2017年11月19日 (日)

三重県のJRの駅と近鉄、その他の鉄道の駅が併設されている駅 1 桑名駅

三重県ではJRと近鉄がほぼ並行して走っているため桑名、津、伊勢市、鳥羽などの駅はJRと近鉄の駅が併設されており、改札口も共有のケースが多く見られました。そういった駅を紹介しようと思います。

1708062017/8/6 駅跨線橋 東口はありますが、反対側の西口はありません。
1408122014/8/12 「その手は桑名の焼き蛤」でも有名な桑名
名古屋から関西本線に乗り、木曽川を渡ると三重県に入ります。三重県最初の駅は長島駅、続いて桑名駅です。
170806_2桑名駅前 鋳物の街とは知りませんでした。
この駅はJR関西本線、近鉄名古屋線、養老鉄道が乗り入れており、JRは全列車が停車、近鉄が名伊甲特急・しまかぜ以外の全旅客列車が停車する駅で、養老鉄道は当駅が起点になっています。三岐鉄道北勢線の駅は西桑名で、桑名駅から少し離れています。
170804JR桑名駅の東口改札口 近鉄、養老鉄道も同じ改札を通り乗車、但し養老鉄道の場合は養老鉄道ホーム入場の際にもう一つ改札があります。
140812_22014/8/12 JR1,2番線 2番線の基礎の部分には煉瓦造りの痕跡が残っています。
170804_22017/8/4 養老鉄道改札口
橋上駅舎を持つ地上駅でJR東海は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の2面3線、近鉄・養老鉄道は島式ホーム2面4線で、ホーム番号はJR側から連番で振られていますが、5番線はありません。これは1959年の改軌まで4番線は伊勢中川方面、6番線は名古屋方面の列車が使用し、名古屋寄りに切り欠き乃5番線があった名残だそうです。その当時は養老線は7番線を利用していたぞうです。
上の写真の左手奥がJR桑名駅で、養老鉄道との間ではかつて貨車の入れ換え作業が行われていた関係で現在も側線が残っています。
1116_1708042017/8/4 
近鉄のホームは上り名古屋方面は追い越し、待避が可能ですが、下りは不可能なため、待避は益生駅で行われています。
170804_3
2017/8/4 近鉄ホームから三岐鉄道北勢線方向
この先に北勢線軌間762mm、JR関西本線軌間1067mm、近鉄名古屋線軌間1435mmの3つの異なる軌間を渡る踏切があります。
さらに桑名駅前からは1927年から1944年まで路面電車桑名電軌が発着していたそうです。

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2017年10月29日 (日)

四日市あすなろう鉄道 近鉄260系電車の登場前から活躍している車両

昨日の記事の書き出しで触れましたが、内部・八王子線近代化で260系が登場する前から活躍しており、260系登場後も活躍している車両とは、
ク110形・サ130改造サ120形、そしてモニ220改造サ120形です。

114_170806 2017/8/6 四日市 
ク115引退後、残された1両として活躍を続けるク114

まず、ク110形・サ130改造のサ120形は1950年代初頭に三重交通に在籍していた種々雑多な木造客車の代替・陶太を目的として1954年サ360形半鋼製車体の付随車として製造されました(北勢線の記事で登場しました)。同形式は8両が製造されました。

114_170806_2 ク114の車内 編成はモ264-サ122-ク114

ナニワ工機が開発した車両で丸みが多い準張殻構造の軽量車体で、同社は当時、奈良電気鉄道デハボ1200・1350形、下津井電鉄モハ102・クハ22など、日本各地の地方私鉄に車両を供給しており、同じ関西の帝国車輌と協力体制を確立して納期等の調整を行っていたことが伺われます。

122_170806 サ122の外観 西日野

122_170806_2 サ122の車内

構体は全溶接構造の鋼製ですが、窓下にウィンド・シルと呼ばれる補強用の帯板があり、内装および床板は木製です。

設計段階で将来の制御車への改造を想定して2位より(内部・八王子より)に乗務員室が設けられ、標識灯が妻面車掌台側窓下に1灯埋め込み式で取り付けられていたそうです。

124_170806 内部駅構内に切り離されて留置されていたサ124

側窓は上段Hゴム支持固定窓、下段上昇式の所謂、バス窓でした。屋根は雨樋を高い位置に設けた張り上げ屋根構造で側扉上部には水切りと呼ばれる小型の雨樋が設けられました。

座席は全車、ロングシート仕様です。

124_170806_2
台車は住友金属工業の一体鋳鋼側枠装備の軸バネ式台車を履き、これは本来気動車用の台車で下津井電鉄クハ22・23でも同様の台車が採用されたそうです。

1965年の三重電気鉄道の近畿日本鉄道への吸収合併でこれら8両はサ130形131-138に改番されました。

近鉄内部・八王子線には3両、北勢線に5両という配置になりましたが、サ131・133は従来の乗務員室部分を撤去し、260形に準じた構造の運転台ユニットが取り付けられ、四日市より妻面には貫通路が設置されました。

内装も260系に準じてメラミン樹脂化粧板とアルミ型材による近代的な仕様に全交換、側面幕板部への車外スピーカーの設置、HG-583Mrb電動発電機とDH-25空気圧縮機を搭載、ブレーキを中継弁付きのACA-Rへ交換、台車も新製のKD-219Eへ交換されるなど、構体を流用しただけでほとんど新造に等しい大改造が実施され、塗装が特殊狭軌線新標準色に変更されたこともあり、かろうじて側面窓がバス窓のまま残されている以外は面目を完全に一新しました。

ク110形1152017年6月1日の営業運転をもって引退しました。

サ120形に関してはモニ220形から改造車とク110形への改造を漏れたサ132があり、同車はサ124に改造され編入されました。
この際の改造メニューは他形式に準じ、構体を残して総ばらしを行い、内装の軽合金製部品による不燃化、貫通路および車外スピーカーの設置、乗務員室撤去と乗務員扉部分の埋め込み、ブレーキのATA-R化などが実施されましたが、台車はオリジナルの住友金属工業製が残されました。

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2017年10月28日 (土)

四日市あすなろう鉄道 近鉄260系電車 ク160形 サ180形

昨日のモ260形に続いて、今回は同時期に新製されたク160形、さらにモ260形とサ160形の中間車として従来のサ120形の置き換えのために新製されたサ180形を紹介します。

161_170806 2017/8/6 日永

161_170806_2 ク161の車内、ワンマン化に伴う運賃表示器の設置

昨日の記事で近鉄時代の1982年から1983年にかけてモ260形が5両、ク160形が3両新製されたと書きましたが、モとクの両数が異なるのは、この時点で在来車の完全な陶太は考えず、三重交通時代に造られた比較的経年の浅い車両は引き続き使用する方向を意味していました。

161_170806_3 ク161の車内

この時に1949年製のモニ220形を電装解除してサ120形1954年製サ130形(旧三重交通サ360形)に260系とおなじ運転台ブロックを取り付けてク110形、もしくはそのまま更新工事を実施してサ120形にし、自動ドア化などの改造を実施して引き続き使用しました。

161_170806_4
サ180形は四日市あすなろう鉄道移管後の2015年に新製されましたが、軽便鉄道の車両新製は下津井電鉄2000系の27年振りのことだそうです。2015年9月27日より、モ261ーサ181-ク161の3両編成で運転を開始しました。

162_170806_2 2017/8/6 内部

従来車のモ260形・ク160形は車体の屋根・外板・床面・ドアエンジンなどの老朽化が著しい部分を全て新造交換して乗務員室寄りの側扉は乗務員扉のすぐ後ろへ移設しました。サ180形の客室扉は車端側に点対称配置の片側1扉としています。各車両の側窓はすべてUVカットガラスの固定窓とし、一部の窓を内折れ式の開閉窓としています。

163_170806 内部工場内にいたク163

サ180形はク160形と同等のペデスタル式軸箱支持装置を備えた金属バネ台車のKD-219H形を新製して装着しました。

181_170806
182_170806

2016年鉄道友の会ローレル賞に選定されています。

サ180を加えたリニューアル編成の諸データ

車両定員    
モ260:75名→62名
サ180:50名
ク160:75名→62名

自重     モ260:13.6t→18.8t
サ180:13.0t
ク160:12.0t→16.5t

車体長    
モ260:15600 mm
サ180:11,460 mm
ク160:15,600 mm

車体幅    
モ260・サ180・ク160:2,106 mm

車体高    
モ260:3,775 mm
サ180:3,160 mm
ク160:3,190 mm

車体材質    
モ260・サ180・ク160:普通鋼

台車
モ260:KD-219C
サ180:KD-219H
ク160:KD-219D

電算記号 U

モ261-サ181-ク161(2015年9月リニューアル)
モ262-サ182-ク162(2016年8月リニューアル)
モ263-サ183-ク165(2017年9月リニューアル、ク165は新製)

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2017年10月27日 (金)

四日市あすなろう鉄道 近鉄260系電車 モ260形

近鉄260系が導入されるまで内部・八王子線には現在の近鉄湯の山線を開業させた四日市鉄道1928年に導入した軽便鉄道用荷物合造のデ50形制御電動車が長らく動力車として使われていました。同形式はその後、デハニ50形を経てモニ210形になりました。先日触れたモハニ50形~モニ220形同様、直接制御式で、総括制御運転は出来ず終端駅での入換えを必要としました。

261_170806 2017/8/6 内部 内部駅を発車して四日市に向かうモ261先頭の編成

1982年、内部・八王子線の開業70周年にあたり、同線の近代化が進められ、近畿車輛で1982年から1983年にかけて四日市向き制御電動車モ260形(2代目)261-265の5両、内部・西日野向き制御付随車ク160形161-163の3両が製造されました。

車体は北勢線の270系を基本とする15m級全金属製車体で、客用扉は片開きとなりました。

261_170806_2 ハイバックタイプの座席になった261の車内

264_170806_2 264の車内は従来タイプのシートです。

車内は通路を挟み、各1列ずつ固定クロスシートが並びます。登場当初は近鉄一般車と同じマルーンにオレンジの警戒色が入ったスタイルでしたが、2004年からパステルカラーとなり、261はクリームとブルーに、

262_170806_2 2017/8/6 四日市駅

262はクリームとライトグリーンに263はグリーン一色に、

264_170806 2017/8/6 四日市

264はライトベージュ一色に、

265_170806_3 2017/8/6 内部車庫

265はオレンジ一色に塗り替えられました。

駆動装置は吊掛け駆動方式で主電動機は主電動機は三菱電機製MB-464AR(端子電圧750V時定格出力38kW)、制御器は16段の進段数を備えた1C4M制御の三菱電機ABF-54-75MA関節式抵抗制御となっています。

台車は近畿車輛製で、270系に採用されたKD-219・219Aの使用実績を基にさらなる軽量化を目的として設計された、ペデスタル式軸箱支持装置を備えた金属バネ式のKD-219系台車となりました。

ブレーキは新造当初、中継弁付きのA動作弁によるAMA-R自動空気ブレーキが採用されていました。

補機類のCPおよび補助電源装置は、、いずれも各車の重量平均化による最大軌道負担力の軽減を目的として、モ260形ではなくク160形に搭載され、直流100V(20Ah)のアルカリ蓄電池も搭載されました。

1989年に内部線および八王子線でワンマン運転が開始されるに伴い、ワンマン対応化され、近鉄では初のワンマン運転対応車両となりました。

新造時に使用されていた自動空気ブレーキの部品製造打ち切りに伴うA弁の保守困難などから、保安性向上を名目として1994年から1995年にかけてHSC電磁直通ブレーキへの換装工事が実施されました。

262_170806 262車内、天井の様子 沿線の写真も掲示されています。

製造当初はナローゲージ車両向けの冷房装置がなく非冷房で製造されましたが、四日市あすなろう鉄道移管後の車両リニューアル工事の際に冷房化工事も実施されました。車端部にCU47形床置冷房装置2台が設置されました。さらにラインデリアを配し、冷風を車内全体に行き渡らせるためにダクトが設置されました。電源はサ180形の床下に冷房用の補助電源装置であるNC-WBT55A形静止インバータ(出力55kVA)1基を搭載して、編成全車の冷房化を可能としました。これに伴い、リニューアル前にク160形に搭載されていた補助電源装置は撤去されました。

主電動機は絶縁強化を施した三菱電機MB-464AR3に変更、主回路配線も変更され、絶縁強化が図られました。

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2017年10月26日 (木)

四日市あすなろう鉄道になった内部・八王子線の歴史

ナローゲージ続きで、今回からは現在は近畿日本鉄道と四日市市が主要株主で四日市市が第三種鉄道事業者、四日市あすなろう鉄道が第二種鉄道事業者として運行している内部・八王子線について触れようと思います。

170806 2017/8/6 近鉄四日市駅高架下の空間にあるあすなろう四日市駅ホーム

いつものようにまずはその歴史から見てみます。

馬車鉄道やそれに準じる鉄道として公共の運輸を目的に道路に敷設する鉄道に適用される法律に軌道条例がありますが、これが制定されたのは1890年(明治23年)8月23日でした。1911年12月28日に設立された三重軌道1912年10月6日、軌道条例に基づいて南浜田駅 - 日永駅間を開業しました。1913年5月16日には諏訪前駅 - 南浜田駅間、1915年12月25日には四日市市駅 - 諏訪前駅間が開業しました。

170805 2017/8/6

1916年7月19日三重鉄道が新たに設立され、三重軌道が設置した上記の路線は廃止され、1910年4月21日に公布、8月3日から施行された軽便鉄道法1900年から施行された私設鉄道法が厳格すぎて敷設出願がほとんどなかったため、手続等を簡略化し、地方鉄道の建設を推進するためとされています)に基づいて同区間は軽便鉄道として開業しました。鉄道を敷設営業する際に、何を根拠に営業しているかが重要なようで、軌道から鉄道への乗り換えには設置法に基づいた組織替えが必要なことが分かります。

170806_2
1922年6月21日には鈴鹿支線として日永駅-内部駅間が開業、1928年1月29日には現在の近鉄名古屋線の前身である伊勢電気鉄道の桑名延伸(泗桑線)に際して、四日市市駅 - 諏訪駅間を廃止し、路線敷を伊勢電気鉄道に譲渡しました。

1944年2月11日、以前にも出てきましたが戦時統合で三重鉄道他6社が合併して三重交通が発足、湯の山線、八王子線を合わせて三重線となりました。内部線の名称が制定されたのは同年3月1日でした。

170806_3
1956年に四日市市内でカーブが連続していた名古屋線海山道駅 - 川原町駅間の経路を変更した折、内部線の起点が諏訪駅から近畿日本四日市駅(現在の近鉄四日市駅)に変更されました。この時、かつて伊勢電気鉄道に譲渡した区間は、三重鉄道の後身の三重交通に返還されずに廃止となりました。その後、1964年2月1日三重電気鉄道を経て1965年4月1日に近畿日本鉄道への吸収合併で同社の路線となりました。

170806_4 内部・西日野方面の線路

経営状態が芳しくないことから近鉄は2012年8月21日四日市市などに対してバス転換、BRT:bus rapid transit方式を提案しましたが、四日市市は鉄道による存続を望み、2013年9月27日、公有民営方式での存続で合意しました。

2015年4月1日から四日市市が第三種鉄道事業者として鉄道施設や車両を保有し、新会社四日市あすなろう鉄道が第二種鉄道事業者としてそれらを同市から借用して運営しています。

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2017年10月25日 (水)

三岐鉄道北勢線 北勢鉄道モハニ50形→モニ220形保存車モニ226

三岐鉄道北勢線の車両の話題、最後は阿下喜駅横の軽便鉄道博物館に復元展示されているモニ220形モニ226の話題です。

170806 2017/8/6 阿下喜

阿下喜駅の横に建つ軽便鉄道博物館 北勢線に乗った日はちょうど開館日でした。

1931年7月8日、北勢線の路線の六石~阿下喜間が延伸され、全線電化開業しました。これに合わせてモハニ50形モハニ50~55の6両と電気機関車20形20・21が名古屋の日本車輛製造本店で製造されました。

226_170806 モニ226号

1944年2月11日の三重交通への統合では、松坂電気鉄道からのモニ201形(旧デ31形)、四日市鉄道からのモニ211形(旧デハニ51形)に続くモニ221形モニ221-226が附番され、改番されました。

1949年3月に同型のモニ227-229の3両が追加製造され、227が北勢線、228・229が三重線に配置されました。

車体は11m級の半鋼製、内装は木製、座席はロングシートです。

三菱電機KR-8直接制御器に同じく三菱電機MB-216ARという当時の軽便電車用モーターとしては比較的大出力の主電動機を2基ずつ組み合わせて永久直列とし、これら2組を抵抗の挿抜を組み合わせた上で直並列制御する、路面電車並みの直接制御車です。電車と言えども総括制御ではなく、機関車のように付随客車を牽引し、両端駅で入換えを行う方式の運用形態が採られました。モーター出力の関係から付随車4両まで牽引することが可能でした。

Dsc07291
台車は日本車輌製造NKC-1が採用され、リンク支持の板バネによる枕バネを備える軸バネ式台車でした。

ブレーキはシンプルな非常弁付き直通空気ブレーキ(SMEブレーキ)が採用されました。

電化後の北勢鉄道の主力として活躍し、1934年以降の北勢電気鉄道、1944年以降の三重交通北勢線、1964年以降の三重電鉄北勢線、1965年以降の近畿日本鉄道北勢線時代も他線に移ることなく使用されました。近鉄時代に形式称号がモニ220形になりました。

昨日の記事にあるようにモ4400形(現200系)1971年に非電装化された際には牽引車として活躍しました。

Dsc07290
1977年270系が投入され北勢線の電動車に余剰が出るとモニ225-227の3両は内部・八王子線に転属となり、モニ221-224は221/223の電装を解除、荷物室を廃止し、西桑名より妻面に貫通路を設けて阿下喜向き片運転台式制御車ク220形ク221、223へ改造され、モニ222,224は荷物室を廃止、方向転換の上、阿下喜寄り妻面に貫通路を設置し、西桑名向きの片運転台式制御電動車とし、両形式を背中合わせに連結し、ク221+モ222、ク223+モ224の2両固定編成2本となりました。

この際にモ222,224は制御装置を総括制御方式のHL-8Sに交換、ブレーキは中継弁付きのAMA-RおよびACA-Rブレーキとし、ドアエンジン設置、サービス電源としてMGを搭載、台車はク220形はNKC-1Aとし、CPをク220形に搭載し、重量増加を抑止しました。

前照灯も従来のケーシング内で横並びとする方式でシールドビーム2灯化されました。しかし、内装の更新はなされなかったため、老朽化が目立ち、1992年8月に運用を終え、9月に廃車解体されました。

一方、内部・八王子線に転属したモニ225-227の3両は1982年の近代化で260系が入線するとモニ225,226は1983年に廃車、227-229はサ120形サ121-123への改造が進められました。

このときに廃車されたモニ226は2008年まで四日市スポーツランドに保存されておりましたが、後に三岐鉄道阿下喜駅に移送され、復元作業ののち、2011年11月より、一般公開されるようになりました。

2012年10月25日に最初の記事をupしてから、早いもので5年の歳月が流れました。これからも話題の続く限り、このBlogを続けて行くつもりです。

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2017年10月24日 (火)

三岐鉄道北勢線 三重交通モ4400形→200系

先日の記事で登場した垂直カルダン駆動の画期的な車両、モ4400形も後年、北勢線に転籍し、現在も北勢線で活躍中です。

202_170806 2017/8/5 在良

この車両は3車体連接車として新製され、4401(M-1)-4401(T-1 )-4401(M-2)となっています。各車体とも普通鋼製準張殻構造でノーシル・ノーヘッダーの10m級車体でした。。前面形状は1959年8月登場時の流行を反映して湘南型2枚窓となっています。前照灯は屋根中央に白熱灯が1灯、流線型のケーシングに納められて半埋め込み式で取り付けられ、標識灯は左右下部に振り分けて角形のものが各1灯ずつ取り付けられていました。

座席はロングシートで、運転台は半室式、室内灯は直流点灯による40W環状蛍光灯が各車4基ずつ取り付けられていました。当初の車体塗装は三重交通の標準色である、車体上半分がクリーム、下半分がグリーンの2色塗り分けであり、、この塗装は2013年10月29日より北勢線開業100周年記念の一事業として復活しています。

主電動機は1958年に志摩線向けとして製造されたモ5400形の仕様を踏襲し、駆動システムとして神鋼電機が開発した垂直カルダン方式を採用しました。このため、同社製TBY-23]を主電動機として4401(M-1)・4401(M-2)の運転台寄り台車に各2基ずつ軌道面に対し垂直に裝架しました。

この特徴的な駆動システムは狭い空間に無理をして収めてあった上、整備時には事実上完全分解を行う必要があるなど保守上難点が多く、カルダン駆動化によるメリットをそれらのデメリットが上回っており、本形式が製造からわずか12年で電装解除される原因となりました。

制御器は間接式多段自動加速制御器である日本車輌製造NCA電動カム軸式制御器が採用され、4401(M-1)に搭載されました。これにより、スムーズな加速と同線初の総括制御運転が実現し、折り返し時の編成入れ替え作業が不要となりました。

ブレーキは制御器による発電ブレーキとは別に、空気ブレーキとして非常弁付き直通空気ブレーキ(SMEブレーキ)に発電・抑速制動を付加した、SME-Dブレーキが採用されました。

277_170806 2017/8/5 在良 後部には同色に塗られた270系が併結されていました。

三重線では収容力の大きいことから看板電車として重用されました。1964年の改軌で北勢線に転籍し、1965年4月1日の三重電気鉄道、さらに近鉄合併でモ4400形4401(M-1)・4401(M-2)がモ200形201・202に、サ4400形4401(T-1)がサ100形101に改番され、塗装も近鉄一般車標準のマルーン1色塗りとなりました。

垂直カルダンのメンテナンス問題は解決しなかったため、1971年に電装解除されることとなり、モ200形201・202が運転台撤去され、サ200形201・202に改造されました。それ以降、直接制御式のモニ220形に牽引されて使用されていましたが、1977年からの北勢線近代化の際に新造のモ270形と総括制御の固定編成を組むことになり、サ202の運転台が復活、ク200形202に改番されました。この際に以下の改造がなされました。

・ク202の前面形状については、中央の行先表字幕を挟んで左右にシールドビーム式の前照灯を各1灯設置した他、電装解除後も残されていた標識灯も左右各2灯ずつの標準型に交換するなど、モ270形に準じたものに変更しました。
・サ201の旧運転台側に前面窓を閉鎖の上で貫通路を設置。(後に妻面に小窓が設けられました)。
・電動発電機のHG-583Mrbへの交換に伴ってサービス電源が交流化されたことから、直流点灯方式の環状蛍光灯からストレート型のカバー付き交流蛍光管各4灯に変更しました。
・ブレーキを従来のSMEからACA・ATA自動空気ブレーキへ変更しました。

2003年の北勢線の近鉄から三岐鉄道への移管に伴い、本形式も同社籍へ編入され、ワンマン化対応工事が施工され、運賃箱の設置、運転台背面仕切の改良が行われました。その後、黄色を基調とする新塗装への塗り替えおよびシートモケットの張替え(従来の赤色→青色基調へ)、床敷物の張替え(従来の赤色→灰色基調へ)が実施されました。現在では、北勢線各駅への自動券売機・自動出改札システム導入の進展により、運賃箱は撤去されています。

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2017年10月23日 (月)

三岐鉄道北勢線 三重交通サ2000形→140形

先週、18日に旅先の福井で家内と旅行中だった義母が死去するという突発的な事件があり、わたくしも急遽、福井に向かい、簡単な葬儀を行い、小平に戻ったため、Blogに空きが出来てしまいました。福井へはHDDを持たずに向かったため、それ以降のアップが出来ませんでした。一方で、久しぶりの福井訪問で福井鉄道やえちぜん鉄道の写真を写す機会もあり、それらは後日、アップします。

170805 2017/8/5 近鉄四日市高架線から分岐する湯の山線

三岐鉄道北勢線の車両の話題を再開します。今回は三重交通がサ2000形として世に出した電車です。

現在、近鉄の路線になっている湯の山線(営業キロ数15.4km)は四日市鉄道1913年に軌間762mmのナローゲージの軽便鉄道として開業した路線でした。免許が交付されたのは1910年1913年6月1日に川島村(現在の伊勢川島)~湯の山(現在の湯の山温泉)間が開業、同年9月24日には諏訪~川島村間が開業、さらに1916年3月5日には四日市~諏訪間が開業しました。1919年に四日市駅は四日市市駅に改称されました。1921年11月1日、四日市市~湯の山間が電化されました。

1927年11月29日、四日市市~諏訪間が廃止され、伊勢電気鉄道に跡地が譲渡されました。1931年3月18日、四日市鉄道が三重鉄道に吸収合併され、三重鉄道となりました。1944年2月11日、三重鉄道ほか6社が合併して、三重交通が発足、内部・八王子線と合わせて三重線となりました。

1956年9月23日、名古屋線四日市付近の経路変更(後日、近鉄四日市駅の記事で触れる予定です)で諏訪~中川原間が廃止、、近畿日本四日市~中川原間の新線が開業しました。1959年、架線電圧をDC600Vから750Vへ昇圧。

141_170806 2017/8/6 阿下喜 ク141

1964年2月1日、三重交通が鉄道事業を三重電気鉄道に分離譲渡。3月1日、軌間を762mmから1435mmに改軌、架線電圧をDC1500Vに昇圧し、内部、八王子線との直通運転を廃止しました。1965年4月1日、近畿日本鉄道が三重電気鉄道を合併しました。

三重交通の時代の1959年に湯の山温泉の観光開発を目的として導入したのがモ4400形と呼ばれた新型電車で、当時最新の垂直カルダン駆動機構を装備していました。しかし、特異な駆動機構のため保守には難渋し、1編成で製造が終了してしまいました。

145_140812_3 2014/8/12 西桑名 ク145

当時の三重線系統には木造客車も多数残存しており、それらの代替は急務でした。そこでモ4400形の設計を流用した付随車を量産し、これらを置き換えることにしました。こうして1960年から1962年にかけて名古屋の日本車輛製造本店でサ2000形2001-2007の7両が製造され、1964年に上記のように湯の山線が改軌されると内部・八王子線には輸送力過剰であったので、全車北勢線に転籍し、近鉄合併後はサ130形に続いて、サ140形141-147に改番されました。

143_170806 2017/8/6 阿下喜 ク143

1977年からの北勢線近代化後は総括制御運転と編成の固定化が実施され、141-145は270形と同型の運転台が新設され、制御車ク140形41-145となりました。奇数番号141、143、145は西桑名側に運転台が新設されHG-583Mrb電動発電機とDH-25空気圧縮機が追加搭載されてモ270形と固定編成を組んだのに対し、偶数番号の142・144は阿下喜側に運転台が新設され、従来同様に1両単位での増結用車両として用いられました。

143_170806_2 2017/8/6 阿下喜 ク143 車内

143_170806_3 2017/8/6 阿下喜 ク143 運転席

全車についてブレーキ弁のSTEからACA-R・ATA-R自動空気ブレーキへの改造が施工されました。1991年よりA動作弁の補修部品が入手難となったことから、保安性向上も兼ねてHSC電磁直通ブレーキへ空気ブレーキを再改造、この際台車もブレーキ系が改造され、NT-7Kとなりました。

142_170806 2017/8/6 阿下喜 サ142 右隣の130形と比べて妻面が丸くないことが特徴

ク142・144は三岐鉄道移管後の2003年には運転台を撤去して再度付随車に改造されてサ140-1形142・144となり、3両編成の中間に追加挿入されて4両編成の中間車となっています。

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2017年10月19日 (木)

三岐鉄道北勢線 三重交通サ360形→130形

現在、北勢線で活躍するクハ130形、サハ130形は三重交通時代の1954年にそれまで在籍していた種々雑多な木造客車を代替、淘汰する目的で製造されたサ360形をオリジンとしています。

134_170806 2017/8/6 楚原
西桑名を出発したときは良い天気でしたが、楚原を過ぎたあたりで突然の大雨が降りだしました。交換した編成の先頭車はクハ134でした。

準張殻構造、軽量車体設計を基本とする半鋼製車体で、4両ずつ2回に分けて発注され、ナニワ工機が361, 362, 365, 366を帝国車輛が363, 364, 367, 368を製造しました。

構体は全溶接構造の鋼製ですが、平滑なノーシル・ノーヘッダー構造とはならず、窓下にウィンドウ・シル(補強用帯板)が取り付けられ、内装および床板は木製です。

136_170806 2017/8/6 阿下喜 中間車に再改造された136
右端のルーバーは据え置きタイプのエアコンです。

台車は住友金属工業の一体鋳鋼側枠を持った軸バネ台車が装着されました。ブレーキは非常弁付き直通空気ブレーキ(STEブレーキ)が採用されました。

当初は三重線に投入されました。

1965年の三重電気鉄道の近畿日本鉄道への合併で、サ130形131-138に改番され、1977年の北勢線近代化では、編成の固定化が実施されました。このときにサ133は内部・八王子線に転属しました。

サ134・136は制御車に改造されク134・136になりました。ク136は1991年に再度、付随車に改造されました。

(身内に不幸があり、急遽、福井へ行かなくてはならなくなったため、明日から、数日アップが出来なくなります。戻り次第、再開します)。

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2017年10月18日 (水)

三岐鉄道北勢線 近鉄270系電車

三岐鉄道北勢線には7編成24両の車両が在籍しており、日々の運用をこなしています。

全ての車両が高速化改造工事を受け、冷房化改造工事も進行中です。
現有形式は
270系
140系
200系
130系
 で、270系は、電動車それ以外の車両は付随車で、各編成は電動車1両と付随車から組成されます。

273_170806 2017/8/6 西桑名

阿下喜に向けて出発を待つ270系モ273。北勢線の編成は阿下喜寄りがモ、それ以外は付随車といった構成になっています。

273_170806_2 編成のうち、モ273には冷房が無いため、運転士氏は暑いと感じられる方は2両目以降にお乗りくださいとアナウンスされていました。

270系は近鉄が1977年に導入した車両です。

172_170806 2017/8/6 馬道

西桑名を出て次の馬道では272~172編成との交換がありました。線路幅の関係でATS機器は軌間外に設置されているため、車上子もそれに合わせて設置されています。

制御電動車モ270形として271~276の6両が、さらに制御車ク170形として171・172の2両が近畿車輛で製造されました。間接式制御器が搭載されたため、重連総括制御が可能になりました。編成は固定編成化されたため、両端駅での機回し作業も省略でき、北勢線の近代化に大きく貢献しました。

273_170806_3 軽便軌道ですから当然、車内も狭く感じます。

車体は機器を含めた軽量化を徹底させたため、762mm軌間の車両としては最長の15m級となり、全金属製の車体となりました。側窓は2段式ユニット窓として腰板の窓袋をなくし、客用扉はサイズこそ小さいものの両開き扉が採用されました。室内はロングシートで、冷房設置は見送られましたが、三菱電機製ラインフローファンが搭載されました。

台車は軽量化のため、プレス構造の側枠を採用し、揺れ枕を省略した軸ばね式台車、電動車KD-219、付随車219Aです。

主電動機は三菱電機MB-464AR(端子電圧750V時定格出力38kW)で、モ270形の各軸に吊かけ式で4基搭載されました。

273_170806_5 阿下喜に到着した273~173編成

制御器は三菱電機ABF電動カム軸式制御器です。ブレーキは新造当初中継弁付きのA動作弁によるAMA-R自動空気ブレーキが採用されていましたが、部品製造打ち切りに伴うA動作弁の保守困難などから、保安性向上を名目として1991年以降HSC電磁直通ブレーキへの換装工事が実施されました。

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