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2026年7月14日 (火)

西武鉄道 西武狭山線のワンマン化、7000系の投入 part1 狭山線の歴史

西武狭山線は村山貯水池(多摩湖)を中心とする狭山自然公園への観光客輸送を目的として西武鉄道の前身である武蔵野鉄道により1929年5月1日、山口線として西所沢駅~村山公園駅間4.8kmが開業しました。村山公園駅は村山上貯水池と同下貯水池を区分する堤体寄り、現在の西武第二球場付近に所在しました。中間には下山口駅と上山口駅が開設され、直流1200V電化でした。都心部から日帰り可能な狭山自然公園への観光輸送を巡って、旧西武鉄道が村山線(現、西武園線)「村山貯水池前駅」、多摩湖鉄道が多摩湖線「村山貯水池駅」を同時期に開業し、利用者獲得に向け熾烈な競争が繰り広げられていました。

1405042014/5/4 西所沢駅 駅名標
武蔵野鉄道が1915年に4月15日に開業した際の駅名は「小手指」でした。同年9月1日に「西所沢」と改称されました。現在の小手指駅は1966年に小手指検車区が新設され、1970年11月20日に開業しました。

2102042021/2/4 西所沢駅にある狭山線 ゼロキロポスト

2103122021/3/12 下山口駅 駅名標

140504_202607131218012014/5/4 西武球場前駅 駅名標

 1933年3月1日、上山口駅を山口貯水池駅、村山公園駅を村山貯水池際駅に改称、1941年4月1日には山口貯水池駅を上山口駅に、村山貯水池際駅を村山駅に改称しますが(これは「貯水池」という軍事上重要な施設の存在を隠蔽する国防上の理由によって実施された改称でした)、1944年2月28日、戦時体制により、不要不急線として休止に追い込まれました。戦後の1951年10月7日、狭山線という名称で再開、終点狭山湖駅が村山駅の300m手前に移設され、非電化のため気動車での運転が再開されました。1952年3月21日、直流1500Vで再電化されました。1954年10月10日、休止していた下山口駅と上山口駅は廃止となりますが、1976年6月4日、下山口駅は再開業となりました。この頃はユネスコ村や狭山スキー場といった主に近隣のレジャー施設への輸送を担っていました。

 1978年、狭山湖駅付近に存在した西武園球場を西武ライオンズの本拠地「西武ライオンズ球場(現、ベルーナドーム)」としてリニューアルすることになり。同球場へのアクセス路線として大改良が実施されました。1978年11月30日、狭山湖駅は300m手前に移設され、1979年3月25日、狭山湖駅は西武球場前駅に改称されました。

36-260712-22026/7/12 3面6線の西武狭山線ホーム 

2607112026/7/11 西武ドーム(ベルーナドーム)とレオライナー発着ホーム

西武鉄道では西武園エリアの魅力向上を目指し、今年度から2029年度にかけ西武球場前駅のリニューアルを進め、駅舎の建て替え、コンコースの美装化等を進めるそうです(News Release)。

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