2025年9月24日 (水)

2024年夏の新潟旅行 その14 新潟駅に発着する列車 特急編 3 「北越」 485/489系の時代 

新井駅・上越妙高駅~新潟駅間を結ぶ特急「しらゆき」の前身となった特急が1969年10月に大阪駅~新潟駅間の臨時特急として運転を開始した「北越」でした。1970年3月には定期列車に格上げされ、1975年3月からは湖西線経由となりました。

489-4891489-489501-21975/3/6 大阪 9番線ホームで出発を待つ北越1号 先頭はクハ489-1、最後尾はクハ489-501

485-481100-751102-2
485-481100-7511021975/11/3 柏崎 両端はクハ481-100番台の北越2号 新潟行

485-481253-21976年 京都 この頃、大ムコには1両しかいなかったクハ481‐253を先頭にした「北越」

485-481300_202509230921011977年 芦原温泉 クハ481‐300番台を最後尾にした「北越」

1978年10月には大阪駅発着の特急を「雷鳥」にまとめたため、金沢駅~新潟駅間の1往復になりましたが、1982年11月の上越新幹線開業で3往復に増発、1985年3月には「福井白鳥」が福井駅~新潟駅間に短縮され「北越」に組み込まれ、さらに1往復増発され5往復になりました。1988年3月には金沢駅~長岡駅間に「かがやき」2往復が運転開始、その後、「かがやき」も増発され、5往復にまで増えますが、1997年3月、北越急行ほくほく線の開業で越後湯沢駅~金沢駅間の「はくたか」運転開始で「かがやき」は廃止、「北越」は金沢駅~新潟駅間の5往復となりました。

4853000-r21-110528-22011/5/28 高岡 485系3000番台 R21編成 「北越」

485-t12-130808-52013/8/8 新潟 485系T12編成 「北越」

2015年3月14日、北陸新幹線長野駅~金沢駅間延伸開業で特急「はくたか」「北越」は廃止となり、「北越」の代替として上越妙高駅~直江津駅~新潟駅間に特急「しらゆき」5往復が新設され、今日に至ります。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年9月18日 (木)

2024年夏の新潟旅行 その11 新潟駅に発着する列車 特急編 2 「いなほ」 キハ81形から485系の時代

今も羽越本線の特急として活躍する特急「いなほ」が登場したのは1969年10月1日のダイヤ改正でした。1968年10月1日のいわゆる「ヨンサントウ」のダイヤ改正で東北本線が全線電化され我が国初の気動車特急「はつかり」として活躍したキハ81形(キハ80系)(キハ811~6, キロ801~5, キハ801~12, キサシ801~3)尾久客車区から秋田機関区に転属、キロの一部やキサシは改造を経て、各所に転属しました。秋田機関区に転属したキハ81形(キハ80系)は1年間(1968年9月9日から「つばさ」に使用、583系「はつかり」も9月9日から使用開始)、上り下り特急「つばさ」2号として活躍した後、特急「いなほ」とその間合い運用として常磐線特急「ひたち」に転用されました。編成はハハハハシロハの7連でした。

2011D「いなほ」 上野13:50‐秋田22:00
2012D「いなほ」 秋田9:25‐上野17:40           新津から羽越本線に入るため新潟は経由しませんでした。
6001D「ひたち」 上野18:10-平21:12
6002D「ひたち」 平6:45‐上野9:45      
 
「いなほ」は冬季の遅延が予測されるため「ひたち」は季節列車としてのスタートとなりました。キハ81形特急にしてみれば常磐線は特急「はつかり」時代に通いなれた道でした。1972年3月15日のダイヤ改正では9連となりました。この9連は
←上野 1号車                         9号車
キハ81‐キハ80‐キハ82‐キロ80-キシ80‐キハ80‐キハ80‐キハ80‐キハ81 といった構成で上野向きに運転台がある3号車のキハ82にはキロ80から改造された狭窓の-901,-902が連結されることもありました。                        

この時期、上野~東京間の連絡線路を使い、東京駅に発着する東北、常磐、高崎線の列車が何本かあり、

19720315

1972年3月15日改正ダイヤにおける東京駅発着 東北・常磐・高崎線方面列車

上り「ひたち」も東京駅に顔を出していました。


485-481200-edit1973/10 大宮
盛アオに新製配置されたクハ481-200番台(自動解結装置装備)を先頭に大宮駅に到着する特急「いなほ」
同クハはその後、1975年3月のダイヤ改正で門ミフに転属、長崎・佐世保特急「かもめ」「みどり」で本領を発揮しました。

485-481300-7908141979/8/14 鶴形 絵入りHMとなったクハ481-300番台を最後尾にした特急「いなほ」

485-4811500-8203281982/3/28 前山~二ツ井 北海道から戻り、盛アオに再配置されたクハ481-1500を最後尾にした特急「いなほ」

1972年10月2日のダイヤ改正で羽越本線の電化が完了し、「いなほ」には青森の485系12両編成が投入されました。さらに上野~青森間の1往復が追加され2往復体制となりました。1979年7月1日のダイヤ改正では秋田発着列車が1往復増発され、3往復体制となりました。1982年7月以降、サシ481が抜かれ11連となりました。

485-4812001983/4 上野
東北・上越新幹線の開業で上野口の特急が殆ど廃止となった状況で唯一の青森行昼行特急となった「鳥海」

485-481300-8301021983/1/2 秋田

485-481-1500-8308071983/8/7 前山~二ツ井 米代川鉄橋を行く「鳥海」 クハ481-1500番台

1982年11月15日、上越新幹線(大宮~新潟間)の開業で「いなほ」は新潟~秋田(4往復)・青森(1往復)間の特急となり、上野~青森間の特急として新潟を通らない「鳥海」が新設されました。1985年3月14日、東北・上越新幹線の上野~大宮間が開業すると「鳥海」の定期運行は廃止、寝台急行「天の川」の廃止に伴い、「いなほ」の酒田発着列車が設定され、6往復体制となりました。この頃から「いなほ」は羽越本線内、酒田発着がメインの列車となり、秋田以北は田沢湖線経由が主体となりました。485系の編成も6両編成が中心となり、1987年10月9日からは半室G車の投入も始まりました。

485-4811000-911112-edit1991/11/12 青森 6連となった「いなほ」

1993年3月18日改正 計9往復体制(村上2往復、酒田3往復、秋田3往復、青森1往復)
1995年12月1日改正 計8往復体制(酒田4往復、秋田3往復、青森1往復)
1997年3月22日改正 秋田新幹線開業 計8往復体制(酒田6往復、秋田1往復、青森1往復)
2000年2月23日 「いなほ11号」にて485系3000番台使用開始
2001年3月3日 大阪駅 - 青森駅間の特急「白鳥」が廃止 計8往復体制(酒田5往復、秋田2往復、青森1往復)
2002年12月1日 計7往復体制(酒田4往復、秋田2往復、青森1往復)
2005年12月25日 秋田発新潟行の「いなほ」14号が羽越本線の第2最上川橋梁通過直後に突風に煽られて、脱線転覆事故が発生
2010年12月4日 東北新幹線八戸駅 - 新青森駅間延伸開業に伴うダイヤ改正で秋田駅 - 青森駅間を「つがる」に分離
2013年9月28日 「いなほ」1往復(7・8号)で新型車両E653系1000番台での運転開始
2014年7月12日 「いなほ」の全定期列車がE653系に統一され、485系が「いなほ」定期運用から撤退

485-t11-050323-22005/3/23 新潟 T11編成 

485-t13-1308072013/8/7 桑川 T13編成

4853000-r23-1308072013/8/7 佐々木 485系3000 R23編成

2010年代に入ると1960年代に設計された485系も老朽化、陳腐化が進み、リニューアルを経た車両も引退の時期となりました。常磐線で活躍していたE653系が後継のE657系の登場で転用となり、7連が「いなほ」に4連が「しらゆき」として活躍することになりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2025年9月17日 (水)

2024年夏の新潟旅行 その10 新潟駅に発着する列車 特急編 1 「白鳥」

1961年10月1日、いわゆる「サンロクトウ」の全国白紙ダイヤ改正では四国を除く北海道・本州・九州に「特急ネットワーク」が形成されることとなりました。この改正で登場した特急は

「富士」(2往復) 東京 - 神戸、宇野 20系客車
「はと」 東京 - 大阪 151系電車
「おおとり」 東京 - 名古屋 151系電車
「第2ひびき」(不定期) 東京 - 大阪(「ひびき」の増発)151系電車
「みずほ」(毎日運転の不定期列車、翌1962年10月1日に定期列車昇格) 東京 - 熊本 登場当初は一般型客車
「うずしお」 大阪 - 宇野 151系電車
「みどり」(運転開始は12月15日) 大阪 - 博多 キハ82形(80系DC)
「へいわ」 大阪 - 広島 キハ82形(80系DC)
「まつかぜ」 京都 -松江(福知山線経由)キハ82形(80系DC)
「ひばり」(不定期、運転開始は翌1962年4月27日 1963年10月1日に定期列車昇格) 上野 - 仙台 キハ82形(80系DC)
「つばさ」 上野 - 秋田 キハ82形(80系DC)
「白鳥」 大阪 - 上野・青森 キハ82形(80系DC)
「おおぞら」 函館 - 旭川 キハ82形(80系DC)  でした。
(「かもめ」 京都~長崎・佐世保 キハ82形(80系DC)は客車特急の振り替えで登場しました)。

特急「白鳥」はこの改正において大阪~青森間の通称「日本海白鳥」と大阪~上野間(信越本線経由)の通称「信越白鳥」の多層建特急としてデビューしました。列車番号は青森行が2001D、大阪行きが2002D、直江津~上野間は上野行きが4002D、大阪行きが4003Dでした。

停車駅は
日本海白鳥 大阪~京都~米原~敦賀~福井~(大聖寺)~<動橋>~金沢~高岡~富山~直江津~長岡~新津~鶴岡~酒田~秋田~大館~弘前~青森 で新潟は通りませんでした。()は大阪行きのみ、<>は青森・上野行きのみ停車
信越白鳥 直江津~長野~軽井沢∼横川~高崎~上野  でした。

編成は1~6号車の信越白鳥が尾久客車区配置のキハ82形(キハ80系)、7~12号車の日本海白鳥が向日町運転所配置のキハ82形(キハ80系)でハハハシロハ(併結時、尾久編成は逆向き)でした。食堂車は尾久編成は日本食堂上野営業所、向日町編成は日本食堂青森支店の担当でした。1963年4月20日より、信越白鳥は向日町に移管され、キハ80形1両が増結され、ハハハハシロハとなり、1963年10月1日には日本海白鳥もハハハハシロハとなりました。日本海白鳥の大阪~青森間は15時間45分でした。
1965年10月1日のダイヤ改正で信越白鳥は「はくたか」として系統分離され、「白鳥」は新津~新発田間は信越本線~白新線経由となり、新潟駅での客扱いが開始されました。
新潟駅発着時刻は
2001D 16:41/16:45 2002D 11:40/11:45 1967年10月1日改正ダイヤ
4001M 17:25/17:32 4002M 11:11/11:16 1974年12月の時刻表によると
でした。

485-4811500-7410061974/10/6 大阪 出発を待つ「白鳥」
北海道に渡る前に青森運転所に配置され「白鳥」の先頭車として使用されたクハ481-1500番台

485-481200-7511031975/11/3 柏崎~鯨波 クハ481-200を最後尾に大阪に向かう特急「白鳥」

485-4813001979/8/3 鶴形~東能代 
1978年10月2日のダイヤ改正でHMが絵入りとなったクハ481-300を最後尾にした12連の白鳥 

1972年10月2日、白新線、羽越本線の電化完成で車両は青森運転所配置の485系となり、DC,AC50/60Hzの3電源対応の威力が発揮される特急となりました。大阪~青森間の所要時間は13時間40分でした。1975年3月10日のダイヤ改正では山科~近江今津間を湖西線経由に変更し、所要時間は12時間47分となりました。この頃、鉄道ジャーナル誌で特急「白鳥」の全区間乗車ルポを読んだ記憶があります。1982年11月15日のダイヤ改正では金沢~青森間の急行「しらゆき」を発展的に解消した福井~青森間の「福井白鳥」が登場し、部分的に2往復体制となりました。しかし、この「福井白鳥」は1985年3月14日のダイヤ改正で「北越」「いなほ」に系統分離され約2年半で1往復体制に戻りました。(結局、しらゆきを廃止するための部分的値上げだったのではと感じます)。

485-481100-8705041987/5/4 鶴形
それまで盛アオの485系が使用されており、ボンネットタイプの「白鳥」は見ることが出来ませんでしたが、向日町に移管されることで100番台のボンネットタイプが見られるようになった「白鳥」

485-481102-920314-21992/3/14 大阪
JR東日本の上沼垂運転区(現、新潟車両センター)が受け持つようになり、同区に配置されたグレードアップ車を使用した「白鳥」

485-4811500-8702241987/2/24 大阪
「いしかり」に投入されたものの北海道の冬に対しては耐えられないことがわかり、盛アオに再配置され「白鳥」に再投入されたクハ481-1500番台

その後、車両の向日町移管、減車、上沼垂移管、京都移管、車販営業廃止(秋田~青森)などを経て、2001年3月3日のダイヤ改正で大阪~金沢・富山間「雷鳥」「サンダーバード」、金沢~新潟間「北越」、新潟~青森間「いなほ」と系統分離され、39年強の歴史に幕が下ろされました。

新潟駅で撮影した写真は一枚もありませんが、485系時代の日本海縦貫線特急「白鳥」の写真をアップしてみました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2023年5月29日 (月)

381系以来となったアルミ車体の振り子式電車特急 885系 その2 2次車としてソニック用編成の登場

2000年に「白いかもめ」としてデビューした885系、翌年には「ソニック」増発用の第2次車が登場しました。わたしはこの頃、プロジェクト研究の関係で頻繁に九州を訪れる機会があり、ソニック用に883系ではなく885系が増備されたと聞き、多少違和感を感じた覚えがありました。


885-sm11-020315


2002/3/15 博多駅で並んだ「白いかもめ」(SM6編成)と「白いソニック」(SM11)編成 デビュー直後の白いソニックはまだ5両編成


88512
885系 第1次車と第2次車


885-sm8-071216 2007/12/16 スペースワールド SM8編成


885-rsm9-110127 2011/1/27 名島 SM9編成

885-sm10-100830 2010/8/30 竹下 485系RED EXPRESSと並んだSM10編成

885-sm11-110127 2011/1/27 名島橋梁 SM11編成

「ソニック」用第2次車は「かもめ」用第1次車の白い車体に黄色の帯から、ブルーの帯となり、編成両数も5両での登場となり、SM8~SM11の4編成20両の登場となりました。モハ885形が第1次車では0番台(クモハとペアを組む5号車)、100番台(2号車)であったのに対して第2次車では200番台が100番台に代わって製造されました。


 


885-2022
2022年時点での885系 編成表



2003年には「ソニック」の6両編成化でサハ885形300番台301~304が製造され、SM8~SM11編成に組み込まれました。


885-sm3-051210-2 2005/12/10 香椎 事故後、3両が代替新製されたSM3編成 ワイパーが2連になっているのが特徴

先日の記事にもあるように2003年7月18日、SM3編成が脱線転覆事故に遭遇し、博多よりの3両クモハ885-3・モハ885-3・サハ885-3)が事故廃車となったため、2004年に代替車として400番台車:クモハ885-403・モハ885-403・サハ885-403が新製されました。


885-sm1-121222-2 2012/12/22 西小倉 青帯となり「ソニック」運用に入ったSM1編成

885系編成は「かもめ」用黄色、「ソニック」用青色と帯やエンブレムで区別していましたが、両者とも6連となり、車両運用上からも区別して運用するよりすべて一緒にしてしまった方が効率が良いので2010年12月にSM5編成は帯色を黄色から青色に変更したのを嚆矢に、2012年6月までに第1次車全編成が青帯に変更されました。

885系も登場から20年以上が経過し、リニューアルの時期を迎えています。使用列車も「かもめ」「きらめき」(2000年3月 - 2005年3月・2008年7月 - 2009年3月) 「ソニック」から、2002年には「みどり」と増えましたが、2022年9月23日のダイヤ改正における西九州新幹線の部分開業で「かもめ」は廃止され、現行ダイヤでは「リレーかもめ」「みどり」「かささぎ」「ソニック」を担当しています。今週、後半の九州旅行ではその辺の現状もしっかり見てこようと思います。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム


最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2023年5月11日 (木)

登場から35年が経過したJR九州の783系 その3 老朽廃車の開始へ

2000年3月11日のダイヤ改正は783系にとっても、また南福岡電車区にとっても大きな変化をもたらした改正でした。1988年3月13日のダイヤ改正でデビューし、一貫して南福岡電車区に配置されていた783系がこの改正で日豊本線関係の運用に就く編成と増結予備車が大分運輸センターに転属になり、「かもめ」用として885系の配置がスタートしました。その一方で、1975年3月から配置されてきた485系は「かもめ」「みどり」「ハウステンボス」の運用を783系に譲り、定期運用は「にちりん」のみとなりました。

200003_20230509100301
 
2000/3/11のダイヤ改正で南福岡電車区から大分運輸センターに転属した783系29両の編成表
編成番号のCは783系をOは大分を意味します。

これらの編成と増結用車両は「ソニック」3往復、「にちりんシーガイア」2往復、「ドリームにちりん」1往復、にちりん(臨時)の運用に投入されました。しかし、この分散配置も1年弱で終了し、2001年3月3日のダイヤ改正では29両ともに南福岡電車区に再転属となりました。

ちなみに「にちりんシーガイア」は1993年3月18日のダイヤ改正で「にちりん」南宮崎駅発着の列車のうち2往復に787系を投入した際に与えられた別愛称で、号数的には「にちりん」と通しの号数でした。この改正で783系の運行となり、投入時の意味合いは薄れました。「ドリームにちりん」は「にちりんシーガイア」の運行開始に合わせ、それまでの門司駅~西鹿児島駅間で運行されていた日豊本線経由の夜行急行「日南」を博多駅~南宮崎駅間の特急に変更したもので、2009年3月14日以降、JR九州管内を運行する唯一の定期夜行列車でしたが、2011年3月10日の出発分を以って廃止となりました。 

200003_20230509075701
2000/3/11のダイヤ改正以降も南福岡電車区に残留した783系61両

南福岡電車区に残留した61両は「かもめ」「みどり」「ハウステンボス」を担当するようになり、「かもめ」はオリジナルスタイルのクモハ783、クロハ782基本番台の両端先頭車のCM1~5編成、「みどり」「ハウステンボス」は併結した際に両編成間を行き来可能なように貫通型先頭車と併結側に持ってきたCM11~15「みどり」、CM21~24「ハウステンボス」とするため、「みどり」編成の下り側、サハ783-101 - 104、110のA室側をグリーン室に、B室側は後位側8席を撤去し、台枠を残して車体を切断し、817系に似た貫通型運転室ブロックを接合し、クロハ782-101 - 104、110としました。B室にはトイレが設置され、貫通型前頭部は緑に塗装されました。但し、この改正時点ではCM12編成は貫通型ではない、オリジナルスタイル非貫通のクロハ782-503が連結されていました。

一方、「ハウステンボス」編成はこの時点で改造されたのは4編成で同編成のサハ783-105~108は方向転換の上、同様の処理がなされ、クハ783-105~108となり、こちらの貫通型前頭部は黄色に塗装されました。そして「みどり」「ハウステンボス」編成全車に車体塗装の変更、エンブレムの装着がなされ、「ハウステンボス」の非貫通側先頭車は前頭部が赤色に塗装されました。

同改正でデビュー以来、担当してきた「有明」からは撤退となりました。

2001年1月にモハ783-11、-7のそれぞれ300番台、200番台化改造、3月にサハ783-109,110の改造がなされ、クロハ782-110、クハ783-109が誕生し、
新CM12編成 クモハ783-8+モハ783-108+サハ783-203+クロハ782-110
CM25編成 クハ783-109+モハ783-211+モハ783-307クロハ782-503 が誕生しました。

2001年3月3日の改正では783系は再び南福岡電車区に集結し、南福岡区の485系は定期運用が終了しました。

783-cm31-1101272011/1/27 多々良踏切 大分から戻った日豊本線系のCM31編成

大分から戻った5両編成、CM31~35が「にちりん」「にちりんシーガイア」「ドリームにちりん」そして新たに2000年3月11日の改正で1989年から快速列車「ひむか」として延岡~南宮崎間を運行していた列車を特急に格上げし、同区間を「にちりん」の削減分利便性維持のため新設した列車「ひゅうが」の4往復(485系による運行)の1往復増発分を担当するようになりました。

783-cm4020322 2002/3/22 諫早 CM4編成 1両増結した5両編成

CM1~5のかもめ編成は885系と伍して「かもめ」8往復、「みどり」1往復

783-cm11-100825 2010/8/25 佐賀 スカートが緑に塗装されエンブレムも付いたCM11編成

CM11~15のみどり編成は「みどり」14往復、そして2000年3月11日の改正前の「つばめ102号」「にちりん101号」、2001年3月3日改正前は「ホームライナー」「エアポートライナー」として運行されていた博多~門司港間の列車を統一し、787系、783系で運用するようなった「きらめき」1往復

783-cm21-110127 2011/1/27 多々良踏切 流線形先頭車が赤く塗装されたCM21編成

783-cm22-051206 2005/12/6 博多 CM22編成の貫通側 クハ783-100番台

CM21~25のハウステンボス編成は「ハウステンボス」8往復、(臨時+1)、みどり(併結2往復)、「きらめき」(併結1往復)を担当することになりました。

2003年3月15日の改正では日豊本線系の5両編成が4編成に減り、かもめ編成が6編成となりました。このとき、「ひゅうが」から一時撤退となりました。このとき日豊本線系から抜けた1編成(4両に減車)はCM35編成として「きらめき」1往復の専用編成となりました。

2005年7月11日、「かもめ3号」において車両のルーバー塞ぎ板(リベット留め)が脱落し、窓ガラスに当たり破損したと推定される事故で乗客6名が負傷する事態となり、急遽全編成のエンブレム(CM11 - 15, 21 - 25編成のみ)とルーバー塞ぎ板が取り外されました。

783-cm35-100830 2010/8/30 竹下 4連化されクロハ782-7が貫通化され-407になったCM35編成

2006年3月、「みどり」編成の不足を解消するためクロハ782-7を種車に流線形先頭車を貫通型先頭車に改造する工事が行われ、クロハ782-407(Thsc4)が誕生しました。同車はCM35編成の下り方先頭に連結され、現在も運用されています。

485_481300_960328
3両編成の緑の特急「きりしま」 1996/3/28 西鹿児島

2011年3月12日のダイヤ改正で「有明」の運用が復活、「きりしま」(1995年4月20日のダイヤ改正で「にちりん」の南宮崎~西鹿児島間を系統分割し、宮崎~西鹿児島間を運行していた快速「錦江」を統合する形で運行開始した特急)2往復、「かいおう」(福北ゆたか線電化開業の2001年10月6日のダイヤ改正で登場した直方~博多間の特急)1往復を担当。

783-cm22-171015 2017/10/15 博多 CM22編成 第3次リニューアル後の姿

2000年3月のダイヤ改正で「有明」から撤退し、「かもめ」「みどり」「ハウステンボス」を担当するようになった際に多くの車両で改造がなされ、第二次リニューアルが行われましたが、それから15年以上が経過し、テーマパーク「ハウステンボス」が開園25周年を迎えるのに合わせ、CM21~25編成について水戸岡鋭治によって内外装がリニューアルされました。

20142022

最後に2014年10月1日時点でのグループ別編成データを基にした2022年4月1日時点での変化です。

「かもめ」運用のグループは定期運用を失い、CM4と日豊本線系のCM34だけとなり、「きらめき」運用グループになりました。CM1とCM15は全編成メンバーが廃車となっています。CM13編成の13号車(後に7号車)のモハ783-109は2003年にモハ783-19に置き換えとなり、パンタグラフの撤去などの改造を受け、当初は標準色でしたが、2006年10月ごろにステッカーエンブレムが貼付され、2007年にモハ783-116に改番され、外装もみどり色に変更されました。旧日豊本線系の「きらめき」運用グループはCM31,32編成が全車廃車、CM34は旧かもめグループに移りました。

これ以降の変化、現状については5月末からの旅行で確認してみようと思います。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2022年9月21日 (水)

2022年夏 名古屋遠征 特急「しらさぎ」 その誕生から485/9系使用終焉まで

1964年10月1日、東海道新幹線の開業に合わせ、名古屋~富山間を米原経由で結ぶ特急として運行開始が計画されたのが特急「しらさぎ」でした。しかし、交直両用特急車両としての481系の落成が遅れ、運転開始は同年12月25日となりました。編成は向日町運転所の481系11両編成で

19641967912

登場時は食堂車を挟んで1号車寄りが1,2等指定席車4両(5号車は1等車の自由席車)、11号車寄り5両が2等自由席車といった構成でした。新幹線官業に合わせたダイヤといえども1964年10月開業時の新幹線ダイヤでは東京発1番の「ひかり1号」6:00発1Aが名古屋に到着するのは8:29、名古屋で「こだま207号」に乗り換えて米原が9:29ですから、首都圏からの接続は考えておらず、米原最終の上り「こだま124号」が19:28で上りしらさぎに関しても首都圏との接続は考慮されていませんでした。ちなみに1964年10月時点での新幹線旅行にかかる経費は
東京~名古屋 超特急1等 2200円 特急1等 1760円 超特急2等 1000円 特急1等 800円
運賃は 東京~名古屋 1等 1690円 2等 920円 でした。 

19681019724

1968年10月1日のダイヤ改正で「しらさぎ」は2往復になります。そして1971年4月26日のダイヤ改正では3往復になりました。ちなみに金津(かなづ)駅1972年3月15日のダイヤ改正の際に芦原温泉駅と改称されました。当時の時刻表では動橋(いぶりばし)駅に停車となっていますが、この時代、動橋駅と大聖寺駅の間で片山津温泉、山代温泉、山中温泉の各地元を巻き込んだ特急停車駅争奪戦が起こり、これを鎮静化するため、作見信号所だった場所に1970年10月1日加賀温泉駅が開業、特急停車駅として集約化されたそうです。


485_4810_750102_2 485_4811_750102_3
1975/1/2 名古屋 北陸特急「しらさぎ」 1975年3月改正を前にモハ481・480電動車ユニットが向日町配置以来の活躍をしていました。1975年3月の新幹線博多開業のダイヤ改正で彼女らは鹿カコに転属となり、本州に戻ることはありませんでした。
581-7501-10edit 1972年3月15日、新幹線岡山開業に伴うダイヤ改正では名古屋~福岡間の寝台電車特急「金星」の間合い運用として南福岡電車区配置の581/3系1往復が「しらさぎ」に投入され、4往復体制となりました。

485-481300-7603001976/3 米原 東海道~北陸 スイッチバッツののため5分停車するクハ481-300番台を先頭にした特急「しらさぎ」 同タイプは1974年以降に登場

19768
1976年8月の時刻表データから 上が金サワ485系編成、下が大ムコ581/3系編成

19768_20220920112101
1976/8 交通公社の時刻表から 

1975年3月10日、新幹線博多開業に伴うダイヤ改正では「しらさき」は6往復に増発されるとともに、車両は金沢運転所の485/9系、および向日町運転所の581/3系となりました。前年7月20日には湖西線山科~近江塩津間74.1kmが開業し、この改正から「白鳥」「雷鳥」は湖西線経由となったため、米原での新幹線接続を考慮して、米原~金沢・富山間に特急「加越」6往復が誕生しました。

485-481300-811100-21981/11 金沢 485系7連で登場した「加越」

581/3系による運転は1978年10月2日のダイヤ改正にて終了となりました。同改正からHMはイラスト入りとなりました。

 

485-481300-811125 1981/11/25 富山

1984年12月12日には「しらさぎ」の食堂車営業が中止となり、1985年3月14日のダイヤ改正で食堂車の連結が無くなりました。

489-4891-860216 1986/2/16 名古屋 クハ489-1を先頭にした「しらさぎ」

碓氷峠協調運転用に開発された489系1972年3月15日のダイヤ改正から本格的に運用が開始され、当初は向日町に配置されていましたが、1973年3月1日に金沢運転所に転属したのを皮切りに金沢への新製配置もあり、集結しました。「しらさぎ」への投入は1975年3月10日のダイヤ改正からで当初は12連、1985年3月14日の改正から9連、1986年11月1日の改正から一部7連、1989年3月11日の改正から7連、1991年3月16日の改正からラウンジ/コンビニ連結で9連と7連、1991年9月1日から7連で2003年まで使用されました(情報はこちら)。最晩年には「スーパー雷鳥」仕様車を再改造・編成組換えした専用カラー車も登場しましたが、残念ながら記録し損ねました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年12月21日 (月)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 61 日光戦争から東武直通へ

2018年晩夏の信州の旅、またまた大きく脱線して話は栃木県日光への旅の話題となりますことをお許し下さい。

2010年9月
253系0番台はE259系に道を譲るように成田エクスプレスからは去って行きました。そんな中で2002年に製造された5次車はまだ車歴が浅いことから、JR東日本での第二の車生を歩むことになりました。それが2006年3月18日のダイヤ改正から開始された栗橋の連絡線を介したJR東日本の宇都宮線~東武日光線直通運転です。

日光への鉄道ルートは1890年8月に日本初の私鉄である日本鉄道が日光線を開通され、1906年の国有化で国有鉄道の路線の一部となってからは大正時代までは最速で唯一の交通路でした。しかし、1929年10月に東武日光線が全線電化で開通すると大きな脅威となり、国鉄~JRと東武の間で日光戦争と呼ばれた東京都内から日光への乗客の争奪戦が展開される事態となりました。

国有鉄道から見ると、1930年に上野~宇都宮~日光を結ぶ準急列車が設定され、当時、普通列車で3時間40分で結んでいた同区間が2時間30分で結ばれました。太平洋戦争の戦局悪化で1943年2月には直通列車、準急列車ともに消滅しますが、1950年臨時快速「にっこう」が復活します。客車列車で運行され所要時間は2時間40分程度でした。1955年キハ45000形(のちのキハ17形)が登場しますが、性能の関係で速度は客車時代よりも低下しました。1956年10月10日、浅草~東武日光間を2時間弱で運行していた東武に対抗し、当時最新鋭のキハ44800形(のちのキハ55系)が投入され準急「日光」として運行が開始されました。停車駅は宇都宮だけとし、上野~日光間を2時間で結びました。1958年4月、日光線は電化され、1959年9月22日、151系並の内装・設備を有する157系「日光形」が登場、準急「日光」が電車化されました。157系は1969年4月25日のダイヤ改正で日光関係からは撤退し、165系115系が後を継ぐことになりました。準急列車から急行に格上げされた急行「日光」の時代が長く続きましたが、1982年11月15日の東北新幹線本格開業で急行「日光」は廃止され、日光線を走る定期列車の優等列車は消滅しました。

国鉄民営化後は1988年12月の池袋~日光間の臨時快速「日光」、1989年新宿からの「ホリデー快速日光」のちに「日光」1992年には185系特急「日光」251系による「ビュー日光」も運転されました。2000年代に入ると183系、189系による「やすらぎ日光」が新宿、千葉、平塚などから運転されました。

2004年10月4日2006年春から新宿~東武日光・鬼怒川温泉間で直通特急の運転開始がアナウンスされ、2006年3月18日を迎えました。

485-g58-081230
485-g58-081230-2
2008/12/30 大宮 253系1000番台が登場するまでの間、東武直通特急として活躍した485系G55+G58編成
1975年から1979年にかけ東北特急用に新製され盛アオに配属された車両で、JR以降後はA7編成として「はつかり」に充当されました。2002年には仙センに転属、「あいづ」等に充当、2005年12月15日、小山車両センターに配置換えとなり、2006年3月から同特急仕様車として運行されました。

189-z45-051106-2 2005/11/6 大宮 189系 彩野 Z45編成時代の塗装 

189-om201-090517-2
189-om201-090517-3 2009/5/17 大宮 189系OM201編成「彩野」
「あずさ・かいじ」のE257系化で余剰となった189系6両を2003年に大宮工場で改造し、埼玉県「彩の国さいたま」栃木県の旧国名「下野国」から「彩野」と命名され、小山車両センターに配属、Z45編成となりました。快速「やすらぎ日光号」などで活躍しましたが、2006年3月18日付けで大宮車両センターに転出、東武直通特急の予備車的役割を担うことになりました。塗装は変わり、「彩野 AYANO」の文字は消されましたが、引き続き愛称は彩野でした。

両編成とも東武形ATS・列車無線が搭載されました。

これら2編成は2001年4月16日に253系1000番台に置き換えられ、廃車の予定でしたが、2011年3月11日に発生した東日本大震災、それに続く東京電力福島第一原子力発電所の事故による計画停電等で置き換えは延期となり、2011年6月3日まで運行されました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年6月10日 (土)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 8 いそかぜ

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開のHM展示、同時期の列車としては「明星」や名古屋~熊本の「金星」などもあるのですが、HMの展示はなかったのでそれらは別の機会にするとして、今回は、キハ181系特急だった「いそかぜ」にいたします。

Hn_161015
いそかぜ」という愛称は、昨日の「なは」の記事にも登場した1965年10月1日から大阪~宮崎(一部、大分)間に運行されたキハ82系特急、列車番号1D、2Dで最初に使用されようです。

485_481_0_750305 1975/3/5 門司 

1961年10月1日の改正では「かもめ」の補完として、同じくキハ82系により、大阪~博多間に山陽本線経由で「みどり」が運転開始されました。実際の運行開始は初期故障などを考慮して12月15日からだったそうです。1964年10月1日の改正では新大阪~熊本・大分に変更されました。さらに、1965年10月1日の改正では、熊本発着編成が筑豊本線経由で佐世保発着になりました。

1967年10月1日の改正で大分発着の「みどり」は「月光」とペアを組む形で581系寝台特急電車になりました。ただ、581系による「みどり」はサロ581形がなかったため、1968年10月1日のダイヤ改正で485系に差し替えられました。

485_481200_750306 1975/3/5 小倉

一方、「みどり」の佐世保編成の方は「いそかぜ」の大分で増解結されていた付属編成を筑豊本線経由佐世保編成とすることで置き換え、列車番号は佐世保編成が1D、2D,宮崎編成が2001D、2002Dとなりました。1968年10月1日の改正で「いそかぜ」の佐世保編成は「かもめ」に編入、宮崎発着列車は「日向」と改称し、「いそかぜ」の名称は消滅しました。

個人的には1976年の長崎・佐世保線電化で485系特急「かもめ」「みどり」が走り出した際に、佐世保線の「みどり」はそれまでの大分特急のイメージから命名の理由がわからなかったのですが、この記録から理解できました。

181 尼崎

一方、今回の「いそかぜ」は「まつかぜ」の流れを引き継いだ山陰~九州特急でした。
「まつかぜ」は1961年10月1日のダイヤ改正で京都~大阪~松江間(東海道・福知山・山陰)にキハ82系で運行開始され、1964年3月20日には京都~博多間に延長されました。この列車が1985年3月14日の改正で京都~米子、米子~博多間に分割され、後者が「いそかぜ」となりました。車両はキハ181系でした。

18132_041017_2 2004/10/17 幡生

1993年3月18日の改正では、運転区間を米子~小倉に短縮、小倉~博多間は「にちりん」の増発に充てられました。2001年7月7日からは米子~益田間は「スーパーくにびき」とし、「いそかぜ」は益田~小倉間になりました。2005年3月1日の改正で廃止となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年6月 9日 (金)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 7 なは

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開におけるHM展示、今回は「なは」です。 

Hn_161015_2
この列車は昨日の記事にも出てきましたが、客車寝台特急として運行されたのは比較的後からであり、スタートは昼行DC特急でした。

列車名の由来は沖縄の本土復帰を願い、琉球新報が「本土に沖縄名の列車を走らせよう」というキャンペーンで公募したもので、5211通の応募から「なは」「おきなわ」「しゅり」「でいご」「ひめゆり」の5つの候補から選出されました。

1961年10月1日のいわゆるサンロクトオのダイヤ改正で「おおぞら」「白鳥」「つばさ」「まつかぜ」「へいわ」などの特急がキハ82系でデビューしましたが、京都~博多間を客車で運行されていた「かもめ」もキハ82系とし、京都~長崎・宮崎の運行としました。

1965年10月1日のダイヤ改正で「かもめ」の宮崎編成を西鹿児島発着に変更し、食堂車は西鹿児島発着編成に連結し、宮崎発着は新設特急「いそかぜ」としました。そして、1968年10月1日のダイヤ改正にて、「かもめ」の西鹿児島発着編成を筑豊本線経由佐世保発着とし、長崎発着の編成にも食堂車が復活しました。西鹿児島発着の列車は「なは」として分離されました。「なは」は宮崎発着の「いそかぜ」を改称した「日向」を京都~小倉間併結し、運転を開始しました。

485_4810_1m_750306 1975/3/6 大阪 大ムコの485系 11連 「なは」

581_750306 1975/3/6 大阪 京都行き寝台特急「きりしま」

1970年10月1日、鹿児島本線全線電化完成で、「なは」は485系特急電車となり、「日向」との併結運転は取りやめられました。また、京都~西鹿児島間に581/3系による寝台特急「きりしま」が走り始めました。1974年4月25日には日豊本線の南宮崎まで電化が完成し、「日向」も電車化されました。

581
1975年3月10日のダイヤ改正で、昼行特急「かもめ」「なは」「日向」は廃止となります。寝台特急「きりしま」も廃止されますが、きりしまの運行区間の一部、新大阪~西鹿児島間に登場した寝台電車特急に「なは」の名前が与えられました。本来は「あかつき」のスジが「なは」になったのですが、1975年7月から沖縄で開催される海洋博を配慮して「なは」の名が存続されたようです。

581_801212
1978年10月2日のダイヤ改正では「明星」の京都発着列車が1往復廃止となり、「なは」の運転区間が京都~西鹿児島となりました。1980年10月1日のダイヤ改正では京都発着の「なは」が廃止され、「明星」の新大阪発着の列車が「なは」になりました。

Ed76_67_960329 1996/3/29 西鹿児島

1984年2月1日のダイヤ改正で「なは」は電車寝台から、客車寝台へ、24系25形での運行となりました。このときに九州内で初めて牽引機関車に「なは」のHMが装着されました。

Ef65_1093_000000__2 新大阪

1990年3月10日の改正では付属編成に普通座席車「レガートシート」を連結。

2425_24_301_920314 1992/3/14 新大阪

Ef65_1124_031211 2003/12/11 東淀川

Ef65_1126_050708 2005/7/8 新大阪

2004年3月13日、九州新幹線八代~鹿児島中央間が開通し、「なは」は熊本止まりに、2005年10月1日、利用客減少により、「あかつき」との併結運転に。

Ef66_42_080226 2008/2/26 千里丘

2008年3月14日、「なは」は廃止となりました。
こうやって見てみると、「なは」という愛称の列車は何度か廃止されているのですが、そのたびごとに同じ区間を走る別の列車の愛称に乗り移りながら「なは」という愛称が存続してきたのが分かります。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2015年12月25日 (金)

速報版 2015冬の旅行 青森・函館の旅 2日目 津軽海峡線 1 青森から蟹田へ

青森・函館の旅、2日目はいよいよ人生初の青函トンネル通過です。

2012年11月16日の記事1974年3月、祖父母の住む秋田県能代市を訪問した帰りに、青森まで行き、青函連絡船で函館に渡り、そのままとんぼ返りで青森に戻り、583系ゆうづる」で東京に戻った旅がありました。その時が人生初の渡道で、大学教養課程の1,2年では夏・秋・夏・秋休みの4回北海道を旅しました。大学院時代、社会人になってからは札幌等に出張する場合は飛行機利用となり、2003年の函館旅行も函館空港を利用しました。

1988年3月の青函トンネル開業後、竜飛(青森県東津軽郡外が浜町)の青函トンネル記念館は一度訪問しましたが、青函トンネルは一度もくぐること無くこれまで来てしまいました。来年3月26日には北海道新幹線が開業し、在来線旅客列車の運行が無くなるとのことで、一度は通過しておくべきと考えて今回の旅を思いつきました。

青春18切符は特急列車のみが走る線区や新幹線の開業で並行在来線が第3セクター化され飛び地線区になったケース対応で特急列車や3セク線に乗車可能な特例が設けられています。青函トンネルも現在は特急「白鳥」「スーパー白鳥」「カシオペア」急行「はまなす」のみが通過するため、蟹田~木古内間に限り、「白鳥」「スーパー白鳥」の自由席乗車が認められています。新幹線開業後、この特例制度がどうなるか、この年末に発表されるそうです。

海峡線を走るEH500の姿も是非記録しておこうと考え、さらに函館貨物(五稜郭)から青森にやってくるED79重連の運用を既に担当しているEH800牽引の貨物列車4094レと3096レは蟹田での接続待ちの間に撮影できるので、青森から蟹田までは津軽線初発の325Mに乗車、蟹田から特急「白鳥93号」に乗車して青函トンネルをくぐることとしました。

151222
津軽線の1番列車325Mは青森駅6番線から6時20分に発車します。青森発車直前の6時19分には札幌からの長旅の急行「はまなす」が一番線に到着する光景が見えました。

701_n11_151222 車両は秋田車両センターの701系N11編成 3連です。今の季節、未だ夜が明けていません。

701_n11_151222_2
36分で蟹田に到着、蟹田では2番線に入線し、三厩からの気動車もほぼ同時刻に到着します。

40_558555_151222
こちらはキハ40 558+555の2連です。

40_558555_151222_2
キハ40は到着後、入れ換えを行って3番線へ、7時7分に三厩に向けて出発します。一方、乗車してきた701系も7時8分,328Mとして青森に戻ります。
2本の列車が出発した後はホームには人影無く、次の9時前の列車到着まで静寂がおそいます。

41_151222
蟹田は北緯41度に位置し、ニューヨーク、ローマと同じ緯度だそうです。

151222_2
裏側は「蟹田ってのは、風の町だね。」という太宰治の小説「津軽」に出てくる言葉が刻まれています。

列車が接近・通過する際には下りは女性の声、上りは男性の声でアナウンスがあるので待合室にいても列車の接近が分かります。

Eh50016_151222
EH500-16 3059列車 2015/12/22 蟹田

Eh50063_151222
EH500-63 3050列車 2015/12/22 蟹田

まずはEH500-16牽引の3059列車が7時36分3番線に入線・停車、7時41分上り線をEH500-63号機牽引の3050列車が通過。この区間は単線なので蟹田駅で行き違いを行います。

Eh8004_151222
EH800-4 4094列車

続いて8時9分、EH800-4牽引の4094列車が通過、

Eh80012_151222
EH800-12 3096列車

8時29分、今度はEH800-12号機牽引の3096列車が通過。

いずれも数ヶ月前まではED79 50番台重連が牽引していた日本海縦貫線経由の貨物列車です。

その後、まもなく8時33分には三厩から戻ってきた330D キハ40が到着、さらに青森からの329M 701系N11編成も到着、今度は続々とホームに人が降りてきます。おそらく青春18切符で北海道に渡る人々が次に到着する「白鳥93号」に乗り換えるためかと思います。

4853000_151222_2
白鳥93号 485系3000番台

4853000_151222
485系3000番台 白鳥 車内

上り列車の遅れで出発は7分ほど遅延しましたが、自由席車両に座席も無事確保出来ました。

前回、485系に乗車したのはいつだったかと思いだしてもすぐ出てこないくらい久しぶりの乗車ですが、おそらくこれが最後の485系乗車となるとは思います。人生初の青函トンネル通過を楽しみました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

クルーズトレイン スポーツ ディーゼル機関車 ディーゼル機関車DD13/DD15 ディーゼル機関車DD16 ディーゼル機関車DD200 ディーゼル機関車DD50 ディーゼル機関車DD51 ディーゼル機関車DD54 ディーゼル機関車DE10/DE11/DE15 ディーゼル機関車DF200 ディーゼル機関車DF50 ニュース ハイブリッド機関車 ハイブリッド気動車 バス モノレール 三セク鉄道 事件・事故 事業用車 催事 地下鉄車両 城巡り 大相撲 客車 客車12系 客車14系 客車20系 客車24系 客車50系 客車E26系 新交通システム 新幹線0系 新幹線電車 旅客機 旅客機 Airbus A220 旅客機 Airbus A300 旅客機 Airbus A310 旅客機 Airbus A318/A319/A320/A321 旅客機 Airbus A330 旅客機 Airbus A340 旅客機 Airbus A350 旅客機 Airbus A380 旅客機 Boeing 707 旅客機 Boeing 727 旅客機 Boeing 737 旅客機 Boeing 747 旅客機 Boeing 757 旅客機 Boeing 767 旅客機 Boeing 777 旅客機 Boeing 787 旅客機 Douglas DC-10/MD-10 旅客機 Douglas DC-8 旅客機 Douglas DC-9/MD-80 series/MD-90/Boeing 717 旅客機 Lockeed L-1011 Tristar 旅客機 MD-11 旅行・地域 日記・コラム・つぶやき 書籍 東京メトロ 東京都営地下鉄 民鉄:京成グループ 民鉄:京浜急行電鉄 民鉄:京王電鉄 民鉄:京阪電気鉄道 民鉄:南海電鉄 民鉄:名古屋鉄道 民鉄:大井川鐵道 民鉄:富士急行 民鉄:小田急電鉄 民鉄:山陽電気鉄道 民鉄:東急電鉄 民鉄:東武鉄道 民鉄:江ノ電 民鉄:相模鉄道 民鉄:西日本鉄道 民鉄:西武鉄道グループ 民鉄:近畿日本鉄道 民鉄:阪急電鉄 民鉄:阪神電気鉄道 気動車 気動車1000形 気動車2000系 気動車GV-E400系 気動車キハ100系 気動車キハ110系 気動車キハ11形 気動車キハ120形 気動車キハ126系 気動車キハ127系 気動車キハ141形 気動車キハ150形 気動車キハ181系 気動車キハ183系 気動車キハ185系 気動車キハ187系 気動車キハ189系 気動車キハ201系 気動車キハ20系 気動車キハ25形 気動車キハ261系 気動車キハ281系 気動車キハ283系 気動車キハ32形 気動車キハ35系 気動車キハ40系 気動車キハ45系 気動車キハ56/57/58系 気動車キハ75形 気動車キハ81形 気動車キハ82形 気動車キハ85系 気動車キハE120系 気動車キハE130系 気動車キハE200系 海外の鉄道 特急電車 私鉄 自動車 蒸機8620 蒸機9600 蒸機C10 蒸機C11 蒸機C12 蒸機C50 蒸機C51 蒸機C53 蒸機C55 蒸機C56 蒸機C57 蒸機C58 蒸機C59 蒸機C60 蒸機C61 蒸機C62 蒸機D50 蒸機D51 蒸機D52 蒸機D60 蒸機D62 蒸気機関車 貨車・貨物列車 路線について 路面電車 軽便鉄道 近郊形電車 通勤電車 連絡船 鉄道以外の博物館・展示施設 鉄道博物館 鉄道施設 電機ED16 電機ED60/ED61/ED62 電機ED70 電機ED71 電機ED72 電機ED73 電機ED74 電機ED75 電機ED76 電機ED77 電機ED78 電機ED79 電機ED91 電機EF10 電機EF12 電機EF13 電機EF15/EF16 電機EF18 電機EF200 電機EF210 電機EF30 電機EF510 電機EF53/EF56/EF59 電機EF55 電機EF57 電機EF58 電機EF59 電機EF60 電機EF61 電機EF62 電機EF63 電機EF64 電機EF65 電機EF66 電機EF67 電機EF70 電機EF71 電機EF80 電機EF81 電機EH10 電機EH200 電機EH500 電機EH800 電気機関車 電車101系 電車103系 電車105系 電車107系 電車113系 電車115系 電車117系 電車119系 電車121系 電車123系 電車125系 電車143系 電車151/161/181系 電車153系 電車155/159/167系 電車157系 電車165/169系 電車183/189系 電車185系 電車201系 電車203系 電車205系 電車207系 電車209系 電車211系 電車213系 電車215系 電車221系 電車223系 電車225系 電車227系 電車251系 電車253系 電車255系 電車271系 電車281系 電車285系 電車287系 電車289系 電車301系 電車303系 電車305系 電車311系 電車313系 電車315系 電車323系 電車371系 電車373系 電車381系 電車383系 電車401/403/421/423/415系 電車417系 電車419系 電車451/453/455/471/473/475/457系 電車481/483/485/489系 電車5000系 電車581/583系 電車651系 電車681系 電車683系 電車70/72系 電車7000系 電車701系 電車711系 電車713系 電車715系 電車719系 電車721系 電車731系 電車781系 電車783系 電車785系 電車787系 電車789系 電車8000系 電車80系 電車811系 電車813系 電車817系 電車821系 電車8600系 電車883系 電車885系 電車_旧形国電 電車BEC819系 電車E127系 電車E129系 電車E131系 電車E217系 電車E219系 電車E231系 電車E233系 電車E235系 電車E257系 電車E259系 電車E261系 電車E351系 電車E353系 電車E501系 電車E531系 電車E653系 電車E655系 電車E657系 電車E721系 電車E751系 電車EV-E301系 電車EV-E801系 電車クモハ42 電車クモハ52

カテゴリー

2025年12月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村