2020年7月 3日 (金)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 16 播但線の旅 電化区間編

2019年8月1日に東京を出発し、岡山、広島、鳥取と旅し、最終日のメインは山陽本線と山陰本線をそれぞれ結ぶ、陰陽連絡線、播但線と加古川線の乗車です。

Dsc03000
2019/8/5 姫路 

播但線は地形的には市川、円山川が形成する谷に沿って陰陽連絡をしており、姫路~寺前までの平坦区間が1998年3月に電化されました。

線路にほぼ沿う形で国道312号、播但連絡道路が走っていますが、播但鉄道が線路を敷設するまでは生野銀山と姫路市の飾磨港を結ぶ生野銀山寮馬車道が存在していました。

路線データ
営業キロ 65.7km
駅数 18 両端駅を含む
全線単線
電化区間 姫路~寺前 DC1500V
閉塞方式 自動閉塞式(特殊)
交換可能駅 青倉駅以外の全駅
最高速度 姫路~福崎、寺前~和田山 95km/h 福崎~寺前 110km/h
運転指令所 福知山運輸指令所

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Dsc03004
BH3とBH9編成はパンタグラフが2014年に2基となっています。

電化区間を走るのは103系3500番台(網干総合車両所配置)です。

3500番台はJR東日本でも八高線電化時の1996年3月TcMM'T'cの4連が1編成0番台から改造されて投入されましたが、こちらはMcM'クモハ103形2500番台(元は片町線用改造されたクモハ103形5000番台分割併合装置付きの車両で5001はクモハ103形0番台から、他はモハ103形に運転台を設置:クモハ103-48・モハ103-248・249・241・295・304・427・435・480・485・499・727・729・770・772・780→クモハ103-5001 - 5016)で片町線に207系が投入された1992年に-5001は現番号に復帰、-5002以降は-2501から-2515になり、大和路線などに転用されました。そして1997年から1998年にかけて播但線に投入されるため、クモハ103形3500番台+クモハ102形3500番台(運転台取り付け)に9編成改造されました。103系初の2両編成です。

クモハ103-2506・2508 - 2515→クモハ103-3501 - 3509
モハ102-583・636・641・655・883・885・2027・2029・2037→クモハ102-3501 - 3509

Dsc03068_20200702190301 3501のBH1編成は体質改善40N施工車で乗降ドアのガラスの支持方が205系と同様であり、ガラス周りに金属フチがない異端車で種車のクモハ103-5007時代の延命N40工事時に交換されたものがそのまま残されているからです。

1033506-111226-2 2011/12/26 姫路 かつてはこのような色物編成もありました。

Dsc03014 溝口での列車交換

Dsc03021

Dsc03067 電化区間の終点、寺前 非電化区間に向かい乗客に対して同じホームの反対側に気動車が入線します。

Dsc03009 車内の様子 

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2020年5月22日 (金)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 11 津山から因美線に乗って鳥取方面へ その2 津山から智頭へ

2019年8月の旅行、津山から鳥取への姫新線・因美線の旅、智頭まではキハ120形単行列車の旅でした。

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Dsc02464
2019/8/3 津山駅発車前の様子 

時刻は昨日の記事のあるように
678D 津山1135ー東津山1139ー高野1144ー美作滝尾1152ー三浦1157ー美作加茂1204ー知和1209ー美作河井1216ー那岐1232ー土師1237ー智頭1243
と1時間8分の旅で、美作河井~那岐間の駅間が長いのはほぼ並行する県道6号の物見峠に連なる岡山・鳥取県境の分水嶺越えのトンネル区間があるからです。智頭では13分の接続で鳥取行き636Dに接続しています。列車番号が示すように鳥取発津山方面が下りとなっています。


Dsc02465 東津山における(右)姫新線姫路方面と(左)因美線鳥取方面の分岐

Dsc02470 美作加茂駅の駅名標と周辺の景色 因美線東津山~智頭間ですれ違い設備のある駅は東津山、美作加茂、那岐、智頭でしたが、智頭から津山に向かう列車は乗車している車両が往復しているような運用なのですれ違いはありませんでした。

Dsc02472

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県境のトンネルを越えて、鳥取県に入って最初の駅

Dsc02476 智頭駅に近づくと右側から智頭急行智頭線が接近してきます。

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智頭駅 左側がJR,右側が智頭急行、JR線と智頭急行線の連絡線もあります。

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Dsc02481_20200521195301 智頭駅に到着したキハ120-343は折り返し1254発の677Dで津山に向かいます。

因美線は1919年12月20日に因美軽便線として鳥取~用瀬間が開業、1922年9月2日に因美線と改称され、1923年6月5日には用瀬~智頭間が開業、1928年3月15日、津山~美作加茂間が因美南線として開業、北側は因美北線と改称、1931年9月12日、美作加茂~美作河井間が開業、1932年7月1日に残る智頭~美作河井間が開業し、全通となり、因美線となりました。1936年10月10日、津山~東津山間は姫新線に編入されました。

全通以来、津山線と共に鳥取~岡山を結ぶ陰陽連絡線の役割を果たし、「みささ」「砂丘」「ひるぜん」などの急行が運転されていました。因みに現在の678D~636Dのスジは1964年9月の時刻表では準急「砂丘」のスジとよく似ています。1994年12月3日智頭急行智頭線が開業し、陰陽連絡線の役割は因美線から智頭急行智頭線に移行となりました。

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2020年4月29日 (水)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 9 岡山から津山へ 津山線の車両

岡山~津山間、58.7kmの非電化路線に投入されているのはキハ40、キハ47とキハ120-300等の気動車です。所属は岡山気動車区(岡オカ)です。2008年5月末まではローカル線の活性化のために1990年6月1日に発足した鉄道部制度により、岡山県北部の地方交通線を管轄する津山鉄道部があり、キハ40系、キハ120形等は津山配置(岡ツヤ)でしたが、鉄道部の廃止で、岡山気動車区に統合されました。

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2002/3/29 岡山 

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2013/3/20 岡山 キハ40x3+キハ47 先頭は現在、ノスタルジー色(下の写真)になっているキハ40 2134

かつて岡山地区のキハ40系列は「岡山色」と言われた上の写真のような塗色でしたが、最近は塗装工程簡略化のため、首都圏タラコ色のオレンジ一色になってしまいました。

この車両基地はJR西日本、岡山支社の管轄で岡山と法界院の間にあります。元来、中国鉄道が機関庫を設置した場所で、国有化後は岡山機関区の支区となりました。
1987年4月1日の国鉄分割民営化でJR西日本にはキハ40形63両(すべて2000番台)、キハ47形189両(0番台108両、500番台3両、1000番台75両、1500番台3両)、キハ48形5両(0番台3両、1000番台2両)の計257両が承継され、この両数はJR旅客鉄道会社6社の中で最大でした。

岡山気動車区 配置車両
 
キハ40形 15両 ワンマン運転対応

キハ40形にはかつて旧形客車改造の初代キハ40形、後年キハ08形に改番が存在したため、オリジナルは北海道向け酷寒地向け100番台から始まり、枝番で寒地仕様の500番台、関東以西の暖地向け仕様2000番台の3種類が製造されました。

2000番台 10両 一部エンジン265PS      2006, 2029, 2036, 2043, 2048, 2049, 2082, 2093, 2133, 2134*

3000番台 5両 ロングシート改造車 全車エンジン265PS    3001, 3002, 3003, 3004, 3006

キハ40形の多くは1994年度から2000年度にかけ、エンジンをコマツ製SA6D125H-1AもしくはSA6D125HE-1(355PS)へ、液体変速機をコマツ製のKTF3335A-1A(変速2段・直結3段、自動式)または新潟コンバータ製TACN-22系(変速1段・直結2段、自動式)へ換装していますが、265PSのままの車両も残っています。これらは平坦線である吉備線(桃太郎線)と津山線岡山~法界院までの間で運用されています。それら以外は津山線、姫新線(津山~新見間)、因美線(智頭~津山間)で運用されています。

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2019/8/2 岡山 津山納涼ごんごまつりのHMを掲出したキハ47 64

47-1022-130322-2
2013/3/22 法界院 津山さくらまつりのHMを掲出したキハ47 1022

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2013/3/21 岡山 吉備線で活躍する2000番台 キハ47 2002

キハ47形 26両
キハ47形は暖地向け、トイレ付き0番台、トイレ無し1000番台、新潟地区寒地向け、トイレ付き500番台、トイレ無し1500番台がオリジナルタイプとして製造されました。
0番台 15両  18, 19, 20, 21, 29, 43, 44, 45, 47*, 64, 69, 85, 99, 142, 170
1000番台 7両 1004, 1005, 1022, 1036*, 1038, 1094, 1128
2000番台 3両 0番台のロングシート改造車 2001, 2002, 2003
3000番台 1両 1000番台のロングシート改造車 3001

キハ47-99, -170, -2001, -2003以外はワンマン運転対応

ワンマン運転対応車は吉備線、津山線、姫新線(津山~新見間)、因美線(智頭~津山間)で運用されています。

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2019/8/3 津山 ノスタルジー色を纏ったキハ40 2134

*の付いた3両は「ノスタルジー色」として写真のような塗色となっていましたが、2020年2月末からキハ47の2両編成に関しては国鉄急行色に改められたそうです(情報)。

120336-190802 2019/8/2 津山 

キハ120形 16両
300番台 16両 全車ワンマン運転対応 328, 330, 334, 335, 336, 337, 338, 339, 340, 342, 343, 353, 355, 356, 358, 359
キハ40系列よりも運用範囲が広く、因美線(智頭駅 - 津山駅間)・津山線・姫新線(佐用駅 - 新見駅間)・伯備線(新見駅 - 伯耆大山駅間)・芸備線(備中神代駅 - 備後落合駅間)・山陰本線(伯耆大山駅 - 米子駅間)で運用されています。

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2020年4月28日 (火)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 9 岡山から津山へ 津山線の旅

津山線はかつて因美線とともに山陽~山陰を結ぶ陰陽連絡線として、岡山~鳥取間を結ぶ急行「砂丘」などが運行されていました。しかし、1994年12月3日智頭急行智頭線が開業したことで陰陽連絡線としての役割はなくなり、岡山~津山の都市間連絡線に徹するようになりました。

190802_20200427150601 2019/8/2 岡山駅 津山線ホームの駅名標 

190802_20200427151301

ラインカラーは津山線が黄色、吉備線は桃太郎線となり、ラインカラーは桃色

190802_20200427150701
津山線の時刻表 見えにくいですが、快速「ことぶき」が2時間おき程度に運転されており、停車駅は岡山を出発すると、法界院、金川、福渡、弓削、亀甲、津山にしか停車しません。


路線データ

路線距離 58.7km
駅数 17(起点終点駅を含めて)
複線区間 なし
電化区間 なし
閉塞方式 自動閉塞式(特殊)
最高速度 95km/h
運転指令所 岡山総合送指令所津山派出

190802_20200427151401 2019/8/2 津山駅の駅名標

190802_20200427151501 津山駅のホーム屋根は昭和の雰囲気が残っています。

書類上の起点は岡山ですが、岡山駅で接続する山陽新幹線・山陽本線・宇野線・吉備線、津山駅で接続する姫新線に方向を合わせて、岡山に向かう列車が下り(列車番号が奇数)、津山に向かう列車が上りとされています。

1896年4月30日中国鉄道株式会社として設立された現在の中鉄バス1898年12月21日に本線として岡山市~津山(現在の津山口)間を開業しました。1904年11月10日には吉備鉄道を合併し、同社が開業させようとしていた岡山市~湛井間の吉備線を11月15日に開業しました。このとき、岡山市~岡山間も開業し、国鉄岡山駅に乗り入れました。1923年8月1日には津山駅が津山口駅に改称され、8月21日には国鉄作備線(現在の姫新線)の支線として津山~津山口間が開業しました。

1925年2月17日には総社(現在の東総社)~湛井間を廃止し、総社 - 西総社(現在の総社)間が開業しました。1944年6月1日、中国鉄道の鉄道部門は戦時買収私鉄指定で国有化され、津山線、吉備線となりました。バス部門は国有化対象外で社名はそのままでバス会社となりました。

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2019年8月28日 (水)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その3 路線編 仙台東北ライン 接続線

昨日の記事では2015年5月30日に開業を迎えた仙台東北ライン用に準備されたHB-E210系気動車について紹介しましたが、今回は仙石線と東北本線が接近する区間に設けられた接続線の様子です。

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2016/10/22 高城町駅 駅名標 このときは仙石線高城町側から乗車しました。

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高城町駅 時刻表 開業時 仙石線 あおば通方面が毎時2本、仙台方面が毎時1本 停車パターンが異なる特別快速、赤快速、緑快速の3種類が運行されていました。

両線の駅としては東北本線塩釜駅と松島駅の間、仙石線は松島海岸駅と高城町(たかぎまち)駅間に接続線が建設されました。それぞれの分岐・合流部分は松島駅構内、高城町構内扱いとなっています。また、接続線は東北本線支線となっています。

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仙台方面と2つの出発信号機

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仙石線と接続線分岐 右が接続線

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東北本線に合流

路線自身は国鉄分割民営化直後の1991年から1992年頃から計画はされていました。しかし、最大のネックは両線の電化方式の違いで交直流車両の投入や建設費の工面が民営化直後のJR東日本にとっては重荷であり、東日本大震災発生後、ハイブリッド気動車の新技術の熟成、震災で被害を受けた遠征自治体の復興目的で、沿線自治体からの要望が実現に至ったそうです。

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東北本線 塩釜駅 駅名標

仙石線は宮城電気鉄道が建設した元私鉄路線で駅間距離が短く、停車駅が多く、待避設備が無いため、緩急接続が出来ず、快速列車の増発が難しい線区でした、一方東北本線は待避設備はないものの、駅間距離が長く、停車駅が少ないため、速達性の高い線区で、両線を接続することで、仙台~石巻間の移動が1時間以内におさまるというメリットが期待されました。

さらにミヤコーバスが高速道路を使って仙台~石巻間の運行を1998年から開始し、当初は一日4往復でしたが、震災で仙石線が長期不通になった間、高速道路の早期復旧で臨時便を運行し、同区間の公共交通機関としての地位を確立して行きました。JR東日本も仙台~石巻間に石巻線経由で「直通快速」(ノンストップ)を朝夕1往復運行しましたが、石巻線のダイヤ上の制約から増発は難しく、利用客は100人程度に留まり、バスには太刀打ちできない状況でした。

そういった状況から鉄道の復活をアピールするために整備されたのが仙台東北ラインで、仙石線の全線復旧、同ラインの運行開始で高速バスの方は減便に至りました。

総事業費は18億円、うち4億4千万円は宮城県、仙台市、石巻市等が国勢調査データに基づく、仙台市への通勤通学者の割合に応じて負担しました。

接続線開業当初は線内での無線の切り替え操作の関係で運転停車が義務づけられていましたが、2017年から2018年にかけて改良工事を行い、無停車で通過が可能となりました。

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2019年8月22日 (木)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その2 車両編 205系3100番台 その1 種車と周辺の動き

現在、仙石線で活躍中の205系3100番台

クハ205形3100番台
モハ205形3100番台
モハ204形3100番台
クハ204形3100番台 

からなる4連(2M2T)でモハユニットは全て元山手線用、クハは元山手線用または埼京線用サハ205形に運転台を設置した改造車で2002年から2004年にかけて18編成(M-1~M-18)が準備されました。

これら18編成の改造は
・ドアスイッチを装備した半自動ドア機構
・クハ205形に車椅子対応大形洋式車内トイレの設置
・耐寒仕様、側引戸レールヒータ、耐雪ブレーキの装備
・ATS-Ps、後年ATACS保安装置
・停車駅通過防止装置の設置 でした。

モハ205形の一部の車両には霜取り用シングルアームパンタグラフ(PS33C)を装備しました。

205-05-021104
2002/11/4 恵比寿 5,6号車がM-18編成のモハに改造されたヤテ5編成

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山手電車区の所属車両から仙石線用3100番台に改造された車両

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2012/6/16 赤羽 M1編成用サハ205-160とナハT11編成用サハ205-161が抜かれ、6扉サハ204-11と-902が入ったハエ8編成

2053100_20190821183901
川越電車区の所属車両から仙石線用3100番台に改造された車両

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2002/4/7 恵比寿 M-16、ナハ48>M-19の改造種車となったヤテ7編成

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2006/2/11 尻手 ナハ48編成 205-4-041226
2004/12/26 矢向 モハユニットが235,236だったころのナハ4編成

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2010/9/11 モハユニットが235,21に交換された後のナハ4編成

103系の運転が2004年に終了後も多賀城付近の連続立体交差工事による予備車両の増加で103系1編成RT-235編成が運用復帰していましたが、2009年、その置き換え用に南武線に配置された205系1200番台(ナハ48編成)を1本4両編成に短縮し、3100番台化してM-19編成として仙石線に投入し、103系を完全に淘汰しました。

ナハ48編成は元々、上の図でヤテ7編成から改造された編成でモハユニット205/204-19が3119となり、21はナハ4編成に組み込まれました。ナハ4編成は元々、クハ205/204-88,モハ205/204-235,236からなる6連でしたが、2008年10月26日、中原電車区の交番検査庫でMG故障検査を受けている最中に工具による電気回路の短絡で低圧系回路にDC1500Vが流れ込み、作業員が重症、自力走行不能の状態に陥っていました。ナハ48編成から捻出されたモハユニット205/204-21を組み込んで復帰となりました。モハ205/204-236は2010年6月15日長野総合車両センターに廃車回送されました。(今回の記事に関してはサイト「4号車の5号車寄り」の記述を参考にまとめました)。

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2019年8月21日 (水)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その2 車両編 205系が導入される前の車両たち

1925年に宮城電気鉄道として開業した現在の仙石線は開業当初からDC1500Vで、最初こそ丸屋根、木造車でしたが、延伸の際の増備車は半鋼製となり、ウェスティングハウス・エレクトリック(WH)式のHL(間接非自動制御)でパンタグラフも仙台地下駅での架線高さの関係により、空気上昇・バネ降下式が採用されました。

形式は 
モハニ101形 1925年2月 蒲田車両製 101-103 並等荷物合造制御電動車 
モハニ201形・モハ220形 1925年2月 蒲田車両製 201・202 並等荷物合造制御電動車 当初はデハニ201形
クハ301形 1926年3月 日本車輛製造東京支店製 301-303 木造並等制御車 当初はサハ301形
クハ401形 1927年7月 汽車製造東京支店製 401・402 片運転台型半鋼製並等制御車 当初はテサハ401形
モハ501形 1928年3月 汽車製造東京支店製 501・502 両運転台型半鋼製並等制御電動車 当初はテデハ501形
モハ601形 1928年3月 汽車製造東京支店製 601・602 両運転台型半鋼製特等並等制御電動車 当初はテデロハ601形
クハニ701形 1928年3月 汽車製造東京支店製 701・702 片運転台型半鋼製並等荷物合造制御車 当初はテサハニ701形
モハ801形 1937年日本車輌製造東京支店製 当初はクハ801形 1937年日本鉄道自動車製 クハ881形
      1941年製 両運転台型半鋼製並等制御電動車
モハ810形 宮城電気鉄道が発注、国有化で国鉄が受領
モハ901形 1922年6月 汽車製造東京支店製 デハ33526 鉄道省から宮城電気鉄道へ

これらの車両は1950年代宮城電気鉄道で廃車後、弘南鉄道、高松琴平電気鉄道、大井川鉄道、新潟交通、日立電鉄等に譲渡されました。

国有化後、宮城電気鉄道からの引継ぎ車両を置き換える目的で首都圏などで余剰となった車体長17mの30系、31系、33系、50系、そして車体長20m級の40系が投入されました。その後、17m車の置き換えの過程でクモハ54、クハ68、モハ70などが一時的に活躍しました。これらは72系の投入で他線区へ転出、あるいは廃車となりました。

72系を仙石線で運用するにあたり、グローブ形通風機では冬期に雪の吹込み等の問題があるので、押込形通風器に交換する改造が1969年から1972年にかけて72系45両(モハ72形7両、クモハ73形20両、クハ79形15両、サハ78形3両)およびクモハ54形6両、モハ70形4両、クハ68形4両に施行されました。

1975

1975/3/31 時点での陸前原ノ町電車区配置表

1979

  1979/4/1時点の陸前原ノ町区編成表

1033000-53-020102
2002/1/2 拝島 足元を見ない限りは103系高運転台車と見間違う3000番台

1974年、老朽化した72系のアコモデーション改良車としてモハ72形970番台クハ79形600番台が72系新製車の改造で製作されました。車体は103系高運転台クハ車と同じで1979年に通常車が置き換えられた後も1985年まで残存し、川越線の電化で機器類を103系のものに交換し、103系3000番台に編入され、八高線・川越線に活躍の場を移しました。

1979年から72/73系置き換え目的で103系が投入され、当初はクモハ103を含む編成でした。

103-860806
1986/8/6 仙台駅地平ホームに入線したスカイブルー塗色の103系

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1986年11月改正時点での陸前原ノ町電車区編成表、72系アコモ改造車は全て転出済みで、それまでの103系先頭車はタブレット交換時にガラス破損を防ぐために戸袋窓を塞いでいましたが、薄青の先頭車は1984年にアコモ改造車の代わりに導入された先頭車で戸袋小窓が塞がれていない車両です。薄緑セルは両栓車です。

1987年にクモハ103-149を先頭とする4連が分割され、郡山工場にて
クモハ103-149 → クモハ105-101
モハ102-315 → クモハ105-601
サハ103-240 → クハ105-601
クハ103-599 → クハ105-105   
中間車に運転台が設置され、105系100番台、600番台に改造され2連2本となり、石巻~矢本間の区間列車運用に使用されました。1998年に103系高運転台編成の配置で書類上、廃車となり2008年まで八王子、横浜支社内で訓練車として活躍しました。

1997

1997年時点での103系編成表で1979年に導入されたグループは1993年に淘汰されています。オレンジ色のセルは新製時からのシールドビーム2灯車、他の先頭車はブタ鼻改造車です。

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2006/8/20 郡山 2002年から2004年にかけ、大方の103系が205系投入で淘汰された後、1編成だけ残されたRT235,236編成

仙石線の車両の配置区ですが、以下のような名称の変化の歴史を辿っています。
1956年 仙台鉄道管理局仙石線管理事務所として設立(仙セン)
1971年4月1日 陸前原ノ町電車区発足(仙リハ)
1987年4月1日 国鉄民営化
1991年 仙台~苦竹間の地下化工事で福田町付近に移転、宮城野電車区に(仙ミノ)
2003年 検修部門は仙台電車区宮城野派出所、運転士、車掌部門は宮城野運輸区(仙セン)
2004年 仙台車両センター宮城野派出所

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2019年8月20日 (火)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その1 宮城電気鉄道として開業後の歴史

2016年10月の旅の本来の目的は新利府駅そばの新幹線総合車両センターの公開に参加することでしたが、これまでに記事にしたように仙台周辺の保存車両の訪問、仙台市電保存館を見学しました。

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2016/10/21 仙台駅

もう一つ重要なのが仙石線でした。仙石線は2016年8月に東北本線に隣接する松島海岸駅~高城町駅間に連絡線を設け、仙台駅と石巻方面を結ぶ「仙石東北ライン」が開通したところでもありました。当時の速報編でも記事にはしてありますが、もう一度振り返ってみようと思います。

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まずは仙石線の開業からの歴史について。宮城電気鉄道1881年設立の貿易商社高田商会から余剰電力を活用するために1922年9月9日に設立され、1925年6月5日、仙台駅~西塩釜駅間が開業、1928年11月22日、石巻駅まで全線が開業しました。1925年に開業した同鉄道の仙台駅は東北本線と交差するため地下駅として建設され、仙台駅に至る数珀メートルの区間は地下路線として建設されました。この区間の開業か日本最初の地下鉄と言われる東京地下鉄道(銀座線の浅草~上野)の開通よりも2年半も早く、郊外電車の地下乗り入れとして神戸有馬電気鉄道(現在の神戸電鉄有馬線)の湊川地下線開通よりも3年早いものでした。外国人技師の指導によるトンネル建設で県庁付近への延伸も視野に入っていたそうです。架線電圧も600Vではなく、1922年に大阪鉄道(現在の近鉄南大阪線)が導入したばかりのDC1500Vが導入され、レールは国鉄幹線級の37㎏、踏切などでは50㎏のものが使用され、色灯式自動信号機が採用されました。

太平洋戦争中の1944年5月1日に国有化され仙石線となりました。

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国有化後、1952年に宮城、山形、福島3県で国民体育大会が開催されるのを契機に仙台駅のプラットホームは地上に移されました。そして2000年に地下ホームが完成されると1面2線の行きどまり式ホームは廃止となりました。

路線データ

管轄・路線距離(営業キロ):全長50.8km(第一種区間。支線含む)
東日本旅客鉄道:
あおば通駅 - 石巻駅間 49.0km(第一種鉄道事業)
日本貨物鉄道:
陸前山下駅 - 石巻港駅間 1.8km(第一種鉄道事業)
陸前山下駅 - 石巻駅間 (1.4km)(第二種鉄道事業)
軌間:1067mm
駅数:33
旅客駅:32(起終点駅含む)
仙石線所属の旅客駅に限定した場合、仙台駅(東北本線所属)と石巻駅(石巻線所属が除外され、30駅となる。
貨物駅:1(石巻港駅)
複線区間:あおば通駅 - 東塩釜駅
電化区間:あおば通駅 - 石巻駅間(直流1500V)
陸前山下駅 - 石巻港駅間の貨物線をのぞき全線電化。
閉塞方式
あおば通駅 - 東塩釜駅:移動閉塞式
東塩釜駅 - 石巻駅:自動閉塞式(特殊)
保安装置
ATACS(あおば通駅 - 東塩釜駅)
ATS-SN(東塩釜駅 - 石巻駅[2])
運転指令所:仙台総合指令室(仙石CTC、JR宮城野総合事務所内)
最高速度:95km/h

支線をのぞく全線がJR東日本仙台支社の管轄となっている。

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2000年3月11日に使用を開始した仙台駅仙石線地下ホーム

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2019年8月12日 (月)

仙台市電保存館を訪問 その1 概要・仙台市電の歴史・その後

2016年10月の仙台方面の旅では1926年11月25日に開業し、1976年3月31日まで営業した仙台市電の姿を未来に伝えるべく1991年4月25日に地下鉄富沢車両基地内に開館した仙台市電保存館を訪問しました。

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Dsc048542016/10/21 仙台市電保存館は仙台地下鉄南北線終点、富沢駅から歩いて数分の富沢車両基地の中にあります。

仙台市は1907年から「上水道整備」「電気事業」「市区改正」「市街電車敷設」「公園設置」を五大事業として推進しました。市街電車事業は多大な経費がかかるため、市は1918年交通調査委員会を設け、東北帝国大学教授に調査を依頼しました。報告書によれば、一周線、長町線、原町線からなる路線が提案されました。1923年、総額265万円の設置費用を見込み、軌道免許を取得、1925年着工に漕ぎ着けました。

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Dsc04860軌間は国鉄と同じ1067mmの狭軌で、電化方式はDC600Vでした。そのため、仙台市電で活躍した車両は同じ軌間だった呉市電、茨城交通水浜線、琴平参宮電鉄からの譲渡車両がいましたし、仙台市電廃止後は長崎電軌に譲渡された車両もいました。

路線は1926年に循環線が開通、1928年には芭蕉の辻線、1936年に長町線、1937年に北仙台線、1941年に八幡町線、1948年に原町線と調査委員会の報告書の通り、循環線を中心にその内側に伸びる線と、四方に伸びる線が出来て行きました。しかし、短い支線だった芭蕉の辻線は戦中の金属回収令により、レールが撤去されてしまいました。
1957年度までは黒字経営でしたが、1958年度からは職員の賃上げに運賃が追いつかず赤字経営に転落、さらに1960年代に入るとモータリゼーションの発達で定時運行が妨げられるようになり、北仙台線の利用者減少が著しくなり、この線が最初に廃止対象となり、1969年3月末で廃止となりました。
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市電全廃後は車両の譲渡、軌道の撤去、当分の間、バスが市電の役割を担っていましたが、1987年、地下鉄の開通と続きます。市電保存館は、市電廃止後、車庫に残されていた車両などを展示する形で1991年に開館しました。

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2019年8月 9日 (金)

東北本線の盲腸線 通称「利府線」について

東北本線には岩切~利府間に盲腸線があります。通称、利府線と呼ばれていますが、日本鉄道が1890年4月16日、岩切~一関間を開業した際、岩切から先は利府経由のルートでしたが、16.7‰の勾配があり、長大列車は補機を連結する必要があり、列車の遅れ、運休がしばしば発生する問題路線でした。1894年1月4日、利府駅が開業しました。

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2016/10/22 岩切駅の駅名標 上は利府方面、下は現在の本線

太平洋戦争の激化で貨物輸送を船舶から鉄道に転移させるために、鉄道の輸送力を増強するため、各地で勾配を緩和する新線が建設されました。東海道本線、大垣~関ヶ原、函館本線、大沼~森などがそういった新線で岩切~品井沼間においても勾配緩和が計画され、1943年4月、塩竃を経由する新線がの建設が決定し、1944年11月15日、陸前山王~品井沼間に新線が開業しました。当初は貨物列車のみが塩竃線を通過していました。

利府経由が「山線」、新線は「海線」と呼ばれ、しばらく併存していましたが、1947年には海線の複線化と駅の設置が決定し、1962年4月20日、松島(旧駅)~品井沼間が廃止され、同年7月1日には利府~松島(旧駅)間が廃止されました。

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2016/10/22 新利府駅 ホームと駅名標

本線となった海線は1968年10月のヨンサントウダイヤ改正で複線電化されましたが、利府線が電化されたのは1978年、交流電化後も気動車が運用され、電車が走るようになったのは1995年3月24日のことでした。1982年の東北新幹線開業では仙台工場・仙台第一新幹線運転所(後の新幹線総合車両センター)が利府線沿いに設置され、通勤の便を図るため、同年4月1日、新利府駅も設置されました。

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161022_201908081828012016/10/22 利府駅 駅名標、ホーム、駅舎

2002年のFIFAワールドカップでは宮城県総合運動公園が開設され、イベント開催に対応して列車が増発されるため、利府駅のホームが増設されました。

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