2012年12月26日 (水)

1977/3 山陰、九州、そして瀬野八へ 18 瀬野八を行く電車

当時の山陽本線、広島付近では80系、113系がローカル電車として活躍していました。

今回は貨物列車撮影の合間で撮った電車の写真を載せます。
80_86300_770319_2
全金製のクハ86300代を先頭とする80系の編成でなんと10両以上繋がっています。広島地区は1985年のダイヤ改正で全国に先駆けて広島City電車が導入され短編成のフリークエントサービスが取り入れられましたが、それまではこういった電車が走っていたのですね。

113_770319_2
こちらは湘南塗装の113系6連ですが、ついつい113と云ってしまいますが、1977年3月当時の配置表では広ヒロにはモハ113ユニットは配置されておらず、モハ111ユニットが30ユニット配置されています。

113_111476_or_477_770319_2
そしてこちらは同じく111系の編成ですが、上の写真と見較べて気がつかれた方もいらっしゃるかと思いますが、塗り分け線の位置が高い!! そうです、横須賀線の塗り分けの位置でオレンジと緑を塗り分けてしまった珍塗装の編成です。クハ111-476、477の編成だと思います。

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2012年12月 1日 (土)

1976/3 関西へ 4 阪和線3 気動車特急「くろしお」急行「きのくに」他

阪和線と云えば、大阪・天王寺~和歌山ですが、和歌山から先、紀伊半島をぐるりと回って亀山や名古屋に至る紀勢本線へ、あるいは和歌山から紀伊半島の中心部、奈良へ至る和歌山線への連絡もあり、気動車列車が運行されていました。

まず、代表的な列車である特急「くろしお」および急行「きのくに」の歴史を

1965年3月1日に天王寺駅 - 名古屋駅間を阪和線・紀勢本線・関西本線経由で運行する列車(1往復)として運転を開始したのが始まりのようです。列車運行開始時には白浜や新宮はまだ国内新婚旅行需要が大変大きく、キハ80系でも異例の1等車(現在のグリーン車)の3両連結運転も実施され、食堂車も連結していました。この改正で特急「あすか」も東和歌山駅 - 名古屋駅間(関西本線経由)で運転開始(1往復)しています。

10月1日きのくに」1本が白浜駅 → 新宮駅間で運転区間を延長されました。

←東和歌山    受け持ちは和歌山機関区 天ワカです。
DcDsDsDdDDDc×2 所要2
くろしお(1)、あすか(1)
 東和歌山7021054名古屋12102059天王寺
 天王寺9101800名古屋18402237東和歌山

DsDDc×1 所要1
くろしお(付属1)
 天王寺9101345新宮16242059天王寺

Dc×1 D×1 Ds×2 Dd×1 
(確かに「くろしお」の編成は基本編成と付属編成併せると一等車が3両ですね。

面白いことに、「くろしお」の愛称は黒潮に由来することから、太平洋に面した地域を走る優等列車に付けられることが多く、1961年10月より四国の高松駅 - 窪川駅間を運行する急行列車「黒潮」(現在の「南風」「しまんと」に相当する)、1963年10月より、房総半島で両国駅 - 安房鴨川駅間を走る準急列車「くろしお」(現在の「わかしお」に相当する)、と3つの「くろしお」が共存することがあったのですね。1965年10月、四国の「黒潮」が「南風」に、房総の「くろしお」が「外房」にそれぞれ改称され、「くろしお」の3重複はこの時解消した様ですが、国鉄時代だからこそ、すんなり解消したのかも知れませんが、今みたいに会社が別だったらどうなっていたのでしょうか。

1966年3月5日 準急制度改変に伴い、「はまゆう」「しらはま」「南紀」「きのくに」「はやたま」が急行列車に格上げ。「くろしお」が串本駅に停車するようになる。

1967年10月1日のダイヤ改正に伴い、「くろしお」の天王寺駅 - 白浜駅間と、天王寺駅 - 新宮駅間で1往復ずつ増発され、3往復になりました。また「くろしお」の列車号数を下り天王寺駅行きを奇数、上り名古屋駅行きを偶数としました。関西本線経由の特急「あすか」が設定から2年半で廃止されました。

DcDsDsDdDDDc×3 所要2
くろしお(1)
 天王寺9101752名古屋
 名古屋12101816天王寺

DcDsDDDDc×3 所要3
くろしお(2)
 天王寺10001241白浜14001642天王寺
 天王寺12301705新宮
 新宮11001530天王寺

Dc×1 D×2 Ds×1

1968年10月1日のヨンサントオのダイヤ改正により、「くろしお」列車号数を上り名古屋駅行き方向偶数、下り天王寺駅方向奇数とする符番から上下列車ともに出発順に符番する方式に戻しました。季節列車として天王寺駅 - 白浜駅間と天王寺駅 - 新宮駅間で1往復ずつ増発されました。ただし、天王寺発白浜行の定期列車が白浜駅 - 新宮駅間を延長運転して増発。この時点で、「くろしお」は5.5往復(季節列車を含む)に。和歌山駅を発着し紀勢本線内で完結する急行列車のうち、阪和線・南海線直通の急行列車の名称として「きのくに」の名称が与えられました。これにより、「きのくに」は定期列車では天王寺発10本、天王寺行き8本、季節列車3往復、難波駅発着は定期列車3往復、季節列車1往復になりました。

DcDsDsDdDDDc×3 所要2
くろしお(1)
 天王寺9101752名古屋
 名古屋9351816天王寺

DcDsDDDDc×4 所要4
くろしお(4.5)
 天王寺10001239白浜1436新宮14551937天王寺天王寺12551528白浜16581937天王寺
 天王寺10551328白浜14001634天王寺
 天王寺12251703新宮
 新宮9301357天王寺14301710白浜18002041天王寺

Dc×1 D×2 Ds×1

1969年10月1日「きのくに」が天王寺駅 - 白浜駅間で臨時列車1往復増発。

DcDsDsDdDDDc×3 所要2
くろしお(1)
 1968.10~と同じ

DcDsDDDDc×4 所要4
くろしお(4.5)
 天王寺10001239白浜1436新宮14551937天王寺天王寺12551527白浜17021937天王寺
 天王寺10551328白浜14001635天王寺
 天王寺12251703新宮
 新宮9301357天王寺14301713白浜18002040天王寺

Dc×1 D×2 Ds×1

1970年10月1日のダイヤ改正により、「くろしお」の白浜発天王寺行が季節列車として1本増発。天王寺駅 - 白浜駅間の「くろしお」1往復が季節列車化。

DcDsDsDdDDDc×3 所要2
くろしお(1)
 1968.10~と同じ

DDDc×2 所要2
くろしお(付属1)
 1970.3~と同じ

DcDsDdDDDDc×5 所要5
くろしお(5)
 天王寺10001239白浜1436新宮14551937天王寺
 天王寺10551328白浜14001635天王寺
 天王寺12551725新宮/紀伊勝浦14231859天王寺
 天王寺12251703新宮
 新宮9301357天王寺14301713白浜18022040天王寺

Dc×1 Ds×1 Dd×1

1972年3月15日のダイヤ改正により、「くろしお」は白浜駅発着列車が新宮駅発着に変更し、新宮駅発着4往復(1往復は季節列車)、名古屋駅発着1往復の6往復になりました。

DcDsDsDdDDDc×3 所要2
くろしお(1)
 天王寺9101752名古屋
 名古屋9351815天王寺

DDDc×2 所要2
くろしお(付属1)
 天王寺9101752名古屋
 名古屋9351815天王寺

DcDsDdDDDDc×5 所要5
くろしお(4)
 天王寺10001422新宮15001937天王寺
 天王寺12251705新宮/新宮11001545天王寺
 天王寺16002021新宮
 新宮8001230天王寺13001732新宮
 新宮12001638天王寺

Ds×1 Dd×1

10月2日「きのくに」の1往復を「くろしお」に格上げ、天王寺駅 - 白浜間1往復増発。「くろしお」は6往復(1往復は季節列車)になりました。 増発用車両は日本海縦貫線の電化完成に伴い「いなほ」「ひたち」運用から捻出されたキハ80系でボンネット型先頭車のキハ81形も含まれていました。同車は名古屋駅発着の1往復に限定運用されキハ81形最後の使用列車となりました。

DcDsDsDdDDDc×3 所要2
くろしお(1)
 天王寺9101752名古屋
 名古屋9351810天王寺

DDDc×2 所要2
くろしお(付属1)
 天王寺9101752名古屋
 名古屋9351810天王寺

DcDsDsDdDDDc×5 所要5
くろしお(5)
 天王寺10001426新宮15001937天王寺
 天王寺12251707新宮/新宮11001542天王寺
 天王寺8401113白浜12451517天王寺16002018新宮
 新宮8001228天王寺13001733新宮
 新宮12001638天王寺

DDDc×3 所要3
くろしお(付属3)
 天王寺10001229白浜14071638天王寺
 天王寺12251455白浜16581937天王寺
 天王寺13001531白浜1733新宮/新宮11001542天王寺

Dc×1 D×1 Dd×1

1973年10月1日のダイヤ改正により、伊勢線開業に伴い、天王寺駅 - 名古屋駅間の「くろしお」「紀州」は亀山駅経由から伊勢線鈴鹿駅経由に変更され、約20分の時間短縮。

DcDsDsDdDDDc×3 所要2(臨時+1)
くろしお(1)(臨時+1)
 天王寺9101742名古屋
 名古屋9501812天王寺
 天王寺9221336紀伊勝浦14181836天王寺

DDDc×2 所要2
くろしお(付属1)
 天王寺9101742名古屋
 名古屋9501812天王寺

DcDsDsDdDDDc×5 所要5
くろしお(5)(臨時+0.5)
 天王寺10001428新宮15201957天王寺
 天王寺12251707新宮/新宮11001545天王寺
 天王寺8401114白浜12451517天王寺16002023新宮
 新宮8001228天王寺13001733新宮
 新宮12001636天王寺16581931白浜

DDDc×3 所要3
くろしお(付属3)
 天王寺10001230白浜14061636天王寺
 天王寺12251457白浜17271957天王寺
 天王寺13001533白浜1733新宮/新宮11001545天王寺

Dc×1 D×1 Dd×1

1976年3月1日「くろしお」の全列車に普通車自由席が設定されました。

DcDsDsDdDDDc×3 所要2(臨時+1)
くろしお(1)(臨時+1)
 天王寺9101742名古屋
 名古屋9501814天王寺
 天王寺9191336紀伊勝浦14181838天王寺

DDDc×2 所要2
くろしお(付属1)
 天王寺9101742名古屋
 名古屋9501814天王寺

DcDsDsDdDDDc×5 所要5
くろしお(5)
 天王寺10001428新宮15201958天王寺
 天王寺12251707新宮/新宮11001547天王寺
 天王寺8401117白浜12451516天王寺16002024新宮
 新宮8001229天王寺13001733新宮
 新宮12001637天王寺

DDDc×3 所要3
くろしお(付属3)
 天王寺10001231白浜14061637天王寺
 天王寺16001833白浜
 白浜9561229天王寺13001533白浜17271958天王寺

Dc×1 D×1

1978年10月2日紀勢本線和歌山駅 - 新宮駅間の電化完成に伴い、「くろしお」は新宮駅を境に以下のように系統分割されました。天王寺駅 - 白浜駅・新宮駅間の381系電車によるエル特急「くろしお」。 天王寺駅 - 白浜駅間2往復(1往復は季節列車)、天王寺駅 - 新宮駅間7往復(1往復は季節列車)。一部は改正前の9月下旬よりダイヤで先行して投入されました。御坊駅にすべての「くろしお」が停車するようになりました。 これによりキハ81形気動車の定期運用は終了しました。2両連結されていたグリーン車は1両に削減され、食堂車が全廃。名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間運行の気動車特急「南紀」(3往復)となりました。「きのくに」は天王寺駅 - 新宮駅間で下り6本・上り5本、天王寺駅 - 椿駅間で1往復、天王寺駅 - 白浜駅間で下り5本・上り6本、天王寺駅 - 紀伊田辺駅間で1往復、紀伊田辺駅 → 新宮駅間で上り1本になる。ただし、南海線乗り入れ車両が気動車のみであったことや、参宮線鳥羽駅直通列車が存在したことで気動車での運行となる。また、紀伊田辺発新宮駅行の「きのくに」2号が設定される。日本全国で在来線列車の号数を下り奇数・上り偶数とした。これにより、紀勢本線の終点となる和歌山市駅(→天王寺駅・難波駅)方向は奇数、起点となる亀山駅(→名古屋駅)方向となる列車には偶数の符番がなされた。

と例によってWikipediaのくろしおの記事中の「大阪対南紀直通優等列車沿革」から抜粋しました。面白いのは1967年の改正で「くろしお」の列車号数を下り天王寺駅行きを奇数、上り名古屋駅行きを偶数としていること(よんさんとうでは元に戻されていますが)、紀勢本線の上り下りの向きが1978年の改正では亀山起点、和歌山市終点とされていたのが、1989年の分割民営化以降では、天王寺発が下り、になっていることですね。JR西日本のスタンスの反映に様に思えます。さらにキハ80系の編成、運用は「キハ80系の動き 配置および編成・運用の移り変わり 和歌山」の情報を参考に致しました。

さて、今回の1976年3月の旅のひとつの大きなターゲットが「くろしお」で活躍中のキハ81を撮影することでしたので、その写真をアップします。

81_7603_2_2

キハ81 和歌山にて

キハ81形の姿を撮影するのは1975/1/2の名古屋以来、一年ぶりでしたが、この編成においては4両目にキハ82が入っており、反対側のエンドはキハ82形でした。

82_7603
81_2
一方、こちらは天王寺発名古屋行き.特急「くろしお2号」で両エンドともにキハ81形でした。

81
キハ81形 鳳にて
81_7603
キハ81形 熊取にて

こちらはキハ81を含む3両が名古屋側に付いた編成で、天王寺側はキハ82でした。

といったようにくろしお5号、2号は両エンドキハ81、さらに片エンドキハ81が2両と6両がフル稼働状態でした。

続いて、キハ58形の「きのくに」です。

どちらも時間等を確認できないので恐らく「きのくに」であろうという写真ですが、
58_801213キハ58形 和歌山 1980/12/13
58_801213_2
キハ58形 鳳 1980/12/13

本日のテーマとはちょっと離れますが、同じ時に和歌山で撮った写真に和歌山線の気動車の写真もありましたので載せます。
76_7603_4和歌山線 キハ35形 

58_1_7603
和歌山線関係でもう一枚、当時和歌山線を経由して京都・名古屋~白浜・新宮を結んでいた急行「しらはま」です。 橋本 1976/3

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2012年11月26日 (月)

1976/3 磐田へ EF18について

今回は1976年3月、大学2年の春休みの撮影旅行について書いてみます。1975年3月に「高千穂・桜島」に乗車して東海道を旅したとき、これで昼の東海道をゆっくり旅するのもお終いかと感じたものでしたが、1976年の春は東海道を磐田まで各停で行き、当時まだ現役で活躍していた浜松区のEF18を撮影、その後、関西まで足を伸ばして、阪和線で貨物列車牽引に活躍していた竜華区のED60, ED61, EF15, EF58を写し、さらに関西地区の旧形国電を撮影するといった旅をしてしまいました。当時まだ青春18切符はなく、関西周遊券を利用した旅でした。ちなみに青春18切符の登場は1982年春からとのことです。

まずはEF18の簡単な歴史から、

1949年EF58の製造中にドッジラインの影響でその製造が中断された機関車5機がありました。32~34の3機と35,36の2機の計5機で、後の2機は35,36として無事EF58 となって世に出ましたが、32~34の3機は歯車比を20:83=1:4.15に改め(一般のEF58は28:75=1:2.68)、さらに死重15トンを搭載して貨物用機関車としてデビューしました。これがEF18です。EF58 35 36に関しては側窓が通常の機関車より2枚多い7枚窓の異形車体で活躍したことは有名です。本来なら貨物機の番号順ではEF17のはずで、さらにEF58の番号も欠番にはならないはずですが、欠番で残されたのは将来EF58に戻す予定であったのだろうと推察されています。

1951年3月に就役し、沼津~浜松間の貨物用機として沼津機関区に配属となりましたが、32、33は配属後すぐに福島第二機関区に転属となり、1952年3月までの2年弱の間EF16のピンチヒッターとして活躍しています。1953年11月に全機、浜松区に転属、1979年の廃車まで同区のヌシとして活躍しました。

形態的には1960年代半ばまでに33を除いて標識灯を埋込式に、先台車の担いバネを板バネ式からコイルバネへ、さらに33はよろい戸をビニロックフィルター式に変更しました。

以上の記事は「最盛期の国鉄車輌8 直流旧型電気機関車(下) (NEKO MOOK 1667)浅原 信彦 (著) 」のEF18の項の記事を参考に書いています。

私は「電気機関車 快走」でEF18が磐田~浜松周辺で貨物運用に就いていることを知り、是非この特異な経歴を持つ機関車を撮影しておかなくてはと思い、東海道各駅停車の旅でEF18撮影行を思いついた次第です。
80_86200_760300
東海道各停で活躍していた80系 クハ86200番台

当時の東海道は80系がまだ頑張っていました。磐田駅は結構、大きな貨物駅でEF18だけでなく、EF60の貨物列車も停車していました(ヨが2両の編成でしたが)。
Ef60_24_760300

EF60 24 貨物列車

そうかと思うとEF66牽引のコンテナ貨物が音もなく接近して通過していったり、
Ef66_12_760300EF66 12号機 牽引のコンテナ列車

先日のEH10の特集で紹介した写真の様にEH10 27号機がモーター音の唸り音を聞かせながら通過して行きました。

一方で、お目当てのEF18は32号機がいつ動き出すとも判らない静かな状態で入れ換え作業行っていました。それではオーバーですが、人生でただ一度の機会に遭遇できたEF18の写真を。Ef18_32_7603


Ef18_32_7603_2
Ef18_32_7603_3_3
Ef18_32_7603_4

Ef18_32_7603_3_2

 

Ef18_32_7603_3

 

磐田で無事EF18を撮影した後は浜松まで各停の旅を続け、そこから新幹線で米原へ向かいました。本当は米原まで各停で行くつもりでした。今だったら、豊橋まで行けば名古屋地区の快速列車の充実で大垣まではスピィーディに行けますが当時はそれがなかったもので、先の時間を考えて安直に新幹線を利用してしまいました。

あの頃は浜松駅で何気なく撮った0系新幹線ですが、今となっては結構懐かしいので、写真を載せておきます。

0_7603
0_7603_3_3

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2012年11月12日 (月)

1975/3 関門・関西へ 9 下関ローカル

当時、下関や小倉で観ることができた特急として、「まつかぜ」や「にちりん」がありますが、これらは1975.3の改正後も存続し、1977.3の中国地方、九州北部旅行で写すことが出来たので、その時の記事で紹介することとして、今回は当時下関で写すことができたローカル車輌を何点か紹介致します。

まずは、宇部線、小野田線の旧型国電です。葡萄色の車体に黄色の警戒色のスタイル、3枚扉でドア間の窓の数が6であることからクモハ51かと思いました。半流型の車体で里山工房さんのサイトにあるクモハ51のお写真
http://satoyama.in/auto/sharyo/auto595.htmlと見比べるとクモハ51先頭でクモハ51+クハ55の2連を繋げた4連かと思われます。奥の方のホーム(8番線)に上り「あさかぜ1号」14レ16:05発が入線しているので、午後4時前後か思われます。
41_2
因みに1975.3.31時点での宇部・小野田線関係の配置表では
クモハ12 027
クモハ40 023, 067
クモハ41 019, 022, 024, 026, 031, 042, 046, 050, 051, 052, 082, 083, 084, 126
クモハ42 001, 005, 006
クモハ51 031, 036, 040, 041
クハ55    009, 022, 036, 046, 052, 053, 073, 081, 090, 094, 111, 113,320, 324, 328, 340 
の計41両が配置されていました。

小野田線のクモハ42は本山支線のホーム長の関係で2003年3月14日まで残され、最後の旧国として話題になりました。

続いて、山陽本線関係では80系が活躍しており、1949年末から製造された初期車(クハ86001 - 86020)のうちの一両を先頭とした編成も頑張っていました。

86000_750305_2
さらに300番台、全金製のクハもいました。
80_86300_750305_2
また、前面はあの頃デビューした103系の高運転台車にそっくりで側面は種車のサロそのもののクハ85もいました。
85300_750305クハ85形先頭の山陽本線普通電車と並んだ421系電車

東京や大阪の大都市圏輸送に活躍した車輌が、運転台取り付け改造を経て、第二の人生を歩む姿は今も同じです。

因みに1975.3時点で初期型3枚窓のクハ86001-020は全て健在で
名カキ(004, 019)
岡オカ(003, 007, 008, 009, 014, 018)
広ヒロ(002, 005, 010, 011, 013, 015, 017)
広セキ(001, 006, 012, 016, 020) に配置されていたのですね。

今から思えば、なんどもっと旧国をきちんと撮っておかなかったのかと思いますが・・・

代わって、九州から乗り入れてきていた421/415系です。421/415系は北九州地区の中距離電車として活躍が始まる前から151系の九州乗り入りれのエスコート役としてED73からの電源を供給するサヤ420としての活躍が全国的に知れ渡っておりました。なんと今日に至るまで関門トンネルを潜って本州側に顔を出す九州のローカル電車は421系~415系系列に限られています。果たしてJR九州は後継の交直流車輌を作るのでしょうか?

このときは高運転台車しか撮っていませんが、後年の九州旅行でオリジナルの低運転台車も撮りました。

後年、門司発の山陰線直通DC列車というのを見たことがありますが、このときはDF50やDD51牽引の客車列車が走っておりました。
Df50_528_750305DF50 528に牽引されて下関を出発する山陰本線普通列車
Dd51_665_750305DD51665号機に牽引されて下関に到着した山陰本線普通列車

ここでDF50に関する豆知識(Wikipediaによる)

製造:1957年に先行試作車が製造され、以後1963年まで増備された。
国鉄のディーゼル機関車の中では初めて本格的に量産ベースに乗った形式
発電用のディーゼルエンジンと駆動用のモーターを搭載した電気式

番台区分:
0番台>三菱重工業がスイスのズルツァー社のエンジンをライセンス生産した直列8気筒直噴式の8LDA25A(1,060馬力)を搭載したもの、65両
500番台>川崎重工業と日立製作所がドイツのMAN社のエンジンをライセンス生産したV型12気筒予燃焼室式のV6V22/30MA(1200馬力)を搭載したもの、73両

【問題点】
電気式のため、全車軸を駆動軸にできることから粘着力は高く、勾配では空転を起こさずに登坂できたが、反面、元々の出力が低すぎ、著しい速度低下をきたした。このため、急勾配区間での貨物列車牽引では重連仕業を強いられた。また、平坦区間でも出力の余裕に乏しく、走行性能面は、従来使用されてきた亜幹線用の蒸気機関車と同程度に留まった。
駆動方式が電気式で搭載機器が多い上、国外メーカーライセンスのエンジン搭載という制約もあって製造コストが高すぎ、無煙化のために大量増備するのに適した機関車とは言えなかった。

【経緯】
1962年には1,000馬力級エンジン2基を搭載した強力な液体式機関車のDD51形が登場する。出力の割には製造コストを抑えられるDD51形がほどなく量産ベースに乗るに従って、重量級列車や高速列車の牽引が多い主要幹線にはDD51形が導入され、DF50形は順次、比較的軽負荷な運用の多い亜幹線に転用された。昭和50年代に入ると電化の進展もあって多くが廃車となった。

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2012年11月 2日 (金)

1975/1 名古屋へ 2 名カキの東海道ローカル

東海道線で活躍していた大垣区のクハ86の三枚窓の基本タイプ、湘南形、全金製の300番台の写真と今では存在すら記憶から遠ざかってしまったクハ164形式などを紹介したく思います。

<80系電車>

国鉄80系電車は、国鉄が1949年に開発した長距離列車用電車形式群の総称です。
いわゆる「湘南電車」の初代車両であり、太平洋戦争後に東海道本線東京地区普通列車をラッシュ対策のために電気機関車牽引の客車列車からの置換えを目的に、当初から長大編成組成を前提として開発・設計されたものです。
それまでは客車列車を輸送の本流として扱い、電車は補助的なものと捉えていた国鉄が、電車による長距離大量輸送に耐えることを実証した車両で、走行性能で大きく凌駕し、居住面でも初めて肩を並べました。結果的に日本の鉄道(特に国鉄)を世界に例のない「電車王国」とするきっかけとなり基本構想は東海道新幹線の実現にまで影響を及ぼしました。

基本的なメカニズムは大正時代から引き継がれて来た国鉄電車の伝統的設計の延長上にありましたが、内容的には大幅な強化・刷新が図られ70系・72系全金属車体車とともに、あらゆる面から「国鉄における吊り掛け駆動方式旧形電車の集大成」と呼ばれる存在となりました。

1950年から1957年までの8年間にわたり、大小の改良を重ねつつ合計652両が製造され、普通列車・準急列車用として本州各地の直流電化区間で広く運用されましたが、1983年までに営業運転を終了し形式消滅しました。

<車体>

基本的共通事項として、乗降を円滑にするため幅1m(サロ85形は700mm)の片開き片側2ドア客用扉と車端部デッキを備え、を採用しました。

当初は台枠構造の簡略化で軽量化を図った程度で、初期の半鋼製車では窓の高さが客車や従来の電車よりも若干高い設計でした。しかし、引き続き改良も実施されており、通風器が初期車での大型砲金製風量調節機能付から、2次車では製造コスト低減のため皿形の簡素なものになるなどの変更点もあります。

なお、設計変更も含む大改良のため以下の番台区分も実施されました。

100番台(クハ86形・サハ87形)・200番台(モハ80形) 1956年の東北・高崎線用増備車。 耐寒設計の導入
座席間隔と座席幅を拡大
側窓枠を木製からアルミ合金製に変更
サロ85形は番台区分未実施だが1段下降窓に変更(85032 - 85035)
300番台 1957年・1958年製の最終増備車。 セミ・モノコック構造の全金属車体の採用
車体側面窓上下のウィンドウ・シル/ヘッダーを廃して窓も大型化
内装の完全全金属化と当初から蛍光灯照明を採用
サロ85形に専務車掌室・車内販売用控室の設置

<台車・主電動機・主制御器>

台車・主電動機・主制御器などは、1947年以降も戦時設計ながら戦後も大量増備されていた63系通勤形電車に試験搭載され改良を重ねて来た新技術が活かされています。
大出力主電動機搭載の長所を活かし、当初は編成内MT比2:3で起動加速度1.25km/h/sとする経済編成を基本とし、通常運転の最高速度は95km/h(後年は幹線区で100km/h)・設計最高速度は110km/hとしました。なお1955年には東海道本線での速度試験でMT比4:1の特別編成が、125km/hの最高速度を記録しています。

当時の国鉄電車用として最強であるMT40を搭載しました。
戦前からの標準型のMT30をベースに絶縁強化・冷却風洞装備などの改良を施したMT40は、端子電圧差を考慮すると実質的な性能はMT30とほぼ同等ですが、冷却機構の強化などで信頼性が向上していました。

歯車比は同じMT40を装架する通勤形電車である63系の2.87に対し高速性能を重視した2.56とし、1時間定格速度は全界磁時56.0km/h・60%弱界磁で70.0km/hとなりました。

1949年度製造の初期形では設計開発が間に合わず、戦前から長らく国鉄標準機種であったCS5A電空カム軸式制御装置を暫定的に搭載しました。

1951年度製造車からは、63系での試作開発結果を受けて開発されたCS10電動カム軸式制御装置に変更されました。

クハ86形(クハ86001- 86080・86082・86084・86100 - 86142・86300 - 86373・86375) トイレ付の3等制御車。定員は基本番台が79人、100番台と300番台が76人。

80_86000_750102

1949年末から製造されたクハ86001 - 86020は運転台正面が従来のモハユニ61形などのデザインを踏襲した非貫通3枚窓構成で落成しました。クハ86015は、1959年に衝突事故後復旧工事で正面左右の窓がパノラミックウインドウに施工された異端車です。<追記>同車は約10年後の1969年6月にはオリジナルスタイルに再改造され、1978年1月17日に廃車となっています。

86200_750102

1952年度製造のクハ86061- は正面窓がHゴム支持による車体直結の固定窓となったほか、80136 - 80140の偶数車はMGを搭載。また1957年以降の製造車では両渡り構造を採用しました。

86300750102
クハ86 300番台車 全金属製

大垣電車区は田町区、宮原区の1950年に続いて1955年から80系が配置されており、1977年に80系の配置は終了しました。80系電車の廃車は1976年度の大垣区のクハ86 004 049 から開始されており、1975年時点では全車健在だったのですね。

<165系の異端車クハ164>

1647_750102

1647_750102_2_5

1965年の山陽準急増発で下関運転所(現・下関総合車両所)所属車は165系と153系を混用していましたが、165系編成の先頭車にクハ153形を組み込むと勾配抑速ブレーキが使えなくなるという問題があり、車種統一も兼ねて1966年にクハ153形0番台車8両を幡生工場で改造施工されました。
主幹制御器をMC37A形に、制御用ジャンパ連結器をKE57A形からKE64形に交換。
外観はクハ153形と変わらず種車が低運転台構造の初期車のため塗装も153系時代のまま正面に緑が回らない塗り分けの異端車となりました。

山陽新幹線岡山暫定開業後の転出入では以下の転出が行われた。
1・2→大垣電車区(現・大垣車両区)
3・4→岡山電車区→大垣電車区
1 - 4は1974年から1975年にかけて宮原へ再転出。本系列で唯一非冷房のまま1979年 - 1980年に廃車。
5 - 8→宮原電車区(現・網干総合車両所宮原支所)
1972年に5 - 7が吹田工場(現・吹田総合車両所)で、1976年に8が長野工場(現・長野総合車両センター)で冷房化改造を施工されたほか、5・7は前面強化と前照灯のシールドビーム化改造も施工。
宮原所属車は1973年に神領電車区に転出し、中央西線の「きそ」などで運用された後の1975年に大垣に再転出。「東海」「伊那」「富士川」などで運用されたが1983年に廃車されて形式消滅した。      クハ153-1・2・17 - 20・25・26→クハ164-1 - 8

(Wikipediaの記事を参考にしました)。

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