2020年12月 2日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 49 長野電鉄、懐かしの車両 2000系 その3 小布施駅に保存された りんご電車

2018年晩夏、信州の旅で長野電鉄を訪問した大きな目的の一つは、先日の記事で紹介したトレインギャラリーに保存されている2500系(元東急5000系)の見学とこの小布施駅「ながでん電車の広場」に保存された2000系D編成との再会でした。

Dsc05791 2018/9/1 小布施駅の側線に屋根をつけた「ながでん電車の広場」

2000系D編成がここに保存されたのは昨日の記事にあるように2012年7月7日ですが、それ以前、ここには電機ED502、廃車当時はED5002,デハニ201、廃車当時はモハニ131、モハ604、モハ1003の4両が保存されていたそうです。これらの車両は2000系の展示で屋代線信濃川田駅に移動、さらにデハニ201とモハ604は安曇野ちひろ美術館に移設され、ED5002は、JR長野工場の解体を請け負っている、長野市大豆島の直富商事に引き取られて、クモハ252-1、DD16 303とともに保存されているとのことです(情報はこちらから)。

Dsc05779

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Dsc05781 長野よりの3号車はドアが開放されており、車内立ち入りも可能なようでした。


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2020年12月 1日 (火)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 48 長野電鉄、懐かしの車両 2000系 その2 りんご電車

昨日に続いて長野電鉄2000系の話題です。

2007-091231  2009/12/31 須坂 1990年までのりんご電車カラーに復元されたD編成、車両基地にはマルーン色のA編成

1957年2月に第12編成が落成・導入され、3月15日から長野~湯田中間の特急として1日5往復の運用が始まりました。各列車には「しらね」「よこて」「しが」「かさだけ」「いわすげ」といった志賀高原にちなんだ列車愛称が付されました。後に「奥志賀」に一本化されましたが、いつの間にか消滅しました。1980年代までは長野電鉄のロマンスカーとして広告されていましたが、当系列の場合、座席が集団見合い配置に固定されているため、いつの間にかその愛称も消えてゆきました。2本配置、予備車確保のため1日1編成使用であったので、効率が悪く、増発も出来ない状態でした。
1959年、この問題を解決するため1編成の増備が決まり、1962年3月1日からは長野~木島間特急「のざわ」が運転されましたが、利用者が伸び悩んだため、1965年4月には廃止され、その後復活しましたが、長野~木島間直通列車の廃止で、消滅しました。

2008-091231

観光客が増加する中で、新たな特急電車として名鉄7000系パノラマカーと同様な2階運転席による「前面展望」電車3000系が計画されましたが、タブレット交換方式などの問題から2000系が増備され、第4編成では空気バネ台車、スカート装備となりました。その後は通勤型電車の増備が続きました。1981年の長野線長野~善光寺下間地下化では難燃化対策や誘導無線取り付け工事が施工されました。1989年から1990年にかけ、全編成の冷房化が行われ、大型の集約分散式CU-113形冷房装置が1両につき2台屋根上に搭載され、補助電源装置もMGからSIVに交換されました。2連窓もユニットサッシ枠に交換され、前照灯はシールドビーム1灯化されました。

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2005年、東急電鉄から8500系を譲受、長野電鉄8500系として運用開始するにあたり、B編成(モハ2003 - サハ2052 - モハ2004)が8月28日を以って運用離脱し、2006年10月に解体されました。2005年8月には小田急電鉄から10000形4両編成2本が無償譲渡され、2006年12月9日のダイヤ改正から2代目1000系としてA特急「ゆけむり」として運用開始するにあたり、C編成(モハ2005 - サハ2053 - モハ2006)が運用離脱となりました。
2007年は特急運用開始から50周年の記念すべき年でA編成2月17日より塗装をマルーンに塗り替え復元運転を開始しました。D編成1990年まで使用していた「りんご色」に塗り替え、8月25日から運用に就きました。
2011年2月26日、JR東日本253系2100系「スノーモンキー」が運転開始となり、同年3月27日A編成は運用を離脱しました。最後に残ったD編成は2011年4月以降のイベント時などに臨時列車として運転され、2012年3月31日、屋代線の廃止時に最終営業列車として運転され、2000系としてのフィナーレを飾りました。
A編成は2011年3月の営業運転終了後、須坂駅構内に留置されていましたが、2019年春、解体されました。D編成は2012年7月7日より、小布施駅構内の「ながでん電車のひろば」に展示されています。その様子は明日の記事に載せます。

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2020年11月30日 (月)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 47 長野電鉄、懐かしの車両 2000系 その1 マルーン色

長野電鉄の懐かしの車両、今回からは2000系です。2000系は志賀高原を観光地として開発した長野電鉄が輸送力を確固たるものにするために1956年5月に導入に踏み切った新型特急電車で、これまで長らく協力関係にあった日本車輌製造とともに1957年から1964年まで、3両編成4本が製造されました。

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2009/12/31 須坂 特急運転開始50周年を記念して2007年2月17日より、マルーン色に塗り替えられたA編成

先日のOSカーとともにこちらも地方私鉄の電車としては希有の存在でした。開発に辺り、長野電鉄が日本車輌製造に提案した条件は
・電動車2両ユニット間に付随車1両を挿入した3両編成を基本とし、必要に応じて付随車を抜くか挿入した4両編成でも運転可能とする。
・車体は軽量にしながら強度を確保するため、準張殻構造(セミ・モノコック構造)とする。
・外観は流線型とし、客室設備にも配慮、観光鉄道に相応しい斬新な車両とする。
・軽量かつ高速に適する防震台車を用いる。
・主電動機は75kW級とし、狭軌用のWN駆動装置を用いる。
・強力迅速なブレーキ力を確保するため電空併用ブレーキを用いる。
・下り坂で発電ブレーキを効かせることのできる制御スイッチ:降坂抑速ノッチを設ける。         でした。

この提案を受けて日本車輌製造の設計陣が考慮したのは名古屋鉄道が1955年に製造した5000系で図面は一から引き直したそうですが、ボディスタイリングは5000系を意識したものになりました。台車は富山地方鉄道14770形1955年製造)に装備して実績のあった日本車輌自社製のNA-4P形(ゲルリッツ方式ウィングばね型)台車を装備し、電空併用ブレーキについては1954年以降に小田急電鉄や近畿日本鉄道、名鉄などで採用されていた最新式の「HSC-D」電空併用電磁直通ブレーキが採用されました。
電装系は三菱電機が担当し、同社がライセンスを有していたアメリカのウェティングハウス・エレクトリック社とナッタル社の共同開発したWN駆動方式が採用されました。もともと京阪1800系など1435mmの標準軌に適合した方式で、狭軌に適合させるのは至難の業でしたが、WM継手とモーターの小型化で対応させました。1956年12月に就役した富士山麓電気鉄道(現、富士急行)の3100形で55kWモーターで実現し、1957年、長野電鉄2000系で75kWモーターで実現しました。その後、1959年には小田急2400形では120kWモーターに、1963年には近鉄6900系(後の6000系)135kWモーターでも実現しました。先日の記事にあるように長野電鉄OSカーにも使用されました。

1957年2月
第1編成A編成 モハ2001-サハ2051-モハ2002
第2編成B編成 モハ2003-サハ2052-モハ2004
1959年11月
第3編成C編成 モハ2005-サハ2053-モハ2006
1964年8月
第4編成D編成 モハ2007-サハ2054-モハ2008

第1~3編成は蕨市にあった東京支店で製造されましたが、第4編成は新幹線開業前の量産等で多忙であったため名古屋本店が担当しました。

主要諸元
起動加速度 2.6 km/h/s
減速度 3.5 km/h/s
全長 18,600 mm
車体 普通鋼
台車 日本車輌製造 NA4P・NA4
主電動機 三菱電機 MB3032-A
主電動機出力 75 kW × 4基
駆動方式 WN駆動方式
制御方式 抵抗制御
制御装置 三菱電機 ABF-108-15
制動装置 電空併用電磁直通ブレーキ HSC-D

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2020年11月27日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 46 長野電鉄、懐かしの車両 0系、および10系

地方私鉄の中でも長野電鉄は長野駅~善光寺下間の地下化のように他の地方私鉄とは一線を画す奇抜なものを感じます。車両面でも今回紹介するOSカーはかなり異色です。

OSカーとはOfficemen & Students Carの略で、0系が企画された際、逼迫していた朝ラッシュ時の通勤・通学輸送を意識したものだそうです。
1966年に20m車体4扉の0系が登場しました。制御電動車モハ0形と制御車クハ50形の2両編成が2本製造されました。FRPを車両正面全面に採用した日本初の車両で、地方私鉄として積極的にラッシュ対策を施したことが評価され、1967年鉄道友の会からローレル賞が授与されました。

座席はロングシート、定員は160名、座席定員は54名でした。リンゴのイメージさせる赤2号とクリーム4号による塗り分けは警戒色の意味も兼ねて本系列にあわせてデザインされたもので、在来車にも及んで行きました。FRP製の前面は、踏切破損の防止のため前照灯、尾灯、方向幕を上部にまとめており、方向幕は種別表示と行き先表示を上下二段で表示しました。行先には分割運転を見越して「湯田中・木島」の表示を第一編成登場時から備えており、側面にも電動で操作できる行先・種別幕を装備しました。

台車は枕ばねがオイルダンパ併用のインダイレクトマウント式コイルばね、軸箱支持はペデスタル式のNA-18A(モハ0)、NA-18AT(クハ50)でした。車輪径は電動台車は910mm、付随台車は860mmでした。135kWの主電動機でWN継ぎ手による駆動方式のため、電動台車の車輪径は大きく設定されました。朝ラッシュ時には4連で運転されるため、先頭部には回り子式密着連結器が装備されていました。2500導入で4連運用が置き換えられてから後は密着自動連結器に交換されました。2編成導入後、さらに5編成が導入される計画でしたが、乗客数の減少で増備は中止になりました。
長野~須坂~信州中野~湯田中間で運用されましたが、ワンマン運転対応改造が難しく、発電ブレーキを装備していない点も仇となり、長野オリンピックを目前に控えた19973500に置き換えられる形で廃車となりました。

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2009/12/31 廃車後、須坂駅構内で物置代わりとして留置されていた10系 OS11編成

1981年3月1日の長野線長野~善光寺下間の地下化に備え、半鋼製車の置き換えを目指し、A-A基準を満たす車両として日本車輛製造で1980年に製造されたのが10系OSカーです。当初は0系、2000系、モハ1500形以外の全車両を置き換える計画でしたが、製造コストの点から東急5000譲受、改造による2500系導入の流れとなり、1編成の製造に留まりました。本系列以降、自社用新造車はありません。

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系に対する変更点は
・前面のFRP構造をやめ、一般的な鋼板製の三面折妻の三窓式形状への変更
・正面貫通扉からの隙間風による冬季の運転環境悪化を防止するため、非貫通化
・冬季の車内保温を目的に、4扉から3扉へ変更
・主電動機出力を150kWにアップし、抑速発電ブレーキを採用  です。

定員は160名で同じですが、ドア数の減少により、座席定員は62名に増かしました。

台車は、軸箱支持は0系同様のペデスタル式ではあるものの、枕ばね周りは、オイルダンパ併用の単列二重コイルばねと組み合わされた、やや旧式のスイングハンガー式(揺れ枕+揺れ枕吊り)が採用され、台車形式はNA-36形(モハ10)、NA-36T形(クハ60)となりました。木島線や屋代線がワンマン化されて以降は長野線専用となりましたが、0系同様ワンマン化改造が難しいため、製造から23年の2003年に廃車となりました。
10

OS11
モハ11 - クハ61

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2020年11月26日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 45 須坂駅、廃止になった屋代線の思い出

臥竜公園、須坂市動物園を見学した後は徒歩で須坂駅に向かいました。

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2018/9/1 須坂駅 駅前ロータリー 連絡橋の左奥が駅舎

091231_20201125185901 2009/12/31

須坂駅(駅番号N13)は現在は長野線の駅ですが、2012年3月までは、屋代線が分岐しており、駅番号もNY13でした。以前、記述しましたが1922年6月10日河東鉄道が屋代~須坂間を開通させたときに開業しました。1922年3月26日には信州中野まで開通、同年6月28日には長野電気鉄道が権堂~須坂間を開通させ、同年9月30日、長野電気鉄道と河東鉄道の合併で長野電鉄の駅となりました。

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2009年当時の1.2番線ホーム 屋代線は4番線発着でしたが、2番線にも屋代線方面の出発信号機リレー灯が見えます。

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信州中野・湯田中方面の4番線と5番線の間にはホームの無い線路(8番線)があり、写真のように編成が留置されています。
 
単式ホーム1面1線、島式ホーム2面4線で5番線までありますが、長野線が使用しているのは1~4番線で5番線は臨時ホーム、イベント時などに使用されます。
ホームは 1番線2番線 上り 権堂・長野方面
     3番線4番線 下り 信州中野・湯田中方面
     5番線 臨時ホーム  で屋代線は4番線が専用ホームでした。


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車両基地も近接して設置されており、3500系や元JR東日本253系2100系の姿が見えます。

3500-3532-091231 2009年の須坂駅で屋代線表示の車両が写っていないか調べたところ、唯一この写真に写っている奥の3500系編成の方向幕に屋の字が見えました。

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2020年11月25日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 44 臥竜公園内須坂市動物園に保存のD51401号機

須坂長野東インターから徒歩で約1時間、須坂市の東部にある臥竜公園には動物園が併設されており、D51401号機が保存されています。

Inked_li-small 村山駅からトレインギャラリー(青)、須坂市動物園(黄)、須坂駅(赤)までの行程 Yahooサイトの地図をベースに加工しました。

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Dsc07446 2018/9/1 最初に到着した場所は南口でした。

臥竜公園は明治神宮や日比谷公園を設計した日本最初の林学博士の本多静六氏1926年に設計、1931年に築造されたもので、この時期は1929年世界大恐慌が製糸業の街、須坂にも多大な影響を及ぼし、多くの失業者が出ていました。公園の築造事業が失業対策の一環でもあったそうです。歴史は繰り返しますが、今の政府はここまで一般国民のことを考えて政治をやっているのか疑問に感じる今日この頃ですが。

公園は日本さくら名所100選にも選ばれるさくらの名所で。他にもアヤメ・フジ・ツツジ・アジサイがそれぞれの季節に咲き競います。

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D51401号機の履歴は沖田祐作氏の機関車表データによると
1940-2-1 日本車輛名古屋工場 製番776
名古屋局配属 配置米原
1943長町
1948-7現在 長町
この間重油併燃装置取付
1955-8-1現在 長町
1966会津若松
1967-7-21大館
1971-9-29木曽福島
1973-9-20廃車 木曽福島
1973-11-20保存

日本車輛名古屋工場製のD51は塩尻市役所の153号機で触れました。

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煙突には集煙装置が付き、潤滑油のバルブはランボード上に線路方向に並んでいます。

Dsc07460 砂管のパターンは3本とも垂直に落ちるタイプで、これまで見てきた同工場製の大きな末広がりパターンからすれば異端のようです。
逆転器リンクプレートは小穴タイプです。

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助手席側キャブ前の潅水清浄装置は無装備で、炭水車の前照灯、尾灯は片側欠でした。

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なぜか蒸気が蒸汽になっている説明版

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キャブ内も見学可能で、メーターのガラスやハンドルが良く保存されていました。

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2020年11月23日 (月)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 42 地方私鉄に譲渡された東急5000系初代

東急5000系初代1954年10月16日東横線で運用開始後、1970年田園都市線から急行用に7000系が転属し、入れ替わりに一部が田園都市線に転属するまで105両全車が東横線で活躍しました。私が高校通学で東横線を利用していた頃は急行運用に7000系が入っていましたので既にこの頃は東横線における5000系初代運用の終盤期に入っていたことになります。1979年8月、田園都市線・新玉川線大井町線の運転系統分離で前者は8500系に統一、5000系は大井町線に配置となりました。1980年3月29日のダイヤ改正で5000系の東横線での活躍は終わりました。

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2015/2/14 東急 電車バスの博物館の車両の歴史紹介の展示から

5000-1500214

大井町線の主力時代も東横線線に8000系や8090系が増備されたことで初代7000系が大井町線で転属し、1985年3月中で終了しました。目蒲線では1980年4月から運用が開始されましたが、1986年6月18日7200系の転属で営業運転が終了しました。先輩の3000系よりも先で東急線から姿を消しました。池上線は車長の関係で入線ができませんでした。

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1977年、最初の地方私鉄譲渡として長野電鉄への譲渡が始まり、1980年には福島交通への譲渡も始まりました。福島交通には1980年と1982年に2両編成2本が譲渡されましたが、1991年飯坂線の昇圧で7000系に置き換えられました。

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岳南鉄道には1981年、2両編成4本が譲渡され、1997年7000形に置き換えられ、2006年には予備車として残っていた編成も廃車になりました。

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熊本電気鉄道には前回の記事のように1981年から譲渡が開始され、1983年には上田交通サハ5350形2両を制御車改造したクハ290形が譲渡され、1986年には別所線の昇圧でデハ5001を含む2両編成4本が譲渡されました。1993年には7200系に置き換えられ廃車となりました。デハ5001は廃車後、静態保存のため東急に返却され、緑塗装に戻され、長津田検車区に保存、さらに東急車輌製造構内に保存され、2006年10月26日からは渋谷ハチ公口前に保存されました。長らくハチ公口のシンボルとなっていましたが、2020年8月、秋田犬の里へ移転しました。

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5001-130113-42013/1/13 渋谷駅 ハチ公口


松本電気鉄道には1986年2両編成4本が譲渡され、2両は両運転台化されましたが、2000年京王井の頭線3000系の導入で全廃されました。

TS301台車も譲渡されており、1982年には伊豆急行に譲渡されサハ173と174の台車が振り替えられました。1986年には西鉄に譲渡され宮地岳線の120形のカルダン駆動化に使用されました。

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2020年11月20日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 41 熊本電鉄に譲渡された東急5000系初代

昨日の記事で長野電鉄に譲渡、2500系として活躍後、トレインギャラリー駐車場に保存されている元東急5000系初代を紹介しました。なかなか東急の車両について触れる機会も無いので、2010年に熊本に行った際に熊本電鉄にて乗車した5000形につて触れておこうと思います。

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5101a-100320-2 2010/3/20 上熊本駅に入線・到着する5101A 「平面ガエル」の姿を初めて見たときはそのユーモアたっぷりの愛称に思わず笑いました。

熊本電気鉄道には1981年に2両編成(デハ5043+デハ5044)が譲渡されました。譲渡に際して、600V降圧改造と、主抵抗器の冷却をMGからの送風とは別に行うため、MGを主抵抗器送風機付きのCLG-107からCLG-333に交換し、主抵抗器送風機を新設しました。社紋を熊本電気鉄のものに交換しましたが、車体塗色、台車は東急時代のままとしました。改造は東急長津田車両工場で施工、1981年11月25日に北熊本に搬入、12月2日から試運転、12月21日から営業運転に入りました。
1986年、ワンマン運転対応改造が施工され、1988年には5043が両運転台化改造され、5105に改番されましたが、5044は改造されず休車扱いとなりました。

5101a-100320_20201119192701
オリジナル側運転台 ワンマン運転対応機器もだいぶ年季が入っています。

1985年、東急電鉄からデハ5031・5032・5053・5038の4両が譲渡されました。その際に、連結面側にも運転台を増設し、両運転台化し、ワンマン運転対応用の機器が設置されました。これらは5101-5104となり、上述の5105もこれに倣って自社工場にて改造されました。連結面側は車端部の側窓を埋め、運転室、運転台を設置、側面には小窓が新設されました。3枚窓貫通スタイルで「平面ガエル」と呼ばれました。新設運転台の機器は東急で廃車となったデハ5007-5010のものが流用されました。MGもTDL-359A1に、CPも交換されましたが、それら以外は東急時代と同じでした。

5101a-100320-4 サイドビュウ 後から付けた運転席側窓

5101・5103は既設運転台が上熊本側、5102・5104・5105は既設運転台が御代志側となりました。5101-5104と同時に部品確保用としてデハ5019・5120が譲渡されましたが、当初より車籍は与えられず、北熊本駅構内に留置され、後に解体されました。ワンマン対応であることの識別のため、黄色・橙色の帯が加えられ、側面ドア脇には「入口」「出口」「締切」を示す表示灯が新設されました。前照灯もシールドビームに変更されました。

5102a-17-100320-2 故障がちの5102Aは庫に居ました。

就役後、主力車両として使用され、1991年には水色と青の塗装に変更されました。しかし超軽量車体のため老朽化の進行が速く、冷房装置の搭載も困難なため、1995年以降、都営地下鉄三田線で使用されていた東京都交通局6000形が入線すると置き換えが開始され、最後に5101・5102の2両が残りました。2004年、全線でATS運用が開始された際、この2両にもATS機器が設置され、5101A、5102Aと改番され、東急時代の塗色に戻されました。運用は北熊本~上熊本間専用となりましたが、非冷房のため夏場の平日は元南海22000系を譲受した200形3代目が代走することが多くありました。車体や機器の老朽化で故障も頻発し、2015年から翌年にかけて東京メトロ01系が導入され、置き換えられる形で運用が終了しました。5102Aが最初に廃車対象となり、2015年3月8日に最終運行、4月1日から3日にかけ解体されました。5101Aは2016年2月14日、最終運行、引退後は解体されず北熊本駅構内で動態保存となっています。

5101a-100320_20201119193401
5101Aの車内の様子 ワンマン運転用の機器は小田原機器製、それ以外はオリジナルのままでつり革には東急百貨店、東横のれん街、渋谷の109といった広告が残っていました。

因みに今回の記事の写真はビデオカメラの写真モードで撮影したものです。

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2020年11月19日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 40 トレインギャラリー駐車場に保存される長野電鉄2500系

「信州十割そば処 レストラン トレインギャラリーNAGANO」にて昼食の信州そばを堪能した後は、駐車場に保存される長野電鉄2500系をじっくりと見学しました。

Dsc07412_20201118183101 2018/9/1

この車両は言わずと知れた元東急5000系初代で、私も高校時代の1971年4月から1974年3月は東横線を利用していましたので毎日お世話になっておりました。地方私鉄に譲渡された東急5000系初代に遭遇するのは、熊本電鉄5000形に続き2度目ですが、高校時代に東横線で活躍する5000系初代の写真を撮っていなかったことは今でも悔やまれます。

Dsc07417

保存されているのはC10編成 モハ2510+クハ2560で東急ではデハ5015、デハ5016だった車両です。譲渡の際にデハ5016は電装解除改造されました。

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以下の記述にあるように通過標識灯が尾灯となり、オリジナルの尾灯が撤去され、ジャンパ栓が増設されています。

初代5000系は1954年から1959年にかけ、東急車輛製造において105両、内訳は

デハ5000形式 制御電動車 5001-5055
デハ5100形式 中間電動車 5101-5120
クハ5150形式 制御車 5151-5155
サハ5350形式 付随車 5351-5375 製造当初はサハ5051-5075としてデハ5000形に挟まれ3両編成でしたが、1959年にデハ5000形5051-5055が製造され、番号重複が起こるため、同年8月1日付でサハ5350形に改番されました。

が製造され、3~6両の編成で1954年10月16日から1986年6月18日までの32年弱に渡り、運用されました。

湘南スタイルの正面2枚窓、航空機のモノコック構造を応用した超軽量構造で下膨れの愛嬌ある車体から「青ガエル」の愛称で親しまれました。丸みの強い車体形状は通常の電車に較べ、断面積が小さく、混雑時の詰め込みに適さないことや冷房化などによる大規模な設備の改修に向かないこと、部分的な荷重や応力に弱いことなどで鉄道車両にはあまり普及せず、準張殻(セミ・モノコック)構造の車両が多用されるようになりました。

Dsc07435 直角カルダン特有の構造が見えます。

我が国で初めて本格導入された直角カルダン駆動方式でインダイレクト方式の揺れ枕にボルスタアンカを併用したTS-301台車を履き、その重量は1基あたり4500kgと軽量でした。主電動機は定格速度の高い東芝製SE-518形直巻きタイプ(定格出力110kW、端子電圧750V、電流162A、定格回転数2,000rpm、最高許容回転数4,500rpm、最弱め界磁率50%)が採用されので高速性能が確保されました。起動加速度はMT比2M1Tで2.7km/h/s、1M方式の電動車のため、MT比を自在に変えることができました。PE-11形電動カム軸式抵抗制御器は、直列12段、並列11段、弱め界磁3段、発電制動20段で後に国鉄のCS12形制御器のモデルとなり、さらに改良されて国鉄の電車用抵抗制御器の決定版となるCS15形へと発展しました。
制動には発電制動併用自動空気制動が採用され、発電ブレーキ抵抗器の冷却風を客室内に導き、温風として暖房に使用する設計が取り入れられました。尤もこの方式は動き出した当初はなかなか温まらないため、後年、通常の電熱式に改造されました。

Dsc07420 東横線時代から印象的だったTS-301形台車

主要諸元
車両定員 先頭車140(座席58)人 中間150(座席64)人
自重 デハ5000形 (Mc) 26.6 t デハ5100形 (M) 27.0 t サハ5050形 (T) 20.0 t クハ5150形 (Tc) 21.5 t
全長 18,500 mm
車体長 18,000 mm
全幅 2,740 mm
車体幅 2,700 mm
全高 4,120 mm
車体高 3,640 mm
台車 TS-301
主電動機 SE-518形
主電動機出力 110 kW(端子電圧750V)
駆動方式 直角カルダン駆動方式
歯車比 52:9 (5.78)
制御方式 電動カム軸式抵抗制御
制御装置 東芝PE-11形(弱め界磁起動1段、直列12段、渡り2段、並列11段、弱め界磁3段、発電制動20段)
制動装置 AMCD、手ブレーキ 発電併用自動空気ブレーキ
保安装置 東急形ATS

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5000系と5200系は主抵抗器はカバーで覆われ、MGに取り付けられたファンで冷却する強制風冷式が採用されました。

長野電鉄は1981年の長野線長野~善光寺下間の地下化に対応し、A-A基準1969年5月15日付通達の地下線を運転する車両、地下鉄線に乗り入れ運転する車両に対する火災対策基準、実際には後述のように、大都市およびその周辺の線区で長大トンネルのある区間を運転する車両に対するA基準が適用されました。)に適合する車両が大量に必要となり、1977年から東急5000系の導入を進めました。東急側は3000系初代を譲渡する方針でしたが、長野電鉄の強い要請、東急百貨店(長野県経済の要衝でした)の口添えもあり、5000系の譲渡となりました。1977年1月25日に借入扱いでモハ2601+クハ2551(デハ5036+クハ5155)が入線し、試運転や乗務実習が繰り返され、同年2月9日から営業運転に入りました。

導入に際して長津田車両工場にて以下の改造が施されました。

出力増強改造:信州中野 - 湯田中間の連続勾配区間に対応するため、2両編成については主電動機を東芝SE-626(定格出力115kW)に交換。3両編成については元来搭載する東芝SE-518の磁気容量拡大により対応。
・電動発電機 (MG) と蓄電池を制御車・付随車に移設。固定編成化
A基準適合改造
・ワイパー増設。
・2両編成へのジャンパ線増設。
・尾灯を移設。東急時代は窓下に尾灯、窓上に通過標識灯を配していましたが、譲渡改造時に通過標識灯を廃止し尾灯を窓上に移設。
耐寒耐雪工事改造
・警笛を移設、前面窓下にふた付きのものを設置。
・通風器を押し込み式に取替え。ドアレールヒーターを設置。戸袋を密閉式へ改造。
・乗務員室を200㎜拡張し、仕切り扉を中央へ移設。
・台車を改造することで床面を30㎜下げて、床面高さを1140㎜に変更。

500025002600_20201118160001

最終的に2両編成2500系10本(モハ2500形クハ2500形C編成)、3両編成2600系(モハ2600形サハ2650形T編成)3本の計29両が譲渡されました。
クハ2500形についてはオリジナルのクハ5150形が5両しかなかったので、デハ5000形を5両、電装解除・制御車化改造を施し、対応しました。塗装は写真のように従来車に準じたファーストレッド(国鉄赤2号と同色)とストロクリーム(国鉄クリーム4号と同色)のツートンカラーに塗り替えられ、「赤ガエル」の愛称で親しまれました。1991年頃に塗り分けが変更され上部の赤帯が前面まで回るようになりました。

1980年代から1990年代にかけて長野電鉄の主力車として運用されてきましたが、1980年代から1990年代にかけて長野電鉄の主力車として運用されてきたが、1998年の長野オリンピック輸送に向けた車両保守の合理化を目的に、1993年から帝都高速度交通営団日比谷線用の3000系(3500系)への置き換えが始まり、1998年までに全車廃車となりました。

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2020年11月18日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 39 長野電鉄村山駅から千曲川沿いを南下し、トレインギャラリーへ

再び2018年晩夏、信州の旅に戻ります。村上駅で下車した後、目指したのは上信越自動車道須坂長野東インターチェンジそばにある「信州十割そば処 レストラン トレインギャラリーNAGANO」でした。2012年の長野電鉄屋代線廃止以前は同線の井上駅が近かった(徒歩15分とのことです)と思いますが、残念ながら廃止されてしまったので、村上駅から上信越自動車道沿いの道を歩くことにしました。地図で調べると道なりに4km程あります。

Dsc07398 2018/9/1 道沿いにはリンゴ畑が多くあり、リンゴの木にはすでに大きな果実がつき、赤く色づいていました。

Dsc07410 村上駅を出てから40分くらい歩くと県道58号に出てます。この写真の右隅に写っている車掌車ヨはインター入口の喜多方ラーメン店「蔵」に保存されているもので後日紹介します。

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この光景は喜多方ラーメン店からから須坂方向に向かった際に見えるものです。

Dsc07414 
県道58号を少し西へ行った北側にトレインギャラリーがあります。大きな看板があるので見逃すことはありません。

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建物の外観は蕎麦屋風で、実態も蕎麦屋ですが

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Dsc07430 鉄道模型館には3000両を超える鉄道模型が展示されており、思わず童心に帰ってしまうような見事なコレクションでした。

ちょうどお昼の時間帯でもあったのでこちらで昼食を摂りました。食事の後、同館の駐車場に保存されている長野電鉄モハ2510+クハ2560(元東急デハ5015+デハ5016 5016は長野電鉄に入線する際にTcに改造されたそうです。)を見学しました。その様子は明日の記事にアップします。

新型コロナウイルス蔓延の影響で一時は閉館されていたようですが、10月20日から模型館は再開されたそうです。

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