2026年8月 4日 (火)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その10 白島線

広電白島線は朝夕こそ、江波車庫との間の直通運用が設定されていますが、日中は八丁堀停留場と白島停留場間の1.2km、駅数3(中間駅のみ)を1両、もしくは1編成の電車が往復する路線です。1912年11月23日、常盤橋線として開業、ルートは広島城の旧外堀を埋め立てて整備された道の上を通る路線でした。原爆投下で全線不通になった後、1952年6月、現在のルートで営業が再開されました。路線の規模が小さいせいか、広電は白島線でその後、全線に普及するいくつかの試験的試みを行っています。1940年4月のピューゲル(それまでの路面電車の集電方式はトロリーポールが一般的でした)の導入、1969年の900形を使用したワンマンカーの導入、2008年のIC乗車カードPASPYの導入などです。

9-2605182026/5/18 白島線 八丁堀停留場

9-126-260518白島線停留場から見た本線(相生通理)方向、複線の本線との連絡線が繋がっています。

1000-1004-lex-260518八丁堀電停に到着するGreen Mover LEX 1004号

260518_202608030704017分の乗車で終点「白島」に到着

1000-1004-lex-260518-2白島停留場

平日の朝7時台から8時20分頃までは10分ヘッド、それ以外は1編成が往復する18分おきの運行となっています。車両は
平日は江波車庫を5:53に出た編成が6:16から白島線に入り、6:42に江波車庫を出た編成が7:05に2編成目として入り、8:28に1編成が離脱、21:17にもう1編成が江波車庫へ戻るという方式を繰り返しています。土休日は終日1編成の運行です。

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2026年8月 3日 (月)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その9 広島港(宇品)停留場

広電の宇品線、御幸橋東詰から宇品間が開通したのは1915年4月8日のことでした。以前の記事にあるように御幸橋に電車専用橋が開通し、紙屋町から宇品までが結ばれたのは1919年5月25日のことでした。この頃は現在のルートとは異なり御幸橋東詰から宇品間は宇品地区西側の堤防沿いを通るルートでこのルートが廃止され宇品通りを通るようになったのは1935年12月27日のことでした。宇品線の終点は宇品港、宇品桟橋ですがこちらも埋立の進行や港の変化で終点の位置が変わってゆきました。1935年のルート変更時は向宇品停留場(現在の元宇品口停留場)が終点でしたが1951年に西堤防西側の海を埋め立てる工事が完了、広島県営桟橋が開業し、軌道も200m延伸して宇品終点停留場が新たな終点となりました。その後も埋め立て工事が続き、軌道も南へ158m延長、1967年に移設されました。また旅客ターミナルのの整備に合わせ軌道を9.5m延長、停留場は1976年に複線化されました。2003年には新たな旅客ターミナルが建設され、停留場も新旅客ターミナルの前に移設され、軌道は100m延伸しました。

260518_202608020921012026/5/18 電停名標

一方、日清戦争の人員・物資の輸送のために軍事専用線として建設され、開戦の1894年に開業したのが宇品線で当時の山陽鉄道が陸軍省の委託で建設し、着工から僅か18日で開業しました。1897年には山陽鉄道が陸軍省から借り入れ一般旅客営業を開始、1906年に国有化、1919年に貨物専用線となり、その後、芸備鉄道が旅客営業を再開、1937年に再び国鉄に移管、太平洋戦争中は軍専用となり、戦後、再び旅客営業が再開されましたが、広島市内の復興で公共施設が市の中心部へ転出、広電やバスとの競争にも敗れ、1972年に廃止、その後、東広島駅(現在の広島貨物ターミナル駅)間の国鉄側線扱いで通運業者四者(広島県経済連・日本通運・トナミ運輸・広島運輸)が使用していましたが1986年に廃止されました

260517_20260802093301電車を降りたらすぐ前に旅客ターミナルのエントランス

260518_202608020930012026/5/18 広島港の模型 桟橋の形態、旅客ターミナルと広電停留場の位置関係などがよく分かります。

260517_20260802093201発着する船舶の航路マップ

260517_20260802093401対岸の風景

260518_20260802093501第八きりくし 上村汽船が運航する宇品と江田島市(切串港)を結ぶフェリー 総トン数373トン 旅客定員330名 乗用車32台積載可能です。

800-807-260517800-814-260517広電のホームは頭端式ホーム2面3線で番線表示は系統番号との混乱を避けるためA・B・Cと割り振られています。連接車2本が停車できる長さがあり、ホームをカバーする広大な屋根が設置されています。

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2026年7月30日 (木)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その8 皆実町六丁目停留場

2026年7月28日、16時27分頃、熊本県宇城市、氷川町などで震度7を記録する「令和8年熊本地震」が発生しました。現時点ではまだ正確な被害状況は把握、発表されていないようですが、地震後に嘉島町の「イオンモール熊本」で爆発事故、九州自動車道で橋桁が上下にずれる損傷の発生、日本製紙八代工場の煙突崩落、八代駅構内の貨物側線で同駅で4099レから4096レへの折り返し、出発待ちだったEF510-308号機以下4両のコキが脱線、横転する事故が起きているようです。さらに大規模な断水、停電、ガスの供給ストップなどのライフラインの停止が発生しています。
私も熊本は2023年から毎年12月、大相撲の巡業の関係で3年連続訪問しており、今年も11月末から12月に訪問の予約手配をしたところでした。2016年の大地震からの復興が進んだことを感じ、「第二の故郷感」を持っているだけに今回の地震には大変なショックを受けています。

260517_202607290958012026/5/17 電停名標

広電本社前から御幸橋を過ぎ、皆実線と合流する宇品通りと千田通りの交差点上にあるのが皆実町六丁目停留場です。先日、紹介した紙屋町停留場などと同様にデルタ線が形成されており、西方向(宇品線)と北方向(皆実線)を結ぶ線路は長らく営業運行は行われていませんでしたが、今年3月28日の循環線開業で営業運行が実施されるようになりました。
宇品線の紙屋町~御幸橋(橋の西詰)間が開業したのは1912年11月23日でした。さらに橋の東詰から宇品まで開業したのは1915年4月8日で、1919年5月25日に御幸橋電車専用橋が開業するまでは橋は徒歩で渡っていました。軌道もこの頃は京橋川の東岸、宇品地区の西堤防沿いに敷かれていました。1935年に軌道は宇品通りに移され、それまでの専売局前停留場は廃止され、皆実町停留場が新設されました。さらに1944年には皆実線が開業し、2路線が分岐する停留場となり、皆実町三丁目停留場と改称されました。現在の名称となったのは1971年のことでした。

1900-1908-260517-22026/5/17 1系統と7系統の電車は皆実六丁目でこのような進路を取っています(奥が広島港、右が御幸橋方面)

800-804-2605175系統の電車は皆実線経由で広島駅に向かうためこのように進みます(手前が比治山方面)

900-913-2605172026年3月に開業した循環線の電車は写真のようなルートを辿ります。

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2026年7月27日 (月)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その5 江波電停と車庫

だいぶ間が空いてしまいましたが、広島電鉄の話題に戻ります。

260517_202607260711012026/5/17 電停名標

江波線は本線の土橋電停から分岐し、江波電停に至る2.6km、7駅の路線で広島市の舟入地区を走るため両端駅以外は「舟入・・」となっています。元々、1943年、江波町の造成埋立地に三菱重工広島造船所が操業を開始したため、そこへの通勤輸送を強化する目的で軍の要請により、建設が決まりました。1954年に現在の江波まで開通しましたが、広島造船所(その後、三菱重工業広島製作所江波工場)まで1.3kmの距離がありましたが、この間の延伸計画は今のところありません。

本線を経由して広島駅に至る6号線、横川駅に至る8号線、そして八丁堀から白島に至る9号線が朝夕に運行されています。1952年10月1日、江波陸軍射的場跡地に江波車庫が完成しました。

800-806-260517 700-711-713-260517 1000-1006-lex-2605172026/5/17 江波車庫で休む車両達

単行車の700形、800形、そして超低床車両の1000形が現在の主力となっています。

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2026年7月14日 (火)

西武鉄道 西武狭山線のワンマン化、7000系の投入 part1 狭山線の歴史

西武狭山線は村山貯水池(多摩湖)を中心とする狭山自然公園への観光客輸送を目的として西武鉄道の前身である武蔵野鉄道により1929年5月1日、山口線として西所沢駅~村山公園駅間4.8kmが開業しました。村山公園駅は村山上貯水池と同下貯水池を区分する堤体寄り、現在の西武第二球場付近に所在しました。中間には下山口駅と上山口駅が開設され、直流1200V電化でした。都心部から日帰り可能な狭山自然公園への観光輸送を巡って、旧西武鉄道が村山線(現、西武園線)「村山貯水池前駅」、多摩湖鉄道が多摩湖線「村山貯水池駅」を同時期に開業し、利用者獲得に向け熾烈な競争が繰り広げられていました。

1405042014/5/4 西所沢駅 駅名標
武蔵野鉄道が1915年に4月15日に開業した際の駅名は「小手指」でした。同年9月1日に「西所沢」と改称されました。現在の小手指駅は1966年に小手指検車区が新設され、1970年11月20日に開業しました。

2102042021/2/4 西所沢駅にある狭山線 ゼロキロポスト

2103122021/3/12 下山口駅 駅名標

140504_202607131218012014/5/4 西武球場前駅 駅名標

 1933年3月1日、上山口駅を山口貯水池駅、村山公園駅を村山貯水池際駅に改称、1941年4月1日には山口貯水池駅を上山口駅に、村山貯水池際駅を村山駅に改称しますが(これは「貯水池」という軍事上重要な施設の存在を隠蔽する国防上の理由によって実施された改称でした)、1944年2月28日、戦時体制により、不要不急線として休止に追い込まれました。戦後の1951年10月7日、狭山線という名称で再開、終点狭山湖駅が村山駅の300m手前に移設され、非電化のため気動車での運転が再開されました。1952年3月21日、直流1500Vで再電化されました。1954年10月10日、休止していた下山口駅と上山口駅は廃止となりますが、1976年6月4日、下山口駅は再開業となりました。この頃はユネスコ村や狭山スキー場といった主に近隣のレジャー施設への輸送を担っていました。

 1978年、狭山湖駅付近に存在した西武園球場を西武ライオンズの本拠地「西武ライオンズ球場(現、ベルーナドーム)」としてリニューアルすることになり。同球場へのアクセス路線として大改良が実施されました。1978年11月30日、狭山湖駅は300m手前に移設され、1979年3月25日、狭山湖駅は西武球場前駅に改称されました。

36-260712-22026/7/12 3面6線の西武狭山線ホーム 

2607112026/7/11 西武ドーム(ベルーナドーム)とレオライナー発着ホーム

西武鉄道では西武園エリアの魅力向上を目指し、今年度から2029年度にかけ西武球場前駅のリニューアルを進め、駅舎の建て替え、コンコースの美装化等を進めるそうです(News Release)。

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2026年7月 6日 (月)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その1 循環線の誕生

広島電鉄は軌道線(併用軌道)7路線、鉄道線1路線、総延長35.8kmから構成されており、その内訳は
<軌道線>
本線 5.2km 広島駅~広電西広島(己斐<こい>)
宇品線 5.9km 紙屋町~広島港
江波線 2.6km 土橋~江波
横川線 1.4km 十日市町~横川駅
皆実線 2.2km 稲荷町~皆実町六丁目
白島線 1.2km 八丁堀~白島
循環線 1.2km 稲荷町~比治山下
<鉄道線>
宮島線 16.1km 広電西広島(己斐)~広電宮島口  となっています。

260517-edit2
2026年5月現在の広電路線図

運行系統はほぼ路線に従ったものとなっており、
1号線 広島駅~紙屋町東∼広島港 44分 12分間隔 千田車庫 連接車ワンマン
2号線 広島駅~紙屋町~広電西広島(己斐)~広電宮島口 66分 10分間隔 荒手車庫 連接車
3号線 広電西広島(己斐)~紙屋町西~広電本社前 34分 15分間隔 千田車庫
5号線 広島駅~比治山下∼広島港 29分 12分間隔 千田車庫
6号線 広島駅~紙屋町~土橋~江波 34分 15分間隔 江波車庫
7号線 横川駅~十日市町∼紙屋町西∼広島港 48分 12分間隔 千田車庫
8号線 横川駅~十日市町~土橋~江波 24分 15分間隔 江波車庫
9号線 八丁堀~白島 8分 18分間隔 江波車庫
循環線 広電本社前~皆実町六丁目~的場町~紙屋町東∼広電本社前 44分 25分間隔 千田車庫

14012182014/12/18 訪問時の路線図 ちなみに料金も現在は大人全線均一240円となっています。

Poster-2605172026/5/17 江波

以前訪問した時にはなかった循環線(L系統)が今年3月に開業しました。これは2025年に広島駅前への駅前大橋ルートが完成し、従来、的場町電停が1・2・6号系統と5号系統の分岐だったのが稲荷町電停に代わったため、従来の皆実線の一部を本線西方向に繋げることで循環ルートを形成しました。260518_20260705090701段原一丁目、的場町は従来の皆実線でかつてはそのまま広島駅に繋がっていましたが、北上から西進させて循環線にしました。新しい皆実線は松川町から稲荷町を通って広島駅に通じるようになりました。

260518_20260705091201比治山下の分岐
循環線は直進(従来の的場町経由の広島駅へのルート)、5号線系統は左折(稲荷町経由の広島駅大橋ルート)

260518-2稲荷町の交差点

左右に伸びる線路は皆実線、右から合流する線路は本線、直進すると紙屋町方面

循環線の営業は日中、9時から17時ですが、被爆電車や大阪、京都、神戸などからの移籍車が動態保存的に走っており非常に興味深い路線となっていました。これらの車両に関しては後日の車両篇で紹介する予定です。

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2026年2月26日 (木)

2024年9月の京都、嵐電と阪急沿線の旅 その40 JR神戸駅

現在のJR西日本神戸駅が開業したのは1874年5月11日のことで1872年10月の新橋駅~横浜駅間の鉄道開業に続く2番目の鉄道、大阪駅~神戸駅間の官設鉄道の終着駅としての開業でした。初代駅舎はレンガ造りで、1875年4月には駅構内に船の修理等を行う蟹川船渠が、1876年6月には鉄道桟橋が駅構内に架設されました。1889年7月1日、後に東海道本線となる新橋駅~当駅間が全線開通し、駅舎は2代目に、神戸鉄道局(後の大阪鉄道管理局)も置かれました。
1888年11月1日、兵庫駅~明石駅間で開業した山陽鉄道は12月23日に明石駅~姫路駅間が開業し、1889年9月1日に神戸駅~兵庫駅間が開業し、神戸駅は東西から2つの鉄道会社が乗り入れる駅となり、1906年12月1日の山陽鉄道の国有化で官設鉄道の駅となりました。神戸駅以東は1895年4月1日の線路名称制定で東海道線に、以西は1909年10月12日の線路名称制定で山陽本線となりました。
1930年7月1日、駅の高架化に先駆け、三代目の駅舎に改築され、貴賓室なども備えた豪華なものとなりました。1931年10月10日には高架駅となりました。

240904-edit2024/9/4 JR神戸駅 周辺案内図

神戸駅はほぼ南北に走る線路に沿っており、北側は元町駅にかけて、南側は兵庫駅にかけていずれも半径400mのカーブとなっています。駅の北東側には1928年に神戸駅の貨物取扱業務を移管した湊川貨物駅(東海道貨物支線、通称神戸臨港線の終点)がありました。1980年代の鉄道貨物輸送事業縮小により、廃止され、跡地は再開発され神戸ハーバーランドとなりました。

240904_20260225075801東海道本線の終点、山陽本線の起点であることを示すポスト

神戸駅はその名の通り神戸市の名前がつく主要駅ではあるものの、市役者や商業地域の中心地に近いのは三ノ宮駅、県庁最寄り駅は元町駅、山陽新幹線の停車駅新神戸駅に最も近いのは三ノ宮駅、乗降客数も三ノ宮駅の方が多く、東海道・山陽在来線を走る特急の多くが三ノ宮駅には停車するものの、神戸駅は通過というケースが多いのも事実です。新快速も1970年10月1日の登場から1978年9月30日までは神戸駅を通過していました。

ホームは1番線から5番線まであり、1番線は平日朝のラッシュ時のみに使用され停車する列車が無い時間帯は閉鎖されますが、かつてこのホームは当駅始発の東京方面への優等列車用に割り当てられ、戦前は特急「燕」・「鴎」や急行列車が、また戦後も急行「銀河」(16列車21:10発)や電車特急「こだま」(1958年 - 1961年)・「富士」(1961年 - 1964年)(2004M,7:30発)がこのホームから発車していました。

1925年4月の交通公社時刻表の復刻版によると6:00発(翌朝8:10東京着)3等急行10列車、7:00発(翌朝9:00東京着)1,2等急行12列車、8:00発(翌朝10:00東京着急行14列車、8:50発(翌朝11:30東京着)急行16列車、北陸本線、羽越線経由の9:50発(翌々朝5:30青森着)急行503列車が神戸駅始発でした。

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2025年12月25日 (木)

八高線 高崎~高麗川間にHB-E220系 12/21時点で6編成が投入される

JR東日本は1993年3月にキハ110系気動車を八高線に投入、1996年3月にはキハ111・112形200番台を投入し、同線非電化区間の全列車をキハ110系で統一し、以来30年弱使用してきましたが、車両の老朽化が進み、環境負荷の低減、メンテナンス性の向上を目指し、ディーゼル発電機と蓄電池の組み合わせによるディーゼルハイブリッドシステムを搭載した新形式HB-E220形式を2025年12月1日から投入、従来のキハ110系を置き換えることにしました。同形式は高崎エリアに2両編成(HB-E221+HB-E222)8本、釜石線・東北本線用(花巻~釜石、花巻~盛岡)として盛岡エリアに2両編成6本、1両編成(HB-E220)4本の計32両が投入されるとのアナウンスされていました(情報)。

八高線(高崎~高麗川)間の列車運用はこちらのサイトにあるように運用201から207まであり、原則的に編成は201の翌日は202といった具合に回されているようです。運用207以外は日中、一旦入庫する機会があり、そこで編成が差し替えられることもあるようです。

202512-vs
目撃情報による運用サイトの情報を12月1日から23日まで各運用に照合させた結果
鉄道ニュースサイトの情報によればHB-E220-7編成は12月1日から、-8編成は12月11日から、-9編成は12月12日から、-10編成は12月15日から、-11編成は12月16日から、-12編成は12月21日から営業運転に投入されています。
私も12月23日に高麗川駅まで行き、9時20分発の233D(運用206)が-8編成であること、9時34分着の226D、折り返し10時35分発の2263D(運用202)が-12編成であることを確認しました。

Hbe2218-251223Hbe2228-251223-4 2025/12/23 高麗川 HB-E221-8+HB-E222-8 233D
高崎側がE221、高麗川側がE222 車体の形態は新潟・秋田地区に投入されたGV-E400系と酷似しています。同じ川崎車両が製造している西武鉄道の40000系とも似た雰囲気を感じます。

Hbe22212-2512232025/12/23 高麗川 HB-E222+221-12 226D
233Dはゆっくり撮影する時間もなく出発してゆきましたが、その14分後には226Dが到着したのでこちらで各部をじっくり観察することが出来ました。

主要諸元

最高運転速度 100 km/h
車両定員 103名(HB-E220形)117名(HB-E221形)126名(HB-E222形)
自重 42.2 t(HB-E220形)39.5 t(HB-E221形高崎車)39.6 t(HB-E221形盛岡車)
38.9 t(HB-E222形高崎車)39.1 t(HB-E222形盛岡車)
全長 20,600 mm
車体長 20,100 mm
車体幅 2,800 mm
車体高 3,640 mm
床面高さ 14,400 mm
車体 ステンレス
台車 軸梁式ボルスタレス台車 DT300(動力)/ TR275(付随)
機関 直噴式直列6気筒ディーゼルエンジン DMF15HZD-G形
機関出力 331 kW (450 PS)
発電機 かご形三相誘導発電機 DM115B形
主電動機 かご形三相誘導電動機 MT85形
制御方式 VVVFインバータ制御
制御装置 主変換装置 CI31形
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ(直通予備・抑速・耐雪ブレーキ付き)
保安装置 ATS-P / ATS-Ps(統合型車上装置)
防護無線・EB装置・TE装置



Hbe22212-251223_20251224084001特徴的な側面
窓が少なく、何かGV-E197系を彷彿させる側面のスタイル キハ110系と大きく異なる点は側扉が3か所となり、扉の幅も拡大したことです。

Hbe22112-251223パンタが無い屋根上はスッキリしています。空調装置は空気清浄機能付きの集中式(AU744形)で、車内外の温度や乗車率などにより最適化された制御が可能です。

Hbe22212-251223_20251224084401HB-E222形の床下には主変換装置と表示された箱が連なっています。蓄電池も内蔵されています。このために空気タンクやトイレのタンクが床上配置となり窓が少なくなりました。

Hbe22112-251223_20251224084601台車は動力台車DT300形、付随台車TR275形で軸梁式ボルスタレス方式で車輪などを分解せず軸受とグリースの交換ができる構造となっているのが特徴です。

今のペースで行くと年内に8編成すべてが営業運転を始めるかもしれません。盛岡地区での運行開始は2026年1月19日から予定されています。

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2025年11月19日 (水)

2024年夏の新潟旅行 その33 磐越西線の旅 part2 咲花から喜多方まで

磐越西線の旅、咲花から先は阿賀野川が造り出した渓谷伝いに線路が敷かれており、ある時は右にそして橋梁を渡ると左に阿賀野川を観ながら列車は進みます。

Dsc09473阿賀野川がせき止められダム湖のようになっている場所もあります。

Dsc09479_20251118075601新津駅を出発して約1時間で津川駅に到着します。

津川は会津藩領の時代、会津盆地から新潟方面に輸送される荷物を陸送から船に積み替える河港として栄えた町で、船着き場付近には会津藩の米倉、塩倉が建ち並び、明治維新の後も東蒲原郡の郡役所が置かれ、地域の行政、経済の中心地でした。
また岩越線として最後に開業した津川∼野沢間、特に鹿瀬~津川間の赤崎山と阿賀野川に挟まれた区間は地盤が軟弱で地面が川に向かって移動してゆくような場所で線路の敷設工事は難航したそうです。いまでも常時速度制限が450mにわたりかけられています。

Dsc09480日出谷はもともと人里離れた寒村でしたが、会津若松と新津の中間地点でこのあたりでは唯一、若干の平地があったことから鉄道の拠点となり、機関車の駐泊所、転車台、給水施設、乗務員宿泊所などが設置され、新潟県内で折り返す列車の折り返し駅となり、鉄道の町として発展しました。
鉄道開通以前は津川まで3里、買い出しに行くにも一日がかりでしたが、鉄道開通で半日で買い出しを済ませられるようになりました。村の特産の木炭の出荷で賑わいました。

Dsc09488野沢駅、かつては毎年6月に行われる大山祇神社例大祭の団体輸送(大山臨、野沢臨)の受け入れで活況を呈しましたが、磐越自動車道が開通し、観光バスの利用が急増したため臨時列車の設定はほとんどなくなりました。

Dsc09497山都駅を出発すると阿賀野川に北側から合流する一ノ戸橋梁を渡ります。この橋梁は1908年に架橋された16支間445m、高さ24mの鉄橋で中間の1支間が上路式ボルチモアトラス橋、他の15支間がプレートがーター橋となっており、磐越西線の撮影地として有名です。

Dsc09503新津を出発して2時間13分で喜多方に到着します。
列車は当駅で18分間停車しました。

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2025年11月18日 (火)

2024年夏の新潟旅行 その32 磐越西線の旅 part1 歴史 新津から咲花まで

2024年8月18日から21日までの3泊4日の旅、帰りは新津から磐越西線で郡山にさらに東北本線というルートにしました。

磐越西線は福島県の郡山駅から新潟県の新津駅までの営業キロ175.6km、駅数43(起終点駅、臨時駅を含めて)の路線で郡山駅から会津若松駅までの64.6kmが交流20kV,50Hzで電化されています。1967年6月15日に郡山から喜多方までの電化されましたが、2022年3月のダイヤ改正でJR東日本は経営コストの削減のため、会津若松において郡山方面は電車、新津方面は気動車と走行する車両を分離し、喜多方までの電車の乗り入れを廃止し、実質的に非電化状態となっています。

日本鉄道が現在の東北本線を開業したことで郡山駅と新潟駅を会津駅経由で結ぶ鉄道の建設機運が高まり、1896年には同路線の仮免許が交付、1897年には岩越鉄道株式会社が設立されました。1898年には中山宿まで、1899年には若松まで、1904年には喜多方まで開業しました。1906年には岩越鉄道は国有化され、喜多方以西は官設線として延長されました。新津側からも信越線の支線として順次延伸され、1914年野沢~津川駅間が開業し、全通となりました。郡山~新津間は岩越線となりましたが、1917年に平~郡山間が全通し、平郡線が磐越東線と改称されたのと同時に磐越西線となりました。清水トンネルの貫通、上越線の全通までは碓氷峠経由の高崎線・信越本線に次ぐ第2の東京から新潟へ向かうルートで同区間を夜行普通列車では11時間58分で走破していました(信越本線経由の夜行急行では11時間6分、普通列車では13時間56分)。

Dsc09432 Dsc09431_202511170834012024/8/21 新潟
新津までは新潟発5:14の長岡行420M 車両はE129系A32編成

Dsc09433_20251117083601 Dsc09446_202511170838012024/8/21 新津
新津からは6:00発224D、車両はGV-E401,402-12

Dsc09450磐越西線郡山方面時刻表
10時台、14時台、22時台は列車がありませんが、朝のラッシュ時間帯以外は1時間に1本程度の頻度です。

Dsc09453 Dsc09455 Dsc09456新津を出発してしばらくは新潟平野の穀倉地帯を突っ切って列車は進むという感じです。

Dsc09457五泉駅
磐越西線のこの区間は「森と水とロマンの鉄道」という愛称がつけられており、C57188号牽引のSLばんえつ物語の走行に合わせて駅名標もレトロチックとなっています。

Dsc09460阿賀野川に沿って線路は敷かれています。

Dsc09461咲花 駅名標はここもレトロチック

新津から五泉にかけては一旦南下し、五泉で進路を東に取り、日本列島の背骨にあたる山脈にアタックします。ここからは阿賀野川が造った渓谷に沿って走り、徳沢駅手前の阿賀野川徳沢橋梁が新潟県と福島県の県境となります。

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