2020年9月15日 (火)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 1 大月駅でのE233系の分割・併合

2020年の夏の暑さも漸く終わろうとしていますが、2年前の2018年の夏も猛暑だったようです。この夏は8月31日から、23日の予定で信州地方の公園保存蒸機を見て歩く旅をしました。概要編は2018年9月1日から9月3日までの速報版としてアップされていますが、これから詳細版をアップして行く予定です。

171218 

2017/12/18

早朝、一橋学園を出発、国分寺で中央線に乗り換え、青春18切符を利用した各駅停車の旅で最初に下車したのは大月駅でした。この駅はJR東日本の駅であると同時に富士急行大月線の起点駅で、1902年10月1日、国有鉄道中央本線鳥沢~大月間が開通したときに開業しました。1903年1月17日富士馬車鉄道が乗り入れています。この馬車鉄道は軌間610mmで谷村本社まででした。一方、1900年9月21日には軌間762mm都留馬車鉄道が下吉田 - 籠坂峠間を開業していました。1903年6月12日に都留馬車鉄道あ小沼 - 下吉田間を開業、同年8月14日には富士馬車鉄道谷村本社 - 小沼間開業し、さらに同年9月11日には都留馬車鉄道が籠坂峠 - 静岡県界間を開業し、今日の富士急行の路線が敷設されましたが、2社の間で軌間が異なることから乗り換えを強いられていました。1921年に両社が合併、さらに改軌が行われ、電化もされ、大月~富士吉田間が電車で直通運転されるようになりました。1926年には富士山麓電気鉄道が設立、馬車鉄道の併用軌道は1928年に譲渡され、1929年に鉄道線(23.6km:軌間1067mm)に置き換えられました。

中央線から富士吉田方面に直通列車が運転開始されたのは1934年7月1日のことでした。国鉄、JR時代を通じて富士急行線への乗り入れの歴史は続いており、現行ダイヤではE353系3連「富士回遊」、特急車両E257系500番台車211系、中央快速線のE233系H編成などの車両が乗り入れています。
ちなみに中央快速線の通勤電車が富士急行線に乗り入れるようになったのは1990年3月10日のダイヤ改正からでした。

1997年10月12日、20時2分頃、大月に到着した201系10連が後部4両の河口湖行きを切り離し、構内運転で下り本線に移動するところを本来20時に通過予定のE351特急スーパーあずさ13号が2分程、遅れた通過しているときに停止信号を誤認し、出発してしまい、E351系12両編成の右側面に衝突し、E351系は前から4両目(9号車)から8両目(5号車)にかけて脱線、8号車は横転、201系は先頭車と2両目が脱線するという事故が起こりました。この事故で回送車両の運転士を含む78名が重軽傷を負いました。

03H
 東 京1808┬2106河口湖 
         └1958大 月┐
高 尾2052←2017大 月┘

05H

 高 尾0601→0637大 月┐
        ┌0654大 月┘
┌東 京0852┴0549河口湖 

23H

└東 京1905┬2207河口湖 
         └2055大 月┐
┌高 尾2149←2113大 月┘
└高 尾2155→2231大 月 

25H
      ┌0619河口湖 
┌東 京0857┴0723大 月 

現行ダイヤにおけるE233系の富士急行線運用  03H~05H、23H~25Hと河口湖乗り入れ編成が滞泊する2組の乗り入れ運用が存在します。

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2018/8/31 大月駅で乗り換え列車を待っていたら高尾からE233系H52編成6連が到着。北側の電留線にもE233系の姿が25H運用の編成でしょう。

Dsc07072_20200914161801 程なくして同じホームに河口湖からH52編成4連が到着。

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Dsc07075 駅員の誘導で両編成がドッキング。10連となって東京へ。

こうやって6連と4連の組み合わせは余程のトラブルが無い限り、編成番号の異なる6連、4連がペアになることが無いように保たれているのですね。

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2020年8月26日 (水)

小湊鉄道 五井機関区の保存機 その3 小湊鉄道B10形4号

小湊鉄道五井機関区の保存機関車、最後はB10 4号です。

Dsc08135  2017/8/27 五井機関区

この機関車はC型タンク機の1号、2号とは異なり、B型、四輪連結十輪タンク機関車です。製造元や小湊鉄道に入線する履歴に関しても1,2号機とは異なります。

Dsc08130

元は英国のベイヤー・ピーコック社1894年に製造したテンダ機Pbt2/4形で製造番号は3641です。1895年日本鉄道が輸入し、94号機となりました。宇都宮機関区、上野営業事務所などで活躍し、1910年、形式称号改正で5500形5507号となりました。

Dsc07987

5500形は官設鉄道や日本鉄道により、1893年から1898年にかけて数次にわたって輸入されています。最初は1893年製の6両AF(226-231、組立完了時には142-147に)(製造番号3597-3602)で、東海道線の増強用でした。1898年に二―ルソン社製の5630形とともにD6形に改められました。

1894年には3640-3651の12両、1897年には3889-3924の36両、1898年には4014-4025の12両が日本鉄道により、輸入されました。東武鉄道でも1898年製4026-4035の10両を輸入し、B1形(3-12)としています。これらのうち、6両(7-12)は後年、総武鉄道に譲渡され、16-21に改番されました。1906年の鉄道国有化法で日本鉄道、総武鉄道は国有化され、1909年制定の鉄道院の車両形式称号規程により、官設鉄道のD6、旧日本鉄道のPbt2/4、旧総武鉄道の16-21は5500形となり、それぞれ5500-5505、5506-5565、5566-5571に改番されました。

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1枚目の写真と4枚目の写真を較べるとわかりますが、タンク機に改造された際に装着された側水槽の形が左右で異なるのもB10の特徴です。右側が前方上面を斜めに切り落とした五角形、左側が右側よりやや長さの短い四角形でこれは当時、真空ブレーキから空気ブレーキに変化する過程で空気ブレーキ用のコンプレッサーや空気タンクを取り付けるスペースを確保するための措置でした。この改造で運転整備重量は34.07tから48.43tに増加、軸重も11.62tから13.24t(第一動輪上)に増加しました。

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ローカル線の開業でタンク機の需要が大きくなったため、1929年から1930年にかけ、5500形に側水槽を新設、運転台後方に従輪を追加し、炭庫を設ける工事が国鉄大宮工場にて実施され、2Bテンダ機から2B1タンク機に改造されB10形となりました。このとき、10両 (5506, 5507, 5510, 5512, 5515, 5527, 5534, 5557, 5558, 5565)が改造されました。なお、こういったテンダ機からタンク機への改造は大正時代後期から行われており、5300形を改造した960形、6350形を改造した1000形(2代)、6200形および6270形を改造した1070形などがあり、

新旧番号の対象は5506, 5558, 5512, 5507, 5527, 5557, 5565, 5510, 5515, 5534 → B10 1 - 10 となっています。

改造後は千葉、八王子で活躍、1936年には陸軍千葉兵器支廠に譲渡されました。終戦後の1946年11月、小湊鉄道に貸渡され、1949年正式に譲渡され、1951年2月まで活躍しました。1938年からB10形の私鉄への譲渡が始まり、B109とB1010がラサ工業に、1943年にはB106が東洋埠頭に譲渡されました。一方、国鉄に残ったB10は1950年までに全廃となりました。

主要諸元
全長:11,378mm 全幅:2,061mm 全高:3,672mm
運転整備重量 48.43t 空車重量 36.3t
最大出力 550馬力
実用最高気圧 12.0kg/cm²
汽筒および衝程 406mm×559mm
制動機の種類 手用および空気制動機
連結器の種類 シャロン自動連結機
火床面積 1,330m²
焔管(径×長さ) 45.0mm×3.229m×152本
伝熱面積 73.0m²
水槽容量 6.530m³
燃料櫃容積 2.2m³

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2020年8月25日 (火)

小湊鉄道 五井機関区の保存機 その2 小湊鉄道2号機

今回は昨日の1号機と同時に導入された2号機です。
主要諸元のデータは1号機と同じです。

Dsc07983 2017/8/27 公開中の小港鉄道2号機 連結器は自連に交換されています。

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ボールドウィン機関車会社Baldwin Locomotive WorksBLW は1825年に 宝石や銀細工職人のマサイアス・ウィリアム・ボールドウィンがペンシルバニアで創業した鉄道車両会社で当初は製本機や平織り綿布(キャラコ)の捺染用のシリンダーを製造しましたが、自分用に小型の定置機械を製作するようになり、動力源として蒸気機関に関心を持つようになり、1831年にはフィラデルフィア博物館の要請で展示用小型機関車を製作しました。それがきっかけとなり、フィラデルフィア郊外の支線で使用する小型の機関車の製造を受注しました。

イギリスでリチャード・トレビシックにより、世界初の蒸気機関車が発明されたのは1802年、ジョージ・スティーブンソンのロコモーション号は1825年ですので、既にアメリカのカムデン・アンド・アンボイ鉄道(C&A)にはジョージ・スティーブンソンの息子のロバート・スチーブンソン製の蒸気機関車が輸入されニュージャージー州ボーデンタウンに保管されていました。尤も、マサイアス・ウィリアム・ボールドウィンが訪問した際はまだ組み立てられておらず、部品の寸法を測定したそうです。

当時、蒸気機関車を製作するための工具すら存在せず、大変な苦労のもとに部品の製造から始め、最初の機関車「オールド・アイアンサイド」「剛の者」が完成し、1832年11月23日、フィラデルフィア・ジャーマンタウン・アンド・ノリスタウン鉄道において試運転されたのちに営業に就き、20年の長きにわたり使用されました。

日本向けに蒸気機関車を輸出し始めたのは1887年で、日本の鉄道開通の15年後でした。


Dsc07984
その後、1928年には世界最大の機関車製造会社にまで成長しました。
ボールドウィンの経営は多角的で、機関車製造の傍ら、銃の製造も行い、蒸気機関車のみならず、電気機関車、ディーゼル機関車と手を広げましたが、それが市場占有率の低下を招き、1956年には機関車製造から撤退することになりました。以降は建設機械の製造に特化するボールドウィン・ライマ・ハミルトン社となりましたが、1965年にアーマー社の完全子会社となり、1970年にはグレイハウンド社がアーマー社を買収、1972年にはグレイハウンド社によってボールドウィン・ライマ・ハミルトン社は閉鎖となりました。

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2020年8月24日 (月)

小湊鉄道 五井機関区の保存機 その1 小湊鉄道1号機

2017年8月27日、小湊鉄道のキハ5800形の公開イベントが行われ、五井機関区に保存されている同鉄道会社の創業期に活躍し、保存されている蒸気機関車を見学する機会に恵まれました。

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2017/8/27 五井

機関区には現在の小湊鉄道の主力気動車であるキハ200形気動車14両、JR東日本より譲渡されたキハ40形気動車2両、DB4形ディーゼル機関車1両、ハフ101、デハ101・102、クハ101号客車が所属し、さらに今回からの記事で紹介予定の開業時から1962年まで使用されていた蒸気機関車3両(1号、2号、B104号)、そして1997年まで活躍したキハ5800形が保存されています。

2016年11月18日、機関庫および鍛冶小屋が国の有形文化財に登録答申され、2017年5月2日に正式に登録されました。

Dsc08076 3両の保存蒸機機関車 右から1号、2号、B104号

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最初は1号機関車です。1924年(大正13年)にアメリカのボールドウィーン社が製造した57776号を輸入したものです。

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形式は六輪連結十輪タンク機関車で最大寸法は全長:9,867mm、全幅:2,717mm、全高:3,352mm、運転整備重量37.93t(空車重量、30.1トン)、最大出力は712馬力、実用最高気圧11.5kg/㎠、汽筒および衝程は381mm×508mm、制動機は手用および蒸気制動機、連結器はマルコ式自動連結機、火床面積は1,480m²、焔管(径×長さ)は44.5mm×2.744m×152本、伝熱面積は65.40m²、水槽容量は3.785m³、燃料櫃容積は2.785m³(これらのデータは同社のWEBサイトから)

Dsc07993 キャブ内も見学できました。

Dsc08127 ナンバーに関しては1号機は炭水車に、2号機は先頭部に表示されていました。

1956年まで活躍しました。

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2020年6月10日 (水)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 13 棚原ふれあい鉱山公園訪問 その2 同和鉱業片上鉄道について

昨日の記事にあるように吉井川の水運、高瀬舟による鉱石の運搬を代替するために棚原から片上まで敷設されたのが片上鉄道でした。

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2019/8/4 棚原ふれあい鉱山公園に展示されている高瀬舟 鉱石を載せて川を下り、復路は塩、魚、ミカンなどを載せて帰って行きました。最盛期は会社所有の船と個人所有の舟で100艘以上が活躍していました。ただ、初夏から秋にかけての農繁期には吉井川の水が農業用水として利用されるため水位がさがり、和気の上流6km付近の天瀬付近から下流は航行不能となるトラブルや棚原から児島湾の九蟠港までの往復に平均5日を要する問題がありました。

会社は、間762mmの軽便鉄道として1919年3月24日に鉄道大臣に出願されました。同年11月27日に片上鉄道が成立しました。やがて1922年4月17日に免許は軌間1067mmに変更され、線路の敷設が開始されます。
1931年2月1日、井ノ口~棚原間が開業し、全通しました。

路線データ
営業キロ 33.8km 建設キロ 33.997km
設計図より実測が長い場所(ダブルチェイン)が3か所、逆に短い場所(ブレイクチェイン)が1か所存在します。
駅数 17駅
全線非電化、全線単線
閉塞方式 単線自動閉塞式 ARC
踏切 108か所
橋梁 98か所
最小勾配 0.9‰ 最大勾配 28.6‰
最小曲線 半径240m 最大曲線 300m
隧道 3か所 

Dsc02903

駅名     営業キロ
片上      0.0      赤穂線(西片上駅と徒歩5分)
清水      4.1
中山      5.7
和気      8.6      山陽本線
本和気     10.1
益原      11.6
天瀬      14.5
河本      16.3
備前矢田    18.3
(貨)井ノ口  19.4     1931年2月1日廃止
苦木      22.2
杖谷      24.2
備前塩田    25.5
肥前福田    27.2
周匝      28.5
美作飯岡    29.6
吉ヶ原     32.5
柵原      33.8

経営は1950年6月20日藤田興業が片上鉄道を合併し、1957年8月1日には同和鉱業が藤田興業を合併しました。棚原鉱山からの鉱石輸送のみならず、沿線住民の足として旅客輸送も行われました。尾小屋鉄道、三岐鉄道とともに陸運統制令の枠外とし他社への事業統合を免れ、青梅鉄道や群馬鉄山専用線(後の吾妻線)とは異なり、国鉄買収の対象にもなりませんでした。鉱石輸送が主体であったため、交換駅での線路有効長は長く、PC枕木等を使用し、線路規格も高規格でした。車両、施設もよく整備されており、国鉄キハ41000形、42000形が現在も動態保存されています。

硫黄の新しい精製技術の確立やオイルショックなどで棚原鉱山の生産量の激減、貨物の取扱量の減少、旅客輸送も乗用車の普及で減少し、1987年には鉱石輸送はトラック輸送に切り替えられ、地元住民は存続希望を出しましたが、経営困難により、1991年6月30日をもって廃止となりました。

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廃線跡を利用して「片鉄ロマン街道」(県道703号備前柵原自転車道線)が設置され、

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吉ヶ原駅周辺には柵原ふれあい鉱山公園が設置されました。

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さらに吉ヶ原駅から旧柵原駅に向かって約100m展示運転線が延長され、2014年11月2日には黄福柵原駅が開業しました。
次回の記事から、柵原ふれあい鉱山公園に保管されている車両について紹介して行きます。

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2020年6月 9日 (火)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 13 棚原ふれあい鉱山公園訪問 その1 公園までの道程

今回の岡山・広島・鳥取・兵庫を回る旅行は毎月第一日曜日に岡山県久米郡美咲町にある棚原ふれあい鉱山公園にてかつて同和鉱業片上鉄道に在籍した車両の展示、運転会が行われているため、8月4日の日曜日に当地を訪問することを前提にスケジュールが組まれたものでした。

Img002_20200608141801 美咲町PRのために町役場が作成したパンフレット

Dsc_0052edit 美咲町のパンフレットから

まずは岡山県久米郡美咲町はどこら辺にあるのかというと、岡山から津山線で岡山方面に向かい、小原駅付近で東西に広がるのが美咲町です。2005年3月22日に中央町、棚原町、旭町が合併して現在の美咲町になりましたが、棚原ふれあい鉱山公園は旧棚原町にあり、美咲町内では南東の端に位置します。津山の町中を西から東へ流れる吉井川が南東に流れを変えて、やがて岡山市の東で瀬戸内海に注ぎますが、その途中に棚原があり、かつての片上鉄道の吉ヶ原駅が公園の中心になっています。

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アクセスは津山駅前のバス停3番乗り場から高下行きのバスに乗車し、吉ヶ原(きちがはら)で下車します。

190803_20200608143102 高下行きの朝一番は11:50発です。ですから午前中は時間が有り余っていたので、朝一番の津山線で岡山に向かい、岡山駅で列車撮影を行い、津山に戻りました。因みにバスの運賃は740円でした。

Img003_20200608143601

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2019/8/4 吉ヶ原駅前

後で知ったのですが、5月から11月の第一日曜日(棚原ふれあい鉱山公園で公開がなされる日)は津山まなびの鉄道館と棚原ふれあい鉱山公園を結ぶバスが運行されており、無料で乗車できるようです。帰りはこのバスを利用しました。

Dsc02817 津山からの往路、バスは吉井川の流れにそって棚原に向かいます。

Dsc02820
吉ヶ原駅の駅舎

棚原鉱山は岩手県の松尾鉱山とともに我が国を代表する硫化鉄鉱の鉱山で古生代ペルム紀中期に形成された火山性硫化物鉱床と考えられており、総埋蔵量は3700万トンと見積もられていました。慶長年間に津山城を築城する際に石材を集めている過程で褐鉄鉱の露頭が見つかったのがきっかけで、明治になって本格的な採掘が開始されました。当初は掘り出された鉱石を吉井川の川舟(高瀬舟)で片上港まで輸送していましたが、次第に船では間に合わなくなり1923年1月に片上~和気間、8月に和気~備前矢田~井ノ口(貨物)間、さらに1931年2月、井ノ口~棚原間に鉄道が開業しました。これが片上鉄道です。

鉱石の質が良く、埋蔵量も豊富、鉱床が掘りやすく、夾雑物も少ないため他の鉱山に比べ競争力が高く、大正時代には日本を代表する硫化鉄鉱鉱山となりました。さらにセルロイド、硫安、化学繊維のレーヨンの需要が拡大し、硫黄の供給源として隆盛を誇りました。ところが1960年代以降石油精製の過程で硫黄が回収されることから硫黄の市場価格が暴落、さらに減反政策で化学肥料の需要が減り、オイルショックが追い打ちをかけ、1991年3月に鉱山は閉山となりました。片上鉄道も鉱山の閉山の3か月後の1991年6月30日をもって廃止となりました。

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2019年9月 6日 (金)

岳南電車に譲渡された富士急行 1200形 1206編成

昨日の記事で予告しましたように岳南電車では7000形7002の運用離脱を補完するため、2018年に富士急の1200形(元、京王5000系)1206F(デハ1206-クハ1306)を譲受し、同年11月17日から営業運転に投入致しました。新たに9000形とし、車体番号はモハ9001-クハ9101としました。

1000-1206f-130518-5
2013/5/18 大月

私も2017年以降、岳南電車の撮影はしていないので、9000形は未撮影ですが、2013年2016年11月に「富士急電車まつり」に参加した際、1206Fを撮影していました。

1000-1206f-161112
2016/11/12 下吉田

富士急行1000・1200形は老朽化した3100形、5700形の置き換えのために京王5000系を譲受し、電動車の2両ユニット化、寒冷地用装備、室内の更新を京王重機整備で行い、1993年から営業運転に投入した形式で、種車は基本的に先頭電動車の5100系カルダン駆動車から選定されました。最後の1208Fのみ、5000系制御車を電装化しました。1000形がロングシート、1200形は転換式セミクロスシートと内装で形式が区別されています。いずれも2両編成で1000形が2本、1200形が7本の18両が在籍していました。
その後、205系改造の6000系の置き換えなどで1208F、1203F、1002F、1207Fが廃車となり、1206Fも岳南鉄道へ譲渡となりました。

モハ1206+クハ1306 < デハ5124 クハ5874 1995年7月20日入線

今後、岳南鉄道を訪れる機会があれば、同鉄道9000形を撮影したく思います。

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2019年9月 5日 (木)

岳南電車の車両達 電車編 2 8000形

岳南電車の旅客車両、今回は8000形です。

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2017/3/10 岳南富士岡

1996年から7000形が導入された際に、それまで活躍していた5000系は一部、予備車として残存していました。その5000系を完全に置き換えるために2002年に導入されたのが8000形です。7000形とは違い2両編成からなっており、1編成が在籍しています。

モハ8001+クハ8101 < 2002/11竣功 デハ3110、デハ3060

Dsc09336
2017/3/10 岳南江尾

改造は7000形同様に京王重機整備が担当しました。運転台関係の機器は京王6000系(抵抗制御の1次車、6001F~6006F)の廃車発生品を利用しており、岳南鉄道、岳南電車では唯一のワンハンドル・マスコン車となっていました。運転席後方の窓は連結面の小型窓が流用されており、種車の製造時期の違いから空調機器が車両間で統一されていません。岳南電車では初めて車椅子スペースが設置され、バリアフリー対応となっています。側面の行き先表示器は撤去されています。2002年11月16日から営業運転に入りました。

7000形と識別のため緑色塗装となり、公募により、「がくちゃんかぐや富士」の愛称が与えられています。

尚、昨日の記事にあるように7000形70022018年7月11日をもって運用離脱した関係で岳南電車では富士急行1200形1206編成9000形として2018年11月に導入し、11月17日から営業運転を開始しました。明日の記事では富士急行の1200形について触れます。

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2019年9月 4日 (水)

岳南電車の車両達 電車編 1 7000形

今回からは岳南電車の旅客車両、まずは7000形です。


7001-170310-3
2017/3/10 岳南江尾 井の頭線時代を彷彿させるブルーグリーンになった7001


岳南鉄道では1981年に東急から5000系8両を譲受し、モハ5000形+クハ5100形の2両編成4本として使用して来ましたが、老朽化が進み、1996年から1997年にかけて京王3000系デハ3100形を譲り受け、両運転台化したのが7000形です。京王3000系のうち、デハ3100形は1971年から開始された3000系5連化プロジェクトで製造された1M方式の中間電動車で、広幅オールステンレス鋼製18.5m車体で扉は両開き3扉車です。3両が改造されました。改造は京王重機整備で施工されました。


車番の対応は
モハ7001 < デハ3103 1996/12/5 竣功
モハ7002 < デハ3101 1997/9/22 竣功
モハ7003 < デハ3102  同上


7002-170310
2017/3/10 吉原 2018年7月に運用を離脱してしまった7002 


譲渡に際して両端の窓を撤去し、原形とほぼ同様の橙色FRP製のカバーを取り付けた鉄製の運転席を新設、運転台設備や尾灯は京王初代5000系のものを流用し、補助電源装置としてSIVを設置しました。7002,7003の2両はジャンパ線により、総括制御運転が可能となっています。3両とも側面の行き先表示器は撤去されています。


7003-170310
2017/3/10 岳南富士岡 7003はこの日は車庫に

因みにデハ3101、デハ3102は井の頭線時代狭幅・片開き扉の第1・2編成に挿入された広幅・両開き扉の中間車として異彩を放っていた車両でした。

2016年3月20日、7001の塗装がブルーグリーンに変更となり、正面下部の行き先表示器はステッカーで再現されました。そして2018年7月14日をもって7002が運用を離脱しました。





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2019年9月 3日 (火)

岳南電車の車両達 電気機関車編 3 ED40形 ED402 ED403

岳南富士岡駅に留置されている電気機関車、最後はED40形ED402とED403 です。
これら2両の機関車は1965年に松本電気鉄道(現、アルピコ交通)が日本車輛製造に発注した機関車で、私もその存在は中学生のころ入手した朝日新聞社刊「世界の鉄道'69」で知っており、Hゴムを使用したスタイルから国鉄電気機関車の縮小版のようなイメージを持っていました。


Ed40-23-170310
2017/3/10 岳南富士岡

1950年代以降、増大を続ける首都圏の電力需要に対して安定的供給を行うため、梓川水系上流に奈川渡ダム、水殿ダム、稲核ダムを建設し、それぞれの安曇、水殿、新竜島発電所で3つの貯水池の水をやり取りする揚水式発電を行い、ピーク時に電力を安定的に確保する計画が立てられました。これらのダムはアーチ式コンクリートダムであり、その建設にために膨大な資材輸送が必要となりました。松本電鉄上高地線は梓川に沿って敷設されており、この線を利用するのがベストでしたが、1964年当時、同線には1926年製の30t級のED30形ED301が1両のみで、十分な輸送力の確保には程遠い状態でした。そこで松本電鉄は貨物輸送力増強のため、軌道を強化し、自重40t級軸配置Dタイプの機関車の新造を決定しました。


主要諸元


軸配置 Bo - Bo
軌間 1,067 mm (狭軌)
電気方式 直流750 / 1,500 V(架空電車線方式)
全長 11,750 mm
全幅 2,750 mm
全高 4,200 mm
運転整備重量 40.0 t
台車 NL-12
動力伝達方式 1段歯車減速吊り掛け式
主電動機 直流直巻電動機 NE-128 × 4基
主電動機出力 128 kW (電圧750 V・1時間定格)
歯車比 4.56 (73:16)
制御方式 抵抗制御、直並列2段組合せ制御
重連総括制御
制御装置 電空単位スイッチ式間接非自動制御
制動装置 EL14AS自動空気ブレーキ
定格速度 31.0 km/h
定格出力 512 kW
定格引張力 5,900 kgf

形式名は40tということからED40形とし、ED301の続番ということでED401は欠番とし、ED402が1965年10月に、ED403が1966年5月に竣工し、就役しました。


Ed40-2-170310-2

大手電機メーカである日本車輛製造が太平洋戦争後製造した唯一の地方私鉄向け電気機関車となりました。松本電気鉄道とは1964年まで旅客車両の製造で取引があり、本形式の製造にあたり、松本電気鉄道からの依頼に応じて電機品から台車まで一括で設計製造が行われました。

車体はED60形などの国鉄直流新型電機の影響を強く受けており、全溶接構造鋼製箱型車体ですが、側面に乗務員室扉はなく、車体両端のデッキと妻面の扉から出入りする旧型電機の方式を踏襲しています。上高地線はDC750Vですが、一般的なDC1500Vに対応可能な様に複電圧仕様となっています。
ダム建設の資材輸送は1967年にピークを迎え、年間25万トンの貨物輸送実績を残しました。1968年以降は激減し、ダム建設が完了した1969年には本来の用途を失い、一方で架線電圧昇圧工事を終了した岳南鉄道は強力な機関車を求めており、1971年に譲渡契約が成立、19721月26日付で竣功、原形式、原番号での導入となりました。


Ed40-3-170310-3

複電圧回路を備えていたことが幸いし、岳南鉄道入線に際して改造はほとんど行われませんでした。岳南では単機での貨物牽引のため重連運転用の各種機器は不要となり、総括制御用連結器は残されましたが、つり合い管、および元空気ダメ管とコックは撤去されました。前面窓のデフロスター、スノープラウも撤去されました。塗装はオリジナルはぶどう色1号一色塗装でしたが、403号機は日本大昭和製紙のコーポレートカラーのクリームと赤に改められ活躍しました。
貨物営業が2012年3月16日をもって終了したため、用途を失い休車となり、ED403はそれ以前からMGが故障していたため廃車となり、ED402のみが籍を残す状態となっています。




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