2019年8月18日 (日)

仙台市電保存館を訪問 その2 写真展示車両 モハ2000型・モハ3000型

仙台市電、400型より番号は大きい型式として2000型、3000型がいましたが、これらはいずれも呉市交通局(呉市電)から譲受した車両でした。

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2014/12/19 呉市海事歴史科学館(戦艦大和ミュージアム)における呉市電の紹介

モハ2000型:呉市交通局2000型1961年ナニワ工機製造のワンマン用ボギー車、前中扉タイプで2001-2003が製造されました。2001号は1967年12月18日の呉市電全廃後、保存車として入船山記念館に据え付けられ、その後阿賀町の豊栄交通公園(現、豊栄公園)に写されましたが、1001号を呉ポートピアパークに展示する際に、損傷が激しかったために解体されたそうです。2002、2003号は仙台市電に1968年に譲渡され、全線廃止まで運用されました。

2000
2016/10/21 仙台市電保存館

モハ3000型1961年から1962年にかけて呉交通局阿賀工場にて木南車両製600型601形3扉車601ー607を2扉(前中扉)ワンマン対応に改造したもので3001ー3007を名乗っていました。1968年に仙台市電に譲渡され、全線廃止まで運用されました。前頭部が絞られていない車体であったため、カーブでは対向車と接触する恐れがあり、運転には気を遣ったそうです。

3000

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2019年8月17日 (土)

仙台市電保存館を訪問 その2 展示車両 モハ400型

仙台市電の型式、今回は実際に展示されている400型です。

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2016/10/21 仙台市電保存館

仙台市電最後の新造形式として1959年から1963年までに15両(401-415))が製造されました。全長はモハ200型よりも短い11,700mmで、定員はモハ100型、モハ200型と同じ88名、408号以降は84名でした。

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ワンマン化対応改造工事を前提に設計された車内

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側窓上段もゴム支持方式(バス窓)として部品調達を容易にしています。

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台車の2軸、手前は従輪、奥が動輪で車輪径が異なります。

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主電動機の回転軸がレール方向になり、それを自動車のディファレンシャルギアと同じ方式で車軸に回転力を伝えています。

吊り掛け駆動を基本としていましたが、405号~410号の6両は直角カルダン方式が導入されていました。

スタイル的には東京都交通局8000形や函館市電710形800形と共通しています。

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2019年8月16日 (金)

仙台市電保存館を訪問 その2 写真展示車両 モハ130型からモハ300型

仙台市電で活躍した型式、今回はモハ130型からモハ300型までです。

130


2016/10/21 仙台市電保存館 なぜか、136号の前面窓が2枚窓出ない点が気になりますが?

モハ130型は茨城交通水浜線の車両で、水浜線では129-138と付番されており、いずれも新潟鐵工所(現、新潟トランシス)製で
129、130は1951年製、茨城交通に社名が代わってから最初の新製車両でした。
131、132は1953年製、129,130と同様ですが屋根が木造から鋼板張上げ式に変更されました。
133、134は1954年製、側窓の上段がHゴム支持になりました。
135、136は1957年製、前面窓が3枚から2枚となり、側扉の腰部羽目板がガラス窓に、行先表示器の位置も変更されました。
137、138は1960年製、前面窓が3枚に戻り、側扉の1枚扉化、オールコイルバネ台車への変更がありました。
1965年の路線短縮後、6月30日付けで仙台交通局に譲渡され130型131-140として使用され、ワンマン化の際、対象から外れ余剰となり、1972年3月に131-135、1974年4月に136-140が廃車となりました。

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モハ180型は琴平参宮電鉄の元デハ80形(81-88)で1950年広瀬車両製、1954年および1958年自社工場製の半鋼製ボギー車、定員80名です。1964年8月、このうちの82、84-88の6両が仙台市電に譲渡され180型181-186となりました。ワンマン化改造は受けず、1974年まで運用されました。ちなみに81、83は1963年12月に北陸鉄道金沢市内線に譲渡され、モハ2060形2061、2062となっています。

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モハ200型1954年から1957年製の前中扉の車体で流線形車体、前面2枚窓で1968年にワンマン化改造を受け、全線廃止まで運用されました。最初はピューゲルによる集電でしたが、Zパンタ、菱形パンタに換装されました。208号が保存館に収蔵予定でしたが、屋根が腐食していたため、解体されました。

300

モハ300型は連接車で1955年モハ1型2両を1編成に改造したもので1965年まで運用されました。それにしても創世記から活躍しているモハ1型が連接車に改造されるとは、と驚かせられる改造かと思います。

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2019年8月15日 (木)

仙台市電保存館を訪問 その2 展示車両 モハ80型改めモハ100型

仙台市電、昨日の記事のようにモハ1型からモハ70型まではすべて単車でした。最初のボギー車として登場したのがモハ80型でした。この車両は第二次世界大戦後の戦災復興や外地からの引揚者で人口増加、利用客の増加に対処するため、輸送力増強の手段として1946年から1950年にかけて新潟鐵工所に大型ボギー車として発注されました。

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2016/10/21 仙台市電保存館

前面3枚窓、張り上げ屋根の半鋼製車体で車体前後に片側2枚の扉を有しましたが、1948年発注の最初の5両(80-84)は資材不足の中で製造されたため、天井はベニヤ板張り、車内の座席も粗末な作りのまま登場となりました。1950年までに24両が製造され、1954年に改番が行われ、モハ100型(101-124)となりました。

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ワンマン運転対応に改造された車内

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初期車の5両は原形のまま1974年に廃車となりましたが、残り19両は1969年以降のワンマン運転に対応した工事が行われ、扉配置が変更され、前面窓も右側の窓が大きい左右非対称の2枚窓となり、1976年の市電廃止まで運行されました。

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長崎電軌時代の1051号

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シドニーに行った1054号

廃止後、117-119、121,124が長崎電気軌道に譲渡され、仙台から昭和51年に譲渡されたことにちなみ1050形に変更されました。元117の1051以外の4両は2000年までに廃車され、動態保存車として残された1051は2019年3月31日に引退となりました。1054(元121)は1990年12月5日、長崎電軌を除籍後、オーストラリアに渡り、シドニー路面電車博物館にて動態保存されているそうです。

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2019年8月14日 (水)

仙台市電保存館を訪問 その2 写真展示車両 モハ30型からモハ70型

仙台市電保存館では仙台市電で活躍した車両の実物展示以外に、歴代の型式の写真が展示されています。

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2016/10/21 全体写真

1925年製のモハ1型に続いて、1934年製のモハ30型

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1938年製のモハ45型

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1948年に東京都より譲渡されたモハ70型

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1940年から1942年にかけて江ノ島電鉄、名古屋鉄道から譲受したモハ60型が活躍しました。これらは皆、モハ1型同様、単車でした。

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2019年8月13日 (火)

仙台市電保存館を訪問 その2 展示車両 1号車(モハ1型)

今回からは仙台市電保存館の展示車両です。

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2016/10/21 スタイルは単車で集電はポールで行っていたようです。

初めは市電創業のときから約40年間、仙台市民の足として活躍し、1976年の市電廃止時に創業当時の姿に修復されお別れ運転を行った1号車(モハ1型)です。

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車内には運転士と車掌のマネキンが乗っています。

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床は板張り

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制御装置は直接式のEE

・定員:40人(内座席18人)
・最大寸法:7,924mm(長)×2,200mm(幅)×3,518mm(高)
・自重:7.63t
・速度:28.2km/h
・製造価格:9,450円

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2019年8月12日 (月)

仙台市電保存館を訪問 その1 概要・仙台市電の歴史・その後

2016年10月の仙台方面の旅では1926年11月25日に開業し、1976年3月31日まで営業した仙台市電の姿を未来に伝えるべく1991年4月25日に地下鉄富沢車両基地内に開館した仙台市電保存館を訪問しました。

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Dsc048542016/10/21 仙台市電保存館は仙台地下鉄南北線終点、富沢駅から歩いて数分の富沢車両基地の中にあります。

仙台市は1907年から「上水道整備」「電気事業」「市区改正」「市街電車敷設」「公園設置」を五大事業として推進しました。市街電車事業は多大な経費がかかるため、市は1918年交通調査委員会を設け、東北帝国大学教授に調査を依頼しました。報告書によれば、一周線、長町線、原町線からなる路線が提案されました。1923年、総額265万円の設置費用を見込み、軌道免許を取得、1925年着工に漕ぎ着けました。

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Dsc04860軌間は国鉄と同じ1067mmの狭軌で、電化方式はDC600Vでした。そのため、仙台市電で活躍した車両は同じ軌間だった呉市電、茨城交通水浜線、琴平参宮電鉄からの譲渡車両がいましたし、仙台市電廃止後は長崎電軌に譲渡された車両もいました。

路線は1926年に循環線が開通、1928年には芭蕉の辻線、1936年に長町線、1937年に北仙台線、1941年に八幡町線、1948年に原町線と調査委員会の報告書の通り、循環線を中心にその内側に伸びる線と、四方に伸びる線が出来て行きました。しかし、短い支線だった芭蕉の辻線は戦中の金属回収令により、レールが撤去されてしまいました。
1957年度までは黒字経営でしたが、1958年度からは職員の賃上げに運賃が追いつかず赤字経営に転落、さらに1960年代に入るとモータリゼーションの発達で定時運行が妨げられるようになり、北仙台線の利用者減少が著しくなり、この線が最初に廃止対象となり、1969年3月末で廃止となりました。
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市電全廃後は車両の譲渡、軌道の撤去、当分の間、バスが市電の役割を担っていましたが、1987年、地下鉄の開通と続きます。市電保存館は、市電廃止後、車庫に残されていた車両などを展示する形で1991年に開館しました。

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2019年5月13日 (月)

横浜市電保存館を訪問 その11 吉村コレクション part3 ディーゼル機関車編

横浜市電保存館の吉村コレクションの話題、今回はディーゼル機関車の話題です。

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DD12形

私も中学生の頃、朝日新聞社発刊の「世界の鉄道’70」(特集・ディーゼル機関車)でその存在は知っていましたが、実車は一度も目にすることはありませんでした。太平洋戦争終結後、アメリカ軍を中心とした連合軍が日本に進駐する際に、日本の鉄道は空襲などで壊滅的打撃を受け、軍事輸送に使えないだろうと予想し、持ち込んだ機関車でした。ジェネラル・エレクトリック(GE)社製、標準軌仕様を狭軌仕様に改め、フィリピンの軍用鉄道で使用していた(GE47-TON DROP CAB, No.8584 - 8589)と新造機(GE47-TON DROP CAB,No.8592,8593)の8両で形式はUS ARMY 8500と名乗りました。

実際に進駐してみると日本の鉄道は予想外にしっかりとしており、進駐軍向け輸送は国鉄・私鉄の保有する状態の良い車両を徴用、優先的に整備・運行すること言足りることがわかり、日本への車両持ち込みはこの8両の機関車で終わりました。日本側からしてみると、これまで使用されて来たディーゼル機関車DB10 (入れ換え用・鉄道省設計・1932年、機械式、8両製造)、DC10(入れ換え用・ドイツから1930年に輸入・機械式)、DC11(入れ換え用・ドイツから1929年に輸入・電気式)、DD10 (入れ換え、小列車牽引用・鉄道省設計・1935年・川崎車輌・電気式)に較べ、性能、信頼性において格段に勝っていることから、1956年、アメリカ軍の進駐解除後、国鉄に5両(8585/8586/8588/8592/8593)、名鉄に2両(8584/8589)、八幡製鐵に1両(8587)払い下げられ国鉄ではDD12形、名鉄ではDED8500形、八幡製鐵ではD402と名乗りました。

US ARMY8500の機材13両分が横浜港高島桟橋に到着したのは1946年4月同年5月に大宮工場で8両が組立られました。高島機関区に配置され、一部は鷹取機関区、呉機関区に転属し、進駐軍貨車の入れ換えに従事しました。運転は国鉄職員が行いました。1951年4月のサンフランシスコ講和条約後もそのまま使用され、1952年3月末付けで米軍機としての取り扱いは廃止となりました。

運転室の前後に発電用エンジン(キャタピラー製D17000型180ps)を1基ずつ配し、発電機(GE製GT555型)で発電、GE製GE733型モーター4基を回す電気式で形態的には模型のように後の国鉄製DD11、DD13、DD51などに較べボンネットが高く、排気筒が短いスタイルでした。入れ換え用のため低速仕様でしたが、軍用車両らしく堅牢で故障しにくく、アメリカ軍の各種車両と互換部品を使用し、極めて整備しやすい車両だったそうです。ただ、台車が小型でモータが低い位置に設置されていたため、大雨などでモーターの冠水による故障の危険性がありました。

国鉄に譲渡された5両は東京機関区に配置、一部は広島第二呉支区に貸し出されましたが、その後、品川機関区、久里浜機関区に配置され、米軍向け燃料輸送貨車の入れ換えに利用されました。1958年以降は大出力のDD13形が導入され、新鶴見機関区に全5両が集結し1972年には全車一斉に第一種休車指定され、1974年に全車廃車・解体となりました。
名鉄に譲渡された2両は小牧基地への貨物線、岐阜基地への引き込み線で使用され、1958年からは築港線で使用されました。名古屋臨海鉄道の開業で役割を終え、1966年にフィリピン国鉄に売却され、1978年12月に2両とも解体されました。
八幡製鐵への1両は八幡~戸畑間の製鉄所専用鉄道で緩急車代用で使用され、1967年3月に解体されました。


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2019年5月12日 (日)

横浜市電保存館を訪問 その10 吉村コレクション part2 電機編

昨日に続き、横浜市電保存館の「吉村コレクション」今回は電気機関車の模型から

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EF50(旧8000)形

1925年12月、東海道本線東京~国府津間電化開業用に向けて英国から8両輸入された機関車で、1924年に製造され電気関係はイングリッシュ・エレクトリック社(English Electric & Co., Ltd.)、機械関係はノース・ブリティッシュ・ロコモティブ社(North British Locomotive Co.)が製造に関わりました。ED50形、ED51形などともにいわゆる「デッカー」と言われる一族です。製造当初は8000形(8000-8007)と称されましたが、1928年10月の車両形式称号規定改正でEF50形に改められました。

当時、我が国は電化の進展で欧米各国から試験的に数両の電気機関車を輸入していました。英国製の電気機関車は本国においても開発途上で信頼度的には決して高くなかったにも拘わらず8両という多数が輸入されたのは、1921年から1922年にかけて各国の艦船保有量を制限する軍縮会議が英米の主導で開催され、会議における交渉で英国側の譲歩を引き出させる戦術として外務省の主導で電気機関車を大量に輸入することにしたと言われています。デッカータイプの大量輸入は鉄道省の意図したものではなく政治的圧力によるものだったそうです。いつの時代も似たようなことが行われているものだと感じる次第です。

形態上の特徴は2軸の先輪を有し、箱形車体の前後にデッキがあり、車体下部には中央部で幅が広がった魚腹型の側梁が露出し、そこに9個の丸穴が開けられていること、車体側面にも主抵抗器冷却のための鎧状の通風口が並んでいることです。制御装置はカム軸式で、6個のモーターを制御するのに、通常は直列~直並列~並列となるべきところをカム軸の長大化を忌避してか直列段からいきなり並列段に移行する方式で、進段時の衝撃が大きく、勾配での加速に問題があり、初期故障が多く発生したそうです。

運転開始以来、東京機関区に配置され東海道本線で旅客列車牽引を任されましたが、初期には故障が多く蒸気機関車を後部穂機として連結し、運転しました。デッカー系機関車のトラブル解消のため、補機類の多くは後年、鉄道省制式部品に交換されて行きました。

戦後の1952年4月の高崎線電化でEF53形などとともに高崎第二機関区に5両が転属しました。勾配線での運転に向かなかったため、当時の電化区間では高崎線以外に転用先が見つからなかったのが真相のようです。最後の本線仕業は7号機による1956年11月18日の上り急行「十和田」牽引でした。1954年から廃車が始まり、1958年までに全車が廃車され、解体処分となりました。

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EF13形(凸型スタイル戦時タイプ)

国鉄の貨物用大型電機は1934年EF10形(41両)から始まり、1941年には出力増強版のEF12形が開発されましたが、軍需輸送に対応する輸送力増強に対応し、かつ戦時下の資材不足に対応しながら製造するために、EF12の機能を簡略化したのがEF13形でした。その設計は戦時中さえしのげれば良いというもので、鋼材を節約するため車体はデッキ部までの全長車体から中央部の短い車体と機器を被うボンネットスタイル(凸型)となりました。さらに工作簡略簡略化のためスタイリングや仕上げ工作は全て省略されました。冬場には隙間風が吹き込み、暖房も設置されていなかったため、乗務は苦痛が伴ったとのことです。一方で戦闘機による機銃掃射を避けるため乗務員室には防弾装備がが施され、乗務員室側面の内側に厚さ13mmの鋼板が張られ、外板との間には砂が入れられました。

機器的には電装系の焼損事故の保護に重要な役割が期待される高速度遮断器が省略され、ヒューズで代用されました。台車枠の車軸支持も緩衝部材を入れずリンクを台車枠に直づけしました。こうした徹底的な部材省略の結果、総重量が軽くなり過ぎ、軸重不足に陥り、死重として16.4tのコンクリートブロックを積むことになりました。弱め界磁も63系電車同様、「主電動機の寿命が縮む」との理由から「使用不可」とされました。出力はEF12形と同等を目指しましたが簡易設計、代用部材多用の影響で計画性能の達成には至らず、EF10形並との評価でした。戦時輸送対応のために簡素な設計が採り入れられたにも拘わらず戦争中の完成は7両に留まり、戦後の1947年までに31両が製造されたところで、新形式のEF15形が増備されることとなり、製造は終了しました。

1948年からの第1次改装工事で高速度遮断器が新設され、パンタグラフもPS14に交換されました。さらに弱め界磁段も使用可能とされました。1953年から1957年にかけての第2次改装工事ではEF58形31両の車体載せ換えで発生した旧車体をEF13に載せ、旧凸型車体を廃し、箱形車体とする工事が施工されました。旧車体のEF58形が31両製造されていたこと、両形式の車体サイズが一致していたことで車体流用交換が進められましたが、台車間サイズが僅かに異なったため、その部分は改造で対応となりました。EF58形とEF13形の検査時期の一致するタイミングで両車が入場し車体譲渡が行われ、両形式の運転室仕切り壁には「EF58〇〇号より車体譲受」、「EF13〇〇号へ車体譲渡」の銘板が取り付けられました。

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表 EF58旧車体のEF13への振替

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撮影時期不明 駒込~田端間をEF15 を従えて通過するEF13 22号機

私自身、小学校時代中央線国分寺~国立間を利用していたこともあり、中央本線の旅客列車を牽引するEF13をよく目にしました。独特のウーというモーターの牽引音、冬は暖房車を従え、通過した後に残る石炭の煙の臭いも昨日のことのように思い出します。旅客列車はEF64形に置き換えられ、晩年は貨物列車を牽き、それもEF60形などに置き換えられ、1979年11月に3号機が廃車され全機廃車となりました。全機解体され保存機はありません。

EF50形やEF13(凸型スタイル)形も吉村氏の鉄道マニアとしての目の付け所の素晴らしさを感じます。

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2019年5月11日 (土)

横浜市電保存館を訪問 その9 吉村コレクション part1 蒸機編

2015年4月1日横浜市電保存館訪問、昨日までの記事で紹介した7両以外に57歳という若さで亡くなられた横浜市港北区仲手原に在住された鉄道模型コレクター吉村栄氏が40年かけて製作、収集された鉄道模型(Oゲージ)のコレクション、「吉村コレクション」があります。

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1983年に横浜市に寄贈され市電保存館で保存されているのは国鉄の機関車、電車、全国各地の私鉄車両で全て紙製手作りのOゲージとのことです。
今回の記事からは蒸機、電機、ディーゼル機関車の写真をいくつか紹介したく思います。

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2014/5/24 9856 鉄道博物館

9750形
日本で初めて本格的に導入された大型マレー式機関車です。

東海道本線国府津~沼津間(山廻り、現在の御殿場線区間)や東北本線の黒磯~白河間の幹線勾配区間の輸送力不足を打開するため、1911年にアメリカのアメリカン・ロコモティブ社製9020形(当初は4600形)が6両導入されました(機関車本体のみで炭水車は国内工場で製造)。
試運転に供されましたが前部台車の蛇行動が激しく、走行安定性に欠け、動輪の摩耗が大きいことが判明し、当時既に旧式だった飽和式の9020形に代わって加熱式で大量導入されたのが9750、9800、9850形3形式で、アメリカン・ロコモティブ社製が24両(9750-9773)、アメリカ、ボールドウィン社製が18両(9800-9817)、ドイツ、ヘンシェル・ウント・ゾーン社製が12両(9850-9861)です。これら54両は山北~沼津間、大津~京都間、黒磯~白河間、長野~直江津間、亀山~加茂間での貨物列車の牽引と急行列車の補機として使用され、1933年までに全廃となりました。9856が万世橋の交通博物館に保存され、2007年からは大宮 の鉄道博物館に展示されています。その後は勾配線区用にD50形が投入されることになり、我が国のマレー式蒸気機関車は4形式のみとなりました。

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C55形流線形(20-40)
C55形は1935年から1937年にかけて62両が製造されましたが、1936年に製造された2次形20-40の21両(20汽車製造、21-33川崎車輌、34-40日立製作所)はC53 43で試験された流線形デザインが本格導入され、新造されました。C53 43では大型の除煙板はありませんでしたが、C55流線形では小型除煙板に加え、写真のようにサイドスカートから連続する大型の除煙板が設置されました。21両の流線形機は四国を除く全国各地に分散配置され急行列車牽引に活躍し、特に名古屋機関区配置の24-26は臨時特急「」を牽引しました。しかし、流線形機は殆ど効果がないことが判明し、さらにケーシングがあることが現場からも嫌われ、戦後の1950年から1951年にかけて1次車と同様の外観になるよう再整備されました。

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D62形
20両のD52形1950年から1951年にかけて浜松工場で2軸従台車に改造し、線路等級の低い線区への入線を可能にした形式です。

単に従台車を交換したに留まらず、D52形は戦時設計で代用品が使用されていたものが多かったため、それを改善する目的でボイラーの整備、炭水車や除煙板の代用設計品の制式品への交換、給水温め器の移設、自動給炭機の設置などが行われました。なお、1D2バークシャーの軸配置としては日本初でした。
当初、稲沢機関区、米原機関区に10両ずつ配置され、東海道・山陽本線での貨物列車牽引に使用されました。逢坂山トンネル通過対策として集煙装置も装備されました。1958年の姫路電化で一旦全車休車となり、転用先が検討され、東北本線長町~盛岡間と決まってから、軸重軽減改造がなされ、総重量を減らさずに動輪と先・従輪を結ぶ釣合梁の支点の位置を変更し、最大軸重を16.22tから15.00tに軽減しました。改造工事終了後、1959年末に一関機関区に全機集結、ボイラー未交換車似状態不良が発生し、休車になる車両が出たものの盛岡電化まで使用され、1966年10月19日に全車廃車となりました。

廃車後、全機解体されており、保存機は全く無く、吉村コレクションのD62はそういった意味でも貴重な模型となっています。

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