2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その23 蹴上から南禅寺境内へ
地下鉄東西線蹴上駅から南禅寺に抜ける近道でインクラインの下を潜るトンネルが「ねじりまんぽ」です。
2024/9/3 蹴上インクライン、ねじりまんぽ、南禅寺の方向を示す案内標識
1888年(明治21年)6月に完成したレンガ造りのトンネルで高さ約3m、幅約2.6m、長さ18mです。舟を載せた台車が行きかうインクラインの重さに耐えられるように内壁のレンガは斜めに巻かれ、トンネル自体もインクラインと直角ではなく斜めに掘られています。「まんぽ」はトンネルを意味する古い言葉で明治時代の土木技術を物語る貴重な遺産となっています。
南禅寺側から見たねじりまんぽ
説明板
ねじりまんぽを抜け、北へ進むと金地院の前を通ります。
金地院の説明板
金地院は江戸幕府の幕政に関与し「黒衣の宰相」と呼ばれた以心崇伝が室町幕府第4代将軍足利義時が洛北・鷹ヶ峯に創建した寺をこの地に移し、自ら住坊として再興した南禅寺の塔頭で、五山十刹以下全ての住職の任命権を持つ事実上の最高機関として10万石の格式を有し、寺大名と言われました。家康の遺言による3つの東照宮のひとつがあり、家康の遺髪、念持仏が祀られ、江戸幕府により増改築が度々行われ、京都三名席の茶室「八窓席」(他の二つは大徳寺孤篷庵、曼殊院の茶室)や特別名勝に指定されている小堀遠州作の枯山水の庭園「鶴亀の庭」も有名です。
南禅寺 中門
中門と勅使門が並んでおり、勅使門は1641年明正天皇より、御所にあった「日の御門」を拝領したもので、天皇や勅使の来山の際に開かれました。中門は1601年松井康之より、伏見城松井邸の門を勅使門として寄進を受けたものでした。日の御門の拝領で現地に移建されました。
伽藍配置 禅宗七堂伽藍(山門、仏殿、法堂、僧堂、庫裏、東司、浴室)
中門を通って境内を進むと京都三大門のひとつ三門が見えてきます。

南禅寺三門
生い茂る植物のため写真ではその威容が分かりにくいですが、仏道修行で悟りに至るために透過せねばならない3つの関門、空、無相、無作の三解脱門を略して三門というそうです。寺院を代表する正門で天下竜門とも呼ばれています。開創当時は1295年西園寺実兼の寄進で創立、応安年間(1368~1375)に新三門に改築、1447年に火災で焼失、1628年、藤堂高虎により、大坂夏の陣で倒れた家来の菩提を弔うため再建されました。歌舞伎「楼門五三桐」の石川五右衛門の「絶景かな、絶景かな・・・」の台詞でも有名です。
法堂
創建当時の法堂は応仁、文明の乱で焼失し、1479年ごろに復興、1606年豊臣秀頼の寄進で大改築されましたが、1895年の火災で焼失。1909年に再建、須弥壇上中央に本尊釈迦如来、右側に獅子に騎る文殊菩薩、左側に象に騎る普賢菩薩の三尊像が安置されています。
南禅寺沿革
南禅寺は臨済宗南禅寺派の大本山。日本最初の勅願禅寺(時の天皇、上皇により国家鎮護・皇室繁栄などを祈願して創建された祈願寺 )で開基は亀山法皇。
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