2019年8月 5日 (月)

速報版 岡山、広島、鳥取、兵庫を巡る旅 三日目

三日目のメインは津山を流れる吉井川の下流に柵原鉱山(良質の硫化鉄鉱の鉱山)で掘り出される鉱石を瀬戸内海沿岸の港、片上港まで運搬する片上鉄道で活躍した気動車などが保存される美咲町柵原ふれあい鉱山公園を訪問することでした。


当初の予定では津山駅前を1150に出発する高下方面行きのバスに吉ヶ原まで乗車、帰りも同じルートで津山に戻り、津山から1725発の姫新線列車で姫路に向かう予定でした。

午前中がほぼ予定無しなのはあまりにもったいないので、朝429発の津山線1番列車で545岡山に、岡山発946の津山線快速「ことぶき」で津山1054に戻ることにしました。

<岡山駅でのスポッティング>
貨物列車:山陽下りは1番線、上り4番線を通過しますが、旅客ホームの姫路よりの外れから、下り貨物を狙うことは可能ですが、それ以外は不可能です。上りは列車案内板に通過とか貨物と表示され、放送でも列車が通過しますとアナウンスがあるので比較的写しやすいです。

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2019/8/4 岡山 山陽本線から四国方面に向かう貨物列車

山陽から四国方面に向かう貨物列車は8番線に入線、8番線の先で乗務員交代が行われます。

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2017年度製の311号機

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全般検査出場で塗装が変わった108号機

EF200が引退してEF66,EF210と日本海縦貫線のEF510が顔を見せるようになったのが変化ですが、EF210300番台や100番台の新塗装を見ることがあります。

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2019年3月にデビューしたSETOUCHI TRAIN 鈴木マサル氏のデザイン

山陽本線:相変わらず113系、115系、しかも末期色が頑張っています。前に較べて改造タイプの115系が減ったように思います。色物では空色の1154連を見ました。117系も末期色で100番台編成が最後の活躍をしているようです。

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2003年10月のマリンライナー置き換えによる編成替えで登場したサハ213改造のクハ212-100番台 サハ213-7 - 11 → クハ212-101 - 105

213系、JR西日本の2130番台、編成短縮で如何にも頭を付けたという感じのクハ212が目立っています。

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C04編成からサハ213-4を抜き、クハ212-4はクロ212-7004に、クモハ213-4はクモロ213-7004に改番し、2016年4月から「ラ・マル***」といった臨時列車で活躍

213系改造の観光列車「La Malle de Bois(ラ・マル・ド・ボァ、フランス語で旅行かばんの意)」も幸い、回送列車として撮影できました。
伯備線:特急「やくも」の381系もここが最後の活躍の場となっており、モハ381に運転台を取り付けたクモハ381-500等、珍車が活躍するのもあと僅かになってきています。

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キハ40-2134 ノスタルジー塗装と言うそうです。

津山線、吉備線(桃太郎線):キハ47、キハ40がメインに活躍していますが、朝の津山からの1番列車はキハ1202連でした。かつてよく見たカフェラテ塗装は無くなり、ほとんどが首都圏色(タラコ色)となっており、クリームとオレンジのツートンを1両撮影しました。

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瀬戸大橋線:JR四国の車両の中では8600系が異彩を放っていました。

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サンライズ瀬戸・出雲の切り離し作業は朝の寝台特急の現代に続くショウといった感じで多くのギャラリーが見つめる中、行われていました。 

<柵原ふれあい鉱山公園の片上鉄道保存会の活動>

11月までの毎月第一日曜日が活動日で保存車両のキハ303、キハ702などが吉ヶ原駅と数年前に新設された黄福柵原駅間を一日5往復する運行をしており、一日会員になれば乗車が可能なようです。車両はいずれも1930年代製造の元ガソリンカーで、現在はディーゼルエンジン、液体変速機を搭載していますが台車等は製造時のものが使用されているようです。炎天下、公開に合わせて全国各地からやって来た鉄道ファンで賑わっていました。当初の予定よりも早く、臨時の津山方面へのバスが運行されることが分かり、それに乗車し、津山駅に戻りました。これは津山市と美咲町が主催するレトロレールバスプロジェクトで片上保存鉄道の公開に合わせて臨時バスを月初めの日曜日に運行しているとのことで、車内では柵原鉱山、片上鉄道の歴史、使用しているバスに関して、美咲町、津山市に関する説明等がありました。

予定よりも早く津山駅に戻ったので、姫新線経由では無く、岡山経由で姫路に向かいました。

三日目のメインは津山を流れる吉井川の下流に柵原鉱山(良質の硫化鉄鉱の鉱山)で掘り出される鉱石を瀬戸内海沿岸の港、片上港まで運搬する片上鉄道で活躍した気動車などが保存される美咲町柵原ふれあい鉱山公園を訪問することでした。


当初の予定では津山駅前を1150に出発する高下方面行きのバスに吉ヶ原まで乗車、帰りも同じルートで津山に戻り、津山から1725発の姫新線列車で姫路に向かう予定でした。

午前中がほぼ予定無しなのはあまりにもったいないので、朝429発の津山線1番列車で545岡山に、岡山発946の津山線快速「ことぶき」で津山1054に戻ることにしました。

<岡山駅でのスポッティング>
貨物列車:山陽下りは1番線、上り4番線を通過しますが、旅客ホームの姫路よりの外れから、下り貨物を狙うことは可能ですが、それ以外は不可能です。上りは列車案内板に通過とか貨物と表示され、放送でも列車が通過しますとアナウンスがあるので比較的写しやすいです。山陽から四国方面に向かう貨物列車は8番線に入線、8番線の先で乗務員交代が行われます。EF200が引退してEF210と日本海縦貫線のEF510が顔を見せるようになったのが変化ですが、EF210300番台や100番台の新塗装を見ることがあります。

山陽本線:相変わらず113系、115系、しかも末期色が頑張っています。前に較べて改造タイプの115系が減ったように思います。色物では空色の1154連を見ました。117系も末期色で100番台編成が最後の活躍をしているようです。213系、JR西日本の2130番台、編成短縮で如何にも頭を付けたという感じのクハ212が目立っています。213系改造の観光列車「La Malle de Bois(ラ・マル・ド・ボァ、フランス語で旅行かばんの意)」も幸い、回送列車として撮影できました。
伯備線:特急「やくも」の381系もここが最後の活躍の場となっており、モハ381に運転台を取り付けたクモハ381-500等、珍車が活躍するのもあと僅かになってきています。
津山線、吉備線(桃太郎線):キハ47、キハ40がメインに活躍していますが、朝の津山からの1番列車はキハ1202連でした。かつてよく見たカフェラテ塗装は無くなり、ほとんどが首都圏色(タラコ色)となっており、クリームとオレンジのツートンを1両撮影しました。

瀬戸大橋線:JR四国の車両の中では8600系が異彩を放っていました。サンライズ瀬戸・出雲の切り離し作業は朝の寝台特急の現代に続くショウといった感じで多くのギャラリーが見つめる中、行われていました。

 <柵原ふれあい鉱山公園の片上鉄道保存会の活動>

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2019/8/4 片上鉄道保存会 キハ702

11月までの毎月第一日曜日が活動日で保存車両のキハ303、キハ702などが吉ヶ原駅と数年前に新設された黄福柵原駅間を一日5往復する運行をしており、一日会員になれば乗車が可能なようです。車両はいずれも1930年代製造の元ガソリンカーで、現在はディーゼルエンジン、液体変速機を搭載していますが台車等は製造時のものが使用されているようです。炎天下、公開に合わせて全国各地からやって来た鉄道ファンで賑わっていました。当初の予定よりも早く、臨時の津山方面へのバスが運行されることが分かり、それに乗車し、津山駅に戻りました。これは津山市と美咲町が主催するレトロレールバスプロジェクトで片上保存鉄道の公開に合わせて臨時バスを月初めの日曜日に運行しているとのことで、車内では柵原鉱山、片上鉄道の歴史、使用しているバスに関して、美咲町、津山市に関する説明等がありました。

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キハ303

予定よりも早く津山駅に戻ったので、姫新線経由では無く、岡山経由で姫路に向かいました。

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2019年8月 1日 (木)

米原公民館前に保存されているラッセル車 キ555

2016年9月の関西旅行、東京への帰途、米原駅で途中下車して立ち寄ったのが本日の記事で紹介するラッセル車キ555です。

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2016/9/4 米原公民館

除雪用車両として、ラッセル車、ロータリー車は子供のころから絵本等でよく知っていますが、「ラッセル」というのは開発元の米穀ラッセル社に由来することは知りませんでした。車体前部に排雪板を装着し、進行方向の片側もしくは両側に雪を掻き分ける方式で除雪し、雪の少ない地域や豪雪地帯での初期除雪において活躍します。


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キ550形貨車は鐡道省が1932年から製造・使用した事業用貨車(複線用ラッセル式除雪車)で製造時はキ250形として登場し、1941年3月の称号改正でキ550形となりました。

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1943年から1959年にかけ、苗穂工場、土崎工場、飯野産業においてキ551~キ556、キ559~キ588の36両が新製されました。
さらに1955年、昭和30年度貨車更新修繕計画により苗穂工場にて2両のキ1500形の木製車体を鋼体化改造してキ550形に編入しました(キ557 - キ558)。1958年、昭和33年度貨車整備工事改造計画により、除雪能力を改善するため、苗穂工場にてその前頭部の形状を変更し、フランヂャーを直動式に改造されました。1961年から1968年には旭川工場、土崎工場、新津工場、松任工場、長野工場にてキ100形が改造され、キ550形に編入されました(キ589 - キ599、キ1550 - キ1569)。以上70両(キ550 - キ599、キ1550 - キ1569)が在籍し、各地の豪雪地帯で運用されました。

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1968年10月1日のダイヤ改正では高速化不適格車とされ、最高速度65km/hの指定車となり、識別のため記号に「ロ」が追加され「ロキ」となり黄1号の帯が巻かれた。

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主要諸元

車体色 黒+黄1号の帯
軌間 1,067 mm
全長 12,200 mm
全幅 2,621 mm
全高 4,015 mm
自重 30.0 t
換算両数 2.0
台車 TR42A、TR41C
車輪径 860 mm
軸距 1,650 mm
台車中心間距離 6,500 mm
最高速度 65 km/h

1987年、最後の1両が廃車となり、形式消滅しました。

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2019年6月27日 (木)

日立製作所水戸事業所 さつきまつりに初参加 その6 リニアモータ方式L4形貨車加減速装置

日立製作所水戸事業所「さつきまつり」の展示物、今回は国鉄時代、ヤード継走式貨物輸送の最盛期にヤードの近代化、効率化推進のため開発された貨車加減速装置の紹介です。

鉄道貨物輸送は1872年(明治5年)の開業から間もなく開始され、鉄道網の拡充とともに陸上輸送の主流となって行きました。1906年の鉄道国有化で輸送量は増大し、それまで駅構内の付属施設(仕分け線)で行われていた貨車の入換え、貨物列車の組成作業を専門に行うための操車場が全国各地に建設されました。この時期に建設されたのが稲沢、吹田、田端、品川操車場で、品川は後に旅客化され、貨車の入換作業は新鶴見に移転しました。1937年の日中戦争勃発で軍需を中心とした輸送が増加、香椎、新潟操車場が新たに建設され、太平洋戦争後の復興期に、経済の復興に合わせて増大する貨物輸送のため、富山操車場などが建設されました。

ヤード継走方式(車扱貨物)と言われた貨物輸送方式においては、中継の拠点となる組成駅で、異なる方面から到着した複数の列車が「分解」され、行先の方向を同じくする貨車ごとに「仕分」し、異なる方面に向かう複数の列車を「組成」する作業が行われました。

操車場の形態は大きく以下の3つの方式に分けられました。
1)平面ヤード スイッチャーが貨車を仕分け線に押し込み、推進運転後、急ブレーキを掛け、貨車を「突放」、添乗した構内作業掛がブレーキを操作し、目的の位置に停止させる。

2)ハンプヤード 入換用機関車が貨車を推進運転でハンプに押し上げ、先頭の貨車から下り勾配を転がる。仕分け線のポイントを切り替え、貨車を仕分する。この際にカリターダーにより、貨車を減速する仕組みもありました。

3)重力ヤード 操車場自体が傾斜地に設置されたもので、多くがドイツやイギリスにあり、日本ではありませんでした。

我が国のハンプヤードなどにおける貨車の入換作業は多大な労力を要し、かつ事故も多く大変危険な作業であるため、その近代化、合理化、効率化を目指して、1965年に開業した郡山操車場では空気リターダー方式によるターゲット・シューティング方式が導入され、高崎操車場では1970年にYACS(Yard Automatic Control System)として油圧ユニット方式(ダウティ方式)が採用されていました。そういった情勢のなかで日立製作所水戸事業所ではリニアモータ方式によるL4形貨車加減速装置を開発、試作機を冨山操車場に納入、試験の後、塩浜操車場などに量産タイプが納入されました。

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2019/6/1 日立製作所水戸事業所

プッシャーカー、ブレーキカー、コントロールカー、モーターカー、およびディスタンスカーの5両で1組となったL4カーが仕分線ごとに配置されており、ハンプから散転されてくる貨車を捕捉し、所定の距離を走行後、安全連結速度で停止中の貨車に連結させてゆく装置です。動力などのための電源は三相交流220Vで軌道間に張られたトローリ―線から給電されました。運転は微弱電界による無線運転とL4カー内に内蔵されたプログラムによる自動運転の二通りが可能でした。

Dsc01284
L4カーのサイズは貨車の輪軸に対してかなり小さいことがわかります。

プッシャーカーには前後2組のプッシャーローラーがあり、プッシャーローラーは貨車の進入を検知すると軌条の側面に突き出し貨車車輪のフランジを捕捉し、減速時には前側のローラー、加速時には後側のローラーで貨車の速度を制御します。コントロールカーは捕捉した貨車を制御し、停止している貨車に安全連結速度で連結するための制御装置が搭載されています。また、リニアモーターの逆相ブレーキの他、空気ブレーキ装置が取り付けられています。モーターカーには2台のリニアモータが搭載されており、地上側のリアクション♪レートとの間で推進力を出します。Dsc01285 L4カー試作1号機は鉄道技術研究所、2号機は富山操車場に納入され、量産型は各地のヤードに納入されましたが、展示されているのは新南陽ヤードに納入されたもので1978年3月に製造、1996年10月まで稼働したものです。一日に1800台の貨車の処理にあたりました。

1970年代をピークにモータリゼーションの発達で我が国の貨物輸送の主流はトラック輸送となり、輸送にかかる時間が不確定なヤード継走方式は1969年に東海道・山陽本線で「フレートライナー」が登場して以降、衰退の道を辿り、相次ぐストや国鉄経営の悪化で操車場の近代化は頓挫、1978年10月2日、1980年10月1日のダイヤ改正で貨物列車の大幅な削減が行われ、1984年2月1日のダイヤ改正でとうとうヤード継走方式は全廃となりました。

国鉄の解体、ヤード継走方式の廃止でL4形貨車加減速装置は全国のヤードに普及することは無くなりました。しかしここで終わらないのが、技術者たちの素晴らしいところで、1973年のオイルショック以降、地下鉄の建設工費は1kmあたり、約150億円にまで高騰しており、その70%が土木工事費用で、トンネル内径を小さくすれば工費が安くできる、そのためには小断面地下鉄が出来ないか、というアイデアから開発されたのがその後の大阪市営地下鉄7号線や都営地下鉄大江戸線に繋がるリニア地下鉄でした。この台車に繋がったのがなんとL4形貨車加減速装置で開発されたリニアモータとその制御技術でした。

ということで次の記事では同時に展示されていたリニア地下鉄用小型台車の紹介をします。

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2019年5月10日 (金)

横浜市電保存館を訪問 その8 保存車両 無蓋貨車10号

横浜市電保存館に保存されている実車、最後はかつて貨物輸送などに使用されていたという無蓋貨車10号です。

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2015/4/1 無蓋貨車10号 横浜市電保存館
テールランプ上部の1灯の位置が非常にユニークです。


現役当時と言っても関東大震災の前の時代ですが、この車両が輸送していたのは山手のキリンビール工場から出荷されるビールだったそうです。

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ビール瓶4本がそれぞれ藁でくるまれて4本ずつ木箱に納められ電動貨車に載せらえた様子が再現されていました。

市電全盛期、数両が在籍し、「みなと祭り」等の行事では花電車としての役割もあったそうです。また保線作業等での事業用車としての役割もありました。無蓋ではなく、有蓋の貨車も存在し、市場線からの荷物輸送にも使用されていたそうです。

花電車はまさにこの4月から5月にかけての新天皇の即位などで運転されてきましたが、横浜市電の場合は
1915年 大正天皇御大典(当時は今上天皇)(横浜電気鉄道時代)
1921年 東宮殿下御帰朝記念(後の昭和天皇)、陸軍特別大演習記念、路面電車市営化記念
1925年 大正天皇銀婚式記念
1928年 昭和大礼
1929年 エジソン電灯発明50年祭
1935年 復興記念横浜大博覧会
1936年 英国軍艦歓迎
1937年 南京陥落
1947年 市電復興まつり
1949年 日本貿易博覧会
1950年 開港記念ハマ祭
1954年 開国100年祭
1955年 根岸線開通記念
1956年 井土ヶ谷線開通記念
1958年 横浜開港100年祭
1972年 さよなら市電  といったイベントに合わせて運転されたようです。さすがに戦前は軍事色の濃さを感じます。

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直接制御方式のコントローラとブレーキハンドルという極めてシンプルな運転台

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台車は単車方式の2軸です。

機構的には保存車の中では唯一エアブレーキを装備せず、ハンドブレーキ式の車両です。

 

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2019年4月 9日 (火)

公園保存車両 川崎市電の保存車702号

拙Blogでは以前、定期的に公園などに保存されている鉄道車輛のレポートをしていました。

過去ログを調べると2015年2月7日に世田谷区立世田谷公園に保存されているD51272号機の訪問(2018/6/19の記事)で途切れています。その後、王寺駅そばのD51895号機のレポートをしましたが、今回から訪問順に再開しようと思います。

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最初は川崎市の桜川公園(所在地:川崎区桜本1-14-3)に保存されている川崎市電702号車です。訪問したのは2015年3月1日でした。

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川崎に市電が走っているのを私は見たことはありません。開業したのは太平洋戦争の末期の1944年10月14日で、川崎の軍需工場に通う人々の通勤手段として市電川崎~渡田五丁目間の2.76kmが突貫工事で開業したそうです。労働者の通勤手段としてバス・トラックを最初は考えたそうですが、戦争末期の燃料不足の問題もあり、交通問題懇談会の要請による開業でした。開業はしたものの、すでに米軍機による本土空襲は開始されており、空襲により甚大な被害を被りました。

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戦後、多くの電車が被災した中、2両から復興し、東京都などからの応援車両をもらい受け、路線延長、複線化、新車の投入などの整備が進み、川崎市民や工場通勤客の足として順調に業績を伸ばしました。しかし、東京都電などと同じくモータリゼーションの波に押され、路線が未完成であったことも災いし、川崎鶴見臨港バス川崎市バスとの路線競争に敗れ、経営合理化のため1969年4月1日に全線廃止となりました。

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路線 総延長 市電川崎~塩浜間 6.7km
軌間 1435mm
電化 DC600V 架空電車線方式

路線延長の歴史
1994/10/14 市電川崎~渡田五丁目 2.76km 開業
1945/4/11 渡田五丁目~浜町三丁目 0.66km 延伸
1945/12/6 浜町三丁目~桜本三丁目 1.02km 延伸 桜本三丁目で東急大師線(大東急の時代)と連絡
1946/8/16 市電川崎~省線川崎駅前 0.326km 延伸
1951/3/16 京急大師線桜本~塩浜間乗り入れ
1952/1/1 京急大師線桜本~塩浜間を買収

車両
100形(初代) 新潟交通が購入した1933年日本車輛製造東京支店製の半鋼製車1944年購入
200形    東京都電木造ボギー車1500形 201~205号空襲で被災
130形    箱根登山鉄道小田原市内線木造単車 元は東京市街鉄道1903年から1906年製造1形電車
300形    王子電気軌道~東京都電の半鋼製ボギー車
100形(2代) 東京都電木造単車400形
500形    川崎市電初の新造車1949年日本鉄道自動車製
600形    川崎市電独自設計の車両、200形の台車、主電動機流用車両
700形    600形の改良型、200形の車体更新車

この700形のうち702号がこうして保存されており、4年前に訪問した際は修復直後だったのか外観も非常に綺麗でした。

路線的には川崎駅付近から塩浜までを往復する単純なものでしたが、当時の日本鋼管前以東の区間は三線軌条化され夜間に国鉄の貨物列車が運行されるというユニークな路線(1949年7月16日もしくは8月1日から)で、1954年4月10日からは上下線三線軌条化、入江崎の交換設備の設置等の設備改良で昼間も国鉄貨物が運行されるようになりました(ちょっとここだけ読むとサンディエゴのトローリを思い出しますが)。1964年3月25日に国鉄塩浜操車場が開業すると池上新田~塩浜操車場間の東海道貨物線に路線の一部が転用となり、三線軌条は取りやめ、浜町三丁目~桜橋間に新駅として浜町四丁目が開設されました。さらに1967年8月1日には池上新田~塩浜間2.12kmが全線廃止に先立って廃止となりました。
因みに塩浜操車場の開業で京急大師線の小島新田~塩浜間も休止となり、バス代行となり、1970年には正式廃止となっています。

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2019年1月 2日 (水)

41年ぶりの身延線甲府~富士間の旅 その2 甲府駅の変貌

身延線の旅、まずは甲府駅の変貌からです。

現在の甲府駅からは想像ができませんが、1984年に貨物取り扱いが廃止されるまでは駅構内の北側には甲府機関区が存在し、南口ロータリーの西側には1面2線の貨物ホームや貨車仕分け線が存在しました。

183_770923_2 1977/9/23 甲府駅 跨線橋上からの眺め

183_770923 3番線 ホームに停車する甲府発 新宿行き 「あずさ」 183系0番台
現在の「かいじ」に相当する運用 貨物列車の奥にEF64の姿も見える

中央本線には東から順番に八王子、甲府、上諏訪、木曽福島、中津川と機関区が存在していました。これは中央本線が急勾配の山岳路線であり、当時の蒸気機関車ではこれくらいの間隔で水と石炭の補給が必要だったからでしょう。

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手前の乗用車は2代目 P型コロナ 我が家の最初の自家用車と同型の車体
Ed61_15_16_770923
中央線での活躍は終焉に近づき、飯田線でのED62としての新たな活躍のために転用待ち状態のED61や休車のEF10の姿が見える甲府機関区

1987年の国鉄民営化後、1988年にコンテナ取り扱い駅として竜王駅が整備され、甲府機関区跡地は2005年から本格的に整備され、NHK甲府放送局や甲府地方合同庁舎が設置されました。

3133100_v13_131231 2013/12/31 甲府
甲府駅に到着する身延線JR東海313系3100番台

Ef64_37_070329_2 2007/3/29 甲府駅に常駐するEF64 37号機

Dsc07739 2018/12/15 甲府駅に常駐するEF64 1053号機
今はEF64も1000番台に代替わり

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2019年1月 1日 (火)

41年ぶりの身延線甲府~富士間の旅 その1 概要

明けましておめでとうございます。

本年もどうか宜しくお願い致します。

2018年12月15日青春18切符を利用して、国分寺~高尾~甲府~富士~熱海~東京~国分寺の循環ルートで身延線全線の旅を楽しみました。

身延線に関しては1977年9月23日に同じルートで身延線を全線乗車したのが最初で、その後、富士側から123系の撮影公園保存蒸気の撮影で富士宮あたりまで乗車したことはありましたが、全線乗車は1977年9月以来となりました。

1977年9月23日の旅程

吉祥寺531~高尾614/615~甲府746 機関区など撮影
甲府757~東花輪820 笛吹川橋梁へ EF10貨物665レ 
東花輪927~身延1022 身延駅構内散策  EF15
身延1256~源道寺1251 駅で撮影  身延線電車
源道寺1401~富士1418 駅で撮影 EF10貨物673レ、身延線電車 東海道線貨物列車

19750310 1975/3/10 改正の身延線列車ダイヤ 交友社「電気機関車快走」から

2018年12月14日の旅程

国分寺841~八王子900/902~高尾909/920~甲府1052
甲府1054~(3630G)~富士1352/1430~熱海1509/1512~東京1647/1654~国分寺1730

1977年9月の旅では貨物列車等の撮影も考慮し、途中下車して沿線での撮影もしましたが、今回は3630Gから下車すると後続の電車の間隔が空くこともあり、甲府から富士まで連続乗車しました。

1977年は身延線において大きな変化があった年でした。同線の貨物列車牽引を担当してきた電機がEF10からEF15に置き換えられ始めた時期でした。さらに電車の方でも1974年からモハ72系のアコモ改良版として113系もどきの車体を載せたモハ62、クハ66が投入されていました。こういった車両を記録すべく、身延線撮影旅行に出かけました。

身延線は私鉄の富士身延鉄道が開通させた路線で、江戸時代から明治時代中期まで富士川舟運による物流が盛んだった時代に東海道の岩淵宿(富士川の河口付近、現在の富士市岩淵)から富士川に沿って北上し、市川大門を経由し、甲府に至るルートが中央本線のルートとして構想されました。しかし中央本線のルートは八王子経由となり、1901年に開通しました。それでも駿甲鉄道敷設計画は存続し、1911年に甲州財閥系資本家による富士身延鉄道と身延参詣客の輸送を目的とした身延軽便鉄道計画が持ち上がり、1913年、前者の計画に従って富士~大宮町(現在の富士宮)間が蒸気鉄道として開業しました。1920年5月18日には身延まで延伸しました。1927年6月27日、富士~身延間が電化されました。

富士身延鉄道の経営状態は良くなかったため、運賃も高く沿線住民は国営化を望んだそうで、身延以北は政府が建設することに決まりましたが、1923年に関東大震災が発生し、政府が建設することは不可能となり、国有鉄道の規格で富士身延鉄道が建設し、1928年に甲府まで全通しました。ちなみに甲府まで開業した時点で全線電化されました。

1938年、路線は鉄道省が借り上げ、1941年には国有化されました。1960年頃から日蓮正宗の総本山大石寺参詣への臨時列車が増えた関係で輸送力増強と国道一号踏切対策で富士駅東側での分岐を西側に改め、高架化、富士~富士宮間複線化工事が開始され1974年9月27日に完成しました。

このシリーズでは

1)1977年と2018年の甲府駅
2)身延線の貨物列車
3)身延線の旧国
4)東海道線富士駅で撮影した貨物列車 といったテーマを考えています。

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2018年8月14日 (火)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その26 加太線 part1

2018年3月の関西旅行では、南海本線になんばから和歌山市まで乗車し、加太線と和歌山港線を初めて訪問しました。これまで、関西空港関係で南海を利用したことは何度かあり、泉佐野までは乗車経験がありましたが、泉佐野以南の南海本線に乗車するのも実は初めてでした。

南海本線には岸里玉出から分岐する高野線も一部である汐見橋線、羽衣から分岐する高師浜線、泉佐野から分岐する空港線、みさき公園から分岐する多奈川線、紀ノ川から分岐する加太線、和歌山市から伸びる和歌山港線といった支線が存在します。

和歌山市 NK45         2.6  km    
紀ノ川   NK44    0.0
梶取信号所               1.2
東松江  NK44-1      2.6
中松江  NK44-2     0.7
八幡前  NK44-3     1.1
西ノ庄  NK44-4      1.1
二里ケ浜 NK44-5    0.7
磯ノ浦  NK44-6     0.9
加太  NK44-7       2.5 全線9.6km

これらの中で加太線は加太軽便鉄道が1912年に和歌山口(後の北島)~加太間を開業した路線で1914年には紀ノ川橋梁が完成して和歌山口(2代目)~北島間が延伸され、南海鉄道とも接続するようになりました。1930年には全線電化され社名も加太電気鉄道になりました。1942年2月1日には南海鉄道と合併し、南海鉄道加太線となりました。

180323 2018/3/23 走行中の車内から撮影した現在の紀ノ川橋梁

南海鉄道が太平洋戦争のさなかの1944年6月1日、関西急行電鉄と合併し、近畿日本鉄道と言っていた頃、松江線紀ノ川~東松江間が開業し、貨物列車の運行が開始され、1984年2月まで住友金属和歌山製鉄所への資材・製品輸送の貨物列車が東松山駅経由で運行されていました。一方、旅客列車も従来の北島経由から紀ノ川で南海本線から分岐するルートに1950年から変更されました。貨物列車の新ルート設定は紀ノ川鉄橋が重さに耐えられないからであったと思います。

180323_2 2018/3/23 紀ノ川駅における加太線の分岐・合流

和歌山市~北島~東松江間の従来のルートは1950年9月のジェーン台風により、紀ノ川橋梁が倒壊し、休止となり、1966年に廃止となりました。尤も、この橋梁は鉄道橋から道路橋、二輪車と徒歩での通行が可能な河西橋として現存しています。

現在、和歌山市駅からワンマン車両、7100系2連もしくは2200,2230系で運行されており、なんば方面から加太に向かう場合、和歌山市まで乗車して加太線に乗車しても、和歌山市駅で下車しなければ和歌山市~紀ノ川間の重複乗車は認められています。

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2018年5月27日 (日)

Omaha in Nebraska に来ています その2

アメリカ合衆国、ネブラスカ州、オマハ滞在記、2日目はメインの行事は教会で挙げる結婚式のリハーサルとそれに続く夜の顔合わせパーティです。
まずネブラスカ州は北をサウスダコタ、東をアイオワ、ミズーリ、南をカンザス、西をコロラド、ワイオミングと接する北アメリカ大陸のほぼ中央部に位置する州で、地形的にはグレートプレーンズに属し、州都はリンカーン(人口25.8万)ですが、人口的には40万人が暮らすオマハが最大の都市です。オマハはネブラスカ州の東端に位置しており、ミズーリ川がアイオワ州との境界になっています。
州の特徴としては50州の中で唯一州議会が一院制をとっていることだそうです。
産業的には広大な農牧地を抱える農業州で牛肉、豚肉、トウモロコシ、大豆の生産では国内トップであり、またアメリカ大陸の中央部であることから古くから鉄道が栄えており、オマハにはユニオン・パシフィック鉄道の本社があります。
オマハは北緯41度で日本では函館とほぼ同じ緯度ですが、気候は大陸性気候で、夏は30℃を越え、冬は氷点下4℃くらいまで下がり、雪はそれ程積もりません。元々、ミズーリ川の渡津のために創設された街で、「西部への玄関口」であり、ユニオン・パシフィック鉄道の起点として発展し、19世紀末頃は1883年にユニオン・ストックヤードが完成したため、全米の精肉業の中心となっていたそうです。
Dsc06107 古風な3階建ての建物が博物館
Dsc06106 建物の横にある表札
そういったオマハの歴史を頭に入れつつ、最初に訪問したのが、ミズーリ川の対岸、アイオワ州西部にある「ユニオンパシフィック鉄道博物館」でした。WEB site URL: http://www.uprrmuseum.org/
Dsc06112 客車列車の最後尾に連結された展望車のレプリカ
Dsc06143
1869年5月19日、オマハからのユニオン・パシフィック鉄道とカリフォルニア・サクラメントからのサザン・パシフィック鉄道が繋がり、大陸横断が鉄道で可能となったときのポスター
内容は階ごとに分かれており、1階が鉄道による開拓の歴史、2階が鉄道を維持するシステムの説明と食堂車、寝台車や飛行機が主流になる前のVIP達と鉄道の風景でした。
Dsc06163
リンカーン大統領専用列車の内部の再現
Dsc06168
現代の列車運行システム
Dsc06184
列車による長距離旅行が盛んだった頃の食堂車の再現
Dsc06191
往年の銀幕スターと鉄道
Dsc06194
1950年代の長距離列車の様子
この博物館はスペースの関係もあり、実車を展示することは難しいので、模型や写真等でアメリカの開拓と鉄道の歴史などを上手に説明していました。
続いて、オマハのUnion Stationを利用したDurham Museumを訪れました。

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2018年1月26日 (金)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 千早駅

鹿児島本線の駅、今回は香椎駅の博多寄りに新設された千早駅です。

開業は国鉄香椎操車場跡地の再開発プロジェクト、香椎副都心土地区画整理事業の一環として2003年7月7日でした。

100319 2010/3/19
門司港方面 2面4線の駅のため、線路は上下線とも門司港よりデ分岐しており、左方向のカーブを曲がり切った先が香椎駅です。

Ef81_405_100319_2 2010/3/19 EF81405牽引の貨物列車

100319_2 2010/3/19 
博多方面には千早操車場があり、北九州方面から福岡ターミナルに向かう列車はそのまま、分岐して臨港線に入りますが、福岡ターミナルから鍋島や八代方面に向かう貨物列車はここで機関車の前後付け替えを行います。

Ef81_451_100319_3 2010/3/19 EF81 451号機による機関車付け替えの様子

171014 2017/10/14
千早を出発して箱崎方面に向かう下り列車から、臨港線の分岐(右手の上って行く線路)
西鉄貝塚線の名島駅の真横あたり

813_r234_110127 2011/1/27 名島駅ホームから
千早操車場の横を通過するJR九州 813系

Ed76_1017_110126 2011/1/25 国道3号線 名島橋から
千早から臨港線を福岡ターミナル方面に向かうED76 1017牽引の貨物列車

4151500_1501_100319 2010/3/19
電車も数多くの種類が走っていますが、JR東日本からの415系1500番台トップナンバー編成もここで撮影していました。

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