2019年1月 8日 (火)

41年ぶりの身延線甲府~富士間の旅 その5 身延線の旧形国電 クハ66・モハ62

1977年9月の旅行で撮影した身延線の旧形国電シリーズ、最後は1974年に身延線用に登場した115系もどきクハ66、モハ62形です。

66002770923_dt13 1977/9/23 富士 クハ66002
車体は新品、足回りに目を転じると旧形国電とわかる電車です。クモハ73が種車のため、台車もクモハ73でよく見かけた電動台車です。

TcMMTcの4連3本が登場し、種車はクモハ73、モハ72、クハ79で鷹取工場、長野工場、郡山工場でアコモデーション改造を受けました。車体は115系300番台とほぼ同じで貫通扉付運転台、1300mm両開き扉、ユニットサッシ窓装備となりました。冷房装置や側面行先表示器の準備工事はなされていません。

66303_770923
66303_770923_tr48 1977/9/23 富士 クハ66303
クハの台車もいろいろな形式があったようです。こちらはクハ79でよく見たタイプです。

72系の台枠に近郊型タイプの裾絞り車体を合わせるため、この写真のように車体の下部に折り目が見えます。

モハ62000 クモハ73012 鷹
モハ62001 クモハ73172 鷹
モハ62500  モハ72533 鷹
モハ62501  モハ72569 鷹
モハ62502  モハ72576 郡
モハ62503  モハ72632 郡
クハ66000  クハ79236 鷹 
クハ66001  クハ79186 鷹
クハ66002 クモハ73118 長
クハ66300  クハ79373 鷹
クハ66301  クハ79423 鷹
クハ66303  クハ79439 長

身延線の狭小トンネル対策でパンタグラフ折り畳み高さを下げています。また身延線の他の旧形車両との併結のため、前面幌枠は旧形国電用のものを装備しました。

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2019年1月 7日 (月)

41年ぶりの身延線甲府~富士間の旅 その5 身延線の旧形国電 クモハ51・クハ68

1977年9月の身延線の旅で撮影した旧形国電、今回は1936年から1943年にかけて鉄道省が製造した3扉セミクロスシート車のグループ、国鉄51系に属するクモハ51形・クハ68形です。

51800_770923 1977/9/23 身延 クモハ51
この当時としても珍しい腕木式信号機が印象的です。

セミクロスシート車は30系・31系17mロングシート車、40系3扉ロングシート車、32系2扉クロスシート車(横須賀線用)、42系2扉クロスシート車(東海道・山陽線吹田~須磨間電化)といった歴史を経て、ラッシュ時、データイム双方における利便性を考慮して、51系において初めて登場した座席配置方式でした。

オリジナル車は
モハ51形 51001-51057 片運転台、車体後位にパンタ
モハ54形 54001-54009
モハユニ61形 61001-61003
クハ68形 68001-68020
クロハ69形 69001-69011
から構成されていました。

モハ51形は車両製造技術が進歩している時期の登場であったため、製造年次で形態が変わり、
1936年製造 従来型ヘッドライト、布張り屋根、軽合金製客用ドア
1937年前期製造 砲弾型ヘッドライト、鋼板屋根、ランボード2列
1937年後期製造 張り上げ屋根
1938年製造 半埋め込み式ヘッドライト、木製客用ドア となりました。

51810_770923 1977/9/23 撮影場所不明 クモハ51

57両のオリジナル車の他、モハ40、モハ41、モハ42からモハ51に編入された車両、一方でセミクロスシートをロングシート化し、モハ41にした車両、戦後の復元などで多くの車両が変化を受けています。

身延線のトンネルは中央東線同様に狭小のため、パンタの高さ制限を受けるため、身延線に配置換えとなったクモハ51は低屋根化改造を受け、800番台となりました。このうち、モハ42形からの改造車(202、204)はパンタが前位にあったので、改造の際に後位に移設し、低屋根化され、850番台となりました。

1975年当時の静ヌマのクモハ51の配置データは
クモハ51 800、802、806、810、812、814、816、818、820、822、824、826、828、830、850、852 でした。

クハ68はオリジナル以外に、昨日のクハ55の記事で紹介したようにクロハ59形からの改造、戦後、クハ55形に改造された車両の復元などでかなりの車両が改造による変化を受けています。

1975年当時の静ヌマのクハ68の配置データは
クハ68 019,093,095,103,107,109 でした。

クハ68019はクロハ59014からクハ68034に改造され、さらにクハ55148に改造、さらにクハ68019に復元された車両です。
クハ68093、095、103は半流型のクハ55形がセミクロスシート化改造を受け、クハ68に編入されたものでした。
クハ68107、109はサロハ46形101、102として製造された後、46015、46015に改番され、クロハ59023、59024に改造、さらにクハ55107、108に改造、最後にセミクロスシート化されクハ68になった車両です。

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2019年1月 6日 (日)

41年ぶりの身延線甲府~富士間の旅 その5 身延線の旧形国電 クハ55

1977年9月の旅で撮影した身延線の旧形国電、今回はクハ55です。

55770923 1977/9/23 身延

クハ55形国鉄40系として分類される1932年から1943年にかけて鉄道省が製造した車体長20m級3扉ロングシート車で、
モハ40形 三等制御電動車 両運転台 40001-40080
モハ41形 三等制御電動車 片運転台  41001-41055
クハ55形 三等制御車 片運転台  55001-55096
サロハ56形 二等三等付随車  56001-56013
サハ57形 三等付随車  57001-57047
モハ60形 モハ41の出力向上型  60001-60126
クハニ67形 三等荷物合造制御車  67001-67008    
の7形式 425両から構成されていました。

クハ55形は1932年から1943年にかけて、96両が製造されましたが、001-019は大阪地区向けでした。1934年と1935年製造の11両は当初、55100-55110と100番台に区分されていましたが1936年4月に55020-55030に改番されました。その後、1938年に東京向けに55062まで増備され、55063,55064は大阪向けに、1940年製造の55065-55082、1941年製造の55083-55085も大阪向けに製造されました。

長期に渡って製造され、さらにこの時期は流線形が流行した時期でもあり、運転台、前面の形態が変化しているのが特徴です。
  年次         前面形状  運転室
1932年1933年       角型    片隅小
1934年1935年1次      角型    片隅大
1935年2次         半流    片隅大
1936年~1942年     半流    全室     

身延線で遭遇したクハ55は上の写真のように角形の前面スタイルでした。ただ私個人としては、小学生の頃、荻窪駅などで見ていた総武・中央緩行線のクハ55といえば、半流形、大阪旅行の阪和線で撮影したクハ55も半流形だったので身延線のクハ55は新鮮でした。

改造による編入
1)クロハ69形をクハ55形に
大阪地区の51系に分類されるクロハ69形の座席をロングシート化してクハ55形に改造
55097-55105   オリジナルの続番として編入
戦後、一部はクロハ69形に復元されました。
2)クロハ59形をクハ55形に
緩行電車の二等車廃止で42系に分類されるクロハ59形の車体中央部に扉を増設し、最初はクロスシートのクハ68形に改造していましたが、1942年年3月で改造内容はロングシートのクハ55形への改造に切り替えられました。
55106-55114 1)の続番で編入 
3)クハ68形からクハ55形へ
クハ68として新製された20両と2)でクロハ59から改造されたクハ68の16両の計36両
55115-55150

戦災で14両、事故で1両が除籍されています。

1955年度にクハニ67形の不足を補うためにクハ55形6両がクハニ67900番台に改造されました。
戦後、モハ40形、モハ41形は電動機を交換して出力増強し、モハ61形、モハ60形となりましたが、戦災復旧の際に電装解除されたモハ60016はクハ55200になりました。

1952年3月に京浜東北線、中央線用に連合軍指定解除のクハ55形4両が半室二等車として復活し、クロハ55形となりました。

1959年から1961年にかけて常磐線増結用として36両のサハ57形の前位に運転台を増設し、クハ55形300番台となりました。

地方線区での使用のため便所を設置する改造がクハ55形、サハ57形になされ、0番台は400番台に、300番台は430番台となりました。

1975年の静ヌマのクハ55配置データは
クハ55 301、319、440、441  

とのことで、出自的には常磐線増結用にサハ57に運転台を取り付けた300番台とその便所付き改造車が当時、身延線で生き残っていたことが分かりました。

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2019年1月 5日 (土)

41年ぶりの身延線甲府~富士間の旅 その5 身延線の旧形国電 クハ47

身延線で活躍する車両、今回からは電車編です。

現在はかつて165系などが使用された急行「富士川」が特急「ふじがわ」となり、373系が使用されており、ローカル列車には313系3000番台、3100番台、2300番台、2500番台(211系6000番台と併結:西富士宮~富士間と東海道本線直通)が使用されているようです。

1977年9月の旅ではいろいろな形態の旧形国電に出会いました。

47_7709232 1977/9/23 撮影場所不明 クハ47

最初は32系に分類されるクハ47形です。この系列は1930年から1932年にかけて鉄道省が横須賀線向けに製造した、2扉クロスシート車を便宜的に総称したもので、
新製時は
モハ32形 001-045  17m車体
サロ45形 001-013
サロハ45形 001-013 1936年に014-017に改番され42系に
クハ47形 001-010
サハ48形 001-028
クロ49形 001、002    

から構成されていました。

47_770923 1977/9/23 源道寺 上の写真と同じクハ47を富士方に連結した編成

電動車は17m車でしたが、付随車、制御車が省電としては初めて20m車になったことが特徴でした。電動車は従来の100kW主電動機MT15Aが20m車体に適合するかどうか懸念されたことや、台枠、床下機器配置の設計の見直しが間に合わないことから17m車体が踏襲されたそうです。
その後の改造などで

1)オリジナル車
クハ47形は1930年度に47001-47010の10両が新製され、全車が下り偶数向きでした。
47004、47010の2両が1949年に通勤形化改造を受け、4扉化されてクハ79060、79066に編入となりました。
2)サハ48改造車
・戦後、飯田線への転用で先頭車化改造がサハ48、48005、48006、48007の3両になされ、クハ47011、47012、47013になりました。1959年12月の番号整理でクハ47051、053、055となりました。
・13両のサハ48形1953年度、1956年度、1959年度、1961年度に運転台取り付け改造され、クハ47057、059、061、063、065、067、069、070、071、072、073、074、076となりました。
3)サロハ66改造車
車体長20m級の二三等合造付随車で52形に属する形式サロハ66形から018、019が1952年にクハ47形に改造され、021、022になりました。サロハ66020はサハ48036に改造された後、1958年3月に飯田線に転用、その際に運転台取り付け改造がなされ、クハ47025になりました。1959年12月の番号整理でクハ47025、021、022は150番台となり、151、153、155となりました。
4)モハ30復旧車
1950年8月24日
に身延線内船~寄畑間の島尻トンネル内で全焼したモハ30173を復旧し、クハ47023とし、1959年12月の番号整理で47011となりました。
13両のサハ48形1953年度、1956年度、1959年度、1961年度に運転台取り付け改造され、クハ47057、059、061、063、065、067、069、070、071、072、073、074、076となりました。
5)クハ58形改造車
関西省電42系に分類されるクハ58形001-025のうちから、戦時改造を受けず、戦災に合わなかった9両がクハ47形に編入され、100番台となりました。

1963年から1964年かけて、クハ47002、072、073は3扉化改造を受け、クハ68200番台になりました。

といった複雑な歴史を経て、1975年時点での身延線、静ヌマのクハ47形の配置は
クハ47
0番台 001,003,005,006,007,008
50番台 051,053,055,057,059,061,063,065,067
100番台 100,106,110,112
でした。

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2017年8月29日 (火)

東京総合車両センター「夏休みフェア」 その1 車両展示

2017年8月26日土曜日は2年ぶりに東京総合車両センターの公開「夏休みフェア」に行って参りました。このイベント参加は2005年、2015年、2017年と3回目です。

Dsc07819
Dsc07820
今回は分割民営化30周年と言うことで、車両展示が事前から騒がれていました。

Dsc07873 2017/8/26 東京総合車両センター クモヤ143-8とクモハ12052

Dsc07859 表示の設定がクモヤ143-8に合わせてありました。

Dsc07858
幡生車両所のクモハ42001と並び、貴重な旧形国電

Dsc07860
EF81 81号機 お召し機スタイルとEF65 1115 出雲HM付き

Dsc07866
Dsc07871
車両展示では電車が並べられることが多い、東京総合車両センターの車両展示で電機が2両並べられるのは30周年ならではなんでしょう。

Dsc07825
試乗編成はE217系Y-106編成でした。

Dsc07824
E233系2000番台 マト17編成
普段スカートの付きの先頭車両を見慣れているとスカートなしの姿は違和感があります。

Dsc07842
E233系基本番台 T21編成

Dsc07906
E231系 基本番台 B42編成 こちらも普段、あまり目にしない種別、行き先が表示されていました。

Dsc07880
Dsc07879
華やかな車両展示の裏手に京浜東北のE233系1000番台の姿が見えたので、もしやと思い番号を拡大してみると、2014年2月23日午前1時頃、回送電車として川崎付近を走行中、線路上に停車していた軌陸車と衝突し、横転大破した当時ウラ177編成の廃車となったクハE233-1077, サハE233-1277以外の車両でした(関連記事)。

明日の記事では東京総合車両センターで改修中の山手線から中央総武線向けにコンバートされるE231系500番台と既に活躍中のA500編成の様子を報告します。

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2017年2月10日 (金)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その3 クモハ42001

2016年10月15日、幡生の下関総合車両所の一般公開、今回は同所の名物的車両クモハ42001の紹介です。

42001_161015_5 2015/10/15 下関総合車両所

42系電車と一般的に総称されるグループは1933年(昭和8年)から1935年(同10年)にかけて鉄道省によって製造された20m鋼製・2扉クロスシート車です。

モハ42001-013
モハ43001-037
モハユニ44001-005
サロハ46100-103
クハ58001-025
クロハ59001-021                   の105両から構成されます。

42001_161015_3

モハユニ44形のみが横須賀線に投入され、それ以外は1934年7月20日の吹田~須磨間の電化に伴い、京阪神地区の東海道・山陽線に新製投入されました。

当時、すでに京阪神急行電鉄が開業し、京都~大阪間には新京阪電気鉄道も開業しており、短編成による高頻度運転でこれら私鉄に対抗してゆこうと考えました。

42001_161015
モハ42形は増結用の両運転台車で、定員104名(座席68名、立席48名)です。

42001_161015_7 車内も解放されていました。

42002,42004,42006はパンタグラフが偶数向きに設置されました。

42001_161015_10
かつて西武のクハ1411形などでよく見た全幅の1/3運転台

42001_161015_12

42001_161015_15

その後、太平洋戦争の勃発などで扉を増設し、3扉、4扉に改造される車両もありましたが、42001は小野田線に残り、単行で運転できることから重宝され2003年3月まで本山支線での活躍が許されました。

42001_161015_35
現在も車籍は残っているとのことです。

電動機は当時のスタンダードMT15C、出力100kW、主観制御器はCS5です。

42001_161015_2
台車はDT12です。

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2016年10月18日 (火)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 prologue

毎年、鉄道の日「10月14日」の前後にはいろいろな鉄道会社が車両基地の公開イベントを開催します。わたしもこれまで関東地方を中心に各社のイベントに参加して参りました。

今年からは週末の休みが多くなったこともあり、関東地方以外のイベントにも参加してみようということで、まずは10月15日土曜日 幡生駅そばの下関総合車両所で開催された「鉄道ふれあいフェスタ2016」に参加してきました。今回の記事はまずprologueとして全体の概要を紹介し、次回から個々のトピックについて触れてゆこうと思います。

161015

まずは往路復路ですが、今回は”経費節約弾丸ツアー”で新宿~小倉の高速夜行バスを往復とも利用しました。

この4月4日に開業した新宿バスタから21:00発の高速夜行バスに乗り、当初は小倉まで乗車し、JRで幡生まで戻る予定でしたが、新山口駅にも停まるとのことで、予定を変更して、新山口駅下車、JR山陽線を乗り継いで幡生駅に向かいました。そのため、到着は1時間半ほど早くなりました。

A
B 2016/10/15 会場入口で配布されたパンフレット

Hm_161015 HM風のポスター

イベント会場では2時間ほど見学しました。

115_l08_161015 115系L-08編成

25年ぶりのリーグ優勝、そしてクライマックスシリーズファイナルも勝ち抜け、日本シリーズでは日本ハムファイターズとどういった戦いをするかが楽しみな広島カープの応援電車も展示されていました。

42001_161015 クモハ42001 

宇部線・小野田線に1957年に転属後、42005,42006とともに小野田線本山支線用として活躍、42005はJRに継承されず、42006も2000年に廃車されるも、42001は2003年3月14日の運転を最後に引退はしましたが、このように毎年のイベントでは公開されており、車籍も残っているようです。

Ef65_1124161015 EF65 1124号機

昨年のトワイライトエクスプレス引退後、山陽線関係の臨時列車牽引のためか、それまでの特急色からトワイライト塗装に変更され、話題をさらった機関車でした。関東のファンとしてはこの機関車が展示されるのもはるばる幡生まで足を運ばせた大きな動機になりました。HMは時間ごとに何種類か付け替えられていました。

227_s14_161015 227系 S14編成 RedWing

115系3000番台以来、32年ぶり(広島カープの優勝より長い)2015年3月14日のダイヤ改正より、広島地区で運行を開始した新形式です。

105_k04_161015 105系の車体つり下げ実演

下関総合車両所は他のJR工場に較べても車両の担当範囲が広く、電車、気動車は言うの及ばず電気機関車、ディーゼル機関車の検査、改修、改造を行っています。

幡生から下関、門司を経由して門司港へ、まずは平成筑豊鉄道北九州銀行レトロライン「潮風号」トロッコ列車で、九州鉄道記念館駅から関門海峡めかり駅へ、EF301号機や関門海峡の潮の流れを見た後、門司港まで引き返し、2004年10月以来の九州鉄道記念館を再訪、門司港駅周辺の門司港レトロ地域を見学した後、小倉駅へ。

小倉駅から復路の高速夜行バスに乗車し、朝10時の予定を約1時間早く9時過ぎに新宿バスタに戻りました。一橋学園の家までも40分ほどで到着しました。

ということで、
1) イベントでの展示内容 
   広島カープ応援電車 
   クモハ42001 
   EF651124号機 
   227系
   105系つりさげ など
2) レトロライン「潮風号」について
3) 新宿~小倉間の夜行高速バスの旅
4) 関門海峡、和布刈公園  などについて触れてゆこうと思います。

10月22日にはJR貨物広島車両所の公開がありますね。今年は新利府の新幹線車両基地公開に参加予定なので、来年訪問したく思います。

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2016年3月 6日 (日)

広島・四国西南部旅行 広島編 その4 可部線 part2 活躍した車両たち 旧国から105系

2014年12月の旅行で訪問した可部線の話題です。今回からは可部線を走った車両です。

前回の記事で記述したように1909年12月に開通して以来、長い歴史のある路線で、蒸機牽引時代、国有化前の時代があり、

17_100320
今も熊本電鉄に現存するモハ90形は、広浜電鉄から継承された社形半鋼製車だそうです。1945年8月6日の原子爆弾投下でモハ90形3両以外は焼失し、廃車となったそうで、残ったモハ90形は1953年まで活躍したそうです。

11

160072 南武支線で活躍中のクモハ11+クハ16の2連

その後、クモハ11、クハ16形の時代となり、1976年から

73

広島運転所で休む可部線 クモハ73

72系が投入されます。塗装はこの写真のようにウグイス色で前面に警戒色のオレンジ色が入れられていました。この写真は1977年3月、瀬野八のEF59を撮影した帰りに、広島に接近する列車から撮ったものです。

これら72系も1984年105系が投入されて置き換えられました。

105_105100_850418_2

105_850418_4 可部線に105系が投入された直後 1985/4/18 広島

2+2の105系編成ですが、前後で顔は違う、扉の枚数も違う珍奇な編成です。

上の写真のクハはクハ105形100番台101-104の4両のどれかで、クハ103形0番台(-73, -11, -12, -25) からの改造車で、新製配置はイケ、シナ (-25のみ)で1972年2月3月にマトに転属し、エメラルドグリーンで活躍しており、1984年に常磐緩行線の103系1000番台が105系に改造された時に、一緒に改造を受けています。担当工場は-101が吹田、-102が広島、-103, -104が幡生でした。4両とも広島運転所に配置され、偶数向きに統一されました。

下の写真はクモハ105形500番台、運行窓の表示から-531かもしれません。こちらはモハ103形102形1000番台から改造の制御電動車で、105系新造車によく似た(詳細に言えば、前面窓下の手すりの位置が少し上だそうです)運転台が装着されました。

モハ103-1031, 1012, 1051, 1027, 1063, 1007, 1020, 1011, 1023, 1024, 1050, 1043, 1054, 1019, 1014, 1015, 1062, 1042, 1006 > クモハ105-501~519

モハ102-1050, 1043, 1054, 1014, 1042 > クモハ105-520~524

モハ103-1035, 1059 > クモハ105-525, 526

モハ102-1035, 1059, 1062, 1006, 1015, 1019 > クモハ105-527~532

改造は広島、名古屋、吹田、大宮、幡生、長野、大井、新津、大船の各工場で施行されました。

これらの中で、MのみがMcに改造されたのが10両あり、M’はクハ104-500番台に改造されました。

モハ102-1031, 1012, 1051, 1027, 1063, 1007, 1020, 1011, 1023, 1024

>クハ104-501~510

改造後の配置はクモハ105-501~524が奈良電車区に525~532が広島運転所に、クハ104-500番台は全車奈良電車区に配置されました。台車はDT33から101系廃車発生品のDT21Tに交換されました。

105系、その後の様子は、次回の記事で。

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2015年10月19日 (月)

東京総合車両センター公開 その3 首都圏直流電車の主電動機 part1 MT15

2015年8月22日の東京総合車輌センターの公開、今回は工場内に展示されていた国鉄時代からの直流電車の主電動機について触れてみようと思います。登場する面々は
MT-15, MT-46, MT-54, MT-54B, MT-55, MT-57, MT-60, MT-61B -61C, MT-63, MT-68 -68A, MT-73, MT-75 などです。

主電動機の形を上げて、搭載形式や出力がすぐに思い浮ぶのはかなりの鉄道マニアと思います。私はMT-46やMT-55は分かりますが、それ以外は全く分かりませんでした。

Mt15_150822 イベントではこのように主電動機の形式と使用車両が紹介されていました。

何回かに分けてになりますが、今回はまずMT-15から行きます。

省形式MTで始まる主電動機の最初はMT-4だそうです。これは鉄道院、鉄道省の直流用電車デハ33500系に搭載されたゼネラル・エレクトリック社製GE-244A(端子電圧675V*時、定格出力85kW、定格回転数890rpm)のモーターでした。

*端子電圧675Vは戦前の鉄道省時代は送電時のロスで1割程度電圧降下し、架線電圧は直流1500Vが1350Vになると見込んで、モーターを2個直列に繋いだ場合、端子電圧は675V程度と判断したことによるそうです。戦後は変電所から送り出す段階で1650V程度まで昇圧し、架線から集電する際に1500Vになるように変更されたため、端子電圧は750Vで設計されるようになったそうです。

製造は1921年(大正10年)から1922年度にかけてでデハ23500形、サロ33250形、デハ33500形、サハ33750形から構成されており、中央線・山手線用600V(デハ23500形)もしくは京浜線用600V/1200V(1500V)(デハ33500形)でした。制御器はゼネラル・エレクトリックC-36Dでした。
このMT-4電動機西武鉄道の311系、371系にも使用されていました。

1923年(大正12年)9月1日の関東大震災以降、東京周辺の省電では輸送力アップのため、車体を大型化したデハ63100系が量産されました。このとき主電動機は”端子電圧675V時の定格出力100kW/635rpm”という条件で電機メーカーが競作し、

日立製作所RM-257(省形式MT7:368基)
芝浦製作所SE-114(同MT9:112基)
東洋電機製造TDK-502(同MT10:220基)
メトロポリタン=ヴィッカースA-1506(同MT12:64基)
三菱電機MB-94A(同MT13:8基)
奥村製作所MD-27(同MT14:4基)   が納入されました。

一方、主制御器はゼネラル・エレクトリック社製Mコントロールと互換性のある電空カム軸式制御器「PC制御器」のライセンス生産品・芝浦製作所RPC-101(省形式CS1)が採用されました。運転台の主幹制御器は、従来から用いられてきたGE・C36をもとにして国産制式化されたMC1が採用され、以後旧型国電の標準的な主幹制御器として長く用いられました。

11 南武支線のクモハ11 尻手

木製車体の車輌は構造的に脆弱であり、加減速で車体の歪みが大きく、事故の際には容易に粉砕されること、さらに震災後の復興で木材の価格が高騰し、良質な材料が入手困難になっていたことから、鉄道省は客車に先んじて木製車体の電車の製造を中止し、鋼製車体に切り替えることにしました。その結果、1926年から登場したのが後に国鉄30系としてくくられる17m級3扉ロングシートの旧形電車群です。

形式は 1928年10月の形式称号改正で改められましたが
デハ73200形 > モハ30形(30001 - 30205)
サロ73100形 > サロ35形(35001 - 35008)
サハ73500形 > サハ36形(36001 - 36045)  です。

このときに主電動機も”端子電圧675V時1時間定格出力100kW、定格回転数653rpm”と言う条件で鉄道省と各メーカ間で共同設計が行われ、それまで各メーカが競作した製品の中で使用実績と購入数から日立製作所のMT-7を基本として、他社機種のメリットを盛り込む形でMT-15が開発されました。

12013 新鶴見機関区で見かけたクモハ12013   1975年

将来の地方線区への転用も考慮し、勾配線区での連続使用にも耐えられるように熱容量も大きくとり、フレームも強度重視で頑丈に作ってあり、重量、容積が大きく、定格回転数は低めでも信頼性と汎用性が高く、性能に余裕のあるモーターとなりました。

国鉄では
1930年 横須賀線向けモハ32形で70%弱め界磁付加の MT15A
改良版 MT15B
初の20m車 40系に搭載 MT15C
1933年 界磁率58%の42系 MT15D などの発展をしました。

制御器は電磁空気カム軸式のCS5形で、ゼネラル・エレクトリック(GE)社製電空カム軸式「PC制御器」のライセンス生産品・芝浦製作所RPC-101(省形式CS1)の改良による上位互換型でした。主幹制御器はGE社製C36形マスターコントローラの改良国産化品であるMC1形が、在来木造車から引き続いて搭載されました。
西武では351系の一部や451系、551系、411系にMT15E搭載の車両がありました。

13_871200
かつて首都圏ではよく見かけたクモニ13 荷物電車 1987/12 鶯谷

1953年の車両形式称号改正で車体長17m級の電車は、形式10 - 29に設定されたため、その時点で残存していた車輌はその出自に関わりなく、

中間電動車           モハ10形(2代)、
片運転台制御電動車     モハ11形、
両運転台の制御電動車   モハ12形(改番時点で本系列には存在せず)、
制御車              クハ16形、
付随車              サハ17形    に統合されました。

2924

配給電車 クル29+クモル24 田町

その後、両運転台化改造で、クモハ12や事業用車(牽引車、配給車、救援車)への改造でしばらく生き残りました。

鉄道省がMT15を省制化した1930年代中期頃、関西の私鉄、新京阪鉄道・阪和電気鉄道・参宮急行電鉄・阪神急行電鉄などは標準軌間路線が多いこともあり、すでに端子電圧750V時1時間定格出力150kWの東洋電機製造TDK-527Aが新京阪鉄道P-6形用として実用化され、その後も、国鉄と同じ狭軌用150kW級電動機では東洋電機製造TDK-529A(端子電圧750V)と日立製作所HS-262AR(端子電圧600V)が、それぞれ阪和電気鉄道モタ300・モヨ100形と南海鉄道電9形用として1929年に完成しました。1933年には、戦前の電車用主電動機最大出力を記録する端子電圧750V時1時間定格出力170kW級の芝浦製作所SE-146が大阪市電気局100形用として完成しています。

鉄道省、国鉄の吊り掛けモーターはこの後、51系モハ54形MT30 (端子電圧675V,128kW)が登場、63系MT40(電機子軸受けをコロ軸受けに、端子電圧750V,140kW)が登場しました。

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2015年2月18日 (水)

通勤電車シリーズ 103系 20 青梅・五日市線の103系 part1

青梅・五日市線は首都圏の通勤路線でも中央快速線とは一線を画しており、昭和50年代に入ってもクモハ4072系などの旧形車が活躍していました。

40
103系が投入されて間もない頃、青梅線では72系4連にクモハ40を増結した旧形車5連が走っていました。 拝島

101系が間合い運用で活躍していた時期もありましたが、新性能電車として103系が初めて投入されたのは1976年のことで、京浜東北線の運用を受け持っていた浦和、東十条、蒲田電車区のATC対応・冷房車投入で捻出された車両が豊田区にやって来ました。

103_5
103_6
上と同じ場所で103系スカイブルー4連を

最初の移動でMcM'TT'cの4連9本、36両が配置されています。京浜東北線で活躍していた7+3編成の7両基本編成からMM'Tを除いた4連でした。塗色はスカイブルーのままでオレンジ・バーミリオンになるにはかなり時間を要したとのことです。

103_3_2
拝島を発車する青梅線方面 この頃は拝島で石灰石輸送の貨物列車が入れ換えを行っており、ED16, EF13, EF15などの姿もありました。

1977年には基本4連に付属3連も加わり、それぞれ4本の28両が同じく京浜東北線から転属しており、このとき試作の900番台も移動しました。

クハ103-900番台(901~904)の履歴 1963.3.25 日本車両で製造後、池袋区に初代クハ103-1~4として配置
901
1964.3.31 改番1967.2.28量改1967.10.31シナ1971.4.20モセ1973.4.6ウラ1977.9.21トタ
902
1964.3.31 改番1967.2.9量改1967.10.31シナ1971.4.20モセ1973.4.8ウラ1974.7.4カマ1978.3.24トタ
903
1964.3.31 改番1967.2.17量改1967.10.31シナ1971.4.20モセ1973.4.9ウラ1977.9.21トタ
904
1964.3.31 改番1967.3.7量改1967.10.31シナ1971.4.20モセ1973.4.9ウラ1974.7.6カマ1978.3.8トタ

モハユニット901, 902は山手線に留まり、最後は埼京線川越区に転属して廃車を迎えております。

103
いまも基本構造は変わらない拝島駅の五日市線ホームで出発を待つ103系4連

103_2_2
同じ日の撮影と思いますが、オレンジ・バーミリオンに塗り替えられた103系も登場していました。

1978年2月から3月にかけて五日市線に残っていた旧形車(クモハ40+72系4連)置き換えに19両、内訳はMcM'MM'T'c3本とMcM'MM')が転入し、完全新性能化が実現しました。3月29日に旧形車のお別れ運転が行われました。

101_103_830219
青梅線奥多摩行きは101系、五日市線は103系 1983/2/19 拝島

1979年4月1日時点での豊田区の青梅線103系の配置データによると、

Mc   M'   T   T'c          Tc   M    M'   Tc                大井工場入場中
103 102 103 103           103 103  102 103       Mc   M'   T
25  110  164  902             53    4     4     54                103 102 103
39  131   96  564            Mc  M'   M   M'  T'c             40  133 114
51  149  75   550           103 102 103 102 103            29   116
63  168 103  506             50 148  137 252  585
92  212 147  549             65 171  127 232  542
107 234 179  588             91 210    90 124  505
112 244 187  565            102 227  119 208  566
  9   82  73   537            Mc  M'  T'c
70  179  68  904            103 102 103
71  180 175 571              19   98  595
                                      68 176 584
                                    103  228 901                 青字はスカイブルー塗装車

冷房車の登場は1980年のことで、改造冷房車でした。1985年3月のダイヤ改正で5連を6連化する際に、非冷房サハ101形をジャンパ連結器をKE70に、さらに貫通幌を交換しただけの改造でサハ103-750番台続番として組み込みました。

サハ101-115, 116, 127, 128  → サハ103-773~776

773 1984.12.19 大井 トタ 1990.2.3 廃車
774 1985.2.28  大井 トタ 1986.10.21 ナハ 1988.2.26 マト  1990.1.13 廃車
775 1985.1.31  大井 トタ 1988.12大宮冷改 1991.9.10 廃車
776 1985.3.27 大井 トタ 1990.10.1 廃車

マトに転属した774は元101系車輌としては唯一のエメラルドグリーン塗装経験車になったとか。

103_3
首都圏のオレンジバーミリオンのクモハ103も中央快速線同様、103系の登場からかなり経ってのことでした。

1986年3月3日の改正では6連運用が武蔵野線と共通化されたため、101系1000番台がこちらを走ることもありました。さらに津田沼区との差し替えでTcMM'Tc編成も登場しました。

7月から9月にかけて仙石線72系970番台103系3000番台に改造した際に保留車となっていたモハ72形奇数車5両をサハ103-3000番台に改造し、1986年11月の改正で3連5本を4連化しました。まさに国鉄末期の「動ける車両は極力使え」と云った方針の反映かと思います。

モハ72971, 973, 975, 977, 979 → サハ103-3001~3005

3001 1986.3.31 大井 トタ 1990.5冷改 ヤテ 1995.9.26 ハエ 2004.10.8 廃車
3002 1986.8.18 大井 トタ 1990.8冷改 トタ 1996.2.24 ハエ 2005.2.25 廃車
3003 1986.8.18 大井 トタ 1990.8冷改 ヤテ 1995.9.26 ハエ 2005.10.18 廃車
3004 1986.10.15 大井 トタ 1990.5冷改 ウラ 1996.2.24 ハエ 2003.12.3 廃車
3005 1986.10.15 大井 トタ 1990.4冷改 トタ 1996.2.24 ハエ 2004.11.13 廃車

1032      
       軍畑?

201系の時代を経て、E233系が投入された今日でも中央快速線の乗り入れ運用車と、専用の青編成が存在する青梅・五日市線ですが、先日の中央快速線グリーン車連結12両化のニュースで、さらにこれから動きがあるのではないでしょうか。

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