2020年6月 9日 (火)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 13 棚原ふれあい鉱山公園訪問 その1 公園までの道程

今回の岡山・広島・鳥取・兵庫を回る旅行は毎月第一日曜日に岡山県久米郡美咲町にある棚原ふれあい鉱山公園にてかつて同和鉱業片上鉄道に在籍した車両の展示、運転会が行われているため、8月4日の日曜日に当地を訪問することを前提にスケジュールが組まれたものでした。

Img002_20200608141801 美咲町PRのために町役場が作成したパンフレット

Dsc_0052edit 美咲町のパンフレットから

まずは岡山県久米郡美咲町はどこら辺にあるのかというと、岡山から津山線で岡山方面に向かい、小原駅付近で東西に広がるのが美咲町です。2005年3月22日に中央町、棚原町、旭町が合併して現在の美咲町になりましたが、棚原ふれあい鉱山公園は旧棚原町にあり、美咲町内では南東の端に位置します。津山の町中を西から東へ流れる吉井川が南東に流れを変えて、やがて岡山市の東で瀬戸内海に注ぎますが、その途中に棚原があり、かつての片上鉄道の吉ヶ原駅が公園の中心になっています。

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アクセスは津山駅前のバス停3番乗り場から高下行きのバスに乗車し、吉ヶ原(きちがはら)で下車します。

190803_20200608143102 高下行きの朝一番は11:50発です。ですから午前中は時間が有り余っていたので、朝一番の津山線で岡山に向かい、岡山駅で列車撮影を行い、津山に戻りました。因みにバスの運賃は740円でした。

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2019/8/4 吉ヶ原駅前

後で知ったのですが、5月から11月の第一日曜日(棚原ふれあい鉱山公園で公開がなされる日)は津山まなびの鉄道館と棚原ふれあい鉱山公園を結ぶバスが運行されており、無料で乗車できるようです。帰りはこのバスを利用しました。

Dsc02817 津山からの往路、バスは吉井川の流れにそって棚原に向かいます。

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吉ヶ原駅の駅舎

棚原鉱山は岩手県の松尾鉱山とともに我が国を代表する硫化鉄鉱の鉱山で古生代ペルム紀中期に形成された火山性硫化物鉱床と考えられており、総埋蔵量は3700万トンと見積もられていました。慶長年間に津山城を築城する際に石材を集めている過程で褐鉄鉱の露頭が見つかったのがきっかけで、明治になって本格的な採掘が開始されました。当初は掘り出された鉱石を吉井川の川舟(高瀬舟)で片上港まで輸送していましたが、次第に船では間に合わなくなり1923年1月に片上~和気間、8月に和気~備前矢田~井ノ口(貨物)間、さらに1931年2月、井ノ口~棚原間に鉄道が開業しました。これが片上鉄道です。

鉱石の質が良く、埋蔵量も豊富、鉱床が掘りやすく、夾雑物も少ないため他の鉱山に比べ競争力が高く、大正時代には日本を代表する硫化鉄鉱鉱山となりました。さらにセルロイド、硫安、化学繊維のレーヨンの需要が拡大し、硫黄の供給源として隆盛を誇りました。ところが1960年代以降石油精製の過程で硫黄が回収されることから硫黄の市場価格が暴落、さらに減反政策で化学肥料の需要が減り、オイルショックが追い打ちをかけ、1991年3月に鉱山は閉山となりました。片上鉄道も鉱山の閉山の3か月後の1991年6月30日をもって廃止となりました。

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2020年4月29日 (水)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 9 岡山から津山へ 津山線の車両

岡山~津山間、58.7kmの非電化路線に投入されているのはキハ40、キハ47とキハ120-300等の気動車です。所属は岡山気動車区(岡オカ)です。2008年5月末まではローカル線の活性化のために1990年6月1日に発足した鉄道部制度により、岡山県北部の地方交通線を管轄する津山鉄道部があり、キハ40系、キハ120形等は津山配置(岡ツヤ)でしたが、鉄道部の廃止で、岡山気動車区に統合されました。

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2002/3/29 岡山 

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2013/3/20 岡山 キハ40x3+キハ47 先頭は現在、ノスタルジー色(下の写真)になっているキハ40 2134

かつて岡山地区のキハ40系列は「岡山色」と言われた上の写真のような塗色でしたが、最近は塗装工程簡略化のため、首都圏タラコ色のオレンジ一色になってしまいました。

この車両基地はJR西日本、岡山支社の管轄で岡山と法界院の間にあります。元来、中国鉄道が機関庫を設置した場所で、国有化後は岡山機関区の支区となりました。
1987年4月1日の国鉄分割民営化でJR西日本にはキハ40形63両(すべて2000番台)、キハ47形189両(0番台108両、500番台3両、1000番台75両、1500番台3両)、キハ48形5両(0番台3両、1000番台2両)の計257両が承継され、この両数はJR旅客鉄道会社6社の中で最大でした。

岡山気動車区 配置車両
 
キハ40形 15両 ワンマン運転対応

キハ40形にはかつて旧形客車改造の初代キハ40形、後年キハ08形に改番が存在したため、オリジナルは北海道向け酷寒地向け100番台から始まり、枝番で寒地仕様の500番台、関東以西の暖地向け仕様2000番台の3種類が製造されました。

2000番台 10両 一部エンジン265PS      2006, 2029, 2036, 2043, 2048, 2049, 2082, 2093, 2133, 2134*

3000番台 5両 ロングシート改造車 全車エンジン265PS    3001, 3002, 3003, 3004, 3006

キハ40形の多くは1994年度から2000年度にかけ、エンジンをコマツ製SA6D125H-1AもしくはSA6D125HE-1(355PS)へ、液体変速機をコマツ製のKTF3335A-1A(変速2段・直結3段、自動式)または新潟コンバータ製TACN-22系(変速1段・直結2段、自動式)へ換装していますが、265PSのままの車両も残っています。これらは平坦線である吉備線(桃太郎線)と津山線岡山~法界院までの間で運用されています。それら以外は津山線、姫新線(津山~新見間)、因美線(智頭~津山間)で運用されています。

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2019/8/2 岡山 津山納涼ごんごまつりのHMを掲出したキハ47 64

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2013/3/22 法界院 津山さくらまつりのHMを掲出したキハ47 1022

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2013/3/21 岡山 吉備線で活躍する2000番台 キハ47 2002

キハ47形 26両
キハ47形は暖地向け、トイレ付き0番台、トイレ無し1000番台、新潟地区寒地向け、トイレ付き500番台、トイレ無し1500番台がオリジナルタイプとして製造されました。
0番台 15両  18, 19, 20, 21, 29, 43, 44, 45, 47*, 64, 69, 85, 99, 142, 170
1000番台 7両 1004, 1005, 1022, 1036*, 1038, 1094, 1128
2000番台 3両 0番台のロングシート改造車 2001, 2002, 2003
3000番台 1両 1000番台のロングシート改造車 3001

キハ47-99, -170, -2001, -2003以外はワンマン運転対応

ワンマン運転対応車は吉備線、津山線、姫新線(津山~新見間)、因美線(智頭~津山間)で運用されています。

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2019/8/3 津山 ノスタルジー色を纏ったキハ40 2134

*の付いた3両は「ノスタルジー色」として写真のような塗色となっていましたが、2020年2月末からキハ47の2両編成に関しては国鉄急行色に改められたそうです(情報)。

120336-190802 2019/8/2 津山 

キハ120形 16両
300番台 16両 全車ワンマン運転対応 328, 330, 334, 335, 336, 337, 338, 339, 340, 342, 343, 353, 355, 356, 358, 359
キハ40系列よりも運用範囲が広く、因美線(智頭駅 - 津山駅間)・津山線・姫新線(佐用駅 - 新見駅間)・伯備線(新見駅 - 伯耆大山駅間)・芸備線(備中神代駅 - 備後落合駅間)・山陰本線(伯耆大山駅 - 米子駅間)で運用されています。

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2019年8月 9日 (金)

東北本線の盲腸線 通称「利府線」について

東北本線には岩切~利府間に盲腸線があります。通称、利府線と呼ばれていますが、日本鉄道が1890年4月16日、岩切~一関間を開業した際、岩切から先は利府経由のルートでしたが、16.7‰の勾配があり、長大列車は補機を連結する必要があり、列車の遅れ、運休がしばしば発生する問題路線でした。1894年1月4日、利府駅が開業しました。

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2016/10/22 岩切駅の駅名標 上は利府方面、下は現在の本線

太平洋戦争の激化で貨物輸送を船舶から鉄道に転移させるために、鉄道の輸送力を増強するため、各地で勾配を緩和する新線が建設されました。東海道本線、大垣~関ヶ原、函館本線、大沼~森などがそういった新線で岩切~品井沼間においても勾配緩和が計画され、1943年4月、塩竃を経由する新線がの建設が決定し、1944年11月15日、陸前山王~品井沼間に新線が開業しました。当初は貨物列車のみが塩竃線を通過していました。

利府経由が「山線」、新線は「海線」と呼ばれ、しばらく併存していましたが、1947年には海線の複線化と駅の設置が決定し、1962年4月20日、松島(旧駅)~品井沼間が廃止され、同年7月1日には利府~松島(旧駅)間が廃止されました。

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2016/10/22 新利府駅 ホームと駅名標

本線となった海線は1968年10月のヨンサントウダイヤ改正で複線電化されましたが、利府線が電化されたのは1978年、交流電化後も気動車が運用され、電車が走るようになったのは1995年3月24日のことでした。1982年の東北新幹線開業では仙台工場・仙台第一新幹線運転所(後の新幹線総合車両センター)が利府線沿いに設置され、通勤の便を図るため、同年4月1日、新利府駅も設置されました。

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161022_201908081828012016/10/22 利府駅 駅名標、ホーム、駅舎

2002年のFIFAワールドカップでは宮城県総合運動公園が開設され、イベント開催に対応して列車が増発されるため、利府駅のホームが増設されました。

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2019年8月 4日 (日)

速報版 岡山、広島、鳥取、兵庫を巡る旅 二日目

2日目は、朝9時にオープンする「津山まなびの鉄道館」の見学と因美線・智頭経由で郡家(こおげ)まで行き、若桜鉄道を訪問することです。

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2019/8/3 津山駅前

前回、津山を訪問した2013年には無かった駅前のC1180号機を見学します。2017年8月までは津山市南小学校に保存されていたそうです。実に美しく整備されています。

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2019/8/3 転車台上にはDD13 638号機が乗っていました。ここに乗る車体は1ヶ月ごとに替わるそうです。

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キハ58 563は少し前に引っ張り出されており、車内も見学可能でした。手前の動輪はC5768号機のもの

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DD16304のラッセルヘッドは片側だけが付属しており、扇形庫の外側から見学することが出来ました。

駅には「津山まなびの鉄道館」までの道順が示されており、徒歩約10分とのこと、オープン前に到着しましたが、既に待っておられる方が数名いました。扇形庫は1936年製で梅小路に次ぐ日本で2番目の大きさの庫だそうです。2009年には転車台とともに経済産業省の「機械遺産」に登録され、2018年にはJR西日本の鉄道記念物とされました。2016年京都鉄道博物館がオープンした際、大阪弁天町の交通科学博物館に保存されていて京都鉄道博物館に収蔵されなかったD512号機、DF5018号機のほか、試作機1両のDE50、DD51, DD13, DD15, DD16などのDL, キハ181、キハ58、キハ52、キハ28、そして異色のオハ50形にエンジンを搭載したキハ33, 10t貨車移動機等13両が収蔵されています。

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2019/8/3 智頭 キハ120-343 因美線 津山~智頭間

駅に戻り、1135発の因美線智頭行きに乗車、1時間程で智頭に付きますが因美線はこの区間山越えでキハ120形25km速度制限区間をゆっくり進むのが印象的でした。

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2019/8/3 智頭 HOT3501 智頭~鳥取間 上郡~智頭間の智頭急行の車両が山陰線まで乗り入れています。

智頭からは智頭急行HOT3500形鳥取行きで郡家に向かいますが、郡家で降りて若桜鉄道を待つと1時間ほどあるので、そのまま鳥取まで乗車しました。

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2019/8/3 鳥取 キハ126 何種類かのラッピングがあるようですが、15+1015は漫画家青山剛昌が北栄町出身とのことで名探偵コナンのラッピング(青と赤基調)となっています・

鳥取駅は高架駅ですが、自動改札は導入されておらず、女性の駅員さんが列車のアナウンス、改札をしておられました。
30分の滞在で駅弁を購入、列車の写真等を撮影後、郡家に戻ります。今度はJRキハ47形2連でした。郡家で若桜鉄道の切符を購入する際に往復を買おうとしたら、1日自由乗車券の方が100円安い(¥430x2に対して¥760)とのことでそちらを購入。10分ほどで若桜行きの列車が到着、この列車も鳥取方面からやって来ました。

Dsc025842019/8/3 若桜 隼駅がスズキ製大型バイクの聖地とされていることからWT3301はバイクのラッピングに

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若桜鉄道に乗車するのは初めてですが、隼駅ではライダーの集会があり、安部駅は映画「男はつらいよ 寅次郎の告白」(1991年12月21日公開)のロケ地、そして終点若桜駅には12形客車、DD16 7号機, C12167号機などが保存されていました。

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2019年6月27日 (木)

日立製作所水戸事業所 さつきまつりに初参加 その6 リニアモータ方式L4形貨車加減速装置

日立製作所水戸事業所「さつきまつり」の展示物、今回は国鉄時代、ヤード継走式貨物輸送の最盛期にヤードの近代化、効率化推進のため開発された貨車加減速装置の紹介です。

鉄道貨物輸送は1872年(明治5年)の開業から間もなく開始され、鉄道網の拡充とともに陸上輸送の主流となって行きました。1906年の鉄道国有化で輸送量は増大し、それまで駅構内の付属施設(仕分け線)で行われていた貨車の入換え、貨物列車の組成作業を専門に行うための操車場が全国各地に建設されました。この時期に建設されたのが稲沢、吹田、田端、品川操車場で、品川は後に旅客化され、貨車の入換作業は新鶴見に移転しました。1937年の日中戦争勃発で軍需を中心とした輸送が増加、香椎、新潟操車場が新たに建設され、太平洋戦争後の復興期に、経済の復興に合わせて増大する貨物輸送のため、富山操車場などが建設されました。

ヤード継走方式(車扱貨物)と言われた貨物輸送方式においては、中継の拠点となる組成駅で、異なる方面から到着した複数の列車が「分解」され、行先の方向を同じくする貨車ごとに「仕分」し、異なる方面に向かう複数の列車を「組成」する作業が行われました。

操車場の形態は大きく以下の3つの方式に分けられました。
1)平面ヤード スイッチャーが貨車を仕分け線に押し込み、推進運転後、急ブレーキを掛け、貨車を「突放」、添乗した構内作業掛がブレーキを操作し、目的の位置に停止させる。

2)ハンプヤード 入換用機関車が貨車を推進運転でハンプに押し上げ、先頭の貨車から下り勾配を転がる。仕分け線のポイントを切り替え、貨車を仕分する。この際にカリターダーにより、貨車を減速する仕組みもありました。

3)重力ヤード 操車場自体が傾斜地に設置されたもので、多くがドイツやイギリスにあり、日本ではありませんでした。

我が国のハンプヤードなどにおける貨車の入換作業は多大な労力を要し、かつ事故も多く大変危険な作業であるため、その近代化、合理化、効率化を目指して、1965年に開業した郡山操車場では空気リターダー方式によるターゲット・シューティング方式が導入され、高崎操車場では1970年にYACS(Yard Automatic Control System)として油圧ユニット方式(ダウティ方式)が採用されていました。そういった情勢のなかで日立製作所水戸事業所ではリニアモータ方式によるL4形貨車加減速装置を開発、試作機を冨山操車場に納入、試験の後、塩浜操車場などに量産タイプが納入されました。

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2019/6/1 日立製作所水戸事業所

プッシャーカー、ブレーキカー、コントロールカー、モーターカー、およびディスタンスカーの5両で1組となったL4カーが仕分線ごとに配置されており、ハンプから散転されてくる貨車を捕捉し、所定の距離を走行後、安全連結速度で停止中の貨車に連結させてゆく装置です。動力などのための電源は三相交流220Vで軌道間に張られたトローリ―線から給電されました。運転は微弱電界による無線運転とL4カー内に内蔵されたプログラムによる自動運転の二通りが可能でした。

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L4カーのサイズは貨車の輪軸に対してかなり小さいことがわかります。

プッシャーカーには前後2組のプッシャーローラーがあり、プッシャーローラーは貨車の進入を検知すると軌条の側面に突き出し貨車車輪のフランジを捕捉し、減速時には前側のローラー、加速時には後側のローラーで貨車の速度を制御します。コントロールカーは捕捉した貨車を制御し、停止している貨車に安全連結速度で連結するための制御装置が搭載されています。また、リニアモーターの逆相ブレーキの他、空気ブレーキ装置が取り付けられています。モーターカーには2台のリニアモータが搭載されており、地上側のリアクション♪レートとの間で推進力を出します。Dsc01285 L4カー試作1号機は鉄道技術研究所、2号機は富山操車場に納入され、量産型は各地のヤードに納入されましたが、展示されているのは新南陽ヤードに納入されたもので1978年3月に製造、1996年10月まで稼働したものです。一日に1800台の貨車の処理にあたりました。

1970年代をピークにモータリゼーションの発達で我が国の貨物輸送の主流はトラック輸送となり、輸送にかかる時間が不確定なヤード継走方式は1969年に東海道・山陽本線で「フレートライナー」が登場して以降、衰退の道を辿り、相次ぐストや国鉄経営の悪化で操車場の近代化は頓挫、1978年10月2日、1980年10月1日のダイヤ改正で貨物列車の大幅な削減が行われ、1984年2月1日のダイヤ改正でとうとうヤード継走方式は全廃となりました。

国鉄の解体、ヤード継走方式の廃止でL4形貨車加減速装置は全国のヤードに普及することは無くなりました。しかしここで終わらないのが、技術者たちの素晴らしいところで、1973年のオイルショック以降、地下鉄の建設工費は1kmあたり、約150億円にまで高騰しており、その70%が土木工事費用で、トンネル内径を小さくすれば工費が安くできる、そのためには小断面地下鉄が出来ないか、というアイデアから開発されたのがその後の大阪市営地下鉄7号線や都営地下鉄大江戸線に繋がるリニア地下鉄でした。この台車に繋がったのがなんとL4形貨車加減速装置で開発されたリニアモータとその制御技術でした。

ということで次の記事では同時に展示されていたリニア地下鉄用小型台車の紹介をします。

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2019年5月 2日 (木)

本牧市民公園の転車台

4月29日の記事では横浜、本牧市民公園に静態保存されている蒸気機関車D51516号機を紹介しました。同公園には機関車以外にも興味深い物があります、それが今回の記事で紹介する転車台(ターン・テーブル)です。

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2015/4/1 本牧市民公園

終端駅で方向転換が必要な蒸気機関車全盛時代は、日本全国の機関区などに転車台が設置され、転車台を取り囲むように扇形庫・ランドハウスがありました。しかし、無煙化が進み、蒸気機関車が消えて行くに連れ、転車台も姿を消して行きました。

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この案内板に書かれているようにこの転車台は元々、横浜機関区高島車庫に設置されていたものだそうです。

日本全国の転車台の数は統計資料によると1918年時点で232台、1936年時点で435台でした。SL列車の復活運転により、現時点で稼働する転車台がある駅は34駅、稼働しないが現存する駅は17、稼働する転車台が存在する運転所・機関区は39、稼働する鉄道保存施設・遊園地は13、稼働しない鉄道保存施設・遊園地は4あり、横浜市本牧公園のものは稼働しません(転車台に関するWikipediaより)。

横浜機関区とはあまり耳にしない機関区ですが、1871年9月、日本に鉄道が開業する前年に開業した我が国最初の機関庫でした。1915年12月、東海道本線の貨物支線として鶴見~東高島~桜木町間が敷設され、高島町貨物駅が開業すると横浜機関庫は高島町に移転し、高島機関庫になり、戦後、横浜機関区に改称されました。役割は港湾地区の入れ換え用で、8620形、C56形が在籍し、C56160ラストナンバーがいました。78657が最後の蒸機となり、1966年8月に廃車となっています。1980年代にはみなとみらいの開発ですっかり一帯は呑み込まれてしまったそうです。

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2019年4月 9日 (火)

公園保存車両 川崎市電の保存車702号

拙Blogでは以前、定期的に公園などに保存されている鉄道車輛のレポートをしていました。

過去ログを調べると2015年2月7日に世田谷区立世田谷公園に保存されているD51272号機の訪問(2018/6/19の記事)で途切れています。その後、王寺駅そばのD51895号機のレポートをしましたが、今回から訪問順に再開しようと思います。

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最初は川崎市の桜川公園(所在地:川崎区桜本1-14-3)に保存されている川崎市電702号車です。訪問したのは2015年3月1日でした。

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川崎に市電が走っているのを私は見たことはありません。開業したのは太平洋戦争の末期の1944年10月14日で、川崎の軍需工場に通う人々の通勤手段として市電川崎~渡田五丁目間の2.76kmが突貫工事で開業したそうです。労働者の通勤手段としてバス・トラックを最初は考えたそうですが、戦争末期の燃料不足の問題もあり、交通問題懇談会の要請による開業でした。開業はしたものの、すでに米軍機による本土空襲は開始されており、空襲により甚大な被害を被りました。

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戦後、多くの電車が被災した中、2両から復興し、東京都などからの応援車両をもらい受け、路線延長、複線化、新車の投入などの整備が進み、川崎市民や工場通勤客の足として順調に業績を伸ばしました。しかし、東京都電などと同じくモータリゼーションの波に押され、路線が未完成であったことも災いし、川崎鶴見臨港バス川崎市バスとの路線競争に敗れ、経営合理化のため1969年4月1日に全線廃止となりました。

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路線 総延長 市電川崎~塩浜間 6.7km
軌間 1435mm
電化 DC600V 架空電車線方式

路線延長の歴史
1994/10/14 市電川崎~渡田五丁目 2.76km 開業
1945/4/11 渡田五丁目~浜町三丁目 0.66km 延伸
1945/12/6 浜町三丁目~桜本三丁目 1.02km 延伸 桜本三丁目で東急大師線(大東急の時代)と連絡
1946/8/16 市電川崎~省線川崎駅前 0.326km 延伸
1951/3/16 京急大師線桜本~塩浜間乗り入れ
1952/1/1 京急大師線桜本~塩浜間を買収

車両
100形(初代) 新潟交通が購入した1933年日本車輛製造東京支店製の半鋼製車1944年購入
200形    東京都電木造ボギー車1500形 201~205号空襲で被災
130形    箱根登山鉄道小田原市内線木造単車 元は東京市街鉄道1903年から1906年製造1形電車
300形    王子電気軌道~東京都電の半鋼製ボギー車
100形(2代) 東京都電木造単車400形
500形    川崎市電初の新造車1949年日本鉄道自動車製
600形    川崎市電独自設計の車両、200形の台車、主電動機流用車両
700形    600形の改良型、200形の車体更新車

この700形のうち702号がこうして保存されており、4年前に訪問した際は修復直後だったのか外観も非常に綺麗でした。

路線的には川崎駅付近から塩浜までを往復する単純なものでしたが、当時の日本鋼管前以東の区間は三線軌条化され夜間に国鉄の貨物列車が運行されるというユニークな路線(1949年7月16日もしくは8月1日から)で、1954年4月10日からは上下線三線軌条化、入江崎の交換設備の設置等の設備改良で昼間も国鉄貨物が運行されるようになりました(ちょっとここだけ読むとサンディエゴのトローリを思い出しますが)。1964年3月25日に国鉄塩浜操車場が開業すると池上新田~塩浜操車場間の東海道貨物線に路線の一部が転用となり、三線軌条は取りやめ、浜町三丁目~桜橋間に新駅として浜町四丁目が開設されました。さらに1967年8月1日には池上新田~塩浜間2.12kmが全線廃止に先立って廃止となりました。
因みに塩浜操車場の開業で京急大師線の小島新田~塩浜間も休止となり、バス代行となり、1970年には正式廃止となっています。

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2019年1月 1日 (火)

41年ぶりの身延線甲府~富士間の旅 その1 概要

明けましておめでとうございます。

本年もどうか宜しくお願い致します。

2018年12月15日青春18切符を利用して、国分寺~高尾~甲府~富士~熱海~東京~国分寺の循環ルートで身延線全線の旅を楽しみました。

身延線に関しては1977年9月23日に同じルートで身延線を全線乗車したのが最初で、その後、富士側から123系の撮影公園保存蒸気の撮影で富士宮あたりまで乗車したことはありましたが、全線乗車は1977年9月以来となりました。

1977年9月23日の旅程

吉祥寺531~高尾614/615~甲府746 機関区など撮影
甲府757~東花輪820 笛吹川橋梁へ EF10貨物665レ 
東花輪927~身延1022 身延駅構内散策  EF15
身延1256~源道寺1251 駅で撮影  身延線電車
源道寺1401~富士1418 駅で撮影 EF10貨物673レ、身延線電車 東海道線貨物列車

19750310 1975/3/10 改正の身延線列車ダイヤ 交友社「電気機関車快走」から

2018年12月14日の旅程

国分寺841~八王子900/902~高尾909/920~甲府1052
甲府1054~(3630G)~富士1352/1430~熱海1509/1512~東京1647/1654~国分寺1730

1977年9月の旅では貨物列車等の撮影も考慮し、途中下車して沿線での撮影もしましたが、今回は3630Gから下車すると後続の電車の間隔が空くこともあり、甲府から富士まで連続乗車しました。

1977年は身延線において大きな変化があった年でした。同線の貨物列車牽引を担当してきた電機がEF10からEF15に置き換えられ始めた時期でした。さらに電車の方でも1974年からモハ72系のアコモ改良版として113系もどきの車体を載せたモハ62、クハ66が投入されていました。こういった車両を記録すべく、身延線撮影旅行に出かけました。

身延線は私鉄の富士身延鉄道が開通させた路線で、江戸時代から明治時代中期まで富士川舟運による物流が盛んだった時代に東海道の岩淵宿(富士川の河口付近、現在の富士市岩淵)から富士川に沿って北上し、市川大門を経由し、甲府に至るルートが中央本線のルートとして構想されました。しかし中央本線のルートは八王子経由となり、1901年に開通しました。それでも駿甲鉄道敷設計画は存続し、1911年に甲州財閥系資本家による富士身延鉄道と身延参詣客の輸送を目的とした身延軽便鉄道計画が持ち上がり、1913年、前者の計画に従って富士~大宮町(現在の富士宮)間が蒸気鉄道として開業しました。1920年5月18日には身延まで延伸しました。1927年6月27日、富士~身延間が電化されました。

富士身延鉄道の経営状態は良くなかったため、運賃も高く沿線住民は国営化を望んだそうで、身延以北は政府が建設することに決まりましたが、1923年に関東大震災が発生し、政府が建設することは不可能となり、国有鉄道の規格で富士身延鉄道が建設し、1928年に甲府まで全通しました。ちなみに甲府まで開業した時点で全線電化されました。

1938年、路線は鉄道省が借り上げ、1941年には国有化されました。1960年頃から日蓮正宗の総本山大石寺参詣への臨時列車が増えた関係で輸送力増強と国道一号踏切対策で富士駅東側での分岐を西側に改め、高架化、富士~富士宮間複線化工事が開始され1974年9月27日に完成しました。

このシリーズでは

1)1977年と2018年の甲府駅
2)身延線の貨物列車
3)身延線の旧国
4)東海道線富士駅で撮影した貨物列車 といったテーマを考えています。

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2018年11月 6日 (火)

小手指車両基地を偵察 001系A編成を撮影

近鉄車両の話題が続いていますが、11月5日月曜日、小平からつくばに向かう道中でちょっと寄り道して来ました。

お目当ては先週の月曜日(10月29日)記者発表が行われた西武の新特急50000系ではなく001系です。

1606052016年6月5日 武蔵丘公開での新型特急のアナウンス

160605_4 その完成予想図

この車両は西武鉄道創業100年記念で登場した4000系改造の「52席の至福」や新型通勤車両40000系とともに今後100年に向けた西武鉄道のFlagship Trainとしての期待が込められた車両ということでこれまでの流れからの50000系ではなく001系とし、「Laview」という愛称が与えられたようです。

Dsc06919 2018/11/5 駅名標

小手指車両基地は西武池袋線小手指駅と狭山ヶ丘駅の中間にあり、私自身訪れるのは2回目ですが、編成がどういった状態で停まっているのか、庫内なのか、野外なのかを基地の横を通過する車内から偵察してからということで、今回は狭山ヶ丘から歩くことにしました。

Dsc06922 2018/11/5 小手指車両基地の西側エンド

狭山ヶ丘駅北口から線路沿いに歩いて約10分で小手指車両基地西側エンドに到着しました。

2000系、6000系、20000系、30000系、40000系などの池袋線の主力通勤車両が停車していますが、

Dsc06931 2018/11/5 小手指車両基地

その中に無塗装(追記:コメントにあるようにシルバー塗装であるそうです)のように見え、見慣れぬスタイルの8両編成が居ました。
基地の横を通過する電車からも見えましたが、これが新特急車両001系です。

Dsc06930
正面からのスタイルはゲゲゲの鬼太郎の目玉親父を連想させるスタイルでしょうか。

Dsc06926
隣に40000系40101Fが停車していますが、編成両数は8連で56両製造ということは7編成製造が予定されているようです。

3枚上の写真からも分かりますが、「Laview」という愛称にもあるように眺望にはこだわったようで側窓の大きさがかなり上下に大きいことが分かります。

Dsc06942

池袋側のサイドからの写真でもかなり特異的な球体のような前面構造であることがわかります。

これから、さらにラッピングが施されるのかどうか分かりませんが、2019年3月のデビューが楽しみな車両です。

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2018年8月27日 (月)

東京総合車両センター公開「夏休みフェア2018」

8月25日(土)は例年この時期に催される東京総合車両センター公開「夏休みフェア2018」に行ってきました。

Dsc06899

大井町駅に到着したのは開門時間後の10時20分でしたが、まだ門から連なる長蛇の列です。列の最後尾はどこなのかと歩いてみると、線路の反対側でした。列に並んで入場するまで30分かかりました。毎年、この行列が嫌で、来る時間を若干遅めにしているのですが、まだまだ甘かったようで。

Dsc06917 2018/8/25 東京総合車両センター

工場内の展示は毎年見ているので、TwitternなどでもスクープされていたEF58 61の展示がある、車両展示コーなを目指しましたが、こちらも写真撮影は人数ごとに制限入場されており、長蛇の列、それでも入場せずに写真を後から撮れるスペースもあるので、そちらから撮影することに。

展示された車両は 
EF81 81, EF58 61, EF64 1052, 209系500番台 C508編成 でした。
EF64 1052は最近、EF64 1001と入れ替わりにこの塗装になっており、今回初めて目にしました。

Img_9751

この機関車がなぜ今回展示されたのか、今後、本線に復帰することはあるのか、あるいは博物館に入るのか、解体されることはないと思いますが、今後が気になります。

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