2025年1月17日 (金)

海保機・JAL機 羽田空港衝突事故とJeju航空機事故に関して (続報)

2024年に起こった2つの大きな航空機事故に関して、前者は昨年12月27日の記事で、後者に関しては今年1月8日の記事で触れましたが、前者に関しては160頁弱(本文は135頁)の事故調査の経過報告書(令和6年12月25日運輸安全委員会)を読み返し、気づいた点を整理しました。後者に関しては事故機の残骸から回収されたフライトレコーダー(FDR)・ボイスレコーダーCVR)に関してアメリカで解析を行ったところ、衝突4分前に両レコーダーの記録が止まっており、最後の4分間のデータが記録されていなかったというニュースがありました。。

羽田空港衝突事故ですが、報告書では海保機をA機、JAL機をB機とし、他、衝突時刻、離陸、着陸準備にあった機をC,D機としています。この記事では引用文(” ”で囲まれた文章)内の記載もA機を海保機、B機をJAL機としました。

”スポットN957へのトーイング中に、機上整備員Aが補助動力装置(以下「APU」という。)を始動させ、APUジェネレータ(以下「APU GEN」という。)を海保機の電源系統と接続したところ、APUが停止した。”

海保機はエンジンの始動の際に電源を供給するAPU-GEN(APUジェネレーター)のコントロール・ユニットが不調で羽田出発の際に上記のようなトラブルが発生していました。新潟空港を経由して小松空港へ、さらに羽田空港に戻る際にそれぞれの空港でエンジンを始動する際に電源を如何にして確保するするか、新潟空港、小松空港で電源車を借用できるか否か、海上保安庁本庁対策本部及び第三管区海上保安本部の担当者の調整待ちで出発することになりました。

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海保機のタキシング経路 (経過報告書7頁の図1から)

海保機は17時32分頃、スポットN957を離れ、RWY34Rからの離陸に向けタキシングを開始しました。新潟空港までの飛行計画は
計器飛行方式、巡航速度:230kt、巡航高度:12,000ft、経路ROVER~AKGI~Y372(RNAV)~KALON~Y37(RNAV)~GOSEN 所要時間70分 燃料搭載量:6時間30分、搭乗者数6名 でした。

操縦室に機長(PF飛行を担当)左操縦席、副操縦員(PM通信、計器のモニターを担当)右操縦席、機上整備員が後方中央のオブザーバー席に、機上通信員、機上探索レーダー員、航空員が客室に

 タキシング中、まずタワー西とコンタクト、17時44分13秒、グランド東へ、誘導路HからCへ右折、ここからタワー東とコンタクト、この時点で誘導路C上には先行機が2~3機、後続機が1基おり、機長は先行機の離陸後に順番が回ってくると考えていました。17時45分14秒、タワー東から誘導C5の停止位置が指示され、離陸順番が1番目の趣旨で

”「No.1, taxi to holding point C5」” と伝達され、指示を復唱、誘導路C5に向けてタキシングを継続

機長の記憶では

”「Runway 34R, line up and wait, you are No.1(滑走路34Rに入って待機してください。あなたの離陸順位は1番です。)」と言われたと ”

”機長Aは、離陸する他の航空機が誘導路C1に向かっている流れの中で、自機に誘導路C5の指示が来たことについて、運航情報官に飛行計画書を提出したときに自機の飛行目的が震災支援物資輸送であると伝えてあったため、それが航空管制官に伝わっており、離陸の順位を優先してくれたのだと思った。機長Aは、誘導路C5から滑走路34Rに進入した場合に離陸に使用できる滑走路の残距離が海保機の必要離陸距離に十分であることを、副操縦員Aと共に確認した。”   

一方、羽田基地を出発する前の懸案事項だった、新潟、小松空港での電源車の確保に関して、小松空港での電源車の借用は不可能であることがわかり、基地から機長にその旨が伝えられました。代替手段として着陸後、右エンジンを停止せずに回したままにしておくことで電源を確保する手段も連絡されました。機長は管制とのコンタクトと基地とのコンタクトを傍受しており、さらにこの通信中に

”、機長Aの口述によれば、この無線のやりとりに一部重なるタイミングで、海保機に対してタワー東から「Runway 34R, cleared for take-off (滑走路34R、離陸支障ありません)」の許可があったと記憶しているとのことである。 ”

離陸許可が出たと判断した機長は

副操縦員に離陸前点検(Before Takeoff Checklist)を指示、副操縦員はBefore Takeoff Checklistを実施し、タキシング中は赤の点滅だったストロボライトを衝突防止灯(白色点滅)にかえています。これは空港監視カメラの映像にも記録されていました。

”17時46分46秒、海保機は、滑走路34Rの中心線上で離陸方向(北西向き)に正対して停止し(C滑走路南東端から560m付近)、17時47分27秒、滑走路34Rに着陸してきたJAL機と衝突した。”

不幸な偶然として、海保機がタワー東とコンタクトする前にJAL機の着陸許可が出されていたために、機長、副操縦員は着陸進入中のJAL機を認識していなかったことも挙げられます。さらに滑走路進入の際に注意を喚起する停止線灯が事故当時、老朽化のための更新工事で運用を停止していたのも「不幸な偶然」でした。

後から思えば、Intersection Depatureで先行機を追い越して離陸が許可される、能登半島地震の支援物資輸送という任務が優先されているという思い込みと、通信の輻輳という事態が重なり、大きなミスがこの時点で生じたのかと思われます。

衝突後、機長はエンジンが爆発したのかと思い、数秒間伏せた後、オブザーバー席の機上整備員、さらに副操縦員を探したが、姿は見えず、機内が燃えていたので、操縦席上部の非常脱出口から脱出、改めて5名の乗組員を探したが発見できませんでした。滑走路脇の草地から羽田基地に携帯電話でコンタクト、羽田基地から羽田特殊救難基地に連絡が入り、熱傷対応旧機材をの装備したSRT隊員などが現場に向かい、さらに空港事務所からも消防車、救急車が出動、機長は病院に搬送されました。

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羽田空港管制塔の管制卓配置図 (経過報告書12頁の図3から)

海保機とコンタクトしていたタワー東は17時42分ごろ、A滑走路を横断する海保機を認識、

”タワー東は、海保機は海上保安庁所属の航空機であるものの、捜索救難機のように優先的な取扱いの必要がない、物資輸送のための飛行であることを、事前に飛行計画を確認し把握していた。”

ここに海保機の機長の思い込みと管制官の認識の違いを見て取ることができます。

”17時45分10秒、グラウンド東から誘導路C上で通信移管された海保機が、タワー東を呼び込んだ。タワー東は、海保機に対し、離陸順位が1番であることを通報するとともに、海保機の前方に4機の出発機が並んでいたことから、海保機を予定どおりJAL機の着陸後、D機の着陸前に離陸させるため、海保機の位置から最も近い誘導路C5からのインターセクション・デパーチャーをさせることとして、海保機に対し誘導路C5の滑走路停止位置までの地上走行を指示した。海保機は、タワー東に対し、誘導路C5の滑走路停止位置へ走行すること、1番であることを復唱した。タワー東は、海保機の復唱に間違いがないことを確認し、海保機が誘導路C5へ走行していることを目視した。”

タワーが離陸機の順番をこのように割り振ったのは、東京ターミナル管制所羽田出域調整席の管制官(DF)から海保機の離陸のタイミングを相談され、国際線出発機であるC機の離陸の後にD機を着陸させると後方乱気流の影響を受けるので、JAL機の後に海保機を離陸させ、D機を下ろし、次いでC機を離陸させればその影響が少なくなると判断したからでした。そのために海保機をC5からRWY34に入れ、インターセクション・デハーチュアとしたのでした。

このJAL機とD機の着陸の合間に海保機を離陸させるために、D機に対しては着陸進入速度を下げるように指示、JAL機が着陸し、C5前を通過したらすぐに海保機を滑走路に入れ、待機するように指示するため、JAL機の動きを注視していました。このとき、海保機がC5停止位置で待ての指示に反して滑走路に進入していたのを見逃していました。

まさに衝突の15秒前にDFが空港面画面上で滑走路占有重複状態となっているのを2008年3月から導入された滑走路占有監視支援機能が示しているのを東京ターミナル管制所のDFが気付き、タワー東担当の管制官に”JAL機はどうなっているか(滑走路上に海保機がいるがJAL機の復行指示は出したかという意味で)”と問い合わせたものの、タワー東管制官はその意味が分からず対応しないうちに衝突に至りました。ただ、このシステムはこれまで「狼少年的に」滑走路の占有に重複がない状態でも注意喚起が出されるケースがしばしばあり、管制官側ではあまり信用されていなかったようでもあります。

JAL機から炎が上がるのを見た、タワー東管制官は空港事務所空港し、、保安防災課、運航情報官及び東京ターミナル管制所へ通報、着陸体制に入っていたD機に対しては復行を指示、全ての地上の航空機に対しては現在位置で停止を指示、JAL機から脱出した乗客の安全を確保するとともに事故対応車両及び人員の支障にならないように、駐機場所までの移動を指示、さらに東京ターミナル管制所は復行した航空機、および管制下にあった航空機に対し、成田国際、中部国際、関西国際空港等への目的地変更を行いました。

JL516便は16時27分に新千歳空港を離陸、機長のほか運航乗務員2名、客室乗務員9名及び乗客367名の計370名が搭乗していました。右操縦席にA350型式移行訓練中の副操縦士が着座、PFとして操縦を担当していました。機長は左席でPM業務を担当、訓練乗務員の指導を行っていました。さらにA350型副操縦士資格者(セイフティ・パイロット)1名がオブザーバー席に着座していました。

JAL機は新千歳空港から順調にフライトし、タワー東とコンタクトする前からRWY34Rは視認出来ていました。17時44分56秒にRWY34Rへの着陸許可が下りました。PF担当の訓練乗員は高度1140ftで自動操縦から手動操縦に切り替え、高度1000ftを通過した後、風向きが地上でも変わらないことを確認、進入を継続、セイフティ・パイロットは外部監視、管制交信のモニター、飛行諸元のモニターを行っていました。17時47分26秒ごろ、主脚が滑走路に接地、逆噴射のための操作を行い、着陸灯を点灯したとたん、小型の機体が正面に現れ、大きな衝撃が発生しました。最終進入中、3名の運航乗務員はRWY34R上を監視していましたが、滑走路上に小型機が止まっていることにはまったく気づきませんでした。

なぜ、JAL機は滑走路上に停止していた海保機に気づかなかったか、この点に関しては海保機の機体尾部の衝突防止灯、下部尾灯位置灯、垂直尾翼上部の上部位置灯がいずれも白色であり、Intersection Deoartureのため海保機が停止していた場所の周囲には滑走路に埋設された中心線灯、接地帯灯があり、これらも白色等であったことが原因として考えられます。


衝突時の対地速度は120kt(222km/h)、ピッチ角3.5度(上向き)、機種方位337度で前脚は接地していませんでした。

衝突後、操縦を機長が担当、ブレーキ操作を行ったが、減速は感じることがなく、機の進路が徐々に右にずれていったためステアリング及び方向舵で修正を試みるも操縦に応じた機体の動きはありませんでした。滑走路南東端から2118m付近で滑走路を東側に逸脱、草地を走行し、RWY16L用の進入角指示灯に接触、、滑走路34R南東端から2,298m、滑走路中心から東側に56m(滑走路長辺端から26m)の付近、機首方位はおおむね345°(磁方位)で、17時48分14秒ごろ、機体が停止しました。

機内では主脚が接地した直後、異常音が発生、何かに乗り上げる動きが感じられ、大きな減速を感じることはありませんでした。左右の主翼下面付近で火災が発生(乗客が視認)、前方から3番目の出口付近の客室内で異臭が発生し始めました。衝突後、客室乗務員は乗客に対し、「頭を下げて」と衝突防止姿勢を取るための指示を連呼、操縦室とインターホンで連絡を試みるもインターホンでの通話ができませんでした

機長は非常脱出を決定、そのための手順を開始、操縦室に来た客室乗務員から火災発生の知らせを受け、脱出指示装置を試みるも作動せず機内放送システムも使用できなかったため、大声で脱出を指示しました。左右のエンジンを停止する手順、消火剤の放出操作を行った結果、左エンジンは停止しましたが、右エンジンは停止せず、エンジンの作動状況について操縦室内の計器上に何の変化も起こりませんでした

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非常脱出で使用された出口 (経過報告書20頁の図7から)

各出口に配置された客室乗務員はそれぞれの担当出口の外部の状況を見て、L1,R1,L4以外の出口は火災の状況から脱出に適していないと判断し、17時51分60秒頃、L1,R1のドアを開放、脱出用スライドを展開し、乗客の脱出を開始しました。客室内に煙が充満してきたこと、周囲の状況の切迫を受け、L4出口も脱出可能と判断し、17時55分頃、L4ドアも開放され、周囲の乗客の脱出を指示しました。L1,R1からの脱出が340~350名程度、L4からが20~30名程度で、脱出の際に1名が肋骨骨折の重傷、軽傷が4名、12名が体調不良を訴え、医療機関を受診しました。海保機側は機長は火傷で重傷、他5名の死因は現時点では不明とのことです。

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海保機とJAL機が衝突した際の位置関係 (経過報告書70頁の図39から)

両機が衝突した際の位置関係は空港監視カメラの映像、JAL機のFDRデータや残骸の衝突痕から、上図のようであったと推定されています。海保機は胴体上部が激しく損傷、主翼、尾部が胴体から分離、上部後方からの圧力で押しつぶされた形で衝突地点から約90m先の滑走路上に擱座していました。JAL機は機種部分が海保機の尾部に衝突、操縦室床下の電気室の前方部分に大きな損傷を受けたようです。
幸いにも主脚が倒壊しなかったため、機体が横転や回転することなく、大きな進路変更を伴わずに停止することが出来ました。JAL機のFDR(フライトレコーダ)は衝突後約1.9秒後に記録を停止していました。これは、衝突の0.8秒後にFDRに電力を供給する115V AC EMER BUS1の出力が失われたことによると記録されていました。CVR(ボイスレコーダ)は機体が滑走路外で停止した5秒後に停止していました。、滑走路からの逸脱、停止時の衝撃によりCVRに電力を供給する28V DC EMER BUS2の電源が失われたか、EPDC又は周辺配線が損傷したことによる可能性が推定されています。
前脚は支柱の途中で折損、機体から分離し、衝突地点から480m先の滑走路上に脱落していました。支柱が残っていたため機首部胴体下面が滑走中、地面と接触することは避けられました。

これらの損傷が機体滑走、停止、脱出時の操縦性を失わせ、機内でのインターホンでの連絡を妨げた原因になったことは容易に想像できます。

海保機の5名の乗員の方々は誠に残念ですが、JAL機の乗客に犠牲者が出なかったことは正に不幸中の幸いであることがこの中間報告書からもよくわかりました。
亡くなった5名の海保機の乗員の方々の死因に関しては現在調査中とのことですが、5名の遺体は機内、機体周辺で発見されたとのことですが、衝突時になぜ機長だけ助かることが出来たのか、この点に関してはこの報告書では触れられていません。

報告書の末尾に海保機、JAL機の機内での会話の様子が記録されていますが、JAL機が衝突後、停止するまでの状態は、韓国でのJeju航空機の記録されなかった4分、バードストライク~電源喪失~胴体着陸~コンクリート壁に激突までの過程と似ており、あのコンクリートの壁さえなければあのような大事故にはならなかったのではと思う次第です。

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2025年1月 8日 (水)

2024年年末、海外で起きた2件の航空機事故に関して 後編 Jeju航空2216便、務安空港胴体着陸・衝突事故

昨日の記事で触れたアゼルバイジャン航空機の事故から僅か数日後の2024年12月29日、タイ・バンコクのSuvarnabumi空港を現地時間午前2時11分(UTC+7hr)に出発し、2時28分に離陸、韓国全羅南道務安郡のMuan International Airportに向かっていたJeju Air 2216便(7C2216: Boeing737-8AS HL8088, 乗客175名、乗員4名搭乗)が韓国時間午前8時54分、同空港RWY01への着陸を許可され、8時57分には管制官からバードストライクの危険性を警告されました。その2分後、パイロットからメーデーが発せられ、着陸復航し、旋回して反対側のRWY19からの着陸を試みることになりました。なぜかこの後、同機はランディングギアを下ろさない状態で胴体着陸をし、滑走路をオーバーランしてILSアレイが設置された外壁に時速約200kmで衝突、機体は分解・炎上し、搭乗者のうち、後部にいた乗員2名だけが命をとりとめ、179名が死亡するという大惨事となりました。

Hl8087-boeing-7378as-35018-3078-170529-n 2017/5/29 NRT HL8087
Jeju AirのB737-8は成田空港でもよく撮影しており、事故機と1番違いのHL8087の写真がありました。

事故を起こしたHL8088はcn37541/ln3012として2009年8月19日に初飛行、EI-EFRとしてアイルランドのRyanair にリース契約で同年9月4日に引き渡され、7年強在籍した後、2016年11月24日に返却、2017年2月3日からJeju Airがリース導入していました。

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2216便のバンコクからムーアンまでの飛行高度と対地速度の変化を示したグラフ Flightradar24 から

同便はUTC時間の19:30離陸し、約20分で高度34000ftに到達、暫らく同高度でフライトした後、36000ftに上昇し、着陸態勢に入るまで同高度を維持しています。ムーアン付近は渡り鳥が寄港地となっており、バードストライクの危険性は指摘されており、現にこの事故でも管制官がパイロットに警告を発していました。さらにバードストライクを起こして、エンジンが二つとも停止し、電気系統のトラブルが起こったとしてもランディングギアは副操縦士の座席後ろのひもをを引くことで通常よりは時間がかかるものの、自重で降りる仕組みとなっており、胴体着陸をしなければならなかったのが謎とされています。
恐らく、バードストライクの結果、最初は片側のエンジンの故障だけだったようですが、2個のエンジンが停止する事態となり、高度もかなり低かったことからパイロットはランディングギアが降りるのは間に合わないと判断して胴体着陸に踏み切ったのではないかと思われます。
同機が胴体着陸をしてランウェイ上を滑走する様子は動画として記録、放映もされていますがその先にILSを設置したコンクリートの壁が設けられていたことはこの事故を大惨事とした最大の要因と考えられています。

昨年1月2日の羽田空港C滑走路上での海保機とJAL機の衝突事故もJAL機が海保機と衝突した際に前脚が破損したものの、RWYをはみ出し、無事停止することができたために乗客乗員に死者が出ずに緊急脱出することができましたが前脚の破損で機体が横転や回転していたらどうなっていたかわかりません。
事故機から回収されたフライトレコーダー、ボイスレコーダーの解析はアメリカで行われるようですが、なぜ胴体着陸に至ったのかその辺の機内での判断が明らかにされることを望みます。

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2019年9月30日 (月)

2019/8/31 久しぶりの成田空港 その13 MIATモンゴル航空

MIAT - Mongolian Airlines

MIATとはモンゴル語のМонголын Иргэний Агаарын Тээвэр の頭文字で意味はモンゴルの民間航空輸送です。
社会主義国であったモンゴルにおいて旧ソ連から贈与されたY-13(ユンカースF.13)が民間・軍事供用の輸送機として1925年5月25日以来、活躍し、1946年には日本製フォッカースーパーユニバーサル(Nakajima Ki-6)7機とPo-2 1機で構成された民間航空運送隊が設立され、国内東部方面の運航が開始されました。
1956年初頭、アエロフロート・ロシア航空の援助により、An-2 5機が到着し、パイロット要員の訓練が開始、7月にはウランバートル~イルクーツク間で初飛行が行われました。1987年、アエロフロート・ロシア航空からリースしたTu-154Bを使用し、国際線の運航を開始、1992年には、かつて全日空から大韓航空に売却されたBoeing727-200を購入あるいは、寄贈され、国際線機材として投入しました。
1993年、100%株式は国が保有するものの、株式会社化され、経営の裁量権を獲得、1998年には騒音基準をクリアするためAirbusA310-300をリースで導入、2002年には老朽化したBoeing727-200の後継機としてBoeing737-800をリースで導入しました。2011年には中国東方航空のBoeing767-300ERをリースで導入、これによりアメリカ主要都市にも乗り入れるようになりました。2014年1月、全株式の49%が公開され、完全民営化が示されました。

Fleet List
Boeing 737-800 4機 C12Y150 EI-CSG EI-CXV JU-1015 JU-1088
Boeing 737MAX8 1機 C12Y150 EI-MNG 運航停止中
Boeing 767-300ER 2機 18C245Y EIーFGN 25C195Y JU-1021(唯一の自社保有機)

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2009/1/9 旧塗装時代のEI-CSG
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2019/8/31 EI-CXV

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2019年9月23日 (月)

2019/8/31 久しぶりの成田空港 その6 厦門航空のBoeing 737

Xiamen Airlines

厦門航空(アモイ航空、Xiamen Airlines、IATA:MF, ICAO:CXA, Call sign: Xiamen Air)は中華人民共和国福建省厦門を本拠地とする中国南方航空の傘下の航空会社で1984年7月25日、福建省、民航総局、厦門市の共同出資で中国国内線キャリアとして設立され、後に民航総局の株式は中国南方航空に譲渡されました。

やがてアジア地域へのネットワーク拡大に合わせ、Boeing787が導入され、2015年7月26日、初の大陸間拡張としてアムステルダム路線を開設、2015年11月30日にはシドニー、翌年にはメルボルン線が開設されました。北米方面へは2016年7月26日のバンクーバー線を皮切りに、シアトル、ロサンゼルス、JFKと続きました。
航空連合は2012年11月21日スカイチームに加盟しており、19番目のメンバーとなっています。コードシェア協定はAir France*, China Eastern Airlines, China Southern Airlines*, Garuda Indonesia, Japan Airlines, KLM* (Joint Venture Partner), Korean Air, Malaysia Airlines, Mandarin Airlines, Philippine Airlines, Vietnam Airlinesと締結されており、合弁協約は*の3社と結んでいます。

現在のFleet構成はBoeing 737-700, -800, MAX8, MAX10, Boeing 787-8, -9 で過去にはBoeing 737-200, -300, -500, Boeing 757-200 を運航していました。

今回の記事で紹介する737-800は138機運航中、3機発注中です。仕様は737-85C(WL)、-85N(WL)、-84P(WL)、-86FH(WL)、-86N(WL)があり、コンフィグはY184、C8Y156、C8Y162の3種類です。

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2017/6/9 B-5355 Boeing 737-8FH cn35104 ln2495

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2019/8/31 B-5657 Boeing 737-85C cn38394 ln4153

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2019/5/19 B-6485 Boeing 737-85C cn39913 ln 5481

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2018年6月 1日 (金)

Omaha in Nebraska より無事帰還 その2

往路で紹介した際にミネアポリス・セントポール空港を「1998年6月に利用した」と書きましたが、正確には1997年6月26日でした。
Nw_fleet9_70626_msp 1997/6/26
Dsc06014 2018/5/24
MSPのコンコースD上に設置されている小さなObservation Deckからの写真

かつてはノースウエストのハブで、97年の写真のようにCコンコース方向は赤メインの状態でしたが、デルタ航空に吸収合併されたことで今は白メインの状態となっています。さらにCコンコースが画面の奥(南東方向)に向けて延伸しているのが分かります。
Dsc06052 2018/5/25 N407UA Airbus A320-232 cn456
Dsc06055 2018/5/25 N603NK A320-232 cn4321
Dsc06486 2018/5/29 N221FR Airbus A320-214 cn3205
Dsc06490 2018/5/29 N948NN Boeing737-823WL cn31189 ln4835
などを撮影し、
Dsc06496
GateG4からTokyo HND行きDL121便に搭乗しました。
Dsc06499
機材はN864DA (7005) Boeing777-232/ER cn29736 ln249
飛行経路は往路と殆ど同じですが、逆風の偏西風影響を受けるため、飛行時間は11時間50分と往路よりも1時間長くかかり、日本時間で29日火曜日13:05頃、HNDのD滑走路に着陸しました。
S__5103620 2018/5/29 HND
今回は家族旅行であり、次男が空港まで迎えに来ており、着陸後Gateに向けてタキシングする搭乗機を撮影してくれていました。

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2017年5月18日 (木)

日曜日は羽田空港でSpotting 2 日本の航空会社編

昨日に続き、5/14日曜日、羽田空港でのSpotting、今回は日本の航空会社です。

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Ja73ng_boeing_73786n_36821_3738_1_2 2017/4/22 HND JA73NG Boeing 737-86N 36821 3738

まずは、数年前はA330の就航やA380の導入をめぐる契約問題などで倒産まで経験したスカイマークですが、近年は機材を再びBoeing737-800に統一して頑張っています。そのスカイマーク737-800シリーズのスペマーとして、2月24日に公開されたのが人気アニメ「宇宙戦艦ヤマト」の船体、キャラクターをあしらった特別デカール機「ヤマトジェット」でした。就航は2月25日でした(関連記事)。

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Ja73nj_boeing_73786n_39405_3845_1_2 2017/5/14 HND JA73NJ Boeing 737-86N 39405 3845

そして、3月15日には2017年プロ野球シーズン開幕を前に福岡ソフトバンクホークスのオフィシャルスポンサーとなり、5月中旬より、特別デザイン機「タカガールジェット」を就航(関連記事)とのことで、5月14日の羽田空港で見ることができました。

そして、以前にも報告していますが、5月14日はANAのStar Warsジェットのうち、普段は成田をベースに運行されている、”オレンジの輪切りを貼ったような”BB-8 ANA JETが(先週木曜日から)羽田に飛んでくる日であり、

Ja789a_boeing_777381er_40687_878_17 15:00頃 RWY34Rに着陸するJA789A

Ja789a_boeing_777381er_40687_878__2
Ja789a_boeing_777381er_40687_878__3
国内線ターミナルの北西側を回って国際線ターミナルSpot111に入るJA789A

15:00 フランクフルト発の便で羽田に到着、引き続き、ロサンゼルスに向かいました。

Ja604a_boeing_767381er_32973_881_17 JA604A ANA Star Wars R2-B2 Jet

そして最後は同じくANAのStar Wars ANA Jet JA604Aで、5月1日にはスターボードサイドのオレンジ基調の面しか見えませんでしたが、福岡空からの便でRWY34Lに着陸した直後などにポートサイドの青基調の絵柄も記録できました。

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2017年5月15日 (月)

JAレジの737 8 国際線でも活躍するJALの737-800

前回の記事ではJAL、JASの経営統合後の150席機統一の過程でBoeing 737-800シリーズが選ばれ、それと同時にJTAに-400シリーズが集結したことに触れました。

Ja303j_boeing_737846wl_cn_35332_ln_ 2017/5/12 NRT JA303J 737-800シリーズ 国際線仕様初号機

JALの737-800シリーズは現在、自社導入機、リース機を合わせて50機が登録されており、JALの機材では最大のフリートとなっています。かつて世界最大の747フリートを誇ったJALの最大フリートが737というのも時代の流れを感じます。

Ja317j_boeing_737846_35346_2824_110 2011/7/29 NRT JA317J 導入時のアーク塗装

そんな737-800ですが、JA303Jを初号機とする9機

JA303J Boeing 737-846 35332 2225
JA304J  Boeing 737-846 35333 2253
JA305J  Boeing 737-846 35334 2289
JA310J  Boeing 737-846 35339 2510
JA312J  Boeing 737-846 35341 2584
JA315J  Boeing 737-846 35344 2731
JA317J  Boeing 737-846 35346 2824
JA320J  Boeing 737-846 35349 2953
JA321J  Boeing 737-846 35350 2977

は国際線仕様機として導入されており、JA303J2007年5月15日(ちょうど10年前)に関西~青島線に就航しました。単通路機がJALの国際線に就航したのは1987年12月DC-8727の退役以来のことでした。

Ja320j_boeing_737846_35349_2953_110 2011/7/29 NRT JA320J

Ja321j_boeing_737846_cn35350_ln_297 2011/8/3 PEK JA321J

キャビンは「スカイラックスシート」を備えたCクラス12席、Yクラス132席の144席で、主として中国、韓国、台北線に就航しています。

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2017年5月14日 (日)

JAレジの737 7 JASとの合併後、機材統一で737-800へ

JALは1995年Boeing 737-400を導入、さらに1999年には伊丹を拠点にしたローコスト運航を目指したJEXを設立、737-400はその主力として活躍範囲を広げて行きました。

2004年4月、JALとJASが統合され、JALのローカル線は一気に拡大、さらにJASが保有していたMD-81/MD-87/MD-90がフリートに加わり、ローカル線用機材は65機体制となりました。
こうなると整備コスト、乗員養成・訓練コストが膨大なものとなるため、小型機の機材統一を目指し、機種選定を進めました。

さらに羽田空港のD滑走路の工事が進み、供用開始となれば中・小型機による高頻度運航が重要な戦略となるため、150席機はその戦略の中核に位置づけられることになりました。

そこで選定の俎上に登ったのがBoeing 737NGシリーズAirbus A320ファミリーの2候補でした。両者ともJALの評価ポイント的にはほぼ互角でしたが、経済性の面で737NGの方が評価が高く、737NGの導入になったそうです。

2005年2月4日、確定30機、オプション10機、737-800シリーズを発注、導入は2006年度以降と発表され、同年5月に30機をまず発注、以降3回の追加発注に加え、オペレーティングリースによる導入も進め計50機導入することになりました。

Ja301j_boeing_737846_35330_2095_170 2017/4/22 HND JA301J

初号機JA301J2006年11月14日に受領、11月16日にボーイングフィールドを出発し、ホノルル、マジュロ、グアムを経由して11月19日に羽田に到着しました。2007年3月1日に羽田~山口宇部線に初就航しました。コンフィグはクラスJ20席、普通席145席の165席仕様でした。

ANAはBoeing 737-700の一部を内際兼用として運用し、-800は国内線専用にしているのに対して、JALのBoeing 737-800は9機が国際線仕様機となっています。それは明日の記事で触れる予定です。

Ja308j_boeing_737846_cn_35337_ln_24 2015/1/8 NRT JA308J 当時はJEXのタイトルでした。
同機2017/4/15に羽田で撮影したときはJALタイトルになっていました。

Ja323j_boeing_737846_35352_3057_170 2017/4/15 HND JA323J こちらはいまだにJEXタイトルで残る
いまだにJEXタイトルの機体はこの他、JA326J、JA344Jなどを確認しています。

Ja337j_boeing_737846_40352_3604_110 2011/9/4 NRT JA337J
JEXタイトルに”がんばろう日本”が加えられていました。現在はJALタイトル

2007年10月以降に受領した機体はJEXタイトルで導入となり、JEXも-800の運航を担当することになりました。JEXは2009年5月から関西~杭州、成田~杭州線の運航をJALから委託され、国際線にも進出しました。それでこの時期、成田でJEX機を見かけるようになったのですね。

Ja350j_boeing_737846_40954_4621_170 2017/5/1 HND JA350J 
JAL Boeing 737-800シリーズの最終号機

JALは経営破綻後も737-800の導入をペースを落とすことなく続け、自社発注機とジャクソン・スクエア・アビエーションからのオペレーティングリース機(*)も加え、ほぼ毎月1機のペースで導入が進みました。その結果、MD-87に続いて、2010年9月MD-812013年3月MD-90が退役しました。さらにJEXは2014年10月にJALに統合となり、会社は消滅、737-800はJALの単独運航機種となりました。

(*)737-800のリース機
JA306J、JA307J、JA313J、JA314J、JA319J、JA321J、JA322J、JA324J、JA325J、JA326J、JA327J、JA328J、JA329J、JA330J、JA331J、JA335J、JA336J、JA337J、JA338J、JA339J、JA345J、JA346J、JA349J、JA350J

Ja8991_boeing_737446_27916_2718_110 2011/7/29 NRT JA8991 
JALメインタイトルにJAL EXPRESSと入ったJEX運航委託機

一方、JALが1995年から導入し、JEXが運航していたBoeing 737-4002005年10月28日、クラスJの設定が決まり、2006年から2007年にかけてモノクラス150席からクラスJ20席、普通席145席の165席仕様に改修されました。JTAが運航するJA8938、JA8939についても同様の改修が行われることとなりました。

Ja8995_boeing_737446_28831_2911_170 2017/5/14 HND JA8995
羽田国際線ターミナルから見ていると、圧倒的に多いウイングレット付きの737-800に混じって、ウイングレットなしの737が下りてきたらJTAの737-400だったという感じです。
機首には南十字星に「うちなーの翼」、ドアサイドにはでいこの花が描かれています。

Ja8992_boeing_737446_27917_2729_170 2017/4/22 HND JA8992

現在、JTAのBoeing 737-400にはこのピンクのジンベエジェットの他、青のジンベエ(JA8939)、南西航空のレトロ塗装・SWALジェット(JA8999)とスペマーが多く存在します。

JAL、JEXに新世代機として737-800が2007年3月から導入されると、JTAの737-400の退役が検討されるようになり、まずはハパグロイドから導入されたJA89532009年11月にラインオフ、2012年10月までに中古導入7機が退役しました。それと入れ替わるようにJALが導入、JEXが運航していたJA8991以下8機はJTAに移管となりました。

2013年4月からはJTA導入機の退役も開始され、初号機JA8523、続いてJA8524が登録抹消、2013年11月にはJA89402014年5月にはJA8526と続き、現在は11機体制となっています。

これらの737-400シリーズも就航から20年以上が経過し、JTAは2014年3月に後継機737-800の12機の導入を決定、JA01RK、JA02RK2016年1月24日に那覇に到着、2月から就航しており、-400は2019年6月までに全機退役と決定しているそうです。なお、この契約では後半に受領する6機は737MAXに変更できるオプション契約となっており、もしこのオプションが実行されるとJTAが日本で最初に737MAXを運用する航空会社になるかも知れません。

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2017年5月13日 (土)

JAレジの737 6 南西航空が導入し、JALも続いた737-400

沖縄の離島路線ネットワークから本土との連絡まで、南西航空のネットワークの拡充に貢献したBoeing737-200でしたが、機齢から後継機の検討が開始され、1989年11月16日737-400型を確定5機、オプション3機で発注することになりました。

Ja8525_981201_ngo 1998/12/1 NGO JA8525

1993年7月1日、会社名が日本トランスオーシャン航空 (JTA)となり、、その約1年後の1994年6月22日、737-400型を受領、7月22日から那覇~宮古線に投入しました。沖縄の海に生息するエイにちなみ、「スカイマンタ」の愛称が与えられ、新社名と新型機がアピールされました。

Ja8954_papas_000826_hnd 2000/8/26 HND JA8954

Ja8954_010506_hnd 2001/5/6 HND JA8954

JA8523 Boeing 737-4Q3 26603 2618
JA8524 Boeing 737-4Q3 26604 2684
JA8525 Boeing 737-4Q3 26605 2752
JA8526 Boeing 737-4Q3 26606 2898
JA8597 Boeing 737-4Q3 27660 3043
JA8930 Boeing 737-4K5 27102 2394 ex D-AHLM
JA8931 Boeing 737-429 25247 2106 ex OO-SYD
JA8932 Boeing 737-429 25248 2120 ex OO-SYF
JA8933 Boeing 737-429 25226 2104 ex OO-SYC
JA8934 Boeing 737-4K5 27830 2670 ex D-AHLT
JA8938 Boeing 737-4Q3 29485 3085
JA8939 Boeing 737-4Q3 29486 3088
JA8940 Boeing 737-4Q3 29482 3122
JA8953 Boeing 737-4K5 24129 1783 ex D-AHLP
JA8954 Boeing 737-4K5 24130 1827 ex D-AHLQ

JA8930,JA8934,JA8953 JA8954ハハパクロイドから購入
JA8931, JA8932 ,JA8933 サベナ航空から購入

Ja8597_nrt JA8597 NRT

一方。親会社のJALも45/47体制の崩壊以降、国内ローカル線の運航に参入していましたが、767を投入した運航ではキャパシティが持て余し気味であり、150席クラスの小型機の導入を検討していました。JTAにおける737-400の運航ぶりをみて、JALも737-400型の導入を決定しました。

JALはDC-8727が退役して以降、長らくワイド、セミワイドボディ機は運航して来ましたが、単一通路機の新規導入はなく、1975年のDC-8-61以来、20年ぶりのナロウボディ機の新規導入となりました。

Ja8991 1995/12/8 NGO JA8991

Ja8992 1998/2/25 NGO? JA8992

1995年7月1日、初号機JA8991が関西空港に、2号機JA8992は羽田空港に到着し、社内公募により「フラワージェット」と命名され、就航予定の季節に合った花の名前が命名され、胴体中央部に花のキャラクターマークが描かれました。

JA8991 Boeing 737-446 27916 2718 コスモス
JA8992 Boeing 737-446 27917 2729 リンドウ
JA8993 Boeing 737-446 28087 2812 ヒマワリ
JA8994 Boeing 737-446 28097 2907 ラベンダ
JA8995 Boeing 737-446 28831 2911 カトレア
JA8996 Boeing 737-446 28832 2953 ダリア
JA8998 Boeing 737-446 28994 3044 ハイビスカス
JA8999 Boeing 737-446 29864 3111 最初からJEX塗装

JALの737-400はスペックをJTAが運航している同型機と揃えました。それは2社の737-400を共通事業機として同一路線で運航するためであり、さらにメンテナンスはすでに経験と実績をもつJTAに委託するためでした。

機内は150席のモノクラスで、インテリアはJTA機とは異なりベージュ基調となりました。

1995年9月1日、関西~鹿児島~名古屋~山形~名古屋~鹿児島~関西と飛び、伊丹、関西と福岡以外の九州各地を結ぶ便として西日本を中心に活躍し、機数が増えると、東日本のローカル線にも就航して行きました。

Ja8991jex JA8991

Ja8992jex JA8992

後発で苦労しているローカル線をより低コストで運航するため、1997年4月に100%出資の子会社JALエクスプレス(JEX)を設立しました。JA8991、JA8992はJEXにリースされ、1999年にはJA8993もリースされ、99年6月に受領したJA8999は最初からJEX塗装で受領となりました。

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2017年5月12日 (金)

JAレジの737 5 南西航空が導入した737-200

日本トランスオーシャン航空の前身、南西航空が設立されたのは沖縄が返還される約5年前の1967年6月20日でした。

70年代に入ると沖縄の空港でも滑走路の延長が急ピッチで進み、ジェット化が進められました。1975年、沖縄海洋博が開催され、沖縄を訪れる観光客が急増、本島だけでなく離島へ足を延ばす観光客も増え、那覇~石垣、那覇~宮古線などの輸送力増強が急がれました。1976年11月30日、南西航空は初のジェット機としてBoeing 737-200Advの導入を決定、1977年1月18日、確定3機、オプション1機の発注を行いました。

Ja8282_boeing_7372q3adv_24103_1565_ 1992/3/12 HND RWY04から離陸しようとするJA8282

Ja8282_980225 1998/2/25 後年、ピースシーサーを付けたJA8282

初号機JA82507月17日に那覇空港に到着、しかしこの機体は7月24日から10月15日までの間、JALにリースされ福岡~沖縄線を飛びました。南西航空のデビューは1978年12月1日、那覇~宮古線でした。

オプション発注の1機も正式発注に切り替えられ、1982年8月26日、石垣空港でのオーバラン事故で1機(JA8444)が抹消されましたが、1988年6月までに8機の737-200を導入し、主力機として運用しました。

Ja8492_boeing_7372q3_adv_23117_1033 1994/12/25 HND JA8492
会社名が日本トランスオーシャン航空に代わりタイトルのみを変更したスタイル

Ja8492_961218 1996/12/18 HND 後年、ゆったりシーサーを付けた機体

JA8250 ウエルカムシーサー
JA8445 はずかシーサー
JA8528 ハイサイシーサー
JA8467 うれシーサー
JA8366 バンザイシーサー
JA8475 ガッツシーサー
JA8282 ピースシーサー
JA8492 ゆったりシーサー
JA8577 飛んでるシーサー

1996年8月から-200型9機に付けられた愛称

Ja8467_boeing_7372q3_adv_22367_706_ 1996/1/2 HND JA8467

1986年11月1日
には松山~那覇の本土線も開設し、以降737によるネットワークの拡大が行われました。

Ja8366_boeing_737205_adv_23469_1266 1996/8/16 HND JA8366

Ja8528_961201 1996/12/1 HND JA8528

これら2機はBoeing 737-205Advでブラーセン航空より購入した機体

増え続ける需要に対処するため1989年11月16日には次期主力機737-400型を確定5機、オプション3機発注、それらの導入までの間の繋ぎとして、-200型を既に製造は終了していたのでブラーセン航空から中古機3機(JA8366, JA8528, JA8577)を購入しました。これらの機体は自社発注の機体の130席仕様ではなく、124席仕様で運航されました。

737-200型による本土便運航などで飛行時間も長くなり、1990年6月からはスリムラインシートと呼ばれる膝元が広げられたシートが導入され、オーディオサービスも実施されるようになりました。

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