2026年4月10日 (金)

わが国ではJALが導入、国内線、国際線用に20機導入した三発ワイドボディ機 DC-10 その9 JA8537

 cn46967/ln265として製造、1978年10月26日にロールアウト、国内線仕様のDC-10-40DとしてJALに1979年1月18日に引き渡されたのがJA8537でした。1988年11月28日には国際線仕様に改修されJAAにリースされています。1997年4月2日にJALに戻り、2004年9月に退役、9月28日からはN967VVのレジでVivaldi Overseasのフリートメンバーとして活躍しました。既に解体済みです。

Ja8537-jal-dc1040d-cn46967-ln265-880824-1988/8/24 HND

Ja8537-jaa-dc1040i-cn46967-ln265-964223-1996/12/23 NRT

Ja8537-jal-dc1040i-cn46967-ln265-980214-1998/2/14 NRT

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2026年4月 3日 (金)

わが国ではJALが導入、国内線、国際線用に20機導入した三発ワイドボディ機 DC-10 その8 JA8536

cn46966/ln262として製造、1978年9月21日にロールアウト、11月20日にJALに引き渡されたDC-10-40DがJA8536でした。国内線仕様機のため、JAAへのリースなどといった経験値は積まず、ひたすら国内幹線、亜幹線で活躍しました。

退役も比較的早く、1999年2月26日にはTen Forty Corporation(USA)に売却されレジはN142WEとなり、同年8月30日からは貨物機(DC-10-40F)に改修されChallenge Air Cargo(USA)に、2001年7月20日からは社名がCenturion Air Cargoになり、マイアミベースで活躍しました。2003年10月16日からはAeroflot-Russian AirlinesにVP-BDHのレジで登録、2006年12月からはAeroflot Cargoになりましたが、2009年1月30日にAirLease InternationalにN142WEのレジで戻るまで活躍しました。2010年10月、Miami Opa Lockaで解体されました。

Ja8536-jal-dc1040d-cn46966-ln-262-9412251994/12/25 HND

N524md-su-cargo-dc1030cf-cn46999-ln-289-1997/12/28 NRT N524MD

この頃、NRTにAeroflot のDC-10貨物機が飛来するのを数回目撃し、撮影をしていましたが、写真の機体はcn46999/ln289で製造されたDC-10-30型で1979年8月、シンガポール航空に引き渡され9V-SDEのレジで活躍、その後、1980年3月からブラジルのVarigでPP-VMZで活躍、1992年4月からWorld AirwaysでN114WA、さらにGaruda Indonesia, S2-ADAでBiman Bangladeshでも活躍し、1995年9月7日からN524MDでAeroflot Cargoのフリートに属していた機体ですが、同社の5機のDC-10フリートを見てみるとDC-10-30CFはN524MDのみで、あとの4機はいずれも元JALのDC-10-40でVP-BDEがJA8540、VP-BDFがJA8546、VP-BDGがJA8533、VP-BDHがJA8536であることが分かりました。元JALのDC-10-40はある意味、特殊な機体(CV880の経験から敢えてGEエンジンを選択しなかった)であったため、JA8534の記事で登場したVivaldi Overseasや今回のAeroflot Cargoのように特定の航空会社に売却、集められる傾向があったようです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2026年3月27日 (金)

わが国ではJALが導入、国内線、国際線用に20機導入した三発ワイドボディ機 DC-10 その7 JA8535

cn46662/ln230で製造、1976年6月21日、ロールアウト、N19Bのテストレジで初飛行、同年8月13日にJALに引き渡されたのがJA8535でした。国際線仕様のDC-10-40iIで、1977年4月1日からJA8534とともにDC-8-62を置き換える形で週4便の東京~アンカレジ~ニューヨーク線に投入され、パンナムの747SPに対抗して行きました。さらに4月2日からは東京~香港~バンコク~シンガポール線にも就航しました。1979年5月25日に起こったアメリカン航空のシカゴ・オヘア空港での事故をきっかけとする運航停止措置の後、1980年12月25日からはJA8534とともにJAAに移籍、「スカイ・バス」としてDC-8-50に代わり成田~台北、大阪~台北線に就航しました。

1979年11月18日、11時30分、JL006便(旅客173名、幼児2名を含む、乗組員15名)として成田からアンカレジに向けて飛行中、北緯41度30分、東経150度00分のナムフィッシュ(位置通報点)付近の高度33000ftで乱気流に遭遇、旅客13名、客室乗務員3名が負傷する事故に遭遇しています(航空事項調査委員会の報告書)。

JALに戻った後、1994年9月、1995年2月、1995年2月、1995年5月、1995年8月と1,2週間のショートスパンでJAAにリースされた時期がありました。2005年4月、JALを退役、4月8日からアメリカのVivaldi Overseasのフリートメンバーに加わり、2011年Marana Pinal Airpark(MZJ)にて解体されました。

Ja8535-jal-dc1040i-cn46662-ln230-950506-1995/5/6 NRT

Ja8535-jal-dc1040i-cn46662-ln230-950807-1995/8/7 NRT

DC10 Production Listの情報にあるように、JA8535は1994年9月1日から13日、1995年2月16日から25日、5月10日から17日、1995年8月1日から15日と1,2週間のショートスパンでJAAにリースされており、リース期間中は正規のJAA塗装にはならず、上の写真のようなスタイルになっていたようです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2026年3月20日 (金)

わが国ではJALが導入、国内線、国際線用に20機導入した三発ワイドボディ機 DC-10 その6 JA8534

cn46913/ln206として製造、1975年6月16日にロールアウト、N54652のテストレジで初飛行、同年11月23日にJALに引き渡されたのがJA8534でした。最初からセンターギアを装備した初の国際線仕様機でした。1977年4月1日からラインに投入されました。
当初はDC-8-61に代わり、東南アジア線に投入される予定でしたが、当時、パンナムが747SPで就航していた東京~ニューヨーク線にアンカレジ経由で投入されました。デイリー運航のうちの週4便をDC-8-62からDC-10に置き換えました。さらに4月2日からは週3便、東京~香港~バンコク~シンガポール線にも投入されました。その後、ニューヨーク線は週5便に増強、週1便のマニラ線にも投入されましたが、1979年5月25日、アメリカン航空のDC-10-10のシカゴ・オヘア空港でのパイロン脱落事故で6月7日以降、JALのDC-10も運航停止の事態に陥りました。アメリカン航空の事故原因は整備上の問題でDC-10そのものの欠陥ではないことが判明、7月12日に運航が再開されました。
1980年12月25日にはJA8535とともにJAAにリースされ、台湾路線に進出、「スカイ・バス」の愛称でDC-8-50に代わり、成田~台北、大阪~台北線に進出しました。1982年12月に747が就航することでJALに戻りました。1985年6月にニューヨーク線専用の747(Exective Express)が就航すると北米路線からは撤退、1986年に767‐300が国内線に就航すると同年11月27日からJA8534、JA8532がJAAに移管、台湾路線の増強に貢献しました。1991年4月1日から1992年4月3日までと1993年7月19日から1994年5月27日までの期間、JALに戻ったことがありましたがJAAで活躍期間が長く、1997年7月18日から、2004年11月の退役まではJAL機として活躍しました。

Ja8534-jal-dc1040i-cn46913-ln206-920115-1992/1/15 NRT

Ja8534-mcdonnell-douglas-dc1040i-46913-22003/6/7 NRT

2004年11月17日、Vivaldi Overseasのフリートメンバーとなり、レジはN913VVとなりました。この会社現在は消滅していますが、JA8534の他、JA8535(N662VV), JA8537(N967VV), JA8538(N974VV), JA8539(N822VV), JA8540(N823VV),JA8541(N824VV), JA8542(N825VV), JA8543(N826VV), JA8545(N853VV), JA8547(N856VV), JA8548(N857VV), JA8549(N858VV) と13機元JAL, JAAのDC-10-40のみでフリートが構成された会社でした。
N913VVは既に解体されています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2026年3月13日 (金)

わが国ではJALが導入、国内線、国際線用に20機導入した三発ワイドボディ機 DC-10 その5 JA8533

cn46661/ln224として製造、1976年3月9日にロールアウト、N19Bのテストレジで初飛行、N54652として4月にアメリカ国籍で初登録、5月25日にJALに引き渡されたのがJA8533でした。国内線仕様のDC-10-40でした。コンフィグレーションはC18,Y300で国内線仕様の標準パターンでした。

Ja8533-jal-dc1040d-cn46661-ln-224-9512301995/12/30 HND

Ja8533-jal-dc1040d-cn46661-ln-224-9610271996/10/27 HND

Ja8533-jal-dc1040d-cn46661-ln-224-9801021998/1/2 HND

1998年4月21日にはJAL機を退役し、Ten Forty Corporationに売却(N610TF)、同年11月30日からChallenge Air Cargoのフリートメンバーに加わり、貨物型に改修(N141WE)、2001年7月20日からはCentrion Air Cargoに(レジは同じ)、2003年9月16日からはロシアのAeroflot Cargoに(VP-BDG)、2008年4月1日からは再びアメリカのArrow Airに(レジは再びN141WE)、2023年11月6日からはOmega Aerial Refuelling Serviceのフリートメンバーとなっています(レジはN141WE)。機齢50年、部品取り状態のようですが、未だ解体はされていません。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2026年3月 6日 (金)

わが国ではJALが導入、国内線、国際線用に20機導入した三発ワイドボディ機 DC-10 その4 JA8532

cn46660/ln220として製造、1975年12月31日にロールアウト、N8705Qのテストレジにて初飛行後、1976年4月16日にJALに引き渡されたのがJA8532でした。
JA8532は1980年12月、日本アジア航空(JAA)が成田・伊丹発着の台北線輸送力強化のためDC-8に代わってJALからリースの形で導入したJA8534, JA8535の2機のうち、JA8535と入れ替わる形で1986年10月16日にJAAに転籍しています。この際に製造時からのDomestic仕様からInter仕様にコンバートされ、胴体脚が追加されました。

1997年4月11日にはJALにリースバックされました。1989年、JAL、JAAは完全民営化にむけ塗装を「新鶴丸塗装」に改めましたが、JALのDC-10ではJA8535, JAAのDC-10ではJA8532が最初のデザイン変更機になりました。

JAAにリースされる前の1986年7月3日、JL306便として福岡空港から大阪国際空港に向けて飛行中の10:34頃、御坊VOR/DMEの西約50マイル、高度21000フィートで乱気流に遭遇、乗客133名、乗組員11名の計144が搭乗していましたが、乗客1名、客室乗務員6名が負傷する事故に遭遇しました(情報)。

Ja8532-jal-dc1040i-cn46660-ln220-940311-

1994/3/11 NRT

Ja8532-jal-dc1040i-cn46660-ln220-980211-1998/2/11 NRT

Ja8532-jal-dc1040i-cn46660-ln220-990725-1998/7/25 NRT

2005年3月、JALを退役、Wells Fargo Bank NorthwestにN660VVのレジで移籍しました。既に解体されています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2026年2月27日 (金)

わが国ではJALが導入、国内線、国際線用に20機導入した三発ワイドボディ機 DC-10 その3 JA8531

cn46923/ln216として製造、1975年10月14日にロールアウト、当初はN8703Qのレジで初飛行、1976年4月12日にJALに引き渡されたのがJA8531でした。センターギアを装備しない国内線仕様のDC-10-40Dタイプですが、1987年12月21日から1990年7月20日までと1990年9月30日から1997年4月16日までの2回にわたり、JAPAN ASIA AIRWAYSにリースされています。

Ja8531-jal-dc1040d-cn46923-ln-216-9611161996/11/16 NRT

Ja8531-jal-dc1040d-cn46923-ln-216-990417 Ja8531-jal-dc1040d-cn46923-ln-2_202602260827011999/4/17 NRT

2004年7月にJALを退役、N469VのレジでGlobal Air Tanker Servicesのフリートメンバーとなりましたが僅か1週間で保管状態となり、7月29日に抹消、Marana Pinal Airparkにて解体されています。37.4年の生涯でした。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2026年2月20日 (金)

わが国ではJALが導入、国内線、国際線用に20機導入した三発ワイドボディ機 DC-10 その2 JA8530

JALが747に続くワイドボディ機の導入を検討し始めたのは1972年10月で、1970年の大阪万博を契機に国内旅行がブームとなり、国内線の旅客需要が増大、当時の国内線主力機Boeing727-100とDC-8-61に代わる大型機の就航が待ち望まれていました。747を追加発注すれば整備コストや乗員の訓練コストを抑制することが出来ましたが、国内線、そしてDC-8が主力だった東南アジア路線、南回りヨーロッパ線に適したサイズを考慮し、DC-8に代わる機長養成機種としての役割を考えると、国内線仕様機は300席程度、国際線仕様機は250席程度のキャパシティとなり、これら合わせて19機を1976年度から1978年度に導入することが決まりました。候補としてはDC-10、A300、L-1011トライスター、747SPが候補に挙がりましたが、A300は短距離用で250席クラスとキャパシティ的に小さいこと、L-1011は東京~シンガポール線といった比較的距離の長い国際線投入には航続距離が不足すること、747SPはまだ実機が完成しておらず当時の基準では機長養成機材としては機体が大きすぎることで候補から外れ、1973年12月、DC-10が採用されることになりました。
1973年6月12日、まず6機のDC-10-40が正式に発注され、4機が国内線仕様、2機が国際線仕様機でした。エンジンはP&W JT9D-59Aでノースウエスト航空が採用したJT9D-20に比べ低燃費で推力が高く、水噴射を使わずにDC-10-30型と同程度の航続距離を持つ最新型のエンジンでした。尤も-59A型はJALのDC-10にしか採用されませんでした。機長養成機種ということで主力機747への移行を配慮してコックピットの機器配置はダグラス社のオリジナルであるアトラス・スペックではなく747の機器配置に近い特別仕様としました。国内線仕様機は将来的に国際線仕様にコンバート可能となっており、センターギアを取りければ長距離国際線に転用できるようになっていました。

1番機,JA8530はcn46920/ln212として製造され、N8702Qのテストレジで初飛行、各種試験が行われ、1976年4月9日にアリゾナ州ユマでJALに引き渡されました。国内線仕様機でコンフィグレーションはC188Y300でした。5月30日に羽田に到着、7月1日から羽田~札幌、羽田~福岡線でライン投入されました。映画「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」(寅さんシリーズ第25作)に同機の那覇空港着陸シーンが登場します。

Ja8530-jla-dc1040-cn46920-ln212-920818-h1992/8/18 HND 旧国内線ターミナル

Ja8530-jla-dc1040-cn46920-ln212-9201203-1992/12/3 HND 

Ja8530-jla-dc1040-cn46920-ln212-960102181996/1/2 HND

JAL退役後は1997年12月5日からTen Forty Corporationに売却、レジはN157DMとなりました。その後、1998年9月10日には貨物機にコンバート、Challenge Air Cargoに、同年11月にはレジがN140WEとなり、2001年7月20日にはCentrion Air Cargo、2004年7月31日にはSouth Winds Cargoに、最後は2006年9月5日からArrow Airで活躍しましたが、2009年マイアミのOpa Lockaにて解体されました。33年強の生涯でした。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2026年2月13日 (金)

わが国ではJALが導入、国内線、国際線用に20機導入した三発ワイドボディ機 DC-10 その1 開発、派生型、トラブル

マクドネル・ダグラスDC-10はマクダネル社と合併する前のだダグラス・エアクラフト社(Douglas Aircraft Company )が1966年にアメリカン航空の要望で開発を始め、3機のジェットエンジンを主翼下と垂直尾翼基部に配置した300席クラスのジェット旅客機でした。1967年にダグラス社はベトナム戦争による資材不足とキャッシュフローの問題解決のため、マクダネル社と合併、マクダネル・ダグラス社となり、さらに1997年にはボーイング社に吸収合併されたため、社名は消滅しました。

DC-10の開発が決定した1960年代後半のアメリカの航空業界は大陸横断の超長距離路線は超音速旅客機(SST)、国内線等の中距離路線を担当する機体として250席から300席クラスの双発機が求められていました。エンジンはGEがC-5A向けに開発したTF39型を民間機に転用する方針でしたが、まだまだ開発途上にあり、アメリカ国内に高地も多く存在することから、双発ではなく3発機が開発の中心に置かれました。1967年9月にロッキード社がライバル機となるL1011トライスターの開発決定を宣言、マクダネル・ダグラス社もかなりの無理をしてDC-10の開発計画を同年11月に発表しました。アメリカン航空からオプションを含め50機、ユナイテド航空からオプションを含め60機の受注を受けたことで正式にローンチが決まりました。

N164aa-american-dc10-cn46950-ln242-000622000/6/26 ORD American Airlines DC-10-30 cn46950/ln242

主要諸元

乗員 : パイロット2名、航空機関士1名
旅客数 : 250 - 380 名
全長 : 55.5 m
全幅 : 50.4 m
全高 : 17.70 m
翼面積 : 367.7 m2
重量 : 121,198 kg
最大離陸重量 : 263,085 kg
エンジン : GE製 CF6-50A ターボファンエンジン 3基(1基の推力:218 kN)
     P&W製JT9D-59A型 ターボファンエンジン3基
巡航速度 : 982 km/h
航続距離 : 12,055 km
巡航高度 : 12,000 m (39,400 ft)

DC-10は新技術の導入を避け、既存の工法と制御システムのみで構築されているのが特徴でした。そのためローンチではトライスターに後れをとったものの。カリフォルニア・ロングビーチ工場での製造は順調に進み、1970年7月29日に初号機(タイプはDC10-10)が初飛行、1971年8月に営業運航が開始され、1988年までに446機が製造されました。

基本型のDC-10-10の他、長距離型DC-10-30、航続距離延伸型DC-10-30ER、貨物型DC-10-30F、GEではなくP&WエンジンJT9Dを装備したDC-10-40型、-40の短距離仕様型DC-10-40D、メキシコなどの高地向けにCF6-6より推力の大きいCF6-50を装備したDC-10-15型(スポート)、MD-11のコックピットシステムをDC-10に移植したMD-10、軍用空中給油機KC-10 エクステンダーなどが派生タイプをして製造されました。

N161us-northwest-orient-airlines-dc1040-2001/1/12 SFO Northwest Orient Airlines DC-10-40 cn46770/ln175

運航開始初期に発生した事故

なんといっても衝撃的で記憶に残る事故は1974年3月3日、パリオルリー空港を離陸したトルコ航空981便がブローニュの森に墜落し、乗客乗員346名が犠牲になった事故です。この日は私事で恐縮ですが、ちょうど大学受験1次試験の日であったこともあり、いまでも鮮明に記憶しています。事故原因は貨物室ドアが完全にロックされていない状態で離陸したことで与圧によりドアが空中で吹き飛び、急減圧で床が陥没、油圧配管が切断され、操縦不能に陥り、高速で地上に激突しました。同様の事故は1972年6月12日にデトロイト空港を離陸したアメリカン航空96便のDC-10で起きており、このときは機長のテクニックで緊急着陸に成功し、死者は出しませんでしたが、貨物室ドアのロック機構の問題が指摘されているにもかかわらず、ダグラス社は小手先の対応で対処したため、パリの大事故に繋がったと言われています。
もう一つはアメリカン航空が主翼からエンジンを取り外す際に本来はエンジンを外した後にパイロンを外すオーバ-ホール手順を簡略化し、パイロンにエンジンが付いた状態で機体からエンジンを取り外す手順としていたため、パイロンに亀裂が入り、1979年5月25日、シカゴ・オヘア空港発LA行191便の左翼のエンジンが脱落、油圧が抜け、翼前縁の高揚力装置が格納され、左翼が失速、高度600ftから墜落、死者273名の大事故となりました。この事故は当初、機体の欠陥が疑われ、耐空証明の取り消しにまで発展する事態となりました。
これらの他、エンジンブレードの亀裂を整備段階で見逃していたために1989年7月19日、ユナイテド航空232便が不時着事故を起こし、乗客乗員112名が亡くなる事故が起きていますが、運用期間が延び、総飛行時間が増大しても事故発生率は大きく改善され、「危険な機体」というイメージは払拭されてゆきました。

N47816-emery-worldwide-airlines-dc1030-c2001/1/18 SAN Emery Worldwide Airlines DC-10-30 cn47816/ln316 

9mmaz-world-airways-dc1030-cn46933-ln-151999/3/27 FRA World Airways DC-10-30 cn46933/ln159

日本の航空会社が導入したDC-10

JALはDC-8の後継機として中型ワイドボディ機の導入を1973年から検討し、DC-10と747SPが最終候補となりましたが、初飛行が済んでおり、機長育成の観点から判断し、同年12月、DC-10-40型の導入を決定しました。敢えてP&Wエンジン搭載の-40型にしたのはコンベア880を運用してGEのエンジンに悩まされた経験があったからと言われています。1974年に国内線用4機、国際線用2機の購入を契約、最終的に20機導入しました。

JASはTDA時代のホノルル線進出を見越し、2機のDC-10-30ERを導入しました。うち1機は子会社のハーレクィンエアが国際線チャーターにも使用しました。

電器部品メーカ-ミネベアの子会社ミネベア航空は主力資材、従業員輸送用機材としてサベナ・ベルギー航空の貨客混載型DC-10-30CFをNRTを拠点に運航していました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2023年11月22日 (水)

イタリアのフラッグ・キャリア いつのまにかアリタリア航空からITAエアウェイズになっていた その1 アリタリア航空編

イタリアの航空会社といえば長らくアリタリア航空(Alitalia-Societa Aerea Italiana S.p.A.)でした。

日本線には古くはダグラスDC-8, DC-10, MD-11, B747 そしてA330-200, B767-300ER, B777-200などが就航していました。



同社は1947年9月16日イタリア産業復興公社Istituto per la Ricostruzione Industriale; 1933年イタリア政府の出資で設立、世界恐慌で破産しそうになった銀行、自動車製造会社を傘下に収め救済、第二次世界大戦後は鉄鋼・自動車・航空・放送などに長期出資し、国内の経済成長を支え、産業の民営化をはかり、2000年に解散)と 英国欧州航空(British European Airways)の共同出資で設立、長距離路線はダグラスDC-6B、ヨーロッパ域内路線はヴィッカースバイカウントで運航を開始し、1957年にはイタリアのLAI航空と合併、1960年代以降はシュッド・カラベル、ダグラスDC-8などを導入し、日本へも就航しました。
2001年には航空連合「スカイチーム」のメンバーとなりましたが、同時多発テロ以降は経営が著しく悪化、政府が株式の49%を保有し、事実上国有化されました。その後も経営状態は芳しくなく、エールフランス‐KLM連合による買収、ルフトハンザドイツ航空との提携案が出されるものの労働組合の反対などで実現に至らず、2008年から2009年にかけ、分割民営化による経営再建の道が採られました(会社名はイタリア航空からアリタリア-イタリア航空会社)。

しかし経営悪化はさらに進み、2014年2月にはアブダビのエティハド航空傘下になりました。それでも経営悪化は収まらず、そうこうしているうちに2019年末から新型コロナウイルス感染症の世界的大流行で航空需要は大幅に落ち込み、2020年4月23日、完全国有化が発表となりました。



 

 

2020年10月、アリタリア-イタリア航空の後継として国営フラッグキャリアとして設立したのがITA(Italia Transporto Aero S.p.A.)でした。正式には2020年11月11日に設立、2021年10月15日、ローマ・フィウミチーノ空港をハブに68機の保有機材で運航を開始しました。IATAコードはアリタリア時代と同じAZで2022年5月13日エアバスA350XWB-900を初受領、11月5日、羽田~ローマ便を週3便で開設しました。

Idemg-az-b747243b-cn22510-ln553-981114-n1998/11/14 NRT I-DEMG B747-243B cn22510/ln553
1981年7月1日に初飛行、8月5日にアリタリア航空に引き渡された機体でエンジンはCF6-50E2を装備、コンフィグはC36Y368、2000年4月に退役、2003年に解体されています。
アリタリアのB747スペシャルカラーとして有名なBaci c/s(I-DEMF), BVLGARI c/s(I-DEMS)に関しては明日の記事で紹介します。同社は22機のB747シリーズを運航しており、2機が-100型、19機が-200B型、1機が-400型(-400F)でした。

Idupo-md11-cn48630-ln567-020922-kix
2002/9/22 KIX I-DUPD MD-11 cn48630/ln567
この機体は1994年6月から2004年6月までアリタリアに在籍、その後、2005年1月までN630LTとしてウェルズ・ファーゴ・バンク・ノースウェスト社(リース会社)に在籍、2005年1月から12月までD-ALCSとしてルフトハンザ・カーゴに、そして2015年12月以降はN630SNとしてウエスタン・グローバル・エアラインズ
Eidip-airbus-a330202-339-190519-nrt6 2019/5/19 NRT EI-DIP A330-202 cn339
同機は2000年5月から2002年4月まではC-GGWDとしてカナダ3000に、2002年4月から2004年10月まではI-VLEFとしてヴォラーレ航空2005年5月から2008年3月まではA6-EYWとしてエティハド航空に、2008年3月から2009年1月まではEI-DIPエア・ワンに、その後2009年1月から2022年3月まではアリタリア航空に所属し、現在はITAエアウエイズ機として運用されています。

Ideic-boeing-76733aer-27377-561-020519-n 2002/5/19 NRT I-DEIC B767-33AER C25Y189 cn27377/ln561
アリタリアは14機のB767-300ERを運航しており、その多くは2002年8月に引き渡され、2012年10月までに全機退役しています。

Idiso-boeing-777243er-32857-424-030607-n 2003/6/7 NRT I-DISO B777-243ER cn32857/ln424
アリタリアは12機のB777シリーズを運用しており、-200ERが11機、-300ERが1機でした。-200ERは2003年10月から引き渡され、現時点で5機がストア状態、6機が他社に売却されています。

Ibusl-az-a300b4203-cn173-890606-frt

1989/6/6 FRA I-BUSL A300B4-203 cn173
アリタリアはA300B2を2機、B4を12機運用しており、この機体は1982年2月から1998年3月まで在籍していました。
恐らくローマ、ミラノ~フランクフルト、ロンドン、パリなどのヨーロッパ域内メジャー路線に投入されていたのではないかと思います。

Ibixe-az-a321112-cn488-980921-lhr 1998/9/21 LHR I-BDXE A321-112 cn488
アリタリアではA321-100を23機運用しており、A300が活躍していた路線を引き継いでいたのではと思います。

Iribc-az-dc932-cn47233-ln429-890617-cgn 1989/6/17 CGN DC-9-32 cn47233/ln429
アリタリアはDC-6Bからの伝統でボーイング機よりもダグラス機をチョイスしていて、B737が2機に対してDC-9を46機運用していました。

Idatb-az-md82-cn53221-ln2079-990321-frt

1998/3/21 FRA MD-82 cn5322/ln2079

さらにMD-80は90機運用していました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

その他のカテゴリー

クルーズトレイン スポーツ ディーゼル機関車 ディーゼル機関車DD13/DD15 ディーゼル機関車DD16 ディーゼル機関車DD200 ディーゼル機関車DD50 ディーゼル機関車DD51 ディーゼル機関車DD54 ディーゼル機関車DE10/DE11/DE15 ディーゼル機関車DF200 ディーゼル機関車DF50 ニュース ハイブリッド機関車 ハイブリッド気動車HB-E210系 ハイブリッド気動車HB-E220系 ハイブリッド気動車HB-E300系 ハイブリッド気動車HC85系 ハイブリッド気動車キハE200形 バス モノレール 三セク鉄道 事件・事故 事業用車 催事 地下鉄車両 城巡り 大相撲 客車 客車12系 客車14系 客車20系 客車24系 客車50系 客車E26系 新交通システム 新幹線0系 新幹線電車 旅客機 旅客機 Airbus A220 旅客機 Airbus A300 旅客機 Airbus A310 旅客機 Airbus A318/A319/A320/A321 旅客機 Airbus A330 旅客機 Airbus A340 旅客機 Airbus A350 旅客機 Airbus A380 旅客機 Boeing 707 旅客機 Boeing 727 旅客機 Boeing 737 旅客機 Boeing 747 旅客機 Boeing 757 旅客機 Boeing 767 旅客機 Boeing 777 旅客機 Boeing 787 旅客機 Douglas DC-10/MD-10 旅客機 Douglas DC-8 旅客機 Douglas DC-9/MD-80 series/MD-90/Boeing 717 旅客機 Lockeed L-1011 Tristar 旅客機 MD-11 旅行・地域 日記・コラム・つぶやき 書籍 東京メトロ 東京都営地下鉄 民鉄:京成グループ 民鉄:京浜急行電鉄 民鉄:京王電鉄 民鉄:京阪電気鉄道 民鉄:南海電鉄 民鉄:名古屋鉄道 民鉄:大井川鐵道 民鉄:富士急行 民鉄:小田急電鉄 民鉄:山陽電気鉄道 民鉄:東急電鉄 民鉄:東武鉄道 民鉄:江ノ電 民鉄:相模鉄道 民鉄:西日本鉄道 民鉄:西武鉄道グループ 民鉄:近畿日本鉄道 民鉄:阪急電鉄 民鉄:阪神電気鉄道 気動車 気動車1000形 気動車2000系 気動車GV-E400系 気動車キハ100系 気動車キハ110系 気動車キハ11形 気動車キハ120形 気動車キハ126系 気動車キハ127系 気動車キハ141形 気動車キハ150形 気動車キハ181系 気動車キハ183系 気動車キハ185系 気動車キハ187系 気動車キハ189系 気動車キハ201系 気動車キハ20系 気動車キハ25形 気動車キハ261系 気動車キハ281系 気動車キハ283系 気動車キハ32形 気動車キハ35系 気動車キハ40系 気動車キハ45系 気動車キハ56/57/58系 気動車キハ75形 気動車キハ81形 気動車キハ82形 気動車キハ85系 気動車キハE120系 気動車キハE130系 気動車キハE200系 海外の鉄道 特急電車 私鉄 自動車 蒸機8620 蒸機9600 蒸機C10 蒸機C11 蒸機C12 蒸機C50 蒸機C51 蒸機C53 蒸機C55 蒸機C56 蒸機C57 蒸機C58 蒸機C59 蒸機C60 蒸機C61 蒸機C62 蒸機D50 蒸機D51 蒸機D52 蒸機D60 蒸機D62 蒸気機関車 貨車・貨物列車 路線について 路面電車 軽便鉄道 近郊形電車 通勤電車 連絡船 鉄道以外の博物館・展示施設 鉄道博物館 鉄道施設 電機ED16 電機ED60/ED61/ED62 電機ED70 電機ED71 電機ED72 電機ED73 電機ED74 電機ED75 電機ED76 電機ED77 電機ED78 電機ED79 電機ED91 電機EF10 電機EF12 電機EF13 電機EF15/EF16 電機EF18 電機EF200 電機EF210 電機EF30 電機EF510 電機EF53/EF56/EF59 電機EF55 電機EF57 電機EF58 電機EF59 電機EF60 電機EF61 電機EF62 電機EF63 電機EF64 電機EF65 電機EF66 電機EF67 電機EF70 電機EF71 電機EF80 電機EF81 電機EH10 電機EH200 電機EH500 電機EH800 電気機関車 電車101系 電車103系 電車105系 電車107系 電車113系 電車115系 電車117系 電車119系 電車121系 電車123系 電車125系 電車143系 電車151/161/181系 電車153系 電車155/159/167系 電車157系 電車165/169系 電車183/189系 電車185系 電車201系 電車203系 電車205系 電車207系 電車209系 電車211系 電車213系 電車215系 電車221系 電車223系 電車225系 電車227系 電車251系 電車253系 電車255系 電車271系 電車281系 電車285系 電車287系 電車289系 電車301系 電車303系 電車305系 電車311系 電車313系 電車315系 電車323系 電車371系 電車373系 電車381系 電車383系 電車401/403/421/423/415系 電車417系 電車419系 電車451/453/455/471/473/475/457系 電車481/483/485/489系 電車5000系 電車581/583系 電車651系 電車681系 電車683系 電車70/72系 電車7000系 電車701系 電車711系 電車713系 電車715系 電車719系 電車721系 電車731系 電車781系 電車783系 電車785系 電車787系 電車789系 電車8000系 電車80系 電車811系 電車813系 電車817系 電車821系 電車8600系 電車883系 電車885系 電車_旧形国電 電車BEC819系 電車E127系 電車E129系 電車E131系 電車E217系 電車E219系 電車E231系 電車E233系 電車E235系 電車E257系 電車E259系 電車E261系 電車E351系 電車E353系 電車E501系 電車E531系 電車E653系 電車E655系 電車E657系 電車E721系 電車E751系 電車EV-E301系 電車EV-E801系 電車クモハ42 電車クモハ52

カテゴリー

最近のコメント

2026年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村