2020年9月17日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 3 茅野駅周辺あれこれ

茅野駅は標高790.3mで諏訪地域の東端に位置し、関東平野では筑波山の標高800mに匹敵する高さにあります。周辺には八ヶ岳、白樺湖、蓼科高原、車山高原などの観光地があり、その玄関口として賑わっています。昨日のC1267号機の説明版にもありましたが、1947年までは諏訪鉄山の鉄鉱石を輸送するために敷設された日本鋼管鉱業諏訪鉱業所専用線(通称・諏訪鉄山鉄道)が乗り入れていました。

Dsc07097 2018/8/31

Dsc07078 ホームの構成は単式ホーム1面1線、島式ホーム1面2線の2面3線です。

1905年11月25日、鉄道院中央本線富士見駅~岡谷駅間が開通した際に、旅客・貨物駅として開業しました。1984年1月15日、貨物取り扱いが廃止され、1986年3月31日、駅舎の改築工事が完成しました。

Dsc07110

中央東線線は線路切換えで支線となった辰野支線を除くと、当駅から約3.7kmの普門寺信号所から先、岡谷駅までの区間は依然として単線区間として残っています。普門寺信号所のポイントは両開きポイントのため、通過時は75km/hの速度制限がかかります。信号所の開設は1970年9月2日でした。ダイヤ上ネックにあたる単線区間ですが今のところ複線化の予定はないそうです。

 

茅野市豊平には戦前から発掘されてきた縄文時代中期の集落遺跡尖石・与根尾根(とがりいし・よねおね)遺跡があり、遺跡周辺は史跡公園に指定され、園内に茅野市尖石縄文考古館があります。場所は八ヶ岳西側山麓の大扇状地、標高1050-70mの台地で中央に沢が走っており、北側が与根尾根、南側が尖石で尖石遺跡が報告されたのは1893年のことでした。その後も精力的に発掘が続けられ、1942年10月14日には「尖石石器時代遺跡」の名称で国の史跡に指定され、「縄文集落研究の原点」とされる重要な遺跡と位置づけられ、1952年3月29日には文化財保護法に基づき特別史跡に指定されました。

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2020年9月 8日 (火)

公園保存蒸機 遠賀町総合運動公園の8620形 78626号機

芦屋町には航空自衛隊の芦屋基地がありますが、これは帝国陸軍が建設したもので、戦後進駐軍が接収し、米軍基地となり、その際に遠賀川駅から基地までを結ぶ資材輸送用の芦屋線が敷設されました。それが基地の返還とともに廃線となり1961年に消滅しました。その辺のことは以前、遠賀川駅の記事で触れました。

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2017/10/14 鹿児島本線の煉瓦造りのガード、4輪車は進入できません。

遠賀町総合運動公園は、遠賀川橋梁と遠賀川駅の間、鹿児島本線の線路の南側にあります。

8620形式は1914年度から1929年度にかけ、汽車製造、日立製作所、川崎造船所、日本車輌、三菱造船所で672両製造されました。沖田祐作氏の機関車表では
1923-5-2 川崎重工兵庫工場 製番987
1923-5-12使用開始 配置 宮崎
1927-4-1現在 南延岡
1933-6-30現在 南延岡
1955-8-1現在 西唐津
1964-4-1現在 西唐津
1965-2-1現在 直方
移動時期不明 香椎
1967-6-12都城
1968-10-1南延岡
1971-5-21全検
1974-4-25休車
1974-8-6廃車 南延岡
1974-9-3貸与
1975-2-5保存 遠賀町 となっています。新製配置から廃車ななるまで九州で活躍し、保存も九州の機関車です。尚、Wikipediaでは製造は1924年となっています。

Dsc00167 Dsc00166 前照灯が欠損しています。

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デフレクターは標準タイプです。

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Dsc00163
キャブの窓には網が張られています。

Dsc00174 かつて整備されたようですが、時間が経過してだいぶ傷んできたようです。

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2020年8月21日 (金)

中央・総武緩行線の運用と編成の関係

昨日の記事にあるように、中央・総武緩行線用にはE231系0番台6本とE231系500番台52本の計58本が配置され、01Bから99B、01Cから11Cまでの56運用を担っています。そこで運用情報サイトのデータを基に、いろいろと調べてみました。

E231-small 2020/3 ダイヤ改正における中央・総武緩行線のE231系運用と8/12から8/16の間の編成

01Bから始まる運用パターンを見てみるとそれぞれの運用で終了する駅名は次の番号で開始する駅名となっていることが分かります。一部例外があり、37Bは津田沼で終了しますが、39Bは御茶ノ水からのスタート、73Bは千葉で終わりますが、75Bは津田沼からスタート、79Bは津田沼で終了、81Bは幕張からスタートとなっています。これらの連絡は回送を走らせているのかと思います。

朝夕のラッシュ時と昼間の閑散時間に対応するため、
A.終日走行する運用、
B.昼間は車両基地に入区する運用 (車両基地別に分類)
C.午前中だけ走る運用が設定されており (運用終了後、入区する基地別に分類)

A. 03B, 05B, 07B, 13B, 17B, 19B, 23B, 25B, 27B, 29B, 37B, 43B, 47B, 49B, 57B, 63B, 65B, 69B, 75B, 79B, 89B, 95B, 97B, 03C, 05C, 07C, 09C, 11C

┌千 葉0545←0425中 野 
└千 葉0557→0735三 鷹┐
┌西船橋0846←0737三 鷹┘
└西船橋0848→0946中 野┐
┌津田沼1050←0949中 野┘
└津田沼1056→1211三 鷹┐
┌津田沼1329←1214三 鷹┘
└津田沼1335→1438中 野┐
┌千 葉1600←1441中 野┘
└千 葉1612→1743三 鷹┐
┌西船橋1858←1746三 鷹┘
└西船橋1904→1959中 野┐
┌千 葉2129←2008中 野┘
└千 葉2143→2317三 鷹┐
┌千 葉0054←2321三 鷹┘
└千 葉0059→0115津田沼

その一例として 89B運用 三鷹・中野~千葉方面を8.5往復しています。三鷹~千葉間、片道約95分で、千葉側の折り返し時間が長いケースもありますが、ほぼ21時間働き詰めの運用です。

B. (津田沼)09B, 11B, 33B, 45B, 51B, 61B, 73B, 83B, 93B
 (中野) 15B, 55B, 59B, 67B, 87B
   (三鷹) 21B, 35B, 53B, 71B, 85B, 91B

C. (三鷹)1B, 41B, 01C(津田沼)31B, (中野)39B, 77B, 81B, 99B 

津田沼0726→0846三 鷹 
稼働時間僅か時間80分の01C運用

どの編成がどの運用に入っているか、8月12日水曜日から8月18日火曜日までのデータを見てみると、、途中で編成が交換されているケースも多々ありますが、同じ編成が1日ずつ次の運用に流れて行くのが基本であることが分かります。11C運用の翌日は01B運用に戻っています。

E231500-a546-200814

E231500-a546-200814-2
2020/8/14 水道橋

実はE231系500番台編成の撮影が進み、最後にA546編成が残った際に運用表を眺め、この規則性を見出し、先週の金曜日8月14日、73BにA546が入ると予想し、水道橋駅で撮影することが出来ました。

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2020年8月20日 (木)

中央・総武緩行線 使用車両と運用番号の変遷

数年前、中央・総武緩行線は209系500番台13本、E231系量産先行試作編成1本、0番台編成46本が活躍していましたが、2015年3月に山手線にE235系0番台の新製投入(最終的に2019年12月17日までに50本投入)が開始され、それまで活躍していたE231系500番台11両編成52本からサハE231-4600番台を除いた10両編成が中央・総武緩行線に転属しました。それに伴い、209系500番台は武蔵野線、八高線・川越線に転属し、E231系0番台も多くが常磐快速線、武蔵野線、八高線、川越線(E231系3000番台)に転属しました。E231系500番台の転入だけでは不足する編成分はE231系0番台6本を4M6Tから6M4Tに組換え、従来から連結されていた6扉サハE230はその際に廃車となりました。なお、E231系500番台に連結されていたサハE231-4600番台のうち、4602、4604、4605、4606の4両は編成数が52本から50本に減ったことと、新製のタイミングの関係でトウ04、05編成にサハE235-501,502が組み込まれたことから、E235系への改造・組み込みが見送られ、現時点では車籍は有する者の余剰車となっています。

E231500-a506-200810-2 2020/8/10 飯田橋 ミツA506編成

E231系500番台編成に関してはトウ520が2014年10月28日にミツA520編成として三鷹に転入したのを皮切りに2020年3月3日のA506編成まで52編成がサハE231-4600番台を残して三鷹に転属しました。わたしもデジカメ時代以降は首都圏の通勤車両に関しては全編成を記録することを目標にしており、E231系500番台の中央・総武緩行線で活躍する姿を小平~つくば往復の行程で記録してきました。最初は運用などを気にせずに来た編成を片っ端から記録していましたが、ある時点からはその日の編成の運用状況をネットでモニタしながら撮り残した編成を効率的に追っかけるようにしました。その結果、最後に残った編成がA546編成でした。

201 東中野 201系 運用番号はB

205-21-940801-edit 西荻窪 205系 運用番号はこちらもB

103-790923 1979/9/23 新小岩 こちらの運用番号はC 

209500-501-090704-2
2009/7/4 東中野 209系500番台 C501編成

209500-c510-150124-2 2015/1/24 新小岩 検査入場などでC運用の編成がB運用に入ることもありました。

これらの編成の時代は上り下り時刻に関係なく運用番号は固定されていました。

中央・総武緩行線の現在の運用は1Bから99Bまでの(奇数+B)と1Cから11Cまでの(奇数+C)の計56運用あります。BとCの違いは2004年までは三鷹電車区、中野電車区所属車両(主に201系、205系)がB,習志野電車区所属車両(主に103系、209系、E231系)がCでしたが、2003年12月に全車両が三鷹電車区に移籍したため、2004年のダイヤ改正から6扉車を連結するE231系がB,209系500番台がCとなりました。

E231500-a502-200801
2020/8/1 E231系になってからは運行番号表示窓が4桁の数字+アルファベットとなり、数字の上2桁は発車駅の時刻14時、68Bは69B運用の上り偶数を意味するようになりました。

E231500-a505-200804
2020/8/4 荻窪 1307Cは始発駅を13時台に出発した07C運用(107B)の下り西行きです。

しかし、2019年3月のダイヤ改正からは209系500番台編成が転出したため、BとCの区別がなくなり、01~99がB, 101~111の分を01~11として末尾にCを加えたものとしました。

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2020年7月15日 (水)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 18 最後は新大阪駅でおおさか東線

2019年8月1日に東京を夜出発し、8月2日は岡山、倉敷、水島臨海鉄道、伯備線、井原鉄道、福塩線で府中まで、さらに福山から岡山に戻り、岡山電軌、津山線で津山に、8月3日は津山まなびの鉄道館見学、因美線で鳥取へ、若桜鉄道を訪問、8月4日は早朝、岡山駅で列車撮影、津山に戻り、柵原ふれあい鉱山公園の片上鉄道保存会の月に一度の公開イベントに参加、姫新線で姫路へ、8月5日は姫路城見学の後、播但線、加古川線に乗車し、予定では神戸電鉄で新開地方面に抜ける予定でしたが、時間が無くなり、加古川線で加古川へ、さらに新快速で大阪方面に向かいました。

Dsc03126 新規に開業したおおさか東線、路線記号はFでラインカラーはブルーグレー

最後に見ておきたかったのは3月16日のダイヤ改正で開通したおおさか東線でした。
おおさか東線は城東貨物線の施設や用地を活用し、旅客線化したもので大阪外環状鉄道(株)が事業主体となり、2008年3月に放出~久宝寺間9.2kmの南区間が開業、2019年3月に新大阪~放出間11.1kmが開業しました。

020621-3 2002/6/21 当時の新大阪駅 東側(右奥)にホーム一本分の空き地が用意され、手前の梅田貨物線の線路間にもホーム用地があります。

おおさか東線の開業で新大阪駅の在来線ホームは東海道新幹線開業以来の4面8線に対して東側に1本増設され5面10線となりました。
計画当初は東側のスペースにホームを増設し、そこに大阪外環状線(当時の名称)が乗り入れる予定だったようですが、2008年3月に南区間が開業した際に神崎川北方で東海道本線をオーバクロスし、梅田貨物線に合流する形で新大阪駅に乗り入れ、さらに梅田貨物線を使用し、2023年春に大阪駅(うめきた地下駅)に乗り入れるように計画変更されました。東側に増設されたホームにそれまで17/18番線発着の大阪・山陰方面特急、福知山線特急を移し、1年かけて空いたホームを改修し、そこに神戸線・宝塚線西行きを移しを繰り返し、従来の11/12番線ホームを空け、ここにおおさか東線を発着させ、番号も1/2と振り直しました。

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Dsc03123_20200714182101 2019/8/5

020621 2002/6/21 
従来、京都と関西空港、和歌山方面を結ぶ「はるか」「くろしお」などの特急は11番線を使用しており、単線扱いでしたが、

Dsc03130 3,4番線として複線扱いとなり、当駅での行き違いも可能となり、ダイヤ上のネックが解消されました。

Dsc03128

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おおさか東線の発着と同様に「はるか」のこういった発着風景も新鮮でした。

191020_20200714190501 2019/10/20

この旅行では新大阪駅で見るだけでしたが、2019年10月に関西を再訪した際に、放出まで乗車しました。

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2020年7月14日 (火)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 17 加古川線の旅 粟生からの神戸電鉄

昨日の北条鉄道に対して粟生駅には神戸電鉄粟生線の発着しています。

Dsc03110 2019/8/5 JR加古川線粟生駅ホームの乗り換え表示

播州鉄道が建設した路線に三木線(1916年11月22日開業)があり、国有化、さらに第三セクターかされ、三木鉄道三木線となり、厄神駅~三木駅間6.6kmを結んでいましたが2008年4月1日を限りに廃止されてしまいました。一方で三木町から神戸市方面を結ぶ鉄道として神戸有馬電気鉄道に対して、武庫郡山田村~美濃郡三木町間の鉄道敷設免許が1928年7月4日交付され、1936年6月29日三木電気鉄道が設立され、敷設権は神戸有馬電気鉄道から三木電気鉄道に譲渡され、同年12月28日、鈴蘭台駅~広野ゴルフ場前駅間が開業しました。本来は電気鉄道として電化路線で開業すべきでしたが、電化工事が遅れたため、芸備線からガソリンカーを借り受けての開業となりました。1937年4月15日には電化が完成し、電車による運転が開始されました。その後、粟生方面に向けた路線の延伸が進められ、粟生まで全通したのは1952年4月10日のことでした。戦争直後の1947年1月9日には神戸有馬電気鉄道が三木電気鉄道を合併し、神有三木電気鉄道に社名変更しています。さらに1949年4月30日には神戸電気鉄道に社名を改めました。

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6500系 2016年5月21日に営業運転を開始した神戸電鉄の最新タイプ Mc1-T-Mc2の3両編成 6編成在籍

Dsc03113_20200713160901 1100系 1965年から1991年にかけ106両製造されたタイプ 

1990年代初頭までは沿線のニュータウン開発が進んだ会計で輸送人員が伸びていましたが、1990年代後半になると路線バスとの競合が影響し、輸送人員は激減しました。さらに急勾配(50‰:鈴蘭台駅 - 木津駅間)最小曲線半径165mの急カーブが続く線形で運行コストがかかり、単線区間も多いという問題を抱える路線であり、沿線に集客量を期待できる観光スポットもなく、2000年代に入ると存続の危機が叫ばれるようになりました。山陽道の開通や、JRの新快速の充実で加古川線経由の方が早く到着可能という点も粟生線には不利に働きました。粟生線活性化協議会の発足や公的支援の拡充など、何とか路線を存続させる努力が続けられていますが、経営が厳しい状況な抜け出していないようです。

昨日の北条鉄道、そして今回の神戸電鉄ともに粟生駅での写真撮影のみで実際には乗車していません。近い将来、関西地方を再訪する機会があれば、是非今度はそれぞれの路線に乗車してみたく思います。

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2020年7月 8日 (水)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 17 加古川線の旅 西脇市まで往復 その1

播但線を姫路~和田山間往復し、再び姫路に戻った後は山陽本線を東進し、加古川に向かい、加古川線に乗車しました。

Dsc03086 2019/8/5

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この線も加古川が作った平地に沿って山陽本線と福知山線谷川駅を結ぶ陰陽連絡線で播州鉄道1913年4月1日、加古川町駅~国包(現在の厄神駅)間7.56kmを開業させたのが始まりです。同年8月10日には野村駅(現在の西脇市)まで延伸しました。1915年5月14日、加古川町駅は国有鉄道加古川駅に統合されました。1923年12月21日、播州鉄道は路線を播丹鉄道に譲渡しました。1924年12月27日、野村~谷川間が延伸開業し、現在の加古川線が全通しました。

路線データ

管轄(事業種別):西日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者)
路線距離(営業キロ):48.5km
軌間:1067mm
駅数:21(起終点駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:全線(直流1500V)
閉塞方式:自動閉塞式(特殊)
運転指令所:大阪総合指令所加古川支所
最高速度:85km/h


1943年6月1日、播丹鉄道が国有化さ、加古川線となり、1958年6月10日には全列車が気動車化、1972年3月15日、蒸機の全廃、1986年11月1日には貨物駅業が廃止されました。1990年4月1日、野村駅と鍛冶屋駅を結んでいた鍛冶屋線(延長13.2km)がこの日を以て廃止され、野村駅は西脇市駅と改称されました。加古川線にはこれ以外に厄神駅から三木駅までの三木線(後の三木鉄道2008年4月1日に廃止)、粟生駅から北条町駅までの北条線(後の北条鉄道)、加古川駅から高砂駅までの高砂線(1984年12月1日に廃止)がありました。これらは国鉄に買収される前はいずれも播丹鉄道の路線でした。

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鍛冶屋線の野村~西脇間は地勢的に西脇市の中心を通る路線で利用者が多く、加古川~野村~西脇~鍛冶屋や西脇~野村~谷川と直通運転される列車が設定され、実質的に「本線」と言われていました。
1995年1月の阪神淡路大震災では播但線同様に寸断された山陽本線の迂回路線としての役割が期待されましたが、単線非電化がネックとなりました。このため電化の必要性が叫ばれ、2004年12月9日全線が電化されました。総事業費60億円のうち、45億円はJR西日本と沿線自治体が負担し、残る15億円は沿線地域での募金で民間負担となりました。

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Dsc03075
2020年5月1日現在、加古川~谷川間全線通しで運転される列車は1往復のみで、厄神、西脇市で運転系統は分かれています。全列車が全線でワンマン運転されています。加古川発で見ると、厄神行きと西脇市行きが交互に運転され、西脇市から先は交換設備がないため、1編成が走る運転となっており、1日9往復、土曜休日は8往復で、3時間ほど列車が無い時間帯もあります。

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2020年7月 7日 (火)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 16 播但線の旅 優等列車の歴史

現在、大阪~香住、浜坂、鳥取間を結ぶ特急「はまかぜ」が播但線を走っていますが、播但線の優等列車の歴史は1952年に神戸と豊岡を結ぶ快速列車として「たじま」が運転されたのが始まりで、最初は蒸機牽引の客車編成でした。1960年の準急列車化で気動車化され、神戸~豊岡間を2時間台で結ぶようになりました。1953年3月15日には城崎温泉への観光客輸送列車として大阪~城崎間に快速列車「ゆあみ」が運転開始され、こちらは1958年に準急列車化されました。1961年10月1日に「たじま」は「但馬」となり、1965年10月1日、「ゆあみ」は「但馬」に統合されました。1966年3月5日、準急列車は制度変更で急行列車となりました。

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82-740929-3a-edit1975/3 大阪駅に発着するキハ82形特急「はまかぜ」

特急「はまかぜ」が登場したのは1972年3月15日、新幹線岡山開業のダイヤ改正で新大阪・大阪~鳥取・倉吉間に2往復設定されました。車両はキハ82形を先頭にした80系特急車両でした。播但線内は無停車だったため、同線内の需要は急行「但馬」が担いました。当初は
指定ーGー食堂ー指定ー指定ー指定ー指定 (ハロシハハハハ)と 指定ーGー指定ー指定ー自由ー自由 の2編成でした。
1975年3月10日の改正には特急「おき」との編成共通化で食堂車が無くなりました。

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大阪駅 
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新大阪駅 キハ181系化された「はまかぜ」

18145-060621 2006/6/21 元町

1982年7月1日、「やくも」の電車化で余剰化したキハ181系での運用が開始されました。
1986年11月1日の改正では「まつかぜ」の運転終了、但馬の特急格上げを兼ねて「はまかぜ」は3往復に、「但馬」は2往復に
1996年3月16日、「但馬」は廃止、阪神淡路大震災復興の間に2往復になっていた「はまかぜ」が3往復に
このときのダイヤ改正は急行列車を廃止し、大阪、京都から播但線、山陰本線、京都丹後鉄道で結ばれる城崎温泉、天橋立、東舞鶴方面をビックXネットワークとし、特急列車を充実させようというものでした。

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2019/8/5 香呂を通過する189系「はまかぜ」

2010年11月6日を以てキハ181系の運用が終了し、翌11月7日より、キハ189系による運転開始

登場した際には姫路、和田山以外の播但線内各駅には停車しなかった「はまかぜ」ですが、1998年3月14日に生野駅に停車するようになり、現在は福崎、寺前、生野、竹田(一部)駅に停車しています。

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2020年7月 3日 (金)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 16 播但線の旅 電化区間編

2019年8月1日に東京を出発し、岡山、広島、鳥取と旅し、最終日のメインは山陽本線と山陰本線をそれぞれ結ぶ、陰陽連絡線、播但線と加古川線の乗車です。

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2019/8/5 姫路 

播但線は地形的には市川、円山川が形成する谷に沿って陰陽連絡をしており、姫路~寺前までの平坦区間が1998年3月に電化されました。

線路にほぼ沿う形で国道312号、播但連絡道路が走っていますが、播但鉄道が線路を敷設するまでは生野銀山と姫路市の飾磨港を結ぶ生野銀山寮馬車道が存在していました。

路線データ
営業キロ 65.7km
駅数 18 両端駅を含む
全線単線
電化区間 姫路~寺前 DC1500V
閉塞方式 自動閉塞式(特殊)
交換可能駅 青倉駅以外の全駅
最高速度 姫路~福崎、寺前~和田山 95km/h 福崎~寺前 110km/h
運転指令所 福知山運輸指令所

Dsc02996

Dsc03004
BH3とBH9編成はパンタグラフが2014年に2基となっています。

電化区間を走るのは103系3500番台(網干総合車両所配置)です。

3500番台はJR東日本でも八高線電化時の1996年3月TcMM'T'cの4連が1編成0番台から改造されて投入されましたが、こちらはMcM'クモハ103形2500番台(元は片町線用改造されたクモハ103形5000番台分割併合装置付きの車両で5001はクモハ103形0番台から、他はモハ103形に運転台を設置:クモハ103-48・モハ103-248・249・241・295・304・427・435・480・485・499・727・729・770・772・780→クモハ103-5001 - 5016)で片町線に207系が投入された1992年に-5001は現番号に復帰、-5002以降は-2501から-2515になり、大和路線などに転用されました。そして1997年から1998年にかけて播但線に投入されるため、クモハ103形3500番台+クモハ102形3500番台(運転台取り付け)に9編成改造されました。103系初の2両編成です。

クモハ103-2506・2508 - 2515→クモハ103-3501 - 3509
モハ102-583・636・641・655・883・885・2027・2029・2037→クモハ102-3501 - 3509

Dsc03068_20200702190301 3501のBH1編成は体質改善40N施工車で乗降ドアのガラスの支持方が205系と同様であり、ガラス周りに金属フチがない異端車で種車のクモハ103-5007時代の延命N40工事時に交換されたものがそのまま残されているからです。

1033506-111226-2 2011/12/26 姫路 かつてはこのような色物編成もありました。

Dsc03014 溝口での列車交換

Dsc03021

Dsc03067 電化区間の終点、寺前 非電化区間に向かい乗客に対して同じホームの反対側に気動車が入線します。

Dsc03009 車内の様子 

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2020年5月22日 (金)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 11 津山から因美線に乗って鳥取方面へ その2 津山から智頭へ

2019年8月の旅行、津山から鳥取への姫新線・因美線の旅、智頭まではキハ120形単行列車の旅でした。

Dsc02463
Dsc02464
2019/8/3 津山駅発車前の様子 

時刻は昨日の記事のあるように
678D 津山1135ー東津山1139ー高野1144ー美作滝尾1152ー三浦1157ー美作加茂1204ー知和1209ー美作河井1216ー那岐1232ー土師1237ー智頭1243
と1時間8分の旅で、美作河井~那岐間の駅間が長いのはほぼ並行する県道6号の物見峠に連なる岡山・鳥取県境の分水嶺越えのトンネル区間があるからです。智頭では13分の接続で鳥取行き636Dに接続しています。列車番号が示すように鳥取発津山方面が下りとなっています。


Dsc02465 東津山における(右)姫新線姫路方面と(左)因美線鳥取方面の分岐

Dsc02470 美作加茂駅の駅名標と周辺の景色 因美線東津山~智頭間ですれ違い設備のある駅は東津山、美作加茂、那岐、智頭でしたが、智頭から津山に向かう列車は乗車している車両が往復しているような運用なのですれ違いはありませんでした。

Dsc02472

Dsc02473
県境のトンネルを越えて、鳥取県に入って最初の駅

Dsc02476 智頭駅に近づくと右側から智頭急行智頭線が接近してきます。

Dsc02478
智頭駅 左側がJR,右側が智頭急行、JR線と智頭急行線の連絡線もあります。

Dsc02480
Dsc02481_20200521195301 智頭駅に到着したキハ120-343は折り返し1254発の677Dで津山に向かいます。

因美線は1919年12月20日に因美軽便線として鳥取~用瀬間が開業、1922年9月2日に因美線と改称され、1923年6月5日には用瀬~智頭間が開業、1928年3月15日、津山~美作加茂間が因美南線として開業、北側は因美北線と改称、1931年9月12日、美作加茂~美作河井間が開業、1932年7月1日に残る智頭~美作河井間が開業し、全通となり、因美線となりました。1936年10月10日、津山~東津山間は姫新線に編入されました。

全通以来、津山線と共に鳥取~岡山を結ぶ陰陽連絡線の役割を果たし、「みささ」「砂丘」「ひるぜん」などの急行が運転されていました。因みに現在の678D~636Dのスジは1964年9月の時刻表では準急「砂丘」のスジとよく似ています。1994年12月3日智頭急行智頭線が開業し、陰陽連絡線の役割は因美線から智頭急行智頭線に移行となりました。

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