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2026年8月31日 (月)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 2 車両編 10 1000形 II その3 1013-1018

広電の二代目1000形、今回は1013号から1018号です。


超低床車両1000形IIの最大の特徴は3車体構成のうち、中央の車両には台車が無く、両端の車両に支えられていることと、両端の車両にある台車の車輪に車軸が無いことです。このことににより、カーブをスムーズに通過することが可能になり、車軸があった場所に車両の床を設置することが可能となりました。さらにモーターは左右の車輪の間ではなく前後の車輪の間に設置され、前後の車輪を同時に回す方式となっています。

1000-1013-lex-260517-22026/5/17 皆実町六丁目 1013号

1000-1014-lex-2605182026/5/18 広島港(宇品)1014号

1000-1015-lex-2605172026/5/17 広島港(宇品) 1015号

1016号は未遭遇

1000-1017-lex-2605182026/5/18 紙屋町東 1017号

1000-1018-art-train-260517-212026/5/17 皆実町六丁目 1018号”Hiroden Art Tram”

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2026年8月28日 (金)

鳴り物入りのハイテク・ハイパフォーマンス機として導入されるも僅か10年の活躍期間で去っていたJALのMD-11 その3 JA8582

cn48573/ln559として製造、1993年1月10日にロールアウト、N90187のテストレジで初飛行、1994年4月5日にJALに引き渡されたのがJA8582でした。JALのMD-11としては初の長距離仕様機でした。愛称はタンチョウ:Red-Crowned Craneでした。ファーストクラスの座席が導入され3クラス制となったのもJA8582からでした。

Ja8582-961223-nrtrwy-341996/12/23 747全盛時代の成田空港

中距離仕様機は専らシンガポール、クアラルンプール、デンパサール、ジャカルタ、バンコク、マニラ、デリー、北京、香港、上海、プサン、ソウルなどのアジア各地と成田、名古屋、関西を結ぶ路線に投入されていましたが、長距離仕様機は747-400ではキャパが大きすぎる、成田~アムステルダム、成田~チューリッヒ、成田・関西・名古屋~ロンドン、関西~フランクフルトなどのヨーロッパ方面や成田~ダラス・フォートワース、名古屋~ロサンゼルスの北米方面、成田~オークランドなどのオセアニア方面に投入されました。

Ja8582-980214-nrtrwy-161998/2/14 NRT-RWY16

Ja8582-981210-nrtrwy-341998/12/10 NRT-RWY34

JA8582は最後まで残ったJALのMD-11であり、2004年10月12日の香港発成田行きJL730便(MD-11としてのラストフライト)で退役しましたが、10機のうちで唯一、JJカラーに塗り替えられた機体でもありました。ちなみにJJカラーになって第二エンジンのJ-Bird表記やウイングレット、胴体への「タンチョウ」の表記は消されました。

200412月刊エアライン誌 2004年12月号の表紙 10月に退役したJA8582が表紙を飾っていました。

退役後はMD-11Fに改修、N279UPとしてUPSのフリートに加わり、2024年1月23日に保管状態になるまで活躍しました。現在はAerSaleの管理下にあり、スペアパーツ取り機として解体はされていないようです。

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2026年8月27日 (木)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 2 車両編 10 1000形 II その2 1007-1012

広電1000形(二代目)、今回は1007号から1012号ですが、1009号は未遭遇のため写真がありません。

1000-1007-150801-22015/8/1 広島駅前
今回、2026年5月の旅では1007号には遭遇しませんでした。

1000-1008-150801-22015/8/1 広島駅前
1008号も今回の旅では遭遇することがなく、2015年の写真となります。Wikipediaでも1007,1008号は離脱中となっています。

1000-1010-lex-2605182026/5/18 広島港(宇品)1010号

1000-1010-lex-260518_202608260934011010号の運転席

1000-1011-lex-2605182026/5/18 広電本社前 1011号 千田車庫出庫

1000-1012-lex-2605182026/5/18 宇品五丁目 1012号

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2026年8月26日 (水)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 2 車両編 10 1000形 II その1 1001-1006

広電の車両シリーズ、今回からは1000形(二代目)です。2015年6月4日の記事でも紹介していますが2020年2月まで18編成まで増備されました。2004年に登場した超低床式車両5100形(5両)の車体を30mから3両18.6mに短縮し、扉構成を前中方式にしたスタイルで、三菱重工業三原製作所・近畿車輛・東洋電機製造が製造しました。愛称も第一編成はPICCOLO、第二編成はPICCOLAでしたが、第三編成以降はGREEN MOVER LEXとなりました。

主要諸元

最高運転速度 40 km/h
設計最高速度 80 km/h
起動加速度 3.5 km/h/s
減速度(常用) 4.8 km/h/s
減速度(非常) 5.2 km/h/s
車両重量 24.3 t (3車体)
車両定員 86(着席33)人
全長 18,600 mm
車体長 5,300 mm + 6,600 mm + 5,300 mm
全幅 2,496 mm
車体幅 2,450 mm
全高 3,645 mm (パンタグラフ折りたたみ)
屋根高さ3,450 mm
床面高さ 360 mm
車体 普通鋼
台車 積層ゴムウイングばね軸箱方式コイルばね台車 MKD001 ・4輪独立台車
車輪径 600 mm
固定軸距 1,800 mm
主電動機 かご形三相誘導電動機
東洋電機製造 TDK6490-B
主電動機出力 100 kW
搭載数 4基 / 編成
駆動方式 台車装架式直角カルダン駆動方式 歯車形軸継手
歯車比 7:44 = 6.29
編成出力 400 kW
制御方式 2レベルVVVFインバータ制御(IGBT素子)
制御装置 東洋電機製造 RG6019-A-M(1C2M制御・速度センサレスベクトル制御方式)
制動装置 回生・発電ブレーキ併用油圧ディスクブレーキ 保安ブレーキ用電磁吸着ブレーキ
保安装置 ATS、デッドマン装置

1000-1001-lex-2605172026/5/17 皆実町六丁目 1001
以前は100周年記念塗装(ブドウ色)でしたが、今回は標準塗装になっていました。

1000-1002-flower-train-260517-22026/5/17 広島駅 1002号
こちらはFlowertrainラッピングに

1000-1003-ooga-2605172026/5/17 原爆ドーム前
サイドが大賀商会の部分ラッピングの1003号

1000-1004-lex-2605182026/5/18 八丁堀
白島線運用に入っていた標準塗装の1004号

1000-1005-sb-2605172026/5/17 江波
現在はS&B食品の全面ラッピングとなっている1005号

1000-1006-lex-2605182026/5/18 紙屋町東
正面から見る限りは標準塗装の1006号

1000形IIは2013年2月14日から運行が開始され、当初は7号線(横川駅 - 広電本社前間)・8号線(横川駅 - 江波間)と、9号線の白島 - 江波間直通運用でしたが、2014年2月1日からは5号線(広島駅 - 比治山下 - 広島港)、2016年1月29日からは3号線(広電西広島 - 広島港)でも運用されるようになり、5000・5100・5200形が投入されている2号線と合わせてすべての路線で超低床式車両が運行されるようになりました。

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2026年8月25日 (火)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 2 車両編 9 1900形

広島電鉄の単行車、在籍車両として貨50形51号、100形III101号、200形238号、750形768号「Train Rouge」そして1150形1156号が現役ですが、1156号以外はイベント等でしか走行シーンを見ることはできないようです。残念ながらこれらの車両は未撮影となっており、最後は「京都市電」の姿を今に残す1900形を紹介したく思います。1900形に関しては2015年10月3日の記事でも触れています。

元々は京都市交通局900形として1955年から1957年にかけ、ナニワ工機で901-927、東洋工機で928-930、日本車輛製造で931-935の35両が製造されました。901-915は間接制御(運転台のマスコンから離れた場所に設置された制御器に主回路切換用信号を送り遠隔操作する方式)、916-935は直接制御(運転台の制御器で直接主回路を切り替える方式)でした。側扉は前後の2枚でした。1970年に916‐931の16両がワンマン化改造され、前中ドアに改造され1900形に改番されました。1974年2月に1922号が事故で廃車となり、1916-1921,1923-1935号の15両が広電に譲渡されました。広電では同じ1900形となりましたが、番号は1901-1915になりました。2023年まで全車現役でしたが、現時点で1902,1903、1910、1912の4両が廃車となっています。

1900-1901-260518-2 1900-1901-2605182026/5/18 広島港(宇品)1901号東山

1900-1906-2605182026/5/18 的場町 1906西陣

1900-1907-260517-32026/5/17 皆実町六丁目 1907(銀閣)

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2026年8月24日 (月)

勝田車両ベース所属E653系1000番台K71編成による臨時特急「ふわもこコキア夏遊び」号 9024Mを撮影

8月21日の金曜日、西武新宿線、拝島線の特急、通勤ライナーとして2027年春から登場予定の40000系8連「トキイロ」の第一編成(48101F)が川崎車両で竣工し、22日にかけ東海道線を東上したという話題がX(旧ツイッター)で取り上げられていました。写真、動画を拝見すると側面のウエーブ上のライン、色の構成がなかなか見事なデザインだなと感じました。これから西武線内で試運転が行われるとき、見てみたいと感じました。ただ、23日未明午前2時の茨城県南部を震源とする地震のため、早朝から首都圏の鉄道網は線路点検などのため大混乱に陥っており、「トキイロ」甲種の新秋津到着、西武鉄道への接受も果たしていつ行われるのかという状況のようですね。

22日の土曜日は久しぶりに武蔵野線貨物列車を撮影するため新座や東浦和を訪れましたが、東浦和では東京タから隅田川貨物駅に向かう73レの通過直前にE653系K71編成による臨時特急「ふわもこコキア夏遊び」号(9024M)を偶然、撮影することが出来ました。

この列車は川越と勝田を8月22日に一往復するように設定されたもので

■臨時列車「特急 ふわもこコキア夏遊び号」
【運転日】2026年8月22日(土)
【時間】
- 往路:川越 8:03 発 → 勝田 10:21 着
- 復路:勝田 16:07 発 → 川越 18:20 着
(途中停車駅:南古谷・指扇・西大宮・日進・大宮・南浦和・南越谷・吉川美南)
【車両】E653系7両(全車指定席)     とのことです(関連広告)。

E6531000-k71-9024m-260822-12 E6531000-k71-9024m-260822-18 E6531000-k71-9024m-260822-192026/8/22 東浦和 9024M 「ふわもこコキア夏遊び」号

E653系の話題といえば「山形・庄内夏の観光キャンペーン」特別企画の一環として新潟~酒田・秋田間の特急「いなほ」に使用されているU101編成が583系カラーに変更され7月18日から運用に就いたというニュースがありました。形態的には全く似ていませんが色彩的には581/3系の色が再現されているようですね。E653系が新潟に移動して早13年、K70,K71と勝田に戻った編成もありますが、7連では瑠璃色、ハマナス色、4連には上沼垂色とスペマーが登場し、新たに583系色が加わったことになります。また新潟を訪れる機会があれば是非撮影したいものです。

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2026年8月21日 (金)

鳴り物入りのハイテク・ハイパフォーマンス機として導入されるも僅か10年の活躍期間で去っていたJALのMD-11 その2 JA8581

cn48572/ln556として製造、1993年10月1日、テストレジN90187で初飛行後、同年12月18日にJALに引き渡されたのがJA8581でした。愛称はヤイロチョウ(Fairy Pitta)でした。JA8580と同様の中距離仕様で、成田への回航はJA8580と同時に行われ、1994年4月1日、JA8580と同時にライン投入されました。こちらは羽田/鹿児島線でした。6月からは国際線へも投入されました。300席のハイデンシティ仕様のコンフィグになった時期もありました。

Ja8581-961124-nrtrwy-341996/11/24 NRT-RWY 34

Ja8581-970817-nrtrwy-341997/8/17 NRT-RWY 34

Ja8581-970924-sint-31997/9/24 SIN 

Ja8581-001213-kix2000/12/13 KIX

2002年7月30日、退役となり貨物機MD-11Fに改修、UPSのフリートになり、レジはN271UPとなりました。2023年5月、ストア状態となり、2025年1月、VCV (Vivtorville Southern California Logistics) にて解体されました。

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2026年8月20日 (木)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 2 車両編 8 800形

今回は800形(II)です。2015年8月26日の記事で紹介しており、写真も14両のうち、802号、805号以外は紹介済みです。今回はその補完ということで802号の写真(805号は相変わらず未遭遇)、さらに広告電車から標準色に戻された806号の写真を紹介します。

800-802-2605172026/5/17 皆実町六丁目
以前の記事にあるように800形801号と802号は1983年製造で700形と同じ前照灯・尾灯が縦に並ぶスタイルとなっています。

800-806-260517-22026/5/17 江波 標準色に戻された806号
806号は805号から808号までの4両のグループとして1990年製造で前照灯・尾灯が角形となりました。

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2026年8月19日 (水)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 2 車両編 7 700形

広電の車両、今回は700形です。市内線専用車として550形以来、27年ぶりの量産車です。2015年7月16日の記事で触れていますが、同記事では1985年製造の平行カルダン駆動のグループの写真しか載せられませんでしたが、今回は若番の吊り掛け式駆動車も撮影できました。

700-701-2605172026/5/17 横川駅 701号

700-702-2605182026/5/18 千田車庫から宇品線(日赤病院前∼広電本社前間)

701~704の4両は1982年製造のグループで『NK201』新製台車を使用、モーターは750形(元大阪市電1601形)の直巻きモーターHS314-Ar、制御装置は、ES-116-A-Mを使用し、直並列制御方式となっています。

707-1508012015/8/1 707号 本川町

705~707の3両は1983年製造で足回りは701~704と共通ですが、方向幕が拡大され、ブレーキ灯が新設されました。制御装置もES-119-A-Mに変更され、永久並列制御方式となり加速性が向上しました。

700-711-713-260517-22026/5/17 江波車庫

700-712-2605182026/5/18 712号 紙屋町東

711~714は1985年製造でモーターは新製のTDK8568-Aに、制御器は同じですが駆動方式は平行カルダン方式となり、敢えて番号を飛ばし、711からの付番としました。

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2026年8月18日 (火)

西武鉄道 38104F 「昭和」トレイン 池袋線へ貸し出し

2026年3月24日、今年が「昭和100年」に当たるということで新宿線にデビューした「昭和トレイン」(30000系38104F)ですが、8月2日からは池袋線系統で運用されているということで8月11日に撮影してきました。

2連との併結で10連という可能性もあるということで8月2日からの運用状況を調べてみると

Table-38104f

8月3日から7日までの平日期間は早速、32104Fとの併結で10連運用に入っていたようです。

30000-38804-260811-230000-38804-260811-3 30000-38804-260811-62026/8/11 石神井公園 

30000-38103-2608182026/8/18 38103F 小平

池袋線に貸し出された38104Fと交換で長らく池袋線配置だった38103Fが新宿線の運用に就いています。
私も2010年1月から38103Fの写真を撮っていますが、新宿線運用に就いている姿を見たのは今回が初めてです。

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2026年8月17日 (月)

西武鉄道 西武狭山線のワンマン化、7000系の投入 part4 車両編 7000系 7110編成

7月26日、4本目の7000系として7110Fの営業運転が始まりました。

9000-9111-250708-21

2025/7/8 二子新地 

7110Fは東急9011Fから改造されています。9011Fは1988年10月25日に竣工、長らく東横線で活躍の後、2011年10月21日、長津田工場で5連化され、大井町線用に転用改造されました。2014年1月15日にはシングルアームパンタ化されました。

7000-7110-260811

2026/8/11 西武球場前

7000-7110-260811-212026/8/11 下山口 この日は「山の日」の休日、朝9時台でしたが、7110Fと20151Fの2編成体制で10分ヘッドの運行でした。

7000-7110-260811-2

7000-7010-260811

2026/8/11 西所沢

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2026年8月14日 (金)

鳴り物入りのハイテク・ハイパフォーマンス機として導入されるも僅か10年の活躍期間で去っていたJALのMD-11 その1 JA8580

1976年から1983年にかけ20機のDC-10-40型を国際・国内線用に導入したJALは1980年代後半にDC-10の後継機の選定を始め、MD-11とエアバスA330/A340を候補に検討を行っていました。その結果、1990年3月30日にMD-11が選定され、確定10機、オプション10機の発注となりました。選定理由は操縦性、整備面でDC-10からの移行がスムーズにゆくこと、部品に共通性がある点が決め手となりました。1991年7月16日、エンジンはP&W4460に決定、1993年の初号機受け入れに備えることになりました。JALとしてはMD-11をDC-10の後継機としてだけではなく、747‐400並みの航続距離から250~300席クラスの国際線専用機材として位置づけ、東南アジア路線などを中心に運航する中距離仕様機と欧米線などの長距離国際線で747-400をサポートする長距離仕様機の2タイプを導入することとしました。

cn48571/ln552として製造、N91566のテストレジで初飛行(恐らく1993年9月1日前後)、11月5日にJALに引き渡された(12月17日というデータもあり)のが初号機JA8580でした。翌1994年1月3日に2号機JA8581と共に成田空港に到着、下地島訓練場でパイロット訓練、整備訓練、客室乗務員訓練に供され4月1日から、JA8581と共にライン投入されました。JA8580の初就航路線は羽田~函館線でした。初就航を直前に控えた3月25日、JALはMD-11 10機に「JーBird」という総称を与え、1機1機に保護活動を行えば生息し続けられる日本の「希鳥」の名前を与えると発表、JA8580は「エトピリカ: Tufted Puffin」と命名されました。ウイングレットとL2,R2ドア横に鳥のイラストがペイントされ、第2エンジンカウルにJ Birdの総称ロゴが描かれました。JA8580は中距離仕様機で国際線就航は1994年6月1日に成田~プサン線に投入されました。コンフィグはC45Y259でした。

Ja8580-961219-ngot1996/12/19 NGO-Terminal 

Ja8580-970211-nrtrwy-161997/2/11 NRTーRWY16

Ja8580-971228-nrtrwy-341997/12/28 NRT-RWY34

Ja8580-990530-nrtrwy-161999/5/30 NRT-RWY16

JA8580は1997年6月8日、香港啓徳空港発名古屋行JL706便として乗員11名、乗客169名が搭乗し、午後7時34分頃、名古屋空港に着陸のため志摩半島上空高度17000ftを通過中、対気速度が設定値を超えたため降下率を下げるため機首上げ操作を行ったものの減速しないためスピードブレーキを展開したところ、急激な機首上げが発生、自動操縦が解除され機体が上下に大きく揺れだし、シートベルトを着用していなかった乗員乗客などが天井などに叩き付けられて負傷し、客室乗務員1名と乗客3名が重傷を負い、乗員4名、乗客4名が軽傷を負いました。予定より15分遅れの午後8時15分に名古屋空港に着陸しました。重傷だった女性客室乗務員は脊髄損傷、脳挫傷を負い、重体から回復することなく1年8か月後の1999年2月16日に34歳で死亡しました。
この事故、乱高下の原因は降下中に機長が行った一連の操縦操作が自動操縦装置の許容量を超えたためと結論付けられていますが、MD-11は先週の記事でも触れたように巡航中に自動操縦装置が外れると操縦安定性が低く危険な状況を招きやすいとの指摘があり、1996年までに同様の事故が5回以上発生しており、マクドネル・ダグラス社から運航と整備に関する改善情報(SB:Service Bulletin)が出されていたにもかかわらずJALが本格的に対策をしていなかったという問題もありました。この事故以降、JALの名古屋~香港線は廃止となり、キャセイパシフィック航空とのコードシェア便のみが運航されています。

私も1997年9月、シンガポールに海外出張した際に往路で搭乗したのがこのJA8580でした。

1997年7月、マクダネル・ダグラス社はボーイング社に吸収合併されることとなり、12月にはMD-11の受注の停止、2002年2月に製造が終了となりました。2000年11月17日、JALは2002年度から2004年度にかけ10機のMD-11の売却を発表、経済性の高い双発機777‐200ERや767-300ERに置き換え、貨物機としての需要が高いMD-11を早いうちに手放そうという経営戦略でした。

JA8580は2002年9月に退役、貨物機に改修(MD-11F)され、2002年9月10日からN272UPとしてUPSの所属となり、2024年3月に保管機になるまで活躍、その後解体されました。

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2026年8月13日 (木)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 2 車両編 6 900形 913号

広電の車両、今回は750形に続いて大阪市電から譲受した900形です。種車は2601形で1969年10月から12月にかけ14両が導入されました。拙Blogにおいても2015年9月15日の記事で触れています。今回は同記事で写真を載せていない、現役最後の一両となった913号の写真を紹介します。

大阪市交通局2601形は木造ボギー車の置き換え用として1955年から1961年にかけ大阪車輛工業により2601-2714の114両が製造されました。台車はブリル77E、主電動機は端子電圧600V時の定格出力が37.5kW≒50馬力のSS-50、制御器はKR-8、ブレーキはSM3直通ブレーキ、という至って平凡かつ古典的な仕様でした。2626 - 2639の14両が2201形全車と共にワンマンカーに改造され、23号系統(都島車庫-港車庫)で使用されましたが、同系統が廃止となった1968年に運転を終了し、ワンマン仕様車全車が広島電鉄に移籍して900形となりました。それ以外のツーマンカーは、路線縮小の度に数を減らしつつも、大阪市電が全線廃止になる1969年3月31日のさよなら運転まで営業運転に供されました。

広島電鉄に譲渡された元大阪市電のうち、1601形、1651形、1801形由来の750形は13mを超える大型車両でしたが、2601形由来の900形は12m未満の中型車でした。901-904は広電初のワンマン仕様車として落成し、1969年12月より白島線の運用に投入されました。905-914は車掌乗務のツーマン仕様に改造の上、運用に入り、後にワンマン化されました。

900-913-2605172026/5/17 913号 皆実町六丁目

900-913-260518-22026/5/18 913号 広電本社前

900-913-2605182026/5/18 913号 紙屋町西 

900-913-260518_20260812085801900-913-260518-21広電900形となった車両も多くが廃車となる中、906号はソウルに、907号はタイコンケーン市に譲渡されており、913号は循環線というまるでレトロ車両の動態保存の場のような働き場を得て活躍しています。これからも末永く日本各地から広電に集まった車両が活躍してゆくことを期待します。

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2026年8月12日 (水)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 2 車両編 5 750形 762号

広電の単行車、形式番号順で行けば700形ですが、流れからすれば750形を先に持ってくる方が相応しいと感じますので、今回は750形で行きます。750形は戦前から活躍していた4輪単車の150形や400形を置き換えるため1965年に大阪市電の1601形、1651形、1801形を譲受し、750形として形式順に連番として統合したものです。

大阪市交通局1601形は1928年から1929年にかけて同局初の半鋼製車両として藤永田造船所で75両、梅鉢鉄工場で25両の総計100両が製造されました。AEG製50馬力級主電動機を2基搭載し、制御器は弱め界磁付の日立製作所製CF-65で、「大阪市電形台車」と呼ばれる、ウィングばね構造の軸箱支持機構と、リンク式の揺れ枕釣りで支えられるコイルばねによる枕ばね部を組み合わせた、当時としては先進的な、そして現在の台車と見比べてもそれほど遜色のない乗り心地の良い優れた設計の住友金属工業製鋳鋼製台車KS-46Lを採用していました。大阪大空襲で56両が被災し、1699号以外の55両が廃車となりましたが、「大阪市電形台車」は1951年に登場した2001形の全車(40両)に流用されるなどして極力再利用されました。1966年から廃車が始まり、1967年の鶴町線廃止で全車廃車となりましたが、1965年から南海電気鉄道(後の阪堺電気軌道)に10両、広島電鉄に14両が譲渡されました。空襲で被災しながら復旧し、後に番号整理で1644号になった1699号が交通局の保存車に指定され、現在も緑木検車場内の市電保存館で保存されています。

大阪市交通局1651形は1940年、遊休状態にあった木造ボギー散水車26-30号を木南車輛製造で改造したもので登場当時は1581形と命名されました。主電動機として端子電圧600V時1時間定格出力37.5kWの芝浦製作所SE-133か川崎重工業K-6-504-Bを各2基搭載し、制御器はゼネラル・エレクトリックK-39を装備し、車体のスタイルは大阪市電スタイルの基礎となりました。1942年製造の広電650形もこのスタイルをベースとし、車体長を13mから12mに縮めたものでした。大阪大空襲では1582号と1585号が被災しましたが、1582号復旧後は1601形に続く1651~1654に改番されました。

大阪市交通局1801形は1949年9月から1950年3月にかけて、広瀬車輌で12両、日立製作所で10両、若松車両で3両、近畿車輛で5両、富士車輌で2両の合計32両が製造されました。1711・1751形の増備車という位置づけで台車及び制御器も1711・1751形と同じですが、主電動機は端子電圧600V時1時間定格出力37.5kWの規格形電動機であるSS-50を2個搭載していました。1950年代以降、乗客数の伸びも一段落した関係で次の新製車である2001形は中型車となり、1801形は最後の大型車となりました。1967年・1968年に広島電鉄に8両が譲渡され、さらに4両が廃車、1969年2月の16系統廃止で6両が廃車となり、残る14両は市電最後の日まで運行が続けられました。

元1601形14両のうち10両が751-760号に、758号759号は花電車に改造され貨50形(52・51)となり、51号のみ現存、残り4両(1617,1630,1636,1640)は連接車2500形2511-2514となり、1984年・1985年に廃車となりました。元1651形4両は761-764号となり、762号が唯一現役で活躍しています。元1801形は765-772号となり、766号は廃車の際にテレビドラマの爆破シーンで使用され、772号はミャンマーに3000形2編成と共に譲渡、768号はイベント車両「Train Rouge」に改造されました。

750-762-260518-2750-762-260518-3 750-762-260518-62026/5/18 762号 広電本社前

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2026年8月11日 (火)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 2 車両編 4 650形651号・652号

広電の単行車、今回は650形です。形式名よりも「被爆電車」という方が有名な車両です。2015年の訪問の際にも撮影しており、2015年10月21日も記事で触れています。この時は貸切運行で651号のみの撮影でしたが、今回は現役3両(651,652,653)のうち、653号以外を撮影できました。

650-651-260518-52026/5/18 被爆電車の説明板 651号車内
653号も在籍はしていますが、定期運行には就いておらず、夏期にイベント電車として貸切運行に使用されているようです。塗装も653号のみ登場時の塗装に復刻されています。

650-651-260518-4651号の車内の様子

650-651-260518-2中央扉の横に設置された「サボ保管場所」

650-651-260518-2_202608100736012026/5/18 広電本社前に停車中の651号

650-651-260518-22広電本社前

650-652-2605182026/5/18 652号 紙屋町東

650-652-260518-22026/5/18 652号 広電本社前

650-652-260518_202608100742012026/5/18 652号 皆実町二丁目

循環線の開業でこういったレトロな単行車のレギュラーな運行機会が増えたことはファンとしては誠に嬉しいことです。

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2026年8月10日 (月)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 2 車両編 3 600形602号

広電の車両、今回は600形602号です。この車両は元々、西日本鉄道が北九州線用に規格型車両として1949年に500形という形式名で12両の配給を受けた車両です。これは第二次世界大戦終結後の混乱期に運輸省が戦時の酷使や戦災で不足した車両を補うため、1947年頃から実施した施策で東武鉄道、東京急行電鉄、名古屋鉄道、西日本鉄道、富山地方鉄道などに対して行われ、窓ガラスや電動機など寸法、規格が厳しく制限され、各社の車両の近代化や戦後混雑の緩和に貢献しました。
500形は汽車會社で製造され、定員80名の大型車両として登場し、大量輸送に貢献しました、11m車長の従来車に較べ車長が13.6mと長いことから運用に支障を来たし、広石電停付近の急カーブでは500形同士が接触事故を起こしたこともありました。当初は側面に3か所扉が設置されていましたが中央部の乗降扉は1953年から1956年の改修工事で埋め込まれ前後2扉となり、先頭部も絞り込まれ急カーブ区間も支障なく通過できるように改造されました。
1961年以降、内装の近代化工事が行われましたが、車長が問題となりワンマン化工事は実施されず、福岡市内線用だった561形(ワンマン化工事済み)が転属してきたことで1976年3月から1977年3月にかけ廃車となり、501,502,504の3両が広電に譲渡されました。


主要諸元

軌間 1435 mm
車両重量 16.40t(冷改前)17.90t(冷改後)
車両定員 80(着席40)人
全長 13,620 mm
全幅 2,400 mm
全高 3,950 mm
台車 K-10型(601-603冷改前)大阪市電型(601,602冷改後)
主電動機 TDK-524/2
主電動機出力 45kW×2
駆動方式 吊り掛け式
制御装置 KR-8 直接式
制動装置 SM-3 直通制動
備考 半鋼製

広電では1975年の千田車庫の火災で廃車となった車両の補充、ワンマン化の推進を目的に500形3両を譲受、西鉄時代の折戸両端扉を引戸前中扉に変更した上でワンマンカー化、正面中央窓の固定、ライト取替えなどが行われました。600形という形式名が付与され601,602,603となりましたが、1983年10月、601が交通事故で廃車され、603が601(II)に改番、1984年4月には三菱電機の直流交流変換駆動方式(三菱MDA方式)CU77A集中型(21,000kcal/h×1)による冷房改造、方向幕の大型・電動化、台車を入線時に着けていたK-10型を大阪市電型に交換が行われました。2001年2月に601(II)が廃車となり、602が唯一健在で活躍しています。

600ii-602-260518-2 600ii-602-260518-3 600ii-602-260518-42026/5/18 広電本社前
602号は2023年1月にシングルアームパンタグラフに換装されました。

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2026年8月 7日 (金)

DC-10の後継機として開発されるも双発機台頭の波に抗しきれず10年、200機しか製造されなかったMD-11

マクドネル・ダグラス社がDC-10の後継、改良型として1986年より開発を始めたのがMD-11でした。開発目標は747‐400ではキャパシティ過剰となる路線向きの機体でDC-10からの胴体ストレッチ、主翼端にウイングレットの装着、グラスコックピットの採用による2人乗務可能化が大きな変更点でした。1990年1月10日に初飛行、1991年から運用が開始され、旅客型、貨物専用型、貨客混載コンビ型が製造されましたが、社内組織改編の影響やエンジンの出力不足などで開発自身に2年程度の遅れが生じ、さらにETOPSの運用制限の緩和などで双発機に対して経済性の面で見劣りするようになり、受注は伸びず、1997年8月4日、マクドネル・ダグラス社がボーイング社に吸収合併される事態となり、1997年10月にボーイング社により、新規受注の停止がアナウンスされ、生産開始から僅か10年で製造終了となりました。最終的な製造数は全仕様を合計して200機でした。

機体構造はDC-10の製造設備がそのまま転用されたため、DC-10から大きく変更された点はなく、胴体が18.6フィート延長されたに留まりました。これは標準座席数では40席の増加でした。胴体後端のテイルコーンの形状はDC-10では丸みを帯びていましたがMD-11では平板状となりました。主翼端にはウイングレットが装着され、これにより巡航時の空気抵抗が3%減少しました。さらに水平尾翼の面積をDC-10に較べ30%減少させることで空気抵抗を減少させました。このことで縦方向の安定性が悪くなるため「エルサス:LSAS Longitudinal Stability Augmentation System」と呼ばれる「縦安定増加装置」が追加されましたが、何かの異常でLSASと自動操縦装置が外れると、操縦士ではリカバリーが困難となり、激しい上下動を繰り返す事例が報告されました。

エンジンはPW4460もしくはGE CF6-60C2D1F、さらにロールスロイス(R&R)トレント650から選択が可能でしたR&Rモデルは発注がありませんでした。

基本型:当初計画では最大離陸重量が605500ポンドでした最終的に630500ポンドに 132機製造
MD-11ER:オプションで補助燃料タンクを2個増設しタイプ CF6搭載仕様2機、PW4000搭載仕様2機
MD-11C:機体前方を客室、後方を貨物室にしたタイプ 5機
MD-11F:胴体前方側面に幅3.56メートル・高さ2.59メートルの貨物扉を設置、床面を強化、床上貨物室の容積は440立方メートルで、カーゴパレット26枚の搭載が可能で、床下貨物室の容積は158立方メートル  53機
MD-11CF:旅客用、貨物用に転換可能、床上キャビン(旅客仕様なら客室、貨物仕様なら貨物室)の容積は410立方メートル 6機

現在も運航しているのはフェデラル・エクスプレス(28機)とウエスタン・グローバル・エアラインズ(17機)の2社だけですべて貨物機です。

JALはDC-10-40の後継機として1994年から1997年にかけ10機を導入、「J-Bird」のニックネームが与えられ、各機に絶滅が危惧される貴重な野鳥の名前が付けられ、イラストも描かれましたが、777などの双発機の台頭で2004年10月にDC-10より先に全機退役となりました。僅か10年の活躍期間でした。これら10機については次週から一機ごとに紹介してゆきます。

JAL以外の各国航空会社が運航したMD-11についても世界各地で撮影した機体について紹介してゆくつもりです。

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2026年8月 6日 (木)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 2 車両編 2 570形582号

広電は輸送力の強化、車両更新を目的に日本各地の廃業した路面電車車両を買い取って走らせており、まさに「日本の路面電車の博物館」と呼ばれていますが、今回の570形もそういった類の車両で種車は神戸市電の500形でした。

570-582-260518-22026/5/18 比治山下 循環線内回り運用に就く582号

神戸市電500形は1919年、日本初の低床式ボギー車として登場したC車と呼ばれたグループ(91-100)、1920年に登場したE車(151-170)と呼ばれたグループ(これらは1923年に501-530に改番され木造車グループと後年呼ばれました)、さらに1923年に登場したI車(531-550)、1924年登場のJ車(551-562)、1926年から1928年に登場したK車(563-587)、1931年登場のL車(588-597)の鋼製車4グループの6グループ計97両からなる一大集団でした。1932年にC車は600形に、E車とI車は1935年から1938年にかけ700形に改造されました。神戸大空襲でJ車8両、K車11両、L車3両が被災し廃車となり、1952年~1953年には状態不良の3両が廃車され、22両が使用され続けましたが、1958年から1962年にかけ大阪車輛工業にて大規模な更新改造が実施されました。このときに番号は571-592に整理されました。581,582,588,589の4両は更新対象から外され原型のまま使用されました。事故で大破した583号は後に廃車となりましたが、更新改造を受けた17両が1968年にワンマン対応改造を受けました。1971年に神戸市電は全廃となりましたが、廃止翌日から広電に譲渡され、17両が広島の地で第二の車生を送ることとなりました。

570-582-260518-32026/5/18 582号の車内に掲示されている神戸市電の銘板

主要諸元

軌間 1,435 mm
自重 15.54t(元J車)15.49t(元K車)17.00t(元L車)
車両定員 88(着席42)人
車体長 13,410mm(元J車)13,564mm(元K車)13,700mm(元L車)
車体幅 2,375mm(元J車)2,426mm(元K車)2,426mm(元L車)
車体高 3,762mm(元J車)3,758mm(元K車)3,758mm(元L車)
車体 半鋼製
主電動機出力 45 kW × 2
駆動方式 吊り掛け式

広電では車番は571-587となり、13m級大型車として重用され、前面方向幕の大型化改造などを受けました。冷房改造も3両(582,584,587)が受けました。非冷房車は順次廃車となりましたが、578はサンフランシスコ市に寄贈され、トロリーポールを装備のうえ市街中心部のマーケットストリートから、港湾地区の観光地フィッシャーマンズワーフに至る“F-Line”で動態保存されているとのことです。冷房改造された587は2003年3月、584は2006年6月に廃車となりましたが、582は健在です。

570-582-260518-2_20260805091601 570-582-260518-4

紙屋町東電停570-582-260518車内の様子 神戸市電当時とほとんど変化していない(冷房化以外は)

570-582-260518_20260805091701紙屋町東

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2026年8月 5日 (水)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 2 車両編 1 概要と350形352号

広電の話題、今回からは車両編です。拙Blogにおいて広電の車両に関しては

2015/3/2 3000形
2015/3/23 3700形
2015/4/6 3800形
2015/4/20 3900形
2015/5/4 5000形
2015/5/10 5100形
2015/6/4 1000形(II)
2015/6/26 350形
2015/7/16 700形(II)
2015/8/26 800形(II)
2015/9/15 900形
2015/10/3 1900形
2015/10/21 650形
2015/11/9 200形(II)
2015/11/28 70形
2015/12/16 3950形
について触れてきました。今から12年前の2014年12月の広島訪問時、あるいはそれ以前に撮影した写真をもとに構成した記事でしたが、2019年には5200形Green Mover Avexが登場、3000形は3003号(江波車庫にて休車留置)を除き廃車され、陣容に一部変化がありましたが、循環線の開業などで「動態保存」的に運用されるレトロな電車を撮影する機会に恵まれました。

今回は単行車の形式番号の若い方から紹介してゆきます。まずは350形352号です。上述のように2015年6月26日の記事で紹介していますが、今回は日中撮影できたので、その写真を載せます。

350-352-260518350-352-260518-3

350-352-260518-52026/5/18 千田車庫を出区し、宇品線本線に入り、7系統運用に入る352号

元々は850形として3両が市内線~宮島線直通運用用に1958年ナニワ工機にて製造されました。ブレーキが空気制動のみであったため、宮島線の高速運転では制動力不足が懸念されたため、1971年に市内線専用となり、形式も350形となりました。認可的には宮島線への入線が可能ですがATS車上装置を装備していないため入線は出来ません。広電では現在唯一の間接非自動制御車であるため運転士養成(乙種電気車免許取得)に際して教習・試験車両としても使用されています。351,353号は2023年3月に荒手車庫にて解体され現存するのはこの352号1両です。ワンマン運転対応改造は1975年2月から4月にかけて、冷房改造は1984年7月13日に施工されており、千田車庫所属です。

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2026年8月 4日 (火)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その10 白島線

広電白島線は朝夕こそ、江波車庫との間の直通運用が設定されていますが、日中は八丁堀停留場と白島停留場間の1.2km、駅数3(中間駅のみ)を1両、もしくは1編成の電車が往復する路線です。1912年11月23日、常盤橋線として開業、ルートは広島城の旧外堀を埋め立てて整備された道の上を通る路線でした。原爆投下で全線不通になった後、1952年6月、現在のルートで営業が再開されました。路線の規模が小さいせいか、広電は白島線でその後、全線に普及するいくつかの試験的試みを行っています。1940年4月のピューゲル(それまでの路面電車の集電方式はトロリーポールが一般的でした)の導入、1969年の900形を使用したワンマンカーの導入、2008年のIC乗車カードPASPYの導入などです。

9-2605182026/5/18 白島線 八丁堀停留場

9-126-260518白島線停留場から見た本線(相生通理)方向、複線の本線との連絡線が繋がっています。

1000-1004-lex-260518八丁堀電停に到着するGreen Mover LEX 1004号

260518_202608030704017分の乗車で終点「白島」に到着

1000-1004-lex-260518-2白島停留場

平日の朝7時台から8時20分頃までは10分ヘッド、それ以外は1編成が往復する18分おきの運行となっています。車両は
平日は江波車庫を5:53に出た編成が6:16から白島線に入り、6:42に江波車庫を出た編成が7:05に2編成目として入り、8:28に1編成が離脱、21:17にもう1編成が江波車庫へ戻るという方式を繰り返しています。土休日は終日1編成の運行です。

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2026年8月 3日 (月)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その9 広島港(宇品)停留場

広電の宇品線、御幸橋東詰から宇品間が開通したのは1915年4月8日のことでした。以前の記事にあるように御幸橋に電車専用橋が開通し、紙屋町から宇品までが結ばれたのは1919年5月25日のことでした。この頃は現在のルートとは異なり御幸橋東詰から宇品間は宇品地区西側の堤防沿いを通るルートでこのルートが廃止され宇品通りを通るようになったのは1935年12月27日のことでした。宇品線の終点は宇品港、宇品桟橋ですがこちらも埋立の進行や港の変化で終点の位置が変わってゆきました。1935年のルート変更時は向宇品停留場(現在の元宇品口停留場)が終点でしたが1951年に西堤防西側の海を埋め立てる工事が完了、広島県営桟橋が開業し、軌道も200m延伸して宇品終点停留場が新たな終点となりました。その後も埋め立て工事が続き、軌道も南へ158m延長、1967年に移設されました。また旅客ターミナルのの整備に合わせ軌道を9.5m延長、停留場は1976年に複線化されました。2003年には新たな旅客ターミナルが建設され、停留場も新旅客ターミナルの前に移設され、軌道は100m延伸しました。

260518_202608020921012026/5/18 電停名標

一方、日清戦争の人員・物資の輸送のために軍事専用線として建設され、開戦の1894年に開業したのが宇品線で当時の山陽鉄道が陸軍省の委託で建設し、着工から僅か18日で開業しました。1897年には山陽鉄道が陸軍省から借り入れ一般旅客営業を開始、1906年に国有化、1919年に貨物専用線となり、その後、芸備鉄道が旅客営業を再開、1937年に再び国鉄に移管、太平洋戦争中は軍専用となり、戦後、再び旅客営業が再開されましたが、広島市内の復興で公共施設が市の中心部へ転出、広電やバスとの競争にも敗れ、1972年に廃止、その後、東広島駅(現在の広島貨物ターミナル駅)間の国鉄側線扱いで通運業者四者(広島県経済連・日本通運・トナミ運輸・広島運輸)が使用していましたが1986年に廃止されました

260517_20260802093301電車を降りたらすぐ前に旅客ターミナルのエントランス

260518_202608020930012026/5/18 広島港の模型 桟橋の形態、旅客ターミナルと広電停留場の位置関係などがよく分かります。

260517_20260802093201発着する船舶の航路マップ

260517_20260802093401対岸の風景

260518_20260802093501第八きりくし 上村汽船が運航する宇品と江田島市(切串港)を結ぶフェリー 総トン数373トン 旅客定員330名 乗用車32台積載可能です。

800-807-260517800-814-260517広電のホームは頭端式ホーム2面3線で番線表示は系統番号との混乱を避けるためA・B・Cと割り振られています。連接車2本が停車できる長さがあり、ホームをカバーする広大な屋根が設置されています。

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