2024年春の名古屋周辺旅行 トヨタ博物館を見学 その17 大衆車の争い ダットサン・サニー vs トヨタ・カローラ
1955年の通産省の国民車構想に答えて自動車メーカー各社がこれぞ国民車というクルマをデビューさせる中、日産は戦前からの流れを汲んだ「ダットサン110型」を、トヨタは「トヨペット・クラウン」を世に出し、それぞれ小型と中型の世界で販売を拡大させていました。それぞれが相手の得意分野に進出しようと日産は1960年に「セドリック」を発売、トヨタはクラウンのタクシー版だった「トヨペット・マスター」のパーツを流用し、「コロナ」を世に出しました。さらに日産はコロナに対抗し、ライセンス生産していた「オースチンA50」のエンジンをストローク・ダウンし、「ダットサン210型」をデビューさせました。その後、「ダットサン310型」はブルーバードの愛称が与えられ、国内販売、海外輸出両面でコロナを大きく引き離しました。日産は2代目ブルーバードとしてイタリアのピニンファリーナのデザインによる410型を1963年にデビューさせますが、自信をもって出したこのクルマ、日本の市場では「尻下がり」と受け入れられず、一方、トヨタが1964年に3代目としてデビューさせたアローラインのコロナは大ヒットとなり、コロナが初めてブルーバードに勝利しました。
1966年、通産省の国民車構想から11年目のこの年は「大衆車元年」と後に言われる年となりました。トヨタはコロナの下のクラスとして1961年に空冷水平対向2気筒エンジン搭載の「パブリカ」を世に出しましたが、まだ経済成長が始まったばかりでヒットはしませんでした。日産はブルーバードの下のクラスとして「サニー」を開発、エンジンは水冷直列4気筒OHV、1000㏄でした。4月に「サニー」が発表されるとトヨタは「サニー」開発の情報を掴んだ時点でエンジンの排気量を1100㏄とし、「カローラ」として同年10月に発表しました。さらに「サニー」を意識して、「プラス100㏄の余裕」というキャッチコピーをつけての販売戦略を取りました。サニーが直線的で軽快な走りをするのに対し、カローラはパブリカの失敗から豊かさをイメージさせるボディを前面に押し出した感がありました。1969年にはカローラが同じトヨタの3代目コロナを販売実績でも上回り、年間最多販売車種の座に就きました。サニーも1971年の2代目では1200㏄エンジンを搭載、ボディサイズも拡大し、「隣のクルマが小さく見えます」というキャッチコピーで対抗しましたが、2代目カローラは1400,1600㏄エンジンで登場、セダン、クーペに続き、ハードトップも加わり、サニーを引き離してゆきました。
ダットサンサニー 1000 B10型
全長 3820㎜ 全幅 1445㎜ 全高 1345㎜ 重量 645㎏ ホイールベース 2280㎜ 水冷直列4気筒OHV 988㏄
最高出力 41kW/56PS/6000rpm
トヨタ カローラ KE10型
全長 3845㎜ 全幅 1485㎜ 全高 1380㎜ 重量 710㎏ ホイールベース 2285㎜ 水冷直列4気筒OHV 1077㏄
最高出力 44kW/60PS/6000rpm
1986年には1位がカローラ、2位がサニーでしたが、バブル期になるとマークIIやクラウンが間に入るようになり、バブル終了後の1993年には日産の稼ぎ頭は「マーチ」「キューブ」などになり、2004年とうとうブランド名も新型「ティーダ・ラティオ」に置き換わり、消滅となりました。
一方のカローラは1969年から2001年にホンダ・フィットに抜かれるまで車名別日本国内販売台数第1位を維持、現在もトヨタカローラ店が存在するように、11代51年とマツダ・ファミリアに続く長命ブランドになっています。
最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。
最近のコメント