2019年4月 9日 (火)

公園保存車両 川崎市電の保存車702号

拙Blogでは以前、定期的に公園などに保存されている鉄道車輛のレポートをしていました。

過去ログを調べると2015年2月7日に世田谷区立世田谷公園に保存されているD51272号機の訪問(2018/6/19の記事)で途切れています。その後、王寺駅そばのD51895号機のレポートをしましたが、今回から訪問順に再開しようと思います。

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最初は川崎市の桜川公園(所在地:川崎区桜本1-14-3)に保存されている川崎市電702号車です。訪問したのは2015年3月1日でした。

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川崎に市電が走っているのを私は見たことはありません。開業したのは太平洋戦争の末期の1944年10月14日で、川崎の軍需工場に通う人々の通勤手段として市電川崎~渡田五丁目間の2.76kmが突貫工事で開業したそうです。労働者の通勤手段としてバス・トラックを最初は考えたそうですが、戦争末期の燃料不足の問題もあり、交通問題懇談会の要請による開業でした。開業はしたものの、すでに米軍機による本土空襲は開始されており、空襲により甚大な被害を被りました。

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戦後、多くの電車が被災した中、2両から復興し、東京都などからの応援車両をもらい受け、路線延長、複線化、新車の投入などの整備が進み、川崎市民や工場通勤客の足として順調に業績を伸ばしました。しかし、東京都電などと同じくモータリゼーションの波に押され、路線が未完成であったことも災いし、川崎鶴見臨港バス川崎市バスとの路線競争に敗れ、経営合理化のため1969年4月1日に全線廃止となりました。

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路線 総延長 市電川崎~塩浜間 6.7km
軌間 1435mm
電化 DC600V 架空電車線方式

路線延長の歴史
1994/10/14 市電川崎~渡田五丁目 2.76km 開業
1945/4/11 渡田五丁目~浜町三丁目 0.66km 延伸
1945/12/6 浜町三丁目~桜本三丁目 1.02km 延伸 桜本三丁目で東急大師線(大東急の時代)と連絡
1946/8/16 市電川崎~省線川崎駅前 0.326km 延伸
1951/3/16 京急大師線桜本~塩浜間乗り入れ
1952/1/1 京急大師線桜本~塩浜間を買収

車両
100形(初代) 新潟交通が購入した1933年日本車輛製造東京支店製の半鋼製車1944年購入
200形    東京都電木造ボギー車1500形 201~205号空襲で被災
130形    箱根登山鉄道小田原市内線木造単車 元は東京市街鉄道1903年から1906年製造1形電車
300形    王子電気軌道~東京都電の半鋼製ボギー車
100形(2代) 東京都電木造単車400形
500形    川崎市電初の新造車1949年日本鉄道自動車製
600形    川崎市電独自設計の車両、200形の台車、主電動機流用車両
700形    600形の改良型、200形の車体更新車

この700形のうち702号がこうして保存されており、4年前に訪問した際は修復直後だったのか外観も非常に綺麗でした。

路線的には川崎駅付近から塩浜までを往復する単純なものでしたが、当時の日本鋼管前以東の区間は三線軌条化され夜間に国鉄の貨物列車が運行されるというユニークな路線(1949年7月16日もしくは8月1日から)で、1954年4月10日からは上下線三線軌条化、入江崎の交換設備の設置等の設備改良で昼間も国鉄貨物が運行されるようになりました(ちょっとここだけ読むとサンディエゴのトローリを思い出しますが)。1964年3月25日に国鉄塩浜操車場が開業すると池上新田~塩浜操車場間の東海道貨物線に路線の一部が転用となり、三線軌条は取りやめ、浜町三丁目~桜橋間に新駅として浜町四丁目が開設されました。さらに1967年8月1日には池上新田~塩浜間2.12kmが全線廃止に先立って廃止となりました。
因みに塩浜操車場の開業で京急大師線の小島新田~塩浜間も休止となり、バス代行となり、1970年には正式廃止となっています。

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2019年4月 1日 (月)

曇り空の下、九段下から半蔵門にかけて桜見物

押上から東京メトロ半蔵門に乗車、約20分で浅草から皇居北部に到着です。

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2019/3/29 押上駅に停車中の東急8500系 1975年に登場し、既に東急での活躍を終え、地方私鉄で第二の車生を送っている車両もいます。

同じ平日ながら「桜満開」の情報がニュース等でも報じられ、25日月曜日に較べ九段下駅構内もかなり混雑しております。

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千鳥ヶ淵の桜の美しさは単なる並木道だけではなく、お堀の水、斜面の桜、ボートなどからなる風景画のような世界が展開することですか?


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3/29の当初の離脱期限を過ぎてもEU離脱の方針が定まらない英国 その駐日大使館

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英国大使館前の内堀通りと半蔵壕との間の千鳥ヶ淵公園にも桜並木があります。

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半蔵門から三宅坂の国立劇場、最高裁判所の方向を見るとこちらにも桜が、最高裁の無機質な建物とコントラストが見事です。

 

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2019年3月25日 (月)

東横線、地下鉄日比谷線で活躍していた頃の東急1000系

先日の記事で紹介しましたように2018年10月の関西旅行では近江八幡からの帰途、伊賀鉄道を初めて利用しました。同線では元東急1000系が譲渡され、200系として2両編成で5編成活躍中でした。

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2013/1/19 多摩川 1001F

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2013/1/19 祐天寺 1002F

1000系は現在も1500番台(1000N'系)として池上線・東急多摩川線で活躍中ですが、2013年3月16日の東横線と東京メトロ副都心線との相互直通運転開始と同時に営業運転を終了しています。今回は数少ない写真から、東横線、日比谷線時代の活躍を振り返って見ようと思います。

1000系は1986年3月9日に営業運転を開始した20m4扉車、9000系の設計を基本に18m級3扉車として開発されました。また1991年まで東横線からの営団日比谷線乗り入れ車両として運用されていた初代7000系の後継車両という位置づけで導入されました。さらに池上線の7200系の後継としての位置づけもあり、こちらは1000N'系と呼ばれました。その結果、1988年から1992年にかけ、8両編成8本(64両)、東横線・目蒲線兼用に4両編成4本(16両)、池上線向けに3両編成11本(33両)の計113両が東急車輌製造で製造され、1988年12月26日から運用に就きました。

主要諸元
最高運転速度 85 km/h(池上線)80 km/h(東急多摩川線)110 km/h(東横線)80 km/h(日比谷線)
設計最高速度 120 km/h
起動加速度 3.5 km/h
減速度(常用) 3.5 km/h/s(東急線内)4.0 km/h/s(日比谷線内)減速度(非常) 4.5 km/h/s
編成定員 3両編成 385(座席136)人 8両編成 1,060(座席392)人
車両定員 先頭車 125(座席44)人 中間車 135(座席52または48)人
自重
・1001F - 1008F: 制御車 25.7 t 電動車32.7t
・1000N'系:クハ1000形 29.5 t デハ1200形 32.5 t デハ1310形 33.8t ※1000N系編成車は異なる
編成重量 247.6 t(1001F - 1008F)95.8 t(1000N'系)
全長 18,000 mm
全幅 2,800 mm
全高 3,990 mm 4,000 mm(パンタグラフ付車両)
台車 ボルスタレス台車 TS-1006・TS-1007
主電動機 かご形三相誘導電動機 TKM-88
主電動機出力 130 kW
駆動方式 中空軸平行カルダン駆動方式
歯車比 85:14 (6.07)
制御方式 VVVFインバータ制御
制御装置
(GTOサイリスタ素子)ATR-H8130-RG621A(1C8M/4M兼用)ATR-H4130-RG636A(1C4M専用)
(IGBT素子・1500番台) SVF091-B0
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ
保安装置 東急形ATS・TASC(池上線・東急多摩川線用)ATC-P・東急形ATS(東横線用)

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表1 元住吉検車区配置 1000系 8両編成 編成表

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2013/1/13 祐天寺 1005F

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2010/4/17 北千住~南千住 1004F

制御装置はGTOサイリスタ素子による東洋電機製造製ATR-H8130-RG621A形(素子耐圧4,500V - 3,000A)がM1車に搭載されています。この制御装置は世界初のヒートパイプ冷却式1C8M方式で以後、各車に普及しました。東横線の8連は両端クハ以外は全て電動車でMT比率は高いものの制御器は1C8Mのためコストダウンが図られています。

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表2 元住吉検車区配置 1000系 8両編成 編成表

1990年に東横、目蒲線兼用の1010F~1013Fが4両編成で増備され、東横線では1010F+1011F、1012F+1013Fの組み合わせで運用されました。この4連は1000N系と呼ばれ、8連として6M2Tになるように片側は制御電動車となっていました。デハ1200形、デハ1310形は1C4M方式となりました。8両編成時に、中間に入るデハ1310、クハ1000は貫通幌を繋げるため、中央貫通路方式(顔)となりました。

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表3 1010Fと1011Fの編成組換えで誕生した8両編成

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2013/1/13 自由が丘 1008F

日比谷線を介しての相互乗り入れにおいて東急1000系は乗り入れ協定、および保安装置装備の関係から東武伊勢崎線に乗り入れることはありませんでした。一方で、定期列車では走らない、渋谷~中目黒間、菊名~元町・中華街間に、事故などでダイヤが乱れた場合に乗り入れたり、多客時輸送で「みなとみらい号」として乗り入れることはありました。


2003年7月から8月にかけ、1010Fと1011Fの8両固定化組換えが実施され、デハ1310とクハ1011をデハ1362、デハ1363に置き換え、デハ1363は電装解除して、サハ1050形1051とし、SIVやCPの移設も実施されました。クハ1011、デハ1310は休車となりました。これら2両は6年に及ぶ長期休車の末、伊賀鉄道に譲渡されク102+モ202になりました。

1006Fは日比谷線乗り入れ運用の減少で2009年3月に運用離脱し、

3月 デハ1256、デハ1456→廃車・解体
11月 クハ1006、デハ1206→伊賀鉄道に譲渡     ク104+モ204に
2011年2月 デハ1406、クハ1106→伊賀鉄道に譲渡  モ203+ク103に
2012年1月 デハ1306、デハ1356→伊賀鉄道に譲渡  モ205+ク105に   となりました。 

1010F2008年9月に日比谷線減便で運用を離れ、中間車6両は解体、クハ1010、デハ1310は伊賀鉄道に譲渡され、ク102+モ202となりました。
1003F2012年に運用離脱し、2013年に総合車両所へ甲種回送されました。
1003F,1005F,1007Fデハ1400形、デハ1450形から1403、1405、1407、1453、1455、1457が一畑電車に譲渡され、1000系となりました。
1005Fのデハ1305、デハ1255が上田電鉄に譲渡され、2015年3月にデハ6001-クハ6101として竣工しています。

これら以外に1014F以降の池上線用等の車両で地方私鉄に譲渡された車両もありますが、それらは別記事にて触れる予定です。

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2019年3月23日 (土)

2018年10月の関西旅行 伊賀鉄道の旅 3 車両について 200系の車内

昨日の記事で紹介した伊賀鉄道200系、今回の旅では伊賀上野から伊賀神戸まで204-104編成に通しで乗車しました。この編成は1989年製造の東急1000系デハ1206とクハ1006から2010年12月に改造、竣工した車両です。


200104-1810072018/10/7 伊賀上野

クハ104は元々、クハ1006からの改造のため、東急1000系のスタイルを維持しています。

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運転台は東急1000系のワンハンドルマスコン・ブレーキ運転台のままです。

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ワンマン運転対応のため、停車駅、料金表示のディスプレイが設置されています。

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204の車内 伊賀上野から見て、左側の座席はクロスシートになっています。

200104-181007_2

一方、104の車内はロングシートです。


200104-181007-2

地方私鉄に譲渡された元東急の車両は吊革に東急百貨店の広告が残されていたりしますが、この車両では真っ白でした。

200204-181007-32018/10/7 伊賀神戸

デハ2041989年製、東急1000系デハ1206から改造されており、元は中間車のため、貫通扉がセンターの運転台が取り付けられています。さらにパンタが増設されており、前後のパンタの形態が違うのも特徴的です。


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2019年3月22日 (金)

2018年10月の関西旅行 伊賀鉄道の旅 2 車両について 近鉄860系から200系へ

伊賀鉄道の車両、1977年以前は1926年の全線電化以来、活躍していた川崎造船所製造の電動貨車モニ5181形、吉野鉄道のデハ1形(モ5151、モニ5161、クニ5431)などが使用されており、貨物営業ではデ1形、デ61形などの電気機関車が活躍していました。1977年の全車代替時に関西急行電鉄や近鉄が名古屋線向けに導入した5000系に替わり、1984年に近鉄の820系が狭軌線用に改造された860系、880系が導入されました。


200201-1810072018/10/7 上野市 200系 201F 種車はデハ1311-ク1010
前面は種車の非対称の貫通扉

近鉄の高性能車も1961年から1962年製造で2009年には登場から45年以上が経過し、老朽化したため、東急で使用されていた1000系を東急テクノシステム長津田工場で改造し、200系制御電動車モ200形-制御車ク100形の2両編成として5編成が導入されました。


200102-1810072018/10/7 桑町 200系 202F 種車はデハ1310-クハ1011 貫通扉は左右対称

200系 主要諸元

最高運転速度 65 km/h
設計最高速度 120 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
減速度(常用) 4.5 km/h/s
車両定員 モ200形121人(座席43人)ク100形122人(座席39人)
車両重量 モ200形34.5t ク100形29.5t
全長 18,000 mm
全幅 2,800 mm
全高 3,990mm
パンタ付車両4,000 mm
台車 ボルスタレス台車 TS-1004形(モ205のみ)・TS-1005形(ク105のみ)・TS-1006形・TS-1007形
主電動機 かご形三相誘導電動機 TKM-88形 130kW
駆動方式 TD平行カルダン駆動方式
歯車比 85:14(6.07)
制御装置 VVVFインバータ制御(GTOサイリスタ素子)
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ
保安装置 ATS装置
備考 東京急行電鉄より2009年に購入の上、東急テクノシステムにて改造後導入。

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2018/10/7 伊賀神戸 200系 204F 種車はデハ1206-クハ1006

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2018/10/7 丸山 200系 205F 種車はデハ1306-デハ1356

1000系からの改造点

・行き先表示器 正面は字幕式からLED式に、側面は撤去
・正面のジャンパ栓受け 日比谷線直通関連の空気管、非常連結栓撤去
・モ200形の前部に下枠交差型パンタを増設、モ203は後部に同型パンタを増設、モ205は前部に菱形パンタを増設
・座席の一部を固定クロスシートに変更
・整理券発行機・運賃箱・運賃表示器を設置
・ク100形に車椅子スペースを設置
・各車に砂撒き装置を搭載
・201F、202Fは種車の1C8M制御器ではなく、他車の1C4Mを搭載

・補助電源装置は他車からSIV 120kVA を流用して搭載
・保安装置は近鉄式ATSに
・中間車から改造のモ203、205、ク105に運転台を取り付け、ク105は電装解除
・205Fの台車は東急9000系の台車を流用

施設側の変更点

860系よりも車体幅が広いため、各駅のホームを削る工事が施工されました。

今回は伊賀上野から伊賀神戸まで途中下車せずに乗り通したために、203Fに遭遇することは出来ませんでした。203Fは東急1000系の赤帯スタイルだと言います。また訪れる機会があれば、記録したいものです。


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2017年11月27日 (月)

久しぶりの東急世田谷線 308F 玉電110周年 「幸運の招き猫電車」

2015年以来、2年振りの東急世田谷線、今回は沿線の豪徳寺との協力で2017年9月25日から2018年3月末まで走行を予定している308Fの「玉電110周年 幸運の招き猫電車」です。
308_171113_3 2017/11/13 山下

308Fは本来、サンシャインですが、検査入場の時期がキャンペーンの時期と重なる運の持ち主なのか、2015年にはNHK大河ドラマ「花燃ゆ」のラッピングが施されており、今回は招き猫になりました。

まだ乗車はしていませんが、車内には「招き猫形吊革」や床面には猫の足跡もあるとか。

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豪徳寺の招き猫の伝説、江戸時代前期の譜代大名、上野白井藩主、近江彦根第2代藩主の井伊直孝が猫により、豪徳寺に招き入れられ、雷雨を避け、和尚の法談を聞くことが出来,大いに喜び、後に井伊家御菩提所としたということです。直孝により、寛永10年、1633年伽藍が創建、整備されました。寺の名前は直孝の戒名「久昌院殿豪徳天英居士」によるそうです。創建は文明12年、1480年、山号は 大谿山(だいけいざん)、曹洞宗の寺です。

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豪徳寺では「招福猫児(まねぎねこ)」と称し、「招猫殿」があるそうです。桜田門外の変で暗殺された井伊直弼の墓も豪徳寺にあります。

171113 因みに小田急線豪徳寺駅にも招き猫の像があり、

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当地区の街づくり協議会が小田急電鉄との協力で建立したそうです。

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2017年11月26日 (日)

久しぶりの東急世田谷線 305F 玉電開通110周年記念車

2015年に小学校時代久しぶりに東急世田谷線の乗車、撮影を楽しんだ記事を数回に分けて書きましたが、あれから2年、2017年玉電開業110周年記念ということで305F308Fがスペシャルマーキングになって期間限定で走行中ということですので撮影してきました。

305_171117_3 2017/11/17 山下

まずは305F、本来はチェリーレッドですが、2017年4月より2018年3月末まで1年間、玉電開業110周年を記念して、開業当初の狭軌木造単車をイメージしたラッピング、前面は茶色、側面は白地に茶色のラインとなりました。

305_171117_6 2017/11/17 山下

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2017年9月15日 (金)

東横線内で90周年「アオガエル」ラッピング5122Fを撮影

9月10日日曜日は所沢で10105F New Red Arrow Classicを撮影した後、副都心線経由で東横線内に向かいました。

以前にも触れましたが、沿線住民ではないのですが東急東横線は小学校の第6学年(1968年)の頃は渋谷~都立大学間を毎週日曜日に乗車する機会があり、高校3年間 (1971年4月 ~ 1974年3月)は渋谷~学芸大学間を通学していました。

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8001_040501 2004/5/1 下神明
晩年、大井町線で活躍する東急8000系

高校3年間(1971年4月から1974年3月)は西武新宿線の東伏見もしくは武蔵関から国鉄山手線高田馬場~渋谷を介して、通っていましたが、西武は「赤電」の全盛時代で新宿線では101系すら見ることは殆どないところですが、東急東横線は「アオガエル」の初代5000系もまだ活躍してましたが、地下鉄日比谷線乗り入れの7000系やワンハンドル・マスコン・ブレーキの8000系が走りだしており、西武と東急の格差を感じたものでした。定期券も東急線渋谷~学芸大学間は自動改札用のプラスティックタイプのものが発行されていました。

03_106_130113_2 2013/1/13 祐天寺

あれから43年、東横線は2013年3月には渋谷~代官山間が地下化され、副都心線と相互乗り入れが開始され、同時に日比谷線への直通運転、日比谷線からの乗り入れ運転がなくなりました。さらに2017年3月には祐天寺駅に通過線が設置されました。

5000_5122_130113 2013/1/13 頭端式ホームだった渋谷駅

車両や風景の変化からすれば、当時まだ発展途上だった西武の方が大きく変化し、東急の方は既に発展が終わっていたため、あまり変わっていないように感じます。

東横線開業以来の駅名を調べてみると、学芸大学駅1927年8月28日、渋谷~丸子多摩川間が開通した際に、碑文谷駅として開業、1936年4月1日、現在学芸大学附属高校がある下馬に校舎が完成し、東京府青山師範学校が移転したときに青山師範駅に改称、1943年2月1日同年4月の師範教育令改正で東京第一師範学校になるのに先んじて駅名を第一師範駅に改称、そして1952年7月1日、1951年3月31日の東京第一師範学校廃校から1年3か月遅れで現在の駅名になりました。その学芸大学も1964年に小金井市に移転し、一方で1954年4月、教育学部付属高校が開校、本部は下馬、校舎は竹早と世田谷の2校舎方式とし、1961年に大学移転後の下馬統合され、学芸大学附属高等学校で今日に至っています。一方で東急東横線の駅名は大学移転後も引き続き、学芸大学のままです。

都立大学駅は1927年8月28日柿の木坂駅として開業、1929年、7年制の旧制高校・旧制府立高校の設置で、1931年7月25日府立高等前駅に改称、1932年3月31日府立高等駅に改称、1943年12月1日都立高校駅に改称、1949年の学制改革で旧制都立高校の尋常科は東京都立大学附属高校に、高等科が東京都立大学教養部と諸学部に改組され、駅名も1952年7月1日都立大学駅に改称されました。1991年、都立大学は附属高校を残して、八王子市南大沢にに移転、2011年には都立大学としての歴史を閉じ、首都大学東京となりました。附属高校もその後、桜修館中等高等学校になりました。

都立大学も、学芸大学も本来なら、〇〇大学附属高校前とでもすべきところを未だに〇〇大学としている点も面白いですね。

5000_5822_131006 2013/10/6 多摩川 今回、ラッピングされた5122F

1926年2月14日東京横浜電鉄が丸子多摩川(現・多摩川)~神奈川間を開業し、1923年11月1日に目黒~蒲田間が全通した目蒲線と相互乗り入れを開始しました。そして、1927年8月28日、渋谷~丸子多摩川間が開業し、渋谷~神奈川駅間の直通運転が開始され、路線名が東横線となりました。

5000_5122_170910_8 2017/9/10 学芸大学

それから90年を記念して二代目5000系8連の5122Fに昔の東急緑色のラッピングが施され、「アオガエル」となりました。

5000_5822_170910_6 2017/9/10 多摩川

5122Fは本来、田園都市線用に製造された5000系ですが、5118、5119、5120、5122Fの4編成は8両編成で元住吉検車区に所属し、東横線で活躍しています。

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2017年4月 5日 (水)

東京の桜の名所 訪問 その2 目黒川の桜

4月3日、千鳥ヶ淵に続いて訪れたのは中目黒駅直近の目黒川です。

ルートは九段下~半蔵門線~渋谷~東横線~中目黒です。

お花見スポットを案内しているサイトでは全国1位、東京都内1位のお花見スポットだそうです。

わたしも玉電が現役の頃の昭和40年代初め、小学生の頃でしたが、杉並の家から大橋まで塾通いしていたことがあり、大橋から目黒川沿いを歩き、東山公園あたりは憶えています。ただその頃はそんなに桜では有名でなかったように記憶しています。

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中目黒駅で降りるとこんなパンフレットが用意されています。
高校時代は中目黒を毎日のように通過していましたが、実は降りたことはなく、今回初めての下車でした。

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電車とさくらのツーショットはこの一枚ですが、目黒川はまさにホームの下を流れています。

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千鳥ヶ淵は濠の水面とさくらの競演ですが、こちらは目黒川の川面との競演です。

170403_2 見物客の8割は外国人観光客でした。

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川に向かって垂れ下がるツタ草の緑とさくらのピンクが見事なコントラストでした。

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今回は中目黒駅周辺しか見ていませんが、目黒川に沿って大橋から東急目黒線の不動前駅あたりまで歩くのも楽しいかもしれません。

東京のさくら巡り、最後は駒込六義園の枝垂桜です。

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2017年3月12日 (日)

速報版 大井川鐵道「SLフェスタ」 その2 大井川鐵道全線初乗車

大井川鐵道井川線は2014年9月2日、閑蔵駅付近で土砂崩れが発生し、接岨峡温泉駅~井川駅間(距離15.5キロ)が不通でしたが、2年半の復旧工事の目途が立ち、2017年3月11日の初列車から全線での運行が再開されました。「SLフェスタin千頭」もそれに合わせたものだそうです。

Sl_170311 2017/3/11 千頭駅

170311

私は大井川鐵道を訪問するのも、乗車するのも初めてでしたが、3月11日土曜日は以下の様な行程で大井川鐵道の旅を楽しみました。今回の記事ではその概説を致します。

1.金谷から千頭まで乗車
2.千頭から川根両国まで体験列車で往復
3.イベントに合わせて運転されたEL重連列車、SL重連列車を千頭駅にて撮影
4.井川線~南アルプスあぷとラインで井川まで往復
5.千頭から金谷へ、そして島田へ 

7305_170311
7204_170311_2 2017/3/11 金谷駅

金谷駅に入線してきたのは片側が東急8000系、反対側が7200系の顔を持つ両運転台車モハ7204とモハ7305の2連でした。この車両は東急から十和田観光電鉄に譲渡された際に両運転台化・ワンマン化されたものを同社線廃線後に大井川鐵道が譲渡を受けたものですね。往きの3列車、帰りの14列車はこの編成でした。

21003_170311 千頭  南海ズームカー 21003

21004_170311 南海ズームカー21004

大井川本線では昼間の時間帯、通常2編成が本線に出ており、行きも帰りも家山で行き違いがありました。出会った編成は元南海ズームカー21003+21004の編成でした。

21000_7603_2 1976/3 新今宮
南海高野線での現役時代

あの頃と変わらぬ姿、急行の看板の意匠も継承されているところが良いですね。

Dd204_170311 千頭~川根両国間の体験列車の編成

SLフェスタin千頭のイベントでは井川線体験乗車列車として、一駅先の車両区が併設されている川根両国駅まで往復するミニ列車が設定されていました。

ディーゼル機関車DD204に客車2両を繋げたミニ編成で、正規編成では井川行きは先頭にクハ+スロフ6両+DLでDLが押上、帰りは抑速する編成スタイルですがこちらは、川根両国までDLが先頭にたち、到着後は入れ替えをして、再びDL牽引で戻る方式でした。

170311_2
170311_2_2
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左からDB1、DD100形(DD107)、DD20形(DD206)

体験列車の折り返しの時間に近くの両国吊り橋を渡り、橋の上から両国区に展示されている歴代の井川線の機関車を眺めるという趣向でした。

E102e501_170311 2017/3/11 千頭
SLフェスタのイベントに合わせて運転されたEL重連牽引の臨時列車

Img_7628
E102号機とE501号機、どちらも電車のような雰囲気の機関車が旧形客車3両を牽引して11:13に千頭駅に到着

Img_7664
さらに11:52にはC108 (宮古市のラサ工業時代の塗色:連結器周辺)とC5644による重連が牽引する旧形客車7両の編成が到着

両列車とも到着後の機関車による入れ換えシーンも見応えがありました。

さらにこの後、井川線列車に乗り、千頭~井川間を往復しました。途中のアプト式区間もなかなか興味深かったです。井川線に関しては後日の記事で紹介いたします。

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