2019年3月 5日 (火)

2018年10月の関西旅行 信楽高原鐡道 信楽駅

再び信楽高原鐡道の話題に戻り、今回は駅シリーズとして信楽駅の紹介です。

Dsc06476

2018/10/6 駅舎の表札 これも信楽焼?

駅の開業は1933年5月8日、国鉄信楽線の駅として開業していますが、1943年10月1日から1947年7月24日までは戦時下の不要不急線指定で営業休止に追い込まれていました。

Img_0908 2018/10/6 信楽駅 奥の方が貴生川方面

駅は対面式2面2線のホームですが、乗客はもっぱら駅舎側のホームから乗り降りしており、

Dsc06503 反対側のホームは大量のたぬきの置物が並べられており、車両の夜間滞泊等に用いられています。

Img_0911 線路終端側 引き上げ線になっています。

Dsc06472 駅横の格納庫
この日はSKR401,SKR501が運用に就いており、SKR311,SKR312が庫内で休んでいました。

Dsc06459 駅前には大きな信楽焼のたぬきの像

2004年9月30日までは信楽町が存在し、10月1日付で水口町、土山町、甲賀町、甲南町が合併し、甲賀市になりました。

Dsc06475

私が訪問した10月6日土曜日も駅前で信楽焼の「陶器祭り」が開かれていました。恐らくこの時期の週末は毎週開かれているのではないかともいます。

Dsc06462
何と言っても信楽焼で有名でこれは付近の丘陵から良質の陶土が産出し、奈良、山城などの畿内と東海地方を結ぶ交通路にあり、茶湯の中核として発展した京、奈良に近いことから、茶陶信楽焼の発展に繋がったと考えられています。

Dsc06468
信楽焼は陶器と磁器の中間に位置する炻器(半磁器、焼締め)で1100℃から1250℃で焼成され、施釉(模様を付けること、後に釉薬をかけ表面をコートします)や絵付けをせず、地肌の風合いを鑑賞するもので、日本には古墳時代に伝わり、須恵器と呼ばれました。信楽焼以外では備前焼、丹波焼、大谷焼などが有名です。

この方面では美濃焼が有名で圧倒的なシェアを誇っているようですが、美濃焼以外に伝統的な焼物が存在することを紹介するために「六古窯」が選ばれています。

それらは

瀬戸焼  愛知県瀬戸市

常滑焼  愛知県常滑市

越前焼  福井県丹生郡越前町

信楽焼  滋賀県甲賀市

丹波立杭焼 兵庫県篠山市今田町立杭

備前焼  岡山県備前市伊部          です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2019年3月 2日 (土)

2018年10月の関西旅行 信楽高原鐡道 列車衝突事故

信楽高原鐵道に触れる上で1991年5月14日に発生した事故に関して避けて通ることは出来ません。

陶芸の里、信楽町では4月20日から5月26日までの予定で「世界陶芸祭セラミックワールドしがらき'91」が開催され、信楽高原鐵道では線路容量を遙かに超える来場者輸送に追われていました。イベント実行委員会は約1年前の1990年3月に信楽高原鐵道とJR西日本に対して鉄道による人員輸送の協力を要請し、信楽高原鐵道は旧来の設備を2億円かけて改修し、路線の中間部に小野谷信号所を設け、運行本数を倍増させる工事を実施しました。

Img_0928再掲ですが、信楽方面からみた小野谷信号所

さらに信楽高原鐵道では閉塞方式を票券閉塞式から特殊自動閉塞式に変更しました。しかしCTC(列車集中制御装置)は設置せず、信号や分岐器の動作は列車の運行によって決まるシステムでした。貴生川と信楽間で列車が行き違えるのは無人の小野谷信号所のみでした。また信号機のシステムは両端駅の貴生川、信楽の出発信号機が進行状態になり、列車がそれぞれ出発して、信号場に到着すると、反対側の閉塞区間の進行が許され列車が交換できるシステムでした。

Dsc06483 2018/10/6 信楽

駅の一角に1991年5月14日の事故に関するコーナー(セーフティしがらき 1997年4月30日にオープン)があり、臨時快速のHMなど事故関連のものが展示されています。

Dsc06485
事故当日、信楽駅から貴生川に向かって出発しようとした534DSKR200形4両編成)が出発信号機を青信号にしようとSWを操作しても赤信号のままで切り替わりませんでした。列車は正しく信楽駅に到着しているにも拘わらず、小野谷信号所~信楽間の運転表示は「下り」のままで上り(貴生川方面)に切り替わりませんでした。それまで何回か発生していた信号トラブルを疑って、代用閉塞である指導通信式で、指導員を添乗させ、11分遅れで発車させました。

本来、代用閉塞を行う際は閉塞区間の両端に駅員を配置し、対向列車の閉塞区間への進入を抑止しなければいけませんが、係員が小野谷信号所に自動車で到着する前に534Dを発車させていました。

Dsc06489

Dsc06484
一方、貴生川からは京都発信楽行き、JR西日本の直通臨時快速列車「世界陶芸祭しがらき号」(キハ58系3両編成)が乗り入れており、小野谷信号所の信号が青なのでそのまま小野谷~信楽間の閉塞区間に進入し、534Dと正面衝突してしまいました。

この事故で先頭車キハ58 1023(1967年製造)が前部が押し潰され、全長の1/3が上方に折れ曲がり、SKR200形先頭車は2両目とキハ58形に挟まれ原形を留めない程押し潰されました。JR西日本側は乗客30名、信楽高原鐵道側は乗客8名、乗員(運転士と添乗の職員の4名)計42名が犠牲となり、614名が重軽傷を負う大惨事となりました。特に臨時快速列車は定員の2.8倍の超満員であったため、人的被害が甚大なものとなりました。

事故の遠因となった信号トラブル(信楽駅から上り貴生川に向けて出発できない)は信楽高原鐵道とJR西日本が近畿運輸局の認可を得ずに信号制御の改造を実施し、両社間で意思疎通が行われていなかったことが原因とされました。さらに信号トラブルが発生していたにも拘わらず、それを運輸局に報告せず、またトラブルを乗務員にきちんと周知していませんでした。

代用閉塞時における駅員の配置等、異常時の運用方法に関する人的訓練が信号所設置で閉塞方式が変化してからの時間の短さなどもあり十分に行われず人的ミスを起こしてしまったことも事故に繋がりました。

第三セクター鉄道として経営陣が鉄道に関する知識に疎く、運行保安に対しての意識、知識が欠如しており、信号システムに関しても施工業者に丸投げしていたことも今回の事故の誘因となりました。

この事故以降、それまでは航空機事故などで設置されていた事故調査委員会が鉄道分野でも設けられるようになりました。また、事故直後から全国の単線区間での運転方式が見直され、JRから第三セクター線への乗り入れ運転が有田鉄道、鹿島臨海鉄道などで中止となりました。

小野谷信号所は事故を契機に使用中止となり、特殊自動閉塞方式も従来のスタフ閉塞として1991年12月8日に運行が再開されました。現在も同信号所は使われておりません。

「世界陶芸祭セラミックワールドしがらき'91」は5月26日までの会期を残していましたが、事故翌日から休止となり、そのまま終了となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2019年3月 1日 (金)

2018年10月の関西旅行 信楽高原鐡道 車両編 その2 SKR400 SKR500

信楽高原鐡道の車両、今回はSKR400SKR500です。この両形式は私が訪問した日、運用に入っており、車外、車内とも観察することができました。

SKR400形SKR401は2015年9月19日、老朽化したSKR301の置き換えのため導入されました。それまでの富士重工製ではなく新潟トランシス製NDCシリーズで同鉄道にとっては初の18mクラス車です。

Skr401_181006_2
Skr401_181006 2018/10/6 貴生川 SKR401

主要諸元

設計最高速度    95 km/h
編成定員    122(50)人
括弧内は座席定員
自重    31.6 t
全長    18,500 mm
車体長    18,000 mm
全幅    3,093 mm
車体幅    2,900 mm
全高    3,947 mm
車体高    3,660 mm
床面高さ    1,150 mm
車体    普通鋼
台車    前位:NF01PD 後位:NF01PT
車輪径    860 mm
固定軸距    2,100 mm
台車中心間距離    13,000 mm
機関    横形直噴式ディーゼルエンジン DMF13HZ
機関出力    243kW(330 PS)(連続定格)
変速機    TACN-33-1608形液体変速機
変速段    変速1段、直結3段
搭載数    1基 / 両
制動装置    電気指令式空気ブレーキ(二重)
保安装置    ATS-SW2 EB装置

車体の塗装は「"陶都 信楽"の伝統を鉄道により未来へつなぎ、四方を山に囲まれた高原の風景に溶け込むデザイン」をコンセプトにしており、信楽焼の色味と高原の紅葉をイメージした茶褐色に金色の線が3本入っています。3本の線は「産・官・民」を意味しています。

Skr401_181006_3 SKR401の車内

座席はロングシートで、4位側車端部に車椅子スペースが設置され、扉には開閉式予告チャイムが設置されました。ワンマン運転対応の設備として運賃箱、整理券発行機、LED式行先表示器が備えられています。

動力系は新潟原動機製DMF13HZディーゼルエンジン1基とTACN-33-1608液体変速機からなり、貴生川方の動力台車を駆動します。砂撒き装置、フランジ塗油器、列車情報制御装置(TICS)も装備され、全電子制御方式のため併結相手は現在のところSKR500形のみとなっています。

暖房装置はエンジン排熱を利用した温風式、冷房装置は機関直結式18kwタイプが2台搭載されました。

Skr501_181006_3 2018/10/6 貴生川 SKR501

Skr501_181006 SKR501の車内 

Skr501_181006_2 SKR501 運転室内

Skr501_181006_4 SKR501の行先・運賃等表示器

貴生川~紫香楽宮跡間が如何に離れていて、そこから先の駅間が短いかこの料金から想像できます。

SKR500形SKR501は2017年2月登場で、車体、動力系等はSKR400形と同一です。塗装は山をイメージした緑色に、座席は転換式クロスシートとなっています。4位側車端部に車椅子スペースが設置され、扉には開閉式予告チャイムが設置されました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2019年2月28日 (木)

2018年10月の関西旅行 信楽高原鐡道 車両編 その1 SKR200 SKR300 SKR310

今回からは信楽高原鐡道の車両です。

国鉄信楽線が1987年7月13日から第三セクター鉄道に転換されるのに備えて、最初に投入されたのが、SKR200形、富士重工業製レールバスLE-DCでした。このタイプは同社製のレールバスLE-Carをベースに車体の基本構造をバス車両工法から従来の鉄道車両工法に変更したタイプで、国鉄キハ32形と同様の車体断面構造で車体側面のリベットをなくしました。

32_2_141221_2 2014/12/21 八幡浜 JR四国で活躍中のキハ32 2 車体サイズの参考として

客用扉は折戸、側窓は上部固定下部横引き窓とし、250PS/1,900rpmの日産ディーゼル製PE6HT03Aディーゼルエンジンを装備し、33‰の勾配に対応するため、機関・排気・リターダの3種類の抑速ブレーキが装備されました。

主要諸元

車両定員 98名(座席48名)
自重    25.70 t
全長    15,500 mm
全幅    3,090 mm
全高    3,785 mm
車体    普通鋼製
台車    動台車:FU-34D 従台車:FU-34T
機関出力 250PS/1,900rpm(日産ディーゼルPE6HT03A)
搭載数    1基 / 両
駆動方式    液体式
制動装置    常用:SME3管式
抑速:踏面・機関・排気・リターダ
保安装置    ATS-SW

車内は登場時クロスシート、ドア付近はロングシートでしたが、後に全シートがロングシート化されました。1987年7月竣工の201~203、1988年7月竣工の204、1992年7月竣工の205の5両が製造されました。202と204は1991年5月衝突事故で廃車となっており、205はその代替として増備されました。

201は2001年11月に、203は2002年8月にそれぞれ老朽化で廃車となり、205は2017年2月4日に営業運転を終了し、紀州鉄道に譲渡され、KR205として同年4月15日から営業運転を開始しました。

Dsc06493 2018/10/6 信楽駅の一角にある列車衝突事故(1991/5/14)の教訓コーナーにあった安全車両(SKR300)製造の案内板

1995年11月、列車衝突事故を契機に作られた安全推進会議の提言を採りこんで製造されたのがSKR300形で301の1両が製造されました。正面下部に油圧バンパーを設置し、車内はバリアフリー化を行い、車いすスペースが設けられました。

2015年10月3日に営業運転を終了、紀州鉄道に無償譲渡されKR301として、2016年1月31日から営業運転に就きました。

主要諸元

編成定員    94名(座席44名)
自重    25.10 t
全長    15,500 mm
全幅    3,090 mm
全高    4,010 mm
車体    普通鋼製
台車    動台車:FU34D 従台車:FU34T
機関    PE6HT
機関出力    250PS
変速機    液体式
搭載数    1基 / 両
保安装置    ATS-SW

Skr311_skr312_181006 2018/10/6 信楽
私が訪問した日は311,312ともに庫内にいました。左の深緑の車体がSKR311、右の紫の車体がSKR312です。

SKR200形の置き換え用として2001年11月、2002年9月に登場したのがSKR310形でした。やはり富士重工業製でエンジンは出力アップされ、295馬力の日産ディーゼル製PE6HT03、保安ブレーキは二重化されました。

Skr312_181007 2018/10/7 貴生川
翌日、早朝草津線で柘植に向かう際に貴生川で見たのは紫色のSKR312でした。
2017年2月25日からJR草津線113系1編成と同様にSKR310形2両もSHINOBI-TRAINとしてラッピングが施されています。

主要諸元

編成定員    94名(座席44名)
自重    27.00 t
全長    15500 mm
全幅    3090 mm
全高    4010 mm
車体    普通鋼製
台車    動台車:FU34KD 従台車:FU34KT
機関    日産ディーゼル製PE6HT03
機関出力    295PS
変速機    液体式
搭載数    1基 / 両
制動装置    電磁直通
保安装置    ATS-SW

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2019年2月27日 (水)

2018年10月の関西旅行 信楽高原鐡道 路線編

2018年10月の関西旅行では近江八幡に滞在した関係で滋賀から、京都、奈良へ足を伸ばしましたが、今回からは信楽高原鐡道の話題です。

Dsc06440 2018/10/6 貴生川駅に接近する信楽高原鐡道の現有車両 SKR500形501とSKR400形401

路線は貴生川から信楽までの14.7km、両端駅を含めて6駅の非電化路線です。滋賀県内では唯一の非電化路線です。元は国鉄信楽線で、1933年5月8日に開業しました。駅は雲井と信楽でした。

Img_0929 2018/10/6 小野谷信号場~貴生川間の前面展望
この路線の駅配置は偏っており、貴生川~小野谷信号場~紫香楽宮跡間の駅間は9.6kmあり、貴生川を発車すると大きく右にカーブし、上の写真のような雄大な直線で坂を登って行きます。

しかし、1943年10月1日、日中戦争から太平洋戦争に向かう最中、政府の命令で不要不急路線に指定され、勅令第970号(改正陸運統制令)により、重要路線への資材転用、もしくは勅令第835号(金属類回収令)による武器生産に必要な金属供出のためレールが撤去され、休止となりました。

代替交通機関として省営自動車近城線(信楽~貴生川)が運輸営業を行いました。多くの路線が廃止になる中、1947年7月25日に営業が再開されました。1953年8月には第一大戸川橋梁が集中豪雨で流出しました。1954年に同橋梁は再建され、運行が再開されました。

1962年10月1日には旅客列車が気動車かされ、1963年6月1日には新駅として勅旨駅が開業しました。

Img_0928 2018/10/6 現在は使用停止中の小野谷信号場

1981年9月18日1982年度末までに廃止することとした特定地方交通線第一次廃止対象路線40線に選定されました。選定の基準は
1) 営業キロが30km以下の盲腸線、且つ旅客輸送密度が2000人/日未満(石炭輸送量が72万t以上の路線は除く)
2) 営業キロが50km以下かつ旅客輸送密度が500人/日未満

信楽線は沿線に宗教団体(神慈秀明会)の総本山が建設されることによる、乗客増加が見込まれたために、実質的に第2次廃止対象路線扱いとなりました。

1986年9月5日、第三セクター鉄道への転換が決定されました。1987年4月1日、国鉄民営化により、JR西日本に継承されましたが、同年7月13日、JR信楽線は廃止となり、信楽高原鐡道となりました。紫香楽宮跡駅・玉桂寺前駅が新たに開業し、運行体制も9往復から下り15本、上り16本に増発されました。

Img_0927 2018/10/6 小野谷信号所と雲井間では新名神高速道路がオーバクロスします。

1991年3月16日、貴生川駅 - 紫香楽宮跡駅間に小野谷信号場開設されました。ダイヤ改正で18往復に増発され、日中はほぼ1時間間隔運行になりました。

Dsc06456 2018/10/6 終点の信楽駅では信楽焼のタヌキがお出迎え

同年5月14日、貴生川~紫香楽宮跡駅間の小野谷信号場付近でJR西日本の臨時快速との衝突事故が発生し、42名が死亡し。全線運休になりました(信楽高原鐡道列車衝突事故)。この事故に関しては別記事で触れますが、横綱千代の富士の引退(5月場所3日目)と日にちが極めて近かったこともあり、鮮明に記憶しています。

2013年4月1日、鉄道の運営方式が地域公共交通の活性化及び再生に関する法律に基づき、信楽高原鐵道が信楽線の第二種鉄道事業者となり、線路や車両等の鉄道施設を譲渡された甲賀市が第三種鉄道事業者となる上下分離方式となりました。

同年9月15日、台風18号の襲来で杣川に架かる杣川橋梁の一部が流失し、全線運休となりました。2014年11月29日、運行が再開されました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月 3日 (月)

速報版 信州公園保存車両巡りの旅 その3 

信州公園保存車両巡りの旅、最終日は長野から篠ノ井でしなの鉄道に入り、沿線の保存車両や上田から出ている上田電鉄線乗車を楽しみ、軽井沢まで、軽井沢から18号線碓氷バイパスを通る横川行きのJRバスで横川へ、、高崎、大宮、赤羽、新宿経由で帰りました。

Dsc07511

2018/9/2 坂城

長野発524の2612Mで坂城へ。駅北側の線路に169系の3連、クハ169-27とM'Mc-1が静態保存されています。

Dsc07495 ちなみに坂城駅の南側には油槽所があり、篠ノ井からここまでJR貨物のEH200, EF641000による貨物列車が入線しています。

続いては坂城と次のテクノ坂城のほぼ中間にD51245号機が保存されています。

Dsc07529

国道18号が線路に沿って走っており、スマホのマップを頼りに、ほぼ半分くらい来たところで逆木(さかさぎ)というT字路があり、ここかなと思って左に入り、しばらく坂道を上ると坂城町武道館があり、その裏手のわんぱく広場に保存されていました。ヘッドライトが欠なのが残念でした。

Dsc07545

Dsc07546
テクノさかき駅、聞き慣れない駅だなと思いましたが開業は1999年4月1日でしなの鉄道の最初の新駅として開業した駅なんですね。名前が示すとおり、工業団地に近い駅で金井中之条工業団地がそばにあり、工場群が広がっているそうです。

Dsc07550
1619Mとしてやって来た下り列車はS2編成で2018年12月まで走る「沿線キャラクター大集合ラッピング」編成でした。

続いて上田では長野までノンストップの快速が運行されており、

Dsc07559
編成は二代目長野色のS15編成でした。

Dsc07564
上田駅のしなの鉄道、上田電鉄の入口はまるで銭湯に入るようなこの暖簾が架かったスタイルです。ここで「軽井沢・別所温泉フリー切符\1850」を購入しました。上田電鉄線としなの鉄道(上田~軽井沢間)が1日フリー乗降区間になります。

Dsc07574
入線していたのは東急1000系の中間車改造のデハ6001-クハ6101でした。

Dsc07601
別所温泉線のほぼ中間の下之郷駅には車庫があり、かつてここからは西丸子線が出ていましたが、大雨の災害復旧が敵わず廃線となりました。

Dsc07598 下之郷の車庫で休む1001編成 

Dsc07608
さらにこの奥に元東急デハ5202ステンレスカー(上田電鉄デハ電装解除されクハ5251)が倉庫として使用されていますが、特徴的な前頭部にはカバーが架けられていました。

Dsc07633
終点の別所温泉、信州の鎌倉とも言われているようですが、駅には丸窓電車で有名なモハ5250が保管されておりました。以前、1990年代にも車で来た憶えがあります。

上田に引き返し、小諸へ

Dsc05895
115系S3の湘南色がいました。

懐古園もかつて1980年代に来ていますので今回はパスし、

Dsc05905
同園駐車場に保存されているC56144号機を見学。この機関車もライトが欠でした。

Dsc05934
続いて、御代田駅からあるいて5分ほどの場所に保存されているD51787号機を見学。
戦時設計の1000番台ではありませんが、カマボコ型のドームでした。なかなか手入れが行き届いた機関車で、

Dsc05928
公開日も決まっていました。

最後は軽井沢駅、ちょうど「ろくもん」の運転日のため旧軽井沢駅舎記念館は入場できませんでしたが、ホームにはEF632,EC401(10000)、モーターカーとマルタイが駐めてありました。

Dsc05983 クモハ169-6は森の小リスキッズステーション用に黄色に塗装されていました。

Dsc05991
軽井沢に鉄道で来たのも1980年代以来かも(通過は昨年10月にしましたが)知れませんが、以前は何も無かった駅の南側が大きく開発されアウトレットのようなものが出来ているのは初めて知りました。

流石に避暑地だけあり、このときは小雨が降る天気で寒く感じました。

Dsc05998
軽井沢から横川まではJRバス関東の路線バスで碓氷峠を下り、信州を後にしました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月 2日 (日)

速報版 信州公園保存車両巡りの旅 その2 

信州公園保存車両巡りの旅、2日目は北陸新幹線の金沢開通を機に三セク化されたしなの鉄道北しなの線、飯山線、そして長野電鉄の旅でした。

Dsc07276
まずは、ホテルのそばの長野県立大学後町キャンパスの構内?に展示してあるD51549号機を見学。もともとこの場所は小学校だったそうですが、2018年4月から大学のキャンパスになったそうです。

Dsc07287
長野駅から北しなの鉄道の115系で豊野へ参りました。ここ数年、しなの鉄道は湘南色、山スカ色、長野色など国鉄、JRの115系の色を復活させ編成にバラエティを出しているようですが、長野発6:24の315Mはコカコーララッピング(S11編成)でした。

Dsc07289
車内もコカコーラの広告だらけと思いきや、中吊りのみで少し寂しいコラボでした。

Dsc07322
豊野駅はかつての信越線、現在の北しなの線と飯山線の分岐駅ですが、駅東口は建造物的には立派なんですが店ひとつ無く閑散としていました。

Dsc07299
豊野駅から歩いて8分ほどの長野市豊野公民館に保存されている9646号機ですが、なぜか前後の連結器はバッファ付きのリンク連結器で、後は自連も付いています。これは1972年に制作された鉄道100年の映画の撮影に使われたときのなごりとのことです。

Dsc07338
豊野から千曲川沿いを走る飯山線のDCで飯山へ、飯山駅は北陸新幹線の開業で新幹線の駅に合わせて昔の駅から長野寄りに移動したそうです。手前は長野行き、奥が戸狩野沢温泉行き

飯山に来たのも、飯山線に乗車するのも初めてでした。新幹線の開業で駅は大きく変わったようですが、疑問に思うのは北陸新幹線のルートがなんで従来の信越本線に沿ったルートにならず豪雪地帯の飯山を経由したのか、豪雪地帯だからこそ、飯山でチョコッと顔を出しあとはトンネルにしたのか、トンネル工事も大変だったとは思うのですが。

Dsc07343
かつての飯山駅構内付近の鉄砲町児童公園に保存されているC56129号機を見学。

Dsc07368 飯山駅にポスターが貼ってあり、気付いたのですが飯山線では「おいこっと」というTOKYOの表記を逆から読んだおもてなし列車が走っており、9月1日は運転日でした。調べてみると飯山から長野に向かう列車とは豊野ですれ違うようで

Dsc07376
予想通りでした。

朝の豊野や飯山は結構、強く雨が降っており、長野電鉄でのスケジュールを予定通りすべきかどうか悩んだのですが、長野駅に到着することには雨も上がりました。

Dsc07391
まずは千曲川を渡った村山で下車
長野電鉄の多くの交換駅では右側通行方式で行き違いが行われます。線路の構成もそのようになっています。

ここから、かつて須坂から屋代まで通じていた屋代線の井上駅の西にあるトレインギャラリーNAGANO駐車場に保存されている元東急5000系、長野電鉄モハ2510+クハ2560、さらにラーメン店蔵の駐車場に保存されている緩急車を見学し、さらに5kmほど東の臥竜公園そばの須坂動物園内に保存されているD51401号機を見学し、須坂駅まで戻る計画です。全部歩きで15kmくらいになります。

雨が強く降っているときは断念するつもりでしたが村山駅を降りた時点では止んでましたので決行しました。

Dsc07404
たわわに実ったリンゴや袋かけされたブドウを眺めながら千曲川沿いに歩くこと40分でまずラーメン店蔵の駐車場に保存されている2台の形式ヨ5000 13581と13824を見学、そこから5分程、千曲川方向に進み

Dsc07414

Dsc07432
Dsc07426
トレインギャラリーにはレストランも併設されており、ここで早めの昼食

さらに40分ほど歩いて

Dsc07459
須坂動物園内に保存されているD51401号機を見学

Dsc05757
さらに30分程歩いて、須坂駅に
須坂駅は2009年の大晦日に東京から日帰りで訪問しており、ちょうど新村山橋開通の直後でした。駅もその頃と較べると構造がかなり変わっているようです。

Dsc05774
須坂から小布施へ、なかでん電車の広場には2000系D編成が保存されています。

そして、信州中野を経由して、長電の終点、湯田中へ。かつて大学時代の友人の結婚式で夜間瀬まで来たことはありましたが、電車で湯田中に足を伸ばしたのは初めてでした。

Dsc05859
電車が到着する度に演歌調の音楽がお出迎えというのも如何にもという感じがしました。古い駅舎は湯になっているのですね。

Dsc05868
帰りは特急料金100円を”奮発”して元小田急ロマンスカーHiSE10000系を譲受した1000系S1編成の最後部展望席で去りゆく風景を楽しみながら長野に戻りました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年1月10日 (水)

2017年10月の福岡旅行 3 筑豊本線 平成筑豊鉄道伊田線

筑豊地方にはかつてヤマで産出された石炭を積み出し港や消費地である八幡製鉄所などに輸送するため多くの路線が敷かれましたが、太平洋戦争後のエネルギー転換で石炭から石油・天然ガスの世の中になり、これらの鉄道の多くが廃線となりました。

400_404_171014
400_404_171014_2 2017/10/14 直方~ 南直方御殿口

平成筑豊鉄道伊田線はそういった石炭運搬のために直方~田川伊田間 (16.1km) に敷設された路線ですが、非電化ではあるものの全線複線です。

余談ですが、非電化の複線と言えば筑豊本線-若松線(若松~折尾間)がそうですが、関東でも関東鉄道常総線(取手~水海道間があります。

日本全体でも非電化の複線はそれ程、多くなく、これら以外は

函館本線 五稜郭~七飯 森~鷲ノ巣 山崎~黒岩 北豊津~長万部
室蘭本線 長万部~洞爺 有珠~長和 稀府~東室蘭 沼ノ端~三川 由仁~栗山
城北線 勝川~枇杷島
伊勢線 河原田~中瀬古

この4線のみのようです。

1893年2月11日、筑豊本線を開業した筑豊興業鉄道が石炭運搬のため、直方~金田間を開業したのが始まりで、1897年には九州鉄道に合併されるも、1899年豊州鉄道(現在の田川線)㋨伊田まで路線を延伸させました。

Dsc00054 2017/10/14 直方駅
かつては国鉄、JR九州でしたから、JR九州のホームと隣接した場所にホームはありますが、一見停留所のような無人駅です。

1911年には直方~伊田間全線が複線化され、さらに貨物輸送のため多くの支線を開設しましたが、筑豊の産炭の終焉とともに廃止されてゆきました。国鉄時代、第3次特定地方交通線に選定され、JR九州に継承後の1989年、糸田線、田川線とともに平成筑豊鉄道線に転換されました。

Dsc00057 2017/10/14 直方
列車は日中、毎時2本ずつ出ており、一本は糸田線から田川後藤寺、もう一本は田川線を経由して行橋まで行っています。

転換後も金田からの三井鉱山の専用鉄道からのセメント輸送のためJR貨物の貨物列車が直方~金田間に乗り入れていましたが、三井鉱山のセメント事業からの撤退で2004年3月末で貨物輸送は廃止されました。

400411_100829_2
400411_100829_3 2010/8/25 田川後藤寺

この鉄道に関しては2010年8月に久大本線~日田彦山線と旅した際に田川後藤寺駅でも撮影していました。

現在、活躍中の車両は400形気動車401~412の12両と基本構造は同じで内外装をレトロ調にした500形501,1両が活躍中です。400形は2007年から、500形は2008年から活躍しており、いずれも新潟トランシス製NDCです。

平成筑豊鉄道は福岡県でよく見る鉄道で、この伊田線・糸田線・田川線のみならず、門司港レトロ観光線のトロッコ列車も北九州市から委託されて運営しています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年11月20日 (月)

三重県のJRの駅と近鉄、その他の鉄道の駅が併設されている駅 2 津駅

三重県の県庁所在地の津駅、JR東海、近鉄、そして伊勢鉄道の駅です。

170805_4JRホーム 伊勢市方向
単式ホーム1面1線、島式ホーム1面2線、単式ホームの北東側に切り欠きホーム1線があり、伊勢鉄道が使用しています。
1708052017/8/5 駅名標も遠目に見るとに見えるというユニークな駅です。
仮名・漢字表記では日本一短い駅名であり、ひらがな表記で一画でかける駅として世界一短いであり、1994年から1995年にかけてギネス・ワールドレコーズに「z(つ)」として世界一短い駅名で登録しようとしたところ、1文字のzはツとは読めないとの指摘があり、見送られたそうで、2014年以降、「プロジェクトZ」として再燃し、登録申請に向けた準備がすすめられているとか。
75_170805_22017/8/5 津駅を出発する「快速みえ」キハ75系
この列車、ここから伊勢線に入るため、快速列車といえども18切符で乗車していると別料金がかかる列車です。
1891年11月4日、関西鉄道津支線亀山~津間が開通したときに開業しました。1893年12月31日、参宮鉄道が津~相可(現・多気)~宮川間を開通させた際に乗り入れました。1907年10月1日に鉄道国有化法で関西鉄道と参宮鉄道が国有化、1909年10月12日、津支線と参宮鉄道は参宮線に、1959年7月15日、参宮線多気~亀山間が紀勢本線に編入されました。
Ise_dc_120315
1973年9月1日、国鉄伊勢線が開通。1987年3月27日、国鉄伊勢線は第三セクター伊勢線に転換。
170805_2
駅舎 東口 JRの管理する駅です。駅ビルは「chumチャム」と言います。三重県のJR駅では桑名駅に次いで利用客が多い駅になっています。
170805_3
駅前大通り 海岸までは1km程です。
170805_2_2近鉄の駅名標は漢字・ひらがななのでには見えません。
近鉄の津駅は1932年4月3日、参宮急行電鉄津線として津新町~津間が開通したときに開業しました。1938年6月20日には津~江戸橋間が開通。
170805_5跨線橋で東と結ばれた西口は近鉄の管理する駅となっています。
5812_170805
近鉄の線路は北東方向からJRをオーバークロスしてJR駅の西側に進入してきます。
1347_170805
津駅を出発すると両線は津新町まではほとんど寄り添って進みます。電化と非電化、しかも標準軌と狭軌の線路が寄り添って続きます。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年11月18日 (土)

四日市の2つの駅 JRと近鉄駅の歴史と今

2017年8月の愛知・三重旅行では近鉄四日市駅側のホテルに宿泊し、近鉄四日市駅、JR四日市駅の両方を利用する機会がありました。

三重県の市町村の人口ランキングで1位なのは311,089人の四日市市で、県庁所在地の津市は280,016人で二位です(2015年国勢調査データ)。面積では津市が711.11㎢でトップ、四日市市は206.44㎢で11位です(2016年10月1日のデータ)。

1890年12月25日関西鉄道が柘植駅から延伸した線の終着駅として現在のJR四日市駅が開業しました。1894年7月5日には桑名まで路線が延伸され、中間駅となりました。この辺の鉄道は名古屋から延びたのではなく、西から延伸してきたことが注目点です。

1907年10月1日、国有化され、1909年10月12日、線路名称が制定され、関西本線所属の駅となりました。

1915年12月25日、四日市あすなろう鉄道の歴史でも出てきましたが、三重軌道が四日市~諏訪駅間を開業します。

1916年3月3日、四日市鉄道四日市駅~諏訪駅間が開業(近鉄湯の山線の前身)

1922年3月1日、伊勢鉄道 新四日市駅を開業、10月1日、四日市駅に改称

1small
Yahoo地図の上に四日市駅のwikipediaにある旧線の様子を書き加えて作成しました。

かつては三重軌道も伊勢鉄道も関西本線の四日市駅に乗り入れる路線を持っていましたが、急カーブが多いことなどから1927年頃から相次いで廃止されてゆきました。

170904 2017/8/4 JR四日市駅 駅舎

090323_3 駅名標

昭和50年代の駅舎風景のJR四日市駅

090323
090323_2 2009/3/23

駅舎と乗降ホームの間は跨線橋で結ばれており、その下には非電化の着発線が5本通っています。跨線橋に駅名が記入されているのは伊勢市、津、亀山などこの辺りの多くの駅で見ました。乗降ホームは伊勢鉄道の分を含めて1面3線です。

De10_1546_111225_2 2011/12/25 DE10 1546号機による入れ換え
DE10の右手奥に貨物駅があります。

170804
また駅舎と反対側も多くの線路が敷かれ貨車の検修庫のような建物もあります。

170804_2
伊勢鉄道のホームから駅舎と跨線橋を見た風景

かつての長大編成列車時代の名残か、伊勢鉄道のホームは跨線橋から50m以上離れた場所にあります。

貨物がメインで旅客に関しては昔ながらの施設をそのまま使って今日に至っているという感じの駅です。

近鉄四日市駅

170804_3
一方、2キロ程西方に位置する近鉄四日市駅は県内1位の乗降客数を誇る三重県最大の駅です。

170804_4

この駅の歴史は上の地図の諏訪駅を嚆矢とするようで、1956年国鉄四日市駅への乗り入れを廃止し、諏訪駅を現在の近鉄四日市駅に移転し、近畿日本四日市駅に改称したのが始まりでした。

その後、近鉄が三重電気鉄道などを合併し、1970年には近鉄四日市駅と改称されました。1974年7月3日、高架化が完成し、現在の形態となりました。

1307_170805
高架線上には電留線もあり、名古屋方面、伊勢中川方面の電車の滞留場所になっています。

島式ホーム3面6線で地上11階、地下1階の駅ビルに隣接しています。

Familymart170805
近鉄は関東の私鉄とは違って独自のキオスク営業グループを持たないのか多くの駅のホームにコンビニのファミリーマートを見かけました。

170806
特急券券売機、近鉄四日市駅は名阪甲特急の一部列車以外、名伊甲特急が通過する以外は全ての特急が停車する駅で、観光列車「しまかぜ」も停車します。最近は私鉄の多くの駅で見かける特急券の券売機、名古屋までの特急料金は510円でした。

近鉄四日市駅の乗降客数はJR四日市駅の8倍とのことです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

その他のカテゴリー

クルーズトレイン スポーツ ディーゼル機関車 ディーゼル機関車DD13/DD15 ディーゼル機関車DD16 ディーゼル機関車DD50 ディーゼル機関車DD51 ディーゼル機関車DD54 ディーゼル機関車DE10/DE11/DE15 ディーゼル機関車DF200 ディーゼル機関車DF50 ニュース ハイブリッド機関車 ハイブリッド気動車 バス 三セク鉄道 事件・事故 事業用車 催事 地下鉄車両 大相撲 客車 客車12系 客車14系 客車20系 客車24系 客車50系 客車E26系 新交通システム 新幹線0系 新幹線電車 旅客機 旅客機 Airbus A300 旅客機 Airbus A310 旅客機 Airbus A318/A319/A320/A321 旅客機 Airbus A330 旅客機 Airbus A340 旅客機 Airbus A350 旅客機 Airbus A380 旅客機 Boeing 707 旅客機 Boeing 727 旅客機 Boeing 737 旅客機 Boeing 747 旅客機 Boeing 757 旅客機 Boeing 767 旅客機 Boeing 777 旅客機 Boeing 787 旅客機 Douglas DC-10/MD-10 旅客機 Douglas DC-8 旅客機 Douglas DC-9/MD-80 series/MD-90/Boeing 717 旅客機 Lockeed L-1011 Tristar 旅行・地域 日記・コラム・つぶやき 書籍 東京メトロ 東京都営地下鉄 民鉄:京成グループ 民鉄:京浜急行電鉄 民鉄:京王電鉄 民鉄:南海電鉄 民鉄:名古屋鉄道 民鉄:大井川鐵道 民鉄:小田急電鉄 民鉄:東急電鉄 民鉄:東武鉄道 民鉄:江ノ電 民鉄:相模鉄道 民鉄:西日本鉄道 民鉄:西武鉄道グループ 民鉄:近畿日本鉄道 気動車 気動車1000形 気動車2000形 気動車キハ100系 気動車キハ110系 気動車キハ11形 気動車キハ120形 気動車キハ126系 気動車キハ141形 気動車キハ150形 気動車キハ181系 気動車キハ183系 気動車キハ185系 気動車キハ187系 気動車キハ189系 気動車キハ201系 気動車キハ20系 気動車キハ25形 気動車キハ261系 気動車キハ281系 気動車キハ283系 気動車キハ32形 気動車キハ35系 気動車キハ40系 気動車キハ45系 気動車キハ56/57/58系 気動車キハ75形 気動車キハ81形 気動車キハ82形 気動車キハ85系 気動車キハE120系 気動車キハE130系 海外の鉄道 特急電車 私鉄 蒸機8620 蒸機9600 蒸機C10 蒸機C11 蒸機C12 蒸機C50 蒸機C51 蒸機C53 蒸機C55 蒸機C56 蒸機C57 蒸機C58 蒸機C59 蒸機C60 蒸機C61 蒸機C62 蒸機D50 蒸機D51 蒸機D52 蒸機D60 蒸機D62 蒸気機関車 貨物列車 路線について 路面電車 軽便鉄道 近郊形電車 通勤電車 連絡船 鉄道以外の博物館・展示施設 鉄道博物館 鉄道施設 電機ED16 電機ED60/ED61/ED62 電機ED70 電機ED71 電機ED72 電機ED73 電機ED74 電機ED75 電機ED76 電機ED77 電機ED78 電機ED79 電機ED91 電機EF10 電機EF12 電機EF13 電機EF15/EF16 電機EF18 電機EF200 電機EF210 電機EF30 電機EF510 電機EF53/EF56/EF59 電機EF55 電機EF57 電機EF58 電機EF59 電機EF60 電機EF61 電機EF62 電機EF63 電機EF64 電機EF65 電機EF66 電機EF70 電機EF71 電機EF80 電機EF81 電機EH10 電機EH200 電機EH500 電機EH800 電気機関車 電車101系 電車103系 電車105系 電車107系 電車113系 電車115系 電車117系 電車119系 電車121系 電車123系 電車143系 電車151/161/181系 電車153系 電車155/159/167系 電車157系 電車165/169系 電車183/189系 電車185系 電車201系 電車203系 電車205系 電車207系 電車209系 電車211系 電車213系 電車215系 電車221系 電車223系 電車225系 電車227系 電車251系 電車253系 電車255系 電車281系 電車285系 電車301系 電車303系 電車305系 電車313系 電車323系 電車371系 電車373系 電車381系 電車401/403/421/423/415系 電車417系 電車419系 電車451/453/455/471/473/475/457系 電車481/483/485/489系 電車581/583系 電車651系 電車681系 電車683系 電車70/72系 電車7000系 電車701系 電車711系 電車713系 電車715系 電車719系 電車721系 電車731系 電車781系 電車783系 電車785系 電車789系 電車80系 電車811系 電車813系 電車817系 電車883系 電車_旧形国電 電車BEC819系 電車E127系 電車E217系 電車E231系 電車E233系 電車E235系 電車E257系 電車E259系 電車E351系 電車E353系 電車E501系 電車E531系 電車E653系 電車E655系 電車E657系 電車E721系 電車E751系 電車EV-E301系 電車EV-E801系 電車クモハ42 電車クモハ52

カテゴリー

2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村