2018年5月28日 (月)

Omaha in Nebraska に来ています その3

Omaha滞在、3日目は昼から教会で結婚式、夕刻からはパーティでした。
ということで、2日目の後半、Durham Museumの様子を今回はレポートします。WEB site URRL: https://durhammuseum.org/
Dsc06200
Dsc06197 2018/5/25  建物外観
ミズーリ川の西岸、オマハのダウンタウンの側にある、かつてのUnion Stationが博物館の建物となっています。
Union Stationはアールデコスタイルの初期に造られた駅舎で1931年に開設されました。乗降客が最も多かったのは第2次世界大戦期で一日に10000人がここを利用したそうです。Durham Museumという名前はこの駅の復興に貢献した慈善事業者のMargre, Charles Durhamにちなんで付けられたそうです。
Dsc06202
建物内部
天井の高い、San DiegoのSanta Fe駅などとも共通する建物です。
Dsc06211
ベンチには木製の人形が置かれており、出札などの事務スペースはギフトショップとなっていますがこういった出札口と客のやりとりも再現されています。
Dsc06223
エントランスから1つ下に降りたところが展示スペースとなっており、かつてあった路面電車1014号
Dsc06227
蒸気機関車1243号
Dsc06226
カブースと呼ばれる緩急車
Dsc06246
さらにはアメリカの鉄道全盛時代に活躍した寝台客車などが展示されていました。
Dsc06249
Dsc06251
車内も見学可能でした。
それら以外にアメリカの産業製品、家庭における電化の歴史などを見ることが出来ました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年5月27日 (日)

Omaha in Nebraska に来ています その2

アメリカ合衆国、ネブラスカ州、オマハ滞在記、2日目はメインの行事は教会で挙げる結婚式のリハーサルとそれに続く夜の顔合わせパーティです。
まずネブラスカ州は北をサウスダコタ、東をアイオワ、ミズーリ、南をカンザス、西をコロラド、ワイオミングと接する北アメリカ大陸のほぼ中央部に位置する州で、地形的にはグレートプレーンズに属し、州都はリンカーン(人口25.8万)ですが、人口的には40万人が暮らすオマハが最大の都市です。オマハはネブラスカ州の東端に位置しており、ミズーリ川がアイオワ州との境界になっています。
州の特徴としては50州の中で唯一州議会が一院制をとっていることだそうです。
産業的には広大な農牧地を抱える農業州で牛肉、豚肉、トウモロコシ、大豆の生産では国内トップであり、またアメリカ大陸の中央部であることから古くから鉄道が栄えており、オマハにはユニオン・パシフィック鉄道の本社があります。
オマハは北緯41度で日本では函館とほぼ同じ緯度ですが、気候は大陸性気候で、夏は30℃を越え、冬は氷点下4℃くらいまで下がり、雪はそれ程積もりません。元々、ミズーリ川の渡津のために創設された街で、「西部への玄関口」であり、ユニオン・パシフィック鉄道の起点として発展し、19世紀末頃は1883年にユニオン・ストックヤードが完成したため、全米の精肉業の中心となっていたそうです。
Dsc06107 古風な3階建ての建物が博物館
Dsc06106 建物の横にある表札
そういったオマハの歴史を頭に入れつつ、最初に訪問したのが、ミズーリ川の対岸、アイオワ州西部にある「ユニオンパシフィック鉄道博物館」でした。WEB site URL: http://www.uprrmuseum.org/
Dsc06112 客車列車の最後尾に連結された展望車のレプリカ
Dsc06143
1869年5月19日、オマハからのユニオン・パシフィック鉄道とカリフォルニア・サクラメントからのサザン・パシフィック鉄道が繋がり、大陸横断が鉄道で可能となったときのポスター
内容は階ごとに分かれており、1階が鉄道による開拓の歴史、2階が鉄道を維持するシステムの説明と食堂車、寝台車や飛行機が主流になる前のVIP達と鉄道の風景でした。
Dsc06163
リンカーン大統領専用列車の内部の再現
Dsc06168
現代の列車運行システム
Dsc06184
列車による長距離旅行が盛んだった頃の食堂車の再現
Dsc06191
往年の銀幕スターと鉄道
Dsc06194
1950年代の長距離列車の様子
この博物館はスペースの関係もあり、実車を展示することは難しいので、模型や写真等でアメリカの開拓と鉄道の歴史などを上手に説明していました。
続いて、オマハのUnion Stationを利用したDurham Museumを訪れました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年1月16日 (火)

2017年10月の福岡旅行 4 直方市石炭記念館 その4

筑豊地方における石炭の産出は公式の記録では福岡藩が元禄末期の1700年初頭に遠賀、鞍手、嘉麻、穂波の4郡における石炭の産出状況を調査したもので、当時は農民が農業の片手間として石炭を採掘していました。1736年(元文元年)、福岡藩は石炭の藩外持ち出しを許可しました。

Dsc09994 2017/10/14 川ひらたの展示

鉄道が開通する前の石炭の輸送は。もっぱら遠賀川を利用した川艜(かわひらた)という船によるものでした。これは石炭を積載する底の平たい船で、遠賀川は比較的水深の浅い川のため、石炭を載せた船を川に浮かべそれを両河岸で人間が引っ張って進む方式でした。

Dsc00010 筑豊の炭田は遠賀川に沿って集中しています。

当初は遠賀川の河口の芦屋港まで運んでいましたが、1621年(元和7年)に堀川の掘削工事がが開始され、183年の歳月をかけて1804年(文化元年)、工事の完成で中間付近で分岐し、吉田、折尾を経由し、洞海湾にいたる水上ルートを使った輸送になりました。折尾付近は川たいら従事者の休憩場所となったそうです。

100319 2010/3/19 折尾駅前の堀川
この河は遠賀川と洞海湾を結ぶ人工運河で、川沿いの店は川ひらたとともに発展しました。

1891年8月30日筑豊興業鉄道により、若松~直方間25kmが鉄道で結ばれると、石炭輸送は鉄道による時代となりました。

Dsc09993
やがて炭鉱は筑豊御三家と呼ばれる地方財閥が実権を握るようになりました。それらは「麻生家」「貝島家」「安川家」でした。さらに伊藤伝右衛門、堀三太郎を加えた5名が筑豊の炭鉱王と言われたそうです。それらが定期的に集まり会議を開いたのが、この石炭記念館の建物でした。

直方はそういった意味もあり、筑豊炭鉱の中心的な場所であり、水運時代から彦山川、犬鳴川が合流し、遠賀川となるポイントでもありました。

Dsc00029
鉄道の時代になって直方駅は石炭輸送貨物列車の牽引機関車の機関庫が置かれ、貨物列車を仕立てる多くの線路、3つの転車台などを誇る駅になりました。

171014
転車台のひとつは現在も筑豊本線に架かる跨線橋として記念館のそばにあります。

Dsc00031

ちょっと見苦しい写真で恐縮ですが、炭鉱全盛期にはそこから石炭を積み出すために多くの支線が存在しました。それがヤマの閉山とともに鉄道も廃線となってしまいました。

Dsc00018
以前、若松駅の記事で触れましたが、若松港が整備され、大型船が入港できるようになってからはこのように貨物列車から船に石炭が積み込まれて行きました。

Dsc00033
石炭輸送に関わった蒸機の形式は結構多いですが、やはり一番長く、多くの両数が活躍したのは9600形式だそうです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年1月13日 (土)

2017年10月の福岡旅行 4 直方市石炭記念館 その1

直方駅から筑豊本線に沿って南下し、多賀神社の南側にかつてこの地方の炭鉱主達が集まって会議を開いた建物が遺されており、現在は「直方市石炭記念館」となっています。

171014 2017/10/14 筑豊本線の線路越しに見える石炭記念館の建物と野外展示物

たまたま筑豊地方の公園保存蒸気機関車を調べていたところ、記念館にも蒸気機関車等が保存されているので訪問しようということがきっかけだったのですが、筑豊地方の採炭、輸送の歴史に加えて、炭鉱における安全対策から労働環境などあらゆることが的確に纏められている記念館だと感じました。今回から数回に分けてその内容を紹介しようと思います。

Dsc09963 2017/10/14
アクセスにはいろいろな方法があり、往路は駅の南側で線路を越える道で西から行きました。

同館のWEBサイトの記述によると筑豊炭田は明治の初めから昭和51年までの約100年間に8億トンの石炭を産出し、日本の産業発展、近代化に貢献してきました。筑豊の炭鉱が閉山により少なくなった昭和46年7月、「炭鉱の歴史」を後世に伝えるため、同記念館は誕生したそうです。

Dsc09964
上の写真の道を先で左に曲がると記念館に通じる坂道に出ます。

Dsc09965
坂道を登り切ると展示されている機関車などが見えて来ます。

Dsc09966
表札

Dsc09968 WEBサイトに書かれているこの場所の歴史などが記されています。

まずは外部展示物から、

Dsc09967
C11131号機
こちらはちょうど補修作業の最中でした。補修作業を行っておられたのは直方汽車倶楽部の皆さんとのことでした。同倶楽部の公式サイトにも記念館のC11131の修復作業の記事が載っています。

Dsc09970
説明板

Dsc09972 C11の後方には石炭車セム1が

Dsc09973 説明板

Dsc09974
コッペル32号機 貝島炭鉱専用線用に1925年ドイツから輸入した機関車で1976年の閉山まで52年間走り続けました。

Dsc09987
後部には石炭車 ロト22号

さらに炭鉱における落盤事故などを想定して、万が一事故が起きたときのための救護訓練用の施設も展示されています。

Dsc00014
救護訓練坑道とそこに入ろうとする圧搾空気式機関車

以上が外部に展示されていました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年11月17日 (金)

貨物鉄道博物館の保存車 7 帝国陸軍軽貨車

三重県いなべ市の貨物鉄道博物館の保存車両、最後はかつて大日本帝国陸軍が軍用物資の輸送用に開発した九一式、もしくは九七式の軍用軽貨車です。

Dsc07428 2017/8/6 手前が九一式で奥が九七式かと思います。

以前に新京成のくぬぎ山のイベントで見たことがあり、今回も見たときに「ああ、あれだな」と思いましたが、やはりそうでした。

九一式とか九七式という名称は
戦闘機、艦上攻撃機、飛行艇、重戦車、広軌牽引車、魚雷などに付けられていますが、紀元2600年、あるいは皇紀2600年が西暦1940年に相当したため、1931年、1937年に制定された武器などは2591年、2597年から九一式、あるいは九七式と呼ばれたそうです。

今の政権は武器を防衛装備品と呼び、アメリカの言いなりで購入、あるいは日本の製品の輸出を進めていますが、戦後70余年で再び、戦争をする国に戻ることだけは絶対に避けねばなりません。

Dsc07470

九一式は1931年、1932年に川崎車輛、汽車製造の製造で、九七式は1939年梅鉢車輛の製造です。

九一式軽貨車は帝国陸軍鉄道連隊が使用し、応急運転や鉄道敷設に用いられました。設計者は青村常次郎大尉で1928年8月に設計に着手、1929年3月に試製、1930年11月に試製車で審査が行われ、実働時間8時間で4kmの線路敷設が可能だったことから制定となり、1931年から1938年にかけて量産されました。

台車2、荷匡1、旋回架2より構成される積載許容荷重5トンの貨車で敷設車、長材料運搬車および無蓋貨車として使用可能でした。敷設に使用する場合は架匡を外し、台車上に旋回架を装着する。輪距は1524mm、1435mm、1067mmの3種軌間に容易に改軌対応できます。車軸にボールベアリングが取り入れられているので、空車なら2名で押して動かせる程の改善がなされました。戦後、本土に残存した車両の一部は国鉄、私鉄や民間会社に払い下げられて、保線作業などに使われていました。

九七式軽貨車は積載許容荷重8~9トン、完全武装兵員約40名を乗せることが可能で車軸の締め付けボルトを調整することで1000mmから1524mmの軌間に対応可能でした。泰緬鉄道建設時にはレール輸送で活躍しました。

 諸元
全長 7.3m
全幅 2.5m
全高 1.7m
自重 2.196t
車輪径 400mm
積載許容荷重 無蓋貨車 8t、材料車(枕木およびレールを積載) 9t

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年11月16日 (木)

貨物鉄道博物館の保存車 6 大物車シキ

今回は特大貨物である変圧器輸送のための大物車、国鉄シキ160形貨車の紹介です。

Dsc07440 シキ160形式 シキ160

日本車輛製造にて1955年3月16日に製造された130t積みの大物車です。

Dsc07442
富士電機から日本パワーシステムズに所有者が移管され1998年まで活躍しました。変圧器は上の写真の上部フレームがふたつに分離する部分に吊掛ける方法(シュナーベル方式)で搭載され、空車時の全長は23,756mmですが、積載する変圧器のサイズで全長も変化します。現存する吊かけ式大物車としては国内最古の貨車だそうです。

車体は重量に耐えるため高張力鋼が用いられており、荷受け梁はトラス構造で重力を分散して受け止めるようになっています。

Dsc07466
走り装置は一段リンク方式の軸箱支持装置を3つ連ねたNC-2ボギー台車で両側に2個ずつ、計12軸から構成されています。

1961年に性能向上のための改造工事が日本車輛製造東京支店で行われ、台車の車輪径も製造時の860mmから800mmになりました。

Dsc07465
製造当初は安善駅常備で、富士電機製造川崎工場製の変圧器輸送に活躍していましたが、1962年に千葉工場が開設されると1963年から京葉臨海鉄道の開業を受けて京葉市原駅常備となりました。

Dsc07444
1968年10月1日のヨンサントウのダイヤ改正で高速化不適格車とされ、最高速度65km/hの指定車となり、識別のため「ロ」がシキの前に追加され、黄色1号の帯が巻かれました。

1998年の全検切れ以降、工場内で保管されていましたが、2007年に当館に寄贈されました。2010年に貨車の発達を示す重要車輛と認定され重要科学技術史資料第00048号に認定されました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年11月15日 (水)

貨物鉄道博物館の保存車 5 無蓋車、ホッパ車

貨物鉄道博物館の収蔵車両、今回は「蓋の無い貨車」です。

砂利、鉱石、木材など雨に濡れてもかまない積荷を輸送するための貨車を総称して「無蓋車」と言い、広義では大物車、長物車、土運車、コンテナ車も含まれます。

Dsc07439 形式ト200 246号

名古屋鉄道の前身である愛知電気鉄道の貨車で当初は1,917年に日本車輛製造で製造された2軸有蓋車ワ100形でした。その一部が1924年頃、改造されト200形になりました。現在の常滑線で運用され、名岐鉄道との合併、名古屋鉄道になってからも運用が続き、ト246号は1959年に引退しました。その後は控車に転用、鳴海工場で運用され、1997年鳴海工場閉鎖後は舞木検査場に転籍、2007年に引退しました。引退後、三岐鉄道でも運用され、静態保存では当初、控車としての姿でしたが、2006年1月に無蓋車に復元されました。

この車両の他、ト15も展示されているはずですが、見落としたのか写真はありません。

Dsc07443 ホサ1

いわゆるホッパ車として国鉄で活躍した形式にホキ600形式があります。1930年に浅野造船所で16両が製造され、浅野セメント所有の石灰石輸送用25t積私有2軸ボギー鉱石車ヲキ1形と当初は称しました。この形式を参考にホッパ長を6040mmに短縮し、一端に木造の車掌室を設けたヲサフ1形23t積が4両、浅野造船所で製造されました。私有貨車でしたが、1944年に国有化され、セサフ1形と改称、さらに1957年ホサフ1形となりました。1966年に廃車、福井鉄道に払い下げられ、車掌室を撤去し、ホサ1形となり、砕石輸送、散布用に使用されました。2001年に廃車となり、2003年から静態保存されています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年11月14日 (火)

貨物鉄道博物館の保存車 4 有蓋車

再び、いなべ市丹生川駅そばの貨物鉄道博物館の話題です。

国鉄・JR貨物の貨物列車が現在のコンテナ方式になって有蓋車とか無蓋車という言葉も殆ど死語となってしまいましたが、私たちの子供の頃はよく聞いたものでした。

有蓋車は「」に積載量でムラサキをつけて、さらに緩急車の場合はフが付き、ワフ、ワサフなどをよく目にしました。さらに鉄側有蓋車(車体側面を鉄製)として「」、側面屋根を鉄製とした鉄製有蓋車に「」が付けられました。さらに用途に応じて冷蔵車「」、通風車「」、家畜車「」、豚積車「」、活魚車「」、家禽車「」、陶器車「」などが活躍しました。

Dsc07446 ワ11形式 ワ11

蒲原鉄道用10トン積載の小型有蓋車として1929年に新潟鉄工で製造されたもので、当時は貨車も鋼鉄材料で製造されていましたが、地方小私鉄向けに躯体以外はすべて木材で構成された木造貨車が製造されていました。中小ローカル私鉄の貨車も沿線の産物や生活物資を積み、国鉄線に乗り入れて活躍しました。

蒲原鉄道では1923年に日本車輛製造において二軸有蓋車ワ1形1・2が新製され、1929年には二軸有蓋車ワ11形11・12、二軸有蓋緩急車ワフ1形、二軸無蓋車ト1形1・2の5両が新潟鉄工所で新製されました。ワ11は1985年6月20日付で廃車となっています。

Dsc07448 ワ1形 ワ5490

Dsc07458
Dsc07455 内部の様子

北越鉄道用に1906年8トン積有蓋車として製造されました。大正時代に荷重を10トンにする改造を受け、国有化で各地で使用されましたが、戦後は近江鉄道に移籍しました。台枠から上は鋼製の柱に木製の板張り、引き戸も木製です。

Dsc07447
テラ1形 146号
1965年協三工業製造で、上記のワと違って車内に木の内張を持たない鉄製有蓋車で水と反応して高熱を発する生石灰の輸送などのために開発された車両です。石灰鉱山を控えた岐阜県大垣市の美濃赤坂駅に配置され、石灰石の製品輸送に国鉄末期まで活躍しました。

Dsc07450 ワフ21000形式 ワフ21120号

ワフ21000形式は二軸客車改造の老朽車掌車(ヨ1形・ヨ1500形)の代替として、1933年から1939年にかけて、汽車製造、日本車輌製造本店・支店および鉄道省大井工場、大宮工場、鷹取工場、長野工場、土崎工場、苗穂工場、名古屋工場、吹田工場、小倉工場、五稜郭工場、盛岡工場で775両(ワフ21000 - ワフ21774)が新製されました。初の鋼製有蓋緩急車で、乗務員用設備を改善、車体の大きさは15t積有蓋車と同じですが、貨物室は2t 積と小さく、鮮魚など混載に不適な小口貨物に専ら用いられた。一方、車掌室は広く居住性も優れ、車掌室側には手ブレーキを設けた出入用デッキがあります。当初は電灯・ストーブともありませんでしたが、ストーブは1952年からの更新修繕の際に設置されました。

21120号は1934年汽車製造株式会社の製造です。
2名の車掌と2トンの貨物を積載可能で貨物室には貴重品類や鮮魚などの小口貨物が搭載されました。国鉄で1977年まで使用され、その後、西濃運輸に移りました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年11月12日 (日)

貨物鉄道博物館の保存車 3 タンク車

今回は、昨日の写真でDB101ディーゼル機関車に連結されていた4両のタンク車について紹介致します。

Dsc07418 2017/8/6 

まず手前のシルバーに塗られたタンク車はタム8000形タム8000です。過酸化水素水専用のアルミ製のタンク車です。
過酸化水素水といえば理科の授業で二酸化マンガンを触媒として酸素の発生、生物の授業ではカタラーゼ反応の活性酸素、そして鉄IIIイオンと反応して、ヒドロキシラジカルの発生(フェントン反応)と工業的にも生物学的にも良く出てくる物質ですが、タンク車で輸送するときも鉄ではなくアルミの缶が使われたのですね。

Dsc07419
タム8000形は15t積み二軸貨車で1962年から1965年にかけて8ロット15両が汽車製造、日立製作所、日本車輌製造、および三菱重工業で製造されました。

走り装置は二段リンク式、最高速度は75km/h、台枠は長さ7,000mmもしくは7,400mmの平台枠です。タンク体の長さは6,300mm、内径は1,700mmでタンク内部には補強のため皿形の波除け板が4枚設置されています。

積み込みは液出入管から行い、荷卸しは液出入管と空気加圧による上出し方式で空気管には異物混入除去用のフィルターが内蔵されています。

全長は7,800mm - 8,200mm、全幅は2,530mm、全高は3,615mm、軸距は4,200mm - 4,450mm、自重は9.5t - 10.0t、換算両数は積車2.6、空車1.0、車軸は12t長軸でした。

タム8000号
1962年度、に汽車製造で製造された3両のうちの1両で江戸川化学工業所有となりました。同年度に三菱江戸川化学工業へ改称され、同社向けに9両、安宅産業向けに1両、三徳化学工業向けに2両の計15両が製造されました。1971年12月17日に日本瓦斯化学工業との合併で表記のように三菱瓦斯化学となり、工場の移転で常備駅は南四日市となりました。
1987年8003を除く14両がJR貨物に継承され、1994年に2両、2003年度に12両が廃車となり形式消滅しました。

Dsc07421
タム5000形6263号

積載量15tの塩酸専用タンク車で1938年から1968年にかけて新潟鐵工所、日本車輌製造、汽車製造、日本鋼管、造機車輌、カテツ交通、日立製作所、三菱重工業、近畿車輛、富士重工業、飯野産業、協三工業にて368両が製造されました。さらに1951年12月26日から1963年12月14日にかけてタム100形より8両が三菱重工業、造機車輌、汽車製造にて改造され当形式に編入され、1958年12月2日にはタム3500形より1両が造機車輌にて改造され当形式に編入されました。

全長は7,800、8,100mm、全幅は3,365mm、全高は3,497mm、軸距は3,800 - 4,200mm、自重は10.0 - 11.7t、換算両数は積車2.6、空車1.2、最高運転速度は75km/h、車軸は12t長軸でした。塩酸やアミノ酸を積むため、腐食防止のためタンク内面にゴムライニングが施されています。2005年6月に最後まで活躍した車が廃車となり形式消滅しました。
タム6263号は修復中で下塗り状態でした。

Dsc07422 タム500形2920号

タム500形1931年から30年間製造された15t積みガソリン専用タンク車で2920号1958年日本車輌製造製です。2軸タンク車として最多の621両が汽車製造、三菱重工業、新潟鐵工所、東急車輛製造、鉄道車輛工業、飯野重工業、川崎車輛、日本鋼管、富士重工業、日立製作所、日本車輌製造、造機車輌、帝國車輛工業にて製造されました。現在は荷重40tを超えるボギー車が主流ですが、当時はこちらの方が重宝したそうです。

荷役方式は上入れ下出し式で2000年に最後まで活躍したした2両(タム2920, タム2932)が廃車となり形式消滅しました。

主要諸元(タム500形、700形、800形、4000形、9200形)

全長     7,700 mm - 9,300 mm
全幅     2,006 mm、2,408 mm
全高     3,758 mm、3,860 mm、3,870 mm
タンク材質     普通鋼(一般構造用圧延鋼材)
荷重     15 t
実容積     21.2 m3 - 21.5 m3
自重     10.0 t - 11.9 t
換算両数 積車     2.6
換算両数 空車     1.2
走り装置     一段リンク式→二段リンク式
車輪径     860 mm
軸距     3,900 mm - 4,500 mm
最高速度     65 km/h → 75 km/h


Dsc07424 タ2000形 タ2001号

タ2000形1939年に日本曹達15t二硫化炭素専用タンク車タム200形タム274として新潟鐵工所で製造、1941年に10t積アルコール専用のタ2000形に改造タ2001となりました。同じときにタム273タム2000に改造されています。1961年に日本アルコール販売に移籍、白新線新崎駅を拠点に1995年まで活躍しました。このタンク車は現存する唯一の戦前製タンク車で各部に戦前の設計・構造・工法が見られるそうです。

タンクの大きさが同じなのに積載量が下がっているのは二硫化炭素に較べてアルコールの比重が小さいためです。タ2000形には1951年11月6日、新潟鐵工所にてタム900形(タム972)元は苛性ソーダ専用からアルコール専用に改造がタ2002として加わりました。

全長は7,350mm、7,800mm、全幅は2,300mm、2,430mm、全高は 3,490mm、3,450mm、軸距は3,650mm、3,900mm、実容積は11.5m3、12.1m3、自重は9.6t - 10.7t、換算両数は積車2.2、空車1.0、最高運転速度は75km/h(二段リンク式に改造後)、車軸は12t長軸でした。

1972年7月28日にタ2000が廃車され、1987年4月の国鉄分割民営化時には2両がJR貨物に継承され、1996年にタ2001が廃車になり、1996年4月に最後まで在籍したタ2002が廃車になり形式消滅し、「タ」車(積載重量13t以下のタンク車)の全滅となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年11月11日 (土)

貨物鉄道博物館の保存車 2 DB101ディーゼル機関車

昨日に続いて、貨物鉄道博物館の展示車両、動力車から先に行きますと、DB101ディーゼル機関車となります。

Dsc07481 2017/8/6

この機関車、昨日の東武39号蒸気機関車と対峙するようにタンク車4両と連結されていました。本来はブルー塗色のようですが、訪問したときは補修作業中で下塗りの状態でした。

Dsc07472
鉄道工場、鉱山などで使用する小型DLや遊園地・テーマパークなどの遊戯物として使用する小型蒸気機関車および客車など小型鉄道車両の製造、また現時点における我が国で蒸気機関車を新製可能な唯一のメーカーである福島の協三工業1957年に製造した10tタイプのB形ディーゼル機関車(製造番号10208)で巴川製紙用宗駅専用線で入換用として使用されていました。

Dsc07426
1986年に廃車となり、売却され、2004年に津坂商店の好意により、当館に贈呈されたそうです。

Dsc07427


にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

クルーズトレイン スポーツ ディーゼル機関車 ディーゼル機関車DD13/DD15 ディーゼル機関車DD16 ディーゼル機関車DD50 ディーゼル機関車DD51 ディーゼル機関車DD54 ディーゼル機関車DE10/DE11/DE15 ディーゼル機関車DF200 ディーゼル機関車DF50 ニュース ハイブリッド機関車 ハイブリッド気動車 バス 三セク鉄道 事件・事故 事業用車 催事 地下鉄車両 大相撲 客車 客車12系 客車14系 客車20系 客車24系 客車50系 客車E26系 新交通システム 新幹線0系 新幹線電車 旅客機 旅客機 Airbus A300 旅客機 Airbus A310 旅客機 Airbus A318/A319/A320/A321 旅客機 Airbus A330 旅客機 Airbus A340 旅客機 Airbus A350 旅客機 Airbus A380 旅客機 Boeing 707 旅客機 Boeing 727 旅客機 Boeing 737 旅客機 Boeing 747 旅客機 Boeing 757 旅客機 Boeing 767 旅客機 Boeing 777 旅客機 Boeing 787 旅客機 Douglas DC-10/MD-10 旅客機 Douglas DC-8 旅客機 Douglas DC-9/MD-80 series/MD-90/Boeing 717 旅客機 Lockeed L-1011 Tristar 旅行・地域 日記・コラム・つぶやき 書籍 東京メトロ 東京都営地下鉄 民鉄:京成グループ 民鉄:京浜急行電鉄 民鉄:京王電鉄 民鉄:南海電鉄 民鉄:名古屋鉄道 民鉄:大井川鐵道 民鉄:小田急電鉄 民鉄:東急電鉄 民鉄:東武鉄道 民鉄:江ノ電 民鉄:西日本鉄道 民鉄:西武鉄道グループ 民鉄:近畿日本鉄道 気動車 気動車1000形 気動車2000形 気動車キハ100系 気動車キハ110系 気動車キハ11形 気動車キハ120形 気動車キハ126系 気動車キハ141形 気動車キハ150形 気動車キハ181系 気動車キハ183系 気動車キハ185系 気動車キハ187系 気動車キハ189系 気動車キハ201系 気動車キハ20系 気動車キハ25形 気動車キハ261系 気動車キハ281系 気動車キハ283系 気動車キハ32形 気動車キハ35系 気動車キハ40系 気動車キハ45系 気動車キハ56/57/58系 気動車キハ75形 気動車キハ81形 気動車キハ82形 気動車キハ85系 気動車キハE120系 気動車キハE130系 海外の鉄道 特急電車 私鉄 蒸機8620 蒸機9600 蒸機C10 蒸機C11 蒸機C12 蒸機C50 蒸機C51 蒸機C53 蒸機C55 蒸機C56 蒸機C57 蒸機C58 蒸機C59 蒸機C60 蒸機C61 蒸機C62 蒸機D50 蒸機D51 蒸機D52 蒸機D60 蒸気機関車 貨物列車 路線について 路面電車 軽便鉄道 近郊形電車 通勤電車 連絡船 鉄道以外の博物館・展示施設 鉄道博物館 鉄道施設 電機ED16 電機ED60/ED61/ED62 電機ED70 電機ED71 電機ED72 電機ED73 電機ED74 電機ED75 電機ED76 電機ED77 電機ED78 電機ED79 電機ED91 電機EF10 電機EF12 電機EF15/EF16 電機EF18 電機EF200 電機EF210 電機EF30 電機EF510 電機EF53/EF56/EF59 電機EF55 電機EF57 電機EF58 電機EF59 電機EF60 電機EF61 電機EF62 電機EF63 電機EF64 電機EF65 電機EF66 電機EF70 電機EF71 電機EF80 電機EF81 電機EH10 電機EH200 電機EH500 電機EH800 電気機関車 電車101系 電車103系 電車105系 電車107系 電車113系 電車115系 電車117系 電車119系 電車121系 電車123系 電車143系 電車151/161/181系 電車153系 電車155/159/167系 電車157系 電車165/169系 電車183/189系 電車185系 電車201系 電車203系 電車205系 電車207系 電車209系 電車211系 電車213系 電車215系 電車221系 電車223系 電車225系 電車227系 電車251系 電車253系 電車255系 電車281系 電車285系 電車301系 電車303系 電車305系 電車313系 電車323系 電車371系 電車373系 電車381系 電車401/403/421/423/415系 電車417系 電車419系 電車451/453/455/471/473/475/457系 電車481/483/485/489系 電車581/583系 電車651系 電車681系 電車683系 電車70/72系 電車7000系 電車701系 電車711系 電車713系 電車715系 電車719系 電車721系 電車731系 電車781系 電車783系 電車785系 電車789系 電車80系 電車811系 電車813系 電車817系 電車883系 電車_旧形国電 電車BEC819系 電車E127系 電車E217系 電車E231系 電車E233系 電車E235系 電車E257系 電車E259系 電車E351系 電車E353系 電車E501系 電車E531系 電車E653系 電車E655系 電車E657系 電車E721系 電車E751系 電車EV-E301系 電車EV-E801系 電車クモハ42 電車クモハ52

カテゴリー

2019年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村