2017年4月14日 (金)

大井川鐵道 (元西武鉄道) 電気機関車 E31形 2 大井川鐡道譲渡後

昨日の西武で保存されたE31に続き、大井川鐡道に譲渡されたE32、E33、E34の現況です。

Img_7776
Img_7798
Dsc00075 2017/3/12 新金谷
E34 西武時代との違いはスノープラウが撤去されたことです。

西武鉄道としてはE31形電機を廃車後は貨物輸送を行う鉄道に譲渡する予定だったそうですが、2010年9月に3両は大井川鐡道に譲渡されました。

Img_7835 E33とE32 その後ろは元近鉄16103

実際の輸送は9月10日から13日にかけて、横瀬車両基地から新金谷車両区に陸送されたそうです。思えば5000系旧レッドアローも富山地方鉄道まで陸送されました。あのときは完全な車両ではなく、車体と一部の機器の譲渡でした。

Dsc00080 E32

大井川鐡道では老朽化が進む、E10形、ED500形電機の置き換えでSL急行の補助機関車としての役割が期待されているようですが、法令手続きや整備の関係で現在も運用開始には至っていません。
3両とも現在は新金谷車両区におかれています。

新金谷は初めての訪問でしたが、駅のホームや一般道から、こうして車両区に停めてある車両を撮影できる点が魅力的です。

E31シリーズが稼働開始する頃には客車も上から二枚目の写真でちらっと見えている14系座席車が投入されているのでしょうか。

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2017年4月13日 (木)

大井川鐵道 (元西武鉄道) 電気機関車 E31形 1 西武鉄道時代

西武線沿線の桜の話題から、再び大井川鐡道の電機の話題に戻ります。

E31_141108_2 2014/11/8 横瀬基地公開

最後に登場するのは西武鉄道から全機4両のうち、3両が譲渡されたE31形電気機関車です。

今回と次回の2回に渡り、西武時代と西武で保存されたE31、そして大井川鐡道に譲渡されたE32~E34の3両について触れます。

E31_161105_10

1986年から1987年にかけて、それまで活躍していた古典的輸入機関車の代替として西武所沢車輛工場で4両が製造されました。

B-Bタイプの小型直流電機で、諸元は

全長     10,950 mm
全幅     2,740 mm
全高     4,200 mm
機関車重量     40.7 t
台車     DT20A
動力伝達方式     1段歯車減速、吊り掛け式
主電動機     MB-146D形×4基
歯車比     19:64=1:3.41

です。

E31_161105_9

E31_161105_7
台車は飯田線で運用されていた80系電車の廃車発生品、主電動機は351系で使用されていたものを転用しています。釣り合い管引き通しにより、重連総括制御が可能です。

E31_161105_14 2016/11/5 横瀬基地
機関車なのに側面の明かり取の窓が大きいのが特徴で

E31_161105_11
電車用の台車を履いているために車高が低く、それを目立たせないために車体の下部を黒く塗ってカモフラージュしている点もユニークです。

E31という形式名は西武では2代目で、初代は1948年に31-33の3両が製造されましたが、後年伊豆箱根鉄道に譲渡されました。

西武時代の運用はもっぱら保線工事用列車の牽引で、終電終了後に保線基地からプッシュプル方式で保線車両・バラスト散布車などを間に挟んで、出発し、初電までに基地に戻る運用をこなしていましたが、2006年度に新宿線、2008年度に池袋線の工事列車が廃止となり、主たる役割が無くなりました。貨物列車が存在したころはE851形電機の代走も務めていましたが、2000年代後半からはJR武蔵野線連絡の新秋津駅からの甲種回送列車の牽引がメインとなりました。しかし、この業務も263F編成の登場で奪われ、2010年3月15日、E31形全機の運用終了が発表され、E31は西武鉄道で保存、E32~E34は大井川鐡道に譲渡されることとなりました。

私は生憎、この時代のE31形電機を見る機会がなく、引退後のE31を横瀬基地の公開で見たのが初めてでした。

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2017年4月 8日 (土)

大井川鐵道 電気機関車 ED501

昨日に引き続き大井川鐵道の電気機関車、ED500形です。

Ed501_170312_4 2017/3/12 新金谷

大阪窯業セメント~大阪セメント~住友大阪セメントが1956年、日立製作所に発注し、2両が製造されたもので、いぶき500形と言われました。車体にはいまでもそのときの名残が残っています。

Dsc00109 2017/3/12 新金谷

近江長岡駅から分岐した伊吹工場専用線で使用され、形式名の「いぶき」は伊吹山から取られました。1999年6月を限りに同線の輸送はトラックに切り替えられ、廃線となりました。そのとき、2両とも大井川鐵道に譲渡され、ED500形ED501,ED502となり、2000年3月18日から運転を開始しましたが、昨日の記事にあるように中部国際空港の埋め立て用土砂輸送で、急遽三岐鉄道で活躍することになり、ED501は貸し出し、ED502は売却となりました。

Dsc00110
三岐鉄道では2000年5月18日から運用を開始し、土砂輸送作業が終了すると共にED501は大井川鐵道に返却され、ED502は西藤原駅構内で静態保存となりました。その後、2015年5月、保々に移され、解体となりました。

主要諸元
    全長:12600mm
    全幅:2700mm
    全高:3830mm
    機関車運転整備重量:50.0t
    電気方式:直流1500V(架空電車線方式)
    軸配置:B-B
    台車方式:組立台枠
    主電動機:HS277-Br-16形×4基
    歯車比:16:76 (1:4.75)
    1時間定格出力:600kW
    1時間定格引張力:9000kg
    最大運転速度:65km/h
    1時間定格速度:23.8km/h
    動力伝達方式:1段歯車減速吊り掛け式
    制御方式:重連総括制御(三岐鉄道使用時)、抵抗制御、直並列2段組合せ制御
    制御装置:電磁空気単位スイッチ式
    ブレーキ装置:EL14A空気ブレーキ、手ブレーキ、発電ブレーキ

Dsc09665 2017/3/11 千頭

E102号機と重連でイベント臨時客車列車を牽引し、千頭に到着後の入れ換え風景

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2017年4月 7日 (金)

大井川鐵道 電気機関車 E10形 2号機

東京の桜の名所の話題から再び。大井川鐡道の話題に戻ります。
3月の訪問で観た蒸気機関車、現在稼働していないC12形164号機は保存機のシリーズに回し、今回からは電機について触れようと思います。

E10_2_170312_4 2017/3/12 新金谷

最初はE10形電機です。

1949年、大井川本線の電化にあたり、E10形が3両導入となりました。1,2号機は三菱重工、3号機が日立製作所の製造でした。

この時代の私鉄導入電機といえば世界の鉄道'69に登場したように凸型車体のタイプが多かったようですが、大井川鐡道では国鉄EF58形旧車体タイプやEF15形に類似のスタイルの電機を導入しました。

全長     12,800 mm
全幅     E101, E102 : 2,708 mm
E103 : 2,700 mm
全高     E101 : 4,135 mm
E102 : 4,200 mm
E103 : 4,040 mm
機関車重量     45.0t
台車     固定揺枕形鋼組立式

E102e501_1703112017/3/11 千頭 イベントでのEL重連牽引列車

登場当初は貨物列車牽引に使用されました。1976年SL急行が運転開始されてからはその補助機関車としての運用が主となり、貨物運用は1983年に廃止されました。2001年からがED500形と共通でSL急行の補機専用となっています。
イベント時の臨時客車列車の牽引や新金谷区での入れ換え作業にも従事しています。

Dsc09667
3両のうち。1号機は検査期限切れにより運用離脱し、西武からのE31形の導入でリタイアする予定でしたが、未だに車籍登録が済んでいない状況であるため、2013年から2014年にかけて全般検査を受けて、本線復帰したそうです。ただ、今回は姿を見ることが出来ませんでした。

E1023_170312 2017/3/12 第一橋梁

この機関車の警笛は電車の警笛を搭載しており、接近してくる際にまさに電車が来たのかと錯覚します。

3号機は製作所が違うこともあり、貨物の減少で1970年に岳南鉄道に譲渡され、ED103となりました。1984年、岳南鉄道の貨物運用減少と大井川鐡道の補機運用増加で返却となり、E103に戻りました。ED500形の参入で運用終了の予定でしたが、中部国際空港埋め立て土砂輸送のため、三岐鉄道に異動したため、延命され、2003年に土砂輸送が終了し、ED500形が大井川鐡道に入線、E103はお役御免となり、2016年6月27日に解体となりました。

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2017年4月 3日 (月)

大井川鐵道 蒸気機関車 C56形式 44号機

大井川鐵道で活躍中の蒸機、今回はC56形式44号機です。

C56_44_170311_37 2017/3/11 千頭 C108号機と重連で千頭に到着後の入れ換え風景

日本仕様で営業運転に入ってから前面ナンバープレートの形式入りになったそうです。

映画やテレビドラマなどで蒸気機関車の登場するシーンでお馴染みのC11227号機1976年のSL復活運転から走り続ける同社の看板機関車ですが、今回はお目にかかる機会がありませんでした。

ということでC5644号機ですが、私も「世界の鉄道’72」で若い頃、C56形蒸機について初めて勉強した時に、全製造機のうち、1-90の90両は軍部により、供出され、タイ・ビルマに送られたと知りました。

C56形式はC10形~C11形~C12形とタンク機関車が簡易線向けに開発される中でタンク機で航続距離が不安になる比較的長距離の線区向けにC12形から水槽と炭庫をはずし、テンダー式に設計しなおしたのがC56形式でした。これはドイツにおける64形タンク機と24形テンダー機の設計手法を参考にしたとも言われているそうです。

C56_44_170311_27
簡易線で終端駅に転車台が設置されていないためにバック運転になる場合も後方視界が確保出来るようにテンダーの炭庫側面が大きく欠き取られているのもC56形式の特徴でした。ただ実際は従輪がないため、逆機運転での走行特性はあまり良くなく、脱線も多発したので入れ換え時以外の逆機運転はあまり行われなかったそうです。

1935年から量産され、

    1935年:C56 1 - 24(24両)
    1936年:C56 25 - 87(63両)
    1937年:C56 88 - 121(34両)
    1938年:C56 122 - 154(33両)
    1939年:C56 155 - 160(5両) 

5次に渡り、量産されました。

製造は

川崎車輌   22両  (6-11, 49-58, 89,90, 155-160)
汽車製造 24両 (12-14, 23-26, 59-67, 112-119)
日立製作所 40両 (1, 2, 15, 16, 68-73, 91-95, 102-106, 127-146)
日本車輛製造 27両 (17-19, 27-37, 74-78, 96-98, 120-122) 
三菱重工業 47両  (3-5, 20-22, 38-48, 79-88, 99-101, 107-111, 123-126, 147-154)

と5社が担当しました。これら以外に樺太庁鉄道C52形として4両(1-4)が日本車輛製造で、雄別鉄道の発注による1両(1001)を三菱重工業が製造しました。

軍部による供出では

・車輪のタイヤを特殊形状のものと嵌め換え、軌間を1mへ変更
・空気ブレーキを真空ブレーキに変更
・除煙板を撤去
・薪を燃料とするため、焚口を拡大し、炭水車の炭庫上部を柵で囲う
・連結器を交換

などの改造が施されました。

タイへ送られた機関車は泰緬鉄道の主力機関車として運用されましたが、太平洋戦争の激化により、爆撃・銃撃をうけた車両も多く、線路状況が悪かったため、橋から脱線転落した車輛や撤退に際して置き去りにされたり、ボイラーに爆薬が詰められ機関車とともに自決の運命を辿ったケースもありました。

戦後、泰緬鉄道の復旧でタイ国鉄700形(701-746)として1980年代前半まで使用されました。現在でも713(C5615)、715(C5617) がトンブリ鉄道工場で動態保存されているそうです。

C56_170311 2017/3/11 千頭
駅構内に保存されている泰緬鉄道~タイ国鉄時代のC5644号機が履いていたメーターゲージ動輪(第一動輪) 第二・三動輪は大阪共栄産業((株))に保存されているそうです。

1979年725(C5631)735(C5644)が日本に里帰りすることになり、31号機は靖国神社の遊就館にて静態保存、44号機は大井川鐵道で動態保存されることになりました。1067mmの動輪はC1293のものが使われたそうです。

沖田祐作氏の機関車データから同機の履歴を見てみると
C5644      三菱重工業神戸造船所=179          1936-03-06 S37.60t1CT(1067)
  車歴;1936-03-06 製造→ 納入;国鉄;C5644→ 配属;札幌局→ 配置;苗穂→
      1941-12-18 廃車;苗穂→ 陸軍供出→ タイ国鉄;735→1979-06-00 日本帰還→
      1979-06-29 大井川鉄道;C5644→1980-01-29 営業運転開始→2003-00-00 ボイラ不良休車→
      2007-02-00 復旧工事施行(ボイラをC12208 号のものと交換)→
      2007-09-04 火入式挙行→2007-10-07 営業運転再開

1936年3月6日に竣工し、供出前は札幌局札幌(苗穂)機関区に新製配置でした。1936年10月5日、恵庭市で開催された陸軍大演習では恵庭~札幌間でお召し列車を牽引した実績もありました。1970年代半ばにタイ国鉄で廃車となり、チュンポン駅で放置されていましたが、日本人研究家により発見され、1979年6月25日に帰還となりました。

C5644_170312_2 2017/3/12 新金谷

大井川鐵道では1980年1月29日から営業運転が開始されました。2000年には老朽化が著しくなったため大修理が行われましたが、2003年にはC11190号機の入線もあり、12月17日より、休車扱いとなり、一時千頭駅に保管もされました。2006年9月に、再整備が開始され、ボイラーはC12208のものが流用され、2007年、日本とタイの修好120周年を記念してタイ国鉄時代の姿に復元され、10月7日に再び営業運転を再開しました。2010年の定期検査で日本仕様に戻され、2011年1月29日から営業運転に復帰しました。2015年、2016年夏には機関車トーマスシリーズのジェームス号として運転されました。

C56_447e501_170312

2017/3/12 第一橋梁

単独では客車3両が牽引許容だそうですが、後部にE10形電機がサポートに就いているので客車7両の牽引が許されているようです。

    全 長:14.325m
    全 幅:2.936m
    高 さ:3.900m
    重 量:37.63t(空重量34.27t)
    炭水車重量:27.90t(空重量12.90t)

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2017年4月 1日 (土)

大井川鐵道 蒸気機関車 C11形式 190号機

昨日の記事に続いて大井川鐵道で活躍する蒸気機関車C11形式190号機です。

C11190_170312

2017/3/12 新金谷車両基地

C11形はC10形の改良増備車として1932年から登場しました。形式でいうとC10形のあとに1931年C54形が登場し、その後、薄鋼板部品の接合に電気溶接を採用し、軽量化を図り、運転整備重量を66.05t、動軸重を13t以下の12.5tに抑えることができたのがC11形式ということになります。

C11_1905_170312 2017/3/12 第一橋梁

190号機は141号機から246号機までの3次形に属します。貨物列車牽引用に軸重を増やすため、水槽容量が増大されました。サイドタンクの下端が運転室床面より低くなり、背部炭庫の上辺が水平となったのが構造的特徴です。

沖田祐作氏の機関車表データによると

C11190     川崎重工兵庫工場=2361            1940-09-11 S66.1t1C2t(1067)
   車歴;1940-09-11 製造→ 納入;国鉄;C11190→ 配属;仙台局→1940-09-11 竣工→
      配置[仙鉄達754];仙台→1943-00-00 早岐→1945-08-00 現在;早岐→ 西鹿児島工場→
      1950-10-15 熊本→1970-05-10 全検→1974-04-25 休車→
      1974-06-12 廃車[工車203];熊本→ 保存;熊本県八代市個人;C11190→
      2001-00-00 譲渡;大井川鉄道;C11190→2001-06-23 フェリーにて御前崎港到着→
      2003-07-17 試乗運転開始→2003-07-19 営業運転開始

1940年9月11日に川崎重工兵庫工場で竣工、仙台局に配置、戦後は早岐へ転属、最後は熊本で1974年6月12日付けで廃車となっています。その後、八代市で個人が静態保存していましたが、2001年に大井川鐵道に譲渡され、2年間かけて整備され、2003年7月19日から営業運転が開始されました。

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2017年3月31日 (金)

大井川鐵道 蒸気機関車 C10形式 8号機

前回までの記事で大井川鐡道で現在活躍中の電車は登場しました。

続いては蒸気機関車について触れようと思います。今回の訪問で、千頭駅の「SL資料館」も訪問し、大井川鐡道のSL動態保存の歴史を学びましたが、これからの記事では今回の訪問で実際に目にした動態保存機C10 8, C11 190, C56 44について触れて行こうと思います。

Dsc09955 2017/3/12 千頭
このときのC108号機はラサ工業時代の連結器周辺トラ塗り塗装です。

まずはC10 8号機です。

C10形式は国内で保存されているのはこの8号機のみであり、私もこれまでの公園保存機観察の旅では出会っていない形式です。

第一次世界大戦終結後、世界恐慌の翌年の1930年、日本も大不況でさらに明治期に導入されたタンク機関車の能力不足が問題になっており、経済性、効率性を重視した機関車の開発が求められた頃でした。

川崎車輛が15両(C10 1~15)、汽車製造が8両(C10 16~23)を製造し、都市近郊旅客列車牽引用に1520mm径の大型動輪で高速運転用に配置されました。ただ、軸重が大きかったため、地方線区での使用に難があり、増備はC11形となり、製造量数は23両に留まりました。

Dsc09729 キャブ内の様子

基本設計は同時期に登場したC50形、C54形などと共通点が多く、それ以後のC55形式に至る過渡的なスタイルとなっています。デフレクターもC54形式から制式採用されており、C10形には装着されていません。

主要諸元
    全長:12650 mm
    全高:3885 mm     8号機 全高:3.940m 全幅:2.936m
    動輪直径:1520 mm
    総重量:69.7 t           空重量:55.51t
    燃料:3 t
    火室面積:1.60 m2

新製配置機関区 
配置局
東京    千葉 1 2 3 4 5 大宮 6 7 8 
大阪    梅小路 9 10 11 12 奈良 13 鷹取 14 奈良 15 16 鷹取 17
名古屋  18 19 20 21
門司    熊本 22 23

でしたが、これらの担当区間は比較的早く電化されたため、山田線、真岡線、姫新線、播但線などに転属、旅客・貨物列車に使用されましたが、気動車化で余剰となったC11に置き換えられ、1960年から1962年にかけて全車廃車となりました。

Dsc09719
そんな中で8号機は1962年3月31日に国鉄を除籍された後、宮古のラサ工業に引き取られました。

同機の履歴を沖田祐作氏のデータで見てみると

C108      川崎重工兵庫工場=1363           1930-07-00 S69.70t1C2t(1067)    車歴;1930-07-00製造→納入;国鉄;C108→配属;東京局→       1930-07-24竣工[大鉄局通乙1923]→配置;東京局→1930-08-02配属;大宮→       1932-09-01高崎→1932-10-10借入;新小岩→1932-10-28返却→       1933-02-02借入;田端→1933-03-16借入;水戸→1933-03-19返却→       1933-10-08借入;田端→返却→1934-09-00現在;高崎→1934-11-00現在;尾久→       1935-07-00現在;田端→1935-05-12増圧(14→15㎏/㎠);田端→1935-07-30大阪局→       1937-10-28仙台局→1941-00-00現在;仙台→1949-00-00現在;盛岡→       1955-08-01現在;会津若松→1962-03-31廃車[達137];会津若松→       1962-04-00譲渡;ラサ工業宮古;C108→廃車→ラサ工業での廃車後一時国鉄の仲介?により       建設中のアサヒビール福島工場に保存機(ビヤホール列車)として検討されたがアサヒ側担当者に       C10に関する知識なく「C12のように有名か?・客車はスハ32がいいがまだあるか?」等の諮問       からある程度形式について知識は持っていたらしい形跡はあったが変な筋からフィクサー気取りで       見当はずれなアドバイス(というより利権あさりの類い)をする者も現れて迷っている間に話が立       ち消えとなった(福島工場建設担当会社社長の部下であった一マニアとしてはいささか惜しかった       と思っている)国鉄の仲介と言っても話の印象では担当社長の学校系列による個人レベルの思いつ       きによる程度の候補としての話らしかった=その後動態保存されたのでミイラとしての保存よりは       現状でよかったと思っているが 公務でマニア活動が出来るチャンスをみすみす逃したのは一寸残       念だった→動態復活;宮古市;C108(動態保存)→       1994-04-24譲渡動態保存;大井川鉄道;C108→1997-10-14営業運転開始

とのことです。

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2017/3/11 千頭  C5644号機と重連で千頭駅に到着

Dsc09731 このリベットを多用した外観がC10の最大の特徴です。

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2017年3月30日 (木)

大井川鐵道 元近鉄16000系

16000系は近鉄南大阪線・吉野線(狭軌1067mm)向けに設計された特急用車両で1965年3月18日から大阪阿部野橋~吉野間で営業運転が開始されました。

16000_7603 1976/3 大阪阿部野橋

東海道新幹線の開業でそれまでの名阪特急を代表とする特急構成から狭軌のため他の線区の車両の乗り入れができない南大阪・吉野線にも大阪線に準じた特急車両を走らせることになり、南大阪線用通勤車6900系用の主電動機に特急用制御器、台車を組み合わせた狭軌線用の特急車として1965年3月18日
モ16000形+ク16100形 の2形式からなる2両編成2本が近畿車両で竣工しました。その後、1977年12月22日竣工の第9編成までが製造されました。第8編成はモ16050形サ16150形を中間に挟んだ4両編成となりました。

16000_7603_2 1976/3 樫原神宮

車種・形式は
モ16000形
    大阪阿部野橋方制御電動車 (Mc) 。
  車内販売準備室を設置。定員64名。
ク16100形
    吉野方制御車 (Tc) 。電動発電機と空気圧縮機を搭載。
  洗面所・トイレを設置。定員64名。
モ16050形
    中間電動車 (M) 。定員76名。
サ16150形
    付随車 (T) 。電動発電機と空気圧縮機を搭載。
  洗面所・トイレを設置。定員72名。

このため、必要に応じて、2,4,6,8両の編成を組むことができました。

16102_170312 2017/3/12 新金谷 モ16002 

車体は南大阪・吉野線の車両限界に合わせて最大幅を2,740mmに縮小し、側窓幅を20mm拡大して1,620mmとし、屋根高さをやや低く変更したため窓高さも50mm縮小して700mmとし、さらに妻面貫通扉窓の上下寸法を拡大しました、全長20m級鋼製車体としました。

16002f_170312 22017/3/12 川根温泉笹間渡 ク16102

客用扉は当時の近鉄特急車の標準であった750mm幅の2枚折戸を備え、モ16000形とク16100形およびサ16150形の車端部客用扉の外に置かれた側窓1枚分のスペースは、モ16000形が車内販売準備室、ク16100形とサ16150形が洗面所・トイレにそれぞれ割り当てられました。サ16150形については吉野方客用扉に隣接したスペースに補助席が4名分設けられました。

Dsc00123
座席はシートピッチ935mmの回転クロスシートで、1977年竣工の第9編成のみは当時淘汰が始まっていた10100系新ビスタカー」からの廃車発生品が流用されました。

新造時には全車とも車端部にデッキは設置されておらず、直接客用扉から客室へ入る構成となっていました。

特急標識は逆三角形の大型(1977年竣工の第9編成のみはホームベース型)のものを備え、塗装はオレンジと紺の近鉄特急車標準色です。

冷房装置は、冷凍能力4,500kcal/hの東芝RPU-1103ユニットクーラーを各車6基ずつ屋根上に搭載しています。

Dsc00122

特急車であるものの、主電動機については前述のように通勤車6900系(のちの6000系)と同一のものを使用しており、歯数比も同一としました。走行性能はMT比1:1の6000系と同等であり、起動加速度2.3km/h/s、平坦線釣合速度は125km/h、33‰勾配時の釣合速度は71km/hです。

主電動機は設計当時狭軌用WNドライブ対応電動機として最強を称した三菱電機MB-3082-A(端子電圧340V時1時間定格出力135kW)を電動車に4基ずつ搭載しました。低回転・強トルク特性ながら、高回転時の電機子反作用を界磁に付加した補償巻線で打ち消すことで弱め界磁制御による安定した高速特性を実現しました。

主制御器は日立製作所MMC-HTB-10F電動カム軸式自動加速制御器を電動車に搭載しました。

台車は全て近畿車輛製のシュリーレン式空気ばね台車です。

1977年
より、特急標識が増解結時に支障を来さない小ぶりなホームベース型の電照標識に取り替えられました。さらに前面帯の下辺も一直線から12000系に合わせた形状となりました。第1編成が竣工から20年を経過した1985年以降、内装を中心とした車体更新工事が開始され、化粧板の交換や座席の一斉自動転換式リクライニングシートへの交換、デッキの新設が順次施工されました。

1997年に後継車となる16400系が製造された際に、第1・第2編成の2両編成4両が代替廃車となり、これらは大井川鐵道へ譲渡されました。2002年に第3編成が廃車され、第1・2編成同様大井川鐵道に譲渡されました。

Img_7954 2017/3/12 第一橋梁

大井川鐡道では近鉄時代「特急」表示のあった電照式表示器部分に「金谷-千頭」との行先を表示しており、ワンマン運転対応改造に伴う最前部1列の座席の撤去とトイレ・洗面所・車販準備室の封鎖を実施した以外は、塗色をはじめ内外装ともほぼ近鉄時代そのものの状態で運用されています。

第1・2編成はリクライニングしない回転式シート、第3編成は座席のリクライニング機構もそのまま残されました。譲渡当初は急行列車に積極的に使用され、2003年の急行廃止後は普通列車の主力として活躍しています。

Img_8097
2014年3月のダイヤ改正により普通列車が減便され、同年9月頃から第1編成が運用を離脱。新金谷車両区に留置された後、十和田観光電鉄から譲渡された7200系と代替になるため2015年1月に大代側線で解体されました。

Dsc00079 2017/3/12 新金谷 ク16103

Img_7840 2017/3/12 新金谷 モ16003

16103Fはクとモに分かれて、新金谷の車両基地にいました。

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2017年3月28日 (火)

大井川鐵道 元南海21000系

再び、大井川鐡道の現行の電車シリーズです。今回は元南海21000系電車です。

21000_7603_2

21000_7603 1976/3 新今宮駅に入線する高野線急行運用の21000系 パンタは2個

モハ21001-モハ21100-モハ21100-モハ21001の全電動車方式による4両編成で1958年から1964年にかけて帝国車輛工業で8編成32両が新製されました。

21003_1703112017/3/11 千頭 21003-21004

2扉17m、準張殻構造で車体裾にに丸みが付けられ「丸ズーム」との愛称が与えられました。

21000_2100321004_170312_5 2017/3/12 金谷 大井川鐡道で活躍中の車両は転換クロスシートです。網棚下に読書灯が設置されているのも南海の伝統だそうです。

21000_2100321004_170312_2 連結面~扉間はロングシートです。

1962年に新製された第3次車の第4編成までが扉間転換クロスシート、1963年~1964年に新製された4/5次車はオールロングシートに変更されました。さらに1974年に第3・4編成はオールロングシートに改造されました。
第1・2編成はセミクロスシートのまま残され、臨時「こうや」として運用もありました。

21000_21003_170312_2 2017/3/12 新金谷

南海では高野線山岳区間直通運転を大運転というそうで、山岳区間に介在する50‰の区間を自力走行するため歯車比は12:83 (6.92)の高ギア比が採用されました。一方、平坦線では高速走行のためモータのけん引力を低下させないため、補償巻線を装備し、電機子の反作用を打ち消すことで整流を安定化させました。これにより、弱め界磁率を25%まで引き上げることが可能となり、山岳区間では30km/h、平坦区間では100km/hの走行が可能となりました。起動加速度は3.1km/h/s(初期車は3.5km/h/s)、減速度は4.0km/h/sです。

主電動機は東洋電機製造製TDK-820-Bを装備し、駆動装置も同じく東洋電機が開発した中空軸平行カルダン駆動方式、制御器についても当初は東洋電機製ACD-10を採用しました。

21000_fs17_170311 2017/3/11 千頭

台車は第1・2編成が住友金属製鋳鋼ウィングバネ式台車のFS17、第3編成以降がこれにボルスタアンカーを追加して揺動の抑止を図ったFS17Aです。

21000_2100321004_170312_8_2 2017/3/12 金谷

1973年
、南海本線・高野線系統の架線電圧が直流600Vから1500Vに昇圧されることが決定したため、以後も全車が継続して使用される本形式については、冷房化工事と併せて実施されることとなり、1972年以降検査周期に合わせて近畿車輛で改造工事が実施されました。冷房装置は日立製作所製の集中式冷房装置であるFTUR-550-206Dが採用されました。

21002_170312 2017/3/12 新金谷車両基地
3/12、本線では21003-21004編成が活躍し、車庫には21001-21002編成がいました。

2002_101206 2010/12/6 浜寺公園

南海電鉄では1990年2000系が登場し、1993年から置き換えが開始され、4連から中間車を抜いた2両編成が登場し、1997年8月29日を最後に全車廃車となりました。

7017_101206 2010/12/6 浜寺公園

21000系も引退時はこのパターンの塗装となっており、21001-21002編成は50000系ラピート」の塗装比較試験に使用されていたそうですが、大井川鐡道の希望で登場時の塗装になって譲渡されたそうです。

大井川鐡道にはセミクロスシート車の第1・2編成の先頭車4両が譲渡され、第3・5~7編成の先頭車8両は一畑電気鉄道に譲渡され、3000系となりました。その3000系も今年1月22日のさよならイベントをもって運行が終了しました。

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2017年3月25日 (土)

大井川鐵道 元東急7200系

3月10日から12日にかけて千頭、川根両国駅を中心に開催された「SLフェスタ」に参加するため、初めて大井川鐵道を訪れ、現地からのレポートに続き、井川線の乗車体験を記事にしてきました。
あと少し大井川鐵道関連の記事を続けたく思います。
今回の記事では最初に乗車した7200系について触れようと思います。

150214_30 2015/2/14 電車とバスの博物館 歴史展示

1967年から1972年にかけて53両が導入されました。もともと1962年から東急では東横線の輸送力増強、地下鉄日比谷線乗り入れ用に7000系を投入し、田園都市線溝の口~長津田間延伸用にも7000系を増備していました。7000系は地下鉄乗り入れ性能を満たすため全電動車方式であり、東横線では急行用としても使用されていましたが、田園都市線や目蒲線、池上線ではそこまでの性能は求められず、むしろ導入費や保守経費の高さが問題でした。7000系が134両導入された時点でMT比を1:1にしたモデルチェンジ車として設計・導入されたのが7200系でした。

わたしも1971年4月から1974年3月までの高校時代、渋谷から学芸大学まで東横線で通学しており、7000系に混じってたまに見かける「ダイヤモンドカット」と呼ばれる「く」の字形状18m3扉車の7200系を見かけていました。尤も、写真で記録まではしてませんでしたが。

抵抗制御方式、界磁調整器(東洋製)、もしくは界磁制御器(日立製)による回生ブレーキ搭載で、主電動機出力は110kW、歯車比は5.73でした。1M方式のため、電動車と付随車の組み合わせにより、編成組成の自由度は極めて高い車両でした。台車は電動車がTS-802形、付随車がPIII-707形パイオニア台車でした。

形式は
Mc デハ7200形 渋谷向き制御電動車 1967年から
    オールステンレス車 22両 (日立12両 7201-7212、東洋10両 7251-7260) 
    アルミ車 1両 (日立 7200)
M  デハ7300形 1969年から
    オールステンレス車 3両 (日立2両 7301-7302、東洋 1両 デハ7351)
   当初は4両編成の中間車として製造されたためMG/CPは非搭載でしたが、後に3両編成化を考慮し、1980~1981年にかけて全車MG/CPが搭載されました。

M  デハ7400形 1969年から
    オールステンレス車 4両 (日立2両 7401-7402、東洋2両 7451-7452)
   当初からMG/CPを搭載した中間電動車として製造されました。
Tc クハ7500形 桜木町向き制御車 
    オールステンレス車 22両 (日立12両 7501-7512、東洋10両 7551-7560) 
    アルミ車 1両 (日立 7500) 冷房化後に電源用のMGもしくはSIVを搭載しました。

7204_170311_2
7305_170311 2017/3/11 金谷駅に到着する7305+7204編成

これらのうち、デハ7211デハ7259が本来の運転台側の反対側に8000系スタイルの運転台取り付け改造を行い、両運転台車となり、モハ7204、モハ7305として2002年十和田観光鉄道に譲渡されました。
しかし、2012年3月31日に同線が廃線となり、しばらくの間車庫で保管されていましたが2014年6月、大井川鐵道に再譲渡されました。大井川鐵道では当初、2014年冬から運行予定でした、2ヶ月ほど遅れ、2015年2月23日から運行が開始されました。

7204_170311 7204

7204_170311_3 運転席

導入にあたり、大井川鐵道では車両費1000万円、輸送費900万円、改造費6100万円の合計8000万円がかかったそうです。それぞれ単車で運転することは可能ですが2両編成で運行されているようです。

7305_170312 2017/3/12 新金谷

この日は金谷~新金谷間の運用に入っていました。

7204_170311_3_2

7305_170311_4 2017/3/11 千頭

7204_170311_3_3
車内は大井川鐵道本線で活躍中の他の編成、元南海21000系元近鉄16000系と較べるとこの写真のようなロングシートであり、些か残念な感じもしますが、

7204_170311_2_2

7305_170311_copy
来年で50歳になる車両が少しも古さを感じさせずに活躍しているところは東急車輌のステンレス車体の優秀さを感じます。

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