2020年6月23日 (火)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 13 棚原ふれあい鉱山公園訪問 その5 保存車両 貨車編3

柵原ふれあい鉱山公園の保存車両、貨車編、今回は無蓋車です。トム519、トラ814、840の3両が保存されています。

Dsc02944edit 2019/8/4 柵原ふれあい鉱山公園

519

5192  
トム500形は鉱石輸送の主力として活躍した15t積載の木造二軸無蓋車で70両在籍したそうです。もとは運輸省所属で1950年7月と11月に入線したようです。車歴は各車ごとに複雑であり、記録の不備もあり、製造所、製造年月、前所有者に関する情報がはっきりしない車両が多く、中には南海鉄道からの転属者や若松車輛の銘版を持つ車両もいたそうです。

814

トラ800形は18t積載の木造二軸無蓋車で総勢52両在籍しました。トラ802から806までは元鐡道省所属のトで1954年改造、入線、840以降は1962年および1964年に新造されたグループです。トム500に対して3t積載量の増えたトラを増備したのは当時、鉱石輸送の需要が増大したのに対処するためでした。

840
昨日紹介したワフ102とトム519は写真のように展示運転線とは繋がっていない線路上に保存されているため運転はできませんが、トラ814、840そしてワむ1807は展示運転線上に引き出して運転することが可能です。

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2020年6月22日 (月)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 13 棚原ふれあい鉱山公園訪問 その5 保存車両 貨車編2

柵原ふれあい鉱山公園に保存される貨車編、今回は緩急車ワフ100(102)です。

Dsc02829
2019/8/4 柵原鉱山公園

1947年日本車輌製の国鉄ワフ22000形(ワフ22006)を1976年3月に譲受、国鉄時代は片デッキでしたが、両デッキ式に改造しました。2トン分の荷物スペースも残されました。かつては同時期に国鉄から譲受した5両(ワフ101~105)が活躍していましたが、鉱石輸送廃止後に残ったのは102、103の2両でした。

ワフ22000→101
ワフ22006→102
ワフ22012→103
ワフ22143→104
ワフ22925→105 1948年新木南車両製

Dsc02833

ワフ22000形は1947年から1948年までに日本車輌製造本店・支店、近畿車輛、帝國車輛工業、汽車製造東京支店、新木南車輛で975両製造された有蓋緩急車で、全長7830mm、全幅2640mm、全高3685mm、荷重2t、実容積11.7㎥、自重8.9tです。それまでに活躍していた大正期製造のワフ600形、ワフ3300形の木製緩急車の置き換えを目途に製造されました。

走り装置は一段リンク式から二段リンク式に改造され、最高速度も65km/hから75km/hに向上しました。当初、車掌室内に電灯やストーブは設置されていませんでしたが、1963年に車軸発電機および蓄電池箱、ストーブが設置されました。私も小学校時代、国立駅の側線に停車中だった中央線貨物列車の緩急車は、しばしば中を無断で見学した憶えがあります。

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2020年6月19日 (金)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 13 棚原ふれあい鉱山公園訪問 その5 保存車両 貨車編

柵原ふれあい鉱山公園に保存されている車両、今回からは貨車編です。

Dsc02894 2019/8/4 柵原ふれあい鉱山公園

Dsc02895
停めてあった場所の関係でこんな写真しか撮れませんでしたが、形式表示は国鉄時代のままだったことが分かります。

有蓋車、緩急車、無蓋車が保存されています。まずは有蓋車のワム1807です。動態保存されています。
同和鉱業片上鉄道ではワム1800形式とされましたが、元国鉄ワム80000形です。
ワム80000形は国鉄が1960年から1981年にかけ製造した15t積載の2軸貨車で26605両が製造されました。製造は日本車輌製造、川崎車輛/川崎重工業、汽車製造東京支店、日立製作所、輸送機工業、富士車輌、ナニワ工機、三菱重工業、協三工業、舞鶴重工業、鉄道車輛工業、若松車輛が担当しました。1959年に汐留~梅田間でコンテナ輸送が開始され、それまで主流だった車扱貨物においても有蓋車の近代化を図る必要が生じ、パレットを使用し、フォークリフトで荷役するパレチゼーションが検討された結果、初代ワム80000形(後にワム89000形)が誕生し、その改良型として量産されたのが本形式でした。側面は総開き式とし、4枚の引き戸方式となりました。

走り装置は2段リンク式、最高速度は75km/h、車軸は12t長軸で軸受は平軸受けです。

同和鉱業片上鉄道には1986年に吉ヶ原、周匝からの肥料輸送用および弁柄輸送用として10両が国鉄から 払い下げられました。

  • ワム1801 ← ワム180570 日本車輌製造 1968年度民有
  • ワム1802 ← ワム181464 川崎車輛      〃
  • ワム1803 ← ワム181842 舞鶴重工業     〃
  • ワム1804 ← ワム183864 汽車製造   1968年度第4次債務負担
  • ワム1805 ← ワム184036 日本車輌製造 1968年度第4次債務負担
  • ワム1806 ← ワム184141 川崎車輛   1968年度第4次債務負担
  • ワム1807 ← ワム184740 川崎車輛   1968年度第4次債務負担
  • ワム1808 ← ワム184746 川崎車輛   1968年度第4次債務負担
  • ワム1809 ← ワム184987 日立製作所  1968年度第4次債務負担
  • ワム1810 ← ワム185970 日立製作所  1968年度第5次債務負担

10両はいずれも第2次量産車グループです。1988年には貨物輸送が全廃されているので活躍期間は2年間でした。
1805と1807が保存され、1805は和気町の和気交通公園横に静態保存されています。

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2020年6月10日 (水)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 13 棚原ふれあい鉱山公園訪問 その2 同和鉱業片上鉄道について

昨日の記事にあるように吉井川の水運、高瀬舟による鉱石の運搬を代替するために棚原から片上まで敷設されたのが片上鉄道でした。

Dsc02851
Dsc02852
2019/8/4 棚原ふれあい鉱山公園に展示されている高瀬舟 鉱石を載せて川を下り、復路は塩、魚、ミカンなどを載せて帰って行きました。最盛期は会社所有の船と個人所有の舟で100艘以上が活躍していました。ただ、初夏から秋にかけての農繁期には吉井川の水が農業用水として利用されるため水位がさがり、和気の上流6km付近の天瀬付近から下流は航行不能となるトラブルや棚原から児島湾の九蟠港までの往復に平均5日を要する問題がありました。

会社は、間762mmの軽便鉄道として1919年3月24日に鉄道大臣に出願されました。同年11月27日に片上鉄道が成立しました。やがて1922年4月17日に免許は軌間1067mmに変更され、線路の敷設が開始されます。
1931年2月1日、井ノ口~棚原間が開業し、全通しました。

路線データ
営業キロ 33.8km 建設キロ 33.997km
設計図より実測が長い場所(ダブルチェイン)が3か所、逆に短い場所(ブレイクチェイン)が1か所存在します。
駅数 17駅
全線非電化、全線単線
閉塞方式 単線自動閉塞式 ARC
踏切 108か所
橋梁 98か所
最小勾配 0.9‰ 最大勾配 28.6‰
最小曲線 半径240m 最大曲線 300m
隧道 3か所 

Dsc02903

駅名     営業キロ
片上      0.0      赤穂線(西片上駅と徒歩5分)
清水      4.1
中山      5.7
和気      8.6      山陽本線
本和気     10.1
益原      11.6
天瀬      14.5
河本      16.3
備前矢田    18.3
(貨)井ノ口  19.4     1931年2月1日廃止
苦木      22.2
杖谷      24.2
備前塩田    25.5
肥前福田    27.2
周匝      28.5
美作飯岡    29.6
吉ヶ原     32.5
柵原      33.8

経営は1950年6月20日藤田興業が片上鉄道を合併し、1957年8月1日には同和鉱業が藤田興業を合併しました。棚原鉱山からの鉱石輸送のみならず、沿線住民の足として旅客輸送も行われました。尾小屋鉄道、三岐鉄道とともに陸運統制令の枠外とし他社への事業統合を免れ、青梅鉄道や群馬鉄山専用線(後の吾妻線)とは異なり、国鉄買収の対象にもなりませんでした。鉱石輸送が主体であったため、交換駅での線路有効長は長く、PC枕木等を使用し、線路規格も高規格でした。車両、施設もよく整備されており、国鉄キハ41000形、42000形が現在も動態保存されています。

硫黄の新しい精製技術の確立やオイルショックなどで棚原鉱山の生産量の激減、貨物の取扱量の減少、旅客輸送も乗用車の普及で減少し、1987年には鉱石輸送はトラック輸送に切り替えられ、地元住民は存続希望を出しましたが、経営困難により、1991年6月30日をもって廃止となりました。

Dsc02900
廃線跡を利用して「片鉄ロマン街道」(県道703号備前柵原自転車道線)が設置され、

Dsc02901
吉ヶ原駅周辺には柵原ふれあい鉱山公園が設置されました。

Dsc02868

さらに吉ヶ原駅から旧柵原駅に向かって約100m展示運転線が延長され、2014年11月2日には黄福柵原駅が開業しました。
次回の記事から、柵原ふれあい鉱山公園に保管されている車両について紹介して行きます。

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2020年5月29日 (金)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 12 若桜鉄道の旅  その3 八東駅、徳丸駅、丹比駅

昨日に続き、

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9.8km 八東 1930年1月20日開業、2面2線 2020年3月14日のダイヤ改正から交換設備が稼働したようですが、昨年8月の時点で工事はほぼ完成していました。

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手前が郡家方向、奥が若桜方向、左側の新設された線路には車止めが、ホームもほぼ完成していました。

なお、最初の写真の駅名標の後に見える貨車はワフ35000形35597で1938年から1942年にかけ910両された8トン積載2軸有蓋緩急車(65km/h)で製造時はワフ25000形でした。戦後の1955年に後継形式ワフ29500形が登場した際に執務環境を改善するため、1960年から1965年にかけて車掌室を拡大、ストーブの設置が行われ、貨物室は5トンに減少、走り装置も二段リンク式とし、運転速度は75km/hとなり、形式はワフ35000形になりました。1967年以降は電灯設備が追加され、床下に車軸発電機と電池箱が設置されました。1985年3月14日のダイヤ改正で車掌車の連結が廃止され、用途を喪失し、1986年までに全車廃車となりました。

Dsc02566

ワフ35597は廃車後、宇都宮貨物ターミナル駅に放置されていましたが、2011年に若桜線SL遺産保存会が購入し、八東駅に搬入、静態保存となりました。

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11.6km 徳丸 2002年3月23日開業 1面1線

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13.5km 丹比 1930年12月1日開業 1面1線 たんぴと読みますが、ぴで終わる駅名は日本では唯一だそうです。駅本屋とホームは2008年に登録有形文化財に登録

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2019年8月 5日 (月)

速報版 岡山、広島、鳥取、兵庫を巡る旅 三日目

三日目のメインは津山を流れる吉井川の下流に柵原鉱山(良質の硫化鉄鉱の鉱山)で掘り出される鉱石を瀬戸内海沿岸の港、片上港まで運搬する片上鉄道で活躍した気動車などが保存される美咲町柵原ふれあい鉱山公園を訪問することでした。


当初の予定では津山駅前を1150に出発する高下方面行きのバスに吉ヶ原まで乗車、帰りも同じルートで津山に戻り、津山から1725発の姫新線列車で姫路に向かう予定でした。

午前中がほぼ予定無しなのはあまりにもったいないので、朝429発の津山線1番列車で545岡山に、岡山発946の津山線快速「ことぶき」で津山1054に戻ることにしました。

<岡山駅でのスポッティング>
貨物列車:山陽下りは1番線、上り4番線を通過しますが、旅客ホームの姫路よりの外れから、下り貨物を狙うことは可能ですが、それ以外は不可能です。上りは列車案内板に通過とか貨物と表示され、放送でも列車が通過しますとアナウンスがあるので比較的写しやすいです。

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2019/8/4 岡山 山陽本線から四国方面に向かう貨物列車

山陽から四国方面に向かう貨物列車は8番線に入線、8番線の先で乗務員交代が行われます。

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2017年度製の311号機

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全般検査出場で塗装が変わった108号機

EF200が引退してEF66,EF210と日本海縦貫線のEF510が顔を見せるようになったのが変化ですが、EF210300番台や100番台の新塗装を見ることがあります。

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2019年3月にデビューしたSETOUCHI TRAIN 鈴木マサル氏のデザイン

山陽本線:相変わらず113系、115系、しかも末期色が頑張っています。前に較べて改造タイプの115系が減ったように思います。色物では空色の1154連を見ました。117系も末期色で100番台編成が最後の活躍をしているようです。

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2003年10月のマリンライナー置き換えによる編成替えで登場したサハ213改造のクハ212-100番台 サハ213-7 - 11 → クハ212-101 - 105

213系、JR西日本の2130番台、編成短縮で如何にも頭を付けたという感じのクハ212が目立っています。

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C04編成からサハ213-4を抜き、クハ212-4はクロ212-7004に、クモハ213-4はクモロ213-7004に改番し、2016年4月から「ラ・マル***」といった臨時列車で活躍

213系改造の観光列車「La Malle de Bois(ラ・マル・ド・ボァ、フランス語で旅行かばんの意)」も幸い、回送列車として撮影できました。
伯備線:特急「やくも」の381系もここが最後の活躍の場となっており、モハ381に運転台を取り付けたクモハ381-500等、珍車が活躍するのもあと僅かになってきています。

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キハ40-2134 ノスタルジー塗装と言うそうです。

津山線、吉備線(桃太郎線):キハ47、キハ40がメインに活躍していますが、朝の津山からの1番列車はキハ1202連でした。かつてよく見たカフェラテ塗装は無くなり、ほとんどが首都圏色(タラコ色)となっており、クリームとオレンジのツートンを1両撮影しました。

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瀬戸大橋線:JR四国の車両の中では8600系が異彩を放っていました。

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サンライズ瀬戸・出雲の切り離し作業は朝の寝台特急の現代に続くショウといった感じで多くのギャラリーが見つめる中、行われていました。 

<柵原ふれあい鉱山公園の片上鉄道保存会の活動>

11月までの毎月第一日曜日が活動日で保存車両のキハ303、キハ702などが吉ヶ原駅と数年前に新設された黄福柵原駅間を一日5往復する運行をしており、一日会員になれば乗車が可能なようです。車両はいずれも1930年代製造の元ガソリンカーで、現在はディーゼルエンジン、液体変速機を搭載していますが台車等は製造時のものが使用されているようです。炎天下、公開に合わせて全国各地からやって来た鉄道ファンで賑わっていました。当初の予定よりも早く、臨時の津山方面へのバスが運行されることが分かり、それに乗車し、津山駅に戻りました。これは津山市と美咲町が主催するレトロレールバスプロジェクトで片上保存鉄道の公開に合わせて臨時バスを月初めの日曜日に運行しているとのことで、車内では柵原鉱山、片上鉄道の歴史、使用しているバスに関して、美咲町、津山市に関する説明等がありました。

予定よりも早く津山駅に戻ったので、姫新線経由では無く、岡山経由で姫路に向かいました。

三日目のメインは津山を流れる吉井川の下流に柵原鉱山(良質の硫化鉄鉱の鉱山)で掘り出される鉱石を瀬戸内海沿岸の港、片上港まで運搬する片上鉄道で活躍した気動車などが保存される美咲町柵原ふれあい鉱山公園を訪問することでした。


当初の予定では津山駅前を1150に出発する高下方面行きのバスに吉ヶ原まで乗車、帰りも同じルートで津山に戻り、津山から1725発の姫新線列車で姫路に向かう予定でした。

午前中がほぼ予定無しなのはあまりにもったいないので、朝429発の津山線1番列車で545岡山に、岡山発946の津山線快速「ことぶき」で津山1054に戻ることにしました。

<岡山駅でのスポッティング>
貨物列車:山陽下りは1番線、上り4番線を通過しますが、旅客ホームの姫路よりの外れから、下り貨物を狙うことは可能ですが、それ以外は不可能です。上りは列車案内板に通過とか貨物と表示され、放送でも列車が通過しますとアナウンスがあるので比較的写しやすいです。山陽から四国方面に向かう貨物列車は8番線に入線、8番線の先で乗務員交代が行われます。EF200が引退してEF210と日本海縦貫線のEF510が顔を見せるようになったのが変化ですが、EF210300番台や100番台の新塗装を見ることがあります。

山陽本線:相変わらず113系、115系、しかも末期色が頑張っています。前に較べて改造タイプの115系が減ったように思います。色物では空色の1154連を見ました。117系も末期色で100番台編成が最後の活躍をしているようです。213系、JR西日本の2130番台、編成短縮で如何にも頭を付けたという感じのクハ212が目立っています。213系改造の観光列車「La Malle de Bois(ラ・マル・ド・ボァ、フランス語で旅行かばんの意)」も幸い、回送列車として撮影できました。
伯備線:特急「やくも」の381系もここが最後の活躍の場となっており、モハ381に運転台を取り付けたクモハ381-500等、珍車が活躍するのもあと僅かになってきています。
津山線、吉備線(桃太郎線):キハ47、キハ40がメインに活躍していますが、朝の津山からの1番列車はキハ1202連でした。かつてよく見たカフェラテ塗装は無くなり、ほとんどが首都圏色(タラコ色)となっており、クリームとオレンジのツートンを1両撮影しました。

瀬戸大橋線:JR四国の車両の中では8600系が異彩を放っていました。サンライズ瀬戸・出雲の切り離し作業は朝の寝台特急の現代に続くショウといった感じで多くのギャラリーが見つめる中、行われていました。

 <柵原ふれあい鉱山公園の片上鉄道保存会の活動>

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2019/8/4 片上鉄道保存会 キハ702

11月までの毎月第一日曜日が活動日で保存車両のキハ303、キハ702などが吉ヶ原駅と数年前に新設された黄福柵原駅間を一日5往復する運行をしており、一日会員になれば乗車が可能なようです。車両はいずれも1930年代製造の元ガソリンカーで、現在はディーゼルエンジン、液体変速機を搭載していますが台車等は製造時のものが使用されているようです。炎天下、公開に合わせて全国各地からやって来た鉄道ファンで賑わっていました。当初の予定よりも早く、臨時の津山方面へのバスが運行されることが分かり、それに乗車し、津山駅に戻りました。これは津山市と美咲町が主催するレトロレールバスプロジェクトで片上保存鉄道の公開に合わせて臨時バスを月初めの日曜日に運行しているとのことで、車内では柵原鉱山、片上鉄道の歴史、使用しているバスに関して、美咲町、津山市に関する説明等がありました。

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キハ303

予定よりも早く津山駅に戻ったので、姫新線経由では無く、岡山経由で姫路に向かいました。

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2019年8月 1日 (木)

米原公民館前に保存されているラッセル車 キ555

2016年9月の関西旅行、東京への帰途、米原駅で途中下車して立ち寄ったのが本日の記事で紹介するラッセル車キ555です。

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2016/9/4 米原公民館

除雪用車両として、ラッセル車、ロータリー車は子供のころから絵本等でよく知っていますが、「ラッセル」というのは開発元の米穀ラッセル社に由来することは知りませんでした。車体前部に排雪板を装着し、進行方向の片側もしくは両側に雪を掻き分ける方式で除雪し、雪の少ない地域や豪雪地帯での初期除雪において活躍します。


Dsc03649
キ550形貨車は鐡道省が1932年から製造・使用した事業用貨車(複線用ラッセル式除雪車)で製造時はキ250形として登場し、1941年3月の称号改正でキ550形となりました。

Dsc03655

1943年から1959年にかけ、苗穂工場、土崎工場、飯野産業においてキ551~キ556、キ559~キ588の36両が新製されました。
さらに1955年、昭和30年度貨車更新修繕計画により苗穂工場にて2両のキ1500形の木製車体を鋼体化改造してキ550形に編入しました(キ557 - キ558)。1958年、昭和33年度貨車整備工事改造計画により、除雪能力を改善するため、苗穂工場にてその前頭部の形状を変更し、フランヂャーを直動式に改造されました。1961年から1968年には旭川工場、土崎工場、新津工場、松任工場、長野工場にてキ100形が改造され、キ550形に編入されました(キ589 - キ599、キ1550 - キ1569)。以上70両(キ550 - キ599、キ1550 - キ1569)が在籍し、各地の豪雪地帯で運用されました。

Dsc03647
Dsc03657

Dsc03645


1968年10月1日のダイヤ改正では高速化不適格車とされ、最高速度65km/hの指定車となり、識別のため記号に「ロ」が追加され「ロキ」となり黄1号の帯が巻かれた。

Dsc03641
主要諸元

車体色 黒+黄1号の帯
軌間 1,067 mm
全長 12,200 mm
全幅 2,621 mm
全高 4,015 mm
自重 30.0 t
換算両数 2.0
台車 TR42A、TR41C
車輪径 860 mm
軸距 1,650 mm
台車中心間距離 6,500 mm
最高速度 65 km/h

1987年、最後の1両が廃車となり、形式消滅しました。

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2019年6月27日 (木)

日立製作所水戸事業所 さつきまつりに初参加 その6 リニアモータ方式L4形貨車加減速装置

日立製作所水戸事業所「さつきまつり」の展示物、今回は国鉄時代、ヤード継走式貨物輸送の最盛期にヤードの近代化、効率化推進のため開発された貨車加減速装置の紹介です。

鉄道貨物輸送は1872年(明治5年)の開業から間もなく開始され、鉄道網の拡充とともに陸上輸送の主流となって行きました。1906年の鉄道国有化で輸送量は増大し、それまで駅構内の付属施設(仕分け線)で行われていた貨車の入換え、貨物列車の組成作業を専門に行うための操車場が全国各地に建設されました。この時期に建設されたのが稲沢、吹田、田端、品川操車場で、品川は後に旅客化され、貨車の入換作業は新鶴見に移転しました。1937年の日中戦争勃発で軍需を中心とした輸送が増加、香椎、新潟操車場が新たに建設され、太平洋戦争後の復興期に、経済の復興に合わせて増大する貨物輸送のため、富山操車場などが建設されました。

ヤード継走方式(車扱貨物)と言われた貨物輸送方式においては、中継の拠点となる組成駅で、異なる方面から到着した複数の列車が「分解」され、行先の方向を同じくする貨車ごとに「仕分」し、異なる方面に向かう複数の列車を「組成」する作業が行われました。

操車場の形態は大きく以下の3つの方式に分けられました。
1)平面ヤード スイッチャーが貨車を仕分け線に押し込み、推進運転後、急ブレーキを掛け、貨車を「突放」、添乗した構内作業掛がブレーキを操作し、目的の位置に停止させる。

2)ハンプヤード 入換用機関車が貨車を推進運転でハンプに押し上げ、先頭の貨車から下り勾配を転がる。仕分け線のポイントを切り替え、貨車を仕分する。この際にカリターダーにより、貨車を減速する仕組みもありました。

3)重力ヤード 操車場自体が傾斜地に設置されたもので、多くがドイツやイギリスにあり、日本ではありませんでした。

我が国のハンプヤードなどにおける貨車の入換作業は多大な労力を要し、かつ事故も多く大変危険な作業であるため、その近代化、合理化、効率化を目指して、1965年に開業した郡山操車場では空気リターダー方式によるターゲット・シューティング方式が導入され、高崎操車場では1970年にYACS(Yard Automatic Control System)として油圧ユニット方式(ダウティ方式)が採用されていました。そういった情勢のなかで日立製作所水戸事業所ではリニアモータ方式によるL4形貨車加減速装置を開発、試作機を冨山操車場に納入、試験の後、塩浜操車場などに量産タイプが納入されました。

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Dsc01241
2019/6/1 日立製作所水戸事業所

プッシャーカー、ブレーキカー、コントロールカー、モーターカー、およびディスタンスカーの5両で1組となったL4カーが仕分線ごとに配置されており、ハンプから散転されてくる貨車を捕捉し、所定の距離を走行後、安全連結速度で停止中の貨車に連結させてゆく装置です。動力などのための電源は三相交流220Vで軌道間に張られたトローリ―線から給電されました。運転は微弱電界による無線運転とL4カー内に内蔵されたプログラムによる自動運転の二通りが可能でした。

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L4カーのサイズは貨車の輪軸に対してかなり小さいことがわかります。

プッシャーカーには前後2組のプッシャーローラーがあり、プッシャーローラーは貨車の進入を検知すると軌条の側面に突き出し貨車車輪のフランジを捕捉し、減速時には前側のローラー、加速時には後側のローラーで貨車の速度を制御します。コントロールカーは捕捉した貨車を制御し、停止している貨車に安全連結速度で連結するための制御装置が搭載されています。また、リニアモーターの逆相ブレーキの他、空気ブレーキ装置が取り付けられています。モーターカーには2台のリニアモータが搭載されており、地上側のリアクション♪レートとの間で推進力を出します。Dsc01285 L4カー試作1号機は鉄道技術研究所、2号機は富山操車場に納入され、量産型は各地のヤードに納入されましたが、展示されているのは新南陽ヤードに納入されたもので1978年3月に製造、1996年10月まで稼働したものです。一日に1800台の貨車の処理にあたりました。

1970年代をピークにモータリゼーションの発達で我が国の貨物輸送の主流はトラック輸送となり、輸送にかかる時間が不確定なヤード継走方式は1969年に東海道・山陽本線で「フレートライナー」が登場して以降、衰退の道を辿り、相次ぐストや国鉄経営の悪化で操車場の近代化は頓挫、1978年10月2日、1980年10月1日のダイヤ改正で貨物列車の大幅な削減が行われ、1984年2月1日のダイヤ改正でとうとうヤード継走方式は全廃となりました。

国鉄の解体、ヤード継走方式の廃止でL4形貨車加減速装置は全国のヤードに普及することは無くなりました。しかしここで終わらないのが、技術者たちの素晴らしいところで、1973年のオイルショック以降、地下鉄の建設工費は1kmあたり、約150億円にまで高騰しており、その70%が土木工事費用で、トンネル内径を小さくすれば工費が安くできる、そのためには小断面地下鉄が出来ないか、というアイデアから開発されたのがその後の大阪市営地下鉄7号線や都営地下鉄大江戸線に繋がるリニア地下鉄でした。この台車に繋がったのがなんとL4形貨車加減速装置で開発されたリニアモータとその制御技術でした。

ということで次の記事では同時に展示されていたリニア地下鉄用小型台車の紹介をします。

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2019年5月10日 (金)

横浜市電保存館を訪問 その8 保存車両 無蓋貨車10号

横浜市電保存館に保存されている実車、最後はかつて貨物輸送などに使用されていたという無蓋貨車10号です。

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2015/4/1 無蓋貨車10号 横浜市電保存館
テールランプ上部の1灯の位置が非常にユニークです。


現役当時と言っても関東大震災の前の時代ですが、この車両が輸送していたのは山手のキリンビール工場から出荷されるビールだったそうです。

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ビール瓶4本がそれぞれ藁でくるまれて4本ずつ木箱に納められ電動貨車に載せらえた様子が再現されていました。

市電全盛期、数両が在籍し、「みなと祭り」等の行事では花電車としての役割もあったそうです。また保線作業等での事業用車としての役割もありました。無蓋ではなく、有蓋の貨車も存在し、市場線からの荷物輸送にも使用されていたそうです。

花電車はまさにこの4月から5月にかけての新天皇の即位などで運転されてきましたが、横浜市電の場合は
1915年 大正天皇御大典(当時は今上天皇)(横浜電気鉄道時代)
1921年 東宮殿下御帰朝記念(後の昭和天皇)、陸軍特別大演習記念、路面電車市営化記念
1925年 大正天皇銀婚式記念
1928年 昭和大礼
1929年 エジソン電灯発明50年祭
1935年 復興記念横浜大博覧会
1936年 英国軍艦歓迎
1937年 南京陥落
1947年 市電復興まつり
1949年 日本貿易博覧会
1950年 開港記念ハマ祭
1954年 開国100年祭
1955年 根岸線開通記念
1956年 井土ヶ谷線開通記念
1958年 横浜開港100年祭
1972年 さよなら市電  といったイベントに合わせて運転されたようです。さすがに戦前は軍事色の濃さを感じます。

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直接制御方式のコントローラとブレーキハンドルという極めてシンプルな運転台

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台車は単車方式の2軸です。

機構的には保存車の中では唯一エアブレーキを装備せず、ハンドブレーキ式の車両です。

 

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2019年4月 9日 (火)

公園保存車両 川崎市電の保存車702号

拙Blogでは以前、定期的に公園などに保存されている鉄道車輛のレポートをしていました。

過去ログを調べると2015年2月7日に世田谷区立世田谷公園に保存されているD51272号機の訪問(2018/6/19の記事)で途切れています。その後、王寺駅そばのD51895号機のレポートをしましたが、今回から訪問順に再開しようと思います。

702-150301-5

最初は川崎市の桜川公園(所在地:川崎区桜本1-14-3)に保存されている川崎市電702号車です。訪問したのは2015年3月1日でした。

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川崎に市電が走っているのを私は見たことはありません。開業したのは太平洋戦争の末期の1944年10月14日で、川崎の軍需工場に通う人々の通勤手段として市電川崎~渡田五丁目間の2.76kmが突貫工事で開業したそうです。労働者の通勤手段としてバス・トラックを最初は考えたそうですが、戦争末期の燃料不足の問題もあり、交通問題懇談会の要請による開業でした。開業はしたものの、すでに米軍機による本土空襲は開始されており、空襲により甚大な被害を被りました。

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戦後、多くの電車が被災した中、2両から復興し、東京都などからの応援車両をもらい受け、路線延長、複線化、新車の投入などの整備が進み、川崎市民や工場通勤客の足として順調に業績を伸ばしました。しかし、東京都電などと同じくモータリゼーションの波に押され、路線が未完成であったことも災いし、川崎鶴見臨港バス川崎市バスとの路線競争に敗れ、経営合理化のため1969年4月1日に全線廃止となりました。

702-150301-3

路線 総延長 市電川崎~塩浜間 6.7km
軌間 1435mm
電化 DC600V 架空電車線方式

路線延長の歴史
1994/10/14 市電川崎~渡田五丁目 2.76km 開業
1945/4/11 渡田五丁目~浜町三丁目 0.66km 延伸
1945/12/6 浜町三丁目~桜本三丁目 1.02km 延伸 桜本三丁目で東急大師線(大東急の時代)と連絡
1946/8/16 市電川崎~省線川崎駅前 0.326km 延伸
1951/3/16 京急大師線桜本~塩浜間乗り入れ
1952/1/1 京急大師線桜本~塩浜間を買収

車両
100形(初代) 新潟交通が購入した1933年日本車輛製造東京支店製の半鋼製車1944年購入
200形    東京都電木造ボギー車1500形 201~205号空襲で被災
130形    箱根登山鉄道小田原市内線木造単車 元は東京市街鉄道1903年から1906年製造1形電車
300形    王子電気軌道~東京都電の半鋼製ボギー車
100形(2代) 東京都電木造単車400形
500形    川崎市電初の新造車1949年日本鉄道自動車製
600形    川崎市電独自設計の車両、200形の台車、主電動機流用車両
700形    600形の改良型、200形の車体更新車

この700形のうち702号がこうして保存されており、4年前に訪問した際は修復直後だったのか外観も非常に綺麗でした。

路線的には川崎駅付近から塩浜までを往復する単純なものでしたが、当時の日本鋼管前以東の区間は三線軌条化され夜間に国鉄の貨物列車が運行されるというユニークな路線(1949年7月16日もしくは8月1日から)で、1954年4月10日からは上下線三線軌条化、入江崎の交換設備の設置等の設備改良で昼間も国鉄貨物が運行されるようになりました(ちょっとここだけ読むとサンディエゴのトローリを思い出しますが)。1964年3月25日に国鉄塩浜操車場が開業すると池上新田~塩浜操車場間の東海道貨物線に路線の一部が転用となり、三線軌条は取りやめ、浜町三丁目~桜橋間に新駅として浜町四丁目が開設されました。さらに1967年8月1日には池上新田~塩浜間2.12kmが全線廃止に先立って廃止となりました。
因みに塩浜操車場の開業で京急大師線の小島新田~塩浜間も休止となり、バス代行となり、1970年には正式廃止となっています。

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