2019年8月 8日 (木)

公園保存車両 ED71 37+オハフ61 2527

2016年秋の仙台方面旅行で撮影した公園等保存車両、今回は東北本線の桜の名所、船岡駅横の緑地に保存される初期量産形交流電機ED71形37号機とオハフ61形客車です。

ED71形1959年から1963年にかけて、日立製作所、東芝、三菱電機・新三菱重工業により、55両製造された50Hz交流機で、北陸本線用に登場したED70形の実績を踏まえ、25‰勾配において単機で1000t、重連で1200t貨物列車の牽引が可能な性能を求められました。

試作機として3両が製造され、
1号機 日立製作所 送油風冷式変圧器+風冷式エキサイトロン水銀整流器 を搭載
2号機 東芝    乾式変圧器+風冷式イグナイトロン水銀整流器
3号機 三菱電機・新三菱重工業 送油風冷式変圧器+水冷式イグナイトロン水銀整流器 と変圧器、整流器の組み合わせが異なる方式が試され、黒磯~白河間で試験を繰り返した結果、1号機の方式が量産車で採用されることになりました。2号機の方式は鹿児島本線門司港~久留米間電化で登場したED72.ED73形に採用されました。

Dsc04827


Dsc04808
Dsc04803 2016/10/21 船岡

量産1次形として1960年から1961年に4号機から44号機が製造されました。1号機のシステムを継承しつつ、機器構成の見直しで自重が64tから67.2tに増加、重量の吸収のため台車を揺れ枕式DT114に変更しました。客車暖房用の電気暖房電源を主変圧器の3次巻線から取り、運転室ドア脇(1.4位)側に電気暖房表示灯が設置されました。
量産2次形は1962年から1963年に製造された45号機から55号機で、クイル方式から主電動機を防振ゴムを介して車軸に載せる”半釣りかけ式”に変更し、同時にMT101電動機の防振対策問題を解決するためにトーションバーをアンチローリング装置として用いることで問題が解決されました。さらに側面のルーバーの形態が変更されました。

オハフ61形客車は1947年2月25日に八高線東飯能~高麗川で発生した客車列車脱線転覆事故(184名が死亡)を契機に明治末期から大正末期にかけて製造され、製造後20年から40年が経過し、老朽化が進行していた木造客車(当時の国鉄保有客車数10800両の約6割)を1949年から鋼体化として鋼製客車に改造する事業が開始され誕生した形式です。

Dsc04811
Dsc04812

Dsc04814

この頃は戦後の混乱期でインフレが進行しており、短期間で大量に鋼製客車を新製することは不可能であり、木造客車の台枠、台車、連結器などを再利用し、車体のみを新製し鋼製としました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2019年5月22日 (水)

公園保存車両 スハ422047 生田緑地

昨日に続いて、川崎市の総合公園、生田緑地の保存車両の話題です。

42-2047-150401

2015/4/1 生田緑地 スハ422047

今回は鉄道省が1929年から製造した20m級鋼製客車スハ32系客車の改良型として1939年から1950年にかけて製造したオハ35系と呼ばれる客車形式群の中でオハ35形の改良増備車として1948年から1950年にかけて日本車輌、日立製作所、新潟鐵工所で合計140両が製造された三等車スハ42形2047号です。

オハ35系という系列名は制式のものではなくスハ33650形として製造が開始された似た車体構造を持つ制式鋼製客車であくまで趣味的・便宜的な呼称です。車体構造としての共通性は側窓のサイズが従来600㎜であったのが1000㎜になったこと、過剰な補強材を省略し、軽量化したこと、リベット接合から溶接接合への移行などが挙げられます。量産の時期が戦前から戦後に渡っているため、車体構造は製造時期によって大きく異なっているのもこの系列の特徴であります。車端部、出入り台付近の3面折妻構造、外妻アーチ構造など、1946年製造を前後に形態の変化が見られます。

形式は三等車オハ35形、スハ42形、三等緩急車オハフ33形、二等車オロ36形、オロ40形、オロ41形、二等緩急車オロフ33形、二三等合造車スロハ32形、展望車スイテ37形、寝台車マイネ40形、食堂車マシ38形、郵便・荷物車スハニ32形、スハユ31形、マニ32形、マニ34形、マユ34形、オユ36形などがあります。

2047号が生田緑地に保存されたのは1985年でした。

42-2047-150401-8

42-2047-150401_1

このパネルにもあるように製造は1948年で水戸機関区所属で、常磐線経由の長距離列車で上野~青森間を走り続け、1985年3月に引退しました。
1975年の車両配置表によると、水戸にはスハ42形は

スハ42 2045 2046 2047 2048 2049 2128 2129 2130 が配置されています。

42-2047-150401-12
台車は戦前製造のオハ35形ではペンシルバニア形軸ばね台車のTR23を履いていましたが、スハ42形では乗り心地の改善を目的としてウィングばね式鋳鋼台車のTR40に変更されました。

42-2047-150401_2

42-2047-150401-2

42-2047-150401-5

42-2047-150401-7

42-2047-150401-8_1

車内も公開されており、小学生の頃、父の実家の能代や母の実家の萩への道中、当時の客車夜行急行で旅したことを思い出させてくれました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年8月18日 (土)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その28 紀勢西線乗り入れ

南海の歴史の中で忘れてはならないのが、国鉄紀勢西線乗り入れの歴史です。

105_tc104551_180323_2 2018/3/23 和歌山市
紀勢本線の終点は和歌山市であり、和歌山では無いのですが、多くの列車が阪和線に乗り入れ天王寺に向かい、和歌山~和歌山市間はこういった105系2連のローカル列車が走っています。かつてはこの線を南海側からサハ4801やキハ5501・5551などが走っていました。

現在JRの路線である、当時の阪和電気鉄道が1933年11月4日に紀勢西線直通列車「黒潮号」の運転を開始しました。これは当時の鉄道省大阪鉄道局が鉄道省の客車を使用して、大阪から南紀の景勝地白浜までの直通列車を打診したもので、阪和電気鉄道は受諾し、南海は自社からの直通のみを希望し、難色を示した結果であり、阪和単独で週末運転の準急列車(阪和天王寺~紀伊田辺間)が実現しました。阪和線内は電車が客車を牽引し、紀勢西線内は蒸機8620形が牽引しました。列車名は公募によって選ばれ、戦前の日本において特急以外の列車に愛称が付いた唯一のケースでした。当初は、紀勢西線が紀伊田辺までだったので、白浜までは地元の明光自動車による連絡バスが連携しました。

1933年12月には紀勢西線が紀伊富田まで延伸され、黒潮号も白浜口まで運行されるようになりました。阪和線内はノンストップ超特急と同様の45分運転(当時、国内最速の電車でした)、紀勢西線内も東和歌山~白浜口間ノンストップで、天王寺から白浜口まで170km弱を3時間で結びました。

Ed38_1_100425 2010/4/25 三峰口
現在、秩父鉄道三峰口に保存されているED381号機、阪和電気鉄道のロコ1000で黒潮号の東和歌山での列車の併結作業等の入れ換えでも活躍したそうです。

南海も1934年11月17日から難波駅発の「黒潮号」を電車牽引で運転開始し、東和歌山駅で併結され、ともに白浜に向かうようになりました。ダイヤは土曜の午後に大阪を発ち、夕刻に白浜着、日曜夕刻に白浜を発って、夜に大阪に戻るもので週末の一泊温泉旅行に最適で関西の人々から大人気の列車となりました。

しかし、1937年7月の日中戦争の勃発でリゾート列車黒潮号は贅沢と見なされ廃止となり、阪和電気鉄道も1940年に南海に吸収合併され山手線となりました。1944年には国有化されました。

戦後の1951年4月、南海は紀勢西線乗り入れ列車を再開され、1952年6月からは専用客車サハ4801を投入しました。サハ4801は国鉄客車スハ43形に準じた設計で紀勢西線の国鉄客車列車に挟まれて運行されましたが、国鉄客車に較べて若干、屋根が低かったこと、南海らしい緑の塗装、さらに出入り台上部に「南海」との標識があったことから明瞭に国鉄客車と識別可能だったということです。

1959年7月には紀勢本線が全通し、この改正を機に南海はキハ5501・5551型を製作、気動車による乗り入れを開始しました。愛称は「きのくに」となりました。

キハ5551は国鉄には無い両運転台タイプのキハ55で、モデルはキハ55形4次車100番台でした。似たようなタイプに富士急行が独自に製造したキハ58003があります。増備が重ねられ、最終的にキハ5501は5両、5551は4両体制となりました。

きのくにや南紀の愛称で、5往復が運転されたのが最盛期で難波~和歌山市~白浜・新宮まで足を伸ばしました。新宮までの列車は夜行列車でサハ4801が使用されました。

難波駅改良工事の影響や2エンジン車であるがため冷房改造が出来なかったこと、さらに紀勢本線の電化で陳腐化したこともあり、客車は1972年3月改正で、気動車は1985年3月改正で全廃となりました。

関西の私鉄の多くが標準軌の中、南海は国鉄と同じ1067mmの狭軌であり、これが幸いして国鉄乗り入れが実現出来た訳ですが、近年は逆に大阪地下鉄との相互乗り入れが狭軌のためできないという結果も招いているようです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年6月22日 (金)

62年半の人生におけるセネガルとの接点

FIFA World Cup 2018 ロシア大会が開幕し、グループリーグの試合も第二ラウンドが進行中で日本代表もこの大会では初戦の相手、難敵コロンビアに2:1で勝利し、「サランスクの奇跡」と呼ばれていますが、第二戦はセネガルです。

Img_0093 2009/9/20 バマコのホテルからみた市内の様子
遠くに見える水面はニジェール川

日本は地理的な関係もあり、アフリカ諸国とはあまり縁がなく、ワールドカップのグループリーグで対戦があるたびにその国の事情が紹介されることが多いように感じます。前回、2014年大会のコートジボアール(象牙海岸)しかり、2010年のカメルーンしかり、同国は2002年の日韓大会で大分県中津江村(現在は日田市の一部)でキャンプしたときも有名になりました、2002年大会の際のチュニジアしかりです。

Img_0102 バマコの中心街の様子

今回の大会も前評判は今一でしたが、第一戦の勝利のあと、テレビでも日本代表関連のニュースが増え、日曜日深夜(正確には25日午前0:00)キックオフのセネガル戦に向けてワイドショウなどでもセネガルの国、文化の紹介が盛んです。

Img_0555 街はこんな感じでしたが、当時驚いたのは多くの国民がそれぞれバイクに乗り、携帯電話を所持していることでした。

私は2009年9月にアフリカに出張する機会があり、マリ共和国の首都バマコを訪問しました。マリは西アフリカに位置し、西はモーリタニア、北はアルジェリア、東がニジェール、南はブルキナファソ、コートジボアール、南西をギニア、西をセネガルに隣接する国です。位置的に国土の北側1/3はサハラ砂漠、ニジェール川の沿岸が農耕地となっています。

植民地時代はフランス領スーダンと呼ばれ、1960年6月にセネガルとともにマリ連邦を結成し、フランスから独立、8月にセネガルが離脱したため9月にマリ共和国となったそうです。

Img_0570
市内散歩でバマコの中央駅まで行きました。

Img_0571
上の写真にも写っていますが、Transrailというのが鉄道会社の名称の様でWikipediaの情報では2003年9月にセネガルとマリ両国政府間の署名で開業した鉄道会社のようです。ダカール~バマコ間1228kmで旅客、貨物輸送が行われているようです。

Img_0572

駅舎の裏側に回ってみるとこういった客車や

Img_0577

こういった客車が停車していました。

残念ながら牽引する機関車の姿はありませんでした。

聞いたところによると、週に1便セネガルとの間で列車が走っているそうです。

これが私にとっては唯一のセネガルとの接点ですが、日本人にとってみればパリ~ダカールラリーは有名ですね。

果たして、組織的で身体能力に優れたセネガル代表とのマッチどういう結果になるでしょう。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年8月10日 (木)

名古屋~亀山間 関西本線 その1 電化前後

名古屋から亀山に至る関西本線は名古屋~桑名~四日市間では近鉄名古屋線との競争で大きく水を開けられ、河原田で分岐し、亀山を経由せずに津方向に向かう伊勢鉄道線(旧国鉄伊勢線)は建設時の目的から大きく外れて第三セクター化されと、今回、乗車してみていろいろ問題を抱えている路線と感じました。

まずは開業から電化完成までの歴史です。

1888年3月1日関西鉄道の設立が認可、本社は四日市でした。

1889年12月15日、草津~三雲間が開業

1890年2月19日、三雲~柘植間が開業、現在の草津線が開通。12月25日、柘植~四日市間が開業。

1894年7月5日、四日市~桑名仮停車場間延伸開業

1895年5月24日、桑名仮停車場~桑名間開業、名古屋~前ヶ須(弥富)間開業、11月7日、弥冨~桑名間開業で草津~名古屋間全通。

1907年10月1日、鉄道国有化法で国有化。

1959年9月26日、伊勢湾台風で甚大な被害を被る。

1971年4月25日、名古屋~亀山間でSL運行終了。

1979年8月1日、名古屋~八田間電化。

1982年5月17日、八田~亀山間電化。

私が最初に関西本線の列車の写真を撮影したのは1975年1月2日に大垣行き夜行で名古屋遠征を敢行したときで、

10_1_750102
当時、旧型客車列車は当たり前のようにどこでも見ることが出来たので、編成全体は撮らなかったのですが、番号がナハフ10の1番で珍しかったので撮影したのと、

43_17_750102_2
かつて東海道で特急列車に使用されたスハ44系の一族だったので撮影したのがこのピンボケのスハフ43 17です。

スハフ43 10番台(11-24)は特急運用から一般運用に格下げされる際に不足気味になる緩急車のためにスハ44を改造したもので、同時に座席の回転化・室内灯の蛍光灯化・客ドアの交換・アルミサッシ化等が行 われています。

当時の客車は亀山区所属かと思われますが,1975/4/1時点での配置を見ると

オハ35 111, 441, 442, 459, 610, 616, 618, 729, 1025, 1143,
オハ41  407, 408, 409, 410
オハ46  17, 507
ナハフ10  1
オハフ33  1, 4, 6, 8, 10, 11, 12, 110, 112, 169, 367, 428, 436, 566
オハフ45  107
オハフ61  1516,1518, 1520, 1521, 1522, 1523
スエ71  4, 16, 31   

でした。スハフ43 17は1975年3月で廃車されたようです。

その後、出張等で名古屋に行った際にも撮影はしていますが、特に関西本線を意識して撮ってはいませんでした。

113_750102 1975/1/2 名古屋駅で撮影した中央西線用113系 神嶺区

165_8012081980/12/8 名古屋 165系

名古屋~亀山間電化後、国鉄末期までは113系165系が投入されたようです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年7月11日 (火)

秋田旅行 車両個別編 高頻度輸送のための701系 基本番台

秋田駅で撮影した車両シリーズ、今回は奥羽本線、羽越本線の旅客輸送を担う701系電車基本番台の話題です。

Ed75_786_7903 1979/3 鶴形~東能代

国鉄時代、奥羽本線や羽越本線のローカル列車には1920年代から1960年代にかけて製造された「雑客」と言われた旧形客車が使用されていました。これらの旧形客車は製造されて20年、40年が経過し、老朽化、陳腐化が進み、乗客の不評は顕在化し、さらに自動扉を持たないことから乗客や荷物の転落する危険性があり、保安上問題となっていました。

Ed75_745_rt
動力近代化計画には矛盾するものの、機関車の余剰問題や、労働組合の反対(組合は余剰人員が発生するので電車化/気動車化には反対していました)などや、動力装置の不要から客車は低コストで製造可能なことで、1977年からは新系列客車として50系客車が製造され、従来の旧形客車を置き換えました。

しかし、客車列車は両端駅で機関車の付け替えを要すること運転上効率が悪く、またレ坊装置を搭載していないことも旅客サービス上の問題となっていました。

701_n1_151221_4 2015/12/21 千刈踏切 

701_n2_170702 2017/7/2
N1とN2編成はN-1,N-2とハイフン入りの編成標記となっています。

こういった客車列車の置き換えを目的として、2,3,4両編成を単位とし、JR東日本の交流区間の標準車両して1993年から2001年まで製造されたのが701系です。

701_n11 2015/12/22 蟹田 N11編成 川崎重工の特徴的な妻面 

<車体>
209系で採用された川崎重工業の2シート工法によるプレスを多用した軽量ステンレス構体を採用し、先頭部は貫通路付き切妻構造でFRP製の覆いが設けられています。客用扉は1300mm幅の扉を片側3か所に設置し、ステップを設けています。

701_n28_170702_7 2017/7/2 N28編成

側面窓は4連窓、中央2窓は2段上段下降式のユニットサッシ、窓寸法を極力大きくし、熱線吸収ガラスを使用してカーテンは省略しました。車端部は通常の1枚窓を設置しています。

701_n11_151222 2015/12/22 青森 N11編成車内の様子 トイレはクハに設置されています。

冷房装置は集中式AU710A形(冷凍能力38,000 kcal)を採用し、屋根上に1基搭載しました。

701_n28_170702_2

<電源・制御方式>
架線からの単相交流20 kVを主変圧器で降圧した上で、主変換装置で直流に整流、その後三相交流に変換して主電動機を制御するVVVFインバータ制御方式です。
主電動機は新開発のかご形三相誘導電動機MT65形 (125 kW) を搭載、209系のものを基本としましたが、小型軽量化され、耐雪構造となりました。主変換装置はパワートランジスタ (PTr) 素子 VVVF インバータを搭載し、GTO素子の209系と同様の制御方式です。補助電源装置には、0番台では電動発電機となっています。

運転室内には、各動力台車のON/OFFを個別に制御するためにNFBが設置されており、片方の電動動力台車に問題が起き、通常の運転が困難になった場合、問題のある方のスイッチを切り、1M方式を一時的に0.5M(片方の電動台車でのみ駆動)に切り替えることが可能となり、冗長性が向上しました。また、主変換装置も同じく個別制御できるように、NFBの設置が行われています。

パンタグラフは下枠交差式のPS104形、菱形式のPS105形、シングルアーム式のPS106形を搭載しています。

<ブレーキ装置>
電気指令式空気ブレーキを全車に標準装備しており、0番台の車両は抑速および発電ブレーキを装備し、屋根上に電力消費用の抵抗器を持っていました。秋田地区の一部車両は更新工事により、発電ブレーキで使用していた抵抗器が撤去され、1500・5500番台と同じ回生ブレーキ併用空気ブレーキ装置へ変更されました。

701_n14_101023_2 2010/10/23 弘前 N14編成

<台車>
209系で採用された軸梁式軽量ボルスタレス台車を基本に、床面高さを下げる(ステップとの段差を抑える)ため台車枠中心を下げた構造としたDT61A(電動車)と TR246A(付随車)を装備しています。

秋田地区には1993年3月から10月にかけて川崎重工業、およびJR東日本土崎工場で製造された

クモハ701+サハ701+クハ701の3両編成(N1~N13)13本 39両

クモハ701+クハ701の2両編成(N14~N38)24本 48両

が在籍しており、全車ロングシート仕様で製造されましたが、特急列車が消滅した奥羽本線新庄~大曲間のサービス向上のためN36~N38編成は千鳥配置のクロスシートに改造されました。

701_n38_170630_2 2017/6/30 N38編成

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年6月12日 (月)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 10 サロンカーなにわ

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開のHM展示、最後は「サロンカーなにわ」です。
Hm_161015
1970年代後半、各鉄道管理局ではお座敷列車といわれる客車を保有し、団体専用列車やイベント列車として走らせていました。車種はスロ62形スロフ62形を改造したスロ81形、スロフ81形でした。重要は結構多く、一方観光バスの方はまだまだ競争にはならない状況でした。

Ef62_40 軽井沢 EF62 40号機に牽引されて碓氷峠を登ってきた「サロンエクスプレス東京」による「サロンエクスプレスそよかぜ」

060709_2 2006/7/9 大宮
晩年は「ゆとり」に改造されたサロンエクスプレス東京

こういった需要と多様な嗜好に対応すべく、東京南鉄道管理局では「サロンエクスプレス東京」が製造され、大阪鉄道管理局に登場したのが「サロンカーなにわ」でした。

号車  形式       旧形式    設備           定員
1   スロフ14 703 スハフ14 31  展望室・ラウンジ   定員外20人
2   オロ14  706 オハ14  177                39人
3   オロ14  707 オハ14  178                39人
4   オロ14  708 オハ14  179                39人
5   オロ14  709 オハ14  170                39人
6   オロ14  710 オハ14  180                39人
7   スロフ14 704 スハフ14 52  展望室   定員外12人・客室定員24人

改造は高砂工場(1985年に鷹取工場に統合)で行われ、1983年9月に出場しました。全車両グリーン車で番号はサロンエクスプレス東京の続番となっています。

Ef58_12_830924 1983/9/24 東京
まさにデビュー直後、EF58 12に牽引されて東京までやって来た際の写真
客車はあまりはっきり見えませんが、EF58 12号機、1975年3月6日の写真では大窓でしたが、この時はHゴム小窓に改造されています。

配置は網干総合車両所宮原支所で団体臨時列車や多客時の臨時列車に使用されています。お召し列車として運用されたこともあります。

160904 2016/9/4 千里丘

昨年、大阪旅行で偶然千里丘で見かけました。
この列車は「サロンカーなにわで行くおわら風の盆と五箇山」で牽引機はEF81113号機でした。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年6月11日 (日)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 9 あすか

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開のHM展示、定期列車のHM以外で展示されていたのは、「トワイライト・エクスプレス」、「あすか」、「サロンカーなにわ」でした。

Tle_hm_161015
「トワイライト・エクスプレス」に関してはこれまでにも何回か触れているので、今回は触れません。

Hm161015
「あすか」実は客車を一度も見たことはありません。

「あすか」誕生のきっかけは1986年12月28日に余部鉄橋で発生した和風客車「みやび」の転落事故でした。

この事故は同日13時25分頃、香住駅より、浜坂駅に回送中の臨時回送9535列車(DD51 1187と「みやび」14系客車7両)が時速50km/hで余部鉄橋を走行中、日本海からの最大風速約33m/sの突風に煽られ、客車全車両が台車の一部を残して橋梁中央部より転落し、橋の真下にあった水産加工場と民家を直撃、工場の従業員5名と車掌1名の6名が死亡、車内販売員3名と工場の従業員3名が重傷を負った事故でした。機関車は重量があったため転落は免れ、機関士は無事でした。只、機関士の上司は責任の感じ、自殺しました。

余部鉄橋では風速が25m/sを越えると警報装置が作動する仕組みでしたが、当日は事故以前に2回警報が作動しており、1回目の警報で指令室が香住駅に問い合わせたところ、風速は20m/s前後であるとのことで、様子を見ることにし、2回目の警報が作動した際には列車を停止させる特殊信号機を作動させてももはや間に合わないとのことで、列車を停止できなかったそうです。

後年の公式調査では橋に取り付けられていた風速計2台のうち、一台は故障しており、もう一台も精度が落ちていたそうです。風速計による警報が出た後、指令員の判断で列車を止める仕組みが問題視され、自動的に列車を止める仕組みの導入が勧告されました。

この事故に関しては本当に突風で客車が煽られて転落に至ったのか、強風によるフラッター現象で機関車が蛇行運動を起こし、レールに歪みが生じ、両端の発電機付きの車両に較べ軽かった中央部の客車が先に脱線して、両端の客車を引きずるように転落に至ったという説も出されています。

実はこのフラッターという言葉、久しぶりに目にしましたが、以前目にしたのは、日航ジャンボ機123便の事故でした。あの事故の際にも圧力隔壁の修理ミスが事故原因とされる前、事故が起きた直後などには、フラッターによる異常振動が垂直尾翼の破壊に繋がったのではと言う説を唱えた専門家もいました。

「みやび」の代替として1987年1月に構想が発案され、6月から製造されたのが「あすか」と言うことです。

号車   車両形式      改造前       定員    設備
1   マロフ12 851「桜」   スハフ12 132    24    展望室
2   オロ  12 851「銀杏」 オハ12 348     24      談話室
3   オロ  12 852「菖蒲」 オハ12 337     28     談話室
4   オロ  14 851      オハネ14 3       フリースペース・ハイデッカー車
5   オロ  12  853 「すすき」オハ12 339     28     談話室
6   オロ  12 854「水仙」 オハ12 340     28    談話室
7   マロフ12 852「桜」   スハフ12 30    24    展望車

配置は網干総合車両所宮原支所で1987年11月頃から7両で運用され、1996年頃にはリニューアル改造も受けました。団体臨時列車等でも運用されましたが、運転機会は少なくなって行きました。

2016年7月6日、両端の展望車は吹田総合車両所に改装され、9月5日に廃車、10月19日、中間車5両が吹田に回送され、851と852が11月17日に廃車となり、現時点では3両の車籍が残っている状態だそうです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年3月18日 (土)

大井川鐡道井川線に乗って その3 客車・制御客車について-3

大井川鐡道井川線の客車、今回は残るスハフ500形クハ600形について触れます。

スロフ300形の増備後も観光客の増加は止まらず、多客時にはcトキ200形などの貨車を連結し、そのまま乗客を乗せたそうです。
貨車にポールを立て、屋根シートをかぶせて対処したモノの、さすがにそれではまずいということで1972年に増備されたのが、スハフ500形でした。cトキ200形の改造で当初は無蓋車に屋根と外板を取り付けたものにベンチを外向きに並べただけで窓ガラスのない、吹きさらしの構造だったようです。

車両定員     64名 座席定員42名
全長     11000 mm
車体長     10400 mm
全幅     1710 mm
全高     2690 mm
制動装置     自動空気ブレーキ

501_1703112017/3/11 千頭
一番手前の客車がスハフ501、あとの4両はスロフ300形 窓の枚数がドアを挟んでそれぞれ6枚ずつなのが特徴

1976年に窓ガラスを取り付け、スロフ300形と同様の客車スタイルになりました。窓は2段窓が並び、車内はロングシートです。暖房は設置されていません。 スハフ501~503の3両が在籍していましたが、スハフ502はスロフ317へ更新改造されたため廃車となりました。

601_170311 2017/3/11 千頭
井川向き先頭に立つクハ600形 左からクハ601 602 603 601は右下に銘板がありませんが、602、603には日本車輌製造の銘板があります。

601_170311_2 川根小山での行き違い クハ601

1990年のアプトいちしろ~長島ダム間のアプト式運転開始で、DLは常に列車の千頭側に連結する方式とし、井川行きの列車は推進運転方式となりました。そのために必要となったのが、井川方の制御車クハ600形です。

全長     11000 mm
車体長     10400 mm
全幅     1840 mm
全高     2690 mm
制動装置     自動空気ブレーキ

602_170311
602_170311_3 3/11 全線開通のHMを付けて井川に向かうクハ602先頭の編成

クハ601はスロフ310から改造され、602-604はcトキ200形の台車を流用し、日本車輌製造で新造されました。

603_170311 クハ603 車内はスロフ300形と同じ構成です。

運転台はDD20形とほぼ同一であり、DD20形用とED90形用の2基の主幹制御器が装備されています。またクハ600形の屋根は上の写真でも分かりますが、スロフ300形のような丸屋根ではなく、平面構成の屋根となっています。

連結器の斜め上に装備されている補助前照灯はカーブで台車の動きに合わせて首を振る仕組みとなっており、DD20形の補助前照灯を踏襲しているそうです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年3月17日 (金)

大井川鐡道井川線に乗って その3 客車・制御客車について-2

大井川鐡道井川線の客車、スロフ1形、スハフ1形、スロニ200形、スロフ300形、スハフ500形クハ600形のうち、スロニ200形とスロフ300形について触れます。

スロニ200形は中部電力の専用線から大井川鉄道井川線になってからの初めての増備車で、観光鉄道として急増する登山客に対応する目的で1961年に日本車輛製造でcトキ200形の台車などを利用して、2両が製造されました。

車両定員     42名 座席28名 荷物スペース荷重1.1t
全長     11000 mm
車体長     10400 mm
全幅     1840 mm
全高     2690 mm
制動装置     自動空気ブレーキ

車内はロングシート 窓はバス窓スタイル

301_170311 2017/3/11 千頭

301_170311_2
SLフェスタの様子を取材に来ていたテレビクルーが撮影する中、千頭駅を出発する井川線列車 スロフ301から304までは側窓がバス窓、妻窓は2段窓

スロフ300形はスロニ200形に続いて、1962年に日本車輛製造で製造されました。

301304_170311
川根小山における列車交換
こちらが乗車中の客車は301-304のバス窓タイプ、すれ違っている列車は1980年以降、川根両国で製造された一段下降窓タイプ。

車両定員     55名 301,302は37名
全長     11000 mm
車体長     10400 mm
全幅     1840 mm
全高     2690 mm
制動装置     自動空気ブレーキ

316_170311
316_170311_2 スロフ316 上 川根両国 下 千頭

2001年にスロフ316が増備され、スタイルはそれまでの全室客室タイプから車両の半分が開放式展望デッキとなりました。

なお、客室の井川に向かって左側が1人掛け、右側が2人掛けとなりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

クルーズトレイン スポーツ ディーゼル機関車 ディーゼル機関車DD13/DD15 ディーゼル機関車DD16 ディーゼル機関車DD50 ディーゼル機関車DD51 ディーゼル機関車DD54 ディーゼル機関車DE10/DE11/DE15 ディーゼル機関車DF200 ディーゼル機関車DF50 ニュース ハイブリッド機関車 ハイブリッド気動車 バス 三セク鉄道 事件・事故 事業用車 催事 地下鉄車両 大相撲 客車 客車12系 客車14系 客車20系 客車24系 客車50系 客車E26系 新交通システム 新幹線0系 新幹線電車 旅客機 旅客機 Airbus A220 旅客機 Airbus A300 旅客機 Airbus A310 旅客機 Airbus A318/A319/A320/A321 旅客機 Airbus A330 旅客機 Airbus A340 旅客機 Airbus A350 旅客機 Airbus A380 旅客機 Boeing 707 旅客機 Boeing 727 旅客機 Boeing 737 旅客機 Boeing 747 旅客機 Boeing 757 旅客機 Boeing 767 旅客機 Boeing 777 旅客機 Boeing 787 旅客機 Douglas DC-10/MD-10 旅客機 Douglas DC-8 旅客機 Douglas DC-9/MD-80 series/MD-90/Boeing 717 旅客機 Lockeed L-1011 Tristar 旅行・地域 日記・コラム・つぶやき 書籍 東京メトロ 東京都営地下鉄 民鉄:京成グループ 民鉄:京浜急行電鉄 民鉄:京王電鉄 民鉄:南海電鉄 民鉄:名古屋鉄道 民鉄:大井川鐵道 民鉄:小田急電鉄 民鉄:東急電鉄 民鉄:東武鉄道 民鉄:江ノ電 民鉄:相模鉄道 民鉄:西日本鉄道 民鉄:西武鉄道グループ 民鉄:近畿日本鉄道 気動車 気動車1000形 気動車2000形 気動車キハ100系 気動車キハ110系 気動車キハ11形 気動車キハ120形 気動車キハ126系 気動車キハ141形 気動車キハ150形 気動車キハ181系 気動車キハ183系 気動車キハ185系 気動車キハ187系 気動車キハ189系 気動車キハ201系 気動車キハ20系 気動車キハ25形 気動車キハ261系 気動車キハ281系 気動車キハ283系 気動車キハ32形 気動車キハ35系 気動車キハ40系 気動車キハ45系 気動車キハ56/57/58系 気動車キハ75形 気動車キハ81形 気動車キハ82形 気動車キハ85系 気動車キハE120系 気動車キハE130系 海外の鉄道 特急電車 私鉄 蒸機8620 蒸機9600 蒸機C10 蒸機C11 蒸機C12 蒸機C50 蒸機C51 蒸機C53 蒸機C55 蒸機C56 蒸機C57 蒸機C58 蒸機C59 蒸機C60 蒸機C61 蒸機C62 蒸機D50 蒸機D51 蒸機D52 蒸機D60 蒸機D62 蒸気機関車 貨物列車 路線について 路面電車 軽便鉄道 近郊形電車 通勤電車 連絡船 鉄道以外の博物館・展示施設 鉄道博物館 鉄道施設 電機ED16 電機ED60/ED61/ED62 電機ED70 電機ED71 電機ED72 電機ED73 電機ED74 電機ED75 電機ED76 電機ED77 電機ED78 電機ED79 電機ED91 電機EF10 電機EF12 電機EF13 電機EF15/EF16 電機EF18 電機EF200 電機EF210 電機EF30 電機EF510 電機EF53/EF56/EF59 電機EF55 電機EF57 電機EF58 電機EF59 電機EF60 電機EF61 電機EF62 電機EF63 電機EF64 電機EF65 電機EF66 電機EF70 電機EF71 電機EF80 電機EF81 電機EH10 電機EH200 電機EH500 電機EH800 電気機関車 電車101系 電車103系 電車105系 電車107系 電車113系 電車115系 電車117系 電車119系 電車121系 電車123系 電車125系 電車143系 電車151/161/181系 電車153系 電車155/159/167系 電車157系 電車165/169系 電車183/189系 電車185系 電車201系 電車203系 電車205系 電車207系 電車209系 電車211系 電車213系 電車215系 電車221系 電車223系 電車225系 電車227系 電車251系 電車253系 電車255系 電車281系 電車285系 電車301系 電車303系 電車305系 電車313系 電車323系 電車371系 電車373系 電車381系 電車401/403/421/423/415系 電車417系 電車419系 電車451/453/455/471/473/475/457系 電車481/483/485/489系 電車581/583系 電車651系 電車681系 電車683系 電車70/72系 電車7000系 電車701系 電車711系 電車713系 電車715系 電車719系 電車721系 電車731系 電車781系 電車783系 電車785系 電車789系 電車80系 電車811系 電車813系 電車817系 電車883系 電車_旧形国電 電車BEC819系 電車E127系 電車E217系 電車E231系 電車E233系 電車E235系 電車E257系 電車E259系 電車E351系 電車E353系 電車E501系 電車E531系 電車E653系 電車E655系 電車E657系 電車E721系 電車E751系 電車EV-E301系 電車EV-E801系 電車クモハ42 電車クモハ52

カテゴリー

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村