堂は応仁、文明の乱で焼失し、1479年ごろに復興、1606年豊臣秀頼の寄進で大改築されましたが、1895年の火災で焼失。1909年に再建、須弥壇上中央に本尊釈迦如来右側に獅子に騎る文殊菩薩、左側に象に騎る普賢菩薩の三尊像が安置されています。

240903-edit_20260126081001南禅寺沿革

南禅寺は臨済宗南禅寺派の大本山。日本最初の勅願禅寺(時の天皇、上皇により国家鎮護・皇室繁栄などを祈願して創建された祈願寺 )で開基は亀山法皇。

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2026年1月26日 (月)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その22 出町柳から蹴上へ

いくつかの車両を撮り逃がした状態ではありましたが、叡山電車の旅を楽しんだ後は出町柳地上駅から地下の京阪線駅へ
240903_20260125074501列車案内 京阪線出町柳

240903_20260125074601駅名標

8000-8007-24090315:00発の特急淀屋橋行は8000系8007Fでした。
8007Fは2023年11月30日から約2年間、大阪・関西万博ラッピングが施されていました。

8000-8007-240903_20260125075401転換式クロスシートの車内 

8000-8007-240903-2Elegant Saloon 8000 Series と表示されているとことに関西私鉄らしさを感じます。

わずか2駅の乗車で三条で下車、地下鉄東西線の接続駅名は三条京阪です。
ここから2駅で蹴上へ。
240903_20260125080101地下鉄東西線路線図

240903_20260125080301目的地は南禅寺です。

240903_20260125080501蹴上駅の通路には南禅寺三門を写真をメインにした広告が

240903_20260125081001

蹴上駅、琵琶湖疎水、金地院、南禅寺の位置関係を示した概略図

蹴上駅から南禅寺には中門に続く参道を目指すと三角形の2辺を通る遠回りになるため、疎水の下を通る「ねじりまんぽ」を抜けるルートが近道となります。

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2026年1月23日 (金)

日本貨物航空(NCA)が導入した8機の -400Fタイプ

JALやANAの747-400の燃費の問題、777への置き換えが検討され始めた2000年代後半、日本貨物航空はそれまで運航していたSRからの貨物機改修型、-200Bの貨物機改修型、-200Fの置き換えとして-400の貨物機タイプを8機導入しました。

Nca-747400-fleet
表 NCAが導入した8機の747-400F

これらは2005年6月から2008年8月にかけて導入されており、JA01KZからJA08KZまでのレジが付与されています。面白いことに最初の4機はANAのカスタマーコード(81)が使用され-481FSCDというタイプになっているのに対し、後の4機はNCA仕様として付与されたKZのカスタマーコードが使用され-4KZFSCDとなっている点です。これは最初に4機契約して、後に追加で4機契約したためかと思われます。

これら8機の機体は約8年から10年の在籍の後、後継機として購入された747-8Fタイプに置き換えられる形で除籍となり、元JA01KZだけはAir Cargo Globalを経由していますが、現在は3機がKalitta Airの、残り5機がAtlas Airのフリートメンバーとなっています。

Ja06kz-boeing-7474kzfscd-36133-1397-08092008/9/14 NRT JA06KZ

Ja08kz-boeing-7474kzfscd-36135-1408-17082017/8/28 NRT JA08KZ

写真はJA06KZとJA08KZの2機を撮影していました。
8機は現在もActiveのようです。

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2026年1月22日 (木)

西武鉄道 30000系 2連 32102F 新宿線で10連運用に

近い将来の非VVVF車両全廃に向け、池袋線からの2000N系の撤退、小田急電鉄や東急電鉄からのサステナ車両の譲受、改造、投入が進む西武鉄道ですが、1月17日から長らく池袋線で活躍していた30000系の2連、32102Fが38107Fと組んで10連運用に入っているとのニュースがありました(情報)。

30000系は2008年から2016年にかけ、日立製作所笠戸事業所で製造され、2両編成6本、8両編成18本、10両編成6本の計30編成、216両が武蔵丘、南入曽、玉川上水車両基地に配置されています。8連と10連は池袋線、新宿線両線で活躍が見られますが、2連はここ暫くは池袋線でしか活躍が見られませんでした。

30000-32205-1308132013/8/13 拝島 32105Fが8連と併結で新宿線急行運用に
このときは8連の偶数よりに2連が連結された10連でした。

上の写真のように2013年の夏、拝島駅で10連の新宿線急行を偶然、撮影していましたが、このときは偶数側に2連が連結された姿でした。

30000-32102-2504082025/4/8 中村橋 32102Fを8連の奇数よりに連結した池袋線の30000系10連
池袋線では2連が奇数よりに連結するのがデフォルトのスタイルです。

30000-38807-2601202025/1/20 萩山
8連の相方は38107Fでした。

30000-32102-260120-22026/1/20 萩山30000-2-32102-2601202026/1/20 東大和
今回の新宿線運用では1/17日から38107Fと10連を組んでおり、2連は奇数より(西武新宿方)に連結され、前パンスタイルとなっています。

果たして30000系2連の何本かが新宿線運用に回るのか、それとも一時的な貸し出しなのか、今後の展開が気になります。

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2026年1月21日 (水)

速報版 2026年1月の関西旅行 1月17日の成果概略

奈良からの着席通勤列車「らくラくやまと」に使用されている683系6000番台「安寧」「悠久」編成が週末になると特急「まほろば」としておおさか東線経由で大阪駅から奈良駅まで運転されます。

金曜日の20:46に1092M「らくラクやまと(1092M)」で奈良に到着した編成が吹田総合車両所奈良支所に入区、翌朝、向日町操車場に移動し、向日町を8:38に出区、山崎の待避線で8:45-9:01の16分間停車後、茨木から貨物線に入り、新大阪を経由して大阪地下駅に9:35頃到着することが、こちらのサイトの情報から分かりました。

Dsc045602026/1/17 7:19 長岡京 奈良から「らくラクやまと」と同じルートで向日町操車場に入区する 683系6000番台NO1「安寧」編成

Dsc04620_20260120114801 Dsc04621_20260120114901山崎の待避線で16分間停車中の「安寧」編成

Dsc04629_202601201150019:31 山崎から東海道外側線、茨木で貨物線に入り、梅田貨物線、おおさか東線を通り、新大阪に到着する「安寧」編成

Dsc04645_2026012011530110:05 特急「まほろば」として新大阪を出発

続いて、地下鉄御堂筋線でなんばへ

次なるターゲットは昨年4月1日に南海電気鉄道に吸収合併となり、消滅した泉北高速鉄道、現、南海泉北線訪問です。

Dsc046521962年登場の6000系のスタイルを踏襲する南海本線用7100系などが活躍しているところに「南海らしさ」を感じます。

Dsc04666和泉中央 泉北カラーの7000系 7508

Dsc04697中百舌鳥 南海カラ‐になった元泉北5000系 5508
と吸収合併から10か月弱ですが、徐々に泉北カラーが南海カラーに置き換わっているようでした。

最後は1月16日から営業運転を開始した近鉄大阪線の1A系です。鉄道運用Hubのサイトの近鉄大阪線のページをちらちら覗いていたら、1A01編成が15:25に青山町からの急行で大阪上本町駅に到着、15:46発の各停高安行で出発することがわかり、天下茶屋から、大阪メトロ堺筋線で日本橋、近鉄日本橋から大阪上本町に向かいました。

Dsc04735_202601201324012026/1/17 大阪上本町 1A01編成 4連 1220系1221F 2連と併結
8A系とは異なり、青と白のツートンカラーとなり、スタイルは8A系と同様の8角形デザインとなりました。

Dsc04747座席はクロス/ロング転換可能なL/Cシートで「やさしば」と言われるベビーカーやスーツケースを置けるスペースと専用席(黄緑色)が用意されたのが特徴です。

1月14日は阪急宝塚線から能勢電鉄で日生中央、妙見口、さらに阪神線内の武庫川線なども訪問しましたが、4日間、気候的にも恵まれ、非常に充実した関西鉄道撮影旅行となりました。心残りは683系6000番台、「悠久」編成が向日町操車場に停まっているのは目撃しましたが、撮影できなかったこと、287系「KYOTO SANGA TRAIN」も2度ほど、遠目には見たのですが、撮影できなかったことです。これらはまたの機会に撮影できればと思います。

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2026年1月20日 (火)

速報版 2026年1月の関西旅行 1月16日の成果概略

1月16日、金曜日は叡電の観光列車、HIEI、KIRARA、そして昨年12月より改造で観光列車化された舞の3種類が全て運行される日なので叡電を、さらに15日は休みだった嵐電の新鋭、KYOTRAM モボ1形1の運行を期待して嵐電に再び、そして14日に京都駅を出発したトワイライトエクスプレス瑞風が山陽・山陰周遊コース3日間の旅を終え、京都駅に夕刻に戻ってくるのでこれも狙うことにしました。

まずは嵐電ですが、嵐山本線で運用される車両は始発から9時ごろまでは2両併結で運行されます。モボ1形に関しては現時点では併結相手がいないため、当分の間、この時間帯の運行は北野線の運用に入ることが予想されました。嵐山本線、北野線の運用、車両の走行位置に関しては、こちらのサイトの情報が大変参考になりました。

Dsc041812026/1/16 帷子ノ辻駅に到着するモボ1形 1

Dsc04201北野白梅町

Dsc04225鳴滝

Dsc04250御室仁和寺

Dsc04199車内の様子

Dsc04206運転台 ワンハンドルマスコンタイプですが、レバーは2本あり、運転士は両手で操作していました。

1日切符で北野線を数回往復した後、北野白梅町から203系統のバスで出町柳へ

Dsc04372一乗寺∼修学院間 デオ732 HIEI 
以前は警察車両ラッピングの「PATRAIN(パトレイン)」として運行していましたが、改造工事で前面に大きな楕円状のオブジェが付けられイメージが大きく変わり、話題にもなりました。楕円は比叡山と鞍馬山という2つの霊峰のイメージを2焦点の楕円でイメージしたとのことです。

Dsc04368前回の訪問後、みどり紅葉から登場時の姿に戻された900系 KIRARA 901-902編成

Dsc04384昨年12月1日から運行を開始したデオ721-722改造の100系 舞

修学院の車庫を覗き、叡電の車両を撮影した後は、出町柳まで戻り、201系統のバスで百万遍~京都大学前~知恩院前と乗車、知恩院の門を見学しました。2024年9月の京都旅行では南禅寺の三門を見ており、この日は御室仁和寺の南大門(二王門)も見ており、知恩院の三門をみれば京都三大門を見たことになるからでした。知恩院の境内はあまりに広いので門前で引き返し、そのまま四条通を八坂神社から堀川のホテルまで歩きました。河原町から烏丸にかけては日本人よりも外国人の方が多かったのではと感じました。

午後は再び、嵐電を撮影し、京都の碁盤の目の通の中では例外的な斜め道、後院通(こういんどおり)を北西方向に進み、山陰線二条駅から京都駅に向かいました。後院通は明治時代に市電を通すために斜めの道が造られたとか。

Dsc04521 Dsc045312026/1/16 京都駅 31番線
17:44 定刻に山陽・山陰周遊の旅を終えたトワイライトエクスプレス瑞風が到着しました。

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2026年1月19日 (月)

速報版 2026年1月の関西旅行 1月15日の成果概略

1月15日は再び、奈良から関西本線~大阪環状線~梅田貨物線を経由して新大阪に向かう「らくラクやまと」に683系6000番台「悠久」編成が入ることを期待して野田駅に向かいました。

Dsc03946
2026/1/15 野田 
しかしやってきたのは前日同様、「安寧」編成でした。

Dsc03954環状線から関西本線で奈良へ、さらに奈良線で六地蔵へ向かい、六地蔵にて京都市営地下鉄東西線に乗り換えました。京阪宇治線の六地蔵駅はJRの六地蔵駅から結構離れていますが、地下鉄の駅は北口を出てすぐ目の前にあります。

Dsc03959東西線は全線乗り通して36分程ですが、どの駅もホームドアと壁で線路とは遮断されており、

Dsc03961六地蔵

Dsc03963
太秦天神川

地上に出る区間もないため、どんな車両が走っているのか、京阪京津線が片乗り入れしているのはわかりますが、今一印象の薄い路線のように感じました。

Dsc03974帷子ノ辻 モボ21形 27

Dsc03981太秦広隆寺 モボ620形 624

終点、太秦天神川は嵐電嵐山線との接続駅で、嵐電沿線でも写真を撮りました。ただこの日はKYOTRAM モボ1形はお休みでした。

Dsc04008竹田 京都市営地下鉄烏丸線 10系 1819

Dsc041052022年3月から運行が開始された 20系 2135

さらに近鉄京都線で大和西大寺まで行き、近鉄、阪神の車両も撮影しました。

Dsc04089大和西大寺 8A419

2024年10月に運行が始まった8A系4連、奈良線、京都線、樫原線では当たり前のように見かける車両となっています。従来の車両との併結運転もされています。

Dsc04064大和西大寺 阪神1000系 1208F 
2019年3月から「阪神電車×桃園メトロ連携記念ラッピング列車」となって運転されています。

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2026年1月16日 (金)

最初は民間機レジで登録されていた政府専用機 JA8092 後に航空自衛隊シリアル 20-1102

cn24731/ln839として製造、1991年2月8日にN6038Eのテストレジにて初飛行、11月18日にJA8092として日本国政府に引き渡されたのが2機目の政府専用機でした。1号機と同様に、1992年4月1日には防衛庁(当時)航空自衛隊に移管され、シリアル20-1102が与えられました。

エンジンはGEのCF6-80C2B1Fが選ばれJAL、ANAの-400と同じ仕様となっています。コックピットも民間用747-400と基本的に同じで2人乗務による運航が可能ですが、政府専用機という任務の特殊性から自衛隊の他の戦術輸送機と同様に航法士(ナビゲーター)を加えた3名のコックピットクルーが乗務します。無線機も民間機ではVHF無線機ですが政府専用機はUHF無線機をを搭載し、敵味方識別装置(IEF)も搭載されています。
 
航空自衛隊千歳基地に特別航空輸送隊が組織され、その隷下の第701飛行隊が2機の政府専用機の運用を担当しています。政府要人として最初に搭乗したのは渡辺美智雄副総理兼外務大臣で1993年2月の訪米の際でした。内閣総理大臣として最初に搭乗したのは宮沢喜一首相で1993年4月の訪米でした。皇室最初の利用は上皇夫妻の1993年9月の訪欧時でした。航空自衛隊としては初の大型エアライナーであることから、導入時にJALが運航ハンドリング、機体、エンジンの整備、乗員の養成、、機内サービス員の教育まで担当する契約が締結されました。しかし2011年3月にJALはすべての747を引退させたため、2010年12月以降、乗員資格の取得のための教育支援はNCAが担当することとなり、2018年度末には政府専用機も747-400から777-300ER、2機に交代することが2013年に発表されました。こういった流れから運航支援企業も2代目、政府専用機ではANAに変更となりました。1991年に初飛行、1993年に運用に就いて以来、2016年9月28日時点で、国外任務運航304回、訪問国95か国、要人を乗せた寄港地数251か所、国内任務運航13回、国外運航訓練92回を数え、導入時に較べると仕事におけるネットワーク環境などは大きく変化したため、機内の大改修が2007年に施工されました。

201101-1102-boeing-74747c-170422-hnd22017/4/22 HND JALのハンガーの前で翼を休める2機の政府専用機

201102-boeing-74747c-24731-839-170520-hn2017/5/20 HND V1spotに駐機する2号機

後継機として777-300ER、787、A350XWBが候補に挙がっていましたが、機内空間の狭さから787が脱落、日米同盟という外交的政治判断からエアバス機が脱落し、777-300ERが後継機に選定、2018年8月17日、後継1番機が千歳基地に到着、12月11日、2号機も千歳空港に到着しました。2019年4月1日に2機の747-400は退役となりました。

747-400、2機は貴賓室や自衛隊専用の機器を取り外したのち、競争入札により、エンビプロ・ホールディングス傘下の株式会社エコネコルに売却されました。価格は1機、7億円でした。2機はCSDS Aircraft Sales and Leasingが購入、米アリゾナ州マラナにあるピナル・エアパークで保管され、2019年10月11日から、1号機がN7474CのレジでCargoJet Airwaysのフリートに、2号機はN7477Cのレジで2019年8月23日から同じくCargoJet Airwaysのフリートに加わりましたが、現在は2機とも保管状態のようです。

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2026年1月15日 (木)

速報版 2026年1月の関西旅行 1月14日の成果概略

1月の中旬という厳冬期に学会でカリフォルニアのサンディエゴを訪問したことはしばしばありましたが現役の頃は年度末に向け研究成果報告会などが立て込みなかなか趣味の旅行をするなんて考えつきもしませんでしたが、時間に余裕が生まれたら、この時期に旅行を計画すると意外とどこも空いていて予約も取りやすく、価格も繫忙期に比べてかなり安いということが分かったので関西に来てしまいました。ホテルは2024年9月の時と同じ四条堀川にしました。

ターゲットは

JR西日本 683系6000番台 特急「まほろば」着席通勤列車「らくラくやまと」に使用されている 安寧、悠久編成

トワイライトエクスプレス瑞風

阪急電鉄 宝塚線、神戸線に投入された 2000系

近鉄   8A系 1A系

嵐電   モボ1形

叡電   デオ732 ひえい 等を考えておりました。

1月14日は

 Dsc03642_20260114213401323系 LS15編成 任天堂Super World スペマー

Dsc03663683系6000番台 らくラクやまと 安寧編成 大阪環状線野田駅

Dsc03674同編成は新大阪到着後、向日町に回送されますが、茨木駅の待避線に30分強停車します。

Dsc03707_20260114215301Dsc03710阪急宝塚線、神戸線にデビューした2000系 神戸線御影駅

17日までこちらに滞在予定で、上にあげたターゲットは近鉄以外は時間と場所が定まっているのでなんとかなるのではと思っています。

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2026年1月14日 (水)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その21 叡山電鉄の沿線風景 宝ヶ池~鞍馬

八瀬比叡山口から宝ヶ池まで戻り、今回は鞍馬を目指します。

900904-2409032024/9/3 宝ヶ池 鞍馬方面には900系903-904編成で向かいました。

宝ヶ池を発車した電車は2分程で八幡前駅に到着します。駅名は三宅八幡宮にちなんでおり、かつては柵や上屋の柱が朱色に塗られていたこともあったそうです。三宅八幡宮への表参道は叡山本線の三宅八幡駅側にありますが、最寄り駅は八幡前駅です。昨年12月29日の記事で紹介しましたが、この駅は1981年11月から12月にかけ京都国際会議場で開催されたシンポジウムに参加した際にフラッとあるいてやってきた駅でしたが、今もそのときと変わらない風景が残っているように感じました。

八幡前から岩倉にかけ線路は大きく左へカーブし、岩倉駅では線路は東西方向となります。1990年9月28日に二軒茶屋まで複線区間が延伸するまでは複線区間の末端であったため、岩倉止まり、折り返しの列車が多く設定されていました。

かつて車庫があった木野駅を過ぎて1989年9月21日に開業した京都精華大学前駅を過ぎると二軒茶屋駅です。駅名の由来は鞍馬に行く旅人のために茶屋が二件あったことに由来するそうで、一軒は昭和初期に市原に移転し後に廃業、もう一軒は1992年に廃業したそうです。ちなみに東京の三軒茶屋は大山道と登戸道の分岐(追分)に信楽(後に石橋楼)、角屋、田中屋の三軒の茶屋が並んでいたことに由来しています。

240903_202601191815012024/9/3 二軒茶屋を発車した後の後方展望

何度も出てきましたが1994年11月10日に山端多~当駅間は資材供出で単線化され、1990年9月28日に岩倉~当駅間が再複線化されました。鞍馬寄りに片渡り線2組があり、その先は上り線側が単線の本線、下り線側が引上線となっています。ここから先は単線となっています。

開業時2面2線式相対式ホームだった市原駅は1939年、鞍馬電気鉄道の経営合理化で単線化されました。

市原駅から二ノ瀬駅にかけては線路両側にカエデの木々が植わっている一帯があり、「もみじのトンネル」と呼ばれています。

240903_20260113182701駅名標 貴船口

貴船神社で有名な京都奥座敷貴船への玄関口、貴船口駅は鞍馬川・貴船川の河川合流点付近および京都府道361号上黒田貴船線の鉄橋上に設けられています。

240903_20260119181701駅名標 鞍馬

240903_20260119182001
終点、鞍馬駅は1929年10月20日、現在地より起点寄りに400m手前に仮駅として開業しました。12月20日に現在の駅が開業し、仮駅は廃止されました。天狗のオブジェが展示されたのは2002年で2019年10月18日には2代目にリニューアルされました。

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2026年1月13日 (火)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その20 叡山電鉄の沿線風景 出町柳~八瀬比叡山口

2024年9月の叡山電鉄訪問では出町柳~~八瀬比叡山口、宝ヶ池∼鞍馬に乗車、沿線風景も満喫しました。

800800-802-240903-22024/9/3 出町柳を出発 

乗車しているのはデオ723、八瀬比叡山口行ですが、シーサースクロッシングを通過する前に出町柳の到着する鞍馬からのデオ801形と行き違います。約2分で相対式ホームの元田中駅に到着します。この駅は1925年9月27日の開業時点では現在地とり100mほど出町柳寄りにありました。1943年7月10日には京都市電の東山線が延伸開業し、叡電前停留場が設置されました。さらに1949年12月11日には東山線から山端駅(現、宝ヶ池駅)までの市電の乗り入れが開始され渡り線が設置されました。これか宝ヶ池競輪場までの観客輸送のためでした。12月17日には叡電の駅も現在地に移転されました。市電は低床式の1000系が乗り入れに使用されました。1955年9月1日、市電の乗り入れは終了となりました。

240903_20260112145301「「修学院駅到着前

722-240903運輸課に通じる階段

240903_20260112145801駅名標 平坦線区間、比叡山方面は緑の駅名標

茶山・京都芸術大学駅、一乗寺駅を過ぎ、出町柳駅から約7分で修学院駅に到着します。この駅も開業時は現在地より約100m北にありましたが、1970年に北山通りが建設された際に移動しました。駅の横には車両基地が併設されており、駅に離接するローズマンションの2階には叡山電鉄の運輸課があり、定期券や各種乗車券の販売が行われています。有名な修学院離宮は「しゅがくいん」と発音しますが、この駅も開設当時は「しゅがくいん」と読んでいたそうです。

240903_20260112150301宝ヶ池手前の鞍馬方面分岐

修学院から2分ほどで鞍馬線分岐の宝ヶ池駅に到着します。駅の手前で鞍馬方面は左手に分かれてゆきますがどちらも複線の分岐のため鞍馬からの上り線と八瀬比叡山口方面の下り線が平面交差する構造となっています。1925年に京都電燈が叡山電鉄の山端駅として開業、1928年12月1日には鞍馬電気鉄道が山端∼市原間を開業し接続駅となりました。1929年12月20日、鞍馬電気鉄道と京都電燈の乗り入れが始まりました。
1944年5月1日、当駅∼八瀬間が戦時資材供出で単線化されました。11月10日には当駅~二軒茶屋間が単線化されました。1951年、当駅~八瀬間、1958年当駅~岩倉間が複線化されました。

240903_20260112152101 240903_20260112152102

2種類の駅名標

240903_20260112205201先に伸びるのが鞍馬方面、右にカーブしてゆくのが八瀬比叡山口方面

鞍馬方面の線路にある片渡り線は朝に1本のみ3番線から岩倉への折返し電車のために設けられたもので、1990年ごろには廃止になっています。鞍馬電鉄開業時にはシーサスクロッシングが設けられていました。ちょうど撮影している4番線ホームの鞍馬寄りに市電が乗り入れたころの低床式対応ホームの跡が残っているそうですが、今回の旅行では確認できませんでした。

240903-3_20260112153001八瀬比叡山口到着直前

240903_20260112153101駅名標

240903_20260112153201駅舎
駅名の表示は開業時のスタイルに

240903_20260112153301比叡山の西からの登山口となっており、約300m離れた場所にロープウェイの駅があります。

宝ヶ池を出発し、三宅八幡に停車し、約5分で終点八瀬比叡山口に到着です。開業当初は八瀬、その後、八瀬遊園を経て現在の八瀬比叡山口になりました。かつては駅前にあった八瀬遊園(後にスポーツバレー京都、森のゆうえんち)で賑わっていましたが、2001年に閉園となりました。

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2026年1月12日 (月)

西武鉄道 2000N系 4連 2507F 横瀬基地に廃車回送

かなり時間が経ってしまいましたが2025年12月24日、西武2000N系4連の2507Fが横瀬基地に廃車回送されました。


同編成は2000N系4連の中でも最古参の2000系6次車グループとして2501Fから2507Fまでの4本、2連2451F、6連2051Fの6編成が東急車輛製造で製造されました。形態的特徴は全面貫通窓が小型であることです。
 
2507Fは1988年3月31日に竣工しています。1992年12月28日に減パン工事が施工され、2003年6月19日にはMG,CPの換装が行われています。

2000n-4-2507f-160423-222016/4/23 小平 

2000n-4-2507-1606252016/6/25 沼袋 


2000n-4-2507-160717-212016/7/17 井荻

2000n-4-2608-2103052021/3/5 一橋学園
9000系4連の代走で多摩湖線運用に入ることもありました。

2507Fの廃車で2000系6次車は全廃となり、4連は2501F~2521F,2527F,2529Fが廃車となりました。

2000N系 4連 廃車の記録

2501F 2022/7廃車
2503F 2022/6廃車
2505F 2022/12廃車
2507F   2025/12廃車
2515F 2023/3廃車
2519F 2022/2廃車
2521F  2022/3廃車
2527F  2025/3廃車
2529F  2023/11 廃車

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2026年1月 9日 (金)

最初は民間機レジで登録されていた政府専用機 JA8091 後に航空自衛隊シリアル 20-1101

cn24730/ln816として製造され、Boeing社のカスタマーコード”7C”(7°C)(=航空自衛隊)が与えられ747-47Cとして1990年10月9日にN6055Xのテストレジにて初飛行、1991年9月17日、日本国政府(総理府)に引き渡されたのがJA8091でした。予算上、総理府の予算で購入し、運用は航空自衛隊に委託したので登録レジは民間機タイプのレジとなりましたが、1992年4月1日に航空自衛隊に転籍となったため、20-1101のシリアルが新たに付与されました。

余談となりますがBoeing社は受注生産した航空機に対して最初の発注者、仕様を明確化するため、377Stratocruiserから7x7民間航空機にカスタマーコードを付与してきましたが、アルファベットと算用数字2文字の組み合わせによる組み合わせが満杯となり、2016年にカスタマーコードを付与しなくなることがアナウンスされ、形式別には
Boeing 737 Next Generation: line number 6082
Boeing P-8 Poseidon: line number 6020
Boeing 747-8: line number 1534
Boeing 767: line number 1102
Boeing 777: line number 1422 以降はカスタマーコードがありません。したがってモデル787、737MAX、777Xは最初からカスタマコードがありません。

話を政府専用機に戻しますと、政府要人や皇族の海外訪問の輸送手段は太平洋戦争直後は外国エアラインや客船でした。吉田茂首相のサンフランシスコ講和条約調印はPanAmのストラトクルーザーが使用され、1953年のエリザベス2世戴冠式に皇太子(現、上皇)が参列した際には米プレジデントラインの客船「プレジデント・ウイルソン」が使用されました。1953年11月、日本航空が海外路線を開設し、これ以降、日航が特別機を仕立て皇族、政府要人の海外訪問する方式が一般化しました。日本政府が専用機の導入構想を持ったのは1970年代でした。その頃、日本は経済成長を遂げ、対米貿易黒字の巨大化が問題となり、その解消手段として要人輸送機をアメリカから購入するという案が本格的に議論されるようになりました。ベトナム戦争、中東戦争で邦人を救出しなければいけない事態となったとき、日本航空の乗員組合が乗員の安全を第一として運航を拒否する事態も考えられ、さらに1985年に日航の完全民営化方針が決定されたことから、政府が独自に運用できる政府専用機の必要性が高まり、1987年5月28日、当時の中曽根内閣がBoeing747-400、2機を導入することを閣議決定しました。1987年12月18日、伊藤忠商事を通じ、360億円で発注となりました。

セキュリティ上の問題を考慮した場合、正(要人搭乗・主務機)副(随行・副務機)、予備(待機、非常時の代替機)の3機体制が望ましいのですが当時の大蔵省の予算査定で3機目は認められず2機体制となりました。

Img_0082 Img_0089 Img_01002002/8/27 CTS

2機目の導入、運用、退役後については次回の記事で。

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2026年1月 8日 (木)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その19 叡山電車の車両 part7 事業用車両 デト1000形 デト1001

前回の記事までで2024年9月に叡山電鉄を訪問した際に撮影できた旅客用車両は紹介しましたが、あと1両、保線工事用に使用される事業用車両デト1000形について紹介しようと思います。

この車両は1974年に嵐電に配置されているモト1000形同様、武庫川車両で製造されました。当時はどちらの線区も京福電気鉄道で、無蓋電動貨車として、嵐山線はフモ501形フモ501,叡山線はデワ101形デワ101の置き換え用として製造・配置されました。嵐電のモト1001に関しては西院車庫の奥に停められているのか、見たことはありません。

1001-240903 1001-240903-22024/9/3 修学院車庫 デト1001

制御方式は直接制御で、主電動機は京都市交通局600形から流用、50PS(37.5kW)のものを2基搭載し、駆動方式は吊り掛け駆動方式、台車も京都市電600形のKS40Lを流用しています。出町柳よりにZ型パンタグラフが設置されています。1978年の叡山線ポール集電廃止から現在のスタイルになりました。ATSが装備されていないため営業時間中は運転ができません。

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2026年1月 7日 (水)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その18 叡山電車の車両 part6 900系 

1997年6月、京都市営地下鉄烏丸線が北山駅から国際会館駅まで延伸されることとなり、通勤、通学客が大量に烏丸線に移行することが見込まれたため、沿線外から鞍馬、貴船などの観光地に観光客を呼びこむための観光電車として構想されたのが900系でした。

900903-240903-22024/9/3 900系 側面のKIRARAロゴマーク
この楕円形のマークはデナ21などの時代から車体につけられていた車号板を模したものだそうです。

「紅葉を観るために乗りに来ていただく車両」をコンセプトに外観・内装を近畿車輛デザイン室が担当、製造は武庫川車両工業が担当し、1997年10月に901-902編成、1998年9月にに903-904編成が竣工しました。眺望をよくするため平面ガラスを多用し、車体が水晶のようにきらめくことから「きらら」の愛称が与えられました。外装の塗色も編成毎に異なり,901-902編成は上半分をメイプルレッド,903-904編成は上半分をメイプルオレンジとし、下部はベージュに、塗分け部分にはゴールドの帯が入れられました。1998年度、鉄道友の会から「ローレル賞」が授与されています。

主電動機は京阪600形が昇圧時まで使用していた東洋電機製造製複巻式TDK-8565-Aを直巻式に巻きなおしたTDK-8565-B(出力53 kW、端子電圧150 V、定格電流410 A、回転数1,280 rpm)、主制御器は東洋電機製造製発電抑速ブレーキ付電動カム軸式ACDF-M353-777G で奇数号車に搭載され2両分8個の主電動機を制御します。台車は緩衝ゴム式軸支持の近畿車輛製KD-232、パンタグラフは東洋製PT7124-Aで叡電初のシングルアーム方式となりました。CPは京阪から購入した容量1590 リットル/分のHB-1500Bが偶数車床下に搭載されました。

901‐902編成の導入でデオ600形、605・606が廃車され、903-904編成の導入でデオ601・602が廃車されました。当初の予定では3編成製造でしたが経済的理由から2編成となり、デオ603・604の代替車両は製造されませんでした。

900901-240903宝ヶ池 901-902編成

2019年3月21日から901-902編成は新緑シーズンの魅力をアピールするため「青もみじきらら」として黄緑ベースの塗装に変更して運転しており、私が訪れた時もこの塗色でしたが、2025年3月にメープルレッドに戻されたようです(情報)。

900904-240903-21宝ヶ池 903-904編成

900901-240903_20260106081401車内の様子
平面ガラスを多用してもみじのトンネルなどの通過の際に眺望を良くしています。

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2026年1月 6日 (火)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その17 叡山電車の車両 part5 800系 デオ810形 

京阪大津線用500形(501~506)が京都市営地下鉄東西線との直通運転(片乗り入れ)を開始する際に架線電圧の600Vから1500V昇圧対応できないことから、複電圧車として製造が決定していた700形の種車として車体が流用されることになりました。そこで余剰となる主制御器、主電動機を再利用して製造されたのが叡山電鉄デオ810形でした。1993年4月に811-812、1994年3月に813-814、1995年4月に815-816の3編成計6両が製造されました。出町柳よりが奇数番号、鞍馬寄りが偶数番号という付番になっています。これらの代替としてデナ21形122,126、124,125、21、21が廃車となりデナ21形は形式消滅しました。

504-801211_202601050831011980/12/11 蹴上 京阪大津線500形504 

700-708-140811_202601050834012014/8/11 京阪膳所 上の504の車体を流用して製造(代替新造)された700形 708

製造を担当したのは武庫川車両でした。当時、武庫川車両は野上鉄道向けの80形を請け負っていましたが、キャンセルとなった関係で811-812の製造工程がスピードアップされました。帯色は3編成でそれぞれ異なり、811‐812は柳をイメージした黄緑とコバルトブルー、813-814は貴船・鞍馬の山藤をイメージした紫とコバルトブルー、815-816は鞍馬の自然をイメージした淡青色に植物をあしらったアメリカ人デザイナー、アレックス・ボーイズによる「エコモーション・トレイン」となりました。810形では従来のMGに代わりSIVが初めて搭載されました。主電動機はTDK-8560-A、出力は60kW、歯車比は6.0、台車はFS-556、車輪径はデオ800形の860㎜に対して760㎜と小さくなり、床面高さも1147㎜から1100㎜と低くなりました。

800810-811-2409032024/9/3 修学院車庫 デオ810形 811

800810-813-240903 2024/9/3 修学院車庫 デオ810形 813

800810-815-240903 2024/9/3 出町柳 デオ810形 815

塗装に関しては登場後変化しており、815-816は2003年7月に近畿車輛デザインによる四季の森をバックに動物を描いた「ギャラリートレイン・こもれび」に変更されました。

800系全編成に2017年2月の813-814を皮切りにスカートが設置され、2019年2月に802-852編成で完了しました。

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2026年1月 5日 (月)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その16 叡山電車の車両 part4 800系 デオ800形 

1989年10月、京阪電鉄鴨東線が開業したことにより、1978年10月の京都市電全廃以来続いた出町柳での他の鉄道路線との接続途絶状態を脱し、叡山電鉄の旅客数は急増しました。さらに1991年9月には岩倉~二軒茶屋間が複線化され線路容量も増加しました。こうした状況に対応し、老朽化したデナ21形の置き換えを目途に1990年から1995年にかけ製造されたのが800系です。800系は機器構成の違いからデオ800形とデオ810形の2つの形式があり、今回の記事ではデオ800形について紹介します。

デオ800形は2両の電動車に機器を分散して搭載しており、出町柳よりが800番台、鞍馬よりが850番台の番号が与えられています。1990年10月に801-851編成、1992年5月に802-852編成が製造されました。


800番台の車両にパンタグラフ2基、主制御器、850番台の車両にCP、電動発電機が搭載されています。台車は住友金属工業製FS-544、主電動機はTDK-8750-A(出力53kW)、東洋電機製造製電動カム軸式ACDF-M353-77Eで1C8Mの抵抗制御方式で駆動方式は平行カルダン駆動方式(歯車比4.21)です。制動方式は電気指令式HRD-1です。冷房装置は車両中央部屋根上に容量15.1 kW(13,000 kcal/h)の東芝製RPU3044 2基が搭載されました。

800800-801-2409032024/9/3 一条寺∼修学院 デオ800形 801

800800-851-240903-2宝ヶ池 851

800800-851-240903鞍馬 851

800800-802-240903-2出町柳 802

800800-801-240903-2デオ801の車内 3扉、オールロングシートです。

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