2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その20 叡山電鉄の沿線風景 出町柳~八瀬比叡山口
2024年9月の叡山電鉄訪問では出町柳~~八瀬比叡山口、宝ヶ池∼鞍馬に乗車、沿線風景も満喫しました。
2024/9/3 出町柳を出発
乗車しているのはデオ723、八瀬比叡山口行ですが、シーサースクロッシングを通過する前に出町柳の到着する鞍馬からのデオ801形と行き違います。約2分で相対式ホームの元田中駅に到着します。この駅は1925年9月27日の開業時点では現在地とり100mほど出町柳寄りにありました。1943年7月10日には京都市電の東山線が延伸開業し、叡電前停留場が設置されました。さらに1949年12月11日には東山線から山端駅(現、宝ヶ池駅)までの市電の乗り入れが開始され渡り線が設置されました。これか宝ヶ池競輪場までの観客輸送のためでした。12月17日には叡電の駅も現在地に移転されました。市電は低床式の1000系が乗り入れに使用されました。1955年9月1日、市電の乗り入れは終了となりました。
「「修学院駅到着前
運輸課に通じる階段
駅名標 平坦線区間、比叡山方面は緑の駅名標
茶山・京都芸術大学駅、一乗寺駅を過ぎ、出町柳駅から約7分で修学院駅に到着します。この駅も開業時は現在地より約100m北にありましたが、1970年に北山通りが建設された際に移動しました。駅の横には車両基地が併設されており、駅に離接するローズマンションの2階には叡山電鉄の運輸課があり、定期券や各種乗車券の販売が行われています。有名な修学院離宮は「しゅがくいん」と発音しますが、この駅も開設当時は「しゅがくいん」と読んでいたそうです。
宝ヶ池手前の鞍馬方面分岐
修学院から2分ほどで鞍馬線分岐の宝ヶ池駅に到着します。駅の手前で鞍馬方面は左手に分かれてゆきますがどちらも複線の分岐のため鞍馬からの上り線と八瀬比叡山口方面の下り線が平面交差する構造となっています。1925年に京都電燈が叡山電鉄の山端駅として開業、1928年12月1日には鞍馬電気鉄道が山端∼市原間を開業し接続駅となりました。1929年12月20日、鞍馬電気鉄道と京都電燈の乗り入れが始まりました。
1944年5月1日、当駅∼八瀬間が戦時資材供出で単線化されました。11月10日には当駅~二軒茶屋間が単線化されました。1951年、当駅~八瀬間、1958年当駅~岩倉間が複線化されました。
2種類の駅名標
先に伸びるのが鞍馬方面、右にカーブしてゆくのが八瀬比叡山口方面
鞍馬方面の線路にある片渡り線は朝に1本のみ3番線から岩倉への折返し電車のために設けられたもので、1990年ごろには廃止になっています。鞍馬電鉄開業時にはシーサスクロッシングが設けられていました。ちょうど撮影している4番線ホームの鞍馬寄りに市電が乗り入れたころの低床式対応ホームの跡が残っているそうですが、今回の旅行では確認できませんでした。
八瀬比叡山口到着直前
駅名標
駅舎
駅名の表示は開業時のスタイルに
比叡山の西からの登山口となっており、約300m離れた場所にロープウェイの駅があります。
宝ヶ池を出発し、三宅八幡に停車し、約5分で終点八瀬比叡山口に到着です。開業当初は八瀬、その後、八瀬遊園を経て現在の八瀬比叡山口になりました。かつては駅前にあった八瀬遊園(後にスポーツバレー京都、森のゆうえんち)で賑わっていましたが、2001年に閉園となりました。
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