2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その24 琵琶湖疎水と水路閣
南禅寺境内の東方にある琵琶湖疎水の高架水路が水路閣です。第一疎水を北に分岐させた疎水分線の一部で南禅寺の境内を通ることから景観に配慮してレンガ、花崗岩造りのアーチ型橋脚として建設されました。全長93.2m、高さ約9mの風格ある構造物となっています。
2024/9/3 南禅寺境内の風景に溶け込んでいる水路閣
映画やテレビドラマのロケでもよく使われる風景です。
苔むしたレンガが何とも言えない風情を醸し出しています。
説明板
2009/3/8 フランス・モンペリエのサン・クレマン水道橋
モンペリエの旧市街にあり、ペイルー広場まで水を引くために設計された約800mに及ぶ大水道橋です。建造は18世紀でした。水路閣の設計もこうした建造物のスタイルを参考にしたのではと思われます。
琵琶湖疎水は明治2年の東京遷都で人口が3分の1に減少、産業が衰退するなか、1000年の都、京都の復興策として琵琶湖の水を京都に引き、水力発電、路面電車の開業、舟運、防火、庭園への活用などから経済、産業、文化の発展に繋がる一大プロジェクトでした。工事は工部大学校(現、東京大学工学部)を卒業して間もない田邉朔郎(当時21歳)が設計・デザインを行い、欧米の先進測量術で実績を積んだ島田道生(当時36歳)が測量主任を務め、1885年に着工、延べ400万人の作業員が動員され、約5年に及ぶ難工事の末、1890年に第一疎水が完成しました。田邉はアメリカに視察旅行に出かけ、水力発電の有効性を認識し、1889年には蹴上に発電所が建設され、1891年に送電が開始されました。発電能力の増強のため1908年には第二疎水の建設が始まり、1912年に完成しました。同時期、蹴上浄水場も建設され、現在も上水道の水源として利用されています。
水路閣の上を流れる疎水 上:琵琶湖側 下:岡崎側
立ち入り禁止のために設置された柵の先が水路閣になっています。
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