2021年2月26日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 93  横須賀色の電車達 その18 1976年の阪和線

横須賀色の電車シリーズ、今回は阪和線です。

76-7603-2edit 1976/3 和歌山 正面に深緑色の区間快速のHMをぶら下げた300番台全金属製のクハ76

70系は関西地区では京阪神緩行線と阪和線に投入され、前者では51系の増備としてぶどう色一色で投入され、クハ76の形態から「茶坊主」と揶揄されました。一方、阪和線へは当初、緑1号と肌色に近いクリーム3号のツートンカラーに塗られ「阪和色」と呼ばれました。やがて塗分け線は横須賀線と同じラインに変更され、1967年からは色もスカ色になりました。

配置は鳳電車区で1955年度にモハ70形6両(069-074)、クハ76形6両(072-077)、1956年度にモハ70形2両(075,076)クハ76形2両(078、083)1957年度にモハ70形9両(311-319)、クハ76形9両(308-314偶数車、307-315奇数車)の計34両が新製配置されました。これにより、それまで阪和線で活躍していた52系や半流線形の42系が飯田線に転出しました。

同線では70系に特急や急行のHMを掲出して運行していましたが、1958年10月の電車特急「こだま」や紀勢西線直通気動車準急列車「きのくに」のデビューで特急は快速に、急行は直行に改められました。

76-7603-edit 1976/3 鳳電車区横を通過する熊取~天王寺間各停運用の70系

1968年からは103系が快速運用に登場し、70系は直行から区間快速となりました。1972年3月、東海道・山陽快速で活躍していた113系が鳳電車区に転入に、まずは余剰だった8両が長野運転所に転出、1973年には関西本線湊町~奈良間電化開業で113系予備車の阪和線・関西本線共通運用化で余剰となった12両が長岡運転所に転出し、配置両数は28両になりました。その後、ホームの延長工事などで羽衣支線以外、全列車6連化となり、旧国は数を減らし、19977年3月15日、新性能化の完了で4両が廃車、24両が福塩線に転出しました。

1975年4月1日時点の鳳電車区(天オト)の70系配置データ

モハ70 072 073 074 075 076 311 312 313 314 315 316 317 318 319
クハ76 070 079 083 090 094 307 308 309 310 311 312 313 314 315
クハ76のうち背景が黄色は新製配置が明石電車区、水色は宮原区、緑は高槻区

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2021年2月25日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 92  横須賀色の電車達 その17 1975年の名古屋駅 中央西線の70・72系

横須賀色の旧国シリーズ、豊橋の次は名古屋です。

1975年の正月休み、大学1年でしたが、鉄道撮影旅行の一環で東京駅から初めて大垣行き夜行347Mに乗車、早朝の名古屋駅に到着しました。

最初に遭遇した列車は東京に向かう寝台特急2レさくら」でした。旅行の詳細は2012年10月27日からの記事に纏められています。

大垣行き夜行はその後、「ムーンライトながら」となり、大垣夜行時代の28年間、「ムーンライトながら」として24年間走り続けましたが、2021年1月22日に廃止がアナウンスされ、2020年3月29日、大垣発の列車で実質的に最後となりました。

76-750102-edit_20210224182801 1975/1/2 名古屋 クハ76 300番台を先頭にした中央西線ローカル電車

79920-750102-edit 編成の反対側は72系のクハ79920番台 全金属製車でした。当時の配置データと奇数向き車であることからクハ79953と思われます。同車は1957年11月30日、近畿車輛製造、新製配置は東京、1977年6月20日に廃車となっています。

この1車中泊2日の名古屋旅行で当時、中央西線で活躍中のスカ色の旧国70系・72系を撮影しました。

名古屋地区で活躍する国電は東海道本線系が大垣電車区、中央西線系が神領電車区と大まかに役割分担されていますが、当時の配置を見ても、70系、72系は神領区でした。

中央西線への旧国投入は1966年7月の名古屋~瑞浪間の電化時で横須賀線と京阪神緩行線から大垣電車区に70系とクハ68形の計72両が転属、配置され同区間で営業を開始しました。さらに同年10月から、東海道本線浜松~米原間にも運用が拡大され客車列車が電車化されました。

1968年に神領電車区が開設され、74両(モハ70形39両、クハ76形24両、サハ75形5両、クハ68形6両)が移管されました。

1975年4月1日時点での神領区の70・72系配置データによると

モハ70 048 054 058 059 060 061 077 078 082 083 084 089 090 093 120 121 122 303 304 306 307 308 309 310
モハ72 532 534 547 558 570 616 671 676 683 695 696 697 700 709 713 900 927 929 930 931 933 945
クハ76 013 023 024 026 027 030 031 032 033 086 089 095 101 300 301 302 303 305
クハ79 311 313 318 320 335 338 363 379 414 433 434 442 443 445 468 484 904 924 953
サハ75 104 105 107 108 109

70系は当初は基本6両、付属4両でラッシュ時10連で運行されましたが、後年、中央東線同様に72系が転入し、5連になったようです。確か写真の編成は行先は高蔵寺だったと思います。

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2021年2月24日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 91  横須賀色の電車達 その16 1975年の飯田線 豊橋駅 part3 クハ47形

 横須賀色の旧国シリーズ、今回も1975年3月、廃止直前の「高千穂・桜島」から撮影した豊橋機関区の飯田線車両で、クハ47形です。

47-68-ef10-750304edit 1975/3/5 豊橋 飯田線クハ47、クハ68とEF10

同形式は先だっての身延線シリーズでも登場しました。1975年当時、飯田線関係では
豊橋に114、中部天竜に151、伊那松島に009 011 069 070 074 076 102 104 108 116 153 155が配置されていました。

009のみがオリジナル、クハ47として製造されたもので、
011は先日の記事にあるように「1950年8月24日に身延線島尻トンネル内でモハ30173が全焼する事故が起こり、1952年にクハ47として復旧し、一旦は47023となりましたが、1959年12月の改番で47011となりました。名義上は復旧ですが、車体は新製されました。」でした。

069、070は1956年、サハ48015,010に運転台を取り付けたもの、074、076は1961年、高崎管理局向けにサハ48019,020に運転台を取り付けたもの

クハ47100番台偶数車は東海道本線京阪神地区向けに製造され、戦時改造から漏れ、戦災を受けなかったクハ58形9両を1953年6月の車両形式称号改正でクハ47形に編入したものでした。

47100 ← 58002
47102 ← 58003
47104 ← 58007
47106 ← 58008
47108 ← 58018
47110 ← 58020
47112 ← 58021
47114 ← 58014
47116 ← 58016

014、016が番号的に後回しになっているのは改番当時伊東線所属でトイレの設置が無かったためで、後年設置改造されました。改番当時は上り向きで本来、奇数番号になる筈でしたが、後年方向転換され下り向きになりました。

151は第一次流電用サハ48形036に1958年に025を運転台取り付け改造して誕生した025を1959年12月の番号整理で改番したもの
153、155は第3次流電用サロハ66形(66018,66019)を1952年に運転台取り付け改造で47021,47022となっていたものを1959年12月の番号整理で改番したもの。

まさにいろいろな出自のクハ47形が飯田線にて最後の活躍をしていました。
同じ写真に写っている電機はEF10で当時豊橋機関区には
EF10 12 14 16 20 21 22 23 24 30 31 32 41 が配置されていました。 EF10の車体は16号機までが庇付リベット組立、17~24号機が丸形溶接、25号機以降最終の41号機までが角形溶接車体でした。台車も17.20~24はHT57、30~33はHT58の一体鋳鋼台車でした。
写真からは庇の有無が分かりませんが、無いならば41号機、あれば12,14,16号機ということになりますか?

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2021年2月19日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 90  横須賀色の電車達 その15 1975年の飯田線 豊橋駅 part2 クハ68形

昨日のクモハ52形に続いて、1975年3月、廃止直前の急行「高千穂・桜島」から撮影した豊橋駅、豊橋機関区の飯田線旧国の話題です。

68098-750305-edit 1975/3/5 豊橋 クハ68098

68-750305-edit 1975/3/5 豊橋 クハ68

身延線の記事でも登場したクハ68形ですが、飯田線には
豊橋 クハ68 038 042 068 098 416 418 420
中部天竜 クハ68 401 403 405 407
伊那松島 クハ68 013 400 402 404 408  409  410 412 414 と3か所に分散して20両のクハ68形が配置されていました。

そのうちの400番台は1981年から施工されたトイレ設置改造車で、

1968年改番(10両)
クハ68400 ← クハ68040
クハ68401 ← クハ68007
クハ68402 ← クハ68032
クハ68403 ← クハ68003
クハ68404 ← クハ68030
クハ68405 ← クハ68009
クハ68406 ← クハ68034
クハ68408 ← クハ68054
クハ68409 ← クハ68064
クハ68410 ← クハ68046

1972年改造(3両)
クハ68412 ← クハ68106
クハ68414 ← クハ68100
クハ68407 ← クハ68077

1974年改造(3両)
クハ68416 ← クハ68026
クハ68418 ← クハ68066
クハ68420 ← クハ68094

種車は半流形のクハ68に限らず、クロハ59形、クハ55形を出自とする平妻車も含まれており、形態は多岐にわたりました。最終的には16両となりました。
クハ68038、042はクハ68形として製造され、一旦クハ55形に改造され、再びクハ68形に復元された経歴の車両です。
68038 ← 55122 ← 68008
68042 ← 55125 ← 68011
クハ68013はクロハ59011として製造され、クハ68、クハ55と改造され、再びクハ68に戻された車両で
68013[II] ← 55145 ← 68031 ← 59011
クハ68068は平妻のクハ55017をクハ68に改造したものです。

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2021年2月18日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 89  横須賀色の電車達 その14 1975年の飯田線 豊橋駅 part1 クモハ52形

横須賀色の電車シリーズ、東海道本線に沿って、沼津(御殿場線)、富士(身延線)と来ましたので今回は豊橋の飯田線です。

飯田線が完全新性能化され、旧国が淘汰されたのは1983年のことでした。旧国の塗色の歴史を見てみると1968年頃まではぶどう色2号(一般車)、1952年からのクリーム色とマルーンの「初代快速色」(17m車体)、1957年からの黄かん色と青2号の「静鉄快速色」(20m車体)、1964年からの「湘南色」と各種塗色が活躍していましたが、1968年以降は全車、スカ色(クリーム1号と青15号)になりました。

系列は30系(17m級3扉ロングシート車)、31系(17m級3扉ロングシート車)、32系(横須賀線向け2扉クロスシート車)、40系(20m級3扉ロングシート車)、42系(2扉クロスシート車)、50系(17m級3扉ロングシート車)、51系(3扉セミクロスシート車)、52系(流電、京阪神区間の急行用)62系初代(17m級2扉クロスシート車)、70系80系が活躍しました。

配置区は豊橋機関区、中部天竜機関区、伊那松島機関区でした。
1975年3月31日時点の配置データでは

豊橋機関区(静トヨ)1943年8月1日、飯田線の国有化とともに開設
クモハ42 008 009 011 013
クモハ50 000 002 004 008
クモハ52 001 002 003 004 005
クモハ54 002 006 007 008 112 119 121 123 127 129 131
クモニ13 025 026
クモニ83 101 102 103
クモヤ22 112 113 201
クモル23 050
クハ47 114
クハ68 038 042 068 098 416 418 420
クハユニ56 001 002 003 004 011 012
クエ28 100
サハ48 021 024 034
サハ75 101 102 103 106
サハ87 001

中部天竜支区 1943年に機関区として開設、後に豊橋機関区の支区に
クモハ51 015 019 021 044 046
クハ47 151
クハ68 401 403 405 407
サエ9320 9320

伊那松島機関区(静ママ)  1909年に伊那電車軌道松島工場として開設、1943年の国有化で機関区に
クモハ43 007 009 013 015
クモハ51 023 027 029 069 200
クモハ53 000 001 007 008
クモハ54 001 009 104 106 108 110 111 117 133
クモハ61 003 004 005
クモエ21 009
クハ47 009 011 069 070 074 076 102 104 108 116 153 155
クハ68 013 400 402 404 408   409   410   412  414
クハニ67 901  903  905

旧国が活躍していた時代に飯田線を訪問することはありませんでしたが、1975年3月、同月10日のダイヤ改正で歴史を閉じる急行「高千穂・桜島」に乗車し、下関まで向かった際に豊橋駅で車窓から何枚か飯田線で活躍中の旧国を撮影したのが今回、紹介する写真です。

52-750305
1975/3/5 豊橋機関区
最初は豊橋区で休むクモハ52です。元々、モハ52形として001~006の6両製造されましたが、1945年7月7日の空襲で明石電車区構内で006が全焼したため、5両が飯田線に転属となりました。飯田線転属前は阪和線で活躍していましたが、乗客数の増加で2扉クロスシート車は輸送に不適となり、同社の適性が生かせる線区ということで身延線か飯田線ということになり、身延線は低屋根化改造が必要であったことから飯田線になったそうです。1957年4月に52004,52005が、そして同年9月に52001~52003が伊那松島機関区に転属しました。
転属当初はクハ47形と組み、普通列車に使用されていましたが、同年10月から飯田線を走破する快速列車に使用されることとなり、豊橋機関区転属となりました。塗色は窓周りをオレンジ、腰板をダークブルーとした快速専用色となりました。その後、湘南色を経て、最終的に横須賀色になりました。80系以前の旧国が湘南色になったのは、クモハ52形を含む編成が唯一の例だそうです。

52001-101205 2010/12/5 吹田総合車両所本所玄関前

クモハ52001は1978年10月の廃車後、吹田工場に移され、半室運転台の復元、パンタグラフのPS13からPS11化、側面の通風用ルーバーの復元、二次車竣工直後の塗装化などがなされ、吹田総合車両所本所玄関前に保存されました。

52004-140812-3

52004-140812 2014/8/12 リニア・鉄道館

クモハ52004は川崎車輛製でしたが、飯田線に縁の深い日本車輛製造豊川工場に保管され、1991年からは中部天竜駅構内に開設された佐久間レールパークに移され、2011年からはリニア・鉄道館に移され展示されることになりました。

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2021年2月17日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 88  横須賀色の電車達 その13 1977年の身延線 part5 クモハ51形

2月11日の記事で「最後は二代目62系」と言ってしまいましたが、まだ続きがありました。今回はモハ51形です。

51800-770923edit 1977/9/23 身延

1936年から1943年にかけて鉄道省が製造した3扉セミクロスシート車を便宜的に51系と言いますが、この系列にはクモハ51形のほか、2月4日の記事で登場したクハ68形モハ54形モハユニ61形クロハ69形が含まれます。モハ51形が最初に投入されたのは中央線急行で1936年から1937年にかけ26両が新製され、浅川より先頭車に組み込まれました。中央線ではモハ51形のみが投入されましたが、1937年からは京都~吹田間の電化を控えた京阪神急行線に51系が投入され、このときにはモハユニ61形を除く全形式が投入されました。モハユニ61形は1943年に横須賀線に投入されました。

51810-770923-edit 1977/9/23 撮影場所不詳

モハ51形は1935年度から1938年度にかけ57両が製造されました。
1935年度(東京仕様)
日本車輌製造(6両) : 51001 - 51006
川崎車輛(4両): 51007 - 51010      以上 東京仕様 半室運転台
1936年度(東京仕様)
新潟鐵工所(3両) : 51011 - 51013
日本車輌製造(3両) : 51014 - 51016
汽車製造支店(5両) : 51017 - 51021
日本車輌製造支店(5両) : 51022 - 51026  以上 東京仕様 全室運転台
1936年度(大阪仕様)
日本車輌製造(4両) : 51027 - 51030
田中車輛(6両) : 51031 - 51036
川崎車輛(7両) : 51037 - 51043
1937年度(大阪仕様)
日本車輌製造(9両) : 51044 - 51052
川崎車輛(3両) : 51053 - 51055
1938年度(大阪仕様)
川崎車輛(2両) : 51056・51057     以上 大阪仕様 全室運転台

新製車以外に他形式からの改造があり、
モハ40、モハ41形からの改造

41002(台車振替)→51059(改番)→51062
41006(台車振替)→51063(改番)→51066
41007(台車振替)→51064(改番)→51067
41008(台車振替)→51065(改番)→51068
41009(台車振替)→51066(改番)→51069

40007(台車振替・片運転台化)→51075
40010(台車振替・片運転台化)→51078
40012(台車振替・片運転台化)→51080
40015(台車振替・片運転台化)→51083
40016(台車振替・片運転台化)→51084(戦災廃車)
40017(台車振替・片運転台化)→51085
40018(台車振替・片運転台化)→51086
40019(台車振替・片運転台化)→51087

モハ42形からの改造
51073

クモハ43からの改造
クモハ51200 ← クモハ43002
クモハ51202 ← クモハ43008
クモハ51204 ← クモハ43014
クモハ51206 ← クモハ43024
クモハ51208 ← クモハ43032

身延線転出に際して低屋根化改造がなされ 1965年 浜松工場で低屋根化改造が施工されました。
クモハ51850 ← クモハ51202
クモハ51852 ← クモハ51204
1966年67年の改造
第1次改造車
クモハ51800 ← クモハ51042
クモハ51802 ← クモハ51054
第2次改造車
クモハ51804 ← クモハ51004
クモハ51806 ← クモハ51006
クモハ51808 ← クモハ51007
クモハ51810 ← クモハ51008
クモハ51812 ← クモハ51009

クモハ51814 ← クモハ51012
クモハ51816 ← クモハ51017
クモハ51818 ← クモハ51018
クモハ51820 ← クモハ51020
クモハ51822 ← クモハ51022

クモハ51824 ← クモハ51024
クモハ51826 ← クモハ51050
クモハ51828 ← クモハ51052
クモハ51830 ← クモハ51073

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2021年2月11日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 87  横須賀色の電車達 その12 1977年の身延線 part4 62系

1977年9月23日の身延線の旅で見た横須賀色の電車、最後は二代目62系です。

66303-7709231977/9/23 富士 遠目に見ると113系のように見えるが、足元を見ると・・・

当時の国鉄では1972年度に首都圏の主要5線の新性能化が完了しましたが、地方線区では依然として旧性能電車が幅を利かせていました。車両基地の研修設備も新性能車のMM'ユニットには対応できない状態でしたが、特に改善の要望が強かった仙石・房総・身延線に旧形車の車体を新性能車並みに更新し、アコモデーションを改良することが検討されました。
そんな中で73系の台枠と足回りに115系なみの車体を載せた二代目62系電車が1974年、身延線に投入されました。

66002770923-dt13
66303-770923-tr48
編成はTcMMTcでモハ62形はモハ63改造のクモハ73からの改造車がモハ62000番台、モハ72形からの改造車がモハ62500番台、63形の流れをくむクハ79形・クモハ73形の改造車がクハ66000番台、クハ79300番台の改造車がクハ66300番台となりました。

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2021年2月10日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 86  横須賀色の電車達 その11 1977年の身延線 part3 クモハユニ44形

横須賀色の電車、1977年の身延線の話題、今回は1934年に横須賀線モハユニ30形置き換え用としてデビューしたモハユニ44形です。三等郵便荷物合造車として5両が製造されました。

44800-770923 1977/9/23 源道寺 

1933年から1935年にかけ鉄道省が製造した2扉クロスシーとの42系に属する形式で、42系はモハ42形、モハ43形、モハユニ44形、サロハ46形、クハ58形、クロハ59形、6形式105両から構成されます。モハユニ44形は田町電車区に配置されましたが、他の形式は京阪神地区の東海道・山陽本線に投入されました。

車体構造は全室タイプの運転台に続き、荷物室、郵便室、三等客室に区分され、定員は80名(座席48名)、郵便2t、荷物3tでした。モハユニ44形の導入で横須賀線の編成は

←横須賀
モハ32+サハ48+サロハ66+モハ32 クハ47+サロ45+モハ32

モハユニ44+サハ48+サロハ66+モハ32 クハ47+サロ45+モハ32

モハユニ44+モハ32+サハ48+サロハ66+モハ32 クハ47+サロ45+モハ32 といった編成で運行されるようになりました。

1943年、横須賀線の郵便荷物者増強としてモハユニ61形が3両(61001-61003)製造されました。運転台側の顔は半流スタイルとなりました。戦時下の製造であったため電装するための物資の調達が困難なため61001のみが登場の翌年、電装されました。座席はロングシートでした。

モハユニ44005は戦争中に被災し、マニ72 20に改造されました。

44800-7709232 1977/9/23 笛吹川橋梁付近

1951年から1952年にかけ、飯田線の社形木造三等荷物郵便合造車取り替えのため、クハニ67形4両と未電送だったモハユニ61002,003がセミクロスシート化され、クハユニ56形に改造されました。

56011 ← 61002
56012 ← 61003

この改造後、唯一電装化され残っていたモハユニ61形61001がモハユニ44形に編入され、44100に改番されました。同車は大糸線で使用されましたが1961年、運転台増設改造され、クモハユニ64形(64000)になりました。連結器を自動連結器に交換して、貨車の牽引も担当しました。1969年の赤穂線電化開業では岡山電車区に配置換えとなり、吹田工場で客室のロングシート化、後位側運転台の貫通化改造がなされました。1977年には静岡運転所に転出、牽引車として使用、1978年には飯田線に転属しました。

1956年、横須賀線から身延線への転出に際して更新修繕とともに3両が低屋根化改造され、その頃大糸線で活躍していた44003は44000に改番され、1968年の身延線転属時に低屋根化改造され、803となりました。但し、803はパンタグラフを後位に移し、その部分だけを低屋根化しています。

クモハユニ44800 ← クモハユニ44001
クモハユニ44801 ← クモハユニ44002
クモハユニ44802 ← クモハユニ44004
クモハユニ44803 ← クモハユニ44000 ← クモハユニ44003

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2021年2月 9日 (火)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 85  横須賀色の電車達 その10 1977年の身延線 part2 クハ47形

横須賀色の電車達、今回は1977年の身延線で撮影したクハ47形です。

47-770923 1977/9/23 源道寺 クハ47

鉄道省が1930年から1932年にかけ横須賀線向けに導入した6形式111両を便宜的に32系電車と言い、モハ32形、サロ45形、サロハ46形、クハ47形、サハ48形、クロ49形から成り、クハ47形オリジナルは001~010の10両が製造されました。
クハ47形オリジナルの10両は1930年製で20m片側2扉車体です。定員は120名座席82名でした。

←横須賀
基本編成(2運用)          付属編成(5運用)
モハ32+サハ48+サロ45+モハ32 クハ47+サロハ46+モハ32

←横須賀
基本編成(3運用)             付属編成(5運用)
モハユニ30+サハ48+サロハ46+モハ32 クハ47+サロハ46+モハ32

←横須賀
基本編成(4運用)             付属編成(2運用)
モハ32+サハ48+サロ45+サハ48+モハ32 クハ47+モハ32

それぞれの形式は1935年モハユニ44形導入以前は以上のような編成に組み込まれていました。

戦時中に扉を増設し、通勤型に改造する計画がありました。47004と47010の2両が大井工機部で施工されたところで空襲の激化で計画は中止となりました。2両は

79060 ← 85030 ← 47004
79066 ← 85036 ← 47010 
と一旦、クハ85形に改番されましたが、85は80系電車が使用するためクハ79形に編入されました。

47-7709232_20210208155701 1977/9/23 撮影場所不詳 

横須賀線から、飯田線に32系が転出する際に編成短縮で不足する制御車を補うため1951年度にサハ48形に運転台取り付け工事を行い、

47011 ← 48005
47012 ← 48006
47013 ← 48007  が編入されました。
1959年12月にサハ48形からの改造車は47051~とすることになり、47051, 47053, 47055に改番されました。

1950年8月24日に身延線島尻トンネル内でモハ30173が全焼する事故が起こり、1952年にクハ47として復旧し、一旦は47023となりましたが、1959年12月の改番で47011となりました。名義上は復旧ですが、車体は新製されました。

1951年に新製クハ47形8両を身延線に転出する際に便所取り付け工事が施工され定員は115名(座席80名)となりました。

1953年度からサハ48形6両がクハ47形に改造が始められ。
47057 ← 48001
47059 ← 48002
47061 ← 48009
47063 ← 48016
47065 ← 48022
47067 ← 48028
1956年には3両 横須賀線の制御車増備用
47069 ← 48015
47070 ← 48010
47071 ← 48017
1959年には2両 横須賀線の制御車増備用
クハ47072 ← サハ48014
クハ47073 ← サハ48012
1961年には2両 高崎鉄道管理局向け
クハ47074 ← サハ48019
クハ47076 ← サハ48020

1963年から1964年にかけて、通勤油層の激化に対処するため、クハ47形の3扉化が行われ
クハ68200 ← クハ47002 オリジナル
クハ68210 ← クハ47072 サハ48改造
クハ68211 ← クハ47073 サハ48改造   それぞれ出自に応じてクハ68形の番台が分けられました。

京阪神地区向けに投入されたクハ58形1953年6月の車両称号規程改正により、クハ47形に編入となり、47100~46116(偶数)となりました。
1977年時点で静ヌマのクハ47配置は
001,003、005、006、007、008、051、053、055、057、059、061、063、065、067、100、106、110、112でした。オリジナルの009は伊那松島配置で、改造で改番された002、004、010以外、オリジナル車は健在でした。

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2021年2月 4日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 84  横須賀色の電車達 その9 1977年の身延線 part1 クハ68形

横須賀色の旧形国電と言って思い出すのは飯田線と身延線かと思います。彼女らの全盛時代、飯田線は豊橋でしか写真を撮ったことがありませんでしたが、身延線は1977年9月23日の秋分の日に甲府から富士まで全線乗車し、旧国を記録しました。

1_20210203185101
1979/4/1 時点での沼津機関区身延線関係の編成表

このときの撮影目的はEF10で、旧国はついででした。EF15が身延線に投入され、EF10が置き換えられるとの情報で秋分の日の休みを利用しての撮影旅行でした。

55770923 身延駅の留置線 クハ68形

このときの撮影目的はEF10で、旧国はついででした。EF15が身延線に投入され、EF10が置き換えられるとの情報で秋分の日の休みを利用しての撮影旅行でした。



クハ68形はモハ51形、モハ54形、モハユニ61形、クハ68形、クロハ69形の5形式100両からなる51系の1形式で1936年から1943年にかけ鉄道省が製造しました。初期鋼製国電の流れとして20m2扉クロスシートの42系に続いて3扉セミクロスシートとして登場したのが51系です。
クハ68形として製造されたのは20両で
1936年度 
日本車輌製造支店(3両) : 68001 - 68003 
日本車輌製造(5両) : 68004 - 68006・68010・68011
川崎車輛(5両) : 68007 - 68009・68012・68013
1937年度
日本車輌製造(2両) : 68014・68015
川崎車輛(2両) : 68016・68017
1938年度
日本車輌製造(3両) : 68018 - 68020

42系のクロハ59を改造したグループが68021
- 68035, 68037
として加わり、これらが戦時改造でクハ55になった後、再びクハ68に改造され、クハ68001~023奇数(二代目)になりました。オリジナルの68001~020も戦時改造でクハ55になり、さらにクハ68に再改造されクハ68024~058偶数となりました。
さらに
クハ55として製造された平妻形が68060~68092偶数、68075、68077に
クハ55として製造された半流形が68078~68092偶数、68093~68104、68106に
サロハ46形改造のクロハ59形(3両)をクハ55形に改造、それをクハ68形に再改造、68107,68109、68111
クハ47形(一部はサハ48形から改造)からクハ68形に改造、68200、68210、68211
という複雑な経緯を辿っています。

当時の身延線では
68019 クロハ59形から 68019[II] ← 55148 ← 68034 ← 59014
68093 クハ55形から  68093 ← 55075
68095 クハ55形から  68095 ← 55077
68103  クハ55形から      68103 ← 55086
68107 サロハ46形から  68107[II] ← 55107 ← 59023 ← 46015 ← 46101
68109 サロハ46形から  68109[II] ← 55108 ← 59024 ← 46016 ← 46102
が活躍していました。

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