2017年6月 9日 (金)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 7 なは

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開におけるHM展示、今回は「なは」です。 

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この列車は昨日の記事にも出てきましたが、客車寝台特急として運行されたのは比較的後からであり、スタートは昼行DC特急でした。

列車名の由来は沖縄の本土復帰を願い、琉球新報が「本土に沖縄名の列車を走らせよう」というキャンペーンで公募したもので、5211通の応募から「なは」「おきなわ」「しゅり」「でいご」「ひめゆり」の5つの候補から選出されました。

1961年10月1日のいわゆるサンロクトオのダイヤ改正で「おおぞら」「白鳥」「つばさ」「まつかぜ」「へいわ」などの特急がキハ82系でデビューしましたが、京都~博多間を客車で運行されていた「かもめ」もキハ82系とし、京都~長崎・宮崎の運行としました。

1965年10月1日のダイヤ改正で「かもめ」の宮崎編成を西鹿児島発着に変更し、食堂車は西鹿児島発着編成に連結し、宮崎発着は新設特急「いそかぜ」としました。そして、1968年10月1日のダイヤ改正にて、「かもめ」の西鹿児島発着編成を筑豊本線経由佐世保発着とし、長崎発着の編成にも食堂車が復活しました。西鹿児島発着の列車は「なは」として分離されました。「なは」は宮崎発着の「いそかぜ」を改称した「日向」を京都~小倉間併結し、運転を開始しました。

485_4810_1m_750306 1975/3/6 大阪 大ムコの485系 11連 「なは」

581_750306 1975/3/6 大阪 京都行き寝台特急「きりしま」

1970年10月1日、鹿児島本線全線電化完成で、「なは」は485系特急電車となり、「日向」との併結運転は取りやめられました。また、京都~西鹿児島間に581/3系による寝台特急「きりしま」が走り始めました。1974年4月25日には日豊本線の南宮崎まで電化が完成し、「日向」も電車化されました。

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1975年3月10日のダイヤ改正で、昼行特急「かもめ」「なは」「日向」は廃止となります。寝台特急「きりしま」も廃止されますが、きりしまの運行区間の一部、新大阪~西鹿児島間に登場した寝台電車特急に「なは」の名前が与えられました。本来は「あかつき」のスジが「なは」になったのですが、1975年7月から沖縄で開催される海洋博を配慮して「なは」の名が存続されたようです。

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1978年10月2日のダイヤ改正では「明星」の京都発着列車が1往復廃止となり、「なは」の運転区間が京都~西鹿児島となりました。1980年10月1日のダイヤ改正では京都発着の「なは」が廃止され、「明星」の新大阪発着の列車が「なは」になりました。

Ed76_67_960329 1996/3/29 西鹿児島

1984年2月1日のダイヤ改正で「なは」は電車寝台から、客車寝台へ、24系25形での運行となりました。このときに九州内で初めて牽引機関車に「なは」のHMが装着されました。

Ef65_1093_000000__2 新大阪

1990年3月10日の改正では付属編成に普通座席車「レガートシート」を連結。

2425_24_301_920314 1992/3/14 新大阪

Ef65_1124_031211 2003/12/11 東淀川

Ef65_1126_050708 2005/7/8 新大阪

2004年3月13日、九州新幹線八代~鹿児島中央間が開通し、「なは」は熊本止まりに、2005年10月1日、利用客減少により、「あかつき」との併結運転に。

Ef66_42_080226 2008/2/26 千里丘

2008年3月14日、「なは」は廃止となりました。
こうやって見てみると、「なは」という愛称の列車は何度か廃止されているのですが、そのたびごとに同じ区間を走る別の列車の愛称に乗り移りながら「なは」という愛称が存続してきたのが分かります。

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2017年6月 8日 (木)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 6 彗星

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開、HM展示の6回目は「彗星」です。

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昨日の記事にあるように「彗星」の登場は1968年10月1日のダイヤ改正、いわゆるヨンサントウの改正で、運行区間は新大阪~宮崎間でした。

東海道・山陽本線では110km/h運転が始まり、高速化時代が到来しました。このときにも昭和42年度第2次、第3次債務負担で20系は計88両増備されました。

ナロネ21  126~138
ナハネ20  216~249、301~314
ナハネフ22 14~20
ナシ20    17~23
カニ21    16~21

耐腐食性の向上や防火性対策が盛り込まれました。1970年10月1日の改正では都城まで延長されました。

Ef58_12_750306_2 1975/3/6 大阪 彗星5号 42レ 客車は24系
1972年3月15日のダイヤ改正で新大阪~大分間に「彗星下り2/上り1号」が20系で増発されました。

1973年10月1日の改正では急行「べっぷ」の格上げにより、新大阪~大分間に「彗星下り3/上り4号」が24系で増発され、もう1往復(上下2号)は14系客車で門司まで、佐世保発着の「あかつき」と併結運転となりました。

Ef65_522_750306 1975/3/6 大阪
24系で運行された「彗星3号」44レ機関車はEF65 522F

2425_25_750305 1975/3/5 下関を出発する彗星5号 
登場して1年経たない頃のオハネフ25

1974年4月25日、日豊本線南宮崎電化のダイヤ改正で24系25形による新大阪~大分間の列車が1往復加わり、5往復となりました。

581_2 新大阪に到着した581/3系の「彗星」

1975年3月10日のダイヤ改正で、大分、宮崎、都城各1往復になりました。さらに、上下の1,3号は583系電車による運行となりました。

581_811204 1981/12/4 大阪

1978年10月2日のダイヤ改正からは列車番号が新幹線方式の下り奇数、上り偶数になり、関西~九州間の寝台特急は14系15形の投入もあり、すべて二段ハネに統一されました。「彗星5/2号」が24系25形になりました。また電車特急のHMが絵入りになったのもこのときで、20系を除く寝台客車は1979年7月1日から絵入りとなりました。

1980年10月1日のダイヤ改正は国鉄初の減量ダイヤ改正で20系が定期の特急運用から外れ、関西~九州間の寝台特急も大幅な見直しとなり、「彗星5/2号」は廃止となり、2往復となりました。

1984年2月1日のダイヤ改正では583系で運転されてきた「なは」「彗星」が廃止となり、寝台電車としての運転が消滅しました。「なは」は新大阪~西鹿児島間の「明星」21/22レを改称し、存続させましたが、「彗星」は新大阪~都城間の1往復3001/3002レとなりました。

1986年11月1日、国鉄最後のダイヤ改正ではそれまで「明星」「あかつき」に使用されていた大ムコの14系15形客車がこれらの列車の廃止により、「彗星」に転用されました。

1994年12月3日の改正では大阪~新潟間の寝台特急「つるぎ」の廃止により、24系25形寝台車が「彗星」に転用されました。14系15形は急行「ちくま」「だいせん」に転用となりました。

1995年4月20日のダイヤ改正で「彗星」は南宮崎までの運転となりました。そして2000年3月11日のダイヤ改正で「あかつき」「彗星」は統合され、14系15形を利用した併結列車になりました。2005年10月1日の改正で「彗星」は廃止となりました。

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2015年9月28日 (月)

尾久車両センター公開 2014 その13 HMの展示 その2 「ゆうづる」「はくつる」

2014年11月15日の尾久車両センターの公開、前回の記事から公開されていたHMについて触れていますが、今回は「ゆうづる」「はくつる」です。

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展示されていた「ゆうづる」「はくつる」のHM 鶴の形態は同じです。
実際の列車の機関車先頭にHMが付いているのを見たのは、「ゆうづる」だけで、「はくつる」のHMは今回初めて生で見ました。

寝台特急「はつくる」は東海道新幹線開業の1964年10月1日のダイヤ改正で急行「北上」を格上げする形で、3・4レ品川客車区の20系10両+電源車という構成で登場しました。

編成は

←上野                                                       青森→
カニ21+ナロネ21+ナシ20+ナハネ20x6+ナハ20+ナハフ20

牽引機は上野~黒磯 EF58 黒磯~仙台 ED71もしくはED75 仙台~青森 C61 盛岡~青森 前補機 C60 でした。

1966年春以降、盛岡~青森 前補機はDD51になりました。

1965年10月1日のダイヤ改正で青函連絡船が津軽丸型に置き換えられ運航時間が4時間半から3時間50分に短縮され、「はくつる」を尾久客車区に移管し、12両+電源車にし、さらに「北斗」を格上げする形で、寝台特急「ゆうづる」が設定されました。客車は共通運用とし、常磐線経由の寝台特急(5・6レ)として設定されました。

←上野                                                                                   青森→
カニ21(もしくはマニ20)+ナロネ21x2+ナハネ20x2+ナシ20+ナハネ20x6+ナハフ20

牽引機は上野~平 EF80 平~仙台 C62 仙台~盛岡 ED75 盛岡~青森 DD51重連でした。

20
上野で出発を待つ20系 「ゆうづる」

1967年10月以降は常磐線電化完成で水戸~盛岡ED75、盛岡~青森 DD51重連に

1968年6月20日、A寝台は1両となり、座席車をB寝台化し、全車寝台となりました。

Ef80_7
上野駅20番線ホームに到着したEF80 7号機牽引 20系「ゆうづる」 1975年頃

この頃はHMなしが当たり前でした。

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上野到着後、引き上げる「はくつる」編成 西日暮里

1968年10月1日、ヨンサントウの白紙改正で、東北本線全線電化、青森運転所に583系電車が新製配置され、「はくつる」は寝台電車特急となりました。キハ81から電車化された「はつかり」と共通運用で構成は

←上野                                                                                                 青森→
クハネ581+サロ581+モハネ582/583x2+サシ581+モハネ582/583x2+サハネ581+クハネ581

1970年以降クハネ581は門ミフに転属し、クハネ583に置き換えられました。

Ef80_7_583
20系客車特急に引き続き583系の「ゆうづる」が19番線に到着

「ゆうづる」は「十和田」を格上げされた1往復が加わり、1往復は20系となりました。ただ、車両は尾久客車区から青森運転所に移管され

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青森に到着した20系 「ゆうづる」編成 

カニ21(マニ20)+ナロネ21+ナハネ20x2+ナシ20+ナハネ20x3+ナロネ21+ナハネ20x2+ナハ20+ナハフ20

で座席車が復活しました。

牽引機は上野~水戸 EF80 水戸~青森 ED75 1000番台でした。

1969年10月1日 「ゆうづる」は20系客車で1往復増発されました。食堂車が6号車に、8号車のA寝台が10号車に連結位置が変更されました。

1970年8月、「ゆうづる」20系客車1往復が運休扱いとなりました。10月改正で、「十和田」が1往復格上げされ、電車特急2往復、客車特急1往復となりました。12月に、20系客車の座席車がB寝台車に置き換えられ、20系オリジナルの座席車が形式消滅となりました。

1972年3月15日、新幹線岡山開業のダイヤ改正で、「ゆうづる」583系電車で1往復増発され、20系客車は10号車A寝台と2号車B寝台の連結位置が交換されました。10月には秋田運転区の20系で1往復増発されました。

583_7508 青森駅に到着した583系「ゆうづる」 1975/8

1973年12月、「はくつる」「ゆうづる」の食堂車は営業を停止しました。客車列車の食堂車はB寝台車に交換されました。

私も、1974年3月、能代~函館旅行の帰路、青森から上野まで583系「ゆうづる」に乗りました。寝台は満席でクリーン車サロ581の座席でした。

1975年3月10日、新幹線博多開業のダイヤ改正で「ゆうづる」は20系客車で2往復増発され、電車3往復、客車4往復体制となりました。寝台セットの解体用員の不足で583系1往復が全車座席車で運転されるようになりました。

1976年10月、20系客車4往復が24系24形客車に置き換えられ、583系は全車寝台に復帰しました。

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EF80 11号機牽引の24系24形「ゆうづる」が上野駅20番線に到着

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EF80 8号機に推進され尾久に引き上げる24系24形「ゆうづる」

1978年10月2日のダイヤ改正で「ゆうづる」、秋田運転区担当分は尾久客車区の14系に置き換えられました。

1980年10月1日、「ゆうづる」583系1往復、14系客車1往復が季節列車に、客車3往復中、2往復は24系25形客車に。24系24形1往復はA寝台連結中止となりました。

1982年11月15日、東北新幹線本格開業で「ゆうづる」は5往復、客車2往復中1往復は「あけぼの」と共通運用化、24系24形化されA寝台が復活しました。「はくつる」は1往復増発されました。

1983年、「ゆうづる」の24系24形編成が寝台改造で二段寝台化

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EF80 29号機+24系

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EF80 36号機+24系

1985年の改正で寝台特急のHMが復活し、つくばの地の利を生かして夏至の頃、常磐線を上る「ゆうづる」を荒川沖(万博中央)~牛久で撮影

1985年3月14日、東北新幹線上野延伸のダイヤ改正で「ゆうづる」は2往復減で3往復(583系1往復、24系青森・秋田) 583系編成からサシが抜かれました。

Ef80_36_100522_2 大宮センター公開にて「ゆうづる」HM付きで展示されたEF8036号機 2013/5/25

1987年3月23日 24系客車2往復に2人用個室A寝台オロネ25形500番台「ツインデラックス」を連結

1988年3月13日、青函トンネル開業のダイヤ改正で24系「ゆうづる」2往復、583系「はつくる」1往復廃止。

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碓氷峠文化村に展示されている「ゆうづる」HM付きのEF80 63号機  2005/8/16
実際にはこのタイプのEF81がゆうづるを牽引したことは無かったのではと思います。

1990年10月1日、「はくつる」と季節列車「ゆうづる」の1号車に「レディースカー」を連結

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やがてEF80は引退し、EF81が「ゆうづる」を牽引する時代に 400番台に改造された51号機

1993年12月1日、583系「ゆうづる」臨時列車格下げ、583系「はくつる」を2往復とし、5号車を普通指定席に

1994年12月3日、「はくつる」2往復のうち1往復を臨時列車化「81,82号」、1往復を24系25形客車で運行 臨時「ゆうづる」は廃止

583_1b_2 終着上野を目指す「はくつる」

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絵入りHMとなった「はくつる」 1981/1/13 上野

583_810113_2 絵入りHMの583系「ゆうづる」 1981/1/13

2002年10月、「はくつる81、82号」の運転終了、12月1日の東北新幹線盛岡~八戸開業で「はくつる」廃止

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2015年7月14日 (火)

九州鉄道記念館訪問 その7 クハネ581-8

2004年10月の九州鉄道記念館訪問の記録、今回はクハネ581-8です。

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1967年10月改正で登場し、1975年3月の新幹線博多開業の改正で廃止された世界初の寝台特急「月光」の姿で保存されているクハネ581-8   2004/10/17 九州鉄道記念館

581/3系の制御車はクハネ5811967年9月に1~8の8両、1,2,7,8が日本車輛、3,4が近畿車輛、5,6が川崎車輌で製造されました、その後、1968年3月から9月までに9~37までが製造、さらに39~41が1969年2月に製造されました。多くは門ミフに新製配置されましたが、10~17、22~26は盛アオに新製配置されました。41でクハネ581の製造は打ち切られ,以降はクハネ5831970年6月から1972年3月にかけて1~30まで製造されました。

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クハ715 1986/2/18 長崎本線のある駅

このクハネ581-81984年1月13日、小倉工場でクハ715-1に改造され、長崎地区などで近郊型電車として活躍しました。715系改造にあたり、4両編成12本が必要とされクハネ581 10両、モハネ581/580ユニット12組、サハネ581 14両が種車となり、クハネ581はクハ715、サハネ581の2両がクハ715と同じ長崎・早岐向きクハ714に、残りの12両が鳥栖・佐世保向きクハ715-100番台に改造されました。

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サイドの表示窓には月光 (登場時)の案内幕が,1972年3月の新幹線岡山開業以降は岡山~博多・西鹿児島間に

581_750305_1d 1975/3/5 早朝 5:19 下関駅に到着した下り「月光2号」岡山発博多行き
東京から急行「高千穂・桜島」で下関に4:18に下関到着後、撮影したもの

581/3系電車は「月光型」と呼ばれましたが,その月光は登場から8年弱で廃止されました。
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内部も公開されていますが、それは715系電車の車内でした。

5818_041017_8 運転台も見ることができます。

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車体標記はクハネ581となっていますが、クハ715としての検査標記かと思われます。所属も581/3系時代は門ミフ→大ムコでした。

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2015年6月28日 (日)

常磐線を走る 昼行583系特急 みちのく そして 団臨「ひたち」

6月27日、土曜日、関東地方は先週とは違って典型的な梅雨空の一日でした。秋田車両センター配置の583系N1N2 6両編成がJR東日本水戸支社の「ふくしまデスティネーションキャンペーン」の一環として、上野(9:43)~いわき(13:10)間を走行するので、朝の常磐線貨物列車2095レや昼過ぎの2097レを撮影するひたち野うしく~荒川沖間の妙向寺踏切近くで撮影することにしました。

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上野を出発後、馬橋、ひたち野うしくで長時間停車があり、11:18頃、ひたち野うしく~荒川沖間を通過した583系N1N2編成 2015/6/27 いわき側は絵入りHM

1983年4月からつくばに32年間住んでいますが、1985年の筑波万博のときの「エキスポライナー」でも583系は撮影しておらず、臨時「ひたち」として盛アオの583系が使用されたこともあったそうですが、知りませんでした。

583_21a 上野駅地平ホームで出発を待つ11M  1972/10/2

常磐線の昼行特急といえば、この3月のダイヤ改正で名前が復活した「ひたち」と「はつかり 1M/2M」を補完して上野~青森間を往復した「みちのく11M/12M」が有名です。

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青森から到着した「みちのく」 1972/10/2 上野

そこで、この機会に特急「みちのく」の歴史を振り返って見ようと思います。東京以北の特急の歴史については2013年2月10日の記事で触れていますが、遡ると1891年(明治24年) 9月日本鉄道が東北本線上野~青森間740kmを全通させたのが始まりで、その時に設定された直通列車は26時間半強で上野~青森間を結んだそうです。1906年4月急行801、802列車が常磐線経由で設定され、時刻は
下り 上野発 11:45 青森着 7:00 上り 青森発 19:40 上野着 15:13 でした。
1908年5月、1,2等、食堂車、寝台車を連結した東北本線経由急行201、202列車が設定され、青森~函館の青函航路とも接続しました。

停車駅は
上野 - 赤羽 - 浦和 - 大宮 - 久喜 - 古河 - 小山 - 宇都宮 - 宝積寺 - 氏家 - 西那須野 - 黒磯 - 白河 - 矢吹 - 須賀川 - 郡山 - 本宮 - 二本松 - 福島 - 長岡(現・伊達)- 桑折 - 白石 - 大河原 - 岩沼 - 仙台 - 岩切 - 松島 - 小牛田 - 石越 - 一ノ関 - 水沢 - 黒澤尻(現・北上) - 花巻 - 盛岡 - 沼宮内(現・いわて沼宮内) - 中山(現・奥中山高原) - 一戸 - 三戸 - 尻内(現・八戸) - 古間木(現・三沢) - 野辺地 - 小湊 - 浅虫(現・浅虫温泉) - 青森 で、主な駅の時刻は
201列車:上野7時25分→浦和8時→宇都宮10時5分→福島14時50分→仙台17時15分→盛岡21時54分→青森翌3時40分
202列車:青森2時20分→仙台12時35分→上野22時40分

これらの列車は,その後変遷を経て,1944年戦局悪化で運休となります。

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1978年10月改正以降、HMが絵入りになった「みちのく」 1979/5/5 上野

1946年には連合軍専用列車が上野~青森、函館~札幌間に設定され、1948年のダイヤ改正で東北本線経由103、104列車、常磐線経由201,202列車が復活し,1950年 201,202列車に「みちのく」,203,204列車に「北斗」の愛称が付されました。

1958年10月1日の改正で上野~青森間常磐線経由で東京以北初の特急「はつかり」が新設され、1960年12月10日にはキハ81系気動車が投入されました。急行「みちのく」はこのときに盛岡以北は不定期に格下げされました。1961年3月1日、「はつかり」のスピードアップととともに、「みちのく」の盛岡以北が定期化されます。

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尾久もしくは東大宮から回送される583系 この後11Mとして青森へ 1982/2/14

1965年10月1日の改正で前年の1964年10月1日の改正で登場していた20系客車特急「はくつる」は品川客車区から尾久客車区に移管され、新たに「北斗」の格上げで常磐線経由寝台特急「ゆうづる」が20系で設定されます。「みちのく」は客車急行(2/1号)と多層建てDC急行(1/2)号の2往復体制となりました。

1968年10月1日のヨンサントウ改正で盛アオに583系が配置され、「はつかり」「はくつる」「ゆうづる」が電車化、新たに「十和田」の格上げで20系客車による「ゆうづる」も存続しました。急行では「三陸」が「八甲田」に客車急行「みちのく」は「十和田」に統合・改称となり、一旦「みちのく」の愛称が消え,「十和田」は昼行1往復、夜行4往復となりました(関連記事)。

1972年3月15日の改正で昼行「十和田1号」を格上げする形で常磐線経由583系電車特急「みちのく」が登場しました。

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新松戸で後追い撮影した「みちのく」 1982/2/14

前述のように11M みちのくは1M はつかりを補完するように走っており、1974年頃の時刻表によると
下り みちのく

1431 上野20番線入線 1448 - 1614/1616 水戸 - 1639 常陸多賀 - 1719 湯本 -1726/1728 平 -1826/1827 原ノ町 -1923/1925 仙台 1954/1955 小牛田 - 2028 一ノ関 - 2127/2129 盛岡 - 2214 一戸 - 2243/2244 八戸 - 2259 三沢 - 2348 青森

上り みちのく

青森 453 - 541 三沢 - 556/557 八戸 - 626 一戸 - 710/712 盛岡 - 809/810 一ノ関 - 842 小牛田 - 913/917 仙台 - 1010/1011 原ノ町 - 1110/1111 平 - 1119 湯本 - 1200 日立 - 1223/1224 水戸 - 1348 上野     でした。

ちなみに「はつかり5号/1号 1M/2M」は

上野16:00 青森 015  青森 450 上野 1314 でした。 

583_150627_2
583系 「ひたち」 2015/6/27 ひたち野うしく~荒川沖間

上野よりHMは字幕でした。細かいことを言うと、ちょっと現役時代の字体とは違うようですが(笑)。   

1978年10月2日の改正で「はつかり」はエル特急に、「はつかり」「みちのく」に自由席が設定されました。

197810_583 交友社鉄道ファン編集部 編 特急列車撮影ガイドによる
1978年10月改正の盛アオ583系の運用行路

1982年11月15日、上越新幹線開業、東北新幹線の大増発で廃止となりました。

リバイバルトレインとして、2002年11月3日、上野~青森間,583系12両編成で運行されました。

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2013年2月13日 (水)

1976/1 福島へ 2 583系特急 2 「はつかり」

今日の「はつかり」は583系昼行特急の代表的存在です。

583_11

青森から長い旅路もあと僅か、大宮に到着した特急「はつかり」

特急「はつかり」は2月10日の記事で触れましたように、客車列車~日本初のDC特急の歴史を持ち、583系はヨンサントウ改正の東北本線全線電化開業で登場となりました。正確に言うと電化は8月に完成しており,583系が運用に就いたのは9月9日常磐線経由の下り「はつかり」からだそうです。それまで活躍していたキハ81系気動車は特急「つばさ」に転用されました。

「はつかり」の電車特急としての歴史と盛アオの583系の歴史は重なります。

1968.10の改正を前に6月から9月にかけて盛アオに昭和42年2次・3次債務車の583系が続々と新製配置されます。これは581/3系としてみれば1967年10月の改正で「月光」「みどり」が山陽・九州路に登場した際(門ミフに配置)、続いて1968年3月に予備車から1編成組成するために昭和42年本予算でモハ581/580 1ユニット、クハネ581 1両、サハネ581 2両、サシ581 1両が増備されたとき(この増備車から屋根上の通風器が千鳥配置から一方向配置になりました)に次ぐ3度目の増備で、以後、モハネは583/582形で増備されることになりました。

車輌性能的には485系と同等ですが、MM'ユニットでは約8t自重が重く,ダイヤ設定上の速度種別は同じMT比の485系に較べて僅かに低かったそうです。581/3系として1967年から1971年にかけて9形式434両が製造されています(山陽・九州路の581/3系に関しては2012年10月26日の記事にその運用の歴史の記述があります)。

まず改正前に揃ったメンバーですが、

モハネ583+582 ユニット 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9,10, 11,12,13,14,15,16,23,24,25,26,   
                                   27,28,29,30,31  (以上25ユニット)

クハネ581                     10,11,12,13,14, 15,16,17,22,23, 24,25,26  (13両)

サハネ581                     13,14,15,16,17, 18,19,20   (8両)

サロ581                        1, 2, 3, 4, 5, 6, 7 (7両)

サシ581                        6, 7, 8, 9,12,13,14  (7両)

この時点では先頭車はクハネ581形が配置されていました。またサロ581形も今回の増備からの登場です。寝台特急電車の登場時は寝台の構成がA寝台に似ているからとサロ、サロネなしのモノクラス編成で登場しましたが、昼行特急として運用する場合、1等車(1969年5月からグリーン車)がないのは営業サイドからも問題となり、急遽製造されたとのことです。サシ581形もかなり斬新な要素を盛り込んでおり、テーブルが跳ね上げ式になっており、床清掃のし易さと従業員の仮眠スペースの確保に貢献したそうです。また2000リットルの容量のCPを搭載しているのも唯一の例だそうです。
 

それらによって13両編成6本が組成されました。

←上野
TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×6 所要5
ゆうづる(1)、はくつる(1)、はつかり(2)
 青森2110636上野‥尾久
 尾久‥上野10151847青森2355910上野‥尾久
 尾久‥上野1540010青森
 青森4401310上野1930500青森
 青森9001731上野2155705青森

M'nMn×1 Tnc×1 Tn×2 Ts×1 Td×1

1969.10.1の時点では予備車の調整のため、サハネ581-131968.11に門ミフに転出し、

TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×6 所要5(臨時+1)
ゆうづる(1)、はくつる(1)、はつかり(2)(臨時+1)、とうほく(臨時1)
 青森2110620上野‥尾久
 尾久‥上野10151847青森2355910上野‥尾久
 尾久‥上野1540010青森
 青森4551325上野1940510青森
 青森9051737上野2200705青森
 青森6551138仙台15021942青森/青森6551649上野/上野11272129青森

M'nMn×1 Tnc×1 Tn×1 Ts×1 Td×1

といった体制でした。

1970.10.1の改正を前に、

6月から9月にかけて

モハネ583/582  56,57,58,59,60,61,62,63,64,65,79,80,81,82,83,84  (以上16ユニット分)
クハネ583 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20 (20両)
サハネ581 36,37,46 (3両)
サロ581 22,23,28  (3両)
サシ581 22,23,28  (3両) 新製配置となり、クハネ581が-10を残して転出しました。

今回、クハネ583形が初めて新製されましたが、クハネ583形は将来の15両編成化に備えてMGの容量を大容量化(150kVAから210kVA)し、機械室を廃止して床下装架として定員も座席8名、寝台6名の増となっています。

その結果、1970.10.1の改正では

TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×10 所要8
ゆうづる(2)、はくつる(1)、はつかり(3)
 青森2110645上野‥尾久
 尾久‥上野10151850青森2355910上野‥尾久
 尾久‥上野1540010青森
 青森4551325上野1940510青森
 青森9051737上野2105650青森
 青森12252100上野‥尾久
 尾久‥上野7051545青森2330902上野‥東大宮
 東大宮‥上野2200705青森

M'nMn×1 Tnc×1

と運用が増えました。

1972.3.15の改正を前に昨日の記事で記述したように、クハネ581-10も転出し、

モハネ583/582 91,92,93,94,95,96,97,98,99,100 (以上10ユニット)
クハネ583 21,22,23,24,25,26 (6両)
サハネ581 51,52,53 (3両)
サロ581 31,32,33 (3両)
サシ581 
31,32,33 (3両)

新製配置され、1972.3.15の改正では

TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×12 所要11(臨時+1)
ゆうづる(3)、はくつる(1)、はつかり(3)(臨時+1)、みちのく(1)(臨時+1)、ひばり(1)
 青森2110-637上野
 上野1000-1356仙台1505-1904上野2230-711青森
 青森1400-2227東京‥東大宮
 東大宮‥上野8051629青森2335-847上野‥東大宮
 東大宮‥上野2000-508青森
 青森2115-650上野‥尾久
 尾久‥東京10551930青森2359-909上野‥尾久
 尾久‥上野1448-2345青森
 青森450-1304上野1600015青森
 青森453-1346上野1950-503青森
 青森8451709上野2140-706青森
青森9451809上野/上野11332005青森
 青森6551619上野/上野11552125青森

M'nMn×3 Tnc×2 Tn×1 Ts×1 Td×1

583_7508

朝の青森駅で連絡線からの客を待つ583系特急「はつかり」1975/8

1973.11の時点で食堂車の夜の営業は休止となりました。これは21時に出発して,朝7時に到着する寝台列車を考えた場合、実際の営業時間は最大夜2時間,朝1時間程度で、従業員の拘束時間と営業時間の関係からして無理があったようです。

1975.3.10の改正で新幹線博多開業で西日本の581/3系に余裕が生じ,盛アオに

モハネ583/582 103,104,105,106
クハネ583    29,30
サロ581      57
サシ581      57  が転属してきました。1編成増となりました。

TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×13 所要11(臨時+1)
ゆうづる(3)、はくつる(1)、はつかり(3)(臨時+1)、みちのく(1)、ひばり(1)
 青森2110637上野
 上野10001358仙台15201920上野2220710青森
 青森14252256上野‥東大宮
 東大宮‥上野7301601青森2335848上野‥東大宮
 東大宮‥上野2000508青森
 青森2115650上野‥尾久
 尾久‥上野10301904青森2359918上野‥尾久
 尾久‥上野14482348青森
 青森4501314上野1600015青森
 青森4531345上野1950503青森
 青森9151744上野2140705青森
 青森10151849上野/上野11302001青森

M'nMn×3 Tnc×2 Tn×1 Ts×1 Td×1

このときが盛アオの583系としても最盛期でした。
583
赤羽を通過し,一路上野を目指す特急「はつかり」

1978.10.2の改正では特急「ひばり」の運用がなくなりTsの連結位置も変わりました

TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×13(1979.10.1からTncM'nMnM'nMnTsTdM'nMnM'nMnTnTnc) 所要11
ゆうづる(3)、はくつる(1)、はつかり(3)、みちのく(1)
 青森2115652上野‥尾久
 尾久‥上野12332125青森
 青森8201710上野2140705青森
 青森2110635上野
 上野10031904青森2358918上野‥尾久
 尾久‥上野14482350青森
 青森4501355上野1953508青森
 青森9201809上野2221711青森
 青森14252313上野‥尾久
 尾久‥上野7331622青森2335901上野‥尾久
 尾久‥上野1950503青森

M'nMn×3 Tnc×2 Tn×1 Ts×1 Td×1

583_790505_2
赤羽通過の写真 HMは絵入りのものとなり、編成の構成も上の写真とは異なっています。

583_820103
東北新幹線の開業日程も明らかとなり,上野で見られるのもあと僅かとなった1982/1/3 
南浦和

東北・上越新幹線開業の1982.11.25の改正では編成は変わらぬものの盛岡~青森間の特急となりました。特急「みちのく」は廃止となりました。

TncM'nMnM'nMnTsTdM'nMnM'nMnTnTnc×13 所要11
ゆうづる(3)、はくつる(2)、はつかり(2)、ふるさと(臨時1)
 青森2115652上野‥東大宮
 東大宮‥上野2220715青森
 青森2015600上野‥東大宮
 東大宮‥上野1950503青森
 上野10441938青森2355910上野‥東大宮
 東大宮‥上野1953508青森
 青森10401315盛岡14301705青森2359918上野‥東大宮
 東大宮‥上野2140707青森
 青森2110635上野‥東大宮
 青森10121913大宮/東大宮‥上野2300821青森
 青森16401915盛岡21302354青森

M'nMn×3 Tnc×2 Tn×1 Ts×1 Td×1

1985.3.14の新幹線東京乗り入れの改正を前に、
サハネ581-15クハ418-1への改造のため、転出
サロ581-24が大ムコより転入
モハネ583-1,2,3 が大ムコに転出 となりました。この改正で、食堂車を抜かれた583系12連(9連)が本格的に盛岡~青森間の「はつかり」運用に投入された感があります。

TncM'nMnM'nMnTsM'nMn(M'nMnT)Tnc×13 所要9(臨時+3)
ゆうづる(1)(臨時+1)、はくつる(2)、はつかり(5)(臨時+2)
 青森2359918上野‥東大宮
 東大宮‥上野1950508青森
 青森9301203盛岡13351601青森
 青森7271000盛岡12361510青森2111640上野‥東大宮
 東大宮‥上野2300821青森
 青森2150658上野‥東大宮
 東大宮‥上野2220715青森
 青森12341459盛岡16351909青森
 青森449719盛岡11361402青森14351700盛岡2136009青森
 青森10321303盛岡/盛岡11061341青森1945636上野
 上野2102710青森
 青森11031333盛岡15321811青森

Tnc×2 Ts×2 Td×14

1986.3.31付けて抜かれたサシ581 7,9,12,13,14,22,23,28,31,32,33,35が大量廃車となりました。

サシ581形には編成全体のMGからの電源を切り換える3相切替SWが装備されていましたが、サシの廃車前にサロ581形に移設し同機能はサロが担うことになりました。

1986.12から1987.3にかけて

モハネ583/582 7,13,23,29,30 が廃車
サハネ581        37
サロ581     4    が廃車  となりました。さらに
サハネ581   14~19, 36 が札幌に転出しました。これらは当初、改造の目的でもあったのかと思いますが、結局1990年6月にそのまま廃車となりました。

(追記:このサハネのうちの台車2個がキハ183系5100番台のキサロハ182-5101の台車として再利用されたのですね)。

1988.3.13の青函トンネル開業の改正では編成は9連となり、臨時も含めて11.5往復となりました。

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×14 所要8(臨時+6)
ゆうづる(2)、はくつる(1)、はつかり(4)(臨時+7.5)、あけぼの(臨時1)
 青森2148637上野‥東大宮
 東大宮‥上野2220715青森
 青森11311356盛岡14291652青森2055636上野‥東大宮
 東大宮‥上野2130621青森
 青森10301255盛岡13341557青森2118640上野‥東大宮
 東大宮‥上野2303821青森
 青森18071842蟹田18481927青森
 青森525750盛岡8191045青森13301555盛岡16291857青森
 青森521734盛岡9331153青森13011524盛岡17351955青森
 青森701925盛岡10371300青森14261648盛岡19002129青森
 青森10251251盛岡/青森9211147盛岡13001523青森17231948盛岡20352251青森
 青森11061352盛岡/盛岡13381603青森
 弘前1749612上野
 上野23001024弘前

M'nMn×5 Tn×5

1990.2.11に仙台駅構内で発生した寝台特急「ゆうづる1号」の事故により、
モハネ583/582 -59,-95 サハネ581-53が同年7.23日付けで廃車となりました。事故の詳細は「12両編成の寝台特急6001M「ゆうづる1号」が仙台駅を時速約85kmで通過しようとしたところ、ポイントが電車区側に切り替わっており高速度のまま進入、前から7両が脱線。運転士は「本線信号は進行現時だったのにポイントが電車区側だった」と証言。原因は直前に近くで信号試験が行われていたことで信号が本線・分岐が電車区側になる異常な表示がされていたため。乗員乗客158人にケガはなかった。」とのことです。(出典

583_911112
すっかり盛岡~青森間の特急として定着したころの583系特急「はつかり」

1993.3の時点が特急「はつかり」の最後の定期運用となりました。

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×14 所要7(臨時+7)
ゆうづる(2)、はくつる(1)、はつかり(3)(臨時+9.5)、あけぼの(臨時1)
 青森2157637上野‥東大宮
 東大宮‥上野2217715青森
 青森10311253盛岡13451604青森2124639上野‥東大宮
 東大宮‥上野2300815青森
 青森11311354盛岡14391702青森2057636上野‥東大宮
 東大宮‥上野2204700青森
 青森13311555盛岡16381904青森
 青森519737盛岡8471114青森11251351盛岡
 青森621846盛岡9421205青森12191432盛岡15431824青森
 青森8041037盛岡10481312青森13451623盛岡17361958青森
 青森9161149盛岡11581429青森15221746盛岡18442113青森
 盛岡13131540青森/盛岡13481625青森17241946盛岡20362255青森
 青森1825624上野
 上野2106920青森  (盛岡~青森 斜体が定期、後は臨時)

M'nMn×3 Tn×4

1993.12.1のダイヤ改正で特急「はつかり」の定期運用がなくなりました

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×14 所要4(臨時+9)
はくつる(2)、はつかり(臨時6.5)、ゆうづる(臨時1)、あけぼの(臨時1)、津軽(臨時1)
 青森2100608上野‥東大宮
 東大宮‥上野2317714青森
 青森13091550盛岡‥青森2200637上野‥東大宮
 東大宮‥上野2300815青森
 青森8171043盛岡10481313青森14071629盛岡17472010青森
 青森9131149盛岡11581429青森15231746盛岡19142137青森
 青森12001430盛岡14431717青森(TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnM'nMnTnc)
 青森10101240盛岡13471616青森2124639上野
 上野2203700青森
 弘前1754602上野
 上野2106847弘前
 青森1647552上野
 上野22341128青森

M'nMn×3 Tn×4

1994.12.3の改正寝台特急「はくつる」が客車編成に替わったことで583系の定期運用が消滅しました。時代の要請から3段寝台は特急に相応しくなくなってしまったのですね。

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×12 所要臨時11
はくつる(臨時1)、はつかり(臨時6.5)、あけぼの(臨時1)、いなほ(臨時1)、津軽(臨時1)
 青森13091550盛岡‥青森2200637上野
 上野2200700青森
 青森8171035盛岡10481313青森13541626盛岡17392004青森
 青森9131153盛岡11541413青森15251747盛岡19102132青森
 青森11451428盛岡15431841青森
 青森10101237盛岡13471616青森
 弘前1753558上野
 上野1941846弘前
 酒田11371404新潟14301706酒田
 青森1647552上野
 上野22341157青森

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×2
M'nMn×3 Tn×4

1995.2から8にかけて
モハネ583/582 10,31,61,64,65,92,93
クハネ583    10,18,19,24
サハネ581    20,57
サロ581     1,22   が廃車に

1995.12から1996.3にかけて
モハネ583/582    4.24.27.56,81,91
クハネ583      2,7,11,14
サロ581     2,28  が廃車に

1996.11から12にかけて 
モハネ583/582   28,57,80
クハネ583    16,30
サロ581    23 が廃車に

1998.2
モハネ583/582   58,104
クハネ583    1    が廃車に

1998.11
モハネ583/582   97,103
クハネ583    21,29
サロ581     6   が廃車に

1998.12
モハネ583/582   96,105
クハネ583    25
サロ581     5   が廃車に

1999.12から2000.3にかけて
モハネ583/582   9,11,14,15,16,84
クハネ583    6,13,15,26
サロ581     24,35   が廃車に

2000.3.15の改正時の運用は

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×2 所要臨時2
はくつる(臨時1)、はつかり(臨時1)
 青森11111331盛岡13461612青森2100558上野
 上野2145658青森

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×3
M'nMn×2 Tn×2

2000.9から2001.2にかけて
モハネ583/582   5,8,25,26,60,62,63,80,99
クハネ583    3,4,9,12,22,23
サロ581     3,7,31   が廃車に

その結果,2002.12.1の時点で
モハネ583/582  6, 12, 79, 83, 94, 98, 100,106   
クハネ583         5, 8,17,20
サハネ581        46,52
    
サロ581     32,33     というメンバーが残存し、

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×2
M'nMn×2 Tn×2

2編成が波動用として残されました。

これらのうちから

2002/12/3 付けで

モハネ583/582  6, 12, 79
クハネ583             5, 20
サロ581      33     は秋田へ転出し、

583_101024_5
青森千刈踏切で撮影した秋田編成 2010/10/24

2003/2/24 付けで

モハネ583/582  100, 106   
クハネ583          8, 17
    
                                  は仙台に転出しました。

583_n2_090809
東北本線松川駅で偶然会った仙台編成 2009/8/9

残りは2003.8から9にかけて廃車となりました。

2003.9以降、盛アオの583系の配置はなくなりました。

2011.9.22付けで秋田に転属した編成は廃車となり,仙台に転属した編成が新たに2011.8.20.付けで秋田に転属しました。

今回も青森運転所の583系配置をhttp://www5.big.or.jp/~hagi/rail/index.html のサイトのデータを参考に纏めました。

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2013年2月12日 (火)

1976/1 福島へ 2 583系特急 1 「ひばり」

東北特急全盛時代に上野駅に発着した昼行特急としては、交直流では「いなほ」「ひたち」、直流では「とき」「あさま」などもありますが、東北特急というイメージからは外れますので、別の機会に廻し、今回からは「ひばり」「はつかり」の583系特急で行きたく思います。

まず今回は「ひばり」です、583系の運用からすれば盛アオの583系の間合い運用的ですが,その歴史は485系特急の歴史で見ましたが、1972年3月から583系による運行が加わっています。

583_2
日暮里を行く 583系特急「ひばり」

1972年3月の改正と言えば新幹線岡山開業の改正で、門ミフの581/3系にとっては寝台特急「金星」の間合いで「しらさぎ」が運用に加わった頃で、門ミフの581/3系の中で北陸の雪対策へと耐寒耐雪改造を施し、限定運用(521~525)を設定しました。一方、盛アオの方では本格的運用開始以来、唯一残っていたクハネ581-10が門ミフに7月に転属し、全てクハネ583で迎えた最初のダイヤ改正となりました。

盛アオの583系の配置の状況は「はつかり」の記事で詳述しますが、1972年3月は583系にとって最後の新製配置となった改正でした。
←上野
TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×12 所要11(臨時+1)
ゆうづる(3)、はくつる(1)、はつかり(3)(臨時+1)、みちのく(1)(臨時+1)、ひばり(1)
 青森2110637上野
 上野10001356仙台15051904上野2230711青森
 青森14002227東京‥東大宮
 東大宮‥上野8051629青森2335847上野‥東大宮
 東大宮‥上野2000508青森
 青森2115650上野‥尾久
 尾久‥東京10551930青森2359-909上野‥尾久
 尾久‥上野14482345青森
 青森4501304上野1600015青森
 青森4531346上野1950503青森
 青森8451709上野2140706青森
 青森9451809上野/上野11332005青森
 青森6551619上野/上野11552125青森

M'nMn×3 Tnc×2 Tn×1 Ts×1  Td×1
この改正で寝台特急「ゆうづる1・3号5013M/5014M」が増発となり、昼間の尾久での滞泊時間を活用し,仙台まで一往復する特急「ひばり4/8号」が設定されました。

583_2
6年半特急「ひばり」として活躍した583系、同じ頃、西の581/3系も「しらさぎ」として間合い運用に投入されていました。

1975.3.10のダイヤ改正で新幹線が博多まで開業したため西日本の581/3系に大きな余裕が生じ、門ミフに配置されていたモハ583ユニット、クハネ583、サロ、サシ数両が盛アオに転属し、門ミフから大ムコに大移動が行われました。

TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×13 所要11(臨時+1)
ゆうづる(3)、はくつる(1)、はつかり(3)(臨時+1)、みちのく(1)、ひばり(1)
 青森2110637上野
 上野10001358仙台15201920上野2220710青森
 青森14252256上野‥東大宮
 東大宮‥上野7301601青森2335848上野‥東大宮
 東大宮‥上野2000508青森
 青森2115650上野‥尾久
 尾久‥上野10301904青森2359918上野‥尾久
 尾久‥上野14482348青森
 青森4501314上野1600015青森
 青森4531345上野1950503青森
 青森9151744上野2140705青森
 青森10151849上野/上野11302001青森

M'nMn×3 Tnc×2 Tn×1 Ts×1 Td×1

583_750511
583_750511_2_2
初夏の蓮田付近を行く583系特急「ひばり」 1975/5/11

1978.10.2の改正
で盛アオ583系による特急「ひばり」の運用は終わりました。従って、1978年の改正で昼行特急に絵入りHMが掲出されましたが,583系「ひばり」はその姿を見せる前に静かに去ってゆきました。

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2013年1月28日 (月)

1981/11 北陸へ 4 581/3系特急 「しらさぎ」「雷鳥」

これまで大ムコ、金サワに配置された485系、489系による北陸特急を見て参りましたが、もうひとつの特急電車として忘れてならないのは581/3系であります。

北陸特急と581/3系電車の関わり合いは、1972年3月15日の新幹線岡山開業のダイヤ改正で寝台特急「金星」の間合い運用で「しらさぎ」に581/3系が1往復(下り2号  23M 上り3号 26M)使用されたのが始まりです。

<追記>特急「しらさぎ」の運用に投入するにあたり、当時門ミフに配属されていた581/3系の一部に北陸の雪に備えて耐寒耐雪改造を施し、限定運用(521~525)としたとのことです。(参考文献:イカロス出版、国鉄型車輌の系譜シリーズ02形式583系)

581_7603_11
581/3系と485系を同じ系統の昼行特急に使用した例としては、「はつかり」「ひばり」「みどり」「つばめ」「はと」「しおじ」「有明」「にちりん」(「みどり」に関しては共存期間はありません)などがありますが、座席が4人掛けボックスシートであったことで、乗客の評判はあまり良くなかったようです。

さらに、「しらさぎ」の場合、冬の豪雪期は結構、遅延が多く「金星」の運行にも影響があったため、1978/10/2のダイヤ改正で運用がなくなりました。登場以来、増発は485系、もしくは489系で行われ、581/3系の運用は1往復に留まりました。

ちょうどそれと入れ替わるように特急「雷鳥」に4往復登場しました。1980年夏のダイヤでは雷鳥6・9・11・18・19・26・30・31号が581/3系の担当でした。

581_811128_7
581_811128_8_3
新疋田~敦賀間の下り線を行く581/3系「雷鳥」

581_811204
大阪駅に到着した「雷鳥」 1981/12/4

581_841205
当時、大ムコに2両(-27, -28)いたクハネ583を最後尾に繫いだ「雷鳥」

581/3系は1975.3.10の新幹線博多開業のダイヤ改正で登場以来の住処だった、門ミフを離れ大ムコに活動拠点を移しました。

その時の編成は
TncM'nMnTnTsTdM'nMnTnM'nMnTnc×21 所要17 であり、
予備車 Tnc×1 Tn×1

明星(3)、彗星(2)、なは(1)、金星(1)、有明(3)、しらさぎ(1) の運用を受け持っていました。

1978.10.2のダイヤ改正で「明星」が1往復、「彗星」も1往復減、「しらさぎ」の運用がなくなり、その分「雷鳥」の運用が新規に誕生しました。

TncM'nMnTnTsTdM'nMnTnM'nMnTnc×21 所要16
明星(2)、彗星(1)、なは(1)、金星(1)、有明(3)、雷鳥(4)

1980.10.1の改正では、「明星」「有明」がそれぞれ1往復減となった代わりに、「にちりん」の新規運用が誕生しました。

TncM'nMnTnTsTdM'nMnTnM'nMnTnc×21 所要15
明星(1)、彗星(1)、なは(1)、金星(1)、有明(2)、にちりん(2)、雷鳥(4)

1982.11.15の改正では、581/3系の編成は2種類に分かれ、山陽、九州方面の運用と北陸方面の運用に分離しました。

TncM'nMnTsTdM'nMnM'nMnTnc×10 所要7
彗星(1)、なは(1)、有明(1)、にちりん(2)

TncM'nMnTnTsTdM'nMnTnM'nMnTnc×6 所要4
雷鳥(2)、立山(1)

この改正以降、581/3系をそれまで客車列車で運行されていた地方の普通列車を電車化するために715系0/1000番台419系に改造する工事が1983年4月から開始され、581/3系の系列崩壊が始まりました。

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2012年12月16日 (日)

1977/3 山陰、九州、そして瀬野八へ 10 「明星」「金星」part1

今回は1975年3月の改正後、生き残った京阪神と九州を結ぶ寝台特急「明星」「金星」について触れます。

両者とも1968年10月の改正で登場しています。

1968年10月1日:ヨンサントオの大規模ダイヤ改正により、新大阪駅 - 熊本駅間運行の夜行急行列車「ひのくに」を電車特急化。寝台電車で運行され、「銀河」と同じ東京駅 - 大阪駅間を運行する寝台急行列車であった「明星」の名称を与えられる。名古屋駅 - 博多駅間運行の寝台特急列車「金星」の運行開始。

1970年3月15日:「月光」「明星」「金星」の食堂車営業休止。10月1日:「明星」が2往復に増発。

1972年3月15日:山陽新幹線の岡山駅までの開業に伴うダイヤ改正により「明星」と従来「月光」として運行されていた博多発着列車を統合する。また、1往復を京都発着とする。

1975年3月10日:山陽新幹線の博多駅までの開業に伴うダイヤ改正により、「なは」は昼行特急列車から寝台特急列車となり、寝台電車により、新大阪駅 - 西鹿児島駅間の運行とし、京阪神対鹿児島本線寝台列車=「明星」となっている中で名称上1往復存続する形となる。「明星」は従来「あかつき」「きりしま」として運行された西鹿児島・熊本発着列車を統合。改正前は電車のみの愛称だったが、電車3往復、客車4往復の計7往復に。 

1978年10月2日:このときのダイヤ改正に伴い、「明星」の京都発着電車1往復を「なは」に変更。「明星」は博多・熊本発着列車各1往復、西鹿児島発着を2往復の4往復体制となり、14系座席客車の季節列車も廃止される。

1980年10月1日:このときのダイヤ改正に伴い 1.「明星」の新大阪発着の列車1往復を「なは」に変更。初めて下り列車で博多駅を通過する。「明星」の熊本発着列車を廃止。

1982年11月15日 ダイヤ改正に伴い、「明星」の博多発着列車および西鹿児島発着を1往復廃止。これにより「明星」1往復のみとなる。 これにより電車列車=「なは」、客車列車=「明星」となる。「金星」の名古屋駅 - 博多駅間の電車寝台特急列車として廃止。なお、臨時列車として名古屋駅 - 西鹿児島駅間を14系座席客車による特急列車「金星」が運行された。

1986年11月1日:このときのダイヤ改正により、京阪神から鹿児島本線方面へ向かう列車群について「明星」が20系客車による臨時列車に格下げ。定期列車としては「なは」のみとなる。

1975年3月改正後の時点で7本もあった「明星が」、10年でダイヤ改正の度に減って行く様子がよく分かります。実際の列車の時刻、編成等は「夜行列車資料館」のサイトに詳しい情報が載っています。
581_770317_b_2
登場後、10年でだいぶ疲れの見えるクハネ581の「明星」

581_2_3

581_770318_2_6当時、大ムコには27,28の2両しかいなかったクハネ583の「金星」 小倉

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2012年12月13日 (木)

1977/3 山陰、九州、そして瀬野八へ 7 九州内電車特急「有明」part1

九州内電車特急、今回は「有明」です。

1977年当時の写真をメインにして、581/3系の写真と485系の写真を載せます。
581_741004_1
581_741004_2_3

熊本駅 1974/10/5  9:41到着の下り「有明1号」2031M 12連(門ミフ)

581_770319

581_770319_2

581_770319_2_2

下り1~3号が581/3系での運用でした。1977/3 博多駅

581_770318
下り2号、上り10号の一往復が門司港発着でした。 小倉駅 1977/3/18

485_481_0_770318_b
485_481_0_770318_2
同じく、博多駅でのカットですが、当時、髭無しのクハ481 0番台が登場したのは驚きでした。

485_481_0_770318_2_2
赤スカートの髭無しもありました。 小倉

にちりんの記事でも申しましたが、まだ大ムコ時代のスタイルは維持していたと思います。

「有明」と名付けられた列車の歴史を見てみると、

1950年:門司港駅 - 熊本駅間を運行する準急列車として「有明」(ありあけ)の運行を開始。

1951年:列車名「有明」命名。

1959年:「有明」が気動車(キハ26系)化。同時に博多駅発着とする。

1965年:熊本駅まで電化工事伸長に伴い、運行形態を変更。 1.「有明」は、米子駅 - 博多駅間を結んでいた準急列車「やくも」と統合されて「やえがき」と改称。「有明」は岡山駅 - 熊本駅間を結ぶ電車急行の名となる。

1967年10月1日:ダイヤ改正により、 1.門司港駅 - 西鹿児島駅間を運行する特急として「有明」運行を開始。 それまでの「有明」は「しらぬい」と改称する。なお、「有明」登場当時はキハ82系により運行された。

受け持ち 鹿カコ

DcDsDdDDDDc×1 所要1
有明(1)
 門司港6501315西鹿児島17002320門司港

Dc×2 D×2 Ds×1 Dd×1

1970年10月:鹿児島本線全線電化に伴い「有明」を581系・583系電車化し1往復増発。新たに博多駅発着列車を設定。

受け持ち 門ミフ

TncTnTsM'nMnTdM'nMnTnM'nMnTnc×19 所要17
月光(2)、明星(2)、金星(1)、きりしま(1)、つばめ(1)、はと(2)、しおじ(1)、有明(2)
 南福岡‥博多2015545新大阪‥向日町
 向日町‥新大阪10351901博多2350941新大阪‥野洲
 野洲‥京都1700819西鹿児島
 西鹿児島13401817博多‥南福岡
 南福岡‥門司港7001244西鹿児島17152254門司港‥南福岡
 南福岡‥博多10151842新大阪22281013熊本‥川尻
 川尻‥熊本2140850新大阪‥向日町
 向日町‥新大阪12251958下関
 下関8001526新大阪2028725熊本‥川尻
 川尻‥熊本2215957新大阪‥向日町
 向日町‥新大阪13282156博多‥南福岡
 南福岡‥博多8151642新大阪2225751博多‥南福岡
 南福岡‥博多1850614名古屋‥神領
 神領‥名古屋9152136熊本‥川尻
 川尻‥熊本7401956名古屋22421005博多‥南福岡
 南福岡‥博多13101748西鹿児島20501135京都‥野洲
 野洲‥新大阪1938535博多‥南福岡

M'nMn×1 Tnc×2

1972年3月15日:「有明」を電車化し1往復増発し、3往復での運行となる。

TncTnTsM'nMnTdM'nMnTnM'nMnTnc×22 所要20(臨時+1)
月光(2)、明星(4)、金星(1)、きりしま(1)、つばめ(4)(臨時+1)、しおじ(1)、有明(3)、しらさぎ(1)
 南福岡‥博多2013537新大阪‥向日町
 向日町‥新大阪9221339広島1445 1901新大阪2228928熊本‥川尻
 川尻‥熊本2130851新大阪‥向日町
 向日町‥新大阪1858615熊本‥川尻
 岡山8351609熊本/川尻‥熊本2200937京都‥野洲
 野洲‥京都19501033西鹿児島
 西鹿児島13401816博多‥南福岡
 南福岡‥博多8251425岡山16352234博多‥南福岡
 南福岡‥博多7301330岡山14402039博多2356651岡山
 岡山11151850熊本22501007新大阪‥向日町
 向日町‥新大阪1958657熊本‥川尻
 川尻‥熊本9551730岡山2213505博多‥南福岡
 南福岡‥博多10551534西鹿児島17202304門司港
 門司港7001242西鹿児島20551136京都‥野洲
 野洲‥京都2125726博多‥南福岡
 南福岡‥博多13101751西鹿児島2125851岡山
 岡山13352110熊本‥川尻
 川尻‥熊本7551530岡山2043801西鹿児島
 西鹿児島10551550博多1853612名古屋‥神領
 神領‥名古屋10151410富山14551855名古屋22501010博多‥南福岡
 熊本11552158大阪

M'nMn×1 Tnc×1

1975年3月10日:山陽新幹線博多駅開業に伴うダイヤ改正を行い、 1.鹿児島本線線内昼行特急はすべて「有明」とし10往復体制に、同時に「有明」をエル特急に指定。博多駅での新幹線接続列車とする。 なお、門司港駅・小倉駅発着列車もそれぞれ1往復、3往復設定。「有明」の大幅増発により、従前山陽新幹線博多開業に伴う山陽特急廃止により九州内に転属してきた481系・485系の使用が開始される。

583系 受け持ち 大ムコ

TncM'nMnTnTsTdM'nMnTnM'nMnTnc×21 所要17
明星(3)、彗星(2)、なは(1)、金星(1)、有明(3)、しらさぎ(1)
 休
 向日町‥新大阪20411144西鹿児島
 西鹿児島17072329門司港
 門司港6551253西鹿児島19191022京都‥野洲
 野洲‥京都1820957西鹿児島
 西鹿児島1650735新大阪‥向日町
 向日町‥新大阪1828826宮崎‥南宮崎
 南宮崎‥宮崎1906936新大阪‥向日町
 向日町‥新大阪1755836西鹿児島
 西鹿児島14121904博多‥南福岡
 南福岡‥博多7001210西鹿児島15582150小倉‥門司港
 門司港‥小倉10221612西鹿児島19501046新大阪‥向日町
 向日町‥新大阪2143827大分‥下郡
 下郡‥大分1956654新大阪‥向日町
 休
 向日町‥新大阪2228805博多‥南福岡
 南福岡‥博多1847610名古屋‥神領
 神領‥名古屋10151410富山15151916名古屋22501011博多‥南福岡
 南福岡‥博多2005546新大阪‥向日町

Tnc×1 Tn×1

485系 鹿カコ

TcM'MTsTsTdM'MM'MTc×14 所要11
有明(7)(臨時+1)、にちりん(4)
 休
 西鹿児島8121304博多14422119宮崎‥南宮崎
 南宮崎‥宮崎8021337小倉14422012宮崎‥南宮崎
 南宮崎‥宮崎6081239博多16162125西鹿児島
 西鹿児島10131504博多16422308宮崎‥南宮崎
 南宮崎‥宮崎9001538博多17162218西鹿児島
 西鹿児島9011459小倉17222300西鹿児島
 西鹿児島11111604博多19432240大分‥下郡
 下郡‥大分7331039博多12161354熊本15261704博多‥南福岡/022548西鹿児島
 西鹿児島9211418/南福岡‥博多15162026西鹿児島
 西鹿児島7081204博多13161816西鹿児島
 西鹿児島6051201小倉13171915西鹿児島

1978年10月2日:ゴーサントオと称された全国ダイヤ改正により、「有明」に使用している581系・583系のヘッドマークがイラスト入りのマークに変更される。ただし、481系・485系は先頭車が殆どがボンネット形の初期車両であったため文字マークのまま使用され、一時的な編成替えで200番台が先頭に立たない限り485系のイラストマークは1985年頃まで殆ど見られなかった。

1979年11月1日:485系ボンネット車編成の一部にビデオ上映サービスを行う列車が登場。使用列車に「ビデオ特急」の愛称が与えられる。

1980年10月1日:このときのダイヤ改正により、山陽新幹線に接続する鹿児島本線系統の昼行優等列車を特急列車に統一。これにより、昼行急行「ぎんなん」、「かいもん」の全列車、急行「えびの」、「火の山」の熊本以北を格上げして「有明」18往復体制とする。ただし、1往復は季節列車。581系・583系以外の食堂車が編成から外される。

485系 鹿カコ

TcM'MTsM'MM'MTc×13 所要10
有明(16)(臨時+1)
 休
 西鹿児島8181313博多14051919西鹿児島2326538博多
 西鹿児島9291415博多15051935西鹿児島‥伊集院
 伊集院‥西鹿児島11081615博多17052155西鹿児島
 西鹿児島7451215博多13051751西鹿児島‥伊集院
 伊集院‥西鹿児島6301121博多12051348熊本16581844博多19202105熊本‥川尻
 川尻‥熊本627816博多9051335西鹿児島15042013博多21102255熊本‥川尻
 川尻‥熊本744914博多10051150熊本13271514博多16051753熊本20032147博多‥南福岡/2358532西鹿児島
 南福岡‥博多7051202西鹿児島13551825博多18582028熊本‥川尻
 川尻‥熊本8271015博多15201704熊本17271915博多20052150熊本‥川尻
 川尻‥熊本10551242博多13151503熊本15251715博多18052300西鹿児島

M'M×1 Td×14

1982年11月15日:この時のダイヤ改正に伴い「有明」季節列車1往復を含む17往復に減少。581系・583系は1往復のみに。

1984年2月:この時のダイヤ改正に伴い「有明」15往復に減少。これに伴い581系・583系撤退。全列車9両編成から7両編成に短縮。

TcM'MTsM'MTc×15 所要12(臨時+1) →1984.12より順次TscM'MM'MM'Mc
有明(15)(臨時+3)、にちりん(2)
 休
 西鹿児島9251415博多15051956西鹿児島
 西鹿児島6261120博多12051658西鹿児島17502254博多‥南福岡/008542西鹿児島
 南福岡‥博多10291703宮崎‥南宮崎
 南宮崎‥宮崎8051344小倉16121808大分18302131博多‥南福岡
 南福岡‥博多7101150西鹿児島14361915博多20052150熊本‥川尻
 川尻‥熊本730915博多10051508西鹿児島16202224門司港
 門司港6521307西鹿児島13411825博多19052046熊本‥川尻
 川尻‥熊本8301015博多11051250熊本13301515博多16051750熊本18302015博多21052247熊本‥川尻
 川尻‥熊本630815博多9051046熊本11051245博多13151500熊本15301715博多18052258西鹿児島
 西鹿児島8201313博多14051913西鹿児島
 西鹿児島11201615博多17052159西鹿児島2300538博多
 西鹿児島7431220博多13051740西鹿児島
 西鹿児島9581505博多15582118西鹿児島

M'M×10 Ts×-2 Td×5

1985年3月14日:「有明」の一部編成を5両編成に短縮。先頭車両は中間車に運転台を取り付けたクモハ485とクロ480が主力となり、485系編成のイラストマークが本格的に見られるようになる。この頃、臨時列車用にボンネット形用のイラストマークが製作された。

TscM'MM'MM'Mc×15 所要11(臨時+2)
有明(15)(臨時+4)、にちりん(4)
 休
 西鹿児島9341424博多14521936西鹿児島
 西鹿児島6451124博多11521629西鹿児島17002244門司港
 門司港6521250西鹿児島13411824博多18522031熊本‥川尻
 川尻‥熊本742924博多9531427西鹿児島14571924博多19522131熊本‥川尻
 川尻‥熊本642824博多8521033熊本11031246博多13101446熊本15421724博多17522233西鹿児島
 西鹿児島8001224博多12521714西鹿児島18142254博多‥南福岡/2355542西鹿児島
 南福岡‥博多10521233熊本13421524博多15521732熊本18422024博多20522231熊本‥川尻
 川尻‥熊本8421024博多13171609大分18101954小倉20222206大分‥下郡
 下郡‥大分9101055小倉12221407大分14431625小倉17011841大分20102258博多‥南福岡
 南福岡‥博多7001121西鹿児島11511624博多16522129西鹿児島2300538博多
 西鹿児島8451324博多13521840西鹿児島
 西鹿児島9591512博多16471823熊本
 博多13471521熊本‥八代16041821博多

M'M×6 Ts×1 Td×5

1986年11月1日:このときのダイヤ改正により、 1.「有明」熊本駅発着列車を中心に25往復に増発。また、西鹿児島駅発着列車は基本5両に、熊本駅発着列車は3両(一部5両)に短縮。 この3両編成の「有明」は、それまで佐世保線特急「みどり」が持っていた4両の記録を抜いて国鉄史上最短の特急となった。なお、民営化後は特急の短編成化が全国で見られ、気動車では2両編成の特急も現れた。

485系 門ミフ

有明(5)
TscM'M(M'M)M'Mc×4 所要4
 南福岡‥博多7001122西鹿児島11511625博多17202155西鹿児島
 西鹿児島8001225博多13201758西鹿児島
 西鹿児島10531526博多16202047西鹿児島
 西鹿児島6541125博多12201650西鹿児島18052248博多‥南福岡

TscM'MM'Mc×11 所要8(臨時+1)
有明(8)(臨時+1)、にちりん(4)(臨時+2)
 休
 南福岡‥博多7521041大分11101352博多14201852西鹿児島2300537博多
 西鹿児島9451426博多15201955西鹿児島
 西鹿児島8401325博多13551637大分17351920小倉19542136大分‥下郡
 下郡‥大分810952小倉10561239大分14101654博多‥南福岡
 南福岡‥博多9201358西鹿児島14301856博多19202055熊本‥川尻
 川尻‥八代817熊本8471025博多11211559西鹿児島16482233門司港
 門司港6371224西鹿児島12551726博多18201956熊本‥川尻
 川尻‥熊本747926博多10221454西鹿児島15582027博多‥南福岡/2359543西鹿児島
 大分8281012小倉11091257大分13151511小倉15281712大分

ThscM'Mc×3 所要2
有明(5)
 南福岡‥博多8501028熊本11171252博多13501528熊本16171756博多21202257熊本‥川尻
 川尻‥熊本647828博多9501128熊本12171356博多14501628熊本16471828博多‥南福岡

TcM'Mc×5 所要3 →1986.12より順次ThscM'Mc
有明(7)(臨時+0.5)
 休
 南福岡‥博多10501228熊本13171456博多15501728熊本18171956博多20202157熊本‥川尻
 川尻‥熊本10171156博多12501428熊本15171655博多17501928熊本2000八代‥川尻
 川尻‥熊本9171052博多11501326熊本14171556博多16501827熊本19172055博多‥南福岡

TcM'MTs[T]M'MTc×10 所要8(臨時+2)
かもめ(12)(臨時+2)、にちりん(3)、有明(臨時3)
 南福岡‥博多9531229長崎13281547博多20152230長崎
 長崎9141131博多11551437大分16101806下関18372039大分‥下郡
 下郡‥大分9101157博多12151427長崎15211729博多18152022長崎
 長崎11101434小倉15161839長崎20232232博多‥南福岡
 南福岡‥博多705920長崎10121232博多13151527長崎16211832博多19152125長崎
 長崎8181031博多11181329長崎14211631博多17151935長崎
 長崎719933博多10181240長崎13241531博多15541840大分19102153博多‥南福岡
 南福岡‥博多9151129長崎12211432博多15151733長崎18202030博多‥南福岡
 博多12301500長崎17502018博多
 熊本825956博多10531227熊本13091452博多15231656熊本17481920博多19552126熊本

485系 鹿カコ

TcM'MTsM'MTc×14 所要11(臨時+3)
にちりん(10.5)(臨時+2)、かもめ(1)(臨時+1)、有明(臨時1.5)
 休
 西鹿児島7391452小倉15542114宮崎‥南宮崎
 南宮崎‥宮崎8391454博多16522256宮崎‥南宮崎
 南宮崎‥宮崎6411254博多14151627長崎17351948博多‥南福岡
 南福岡‥博多8551713西鹿児島
 西鹿児島12352053博多‥南福岡/21102321長崎
 長崎620847/南福岡‥博多10541915西鹿児島
 西鹿児島9311754博多19552242大分‥下郡
 下郡‥別府8001338西鹿児島16162323小倉‥門司港
 門司港‥小倉8111314宮崎16422151小倉‥門司港
 門司港‥小倉722908大分9441137下関12111408大分14421617小倉17301909大分‥下郡
 下郡‥大分7101000博多12542116西鹿児島
 西鹿児島8431356博多14501949西鹿児島(TcM'MTsM'MM'MTc)
 西鹿児島13311840博多
 大分11251312小倉13261517大分15281721小倉18582107大分

M'M×1

1987年3月21日:熊本駅発着の「有明」2往復が豊肥本線水前寺駅乗り入れを開始。 豊肥本線乗り入れに際しては、 ダイヤ上では、6月30日まで毎日運転の臨時普通列車扱いとした。運行上では、DE10形ディーゼル機関車で牽引し、電源車としてスハフ12形客車を下り水前寺方に連結。上り列車は推進運転とした。 この際専用機として使用された、DE10形1755号機は国鉄特急色に塗装を変更。

1988年3月13日:「有明」は28往復に増発。同時に一部列車に783系電車「ハイパーサルーン」投入開始。 このうち博多駅 - 西鹿児島駅間を最少の停車駅で運行する1往復を「スーパー有明」として運転。また、豊肥本線内も正式に定期列車とする。DE10は新たに1756号機も専用機となり、ヨ28000形ともども783系に合わせた塗装となった。

1989年4月29日:「有明11号」において、佐世保駅行きの「オランダ村特急」を門司港駅 - 博多駅間で併結開始。史上初となる営業列車での電車・気動車動力協調運転を実施。

1991年3月16日:「有明」「ハイパー有明」と合わせて32往復となる。水俣駅発着列車を設定。 このときが「有明」の本数の最多記録となった。

1992年3月14日:「有明11号」と「オランダ村特急」の併結を終了。

1995年4月20日:「有明」に787系を投入。

1999年3月13日:「有明」を下り25本・上り27本に増強の上、783系15往復、787系下り10本・上り12本の充当とする。 「つばめ」と合わせて博多駅 - 熊本駅間では20分ヘッドでの運転となる。在来線特急で1時間3本の運転は全国初であった。この改正で「有明」専用の787系4両編成が誕生。787系充当列車の内下り7本・上り10本が4両編成で運行された。10月1日:豊肥本線熊本駅 - 肥後大津駅間電化完成に伴い、豊肥本線乗り入れ再開。熊本駅発着列車の一部が水前寺駅・肥後大津駅発着に変更。 この時点では豊肥本線に乗り入れる列車は783系に限られていた。豊肥本線乗り入れに際し、従前は同線内を普通列車扱いであったが、「有明」が乗り入れない間に普通列車の本数が十分確保されたことから、乗り入れ再開にあたっては全区間特急扱いとした。

2000年3月11日:「有明」を27往復に増強。同時に787系に統一される。 「有明」から撤退した783系は主に「かもめ」に回された。

2004年3月13日:九州新幹線部分開業

2011年3月12日:九州新幹線鹿児島ルート全線開通によるダイヤ改正により 1.「有明」は通勤・通学対応や新幹線の運行時間の兼ね合いから、博多駅 - 長洲駅間下り3本・上り2本(上り1本は博多駅から普通列車として吉塚駅まで乗り入れ)、博多駅 - 熊本駅間1往復、計下り4本・上り3本の運行で存続。

以上、Wikipediaの記事から抜粋してますが、鹿児島本線のヌシ的位置づけだった時代もあれば、DLに牽引されて豊肥本線に乗り入れたり、気動車と併結運転をしたりと結構、話題の多い特急であったことが分かります。

1980年、1984年の改正を経て、編成が短縮化されていったのですね。1985年の九州旅行で、もう一度有明を撮っていますが、その頃は、短編成化でクモハ485とクロ480の時代になっていました。

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