2022年1月14日 (金)

国鉄近郊型スタイルの祖となった401,403,421,423,415系 その8 415系500番台の登場

1961年5月から続々と落成した401系第1次量産車も1970年代後半に入ると陳腐化・老朽化が激しくなり、主変圧器にPCBが使用されていることもあり、早期の置き換えが必要になってきました。この頃、常磐線中電のラッシュ時の混雑は乗車率が250%に達しており、国鉄内部では経営効率の面からも401系の置き換え車両はロングシート化し、少しでも乗車定員を増やすべきだという考えが大勢を占めてきました。

415系500番台はこういった背景の下、
(1) 従来車の車体構造を踏襲し、運転室、側出入り口、側窓などの割り付けは100番台と同一にし、経年劣化対策として屋根はポリウレタン系樹脂を塗装する、外板腰下部約400mmをステンレス化、側出入り口部の連続溶接化等、113系や115系で実施された改良を施しました。
(2) ロングシートの形状を奥行きを深くし、座面高さを下げ掛け心地の改善を図りました。室内の配色もクリーム色を基調に腰掛モケットはロームブラウンを基調とし、イメージチェンジを図りました。
(3) 押し込み式通風器もFRP製とし、省力化、腐食防止を図りました。
(4) 台車はロングシート化に伴う荷重増加を考慮し、まくらばね・軸ばねのばね定数を変更、重量軽減策としてブレーキユニットの箱を廃止しました。クハ411-500の定員136名/座席55名、クハ411-600の定員130名/座席53名、600番台の3位車端部にトイレ、4位車端部の座席は2人掛けクロスシートに。ちなみにクハ411-100番台の定員114名/座席65名、クハ411-200番台の定員112名/座席62名でした。
(5) 電動車の重量バランスをとるためにモハ414の蓄電池・付属装置をモハ415に移設しました。これにより約1tの重量が軽減されました。

塗屋根化はこの頃に登場した旅客車両ではよく目にしました。従来、直流・交直流電車の屋根には絶縁屋根布が使用されていましたが、はく離した部分から雨水が侵入し、腐食するといった欠点がありました。塗屋根方式はポリウレタン樹脂を重ね塗りした後、珪砂を付着させたもので、価格面・重量面ではやや不利なものの、腐食防止には優れた効果を発揮したため、185系で試験的に採用、後の新形式車、増備車、特別保全工事車に採用され広まってゆきました。 

415-k801-060108

2006/1/8 荒川沖 K801編成 手前から411-601+M'M501+T-705+M'M-705+411-501

415500

表 415系500番台 製造予算と車体番号

500番台は上記の表のように5次に分けて24編成、96両が製造されましたが、1次の9編成は401系1次量産車の置き換え用でした。
2次の3編成は1982年11月のダイヤ改正で上野口に残っていたローカル客車列車の置き換え用でした。このグループから冷房装置がAU75Gとなりました。

221レ 上野  555   仙台 1402
223レ 上野 1236 仙台 2132
425レ 上野 1513 平   1952

422レ  浪江  600   上野 1136
424レ    平  1110  上野 1600
426レ  平  1655  上野 2145        1981年10月の時刻表データから
             今では信じられませんが、この時代、北千住と柏は大半の普通客車列車が通過していました。

Ef80-2-000000 撮影時期不明 日暮里 EF80 2による推進回送

Ef80-11-000000 撮影時期不明 EF80 11による推進回送

Ef80-13-223 撮影時期不明 上野 EF80 13 223レ発車待ち 

当時の常磐線上野口にはEF80牽引の普通客車列車が上記のように3往復残っており、私も土曜日半ドンの午後などはよく上野駅に寄り道して撮影したものでした。

415-k806-060208

2006/2/8 水戸 K806編成 411-506+MM'-1522+T-706+MM'-506+411-606

第3次の4編成は常磐線中電輸送力増強用で、このグループからクリーム色10号に青20号の帯入りの外部塗色での出場となりました。第4次は1984年2月ダイヤ改正と401系置き換え用で、この予算で昨日の100番台最終グループが発注されています。
最後の第5次は主変圧器が自然冷却方式に、整流器が自走風冷式のRS40になり、プラットホームとの段差を小さくするため床厚を70㎜から45㎜に変更することで床面高さを1200mmとしました。天井も平天井となりました。循環式汚物処理装置が新製時から取り付けられたのもこのグループからでした。

415-k620-050905 2005/9/5   馬橋  K620編成 411-520+MM'-520+411-620

415-k817-050618

2005/6/18 K817編成 411-622+M'M-522+T-2+M'M-127+411-522

編成記号の推移と廃車

1986年       K501~K524 K513~K517は南福岡へ転属となり、50Hz/60Hz共用の効果が発揮されました。

415-fm513-041017 415-fm513-041017-2 2004/10/17 門司 勝田に新製配置後、2年で南福岡に転属となったFm513編成 現在はFK513~FK517とFK520編成として鹿児島車両センターに配置

1993年   7連グループ
                 K801~K812  700番台MM'Tを挟んで
        K816,  K817    100番台MM',0番台Tを奇数側に挟んで 
        K818,  K819    700番台MM',0番台Tを奇数側に挟んで 
                 4連グループ      K618(518), K620(520)  
1997年、2002年変化なし

2004年   519が K614 4連に K814は709MM'Tに

2007年   7連グループ
       K801,K802,K804-K809 MM'Tメンバーが一部変化
         510は K810 とK910に
        K811,K812, K813(518), K814(519), K816(521), K817(522), K818(523),K819(524)
                4連グループ K603(503), K620(520)

2008年   12/24 -507, -520 JR九州へ転籍
     
E531系の導入で勝田の415系500番台は2008年6月末までに全廃されています。

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2021年6月21日 (月)

2021年春、外房線~内房線を巡る旅 その6 蘇我駅で撮影した蒸気機関車牽引列車

2021年春、外房線から内房線への旅、まだその入り口の蘇我駅の記事が続きますが、今回は蘇我駅で撮影したイベント列車です。

いずれもJR東日本の動態保存蒸気機関車が牽引する列車で、

De10-1704-dl-090215-2

C57-180-090215-83

2009/2/15 木更津 DE10+12系7両にC57180号機が連結

C57-180-090215 DE10+12系+C57で千葉みなとまで

最初は2009年2月13日から15日の3日間、「おいでよ房総春さきどり」キャンペーンの一環として京葉線千葉みなと駅~木更津間を往路:木更津~千葉みなとをDE10牽引で、復路はC57180号機牽引で走行したものです。当初はD51498号機が牽引予定でしたが、2008年12月に陸羽東線での運行に向けた試運転の際に小牛田機関区にてボイラーの空焚き事故がおこり、火室を破損し、修理のため急遽C57180号機の代走となったものでした。

De10-1752-120211
C61-20-sl100-120211
32-sl100-120211-4 2012/2/11 こちらはDE101752 号機と旧型客車7両にC6120号機という組み合わせでした。

2012年2月10日から12日にかけては、2011年1月に動態復元されたC6120号機による「SL内房100周年記念号」が同区間で運転されました。

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2020年8月 4日 (火)

磐越東線小川郷駅に隣接して置かれている軽量客車のカットボディ

2017年7月21日、つくばから常磐線を北上、いわきから磐越東線で郡山に抜け、郡山から会津若松を訪問し、会津鉄道、野岩鉄道、東武鉄道で東京に戻った際に、磐越東線小川郷駅で車中から見かけた車体です。

170721 2017/7/21 小川郷

撮影当時はカラオケボックスとして使用されていたようです(もう既に3年の年月が過ぎているので現在も存在しているかどうかは定かではありませんが)。
この車両は1957年に1~30の30両が製造されたナハ11形ナハ10形の室内灯を蛍光灯化した形式)の緩急車ナハフ11形(定員80名)でした。そのうちの29が電気暖房化され2029となり、郡山工場で1975年に交直流電車の教習車に改造されナヤ11形1号になりました。

因みにナヤ11 2はナハ11 2061から郡山工場にて、ナヤ11 3はオロネ10 25から幡生工場にてそれぞれ改造されました。ナヤ11 1と2は水戸に配属され、水戸鉄道学園にて2両1組で使用され、ナヤ11 3は広島に配属され電気機関車用の教習車として使用されました。1987年のJR移行直前に3両とも廃車となり、形式消滅しました。

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2020年6月18日 (木)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 13 棚原ふれあい鉱山公園訪問 その4 保存車両 客車編2

昨日に続き、柵原ふれあい鉱山公園に保存されている客車編、今回はホハフ3000形です。

Dsc02922 2019/8/4 柵原ふれあい鉱山公園
昨日のホハフ2000形とは異なり、こちらの車体はぶどう色です。

この形式は自社発注ではなく、1981年に2両、元国鉄のオハ35形(1947年日本車輛製造製オハ35 1227:1975年版の国鉄車両配置表では津山派出に所属しています)を購入したものです。入線に際して、便所・洗面所は撤去され、その代わりに車掌室が新設されました。

Dsc02928

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非貫通化のために防護柵が設けられ、SGによる暖房が使用できないため独立式燃焼暖房装置が設置されました。車内に立ち入ることも出来、ホハフ2000形とは異なり、背ずりにモケットが付いておりました。昭和30年代、夏休みの家族旅行(帰省)で東京から山口県や秋田県に向かった時によく乗車した夜行客車急行の旅を思い出しました。

ホハフ3001、3002の入線で旧型気動車キハ300形2両が廃車されました。気動車で運転されていた列車を機関車牽引の客車に置き換えることで機関車の有効活用と燃料効率の向上を図ったそうです。

3001は和気郡佐伯町役場に保存されているそうです。

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2020年6月17日 (水)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 13 棚原ふれあい鉱山公園訪問 その4 保存車両 ホハフ2000形

柳原ふれあい鉱山公園の保存車両、今回は客車編でホハフ2003、ホハフ2004、ホハフ3002の3両が動態保存されています。

Dsc02921 2019/8/4 柵原ふれあい鉱山公園 客車の案内板

ホハフ2003、2004の2両は1950年6月ナニワ工機で製造された自社発注車です。車長は17mで元国鉄2300系の台枠が利用されています。車両の両端はオープンデッキになっています。ホハフ2002は国鉄スロ3325で富士産業宇都宮工場製でした。

Dsc02869

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黄福柵原駅そばに留置されていた車両 スポーク車輪が写っていることからこちらが2004か?

車内はセミクロスシートになっています。クロスシートの背中の部分にはモケットが無い、板張り構造です。かつて国鉄の旧型客車でもスハ32系などでそういった車両がありました。2001~2004は半鋼製、2005のみ全鋼製でした。定員は140名で座席82名、立席58名です。

Dsc02891 もう1両は吉ヶ原駅そばに

2001は1972年6月に、2005は1988年3月に廃車となりました。

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2019年8月 8日 (木)

公園保存車両 ED71 37+オハフ61 2527

2016年秋の仙台方面旅行で撮影した公園等保存車両、今回は東北本線の桜の名所、船岡駅横の緑地に保存される初期量産形交流電機ED71形37号機とオハフ61形客車です。

ED71形1959年から1963年にかけて、日立製作所、東芝、三菱電機・新三菱重工業により、55両製造された50Hz交流機で、北陸本線用に登場したED70形の実績を踏まえ、25‰勾配において単機で1000t、重連で1200t貨物列車の牽引が可能な性能を求められました。

試作機として3両が製造され、
1号機 日立製作所 送油風冷式変圧器+風冷式エキサイトロン水銀整流器 を搭載
2号機 東芝    乾式変圧器+風冷式イグナイトロン水銀整流器
3号機 三菱電機・新三菱重工業 送油風冷式変圧器+水冷式イグナイトロン水銀整流器 と変圧器、整流器の組み合わせが異なる方式が試され、黒磯~白河間で試験を繰り返した結果、1号機の方式が量産車で採用されることになりました。2号機の方式は鹿児島本線門司港~久留米間電化で登場したED72.ED73形に採用されました。

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Dsc04803 2016/10/21 船岡

量産1次形として1960年から1961年に4号機から44号機が製造されました。1号機のシステムを継承しつつ、機器構成の見直しで自重が64tから67.2tに増加、重量の吸収のため台車を揺れ枕式DT114に変更しました。客車暖房用の電気暖房電源を主変圧器の3次巻線から取り、運転室ドア脇(1.4位)側に電気暖房表示灯が設置されました。
量産2次形は1962年から1963年に製造された45号機から55号機で、クイル方式から主電動機を防振ゴムを介して車軸に載せる”半釣りかけ式”に変更し、同時にMT101電動機の防振対策問題を解決するためにトーションバーをアンチローリング装置として用いることで問題が解決されました。さらに側面のルーバーの形態が変更されました。

オハフ61形客車は1947年2月25日に八高線東飯能~高麗川で発生した客車列車脱線転覆事故(184名が死亡)を契機に明治末期から大正末期にかけて製造され、製造後20年から40年が経過し、老朽化が進行していた木造客車(当時の国鉄保有客車数10800両の約6割)を1949年から鋼体化として鋼製客車に改造する事業が開始され誕生した形式です。

Dsc04811
Dsc04812

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この頃は戦後の混乱期でインフレが進行しており、短期間で大量に鋼製客車を新製することは不可能であり、木造客車の台枠、台車、連結器などを再利用し、車体のみを新製し鋼製としました。

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2019年5月22日 (水)

公園保存車両 スハ422047 生田緑地

昨日に続いて、川崎市の総合公園、生田緑地の保存車両の話題です。

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2015/4/1 生田緑地 スハ422047

今回は鉄道省が1929年から製造した20m級鋼製客車スハ32系客車の改良型として1939年から1950年にかけて製造したオハ35系と呼ばれる客車形式群の中でオハ35形の改良増備車として1948年から1950年にかけて日本車輌、日立製作所、新潟鐵工所で合計140両が製造された三等車スハ42形2047号です。

オハ35系という系列名は制式のものではなくスハ33650形として製造が開始された似た車体構造を持つ制式鋼製客車であくまで趣味的・便宜的な呼称です。車体構造としての共通性は側窓のサイズが従来600㎜であったのが1000㎜になったこと、過剰な補強材を省略し、軽量化したこと、リベット接合から溶接接合への移行などが挙げられます。量産の時期が戦前から戦後に渡っているため、車体構造は製造時期によって大きく異なっているのもこの系列の特徴であります。車端部、出入り台付近の3面折妻構造、外妻アーチ構造など、1946年製造を前後に形態の変化が見られます。

形式は三等車オハ35形、スハ42形、三等緩急車オハフ33形、二等車オロ36形、オロ40形、オロ41形、二等緩急車オロフ33形、二三等合造車スロハ32形、展望車スイテ37形、寝台車マイネ40形、食堂車マシ38形、郵便・荷物車スハニ32形、スハユ31形、マニ32形、マニ34形、マユ34形、オユ36形などがあります。

2047号が生田緑地に保存されたのは1985年でした。

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このパネルにもあるように製造は1948年で水戸機関区所属で、常磐線経由の長距離列車で上野~青森間を走り続け、1985年3月に引退しました。
1975年の車両配置表によると、水戸にはスハ42形は

スハ42 2045 2046 2047 2048 2049 2128 2129 2130 が配置されています。

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台車は戦前製造のオハ35形ではペンシルバニア形軸ばね台車のTR23を履いていましたが、スハ42形では乗り心地の改善を目的としてウィングばね式鋳鋼台車のTR40に変更されました。

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車内も公開されており、小学生の頃、父の実家の能代や母の実家の萩への道中、当時の客車夜行急行で旅したことを思い出させてくれました。

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2018年8月18日 (土)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その28 紀勢西線乗り入れ

南海の歴史の中で忘れてはならないのが、国鉄紀勢西線乗り入れの歴史です。

105_tc104551_180323_2 2018/3/23 和歌山市
紀勢本線の終点は和歌山市であり、和歌山では無いのですが、多くの列車が阪和線に乗り入れ天王寺に向かい、和歌山~和歌山市間はこういった105系2連のローカル列車が走っています。かつてはこの線を南海側からサハ4801やキハ5501・5551などが走っていました。

現在JRの路線である、当時の阪和電気鉄道が1933年11月4日に紀勢西線直通列車「黒潮号」の運転を開始しました。これは当時の鉄道省大阪鉄道局が鉄道省の客車を使用して、大阪から南紀の景勝地白浜までの直通列車を打診したもので、阪和電気鉄道は受諾し、南海は自社からの直通のみを希望し、難色を示した結果であり、阪和単独で週末運転の準急列車(阪和天王寺~紀伊田辺間)が実現しました。阪和線内は電車が客車を牽引し、紀勢西線内は蒸機8620形が牽引しました。列車名は公募によって選ばれ、戦前の日本において特急以外の列車に愛称が付いた唯一のケースでした。当初は、紀勢西線が紀伊田辺までだったので、白浜までは地元の明光自動車による連絡バスが連携しました。

1933年12月には紀勢西線が紀伊富田まで延伸され、黒潮号も白浜口まで運行されるようになりました。阪和線内はノンストップ超特急と同様の45分運転(当時、国内最速の電車でした)、紀勢西線内も東和歌山~白浜口間ノンストップで、天王寺から白浜口まで170km弱を3時間で結びました。

Ed38_1_100425 2010/4/25 三峰口
現在、秩父鉄道三峰口に保存されているED381号機、阪和電気鉄道のロコ1000で黒潮号の東和歌山での列車の併結作業等の入れ換えでも活躍したそうです。

南海も1934年11月17日から難波駅発の「黒潮号」を電車牽引で運転開始し、東和歌山駅で併結され、ともに白浜に向かうようになりました。ダイヤは土曜の午後に大阪を発ち、夕刻に白浜着、日曜夕刻に白浜を発って、夜に大阪に戻るもので週末の一泊温泉旅行に最適で関西の人々から大人気の列車となりました。

しかし、1937年7月の日中戦争の勃発でリゾート列車黒潮号は贅沢と見なされ廃止となり、阪和電気鉄道も1940年に南海に吸収合併され山手線となりました。1944年には国有化されました。

戦後の1951年4月、南海は紀勢西線乗り入れ列車を再開され、1952年6月からは専用客車サハ4801を投入しました。サハ4801は国鉄客車スハ43形に準じた設計で紀勢西線の国鉄客車列車に挟まれて運行されましたが、国鉄客車に較べて若干、屋根が低かったこと、南海らしい緑の塗装、さらに出入り台上部に「南海」との標識があったことから明瞭に国鉄客車と識別可能だったということです。

1959年7月には紀勢本線が全通し、この改正を機に南海はキハ5501・5551型を製作、気動車による乗り入れを開始しました。愛称は「きのくに」となりました。

キハ5551は国鉄には無い両運転台タイプのキハ55で、モデルはキハ55形4次車100番台でした。似たようなタイプに富士急行が独自に製造したキハ58003があります。増備が重ねられ、最終的にキハ5501は5両、5551は4両体制となりました。

きのくにや南紀の愛称で、5往復が運転されたのが最盛期で難波~和歌山市~白浜・新宮まで足を伸ばしました。新宮までの列車は夜行列車でサハ4801が使用されました。

難波駅改良工事の影響や2エンジン車であるがため冷房改造が出来なかったこと、さらに紀勢本線の電化で陳腐化したこともあり、客車は1972年3月改正で、気動車は1985年3月改正で全廃となりました。

関西の私鉄の多くが標準軌の中、南海は国鉄と同じ1067mmの狭軌であり、これが幸いして国鉄乗り入れが実現出来た訳ですが、近年は逆に大阪地下鉄との相互乗り入れが狭軌のためできないという結果も招いているようです。

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2018年6月22日 (金)

62年半の人生におけるセネガルとの接点

FIFA World Cup 2018 ロシア大会が開幕し、グループリーグの試合も第二ラウンドが進行中で日本代表もこの大会では初戦の相手、難敵コロンビアに2:1で勝利し、「サランスクの奇跡」と呼ばれていますが、第二戦はセネガルです。

Img_0093 2009/9/20 バマコのホテルからみた市内の様子
遠くに見える水面はニジェール川

日本は地理的な関係もあり、アフリカ諸国とはあまり縁がなく、ワールドカップのグループリーグで対戦があるたびにその国の事情が紹介されることが多いように感じます。前回、2014年大会のコートジボアール(象牙海岸)しかり、2010年のカメルーンしかり、同国は2002年の日韓大会で大分県中津江村(現在は日田市の一部)でキャンプしたときも有名になりました、2002年大会の際のチュニジアしかりです。

Img_0102 バマコの中心街の様子

今回の大会も前評判は今一でしたが、第一戦の勝利のあと、テレビでも日本代表関連のニュースが増え、日曜日深夜(正確には25日午前0:00)キックオフのセネガル戦に向けてワイドショウなどでもセネガルの国、文化の紹介が盛んです。

Img_0555 街はこんな感じでしたが、当時驚いたのは多くの国民がそれぞれバイクに乗り、携帯電話を所持していることでした。

私は2009年9月にアフリカに出張する機会があり、マリ共和国の首都バマコを訪問しました。マリは西アフリカに位置し、西はモーリタニア、北はアルジェリア、東がニジェール、南はブルキナファソ、コートジボアール、南西をギニア、西をセネガルに隣接する国です。位置的に国土の北側1/3はサハラ砂漠、ニジェール川の沿岸が農耕地となっています。

植民地時代はフランス領スーダンと呼ばれ、1960年6月にセネガルとともにマリ連邦を結成し、フランスから独立、8月にセネガルが離脱したため9月にマリ共和国となったそうです。

Img_0570
市内散歩でバマコの中央駅まで行きました。

Img_0571
上の写真にも写っていますが、Transrailというのが鉄道会社の名称の様でWikipediaの情報では2003年9月にセネガルとマリ両国政府間の署名で開業した鉄道会社のようです。ダカール~バマコ間1228kmで旅客、貨物輸送が行われているようです。

Img_0572

駅舎の裏側に回ってみるとこういった客車や

Img_0577

こういった客車が停車していました。

残念ながら牽引する機関車の姿はありませんでした。

聞いたところによると、週に1便セネガルとの間で列車が走っているそうです。

これが私にとっては唯一のセネガルとの接点ですが、日本人にとってみればパリ~ダカールラリーは有名ですね。

果たして、組織的で身体能力に優れたセネガル代表とのマッチどういう結果になるでしょう。

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2017年8月10日 (木)

名古屋~亀山間 関西本線 その1 電化前後

名古屋から亀山に至る関西本線は名古屋~桑名~四日市間では近鉄名古屋線との競争で大きく水を開けられ、河原田で分岐し、亀山を経由せずに津方向に向かう伊勢鉄道線(旧国鉄伊勢線)は建設時の目的から大きく外れて第三セクター化されと、今回、乗車してみていろいろ問題を抱えている路線と感じました。

まずは開業から電化完成までの歴史です。

1888年3月1日関西鉄道の設立が認可、本社は四日市でした。

1889年12月15日、草津~三雲間が開業

1890年2月19日、三雲~柘植間が開業、現在の草津線が開通。12月25日、柘植~四日市間が開業。

1894年7月5日、四日市~桑名仮停車場間延伸開業

1895年5月24日、桑名仮停車場~桑名間開業、名古屋~前ヶ須(弥富)間開業、11月7日、弥冨~桑名間開業で草津~名古屋間全通。

1907年10月1日、鉄道国有化法で国有化。

1959年9月26日、伊勢湾台風で甚大な被害を被る。

1971年4月25日、名古屋~亀山間でSL運行終了。

1979年8月1日、名古屋~八田間電化。

1982年5月17日、八田~亀山間電化。

私が最初に関西本線の列車の写真を撮影したのは1975年1月2日に大垣行き夜行で名古屋遠征を敢行したときで、

10_1_750102
当時、旧型客車列車は当たり前のようにどこでも見ることが出来たので、編成全体は撮らなかったのですが、番号がナハフ10の1番で珍しかったので撮影したのと、

43_17_750102_2
かつて東海道で特急列車に使用されたスハ44系の一族だったので撮影したのがこのピンボケのスハフ43 17です。

スハフ43 10番台(11-24)は特急運用から一般運用に格下げされる際に不足気味になる緩急車のためにスハ44を改造したもので、同時に座席の回転化・室内灯の蛍光灯化・客ドアの交換・アルミサッシ化等が行 われています。

当時の客車は亀山区所属かと思われますが,1975/4/1時点での配置を見ると

オハ35 111, 441, 442, 459, 610, 616, 618, 729, 1025, 1143,
オハ41  407, 408, 409, 410
オハ46  17, 507
ナハフ10  1
オハフ33  1, 4, 6, 8, 10, 11, 12, 110, 112, 169, 367, 428, 436, 566
オハフ45  107
オハフ61  1516,1518, 1520, 1521, 1522, 1523
スエ71  4, 16, 31   

でした。スハフ43 17は1975年3月で廃車されたようです。

その後、出張等で名古屋に行った際にも撮影はしていますが、特に関西本線を意識して撮ってはいませんでした。

113_750102 1975/1/2 名古屋駅で撮影した中央西線用113系 神嶺区

165_8012081980/12/8 名古屋 165系

名古屋~亀山間電化後、国鉄末期までは113系165系が投入されたようです。

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