2019年5月12日 (日)

横浜市電保存館を訪問 その10 吉村コレクション part2 電機編

昨日に続き、横浜市電保存館の「吉村コレクション」今回は電気機関車の模型から

Dsc01650

EF50(旧8000)形

1925年12月、東海道本線東京~国府津間電化開業用に向けて英国から8両輸入された機関車で、1924年に製造され電気関係はイングリッシュ・エレクトリック社(English Electric & Co., Ltd.)、機械関係はノース・ブリティッシュ・ロコモティブ社(North British Locomotive Co.)が製造に関わりました。ED50形、ED51形などともにいわゆる「デッカー」と言われる一族です。製造当初は8000形(8000-8007)と称されましたが、1928年10月の車両形式称号規定改正でEF50形に改められました。

当時、我が国は電化の進展で欧米各国から試験的に数両の電気機関車を輸入していました。英国製の電気機関車は本国においても開発途上で信頼度的には決して高くなかったにも拘わらず8両という多数が輸入されたのは、1921年から1922年にかけて各国の艦船保有量を制限する軍縮会議が英米の主導で開催され、会議における交渉で英国側の譲歩を引き出させる戦術として外務省の主導で電気機関車を大量に輸入することにしたと言われています。デッカータイプの大量輸入は鉄道省の意図したものではなく政治的圧力によるものだったそうです。いつの時代も似たようなことが行われているものだと感じる次第です。

形態上の特徴は2軸の先輪を有し、箱形車体の前後にデッキがあり、車体下部には中央部で幅が広がった魚腹型の側梁が露出し、そこに9個の丸穴が開けられていること、車体側面にも主抵抗器冷却のための鎧状の通風口が並んでいることです。制御装置はカム軸式で、6個のモーターを制御するのに、通常は直列~直並列~並列となるべきところをカム軸の長大化を忌避してか直列段からいきなり並列段に移行する方式で、進段時の衝撃が大きく、勾配での加速に問題があり、初期故障が多く発生したそうです。

運転開始以来、東京機関区に配置され東海道本線で旅客列車牽引を任されましたが、初期には故障が多く蒸気機関車を後部穂機として連結し、運転しました。デッカー系機関車のトラブル解消のため、補機類の多くは後年、鉄道省制式部品に交換されて行きました。

戦後の1952年4月の高崎線電化でEF53形などとともに高崎第二機関区に5両が転属しました。勾配線での運転に向かなかったため、当時の電化区間では高崎線以外に転用先が見つからなかったのが真相のようです。最後の本線仕業は7号機による1956年11月18日の上り急行「十和田」牽引でした。1954年から廃車が始まり、1958年までに全車が廃車され、解体処分となりました。

Dsc01647
EF13形(凸型スタイル戦時タイプ)

国鉄の貨物用大型電機は1934年EF10形(41両)から始まり、1941年には出力増強版のEF12形が開発されましたが、軍需輸送に対応する輸送力増強に対応し、かつ戦時下の資材不足に対応しながら製造するために、EF12の機能を簡略化したのがEF13形でした。その設計は戦時中さえしのげれば良いというもので、鋼材を節約するため車体はデッキ部までの全長車体から中央部の短い車体と機器を被うボンネットスタイル(凸型)となりました。さらに工作簡略簡略化のためスタイリングや仕上げ工作は全て省略されました。冬場には隙間風が吹き込み、暖房も設置されていなかったため、乗務は苦痛が伴ったとのことです。一方で戦闘機による機銃掃射を避けるため乗務員室には防弾装備がが施され、乗務員室側面の内側に厚さ13mmの鋼板が張られ、外板との間には砂が入れられました。

機器的には電装系の焼損事故の保護に重要な役割が期待される高速度遮断器が省略され、ヒューズで代用されました。台車枠の車軸支持も緩衝部材を入れずリンクを台車枠に直づけしました。こうした徹底的な部材省略の結果、総重量が軽くなり過ぎ、軸重不足に陥り、死重として16.4tのコンクリートブロックを積むことになりました。弱め界磁も63系電車同様、「主電動機の寿命が縮む」との理由から「使用不可」とされました。出力はEF12形と同等を目指しましたが簡易設計、代用部材多用の影響で計画性能の達成には至らず、EF10形並との評価でした。戦時輸送対応のために簡素な設計が採り入れられたにも拘わらず戦争中の完成は7両に留まり、戦後の1947年までに31両が製造されたところで、新形式のEF15形が増備されることとなり、製造は終了しました。

1948年からの第1次改装工事で高速度遮断器が新設され、パンタグラフもPS14に交換されました。さらに弱め界磁段も使用可能とされました。1953年から1957年にかけての第2次改装工事ではEF58形31両の車体載せ換えで発生した旧車体をEF13に載せ、旧凸型車体を廃し、箱形車体とする工事が施工されました。旧車体のEF58形が31両製造されていたこと、両形式の車体サイズが一致していたことで車体流用交換が進められましたが、台車間サイズが僅かに異なったため、その部分は改造で対応となりました。EF58形とEF13形の検査時期の一致するタイミングで両車が入場し車体譲渡が行われ、両形式の運転室仕切り壁には「EF58〇〇号より車体譲受」、「EF13〇〇号へ車体譲渡」の銘板が取り付けられました。

Ef58ef13
表 EF58旧車体のEF13への振替

Ef13-22-2
撮影時期不明 駒込~田端間をEF15 を従えて通過するEF13 22号機

私自身、小学校時代中央線国分寺~国立間を利用していたこともあり、中央本線の旅客列車を牽引するEF13をよく目にしました。独特のウーというモーターの牽引音、冬は暖房車を従え、通過した後に残る石炭の煙の臭いも昨日のことのように思い出します。旅客列車はEF64形に置き換えられ、晩年は貨物列車を牽き、それもEF60形などに置き換えられ、1979年11月に3号機が廃車され全機廃車となりました。全機解体され保存機はありません。

EF50形やEF13(凸型スタイル)形も吉村氏の鉄道マニアとしての目の付け所の素晴らしさを感じます。

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2013年9月15日 (日)

公園保存蒸気 C57 186 小金井公園

今回は都立小金井公園に保存されているC57 186号機です。

 

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公園の西の方に柵で囲まれたスペースが確保され、スハフ32形客車を一両連結した姿で保存されています。 2013/8/13

 

C57186号機1946年に製造れた、第3次形に属します。戦後の旅客用機関車の不足を補うために製造されました。設計期間が無かったことから2次形からの大幅な改設計は見送られました。先輪がD52形用の流用であるディスク形となり、コンプレッサーからの空気放熱管がランボード下に収められるなどの相違点が見られます。また、砂箱キセ前面が1次形や2次形と比べ傾斜しています。

 

C57186_130813_6
前輪はディスクタイプになっています。

 

C57186     三菱重工業三原工場=519   1946-09-27 S67.50t2C1T(1067)
車歴;1946-09-27 製造→ 納入;国鉄;C57186→
配属[達533];新潟局→1946-09-27
使用開始→配置;新潟局→1955-08-01 現在;新津→1969-09-06
人吉→1973-09-25 宮崎→1974-06-07 旭川→1975-02-28 廃車;旭川→
保存;東京都小金井市「都立小金井公園」;C57186

 

(データは沖田祐作氏の機関車表より)

 

新潟で新製配置後23年、南九州で5年弱、最後は北海道で8ヶ月暮らしています。最後にわざわざ北海道まで転勤している点が印象的です。

 

C57186_130813_4
小金井公園は広大な緑地を有する公園で私も小学校の頃、何度か訪問したことがありましたが、C57の置かれているスペースは写真からも分かるように良い雰囲気を醸し出しています。

 

C57186_130813
駅名標などもしっかり準備されていました。

 

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お供のスハフ32は2146号車でした。

 

この客車の過去を調べて見ると

 

1935年、梅鉢鐡工所製作のスハフ32146(旧スハフ 34447) に電気暖房工事を施工したもの。晩年は中央本線の夜行客車列車に使われ、登山客などを乗せて走ったそうです。最後の全般検査は 1972 年 6 月と書かれています。1974 年に廃車され、その翌年から 30 年以上も屋外で保存されています。所属表記は「西イイ」で飯田町客貨車区。

 

(鉄道探検隊のサイトより引用)

 

とのことで、晩年は中央本線の夜行列車に活躍していたそうですから、もしかしたら現役時代、EF13EF64に牽引される姿を見ていたかも知れません。

 

750300_2_2
怪しげな写真ですが、三鷹付近を行く中央線客車列車 1975/3

 

130813
小金井公園のC57は上記のように公開日が設定されています。前回、訪問した日は平日でしたので次回は公開日に訪問してみようと思います

 

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2013年5月13日 (月)

1975年 新潟の旅 5 長岡区・東新潟区のEF15

1975年10月の真鶴~湯河原間の撮影旅行では東海道本線で活躍するEF15を撮影し、首都圏でのEF15形式の活躍を特集しました。また、1976年3月の関西旅行では阪和線で活躍するEF15の姿も記録しました。今回は日本海縦貫線直流電化区間(信越本線)で活躍した長岡区、東新潟区のEF15です。

 

ネットでEF15をサーチすると「デンチュウの鉄道ページ」に大変素晴らしいEF15の特集ページがあります。

 

上越線、信越本線の電化と電気機関車の歴史を見てみると旧形電気の最終タイプである貨物型のEF15や旅客型のEF58が登場する前には東海道線の全線電化で上越路に活躍の場を移した旅客用EF57や貨物用EF12、EF13が活躍していました。

 

1956年頃の高崎・上越線関連の機関車の配置はデンチュウさまのページのデータによりますと

 

EF12
   高崎 1-7、10-17
   長岡 8
 
EF13
   長岡 1、2、3
   水上 4、6、11、12、14、24
 
EF15
   長岡 16-19、25-29、31-33、53、54、100、123、128
   
        高崎 30、47-52、68
 
EF16
   水上 20、21、22 (増備途中)
 
EF53
   高崎 1-15
 
EF55
   高崎 1、2
 
EF57
   高崎 1
 
EF58
   高崎 35-41、97
   長岡 42-47

 

だったようです。

 

今回はEF12形について簡単に触れようと思います。

 

<EF12形電気機関車について>

1941年から日本国有鉄道の前身である鉄道省が製造した貨物用直流電気機関車でEF10形の改良増備車として、主電動機を従来標準のMT28から新開発のMT39へ変更して出力アップを図った形式です。設計時期が近く、同様にEF56形の主電動機をMT28から新設計のMT38へ変更したEF57形の貨物機版とも言えます。1941年から1944年にかけて17両が日立製作所・日本車輌製造・汽車製造・三菱重工業で製造されました。
 1941年中に完成した1-8号機は性能はもとより出来栄えも優れ、省形電気機関車中最優秀と称えられましたが、1942年後半以降完成の9-17号機は一部機器や銅材の省略、木材等代用材の使用増加、動輪上重量維持のためコンクリートの死重搭載、車体外板の薄板化に表面ひずみ修整の省略などが実施されており、竣工時期が後になるほど出来栄え、信頼性は落ちてゆきました。 それでも戦後間もない時期は、追って投入された戦時設計として更に構造や工作が簡略化されたEF13形や、新設計の主電動機を搭載する新形式であるEF15形の初期車に比べると高い稼働率を誇り、運転・保守双方からの評判も高かったようです。

 

車体は同時期製造のEF10 34以降とほぼ同一の全溶接構造箱形デッキ付きで、外観上の相違点はナンバープレート以外にはほぼ皆無だったそうです。

 

新製当初は東海道本線の軍事列車に使用されていましたが、戦時色が強くなるにつれて貨物輸送の軸を太平洋側から日本海側に移すことになったことと、上越線水上・石打間で使用されていたEF10形の主電動機故障続発や交換設備の増強もあって、EF10形と入れ替わりで同線に転じました。しかし後期製造機は資材不足から故障や不具合も少なからず発生し、必ずしも定格出力が出せない車両も存在しました。

東海道時代は国府津機関区・沼津機関区に所属し、1942年からは1150t列車を牽引、翌1943年からは1200t列車を牽引。1944 - 1947年に大部分が水上機関区に転属。さらに1947年の上越線全線電化に伴って全機が高崎第二機関区に集結。上越線では1952年から使用機関車の客貨分離後に伴い上り列車が1250t列車化されました。その後、1958年の東北本線宇都宮電化に伴って全機宇都宮機関区と新鶴見機関区などに転じましたが、宇都宮所属機は1960年代後半、両毛線・吾妻線の電化により高崎第二機関区に戻りました。

最晩年は山手貨物線・上越線・両毛線・吾妻線等で使用され、特に吾妻線では軌道条件の制約からEF15形が入線不能であったため、長らく専用されました。

 

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最晩年、吾妻線の貨物列車を牽引して羽根尾駅に到着したEF12 1号機
Ef12_1_4
羽根尾駅で入れ換えに従事するEF12 1号機

吾妻線の軌道強化が完了し、EF15形の同線への入線が可能となった後は老朽化もあって淘汰が進み、1982年に1・5号機が廃車されたのを最後に形式消滅となりました。

 

再び、デンチュウさまのページのEF15の1975年当時の運用データによると

 

 東新潟  信越本線(直江津-上沼垂)、白新線、越後石山-新潟操、羽越本線(新津-坂町)、上沼垂-沼垂、上越線、高崎線(大宮操まで)
  

長岡   信越本線(直江津-上沼垂)、羽越本線(新津-坂町)、越後石山-新潟操
              新潟操-上沼垂-沼垂、上越線、高崎操-大宮操、大宮操-田端操、大宮操-越ヶ谷
  

高崎第二 高崎操-新潟操、渋川-金島、高崎操-大宮操、大宮操-田端操、大宮操-越ヶ谷、赤羽線、
       田端操-大崎-新鶴見操、新鶴見操-尻手-塩浜、浜川崎-扇町、新鶴見操-高島-根岸
  

 

現在、日本海縦貫線の一部となっている上沼垂~直江津間に運用されていたEF15は東新潟区の所属機と長岡区の所属機でした。

 

1975年当時の両区の所属機のリストは

 

東新潟  37、39、49、55、57、108、113、114、115、119、       
      121、127、128、134、135、141-143、145、146、        
       155、159、163、164   
長岡   1-3、6、15、20、53、63、67、75-77、85-87、90、       
        98、100、101、110、118、129-133、137、140、        
       149-152、156、175、191

そして柏崎で写した写真ですが、

 

Ef15_751103

 

EF81 0番台最終ロットの増備で淘汰された新潟のEF15 柏崎付近 1975/11/3

 

かつてEF81の記事で使ったこの一枚と、

 

Ef15_159_751103
EF15 159号機牽引の貨物列車 1975/11/3 柏崎付近

 

の2枚です。

 

上の写真は3線区間ですが、一番手前の線路は越後線の線路かも知れません。下の写真はEF62貨物列車の写真でもご紹介した場所ですが、駅東方の跨線橋から撮ったものと思われますが、38年の月日の経過で当時、どうやって現場まで行ったか記憶が全くありません。

 

これらの日本海縦貫線で活躍していたEF15もEF81の記事で書きましたが、1979年4月から9月にかけてかけて落成したEF81の最終ロットによって淘汰されました。あれから30余年、今度はそのEF81が後継機によって徐々にその数を減らしています。

 

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