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2026年7月31日 (金)

ベアリングメーカ-、ミネベアミツミの子会社、ミネベア航空が所有、運航したDC-10-30 N10NB

20機のJALのDC-10-40、2機のJASのDC-10-30に続き、最後は日本資本の日系アメリカ企業だったミネベア航空が保有、運航したDC-10-30に関するストーリーです。

長野県北佐久郡御代田町に本社を置くベアリング、モーターを中心とする電気部品メーカー「ミネベアミツミ株式会社」は第二次世界大戦終戦後、満州から引き揚げてきた旧満州飛行機製造の技術者が立ち上げた会社で小径・ミニチュアサイズのボールベアリングでは世界シェア1位を誇っています。1951年7月に日本ミネチュアベアリング株式会社として設立されました。1968年のアメリカ現地法人を手始めに1971年イギリス、1972年シンガポール、1977年西ドイツ、1980年台湾、タイ、1994年中華人民共和国と海外に拠点を設け、国内のみならず、海外ではアメリカ、イギリス、ドイツ、スロバキア、チェコ、シンガポール、タイ、中国、マレーシア、フィリピン、カンボジアに工場を設立しました。

1983年頃からバンコクとシンガポール間での空輸を発展させる形で1985年5月、日本・シンガポール・タイ間の輸送を目的に海外業務部が主導し、ボーイング727型機(N727CD:cn18849/ln178 Initial customerはUnited Airlines)を購入、日本から東南アジアのミネベアの工場へ部品輸送が子会社のミネベア航空によって開始されました。1988年から1995年にかけてはボーイング707型機(N707MB:cn19986/ln730 Initial customer Air France)が使用され、1995年から使用されるようになったのが元サベナ航空のDC-10-30CF:N10MBでした。

N10mb-961116-nrtrwy-341996/11/16 NRT-RWY 34
かつて747型などでも存在した客貨両用のCombiタイプは前半が客室、後半が貨物室でしたが、この機体は窓の配置から見ると前半に貨物室、後半に客室が配置されていたようです。

N10nb-020211-nrtrwy-34-162002/2/11 NRT-RWY 34

同機はcn47907/ln157として製造、1974年5月13日に初飛行し、6月10日、サベナ航空に引き渡された機体でレジはOO-SLBでした。20年強、サベナ航空で活躍した後、ミネベア航空に売却され1994年8月4日からN10MBのレジで、日本・シンガポール・バンコク間の部品輸送、従業員の移動手段として活躍しました。

2000年代になると後継機探しが始まりましたが、MD-11等の中古機材に適当な機が見つからず、改造するにはコストがかかりすぎるため、2002年会社を清算することとし、運航は終了となりました。その後、N10MBのDC-10-30は2002年7月3日からOmega Air Hondurasのフリートに加わり、2004年10月1日からはZ-ARLのレジでジンバブエのAvient Aviationの所属となりましたが、2012年に保管状態となり、2016年7月解体されました。

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2026年7月30日 (木)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その8 皆実町六丁目停留場

2026年7月28日、16時27分頃、熊本県宇城市、氷川町などで震度7を記録する「令和8年熊本地震」が発生しました。現時点ではまだ正確な被害状況は把握、発表されていないようですが、地震後に嘉島町の「イオンモール熊本」で爆発事故、九州自動車道で橋桁が上下にずれる損傷の発生、日本製紙八代工場の煙突崩落、八代駅構内の貨物側線で同駅で4099レから4096レへの折り返し、出発待ちだったEF510-308号機以下4両のコキが脱線、横転する事故が起きているようです。さらに大規模な断水、停電、ガスの供給ストップなどのライフラインの停止が発生しています。
私も熊本は2023年から毎年12月、大相撲の巡業の関係で3年連続訪問しており、今年も11月末から12月に訪問の予約手配をしたところでした。2016年の大地震からの復興が進んだことを感じ、「第二の故郷感」を持っているだけに今回の地震には大変なショックを受けています。

260517_202607290958012026/5/17 電停名標

広電本社前から御幸橋を過ぎ、皆実線と合流する宇品通りと千田通りの交差点上にあるのが皆実町六丁目停留場です。先日、紹介した紙屋町停留場などと同様にデルタ線が形成されており、西方向(宇品線)と北方向(皆実線)を結ぶ線路は長らく営業運行は行われていませんでしたが、今年3月28日の循環線開業で営業運行が実施されるようになりました。
宇品線の紙屋町~御幸橋(橋の西詰)間が開業したのは1912年11月23日でした。さらに橋の東詰から宇品まで開業したのは1915年4月8日で、1919年5月25日に御幸橋電車専用橋が開業するまでは橋は徒歩で渡っていました。軌道もこの頃は京橋川の東岸、宇品地区の西堤防沿いに敷かれていました。1935年に軌道は宇品通りに移され、それまでの専売局前停留場は廃止され、皆実町停留場が新設されました。さらに1944年には皆実線が開業し、2路線が分岐する停留場となり、皆実町三丁目停留場と改称されました。現在の名称となったのは1971年のことでした。

1900-1908-260517-22026/5/17 1系統と7系統の電車は皆実六丁目でこのような進路を取っています(奥が広島港、右が御幸橋方面)

800-804-2605175系統の電車は皆実線経由で広島駅に向かうためこのように進みます(手前が比治山方面)

900-913-2605172026年3月に開業した循環線の電車は写真のようなルートを辿ります。

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2026年7月29日 (水)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その7 広電本社前電停と千田車庫

1912年11月23日、広島電気軌道が紙屋町停留場から御幸橋停留場まで宇品線が営業を開始した際に自社の発電所前に開設した停留場が発電所前停留場で1917年広島電気軌道は広島瓦斯と合併、広島瓦斯電軌となり、1927年、停留場名も電鉄前停留場となりました。発電所の方は広島電気からの受電が開始されたことや老朽化の進行で1934年には操業を停止、1935年には変電所となりました。1942年、広島瓦斯電軌から運輸部門が独立し、広島電鉄が設立、本社がこの場所に置かれました。原爆投下で宇品線も本社も被害を受けましたが、1年後には本社機能が当地で復活しました。1958年、広島電鉄の略称が「電鉄」から「広電」になったことで広電本社前停留場となりました。

260518_202607280839012026/5/18 電停名標

1号線(広島駅~広島港(宇品))、3号線(広電西広島(己斐)~当停留場)、7号線(横川駅~広島港(宇品))、循環線(内回り、外回り)が発着しており、循環線は当停留場が内回り、外回りの起点となっています。

750-762-260518-4御幸橋停留場寄りには渡り線があり、7号線系統の電車がこの渡り線を使って折り返しています。

350-352-260518-3日赤病院前停留場よりには千田車庫への引き込み線があります。

650-652-260518-232012年の電車開業100周年にあわせ停留場の上屋はヨーロッパ風のデザインに改められました。

260518_202607280905012026/5/18 表札

260518_20260728090601車庫内部の様子

千田車庫は広電で最も古い車庫で所属車両の日常検査に加え、江波車庫、荒手車庫に所属する車両の全般検査も行っています。

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2026年7月28日 (火)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その6 紙屋町電停

広島市の中心街を通る相生通りと鯉城通りの交差する紙屋町交差点にある停留所が紙屋町電停です。1912年11月23日、広島駅前(現、広島駅~櫓下(後の相生橋、現・原爆ドーム前)間が開業した際に開設されました。広島駅から広電西広島(己斐)駅方面に向かう本線と当電停を起点に広島港方面に向かう宇品線の分岐する停留場で、2001年11月1日からは鯉城通りに対して東側と西側の停留所を紙屋町東、紙屋町西と別々に呼ぶことにしました。

260518_202607270902012026/5/18 電停名標

260518-edit広島港行、宮島口行、江波行がそれぞれあと何分程度でやって来るかを表示している案内板

260518_20260727090901紙屋町東・西電停における軌道は本線下り・上りと宇品線を連絡するデルタ線となっており、1998年に導入されたARC(Automatic Route Control)によってポイントの切換が制御されています。運転間隔は
・紙屋町東から広島駅方面へ約4分間隔
・紙屋町西から横川駅方面へ約12分間隔
・西広島(己斐)方面へ10分間隔
・江波方面へ約12分間隔
・本通からは市役所前方面へ約6分間隔
・広島港(宇品)方面へ約12分間隔  となっています。

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2026年7月27日 (月)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その5 江波電停と車庫

だいぶ間が空いてしまいましたが、広島電鉄の話題に戻ります。

260517_202607260711012026/5/17 電停名標

江波線は本線の土橋電停から分岐し、江波電停に至る2.6km、7駅の路線で広島市の舟入地区を走るため両端駅以外は「舟入・・」となっています。元々、1943年、江波町の造成埋立地に三菱重工広島造船所が操業を開始したため、そこへの通勤輸送を強化する目的で軍の要請により、建設が決まりました。1954年に現在の江波まで開通しましたが、広島造船所(その後、三菱重工業広島製作所江波工場)まで1.3kmの距離がありましたが、この間の延伸計画は今のところありません。

本線を経由して広島駅に至る6号線、横川駅に至る8号線、そして八丁堀から白島に至る9号線が朝夕に運行されています。1952年10月1日、江波陸軍射的場跡地に江波車庫が完成しました。

800-806-260517 700-711-713-260517 1000-1006-lex-2605172026/5/17 江波車庫で休む車両達

単行車の700形、800形、そして超低床車両の1000形が現在の主力となっています。

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2026年7月24日 (金)

日本エアシステムが導入した2機のDC-10-30ER JA8551

cn48316/ln437として製造、1988年2月1日に初飛行、7月29日にJASに引き渡されたのがJAS二機目のDC-10、JA8551でした。JASとしてはJA8550の記事で紹介したように当時は日米航空交渉の難航でホノルル線就航もままならない状況にあり、JA8551はKorean Airにリースされることになり、レジはHL7329として7月29日付で登録されました。1年間リース予定でしたが、韓国ではVIP専用機として使用されました。当初予定されていたリース期間より1か月強早い、1989年6月25日、JASに復帰、レジはJA8551として、JA8550とともにシンガポール線、ホノルル線に活躍しました。1995年8月から1997年12月にかけては「ピーターパン子供基金」との協賛でピーターパンのスペシャルマーキングを纏っていました。

Ja8551-971019-nrtrwy-16-2
1997/10/19 NRT-RWY 16

Ja8551-jas-dc1030er-cn48316-ln437-9712281997/12/28 NRT RWY 34

Ja8551-jas-dc1030er-cn48316-ln437-9809131998/9/13 NRT RWY 34

2000年4月にはJASを退役、Northwest Airlinesに売却され、N244NWのレジに変更されました。その後、2007年5月8日からはOmni Air Internationalのフリートに加わり、2012年1月から保管状態に、2016年3月解体されました。

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2026年7月23日 (木)

東京メトロ 銀座線 上野検車区

かれこれ5年半前、世の中コロナウイルス病が蔓延していた頃のことですが、金曜日の早朝、つくばから小平の家に帰る際に高速バスを上野で下車し、東上野4丁目にある東京地下鉄銀座線の車両基地、上野検車区を訪問しました。

201120-edit2020/11/20 上野検車区表札

2011202020/11/20 上野検車区正面
日本唯一の地下鉄線の踏切があり、線路脇には直流600Vが架電されている第三軌条があるため、軌道に立ち入れないように柵で遮断されています。

201120_20260722071201上野駅に続く出入庫線 勾配は55‰

本線と合流・分岐する直前に地下の収容線に繋がる出入庫線の分岐があります。

1927年12月30日、「地下鉄の父」と呼ばれる早川徳次が設立した東京地下鉄道が上野~浅草間を開業した際に上野電車庫として開業したのが始まりで用地は関東大震災後の首都復興事業として容易に取得できたようです。工場業務と検車区業務を担当していましたが、輸送力増加に対応するため1963年5月に工場設備は廃止し、地上部に6両編成7本、地下に6両編成13本、計20本が収容できる体制に改められました。

201120_20260722071901地上部の車庫線 6連7本の収容が可能です。

1000-1134-201120-3

2020/11/20 出区準備をする銀座線1000系201120-2

120-1ke-201120-2銀座線工務区所属の軌道保守用車両

かつては銀座線、丸ノ内線で使用される車両の搬入も当車両基地から行われており、1927年製造の東京地下鉄道1000形から1959年製造の営団地下鉄2000形1次車までの117両がトラクターによる陸送により搬入されていました。

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2026年7月22日 (水)

西武鉄道 西武狭山線のワンマン化、7000系の投入 part4 車両編 7000系 7106編成

2026年6月27日から狭山線に投入された元東急9000系由来の「サステナ車両」7000系、3編成目として6月29日から営業運転に入ったのが7106編成でした。

9000-9007-130119_202607210653012013/1/19 中延

元9007編成から改造された編成で1988年3月9日、第2次車として9000系中唯一、大井町線用の5連で竣工、入籍しました。2025年9月9日に除籍となり、長津田で改造を受け、2026年3月18日、9010編成とともに小手指に回送されました。2026年3月30日に武蔵丘車両検修場に自力回送で入場、5月22日には報道公開、6月6日の「西武・電車フェスタ2026 in 武蔵丘車両検修場」では改造中の9112編成とともにお披露目展示されました。

7000-7106-260711-6edit7000-7006-2607112026/7/11 西武球場前

7000-7106-260711 7000-7006-260711_202607210656017000-7006-260711-32026/7/11 西所沢

7000-7006-260712-2 2026/7/12 西所沢

9003編成と同時に甲種回送された9011編成が7110編成として7月21日に武蔵丘を出場し、池袋線内で試運転されたというニュースもありました(情報)。2026年度に東急から西武へ譲渡される9000系(4編成の予定)の動きも始まっており、7月14日から17日にかけて9002編成と9014編成が長津田から新秋津まで甲種回送、小手指に到着したそうです(情報)。さらに9014編成は小手指∼飯能間を101N系1241F、飯能∼武蔵丘間を263Fに牽引され、武蔵丘車両検修場に入場したとのことです(情報)。

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2026年7月21日 (火)

西武鉄道 西武狭山線のワンマン化、7000系の投入 part4 車両編 7000系 7104編成

西武7000系、7104編成は元東急9000系9005編成で2次車として1988年2月20日に竣工、入籍しています。9000系としては最も早く2025年2月に除籍となっており、東急テクノシステム長津田工場にて改造工事が施工され、2025年11月に9012編成とともに小手指基地に甲種回送され、12月に武蔵丘検修場に入場、2026年1月30日、検査とラッピングを終え、7104編成として出場しました。


9005-130113 2013/1/13 中目黒 9005F 東横線時代

9000-9005-1608262016/8/26 二子新地 大井町線時代 5連化され同線へ転属したのは2013年6月26日でした。

7000-7104-260715-edit2026/7/15 西武球場前

7000-7104-260715
7000-7004-260715
7000-7004-260715-42026/7/15 西所沢

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2026年7月20日 (月)

西武鉄道 西武狭山線のワンマン化、7000系の投入 part4 車両編 7000系 7102編成

西武鉄道における7000系といえば西武園遊園地の遊戯施設「おとぎ線」をAGTに転換する際に計画された車両に付与される筈だった系列番号で設計図、完成予想図も準備されていましたが、発注直前に8500系に変更となり、さらに1990年に新型特急車両の導入が計画された際にも7000系の系列番号が用意されましたが、1993年の導入時には10000系となり、7000,8000の系列番号は長らく空番となっていました。

2022年5月12日に発表された「2022年3月期 決算実績概況 および『西武グループ中期経営計画(2021~2023年度)』の進捗」で2030年度までに保有する全車両をVVVF化するために他社から中古のVVVF車両を導入することとし、当初は無塗装車体、VVVFインバーター制御車両としていましたが、無塗装という条件は取り下げられ、小田急から8000形(6連7本)、東急から9000系・9020系(4連、計60両)を2029年度までに導入すると発表されました。これが西武鉄道のサステナ車両です。

小田急の8000形は8261x6編成が2024年5月20日に小手指車両基地に甲種回送され、7月1日に武蔵丘車両検修場に入場、改造工事が実施され、2025年1月7日に出場、8000系という系列番号が付与され、8103編成として5月31日から国分寺線で営業運転に就きました。

東急9000系に関しては2025年8月11日の記事で触れていますが東急電鉄初のVVVF制御方式の量産系列、初めてボルスタレス台車を履いた系列で軽量ステンレス鋼製の20m4扉車です。1985年度から1990年度にかけ8連14本、5連1本の計117両が製造され、当初8連は東横線、5連は大井町線に投入されました。晩年はすべて5連化され大井町線に集結しました。

2025年度には9003,9005,9007,9010,9011,9012の6本の編成が東急から西武譲渡されており、

←大井町 クハ9000 デハ9200 デハ9400 デハ9600 クハ9100 溝の口→  から 真ん中のデハ9400を抜き

←西所沢 クハ7000 モハ7900 モハ7200 クハ7100 西武球場前→ の4両 (東急東横線線と西武池袋線の線路の続きからは逆向き)となっています。

9005、9007編成は長津田で改造、それ以外の4編成は武蔵丘で改造を受けています。

8000系の場合と違い、7000系の改造はワンマン運転対応、側方カメラシステム(車載ホームモニタシステム)の搭載、半自動ドア制御の付加、制御装置(VVVFインバータ)、補助電源装置の更新と多岐に渡っています。側方カメラシステム(車載ホームモニタシステム)はJR東日本との技術協力で導入されたシステムでJR東日本では相模線のE131系にも導入されています(情報)。

9000-9103-1705062017/5/6 二子新地 東急時代の9003編成
9000系の2次車として1987年12月20日に竣工、入籍しています。2025年8月22日に東急テクノシステムに売却となり、除籍されました。

7000-7102-260713-edit2026/7/13 西武球場前 日中は1編成が振り子運行状態の狭山線

2026年6月27日、狭山線での7000系の営業運転が始まりました。

7000系の車端部の連結器は密着式小形自動連結器で西武の車両としては初の事例、中間部の永久連結器も同様

7000-7002-260713-22026/7/13 西所沢

7000-7902-260713-22026/7/13 7102編成の車号票 
9003編成と9011編成は2025年8月に未改造のまま、小手指基地に輸送、武蔵丘車両検修場で改造された筈ですが、車内の表記はこのようになっています。

7000-7902-2607132026/7/13 車内の様子 7102編成は9000系時代、2017年2月に床修繕を受けています。ドアの半自動SW以外は基本的に東急時代のままです。

7000-7902-260713-49000系の特徴であるこのシートが残されています。

7000-7002-260713-32026/7/13 西所沢

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2026年7月17日 (金)

日本エアシステムが導入した2機のDC-10-30ER JA8550 part2

JA8550を使用した成田~ホノルル線は1992年6月4日に開設されましたが、2年後の1994年5月31日に休止、成田~シンガポール線は1990年2月3日に開設されましたが、5年後の1995年4月1日に休止となりました。国際線に就航できなくなったDC-10にとってA300が頑張っている国内線就航といった道はなく、ソウル線もキャパシティ的に過剰でした。

Ja8550-hlq-dc1030er-cn48315-ln438-9810251998/10/25 NRT-RWY34

Ja8550-hlq-dc1030er-cn48315-ln438-9905071999/5/7 RT-RWY16
 
1997年12月19日、JASが100%出資する形でHarliquin Airが設立され、成田~広州、成田~西安に定期路線、国際チャーター便にも進出しましたが、採算的には難しく、2000年3月には退役となりました。

2000年3月29日、Northwest Airlinesに売却となり、N243NWのレジが与えられ、6年半活躍、2006年10月20日にはOmni Air Internationalに売却され、N522AXのレジが付与されました。ここでは5年半活躍し、2012年2月7日に退役、2014年8月13日からは10 Tanker Carrierのフリートメンバーとして活躍中です。同社は2006年に設立され、山火事に対して9400ガロンの消火剤を数秒以内に1マイルの長さに渡って散布し、防火帯を構築するVLAT(Very Large Air Tankers)機を保有し、野生生物、資源の保護に活躍しています。

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2026年7月16日 (木)

西武鉄道 西武狭山線のワンマン化、7000系の投入 part3 車両編 101N系ワンマン運転対応4連の時代

昨日の記事で触れたように多摩湖線国分寺駅のホームドア設置で多摩湖線には4扉の9000系4連が投入されることとなり、3扉の101N系は狭山線、多摩川線で運用されることになりました。101N系はワンマン対応車ですが、狭山線では車掌が乗務しての運行となりました。元々、小手指区に常駐し、牽引車としての活躍もある、263Fが2021年2月1日から運用を開始、3月からは多摩川線から戻った241F、4月には259Fが運用を開始、2000N系4連を置き換えました。

101n-4-266-210204-22021/2/4 西所沢 狭山線で営業運転に就いた263F

101n-4-266-210204-242021/2/4 下山口 狭山瀬を去る2501Fと狭山線が新たな職場となった263Fの交換
この頃は朝の10時台でも2編成が投入されていました。

101N系の老朽化による廃車も進行し、257Fと261Fは狭山線での運用開始前に廃車となっています。その後、多摩川線から253F、247F、249F、245Fが入線、そして2022年3月には259Fが廃車となりました。3か月に1度の多摩川線との編成交換時には編成が不足するため、新宿線から2000N系4連が小手指区に貸し出され、狭山線運用に投入されていました。

101n-1242-1252-210312-32021/3/12 下山口 241Fと251Fの交換

101n-4-1254-210713-212021/7/13 西所沢 赤電塗装の253F

101n-4-1259-210713

2021/7/13 下山口 赤電塗装の259F

101n-1247-211006-42021/10/6 西武球場前 赤電塗装の247F

101n-4-1250-2112152021/12/15 下山口 イエローベージュ塗装の249F

101n-4-1245-250328-22025/3/28 西所沢 イエローベージュ塗装の245F

101n-4-1241-2606182026/6/18 西所沢
狭山線での101N系運用、最後は241Fと263Fでした。6月27日から狭山線がワンマン化されることも車掌が車内アナウンスしていました。

2026年6月26日を以て、5年5か月に及ぶ101N系ワンマン対応車の狭山線での運用は終了、101N系は小手指区に留置され、263Fには「使用休止中」の札が掲出されているようです(私は通過する車両から留置中の編成を見ただけですが)。263Fの牽引車としての今後はどうなるのか、気になるところです。

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2026年7月15日 (水)

西武鉄道 西武狭山線のワンマン化、7000系の投入 part2 車両編 2000N系4連の時代

西武狭山線は武蔵野鉄道によって開業された路線であることから、西武鉄道の時代になっても池袋線関係の車両が運用されてきました。赤電時代、701系冷改車、101系,101N系の全盛時代は池袋線を走る車両も4連、2連の併結で8連・10連が組成されていましたので狭山線内運用は2連併結、4連単独といった形態で運行されていたと思います。西武ライオンズ球場が開場した1979年3月以降は野球やイベント開催時にはそれに合わせた臨時列車が池袋、西武新宿との間、或いは国分寺から多摩湖線~レオライナーを介して設定され大量の客の輸送に対処しています。

2010年頃には池袋線の101N系の編成数もかなり減少し、、新宿線用に配置されていた2000N系4連が小手指区に転属となり、狭山線内運用に充当されるようになりました。
2010年8月  2501F
2012年3月  2503F
2012年11月 2531F
2012年12月 2533F
2015年11月 2513F の5編成が転属しています。2531Fと2533Fは2016年2月に新宿線に返還

2000n-4-2501-161024-22016/10/24 西所沢 発車を待つ2501F

2000n-4-2604-180318-22018/3/18 西武球場前 到着した2503F

2000n-4-2614-1703252017/3/23 西所沢 狭山線での営業運転を終え、小手指基地に戻る2513F

その後、多摩湖線国分寺駅ホームドア設置のため、101N系が多摩湖線で使用できなくなり、多摩湖線には4連化された9000系が投入され、捻出された101N系4連(ワンマン対応車)が2021年2月1日から車掌乗務の上で狭山線に投入されました。2503Fが2021年1月、2501Fと2513Fが2021年3月に新宿線に戻りました。

2000n-4-2501-160709-21_202607140710012016/7/9 秋津
2501Fと2503Fの併結で池袋線本線を走行することもありました。

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2026年7月14日 (火)

西武鉄道 西武狭山線のワンマン化、7000系の投入 part1 狭山線の歴史

西武狭山線は村山貯水池(多摩湖)を中心とする狭山自然公園への観光客輸送を目的として西武鉄道の前身である武蔵野鉄道により1929年5月1日、山口線として西所沢駅~村山公園駅間4.8kmが開業しました。村山公園駅は村山上貯水池と同下貯水池を区分する堤体寄り、現在の西武第二球場付近に所在しました。中間には下山口駅と上山口駅が開設され、直流1200V電化でした。都心部から日帰り可能な狭山自然公園への観光輸送を巡って、旧西武鉄道が村山線(現、西武園線)「村山貯水池前駅」、多摩湖鉄道が多摩湖線「村山貯水池駅」を同時期に開業し、利用者獲得に向け熾烈な競争が繰り広げられていました。

1405042014/5/4 西所沢駅 駅名標
武蔵野鉄道が1915年に4月15日に開業した際の駅名は「小手指」でした。同年9月1日に「西所沢」と改称されました。現在の小手指駅は1966年に小手指検車区が新設され、1970年11月20日に開業しました。

2102042021/2/4 西所沢駅にある狭山線 ゼロキロポスト

2103122021/3/12 下山口駅 駅名標

140504_202607131218012014/5/4 西武球場前駅 駅名標

 1933年3月1日、上山口駅を山口貯水池駅、村山公園駅を村山貯水池際駅に改称、1941年4月1日には山口貯水池駅を上山口駅に、村山貯水池際駅を村山駅に改称しますが(これは「貯水池」という軍事上重要な施設の存在を隠蔽する国防上の理由によって実施された改称でした)、1944年2月28日、戦時体制により、不要不急線として休止に追い込まれました。戦後の1951年10月7日、狭山線という名称で再開、終点狭山湖駅が村山駅の300m手前に移設され、非電化のため気動車での運転が再開されました。1952年3月21日、直流1500Vで再電化されました。1954年10月10日、休止していた下山口駅と上山口駅は廃止となりますが、1976年6月4日、下山口駅は再開業となりました。この頃はユネスコ村や狭山スキー場といった主に近隣のレジャー施設への輸送を担っていました。

 1978年、狭山湖駅付近に存在した西武園球場を西武ライオンズの本拠地「西武ライオンズ球場(現、ベルーナドーム)」としてリニューアルすることになり。同球場へのアクセス路線として大改良が実施されました。1978年11月30日、狭山湖駅は300m手前に移設され、1979年3月25日、狭山湖駅は西武球場前駅に改称されました。

36-260712-22026/7/12 3面6線の西武狭山線ホーム 

2607112026/7/11 西武ドーム(ベルーナドーム)とレオライナー発着ホーム

西武鉄道では西武園エリアの魅力向上を目指し、今年度から2029年度にかけ西武球場前駅のリニューアルを進め、駅舎の建て替え、コンコースの美装化等を進めるそうです(News Release)。

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2026年7月13日 (月)

E235系0番台の山手線から総武中央緩行線への転用 B31編成の試運転風景を撮影

中央快速線のG車導入で余剰となったE233系0番台編成の一部が房総地区に転用されたり、京浜東北線で活躍中のE233系1000番台サイ103編成が京葉線に転属となったり、京葉線で活躍中のE233系5000番台の分割対応編成(553+F53)編成が房総転属に向けた改造のために東京総合車両センターに入場したりと首都圏各線に配置されているE233系編成に動きが見えますが、山手線で活躍していたE235系0番台トウ31編成も2026年5月14日に東京総合車両センターに入場し、中央総武緩行線転属に向けサハE235-4634を抜き10連化し、ウグイス色からカナリア色に前面塗色と側面帯色が変換されました。その試運転が7月6日から総武中央緩行線で開始されました。JR東日本は7月1日付けで従来の車両センターを車両ベースと名称変更したそうです。

E235-31-2006142020/6/14 有楽町

E235-31-2401212024/1/21 高田馬場

トウ31編成は2019年1月10日に総合車両製作所 新津事業所で竣工、サハE235-4634は2010年8月18日に山手線6ドア車置き換え用として新津にて新造、トウ534編成の10号車に組み込まれました。2018年11月にE235系編入改造が施され、2019年1月からトウ31編成の10号車として活躍していました。

E2350-9351m-2607082026/7/8 三鷹を11:01に出発する試運転列車
最近、10時30分位に中央快速線に乗る機会が多く、西荻窪付近で写真撮影している方々をよく見かけ、なんだろうなと思っていたところ、三鷹でたまたま黄色のE235系を見かけ撮影したのがこの写真でした。

E2350-b31-9361m-260709-16E2350-b31-9361m-260709-18

2026/7/9 西荻窪

E2350-b31-9361m-260710-52026/7/10 荻窪

山手線から中央・総武緩行線に転属となるのはトウ31,33,35,37の4編成らしく、玉突きで総武中央緩行線から武蔵野線にE231系0番台もしくは500番台が転属となるようです。

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2026年7月10日 (金)

日本エアシステムが導入した2機のDC-10-30ER JA8550 part1

羽田空港に拠点とし、幹線と準幹線・ローカル線を運航していた日本国内航空(JDA)と広島に本社を置き、大阪・伊丹空港を拠点にローカル線を中心運航していた東亜航空(TAW)が合併し、東亜国内航空(TDA)が発足したのが1971年5月15日でした。さらに1972年7月1日には所謂、航空憲法(45/47体制)が示達され、東亜国内航空には一部の幹線を除き、採算の取りにくい国内ローカル線のみが割り当てられました。1971年7月3日にはYS-11「ばんだい」号(JA8764)が函館北方の横津岳に墜落する悲惨な事故もあり、同社の経営は極めて厳しい状態にありました。

 1985年に45/47体制が廃止され、東亜国内航空も国際線や国内幹線への就航が可能となり、1988年4月1日、商号を株式会社日本エアシステム(JAS)に変更しました。このときに国際線用機材として発注したのがDC-10-30ERでした。マクダネル・ダグラス社ではDC-10の後継機MD-11の製造開始のためDC-10の製造ラインの閉鎖を決定していましたが、米軍用の空中給油機・KC-10にキャンセルが出たために急遽、2機を旅客用に改造、JASが入手することになったのがこれから触れる2機のDC-10-30ERです。

JA8550の登録記号が与えられた機体はcn48315/ln436として製造され、1988年1月1日に初飛行した機体で1988年3月25日にJASに引き渡されました。先述のようにKC-10のキャンセルで9機のDC-10が宙に浮いていたのですが、7機まではなんとか売りさばくことが出来、残りの2機について売れ残りの心配をしていたところにTDAから話があり、渡りに舟で1986年10月28日に契約が結ばれました。エンジンはTDAが運航していたエアバスA300と同じ系列のGE CF6シリーズ50C2が採用され、成田~アメリカ東海岸を想定して胴体最後部には12,256リッターの燃料タンクが増設されました。そのため航続距離、最大離陸重量共にDC-10シリーズ最大となりました。当然、胴体に3本目の主脚が装備されていましたが、当面は収納状態で固定されていました。

Ja8550-nrt-rwy-341996年ごろ 航空科学博物館から
エアバスのカンパニーカラーを纏ったDC-10-30ER この塗装を施すにあたり、JASはエアバス社に対してどういう説明、説得をしたのか、なかなか難航したようです。

DC-10の就航路線は成田∼ホノルル線でしたが、当時、日米航空交渉は暗礁に乗り上げた状態で開設の見込みは立たなかったため、羽田~沖縄線に投入されました。国際線としての投入は1989年2月14日の福岡~バンコク線のチャーター便でした。6月7日、漸く成田∼ホノルル間チャーター便も実現しました。ホノルル線開設と共にシンガポール線の開設も進めていたところ、先に1990年2月3日、シンガポール線が開設となりました。ホノルル線は1992年6月4日に開設されましたが、悲願であったこれらの国際定期便もホノルル線は2年、シンガポール線は5年で幕を閉じることとなりました。

Ja8550-911005-nrtt11991/10/5 ホノルル線開設前、シンガポール線に投入されていた頃

Ja8550-970824-nrtrwy-161997/8/24 NRT-RWY16
同年12月にはハーレークィンエアが設立されているためこの塗装としては最晩年の写真

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2026年7月 9日 (木)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その4 広電西広島(己斐)駅

広電西広島(己斐)駅はかつては市内線(軌道)の終点の己斐停車場と宮島線(鉄道線)の起点の広電西広島駅とが隣接する別施設でした。前者が1912年12月8日に開業、後者は1922年8月22日に己斐町駅として開業、1931年8月22日に西広島駅に改称されました。1957年5月に現在地に移転となり、1962年に市内線と宮島線の直通運転が開始され、2001年11月1日、己斐停車場は広電西広島駅に統合され、駅舎も改築されました。

260518_202607080644012026/5/18 駅名標

現在の駅は4面6線(頭端式2面2線、島式2面4線、うち1線は島式ホーム内での行き止まり頭端式)で1番線は宮島線から、4,5,7番線は市内線からの折り返しホームとなっています。2,3番線が2号線・市内線~宮島線スルー運転用上下線ホーム、1番線は平日朝ラッシュ時の宮島線内折り返し、4,5番線は3号線(紙屋町、広電本社方面)の折り返し、降車専用、6番線は広電宮島口方面の朝夕時間帯の折り返し、7番線は臨時ホームとなっています。


150801_202607080645012015/8/1 宮島口方向から見た1,2番線

260518_202607080648012026/5/18 昼時の駅構内 4,5番線は行き止まりホーム


260518_202607080651012026/5/18 列車案内
各駅、各電停ごとにこういった列車案内が充実しているのも広電の特徴

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2026年7月 8日 (水)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その3 横川駅

広島の横川(よこがわ)駅は我が国で初めて12人乗りの乗り合いバスが運行された駅として歴史に名を留めています。1903年1月のことで横川町~可部町間の運行でした。JR西日本の横川駅は1897年9月25日、山陽鉄道が広島駅~徳山駅間を開業した際に開業、1906年、山陽鉄道の国有化で官設鉄道の駅となりました。1909年12月19日には大日本軌道広島支社線が後の可部線を開業、1917年11月1日には広島瓦斯電軌(広島電鉄の前身)が横川線を開業しました。

141219_202607070650012014/12/19 大屋根に覆われた横川駅電停
今もこのスタイルは維持されています。

2605172026/5/17 電停銘板と路線図

260517-edit2026/5/17 発車案内

一昨日の記事にあるように横川駅からは広島港行の7号線、江波行きの8号線が出ています。かつては広島駅前に行く旧7号線も運行されていましたが1971年に廃止されました。また1つの車両が江波~横川駅~広電本社前~横川駅~江波と運行さっる「三角運用」が行われていましたが、2019年3月31日を以て廃止され、それぞれの系統の単独運用となりました。車両は単行車がメインですが、連接タイプの超低床車両1000形が運用されることもあります。

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2026年7月 7日 (火)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その2 広島駅の変化

広島市の繁華街は紙屋町、八丁堀、本通といった地域であり、JR広島駅から広島電鉄やバスで数駅離れた場所にあります。一方、JR広島駅周辺も市街開発事業の進展で2009年には広島カープの本拠地MAZDAZoom-Zoomスタジアムが開場するなどして新都市としての機能が拡充しています。

260518_202607060653012026/5/18 JR広島駅周辺の地図
今回、初めてMAZADAスタジアムが駅に近いことを知りました。

2008-850418-edit1985/4/18 当時の広島電鉄 広島駅前電停

1508012015/8/1 広島駅停留場

2025年3月24日にはそれまで駅南北自由通路沿いにあった駅ビルASSEに代わり、新駅ビルminamoaが開業、8月3日には駅南口一階にあった広島電鉄の広島駅停留場が駅前大橋ルートの開業にあわせminamoaの2階に移設され、JRの改札口との距離が極めて近くなりました。

260518_202607060708012026/5/18 駅ビルに繋がる広電の線路

2f-260517-22026/5/17 現在の広電広島駅M01

駅2階自由通路に乗り入れるようになり、発着ホームはA~Dの4箇所 Bホームは広島港行き、Dホームは広電宮島口行き専用となっており、それ以外のホームに5号線(比治山下経由広島港行き)、6号線(江波行き)などが入線します。

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2026年7月 6日 (月)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その1 循環線の誕生

広島電鉄は軌道線(併用軌道)7路線、鉄道線1路線、総延長35.8kmから構成されており、その内訳は
<軌道線>
本線 5.2km 広島駅~広電西広島(己斐<こい>)
宇品線 5.9km 紙屋町~広島港
江波線 2.6km 土橋~江波
横川線 1.4km 十日市町~横川駅
皆実線 2.2km 稲荷町~皆実町六丁目
白島線 1.2km 八丁堀~白島
循環線 1.2km 稲荷町~比治山下
<鉄道線>
宮島線 16.1km 広電西広島(己斐)~広電宮島口  となっています。

260517-edit2
2026年5月現在の広電路線図

運行系統はほぼ路線に従ったものとなっており、
1号線 広島駅~紙屋町東∼広島港 44分 12分間隔 千田車庫 連接車ワンマン
2号線 広島駅~紙屋町~広電西広島(己斐)~広電宮島口 66分 10分間隔 荒手車庫 連接車
3号線 広電西広島(己斐)~紙屋町西~広電本社前 34分 15分間隔 千田車庫
5号線 広島駅~比治山下∼広島港 29分 12分間隔 千田車庫
6号線 広島駅~紙屋町~土橋~江波 34分 15分間隔 江波車庫
7号線 横川駅~十日市町∼紙屋町西∼広島港 48分 12分間隔 千田車庫
8号線 横川駅~十日市町~土橋~江波 24分 15分間隔 江波車庫
9号線 八丁堀~白島 8分 18分間隔 江波車庫
循環線 広電本社前~皆実町六丁目~的場町~紙屋町東∼広電本社前 44分 25分間隔 千田車庫

14012182014/12/18 訪問時の路線図 ちなみに料金も現在は大人全線均一240円となっています。

Poster-2605172026/5/17 江波

以前訪問した時にはなかった循環線(L系統)が今年3月に開業しました。これは2025年に広島駅前への駅前大橋ルートが完成し、従来、的場町電停が1・2・6号系統と5号系統の分岐だったのが稲荷町電停に代わったため、従来の皆実線の一部を本線西方向に繋げることで循環ルートを形成しました。260518_20260705090701段原一丁目、的場町は従来の皆実線でかつてはそのまま広島駅に繋がっていましたが、北上から西進させて循環線にしました。新しい皆実線は松川町から稲荷町を通って広島駅に通じるようになりました。

260518_20260705091201比治山下の分岐
循環線は直進(従来の的場町経由の広島駅へのルート)、5号線系統は左折(稲荷町経由の広島駅大橋ルート)

260518-2稲荷町の交差点

左右に伸びる線路は皆実線、右から合流する線路は本線、直進すると紙屋町方面

循環線の営業は日中、9時から17時ですが、被爆電車や大阪、京都、神戸などからの移籍車が動態保存的に走っており非常に興味深い路線となっていました。これらの車両に関しては後日の車両篇で紹介する予定です。

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2026年7月 3日 (金)

わが国ではJALが導入、国内線、国際線用に20機導入した三発ワイドボディ機 DC-10 その21 JA8549

cn48301/ln381として製造、1982年10月19日にロールアウト、1983年3月15日にJALに引き渡されたDC-10-40DがJA8549でした。JALに引き渡された20機目のDC-10で同シリーズ最後の機体でした。1989年5月29日、Y370のモノクラスタイプからC18Y300の2クラスタイプにコンフィグが変更されました。

Ja8549-jal-dc1040d-cn48301-ln381-870726-1987/7/26 HND

Ja8549-jal-dc1040d-cn48301-ln381-hnd撮影年月日不詳 HND

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2003年8月30日に退役となり、N858VのレジでVivaldi Overseasに売却されましたが、同社では部品取りとなり、2003年9月23日からモハヴィ国際空港で保管状態にあります。現在も部分的に解体された状態のようです。

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2026年7月 2日 (木)

西武鉄道 40000系 10連 40156F SAMURAI BLUE トレイン by SAISON ラッピング

カナダ、メキシコ、アメリカの3か国共同開催で2026年6月12日(日本時間)に開幕した第23回FIFA WC 2026は48か国の参加で4チームずつA~Lのグループに分かれ、グループリーグ内総当たり3試合が行われ、各グループの上位2チームと3位チームの中から成績上位8チームの計32チームが決勝トーナメント(ノックダウンステージ)に進む方式で進められていますが、日本代表チームはオランダ、スウェーデン、チュニジアとのグループFに入り、6月15日、オランダに2:2の引き分け、6月21日、チュニジアに4:0で勝ち、6月26日、スウェーデンに1:1の引き分けの勝ち点5のグループ2位で決勝トーナメントに進出しました。6月30日未明に行われたRound32(1回戦)でグループCを1位通過したブラジルと対戦、前半に先制したものの、後半に同点とされ、さらにAdditional time終了間際に勝ち越され、1:2で残念ながらRound16には進めず敗退となりました。

セゾングループではサッカー日本代表チーム(森保ジャパン)への応援として40000系Long固定タイプ40156FにSAMURAI BLUEラッピングを施し、6月8日から運行を始めました。

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40000-40056-samurai-blue-train-260618-27 40000-40156-samurai-blue-train-260618-212026/6/18 西所沢

40000-40156-samurai-blue-train-260619-102026/6/19 飯能

40000-40056-samurai-blue-train-260619-8e2026/6/19 小手指

残念ながら日本代表チームはRound32で敗退となり、ヨーロッパの強豪チームであるドイツ、オランダ代表も延長・PK戦の上、敗退という波乱の決勝ラウンドとなっていますが、7月20日に予定される決勝戦ではどことどこが相まみえ、どういった結末が待っているのか興味深いFIFA WC 2026です。

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2026年7月 1日 (水)

西武鉄道 2000N系 8連 2069F 昭和100年企画HM掲出

池袋線から新宿線系統に移り、最後の活躍を続ける2000N系8連の2069Fですが、4月一杯までは「西武鉄道創立110周年記念トレイン」でしたが、5月1日からは今年が昭和100年であることを記念して2069と2070にHMが掲出されています。絵柄はそれぞれ異なっています。

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2000n-2069-100train-260531 2000n-2069-100train-260531-22026/5/31 小平~萩山間

特に拝島・本川越方の2070に掲出されているHMは赤電時代のサボを彷彿させる絵柄となっています。

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