2018年6月21日 (木)

2018年6月17日、品川駅の線路切り替え工事 その2 品川客車区ありし頃

昨日は現在の品川駅の風景を記事にしましたが、今回は品川客車区があった頃の品川駅から田町駅方向を見た風景をまとめてみます。

180617 2018/6/17
品川駅から田町駅方向を見る

品川駅は1871年9月10日に駅舎工事が着工され、1872年1月20日に西洋建築平屋建の駅舎が完成しました。当時は品川ステーションと言い、総工費は5427両だったそうです。

20 20系 カニ21他 「瀬戸」
1958年10月に「あさかぜ」で20系客車が登場し、東京発の寝台特急としては1978年2月の博多「あさかぜ」の24系化まで使用されました。

20_810228 1981/2/28 
20系客車はその後、急行「銀河」用に使用され、1976年2月20日から、1985年3月14日まで使用されました。

同年6月12日に初代横浜(現・桜木町駅)までが仮開業し、営業開始しました。そして10月15日、初代新橋駅(現・汐留駅)~横浜駅間が本格開業しました。従って、桜木町駅と並んで日本一古い駅のひとつとなっています。1885年3月1日には日本鉄道品川線(現・山手線)が乗り入れました。京浜線(現・京浜東北線)の運転開始は1914年12月20日でした。

14_790923 1979/9/23
14系寝台客車の「さくら」 1972年3月15日に20系から14系寝台客車に置き換えられ、15形2段ハネなども使用されましたが、2005年3月1日の最終列車まで使用されました。

1898年4月1日、品川駅で貨物の取り扱いが開始され、1906年の鉄道国有化以降、貨物の取り扱い増大化に対処するため、稲沢、吹田、田端と品川に操車場が建設されました。

2425_810228 1981/2/28
24系25形「富士」 1976年10月24系24形三段ハネから、二段ハネ化され、2009年3月13日の最終列車まで使用されました。

東海道本線の客車区は東京駅開設時に八重洲寄りに東京検車所が設置されましたが、車両数の増大に対処するために、1937年品川操車場の機能を新設された新鶴見操車場に移し、跡地を品川客車区としました。

285_050503_2 2005/5/3 285系サンライズ「瀬戸・出雲」と24系25形「はやぶさ」
現在、285系は東京総合車両センター田町センターの札の辻群線に留置されているそうです。

田町駅と品川駅の間に、客車列車を牽引する機関車用に東京機関区、客車用に品川客車区、そして80系などの湘南電車が長距離用に進出すると田町電車区が設立されました。

東京機関区は1872年7月に新橋駅(現・汐留駅)に隣接して新橋機関庫として設置されたのが最初で、1914年12月には旅客列車用機関車の基地を東京駅八重洲口側に移転し、東京機関庫と改称しました。1926年4月には機関庫内線路が電化され電気機関車の基地となり、1936年9月1日に東京機関区と改称されました。田町~品川間に移転したのは1942年11月のことでした。

De11_43_8712001984/12
DE11 43号機は入れ換え用で品川機関区の所属でした。

180617_2 2018/6/17
月見群線と呼ばれる留置線には常磐線関係の車両が留置されています。

2013年11月24日以降の電留線のマップはこちら

1986年11月1日の国鉄最後のダイヤ改正において品川客車区と統合され、東京運転区と改称、さらに1987年3月1日、国鉄分割民営化を控えて品川運転所となりました。

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2018年1月24日 (水)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 香椎駅 その1

地元、西武鉄道の話題を3日間続けた後に再び、2017年10月の福岡旅行の話題に戻ります。
171015 2017/10/15

今回は鹿児島本線と香椎線が交わる香椎駅です。この駅も中線、上り通過列車用の線路がある関係で編成全体を撮影しやすいことから、鹿児島本線のこの区間ではよく写真を撮影してきた駅であります。

051209 2005/12/5 門司港方面
左側の線路が鹿児島本線上り線、上り通過線、下り線、右側の線路が香椎線
香椎線はこの先の九産大前の先で鹿児島本線をオーバクロスし、海の中道の西戸崎方面に向かいます。奥正面の大きな建物は九州産業大学のビルで、学会等で行ったことがあります。

051209_2 2005/12/5 博多方面

この駅はJR九州の駅であると同時に、JR貨物が第一種事業者となっている鹿児島本線貨物支線(博多臨港線)の登記上の起点駅でもあります。

開業は九州鉄道により、博多~赤間間が開業した1890年9月28日1904年1月1日博多湾鉄道粕屋線西戸崎 - 須恵間が開業した際に同線の香椎駅も出来ました。同線は1905年6月1日に新原まで延伸、そして同年12月29日、宇美まで延伸し、全通となりました。

香椎線と言えば松本清張の小説「点と線」を思い出しますし、

051210
未だ、参詣はしてませんが、香椎宮の参拝下車駅でもあります。

100830
駅ホーム上にはこういったことを周知するそれらしきものが多く見受けられます。

香椎駅で撮影した鹿児島本線の列車から、

885_sm2_171015 2017/10/15 885系 SM2編成

885_sm2_051210 2005/12/10 885系 SM2編成
同じ編成ですが2005年当時は黄色でした。
もともと「白いかもめ」としてデビューした885系も「ソニック」として活躍するようになりました。

883_ao1_051209 2005/12/9 883系 AO1編成

883_ao7_051208 2005/12/8 883系 AO7編成

今は濃紺の883系も登場時はこんな塗色をしていました。

787_bm12_051208 2005/12/8
「つばめ」でデビューし、現在はいろいろな特急に使用される787系BM12編成

783_cm25_051210 2005/12/10
こちらもJR九州、特急車両元祖783系

Ef81_303_100319 2010/3/19 
今は風前の灯状態かもしれませんが関門の主だったEF81300番台

Eh50070_120605 2012/6/5
現在は福岡ターミナルまでですが、近い将来はさらに足を伸ばすかもしれない「関門の金太郎」こと門司機関区配属のEH500

Ed76_66_051208 2005/12/8 
編成が短縮され往年の輝きを失いかけていた最晩年の「はやぶさ

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2017年11月13日 (月)

速報版 第17回ふれあい鉄道フェスティバルに参加

貨物鉄道博物館の話題に割り込んでの記事なので、速報版としましたが、11月11日土曜日は尾久車両センター公開の「第17回ふれあい鉄道フェスティバル」と西武横瀬車両基地公開「西武トレインフェスティバル2017 in 横瀬」か重なりましたが、今年は2014年以来の尾久にしました。

理由は、展示車両のリストを見ると、小海線のHigh Rail 1375、盛岡のPOKEMON with YOUトレイン、新潟地区の越乃Shu*Kura などの普段は関東地区では見られないディーゼルカーが展示されるからでした。

詳細は追って、別の機会に記事にしますが、今回は写真だけを並べます。

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Dsc01318
恒例の機関車4並び展示はこのように尾久駅側から、EF6437号機、EF651102号機、DD51842号機、そして青森から転属してきたEF81139号機でした。

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お召し塗装のEF8181号機は転車台の上で11:00、12:00、13:00。14:00に回転していました。

JR東日本関係の機関車と言えば、長年茶色塗装だった高崎センターのEF641001号機がオリジナル塗装に戻ったので展示されるかと思いましたがそれはありませんでした。

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機関車それぞれの両側にHMが付いていましたが、尾久ゆかりの特急列車のHMも展示されていました。

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長年入れ換え機として活躍してきた2両のDE10もJR貨物などでは、ハイブリッド機関車HD300や電気式DD200の登場もあり、どんどん置き換えが進んでいますが、JR東日本のDE10(1571と1751)も最後の晴れ姿なのでしょうか。

Dsc01230
Img_6156
E26系も12両編成がカハフE26ではなくカヤE27-501付きで展示されており、普段じっくり観察できないE26系客車を一両ずつ観察出来ました。

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Dsc01137
高崎の12系客車5両と185系B7+B4編成10両が休憩用車両となっていました。

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長年、北斗星等で活躍した24系寝台客車、オハネフ2514が展示され、列車愛称幕が

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こういったスケジュールでチェンジされました。

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2017年7月1日から小海線で運行を開始した臨時快速列車High Rail1375 1375は普通鉄道最高地点の標高1375mに由来するそうですが、その塗装を纏ったキハ103-711・キハ112-711が展示され、車内見学も出来ました。

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盛岡支社が東日本大震災の復興事業の一環として2012年10月12日に一関運輸区のキハ100形気動車(1,3)を改造した列車「POKEMON with YOUトレイン」を走らせていましたが、それが2017年7月15日にリニューアルされ今回展示されました。

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新潟支社が上越妙高~十日町間で運行する観光列車「越乃Shu*KuraゆざわShu*Kura柳都Shu*Kuraもあるそうで2014年5月2日から運行開始されました。デスティネーションキャンペーンの開催がきっかけで日本酒の醸造が盛んな新潟県をアピールするため酒をコンセプトに企画された列車です。車両はキハ48 558、1542、キハ40 552からの改造です。

以上が展示車両、企画で今回は車庫の公開はありませんでした。

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2017年6月 7日 (水)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 5 あかつき

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開におけるHM展示、今回からは関西と九州を結んだ列車で行きます。

Ef58_77_750306_edit 1975/3/6 新大阪 未だ夜も明けきらぬ大阪駅に到着するEF58 77牽引
「あかつき1号」

関西から九州への寝台特急といえばなんといっても「あかつき」が挙げられます。今回の展示では「彗星」「なは」の単独HMと晩年に登場した「あかつき」との併結列車のマークはありましたが、「あかつき」の単独HMの展示はありませんでした。

「あかつき」の寝台特急としての登場は1965年10月1日のダイヤ改正で、新大阪~西鹿児島・長崎間に設定されました。このときにも20系は増備されています。

ナロネ21  120~125
ナハネ20  201~215
ナハネフ22 13
ナシ20    13~16
カニ21    15

これまでの20系客車はAS弁式空気ブレーキを使用しており、最高速度は95km/hに制限されていました。ヨンサントウのダイヤ改正でのスピードアップを目指して、このときに増備された車両からAREB空気ブレーキ(増圧装置付き電磁自動空気ブレーキ)が装備され、110km/hで運転した際に非常制動距離を600m以下に抑えることが可能となりました。従来車についても入場の際に同様の装備が付加されました。
一方でこの装備のため、高速で20系を牽引できる機関車はいわゆるP型(EF65500番台、ED731000番台、EF701000番台、ED75300番台、ED761000番台、EF801~20などの元空気ダメ引き通し管とブレーキ指令回路KE72ジャンパ連結器を持つ)に限定となりました。

1968年10月1日のダイヤ改正で、新大阪~西鹿児島・佐世保間に「あかつき」が1往復増発されました。従来の西鹿児島・長崎間の「あかつき」の長崎発着の編成が「はやぶさ」と共通運用になりました。

20_21_7410930 1974/9/30 西鹿児島に到着した「あかつき1号」 1974年秋の九州一周旅行が私の最初の20系乗車でした。

1972年3月15日のダイヤ改正で、新大阪~熊本・長崎間に「あかつき下り3/上り1号」が増発され、3往復体制に。あかつき下り1号、上り3号の車両は向日町運転所から品川客車区受け持ちとなり、「はやぶさ」と完全に共通運用化。このときは「さくら」「みずほ」の14系化でねん出された20系が転用されました。

1972年10月2日のダイヤ改正で新たに向日町に配置された14系(94両)により、新大阪~熊本間に「あかつき下り2号/上り3号」が増発され、4往復体制になりました。また既設の2往復も14系化されました。しかし、ダイヤ改正から約1か月後の北陸トンネル列車火災事故(1972/11/6)により、分散電源方式の14系は製造が中止となりました。この改正から関西~九州の寝台特急牽引機は元空気ダメ引き通し改造をしたEF58形(P)となりました。また長崎本線の浦上線の開業で約10分のスピードアップが実現しました。

1973年8~9月にかけて集中電源方式の24系24形が118両増備され、季節急行「雲仙」「西海」各1往復が「あかつき」に統合となり、「あかつき」は6往復体制となりました。新大阪~長崎間の「あかつき下り3/上り1号」と新大阪~西鹿児島間の「あかつき下り4号/上り3号」が24系となりました。

1974年3月には二段ハネ24系25形がデビューし、4月25日のダイヤ改正で24系25形が91両向日町に配置され、新大阪~熊本間に「あかつき」が1往復増発され、7往復体制となりました。このときの陣容は

21/22列車 新大阪~西鹿児島・長崎 20系 1/7
23/24列車 新大阪~西鹿児島 14系 2/5
25/26列車 新大阪~長崎 24系25形 3/1
29/30列車 新大阪~西鹿児島(熊本切り落とし) 24系 4/4
31/32列車 新大阪~佐世保 14系 5/3 門司まで彗星5/3と併結
33/34列車 新大阪~熊本 24系25形 6/2
35/36列車 新大阪~長崎・佐世保 14系 7/6

このときが「あかつき」の最盛期で、1975年3月10日のダイヤ改正では、長崎・佐世保線系統が「あかつき」、鹿児島本線系統は「明星」と整理され、3往復になりました。20系の運用はなくなりました。明星との併結運転がなされたのはこの時期でした。

Ef58_38 EF5838号機に牽引されて大阪駅に進入する24系25形「あかつき」
1975年3月改正以降はHMが省略された時代が続きました。

Ef65_1094_000000 大阪駅に到着する「明星・あかつき」併結列車

Ef65_1095_000000 高槻で停車中の向日町回送列車

1415_791221 1979/12/21 長崎 14系15形寝台客車

1978年10月2日のダイヤ改正では2往復となり、再び分散式電源方式の二段ハネ14系15形が「あかつき」2往復に投入されました。1986年11月1日のダイヤ改正では1往復が20系による臨時列車になり、佐世保編成に普通座席車オハ14が連結されました。

14_14_303_020322 2002/3/22長崎

1990年3月10日のダイヤ改正では高速バス対抗として「レガートシート」の連結、

Ef66_48_050708 2005/7/8 山崎

2000年3月11日のダイヤ改正では佐世保編成を廃止して、「彗星」との併結、2005年10月1日には「彗星」の廃止、

Dsc04317
Ef66_53_060620 2005/6/20 千里丘

なは」との併結、2008年3月15日、廃止に至りました。

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2017年6月 6日 (火)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 4 あさかぜ

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開、HM展示の4回目は「あさかぜ」です。

Hn_161015_4 永年の使用のためかかなり年季の入った「あさかぜ」HM

1956年11月19日
、東海道本線全線電化のダイヤ改正で「あさかぜ」は登場しました。当初、東京を夕刻出発し、関西は深夜、博多に朝到着するダイヤは大阪鉄道局から強い反発があったそうですが、同じダイヤ改正で関西始発の九州方面急行列車「玄海」「天草」を登場させること、京都、大阪、神戸にも停車し、客扱いすることで納得してもらったそうです。

Ef65_505_750925 1975/9/25 大井町~品川

登場時は一般客車の寄せ集め編成で、1958年10月1日の改正で20系客車の登場となりました。

昭和33年度本年度予算による20系の新製で37両が製造され、その内訳は (0番台は日本車両、50番台は日立製作所)
ナロネ20 1,2,51  
ナロネ21 1~3,51~53
ナハネ20 1~7,51~56
ナロ20   1,51,52
ナハ20  1, 51,52
ナハフ20 1,2,51
ナシ20  1,2,51
マニ20  1,51,52    でした。

1963年12月20日には東京~広島間の牽引機関車がEF58からEF60500番台に交替し、客車編成も15両に変更となり、電源・荷物車カニ21に続いてナロネ20、ナロネ22、ナロネ21x3、ナロ20、ナシ20、ナハネ20x5、ナハ20、ナハフ20と一等寝台車が集中する「殿様あさかぜ」編成となりました。1965年10月1日までにナロ20以外の全車寝台車化が完成しました。

Ef65_529_750305_2 東京から1000kmに及ぶロングランを終えて、下関に到着したEF65529牽引あさかぜ

1968年10月1日の改正では臨時列車として運行されていた「あさかぜ」が定期化され、2往復となります。

1970年10月1日の改正では東京~広島間を呉線経由で運行していた寝台急行列車「安芸」が格上げとなり、東京~下関(山陽本線経由)(下り3/上り1)号となりました。このときの増備が20系の最終増備となり、昭和44年度第4次債務負担で、39両が製造されました。その内訳は
ナロネ21  142~147
ナハネ20  344~364
ナハネフ22 24~26
ナハネフ23 18~20
ナシ20    27~29
カニ21    25~27           でした。
20系客車は1958年の誕生以来、479両が製造されました。

1972年3月15日の改正で東京~博多間の下り2/上り3号が14系寝台客車となりました。

20_20_750305 1975/3/5 あさかぜ編成中のナロ20 下関

14_741215 1974/12/15 東京 比較的短命だった14系「あさかぜ」 客車は「いなば・紀伊」に転用

1975年3月10日のダイヤ改正で14系客車のあさかぜが廃止され、2往復体制になりました。博多発着のあさかせ下り1/上り2号のナロ20形と全室個室寝台車ナロネ20形の連結が取りやめになりました。一方、下関あさかぜは「瀬戸」と共通運用化されました。

Ef65_1110_800103 1981/1/3 PF牽引「あさかぜ」

1976年8月、「あさかぜ51号」に24系25形寝台車が使用され、1977年9月28日、下関あさかぜ・瀬戸が二段ハネ化されました。1978年2月1日、博多あさかぜの20系も24系25形化されましたが、食堂車の新製は行わず、「はやぶさ」「富士」「出雲」の編成の食堂車を基本編成から付属編成に移すことで、車両を捻出し、対処しました。

Ef66_43_040501 2004/5/1 EF66 43牽引「あさかぜ」 品川

Ef66_45_040905 2004/9/5 海田市 オハネフ25 300 スハ25 300 組み込み下関あさかぜ

Hn_161015_5 こちらは最終列車用に新調したのか2005/2/28の日付入りHM

1994年12月3日の改正で博多あさかぜは臨時列車に格下げ、「あさかぜ81・82号」となり、2000年12月には廃止、2005年3月1日、下関あさかぜも廃止となりました。

「さくら」「みずほ」は九州新幹線に、「はやぶさ」は東北・北海道新幹線で復活しましたが、「あさかぜ」は寝台特急をイメージする名称ですので、今後の復活はあるのでしょうか?

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2016年10月 7日 (金)

千里丘、岸辺界隈での列車撮影 その3 特急「日本海」

千里丘や岸辺といった関西における鉄道撮影の聖地で撮った懐かしい列車シリーズ、今回は大阪と青森、一時期は函館を結んだ寝台特急「日本海」です。

Ef81_106_120317 2012/3/17 千里丘 定期列車としては上り最終となった列車

1924年7月31日、羽越本線の全通で日本海縦貫線が完成、神戸~青森間に急行列車(富山~青森間は普通列車)の運転が開始されました。1926年8月15日には全区間が急行列車に、1929年9月15日には運転区間が大阪~青森間となりましたが、戦局の悪化で1943年2月1日、廃止になりました。

Ef58_79_741006 1974/10/6 新大阪
米原経由の時代でEF58がHMを付けて牽引していました。

20_21 1975/3/6 大阪
20系の最後尾はナハネフ22と写真のようなナハネフ23のことがありました。

戦後、大阪と青森を結ぶ急行列車は1947年7月5日に運転を開始しました。1950年11月8日に「日本海」と命名、1968年10月1日のダイヤ改正で急行の名称は「きたぐに」となり、新たに青森運転所の20系客車を使用した寝台特急「日本海」が設定されました。

14 1976年ごろ 大阪
日本海の到着ホームの反対側には福知山線経由で出発待ちのキハ82系「まつかぜ」がおり、朝のゴールデンタイムでした。

1975年3月10日
の改正では湖西線経由に、さらに14系客車に変更、早岐区の14系を共通運用としたため、長崎・佐世保から青森まで超広域運用が有名となりました。さらに季節列車としてもう一往復の「日本海」が宮原区の14系座席車で設定されました。1976年3月15日、「つるぎ」とともに宮原区担当の日本海は24系25形客車となりました。

Ef81_123 1979/12/23 大阪駅
24系三段ハネ 日本海

1978年10月2日の改正では早岐の広域運用が解かれ、青森運転所の24系が担当になりました。1980年10月1日の改正では青森運転所担当の「あけぼの」2往復の24系化で日本海編成からオロネ24が抜き取られ、モノクラスになりました。1982年11月15日、上越新幹線開業のダイヤ改正では二往復とも宮原区受け持ちとなり、24系25形客車となりました。しかし、1984年2月1日の改正では一往復が青森の24系に戻りました。

Ed75_783 東能代~鶴形 24系25形二段ハネの日本海

2424_791223 1979/12/23 大阪駅
24系三段ハネ 日本海

1987年4月1日の分割民営化では青森運転所担当列車がJR東日本、宮原区担当列車がJR西日本に継承され、1988年3月13日の青函トンネル開業では1/4号が大阪~函館間運行となり、営業運転で青函トンネルを通過した最初の寝台特急となりました。夏季期間、1/4号にはマニ50荷物車が連結され、「日本海モトとレール」としてオートバイ輸送が実施されました。

Ed79_12_911112 1991/12/11 青森 函館行き日本海

2424_930807_1 1993/8/7 鶴形~富根 マニ50付日本海

Ed79_18_030928 2003/9/28 五稜郭

Ef81_106_080225 2008/2/25 山科
冬場の強風で湖西線周りから湖東線、米原経由で運転されたこともしばしばありました。

Ef81_104_101205 2010/12/5 千里丘
TLE牽引機がローズピンクのEF81に代わって牽引したこともありました。

1998年8月22日、「日本海モトとレール」の運行は終了、2006年3月18日、1/4号の運転区間は大阪~青森に短縮、2008年3月15日、2/3号が廃止となり、1往復体制となりました。
2012年3月17日のダイヤ改正で定期運行が終了、2012年4月、8月、2013年冬期の多客期には運行されたものの、3月以降は列車の設定がない状態となっています。

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2016年10月 5日 (水)

千里丘、岸辺界隈での列車撮影 その1 急行「銀河」

月日の経つのはやいもので、写真をきちんと整理しないうちに9月の関西旅行から1か月が過ぎてしまいました。
先の関西旅行では2日とも、千里丘で貨物列車や機関車回送、東海道線の各種列車を撮ることから、朝の撮影をスタートしました。岸辺、千里丘は関西の鉄道ファンの方々にとって、聖地のような場所で、今回も結構多くの方々を見かけました。

これから数回にわたり、これまでの同所での撮影の記録を紹介して行きたく思います。
第1回は東海道線の寝台急行「銀河」です。

Ef65_1118_080225 2008/2/25 岸辺
廃止直前の大阪出張で偶然、今は亡きゲッパことEF651118号機牽引の「銀河」が撮影できました。HMがあればもっと良かったですが。

Ef65_1111_070310 2007/3/10 岸辺 EF651111号機牽引

「銀河」と命名された列車の登場は1949年9月で、それまで一等、二等車のみで組成された夜行急行15・16列車に名称が与えられ、最後尾に行燈式テールマークが取り付けられたのが始まりだそうです。1949年9月といえば、「下山」「三鷹」「松川」と国鉄に関係した怪事件が相次いで起こった頃で、まだ一般庶民に豪華列車を楽しむ生活の余裕はなく、豪華編成であるが故、利用は伸び悩み、わずか9日後に三等車が連結され、テールマークも外されることになったそうです。

Ef58_143_760300 1976/3 大阪
この頃は関西での撮影は殆ど、大阪駅か新大阪駅でした。

牽引機はEF58からEF65へ、客車も運行当初はマロネ40・41形客車、10系寝台客車、20系寝台客車、14系、24系寝台客車、座席者にはかつての特急用三等車スハ44、スハフ44が使用されたこともありました。

14_850418_3 1985/4/18 東京
14系寝台客車時代は1回しか撮影しませんでした。

20_000000 撮影時期不明 大阪駅10番ホームで出発待ち 
これは実際に乗車したときに撮影したものと思います。

急行から特急への格上げという話もあったそうですが、有効時間帯と所要時間の関係からスピードが上げられないこと、値上げとの批判を恐れたことなどから、2008年3月15日のダイヤ改正で廃止されるまで急行で通しました。

2425_030325 2003/3/25 新大阪
オハネフ25 0番台をラストにした24系25形「銀河」

2425_050708 2005/7/8 山崎
下の銀線が妻まで回り込んでいないオハネフ25をラストにした「銀河」

050822_2 2005/8/22 山崎
下の銀線が貫通幌まで伸びているオハネフ25100をラストにした「銀河」

晩年の24系25形客車時代、大阪到着列車ではさまざまのオハネフ25の姿を見ることが出来ました。

以上、関西で撮った急行「銀河」を纏めてみました。

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2016年2月 1日 (月)

ご苦労様でした トワイライトエクスプレス part15 オハネ25 520番台

今回の記事から、以前のサイクルに戻ります。

2015年3月のダイヤ改正で引退したトワイライトエクスプレス、前回はその客車編成からオハネ25形510番台について触れましたので、今回はオハネ25形520番台について触れようと思います。

25_520_020827_7 2002/8/27 札幌
到着後、運転所に引き上げるトワイライト編成
手前の2両が、オハネ25 520番台 2段窓部分がツイン、3個の1段窓部分がシングルツイン
3両目の車両はオハネ25 510番台で、こちらはツインとミニサロンの構成、大窓の部分がミニサロン

電源車を含めて10両の客車で構成されていたトワイライトエクスプレス編成において唯一1編成あたり、2両含まれていたのがこの形式で、5,6号車に割り当てられていました。
B寝台のツインとシングルツインの合造車で、改造種車はオハネ25 0番台車 -39, 50, 43, 55, 59, 47の6両でした。

7室のツインは2段ベットを枕木方向に配置し、上段は昇降式、日中は上昇させ、下段をソファーにする方式で、各個室上下2段の窓がありました。乗降口に近い、1,2番の部屋は可動式間仕切りで、4人部屋としても使用可能でした。

6室のシングルツインはセンターの廊下を挟んでプルマン式A寝台を個室にしたようなタイプで、2段ベッドが線路に平行に設置され、上段は固定式エキストラベッド扱いで、下段は折りたたんでソファーになりました。

25_520_020827_8 編成中に2両入っていた520番台

ツイン部分は片側廊下、シングルツイン部分はセンター廊下となっていたため、車内で廊下は折れ曲がっていました。

生憎、反対側の写真はありませんが、反対側はオリジナルの窓5枚と、天地寸法が短い3枚の窓の構成でした。

2001, 2002年に更新工事が施工され、内装は木目調に、外装は帯が白線で縁取りされたものになりました。

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2015年12月 2日 (水)

ご苦労様でした トワイライトエクスプレス part14 オハネ25 510番台

最近のこのシリーズでは「トワイライトエクスプレス」の特徴的な客車を紹介しています。今回はオハネ25の分化について触れてみようと思います。

1974年4月、日豊本線南宮崎電化のダイヤ改正で最初の二段ハネオハネ25 0番台 がデビューしました。新幹線博多開業を翌年に控え、寝台特急の輸送力にも余裕が見えて来た頃で、定員は減少するものの設備の充実を優先した結果の登場でした。1974年から1976年にかけて91両が新潟鐵工所、富士重工業、日本車輛製造で製造されました。前年の1973年に登場した三段式オハネ24を基本に寝台を自動昇降装置付きの二段式に変更しての登場でした。

1976年から1980年にかけて寝台のセット、解体作業の省力化のため、上段寝台を固定したオハネ25 100番台が新潟鐵工所、富士重工業で146両製造されました。

2425_100718_2 電源車を含めて4両目の客車がオハネ25 510番台 20107/18 直江津
前位側の大窓がサロンコーナー

トワイライトエクスプレスの7号車に連結されるオハネ25 510番台はミニサロン付き2人用B個室寝台車”ツイン”でオハネ25 0番台 (40, 51, 67)から、1989年と1991年に鷹取工場で改造されました。

車内は前位側にサロンコーナーを設置し、その他の部分に2人用個室ツインを9室配置しています。ツインは間口1430mmで枕木方向に向かい合わせで2つのソファを配置し、その上に電動で上下する上段ベッドを設置しています。ソファは転換して下段ベッドになり、開放式2段寝台を2人用に仕切った形の2段式寝台となります。上下の寝台に窓が設けられているため、外観も特異な形態となっています。

25_510_020827_6 2002/8/27 札幌

各個室にはオーディオ装置が備えられ、後位側の2室は仕切り版を開けると4人利用が可能となっていました。サロンコーナーにはソファ、自動販売機、電話機が設置されていました。

特別なトワイライトエクスプレス」においてB寝台車は7号車に「乗務員室等」としてオハネフ25形が一両連結されるのみなので、今年3月のダイヤ改正でオハネ25 510は役割を終えました。

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2015年11月23日 (月)

尾久車両センター公開 2014 その13 HMの展示 その3 「あけぼの」「出羽」 part3

2015年11月14日には、今年の尾久公開も開催され、私は参加しませんでしたが、他の方のBlogやTwitterを拝見すると、今回は先日機器室火災事故を起こし、廃車が決定したEF65 1118号機のラストとなる公開もなされたとのことでした。

さてこちらは昨年11月15日の尾久公開のHM展示の話題、「あけぼの」「出羽」の三回目として、その終焉までを見て行こうと思います。

24_24_911112 1991/11/12 青森駅に到着した「あけぼの」
電源車はカヤ24で、既に編成は方向転換済みでした。

時代的には1990年代、新幹線工事で「あけぼの」の運行経路がそれまでの東北本線、福島、奥羽本線から陸羽東線経由と高崎線、上越線、羽越本線経由になり、後者は名称も「鳥海」と変更になって以降の歴史です。

Ef81_143_911112_2 EF81 143牽引で青森に到着した日本海縦貫線経由の「鳥海」 1991/11/12

1990年9月1日上記の変更がなされ、同時に臨時寝台特急「あけぼの」81.82号も東北本線・仙山線・奥羽本線経由となりました。さらに、それまで東海道山陽系BTと合わせて電源車の位置は上野駅頭端式ホームの奥に入るようになっていましたが、騒音、排気ガス対策から「あけぼの」「鳥海」「出羽」の編成の方向転換を実施しました。
急行「津軽」は20系客車から583系電車となり、経路も東北本線・仙山線・奥羽本線経由に変更になりました。

Ef81_109_930807 EF81 109号機に牽引されて青森を目指す寝台特急「鳥海」 1993/8/7 富根~二ツ井

山形新幹線、福島~山形間が開業した1992年7月には485系に代わっています。急行「おが」は1992年12月に20系から14系に変更され、二段ハネ改造車両も連結されました。

Ef81_136_090103 EF81 136牽引 「あけぼの」 2009/1/3 大宮

Ef81_136_101023_2 EF81 136牽引 「あけぼの」 2010/10/23 弘前

Ef81_137_050827 EF81 137 牽引 「あけぼの」 2005/8/27 上野

Ef81_137_101024_2 EF81 137 牽引 「あけぼの」 2010/10/24 青森千刈踏切

Ef81_138_070826 EF81 138 牽引 「あけぼの」 2007/8/26 鶯谷

Ef81_139_090127 EF81 139 牽引 「あけぼの」 2009/1/27 鶯谷

この時代の「あけぼの」牽引機は青森所属のEF81でしたが、冬季の上越線通過で故障頻発や配給輸送での機関車不足で田端のEF81が牽引することもしばしばありました。

1993年12月1日
、黒磯でのEF65~ED75機関車交換方式を止め、EF81による上野~小牛田間スルー運転が開始されました。このとき、「出羽」は「鳥海」に統合され消滅しました。1982年11月から11年1ヶ月の運転でした。1994年、「おが」が廃止されました。

1997年3月22日、「鳥海」は「あけぼの」に統合され消滅し、「あけぼの」は「鳥海」の経路を走る列車となりました。1998年すでに臨時列車となっていた夜行急行「津軽」も年末年始の運行を最後に廃止され、2002年12月1日、東北新幹線八戸延伸で「はくつる」も廃止され、「あけぼの」が唯一の東京~東北の寝台特急、直通夜行列車となりました。

Ef81_85_070211 本来、特急牽引機待遇ではなかったEF81 85による「あけぼの」 2007/2/11 鶯谷 推進回送

Ef81_95_090207 レインボー塗装機 EF81 95による「あけぼの」 2009/2/7 鶯谷 推進回送

Ef81_94_090102_2 北斗星牽引機 EF81 94による「あけぼの」 2009/1/2 大宮

Ef81_99_090124 さらにはカシオペア専用機 EF81 99による「あけぼの」 2009/1/24

とバリエーション豊富な田端機による競演も見ることが出来ました。

2004年には10月23日の新潟県中越地震、2005年12月25日の羽越本線特急「いなほ」脱線事故(最上川橋梁)、2006年7月13日羽越本線土砂崩れ事故などで、数ヶ月2及ぶ運休期間があり、2009年3月14日のダイヤ改正では上越線区間での定時性を確保するために上野~長岡間の牽引機がEF81からEF64に置き換えられました。

Ef64_37_090504_2 EF64 37による「あけぼの」 2009/5/4 大宮

Ef64_1030_111008_2 EF64 1030 「あけぼの」 2011/10/8 尾久

2010年3月13日のダイヤ改正では同じ上野発の寝台特急「北陸」が廃止となり、EF64牽引の唯一の寝台特急となり、同年12月4日、東北新幹線新青森開業のダイヤ改正で新青森駅が停車駅に加わりました。またブルートレインを利用して荷物を運んでいたブルートレイン便サービスが全廃となりました。

Ef64_1053_101003_2 EF64 1053 による「あけぼの」 2010/10/3 鶯谷 推進回送

その後も、2011年3月11日の東日本大震災、7月26日の平成23年7月新潟・福島豪雨で運休、迂回運転が行われ、2014年3月14日のダイヤ改正で定期列車としての運行にピリオドが打たれました。その後、2015年1月4日発の下り列車で臨時列車としての運行にも終止符が打たれました。長年使用されてきた24系客車は、一部は小坂鉄道レールパークで展示、一部は海外譲渡となりました。

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