2026年10月 8日 (木)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 一度は訪れたかった尾道へ その2 千光寺ロープウェイ、山裾を走る鉄路、港町

千光寺山展望台から尾道水道の眺めを堪能した後は帰りはあの急坂を下るのではなくロープウェイ、に乗ってみようと思いロープウェイ山頂駅へ参りました。

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Dsc06069edit昭和32年の開業ですので、今年で満69年、ゴンドラは開業以来3代目の「かもめ」と「さくら」が運行しています。大阪車輛工業が製造しました。ダークブラウンの車体に「さくら」は山をイメージした緑色のドア、「かもめ」は海をイメージした青色のドアが付いています。初代は1982年12月まで、二代目は2011年1月30日まで運行しました。2011年4月1日より、おのみちバスが運行を受託し、2014年1月27日から3月7日にかけ、2億2740万円かけて開業以来使用された原動機械装置を交換しました。

Dsc06071_20261007113001ゴンドラからの眺め
正面に見える橋は手前が新尾道大橋、すぐ横に尾道大橋 どちらも斜張橋で新尾道大橋は自動車専用道路で1999年5月に供用が開始され、本州四国連絡橋尾道・今治ルートの本州側起点となっています。

山裾の平地部分は極めて狭く、そこに山陽本線がへばりつく様に走っています。

47-70017002-etsetora260516かつては昼行特急・急行、寝台特急・急行などが走っていた山陽本線ですが、今はローカル電車と貨物列車がメインの山陽本線です。この日は偶然にも観光列車etSETOraに遭遇しました。

Dsc06077_20261007132601線路沿いの国道2号から尾道渡船のフェリー乗り場に行く道の途中には尾道書房という古本屋があり、内田康夫の小説「後鳥羽伝説殺人事件」を思い出してしまいました。浅見光彦シリーズの第一作で光彦の妹・浅見祐子と一緒に旅をした友人の正法寺美也子が緑色の表紙の本を購入したのがまさにこの古本屋ではなかったかなどと思ってしまいました。

Dsc06082尾道水道を渡る「にゅうしまなみ」

Dsc06083_20261007134001渡船場の駐車場には大量のバイクが

Dsc06085_20261007134201尾道本通り商店街 非常に活気のある商店街でした。

Dsc06086昔ながらの銭湯

Dsc06087林芙美子記念館

慌ただしくいろいろな古き良き時代を思い出す旅になってしまいましたが、機会があれば、再度訪れ、尾道に宿泊し、ゆっくり寺巡りをしたく思いました。

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2026年8月 3日 (月)

速報版 2026年初夏、岡山、広島方面の旅 総延長35.8km、日本一の輸送人員を誇る広島電鉄 part 1 路線と駅と車両基地 その9 広島港(宇品)停留場

広電の宇品線、御幸橋東詰から宇品間が開通したのは1915年4月8日のことでした。以前の記事にあるように御幸橋に電車専用橋が開通し、紙屋町から宇品までが結ばれたのは1919年5月25日のことでした。この頃は現在のルートとは異なり御幸橋東詰から宇品間は宇品地区西側の堤防沿いを通るルートでこのルートが廃止され宇品通りを通るようになったのは1935年12月27日のことでした。宇品線の終点は宇品港、宇品桟橋ですがこちらも埋立の進行や港の変化で終点の位置が変わってゆきました。1935年のルート変更時は向宇品停留場(現在の元宇品口停留場)が終点でしたが1951年に西堤防西側の海を埋め立てる工事が完了、広島県営桟橋が開業し、軌道も200m延伸して宇品終点停留場が新たな終点となりました。その後も埋め立て工事が続き、軌道も南へ158m延長、1967年に移設されました。また旅客ターミナルのの整備に合わせ軌道を9.5m延長、停留場は1976年に複線化されました。2003年には新たな旅客ターミナルが建設され、停留場も新旅客ターミナルの前に移設され、軌道は100m延伸しました。

260518_202608020921012026/5/18 電停名標

一方、日清戦争の人員・物資の輸送のために軍事専用線として建設され、開戦の1894年に開業したのが宇品線で当時の山陽鉄道が陸軍省の委託で建設し、着工から僅か18日で開業しました。1897年には山陽鉄道が陸軍省から借り入れ一般旅客営業を開始、1906年に国有化、1919年に貨物専用線となり、その後、芸備鉄道が旅客営業を再開、1937年に再び国鉄に移管、太平洋戦争中は軍専用となり、戦後、再び旅客営業が再開されましたが、広島市内の復興で公共施設が市の中心部へ転出、広電やバスとの競争にも敗れ、1972年に廃止、その後、東広島駅(現在の広島貨物ターミナル駅)間の国鉄側線扱いで通運業者四者(広島県経済連・日本通運・トナミ運輸・広島運輸)が使用していましたが1986年に廃止されました

260517_20260802093301電車を降りたらすぐ前に旅客ターミナルのエントランス

260518_202608020930012026/5/18 広島港の模型 桟橋の形態、旅客ターミナルと広電停留場の位置関係などがよく分かります。

260517_20260802093201発着する船舶の航路マップ

260517_20260802093401対岸の風景

260518_20260802093501第八きりくし 上村汽船が運航する宇品と江田島市(切串港)を結ぶフェリー 総トン数373トン 旅客定員330名 乗用車32台積載可能です。

800-807-260517800-814-260517広電のホームは頭端式ホーム2面3線で番線表示は系統番号との混乱を避けるためA・B・Cと割り振られています。連接車2本が停車できる長さがあり、ホームをカバーする広大な屋根が設置されています。

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2025年10月30日 (木)

2024年夏の新潟旅行 その26 信越本線 柏崎駅

昨日の記事で新潟から越後線列車に乗車し、柏崎まで到着し、柏崎駅に降り立ったのは1975年11月、2010年7月に次いで3度目と書きましたが、今回の記事では過去の旅で柏崎駅に来た経緯について触れてみたく思います。

Dsc092782024/8/20 柏崎 駅名標

1975年11月の旅は水上で大学2年の時に所属していたクラブの合宿があり、その翌日、自由行動だったので水上発8:14の721Mで長岡まで、さらに長岡発10:51の1330Mで柏崎まで来たものでした。私にとっては初めての新潟県の旅でもありました。あのときは柏崎駅で特急「はくたか」「北越」を撮影、さらに線路沿いに鯨波方向へ歩き、線路にかかる跨線橋上から、特急「白鳥」、EF62、EF15牽引の貨物列車等を撮影しました。そのときの様子は2013/1/26,2013/1/23、2013/5/10、そして2013/5/13の記事となっています。

一方、2010年7月には直江津を拠点とした旅行で初日の17日に柏崎まで来ていました。このときはEF510基本番台のうち、なかなか撮影できなかった20号機を柏崎駅で撮影したこと、1975年の旅では撮影していない越後線の列車を撮影したこと、さらに保線用のマルタイなども撮影していました。

Ef51020-1007172010/7/17 柏崎 EF510-20号機牽引貨物列車 

115-s7-100717115系 2連 S7編成 越後線列車

115-l13-100717-1115系 4連 L13編成 

115-n21-100717115系 3+4連 N21編成他

082xs-100717-2マルチプルタイタンパー 08-2XS

100717-1駅前広場

そしてこのときの旅では駅前から海岸まで歩きました。

100717_20251029095101今でもあるかどうか、灯火が横並びの歩行者信号機を初めてみました。

100717-1_20251029095401突き当りは海岸

100717_20251029100101
4002から海上自衛隊のおおすみ型輸送艦(LST-4002)「しもきた」と思われます。

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2022年7月15日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part9 晴海埠頭から東京国際見本市会場跡へ

晴海埠頭。客船ターミナルに着いたものの、肝心の客船ターミナルは2022年2月20日を以って閉鎖されており、ひと気はありません。さらに来た方向へ戻ろうにも歩道は工事中で所々、ブロックされている有様です。最初は再び、バスに乗って適当なところまで戻ろうかと思いましたが、聞いてみると歩道はブロックされていても歩いてほかの場所に行くのは可能とのことで、まずは歩いて周辺を散策することにしました。


Dsc09861


2022/6/28 晴海客船ターミナル 案内表示 既に閉鎖となって4か月以上が経過していますが、まだこういった案内表示は残っていました。

Dsc09860 特徴的な建築物もそのまま残されています。

Dsc09865 この船は何だろうと煙突をみるとどこかで見たマークが、船体表示板にはHAKUHOUMARUと書かれており、東京大学海洋研究所の学術研究船白鳳丸であることがわかりました。1989年に竣工、大型の学術研究船で近海・遠洋を問わず、世界の海で海洋生物、地球物理、化学、地震などの調査、研究に使用されてきましたが、2021年、発電機および主機のリニューアルに伴い、すべての関連機器のシステム換装工事が行われたそうです。

Dsc09868 オリンピック、パラリンピックの選手村が設けられたこの地区は現在。再開発事業の真っただ中でこの写真の右上がかつて客船ターミナルがあった場所、その上辺の岸壁に白鳳丸が停泊していました。

Dsc09869 そしてこの埋め立て地のなかで一番高い建造物が、上の写真左下の中央清掃工場の円筒です。

Dsc09870


看板をよく見なければ清掃工場とはわかりません。


Dsc09872_20220714112301 こういう車が頻繁に出てくるので清掃工場であることはわかります。
ちなみにこの場所には1996年まで東京国際見本市などの会場となったドーム型の建物などが建っていました。私も昔、父親に連れられて東京モーターショーに来たことがありました。東京ビックサイトが完成したため取り壊されたそうです。そもそもは1940年開催予定だった紀元2600年記念万国博覧会の会場予定地として、1959年に開場し、A~C館、東・西・南・新館と7施設があり、東京都が出資していた社団法人東京国際見本市協会と株式会社東京国際貿易センターの二法人によってそれぞれ管理運営しており、非効率であり、各館をつなく通路もなかったことから、雨天時に問題があり、施設の老朽化もあり、閉館となりました。

Dsc09873_20220714113401 都営地下鉄大江戸線勝どき駅周辺は高層ビルが林立しています。

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2022年7月 8日 (金)

大川端・佃島周辺を散策する part8 都03ルートで四ツ谷駅から晴海埠頭へ

これまでのこのシリーズは2021年11月17日、水曜日に現地を訪問した時の写真をもとにした記事でした。今回からは2022年6月28日、火曜日そう関東地方では観測史上異例となった9日間連続の猛暑日となった頃に現地を再訪した際の記録に基づくものです。

Dsc09854 都営バスの四谷駅前停留場と都03ルート案内、時刻表 四谷から晴海埠頭と東京駅丸の内北口を結んでいるのが現在の都03ルートのようです。

Dsc09855 2022/6/28 四谷駅前から新宿通りを新宿方向 当日は前日、異常に早い梅雨明けが発表となり、朝から35℃を超える猛暑日でした。

前回は地下鉄有楽町線の月島駅を出発点にしましたが、今回は四ツ谷駅から都営バス都03ルートで晴海埠頭を目指しました。なぜこのルートにしたかと言えば、1964年12月から1973年12月頃まで、父親の仕事の関係で杉並区清水3丁目の公務員住宅に暮らしていました。この地に引っ越した当初は沓掛(くつかけ)町という町名で環状八号線に面して都営バスの沓掛町操車場、後の清水操車場があり、ここから晴海埠頭、東京駅南口、新宿西口行のバスが出ていました。家から数分のところにバスの始発停留場がありましたので、休日、新宿、銀座、築地、さらに晴海埠頭で開かれていた自動車ショーなどここからバスでいったものでした。清水操車場に関するバス路線の変遷に関してはこちらに詳しく書かれています。あの頃の都営バス304系統(20.603km:1970年3月27日を以って廃止)が短縮され現在、四谷駅前から晴海埠頭に至る都03ルートとして残っていることを知り、乗ることにした次第です。

Dsc09857 写真でははっきり行き先が写っていませんが9:39発、晴海埠頭行です。

Dsc09858 10:15 晴海埠頭に到着

四ツ谷駅を出ると麹町を通り、半蔵門へ、内堀通りを右折し、三宅坂、国会前、桜田門、日比谷、銀座、築地、勝どき橋を通り、晴海3丁目で右折、晴海埠頭、客船ターミナルまでの8.083kmの路線です。道路の混雑状況により所要時間は変化すると思いますが、私が乗車した9:39発のバスは10:15に晴海埠頭に到着しました。

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晴海埠頭のバス停の先には晴海客船ターミナルがありますが、かつては東京港のシンボルとして毎年5月には「東京みなと祭」なども開催されていたようですが1993年にレインボーブリッジが開業、橋桁の高さ(52m)の関係でパナマックスサイズの大型クルーズ客船が通過できなくなり、2020年東京オリンピック・パラリンピックに合わせ江東区青海に東京国際クルーズターミナルが建設されることになり、当ターミナルは廃止されることになりました。すでにターミナルビルは2022年2月20日を以って閉館しており、バスだけが発着する状態となっています。

ここは都03の他、東京駅丸の内南口とを結ぶ都05-1、錦糸町駅とを結ぶ錦13甲のターミナルとなっており、大量の都営バスが駐車していました。ここから勝鬨橋のかちどき橋資料館、浜離宮恩賜庭園、旧新橋停車場を訪ねての今回の散策がスタートしました。

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2021年9月24日 (金)

小名木川に沿って歩く その9 地図からも分かる扇橋閘門

小名木川に沿って歩くシリーズ、小松橋のすぐ西側に川幅が1/3程度に狭まる箇所が地図上でも分かりますが、これが扇橋閘門です。


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2021/8/31 小松橋の下の先から川幅が1/3程度に狭くなりその先に鉄の扉が見えます


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閘門の東側の水位は西側の水位に較べ最大で3m程度下げられているため、船舶の通航のために1976年に設置された施設です。


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鋼製単葉ローラーゲートで径間は11m、門扉の高さは前扉5.9m、後扉7.3mです。このため通航できる船舶の大きさは長さ90m、幅員8m、高さA.P.+4.5m以下となっています。

Dsc06016_20210923104901 閘門西側からの風景

Dsc06018 閘門の更新工事は終了し、通航が可能になりましたが、取付護岸の耐震工事が始まりました。

荒川ロックゲート同様にこちらを通過するクルーズ船もあるようです。詳細はこちら。

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2021年9月17日 (金)

小名木川に沿って歩く その4 荒川ロックゲート

小名木川に沿って歩くシリーズ、今回は1995年に設置された荒川ロックゲートの話題です。

Dsc05938_20210916115801 2021/8/31

Dsc05942

1930年の荒川放水路の完成で荒川と旧中川・小名木川の水位差が生じたため、当時盛んだった水上交通ルートを確保するために小松川閘門、小名木川閘門が設置され、対岸の新川にも船堀閘門が設置されました。

Dsc05937_20210916115901 荒川側の水門 奥が下流、東京湾方向

Dsc05945 水門から荒川を見る 右手が下流

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巨大な水門の扉

Dsc05952_20210916120301 東京湾の干満の差で最大水位差は3.1mにもなるそうです。A.P.はArakawa Peil 荒川工事基準面


Dsc05943_20210916120401 奥が旧中川川、この閘門の水位がエレベーターのように変化し、違う水位の川の間を移動可能にしている。
この閘室に入るサイズの船しか通行はできません。
厳密には 長さ 55m以下、幅員 12m以下、高さ 前扉において A.P. ( Arakawa Peil 荒川工事基準面 ) +6.6m以下 後扉において A.P.+4.0m 以下、船底高 前扉において A.P. -2.5m 以上 後扉において A.P.-3.5m 以上

Dsc05956_20210916120601 旧中川川の水門

明治期以降、小名木川沿いの城東地区は工業地帯として発展しましたが、地下水の過剰な吸い上げにより、地盤が最大で4.5mも沈下し、東京湾の平均海面よりも低い江東ゼロメートル地帯となりました。そのために小名木川をはじめ関係する河川の堤防は嵩上げされましたが、大地震等で堤防が破壊されると大水害に見舞われる危険性がありました。

Dsc05933 旧中川側の閘門入り口に掲示されている通行制限と標識

水害対策の一環として小名木川に扇橋閘門、旧中川に荒川ロックゲートを設け、小名木川、旧中川、横十間川、北十間川(北十間川樋門以東)の水位が約1m下げられました。と同時に荒川ロックゲートにより、船の通行が可能となり、震災との災害時の救援物資の輸送路の確保にも貢献しました。

次の機会には船でこの閘門を通過できればと思います。
東京水辺ライン 江戸・東京 ぶらり旅(土曜日の特定日運航)

両国 - 越中島 - 明石町・聖路加ガーデン前 - 浜離宮 - お台場海浜公園 - (有明西運河経由) - 東京ビッグサイト - 葛西臨海公園 - (荒川ロックゲート経由) - 平井 - (隅田水門通過) - 千住 - 桜橋 - 両国  が通過しているようです。

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2021年9月16日 (木)

小名木川に沿って歩く その3 旧中川と大島小松川公園

昨日の記事で紹介した中川船番所資料館は旧中川の西岸、小名木川の北岸に建っています。

Photo_20210915102701  旧中川、小名木川、荒川ロックゲートの位置関係 Yahooの地図を利用させていただき作成しました

旧中川は現在は江戸川区平井7丁目で荒川から分岐し、江戸川区と墨田区、そして江戸川区と江東区の境界を蛇行しつつ南下し、江戸川区小松川1丁目で荒川に合流しています。地図で見てもかなり惰行・屈曲の多い川であることが分かります。

江戸時代以前の中川は埼玉県羽生市を上流とし、大落古利根川、元荒川、大場川を集め、水元・新宿・奥戸・平井を通り、江戸川に注いでいました。8代将軍吉宗の時代、水害から流域を守るため、1725年から14年間かけ、散在していた池や沼を利用し、ひとつの流れにしました。当時、屈曲が激しいことで「九十九曲り」と呼ばれ、やがて隅田川と江戸川の間を流れることから中川と呼ばれるようになったそうです。流路延長84km、流域面積100㎢の一級河川でした。

Dsc05935 2021/8/31 荒川放水路 西岸からの眺め 橋梁は都営地下鉄新宿線のもの 荒川放水路と中川放水路の間の堤防に首都高速中央環状線が建設されています。

1907年に発生した大水害では下谷、浅草、本所、深川の4区で約6万戸に浸水被害を出し、1911年に荒川放水路の改修工事と、中川の開削工事が開始されました。1930年に荒川放水路、1931年に中川放水路(現中川)が完成し、川は分断され、1966年、分断された下流部が旧中川に改称となりました。

Dsc05927_20210915110901 番所橋からみた小名木川と旧中川の合流点 この先に小松川閘門があり、荒川との水位の調整を行っていました。

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Dsc05879 江戸川区の大島小松川公園の風の広場には旧小松川閘門の遺構が残されています。

荒川放水路、中川放水路の完成で荒川と旧中川の水位差は最大3.1mになること、当時は水運ネットワークが盛んで船の通過のために小松川閘門、小名木川閘門(両門は1925年設置)、そして東岸に接続する新川のための船堀閘門(1930年設置)がありました。やがてこれらの水上交通は陸上交通にとって代わられ、閘門も廃止されました(小松川、小名木川は1976年、船堀は1979年)。

上の写真の案内図にあるように都立の防災公園である大島小松川公園の風の広場には旧小松川閘門のゲートの片方が残されています(情報はこちら)。3つの閘門の位置関係もサイトの地図で分かります。

Dsc05941

Dsc05939_20210915113201
閘門の廃止後、船の通行は不可でしたが、1995年の荒川ロックゲートの完成で再び可能となりました。
明日の記事では荒川ロックゲートについて触れます。

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2021年9月15日 (水)

小名木川に沿って歩く その2 江東区 中川船番所資料館

小名木川に沿って歩くシリーズ、2回目は小名木川の東端にある中川船番所資料館です。

Dsc05885 2021/8/31 旧中川に架かる橋から

Dsc05888
1590年、豊臣秀吉の天下統一により、徳川家康、当時49歳は関東移封となり、江戸城に入りました。兵糧としての塩を行徳塩田から江戸湊(日比谷入り江付近)に運ぶためには江戸湾の北部を経由するルートが一般的でしたが、当時の江戸湾北部には砂州や浅瀬が広がり、船がしばしば座礁する事故が起こっていました。それを避けるため沖合を経由すると強い風波を受け、転覆沈没することもしばしばありました。

Dsc05905 行徳の塩田で採れた塩を最短経路で日本橋へ運ぶルート

そこで江戸入城後、最初に行ったインフラ整備が小名木四郎兵衛に命じての小名木川(運河)の開削でした。これにより従来からのルートが大幅に短縮され、かつ安全性が向上しました。1596年には深川八郎右衛門が深川を開拓しました。小名木川は塩の輸送路のみならず、塩以外の物資の運搬路、成田山への参詣客なども運ぶようになり、江戸物流の重要河川となりました。

1654年には利根川東遷事業 の一環として利根川本流を銚子口に結ぶ工事が完了し、銚子から関宿、江戸川、新川(船堀川)、小名木川、隅田川、江戸日本橋への川船の航路が開かれました。

Dsc05890 館内に再現されている当時の輸送船の様子

Dsc05889 積荷等をチェックした番所の様子

物流の盛んな場所には江戸に危険な物資が運び込まれないか(よく言われた入り鉄砲、出女)をチェックする番所が置かれ、最初は1647年に小名木川西端の隅田川河口に深川番所が設置されました。当時、利根川東遷事業も行われており、小名木川、旧中川、新川の合流地点は江戸水運ネットワークの重要ポイントと認識され、1661年に隅田川河口に設置されていた深川番所が小名木川東端の旧中川と合流する場所に移転しました。これが中川船番所です。

1701年には木場が完成し、江戸中の材木の集積場が出来上がり、埋め立ての進行とともに土地が拡大、現在の江東区に相当する領域内に運河ネットワークが完成しました。

260年以上続いた江戸幕府も1867年の大政奉還とともに滅亡し、全国の関所の廃止され、1869年に中川番所も廃止されました。

20210831a

20210831b 資料館のパンフレットから

中川番所の位置は廃止後、歴史の中に埋もれており、「江戸名所図会」の江戸図から江東区大島9丁目1番地に相当する場所にあったのではと推定されていました。1995年、同地で土壌処理作業が行われた際に多数の瓦片が出土し、土地所有者の日本化学工業(株)が主体となり江東区中川船番所遺跡発掘調査団が組織され、番所の礎石の一部や柱材・硯・下駄等が発掘されました。

Dsc05887 資料館では常設展示のほか、訪れた日にはこういった企画展示も行われていました。

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2021年9月13日 (月)

小名木川に沿って歩く 概要編

ヨーロッパでは地域間の移動にライン川やドナウ川、そしてそれらを結ぶ数多くの運河を経由した水上交通網が発達しています。かつてNHK-BSプレミアムの番組でアムステルダムから黒海までの大型クルーズ船の旅の様子をレポートした紀行番組がありました(番組リスト)。その中でも興味深かったのは水位の違う水面間を移動する際のロックといわれるゲートの存在でした。アムステルダムからブタペスト、そして黒海までのライン川、マイン川、マイン・ドナウ運河、ドナウ川を経由するクルーズ船の旅でも65か所のロックを通過しなければならないと言っていました。

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そんな中、8月29日の東京新聞12版の24面で東京にもロックが存在することを知りました。この記事ではコロナ禍で海外旅行はできないけれど、首都圏にも世界の名所になぞらえられるスポットがあるということで、パナマ運河に似た小名木川の閘門とドーバー海峡に似た銚子の屏風ヶ浦を紹介しています。

以前から徳川家康が行徳からの塩の輸送のために小名木四郎兵衛に命じて開削させた小名木川(江東区北部を東西に結ぶ運河)については是非、見ておきたいと思っており、この機会に訪問しようと思った次第です。8月31日、水曜日に都営地下鉄新宿線の東大島駅から、旧中川沿いにある江東区の「中川番所資料館」を訪問、旧中川に沿って下り、荒川放水路との間に設けられた「荒川ロックゲート」を見学、小名木川の東側の端から、川に沿って旧城東区を歩き、総武本線越中島支線の橋梁の下を潜り、横十間川と川同士(正確には運河同士)が交差する場所にかかるX字の小名木川クローバー橋を渡り、旧深川区に入り、扇橋閘門を通過、もう一か所川が交差する大横川の交差点を過ぎ、相撲部屋の立ち並ぶ清澄界隈を歩き、小名木水門を越え、隅田川へ、最後は江東区芭蕉記念館を訪問し、東京メトロ半蔵門線清澄白河駅から帰途につきました。

小名木川の開削による、周辺の発展、工業化による地盤沈下で江東ゼロメートル地帯に、川の水位を下げることでの克服等いろいろな歴史を学ぶ小旅行となりました。

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