2019年5月10日 (金)

横浜市電保存館を訪問 その8 保存車両 無蓋貨車10号

横浜市電保存館に保存されている実車、最後はかつて貨物輸送などに使用されていたという無蓋貨車10号です。

Dsc01544 Dsc01548

2015/4/1 無蓋貨車10号 横浜市電保存館
テールランプ上部の1灯の位置が非常にユニークです。


現役当時と言っても関東大震災の前の時代ですが、この車両が輸送していたのは山手のキリンビール工場から出荷されるビールだったそうです。

Dsc01545

ビール瓶4本がそれぞれ藁でくるまれて4本ずつ木箱に納められ電動貨車に載せらえた様子が再現されていました。

市電全盛期、数両が在籍し、「みなと祭り」等の行事では花電車としての役割もあったそうです。また保線作業等での事業用車としての役割もありました。無蓋ではなく、有蓋の貨車も存在し、市場線からの荷物輸送にも使用されていたそうです。

花電車はまさにこの4月から5月にかけての新天皇の即位などで運転されてきましたが、横浜市電の場合は
1915年 大正天皇御大典(当時は今上天皇)(横浜電気鉄道時代)
1921年 東宮殿下御帰朝記念(後の昭和天皇)、陸軍特別大演習記念、路面電車市営化記念
1925年 大正天皇銀婚式記念
1928年 昭和大礼
1929年 エジソン電灯発明50年祭
1935年 復興記念横浜大博覧会
1936年 英国軍艦歓迎
1937年 南京陥落
1947年 市電復興まつり
1949年 日本貿易博覧会
1950年 開港記念ハマ祭
1954年 開国100年祭
1955年 根岸線開通記念
1956年 井土ヶ谷線開通記念
1958年 横浜開港100年祭
1972年 さよなら市電  といったイベントに合わせて運転されたようです。さすがに戦前は軍事色の濃さを感じます。

Dsc01613
直接制御方式のコントローラとブレーキハンドルという極めてシンプルな運転台

Dsc01618

台車は単車方式の2軸です。

機構的には保存車の中では唯一エアブレーキを装備せず、ハンドブレーキ式の車両です。

 

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2019年4月 9日 (火)

公園保存車両 川崎市電の保存車702号

拙Blogでは以前、定期的に公園などに保存されている鉄道車輛のレポートをしていました。

過去ログを調べると2015年2月7日に世田谷区立世田谷公園に保存されているD51272号機の訪問(2018/6/19の記事)で途切れています。その後、王寺駅そばのD51895号機のレポートをしましたが、今回から訪問順に再開しようと思います。

702-150301-5

最初は川崎市の桜川公園(所在地:川崎区桜本1-14-3)に保存されている川崎市電702号車です。訪問したのは2015年3月1日でした。

702-150301-2
川崎に市電が走っているのを私は見たことはありません。開業したのは太平洋戦争の末期の1944年10月14日で、川崎の軍需工場に通う人々の通勤手段として市電川崎~渡田五丁目間の2.76kmが突貫工事で開業したそうです。労働者の通勤手段としてバス・トラックを最初は考えたそうですが、戦争末期の燃料不足の問題もあり、交通問題懇談会の要請による開業でした。開業はしたものの、すでに米軍機による本土空襲は開始されており、空襲により甚大な被害を被りました。

702-150301-7

戦後、多くの電車が被災した中、2両から復興し、東京都などからの応援車両をもらい受け、路線延長、複線化、新車の投入などの整備が進み、川崎市民や工場通勤客の足として順調に業績を伸ばしました。しかし、東京都電などと同じくモータリゼーションの波に押され、路線が未完成であったことも災いし、川崎鶴見臨港バス川崎市バスとの路線競争に敗れ、経営合理化のため1969年4月1日に全線廃止となりました。

702-150301-3

路線 総延長 市電川崎~塩浜間 6.7km
軌間 1435mm
電化 DC600V 架空電車線方式

路線延長の歴史
1994/10/14 市電川崎~渡田五丁目 2.76km 開業
1945/4/11 渡田五丁目~浜町三丁目 0.66km 延伸
1945/12/6 浜町三丁目~桜本三丁目 1.02km 延伸 桜本三丁目で東急大師線(大東急の時代)と連絡
1946/8/16 市電川崎~省線川崎駅前 0.326km 延伸
1951/3/16 京急大師線桜本~塩浜間乗り入れ
1952/1/1 京急大師線桜本~塩浜間を買収

車両
100形(初代) 新潟交通が購入した1933年日本車輛製造東京支店製の半鋼製車1944年購入
200形    東京都電木造ボギー車1500形 201~205号空襲で被災
130形    箱根登山鉄道小田原市内線木造単車 元は東京市街鉄道1903年から1906年製造1形電車
300形    王子電気軌道~東京都電の半鋼製ボギー車
100形(2代) 東京都電木造単車400形
500形    川崎市電初の新造車1949年日本鉄道自動車製
600形    川崎市電独自設計の車両、200形の台車、主電動機流用車両
700形    600形の改良型、200形の車体更新車

この700形のうち702号がこうして保存されており、4年前に訪問した際は修復直後だったのか外観も非常に綺麗でした。

路線的には川崎駅付近から塩浜までを往復する単純なものでしたが、当時の日本鋼管前以東の区間は三線軌条化され夜間に国鉄の貨物列車が運行されるというユニークな路線(1949年7月16日もしくは8月1日から)で、1954年4月10日からは上下線三線軌条化、入江崎の交換設備の設置等の設備改良で昼間も国鉄貨物が運行されるようになりました(ちょっとここだけ読むとサンディエゴのトローリを思い出しますが)。1964年3月25日に国鉄塩浜操車場が開業すると池上新田~塩浜操車場間の東海道貨物線に路線の一部が転用となり、三線軌条は取りやめ、浜町三丁目~桜橋間に新駅として浜町四丁目が開設されました。さらに1967年8月1日には池上新田~塩浜間2.12kmが全線廃止に先立って廃止となりました。
因みに塩浜操車場の開業で京急大師線の小島新田~塩浜間も休止となり、バス代行となり、1970年には正式廃止となっています。

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2019年1月 2日 (水)

41年ぶりの身延線甲府~富士間の旅 その2 甲府駅の変貌

身延線の旅、まずは甲府駅の変貌からです。

現在の甲府駅からは想像ができませんが、1984年に貨物取り扱いが廃止されるまでは駅構内の北側には甲府機関区が存在し、南口ロータリーの西側には1面2線の貨物ホームや貨車仕分け線が存在しました。

183_770923_2 1977/9/23 甲府駅 跨線橋上からの眺め

183_770923 3番線 ホームに停車する甲府発 新宿行き 「あずさ」 183系0番台
現在の「かいじ」に相当する運用 貨物列車の奥にEF64の姿も見える

中央本線には東から順番に八王子、甲府、上諏訪、木曽福島、中津川と機関区が存在していました。これは中央本線が急勾配の山岳路線であり、当時の蒸気機関車ではこれくらいの間隔で水と石炭の補給が必要だったからでしょう。

Ed61_15_16_770923_2
手前の乗用車は2代目 P型コロナ 我が家の最初の自家用車と同型の車体
Ed61_15_16_770923
中央線での活躍は終焉に近づき、飯田線でのED62としての新たな活躍のために転用待ち状態のED61や休車のEF10の姿が見える甲府機関区

1987年の国鉄民営化後、1988年にコンテナ取り扱い駅として竜王駅が整備され、甲府機関区跡地は2005年から本格的に整備され、NHK甲府放送局や甲府地方合同庁舎が設置されました。

3133100_v13_131231 2013/12/31 甲府
甲府駅に到着する身延線JR東海313系3100番台

Ef64_37_070329_2 2007/3/29 甲府駅に常駐するEF64 37号機

Dsc07739 2018/12/15 甲府駅に常駐するEF64 1053号機
今はEF64も1000番台に代替わり

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2019年1月 1日 (火)

41年ぶりの身延線甲府~富士間の旅 その1 概要

明けましておめでとうございます。

本年もどうか宜しくお願い致します。

2018年12月15日青春18切符を利用して、国分寺~高尾~甲府~富士~熱海~東京~国分寺の循環ルートで身延線全線の旅を楽しみました。

身延線に関しては1977年9月23日に同じルートで身延線を全線乗車したのが最初で、その後、富士側から123系の撮影公園保存蒸気の撮影で富士宮あたりまで乗車したことはありましたが、全線乗車は1977年9月以来となりました。

1977年9月23日の旅程

吉祥寺531~高尾614/615~甲府746 機関区など撮影
甲府757~東花輪820 笛吹川橋梁へ EF10貨物665レ 
東花輪927~身延1022 身延駅構内散策  EF15
身延1256~源道寺1251 駅で撮影  身延線電車
源道寺1401~富士1418 駅で撮影 EF10貨物673レ、身延線電車 東海道線貨物列車

19750310 1975/3/10 改正の身延線列車ダイヤ 交友社「電気機関車快走」から

2018年12月14日の旅程

国分寺841~八王子900/902~高尾909/920~甲府1052
甲府1054~(3630G)~富士1352/1430~熱海1509/1512~東京1647/1654~国分寺1730

1977年9月の旅では貨物列車等の撮影も考慮し、途中下車して沿線での撮影もしましたが、今回は3630Gから下車すると後続の電車の間隔が空くこともあり、甲府から富士まで連続乗車しました。

1977年は身延線において大きな変化があった年でした。同線の貨物列車牽引を担当してきた電機がEF10からEF15に置き換えられ始めた時期でした。さらに電車の方でも1974年からモハ72系のアコモ改良版として113系もどきの車体を載せたモハ62、クハ66が投入されていました。こういった車両を記録すべく、身延線撮影旅行に出かけました。

身延線は私鉄の富士身延鉄道が開通させた路線で、江戸時代から明治時代中期まで富士川舟運による物流が盛んだった時代に東海道の岩淵宿(富士川の河口付近、現在の富士市岩淵)から富士川に沿って北上し、市川大門を経由し、甲府に至るルートが中央本線のルートとして構想されました。しかし中央本線のルートは八王子経由となり、1901年に開通しました。それでも駿甲鉄道敷設計画は存続し、1911年に甲州財閥系資本家による富士身延鉄道と身延参詣客の輸送を目的とした身延軽便鉄道計画が持ち上がり、1913年、前者の計画に従って富士~大宮町(現在の富士宮)間が蒸気鉄道として開業しました。1920年5月18日には身延まで延伸しました。1927年6月27日、富士~身延間が電化されました。

富士身延鉄道の経営状態は良くなかったため、運賃も高く沿線住民は国営化を望んだそうで、身延以北は政府が建設することに決まりましたが、1923年に関東大震災が発生し、政府が建設することは不可能となり、国有鉄道の規格で富士身延鉄道が建設し、1928年に甲府まで全通しました。ちなみに甲府まで開業した時点で全線電化されました。

1938年、路線は鉄道省が借り上げ、1941年には国有化されました。1960年頃から日蓮正宗の総本山大石寺参詣への臨時列車が増えた関係で輸送力増強と国道一号踏切対策で富士駅東側での分岐を西側に改め、高架化、富士~富士宮間複線化工事が開始され1974年9月27日に完成しました。

このシリーズでは

1)1977年と2018年の甲府駅
2)身延線の貨物列車
3)身延線の旧国
4)東海道線富士駅で撮影した貨物列車 といったテーマを考えています。

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2018年8月14日 (火)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その26 加太線 part1

2018年3月の関西旅行では、南海本線になんばから和歌山市まで乗車し、加太線と和歌山港線を初めて訪問しました。これまで、関西空港関係で南海を利用したことは何度かあり、泉佐野までは乗車経験がありましたが、泉佐野以南の南海本線に乗車するのも実は初めてでした。

南海本線には岸里玉出から分岐する高野線も一部である汐見橋線、羽衣から分岐する高師浜線、泉佐野から分岐する空港線、みさき公園から分岐する多奈川線、紀ノ川から分岐する加太線、和歌山市から伸びる和歌山港線といった支線が存在します。

和歌山市 NK45         2.6  km    
紀ノ川   NK44    0.0
梶取信号所               1.2
東松江  NK44-1      2.6
中松江  NK44-2     0.7
八幡前  NK44-3     1.1
西ノ庄  NK44-4      1.1
二里ケ浜 NK44-5    0.7
磯ノ浦  NK44-6     0.9
加太  NK44-7       2.5 全線9.6km

これらの中で加太線は加太軽便鉄道が1912年に和歌山口(後の北島)~加太間を開業した路線で1914年には紀ノ川橋梁が完成して和歌山口(2代目)~北島間が延伸され、南海鉄道とも接続するようになりました。1930年には全線電化され社名も加太電気鉄道になりました。1942年2月1日には南海鉄道と合併し、南海鉄道加太線となりました。

180323 2018/3/23 走行中の車内から撮影した現在の紀ノ川橋梁

南海鉄道が太平洋戦争のさなかの1944年6月1日、関西急行電鉄と合併し、近畿日本鉄道と言っていた頃、松江線紀ノ川~東松江間が開業し、貨物列車の運行が開始され、1984年2月まで住友金属和歌山製鉄所への資材・製品輸送の貨物列車が東松山駅経由で運行されていました。一方、旅客列車も従来の北島経由から紀ノ川で南海本線から分岐するルートに1950年から変更されました。貨物列車の新ルート設定は紀ノ川鉄橋が重さに耐えられないからであったと思います。

180323_2 2018/3/23 紀ノ川駅における加太線の分岐・合流

和歌山市~北島~東松江間の従来のルートは1950年9月のジェーン台風により、紀ノ川橋梁が倒壊し、休止となり、1966年に廃止となりました。尤も、この橋梁は鉄道橋から道路橋、二輪車と徒歩での通行が可能な河西橋として現存しています。

現在、和歌山市駅からワンマン車両、7100系2連もしくは2200,2230系で運行されており、なんば方面から加太に向かう場合、和歌山市まで乗車して加太線に乗車しても、和歌山市駅で下車しなければ和歌山市~紀ノ川間の重複乗車は認められています。

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2018年5月27日 (日)

Omaha in Nebraska に来ています その2

アメリカ合衆国、ネブラスカ州、オマハ滞在記、2日目はメインの行事は教会で挙げる結婚式のリハーサルとそれに続く夜の顔合わせパーティです。
まずネブラスカ州は北をサウスダコタ、東をアイオワ、ミズーリ、南をカンザス、西をコロラド、ワイオミングと接する北アメリカ大陸のほぼ中央部に位置する州で、地形的にはグレートプレーンズに属し、州都はリンカーン(人口25.8万)ですが、人口的には40万人が暮らすオマハが最大の都市です。オマハはネブラスカ州の東端に位置しており、ミズーリ川がアイオワ州との境界になっています。
州の特徴としては50州の中で唯一州議会が一院制をとっていることだそうです。
産業的には広大な農牧地を抱える農業州で牛肉、豚肉、トウモロコシ、大豆の生産では国内トップであり、またアメリカ大陸の中央部であることから古くから鉄道が栄えており、オマハにはユニオン・パシフィック鉄道の本社があります。
オマハは北緯41度で日本では函館とほぼ同じ緯度ですが、気候は大陸性気候で、夏は30℃を越え、冬は氷点下4℃くらいまで下がり、雪はそれ程積もりません。元々、ミズーリ川の渡津のために創設された街で、「西部への玄関口」であり、ユニオン・パシフィック鉄道の起点として発展し、19世紀末頃は1883年にユニオン・ストックヤードが完成したため、全米の精肉業の中心となっていたそうです。
Dsc06107 古風な3階建ての建物が博物館
Dsc06106 建物の横にある表札
そういったオマハの歴史を頭に入れつつ、最初に訪問したのが、ミズーリ川の対岸、アイオワ州西部にある「ユニオンパシフィック鉄道博物館」でした。WEB site URL: http://www.uprrmuseum.org/
Dsc06112 客車列車の最後尾に連結された展望車のレプリカ
Dsc06143
1869年5月19日、オマハからのユニオン・パシフィック鉄道とカリフォルニア・サクラメントからのサザン・パシフィック鉄道が繋がり、大陸横断が鉄道で可能となったときのポスター
内容は階ごとに分かれており、1階が鉄道による開拓の歴史、2階が鉄道を維持するシステムの説明と食堂車、寝台車や飛行機が主流になる前のVIP達と鉄道の風景でした。
Dsc06163
リンカーン大統領専用列車の内部の再現
Dsc06168
現代の列車運行システム
Dsc06184
列車による長距離旅行が盛んだった頃の食堂車の再現
Dsc06191
往年の銀幕スターと鉄道
Dsc06194
1950年代の長距離列車の様子
この博物館はスペースの関係もあり、実車を展示することは難しいので、模型や写真等でアメリカの開拓と鉄道の歴史などを上手に説明していました。
続いて、オマハのUnion Stationを利用したDurham Museumを訪れました。

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2018年1月26日 (金)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 千早駅

鹿児島本線の駅、今回は香椎駅の博多寄りに新設された千早駅です。

開業は国鉄香椎操車場跡地の再開発プロジェクト、香椎副都心土地区画整理事業の一環として2003年7月7日でした。

100319 2010/3/19
門司港方面 2面4線の駅のため、線路は上下線とも門司港よりデ分岐しており、左方向のカーブを曲がり切った先が香椎駅です。

Ef81_405_100319_2 2010/3/19 EF81405牽引の貨物列車

100319_2 2010/3/19 
博多方面には千早操車場があり、北九州方面から福岡ターミナルに向かう列車はそのまま、分岐して臨港線に入りますが、福岡ターミナルから鍋島や八代方面に向かう貨物列車はここで機関車の前後付け替えを行います。

Ef81_451_100319_3 2010/3/19 EF81 451号機による機関車付け替えの様子

171014 2017/10/14
千早を出発して箱崎方面に向かう下り列車から、臨港線の分岐(右手の上って行く線路)
西鉄貝塚線の名島駅の真横あたり

813_r234_110127 2011/1/27 名島駅ホームから
千早操車場の横を通過するJR九州 813系

Ed76_1017_110126 2011/1/25 国道3号線 名島橋から
千早から臨港線を福岡ターミナル方面に向かうED76 1017牽引の貨物列車

4151500_1501_100319 2010/3/19
電車も数多くの種類が走っていますが、JR東日本からの415系1500番台トップナンバー編成もここで撮影していました。

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2018年1月20日 (土)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 赤間駅

2017年10月の旅行、これまではこの方面の出張や旅行では博多、貝塚や小倉に宿泊することが多かったのですが、今回は初めてその中間の赤間に宿泊しました。

171014 2017/10/14

門司港起点、46.5kmになり、2面4線の構造の駅です。

開業は1890年9月28日、九州鉄道が博多駅~当駅間を開通させたときに開業となりました。1909年11月5日、城山トンネル開通で遠賀川~当駅間の勾配緩和ルートが開通し、新線に切り替わりました。

171014_2 北口側の駅舎

現在の駅舎は1982年に完成した3代目で、橋上駅舎となりました。

171014_3 始発列車を待っていると北九州方面から福岡、その先に向かう貨物列車が頻繁に通過して行きます。

同駅は石炭の積み出し駅でもありました。1948年1月に操業を開始し、1956年から1959年にかけて月産約3000トンを出炭した宗像郡玄海町池田の大和炭鉱からの石炭を運搬用ケーブルで運び、当駅から貨物列車に積み込んでいました。しかし、1960年以降、月産約500トンに減少、やがて閉山となりました。

171014_4
きらめき」といえば米原~金沢間の北陸特急を思い出しますが、現在は小倉~博多間の特急に使用されています。

未成線で終わった鉄道もありました。

赤間鉄道   当駅~吉武村~鞍手郡西川村
津屋崎鉄道 津屋崎~当駅~鞍手郡宮田村~大隈町
鞍宗鉄道   当駅~鞍手郡西川村~植木町
宗像地方鉄道 当駅~東郷町~田島村~神湊町 

171014_5
元々宗像氏が領有した土地で、宿場町赤間として栄えた町ですが、駅がある場所はかつての赤間宿の中心とは離れており、駅開業で旧宿場は衰退することになりました。

171014_6

811_p106_171014 2017/10/14 811系 P106+P10編成

現行ダイヤでは深夜から早朝にかけて当駅で811系編成が留置されるようで、早朝に留置中の編成をじっくり観察することができました。811系に関しては813系同様、別記事にて詳しく触れる予定です。

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2018年1月17日 (水)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 黒崎駅 その1

2017年10月の福岡旅行、筑豊シリーズから次は鹿児島本線シリーズです。このシリーズでは黒崎駅、筑豊電気鉄道、赤間駅、香椎駅、九州鉄道の建設した篠栗線(吉塚~篠栗間)などについて触れようと思います。

171014 2017/10/14
黒崎駅にはJR九州の最近のタイプの駅名標以外にこういったクラッシックなタイプの駅名標もあります。

今回の旅行では速報版でもお伝えしましたが、八幡と黒崎のほぼ中間にある桃山公園のD51244号機を訪ねるため、初めて黒崎駅で下車しました。

171014_2 2017/10/14 駅南口

この駅は1891年2月28日九州鉄道の駅として開業しました。このときは後に大蔵線と呼ばれる現在の路線よりも南側の内陸部の路線として門司港~黒崎間が同年4月1日に開通しました。これは海岸部に鉄道路線を建設した場合、艦砲射撃等により、線路が破壊されると当時の陸軍が危惧し、反対したためでした。

大蔵線:小倉~板櫃信号所~大蔵~黒崎

しかしその後、海岸経由の路線、戸畑線(小倉~戸畑~黒崎)が開通、1908年には複線化、本線に組み込み(人吉本線と呼ばれた)となり、さらに大蔵線と並行する形で西鉄北九州線も開業したため、1911年10月1日には廃線となりました。板櫃信号所からは小倉裏線も分岐していました。

1710142017/10/14 再掲ですが、鹿児島本線から福北ゆたか線への分岐

当駅の西には筑豊本線の歴史の記事でも触れた筑豊本線への短絡線、現在は福北ゆたか線の分岐、起点があり、この短絡線は1893年6月30日に開業しています。

171014_3
駅は入り口が2階のペデストリアンデッキ方式になっており、そごうデパート(1979年に開店)などとも接続しています。

ペデストリアンデッキ西側の下、一階に明日の記事で触れる筑豊電気鉄道や路線バスが発着しています。

Eh50050_171014 2017/10/14 EH500-50 牽引貨物列車

さらに、黒崎駅は今でも当駅を発着する貨物列車がありますが、1984年頃までは安川電機の工場の裏を通り、洞海湾、黒崎港に向かう貨物線があったそうです。恐らく、石炭輸送のための引き込み線だったそうですが、廃線跡探索に関してはこちらのサイトに詳しく書かれています。

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2018年1月 6日 (土)

2017年10月の福岡旅行 3 筑豊本線 若松駅

若松~折尾間は九州島に深く入り込んだ洞海湾の北側を鹿児島本線と並行に走っています。筑豊の炭田で採掘された石炭を若松の港から積み出すために1893年に飯塚から若松まで筑豊興業鉄道が線路を敷設しました。

最盛期の石炭取扱量は1000万トン/年で日量にして28000トン、13トンから17トンの石炭車に換算すると毎日1900両弱の石炭車がヤマとの間を往復していたことになります。

明治時代、石炭積み出し港としての役割を担った若松港でしたが、水深が3mと浅く、干潮時には1.5mほどの浅瀬となるため大型船が入港できず、外海に停泊する大型船まで積載量80トンの艀でピストン輸送する状態でした。

この問題を解決するために炭鉱主達は若松築港株式会社を立ち上げ、国から補助金を得て、港の整備のための資金を調達し、干潮時でも水深9mの港を完成させました。

121221 2012/12/21 若松駅 駅名標

121221_2 2012/12/21 操車場跡の碑

終端の若松駅には石炭車入換のための操車場が設けられ、その面積は35万平方メートルで機関区、客貨車区、鉄道工場、保線区も設置され、1500人の職員が働く職場となっていました。

この碑文の”42万平方キロメートルの鉄道用地に35万平方キロメートルの操車場”、日本の国土面積は37万8千平方キロメートルの筈ですが。

この碑の側の久岐の浜広場には9600形蒸機19633号が保存されています。 

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こちらの記述は35万平方メートルとなっています。

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駅前には完成時「東洋一の吊り橋」と言われた若戸大橋が見えます。
全長627m、最大支間長367m、1958年に着工し、1962年9月26日に開通しました。

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一方、洞海湾、直線距離400mを舟で渡る「若戸渡船」も残っています。

北九州市産業経済局渡船事業所によって運営されており、明治以前から運航されており、1889年に若松村により、1919年には若松氏と戸畑町の共同運航になりました。1930年4月2日には乗客179名のうち72名が死亡するという痛ましい沈没事故が起きています。

若戸大橋の開通時に貨物線は廃止され、旅客船も廃止の計画でしたが、市民の強い要望で存続となりました。運賃は大人100円、子ども50円です。

121221_6 2012/12/21 若松駅駅舎

121221_5 改札口

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駅構内にはかつて石炭輸送に活躍したセム1000が保存されています。

40_8135_121221 2012/12/21 

この時は非電化の若松線にはキハ47などのキハ40系が活躍していましたが、2017年3月4日のダイヤ改正でBEC819系が投入され、全列車電車に置き換えられました。

ちなみに写真のキハ47 8000番台は車体の割にエンジン出力の低いキハ47の性能向上のため、1999年より、機関をコマツ製SA6D125H-1A,液体トルクコンバータを新潟コンバータ製TACN-22-1612Aに更新した番号区分です。

仕様
車両性能     最高速度: 95km/h
全長     21300mm
全幅     2903mm
全高     4055mm
台車     DT22D (動台車) TR51B (付随台車)
駆動機関     SA6D125H-1A (300PS)
液体変速機形式     TACN-22-1612A
冷房装置     AU600K
設計     JR九州

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