2019年5月13日 (月)

横浜市電保存館を訪問 その11 吉村コレクション part3 ディーゼル機関車編

横浜市電保存館の吉村コレクションの話題、今回はディーゼル機関車の話題です。

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DD12形

私も中学生の頃、朝日新聞社発刊の「世界の鉄道’70」(特集・ディーゼル機関車)でその存在は知っていましたが、実車は一度も目にすることはありませんでした。太平洋戦争終結後、アメリカ軍を中心とした連合軍が日本に進駐する際に、日本の鉄道は空襲などで壊滅的打撃を受け、軍事輸送に使えないだろうと予想し、持ち込んだ機関車でした。ジェネラル・エレクトリック(GE)社製、標準軌仕様を狭軌仕様に改め、フィリピンの軍用鉄道で使用していた(GE47-TON DROP CAB, No.8584 - 8589)と新造機(GE47-TON DROP CAB,No.8592,8593)の8両で形式はUS ARMY 8500と名乗りました。

実際に進駐してみると日本の鉄道は予想外にしっかりとしており、進駐軍向け輸送は国鉄・私鉄の保有する状態の良い車両を徴用、優先的に整備・運行すること言足りることがわかり、日本への車両持ち込みはこの8両の機関車で終わりました。日本側からしてみると、これまで使用されて来たディーゼル機関車DB10 (入れ換え用・鉄道省設計・1932年、機械式、8両製造)、DC10(入れ換え用・ドイツから1930年に輸入・機械式)、DC11(入れ換え用・ドイツから1929年に輸入・電気式)、DD10 (入れ換え、小列車牽引用・鉄道省設計・1935年・川崎車輌・電気式)に較べ、性能、信頼性において格段に勝っていることから、1956年、アメリカ軍の進駐解除後、国鉄に5両(8585/8586/8588/8592/8593)、名鉄に2両(8584/8589)、八幡製鐵に1両(8587)払い下げられ国鉄ではDD12形、名鉄ではDED8500形、八幡製鐵ではD402と名乗りました。

US ARMY8500の機材13両分が横浜港高島桟橋に到着したのは1946年4月同年5月に大宮工場で8両が組立られました。高島機関区に配置され、一部は鷹取機関区、呉機関区に転属し、進駐軍貨車の入れ換えに従事しました。運転は国鉄職員が行いました。1951年4月のサンフランシスコ講和条約後もそのまま使用され、1952年3月末付けで米軍機としての取り扱いは廃止となりました。

運転室の前後に発電用エンジン(キャタピラー製D17000型180ps)を1基ずつ配し、発電機(GE製GT555型)で発電、GE製GE733型モーター4基を回す電気式で形態的には模型のように後の国鉄製DD11、DD13、DD51などに較べボンネットが高く、排気筒が短いスタイルでした。入れ換え用のため低速仕様でしたが、軍用車両らしく堅牢で故障しにくく、アメリカ軍の各種車両と互換部品を使用し、極めて整備しやすい車両だったそうです。ただ、台車が小型でモータが低い位置に設置されていたため、大雨などでモーターの冠水による故障の危険性がありました。

国鉄に譲渡された5両は東京機関区に配置、一部は広島第二呉支区に貸し出されましたが、その後、品川機関区、久里浜機関区に配置され、米軍向け燃料輸送貨車の入れ換えに利用されました。1958年以降は大出力のDD13形が導入され、新鶴見機関区に全5両が集結し1972年には全車一斉に第一種休車指定され、1974年に全車廃車・解体となりました。
名鉄に譲渡された2両は小牧基地への貨物線、岐阜基地への引き込み線で使用され、1958年からは築港線で使用されました。名古屋臨海鉄道の開業で役割を終え、1966年にフィリピン国鉄に売却され、1978年12月に2両とも解体されました。
八幡製鐵への1両は八幡~戸畑間の製鉄所専用鉄道で緩急車代用で使用され、1967年3月に解体されました。


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2019年5月12日 (日)

横浜市電保存館を訪問 その10 吉村コレクション part2 電機編

昨日に続き、横浜市電保存館の「吉村コレクション」今回は電気機関車の模型から

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EF50(旧8000)形

1925年12月、東海道本線東京~国府津間電化開業用に向けて英国から8両輸入された機関車で、1924年に製造され電気関係はイングリッシュ・エレクトリック社(English Electric & Co., Ltd.)、機械関係はノース・ブリティッシュ・ロコモティブ社(North British Locomotive Co.)が製造に関わりました。ED50形、ED51形などともにいわゆる「デッカー」と言われる一族です。製造当初は8000形(8000-8007)と称されましたが、1928年10月の車両形式称号規定改正でEF50形に改められました。

当時、我が国は電化の進展で欧米各国から試験的に数両の電気機関車を輸入していました。英国製の電気機関車は本国においても開発途上で信頼度的には決して高くなかったにも拘わらず8両という多数が輸入されたのは、1921年から1922年にかけて各国の艦船保有量を制限する軍縮会議が英米の主導で開催され、会議における交渉で英国側の譲歩を引き出させる戦術として外務省の主導で電気機関車を大量に輸入することにしたと言われています。デッカータイプの大量輸入は鉄道省の意図したものではなく政治的圧力によるものだったそうです。いつの時代も似たようなことが行われているものだと感じる次第です。

形態上の特徴は2軸の先輪を有し、箱形車体の前後にデッキがあり、車体下部には中央部で幅が広がった魚腹型の側梁が露出し、そこに9個の丸穴が開けられていること、車体側面にも主抵抗器冷却のための鎧状の通風口が並んでいることです。制御装置はカム軸式で、6個のモーターを制御するのに、通常は直列~直並列~並列となるべきところをカム軸の長大化を忌避してか直列段からいきなり並列段に移行する方式で、進段時の衝撃が大きく、勾配での加速に問題があり、初期故障が多く発生したそうです。

運転開始以来、東京機関区に配置され東海道本線で旅客列車牽引を任されましたが、初期には故障が多く蒸気機関車を後部穂機として連結し、運転しました。デッカー系機関車のトラブル解消のため、補機類の多くは後年、鉄道省制式部品に交換されて行きました。

戦後の1952年4月の高崎線電化でEF53形などとともに高崎第二機関区に5両が転属しました。勾配線での運転に向かなかったため、当時の電化区間では高崎線以外に転用先が見つからなかったのが真相のようです。最後の本線仕業は7号機による1956年11月18日の上り急行「十和田」牽引でした。1954年から廃車が始まり、1958年までに全車が廃車され、解体処分となりました。

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EF13形(凸型スタイル戦時タイプ)

国鉄の貨物用大型電機は1934年EF10形(41両)から始まり、1941年には出力増強版のEF12形が開発されましたが、軍需輸送に対応する輸送力増強に対応し、かつ戦時下の資材不足に対応しながら製造するために、EF12の機能を簡略化したのがEF13形でした。その設計は戦時中さえしのげれば良いというもので、鋼材を節約するため車体はデッキ部までの全長車体から中央部の短い車体と機器を被うボンネットスタイル(凸型)となりました。さらに工作簡略簡略化のためスタイリングや仕上げ工作は全て省略されました。冬場には隙間風が吹き込み、暖房も設置されていなかったため、乗務は苦痛が伴ったとのことです。一方で戦闘機による機銃掃射を避けるため乗務員室には防弾装備がが施され、乗務員室側面の内側に厚さ13mmの鋼板が張られ、外板との間には砂が入れられました。

機器的には電装系の焼損事故の保護に重要な役割が期待される高速度遮断器が省略され、ヒューズで代用されました。台車枠の車軸支持も緩衝部材を入れずリンクを台車枠に直づけしました。こうした徹底的な部材省略の結果、総重量が軽くなり過ぎ、軸重不足に陥り、死重として16.4tのコンクリートブロックを積むことになりました。弱め界磁も63系電車同様、「主電動機の寿命が縮む」との理由から「使用不可」とされました。出力はEF12形と同等を目指しましたが簡易設計、代用部材多用の影響で計画性能の達成には至らず、EF10形並との評価でした。戦時輸送対応のために簡素な設計が採り入れられたにも拘わらず戦争中の完成は7両に留まり、戦後の1947年までに31両が製造されたところで、新形式のEF15形が増備されることとなり、製造は終了しました。

1948年からの第1次改装工事で高速度遮断器が新設され、パンタグラフもPS14に交換されました。さらに弱め界磁段も使用可能とされました。1953年から1957年にかけての第2次改装工事ではEF58形31両の車体載せ換えで発生した旧車体をEF13に載せ、旧凸型車体を廃し、箱形車体とする工事が施工されました。旧車体のEF58形が31両製造されていたこと、両形式の車体サイズが一致していたことで車体流用交換が進められましたが、台車間サイズが僅かに異なったため、その部分は改造で対応となりました。EF58形とEF13形の検査時期の一致するタイミングで両車が入場し車体譲渡が行われ、両形式の運転室仕切り壁には「EF58〇〇号より車体譲受」、「EF13〇〇号へ車体譲渡」の銘板が取り付けられました。

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表 EF58旧車体のEF13への振替

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撮影時期不明 駒込~田端間をEF15 を従えて通過するEF13 22号機

私自身、小学校時代中央線国分寺~国立間を利用していたこともあり、中央本線の旅客列車を牽引するEF13をよく目にしました。独特のウーというモーターの牽引音、冬は暖房車を従え、通過した後に残る石炭の煙の臭いも昨日のことのように思い出します。旅客列車はEF64形に置き換えられ、晩年は貨物列車を牽き、それもEF60形などに置き換えられ、1979年11月に3号機が廃車され全機廃車となりました。全機解体され保存機はありません。

EF50形やEF13(凸型スタイル)形も吉村氏の鉄道マニアとしての目の付け所の素晴らしさを感じます。

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2019年5月11日 (土)

横浜市電保存館を訪問 その9 吉村コレクション part1 蒸機編

2015年4月1日横浜市電保存館訪問、昨日までの記事で紹介した7両以外に57歳という若さで亡くなられた横浜市港北区仲手原に在住された鉄道模型コレクター吉村栄氏が40年かけて製作、収集された鉄道模型(Oゲージ)のコレクション、「吉村コレクション」があります。

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1983年に横浜市に寄贈され市電保存館で保存されているのは国鉄の機関車、電車、全国各地の私鉄車両で全て紙製手作りのOゲージとのことです。
今回の記事からは蒸機、電機、ディーゼル機関車の写真をいくつか紹介したく思います。

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2014/5/24 9856 鉄道博物館

9750形
日本で初めて本格的に導入された大型マレー式機関車です。

東海道本線国府津~沼津間(山廻り、現在の御殿場線区間)や東北本線の黒磯~白河間の幹線勾配区間の輸送力不足を打開するため、1911年にアメリカのアメリカン・ロコモティブ社製9020形(当初は4600形)が6両導入されました(機関車本体のみで炭水車は国内工場で製造)。
試運転に供されましたが前部台車の蛇行動が激しく、走行安定性に欠け、動輪の摩耗が大きいことが判明し、当時既に旧式だった飽和式の9020形に代わって加熱式で大量導入されたのが9750、9800、9850形3形式で、アメリカン・ロコモティブ社製が24両(9750-9773)、アメリカ、ボールドウィン社製が18両(9800-9817)、ドイツ、ヘンシェル・ウント・ゾーン社製が12両(9850-9861)です。これら54両は山北~沼津間、大津~京都間、黒磯~白河間、長野~直江津間、亀山~加茂間での貨物列車の牽引と急行列車の補機として使用され、1933年までに全廃となりました。9856が万世橋の交通博物館に保存され、2007年からは大宮 の鉄道博物館に展示されています。その後は勾配線区用にD50形が投入されることになり、我が国のマレー式蒸気機関車は4形式のみとなりました。

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C55形流線形(20-40)
C55形は1935年から1937年にかけて62両が製造されましたが、1936年に製造された2次形20-40の21両(20汽車製造、21-33川崎車輌、34-40日立製作所)はC53 43で試験された流線形デザインが本格導入され、新造されました。C53 43では大型の除煙板はありませんでしたが、C55流線形では小型除煙板に加え、写真のようにサイドスカートから連続する大型の除煙板が設置されました。21両の流線形機は四国を除く全国各地に分散配置され急行列車牽引に活躍し、特に名古屋機関区配置の24-26は臨時特急「」を牽引しました。しかし、流線形機は殆ど効果がないことが判明し、さらにケーシングがあることが現場からも嫌われ、戦後の1950年から1951年にかけて1次車と同様の外観になるよう再整備されました。

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D62形
20両のD52形1950年から1951年にかけて浜松工場で2軸従台車に改造し、線路等級の低い線区への入線を可能にした形式です。

単に従台車を交換したに留まらず、D52形は戦時設計で代用品が使用されていたものが多かったため、それを改善する目的でボイラーの整備、炭水車や除煙板の代用設計品の制式品への交換、給水温め器の移設、自動給炭機の設置などが行われました。なお、1D2バークシャーの軸配置としては日本初でした。
当初、稲沢機関区、米原機関区に10両ずつ配置され、東海道・山陽本線での貨物列車牽引に使用されました。逢坂山トンネル通過対策として集煙装置も装備されました。1958年の姫路電化で一旦全車休車となり、転用先が検討され、東北本線長町~盛岡間と決まってから、軸重軽減改造がなされ、総重量を減らさずに動輪と先・従輪を結ぶ釣合梁の支点の位置を変更し、最大軸重を16.22tから15.00tに軽減しました。改造工事終了後、1959年末に一関機関区に全機集結、ボイラー未交換車似状態不良が発生し、休車になる車両が出たものの盛岡電化まで使用され、1966年10月19日に全車廃車となりました。

廃車後、全機解体されており、保存機は全く無く、吉村コレクションのD62はそういった意味でも貴重な模型となっています。

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2019年5月10日 (金)

横浜市電保存館を訪問 その8 保存車両 無蓋貨車10号

横浜市電保存館に保存されている実車、最後はかつて貨物輸送などに使用されていたという無蓋貨車10号です。

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2015/4/1 無蓋貨車10号 横浜市電保存館
テールランプ上部の1灯の位置が非常にユニークです。


現役当時と言っても関東大震災の前の時代ですが、この車両が輸送していたのは山手のキリンビール工場から出荷されるビールだったそうです。

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ビール瓶4本がそれぞれ藁でくるまれて4本ずつ木箱に納められ電動貨車に載せらえた様子が再現されていました。

市電全盛期、数両が在籍し、「みなと祭り」等の行事では花電車としての役割もあったそうです。また保線作業等での事業用車としての役割もありました。無蓋ではなく、有蓋の貨車も存在し、市場線からの荷物輸送にも使用されていたそうです。

花電車はまさにこの4月から5月にかけての新天皇の即位などで運転されてきましたが、横浜市電の場合は
1915年 大正天皇御大典(当時は今上天皇)(横浜電気鉄道時代)
1921年 東宮殿下御帰朝記念(後の昭和天皇)、陸軍特別大演習記念、路面電車市営化記念
1925年 大正天皇銀婚式記念
1928年 昭和大礼
1929年 エジソン電灯発明50年祭
1935年 復興記念横浜大博覧会
1936年 英国軍艦歓迎
1937年 南京陥落
1947年 市電復興まつり
1949年 日本貿易博覧会
1950年 開港記念ハマ祭
1954年 開国100年祭
1955年 根岸線開通記念
1956年 井土ヶ谷線開通記念
1958年 横浜開港100年祭
1972年 さよなら市電  といったイベントに合わせて運転されたようです。さすがに戦前は軍事色の濃さを感じます。

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直接制御方式のコントローラとブレーキハンドルという極めてシンプルな運転台

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台車は単車方式の2軸です。

機構的には保存車の中では唯一エアブレーキを装備せず、ハンドブレーキ式の車両です。

 

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2019年5月 9日 (木)

横浜市電保存館を訪問 その7 保存車両 1600型 1601号

横浜市電保存館の保存車両、今回は1600型の1601号です。

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2015/4/1 1600型 1601号 横浜市電保存館


1600型は市電保存館の前身である交通局滝頭工場で製造された横浜市電としては最後の新車でした。1957年800型単車を置き換えるために6両(1601~1606)が製造されました。

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何と言ってもこの形式の最大の特徴はこの4枚折り戸だったようですが、乗務員からは評判が良くなかったようです。

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台車はKL-21Dというタイプです。

大阪市電3001形の車体に京都市電700形の4枚折り戸を取り付けたようなスタイルで軽快で近代的な印象を与えますが、前中式のドア配置は車掌からの評判が芳しくなく、ワンマン化改造を受けずに1970年の本牧線廃止とともに全廃されてしまいました。

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2019年5月 8日 (水)

横浜市電保存館を訪問 その6 保存車両 1500型 1510号

2015年4月1日に訪問した横浜市電保存館の展示車両、今回は1500型1510号です。

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前面の傾斜やおでこのオフセットされた行き先表示器などにPCCカースタイルが感じられます。

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2015/4/1 1500型1510号 横浜市電保存館

1500型は所謂、PCCカーの和製版ともいえる車両です。PCCカーはアメリカの「Electric Railway Presidents’ Conference Committee(ERPCC:電気鉄道社長会議委員会)」によって開発された路面電車で最初の登場は1930年代でした。委員会は1929年に全米各地の路面電車運営会社によって結成され、当時、台糖しつつあった自家用車やバスに対抗しうる新しいタイプの路面電車車両の開発が目的でした。当時の流線形ブームの流れを汲んで車体は流線形でスムーズな加速性を有し、それぞれの会社の事情に合わせたアレンジなされ、全米各地に普及しました。1936年に最初の100両が製造され、1950年代まで製造は続きました。最終的に北米で4978両が製造されました。旧西ドイツのDUEWAGカー(後にシーメンスに吸収合併)やチェコのタトラ国営カーなどはPCCカーを土台にさらに高性能な車両を製造しました。
本家アメリカでも現在は両数を減らしていますが、サンフランシスコ、サンディエゴなどではレトロ車両として動態保存的に走っている車両もいます。日本では1950年代、路面電車の高性能化の取り組みにおいてPCCカーが注目され、ライセンスを受けて1954年都電5500形が1両試作されました。

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これまでの形式に較べると1500型の車内はかなり明るく、あか抜けた感じがします。

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1500型の場合、駆動方式は直角カルダンではなく、吊掛け式で1951年に300型の代替として20両(1500~1519)が製造されました。当初は間接制御方式でしたが、1967年のワンマン化の際に直接制御方式に改造され旧型車に分類される1150型と同一の性能になりました。1972年の市電全廃まで使用されました。

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この特異な形態の台車は防振ゴム装備のKL-20台車です。

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2019年5月 7日 (火)

横浜市電保存館を訪問 その5 保存車両 1300型 1311号

横浜市電保存館の保存車、今回は1300型1311号です。

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2015/4/1 1300型1311号 横浜市電保存館

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1300型は登場時、3000型と名乗っており、30両(1300~1329)が製造されました。車掌乗務の車両として最後まで残った車両でした。形態としては大阪市電の1700形と同型の戦後規格の車両だそうです。

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キリンビールは古くからあることは分かりますが、キリンレモンの歴史の長い商品のようです。


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1100型同様の中扉方式で中央扉は両開きでした。

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コントローラーは同じく三菱製ですが、この形式は出力が大きかったので、3系統などの勾配区間に投入されたそうです。

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2019年5月 5日 (日)

横浜市電保存館を訪問 その3 保存車両 1000型 1007号

横浜市電保存館の保存車両、今回は1000型で関東大震災の復興事業車として1928年から蒲田車両、雨宮製作所で20両(1000~1019)が製造されました。

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半鋼製低床式ボギー車で台車は当時の小型電車の標準台車であったブリル76Eが装着されていました。自重17.27t、定員120名ですが、出力が小さかったため、10系統、6系統、8系統といった平坦線で使用されました。昨日の単車500型に較べると最大寸法は長さ13400mm、幅2438mm、高さ3733mmと大分大型化されています。

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塗装は私が小学生の頃、父親の運転する車で横浜をドライブしたときに見た市電の塗色と同じでした。1000型は1969年にワンマン化されずに全廃されました。

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500型に較べ車体サイズが大きくなっているため、中央ドアが設置され、シートの背面にもモケットが付きました。中央ドアは最初、両開きで製造され、途中で片開きに改造され、1951年に自動化されたそうです。

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マスコンは三菱電気製のKR-8

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2019年5月 4日 (土)

横浜市電保存館を訪問 その2 保存車両 500型 523号

横浜市電保存館、昨日の概要に続いて7両の保存車両、その他についてこれから触れて行きます。今回は500型523号です。

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2015/4/1 横浜市電保存館 500型 523号

500型は1928年に東京瓦斯電気、蒲田車両、雨宮製作所で各20両ずつ、計60両(500~559)製造された大型単車でした。高出力であったため1300型とともに3系統(生麦 - 横浜駅前 - 西平沼橋 - 日の出町一丁目 - 長者町五丁目 - 山元町)で運用されることが多かったそうです。
太平洋戦争中の横浜大空襲で60両のうち15両が焼失しました。この15両は戦後復旧し、600型となりました。この際に500型は欠番が飛ばされ整理されました。したがって523号は旧車号521号だったそうです。

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保存車の塗色や装飾スタイルは都電9000形9002号や10形(10-50)と共通性を感じさせます。

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保存車はビューゲルですが、登場当時はポールを装備していたと思われます。

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屋根は外から見る限りシンプルなカーブを描いていますが、車内から見ると二重屋根になっています。モケットは座面だけで背面は板張りです。床も木張りです。

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車内掲示の路線図、最盛期の路線図に較べると井土ヶ谷線開業前であることが分かります。

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2019年5月 3日 (金)

横浜市電保存館を訪問 その1 横浜市電の概要

2015年4月1日、横浜市本牧児童公園を訪問した後、根岸駅北西の方向にある横浜市電保存館(神奈川県横浜市磯子区滝頭3-1-53
を訪問しました。


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ここはかつて滝頭車両工場で1972年に廃止された横浜市交通局路面電車(横浜市電)に関する資料を保存・展示する施設として、一般財団法人横浜市交通局協力会の運営の下に、1973年8月25日に開館しました。1982年に改築のため一旦、閉鎖され、1983年8月13日、跡地に建設された市営住宅の1階に再開館となりました。横浜市営バス滝頭営業所に隣接しています。

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横浜市電は1904年7月15日横浜電気鉄道により、神奈川~大江橋間が開業しました。1921年4月1日、横浜市が横浜電気鉄道を買収し、電気局を発足させ、運営に乗り出しました。1923年9月1日に発生した関東大震災では壊滅的な打撃を受け、多くの車両が火災で焼失しました。全線復旧は10月26日でした。地中に埋設された水道管は地震で破壊され、断水期間中は散水車が給水車として代用され、1372mmの軌間の共通性から、京王電気軌道から旧型2軸車を購入し、新宿~生麦間を東京市電・京浜電鉄経由で自走回送しました。1945年5月29日の横浜大空襲でも電車45両が焼失する被害を受けました。


1946年6月1日、電気局は横浜市交通局と改称、1956年4月1日、井土ヶ谷線の開通で最盛期を迎えます。この当時の路線は

生麦線   生麦~洲崎神社前
神奈川線  洲崎神社前~桜木町駅前
本牧線   桜木町駅前~間門間
根岸線   間門~八幡橋
本町線   桜木町駅前~日本大通県庁前
花園橋線  日本大通県庁前~睦橋
日ノ出町線 桜木町駅前~吉野町三丁目
羽衣町線  本町四丁目~吉野町三丁目
磯子線   吉野町三丁目~葦名橋
杉田線   葦名橋~杉田
弘明寺   吉野町三丁目~弘明寺
六角橋線  六角橋~青木通
浅間町線  青木橋~洪福寺前
尾張屋橋線 洪福寺前~浜松町
保土ケ谷線 高島町~保土ケ谷橋
井土ヶ谷線 保土ケ谷橋~通町一丁目
平沼線   平沼橋~浅間下間
久保山線  浜松町~浦舟町
長者町線  西平沼橋~山元町間

路線図はこちらのサイトにあります。

1959年7月16日には市営トロリーバスも開業しましたが、東京都電などと同様にモータリゼーションの急激な拡大、道路渋滞の激化、根岸線の開通、市交通局の財政悪化などで厄介者扱いされ、1966年8月1日の生麦線生麦~洲崎神社前間、中央市場線神奈川会館前~中央市場間の廃止を皮切りに1972年4月1日、トロリーバスと共に全廃されました。

私自身は、小学生の頃、父親の運転する車で横浜に出かけた際に、市内各所を市電が走る姿を見ておりました。特に元町~麦田町間に存在した全長276mの市電専用トンネルだった山手隧道は印象に残っています。

市電の車両形式は戦後に在籍した車両でも200、300、400、500、600、700、800、1000、1100、1200、1300、1400、1150、1500、1600と無蓋貨車10と16形式あり、そのうち500、1000、1100、1300、1500、1600、無蓋貨車10型が保存されています。次回以降の記事ではこれら保存展示について紹介します。


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