2022年1月24日 (月)

通勤電車シリーズ 205系 1 205系開発の背景と量産先行車の登場

1979年2月、「省エネ」電車として201系900番台(先行試作編成)が登場しました。車体は101系103系同様に鋼製でしたが、それまでの抵抗制御方式に代わり、電機子チョッパ方式が採用されました。201系は1981年から1985年まで1018両が製造され、中央快速線、青梅線、五日市線、武蔵野線、中央・総武緩行線、京葉線、外房線、東金線、東海道緩行線、山陽本線、大阪環状線、関西本線、桜島線、奈良線、和田岬線などで運用されました。しかし、電機子チョッパ方式は大電流が流れる主回路で働く素子が高価であること、鋼製車であるため、車体が重く、塗装などにかかるメンテナンスコストが膨大なことなどから昭和59年度末の収支で1兆6504億円の純損失が計上され、財政状況が極めて悪い当時の国鉄にとってはこれ以上新たな線区に投入するべきではないと判断されました。

201_20220123101801 201-201901-7902 1979/2 三鷹電車区 201系試作編成

 当時、首都圏や関西圏の大手私鉄においては界磁チョッパ制御方式を採用した、アルミ、ステンレス車体の新形式が登場し始めており、それらに比べると首都圏で活躍していた103系は見劣りする存在となっていました。1985年3月のダイヤ改正で山手線に201系が当初、導入される予定でしたが、既に導入されていた中央快速線や中央・総武緩行線に較べ駅間が短いものの乗車率が高い山手線では車重の重い201系を導入した場合、主電動機の熱容量の不足が懸念されました。そこで 山手線の103系置き換えは201系ではなく、新形式で行うこととし、1984年6月に開発が決定、設計と量産先行車の製造が急ピッチで進められました。このような当時の状況から登場したのが205系でした。

基本設計案

1.制御装置は界磁添加励磁制御方式とする。
  国鉄電車の主電動機は電機子と界磁が直列に接続された直巻整流子電動機であり、このシステムを生かした上で弱め界磁と電力回生ブレーキを導入する方式として界磁巻線のみを制御する三相全波半制御サイリスタ整流回路を組み込み、MG等から得た三相交流電源で界磁巻線回路に電流を流し、力行時終段の弱め界磁機能と制動時の電力回生機能を付与する機構です。弱め界磁以前は抵抗制御方式と変わらず、回生ブレーキ使用時に回生失効が起きにくいのが特徴でそれまでの抵抗制御車から改造も容易であり、構造も単純・安価、保守も容易というメリットがありました。一方、直流電動機のため消耗品のブラシが残存する欠点が、VVVF方式の登場による交流誘導電動機(ブラシレス)により、消滅を早めることになりました。


2.軽量ステンレス車体の導入。
  コンピュータ技術の導入で車体強度を維持した状態で極限まで軽量化する技術を持っていたのは当時の東急車両製造で、国鉄は公共企業体としてこの技術を導入する際に東急車両製造に半ば強制的に技術を開示させ他社でも製造できるようにしました。後に東急車輛は優位性を失ったためJR東日本傘下の総合車両製作所になります。
3.ボルスタレス台車の導入
4.回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキの採用
5.手ブレーキ、戸袋窓・妻窓の廃止

205


103-205-850323 1985/3/23 新宿 400番の編成番号札を下げているので日本車両製造製の後のヤテ4編成でしょうか。

1985年1月から3月にかけ、 東急車両製造、日立製作所、川崎重工、日本車両製造の4社がそれぞれ製造した量産先行者が落成し、山手線で試運転が開始されました。

205-01-020427-2 2002/4/27 田町 ヤテ1編成

205-02-021104 2002/11/4 恵比寿 ヤテ2編成

205-03-020427-2 2002/4/27 恵比寿 ヤテ3編成

側窓が上段下降、下段上昇の2段サッシ窓であり、サイドからみると田の字に見えるところが特徴でした。運行番号表示器も1985年の写真のように当初は巻き取り式でした。

サイズは 最大長 19500mm 最大幅 2800mm 屋根高さ 3670mm パンタ折り畳み高さ 4140mm 心皿間距離 13800mm 床面高さ 11800mm

定員 クハ 136(48) モハ・サハ 144(54)

重量 クハ 26.5t モハ205 34.9t モハ204 36.2t サハ205 24.5t

台車 電動車 DT50 付随車 TR235

歯車比 14:35=1:6.07

パンタグラフ PS21
主制御器 CS57
励磁装置 HS52
主抵抗器 MR159
主電動機 MT61
電動発電機 DM106(190VA)
電動空気圧縮機 MH3075-C2000M
冷房装置 AU75G 

1985年3月のダイヤ改正は3月14日で205系の運転開始も当初はダイヤ改正初日からの予定でしたが、若干遅れて3月25日から営業運転が開始されました。投入された運用は外回り55運用でした。

 

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2022年1月21日 (金)

通勤電車シリーズ 103系 32 武蔵野線 part3

1996年12月に武蔵野線の103系はすべて8連化されましたが、このタイミングで1986年から10年間武蔵野線で活躍していた201系6連3本は中央線に戻りました。思えばこの時期は鉄道よりも旅客機の時期で201系の活躍にも全く気付かず、後から撮り逃がしたことを後悔したものでした。同時に青梅・五日市線との共通運用も終わりました。その後も103系の転入は続き、103系8連33本、205系8連5本という体制が続きました。

103-23-021229

2002/12/29 新松戸 E23編成


2002103

表 2002年4月1日現在の豊田電車区 武蔵野線用103系 オレンジ色に塗ったセルは1997年4月1日時点のデータに対して変化した車両
両側クハタイプの編成はE30以降が追加となる一方でクモハタイプの編成からE30編成が消えています。

103-16-050528

2005/5/28 舞浜 E16編成

205系に関しては後日の記事で触れますが、1991年10月から投入された武蔵野線オリジナルタイプ顔の5本体制でしばらく推移しました。その後、103系廃車計画の進行とともに2002年から中央・総武緩行線に投入された205系10連の制御方式をVVVF化し、8連化(4M4T)した2編成が投入されたのを嚆矢に置き換えが本格化しました。さらに2004年3月12日には武蔵野線担当車両は八王子支社豊田電車区(八トタ)から千葉支社京葉車両センター(千ケヨ)に移管されました。

103-15-050730

2005/7/30 新秋津 E15編成

記憶にありますが、武蔵野線の新秋津~新小平~西国分寺間には東村山トンネル、小平トンネルといった長大トンネルがあり、101系から103系になった頃はその騒音の大きさに驚かされたものでした。205系になることで、さらにVVVF化で電動車の両数が減ることでその騒音もだいぶ下がったように思えますが。

2005年12月に京葉車両センターの103系は完全に205系に置き換えられ、JR東日本に残された103系は常磐快速線だけになりました。2006年3月に成田~我孫子間での運用が終了した後、2007年に仙石線、多賀城駅付近の連続立体交差化工事の関係で郡山総合車両センターに留置されていた103系が復活しましたが、この運用も南武線の205系1200番台の転属で、2009年10月に終了となり、完全に消滅となりました。

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2021年10月13日 (水)

置換えまであと僅か、相模線205系500番台R1編成に「相模線100周年HM」

相模川の砂利輸送を目的として相模鉄道が茅ケ崎駅から川寒川駅間を1921年9月28日に開業してから今年で100年になります。当初は軽便鉄道でしたが、1924年に会社定款が変更され地方鉄道になりました。1926年4月1日は寒川駅~倉見駅間が延伸開業、7月15日には倉見駅~厚木駅、1931年4月29日、厚木駅~橋本駅間が開業し、全通しました。
太平洋戦争が勃発し、都心が攻撃された場合の東海道~中央~高崎線を結ぶ迂回ルートの確保として相模線は1944年6月1日、国有化され運輸通信省鉄道総局管轄の相模線となりました。
茅ケ崎~橋本間33.3kmの他、かつては寒川駅から川寒川駅までの川寒川支線(0.9km、1931年11月1日に廃止)と寒川駅~西寒川駅までの寒川支線(1.5km、1984年3月31日廃止)が存在しました。

沿線は1980年代以降、ベッドタウン化されますが、それまでは相模原市が人口20万人、厚木市が8.9万人と少なく、相模川の砂利採掘が禁止された1960年以降は貨物輸送量も少なく、1971年度の営業収支は関東地方の国鉄線では鹿島線の634、木原線の459に次ぐ第3位の赤字線でした。それでも第三セクター化されずに来れたのは厚木市の日産自動車工場製の自動車輸送をまかなうためでした。

首都圏路線として国鉄時代は非電化のまま残され、民営化され1991年3月16日JR東日本のもとで全線電化されました。

Dsc06424 2021/10/11 海老名 9月28日からR1編成に掲出された相模線100周年HM

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2021/10/11 橋本到着後は八王子方に引き上げ、駅横のの電留線に入線して昼過ぎまで休憩

電化で投入されたのが205系500番台で、R1~R13の4両編成13本が投入され、今年で投入から30年が経ちますが、11月18日からはE131系500番台に置き換えられる予定であることがアナウンスされています。

100-210817
Dsc06428相模線100周年を記念し、9月28日まではぬりえアート展が開催され、9月28日からはR1編成にHMの掲出、さらに車内には沿線の小学生による205系500系のぬりえアートが掲出されています。

武蔵野線で長く活躍した205系も全編成撤退し、残すところは相模線、東北本線・日光線などでの活躍となった205系ですがそれらもE131系への置き換えがアナウンスされています。

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2021年6月15日 (火)

2021年春、外房線~内房線を巡る旅 その2 蘇我駅と京葉線車両

2021年春の外房から内房への旅、2回目は今回の旅行では通過しただけですが路線としてどうしても外せないのが蘇我駅です。

現在は千葉市中央区ですが、かつては千葉郡蘇我町であったことから駅名の由来となっています。蘇我町の由来は紀記神話による日本武尊の東征の際に相模から総国に渡ろうとした際に暴風雨に遭遇、日本武尊の后の弟橘姫が荒しを鎮めるために入水し、付き添いの5人の女性も一緒に入水したところ、蘇我大臣の娘蘇我比咩だけが浜に打ち上げられ助かった、あるいは弟橘姫が助かり、「我、蘇(よみがえ)り」と言ったので「蘇我」という地名になったという説が伝えられています。

千葉県においては県庁所在地の千葉に対して、幕張新都心に続いて、蘇我周辺は副都心といった位置づけにあり、蘇我駅はその中心駅だそうです。確かにJR東日本の外房線、内房線、そして京葉線が乗り入れ、貨物線ではありますが京葉臨海鉄道臨海本線が乗り入れ、駅構内にはJR貨物の車両基地である千葉機関区もあります。

京葉工業地帯の拠点港である千葉港の千葉中央地区に位置し、第二次世界大戦後、荒廃した我が国の戦災復興都市計画の一環として誘致された川崎製鉄(現在のJFEスチール)により発展した街でもあります。

1896年1月20日、房総鉄道の駅として開業し、開業時から旅客・貨物取り扱いが始められました。内房線、開業当時は木更津線の開業は1912年3月28日でした。京葉臨海鉄道臨海本線は1963年9月16日、京葉線の千葉港~蘇我間の開通は1988年12月1日でした。1991年3月16日のダイヤ改正で京葉線が東京まで延伸され、成田エクスプレスが運行開始となり、東京~蘇我間を総武本線・外房線で運行していた特急「さざなみ」「わかしお」が京葉線経由となり、特急全列車が当駅に停車するようになり、一躍有名になった感があります。

駅は島式ホーム3面6線で1,2番線が外房線、内房線上り千葉方面、5番線内房線、6番線外房線、3,4番線は京葉線専用となっており、1,6番線は京葉線とは繋がっていないため、京葉線直通は2,5番線を使用することになっています。

蘇我駅ではこれまでいろいろな車両を撮影して来ましたが、今回の記事では京葉線の車両の写真を紹介しようと思います。

103-307-050528 2005/5/28 舞浜 最初は蘇我駅で撮影したものではありませんが、京葉線開業時から活躍していたのがこのスカイブルー(青22号)の103系でした。運転終了は2005年11月18日でした。

201-k1091025-2 2009/10/25 蘇我 
103系を置き換えたのが中央・総武緩行線から転入した201系でした。これらの編成も2011年6月20日を以って運用を離れました。

205-24-090215-2 2009/2/15 この24編成は側窓田の字の205系量産先行車でクハ205/204-1を含む編成です。

205-9-090215-2 2009/2/15 こちらは1990年京葉線東京延伸開業に合わせ製作投入された205系京葉線、あるいは武蔵野線の一部編成に見られたスタイル(通称:メルヘン顔)でした。
E331-ak1-090215 2009/2/15 忘れてはいけないのがこのE331系で、2007年3月18日のダイヤ改正から試験的に投入された連接車両編成でした。しかし、運用から外れることしばし、結局量産化に至らず、2014年4月2日付で廃車となりました。

209500-33-090215 2009/2/15 209系500番台、33編成は2010年12月4日のダイヤ改正から武蔵野線に転用されましたが、34編成は未だに京葉線に残されています。

E2335000-517-150819 2015/8/19 現在の主力、E233系5000番台 10両貫通タイプと4+6両併結タイプの2パターンがあります。

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2021年1月 4日 (月)

2020年の御用納め、18切符で再び長野へ その1 松本まで

2020年は1月末のクルーズ船から始まり、新型コロナウイルスの蔓延に世界が翻弄された年となりました。3月下旬から5月上旬の第一波、6月には一旦終息の気配を見せるものの、7月から9月にかけての第二波、そして11月初旬、冬の気配が近づくとこれまでの感染者数を遙かに超える新規感染者、そして重症者の増加でまさに医療逼迫の年越しとなってしまいました。安倍政権時代の2020年4月7日に緊急事態宣言が出され、5月25日に解除されましたが、第三波における全国新規感染者数は第二波のピーク時全国1500人に対して4500人、重症数は280人に対して700人弱とこれまでの人数を遙かに上回るものとなっています。この事態に対して首都圏の知事達は政府に緊急事態宣言のさい発令を要請したというニュースも流れている年明けとなりました。

そんな中、政府が進めて来たGoToトラベルキャンペーンは遅まきながら12月28日から一時停止となりましたが、私は2018年晩夏の信州旅行シリーズの今後の記事の材料として、長野電鉄には東京メトロから3500・3600系を置き換えるために,2020年から同じ日比谷線の後継車の03系が譲渡され,3000系として活躍を開始しており、しなの鉄道ではJRから譲渡され活躍を続ける115系に各種の特別塗装(ラッピング・イベント塗装)車が登場し,中でも2018年に重要部検査を受けた後、台湾鉄道EMU100型電車風の塗装を纏い、「台湾自強号色」として運行されるS9編成、そしてJR東日本E129系と同型のsustinaS23によるSR1系を是非,記録しておこうと思い、小平から18切符で長野まで往復してきました。

Dsc00448 2020/12/28 一橋学園 世間的には御用納めの月曜の朝でしたが、同駅の一番列車でまず国分寺へ

Dsc00449 国分寺5:33発の高尾行きに乗車

Dsc00451 5:58 高尾駅3番線に到着、4番線には同じE233系の大月行き1451Mが待っており、3分の接続で発車

Dsc00460 このE233系6連は大月で富士急行線からやってくる4連のパートナー編成を併結して東京方面に戻ります。2018年8月31日に同駅で目撃した光景と同じでした。

Dsc00458 大月では富士急行で活躍する元国鉄・JR東日本の205系(6000系6003編成),田の字窓の初期編成とも遭遇

Dsc00454 大月からは6:54発の高尾からやってくる427Mで松本へ
早朝の便で乗客が少ないこと、コロナウイルス蔓延に伴う措置として各駅でドアが全開されることなどもあり、211系6連の車内の温度はかなり低温となっていました。沿線の様子を見ていると、小淵沢までは雪などありませんでしたが、小淵沢から先、信濃境、富士見あたりではかなりの積雪があり、茅野に抜ける頃には雨に変わっており、そこから先は晴天、松本到着時も晴天でした。

Dsc00468 9:35松本に定刻に到着。篠ノ井方面の普通列車は11:09までないので、駅周辺を散策。

Dsc00498 松本駅西口(アルプス口)が抜け、南下、アルピコ交通(松本電鉄)上高地線の西松本駅、

Dsc00502 JR東日本の松本運輸区、車両センターの前を通り、

Dsc00523 東口(お城口)から再び駅構内へ

Dsc00538
アルピコ交通上高地線にはかつて活躍したモハ10系の塗装を模した3003-3004編成が入線中


Dsc00550 松本からは長野~松本間のシャトル運用に投入されているE127系100番台2両編成で長野へ

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2020年8月20日 (木)

中央・総武緩行線 使用車両と運用番号の変遷

数年前、中央・総武緩行線は209系500番台13本、E231系量産先行試作編成1本、0番台編成46本が活躍していましたが、2015年3月に山手線にE235系0番台の新製投入(最終的に2019年12月17日までに50本投入)が開始され、それまで活躍していたE231系500番台11両編成52本からサハE231-4600番台を除いた10両編成が中央・総武緩行線に転属しました。それに伴い、209系500番台は武蔵野線、八高線・川越線に転属し、E231系0番台も多くが常磐快速線、武蔵野線、八高線、川越線(E231系3000番台)に転属しました。E231系500番台の転入だけでは不足する編成分はE231系0番台6本を4M6Tから6M4Tに組換え、従来から連結されていた6扉サハE230はその際に廃車となりました。なお、E231系500番台に連結されていたサハE231-4600番台のうち、4602、4604、4605、4606の4両は編成数が52本から50本に減ったことと、新製のタイミングの関係でトウ04、05編成にサハE235-501,502が組み込まれたことから、E235系への改造・組み込みが見送られ、現時点では車籍は有する者の余剰車となっています。

E231500-a506-200810-2 2020/8/10 飯田橋 ミツA506編成

E231系500番台編成に関してはトウ520が2014年10月28日にミツA520編成として三鷹に転入したのを皮切りに2020年3月3日のA506編成まで52編成がサハE231-4600番台を残して三鷹に転属しました。わたしもデジカメ時代以降は首都圏の通勤車両に関しては全編成を記録することを目標にしており、E231系500番台の中央・総武緩行線で活躍する姿を小平~つくば往復の行程で記録してきました。最初は運用などを気にせずに来た編成を片っ端から記録していましたが、ある時点からはその日の編成の運用状況をネットでモニタしながら撮り残した編成を効率的に追っかけるようにしました。その結果、最後に残った編成がA546編成でした。

201 東中野 201系 運用番号はB

205-21-940801-edit 西荻窪 205系 運用番号はこちらもB

103-790923 1979/9/23 新小岩 こちらの運用番号はC 

209500-501-090704-2
2009/7/4 東中野 209系500番台 C501編成

209500-c510-150124-2 2015/1/24 新小岩 検査入場などでC運用の編成がB運用に入ることもありました。

これらの編成の時代は上り下り時刻に関係なく運用番号は固定されていました。

中央・総武緩行線の現在の運用は1Bから99Bまでの(奇数+B)と1Cから11Cまでの(奇数+C)の計56運用あります。BとCの違いは2004年までは三鷹電車区、中野電車区所属車両(主に201系、205系)がB,習志野電車区所属車両(主に103系、209系、E231系)がCでしたが、2003年12月に全車両が三鷹電車区に移籍したため、2004年のダイヤ改正から6扉車を連結するE231系がB,209系500番台がCとなりました。

E231500-a502-200801
2020/8/1 E231系になってからは運行番号表示窓が4桁の数字+アルファベットとなり、数字の上2桁は発車駅の時刻14時、68Bは69B運用の上り偶数を意味するようになりました。

E231500-a505-200804
2020/8/4 荻窪 1307Cは始発駅を13時台に出発した07C運用(107B)の下り西行きです。

しかし、2019年3月のダイヤ改正からは209系500番台編成が転出したため、BとCの区別がなくなり、01~99がB, 101~111の分を01~11として末尾にCを加えたものとしました。

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2019年8月26日 (月)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その2 車両編 205系3100番台 その2 編成の多様性~色物編成

仙石線205系3100番台のバリエーション、今回はマンガッタンライナー、ゆめのまち列車など車体にラッピングが施された編成です。

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2016/10/22 小鶴新田

2053100-m2-161022  
2016/10/22 西塩釜 M-8編成は撮影できませんでしたが、M-2編成には遭えました。

宮城県登米郡石ノ森町(現在、登米市)出身の漫画家、特撮作品原作者、石ノ森章太郎(本名:小野寺章太郎)にちなみ、M-8編成が投入時から「マンガッタンライナー」、さらにM-2編成も2008年10月から「マンガッタンライナーII」として運転されています。平日は他の編成と混用で運用されていますが、土日は時刻表に表記された列車に限定運用されています。

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2053100-m13-161022-2 
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2016/10/22 小鶴新田 M-13編成

そしてM-13編成は東日本大震災以降、NHKによる復興応援キャンペーン「大好き♡(ハート)東北」の一環として東松島市野蒜小学校6年生と荒井良二氏による「ゆめのまち列車」として、将来の夢やふるさとの自然が描かれたポスターが貼られた列車となりました。運転期間は2015年7月11日から2017年3月末まででした。

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2019年8月25日 (日)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その2 車両編 205系3100番台 その2 編成の多様性~ダブルパンタグラフ編成

仙石線205系3100番台のバリエーション、今回はダブルパンタグラフ編成です。
205系3100番台が仙石線に投入された当初、モハ205形の集電用パンタグラフは205系通常の菱形PS21でした。18編成のうち、3112、3114、3116、3118に関しては寒冷地ならではの霜取り運転用シングルアーム式パンタグラフ(PS33C)が増設され、菱形とシングルアームのダブルパンタスタイルでした。後に、集電用も全編成シングルアーム式に交換されました。

2053100-m12-161022-3

2053100-m12-161022-2

2016/10/22 髙城町
ダブルパンタ編成に関しては4編成とも撮影しているのですが、パンタが2個付いているのが確認できるのはこの写真くらいでした。

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2019年8月24日 (土)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その2 車両編 205系3100番台 その2 編成の多様性~2WAYシート編成

仙石線205系3100番台のバリエーション、今回は2WAYシート編成です。
編成番号M-2, M-5,M-8のクハ205-3102、-3105, -3108がクロスシート、ロングシート転換可能な2WAYシートを装備していました。オリジナル車のドア間の7人掛け座席を撤去し、2人掛け2WAYシートを3基配置した構造でしたが、仙石東北ラインの開業で仙石線の快速列車が廃止されたため、2015年以降はロングシート固定で運行となりました。連結面寄りの座席は車椅子スペースとトイレ設置スペースとなっているため座席はありません。さらに本来座席下スペースに設置されているドアエンジンも座席が無いため、ドア上部収納の直動式ドアエンジンに改造されています。

2016年10月の旅行ではM-2編成とM-5編成に遭遇しましたが、M-2編成は「マンガッタンライナー」として記事にしますので、今回はM-5編成を紹介します。

2053100-m5-1610222WAYシート社はノーマルシート車と違い、4両各車両ごとに色をかえてあり、クハ204形は仙台の市と木であるケヤキと杜の都をイメージした、モハ204形は塩竃港で水揚げされるマグロなどの魚をイメージした、モハ205形は松島の朝日と夕日、扇谷の紅葉をイメージしたオレンジ、クハ205形は石巻の花であるツツジをイメージしたとなっています。

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窓が塞がれているのはトイレの設置のため。クハ205形の石巻のツツジ


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3枚とも2016/10/22 小鶴新田

こういったタイプの車両としては近鉄のL/Cカー2610系、2800系、5800系、5820系などが有名ですが、1972年に当時の国鉄・吹田工場においてクハ79929号にロング/クロス可変機構の試作装備が行われました。ただ、当時の輸送事情では機構的問題もあり、導入が見送られた経緯がありました。

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2019年8月23日 (金)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その2 車両編 205系3100番台 その2 編成の多様性~ノーマル編成

2009年にM19編成が加わり、仙石線の205系3100番台は19編成体制となりましたが、2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震による津波で野蒜駅~東名駅間を走行中だったM9編成が流され脱線、同年5月1日かけて現地で解体されました。さらに石巻駅では駅に到着していたM7編成が冠水する被害に遭い、2012年9月に総合車両製作所に回送され入場しましたが、修理不能との判断で2014年12月25日付で除籍、廃車となりました。
以上の経緯から現在はM-1~-6,M-8,M-10~-19の17編成が活躍中です。

2053100_20190822132601

東日本大震災による津波被害でM-7,M-9編成は廃車となりましたが、現在、仙石線では17編成が活躍中で、通常のロングシート編成の他、クハ205がクロスシート/ロングシートに転換可能な「2WAYシート」編成、架線の霜取り運転時用にモハ205形にシングルアームパンタを増設した編成、そして石ノ森章太郎作のマンガ作品をラッピングした「マンガッタンライナー」編成などのバリエーションが存在します。

2053100-m1-161022

2019/10/22 小鶴新田 M1編成

2053100-m6-161022

2016/10/22 西塩釜 M6編成

2053100-m10-161022-2

2016/10/22 西塩釜

1日の訪問であったため、運用に就いている編成が限られていましたが、まずはノーマル・ロングシートの編成を集めてみました。

あれから15年、山手線にはE235系が投入されており、E231系500番台は中央・総武緩行線に活躍の場を移しつつあり、それまで活躍していた209系500番台、E231系0番台武蔵野線、八高・川越線、常磐快速線への転用が進められていますが、仙石線への転用の動きは現時点では見えません。


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