2019年12月20日 (金)

阪急電鉄 路線について その10 嵐山線

阪急電車の路線シリーズ、最後は嵐山線です。

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2019/10/18 桂駅 駅名標

嵐山線の路線敷設免許は琵琶湖疎水の蹴上発電所からの電気を京都や福井に供給し、1914年からは京都府や福井県で鉄道事業を行うようになった京都電燈に対し1924年5月13日に下付されたもので、1927年10月23日、この権利が新京阪鉄道に譲渡され、1928年11月9日、桂~嵐山間4.1kmの開業に至りました。

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松尾大社で交換した6300系

Dsc03665 嵐山駅の足元乗車案内 2ドアの6300系以外に3ドア車が乗り入れる場合が考慮され、3ドア車用の位置表示があります。

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ランプも洒落たスタイルのものが設置されています。

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ベンチのスタイルも独特です。

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当初は複線で、嵐山駅は6面5線構造でしたが、予想したほど需要は伸びず、開業2年後には複線設備を残したまま単線運行となり、戦局の悪化による金属供出令で不要不急線として単線化され今日に至っています。

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2019年12月19日 (木)

阪急電鉄 路線について その9 千里線

阪急電車の路線シリーズ、今回は千里線です。

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HK-87 柴島 は「くにじま」と読みます。柴はもともと「このき」(上下に分解して)と読み、此処の地名は平安時代からクニキ島とよばれ、クニキ=雑木、炭の原料で檞島や国木島、茎島などの表記もあり、柴の文字が当てられたそうです。関西の難読駅のひとつです。

Dsc03684 2019/10/18 千里線の起点駅である天神橋筋六丁目 駅名標 大阪メトロと阪急の共同使用駅ではありますが、駅名標のスタイルは大阪メトロのスタイルで駅番号もK12のみとなっています。

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同駅を発車し、天下茶屋に向かう阪急3300系

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淡路方面からやってきた列車が地下に潜る直前

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天神橋筋六丁目と柴島間で淀川鉄橋を渡ります。

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柴島から先は京都線とほぼ平行に進み、淡路直前で合流します。左が大阪梅田方向

現在、淡路駅付近は平面クロス解消の連続立体交差化工事が進行中で、2024年度高架化切り替え、2027年度事業完了予定だそうです。

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大阪梅田駅で出発を待つ、千里線5300系

天神橋筋六丁目を起点とし、北千里までの13.6km、駅数11の路線です。阪急の支線の中で終日、本線と直通運転が行われ、大阪梅田駅まで乗り入れているのは千里線が唯一です。

昨日の記事で触れたように天神橋筋六丁目から千里山までの区間は戦前に開業した区間であり、さらに遡れば昨日の記事にもあるように1921年4月1日北大阪電気鉄道が十三~豊津間を開業したのが、千里線の始まりです。この会社はもともと不動産開発を手掛けていた北大阪土地が千里丘陵で宅地と霊園の開発を行うために設立した会社で、尼崎を起点に千里を目指したこともありましたが、却下されており、3度目の申請で1916年に免許が交付されました。

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淡路駅 駅名標

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淡路を出発 正面が北千里方面、右が京都河原町方面

免許は下りたものの予算的に苦しく、特に淀川の架橋が出来ず、吹田~大阪間で線路の付け替えを行っていた東海道本線廃線跡地の払い下げを受け、阪神急行電鉄の十三駅への乗り入れが可能となりました。会社設立は1928年11月24日、着工は1920年2月13日で、1921年4月1日に十三~豊津間、同年10月26日に豊津~千里山間が開業しました。1920年9月には千里丘陵に「千里山花壇」(後の千里山遊園)を開設しました。

京阪電気鉄道は淀川西岸を通って京都に通じる新しい路線の大阪方アクセスターミナルとして北大阪電気鉄道が所有していた天神橋~淡路間の免許に目を付け、同社の株式を取得、新京阪鉄道を設立し、北大阪電気鉄道は鉄道事業を新京阪鉄道に譲渡し、不動産事業だけを残し、京阪土地と改称しました。新京阪鉄道は1925年10月15日に天神橋~淡路間を開業、さらに昨日の記事のように今日の阪急京都本線を西院まで1928年11月1日に開業しました。1928年1月16日には千里線全線の架線電圧を600Vから1500Vに昇圧しました。1930年9月15日に、京阪電気鉄道が新京阪鉄道を吸収合併しました。

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北千里 到着直前の車内から

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北千里 駅名標

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北千里の行きどまり線路

この頃は、天神橋(現、天神橋筋六丁目)~淡路間が本線扱いで、十三~淡路間が十三線、淡路~千里山間は千里線でしたが、1943年に京阪と阪神急行が合併、さらに1949年に新京阪線が阪急に残され、1956年京都本線の特急がすべて梅田発着となると、十三線が本線格となり、1959年梅田~十三間に京都線専用の線路が増設されると、十三~淡路間が京都本線、天神橋~淡路間が千里山線と所属変更されました。

1961年12月、宝塚本線の混雑緩和を目的に千里山線と箕面線を連絡する千里山延長線(千里山~桜井間)の事業免許の取得、1963年8月には新千里山(現在の南千里)までの延長開業が行われましたが、大阪府からの要請で1967年3月1日、北千里への延長となり、路線名も千里線となりました。終着駅北千里には日本初の自動改札機が導入されました。桜井へ至る事業免許は1972年12月に破棄されました。

1969年には大阪市営地下鉄堺筋線との相互直通運転が開始され、天神橋駅は地下駅に移転し、天神橋筋六丁目と改称され、1970年3月からの日本万国博では会場までのアクセスルートとして万国博西口駅を設置し、北大阪急行を補佐しました。

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2019年12月18日 (水)

阪急電鉄 路線について その8 京都本線

阪急電車の路線シリーズ、今回は京都本線です。

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阪急電鉄 京都線 路線図 Wikipedia 阪急京都本線のページの路線図から

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厳密には京都線の起点は十三駅からですが、運転されている列車は大阪梅田駅からなのでこちらもそれに合わせました。

Dsc03623 2019/10/18 大阪梅田 駅名標 京都線は中津駅にホームが無いため、大阪の次の停車駅は十三となります。路線カラーはグリーンです。

宝塚本線神戸本線箕面有馬電気軌道が開業しましたが、

京都本線は京阪電気鉄道が淀川東岸を走る京阪本線の活性化のため、淀川西岸に新たな路線(高速新線)を建設し、相乗効果を目論んだものでした(1918年に西岸支線として敷設特許申請)。

そのために1922年6月28日新京阪鉄道なる子会社を設立し、大阪側ターミナルも当初は桜ノ宮仮駅を起点とし、梅田まで開業する予定でしたが、当時の城東線(現在の大阪環状線)の輸送力を配慮し、計画が変更され、1921年に十三~豊津間を開業した北大阪電気鉄道が所有していた天神橋(現在の天神橋筋六丁目)~淡路間の免許に目を付け、十三~淡路間を1925年に開業、1928年に西院(開業時は地上駅)までを開業しました。免許もそれまでの軌道法から地方鉄道法に準拠したものに切り替えられました。1930年には京都地下線の建設の目途もたち、新京阪鉄道は1930年9月15日、京阪電気鉄道に吸収合併されました。

新京阪鉄道における車両は当時の最高水準を実現しており、1927年に登場したP-6(Passenger car 6)は全長19m、重量52t、出力800馬力で当時の日本最強の高速電車であり、天神橋~京阪京都(現、大宮)間を34分で結びました。東海道本線の超特急「」を並行区間で追い抜いたという逸話も残されています。

太平洋戦争の激化に伴い、国策により、1943年10月1日、京阪電気鉄道と阪神急行電鉄は合併し、京阪神急行電鉄となりました。戦後の1949年の役員会において、国鉄も加わった協議で京阪神地区の将来を見据え、新京阪線は神戸、宝塚へ延伸との考えから、阪急側に割譲されることとなり、阪急京都本線、阪急千里線、阪急嵐山線となりました。京阪電気鉄道側からすれば、元々京阪本線のスピードアップのために子会社を設立し、建設した路線を阪急に持っていかれた感がありますが、阪急側もその点は、十三~梅田間の線増、烏丸~河原町間、北浜~淀屋橋間、七条~四条間の地下工事、特急車両の設計新造、北浜駅、京橋駅、烏丸駅、河原町駅のリニューアル、くずはモール、HEPファイブの建設、快速特急の運転などで協力しあっており、阪急の車両においても神宝線に投入される車両と京都線に投入される車両では駆動方式や導入される機器のメーカーなどに慣例的な違いがあるのはこういった歴史的経緯を踏まえてことのようです。

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2019/10/18 十三を発車し、大阪梅田に向かう1300系京都線特急

1959年2月18日、宝塚線の記事でも触れましたが、同線の梅田~十三間が複々線化され、新設の東側の2線を京都線が使用することになりました。ただ同区間は宝塚線の車両も走るため架線電圧は600Vでした。十三の架線電圧切り替えのデッドセクションが無くなり、1500V化されたのは1969年8月24日でした。十三~淡路~京阪神京都(大宮)間が京都本線、天神橋~淡路間が千里山線になりました。
1963年4月24日、東海道新幹線の高架線が完成し、並行する京都本線の高架工事のための仮線として上牧~大山崎間を新幹線線路を借用することになり、同区間の駅も仮設ホームを建設して営業となりました。

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京都河原町駅の大阪梅田よりの構造は京阪の淀屋橋や中之島の駅の構造と似ていますが、これも新京阪の名残なんでしょうか?

1963年6月17日、京阪神京都~河原町間の地下線が開通し、念願の京都中心部への乗り入れが実現しました。このとき、京阪神京都は大宮と改称しました。
1969年12月6日、大阪市営地下鉄堺筋線との相互乗り入れ運転が開始されました。

列車種別
快速特急Aと快速特急

土休日に大阪梅田駅 - 京都河原町駅間で運転される京都への観光客向けの列車

快速特急A 6300系 京とれいんを使用する十三を通過する列車

快速特急 十三を通過する7000系改造の京とれいん雅洛で運転される列車

特急 平日、土休日に運転される乗車券だけで乗車可能な特急列車 最高速度は115km/h 所要時間42~45分 
途中停車駅は十三駅・淡路駅・茨木市駅・高槻市駅・長岡天神駅・桂駅・烏丸駅

通勤特急 2001年から設定 平日の朝ラッシュ時と夕方以降に特急に代わり設定
途中停車駅は十三駅・茨木市駅・高槻市駅・長岡天神駅・桂駅・西院駅・大宮駅・烏丸駅 淡路駅は通過

快速急行 2001年に設定 朝夕ラッシュと夜間の時間帯に運行 途中停車駅は十三駅・淡路駅・茨木市駅・高槻市駅・長岡天神駅・桂駅・西院駅・大宮駅・烏丸駅 最高速度は110km/h

快速 2010年3月14日のダイヤ改正から定期列車として設定 平日のみに下りは早朝に3本 上りは夕ラッシュ時に7本運転 途中停車駅は十三駅・南方駅・淡路駅・上新庄駅・南茨木駅・茨木市駅・高槻市駅・長岡天神駅・桂駅・西院駅・大宮駅・烏丸駅

準急 2007年の急行廃止に伴い設定 ほぼ終日運行 大阪梅田駅 - 高槻市駅間で通過運転を行い、途中十三駅・南方駅・淡路駅・上新庄駅・南茨木駅・茨木市駅に停車し、高槻市駅 - 京都河原町駅間は各駅に停車

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2019/10/18 十三に到着する高槻行 京都線普通列車

普通 大阪梅田駅 - 高槻市駅・京都河原町駅間(昼間時間帯は高槻市駅発着で運転。高槻市駅 - 京都河原町駅間は準急が各駅に停車するため、準急が普通の役割を担う。

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2019年12月17日 (火)

阪急電鉄 路線について その7 甲陽線

阪急電車の路線シリーズ、今回は甲陽線です。

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2019/10/18 駅名標

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開業は1924年10月1日で2.2km、全線単線、最高速度70km/hの路線です。

6000-6121-191018-2 2019/10/18 夙川駅で出発を待つ甲陽線 6000系6021Fワンマン対応車

Dsc03854夙川に接近する車内から 右手の線路は神戸本線との連絡線 先で一旦、スイッチバックしてから神戸線に交流します。

本来、当時の阪神急行電鉄としては当初の建設計画には無かった路線でした。甲陽園というのは兵庫県西宮市にある高級住宅地、西宮七園(甲子園、昭和園、甲風園、甲東園、甲陽園、苦楽園、香櫨園)の一つで、1918年、箕面有馬電気軌道~阪神急行電鉄の十三線(現在の神戸本線)の敷設計画の進展で、本庄京三郎が「甲陽土地」という会社を設立し、上下水道・電気の完備した住宅街の開発を行ったことからそれまで山林地域だった場所に住宅が立ち並び、高級邸宅街となりました。

1922年、当時熾烈なライバル争いをしていた阪神電鉄が摂津電気自動車なる子会社を設立、香櫨園駅から苦楽園までトロリーバス免許を取得したために、阪神急行電鉄も負けてはいられないと同年12月、甲陽線の軌道敷設免許を申請、1924年に開業となりました。結局、阪神電鉄のトロリーバスは具体化せず、後に阪神バスが甲陽園まで乗り入れました。といったわけで、阪急の路線としては単線で開業し、今日も単線で営業を続ける路線となっています。後日、触れる予定の嵐山線は現在は単線ですが、開業時は複線で戦時中の資材供出で単線となりました。

Dsc03852 中間の苦楽園口駅 かつてはスプリングポイントだった交換用分岐器

長いこと日中15分ヘッドの運転でしたが、2007年JR西日本が「さくら夙川」駅を開業するにあたり、阪急は2006年10月のダイヤ改正で夙川駅に特急が停車するようになり、甲陽線のダイヤも神戸線の特急に合わせたものとなり、日中10分ヘッドに増発されました。また、中間の交換駅苦楽園口のポイントは長らくスプリングポイント方式で、閉塞方式も1956年まではタブレット閉塞方式でした。

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甲陽園駅に到着した6000系

Dsc03849 甲陽園駅 駅舎


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2019年12月16日 (月)

阪急電鉄 路線について その6 今津南線

阪急電車の路線シリーズ、昨日に引き続き今回は今津南線です。

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駅名リスト

現在の今津南線に相当する西宮北口~今津間が開業したのは昨日の記事にある様に1926年12月16日でした。西宮北口駅の高架後は全線高架線となっていますが、最初に高架化されたのは阪神国道~今津間で1995年12月16日にまず下り線と今津駅が高架になりました。1997年7月26日には同区間の上り線が高架化されました。そして西宮北口、今津南線ホーム(5号線)と同駅から阪神国道までが高架化されたのは2010年12月5日のことでした。

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阪急西宮北口駅配線図
西宮北口駅配線図 Wikipedia 西宮北口駅から同ページの配線図を使用 オリジナルは「鉄道ピクトリアル」誌2010年8月臨時増刊号から

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2019/10/18 西宮北口の今津南線 上方に見える高架線が5号線と今津方面、下の線路が神戸本線に繋がる8号連絡線

南線車両はワンマン化されていますが、ワンマン運転が始まったのは1998年10月1日のことでした。5号線は3両分の有効長しかなく、投入されている編成も6000系のワンマン化3連です。さらに、南線用車両の神戸本線との連絡用に8号線が敷設され、この線は地上線となっています。

6000-6110-191018 2019/10/18 5号線に入線中の6000系3連ワンマン対応車

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2019/10/18 阪神国道 2編成が投入されており、もう一方は6020Fでした。

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6000-6110-191018_20191215153401 2019/10/18 阪神本線との連絡駅 今津に到着した6010F

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2019年12月15日 (日)

阪急電鉄 路線について その5 今津北線

阪急電車の路線シリーズ、今回は今津北線です。

5000-5004-191018 2019/10/18 宝塚から西宮北口に到着した5000系

宝塚線を開業した箕面有馬電気軌道が、路線敷設免許を取得したときは門戸厄神東光寺より西に向かい、阪神本線香櫨園付近を終点とする計画でしたが、西宮北口を経て,西宮市街に至る様、変更され、その後の修正で阪神本線と共に今津駅を新設するようになりました。この結果、西宮北口駅で路線が直交する平面交差が誕生しました。1921年9月2日西宝線として宝塚~西宮北口間が開通、1922年4月1日には全線が複線化されました。西宮北口から今津まで延伸したのは1926年12月18日のことで、全通により、今津線に改称されました。

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戦後の経済成長に伴う列車の増発・長編成化により、ダイヤ作成上、ダイヤモンドクロスの存在が最大のネックとなり、さらに今津線を高架で神戸線をオーバクロスすることも、仮線用地の問題などから難しく、今津線は南北に分断されることとなりました。

790324 1979/3/24 平面交差を横断する今津線の車両

790324-2 1979/3/24 当時の神戸線のホームは今津線を挟んで上下線が分離していました。

沿線には大正から昭和にかけて甲東園や甲風園といった住宅地が開発され、関西学院大学や神戸女学院大学が沿線に移転し、通学路線となりました。

現在の運行形態は
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といったように線内完結列車(日中は10分間隔だが平日朝ラッシュ時は4 - 7分間隔・平日夕方から夜間は6 - 8分間隔、土・休日夜間は12分間隔)の他、今津北線から神戸線に入る連絡線(9号線)を使った臨時急行、準急が運行されています。9号線にホームはないため、臨時急行や準急は西宮北口は客扱い停車しません(運転停車のみ)。

線内完結列車及び、臨時急行、準急等に使用されている編成は
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となっています。

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2019年12月14日 (土)

阪急電鉄 路線について その4 伊丹線

阪急電車の路線シリーズ、今回は伊丹線です。
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昨日の神戸本線の記事で触れましたが、神戸本線は当初、伊丹市内を通る予定でしたが、小林一三氏の意向で阪神間を短距離で結べる塚口、西宮北口経由となったため、伊丹へは塚口から分岐線で結ぶこととなり、神戸本線と同じ1920年7月16日に塚口~伊丹間(3.1km)が開業しました。

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2019/10/18 塚口到着直前の伊丹線車内から 構内は単線に

開業時は単線で、票券閉塞方式でしたが、1943年2月1日、戦時中の輸送力増強のため複線化されました。ただ、塚口駅構内は単線となっています。

Dsc03819 2019/10/18 伊丹駅到着直前の車内から 伊丹駅は駅ビルの3階に発着となります。

1995年1月17日の阪神淡路大震災では伊丹駅が倒壊し、全線不通になりました。私もニュースでの映像を憶えています。同年3月に400m南に仮駅を設置し、営業を再開しました。完全復旧となったのは1999年3月6日のことでした。

運行形態は塚口~伊丹折り返しのみで神戸本線との直通運転はありません。昼間は10分間隔、平日朝ラッシュ時は5~7分間隔、平日夕ラッシュ時は7~8分間隔、土休日夜間は12分間隔での運行となっています。

3000-3003-191018_201912132024012019/10/18 3000系の最後まで残った2編成が伊丹線で活躍中で、塚口側の先頭車が3054

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2019/10/18 新伊丹ですれ違った6008F

車両は
3000系 3054F
6000系 6004F,6008F, 6012F
7000系 7034F+7035F(2連併結) の5本が伊丹線専用編成として投入されています。これらの車両の検査時には5100系5118Fが代走することもあります。

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2019年12月13日 (金)

阪急電鉄 路線について その3 神戸本線

阪急電車の路線シリーズ、今回は神戸本線です。ラインカラーはブルーです。

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2019/10/18 大阪梅田 特急、もしくは通勤特急で到着し、回送で折り返す8000系

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2019/10/18 大阪梅田 5000系 普通電車

Photo_20191212191601 神戸本線の路線図 (Wikipedia 阪急神戸本線の地図から)

宝塚本線の開業から10年後の1920年7月16日に十三駅から神戸駅(後の上筒井駅、神戸市中央区坂口通2丁目)までが開業しました。大阪~神戸間には阪神電気鉄道、国鉄東海道本線(省電)が既に開通しており、沿線開発を考慮し、人家などが殆どなかった最も山よりのルート、しかも直線的なルートが選択されました。当初の予定では伊丹や門戸厄神東光寺を経由する北よりのルートで敷設が検討されましたが、灘循環電気軌道の買収などもあり、塚口、西宮北口を経由する現行ルートに落ち着きました。宝塚線同様、軌道法に基づいての敷設でしたが、高規格のため同法の最高速度よりも高い速度での運行が認可され、最終的には110km/hでの軌道法準拠でのスピードアップを行っています。

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2019/10/18 十三に停車中の1000系特急

十三~梅田間は当初、併用軌道の宝塚線に乗り入れていましたが、後に同区間が高架・専用軌道化された際に宝塚線と分離されました。1936年4月1日には高架線で三宮(開設当時、神戸、現在の神戸三宮)に乗り入れ、全線開通となりました。

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神戸本線の駅名リスト こちらは十三、夙川(しゅくがわ)が難読かと思います。

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2019/10/18 夙川を発車する7000系 普通電車

1968年に神戸高速鉄道が開通した後は山陽鉄道須磨浦公園駅まで直通運転を行っていました。また山陽鉄道の列車は阪急六甲駅まで乗り入れていました。

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1981/3 御影駅から六甲駅の電留線(折り返し線)に停車中の山陽電鉄の車両が見えます。

しかし。1998年2月に山陽電鉄が阪神電鉄梅田駅に直通特急を運行するようになり、阪急と山陽電鉄間での相互乗り入れは中止となりました。

3000-3066-801212-2 1981/3 阪神淡路大震災で倒壊してしまいましたが、神戸三宮駅のアーチ

現在、神戸三宮から先、新開地まで神戸高速鉄道東西線の第二種鉄道事業者として自社線扱いで直通運転が行われています。

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神戸線の現在の列車種別

大阪~神戸間は阪神、国鉄、阪急の熾烈な競争の世界で、特に国鉄が民営化されJRになってからは地域輸送に力が入り、阪急、阪神ともに乗客減となりましたが、2006年村上ファンドによる阪神株の買い集めから阪急・阪神の経営統合により「阪急阪神ホールディングズ」「阪急阪神東宝グループ」が誕生し、競争から協調への時代となりました。

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2019年12月12日 (木)

阪急電鉄 路線について その2 箕面線

阪急電車の路線シリーズ、今回は宝塚線と同時(1910年3月10日)に開業した箕面線です。

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2019/10/18 駅名標

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頭端式の石橋阪大前駅 5番線ホーム 4両編成の折り返し車両用のホームで箕面地区の観光散策地図が掲出されています。

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一方、こちらは4番線(奥)と3番線(手前)ホーム 大阪梅田方面直通列車用の8両編成分の長さがあります。 箕面方面
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大阪梅田方面、複線の線路がカーブの先で宝塚本線に合流します。

Photo_20191211192801石橋阪大前~牧落間は江戸時代の西国街道に並行し、桜井は宿場町・瀬川の最寄り駅です。

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2019/10/18 箕面駅 駅名標 箕面駅は箕面公園の入り口で正面の山には温泉ホテルがならび、阪急の駅では最も標高と高い駅です。

池田市の石橋阪大前駅(2019年10月1日から現駅名に、それまでは石橋駅)から箕面市の箕面駅までの4.0kmの路線で全線複線、駅数は起終点駅を含めて4駅です。

開業当時は梅田から石橋を経由し、箕面、箕面から石橋、宝塚を結ぶ運行形態をとっていたため、石橋駅はデルタ線、箕面駅はループ線の線路形態だったそうです。

また、阪急電鉄は宝塚線の混雑緩和のため、中間の桜井駅から分岐し、西国街道(現在の国道171号線、大阪外環状線、イナイチ)沿いに東進し、千里線千里山駅に至る路線の事業免許を1961年12月に取得し、新線建設計画(千里山延長線)を立てていましたが、大阪府からの要請で千里線が北千里方向に延長されたことと、宝塚線の輸送力増強などにより、この計画は消え、免許も1972年12月に破棄されました。

運行形態は平日の朝ラッシュ時に大阪梅田駅直通の普通列車がありますが、それ以外は10分間隔の線内折り返し運転となっています。

5100-5134-191018-2_20191211193501
この日が運用に入らず、箕面駅で休んでいた5134F

6000-6114-191018_20191211193901 2019/10/18 箕面駅に到着する6014F

車両は箕面線専用の4両編成が用意されており、
5100系 5132F 5134F
6000系 6014F 6024F
7000系 7031F
8000系 8040F+8041F(2連の併結)

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2019年12月11日 (水)

阪急電鉄 路線について その1 宝塚本線

今回からは阪急の路線についてです。

Dsc03592 2019/10/18 大阪梅田 ぶれた写真ですが、9本の線路が並ぶ大阪梅田駅、京都線ホームが1~3番線で番線表示の色はグリーン、宝塚線が4~6番線でオレンジ、神戸線が7~9番線でブルーであることがわかります。

Dsc03765 2019/10/18 宝塚 駅名標 

Photo_20191210183901
宝塚線路線図 (Wikipedia 阪急宝塚本線の地図から)


まずは阪急のルーツである宝塚本線、大阪梅田と兵庫県宝塚市を結ぶ24.5kmの路線です。

尼崎を起点に福知山・舞鶴方面への鉄道路線を営業していた阪鶴鉄道が国有化される際に事前から温めていた大阪乗り入れ計画を引き継いだ箕面有馬電気軌道1910年3月10日に梅田~宝塚間を一気に開業したのが同線の始まりです。路線は大阪梅田から川西能勢口までは北西に向かって進み、ここから尼崎から北上してきたJR福知山線とほぼ並行して宝塚に至ります。大阪梅田から豊中付近までは淀川・神崎川の沖積平野で、車窓には住宅、工場があふれ、豊中付近から右手に千里丘陵が近づき、川西能勢口からは北摂山地の南縁に取り付き、宝塚に至ります。開業当初は全線にわたり、細かなカーブの多い路線でした。

当初は宝塚からさらに西の有馬温泉を目指して路線を延長する計画がありましたが、電車が通じることで日帰りが可能となり、宿泊客が減少することを恐れた有馬温泉旅館業者の猛反対や、宝塚~有馬間は六甲山系の起伏のある地形で建設コストがかかることなどから1913年の時点で断念されました。
建設当初は沿線に大きな町が無く、畑の中をすすむような路線であったため「ミミズ電車」と皮肉られ、採算性にも疑問の声が上がりましたが、同社の専務、小林一三は沿線開発に力を入れ、住宅地や、娯楽施設を作り上げることで乗客獲得に成功し、日本の私鉄経営モデルの規範となりました。

Photo_20191212191701
駅名も結構難読な駅がおおく、十三も初めて見たときは「じゅうそう」とは読めませんし、蛍池は「ほたるがいけ」、売布神社は「めふじんじゃ」、清荒神「きよしこうじん」も読めません。

現在、駅数は起終点駅を含め19あり、大阪梅田から十三までは複々線(といっても東側複線は京都本線が使用、用地はかつて路面電車だった北野線の軌道跡)、十三~宝塚間が複線となっています。

太平洋戦争後、沿線の急激な人口増加と貧弱な設備のため、ラッシュ時の混雑が深刻な問題となりました。十三~川西能勢口間の主要区間における高架化、急カーブの緩和が進められ、2000年に三国駅に残っていた30km/h制限のカーブが廃止され、路線の営業最高速度が100km/hに達しました。ライバル福知山線もJRになってからサービスが飛躍的に改善され宝塚線にとって大きな脅威となり、阪急は線形では劣るため直通客よりも、中間駅の利便を重視するダイヤとなっています。

現行の列車種別は

Photo_20191210191001

といった形になっています。

6000-6000-191018_20191210191701

2019/10/18 大阪梅田 幕の地の色が黄色が急行 6000系

1000ii-1009-191018 2019/10/18 大阪梅田 地の色、黒が普通 ちなみに特急 日生エクスプレスは地の色が赤、準急は緑です。

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