2022年8月26日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part12 浜離宮恩賜庭園

前回のこのシリーズの記事で紹介した通り、浜離宮は徳川将軍家の別邸でした。8代将軍吉宗の時代、この地を殖産の試験場と位置づけ、200種を超える薬草の栽培、琉球から取り寄せたサトウキビの栽培・砂糖の試作、オランダから輸入した洋種馬の飼育、ベトナムから運ばれた雄の象の飼育などが行われ、鍛冶小屋、火術所、大砲場なども設置されました。11代将軍家斉の時代には庭園が概ね整い、将軍の鷹狩りの場として利用されることが多くなりました。幕末には幕府海軍の施設として石造建物が建造され、1869年の英国エジンバラ公アルフレートの訪日の際の接待所「延遼館」として利用され、明治維新後も迎賓施設として利用されましたが、鹿鳴館が完成すると役割を終え、1889年に取り壊されました。

Dsc09956 2022/6/28 

1923年9月1日の関東大震災、1945年3月10日の東京大空襲では大手門や複数のお茶屋、樹木が焼失し、庭園自体も大きく損傷しました。1945年11月3日、GHQの要求で東京都に下賜され、1946年4月1日に都立庭園として開園しました。1948年12月に国の名勝及び史跡に、1952年11月には特別名勝及び特別史跡に指定されました。

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新橋方向

Dsc09973_20220825084101 晴海方向

浜離宮周辺の新橋や晴海は再開発で高層ビルが乱立しており、高層ビルに囲まれた緑の庭園となっています。

220628 庭園内は大手門から入場し、反時計回りに外周を歩きました。

Dsc09958 明治初期、鹿鳴館が完成するまで、迎賓館の役割を果たした延遼館ですが、2020年東京オリンピックの開催に合わせ、復元が計画されたこともあったそうですが、舛添知事の辞任で流れたそうです。

Dsc09969 離宮時代は官舎だったそうで、それを復元し、現在は集会場となっている芳梅亭

Dsc09978 富士見の丘から眺めた潮入りの池と中島のお茶屋 背後には松のお茶屋、燕のお茶屋、鷹のお茶屋などが見えます。

Dsc09964 庭園内には三百年の松をはじめとして松、けやき、などの大木が多く残されています。

Dsc09982 浜離宮の南東側の堀は水門を介して隅田川河口と繋がっており、潮入りの池などには海水が取り込まれ、汽水状態になっています。自由劇場、JR東日本四季劇場秋などの建物が見えます。

Dsc09990 潮入りの池では釣りはできませんが、こういった生物が生息しています。
江戸時代から続く都内の庭園では唯一、海水の池となっています。

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2022年8月19日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part11 築地場外市場から、浜離宮恩賜庭園へ

かちどき橋の資料館の資料館を後にし、晴海通りを銀座方向に向かって歩くと数年前まで東京の台所として機能した旧築地市場の前に出ます。

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築地市場は江戸時代から東京の食品流通を担ってきた日本橋魚河岸が1923年9月1日の関東大震災で全壊し、市場組合が芝浦で仮営業を開始し、旧外国人居留地で海軍省の所有地(それまで海軍大学校、造船廠、水路部などの施設がありました)を借り受け、臨時の東京市設魚市場を開設したのが始まりとされています。1935年に東京市中央卸売市場が開設され、2018年に豊洲に移転するまで83年間、その機能を担いました。1954年3月にはビキニ環礁でアメリカによる水爆実験が行われ、その際に被爆した第五福竜丸が水揚げした水産物が市場に入荷、残留放射性物質の混入で市場が大混乱に陥ったこともありました。1966年10月1日には関西からの鮮魚特急「とびうお号」が運行され、話題になりましたが、国鉄民営化を前に国鉄の引き込み線も1987年1月31日に廃止されました。2018年10月11日、豊洲市場が開場、市場機能は移転しましたが、観光地としての築地場外市場はそのまま名称も残されました。

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東京メトロ日比谷線が茅場町~八丁堀~築地と走ってきて東銀座に向けて方向転換する交差点を左に曲がると、国立がん研究センター中央病院の前に出ます。

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さらに進むと朝日新聞東京本社ビルの前を通ります。以前は権力に対峙するジャーナリズムとして朝日新聞には期待していましたが、安倍政権以降はすっかりその牙が抜かれてしまったようでを、情けない限りです。新大橋通りが大きく右に曲がり、首都高速汐留JCTの下辺りに浜離宮恩賜庭園の大手門があります。

Dsc09949 Dsc09951_20220818105101 Dsc09950_20220818105101
元々、17世紀の初め頃は葦などが茂る湿原で徳川将軍家の鷹場でした。1654年に甲府藩主徳川綱重がこの地を拝領し、海を埋め立て別邸を設け、藩の下屋敷として使用されました。綱重の子、綱豊が徳川6代将軍家宣となったため、甲府徳川家は絶家となり、将軍家の別邸、浜御殿となりました。
これ以降の歴史、並びに庭園内の様子については次回以降の記事にて紹介いたします。

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2022年8月12日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part10 かちどき橋の資料館 part2

かちどき橋の資料館では、毎週木曜日に橋脚内の見学ツアーを行い、橋の開閉の運転操作、開閉用の歯車などを見ることが出来たようです。同ツアーは2018年1月から2020年3月まで橋の改修工事で中断となり、引き続き新型コロナウイルス病蔓延で中断となっているようですが、概略についてはWEBサイトにて紹介されています。

2_20220811080701 1_20220811080701 同館のパンフレット 勝鬨橋建設の経緯、開閉に関して、見学ツアーに関して、展示物の紹介などが丁寧にまとめられています。

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隅田川にかかる27の橋に関するパンフレット いずれ機会があれば上流からすべての橋を渡り、写真に記録したいと感じました。

Dsc09898 中でも、下流の清洲橋、永代橋、勝鬨橋は2007年6月18日、国の重要文化財(構造物)に指定されたそうです。

Dsc09896_20220811081601 Dsc09897 日本全国には現在、40近い可動橋があるそうですが、その紹介もありました。

Dsc09931今の東京の街は関東大震災からの復興、さらに1964年の東京オリンピックで大きく変わりました。前者では52本の幹線道路の整備、隅田川の9つの鉄橋の整備が行われました。

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隅田川に架かる橋の多くは関東大震災以前は木造の橋でしたが、震災からの復興で鋼製の橋に架け替えられました。

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橋の可動部分、特に道路の継ぎ目にあたる部分の構造部材が展示されています。

Dsc09941 Dsc09942 私自身、勝鬨橋が開くところは実際に見た経験はありませんが、こうやって模型で開くシーンを見ることで当時の様子を想像することはできます。

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2022年7月22日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part10 かちどき橋の資料館 part1

勝鬨橋の築地側にかちどき橋の資料館があります。この建物はかつて勝鬨橋が可動していた頃、橋の可動に必要な直流電気を作り出すための変電施設でした。開館日は毎週火・木・金・土曜日のため、前回は閉館日だったので、再訪しました。

Dsc09883 2022/6/28 晴海側から見た勝鬨橋

Dsc09889 築地側の川岸にかちどき橋の資料館が建っています。

Dsc09892 変電所時代の表札も残されています。

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開館時間は9:30から16:30、12月29日から1月3日は休館、冬期(12月1日から2月28日)は9時から16時まで開館となっています。施設を運営するのは(公財)東京都道路整備保全公社です。

Dsc09908 一番、大きな展示物は2台の電動発電機です。


Dsc09925_20220721145001 3300Vの交流を受電して回転力を得る誘導電動機

Dsc09923 界磁に磁界を生じさせる直流励磁機

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直流発電機


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橋を可動させる電源は当時の技術では直流方式となっていたため、送電線から交流を建物内に導き、交流誘導電動機を回転させます。回転軸に直結した直流励磁機で磁界を作るための励磁電流を発電、その磁界の中で回転子を回して直流電気を得て、橋に供給する方式でした。
発電セットが2組あるのは万が一、一方が故障した際のバックアップ用と、強風時など橋の可動に大電力を要する際には2台で電気を供給するためでした。

Dsc09911 高圧配電盤は電力会社から受け取ったAC3300Vのモニター用

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変電所で発電した直流電気、橋の可動、信号、灯火用のモニター

その他の展示物に関しては次回の大川端シリーズにて。

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2022年7月15日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part9 晴海埠頭から東京国際見本市会場跡へ

晴海埠頭。客船ターミナルに着いたものの、肝心の客船ターミナルは2022年2月20日を以って閉鎖されており、ひと気はありません。さらに来た方向へ戻ろうにも歩道は工事中で所々、ブロックされている有様です。最初は再び、バスに乗って適当なところまで戻ろうかと思いましたが、聞いてみると歩道はブロックされていても歩いてほかの場所に行くのは可能とのことで、まずは歩いて周辺を散策することにしました。


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2022/6/28 晴海客船ターミナル 案内表示 既に閉鎖となって4か月以上が経過していますが、まだこういった案内表示は残っていました。

Dsc09860 特徴的な建築物もそのまま残されています。

Dsc09865 この船は何だろうと煙突をみるとどこかで見たマークが、船体表示板にはHAKUHOUMARUと書かれており、東京大学海洋研究所の学術研究船白鳳丸であることがわかりました。1989年に竣工、大型の学術研究船で近海・遠洋を問わず、世界の海で海洋生物、地球物理、化学、地震などの調査、研究に使用されてきましたが、2021年、発電機および主機のリニューアルに伴い、すべての関連機器のシステム換装工事が行われたそうです。

Dsc09868 オリンピック、パラリンピックの選手村が設けられたこの地区は現在。再開発事業の真っただ中でこの写真の右上がかつて客船ターミナルがあった場所、その上辺の岸壁に白鳳丸が停泊していました。

Dsc09869 そしてこの埋め立て地のなかで一番高い建造物が、上の写真左下の中央清掃工場の円筒です。

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看板をよく見なければ清掃工場とはわかりません。


Dsc09872_20220714112301 こういう車が頻繁に出てくるので清掃工場であることはわかります。
ちなみにこの場所には1996年まで東京国際見本市などの会場となったドーム型の建物などが建っていました。私も昔、父親に連れられて東京モーターショーに来たことがありました。東京ビックサイトが完成したため取り壊されたそうです。そもそもは1940年開催予定だった紀元2600年記念万国博覧会の会場予定地として、1959年に開場し、A~C館、東・西・南・新館と7施設があり、東京都が出資していた社団法人東京国際見本市協会と株式会社東京国際貿易センターの二法人によってそれぞれ管理運営しており、非効率であり、各館をつなく通路もなかったことから、雨天時に問題があり、施設の老朽化もあり、閉館となりました。

Dsc09873_20220714113401 都営地下鉄大江戸線勝どき駅周辺は高層ビルが林立しています。

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2022年7月 8日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part8 都03ルートで四ツ谷駅から晴海埠頭へ

これまでのこのシリーズは2021年11月17日、水曜日に現地を訪問した時の写真をもとにした記事でした。今回からは2022年6月28日、火曜日そう関東地方では観測史上異例となった9日間連続の猛暑日となった頃に現地を再訪した際の記録に基づくものです。

Dsc09854 都営バスの四谷駅前停留場と都03ルート案内、時刻表 四谷から晴海埠頭と東京駅丸の内北口を結んでいるのが現在の都03ルートのようです。

Dsc09855 2022/6/28 四谷駅前から新宿通りを新宿方向 当日は前日、異常に早い梅雨明けが発表となり、朝から35℃を超える猛暑日でした。

前回は地下鉄有楽町線の月島駅を出発点にしましたが、今回は四ツ谷駅から都営バス都03ルートで晴海埠頭を目指しました。なぜこのルートにしたかと言えば、1964年12月から1973年12月頃まで、父親の仕事の関係で杉並区清水3丁目の公務員住宅に暮らしていました。この地に引っ越した当初は沓掛(くつかけ)町という町名で環状八号線に面して都営バスの沓掛町操車場、後の清水操車場があり、ここから晴海埠頭、東京駅南口、新宿西口行のバスが出ていました。家から数分のところにバスの始発停留場がありましたので、休日、新宿、銀座、築地、さらに晴海埠頭で開かれていた自動車ショーなどここからバスでいったものでした。清水操車場に関するバス路線の変遷に関してはこちらに詳しく書かれています。あの頃の都営バス304系統(20.603km:1970年3月27日を以って廃止)が短縮され現在、四谷駅前から晴海埠頭に至る都03ルートとして残っていることを知り、乗ることにした次第です。

Dsc09857 写真でははっきり行き先が写っていませんが9:39発、晴海埠頭行です。

Dsc09858 10:15 晴海埠頭に到着

四ツ谷駅を出ると麹町を通り、半蔵門へ、内堀通りを右折し、三宅坂、国会前、桜田門、日比谷、銀座、築地、勝どき橋を通り、晴海3丁目で右折、晴海埠頭、客船ターミナルまでの8.083kmの路線です。道路の混雑状況により所要時間は変化すると思いますが、私が乗車した9:39発のバスは10:15に晴海埠頭に到着しました。

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晴海埠頭のバス停の先には晴海客船ターミナルがありますが、かつては東京港のシンボルとして毎年5月には「東京みなと祭」なども開催されていたようですが1993年にレインボーブリッジが開業、橋桁の高さ(52m)の関係でパナマックスサイズの大型クルーズ客船が通過できなくなり、2020年東京オリンピック・パラリンピックに合わせ江東区青海に東京国際クルーズターミナルが建設されることになり、当ターミナルは廃止されることになりました。すでにターミナルビルは2022年2月20日を以って閉館しており、バスだけが発着する状態となっています。

ここは都03の他、東京駅丸の内南口とを結ぶ都05-1、錦糸町駅とを結ぶ錦13甲のターミナルとなっており、大量の都営バスが駐車していました。ここから勝鬨橋のかちどき橋資料館、浜離宮恩賜庭園、旧新橋停車場を訪ねての今回の散策がスタートしました。

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2022年7月 1日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part7 相生橋

隅田川は永代橋の下流で、佃大橋、勝鬨橋、築地大橋と流れる本流と相生橋方向に流れる隅田川派川に分岐します。隅田川派川の0.9kmが隅田川の一部と考えられているため相生橋は隅田川に架かる27の橋のひとつに数えられています。

Dsc07139 2021/11/17 相生橋西詰の都道463号分岐点 まっすぐ進めば門前仲町から隅田川に沿って北上し駒形橋へ、左に進めば中央大橋を渡り、八丁堀、宝町から東京駅へ 背後は勝どき駅方面

Dsc07140 片持ち梁のカンチレバー橋、ゲルバー橋

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相生橋というと広島市の中心部、T字型という特徴的な形態から原子爆弾投下の際に目標とされた本川と元安川の分岐点に架かる橋を思い出しますが、こちらは東京都道463号線上野月島線(清澄通り)を通す橋で、西岸は中央区佃2丁目と3丁目の境界、東岸は江東区越中島1丁目と2丁目の境界となっています。

名前の由来ははじめこの橋は川途中にあった中之島を介して「相生大橋:147m」と「相生小橋:52.7m」の長短二橋で構成されており、相生の松に由来して採用されたとのことです。

Dsc07142 大川端側

Dsc07144 越中島公園 水上バスのりば

最初の橋(木橋)は月島に水道を通すために1892年に着工され、1903年に開通しました。1919年には市電を通すために拡幅され、1923年7月に市電が開通しました(門前仲町~月島通八丁目4系統、昭和初期に36系統となり、さらに柳島~森下町~月島八丁目27系統、戦後の23系統となりました)。しかし2か月後の9月1日には関東大震災で上流から流れ着いた炎上した船舶により延焼、焼失してしまいました。1926年に震災復興事業、最初の橋として鉄鋼ゲルバー橋が架橋されました。派川に架かる橋で大型船の通航が無いため、桁橋が採用され、塩害で損傷しても修理が簡単なように大橋が7径間、小橋が5径間と橋脚を多くし、上水道管も通した橋となりました。都電23系統は1972年11月12日に廃止となりました。1980年には小橋下が埋め立てられ、中之島が地続きとなり、交通量の増大に伴い、老朽化が深刻となり1998年12月に現在の橋に架け替えられました。

Dsc07146 越中島といえば明治9年、明治天皇の東北地方巡幸で使われた明治丸が相生橋のすぐそばに展示されています。

Dsc07147 また越中島公園の入り口には錨も展示されています。

Dsc07152 越中島公園側からみた相生橋 

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2022年6月24日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part6 佃大橋

以前にも話題になりましたが、佃大橋は隅田川の渡しとして320余年続いた「佃の渡し」の位置に架けられた橋で、永代橋や勝鬨橋の交通量の増加に対応し、1964年の東京オリンピック開催に備え、関連道路の一部として戦後初めて隅田川に架けられた橋でした。この橋ができる前は佃島と月島は佃川で分かれていましたが、佃大橋取り付け道路建設のため埋め立てられ、地続きとなり、佃川に架かっていた佃橋は廃止されました。

佃の渡しは江戸時代は不定期に渡船が運行されていましたが、明治になると佃島や石川島に造船所ができたためその従業員のための交通機関として発展、明治9年(1876年)の記録では運賃は5厘/人でした。1883年には定期船の運行が始まり、1926年に運営が東京市に移管となり、1927年には無料の曳舟渡船となり、1日に70往復という体制になりました。

Dsc07031 2021/11/17 下流側から見た佃大橋

Dsc07021 なぜか地下鉄有楽町線は佃大橋の真下を通らず、若干川下側を通過しています。

着工は1961年12月、竣工は1964年8月27日でした。3径間連続鋼床鈑箱桁橋で長さ40m、重量150トンのブロック別に当時日本最大の海上クレーン船にて一括で組み上げる、大ブロック工法が採用されました。橋長:476.3m、幅員 : 25.2mで橋桁は 石川島播磨重工業(現IHI)佃島工場で製造されました。東京都道473号新富晴海線が通っており、右岸は中央区湊3丁目と明石町、左岸は佃1丁目と月島1丁目となっています。道路は隅田川手前100mほどの位置から高架となり、佃・月島全域で高架のまま、朝潮運河に架かる朝潮大橋に繋がっています。橋の若干下流側の地下に地下鉄有楽町線が走っています。

Dsc07093_20220623114901 佃の渡しがあった隅田川の佃島側の岸

Dsc07090 佃の渡しに関する説明文

古典落語の「佃祭り」にはこの佃の渡しが登場します。昔、隅田川で身投げをしようとしていた若い女性を思いとどまらさせた商家の旦那が佃住吉神社の祭りに出かけ、終い船で帰ろうとした際に偶然、過去に身投げを助けた女性に呼び止められ、家によって帰ることにすると、なんと終い船が定員オーバーで沈没してしまい、乗客の多くが犠牲に、留守の商家では主人が終い船で遭難したのと早合点し、葬式の手配を・・・そこに翌日、帰ってきて大騒ぎに、古今亭志ん生、古今亭志ん朝などでよく聴きましたが、江戸情緒にあふれる非常に印象的な噺でした。

Dsc07091_20220623120101 佃の渡し跡のそばには劇作家の北条秀司の「雪降れば佃は古き江戸の島」の句碑もあります。句碑の下の説明にもありますが、北条秀司は1957年にこの渡しを舞台に芝居「佃の渡し」を新派俳優、花柳章太郎のために書き下ろし、初演以来高い評価を得、1964年には花柳十種のひとつに選ばれました。

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2022年6月10日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part5 中央大橋

大川端・佃島周辺、散策シリーズ、今回は永代橋の下流、隅田川がふたてに分かれ本流の方に架かる中央大橋です。

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Dsc07121 2021/11/17 中央大橋 上 下流側から 下 上流側から

Dsc07107 中央大橋のプレートには東京都のイチョウのマークとパリの紋章「揺蕩えども沈まず」が添えてあります。

竣工は1993年8月26日でレインボーブリッジと同じ日であり、開通したのは1994年1月で東京都道463号上野月島線中央大橋支線(八重洲通り)が通っています。西岸は中央区新川二丁目、東岸は中央区佃一丁目です。二径間連続鋼斜張橋で橋長210.7m、幅員25.0mで橋桁は石川島播磨重工業横浜工場で製作されました。

Dsc07108 斜張橋の主塔は兜をイメージしたことが良く分かります。

隅田川はパリのセーヌ河と1989年に友好河川提携が結ばれており、この橋を架ける際にはフランスのデザイン会社に設計を依頼したため、斜張橋の主塔と欄干部分に日本の兜を意識した意匠が施されており、

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上流側の中央橋脚部分には当時のパリ市長だったジャック・シラク氏から東京都に贈られた彫刻家オシップ・ザッキン作の「メッセンジャー」と命名された像が鎮座しています。お礼に日本からはパリに屋形船が贈られたとのことです。

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2022年6月 3日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part4 永代橋

大川端・佃島付近、散策シリーズ、今回からは石川島、佃島、月島がつながった埋め立て地周辺に架かる橋について見て行こうと思います。
最初は永代橋です。

Dsc07119 2021/11/17 中央大橋から見た永代橋

東京都道・千葉県道10号東京浦安線(永代通り)が隅田川を越えるときに架かっている橋で、最初に架けられたのは元禄11(1698)年8月1日のことでした。徳川家康の江戸入府から江戸時代にかけ、隅田川に架けられた5つの橋のうち4番目に架けられたもので、徳川5代将軍綱吉の50歳を祝う記念事業として関東郡代伊奈忠順の指導により工事が進められました。上野寛永寺根本中堂造営の際の余材を使用、もともと深川の渡しがあった現在の橋が架かる場所より100mほど上流に架けられたそうですが、当時の隅田川の最河口に位置し、江戸湊の外港に位置したため、多数の船が通過するため、当時の技術でも最大規模の橋として架橋され、橋脚は満潮時でも水面から3m以上あったそうです。長さ200m、幅6mで橋上からは西に富士、北に筑波、南に箱根、東に安房上総が見渡せる見晴らしの良い場所となったそうです。永代橋の名前の由来は架橋された江戸対岸にあった中洲の永代島にちなむそうです。

架橋から20年ほど経ち、幕府は財政が窮乏し、享保4(1719)年、橋の維持管理を諦め、廃橋を決定しますが、町民衆の嘆願で橋の維持管理に伴う経費は町方が負担するということで存続が決定し、町方は通行料を徴収、橋詰では市が開かれ収益が上がり、費用が工面され維持管理がなされました。しかし文化4(1807)年8月19日、深川富岡八幡宮での祭礼で江戸市中から多くの群衆が橋を渡り、深川に押し寄せた際に、詰めかけた群衆の重みに橋が耐え切れず、中央部より東側の部分が数間崩落、あとからあとから押し寄せる群衆が橋と共に隅田川へ転落し、死傷者、行方不明者合わせ1400名を超える大惨事となりました。古典落語の「永代橋」という噺はこの事故を扱っています。よく演じられる古典落語の「佃祭り」も佃の渡しの転覆にまつわる噺ではありますが。

Dsc07167

明治30(1897)年、老朽化した橋を架け替えるため道路橋としてわが国初の鋼鉄製トラス橋が日本橋川を挟んだ下流側に架橋され、1904年には東京市街鉄道による路面電車も敷設されました。東京都電は1972年11月まで走り続けました。大正時代まで隅田川には5つの橋が架けられていましたが、橋底の基部や橋板に木材を使用していたため1923年9月1日の関東大震災では永代橋、厩橋、吾妻橋が炎上、多くの避難民が焼死、あるいは溺死する惨事となりました。1926年、震災復興事業として隅田川9橋の再架橋が決まり、現在の永代橋が架橋されました。アーチの形はドイツライン川に架かるルーデンドルフ橋(レマゲン橋)をモデルにしており、現存最古のタイドアーチ橋で日本で最初に径間長100mを越えた橋で「帝都東京の門」と言われました。

Dsc07177ちなみに永代橋のアーチにカーブを逆さまにすると清洲橋の吊り橋のカーブと一致するという話をNHK-BSの新日本風土記で聴きました。また鋼鉄製のアーチ部分には第二次世界大戦の空襲の際に焼夷弾が当たり凹んだ跡が残されています。

現在の橋は関東大震災からの復興の際にワシントン軍縮条約で廃艦となった建造中の軍艦用の高級鋼材を使用しているため、頑丈さは折り紙付きで東日本大震災の揺れでも影響はありませんでした。

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