2017年12月23日 (土)

黒磯~白河へ 東北本線の輸送体系の変化 その1

2017年10月14日、JR東日本のダイヤ改正では東北本線黒磯駅の交直切り替え設備廃止、直流一本化工事完了に先駆けて、旅客車両の運行形態を変更する改正が行われました。

2017年12月16日、ED75が現役の頃、そしてEH500がメインになってからも何度か訪問した黒磯駅と新たな輸送体制になった東北本線の黒磯~新白河~白河間を見るために青春18切符を利用して訪問しました。何回かのシリーズとして報告しようと思います。

171216 2017/12/16 黒磯駅に到着する列車内から

黒磯駅の歴史を見てみると、

1886年12月1日、日本鉄道の駅として開業、機関庫、保線区も開設
1906年11月1日、鉄道国有法により国有化
1909年10月12日、線路名称制定で東北本線の所属に
1921年4月11日、黒磯~白河間の路線変更、勾配緩和で補助機関車の運用廃止、黒磯機関庫は白河機関庫分庫に、11月14日、保線区は白河保線区に移転
1959年3月10日、東北本線電化工事で黒磯電力支区新設、3月16日、電化と交直接続に備えて、駅構内の線増、留置線新設工事完了、5月22日、宝積寺~黒磯間が直流電化、7月1日、黒磯~白河間が交流電化され、地上切り替え方式の交直流接続設備が設置

171216_2
進行方向の下り線には1968年のヨンサントウ改正に向けて設置されたデッドセクションが見えます。このセクション設置で車上切り替えで黒磯駅に停車せず通過する特急列車が増えました。また右手の線路群はかつての直流電機溜まりです。

Ef66_33_030517 2003/5/17 直流機溜まりで出番を待つ電機たち

Ed75_1010_030211 2003/2/11 交流機溜まりで出番を待つED75たち

171216_2_2 2017/12/17 交直切換断路器

030215 2003/2/15

交直流の切換指令を受けて下に箱形の機械が伝達棒を動かし、上にある切換機のナイフを90度動かして各線路の架線の交流・直流印加を切り替えるという非常にシンプルな方式です。ナイフが動いて電極に接触するとジーという音がします。

Ac_030215
出発信号機と入換信号機の間に設置されている信号機が地上切換の電源状態を示す信号機で縦に青色2灯の表示はDC印加状態です。

Dc_030215
AC印加状態になると赤色横2灯になります。

070520 2007/5/20

こういった運転切換要領が掲示されていました。

Ed75_90_060805_2 2006/8/5 重連で黒磯までの運用を終え、交流機溜に引き上げるED75

Eh50058_171216_2 2017/12/16 

Ef65_1059_030215_2 2003/2/15 交流機からバトンを受けて黒磯以南を牽引するEF651059

しかし、

①設備が老朽化してきたことや構内き電系統が複雑なため、2008年9月には作業員の感電死亡事故も発生したこと、
ED75の運用が終了し、EH500に統一されたこと、さらにEH500の青森以北の運用が無くなり、首都圏運用が拡大されたこと
等により、日本唯一の地上切換設備を廃止し、構内を直流化し、

171216_2_3 2017/12/16 黒磯発新白河行き列車からの前面展望

右手に見える交直切換セクションは5番線を通過する列車用に設けられたもの

新たに那珂川鉄橋の南側付近に新たなデッドセクションを設け、それ以南を直流、以北を交流化することにしました。

そういった工事が完了する前に、北側から黒磯駅に乗り入れていた交流車両(701系やE721系)は新白河駅止まりとし、黒磯~新白河間は勝田車両センター所属の常磐線に投入されているE531系の耐寒装備強化タイプの3000番台と郡山センターのキハ110系気動車が投入されることになりました。

12/28追記:黒磯駅構内の直流化、駅北方のデッドセクション設置工事は2018年1月1日から3日にかけて行われるそうで、この工事のため、早朝時間帯と深夜の時間帯に那須塩原~黒磯~新白河間の列車に運休等が発生するそうです。列車の運休時間帯にはバスによる代行輸送が行われるそうです(情報はこちらから)。

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2017年7月11日 (火)

秋田旅行 車両個別編 高頻度輸送のための701系 基本番台

秋田駅で撮影した車両シリーズ、今回は奥羽本線、羽越本線の旅客輸送を担う701系電車基本番台の話題です。

Ed75_786_7903 1979/3 鶴形~東能代

国鉄時代、奥羽本線や羽越本線のローカル列車には1920年代から1960年代にかけて製造された「雑客」と言われた旧形客車が使用されていました。これらの旧形客車は製造されて20年、40年が経過し、老朽化、陳腐化が進み、乗客の不評は顕在化し、さらに自動扉を持たないことから乗客や荷物の転落する危険性があり、保安上問題となっていました。

Ed75_745_rt
動力近代化計画には矛盾するものの、機関車の余剰問題や、労働組合の反対(組合は余剰人員が発生するので電車化/気動車化には反対していました)などや、動力装置の不要から客車は低コストで製造可能なことで、1977年からは新系列客車として50系客車が製造され、従来の旧形客車を置き換えました。

しかし、客車列車は両端駅で機関車の付け替えを要すること運転上効率が悪く、またレ坊装置を搭載していないことも旅客サービス上の問題となっていました。

701_n1_151221_4 2015/12/21 千刈踏切 

701_n2_170702 2017/7/2
N1とN2編成はN-1,N-2とハイフン入りの編成標記となっています。

こういった客車列車の置き換えを目的として、2,3,4両編成を単位とし、JR東日本の交流区間の標準車両して1993年から2001年まで製造されたのが701系です。

701_n11 2015/12/22 蟹田 N11編成 川崎重工の特徴的な妻面 

<車体>
209系で採用された川崎重工業の2シート工法によるプレスを多用した軽量ステンレス構体を採用し、先頭部は貫通路付き切妻構造でFRP製の覆いが設けられています。客用扉は1300mm幅の扉を片側3か所に設置し、ステップを設けています。

701_n28_170702_7 2017/7/2 N28編成

側面窓は4連窓、中央2窓は2段上段下降式のユニットサッシ、窓寸法を極力大きくし、熱線吸収ガラスを使用してカーテンは省略しました。車端部は通常の1枚窓を設置しています。

701_n11_151222 2015/12/22 青森 N11編成車内の様子 トイレはクハに設置されています。

冷房装置は集中式AU710A形(冷凍能力38,000 kcal)を採用し、屋根上に1基搭載しました。

701_n28_170702_2

<電源・制御方式>
架線からの単相交流20 kVを主変圧器で降圧した上で、主変換装置で直流に整流、その後三相交流に変換して主電動機を制御するVVVFインバータ制御方式です。
主電動機は新開発のかご形三相誘導電動機MT65形 (125 kW) を搭載、209系のものを基本としましたが、小型軽量化され、耐雪構造となりました。主変換装置はパワートランジスタ (PTr) 素子 VVVF インバータを搭載し、GTO素子の209系と同様の制御方式です。補助電源装置には、0番台では電動発電機となっています。

運転室内には、各動力台車のON/OFFを個別に制御するためにNFBが設置されており、片方の電動動力台車に問題が起き、通常の運転が困難になった場合、問題のある方のスイッチを切り、1M方式を一時的に0.5M(片方の電動台車でのみ駆動)に切り替えることが可能となり、冗長性が向上しました。また、主変換装置も同じく個別制御できるように、NFBの設置が行われています。

パンタグラフは下枠交差式のPS104形、菱形式のPS105形、シングルアーム式のPS106形を搭載しています。

<ブレーキ装置>
電気指令式空気ブレーキを全車に標準装備しており、0番台の車両は抑速および発電ブレーキを装備し、屋根上に電力消費用の抵抗器を持っていました。秋田地区の一部車両は更新工事により、発電ブレーキで使用していた抵抗器が撤去され、1500・5500番台と同じ回生ブレーキ併用空気ブレーキ装置へ変更されました。

701_n14_101023_2 2010/10/23 弘前 N14編成

<台車>
209系で採用された軸梁式軽量ボルスタレス台車を基本に、床面高さを下げる(ステップとの段差を抑える)ため台車枠中心を下げた構造としたDT61A(電動車)と TR246A(付随車)を装備しています。

秋田地区には1993年3月から10月にかけて川崎重工業、およびJR東日本土崎工場で製造された

クモハ701+サハ701+クハ701の3両編成(N1~N13)13本 39両

クモハ701+クハ701の2両編成(N14~N38)24本 48両

が在籍しており、全車ロングシート仕様で製造されましたが、特急列車が消滅した奥羽本線新庄~大曲間のサービス向上のためN36~N38編成は千鳥配置のクロスシートに改造されました。

701_n38_170630_2 2017/6/30 N38編成

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2017年6月21日 (水)

第31回新幹線車両基地公開 その4 保存車両6 EF71 1号機

新幹線総合車両センターに保存される車両、今回はEF71 1号機です。

Ef71_1_161022_9 2016/10/22 新幹線総合車両センター

EF711号機、ED751号機、ED711号機の順に並んでいますが、如何せんこれ以上前進できないためEF71しか観察はできません。

見ての通り、貫通扉などは腐食が進み、かなり無残な状態となっています。

Ef71_1_760102 1976/1/2 福島機関区

この機関車の現役時代に福島機関区を正月に訪問し、庫内で休む同機を撮影したのがこの写真です。

碓氷峠、瀬野八本松と並ぶ急勾配区間の板谷峠(平均33‰勾配)の1968年10月ダイヤ改正での交流電化への転換に合わせて、試作機ED94型による試験から量産形として、サイリスタ位相制御・交流回生ブレーキ装備のED78と6軸交流機関車EF71が誕生しました。

ED78の重連では貨物列車の牽引定数確保が難しいため、EF71が開発されたそうで、
ED78 単機 通常300t 最大330t
EF71 単機 通常430t 最大450t
ED78 重連 540t
ED78+EF71 もしくは EF71重連 650t になるそうです。

Ef71_73_760102 1974/3/27 福島 EF71 3号機と7号機の重連
「つばさ51号」の機関車交換

Ef71_14_760102 1976/1/2 福島機関区

全部で15両製造され、1973年製造の14,15号機は正面下部の通風孔の廃止、ブロック式ナンバープレート、飾り帯の銀ペンキ塗装、尾灯の外ハメ式化など外観上の変化が見られ、粘着力強化による軸重の増加などの変化がありました。

2015年に日立水戸工場に引き取られたED781号機は整備され美しい姿を保っているとのことですが、こちらのかつての僚機は下手をすれば解体の危機にあるようです。

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2016年10月 7日 (金)

千里丘、岸辺界隈での列車撮影 その3 特急「日本海」

千里丘や岸辺といった関西における鉄道撮影の聖地で撮った懐かしい列車シリーズ、今回は大阪と青森、一時期は函館を結んだ寝台特急「日本海」です。

Ef81_106_120317 2012/3/17 千里丘 定期列車としては上り最終となった列車

1924年7月31日、羽越本線の全通で日本海縦貫線が完成、神戸~青森間に急行列車(富山~青森間は普通列車)の運転が開始されました。1926年8月15日には全区間が急行列車に、1929年9月15日には運転区間が大阪~青森間となりましたが、戦局の悪化で1943年2月1日、廃止になりました。

Ef58_79_741006 1974/10/6 新大阪
米原経由の時代でEF58がHMを付けて牽引していました。

20_21 1975/3/6 大阪
20系の最後尾はナハネフ22と写真のようなナハネフ23のことがありました。

戦後、大阪と青森を結ぶ急行列車は1947年7月5日に運転を開始しました。1950年11月8日に「日本海」と命名、1968年10月1日のダイヤ改正で急行の名称は「きたぐに」となり、新たに青森運転所の20系客車を使用した寝台特急「日本海」が設定されました。

14 1976年ごろ 大阪
日本海の到着ホームの反対側には福知山線経由で出発待ちのキハ82系「まつかぜ」がおり、朝のゴールデンタイムでした。

1975年3月10日
の改正では湖西線経由に、さらに14系客車に変更、早岐区の14系を共通運用としたため、長崎・佐世保から青森まで超広域運用が有名となりました。さらに季節列車としてもう一往復の「日本海」が宮原区の14系座席車で設定されました。1976年3月15日、「つるぎ」とともに宮原区担当の日本海は24系25形客車となりました。

Ef81_123 1979/12/23 大阪駅
24系三段ハネ 日本海

1978年10月2日の改正では早岐の広域運用が解かれ、青森運転所の24系が担当になりました。1980年10月1日の改正では青森運転所担当の「あけぼの」2往復の24系化で日本海編成からオロネ24が抜き取られ、モノクラスになりました。1982年11月15日、上越新幹線開業のダイヤ改正では二往復とも宮原区受け持ちとなり、24系25形客車となりました。しかし、1984年2月1日の改正では一往復が青森の24系に戻りました。

Ed75_783 東能代~鶴形 24系25形二段ハネの日本海

2424_791223 1979/12/23 大阪駅
24系三段ハネ 日本海

1987年4月1日の分割民営化では青森運転所担当列車がJR東日本、宮原区担当列車がJR西日本に継承され、1988年3月13日の青函トンネル開業では1/4号が大阪~函館間運行となり、営業運転で青函トンネルを通過した最初の寝台特急となりました。夏季期間、1/4号にはマニ50荷物車が連結され、「日本海モトとレール」としてオートバイ輸送が実施されました。

Ed79_12_911112 1991/12/11 青森 函館行き日本海

2424_930807_1 1993/8/7 鶴形~富根 マニ50付日本海

Ed79_18_030928 2003/9/28 五稜郭

Ef81_106_080225 2008/2/25 山科
冬場の強風で湖西線周りから湖東線、米原経由で運転されたこともしばしばありました。

Ef81_104_101205 2010/12/5 千里丘
TLE牽引機がローズピンクのEF81に代わって牽引したこともありました。

1998年8月22日、「日本海モトとレール」の運行は終了、2006年3月18日、1/4号の運転区間は大阪~青森に短縮、2008年3月15日、2/3号が廃止となり、1往復体制となりました。
2012年3月17日のダイヤ改正で定期運行が終了、2012年4月、8月、2013年冬期の多客期には運行されたものの、3月以降は列車の設定がない状態となっています。

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2015年11月 4日 (水)

尾久車両センター公開 2014 その13 HMの展示 その3 「あけぼの」「出羽」 part2

2014年11月15日の尾久車両センターでのHM展示から、それぞれの列車の歴史を振り返っていますが、今回は前回に引き続き、寝台特急「あけぼの」の歴史です。「出羽」も登場します。

Ed75_715 ED75 715号機牽引の「あけぼの」 まだHMが復活する前の写真です。 東能代~鶴形

1982年11月15日、東北・上越新幹線開業に伴い、1978年10月改正以来、12系客車に従来型寝台車を連結した座席車主体の急行「津軽」2往復のうち、1往復を24系25形客車として寝台特急「あけぼの」に格上げし、「あけぼの」は3往復体制となりました。「津軽」のもう1往復は20系使用となりました。

10_810113 20系化される前の急行『津軽」 1981/1/13 上野

ハザは12系、10系のA寝台車、B寝台車に荷物車を連結した編成から「津軽」であると思います。

20_8308_2 20系化された急行「津軽」 1983/8 森岳付近

Ed75_775 ED75 775号機牽引の「あけぼの」 東能代~鶴形

 

Hm_141115_2

寝台特急「出羽」はこの改正で設定されています。
出羽と鳥海の2種類の急行を統合して格上げしたものですが、出羽の名称は1960年6月の改正で上野~新庄間を東北・奥羽本線経由で結ぶ毎日運転の不定期夜行急行として新設されました。1961年10月には急行に格上げされ、1963年10月には陸羽西線経由で酒田まで延長され、気動車化されました。

2424_830100 金沢行き特急「北陸」と並んで出発を待つ寝台特急「出羽」 1983/1 上野高架ホーム

2424_830102_3 秋田に到着した24系24形「出羽」 1983/1/2
オハネフ24のジャンパ栓受けは登場時は妻面にありましたが、既に台枠に移設済みです。

一方、鳥海という名称は1950年12月、上野~秋田間を東北・奥羽本線経由で運転開始された夜行急行「鳥海」 401・402列車が始まりで、1956年11月には青森まで延長され「津軽」と改称されるも、1965年10月1日、それまで新潟~秋田間に運行されていた気動車急行「羽越」が上野まで延長され、「鳥海」と改称されました。1968年10月1日の改正では従来、「羽黒」と名乗った羽越本線経由上野駅 - 秋田駅間運行の夜行列車も「鳥海」に統合され、季節列車も含め3往復体制となりました。

Ef65_1014_820905 EF65 1014号機牽引で出発待ちをする「あけぼの」 1982/9/5 上野

1983年7月1日、季節夜行急行「おが」の14系座席車と定期夜行急行「津軽」の使用客車20系を交換。

Ef65_1019_000000

 その後、レインボー牽引機に抜擢され赤く塗装される前のEF65 1019号機が推進回送する20系急行「おが」 日暮里

1984年2月1日
、夜行急行「津軽」の座席車の一部をB寝台車に置き換え。

1985年3月14日、東北・上越新幹線上野乗り入れで、昼行気動車急行「おが」、季節夜行急行「おが」が廃止されました。ただ、夜行の方は20系客車で上野~秋田間で多客期に運転されました。「津軽」は全車座席車に変更されました。

Ef65_1027_000000 この改正で寝台特急牽引機に全国的にHMが復活し、EF65PF(1027号機) 「あけぼの」のHM付きの姿も初めて撮影できました。

Ed75_752 ED75 752号機 鶴形~富根間

Ed75_744 ED75 744号機 1993/8/7 鶴形~富根間

1986年11月1日、国鉄最後のダイヤ改正で編成の減車が実施され「あけぼの」は電源車を含めて10両編成体制になりました。

1988年3月13日、青函トンネル開業によるダイヤ改正で「北斗星」が設定されたため、車両捻出措置として、「あけぼの」1往復が廃止されました。

1990年9月1日、山形新幹線第一期建設工事により、「あけぼの」の運行経路が、一往復は東北本線、陸羽東線、奥羽本線経由、(名称はあけぼの)、一往復は高崎線、上越線、信越本線、羽越本線、奥羽本線経由(名称は鳥海)と変更になりました。

今回はここまでです。

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2015年10月16日 (金)

尾久車両センター公開 2014 その13 HMの展示 その3 「あけぼの」「出羽」 part1

2014年11月15日の尾久車両センターの公開、前回の記事から公開されていたHMについて触れていますが、今回は「あけぼの」「出羽 」です。

Hm_141115
今回の記事では長かった「あけぼの」の歴史- 20系客車の時代- から見て行こうと思います。

Ef65_1028_7806 EF65 1028号機に牽引されて上野に到着した20系「あけぼの」 1978/6
電源車はカニ22 この頃は上野駅高架ホームに発着する長距離列車も多数ありました。

寝台特急「あけぼの」は1970年7月1日、臨時寝台特急として上野~秋田間に奥羽本線経由で20系客車で1往復設定されました。9月30日まで毎日運転され、お盆の最混雑期間、下り列車は品川始発で運転されました。

20_22 こちらは上り列車の最後尾 ナハネフ22 上野

9月30日発から定期夜行急行「おが」を格上げし、運行区間を上野~青森間として定期化しました。

おが」は1963年10月のダイヤ改正で、それまでの夜行普通列車411・412列車から急行に格上げされた列車で、このダイヤ改正で昼行1往復(キハ58等)と季節列車夜行1往復(座席のみの在来客車、G車連結)となりました。

上野~黒磯の直流区間は宇都宮機関区のEF651000番台PFの牽引となり、同タイプの最初の特急運用となりました。一時期EF58が担当したこともあったそうです。

1972年3月15日のダイヤ改正では、座席車のみだった季節夜行急行「おが」にA寝台車B寝台車各1両が連結されました。

1973年10月1日、特急「あけぼの」は2往復となり、秋田発着列車が設定されました。12月1日から、翌年春までに上野発着の寝台特急の食堂車の営業が停止となり、編成からナシが外され、ナハネに置き換えられました。

20_20 20系電源車として最初に製造されたマニ20

20_22_2はやぶさ」20系化で1960年、さらに「みずほ」20系化で1963年に製造されたカニ22 

この頃はMGやパンタは撤去済みでした。

20_21_790706 そして標準の電源、荷物車となったカニ21

当時、盛アオや秋アキには新旧様々な20系が集結しており、「あけぼの」の電源車も一晩で異なるタイプを撮影出来ました。

1975年版 客車配置表データによると、当時の配置では

盛アオ カニ21 12 13 14 20 21 122 123 124
            カニ22  1  3
秋アキ マニ20  1  51  52
            カニ22  51  52       でした。

20系客車は当初、製造メーカーで番代区分されており、日本車輌製造製は1-49、日立製作所製は51-99でした。

カニ21の122-124は1970年6月製造で電源車の無人運転対応のため遠隔自動制御装置が装備されており、基本番台+100で区分されました。1970年9月製造の最終増備車25-27は新製時から装備されており、そのままの番号となりました。

20_22_790505 尾久客車区で休む20系 1979/5/5

東北の寝台特急が続々、14系、24系化されて行く中で「あけぼの」のみが最後まで20系で残されました。

1975年11月25日、奥羽本線、羽前千歳~秋田間の交流電化が完成し、山形~青森間の牽引機がDD51からED75700番台に交代しました。

Ed75_728_207903 ED75 728 号機牽引 「あけぼの」 1979/3 鶴形~富根間

20 ED75 700番台牽引で青森を目指す20系「あけぼの」 1979/3 鶴形~富根間

Ed75_722 ED75 722 牽引で秋田に到着する「あけぼの」

1980年10月1日のダイヤ改正で「あけぼの」は20系客車から24系24形客車に置き換えられました。このときが20系客車の特急運用からの引退でした。季節夜行急行「おが」の座席車は14系客車となりました。

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2013年11月15日 (金)

日本海縦貫線の昼の女王 特急「白鳥」 その2 1982年11月の改正から2001年3月の廃止まで

このシリーズ、前回に続き特急「白鳥」の歴史です。今回は1982年のダイヤ改正以降です。

1982年11月15日:ダイヤ改正により金沢 - 青森間の急行「しらゆき」を発展的解消させ福井 - 青森間で1往復を増発。「白鳥」は計2往復となりました。急行「しらゆき」は2013年7月19日の特急「いなほ」の記事でも触れましたが、1963年4月20日に運行を開始した金沢~秋田・青森(上り)間の急行でした。DC急行のメリットを生かした多層建て列車で金沢~糸魚川間は「白馬2号」を併結し、秋田~青森間は「きたかみ1号」を併結していました。

←上野、新潟
TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×6 所要4
白鳥(1)、鳥海(1)
 休
 青森4501825大阪‥向日町
 向日町‥大阪9552351青森
 青森7561834上野‥尾久
 尾久‥上野10302113青森

TcM'MM'MTsM'MTc×11 所要8
白鳥(1)、いなほ(5)、はつかり(3)
 休
 青森9552159福井‥南福井
 南福井‥福井5481803青森
 青森453715盛岡8301105青森13021940新潟‥上沼垂
 上沼垂‥新潟7201124秋田13461740新潟19052306秋田
 秋田8291230新潟15151920秋田
 秋田534939新潟12051613秋田17202122新潟
 新潟9051550青森
 青森7401015盛岡11301405青森14401715盛岡18302105青森

M'M×9 Td×16

58_800503
急行「しらゆき」に併結されていた急行「白馬」 1980/5/3 松本

1984年11月1日:大阪発着の2・3号に連結されていた食堂車の営業が休止となりました。

TcM'MM'MTsM'MTc×11 所要8
白鳥(1)、いなほ(5)、はつかり(3)
 休
 青森9552159福井‥南福井
 南福井‥福井5481803青森
 青森453715盛岡8301105青森13021940新潟‥上沼垂
 上沼垂‥新潟7201124秋田13461740新潟19052306秋田
 秋田8291230新潟15151920秋田
 秋田534938新潟12051613秋田17202122新潟
 新潟9051550青森
 青森7401015盛岡11301405青森14401715盛岡18302105青森

1985年3月14日:ダイヤ改正で福井 - 青森間「白鳥」1・4号を「北越」・「いなほ」の2列車に系統分割。再び1往復となりました。

485_481100_850421_2
1985年3月の改正で再登場となったボンネットクハの「白鳥」 1985/4/21 大阪

485_481300_850503
300番台クハの特急「白鳥」も撮影していました。 1985/5/3 鶴形~東能代

残存した大阪 - 青森間列車の食堂車連結を中止。車両運用を向日町運転所に移管しました。このときの改正で大ムコに配置されていたクハ481-100が特急「白鳥」の先頭に立つことになりました。日本海循環線電化当時、盛アオにクハ481-100が僅かの期間配置され、特急「白鳥」の先頭に立ったこともあったようですが、今回はその再現となりました。

向日町

TcM'MTsTsoM'MM'MTc×9 所要6 Tso:500番台
雷鳥(7)、アルペン(臨時1)
 休
 向日町‥大阪7051058富山12551652大阪18352134金沢‥森本
 森本‥金沢8121117大阪14051758富山2310505大阪
 富山8251222大阪14351741金沢18422152大阪‥野洲
 野洲‥大阪13301641金沢17422047大阪‥向日町
 向日町‥大阪12051601富山17252122大阪‥宮原/大阪2337520富山
 宮原‥大阪8051104金沢12421552大阪‥向日町

TcM'MTsTM'MM'MTc×16 所要13(臨時+2)
雷鳥(11)(臨時+2.5)、白鳥(1)、北越(1)
 休
 向日町‥大阪11351845新潟
 新潟9051612大阪18052158富山
 富山9251322大阪15052209新潟‥上沼垂
 上沼垂‥新潟8141522大阪17052058富山
 富山524922大阪11051411金沢16121922大阪‥向日町
 向日町‥大阪10302351青森
 青森4501812大阪‥向日町
 向日町‥大阪10051311金沢14421752大阪19052301富山
 富山10251422大阪16051959富山
 富山6491052大阪13051658富山18252222大阪‥宮原
 宮原‥大阪9051300富山14551852大阪‥向日町
 向日町‥大阪7351438新潟16102011金沢‥南福井
 南福井‥金沢7351142新潟13152022大阪‥向日町
 金沢6501031大阪16302032富山
 富山953-金沢10421352大阪15251848金沢19462305大阪

Ts×7 Td×14 T×2

Ed75_718_850804
東能代駅 朝6:30 日本海縦貫線昼の女王と夜の女王の行き違い 1985/8/4

それまでHMが無かったED75にもHMが復活してまさに千両役者のツーショットになりました。

1986年11月1日:ダイヤ改正で日本海縦貫線に関係する特急車両配置基地の見直しを行った結果、車両配置を上沼垂運転区に移管。

←大阪、青森
TcM'MTsM'MM'MTc×8 所要6(臨時+2)
白鳥(1)、雷鳥(2)、北越(1)(臨時+1)、いなほ(臨時1)
 休
 上沼垂‥新潟9041556大阪‥宮原
 宮原‥大阪10402340青森
 青森4501801大阪‥宮原
 宮原‥大阪7501437新潟17002045金沢
 金沢7441142新潟13152005大阪‥向日町
 向日町‥大阪11501844新潟‥上沼垂
 新潟11191402酒田15031742新潟
 上沼垂‥長岡8411128金沢16331742長岡‥上沼垂

485_481100_870504
編成は9両、G車も1両となりましたが、依然として昼の女王の風格は保っていた特急「白鳥」 1987/5/4 鶴形~東能代

485_4811500_870224
北海道運用には不的確の烙印を押されて盛アオに戻った485系1500番台でしたが、本州内の特急で活躍するする姿は今でも話題性十分ですね。 1987/2/24 大阪

民営化後に上沼垂所属車は指定席車のシート交換とピッチ拡大・自由席車を簡易リクライニングシートに統一などのグレードアップ改造と塗色変更などを施工。JR東日本の所属になった特急「白鳥」で、唯一沼垂色となったボンネット車はクハ481-102で、そのクハが特急「白鳥」の先頭に立つシーンも実現しました。

485_481102_920314
沼垂色となったクハ481-102を先頭にした特急「白鳥」 1992/3/14

485_481200_920314
今では過去帳に入ってしまった200番台クハを最後尾に繋げた特急「白鳥」 1992/3/14 大阪

1988年3月13日:青函トンネル開通に伴うダイヤ改正で「白鳥」の対北海道接続が従来の青函連絡船から青森 - 札幌間の夜行急行「はまなす」に変更。

←大阪、青森、酒田
TcM'MTsM'MM'MTc×8 所要6(臨時+1)
白鳥(1)、雷鳥(2)、北越(1)、いなほ(臨時1)
 休
 上沼垂‥新潟9011538大阪‥宮原
 宮原‥大阪9552251青森
 青森5521844大阪‥宮原
 宮原‥大阪7551438新潟16562040金沢
 金沢7531143新潟15052149大阪‥向日町
 向日町‥大阪11251759新潟‥上沼垂
 新潟11581423酒田14501724新潟

1997年3月:車両配置を京都総合運転所に移管。

←大阪
TcM'MTsM'MM'MTc×9 所要6(臨時+3)
雷鳥(6)(臨時+3)、白鳥(1)
 休
 向日町‥大阪11121358金沢15151808大阪20102339富山
 富山8361205大阪14421809富山19162247大阪‥宮原
 宮原‥大阪7421107富山12071536大阪18122106金沢
 金沢614906大阪13121558金沢16451938大阪‥向日町
 向日町‥大阪10122247青森
 青森6111835大阪‥向日町
 大阪9181252富山14171741大阪
 大阪11551449金沢17452039大阪
 大阪14121659金沢19112209大阪

1999年:秋田 - 青森間の車内販売営業が廃止される。

←大阪
TcM'MTsM'MM'MTc×9 所要7(臨時+1)
雷鳥(6)(臨時+1.5)、白鳥(1)
 休
 向日町‥大阪9121159金沢14151706大阪20102300金沢
 金沢8141107大阪17122001金沢
 金沢642940大阪13121559金沢17142003大阪‥向日町
 金沢614905大阪11121358金沢15151806大阪‥向日町
 向日町‥大阪10122259青森
 青森6111906大阪‥向日町
 向日町‥大阪16571948金沢/大阪18482144金沢
 大阪9501316富山14181742大阪

M'M×1

2001年3月3日:ダイヤ改正で日本海縦貫線の昼行列車運転系統を新潟で分離することになり「白鳥」を廃止。以下の運転区間に分割。

大阪 - 金沢・富山間:「雷鳥」「サンダーバード」
金沢 - 新潟間:「北越」
新潟 - 青森間:「いなほ」

因みに1974年当時の特急「白鳥」と現在の同区間の特急のダイヤを比較してみるともちろんスピードアップの効果は出ていますが、スジは良く保存されていることが分かります。

   1974.12時刻表から     現在のダイヤ
     4001M                4013M
            サンダーバード13
大阪   1010            1012
京都      1041                 1040
敦賀      1201                 1134 1055M
福井      1236                 1209  北越5
金沢      1332                 1257  1337
富山      1416                       1416
直江津    1543                       1533  2009M
長岡      1637                       1627  いなほ9
新潟      1725                       1720 1729
酒田      1951                             1944
秋田      2117
東能代    2210
弘前      2320
青森      2350

           4002M

青森       450
弘前       520
東能代     631               2006M
秋田       716              いなほ6   1056M
酒田       852                854     北越6
新潟      1116               1101     1302
長岡      1203                        1356
直江津    1302                        1447  4032M
富山      1425                        1603  サンダーバード32
金沢      1513                        1641 1519
福井      1607                              1607
敦賀      1642                              1642
京都      1811                              1741
大阪      1845                              1809

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2013年7月19日 (金)

1975年 新潟の旅 20 485系特急「いなほ」 その1

振り返れば5月5日から、この新潟シリーズを続けて参りましたが、今回からは今JR東日本で最もHOTな話題と思われる、485系特急「いなほ」について触れようと思います。この秋に装いも新たにしたE653系に置き換えられる485系特急「いなほ」が登場したのは1972年10月2日のダイヤ改正でした。

以前、申しましたが私の上野駅デビューは1972年10月のことで、確か8日だったと思いますが、そのとき初めて鉄道車輌撮影目的でカメラを持って駅へ出かけました。高校2年でした。尤も、その年の夏休みには母の実家があった山口県萩に出かけており、その際に鉄道撮影を行っているので、厳密には10月が初めての鉄道撮影ではないのですが。

1972年10月2日のダイヤ改正といえば、日本海縦貫線、最後まで残った白新線・羽越本線全線の電化が完成し、全線が電化された改正でした。特急「白鳥」が登場以来のキハ82系から485系化され、ヨンサントウで特急「はつかり」を追われ、特急「つばさ」、「いなほ」、「ひたち」で活躍していたキハ81形一族が東北から、和歌山の地に活躍の場を移したのもこの改正でした。キハ81形DC特急「いなほ」には間に合いませんでしたが、485系電車特急「いなほ」の歴史は私の鉄道写真趣味歴とほぼ重なることになります。因みに同改正ではダイヤがパターン化した特急を「エル特急」と呼ぶようになり、東海道新幹線「ひかり」が初めて米原に停車するようになり、北海道では札幌を起点とする初めての特急「オホーツク 」が新設されました。

485_481200_2
上野駅地平ホームで僚友の特急「やまびこ」と並んだ特急「いなほ」

1972年当時485系の顔であるクハ481のスタイルは、ボンネットタイプの0番台、100番台、貫通タイプの200番台、非貫通タイプの300番台と続々と新しい顔が出てきており、それぞれの特急がどの顔で来るかが撮影の興味の的でもありました。

青森運転所(盛アオ)の運用だった特急「いなほ」や「やまびこ」の場合、1972年6月頃から、1973年1月頃までは100番台(ボンネットスタイル)が配置されたものの、短期間で大ムコに転出してしまったため、以降は300番台が新製配置される1975年5月頃までは200番台オンリーの時代が続きました。

485_481200_edit
自動解結装置装着のクハ481-200番台を先頭に大宮に進入する特急「いなほ」 

そういった単調な盛アオの200番台クハの中で異彩を放っていたのが、自動解結装置を装着したクハ481で、203、204,207、208の4両が在籍しました。1972年8月から9月にかけて盛アオに新製配置された車両です。

話はずれてしまいますが、この4両のその後を追ってみると、

1975年9月には特急「つばさ」の電車化で秋田運転所に転属し、
1976年4月485系1000番台が配置されると南福岡電車区(門ミフ)に転属となり、
1985年3月には日根野電車区(天ヒネ)に転属し、特急「くろしお」の運用に就いています。1986年秋には204が福知山運転所へ、それ以外は南福岡に戻っています。204クロハ481-214に改造後、クロハ183-801に再改造され、B41編成の先頭車として「北近畿」で活躍しました。踏切事故の名残で貫通扉は固定されました。
門ミフに戻った3両は2071988年2月に鹿児島に転属、203,2082000年3月に廃車になるまで門ミフで働き続けました。
2071994年7月に大分車両センターに転属、2000年3月に大分で廃車となっています。

私も「ひばり」「やまびこ」「はつかり」さらに九州に転じたあとの「にちりん」「かもめ」で撮影しております。

まずは、特急「いなほ」登場前後の羽越本線を中心とした列車の歴史を見て行こうと思います。

1962年3月10日:新潟駅 - 秋田駅間を運行する準急列車として、「羽越」が運行を開始しました。キハ58系気動車が使用され、蒸気機関車が牽引する急行列車よりも速かったそうです。 この列車が設定される前は、羽越本線を通過する優等列車としては、大阪駅 - 青森駅間を運行する特別急行列車「白鳥」、急行列車「日本海」と、上野駅発着の夜行急行列車「羽黒」がありましたが、羽越本線のみを運行する列車としては初めての設定でした。

1963年4月20日:金沢駅 - 秋田駅間を運行する急行列車「しらゆき」が運行開始。

58_8103
奥羽北線内の前山~二ツ井間を「きたかみ」と併結して南下するキハ58系上り急行「しらゆき」 1981/3 

当時よくあった多層建て急行で下り「しらゆき」の場合は、金沢~糸魚川間は急行「白馬2号」を併結、秋田~青森は急行「きたかみ1号」を併結していました。

1965年10月1日:「羽越」の運行区間を上野駅まで延長し、列車名を「鳥海」に変更しました。

1968年10月1日:「ヨンサントオ」と称されるダイヤ改正に伴い、新潟駅 - 秋田駅間を運行する急行列車として「羽越」が再び設定されました。ただし、運行時間は新潟駅朝発・夕方着と当時のダイヤ上では空白となっていた時間帯に運行されました。従来「羽黒」と称された羽越本線経由上野駅 - 秋田駅間運行の夜行列車の名称を「鳥海」に統合。従前昼行列車で運行していた「鳥海」は上り下りとも「鳥海1号」と称されました。

1969年10月1日:上野駅 - 秋田駅間を高崎線・上越線・信越本線・羽越本線(水原駅経由)経由で運行する特別急行列車として「いなほ」1往復が運転を開始。これと引き替えに従来同区間を運行していた気動車急行「鳥海1号」は季節列車となりました。 「いなほ」にはキハ80系気動車が使用されました。所要時間は上野駅 - 秋田駅間が8時間10分、秋田駅 - 上野駅間が8時間15分、酒田駅 - 上野駅間が6時間44分で、それまでの急行利用に比べ1時間半以上も短縮されました。上越線特急「とき」および奥羽本線特急「つばさ」の輸送補助の名目で設定されましたが、それまで羽越本線内を運行する特別急行列車は大阪方面のみの設定であり、沿線の新潟県下越地方や山形県庄内地方、秋田県南部と東京を直通する特別急行列車は初めてでした。

秋田運転所 キハ80系気動車 7両編成

←上野
DcDsDdDDDDc×2 所要2
いなほ(1)、ひたち(1)
 秋田9251740上野18102112平
 平645945上野13502200秋田

Dc×2 D×2 Ds×1 Dd×1

485_481300_751103
長岡で逢った上野行き上り特急「いなほ2号」2044M 1975/11/3

この頃はすでに盛アオにクハ481形300番台が新製配置されており、特急「いなほ」にも新顔が見られる様になっていました。

1972年10月2日:羽越本線電化に伴うダイヤ改正により、「いなほ」に485系電車を導入。また、青森駅までの1往復が増発され、「いなほ」計2往復となりました。季節列車として運行していた気動車急行「鳥海1号」は「いなほ」に格上げされ消滅しました。夜行の「鳥海」は存続しました。急行「羽越」が1往復増発され2往復体制となりました。 「いなほ」の485系は青森運転所の12両編成を使用し、一部の「やまびこ」や一部の「ひばり」と共通運用されました。そのため、「はつかり」への485系投入までは青森駅発着の「いなほ」で青森運転所の入出庫を行っていました。

485_481200
青森発の上り「いなほ1号」と顔を揃えたED75牽引の東北本線寝台特急「ゆうづる」 1975年夏北海道から夜行便の青函連絡船で青森に着いたときに見た光景でした。この「いなほ」運用が1973年4月に「はつかり」に485系が投入されるまでは東北特急に盛アオの485系が入るための運用だったのですね。

青森運転所 485系電車12両編成

TcTsM'MM'MTdM'MM'MTc×8 所要7
いなほ(2)、やまびこ(1)、ひばり(4)
 青森7301739上野‥東大宮
 東大宮‥上野9001257仙台14051804上野‥東京18552254仙台
 仙台8101204上野13001904盛岡
 盛岡9001504上野17002056仙台
 仙台9101309上野14302203秋田
 秋田6101339上野14001758仙台18502244上野‥東大宮
 東大宮‥上野10302035青森
 休

M'M×2 Tc×4 Ts×1

1978年の改正ではこれまで通過駅としていた余目駅を停車駅に加えました(2・5号の1往復)。

秋田運転所 485系電車12両編成

←上野
TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×12 所要9
つばさ(3)、やまばと(3)、いなほ(1)
 休
 秋田13502139上野‥尾久
 尾久‥上野8031555秋田
 秋田6411433上野15192303秋田
 秋田11481940上野‥尾久
 尾久‥上野10331516山形17552240上野‥東大宮
 東大宮‥上野12031955秋田
 秋田8201610上野17032146山形
 山形9551439上野15332016山形
 山形7551240上野13302122秋田

1979年7月1日:ダイヤ改正に伴い、「いなほ」秋田駅発着列車を1往復増発し、「いなほ」上野駅 - 秋田駅2往復・上野駅 - 青森駅1往復の3往復体制となりました。「羽越」の下り列車に坂町駅まで「あさひ」が連結され、多層建て列車として運行されました。上越新幹線の開業に先立ち、1982年7月以降いなほ3・4号食堂車営業休止に伴いサシ481形の連結がなくなり11両編成となりました。

485_4811500_820328
485系1500番台をラストに上野に向かう特急「いなほ」 1982/3/28 二ツ井~前山

北海道に渡り、特急「いしかり」に投入された485系1500番台も耐寒耐雪装備の点で問題ありとなり、1980年10月に青森に転属しました。特急「はつかり」「やまびこ」「ひばり」などの運用を担当するようになり、特急「いなほ」でもその姿を見ることができました。

秋田運転所

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×14 所要11
つばさ(3)、やまばと(3)、いなほ(2)
 休
 秋田13502139上野‥尾久
 尾久‥上野8031555秋田
 秋田6411433上野15192303秋田
 秋田11481940上野‥尾久
 尾久‥上野10331516山形17552240上野‥東大宮
 東大宮‥上野12031955秋田
 秋田8201610上野17032146山形
 山形9551439上野15332016山形
 山形7551240上野13302122秋田
 秋田13512133上野‥尾久
 尾久‥上野7191502秋田

Tc×2

1982年11月15日:上越新幹線開業に伴うダイヤ改正に伴い、急行「羽越」が廃止。急行「しらゆき」が特急列車に昇格し、「白鳥」1号・4号となりました。「いなほ」が、気動車急行「羽越」2往復と大阪駅 - 青森駅間を運行していた急行「きたぐに」の新潟駅 - 青森駅間を吸収、新潟駅 - 秋田駅・青森駅間5往復体制となり、エル特急に指定されました。これにより、上越新幹線接続列車として1往復を除き新潟駅発着に変更されました。 車両は青森運転所の485系9両編成で、福井駅発着の「白鳥」1号・4号と一部の「はつかり」と共通運用がくまれました。上越新幹線の始発駅が大宮駅であることから、上野駅 - 青森駅間(水原駅経由)1往復のみ、特急「鳥海」として存続させることとなり、 車両は従前の「いなほ」3号・4号同様、青森運転所の485系12両編成で、大阪駅発着の「白鳥」2号・3号と共通運用が組まれました。

青森運転所 485系電車 12両編成

←上野、新潟
TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×6 所要4
白鳥(1)、鳥海(1)
 休
 青森4501825大阪‥向日町
 向日町‥大阪9552351青森
 青森7561834上野‥尾久
 尾久‥上野10302113青森

同 9両編成

TcM'MM'MTsM'MTc×11 所要8
白鳥(1)、いなほ(5)、はつかり(3)
 休
 青森9552159福井‥南福井
 南福井‥福井5481803青森
 青森453715盛岡8301105青森13021940新潟‥上沼垂
 上沼垂‥新潟7201124秋田13461740新潟19052306秋田
 秋田8291230新潟15151920秋田
 秋田534939新潟12051613秋田17202122新潟
 新潟9051550青森
 青森7401015盛岡11301405青森14401715盛岡18302105青森

M'M×9 Td×16

485_481200_3
上越新幹線開業後も乗り換えの便などを考慮して、1往復存置された青森までの特急「いなほ」でしたが、愛称は「鳥海」と変更されました。

ということで、特急「いなほ」の上野~青森間の列車は「鳥海」として存続しましたが、上越新幹線の開業で特急「いなほ」は新幹線に連絡する羽越線特急に性格を変えました。

続きは明日の記事で。

尚、485系の編成、配置、運用データはいつものように「485系の動き 配置および編成・運用の移り変わり 一覧」のサイトの情報を参考にさせて戴きました。またテキストはWikipediaの文章を参考にまとめました。

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2013年4月25日 (木)

1974,1975 北海道へ 9 カートレイン

今回はクルマを積んで走る列車「カートレイン」の話題です。

1985年頃から1990年代にはカートレインが日本でも運行されておりました。

最初に走り出したのは汐留~東小倉間(後のカートレイン九州)で、その後、東京・名古屋 - 広島・九州間、東京 - 北海道間、北海道相互間で運行されました。しかし、積載するにあたり、いろいろな制約、例えば積載出来るクルマのサイズは全長4,600mm×全幅1,600mm×全高1,900mmまでで、当時大流行した3ナンバー車積載できないとか、5ナンバー車でも一部不可のクルマがあったとかで最初は指定券を取るのが大変なほど人気があったのですが、1990年代中盤を過ぎると乗客が減少し、廃止されてしまいました。欧米では後述のように今でも結構走っているようですが、在来線の線路幅が狭軌であったことが禍したのかも知れません。

Cartrain_910819
白石駅で休むカートレイン編成 1991/8/20

カートレイン北海道 恵比寿駅(後に浜松町駅) - 白石駅間に運行されいました。特急列車扱いで24系客車4両(電源車を含む)とワキ10000形9両で運行されていました。

<ワキ10000形貨車について>

国鉄が高速貨物列車用として最高速度 100 km/h で運用可能な貨車として開発した車両で、1965年から製作されました。 30 t 積の貨車(有蓋車)で、類似の仕様を有するコキ10000系コンテナ車・レサ10000系冷蔵車とともに「10000系高速貨車」と総称されます。

電磁弁を用いた CLE 方式(応荷重装置付電磁自動空気式)ブレーキ装置、空気バネ台車など種々の新技術を実装し、これら新装備を検証する試作車として1965年3月に1両が製作され、試用結果に基づき翌1966年からコキ10000形・レサ10000形とともに量産されました。

1968年までに191両が製作され、主に東海道・山陽 - 九州地区各方面の主要都市間を連絡する高速特急貨物列車にコンテナ車との併結で運用されました。通運業者が扱う混載貨物を主とする小口輸送が本来の用途でしたが、1970年以降は営業体制の変化に対応し客車と共通運用可能な荷物車との兼用車に一部が改造されました。1975年頃からは小口貨物のコンテナ移行や輸送需要自体の減少もあって稼働率は漸次減少し、国鉄末期の1985年には旅客の乗用車を同時に付帯輸送する「カートレイン」用として一部が転用されました。

ワキ50000形への改造車を除いて国鉄時代に貨物列車への用途を喪失し、1987年の国鉄分割民営化では乗用車輸送対応車のみ25両がJR東日本、JR西日本の旅客2社にのみ承継されました。引き続き「カートレイン」に使用され、JR東日本とJR北海道では廃車を復活整備して需要に対応しましたが、列車の廃止で用途を喪失し2007年までに全車が除籍されました。

カートレイン専用車

旅客の移動手段としての自動車を同乗者とともに輸送する「カートレイン」に使用するため、1985年から合計36両が改造されました。改造対象はすべて後期形で、車両番号の変更はありません。改造時期・使用条件により以下のとおり仕様の差異があります。

初期改造車

汐留駅 - 東小倉駅間に設定された「カートレイン」に使用する車両で、1985年に8両が改造され、翌1986年に「カートレイン九州」編成増強用として17両が改造されました。施工は国鉄大宮工場です。
乗用車の積卸を側面から行うため、室内の側柱1組を撤去し、残存の側柱を移設して等間隔の3室構造に改装しました。側柱の減少に伴い、強度確保のため台枠の側梁に補強部材を追加しています。床面には専用パレットの固定金具を、妻面上部には通風孔を設けました。20系客車との併結運用となるため、連結面の配管・ジャンパ栓は客車にあわせ配置を変更しました。 外部塗色は種車の黄緑6号を青15号(濃青色)に変更し、側面には「カートレイン」のシンボルマークが表示されました。 積卸は専用のパレットに乗用車を自走で積載・固定し、パレットごとフォークリフトで荷役を行います。改造した本形式1両に乗用車3台を積載できます。

青函トンネル通過対応車

青函トンネル開通に伴って設定された津軽海峡線経由の「カートレイン北海道」に使用する車両で、1988年に18両が改造されました。所属の内訳はJR東日本が9両(うち廃車復活2両)JR北海道が9両(すべて廃車復活)です。 乗用車積載に対応する基本仕様は初期改造車と同一で、青函トンネル区間の通過規制に対応して、室内天井に煙感知器とスプリンクラーを設けています。

自走荷役対応車

「カートレイン北海道」の廃止後、JR北海道が1997年から運行した「カートレインくしろ」に使用中の車両について、対応車種拡大のため再改造を施した車両です。1998年に苗穂工場で6両が改造されました。 車両寸法の大きい RV を積載可能とするため、積卸方式を自走式に変更しています。編成の端から乗用車を乗り入れ、連結された車両間を走行させて所定の位置に積付けするもので、車運車ク5000形と同一の荷役方式です。 妻面に出入口となるシャッター付の開口部を設け、床面には乗用車走行用の鋼板製車輪ガイド・隣車への通り抜けに用いるアルミ合金製の渡り板を追設しました。車内側面には運転者用の通路も設けています。これら追加改造のため、1両あたりの積載能力は2台に減少しています。

Ed75300_750305

再掲ですが、ED75300番台が牽引するク5000形車運車貨物列車 1975/3/5 小倉

<海外におけるカートレインの現状>

ドイツなどでは今でもカートレイン(Autozug)が盛んに運行されています。

私も2009年4月にベルリンに出張した際にWannsee駅でその到着からクルマが降ろされる風景を目撃しました。

Wannsee駅はベルリンの南西の端、ポツダムのそばにありAutozugのターミナルになっています。https://www.dbautozug.de/autozug/buchung_und_verbindungen/terminals/deutschland/berlin.html 

まずは、かつて日本でも存在した車載車を連結した列車です。

Autozug_090419_savignylplatz

ベルリン中心部に向かう列車にぶら下がって走る自動車積載貨車 2009/4/19 Savignylplatz         Audiらしきクルマが一台乗っていました。

以下は、Wannsee 駅 Autozugターミナルで写した写真です。2009/4/21

列車の到着からクルマが降りてゆく様子を纏めました。

Autozug_090421_wannsee_2
客車7両に車輌積載貨車を連結した列車が到着します。

Autozug_090421_wannsee_3
客車編成にはちゃんと食堂車も組み込まれています。

Autozug_090421_wannsee
列車が到着すると客車と車輌積載車が分離されます。

Autozug_gate_090421_wannsee
車輌積載貨車は日本のク5000のような構造で、クルマもカバーなど掛けずに乗せてあります。貨車は入れ換え機によってゲートのあるホームに据え付けられます。ホーム側にもバッファ-付きの連結器が装備されていました。

Autozug_090421_wannsee_4
貨車の台車のクローズアップ 空気バネ台車にディスクブレーキ装備です。

Autozug_090421_wannsee_6
クルマは自走で貨車から出すために貨車の接続部に渡り板をセットします。

Autozug_090421_wannsee_5

クルマを預けた乗客が貨車を伝わってそれぞれのクルマに向かいます。

Autozug_gate_090421_wannsee56
乗客がそれぞれ各々のクルマを運転して貨車から離れます。

Autozug_gate_090421_wannsee4
2階式のゲートからクルマは出て参ります。

Autozug_gate_090421_wannsee3
地上側の構造は、貨車を据え付けるホームとゲートだけで極めてシンプルな構造でした。

以上、カートレイン、ワキ10000の情報等はWikipediaの記事を参考に纏めました。

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2013年2月24日 (日)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 3 ED75 1000番台 その4

4回にわたり、続けて来ましたED75 1000番台も今回が最終回です。

今回は1031~1039を紹介致します。

Ed75_1031_040821
パンダ塗装1031号機の重連。これまでにこの黒川橋梁での写真を紹介致しましたが、聞いたところによると現在はここでこういった写真を撮影することは出来ないようですね。 2004/8/21
Ed75_1031_060711
1031号機は後に第2次更新塗装になりました。東仙台 2006/7/11
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ED75 1031 データ
ED751031    東芝府中工場=5111475-2          1974-03-02 E67.2tBB(1067)
車歴;1974-03-02 製造→ 納入;国鉄;ED751031→1974-03-02 配属;東北支社→
      1974-03-04 到着配置;青森→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751031;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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1032号機は1988年に事故廃車になっています。
Ed75_1033_080731
原色のままの1033号機 当時の宮城野貨物ターミナル 2008/7/31
下の履歴から分かりますが、1033号機以降は、JR東日本に継承され、一旦廃車となった後にJR貨物で復活しています。
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ED751033    東芝府中工場=5111475-4          1974-03-08 E67.2tBB(1067)
車歴;1974-03-08 製造→ 納入;国鉄;ED751033→1974-03-08 配属;東北支社→
      1974-03-10 到着配置;青森→1967-03-01 青森東運転区→
      1987-04-01JR 東日本;ED751033;青森東運転区→
      1996-03-30 改称;青森運転所東派出→2001-10-12 廃車?;青森運転所東派出→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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Ed75_1034_760102
1976/1/2に福島機関区を訪問したときのカットです。
Ed75_1034_030215_2
原色で活躍する1034号機 黒磯 直流機溜まりにはEF651059号機なども見えます。 2003/2/15
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ED75 1034  データ
ED751034    東芝府中工場=5111475-5          1974-03-14 E67.2tBB(1067)
車歴;1974-03-14 製造→ 納入;国鉄;ED751034→1974-03-14 配属;東北支社→
      1974-03-16 到着配置;青森→1987-04-01JR 東日本;ED751034;青森東運転区→
      1996-03-30 改称;青森運転所東派出→2001-10-12 廃車?;青森運転所東派出→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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1035号機はJR貨物に売却されることなく1996年に廃車されています。

Ed75_1036_071223
雨の長町を通過する1036号機重連牽引コンテナ貨物列車 2007/12/23
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ED75 1036 データ
ED751036    東芝府中工場=5112275-1          1975-02-25 E67.2tBB(1067)
車歴;1975-02-25 製造→ 納入;国鉄;ED751036→1975-02-25 到着配属;青森→
      1987-03-01 青森東運転区→1987-04-01JR 東日本;ED751036;青森東運転区→
      1996-03-30 改称;青森運転所東派出→2001-10-12 廃車?;青森運転所東派出→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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1037, 1038号機はJR東日本のまま2001~2002年に廃車されています。

Ed75_1039140_080731
ED751000番台のラストナンバーであり、東日本大震災(2011/3/11)ではA6仕業92列車を牽引中、常磐線327K301M南泥沼踏切付近で津波に被災し、それが最後の仕事となってしまった1039号機
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ED75 1039 データ
ED751039    東芝府中工場=5113575-2          1976-11-11 E67.2tBB(1067)
車歴;1976-11-11 製造→ 納入;国鉄;ED751039→1976-11-09 配属;東北支社→
      1976-11-11 到着配置;青森→1987-03-01 青森東運転区→
      1987-04-01JR 東日本;ED751039;青森東運転区→
      1996-03-30 改称;青森運転所東派出→2001-10-12 廃車;青森運転所東派出→
譲渡;JR 貨物;ED751039;仙台総合鉄道部→2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 上記の経緯で同日、廃車
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ということで、ED751000番台を終わります。 機関車の個別データはいつものように沖田祐作著 国鉄機関車表を利用しました。

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