2021年1月 5日 (火)

2020年の御用納め、18切符で再び長野へ その2 姨捨から長野へ

 2020年12月28日の長野日帰りの旅、松本駅周辺を歩いた後は篠ノ井線の列車で長野へ。

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Dsc00555
松本を出て45分で姨捨駅に到着。ここからの車窓風景は肥薩線の矢岳越え、根室本線の狩勝越えと並び日本三大車窓と言われています。眼下に善光寺平が広がります。

長野には1時間13分で到着です。今回、事前に長野駅発着のしなの鉄道線、北しなの線の時刻と車両の運用を調べて来たので、

Dsc00565edit_20210104212501 電留線に停車しているお目当てのS9編成が14:36発の軽井沢行きであることはすぐに分かりました。

Dsc00566_20210104212701
北しなの線からは湘南色のS3編成、

Dsc00585 スカ色のS16編成もやってきました。生憎、ろくもん編成は検査で入場中でしたが、何よりも未遭遇だった台鉄カラーに会えたのは収穫でした。

Dsc00627
SR1も予定通りやって来ました。

14:36発の軽井沢行きのホーム横付けの姿を撮影した後、長野電鉄の地下ホームへ移動。善光寺下まで乗車、徒歩10分程度で長野電鉄が地上に出るポイントへ。

Dsc00668
ここで2020年から長野電鉄で活躍を開始した元東京メトロ03系の3000系を撮影することもできました。

Dsc00673 帰りは本郷駅まで歩き、長野駅まで乗車。

長野から16:06発の甲府行き、甲府着19:16、甲府発19:45大月行き、大月着20:33、大月20:50発の中央線特別快速、国分寺着21:56.国分寺22:00、一橋学園22:03で無事帰宅しました。
往路は5:17~12:22、復路は16:06~22:03で往路は松本での接続待ちが90分ありましたが、長野での滞在時間的には有意義な日帰りの旅となりました。

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2021年1月 4日 (月)

2020年の御用納め、18切符で再び長野へ その1 松本まで

2020年は1月末のクルーズ船から始まり、新型コロナウイルスの蔓延に世界が翻弄された年となりました。3月下旬から5月上旬の第一波、6月には一旦終息の気配を見せるものの、7月から9月にかけての第二波、そして11月初旬、冬の気配が近づくとこれまでの感染者数を遙かに超える新規感染者、そして重症者の増加でまさに医療逼迫の年越しとなってしまいました。安倍政権時代の2020年4月7日に緊急事態宣言が出され、5月25日に解除されましたが、第三波における全国新規感染者数は第二波のピーク時全国1500人に対して4500人、重症数は280人に対して700人弱とこれまでの人数を遙かに上回るものとなっています。この事態に対して首都圏の知事達は政府に緊急事態宣言のさい発令を要請したというニュースも流れている年明けとなりました。

そんな中、政府が進めて来たGoToトラベルキャンペーンは遅まきながら12月28日から一時停止となりましたが、私は2018年晩夏の信州旅行シリーズの今後の記事の材料として、長野電鉄には東京メトロから3500・3600系を置き換えるために,2020年から同じ日比谷線の後継車の03系が譲渡され,3000系として活躍を開始しており、しなの鉄道ではJRから譲渡され活躍を続ける115系に各種の特別塗装(ラッピング・イベント塗装)車が登場し,中でも2018年に重要部検査を受けた後、台湾鉄道EMU100型電車風の塗装を纏い、「台湾自強号色」として運行されるS9編成、そしてJR東日本E129系と同型のsustinaS23によるSR1系を是非,記録しておこうと思い、小平から18切符で長野まで往復してきました。

Dsc00448 2020/12/28 一橋学園 世間的には御用納めの月曜の朝でしたが、同駅の一番列車でまず国分寺へ

Dsc00449 国分寺5:33発の高尾行きに乗車

Dsc00451 5:58 高尾駅3番線に到着、4番線には同じE233系の大月行き1451Mが待っており、3分の接続で発車

Dsc00460 このE233系6連は大月で富士急行線からやってくる4連のパートナー編成を併結して東京方面に戻ります。2018年8月31日に同駅で目撃した光景と同じでした。

Dsc00458 大月では富士急行で活躍する元国鉄・JR東日本の205系(6000系6003編成),田の字窓の初期編成とも遭遇

Dsc00454 大月からは6:54発の高尾からやってくる427Mで松本へ
早朝の便で乗客が少ないこと、コロナウイルス蔓延に伴う措置として各駅でドアが全開されることなどもあり、211系6連の車内の温度はかなり低温となっていました。沿線の様子を見ていると、小淵沢までは雪などありませんでしたが、小淵沢から先、信濃境、富士見あたりではかなりの積雪があり、茅野に抜ける頃には雨に変わっており、そこから先は晴天、松本到着時も晴天でした。

Dsc00468 9:35松本に定刻に到着。篠ノ井方面の普通列車は11:09までないので、駅周辺を散策。

Dsc00498 松本駅西口(アルプス口)が抜け、南下、アルピコ交通(松本電鉄)上高地線の西松本駅、

Dsc00502 JR東日本の松本運輸区、車両センターの前を通り、

Dsc00523 東口(お城口)から再び駅構内へ

Dsc00538
アルピコ交通上高地線にはかつて活躍したモハ10系の塗装を模した3003-3004編成が入線中


Dsc00550 松本からは長野~松本間のシャトル運用に投入されているE127系100番台2両編成で長野へ

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2020年12月25日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 65 長野電鉄で短縮版小田急ロマンスカーHiSEに乗車

2018年晩夏、信州の旅、長野電鉄の車両をいろいろと見てきましたが、最後は2005年に小田急電鉄から2編成、無償譲渡された1000系愛称「ゆけむり」です。

1000-s1-091231_20201224184301 2009/12/31 須坂 S1編成

1000-s2-091231 2009/12/31 須坂 S2編成

小田急における10000形HiSEに関しては2019年6月13日の記事で触れました。小田急時代は11車体12台車の連接車で4編成(10001,10021,1004110061)在籍しましたが、50000形VSE車の投入で余剰となり、10021、10061の2編成がまず2005年に廃車されました。譲渡に当たり中間車7両が抜かれ、4車体5台車の連接車となりまいた。その後10041編成は2011年6月16日に運用離脱、10001編成は2012年3月17日のダイヤ改正で運用離脱しました。10001編成の新宿より先頭車は小田急ロマンスカーミュージアムにて展示されるそうです。

1000_20201224114501

改修工事は愛知県豊川市の日本車輌製造豊川製作所にて施工されました。2006年12月9日より長野~湯田中間のA特急「ゆけむり」として運転が開始されました。

1000-s1-180901 2018/9/1 湯田中 S1編成 デハ1001展望席 運転席に入るためには台に上り、天井から階段を下す必要があります。

 1000-s1-180901-edit  展望席から見た前方。車内に段差を設け高床構造にしたことがバリアフリー化で問題となり、小田急からの引退に繋がったと言われています。

2018年の旅行では湯田中から長野に戻る行程で1000形に乗車することができ、人気の先頭車ではなく最後尾からの展望を楽しめました。

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2020年12月18日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 60 長野電鉄2100系となったJR東日本253系 その2

JR東日本でお役御免となった直流電車は長野総合車両センターに回送され、解体の時を待ちます。253系3両編成9本も2009年9月末の運用離脱後、同センターに回送され、2010年9月には6連で活躍した編成も含めて、0番台編成は全車除籍されました。

253-ne107-090913 2009/9/13 成田 JR東日本時代のNe-107編成

253-ne108-061123 2006/11/23 戸塚 JR東日本時代のNe-108編成

その中からNe-107 、Ne-108の2編成が長野電鉄への譲渡が決まり、2010年7月、東急車輌製造横浜製作所へ回送されました。同所には東武直通特急として第二の車生を送ることになったNe-202編成も入場しており、同年12月23日、転用改造を終えた2編成は屋代駅まで甲種回送され長野電鉄に入線しました。

2100

長野電鉄での形式称号は2100系となり、編成番号はE1,E2となりました。2011年2月26日から運行が開始されました。運用開始にあたり、ワンマン運転対応設備が装備されました。かつてのグリーン個室は「Spa猿〜ん」の愛称が付けられ、4人用個室指定席とされ、開放室の回転式リクライニングシートはそのまま残されました。また普通室の集団見合いシートもそのまま残されています。こちらは自由席です。
湯田中向きから1~3号車で

1号車 運転室・4人用個室(4席)・普通席(40席)
2号車 普通席(42席)
3号車 運転室・普通席(48席)

2100-180901
2018/9/1 信濃竹原駅で行き違いをするE1編成 塗色はJR東日本当時と変わらず。連結器は電連が撤去され、小型密着自連となりました。

2100-180901_20201217191501 2018/9/1 須坂車庫 E2編成は2012年に長野電鉄の塗色に

愛称の「スノーモンキー」は公募で決定したものですが、山ノ内町地獄谷温泉にある野猿公苑の冬場に温泉に入ることで世界的に知られる野性のニホンザル(Macaca fuscata)にちなんだものになりました。

Dsc05865 2018/9/1 湯田中駅の地獄谷野猿公苑紹介パネル

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2020年12月17日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 59 長野電鉄2100系となったJR東日本253系 その1

今回は長野電鉄2100系スノーモンキー」として活躍する元JR東日本253系特急車両の話題です。

東京都心と成田空港(開港時、運行開始時点では新東京国際空港)間50-60kmを結ぶ鉄道として当初は成田新幹線が計画されていました。しかし騒音公害問題などによる自治体や沿線住民による反対運動の激化で計画・建設は中止されました。空港自体の建設も難航し、千葉県内の道路・鉄道などのインフラ建設は大幅に狂い、1978年5月の開港時には京成電鉄が成田空港駅(現在の東成田駅)までの「スカイライナー」の運行を開始したものの、ターミナルには直結せず、有料バスでの乗り継ぎを余儀なくされることもあり、利用客は伸びませんでした。首都高速・東関東自動車経由の高速バスも渋滞による遅延のため時間が読めない問題点がありました。
1987年、成田新幹線の路盤と空港第一ターミナル直下の駅施設を活用し、JR東日本と京成電鉄が成田空港に乗り入れる上下分離方式案(成田空港高速鉄道)の整備が決定され、1991年に開業に漕ぎつけました。

253-ne01-030304 2003/3/4 恵比寿 Ne-01編成

JR東日本が都心や周辺地域と成田空港ターミナルのアクセス特急として用意したのが「成田エクスプレス」で1990年から2002年に渡り、東急車輛製造、近畿車輛で111両が製造された253系特急車両が運用されました。1991年3月19日のダイヤ改正から営業運転が開始されました。

主要諸元
最高運転速度 130 km/h(0・200番台)120 km/h(1000番台)
設計最高速度 130 km/h
起動加速度 1000番台:2.0 km/h/s
減速度(常用) 0番台:4.0 km/h/s 1000番台:5.2 km/h/s(増圧時)
編成定員 290名(6両編成)
編成重量 203.3 t(6両編成)
全長 20,000 mm
全幅 2,946 mm
全高 3,995 mm
車体 普通鋼
台車 ロールゴム軸箱方式ボルスタレス台車 DT56形(電動車)・TR241形(制御車・付随車)
  軸梁式のDT69形(電動車)・TR254形(制御車・付随車) 
主電動機 直流直巻電動機 MT61形(0・200番台)かご形三相誘導電動機 MT74A形(1000番台)
主電動機出力 120kW
駆動方式 中空軸平行カルダンたわみ板継手方式
歯車比 17:82 (4.82)
編成出力 1,920 kW(6両編成 4M2T)
制御方式 抵抗制御・直並列組合せ制御・弱め界磁制御・界磁添加励磁制御(0・200番台)VVVFインバータ制御(1000番台)
制動装置 電気指令式空気ブレーキ (回生ブレーキ・抑速ブレーキ付き)
保安装置 ATS-SN・ATS-P・ATC-5(使用停止)(0・200番台)ATS-SN・ATS-P・東武形(T型)ATS(1000番台)

1992年に鉄道友の会からローレル賞を授与され、さらに第4回ブルネル賞の近距離列車部門最優秀賞も受賞しました。

253-ne101-090918 2009/9/18 成田 Ne-101編成 リニューアル後

車両デザイン開発はGKインダストリアルデザインが担当し、車体のカラー白・灰・赤・黒は「北極圏の白」、「成層圏の灰色の空」、「地平線に輝く赤い太陽」、「果て無き黒い宇宙」をイメージしています。

253-ne103-090913 2009/9/13 酒々井 Ne-103編成を先頭にした3+3+6編成

製造は5次に渡り、
1次車1990年に製造され
クロ253(Tsc)-モハ253(M)-クモハ252(M'c)
の3両編成でクロ253は前部にコンパートメント(個室・定員4名)と後部の開放式グリーン室(定員20名)からなり、開放式グリーン室の座席が1人掛け座席を2列配置の0番台と2人掛け座席と1人掛け座席を千鳥配置した100番台の2タイプが用意され、前車が編成番号(Ne01-11)、後車が(Ne101-110)と計21編成、63両製造されました。普通車の座席は荷物を置く空間を確保するため片持ち式の2人掛けの非リクライニング座席を向かい合わせに固定したボックス式クロスシートが装備されました。

2次車から4次車はモハ253-100(M1)-モハ252(M')-サハ253(T)の中間車3両から構成され、
1992年に6本、1994年に4本、1996年に2本製造(計36両)され、Ne01-11、Ne101編成に組み込まれ6連化されました。

253-ne201-090918 2009/9/18 成田 Ne-201編成

5次車2002年日韓サッカーワールドカップ開催に伴う輸送力増強のための増備車で6両編成2本(Ne201,Ne202編成の計12両)が東急車輛製造で製造されました。台車や車内設備の変更で200番台(M1車は300番台)に区分されました。
2002年と言えば、電車の制御システムはVVVFの時代となっていましたが、従来車との共通化のため、界磁添加励磁制御方式が踏襲されました。そのために中央・総武緩行線で使用されていた205系を武蔵野線に転用する際にVVVF化で捻出された主電動機、主制御器、励磁装置、断流器、誘導分流器が再利用されました。
この界磁添加励磁システムの再利用の思い出されるのが101系の製造が長く続いた際にMT46A電動機を新造せずに151系の181系化改造で余剰となったMT46Aを新造された101系に流用した件です。
グリーン車の開放室は座席を2+1人掛け(両端は1+1人掛け)に変更し、定員は28人となりました。普通車は従来の固定式クロスシートから2人掛けの回転リクライニングシートに変更されました。

5次車の登場に伴い、在来車の更新改造もなされ、グリーン車クロ253形の6両編成組み込み車両(1 - 11・101)は従来の座席を撤去して5次車と同一仕様の座席に交換し、定員が8人増加しました。3両編成組み込み車両(102 - 110)は開放式グリーン室を普通室に変更し、クロハ253形(1 - 9)に形式変更されました。座席は5次車と同一の回転リクライニングシートに変更され、普通室の定員は40人となりました。普通車はボックスシートから集団見合い式シート配列に変更されました。

2009年10月1日以降、後継のE259系が「成田エクスプレス」に投入され、まず3両編成が運用離脱、2010年6月30日を以って、全編成がE259系に置き換えられました。

2010年11月、車歴の浅い5次車は大宮車両センター(Ne-201)、東急車輛製造横浜製作所(Ne-202)に入場し、1000番台化改造を受けました。これらの編成は東武日光・鬼怒川線直通特急「日光」「きぬがわ」に使用されるため内外装のリニューアル、制御装置のVVVF化、オール普通車化、前面貫通扉閉鎖、電気連結器の撤去など改造を受け、2011年春から運用される予定でしたが、東日本大震災の影響による計画停電などで東武直通特急が運休となり、2011年6月4日から運用に投入されました。

2010年9月までに1~4次車の編成は全編成除籍されましたが、2010年6月、長野電鉄はNe-107、Ne-108の2編成の譲受を発表、愛称は公募により、「スノーモンキー」に決まりました。

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2020年12月16日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 58 湯田中駅あれこれ

東急8500系の話題で大分、横道にそれましたが、再び2018年晩夏の信州旅行の話題に戻ります。

Dsc05854 2018/9/1 湯田中駅ホームに繋がる改札口

Dsc05856 駅舎

信州中野駅から長野線の普通列車に乗車、終点の湯田中までやって来ました。当駅は1927年4月28日の開業ですが、これまでに何度か出てきましたが、信州中野から当駅までの区間は線名が何度も変わっており、開業当初は平穏線(平穏はこの地域の字の名前1927年8月27日からは山の内線(山の内は町名)、2002年9月18日からは長野線の駅となっています。

Dsc05857 周辺案内図 周辺に湯田中、安代(あんだい)、渋、沓野、上林、地獄谷、角間、星川、穂波、新湯田中と多くの温泉があり、志賀高原、北志賀高原が存在する山ノ内町

Dsc05863 駅の北側、湯田中温泉街の入口

駅名が示すように湯田中温泉の最寄り駅であり、志賀高原への玄関口の役割も持つ駅で、1990年代には志賀高原駅と言う駅名に改称する動きもありましたが、地元の温泉組合の猛反対で白紙撤回されました。
Dsc05858 旧1番線、右手に対して線路を付け替えて現在のホームが新設されました。

Dsc05861 旧駅舎を改装して湯田中駅前温泉 楓の湯に

かつて2006年8月末までは2面2線式の相対式ホームで、旧1番線に隣接した旧駅舎は「湯田中駅前温泉 楓の湯」という日帰り入浴施設となっています。湯田中駅は40‰の勾配を登りきった所にあるため、信州中野方面にホームを延長することが出来ず、2面2線式の頃は3両編成以上の列車が入線する際は駅の奥の延長線(200m)まで行き、そこでスイッチバックしてホームに入線していたそうです。

1000系(元小田急ロマンスカーHiSE)が営業運転を開始すると、同系の場合、運転席間の移動に時間がかかることから、湯田中駅でのスイッチバック方式の入線は廃止されることになりました。

平穏線は1.8km先の渋温泉付近の渋安代まで建設される計画でした(1920年7月26日の地方鉄道敷設免許申請)が未着工で1931年7月14日、免許失効、戦後の1949年5月10日、再び同区間(1.3km)の延伸免許が交付されますが1958年5月13日に失効しています。

かつては湯田中駅まで国鉄列車が乗り入れており、最初の乗り入れは1937年1月2日の長野駅経由でした。同年7月17日には屋代駅経由の列車も乗り入れました。国鉄からの乗り入れも1982年11月15日のダイヤ改正(東北新幹線本格稼働・上越新幹線開業)で上野発着の急行「志賀」の廃止で終了となりました。

因みに急行 志賀号は1962年3月1日からキハ57系で運転、1963年10月には碓氷峠の電化などで165系となり、1日2往復に、1968年10月には169系化され、愛称は「信州」に、1969年には再び「志賀」に戻され、1978年1往復が季節列車化、1982年11月の改正で廃止となりました。志賀号の貴重な写真はこちらのサイトに。

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2020年12月15日 (火)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 57 東急8000系・8500系、長野電鉄以外に譲渡された車両 秩父鉄道編

東急8500系は秩父鉄道株式会社にも譲渡され、同社の7000系となっています。

7000-7001-100425 2010/4/25 熊谷

7000-7201-100425
2010/4/25 羽生

1986年から1989年にかけて国鉄101系を導入した1000系の老朽化、置き換えのため導入されたもので、8500系8両
デハ8509、8609
デハ8709、8809、8745、8830
サハ8950、8926       が譲渡され、
デハ8509-サハ8950-デハ8609 の3連が デハ7001-サハ7101-デハ7201 (M1c-T-M2c)
デハ8709-サハ8926-デハ8809 の3連は両端を先頭車に改造し、デハ7002-サハ7102-デハ7202 としました。
デハ8745・8830の2両は部品供給車でした。

第2編成の先頭車も貫通路はないものの、オリジナルの先頭車と同様の形状となりました。

7000-7201-130928-2 2013/9/28 熊谷

2009年3月26日から営業運転が開始され、秩父鉄道としては最初の界磁チョッパ制御方式の車両となりました。東急の方針変更で7000系は2編成となり、以降の譲渡は東急8090系による7500・7800系となりました。

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2020年12月14日 (月)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 56 東急8000系・8500系、長野電鉄以外に譲渡された車両 伊豆急行編

先日の記事にも記述しましたが、東急8500系は長野電鉄の他、伊豆急行、秩父鉄道、インドネシアのPT. Kereta Api、PT Kereta Commuter Indonesiaにも譲渡されました。

8005-t5-070304-2 2007/3/4 熱海 伊豆急8000系 4+2両編成の時代 T5 8005

8252-t12-070304_20201213084101 同 T12編成 8252

伊豆急行の場合、1990年代後半になると1961年12月の開業時から運用されてきた100系の老朽化が進み、その取替が検討されました。最初に候補に挙がったのは親会社の東急8000系でした。しかし東急でもその当時は8000系を廃車にする予定はなく、当面のつなぎ役として導入されたのがJR東日本の113系、115系200系として導入されました。2004年に漸く8000系が導入され、200系と2100系リゾート21」2編成が置き換えられました。2005年度には8500系デハ8700形が1両導入されました。伊豆急ではデハをクモハ・モハにして形式名等は8000のままにしています。

8000_20201213073401
導入時の8000系/8500系編成 4x7+2x6=40両
T1~T7は4両編成で 熱海・以東←クハ8000ーモハ8200ーモハ8100ークハ8000→伊豆急下田 で熱海よりクハ8000形(8011~)にはSIVを搭載、伊豆急下田よりのクハ8000(8001~)にはCPが搭載されています。モハ8100とモハ8200はユニットを組み、前車がM1、後車がM2で主制御器とパンタはM1に、M2にはCP、SIV、パンタが搭載されています。モハ8200形にはトイレが設置されました。
T11~T16は2両編成でT11編成のみクハ8050形8051が存在しましたが、空転・滑走の多発で電装化され、クモハ8250形に改造されました。T12編成以降はCM1-CM2化され、クモハ8250ークモハ8150となりました。

T12編成のデハ8723(→8152)が唯一、8500系由来の車両です。8049と8723で2両編成化の試作車が2004年11月に先行改造されました。

80003
青背景はトランバカテル 2012/4/27まで

2008年度にさらに5両導入され、既存の4両、2両編成が分割され、3両編成が15編成組成されました。
A編成:TA1~  4両編成の熱海側2両と2両編成の伊豆急下田より1両から組成された3両編成 クハ8000ーモハ8200*ークモハ8150
B編成:TB1~  4両編成の伊豆急下田より2両と2両編成の熱海より1両から組成された3両編成 クモハ8250ーモハ8100ークハ8000*
(*)はトイレ付き車両


8151-090813

8251-090813-3
2009/8/13 熱海 トランバカテルラッピング編成 3+3化後

8002-170318 2017/3/18 伊東 TB2編成

8013-170318-2 2017/3/18 宇佐見 TA3編成

8152-170318 2017/3/18 伊東 TA7編成 クモハ8152は唯一の東急8500系由来




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2020年12月11日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 55 東急8500系、長野電鉄でも8500系 その2

昨日の記事にあるように8500系2003年から置き換えが開始されました。東急で廃車になった車両は2005年から譲渡が始まりました。
譲渡先は長野電鉄、伊豆急行、秩父鉄道の国内3社とインドネシアのPT. Kereta Api、PT Kereta Commuter Indonesiaです。

8500-8501-180901 2018/9/1 須坂 8500系のトップナンバー(東急、長電どちらにおいても)

長野電鉄には
2005年度 3両編成2本+部品取り用2両 8両
2006年度 3両編成2本 6両
2008年度 3両編成2本 6両     計20両 が譲渡され、系列名は東急と同じ8500系となりました。2011年度まで譲渡が続く予定でしたが、事情により中断しているとのことです。

8500-8513-091231-2 2009/12/31 須坂 長野より先頭車は8603から8513へ

形式別には
デハ8500形 8501, 8502, 8503, 8505, 8524 (8505,8524は8504,8505に改番)
デハ8600形 8601, 8602, 8603, 8605, 8624 (8511-8515に改番)
デハ8700形 8718(部品取り)、8730(先頭車化8506に)
デハ8800形 8824(同上)・8841(先頭車化デハ8516に)
サハ8900形 8903・8905・8908・8910・8920・8944(8551・8553・8552・8554・8555・8556に改番)

これらから、形式的には
8500_20201210111101

湯田中←デハ8500-サハ8550-デハ8510→長野 が6編成(T1~T6)となりました。T1~T4編成の補助電源装置がMGであるのに対してT5.T6編成はSIVに、T6編成の先頭車はどちらも中間車からの改造車となりました。

8500-8505-180901
2018/9/1 第5編成以降は前面にスカートが付きました。

8500-8516-091231-2 2009/12/31 須坂 8500系の場合もともと食パンスタイルのため、中間車から改造の先頭車も本来の先頭車とそれほど違和感はありませんが・・・。HM用のステイが付いているのもこの編成の特徴です。そのためにナンバーの掲出位置が他の編成と異なっています。

T1・T2編成の投入により、3500系2000系の一部が置き換えられました。8500系は長野電鉄では初の運転台にワンハンドル式主幹制御器を装備する界磁チョッパ制御車で、さらにLED式行先表示器、車内案内表示器(千鳥配置)、ドアチャイム、車椅子スペースが設置され、ワンマン運転用に車内チャイム付自動放送装置も搭載されています。
譲渡にあたり、降雪の多い地域を走るため、客用ドアの凍結対策としてドアレールヒーター、ブレーキ力の低下を防ぐ耐雪ブレーキ装置、長時間停車時の車内保温対策として3/4ドアカット機構が追加装備されました。回生ブレーキ機構は引き続き維持されていますが、ブレーキ失効速度は東急時代の22km/hから25km/hに変更されました。これに伴いブレーキシュー(制輪子)はレジン製から鋳鉄製に交換されました。勾配用の抑速ブレーキは装備していないので、30~40‰の勾配が連続する信州中野駅 - 湯田中駅間には入線できません。
諸々の改造は東急テクノシステムが担当しました。

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2020年12月 8日 (火)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 52 日比谷線3000系から長野電鉄3500・3600系へ その2

営団地下鉄では1990年に、3000系初期車の経年が30年を迎えることで1980年代後半に後継車両の新製が計画されました。1988年にはそれまでのトンネル冷房から車両冷房化に方針転換したこともあり、後継車03系の製造は1988年夏から開始されました。03系1次車(01・02編成)は輸送力増強用として製造されましたが1989年製造の2次車からは3000系の置き換えが開始され、1994年7月23日に03系の増備完了に伴い、3000系の営業運転は終了となりました。

18m車体ということで譲渡の照会はおおくありましたが、車両まるごと譲受したのは長野電鉄のみで、1993年度から1997年度にかけ2両編成15本、3両編成3本の39両が譲渡されました。2両は予備部品確保用で、譲渡に当たり、片側の制御電動車のパンタグラフの撤去、耐雪ブレーキの新設、主抵抗器容量の増大、側扉のレールヒータ新設と半自動化、運転室前面下梁の強化、列車無線の交換、3両編成3600系の湯田中より制御電動車の制御車化といった改造が行われました。長野電鉄では2000系の機器更新用に制御装置、ブレーキ装置、FS510形台車12両分なども譲受しましたが、実際に使用されたのは1999年のA編成の更新時に3両分が使用されたのみでした。

3500-3506-091231

2009/12/31 須坂 N6編成 モハ3500-モハ3510 

3500-3535-091231 2009/12/31 須坂 O5編成

3500-3536-180901
2018/9/1 須坂 O6編成 NAGADENロゴと赤帯が消され営団時代の姿に戻り、運用されていました。

O編成はモハ3520-モハ3530で木島線内での車内運賃接受用に運転台後部にバス用運賃箱と運賃表示器が設置された編成 O1~O6

3500-l1-091231-2 3500-3652-091231
2009/12/31 須坂 L1(上)L2(下)編成 クハ3650-モハ3600-モハ3610 L1~L3 3600系は既に全廃

35003600 3500系3600系として導入された営団3000系 番号対照表

2020年1月からは東京メトロ03系が入線し、3000系として活躍を開始しており、2022年までには全廃される予定です。

一方、3000系の走行機器類は
富山地方鉄道1991年、京阪電鉄初代3000系を譲受した際に軌間を1435mmから1067mmにするために営団3000系のダイレクトマウントFS336台車が使用されました。
日立電鉄には1992年・1993年、営団銀座線の2000系を譲受した際に営団3000系のFS510形台車、パンタグラフ、主電動機、暖房装置、空気ブレーキ装置などが流用され同社の2000・2200・3000形となりました。
銚子電気鉄道には日立電鉄から2000形が譲渡され、デハ1000形となりましたが、同形式には営団3000形の主電動機とパンタグラフなどが使用されています。
富士急行に京王初代5000系が譲渡された富士急行1000形になりましたが、同形式には営団3000系のFS510形台車と主電動機が使用されています。
一畑電気鉄道にも京王初代5000系が譲渡され、2100系・5000系となっていますが富士急行1000形同様に営団3000系のFS510形台車と主電動機が使用されています。

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