2019年8月23日 (金)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その2 車両編 205系3100番台 その2 編成の多様性~ノーマル編成

2009年にM19編成が加わり、仙石線の205系3100番台は19編成体制となりましたが、2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震による津波で野蒜駅~東名駅間を走行中だったM9編成が流され脱線、同年5月1日かけて現地で解体されました。さらに石巻駅では駅に到着していたM7編成が冠水する被害に遭い、2012年9月に総合車両製作所に回送され入場しましたが、修理不能との判断で2014年12月25日付で除籍、廃車となりました。
以上の経緯から現在はM-1~-6,M-8,M-10~-19の17編成が活躍中です。

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東日本大震災による津波被害でM-7,M-9編成は廃車となりましたが、現在、仙石線では17編成が活躍中で、通常のロングシート編成の他、クハ205がクロスシート/ロングシートに転換可能な「2WAYシート」編成、架線の霜取り運転時用にモハ205形にシングルアームパンタを増設した編成、そして石ノ森章太郎作のマンガ作品をラッピングした「マンガッタンライナー」編成などのバリエーションが存在します。

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2019/10/22 小鶴新田 M1編成

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2016/10/22 西塩釜 M6編成

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2016/10/22 西塩釜

1日の訪問であったため、運用に就いている編成が限られていましたが、まずはノーマル・ロングシートの編成を集めてみました。

あれから15年、山手線にはE235系が投入されており、E231系500番台は中央・総武緩行線に活躍の場を移しつつあり、それまで活躍していた209系500番台、E231系0番台武蔵野線、八高・川越線、常磐快速線への転用が進められていますが、仙石線への転用の動きは現時点では見えません。


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2019年8月22日 (木)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その2 車両編 205系3100番台 その1 種車と周辺の動き

現在、仙石線で活躍中の205系3100番台

クハ205形3100番台
モハ205形3100番台
モハ204形3100番台
クハ204形3100番台 

からなる4連(2M2T)でモハユニットは全て元山手線用、クハは元山手線用または埼京線用サハ205形に運転台を設置した改造車で2002年から2004年にかけて18編成(M-1~M-18)が準備されました。

これら18編成の改造は
・ドアスイッチを装備した半自動ドア機構
・クハ205形に車椅子対応大形洋式車内トイレの設置
・耐寒仕様、側引戸レールヒータ、耐雪ブレーキの装備
・ATS-Ps、後年ATACS保安装置
・停車駅通過防止装置の設置 でした。

モハ205形の一部の車両には霜取り用シングルアームパンタグラフ(PS33C)を装備しました。

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2002/11/4 恵比寿 5,6号車がM-18編成のモハに改造されたヤテ5編成

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山手電車区の所属車両から仙石線用3100番台に改造された車両

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2012/6/16 赤羽 M1編成用サハ205-160とナハT11編成用サハ205-161が抜かれ、6扉サハ204-11と-902が入ったハエ8編成

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川越電車区の所属車両から仙石線用3100番台に改造された車両

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2002/4/7 恵比寿 M-16、ナハ48>M-19の改造種車となったヤテ7編成

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2006/2/11 尻手 ナハ48編成 205-4-041226
2004/12/26 矢向 モハユニットが235,236だったころのナハ4編成

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2010/9/11 モハユニットが235,21に交換された後のナハ4編成

103系の運転が2004年に終了後も多賀城付近の連続立体交差工事による予備車両の増加で103系1編成RT-235編成が運用復帰していましたが、2009年、その置き換え用に南武線に配置された205系1200番台(ナハ48編成)を1本4両編成に短縮し、3100番台化してM-19編成として仙石線に投入し、103系を完全に淘汰しました。

ナハ48編成は元々、上の図でヤテ7編成から改造された編成でモハユニット205/204-19が3119となり、21はナハ4編成に組み込まれました。ナハ4編成は元々、クハ205/204-88,モハ205/204-235,236からなる6連でしたが、2008年10月26日、中原電車区の交番検査庫でMG故障検査を受けている最中に工具による電気回路の短絡で低圧系回路にDC1500Vが流れ込み、作業員が重症、自力走行不能の状態に陥っていました。ナハ48編成から捻出されたモハユニット205/204-21を組み込んで復帰となりました。モハ205/204-236は2010年6月15日長野総合車両センターに廃車回送されました。(今回の記事に関してはサイト「4号車の5号車寄り」の記述を参考にまとめました)。

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2019年8月21日 (水)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その2 車両編 205系が導入される前の車両たち

1925年に宮城電気鉄道として開業した現在の仙石線は開業当初からDC1500Vで、最初こそ丸屋根、木造車でしたが、延伸の際の増備車は半鋼製となり、ウェスティングハウス・エレクトリック(WH)式のHL(間接非自動制御)でパンタグラフも仙台地下駅での架線高さの関係により、空気上昇・バネ降下式が採用されました。

形式は 
モハニ101形 1925年2月 蒲田車両製 101-103 並等荷物合造制御電動車 
モハニ201形・モハ220形 1925年2月 蒲田車両製 201・202 並等荷物合造制御電動車 当初はデハニ201形
クハ301形 1926年3月 日本車輛製造東京支店製 301-303 木造並等制御車 当初はサハ301形
クハ401形 1927年7月 汽車製造東京支店製 401・402 片運転台型半鋼製並等制御車 当初はテサハ401形
モハ501形 1928年3月 汽車製造東京支店製 501・502 両運転台型半鋼製並等制御電動車 当初はテデハ501形
モハ601形 1928年3月 汽車製造東京支店製 601・602 両運転台型半鋼製特等並等制御電動車 当初はテデロハ601形
クハニ701形 1928年3月 汽車製造東京支店製 701・702 片運転台型半鋼製並等荷物合造制御車 当初はテサハニ701形
モハ801形 1937年日本車輌製造東京支店製 当初はクハ801形 1937年日本鉄道自動車製 クハ881形
      1941年製 両運転台型半鋼製並等制御電動車
モハ810形 宮城電気鉄道が発注、国有化で国鉄が受領
モハ901形 1922年6月 汽車製造東京支店製 デハ33526 鉄道省から宮城電気鉄道へ

これらの車両は1950年代宮城電気鉄道で廃車後、弘南鉄道、高松琴平電気鉄道、大井川鉄道、新潟交通、日立電鉄等に譲渡されました。

国有化後、宮城電気鉄道からの引継ぎ車両を置き換える目的で首都圏などで余剰となった車体長17mの30系、31系、33系、50系、そして車体長20m級の40系が投入されました。その後、17m車の置き換えの過程でクモハ54、クハ68、モハ70などが一時的に活躍しました。これらは72系の投入で他線区へ転出、あるいは廃車となりました。

72系を仙石線で運用するにあたり、グローブ形通風機では冬期に雪の吹込み等の問題があるので、押込形通風器に交換する改造が1969年から1972年にかけて72系45両(モハ72形7両、クモハ73形20両、クハ79形15両、サハ78形3両)およびクモハ54形6両、モハ70形4両、クハ68形4両に施行されました。

1975

1975/3/31 時点での陸前原ノ町電車区配置表

1979

  1979/4/1時点の陸前原ノ町区編成表

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2002/1/2 拝島 足元を見ない限りは103系高運転台車と見間違う3000番台

1974年、老朽化した72系のアコモデーション改良車としてモハ72形970番台クハ79形600番台が72系新製車の改造で製作されました。車体は103系高運転台クハ車と同じで1979年に通常車が置き換えられた後も1985年まで残存し、川越線の電化で機器類を103系のものに交換し、103系3000番台に編入され、八高線・川越線に活躍の場を移しました。

1979年から72/73系置き換え目的で103系が投入され、当初はクモハ103を含む編成でした。

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1986/8/6 仙台駅地平ホームに入線したスカイブルー塗色の103系

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1986年11月改正時点での陸前原ノ町電車区編成表、72系アコモ改造車は全て転出済みで、それまでの103系先頭車はタブレット交換時にガラス破損を防ぐために戸袋窓を塞いでいましたが、薄青の先頭車は1984年にアコモ改造車の代わりに導入された先頭車で戸袋小窓が塞がれていない車両です。薄緑セルは両栓車です。

1987年にクモハ103-149を先頭とする4連が分割され、郡山工場にて
クモハ103-149 → クモハ105-101
モハ102-315 → クモハ105-601
サハ103-240 → クハ105-601
クハ103-599 → クハ105-105   
中間車に運転台が設置され、105系100番台、600番台に改造され2連2本となり、石巻~矢本間の区間列車運用に使用されました。1998年に103系高運転台編成の配置で書類上、廃車となり2008年まで八王子、横浜支社内で訓練車として活躍しました。

1997

1997年時点での103系編成表で1979年に導入されたグループは1993年に淘汰されています。オレンジ色のセルは新製時からのシールドビーム2灯車、他の先頭車はブタ鼻改造車です。

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2006/8/20 郡山 2002年から2004年にかけ、大方の103系が205系投入で淘汰された後、1編成だけ残されたRT235,236編成

仙石線の車両の配置区ですが、以下のような名称の変化の歴史を辿っています。
1956年 仙台鉄道管理局仙石線管理事務所として設立(仙セン)
1971年4月1日 陸前原ノ町電車区発足(仙リハ)
1987年4月1日 国鉄民営化
1991年 仙台~苦竹間の地下化工事で福田町付近に移転、宮城野電車区に(仙ミノ)
2003年 検修部門は仙台電車区宮城野派出所、運転士、車掌部門は宮城野運輸区(仙セン)
2004年 仙台車両センター宮城野派出所

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2019年8月20日 (火)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その1 宮城電気鉄道として開業後の歴史

2016年10月の旅の本来の目的は新利府駅そばの新幹線総合車両センターの公開に参加することでしたが、これまでに記事にしたように仙台周辺の保存車両の訪問、仙台市電保存館を見学しました。

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2016/10/21 仙台駅

もう一つ重要なのが仙石線でした。仙石線は2016年8月に東北本線に隣接する松島海岸駅~高城町駅間に連絡線を設け、仙台駅と石巻方面を結ぶ「仙石東北ライン」が開通したところでもありました。当時の速報編でも記事にはしてありますが、もう一度振り返ってみようと思います。

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まずは仙石線の開業からの歴史について。宮城電気鉄道1881年設立の貿易商社高田商会から余剰電力を活用するために1922年9月9日に設立され、1925年6月5日、仙台駅~西塩釜駅間が開業、1928年11月22日、石巻駅まで全線が開業しました。1925年に開業した同鉄道の仙台駅は東北本線と交差するため地下駅として建設され、仙台駅に至る数珀メートルの区間は地下路線として建設されました。この区間の開業か日本最初の地下鉄と言われる東京地下鉄道(銀座線の浅草~上野)の開通よりも2年半も早く、郊外電車の地下乗り入れとして神戸有馬電気鉄道(現在の神戸電鉄有馬線)の湊川地下線開通よりも3年早いものでした。外国人技師の指導によるトンネル建設で県庁付近への延伸も視野に入っていたそうです。架線電圧も600Vではなく、1922年に大阪鉄道(現在の近鉄南大阪線)が導入したばかりのDC1500Vが導入され、レールは国鉄幹線級の37㎏、踏切などでは50㎏のものが使用され、色灯式自動信号機が採用されました。

太平洋戦争中の1944年5月1日に国有化され仙石線となりました。

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国有化後、1952年に宮城、山形、福島3県で国民体育大会が開催されるのを契機に仙台駅のプラットホームは地上に移されました。そして2000年に地下ホームが完成されると1面2線の行きどまり式ホームは廃止となりました。

路線データ

管轄・路線距離(営業キロ):全長50.8km(第一種区間。支線含む)
東日本旅客鉄道:
あおば通駅 - 石巻駅間 49.0km(第一種鉄道事業)
日本貨物鉄道:
陸前山下駅 - 石巻港駅間 1.8km(第一種鉄道事業)
陸前山下駅 - 石巻駅間 (1.4km)(第二種鉄道事業)
軌間:1067mm
駅数:33
旅客駅:32(起終点駅含む)
仙石線所属の旅客駅に限定した場合、仙台駅(東北本線所属)と石巻駅(石巻線所属が除外され、30駅となる。
貨物駅:1(石巻港駅)
複線区間:あおば通駅 - 東塩釜駅
電化区間:あおば通駅 - 石巻駅間(直流1500V)
陸前山下駅 - 石巻港駅間の貨物線をのぞき全線電化。
閉塞方式
あおば通駅 - 東塩釜駅:移動閉塞式
東塩釜駅 - 石巻駅:自動閉塞式(特殊)
保安装置
ATACS(あおば通駅 - 東塩釜駅)
ATS-SN(東塩釜駅 - 石巻駅[2])
運転指令所:仙台総合指令室(仙石CTC、JR宮城野総合事務所内)
最高速度:95km/h

支線をのぞく全線がJR東日本仙台支社の管轄となっている。

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2000年3月11日に使用を開始した仙台駅仙石線地下ホーム

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2019年8月19日 (月)

仙台市電保存館を訪問 その3 路面電車から地下鉄へ

 8月12日(月)記事で市電後史の展示に触れましたが、1976年3月31日で市電全路線が廃止されたのち、市電の軌道はアスファルトに埋め込まれましたが、時間の経過とともにアスファルトがすり減り、軌道が露出、スリップ事故が起こるようになりました。一方で、市内の公共交通はバスが一手に担っていました。

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2016/10/21 市電時代の電停標識

仙台市における地下鉄の検討は1960年代からで1963年に設置された仙台市交通対策委員会は1967年に提出した報告書で路面交通の代替として地下鉄を検討すべきと報告しました。同委員会は将来を見据えた交通体系として、「大量高速輸送機関」の整備を諮問し、1972年には全7路線、総延長45.5kmに及ぶ地下鉄網を1985年を目標に整備すべきとの報告を出しています。その7路線とは

1 北仙台線 仙台駅前~七北田 7.34km  
2 長町線  仙台駅前~鍋田  4.98km
3 川内線  仙台駅前~泉ヶ丘 8.09km
4 七北田だ線 七北田~桂島  4.76km
5 鶴ヶ谷線 瓦山~鶴ヶ谷   3.76km
6 茂庭線  鍋田~茂庭    8.82km
7 名取線  鍋田~小泉    7.90km でした。このうち、北仙台線と長町線の一部が現在の南北線に相当します。

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昭和から平成にかけての南北線の歩み

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2016/10/21 南北線の車両 1000系 2M2Tの4連 軌間1067mm DC1500V 1985年から1996年にかけて川崎重工業で21編成が竣工
IGBT素子VVVFインバータ制御方式 1988年にローレル賞受賞、2004年度より更新工事が行われ現在は1000N系となっています。

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長町駅 駅名標

1975年に泉市(現、仙台市泉区)と仙台市内結ぶ輸送手段として、地下鉄が計画・認可され、1981年に着工、1987年7月15日に地下鉄南北線富沢駅~八乙女駅間が開業しました。1992年7月15日には八乙女駅~泉中央駅間が延伸開業しました。

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東西線のあゆみ

第二の路線として2003年9月、東西線事業が認可、2007年11月東西線本体工事着工、2016年12月6日、東西線八木山動物園~荒井間が開業しました。

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東西線は鉄輪式リニアモータ方式の地下鉄となっており、以前の記事で触れたように駆動方式、トンネル断面の狭小化などの特徴を持っています。

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2019年8月18日 (日)

仙台市電保存館を訪問 その2 写真展示車両 モハ2000型・モハ3000型

仙台市電、400型より番号は大きい型式として2000型、3000型がいましたが、これらはいずれも呉市交通局(呉市電)から譲受した車両でした。

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2014/12/19 呉市海事歴史科学館(戦艦大和ミュージアム)における呉市電の紹介

モハ2000型:呉市交通局2000型1961年ナニワ工機製造のワンマン用ボギー車、前中扉タイプで2001-2003が製造されました。2001号は1967年12月18日の呉市電全廃後、保存車として入船山記念館に据え付けられ、その後阿賀町の豊栄交通公園(現、豊栄公園)に写されましたが、1001号を呉ポートピアパークに展示する際に、損傷が激しかったために解体されたそうです。2002、2003号は仙台市電に1968年に譲渡され、全線廃止まで運用されました。

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2016/10/21 仙台市電保存館

モハ3000型1961年から1962年にかけて呉交通局阿賀工場にて木南車両製600型601形3扉車601ー607を2扉(前中扉)ワンマン対応に改造したもので3001ー3007を名乗っていました。1968年に仙台市電に譲渡され、全線廃止まで運用されました。前頭部が絞られていない車体であったため、カーブでは対向車と接触する恐れがあり、運転には気を遣ったそうです。

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2019年8月17日 (土)

仙台市電保存館を訪問 その2 展示車両 モハ400型

仙台市電の型式、今回は実際に展示されている400型です。

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2016/10/21 仙台市電保存館

仙台市電最後の新造形式として1959年から1963年までに15両(401-415))が製造されました。全長はモハ200型よりも短い11,700mmで、定員はモハ100型、モハ200型と同じ88名、408号以降は84名でした。

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ワンマン化対応改造工事を前提に設計された車内

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側窓上段もゴム支持方式(バス窓)として部品調達を容易にしています。

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台車の2軸、手前は従輪、奥が動輪で車輪径が異なります。

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主電動機の回転軸がレール方向になり、それを自動車のディファレンシャルギアと同じ方式で車軸に回転力を伝えています。

吊り掛け駆動を基本としていましたが、405号~410号の6両は直角カルダン方式が導入されていました。

スタイル的には東京都交通局8000形や函館市電710形800形と共通しています。

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2019年8月16日 (金)

仙台市電保存館を訪問 その2 写真展示車両 モハ130型からモハ300型

仙台市電で活躍した型式、今回はモハ130型からモハ300型までです。

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2016/10/21 仙台市電保存館 なぜか、136号の前面窓が2枚窓出ない点が気になりますが?

モハ130型は茨城交通水浜線の車両で、水浜線では129-138と付番されており、いずれも新潟鐵工所(現、新潟トランシス)製で
129、130は1951年製、茨城交通に社名が代わってから最初の新製車両でした。
131、132は1953年製、129,130と同様ですが屋根が木造から鋼板張上げ式に変更されました。
133、134は1954年製、側窓の上段がHゴム支持になりました。
135、136は1957年製、前面窓が3枚から2枚となり、側扉の腰部羽目板がガラス窓に、行先表示器の位置も変更されました。
137、138は1960年製、前面窓が3枚に戻り、側扉の1枚扉化、オールコイルバネ台車への変更がありました。
1965年の路線短縮後、6月30日付けで仙台交通局に譲渡され130型131-140として使用され、ワンマン化の際、対象から外れ余剰となり、1972年3月に131-135、1974年4月に136-140が廃車となりました。

180

モハ180型は琴平参宮電鉄の元デハ80形(81-88)で1950年広瀬車両製、1954年および1958年自社工場製の半鋼製ボギー車、定員80名です。1964年8月、このうちの82、84-88の6両が仙台市電に譲渡され180型181-186となりました。ワンマン化改造は受けず、1974年まで運用されました。ちなみに81、83は1963年12月に北陸鉄道金沢市内線に譲渡され、モハ2060形2061、2062となっています。

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モハ200型1954年から1957年製の前中扉の車体で流線形車体、前面2枚窓で1968年にワンマン化改造を受け、全線廃止まで運用されました。最初はピューゲルによる集電でしたが、Zパンタ、菱形パンタに換装されました。208号が保存館に収蔵予定でしたが、屋根が腐食していたため、解体されました。

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モハ300型は連接車で1955年モハ1型2両を1編成に改造したもので1965年まで運用されました。それにしても創世記から活躍しているモハ1型が連接車に改造されるとは、と驚かせられる改造かと思います。

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2019年8月15日 (木)

仙台市電保存館を訪問 その2 展示車両 モハ80型改めモハ100型

仙台市電、昨日の記事のようにモハ1型からモハ70型まではすべて単車でした。最初のボギー車として登場したのがモハ80型でした。この車両は第二次世界大戦後の戦災復興や外地からの引揚者で人口増加、利用客の増加に対処するため、輸送力増強の手段として1946年から1950年にかけて新潟鐵工所に大型ボギー車として発注されました。

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2016/10/21 仙台市電保存館

前面3枚窓、張り上げ屋根の半鋼製車体で車体前後に片側2枚の扉を有しましたが、1948年発注の最初の5両(80-84)は資材不足の中で製造されたため、天井はベニヤ板張り、車内の座席も粗末な作りのまま登場となりました。1950年までに24両が製造され、1954年に改番が行われ、モハ100型(101-124)となりました。

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ワンマン運転対応に改造された車内

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初期車の5両は原形のまま1974年に廃車となりましたが、残り19両は1969年以降のワンマン運転に対応した工事が行われ、扉配置が変更され、前面窓も右側の窓が大きい左右非対称の2枚窓となり、1976年の市電廃止まで運行されました。

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長崎電軌時代の1051号

Dsc04957
シドニーに行った1054号

廃止後、117-119、121,124が長崎電気軌道に譲渡され、仙台から昭和51年に譲渡されたことにちなみ1050形に変更されました。元117の1051以外の4両は2000年までに廃車され、動態保存車として残された1051は2019年3月31日に引退となりました。1054(元121)は1990年12月5日、長崎電軌を除籍後、オーストラリアに渡り、シドニー路面電車博物館にて動態保存されているそうです。

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2019年8月14日 (水)

仙台市電保存館を訪問 その2 写真展示車両 モハ30型からモハ70型

仙台市電保存館では仙台市電で活躍した車両の実物展示以外に、歴代の型式の写真が展示されています。

Photo_20190813181901
2016/10/21 全体写真

1925年製のモハ1型に続いて、1934年製のモハ30型

30

1938年製のモハ45型

45

1948年に東京都より譲渡されたモハ70型

70

1940年から1942年にかけて江ノ島電鉄、名古屋鉄道から譲受したモハ60型が活躍しました。これらは皆、モハ1型同様、単車でした。

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